【三人くらい思い浮かぶ】
昼休みの一年生の教室。
特に誰とも約束していない津田はいつも通り生徒会室で弁当を食べようと席を立った。
教室の出入り口まで歩いている途中、クラスメートの三葉の姿が目に留まる。
なんとなくその姿に声をかけてしまう津田。
「三葉の昼飯、随分と質素だな」
「最近金欠でねー」
そう、彼が気になって声をかけた理由。
それは彼女の昼食がコンビニおにぎり二つだけだったからである。
彼女が女の子にしてはかなりの大食いであることはすでにクラス内で周知の事実だ。
その三葉がおにぎり二つで満腹になるとは考えにくい。
どうやら金欠らしく、これ以上のものは懐的に買えなかったようだ。
なら弁当にすればいいという意見は毎日の朝練のため朝が早い彼女には酷なことだろう。
ふと、津田は彼女が自分をじっと見つめていることに気が付いた。
「ん? 何?」
「男の子おかずにすると身体が満たされるって聞いたんだけど、そーでもないね」
「それ誰から聞いた? だいたい想像つくけど」
身体が満たされるというのは、女の子であることを考えれば否定はしない。
しかし満たされるというのは別の意味でだろうと思う。
この純粋な三葉に間違った知識を植え付けた犯人。
まぁ、身近なところで三人ほど思い浮かぶ。
1 天草シノ
2 七条アリア
3 横島ナルコ
順当にいって3の横島先生あたりかなぁと、検討をつける津田。
大穴で4の萩村スズとかだったらおもしろいかもしれない。
(萩村……はありえないか)
そんなことを考えつつ、三葉の前の席の椅子を動かして座る。
ちょうど彼女と向かい合うようにした状態だ。
今日はなんとなく生徒会室ではなくここで食べようと思ったのだ。
「ここ、一緒にいいか?」
「ふぇ? あ、うん」
いいも何も既に座って同じ机の上に弁当まで広げ始めている。
特に拒否する理由もない三葉は一瞬不思議そうな顔をしつつも頷いた。
「……(もぐもぐ)」
「……(もぐもぐ)」
特に話すこともなくもくもくと弁当を食べる津田。
しかしその視線はまっすぐに前に座る三葉を凝視していた。
彼女も津田を凝視していたので、お互いが見つめあうことになる。
「……(もぐもぐ)」
「……」
「……(もぐもぐ)」
「あっ、あの……タカトシ君どうしたのかな? 私の顔になんかついてる?」
なんだか気恥ずかしくなってきてついつい目線を彼の顔から外してしまう三葉。
その問に彼は口の中の物を飲み込んだ後に真顔で答えた。
「いや、俺も三葉をおかずにしたら身体が満たされるかなって思って。試してるだけ」
「あっ、そ、そうなんだ」
な~んだ、とちょっと安心する。彼は単に自分のマネをしているだけなのだ。
しかしそこで三葉は先ほどから自分の、おにぎりを食べる動きが止まっていることに気が付いた。
先ほどまであれほど空腹に苛まれていたというのに、今はそれを感じない。
それどころか胸の奥、肺や胃の部分が圧迫されるような感覚さえ覚える。
「あれ? なんかお腹いっぱいになっちゃった」
「そう? じゃあ三葉は俺をオカズにして腹が膨れたんじゃない?」
「そうなのかな?
なんかお腹の中が逆にジンジンするっていうか、ムズムズし始めたんだけど……」
「お腹痛いのか?」
「ううん、痛いわけじゃないんだけど……なんだろ?」
変な感じ、と呟く彼女。
「タ、タカトシ君はどう? 私をおかずにするとお腹膨れた?」
「うん?ん~……むしろもっと腹減った気分」
「そうなんだ、男子と女子で違うのかなぁ?」
「はは、変だよな」
「ふふ、変だよね」
弁当を間にはさみながら向かい合って笑う二人。
ちょっとずれてはいるが微笑ましい青春の一ページである。
【妙な間】
その次の日。
今日は生徒会室でお昼を食べている津田。
他にはアリアが弁当を広げて食べていた。
二人向かい合って弁当を食べていれば、自然と相手の弁当箱の内容にも目がいくものである。
「毎度ながら七条先輩の弁当豪華ですよね?」
「そう?」
「よかったら一口いかが?」
「えっ、いいんですか?」
別に催促したつもりはなかったのだが、嬉しい提案である。
豪華な内容に、味はどうなのだろうとやっぱり気にはなっていたのである。
「はい、このアワビのステーキなんてお薦めよ」
アリアは弁当からアワビを箸でつまむと、津田の口に持って行った。
確か以前、彼女はアワビが苦手と言っていたなぁとか、嫌いなもの押しつけられただけなんじゃとかも考えた。
でも手皿で箸で具を掴んでの『あ~ん』である。
青少年の気恥ずかしいながらも憧れのあれだ。
昨日の食事風景とはまた違った、これも青春の一ページである。
拒否するわけがない。むしろ進められているのがアワビだ。
女の子が食べさせてくれるおかずがアワビ、意味深である。
「あ~ん……」
「……あ~ん、もぐもぐ……うまい!?」
「そう? よかった。じゃあ次はこれは?」
そう言って今度は箸をいったん置いて、スプーンを取り出すアリア。
タッパーを取り出し、中からすくい上げたのは赤いゼリー状のもの。
「はい、スッポンのゼリー。おいしいわよ?」
「わぁ、俺スッポン食べたことないです」
「あらあら、はいあ~ん」
「あ~ん……」
スッポンを食べたことがないという津田に何故か嬉しそうなアリア。
意気揚々と手皿をそえて彼の口へとゼリーを運ぶ。
そんな時、背後の扉ががちゃりと開いた。
顔を見せたのはシノだった。
「…………」
「……?」
「……」
なんとなく固まってしまった三人だった。
【天草対七条】
「……なんだそういうことか」
それまでの経緯を聞いてどこか胸をなでおろすシノ。
どうやら知らぬ間に生徒会間で恋愛に発展しているのかと危惧したらしい。
「しかしアリア、あまりこういうことは感心せんな」
「あらどうして?」
「手皿は一見上品に見えるが、実はれっきとしたマナー違反なのだ!!」
「でも精液の場合は妖艶さが増すと思うわ」
「くっ! なら、むしろ手を使わずに食べる方が妖艶じゃないのか!」
「両腕を拘束されたりして、自由に出来ない時の食事のこと?」
「そうだ!」
「確かにエッチな感じがするけど、それって犬食いじゃないの?」
「ぐっ!? なら口を使って……」
「口うつし? さすがに友達同士ではしないんじゃない?」
「……論破されてしまった」
「シノちゃんは口うつしがしたいの?」
「ち、違う!!」
「じゃあ両腕を拘束されて犬食いがしてみたいのね?」
「ち、違うんだ!! 津田もそんな目で見ないでくれ!!
本当に違うんだ……これは……その……あれだ…………違うも~~~~~~~ん!!」
手詰まりになったシノは敗北の悔し涙を流して走り去った。
今回の天草対七条の討論はシノの完全敗北で終わった。
最近何かと口でアリアに勝てない彼女である。
【津田君インタビュー】
「今日は副会長という立場から学園一有名な男子生徒、津田タカトシ君にインタビューをしたいと思います」
とある昼休み、階段の踊り場で津田は新聞部の面々に取り囲まれた。
どうやら抜き打ちでの突然なインタビューらしい。
畑がマイクを持って見知らぬ新聞部員の子が手にするビデオカメラに向かって話している。
「ずばりあなたの好みの女性は?」
彼女はマイクを津田の口元に持って行き、質問する。
いきなりのことで少しうろたえつつもとりあえず無難な回答をする津田。
「え、えー……あっ、笑顔の素敵な子とか」
「アへ顔の素敵な子だそうです!」
言質を取ったというような顔でカメラに向かって決め顔をする畑。
彼女はわざとらしく聞き間違えた。
彼女の中では副会長はエロいというのは決定事項なようだ。
「まぁ、聞き間違いではありますが……否定はしませんよ」
間違ってとらえられはしたものの、アへ顔も好きな彼は肯定した。
だって男の子だもの。
「では生徒会の面々の中ではどの女性が一番好み?」
「えっ、あの中ですか?」
そう問われて、う~ん、と考え込む津田。
黒髪ロングの美少女であるシノ。
普段凛としているが下ネタ好きで、ちょっと想定外なことがあるとすぐうろたえてしまう。
中々に内面も可愛らしい魅力的な女性だ。
豊満なバストの美人であるアリア。
おっとりとお淑やかで、しかし三人の中で一番思考がピンク色な女の子。
嫌みのない天然なところも魅力的な女性だ。
一番小さく子供のようなスズ。
三人の中では一番常識があり冷静であるが、子供っぽいところも一番多い女の子。
ああ見えて生徒会一の美脚をもつ。
ぱっと考えても、皆甲乙つけがたい魅力を持っている。
正直この子だ、と簡単には決められなかった。
「会長のような黒髪と、七条先輩のような女性らしい体型、萩村のような美脚。
三人を足して割ったら丁度ストライクかもしれませんね~」
ハハハ、と笑いながら冗談めかして言ってのける。
結局はみんな魅力的でいい女性ですよ、と津田は言いたかったのだ。
「黒髪、女性らしいスタイル、美脚……成程。
副会長は私のような女性が好みのようですね」
「あるぇー? なんでそうなるのー?」
自意識過剰な畑だった。
【ブラインダー】
所代わって生徒会室。
シノがノートパソコンに向ってぎこちなくキーボードに触れていた。
今現在彼女はパソコンの勉強中なのである。
アルファベットの母音と子音の位置を探しては、カチカチと一文字ずつ打つさまはまだまだぎこちない。
初心者まるだしの操作である。
「う~ん……パソコンは目が疲れるな」
画面から視線を離し、目がしらを揉むシノ。
「疲れない方法ありますよ?」
そう言って、今回のシノの教師役であるスズは鞄からあるものを取り出した。
取り出されたのは一つのアイマスク。
彼女は自身でそれを装着してみせると、手本とばかりにパソコンのキーボードに指を置く。
次の瞬間、指の動きが捕えられないほどに素早いブラインドタッチが始まった。
瞬く間に書類一枚分の文章を打ち終えるスズ。
あまり書かないと忘れがちだが、彼女は何でも完璧にこなす天才児なのである。
アイマスクを外し、簡単でしょう?と目で物語るスズ。
「お貸ししましょう」
「それで素人の私にどうしろと?」
私にできるわけないではないか、と呆れながらもシノはアイマスクを受け取った。
とりあえず装着してみる。
するとどうだろう、視界は真っ暗に閉ざされ何も見えない。
耳に聞こえてくるのは、グラウンドで練習する運動部の掛声。
吹奏楽部の笛の音。廊下を歩く誰かの靴音。
足に触れるパイプ椅子の金属部分のひんやりとした感触。
「成程……視界を閉ざすことでその他の感覚が研ぎ澄まされるんだな。
目隠しプレイがSMでもてはやされるわけだ」
「やっぱり返してください」
スズは一瞬で彼女の顔からアイマスクをもぎ取った。
【丸のみ】
一学期の終業式を行う体育館。
生徒会の面々はステージにあがり、校長のスピーチ中なので隅に立っていた。
ステージ中央では校長がありきたりな言葉を並べており、下にいる生徒たちは一様に気ダル気な雰囲気を醸し出している。
「毎度ステージに立つ時はキンチョーしますね」
高鳴る心臓を押えこむように胸に手を当ててつぶやく津田。
両隣にいたシノとアリアはその言葉が聞こえたらしく、同意したように頷く。
スピーチの邪魔にならないよう、顔は正面を向いて真面目な表情のまま。
しかし校長の話はいっさい聞かずに小声で雑談を始めた。
「確かにな。しかしこればかりは慣れるしかあるまい」
「そうね」
「気休め程度にしかならんが、『人』という字を書いて飲み込んではどうか?」
「気休めには程遠いかと……」
「では『妹』と書いてみてはどうか」
「津田君的には『姉』じゃない?」
「それじゃキンチョーの代わりにハツジョ―しちゃうでしょ?」
「お前ら私語は慎め」
「「「はーい」」」
皆の先生役、スズちゃんの小さな叱責の声が飛んだ。
【必要ないと思うんだ】
終業式も終えた放課後。
一学期最後の会議を行う生徒会の面々。
「みんなには夏休み期間中も登校してもらう日があると思う」
内容は夏休み中の生徒会の行動についてだ。
イベントごとの集中する二学期に向けて、何度か集まる必要がある。
その日程を決めてしまおうということらしい。
「その際、必要なものはありますか?」
「ほとんど雑務だから特にないな」
すぐに気になった点を質問するスズ。
「じゃあ手ぶらでいいんですね?」
「いや、服は着て来い」
「グラビア用語じゃねえよ」
「そっか、そうだな。今のは私の早とちりだった」
「ふふ、シノちゃんったら」
「そうですよ会長。
萩村がそんな手ぶらだなんて……むしろブラはまだ必要ないんじゃべし!?」
津田の顔面にスズの渾身の右ストレートがめり込んだ。