【夏の前菜】
夏日の差し込む生徒会室。
生徒会の面々が噂話の雑談に興じていた。
「一年生用のトイレには昔、自殺した生徒の幽霊が出るらしい」
シノが言うには何でもその昔、不幸なことがあって自殺してしまった女子生徒の霊が
自縛霊となって一年生用トイレに出没するらしい。
目撃したものが何人かおり、最近話題になってきている。
「――という怪談がまわりで流行っている」
「夏の定番ね~」
「非常にくだらないですね。
高校生にもなってそんな作り話で盛り上がるなんて」
シノが楽しそうに話しているのに共感するアリア。
しかしスズは冷たく切り捨てるのだった。
彼女としては非現実的なことは子供っぽいというイメージがあるのかもしれない。
そんな彼女をまぁまぁ、と津田がなだめつつも気になった疑問を口にする。
「でも会長、それって一年生用の女子トイレって話ですけど……
俺が聞いた話では二年生用のトイレだって聞きましたよ?」
「何、本当か!?」
「あら? そういえば私は三年生用のトイレに変質者の霊が出るって聞いたわ」
「幽霊はともかく変質者の霊か? 自殺者のじゃなくて?」
「なんでも昔、盗撮目的で侵入して足を滑らせて死んでしまった人の霊らしいの」
「なんですかそれ?」
「おもしろそうだな!」
せっかくだから探検にいこうと騒ぎだす三人。
「いや、作り話に決まってるでしょうが」
そんな彼等をスズのいつも通りの冷静なツッコミが止めるのだった。
後日。
「萩村、最近よく会うよなぁ……教職員用トイレで。」
「気のせいです」
「いやいや、気のせいじゃねぇだろ? 生徒用の使えよ」
「あなたは私にトイレに行くなって言うんですか!?」
「……だから生徒用を使えば……いや、何でもない」
【私にかまうな】
「あら、こんにちわ」
昼休み、食後になんとなくぶらぶらと歩いていた津田とスズ。
そんな彼等は中庭で偶然にも新聞部の畑とはちあわせた。
彼女はいつものようにカメラを手に何か撮影しようとしていたようである。
「畑先輩、何してるんですか?」
「盗み撮り」
「そういうのは駄目だって前に言いましたよね?」
「冗談ですよ。本当は学校の怪談の特集をしようと思ってその取材に……聞きたい?」
「へー、どんなのがあるんです?」
「……いいの?」
「?」
畑の何かを確認するような視線に、津田は隣を見た。
そこでは両耳に指を突っ込んで、両目を閉じて澄まし顔をしているスズがいる。
「耳がかゆいのよ。気にせず続けて」
【ノンフィクション】
スズが暗に構うなという姿勢を見せているので、そのまま話しを続ける津田と畑。
「これは実際にあった話よ」
定番の前ふりで話しだす畑の話を真剣な顔をして津田は聞いている。
ある女子生徒が気分が優れないといって保健室のベッドで休んでいたらしい。
疲れのせいか体調のせいか、気づけばそのまま寝入ってしまった女子生徒。
ふと腹部に違和感を感じて目を覚ます。
そこで彼女が目にしたものは……
「ベッドのシーツが血で真っ赤に染まっていたそうよ」
ごくり、と息を飲む津田。
耳をふさいで聞こえていないながらも、その空気にびくりとするスズ。
「なんでも生理が近いの忘れてて、あててなかったみたい。
うっかりさんよね?」
「なんだ~、てっきり保険医に寝込みを襲われて処女を失ったのかと思いましたよ」
そのオチにほっとする津田。
その安堵した様子を面白く思いながら、後輩の考えをやんわりと否定する。
「それはないわね、女子高だったからそれまでの校医も女性だったから」
「でも同性愛者の可能性もありますよね?」
「……それは盲点だったわ」
彼の言葉に何か思いついたのか畑はメモを取っていた。
【ちぇっ】
「でも結局その話じゃ全然恐くないですよね?」
「大丈夫、怖くなるよう捏造するから」
「駄目じゃん新聞部!!」
自信満々にサムズアップする畑に、ついつい本来のボケ役を忘れてツッコミをいれる津田。
その事実に気づきハッとする。
「この人……できる!?」
「フッ、まぁその話は置いておきましょう。他にもとっておきのネタがありましてね……
夜の音楽室から夜な夜な女の泣き声が……」
「まさか喘ぎ声ってオチじゃないですよね?」
「……ちぇー」
先に話のオチを言われてすねた顔をする畑。
彼女の口は漫画にすれば数字の3のようなやる気のない口をしていた。
「……」
なんとなくその口を見ていた津田は、何を思ったか人差し指を彼女の唇のすぼまりに突き入れた。
「……ほふぇはふぁんろふぁふぇふぇふふぁ?(これは何の真似ですか)」
「いや、つい」
特に意味はありません、と彼ははにかんだ。
なんとなく無表情な彼女が口をすぼめているなど珍しくてついやってしまったのだ。
その答えに、何を思ったのか。
「ふぉぉお!?」
「ひっ!?」
彼女は歯で彼の人差し指をロックすると口内でその指を舐めまわした。
これには予想外だった津田が素っ頓狂な声を上げる。
その声に隣にいたスズはより一層身を縮こまらせて目をきつく閉じるのだった。
【rhるうおhそvwhs!!】
ちょっとしたじゃれあいを済ませた津田と畑。
畑はいつも通りの無表情で「じゃ」という一言とともに去って行った。
残された彼は、今もまだ隣で耳をふさいでいるスズを見た。
眼はきつく閉じており、未だ畑が去ったことにすら気づいている様子はない。
足は内股ぎみに閉じており、微妙にぷるぷると震えてる気がしなくもない。
どうやら彼女は相当な怖がりなようだ。
その様子を見て何か使命感のような物を感じた津田。
決意の光を目に宿し、彼女の背後に気配を殺して回り込む。
腰をかがめて丁度顔が彼女のうなじの位置の高さに来るようにする。
そして……
「ふぅぅぅぅぅうううう~~~」
「rhるうおhそvwhs!!」
不意打ちで襲ってきた感覚に全身が鳥肌になったようにぞわぞわとするスズ。
あまりのことに絶叫してしまった。
中庭を囲むようにして立つ校舎の外壁に反響して、絶叫が木霊する。
「何すんだこらぁあああ!!」
「ごぶぅ!?」
状況を把握したスズは左足を振りかぶり気合一閃。
世界を狙えるかのような見事な金的蹴りを彼にお見舞いした。
その衝撃に意識が飛びそうになりながら、地面へと崩れ落ちる津田。
その彼の顔面に彼女の靴底が雨あられと降り注ぐ。
「この、この、この、この、毎度毎度人をおちょくりやがって!!」
「あぁああ!! 久々のこの感じぃいいいいい!!」
恍惚とする彼と、どこか怒りながらも生き生きとしているスズ。
いつのまにか恐怖感がすっきりと彼女の中から消えていた。
おちょくっているようではあるが、彼なりの優しさなのである。
そんな二人を学園の生徒たちは校舎から微笑ましく眺めていた。
【不機嫌?】
じゃれあいを終えた二人は中庭から移動して歩いていた。
並んで歩いてはいるものの、スズはそっぽを向いて彼の方に視線を向けようとしない。
どうやらまだ不機嫌な様子。
「ふぁぎむるぁ、くぅあいのにぐわてぬぁんだ?(萩村、怖いの苦手なんだ?)」
踏まれまくって、顔をぼこぼこに腫れあがらせた津田が隣の彼女に問う。
そんな彼の問いにそっぽを向きながらすねた様子でスズが答えた。
「……そうよ。どうせ私のこと子供っぽいって思ってるんでしょ」
スズは彼の聞き取りにくい声を正確に理解していた。
どうやらこんな状態も二人にとっては慣れたものらしい。
「まあひょうひき。ひぇもひょひぇひひょうひ、ふぁぎむるぁろころひれはのはひょはっはとほもうひょ
(まあ正直、でもそれ以上に、萩村のこと知れてよかったと思うよ)」
普段の顔なら男前に決まったようなセリフを吐く津田。
しかし顔がぼこぼこなため台無しだった。
横を通り過ぎた一般生徒も、彼が何を言っているのかさっぱりわからず首をかしげていた。
「…………」
スズには聞きとれたのかどうなのか。
ただ、彼女の顔は夕日に照らされてる異常に赤かった。