第92話
受け継がれていた魂
えんま怪獣 エンマーゴ 登場!
長い一日の夜が明けて、またハルケギニアに朝がやってきた。
「ガンフェニックス、バーナーオン!」
ウェストウッド村の朝日を浴びて、ガンフェニックストライカーが空に舞い上がる。そのコックピットには、昨日とは違ってガンウィンガーにリュウとセリザワ、ガンローダーにはジョージと、マリナと入れ替わりにハルケギニアの調査分析のためにやってきたテッペイ、そしてガンブースターにはミライと、後部座席に二人乗りでルイズと才人が乗っていた。目的地は、トリステインのタルブ村、そこにGUYSの人たちを待っている人がいるという才人の言葉に従って、彼らはまだその全容を知らない未知の星に、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
「いってらっしゃい、気をつけてね!」
村からは、テファにロングビル、それに子供たちが手を振りながらこの巨大な銀翼の不死鳥の飛び立ちを見送ってくれている。本当はロングビルにも来てもらいたかったのだが、彼女たちのせっかくの家族水入らずを邪魔するのも野暮と思って、今回は居残ってもらった。
そして、ガンフェニックスの後尾から伸びた、全長百メイルにも及ぶ長大な固定化をかけた綱の先には、キュルケ、タバサ、シエスタを乗せたシルフィードが、ぎゅっと先っぽを掴んで飛んでいた。
「発進するぞ、準備はいいか?」
「準備オーケー、いつでもいいわよ」
渡された簡易無線機を通して、リュウとキュルケは合図をかわした。ここからタルブ村まではシルフィードをぶっとおしで飛ばしたとしても一日以上はかかる。それでは日帰りが間に合わないので、こうしてガンフェニックスに牽引してもらうことになったのだ。ただし、近すぎたらガンフェニックスのジェット噴射に焼かれてしまうし、音速を軽く突破するガンフェニックスのスピードに生身の人間やシルフィードは耐えられないので、こうして長い綱を使って、さらにタバサの風魔法で空気の壁を作って風防代わりにしている。
「はじめはゆっくり行くけど、それでも速いようだったら速度を落とすから言ってくれ」
「大丈夫よ。わたしたちだって、空を飛ぶことには慣れてますから。遠慮なくフルスピードでいっちゃってくださいな」
「そうか? なら少し飛ばすが、あとで泣いてもしらねえぞ」
「どうぞどうぞ、タバサの『エア・シールド』は強力ですから、どうぞ存分においでなさってくださいな」
「……そうか、だったら遠慮はいらねえな」
ジェットコースターに初めて乗る子供のように、ガンフェニックスのパワーをなめきったキュルケのセリフにカチンときたリュウが、やや据わった言葉で了解を返したとき、才人はルイズをひざの上に乗せて座りながら、「おれ知ーらねえ」と、細目でつぶやいていた。また、キュルケの後ろに座っているシエスタと、特にタバサは嫌な予感がひしひしとしていたが、矢でも鉄砲でも持って来いとばかりに胸を張るキュルケの前に結局言い出せず、そして……
「テファおねえちゃん、あのひこおき、びゅーんってすごかったね」
「ええ、流れ星みたいだったね」
ほんの数秒で視界から消えていったガンフェニックスの残していった飛行機雲を、ティファニアと子供たちが指差しながら、いつまでも見つめていた。
それからおよそ一時間後、ガンフェニックスはタルブ村近郊の草原にその翼を休めていた。
「だからもう、言わないこっちゃないんだから」
夏の晴れ渡った日差しが差し込んで、蝉の声が四方八方から聞こえる中で、整備点検をするジョージと、この星の調査分析のデータをまとめるテッペイから少し離れた翼の下で日差しを避けて涼みながら、才人は呆れたようにつぶやいていた。
「自業自得よ。すぐ調子に乗るんだから、たまにはいい薬よ」
ルイズも、目の前のめったに見られるものではない光景に、いい気味だといわんばかりに、口元をゆがめていた。それはというと。
「うぇぇぇ……」
そう、飛行機酔い。超音速で飛ぶガンフェニックスの速度は、正しく彼女たちの安い想像を超えていた。まず、発進から二秒でシルフィードの最高速を突破して、四秒でゼロ戦の最高速を、十秒も経つころにはウェストウッド村の影も見えなくなり、二十秒後にはタバサがエア・シールドを維持できなくなるから止めてくれと悲鳴をあげて、ようやくと速度をその半分に落とされた。しかしそれからタルブ村へ着くまでの二十九分間、シルフィードは力いっぱい引っ張りまわされる凧のようにあおられ続けて、その結果。
「はぁ、はぁ……そ、空が茶色く見える」
彼女の人生で、これほど自分の言動を後悔したことはなかったに違いない。普通メイジは『フライ』の魔法によって空を飛ぶことには慣れているし、キュルケの場合はシルフィードに何回も乗せてもらって、高速で飛ぶことにも慣れていたはずだったのだが、あえて言うならポニーにしか乗ったことのない子供がいきなりサラブレッドに乗って競馬に出たようなものである。ガンフェニックスを甘く見てリュウを挑発したキュルケは、しっかりとその代償を体で支払わされたのだった。
それと、そんなキュルケの不注意な言動の犠牲者がもう一人。
「うぇぇぇ……なの、ね」
いや、もう一頭。
「飛行機酔いするドラゴンなんて、はじめて見たぜ」
「ああ、多分もう一生見ることもないと思うよ」
ジョージとテッペイが作業の手を止めてまで見るような、地球では決してお目にかかれない珍しい光景が、そこにあった。そう、自身の最高速度を軽く超えて引きずり回されたシルフィードもまた、ものの見事に目を回して、その後、着陸から三十分も経ったというのに、キュルケとシルフィードは仲良く草原の片隅でうずくまっていまだにもだえていた。
「うぁぁ……ぎもぢわるい」
「あ、あんたのせいなの、よね」
美少女とドラゴンが並んでリバースしている姿はシュールとしか言いようがないが、とりあえずもう数十分も風に当たっていれば治るだろう。幸い、シルフィードの声もGUYSの面々には聞こえていないようであることだし、超聴力を持っているマリナは今回来ていないし、ミライはここにはいない。
「ははは、ほんと、面白い連中だよな……」
だが、そうしてキュルケたちを見る才人の笑いに、苦いものが混じっているのを、ルイズは肌で感じていた。才人にとって、目の前の光景はもうすぐ日常のものではなくなりつつある。
ルイズはなんとなく、魔法学院に入学して、家から出て行った日のことを思い出した。あのときも、窮屈だったとはいえ慣れ親しんだ屋敷と家族に別れを告げて一人で出て行くのは、口には出さなかったがひどく不安だった。しかも、才人は一度帰ったら、もう二度とこちらに戻ってくることはできないかもしれないのだ。
だからこそ、彼は残り少ない時間を使ってこの場所にGUYSの面々を連れてきたのだろう。自分と同じ運命を背負って、自分と同じ選択肢を与えられなかった人のために。
ここにいるのは、才人とルイズ、ジョージとテッペイ。それからキュルケとシルフィードをのぞけば、飛行機酔いなどにはびくともせずに、ガンウィンガーの座席に座らせてもらって何事もなかったかのように本を読んでいるタバサのみで、そのほかの面々はいない。いや、いる場所はわかっているが、そこに立ち入る資格はこの場にいる人間にはないのだ。
ウェストウッド村を出発してから三十分後、タルブ村郊外の草原に着陸したガンフェニックスを待っていたのは、当然歓迎などではなかった。村人たちは、突然やってきた巨大な戦闘機に恐れおののき、くわやすきを持って集まってきて、場は一時騒然となりかけた。
だがその中で唯一恐れる様子もなく近づいてきたのは、シエスタの母であるレリアだった。
「シエスタ、お帰りなさい」
「た、ただいま、お母さん」
着陸した瞬間に伸びてしまったシルフィードの背中から、やっぱり酔っ払いのようになって降りてきたシエスタを、レリアはなんでもないことのように、抱きとめるようにして受け止めた。
「お、おいレリアさん! あれ? よく見たらシエスタちゃんじゃねえか」
唐突によく見知ったシエスタが現れたことで村人たちのあいだにざわめきが走ったが、レリアは目を回している娘の肩を支えて立たせると、村人たちにもよく聞こえるように穏やかに言った。
「あらあら、あなたときたら、貴族のお嬢ちゃんたちの次は、また珍しいお客を連れてきたわね。おもてなしのお料理を作るのが大変じゃないの」
その警戒心などひとかけらもこもっていない優しい言葉に、村人たちの敵意も急速にやわらいでいき、今がチャンスと才人は叫んだ。
「おばさん、お久しぶりです! 連絡もなしで突然押しかけてすいません!」
「あら、サイトくん。娘がお世話になってるわね。元気そうでなによりだわ」
シエスタの母は以前と同じように、娘より少ししわが入っているが、そっくりな優しさを浮かべた顔で二人を迎えてくれた。
「どうも、すいませんがまたお世話になりたいんですが、よろしいですか?」
「ええ、シエスタのお友達ならいつでも大歓迎よ。何人でも、どんときなさい!」
その豪快に胸を叩いて陽気に笑う姿に、GUYSの面々はサーペント星人に体を乗っ取られたが、家族への愛の強さで逆に星人の体を乗っ取り返してしまった前代未聞のGUYSの食堂のおばちゃんを思い出した。
「シエスタのお母さん、相変わらずだな」
「うちのお母様では、考えられないことだけどね」
コクピットから降りた才人とルイズは、無礼な来訪などお構いなしといった様子でよそ者である自分たちを迎え入れてくれたレリアに笑い返し、シルフィードからもヘロヘロになったキュルケがタバサに支えられて降りてきた。
「……大丈夫?」
「は、話しかけないで……うぇっぷ」
死神に取り付かれたとは、こういうことを言うのであろう。青ざめきったキュルケの顔色に、さすがにリュウも悪いことをしたなと思ったが、GUYSを馬鹿にする奴は絶対に許せねえというのが彼の性分なのだから仕方ない。
また、村人たちも落ち着いてくると、彼らが前にコボルドの襲撃から村を守ってくれた一団だと思い出してくれたようで、手に持っていた武器代わりの農具をようやく下ろしてくれた。
「どうもすみません、お騒がせしちゃいまして」
他人に頭を下げるという習慣の無いルイズに代わって才人が村人たちに頭を下げて、ゾンビと紙一重のキュルケを支えながらタバサも可愛らしくぺこりとお辞儀をすると、村人たちにも安堵の色が流れた。
「なあんだ、人騒がせなあ」
「ってことは、これも貴族の新型のマジックアイテムかい。いやあ、最近は都会じゃすげえの作ってるんだなあ」
「それにしても、シエスタちゃんも帰ってくるたびに貴族のお知り合いを増やしてくるなあ。やっぱ、魔法学院に行った子は違うなあ。うちのバカ息子に、村一番の出世頭を見習わせたいくらいだぜ」
納得して、村人たちは気が抜けたように仕事に戻っていき、ガンフェニックスを珍しそうに見上げていた村人たちも、危険はないと説明すると、皆意外にもすんなり納得して帰っていってくれた。
「やれやれ、ほっとしたぜ」
まさか何も知らない村人に銃を向けるわけにはいかないので、コクピットから顔をのぞかせるだけだったリュウたちも、続々とガンフェニックスから降りてきた。
「うーん、空気がうまい!」
東京のスモッグ交じりの空気に慣れた地球の人間にとって、タルブ村のまじりっけのない空気は新鮮そのものであった。思いっきり深呼吸して、肺の奥底にまで吸いこんだ空気は、みずみずしく彼らの体内を癒していく。
だが、そうして降りてきたGUYSの面々の着ている制服のデザインを間近で見て、レリアは古い思い出の中にある祖父の勇姿と、ひとつの約束をはっきりと思い出していた。
「あの、なにか?」
リュウたちが着ているGUYSの制服をじっと見つめていたレリアは、あまりにじろじろと見つめられているので不思議に思ったミライから尋ねられた。そして覚悟を決めるかのように軽く息を吸い込み、そして才人たちはすでに知る、この世界と地球の二つの血から生まれた言葉で言った。
「あなた方が来るのを、ずっとお待ちしていました。クルー・ガイズ・ジャパンの皆さん。ようこそタルブ村へ」
「えっ!?」
リュウたちの顔から余裕が消えた。自分たちは、この村へ来るのは初めてのはずだ。それなのになぜ、自分たちがGUYSであると知っているのだ。
「驚かれているようですね。ですがあなた方のことは祖父からよく聞かされてきました」
「祖父……おれたちや、才人くん以前にも地球人がここに来ていたのか!?」
「ええ、残念ながらすでに亡くなってしまいましたが。とにかく、歓迎いたしますわ。シエスタ、皆さんをご案内して」
「は、はーい。じゃ、じゃあ皆さん、こちらでふう」
「こら、いいかげんしゃきっとしなさい。皆さんに失礼でしょう」
まだ飛行機酔いの覚めやらぬシエスタに、母の厳しくも優しい叱咤が飛んだ。軽く両手でほおを叩いた手が、小さな乾いた音を立てて、夢と現実のはざまの世界から娘を連れ戻した。
「はっ! あわわわ……し、失礼いたしました。じゃ、じゃあ皆さんこちらです!」
やっとこさ自分を取り戻したシエスタは、背筋をぴしっと伸ばし、皆の前に立って案内しはじめた。が、やっぱり数歩あるいたら千鳥足になってしまって失笑を買い、母に叱られてしまった。
けれども、狭くも無い道を踏み外しそうになりながら必死で歩くシエスタの、本人に言っては悪いが愉快な姿は殺気だっていたリュウたちの心を落ち着かせてくれた。ただ、そんな母娘の姿は、今の才人には残酷なほどにまぶしく映って見え、ルイズが隣にいるというのに目頭を熱くさせた。
「サイト、どうかしたの?」
「いや……なんとなくお袋を思い出しちまってな」
「お母さんのこと?」
「ああ、なんでかな。前に来たときは、こんなに感じなかったんだが、変だな」
しかし、それがどうしてなのかは、ルイズにだって痛いくらいにわかった。
やっぱり、サイトは自分の家に帰りたいんだ……
深く考える必要も、誰に答え合わせをしてもらう必要もないくらいに明確すぎる答えが、ルイズの心に深く突き刺さった。
それから、レリアとシエスタたち親子は才人たちも半月前に見た村はずれの寺院へと、GUYSの人たちを連れて行った。そしてそこで……
「こい……つは!」
あのときと同じ姿で、静かに銀色の翼を休ませてGUYSガンクルセイダーはそこで彼らを待っていた。
「これは、旧GUYSの!?」
「ああ、ディノゾール戦で全滅した……」
ミライやジョージも、想像もしていなかった地球の産物に、以前の才人と同じく驚きを隠せずにいた。かつて、ディノゾール戦からこの世界に流れ着き、吸血怪獣ギマイラ戦で一度だけ蘇った翼は、その両翼に描かれたGUYSのシンボルを薄れさせながらも、主人の意思を受け継ぐように確かにそこにあり続け、その傍らに立つ日本語で刻まれた石碑の文字は、六十年の時を超えて、戦友たちを再会させてくれた。
「佐々木……」
「佐々木、先輩……」
佐々木隊員と同じ、旧GUYSの生き残りであるセリザワとリュウは、死んだと思っていた戦友の名前をそこに見て、こみ上げてくる懐かしさと、表現のしようもない感覚に襲われて、まなじりを熱くした。
そして、彼がこの世界に残したもう一つのものも……
「あんたが、佐々木先輩の……」
レリアが差し出した、佐々木隊員の使っていた古びたGUYSメモリーディスプレイ。そこには、怪獣調査用の写真撮影機能で写された、やや老けてこの世界の服を着た佐々木隊員が、今のシエスタによく似た若い女性と並んで、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている写真が映し出されていた。
「確かに、君たちには佐々木の面影がある」
普段寡黙なセリザワも、ぐっと何かをこらえているように親子の顔を見比べて、そして懐から古びた写真を取り出してレリアに手渡した。それは、ディノゾール戦前のセリザワが隊長を務めていたころの旧GUYSクルーの集合写真。中央にセリザワ、その隣にリュウ、周りにはあの日の戦いで戦死した旧GUYSクルーたち、その中に、在りし日の佐々木隊員が誇らしげに立っていた。
「! 間違いありません。おじいさんです……」
「佐々木は、優秀なGUYSの隊員だった。もう怪獣など出ないと言われている時代でも、暇さえあれば訓練に励み、ほこりの積もった過去の資料に目を通しているようなな。おれは体力じゃあリュウのやつには敵わないけど、だったらほかの全部であいつより上になってやる、後輩に負けるわけにはいかんですからねとよく言っていた。あいつが生きていればと、何度思ったが知れんが……そうか、佐々木は最後まで立派なGUYS隊員だったのだな」
「はい、おじいさんは、生きているあいだずっとこの村や私たち家族を守ってくれました。だから、私たちはおじいさんを、おじいさんの残してくれた誰かのために生きるという強い意志を、この黒い髪を誇りに思っています」
そのときのリュウとセリザワの顔を、ジョージや才人たちは直視することはできなかった。いや、見てはいけないと思ったのだろう。ただ、佐々木隊員の孫娘と、ひ孫の声だけが静かに響いた。
「私はおじいさんが他界するまで、ずっとそばで育ててもらいました。おじいさんは、ときどき妙なことを言って皆を不思議がらせる変わり者と思われていましたが、とても優しい人でした。今でもよく覚えてるのは、「おなかいっぱいパンを食べて、はだしで思いっきり外で遊んで来い。ただし道で遊ぶときは馬に気をつけろ。たとえいじめられても誰かに泣きつかずに、一度自分の力で思いっきりぶつかれ。あとそれから、晴れた日には必ず布団を干すこと、これらを守っていたら、ウルトラマンみたいに強くなれるんだぞ」と、口癖のように言い聞かされました。それで私が「ウルトラマンって何?」と聞くと、「世界で一番強くてかっこいいヒーローさ」と、笑いながら言っていました」
「それに、わたしもおじいちゃんやお父さんから聞かされました。ひいおじいちゃんはとても働き者で正義感が強くて、悪漢が襲ってきたら先頭に立って戦って、飢饉が起きれば危険な狩りに出かけていって、そして雨が降らずに、村の皆が高額の報酬を要求する水のメイジに財産を差し出そうとすると、他人の力を頼りにするなと一喝して、とうとう井戸を掘り当てたりしたそうです。わたしたちは、そうして村をかげから支えてきたひいおじいちゃんのようになれと、小さいころから教えられてきました」
それを聞いてミライは、「それってウルトラ5つの誓いのことじゃ!?」と叫ぶと、レリアは黙ってうなづき、そしてガンクルセイダーを見上げた。
「祖父は死ぬ前に、もしもこの翼に描かれたマークと同じシンボルを持つ者がこの地を訪れたら、これを返してあげるようにと言い残していました。俺はこの世界に骨をうずめるが、せめてこいつは鉄くずでもいいから、地球の土に返してやってほしいと」
それは、自らと血肉を分けて戦った愛機に対する愛情だったのか、それともハルケギニアの人間になってもなお、地球への思いを捨てきれなかった佐々木隊員の望郷の念だったのかは、もはや死者の胸のうちにしかなかった。
「ですから、これはあなた方にお返しします。おじいさんの形見として、ずっと私たちを見守ってくれましたが、私たちではこれを役立てることはできません。あるべきところに返してあげたいのです」
親子四代にも渡って受け継がれてきた願いに、現GUYSの隊長であるリュウはブーツのかかとを合わせると、表情を引き締めた。
「これまで、我がCREW GUYSの魂をお守りいただき、どうもありがとうございました。佐々木隊員の志は、私が責任を持ってお引き受けいたします!」
するとレリアはほっとした表情を浮かべて、お願いしますと深々と会釈した。そしてそれから寂しげにガンクルセイダーを見上げて言った。
「サイトくんがやってきたときから、なんとなく、近いうちにこんなことが起きるんじゃないかと予感していて、飛んでくるあなたがたの飛行機を見たときに確信しました。祖父の遺言を果たす日が来たんだと」
しばらく無言で、戦友の忘れ形見の顔を見つめていたリュウは、ジョージやテッペイに背を向けたままで、ぽつりと言った。
「わりい、しばらく俺とセリザワ隊長と、この人たちだけにしてくれねえか?」
「……ガンフェニックスで待ってるぜ」
肩を小さく震わせながら言うリュウの頼みに、ジョージはテッペイと才人の肩を軽く叩いて、寺院の外へと出て行った。
「シエスタ、あなたも先に帰っておもてなしの用意をしていなさい。作るものは、あなたにまかせるわ……あ、いけない、ちょうど家の材料を切らしてたわ」
「じゃあ、倉庫に寄っていきます。サイトさんも……もう一度、タルブの味を味わってから……いえ、なんでもないです」
「あ、力仕事なら僕も手伝います!」
シエスタは、なにかを思いつめたように外に飛び出していき、それをミライが追いかけていった。そうして最後に才人たちも扉を閉めて出ていって三人だけになると、レリアは自分の祖父にして元GUYS隊員、佐々木武雄がこの世界のこの村で送った人生を、一つ一つ語り始めた。
そして、草原に着陸したままのガンフェニックスに戻った一行は、それぞれがこの世界で一生を終えた一人の地球人のことに対して思いを寄せた。中でも才人は寺院での話に何か感じることがあったのか、ガンフェニックスの着陸脚に背を預けて考え込んでしまっている。
ただ、村人の中にも商魂たくましい人がけっこういるもので、安全だとわかったら、相手は貴族であるからこの村の特産品であるぶどうや、それで作ったジュースやワインなどの加工品などを、荷車に載せて何人かが売りにやってきた。特に、まだ草原のすみで伸びている一人と一匹に酔い覚ましが売れたそうだが、GUYSの面々がハルケギニアの通貨などを持っているはずはないのでルイズの財布が少し軽くなることになった。
「毎度ありっと、お客さんいい買い物をしたねえ。今年のタルブの作物は国中のどこに出しても一番をとりますぜ」
「だったら、ちょっとくらいまけてくれてもよかったじゃないのよ」
「ちっちっ、いくらシエスタちゃんのお友達でも、それはそれこれはこれってやつでさ。けどまあ、こうして商売ができるのも平和が戻ったおかげでさあ。前にトリスタニアが怪獣にやられて焼けちまったときなんか、まったく買い手がつかなくなったし、国に送る復興資金を集めるとかで税金が高くなるってお触れが出たときは、もう首を吊ろうかって思いましたよ」
「……大変だったのね」
「いやいや、でも最近はだいぶ落ち着いてきましたので大丈夫ですよ。税金のほうも本国のほうから、勝手に税率の変更を禁ずるという勅令が出まして、取り立てられる寸前で助かりました。まったく、ウルトラマン様々、トリステイン万歳ってとこです」
ルイズは愉快そうに笑う村人の顔を見て、自分たちの戦いが無駄ではなかったと胸を熱くした。だがだからこそ、エースはまだこの世界を去るわけにはいかないのだ。
村人からはほかにも、今年のぶどうの出来は最高だったとか、昨日の晩に大地震が起こって南の山でひどい地滑りがおきたとか、どうでもいい情報もあったが、驚いたことに早くもアルビオンの最終決戦に関する情報が手に入った。それには、二大超獣や二人のウルトラマンやガンフェニックスのことなども当然入っていて、噂千里を走るということをこちらの世界でも実感させた。
だが、ガンフェニックスのことが知れ渡って捜索の手が伸びてくるのではという心配は、ほかの情報で杞憂となった。いわく、「戦いのさなかに日食が起こり、神の怒りが敵軍を壊滅させた」「伝説のフェニックスが降臨し、恐れおののいた敵軍がいっせいに降伏した」「ウェールズとアンリエッタが婚約して、まもなく両国のあいだで盛大なセレモニーが開かれるだろう」などと、伝わってくる最中に尾ひれがついたのだと思われるものも多数含まれていて、一同を苦笑させた。だが、これだけ情報が混乱していれば、その場にいた人間でもなければガンフェニックスを見てもなんだかはわからないだろうから、少なくともこの数日は確実に安全といえる。
ジョージとテッペイは、ルイズと村人たちのそんな会話を、自分たちの仕事をしながら立ち聞きしていた。
「それにしても、こうして見ると本当に地球のどこにでもある農村だよなあ」
「はい、それに農作物もほとんど地球のものと同一種です。まさか異星でぶどうをお目にかかれるとは思いませんでしたよ」
「まあな、しかしこれはうまい。いいワインが作れるだろうな」
植物などの採取分析をしていたテッペイと、ヨーロッパ生活の長いジョージがタルブ村の風景を眺めてつぶやいていた。本当に、言われなければ異星の風景だとはとても信じられない。
「なんか、佐々木隊員や、彼の気持ちもわかる気がするな」
「そうですね。それに、ウルトラマンレオもこんな気持ちだったんでしょうか」
二人は、もの憂いに考え込んでいる才人の姿に、以前ミライから聞いた話を思い出した。ウルトラマンレオの故郷、L77星は凶悪なマグマ星人と双子怪獣の猛威によって全滅させられ、地球を第二の故郷に決めて、その平和を命を懸けて守り抜いてきた。地球へ帰る術を失った佐々木隊員や、才人もこの世界で生きているうちにそんな気持ちになっていったのかもしれない。
「あれから、どのくらい経った?」
「まだ、十分足らずですよ」
何の心の準備もできないままに、重い運命を背負わされてしまった少年の背中は、歴戦の勇者である二人から見ても、不思議なほどに小さく見えた。
と、そのときテッペイのメモリーディスプレイに着信の合図が鳴り、開いたウィンドウにコノミの姿が映し出された。
「テッペイくん、どうそっちは?」
「いえ、まだです。もう少し、時間をあげてください」
「そう、つらいでしょうね。リュウさんとセリザワさん……」
この、かつて全滅した旧GUYSの生き残りがはるかな異世界に漂着して、そこで生涯を終えていたということはすでにフェニックスネストの残留組や、サコミズ総監方にも伝えられており、それは数々の怪事件を解決してきた彼らにも、過去になかったほどの衝撃を与えていた。
「才人くんのほかにも、ほかの世界に飛ばされていた人がいたなんて、驚きよね」
「でも、この世界に来ても佐々木隊員は、人々のために戦い続けてきたんですね。さすが、僕たちの先輩です。一度、お会いしてみたかったです」
ディノゾール戦で、殉職扱いになっている佐々木隊員のことを、今のGUYS隊員のほとんどは知らない。けれども、旧GUYSからの勤務を続けており彼と面識があったトリヤマ補佐官やマル秘書は、その報告を聞いた後で席を外していった。そのときのいつもの三枚目じみた姿からは想像できない沈痛な表情は、しばらく忘れられそうもなかった。
「ところで、なにか用事があったんじゃないのかい?」
「あっ、そうでした! そちらから送られた観測データの分析がすみましたから、転送します」
「うん、わかった」
テッペイは、メモリーディスプレイに映し出されてきた、生物の遺伝情報や地質のデータをざっと見渡したが、やはりどれもこのハルケギニアと呼ばれている星が異常なほど地球に似た環境の惑星であるという証明にほかならなかった。
「生物は独自の進化を遂げているけど、惑星の環境の九十九パーセントは地球とほぼ同質といってもいいのか……これは、惑星の環境が同じなら、生物の進化も同じような経路をたどるということなのかな」
もしそうだとすれば、生物の進化のしくみを知る上でまたとない発見となる。もしこの場に地球の科学者がいれば、よだれを垂らしてうらやましがったのが目に見えるほど、これは宇宙生物学だけでなく、人類が今後宇宙に生存圏を広げていく上で貴重な資料となるだろう。
「もしかしたら、これは地球人類史に残る大発見かもしれないぞ……いやいや、今はそれどころじゃなかった」
科学者としての功名心にかられそうになったテッペイは、慌てて今おかれた状況を自分に認識させた。かなり昔の話だが、東京都心に古代植物ジュランが根を張ったときも、生物学的に貴重な資料だから攻撃を待ってくれという学者がいたのだが、ジュランの危険性に気づいた彼は即座に炭酸ガス固定剤による攻撃に切り替えて、その結果被害を最小限度に抑えることができている。好奇心は、人間にとって大事なものだが、それも時と場合を考えなければならない。
「どうもありがとう。また、追加のデータがたまったら送信するよ」
「はい、あ、それからテッペイさん、そのあたりの地殻から、断層や火山帯のものとは違った異常振動が観測されています」
「異常振動……まさか、地底怪獣かい?」
「まだわかりません。杞憂ならいいんですが、念のため、気をつけてください」
通信を切って、テッペイは周囲の風景を見渡した。夏の日差しに照らされて、平和な村と、青々と葉を茂らせた木に覆われた山が平和な風景を続けている。このどこかの地底に、怪獣がいるかもしれない。なにか異常なことが起きれば、すぐに怪獣を疑うのは職業病かもしれないけれど、万一に備えてガンローダーのコックピットで、地底探知レーダーの準備を彼は進めていった。
それからまたいくらかの時間が緩慢に流れ、足元に射す影の長さが著しく縮んだ時刻になって、リュウとセリザワが戻ってきた。
「変わりはねえか?」
「なにも」
村はずれの寺院に安置してあったガンクルセイダーと、佐々木隊員の墓を目の前にした、旧GUYSの生き残りであるリュウとセリザワがなんと言ったのか、途中で引き返してきた才人も、ジョージやテッペイももちろん知らない。また、聞くのも野暮というものだ。
すると、こちらもタイミングよくお昼ごはんの用意ができましたよとシエスタが呼びにやってきた。そうなると、一応弁当は用意してきたけれども、ファントン星人を地球食でもてなしたり、サイコキノ星人とバーベキューをしたりしたGUYSの面々のことであるし、この星の食材が地球人には問題がないとわかっているので喜んで受けることにした。しかし……
「あの、ところでミライさんは?」
「いや、君といっしょじゃなかったのか」
「あれ、おかしいですね。先に皆さんを呼んでくるって……もしかして」
リュウたちの脳裏に浮かんだのは一様に『迷子』の一言であった。まさかとは思うのだが、”天然”と”お人よし”という言葉が服を着て歩いているような人なので、たとえば道端でおばあさんが困っていたりとかいう展開に遭遇したとしたら、躊躇無く助けに行ってしまうだろう。リュウはメモリーディスプレイで呼びつけようかと思ったが、まだ深刻に考え込んでいる才人を見ると、指を鳴らして。
「仕方ねえな……おい才人くん、悪いけど探しに行ってくれねえか?」
「あ、はいっ! じゃあちょっと行ってきます」
「あ、サイト……わたしも行くわ」
考えが堂々巡りに陥っていた才人は二つ返事で飛び出していって、ルイズも後を追うように走って村のほうに駆けていった。
「あの子たちに気を配るなんて、ちっとは隊長らしくなったじゃねえか」
「ああ、なんのことだ?」
「とぼけるなよ。これが気分転換になればいいと思ったんだろ。うじうじ考えるより、体を動かしたほうがいいからな。ま、お前らしいやり方だ。これでもほめてるんだぜ」
「ふん」
リュウは照れくさそうにそっぽを向くと、フェニックスネストへの追加報告のためにメモリーディスプレイの通信をつないだ。
そして、半月ぶりにタルブ村を歩き回った才人とルイズは、前のときに知り合った村人たちとあいさつをかわしながら、ミライを探し回っていたが、これが意外にも難航していた。
思ったとおり、ミライはあちらこちらで人助けをしていたようだ。道端で出会った子供のひざ小僧にカットバンが貼ってあったり、荷物を運んでくれたというおばあさんに会ったり、荷車を引いてくれたというおじさんとか、数え始めたら手の指だけでは足りないくらいだ。
「水戸黄門か、あの人は」
才人もルイズによくお人よしがすぎると言われるが、ミライはそれ以上だった。
「まさか、村中で人助けしてるんじゃないでしょうね」
ありえない、と言えないところが怖かった。とにかくあっちに言ったという村人からの情報で、北へ西へと駆け回っているのだがなかなか見つからない。
「タ、タルブ村って、こんなに広かったかしら?」
「まるでロープレの無限回廊だぜ。いいかげん疲れてきた……」
ぜいぜいと息を切らしながら、二人は牧場の柵に腰を下ろして休んでいた。そんなに広くない村のはずなのに、行くところ行くところで行き違いになっている。おかげで鬱は吹き飛んだが、もうへとへとだ。
だが、もうあきらめて、向こうで待とうかなと思ったときだった。
”そこの二人、ちょいと手を貸せい”
「なによサイト、変な声出さないでよね」
「え? いや、おれじゃねえぞ」
突然耳元に響いた野太い声に、二人は思わず回りを見渡したが、あたりにはいるのは牛くらいで、村人の姿はなかった。しかし、「空耳かな?」と思ったとき。
”空耳ではない”
「! だ、誰だ!」
「何者! 出てきなさい!」
さすがに二回目ともなると、二人とも幻聴の線を廃してデルフリンガーと杖を握って周りを警戒した。しかし、やはりいくら見渡しても誰もいない。ただし、「透明宇宙人か?」と才人が言うと、”無礼者、拙者を愚弄するか!”と反応が返ってきたので、姿は見えないがけっこうノリのいい相手のようだ。
「拙者とか愚弄するなとか、まるで侍みたいなこと言いやがるな。出て来い!」
「そうよ、顔も見せずにものを言うなんて、あんたのほうが無礼じゃない」
”ほう、なかなか物分りのよい小僧に小娘じゃ。じゃが悪いが、こうも明るくては肉体を持たぬわしはお前たちに姿を見せられぬのじゃ。お主らは、どうやら異能の力を持つらしいので、こうしてわしの声も聞こえるであろうが、普通の人間では声すらも届かん。先の無礼は切に謝るので、今は何も言わずにわしの頼みを聞いてほしい”
「頼み?」
”うむ、この道をもうすぐ二人組の盗人が追われて逃げてくる。そやつらを捕らえて、盗まれたものをあるべき場所に返してほしい”
「盗人だって?」
「あっ、サイトあれ見て!」
すると道の向こうから、今言われたとおりに、二人組の男がなにやら包みを抱えて走ってくる。そしてその後ろから追ってくるのは。
「ミライさん!」
「あっ、サイトくん、ルイズちゃん、その二人を捕まえて! 泥棒だ」
「なんですって!」
謎の声の言うとおりに、本当に盗人がやってきた。よく見ると、一人の背中にはなにやら白い包みにくるまれた大きなものが担がれている。あれが盗まれたものか。二人は謎の声の言うことに従うべきかと躊躇したが、ここは一本道、ミライに追われて盗人は一直線にやってくる。おまけにその手にはナイフが握られ、どけどけどかねえとぶっ殺すぞと、ぶっそうなことを言っている。このままではルイズが危ないかもと思った才人は決断してデルフリンガーを正眼に構えた。
「おお! やっと出番か! このまま一言もしゃべれねええまま相棒が帰っちまうかと思ったぜ」
ワルド戦が途中でお流れになって、もう使われる機会がないものと思っていたデルフがうれしそうにつばを鳴らして、喜びを表現した。なのだが、彼は自分で自分の出番を削ってしまった。なぜなら、彼の台詞の後半の部分にルイズが眉を動かして、それで。
「いらないこと思い出させんじゃないわよ、この駄剣がああっ!」
ナパーム手りゅう弾も真っ青の爆発が、おしゃべりな剣とその主人、ついでに二人組の盗人もまとめてぶっ飛ばした。
「さ、才人くん、大丈夫かい!?」
「は、はひーっ」
半分ぼろ雑巾のようになった才人を、幸い爆発の影響圏からぎりぎり逃れられていたミライが慌てて助け起こした。
「ルイズちゃん、ひどいじゃないか!」
「うっさいわね! 手間がはぶけたでしょうが、こいつが明日どうしようと、それまではわたしの使い魔なんだから、わたしがどうしようと勝手でしょ!」
ルイズとミライのあいだに、険悪な空気が流れかけた。しかしミライは冷たく才人を見下ろしているはずのルイズの目が、微細に潤んでいることを見て、彼女が口と心を合反させていることに気がついた。
「ルイズちゃん、君は……」
「……」
”あーっ、取り込み中のところすまぬが、先にそやつらから盗まれたものを取り返してくれぬかのう”
「あっ、はい!」
そこでようやく三人は、自分たちが何をしていたのかを思い出して、才人を揺り起こすと、爆発に呑まれてしまった盗人二人組に駆け寄った。なんでも、ミライもこの不思議な声に頼まれて、この二人を追ってきたのだそうだ。むろん彼も最初は驚いたが、邪悪な気配は感じなかったというので、ほかの村人たちと同じように頼みを聞いたのだという。
二人組は完璧に気絶していて、担いでいた包みは地面に転げ落ちている。だが、その布の中から姿を見せている、丸い頭をして手を合わせた形の石像に、才人は目を丸くした。
「変わった形の石像ね」
「いや、こりゃお地蔵様だ。おれたちの世界の神様の像だよ」
これはまた、なんでこんなものがハルケギニアに? だが、その地蔵を持ち上げようとした時、突如彼らの立っている地面を象の大群が足踏みしたような激震が襲った。
「きゃあっ! じ、地震!?」
”どうやら、遅かったようじゃな”
そのとき、タルブ村の南の山奥では、常識ではありえないほどの地震が起こり、林が陥没し、地下水が吹き上げ、山肌はことごとく森林ごと崩れ落ちた。そして、無残に崩れ落ちた山肌を内側から貫いて出現した真っ黒な空洞から、恐ろしげな叫び声とともに、真っ赤な目と、いっぱいに牙を生やし大きく裂けた口を持つ魔神が現れた。
その手には鈍く鉄色に輝く巨大な剣と丸い盾を持ち、全身を金色に輝く鎧で覆い、『王』と刻まれた冠を掲げるその姿は、まさに地獄のえんま大王そのもの。
今、地獄からの使者、えんま怪獣エンマーゴの封印が解かれてしまったのだ。
続く