【自由恋愛】
いつもの桜才学園。
雑談をしながら廊下を一緒に歩く津田とアリア。
「へー、この学校創立50年なんですか」
「そ、だからいろんな伝説があるのよ」
伝説と聞いておお、と興味を刺激される津田。
たかだか50年、されど50年。
その歴史は深いだろう。
そういった場所で生まれる伝説、逸話というのは男女問わず心をひき付けられる物だ。
「たとえばどんなのがあるんですか?」
「んーと……そうねぇ。
あっ、たとえばあの中庭の木」
丁度通りかかった場所から中庭が見下ろせた。
その中庭の片隅には、なかなかに立派な木が植えられている。
彼女の指はその木を指示していた。
自然、彼の目もその木を見る。
「あれは告白の木って呼ばれててね」
「告白の木ですか。定番ですね」
「うん。あの木の下で告白すると恋が成就するって言われているの」
「へーーーー」
「そしてあそこでHなことをすると子宝にも恵まれるらしいわ」
「でもこの学園、去年まで女子高でしたよね?」
「うん」
「確か、それまでは教師も全員女性じゃなかったでしたっけ?」
「うん、そうね」
「恋愛はともかく……子宝?」
「きっと男の娘がいたのよ」
「なるほど」
漫画じゃないんだからそんなわけない。
そう思いつつ、でもそっちの方が面白そうなので賛同しておく津田であった。
こういうことはあまり深く考察してはいけないのだ。
【閉鎖空間】
放課後の桜才学園。
今日は会議もないので特にすることもなく、なんとなく廊下を歩いていた津田。
そんな彼に声をかける人物がいた。
「おお津田、いいところに」
「ん?横島先生、こんにちわ」
それは生徒会顧問の横島ナルコだった。
どうやら資料室で仕事をしていたらしく、ちょうど扉を開いたら前を津田が歩いていたようだ。
「悪いんだけどさ、資料室の整理手伝ってくれない?」
「いいですよ、別に」
一人じゃちょっときつくって……と苦笑いで話す横島先生。
特に用事もなく、なんとなく足の赴くままに歩いていただけの津田は快く引き受けた。
要するに、彼も暇だったのだ。
「いやー、悪いね。助かるよ」
笑顔の先生に促されるままに資料室に足を踏み入れる津田。
そこは様々なものがうず高く積み上げられ、なかなかに混沌とした状態である。
一応、部屋の中央に動き回れるようにスペースは確保されているものの、正直ごちゃごちゃした印象をうける。
「へー、これは確かに……一人じゃ大変そうですね」
「だろー?(ガチャリ)」
「?」
部屋の中央に彼が来たとき、背後で何か音がした。
なんだろうとと津田が振り返ると、横島先生が後ろ手に扉の鍵をかけてしまっていた。
「おう!? 俺ってば閉じ込められました?」
「ちょっと雰囲気だそうとしようとしただけ……ハァハァ……何もしないわよ」
「そう言いつつ息を荒立ててるところが背徳感を刺激しちゃう~~~!!」
ノリノリでお互い向かい合い、まるでカバディのように臨戦態勢をとる二人であった。
【廊下にて】
「津田……?」
ちょうど廊下の角を曲がったところで、偶然津田を発見したスズ。
彼は今資料室に入っていくところだった。
今日は生徒会の活動は特にない。
そんな彼が、いったい資料室になんのようだろうと少し気になった。
資料室の廊下側の窓は二つ。
彼女に近い方から覗いてみようとしたがその窓は荷物が積み上げられてふさがれている。
同様に二つある入口の近い方も閉め切りになっていた。
特にこれと言って彼に用事があるわけでもないし、声をかける必要もないか。
そう考えていた時に、津田が入って行った扉のカギが閉まる音が聞こえた。
(鍵? なんで?)
そのことを不審に思ったスズは、立ち去るのを止めた。
もう一方の窓からそっと、中をのぞいてみる。
「津田…………」
資料室の中では、彼と横島先生が向かい合って息を荒立てながらお互い威嚇するように腰を低く構えていた。
【閉鎖空間2】
「ハァハァ……ハァハァ……」
「ハァハァ……ハァハァ……」
資料室の中で息を荒立てながら、お互いの隙を窺う二人。
先生はこれから行おうと思っている行為に期待しつつ、予想以上に津田のノリがよくてこのやり取りを楽しんでいた。
一方の津田も、思春期の情動と葛藤が渦を巻いて息を荒立てていた。
隙を見せれば殺される。彼のプロフィールから童貞という項目が消されてしまう。
むしろ思春期真っ盛りの彼からすれば大いに結構。
どうぞ私の童貞を奪ってくださいと差し出したいくらいである。
しかし受動的か能動的という大問題が彼に緊張感をもたらしていた。
美人女教師に迫られて、されるがままに童貞を奪われるのもいい。
それは健全な男子高校生の夢、ロマンあるシチュエーションの一つだろう。
しかし、情動に任せてむしろこちらから迫って童貞を捨てるというシチュエーションも捨てがたい。
今ここで隙を見せれば、なし崩し的に横島先生のされるがままになってしまう。
本当にこれでいいのか。
SでもありMでもある彼にとって、最初というのはこれからの方向性を決める大事なことなのである。
行為に及ばないという選択肢はそもそも彼の中にはこれっぽっちもなかった。
「ハァハァ……津田もどうして……なかな隙がないじゃないか……」
「ハァハァ……そういう先生こそ……ハァハ……は?」
お互い牽制し合いながらにやりと口を歪めて対峙しあう二人。
そんな時、津田が何かに気づいた。
ちょうど廊下側を向いて立っていた彼の視界。
横島先生の背後の窓に、見知った顔がこちらを覗きこんでいた。
「はぅあ!?」
「?」
いきなり奇声を発した彼を横島は不思議な顔をして眺めた。
「あわ、あわわわわわわ……」
突然慌てだした津田に、何か背後にいるのかと振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
特に窓の外から誰か覗いている風でもない。
それは横島が振り返る直前、スズが身をかがめて隠れたからなのだが。
しかしばっちりと津田は、彼女がこちらを冷たい蔑んだような眼で見ていたのを知っている。
あれは、教師と退廃的な行為に及ぼうとしていた自分を蔑んだ目だ。
あれは、結局お前は女なら誰でもいいんだなという呆れている目だ。
あれは、私のこと無理やり押し倒してあんなことしたくせにという目だ。
あれは、あのハイライトの消えた闇のような瞳は見たことがない。
あんな冷たい目で見られたらぞくぞくしちゃう~、とか思っている暇はない。
(このままじゃ、俺、萩村に話もしてもらえなくなるかもしれない!?)
津田が話しかけても無視する彼女。
津田がセクハラ発言をしても、ツッコミを入れずに全てスルーな彼女。
それ……なんて放置プレイ?
「放置はいやだぁああああ!!」
「おおう!? どうした津田!?」
いきなり豹変した彼に戸惑う先生。
しかし彼はお構いなしに窓に向って土下座した大声で誤った。
「スイマセンしたーーーー!!」
M属性も持っている彼も、放置プレイは嫌なのである。
【廊下にて2】
「放置はいやだぁああああ!!」
廊下で座り込んで、資料室から聞こえてくる津田の声を聞いていたスズ。
その彼女に声をかけるものがいた。
「ねぇねぇスズちゃん、こんなところで何してるの?」
「あっ、七条先輩……」
どうやらこんなところで座り込んでいるスズを見かけたアリアは、気になって声をかけてきたようだ。
なんとなく彼女がまるで隠れているように見えたので、アリアも何となく姿勢をかがめて近づいた。
「実は……」
簡単にスズは事の顛末をアリアに教えた。
「なるほど、津田君が先生と……」
興味を俄然そそられたアリアは、スズと一緒に覗いてみることにした。
【閉鎖空間3】
窓に向って土下座する津田に困惑する横島。
相変わらず振り向いても、窓の外には誰も立っている様子はない。
「おいおいどうした津田、誰に謝ってるんだ?」
お前私になんかしたっけか?と首を傾げる先生。
そんな彼女の様子に、もしや本当に誰もいないのかと津田は疑問に思った。
もしかしたら、心のどこかで感じていたかもしれない罪悪感が見せた幻だったのだろうか?
そんな淡い期待を胸に、そっと顔を上げる。
そこには、二つの見知った顔がこちらを覗いていた。
スズとアリアである。
「jshごっこrしえjけc!?」
「こ、こんどは何だ!?」
勢いあまって顔面を床にたたきつけるようにして再び土下座する津田。
あれは、あの眼はまずい。
あのハイライトの消えた眼は、俗にいうヤンデレというやつの眼ではないか?
もしかして俺、刺されるの?と不安になる。
しかも数が増えてる。
先ほどは一対二つの視線が彼を責めていたのに対し、今度は二対四つに増えていた。
何故だ、あんなヤンデレな目で見られるようなことを自分はしただろうか?
スズに対しては未遂ではあったが危ないところまではしてしまった。
でもアリアに関しては特に思いつかない。
どこで間違った。
俺は童貞のまま死ぬのか、殺されるのか?
いろいろと思考が渦巻き混乱する。
とりあえず彼には土下座をして許しをこうことしか選択肢が思いつかなかった。
【閉鎖空間4】
相変わらず土下座を続ける津田に困惑しっぱなしの横島先生。
彼女の頭からも、当初考えていたにゃんにゃんな行為はすでに吹き飛んでいる。
ただただこの状況をどうにかしようと彼に話しかけ続けた。
「なぁ、本当にどうしたんだよ津田」
彼はどうやら窓の外を気にしているようだが、何度か窓を見てみても誰かが覗いてる様子は見受けられない。
実際は窓の下に隠れているのだが、そんなことをいちいち確認しに行く彼女ではなかった。
「何を見たかしらんが……顔上げろって。な?」
「うぅ……」
優しく諭されてゆっくりと顔を上げる津田。
彼の鼻は床に叩きつけられて鼻血こそ出ていないものの赤くなっていた。
窓を見れば、そこには誰もいない。
その光景にあれは幻だったのかと、ほっとする自分がいた。
「ほら、誰もいないだろうが」
彼と一緒に確認した横島先生が津田に向きなおってにやりと笑う。
「そうですね……!?」
安堵のため息をつこうとした津田。
しかし出たのは口からの気体ではなく、鼻からの液体だった。
横島先生が彼に向きなおった瞬間、正確には窓に背を向けた瞬間。
窓の下からにょきりと人の顔が伸びてきた。
それはどれも見覚えのある顔で、ハイライトの消えた目をしていた。
左から順にスズ、アリア、シノと生徒会そろいぶみである。
「jpctcdcぬrcんrjhjんjにjckdzんぅいびrんvcぃんrpxじhrcjfjbcjんczxmdwぁm!!??」
二度あることは三度ある。
彼の奇声は校舎内にとどまらず町内にまで響き渡ったという。
ちなみに彼は「増えてる」と言いたかったらしい。