【おまけ】
前回に引き続き海水浴を楽しんでいる生徒会の面々。
津田とスズは海の家で冷たい飲み物を買って、飲み歩きしている最中だった。
「暑いな~」
「そうね」
チュゴゴゴゴ、と音を立てて買ったばかりのジュースを飲みほす津田。
ストローから口を放して、日差しの強さを指摘する。
隣に並んで歩くスズもその意見には同意だった。
今年の夏は例年よりも暑く、最高気温を更新しているそうだ。
といっても温暖化の影響か知らないが、記録更新はすでに毎年のことなので今さらだが。
しかし暑いとはいっても、普段よりも不快感をあまり感じないのは海水浴というイメージのおかげか。
これぞ夏といった風情にすら感じる。
「あ、タカくーん!」
二人並んでチューチューとジュースを飲みつつ歩いていると聞き覚えのある声がした。
声の方を向くとそこにはアリアの姿。
こちらに向って手を振っている。その隣には見知らぬ男性がいた。
「タカ君って俺のこと?」
「そうなんじゃない?」
いつもの呼び方と違うことを不思議に思いつつも、呼ばれているみたいなので近づいていく。
まぁ、あらかたしつこいナンパにでも悩まされているのだろうとは予想がつくが。
彼女ほどの美人で、しかも男の目をひきつけてやまないワガママボディの持ち主だ。
お近づきになってあわよくばと考える男も多いだろう。
案の定、津田が近付くと「助かった」とでもいうような表情になるアリア。
すぐさま彼の腕に自身の腕を絡め、いかにも親しい関係ですとアピールするかのように密着する。
津田はああ、やはりナンパ関係かと理解しつつ、腕に感じる彼女の柔らかい胸の感触に鼻の下をのばした。
「この人が私の彼氏―――「チュゴゴゴゴゴゴゴゴ」―――……」
アリアがナンパ男に向かって、津田を彼氏に見たてようとしたセリフ。
それにスズのジュースを吸い上げる大きな音が被ってしまった。
思わずスズに目をやってしまう。
ナンパ男の目もスズに向かっていた。
津田が彼氏だというのならこの子はなんなのだろう?という怪しんでいる目だ。
これはまずい、と判断したアリアは先ほどの言葉を訂正した。
「彼氏……じゃなくて、夫です!!」
「「!?」」
「ちっ、コブ付きかよ」
悪態をついて男は去って行った。
ほっと胸をなでおろすアリア。
彼女の胸の谷間の感触を楽しむ津田。
そしてスズは、アリアに子供扱いされたことよりも彼女の言葉を信じた男にショックを受けていた。
「仮に夫婦であったとして、私はそこまで小さな子供に見えるのか……?」
【仲よし家族】
ナンパ男を上手く躱すことができた?三人。
彼等はシノと横島先生がいるであろう場所に向かって横にならんで歩いていた。
「さっきはごめんね? ナンパがしつこくって」
「別にいいですよあれくらい。俺でよければいつでも相手役になりますよ」
「ふふ、ありがとう」
お互いに笑顔で先ほどのことを談笑する津田とアリア。
「私はごめんなんだが」
しかし二人の間に並んで歩いているスズは不機嫌そうに答えた。
特に必要もないのになんでこの二人の子供の役をしなければならないのか。
普通に二人で恋人という設定で私は友達とかでいいではないか、と思う。
そもそも先ほどのように彼等が夫婦とした設定だとしよう。
そらはまぁ、若年婚ということで見た目はいけそうだ。
しかしいくらなんでも私は子供にしては大きすぎだろう、とスズは思った。
もしスズと同じ年齢の子供がいるというのなら、一体何歳で産んだというのか。
仮に先ほどの男がアリアを二十歳と判断したとしよう。
今現在スズは16歳。4歳の時に生んだ計算になる。
一体さっきの男にはスズは何歳に見られていたというのか。
自分が子供っぽい外見をしているのは嫌というほど自覚している。
しかしせいぜい見間違えて小学生だろうと思うのだ。
だというのに、まるで間接的にお前は幼稚園児だと言われているようで腹がたつ。
「あらあら、スズちゃんは子供の設定は嫌だった?」
「そっか、とっさとはいえ悪かったな萩村」
そういえばスズは子供扱いされるのが大嫌いだったと思いだす二人。
知っていたはずだったのに咄嗟のこととはいえ、彼女にはわるいことをしたと思う。
「じゃあ、萩村が俺たちの子供という設定は次は使えないな」
「そうね、新しい子供を作らなきゃ。
スズちゃんは男の子か女の子、どっちがいい?」
「……何故私に聞く?」
「だって弟か妹になるんだもの、お姉ちゃんとしてはどっちがいい?」
「お父さんとしては次は男の子がいいな」
一姫二太郎って言うしね、とは津田の言葉。
「もうタカ君たら……でも男の子と女の子の双子もいいわよねぇ」
双子のお母さんになるのが夢なんだぁ、とアリアが語る。
「ハハハ、じゃあお母さんには双子を産んでもらえるよう、お父さんも頑張らなくちゃね!」
「いやんもう、子供の前で!」
「……だから恋人設定でいいだろうが。いつまでこのおままごとを続ける気だ」
さっき津田とアリアがスズの対して謝ったのはなんだったのだろうか。
あれか、その場のノリで謝罪を口にしただけか?
結局は二人とも私に喧嘩売ってるのか?
スズのイライラが爆発するまで、もうそろそろであった。
【レアなうっかりさん】
それから約30分後。
程よく空腹を感じ始めた生徒会役員共はパラソルの下で弁当を広げていた。
「津田よ」
「はい?」
「シャツが裏表逆だぞ」
「うぇ!?」
食事をしていて、なんとなく津田を見た時に気づいたことを指摘するシノ。
思わぬ指摘にうろたえる津田。
裏表逆であることに気づかずにさっきから結構海水浴場をうろうろしてしまった。
おそらくいろんな人間にまぬけな姿を見られただろう。
彼は羞恥心でちょっと頬を赤くした。
「気付かなかった……」
「ハハハ、うっかりさんめ」
急いでシャツを脱いで正す津田を見て笑うシノ。
彼女としても後輩のこういう姿は微笑ましく感じる。
「まぁ、私もナプキン裏表逆に使ってしまって大変な目をしたことはあるがな」
この程度の軽い失敗なら誰にでもあるさ、と笑う。
男の津田はナプキンを装着したことなどあるわけもないので、その例えはあまりわからなかった。
だが確かに小さな間違いなどよくあるよな、と彼女のフォローに開き直る。
実際、結構抜けたところの多い津田は日ごろから何かと失敗を繰り返している。
「そうですよね。こういう小さい失敗なら許容範囲ですよね」
「むしろナプキンつけるの忘れたりな」
「タンポ○つけてるのにパンツ履くの忘れて下に落としちゃったりね」
「俺はたまに家にある栄養剤、リ○Dとマカを間違えて飲んじゃったりしたことありますよ」
「お前らのそれは許容できる失敗じゃないと思うぞ」
【手遅れなうっかりさん】
「あ」
談笑しながらの食事中、シノがまた何かに気が付いたかのような声をあげた。
今度は何事かと皆が彼女に注目する。
もしや今度は海パンまで裏表逆だったか?と自分の履いているものを津田は見てみたがそんなことはなかった。
では彼女は一体何が気になったのだろうか。
「ジュースをこぼしてしまった……」
どうやら彼女は飲んでいたスポーツドリンクをこぼしてしまったらしい。
その拍子に漏れ出た声だったようだ。
こぼした液体がどこに落ちたのかを目線をめぐらす。
「しまった、水着にたれてシミが出来てしまった」
「スポーツドリンクだから気にする必要ないんじゃないですか?」
すぐ乾きますしどうせ目立ちませんよ、とスズがフォローを入れた。
確かに水着なんだから濡れても問題ないだろうし、スポーツドリンクなのでそこまで気を使わなくとも大丈夫だろう。
しかし、今回はこぼした場所が問題だったようだ。
「本当に目立たないか?」
よりにもよってタレた場所は股間のど真ん中部分であった。
まるで小便を漏らしたかのような位置にシミが出来てしまっている。
「あらあら、まるでおしっ○しちゃったみたいねぇ」
「この年でそう思われるのは避けたいな……」
「お○っこじゃなくて愛○ってことにすればいいんじゃないですか?」
「皆してそんなに見るな……本当に濡れてしまうではないか……」
「乾くまで隠しとけばいい話でしょうが」
いい加減、食事中にあまり下ネタを話すのは止めてくれないか?と思うスズであった。
【そそる黄金色の水】
生徒会のメンバーが和気あいあいと食事をしている最中。
引率兼ドライバーとしてこの旅行に同伴している横島先生は砂浜を散歩していた。
彼女はすでに20代のいい大人。
恋人が一緒にいるわけでもなし、海に来たからと言って高校生の彼等のようにはしゃぎまわれる程には若くなかった。
そもそも海に一緒に来てくれる恋人がいるわけでもない独り身の彼女である。
浜辺を歩いていれば嫌でも目につくカップル達を視界に入れては「チッ」と舌うちしていた。
「暑い……」
ビール飲みてー……とうなだれる。
ちょっと見渡せばそこにあるのは海の家。
そこでは自分と大人たちがわいわいと盛り上がりながらキンキンに冷えたビールで乾杯している。
暑い日にはやっぱり冷えたビールが恋しくなるのが大人というもの。
しかし彼女は引率の身であるし、何より帰りも車を運転しなければならない。
駄目だ駄目だ、と自制心を振りかざし海の家で酒盛りをしようとしている連中から目を離す。
彼女もなんだかんだで、一応教師であった。
「気晴らしにトイレいくか……」
しかしこの判断がいけなかったのかもしれない。
トイレの個室で彼女が目にしたもの。
それは自身の体から流れだし、便器へと流れ落ちる黄金色の水。
便器に溜まった水に流れ落ち、少し泡立つ様は彼女の渇望しているビールを否応にも連想させた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”……」
なんだかんだで彼女は教師である。
ただし、その前には『一応』とつく肩書きであった。
人間自制心よりも欲求が上回ることはよくあること、彼女はそれが顕著なだけである。
ということにしておいてほしい。
まぁ、ぶっちゃけその後は予想通りであった。
【運転手の乱】
日が暮れ始めた海。
水平線に太陽が沈もうとしており、昼間は青かった空と海が今は真っ赤に染まっている。
生徒会の面々は一列に並び夕陽を眺め、今回の旅行に想いをはしていた。
「海、楽しかったな」
「そうですね」
これで今回の小旅行はお終いか、と感慨にふける。
ただ、感慨深げな顔のメンバーに対しスズは一人瞼が閉じかかっていた。
うつらうつらとしており、今にも寝てしまいそうである。
「萩村、大丈夫?」
「……平気」
「萩村も疲れてしまったようだな。無理もない。
かくいう私もすっかりくたくただ」
早く帰ろうか、と皆を促すシノ。
しかしそれにアリアが待ったをかけた。
「どうしたアリア?」
「横島先生がもう寝ちゃってる」
「なら早く起こして――――」
そこで彼女は口を止めた。
眼の先にはブルーシートの上で気持ち良さそうに根息を立てる先生。
その周囲にはビールの缶が10本ほど転がっていた。
このまま運転させれば明らかに飲酒運転だ。
生徒会長として社会のルールに間違った行いはできないとかそんなレベルではない。
横島先生の顔は明らかに真っ赤で酔っているように見える。
下手すれば事故になりかねない。
「宿を探すか……」
「そうですね」
こうして本来日帰りのはずの旅行は、交通手段を失ったために一泊することになった。
【5人姉弟】
海水浴場からほど近い一見の旅館。
その受付で部屋を借りようとしている生徒会役員共。
彼等は引率者の失態のために一泊するはめになっていた。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、ここの温泉24時間利用できるんだって」
「ほう凄いな、それは楽しみだ」
代表で受付をしているシノとアリアが、利用案内を見て談笑している。
ちなみにアリアがシノのことを姉と呼んでいるのは、体歳のために姉弟ということにしているからだ。
ちなみに今現在津田が背に背負っている酔いつぶれた横島先生が長女。
シノが次女でアリアが三女。津田はその弟で長男。
「本当、一部屋でも取れて良かったわね……お・に・い・ちゃ・ん?」
「ごめんね、お兄ちゃんで本当にごめんね」
怖い笑顔で下から津田に話しかけるスズは四女にして末っ子という設定だった。
旅館の受付の人が胡散臭げに視線を投げかけてくる。
まぁ明らかに皆見事に似ていないことから、姉弟といっても信じてはもらえていないだろう。
「全員異母姉弟で母親が違うんですよ」と苦し紛れの言い訳をする津田。
「はぁ……すごいお父さんなんですね」
たぶん信じてはくれていないのだろうが、それ以上旅館の人がこちらのことを追求してくることは無かった。
彼等もプロであり、客に対する余計な詮索はタブーなのかもしれない。
【持ってて安心】
部屋に案内され、荷物を置いて一息つく生徒会共。
横島先生は部屋に着いて早々に布団を敷いて寝かされた。
彼女のせいで一泊するはめになったというのに、呑気に夢を見て涎を垂らしている。
とりあえずは夕食の前に風呂に入ってしまおうと、入浴の準備を進めていた。
それぞれが荷物をあさり、替えの下着やらタオルを用意する。
「しまった、携帯電話の充電器を忘れた」
まさか一泊することになるとは思っていなかったシノ。
日帰りで帰れることを見越して充電器は最初から持ってくる予定ではなかった。
すでに彼女の携帯のバッテリーは切れかかっている。
どうしたものか、と首をひねっていたところに思わぬ助け船があがった。
「あっ、携帯の充電器なら俺が持ってますよ?」
「本当、用意がいいな」
シノは津田がぬかりなく用意していたことに驚いた。
彼は言っては悪いが、彼女の中では生徒会のメンツの中で一番抜けていると考えていた。
アリアも大概天然で抜けているが、少なくとも津田はこのように備えあればあ~といったキャラではない。
そう思っていたにも関わらず、自分よりも用意がいいことに驚いたのだ。
「まぁ、これは俺じゃなくて妹が気を利かせ――――」
鞄を漁り、偶然取り出されたものはコンド○ムだった。
用意した覚えのないものに、そもそも買った覚えもないものに驚く津田。
さらには穴のあいた座布団やワセリンまで入っていた。
「本当にいろいろ用意しているな……」
どうやら妹のコトミは以前シノが家に訪ねてきた時のことを覚えているようであった。
そして未だに彼女は自分の兄とシノが大人体験をしているような仲だと勘違いしている。
彼女なりに気を利かせた結果だった。
「妹のこの成長を兄として喜んでいいやら嘆いていいやら……」
【スルーできないでもないので、面倒くさくてスルーしました。】
この旅行に余計なものを持ってきたとして、シノに説教される津田。
そもそも怒られている要因となっている品々はすべて彼が用意したものではない。
コトミが勝手に兄の鞄の中に詰め込んだものであり、彼はそのことを把握していなかった。
しかしコンドー○を所有していたことから、いいわけはいらない、と始まる説教。
お前はこの中の誰かとそういうことをするつもりだったのか。
原則、桜才学園は恋愛禁止であり、生徒会はそれを守らなければならない。
そもそも付き合ってもいない相手と行為に及ぶなどうんぬんかんぬん。
津田は今日一日はしゃぎ疲れていたので、いちいち弁解するのも億劫だった。
どうせ弁解したところでいいわけだと切り捨てられるだろう。
そもそもシノが言うように行為に及ぶ気があったとして、津田は中○し派なのでゴムはもたない主義だ。
俺が使うわけないじゃないか、となかば呆れながらも怒られるに任せていた。
というか、シノにこうやって怒られるのは何気に久し振りだった。
ここ最近彼女をからかう側であったことが多かったため、なかなかに新鮮な気分になる津田。
ちょっとだけ内心悦んでいたのは秘密である。
「まぁまぁシノちゃん。そのくらいにしときなよ」
そこに津田の助けとして割って入ったのはアリアであった。
「アリア……しかしだな」
「コ○ドームを持つことは悪いことじゃないよ。
生でアナ○セックスは危険だもの」
「いや、そういうつもりの道具ではないですけど……」
「でも津田君は中出○派だって前に言ってたわよね?
普通にヤる分にはゴムなんてしないよね」
「あぁ、まぁ、そっすね。じゃあもうアナ○用のゴムってことでいいです」
【安全な男】
「あの、一泊することを家に連絡する前に……男と外泊って大丈夫ですか?」
俺が言うのもなんですが……とちょっと心配する津田。
実際に何かある無し関係なく、外聞的にもどうなのだろうと思ったのだ。
親によっては特に気にすることもあるだろう。
彼の問いに確かに、と頷くシノ。
「そうだねー、津田君は安全な人だけど……」
「そこを親に上手く説明する必要があるな」
何をもってしてかはわからないが、何故か津田のことを信頼しているっぽいシノとアリア。
「こいつが安全……なのか?」
スズ的にはちょっと疑問であった。
彼女としては、お互いに忘れたことにしているが一度押し倒されたことがあるのだ。
あまり簡単に安心とは言えなかった。
ただ彼女の場合、家に連絡したらむしろ母親にこの事態を歓迎されている節があった。
どうやらスズの母親はついに自分の娘にも春が来たと勘違いしているようだ。
「あっ、じゃあこうしましょう!」
いいこと思いついた、とばかりにひらめき顔で手を叩くアリア。
「津田君は二次コンって説明するのはどうかしら?」
「すいませんが他の案で」
それで彼女の両親が納得するのかどうかはともかく、津田としてはちょっとごめんこうむりたい属性だった。
「じゃあ津田はBLというのはどうだ?」
「却下で」
「ふむ、別に親に説明するだけだからなんでもいいと思うがな」
「じゃあ津田君はロリコン」
「アリア、それじゃ萩村がアウトじゃないか」
アウトとは言っても、この場合ストライクという意味でアウトなのだが。
「そっか~」
「なぁ、あんたらそんなに私に喧嘩売って楽しいか?」
【前隠し】
所代わって温泉。
生徒会の面々はそれぞれ湯につかってくつろいでいた。
女湯ではスズとアリアが同じ湯船につかり、隣会って座っていた。
「知ってるスズちゃん? ここの露天風呂って混浴らしいよ」
「らしいですね」
「男の人とお風呂に入るなんて、考えるだけでドキドキするねぇ」
彼女の想像の中では、タオルを巻いた女性といきり立った○○○にタオルをかけて混浴する男女の姿。
「そのタオルの使い方はないと思いますよ」
お風呂に入ったことで先ほどまでと違い、ツッコミが復活しだしたスズ。
言葉にしていない妄想にまで冷静に突っ込んで切り捨てた。
そんな所にシノがどこか慌てたように近寄ってくる。
(お、おい! アリア、萩村、ちょと!!)
「どうしたんですか会長? そんな小声でひそひそと」
「シノちゃん?」
シノは慌てているにも関わらず声を押し殺し、小声で話しかけてきた。
焦っているというよりも、何かに興奮しているといった様子だ。
(い、いいから! すごいぞ!)
(何がすごいの?)
アリアがシノのマネをして小声でひそひそと話す。
(ここの露天風呂、混浴なんだが……津田がいた!!)
(ええっ!? 何やってんですかあいつは!!)
まさか混浴だからどうどうと覗きでもしているというのか。
しかしシノが言うには他に入浴しているものはいないように見えたという。
(いや、他に客はいないようだったが……何やら一人でやっていたな)
(まさか何って……ナニ!?)
(ちょっ、七条先輩!?)
ムフー、と鼻息を荒くして興奮したアリアが湯船から立ち上がり露天風呂の方へと進んでいった。
シノも顔を赤くしながらももう一度覗きに行く。
スズはどうすべきか迷ったが、結局は彼女も顔を赤らめつつ後についていくのであった。
しかし三人とも露天風呂に入るわけではない。
こそこそと岩影から風呂の方を覗き見る。
そこには一人分の影。
どうやら津田一人らしく、他の人はいる様子がなかった。
特にアリアが想像していたようないけないことをしている様子はない。
そのことでちょっと残念に思いつつも、覗きをしているという背徳感に動悸が高鳴る。
見れば、津田はいけないナニをしているわけではない代わりに一人で変なことをしていた。
湯につかるでもなく、全身を外気にさらされながら仁王立ちしていた。
「コォオオオオオオオ……」
何やら深く息を吐き出し、全身に力をめぐらせているように見える。
三人にちょうど背中を向けているために、背中の筋肉が呼吸にあわせて引き締まっていくのがわかる。
尻の筋肉もくっきりと形を浮き上がらせ、そのいでたちは武道家の修行風景を思わせた。
「ゴクリ……」
小さく聞こえてきた息を飲む音は一体誰のものだったのか。
昼間の水着姿と腰回り以外は露出度は変わらない。
だというのに、この雰囲気の違いはなんだというのか。
(津田のやつ、なかなかにいい尻をしているな)
(ええ、そうね)
(…………)
彼等の前で、津田が少しづつ構えを取り出した。
膝を曲げ、重心を落とし左足を半歩前に出す。
右手を腰だめに引き絞り、それに添えるようにして左手を構える。
「ハァ!!」
次の瞬間、気迫とともに腰だめに構えていた両手を前に突き出す。
どう見てもかめは○波の動きだった。
「ハァアアアア……やっぱり漫画みたいにかめ○め波は無理か」
深いため息をつく津田。
なんてことはない。
修行などでは一切なく、彼は単に周囲に人がいないのをいいことに遊んでいるだけであった。
ちなみに一連の動作の中、絶妙なアングルのおかげで一度たりとも女性陣に息子を見られることはなかった。
「見なかったことにしようか」
「そうですね」
「あぁ~ん、もう少しで見えそうなのに~」
【畑から見れば】
風呂上りにはち合わせた津田とシノ。
身体から湯気をあげつつ、いい湯だったと談笑しながら部屋に向かう。
「いい湯でしたね~、会長」
「コラ、ここでのわれわれの立場を忘れるな」
姉と弟ということいなっているのだから畏まって話しては駄目だ、と指摘する。
ついいつも通りの調子で話しかけてしまった津田はしまったと思った。
今現在彼等は体歳をつくろうために姉弟ということになっているのを思い出したのだ。
「じゃあやりなおしで」
「うむ」
会話を一から仕切りなおすことにした二人。
「いやぁ、いい湯だったねぇ姉ちゃん」
「そうだな、今度は一緒に混浴でもするか」
「「あっはっはっはっは」」
精一杯、思い描く仲睦マジい姉弟を演じる二人。
彼等のことを知らない人間が見れば、年頃なのに仲のいい姉と弟だと思うかもしれない。
しかしそれは大前提として、彼等のことを知らないということがある。
「…………」
「…………」
「…………」
彼等の進行方向、廊下の中央にこちらを見つめる一人の人物。
我らが桜才学園新聞部の部長、畑ランコであった。
【スキャンダラス】
「私は新聞部の合宿でここを訪れているのですが……」
まさか姉萌えプレイをする仲だったとは、とちょっと驚き気味の畑。
「あ、いや……これは……」
何か弁解しようと試みるも、そんなことはあまり意味がないことを知っている津田とシノ。
畑ランコ、彼女の特技は張り込みと記事の捏造である。
「安心してください。私は口が堅いですから」
「黙っててもらえるんですか?」
「ええ、記事にするまでは情報は漏らさない!! マスメディアとして当然です!!」
「バらす気満々だな」
これはいい記事のネタを手に入れた、と無表情ながらもどこかホクホク顔の畑。
その彼女に困惑する二人であった。
【口止め】
無駄ではないかと思いつつも、記事にしないようにと事情を説明して説得する津田とシノ。
成程、事情は理解しました、と頷く畑。
「ですが、あなたがたが男女で同じ部屋に寝泊まりしているのもまた事実」
捏造はなしにしてもその事実は記事にするつもりだと話す。
「そこをなんとか記事にするのを止めてもらえませんか?」
「ふむ……では取引と行きましょう」
「取引か?」
「ええ、先ほど津田君が会長を姉と呼んでいたように、私のことも呼んでみてもらえませんか?」
「畑さんをですか?」
「ええ、姉萌えプレイがどのような感覚を与えるかという実験です」
「プレイというわけではないのだがな……まぁいい。
それで満足するのなら、津田、畑のことをお姉ちゃんと呼んでやれ」
「はぁ、わかりました……お姉ちゃん」
「ほほぅ?」
姉と呼ばれちょっとゾクゾクときた畑。
しかしこれくらいでは特に面白いとは思わない。
「もっと別の呼び方をしてみてはもらえませんか」
「畑姉ちゃん?」
「……何か違いますね」
「ランコ姉ちゃん」
「違いますね」
「ランコ姉さん」
「違う」
姉御、アネキ、お姉ちゃん、オネエ、ラン姉ちゃん、畑ネエ、ランコ姉、姉々、etc・・・
いろいろと呼び方を変えてみるも畑がしっくりくるものがない。
「ええい、お姉さま!!」
「!?」
津田が彼女をお姉さまと呼んだ時、彼女の背中がびりびりと快感で震えた。
「お姉さま……お姉さま……そう、それです。その響き。
成程、これが姉萌えプレイですか」
何か畑の中でぴたりとはまったらしく、満足そうにうなずく彼女。
「津田君、もう一度読んでみてもらえますか?」
「……お姉さま?」
「!? くっ……くふ、くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふうふふ」
何が面白いのか、無表情で静かに笑う彼女はちょっと不気味だった。
「いいでしょう、今回のこの件については私は記事にしないことを誓いましょう」
記事にしないと約束して、満足げに立ち去る畑。
何が彼女を満足させたのかはわからないが、とりあえずは助かった生徒会であった。