【うわべっこ】
10月に入った最初の日。
今日は全国的に衣替えの日だ。
桜才学園も例外ではなく、津田も朝から鏡の前で冬服に着替えて確かめている。
(今日から衣替え、10月っていってもまだまだ暑いなー)
残暑が厳しく、暑いとまではいかなくともまだまだ暖かい。
夏服ならまだしも、ブレザーまで着込むと汗をかきそうであった。
「タカ兄おはよー」
いつも通り、ノックもせずに妹のコトミが彼の部屋に入ってくる。
勝手知ったるなんとやら。
昔からノックの一つもしろと言っているのだが、この妹がしたためしがない。
「お前それ夏服じゃん。寝ぼけてるのか?」
コトミが着用している制服は、夏服のままであった。
たしか彼女の中学も今日から衣替えだと昨晩母が言っていた。
彼の指摘にはっと何かに気が付いた顔をする妹。
どうやら指摘される今の今まで忘れていたようだ。
「や、やだなぁワザとだよワザと!
キャラも衣替えしたんだよ!!」
ドジっ子にね!と、慌てて取り繕うコトミ。
今日も彼の妹は愉快であった。
急いで自分の部屋に着替えに戻る。
その数分後。
「タカ兄ー、私の冬服知らないー?」
下着姿の妹が彼に泣きついてきた。
どうやら冬服の制服をどこにしまったか忘れてしまったようだ。
「何故に俺がお前の制服のありかを知っていると思うのか」
「ふえーん!もう時間がないよー!!
助けてタカ兄――!!」
溜息をつきながらも、妹の部屋に出向く津田。
彼は妹のことを熟知しているらしく、わずか30秒で探し物を見つけ出した。
なかなかにいいお兄ちゃんをしているようである。
【好みは100万通り】
今日は生徒会室の掃除を行っている面々。
拭き掃除を終えたアリアは、スプレータイプの消臭剤を部屋中にまいていた。
「アリアは綺麗好きだな」
「それほどでも」
ほこり一つないぞ、と感心するシノ。
そんな彼女の言葉に照れたようにはにかむアリア。
「でも度が過ぎると潔癖症って言われるから気をつけなきゃ」
「確かに人間だらしない部分があってもいいかもしれないな」
あまりいきすぎた綺麗好きは、あまり歓迎できるものでもないかもしれない。
何事も適度が一番なのだ。
「ちなみに私が得た情報では下着は汚れている方が悦ばれるらしい」
「碌な情報源じゃないですね」
どうせまた下関係の本かなんかでしょ……と呆れるスズ。
彼女と違って、そうなんだーと感心しているアリア。
同じ女の子でもこの差はなんなのだろうか。
「津田君も女の子の下着は汚れている方がいいの?」
何故かそこで津田に話題を振る。
「俺ですか?
……俺はむしろ綺麗な下着が汚れていく過程が好きなのであって、
別に女の子が普段履いている下着は綺麗なままでいいと思いますけど?」
「お前も真面目に答えるな」
そして真面目に答えた結果がそれか。
久々に改めて津田のことを気持ち悪いと思ったスズであった。
【負の注入】
職員室に用がある津田は、途中で横島先生と出会った。
彼女もこれから職員室に戻るところらしく、一緒に廊下を歩く。
「あ――いかん。眠い。
これから職員会議だってのに……」
目頭を揉んで眠気に耐えようとする横島先生。
しかしその程度では眠気はとれない。
普段ふざけた言動が多い彼女だが、一応教師の仕事は真面目にやっているのだ。
それ相応に疲れもたまっている。
「気合い入れねば!」
ましてやこれから行われるのは週に一度の職員会議。
そのような場で船をこいでいてはつるしあげを喰らってしまう。
彼女は気合いをいれるために、自分の両頬を力いっぱい同時にビンタした。
「目、覚めました?」
「うん……新しい快感に」
「おめでとうございます」
新しい扉を開いた彼女を祝福する津田であった。
【激運】
津田と一緒に資料室に来ていたスズ。
棚の上にある資料を手にしようと背伸びをしていた。
「俺がとろうか?」
「全然問題ないわ、だ、大丈夫……」
自分でやりきってみせるという彼女の思いを尊重した津田は、ただ見守るに留まった。
こういう状況で無理に手伝おうとして、本気で彼女に怒られた過去があるのだ。
(まったく、背が低いといいことないわ)
いまいましい、と資料室をあとにしながら顔を歪めるスズ。
隣を歩く津田は、彼女からすれば見上げなければならないほどに背が高く見える。
自分も可能ならあれくらいの身長が欲しい。
彼ほどの身長があれば、必要なところはたいがい手が届く。
それに子供扱いされることもなくなるだろう。
こうやって歩いていても、どうせ今の自分ではまわりから妹のように思われているはず。
男女の違いはあれどこの差はいかがなものか。
だが、二人が渡り廊下にさしかかったところでそれは起きた。
「げふ!」
突如飛来したサッカーボールがこちらに飛んできたのだ。
それはスズの頭上をスルーし、隣の津田を思いっきり強打した。
不意をつかれた一撃にダメージをおう津田。
彼は地面にうずくまった。
遠くではこちらに向かって走ってくる女子生徒がいる。
どうやら彼女が蹴ったボールのようだ。
「別に背が低くて助かったなんて思ってないから」
勘違いしないでよね、とうずくまる津田にしゃがんで話しかけるスズ。
だが津田はちょうど肺の上を強打されたのか、それどころではなかった。
「よくわからんけど、俺をいたわって……」
「自分が背が高いからって調子のってるからそうなんのよ」
「いや、背は関係な……」
「……ったく、ほら。
手ぇ貸してあげるからさっさと立ちなさい。
全く……女の子の蹴ったボールでそこまで痛がるなんて軟弱ね」
「……ごめん」
彼の悪口を口にしながらも、なんだかんんだで立ち上がるのに手を貸してあげるスズであった。
【サブの日常】
二年生の教室のあるフロアの女子トイレ。
そこの個室の一つを風紀委員の五十嵐カエデが使用していた。
「?」
そこへやってきたのは同じく二年生の畑ランコ。
彼女もトイレに用があってきたのだ。
何の用かは、明確に記載せずとも察していただきたい。
しかし特に急いでいるわけでもない彼女は、人の気配のする個室をなんとなくノックした。
この行動に特に意味はない。本当になんとなくだ。
「入ってます」
使用中なのだから、もちろん返事が返ってくる。
五十嵐は当然のように返事をした。
「入っている……タンポン派ですか」
「そういう意味じゃありません」
ふむ、と何やら考え込む畑。
そして何か解答に結びついたのか、手をぽんと叩く。
「なるほど。
KOKESIか何かでオナ○ー中でしたか。
いやこれは失敬」
「んなわけあるか」
【被写体共】
「今回、生徒会新聞を作ろうと思う!
我々の活動内容やイベントの告知など、事が伝えやすくなるからな!」
意気込むシノの演説に、拍手する生徒会のメンバー達。
今回は生徒会新聞をつくることになったのでその会議である。
「―――というわけで、新聞部にも協力してもらう」
「ども」
そこで登場したのは、もはやおなじみとなった新聞部部長の畑ランコだ。
やはり新聞を発行するのであれば、新聞部にも話を通さなければならない。
ならばいっそのこと経験者である彼女たちにも協力してもらおうということになったのだ。
「写真の素材はまかせてください。
こんな時のために普段からあなた方の姿を写真におさめています」
そう言って懐からデジカメを取り出す畑。
「こんなこともあろうかとぉ!!……いいですよねご都合主義。」
私ご都合主義大好きです、と無表情で語る畑。
ロボットアニメに出てくる博士キャラが口にしそうな言葉をノリノリで口にする。
しかしそんな時でも彼女はあいかわらず無表情だ。
「……で、いくらで買います?」
「「「「何撮った!?」」」」
だが彼女の取る写真はそのほとんどが役にたたないものばかりである。
むしろ彼女の役にしかたたないものばかりである。
これでは到底博士役は無理であった。
【ものほしざお】
「今のは冗談。
イッツァ、カナディアンジョーク」
「……どこをどう考えたらカナダ人のジョークになるんですか?」
せめてそこはアメリカンジョークでしょう、と語るスズ。
最もである。
「おすすめの写真はこれ」
気を取り直して、彼女が出したのは一枚の写真。
「ドアをくぐろうとした際に上に頭をぶつけた津田君……」
「へ?」
自分の名前が呼ばれ、どのような写真かを見ようと覗きこむ津田。
しかしそこには自分の顔は映っていはいなかった。
「……をちょっとうらやましそうに見つめる萩村さん」
「ちょっと!!」
そこに映っていたのは、口に指を添えてうらやましそうにしているスズのアップだった。
画面には津田の腰が写っていて、全身は見切れている。
「これじゃまるで私が身長にコンプレックス抱いてるみたいじゃないですか!!」
いや、実際にそうなのだが。
しかし自身ではそれを認めたくない彼女はプリプリと怒る。
だがそんなことは畑も予想済みだ。
だから対策もバッチリである。
「そう言うと思って、コラっときました」
彼女が新たに差し出したのは別の写真。
いや、もともとは同じ写真なのだが……それは所謂、合成されたコラージュ写真であった。
先ほどの写真との違いは、スズの頬がほんのりと赤みがかっていること。
そして津田の股間の位置からモザイク処理のされた物干しざおが突き出たように見えること。
「コラ―――――!!」
「?」
一変して卑猥な写真にされてしまい怒るスズ。
しかし彼女の怒る理由が本気でわからないとばかりに首を傾げる畑。
「1000円で!」
「売りましょう」
「おら――――――――!!」
「ぐふっ!?」
すかさず千円札を取り出して売ってくれとねだる津田。
それに快く了解を示す畑。
スズは津田の股間のボールを、生徒会室の窓のゴールにシュートしてやるとばかりに全力で蹴った。
【気になる中身】
気を取り直して会議は続く。
「それで、どんな感じにする?」
「やはり全ての内容に目を通してもらえるようにしたいな」
アリアの最もらしい疑問に、シノは自身の希望を口にする。
やはり自分たちで作ったものは、ちゃんと目を通してもらいたい。
「ならいっそのこと袋とじにしますか?」
「袋とじ?」
興味ひけますよ、と提案する津田。
確かに、袋とじなら中の内容がどうなっているかは心理的に誰もが気にするものである。
コンビニなんかでよく中学生が必死に破かずに中身が見えないか頑張っている様などは大変微笑ましい。
しかしコンビニや本屋なんかに自分では行かないアリアはそんなこと知る由もない。
当然、袋とじのついているような本なども読まない。
だから彼女はそれ自体を知らなかった。
「ページとページがくっついていて中身が見えないやつのことですよ」
「ああ」
津田の説明に何か思い当たるものがあったようだ。
「イカ臭いエッチ本のことね?
草むらや河原なんかによく落ちてるやつ」
「それだ」
「違います」
それは違う理由でくっついている。
何故普通の袋とじ付きの本は知らないのに、そんな落ちている本は知っているんだ。
スズは本当にこのお嬢様が普段どういう生活を送っているのか不思議で仕方無かった。
【必然か偶然か】
生徒会新聞に載せるエッセイを任されてしまった津田。
小学校の読書感想文以来の文章の作成に頭を悩ませる。
今回はエッセイということで、人に見せるものだ。
普段の書類に書くような事務的な文とは勝手が違う。
始めは調子にのって官能小説ばりのエロ表現にしようかとふざけた考えをした。
しかしその考えはスズに看破されてしまいもろくも崩れ去った。
だから、真面目な内容を問題のない表現で書かなければならない。
津田にはかなり難しいことであった。
「津田、できたか?」
「あまり自身はないんですが……」
机でうんうんと唸る津田にシノが声をかける。
とりあえずの完成はしていたので、シノに確認してもらおうとする。
どれどれ……と津田のエッセイが書かれたレポート用紙を受け取るシノ。
「まぁ初めてだからな。
気張らずに軽い気持ちで書いてくれれば……」
エッセイに目を通していたシノが何故か無言になる。
「…………」
「?」
読んだ感想を聞きたいのだが、何か真剣な様子で読む彼女の言葉に声がかけづらい。
なにかおかしな表現でもあったのだろうか?
そう考えていたのだが、ちょっと様子がおかしい。
なんだか読み進めるうちにシノの頬が赤くなりはじめたのだ。
「な、なかな……いいんじゃないか?」
津田を褒めるシノの顔は、もうすでに真赤であった。
しかも何かを我慢しているかのように口元がひくついている。
「……ちょっとトイレ行ってくる!!」
「えっ、ちょ!?」
レポート用紙に津田に返すと、猛然とトイレに向かって走りだしたシノ。
その様子にわけがわからずに呆然としてしまう津田。
彼女が生徒会室に戻ってきたのは30分以上経ってからだった。
【なんか妙にエロかったらしい】
シノの突然の行動に驚きが隠せない三人。
「シノちゃんどうしたんだろうねぇ?」
「さぁ?」
不思議に思いつつ、アリアも津田のエッセイを手にとった。
「私も読んでいい?」
「どうぞ」
彼の許可も出たので読み進める。
だが、アリアもシノと同じく読むうちにどんどんと黙ってしまった。
しかも心なしか体をもじもじとくねらせて赤面しているのが妙にエロい。
「あっ、ああああの、津田君!」
「はい」
数分後、読み終わったらしいアリアが顔をあげて津田を見る。
彼女もすでに顔が真っ赤っかで、妙に瞳が潤んでいる。
そしてやはりアリアも何かを我慢している表情をしていた。
「わ、私もお花つみにいってくるー!!」
「ちょ、七条先輩まで!?」
先に飛び出したシノと同じく、アリアも生徒会室を飛び出してしまった。
彼女が戻ってくるのはこのあと一時間を過ぎてから、下校時刻ぎりぎりであった。
「全く、どうしたのかしら二人とも」
「さぁ……?」
「あんたまさかあれほど言ったのに卑猥な単語満載なんじゃないでしょうね?」
疑念を抱いたスズが彼を睨む。
しかし身に覚えのない津田は首を傾げるしかなかった。
「いや、そんなはずは……
問題のない表現だし、内容も大丈夫なはずだけど?」
どれどれ、と先の二人同様にスズもエッセイを手に取る。
「……」
「……」
「……」
「……どうかな?」
「……私も、ちょっとトイレ」
「ええっ!?」
何故かスズまでもトイレに走っていってしまった。
他の二人とは違い、赤面しつつも何か悔しそうな顔をしていたスズ。
彼のエッセイは出てくる言葉、表現、内容、何も問題はない。
問題はないはずなのに、何故か妙にエロかった。
しかも文句をつけられないほどに文章としてしっかりしているために非難もできない。
その日の放課後、二年生用の女子トイレからは妙に艶めかしい声が響いた。
そして一年生用の女子トイレからは「津田のくせに、津田のくせに……」というつぶやきが漏れ聞こえたという。
【オチ】
発行されてから二日たった生徒会新聞。
その内容は好評を博した。
全校生徒が興味深げに読んでいる様子に生徒会の面々も満足げである。
若干一名は複雑な表情をしていたが。
(しかし俺に文才があったなんて驚きだ)
津田は教室を見渡しながら思う。
この学園に入学してからというもの自分もかなり努力をしてきた。
だが全ての分野で、誰かしら自分よりも上の人間がいることでいろいろと圧倒されてきた。
自分が一番優れているなどと妄言を吐く気はさらさらない。
だが、その自分よりも優れている身近な人物たちは、いかんせん優秀すぎた。
彼が密かに自信を喪失しかけるくらいに。
だから、自分の書いたエッセイを何度も読み返してくれている人の姿を見る度に気分がいい。
まさか自分にこのような才能が隠れていたとは、露ほどにも思わなかった。
読む人間が皆褒めてくれるのだ。
これはうぬぼれではなく本当に文才があるのだろう。
なんだか津田は自分の中に自信が出てくるのを感じた。
だが、どうにも理解できないことが一つ。
(どうして俺のエッセイを読んだ人間は顔を赤らめているのか)
何故か彼のエッセイを読んだ人間は男女問わず顔を赤らめるのだ。
しかも女子生徒にいたっては大多数が読後、トイレに駆け込むという現象が起きていた。
津田がトイレに駆け込まない女子生徒を見たのは、三葉くらいなものだ。
本人としては至極まともな文章を書いたつもりなのに……
実際にけっこう真面目な内容のため問題視はされていない。
問題があるなら、すぐにスズあたりがけちをつけてくるはずなのだ。
だが未だに彼女からは何も言われていない。
現実は文として問題があるわけではないから、さすがのスズもけちがつけられないだけなのだが。
エロい方向にいかないように押えよう、押さえようと抑制して書いた文章。
そのせいで、まともな内容のはずなのにどこかあやしいエロスが滲みでるという結果になってしまった。
しかしそれを書いた張本人は、エロくしていないという自負があるので気付かない。
その日の昼休み。
彼は偶然、廊下で風紀委員の五十嵐とはち合わせた。
「こんにちわ五十嵐さん」
顔見知りなのであいさつをする津田。
しかし彼女はこちらを警戒して3歩後ずさった。
「津田副会長、あなたが女子生徒を次々にトイレに連れ込んでいるという噂がたっています」
「ええ!?」
「3M以内に近づかないでくださいね」
「ちょ、何かの誤解……」
「いやー来るなー!!
妊娠する――――!!」
五十嵐は、津田が一歩距離を詰めたとたんに人聞きの悪いことを叫びながら逃亡した。