ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第91話  迷いと戸惑いと…

 第91話

 迷いと戸惑いと…

 

 ウルトラの父

 ゾフィー 登場

 

 

「地球に……帰れるのか……」

 戦いから時が過ぎて、すっかり日も落ちた静かな夜の闇に才人のつぶやきが流れて消えた。

 ここは、ウェストウッド村のティファニアの家、さらにその隣にある小さな畑。超獣サボテンダーに踏み潰されたあとに耕しなおされたが、作物は時期を逃したために黒い土があらわになっている。けれども空を見るには村の中で一番開けているその真ん中がちょうどよく、才人はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、かかしになったようにもう二時間もこうして空を見続けていた。

「サイト、もういいかげん中に入りなさい。スープが片付かなくて、テファが困ってるわよ」

 背中からした声に振り向いてみると、そこには彼のご主人様が一人で立っていた。

「ルイズ、悪い、今メシを食う気にはなれないんだ」

「そう……でも、あれだけ動いたんだから、食べなきゃ体がもたないわよ……って、ミス・ロングビルが言ってたわ」

「……サンキュー」

 柄にも無く穏やかな口調で、ずっと戦いどおしだった才人の身を下手な照れ隠しをしながら案じてくれているルイズに、今の才人は一言の礼を持ってしか答えることができなかった。

 二大超獣との激闘から、もう六、七時間はゆうに過ぎた。あれから後で、GUYSの面々といったん別れた才人とルイズたちは、避難していたロングビルやティファニアたちといっしょに、ウェストウッド村に帰ってきていた。しかし、皆と再会しても才人は上の空で夕食にも参加せずに、こうしてずっと一人でもの思いにふけっていたのだ。

「まだ、あのことを考えてたの?」

「ああ」

 それ以上を言う気力は湧かずに短く答えた才人に、ルイズも無理に問いただそうとはしなかった。いつものように強権的に口を開かせるには、その問題はあまりにも重すぎたからである。

「あの空の上に、あなたの故郷があるのね」

「ああ……おれのふるさと、地球が……」

「チキュウ……」

 ルイズは、感情の浮かんでいない言葉で、才人の故郷の名前を復唱した。今や、手の届かない幻ではなくなった地球へとつながる亜空間ゲート、それがこの空のはるか上に月の光に隠れて、確かに存在しているのだ。

「あの先に、日本が、東京が、アキバが、おれの学校も、友達も……母さんも、父さんもいる」

「……」

 きっと今、才人は故郷にいたころの思い出を一つ一つ呼び起こしているのだろう。もう二度と帰れないと思っていた自分の家や、離れ離れになってしまった家族、思い出は、その人間の過去から今へと続く大切な架け橋だ。悲しいものも、うれしいものも、今の自分を形作るかけがえのないブロック。そしてルイズも、そんな彼の姿に、意図しなかったとはいえ才人にそんな苦しみを与えてしまったことに罪悪感を感じていたから、じっとその横顔を見つめていた。

 だが、思い出に浸るだけでは未来には踏み出せない。

「サイト、まだ迷ってる?」

「わからない……というか、まだ心の整理がついてないのが正直なとこだ」

「そうね。たった一日で、あまりにも多くのことがありすぎたわ……」

 才人とルイズは、満天の星空の下で二つの月を見上げながら、これまでの人生で一番長かった今日の日の出来事を思い出した。

 

 レコン・キスタと王党派・トリステイン連合軍の最終決戦。姿を現した超獣ブロッケンとバキシムとの死闘と敗北、そして時空を超えて助けにきてくれたウルトラマンメビウスとCREW GUYS。彼らはまさにハルケギニアの伝説にあるとおりの、奇跡となってこの星とエースの絶対絶命の危機を救った。

 しかし、戦いに勝利して才人とルイズの前に現れた彼らとの出会いは、そのまま才人にとって喜びとはならなかった。時空を超えてハルケギニアにやってきたGUYSの存在は、この世界にとってイレギュラーな存在である才人に、ここは地球ではなく、自らもまたこの世界には異質な存在であることを自覚させ、そして地球人としてこのハルケギニアでどうするのかの、重要な決断を迫っていた。

 

「地球に、帰れる……」

 リュウからその言葉を聞いたときに、才人の心を貫いたのは歓喜ではなく、狼に育てられた少年が初めて人間を見たときの、そんな感情だったかもしれない。

 地球、それは才人の故里。才人が生まれ、育ち、多くの人を愛し、そして愛されてきた、忘れることのできない思い出の場所。しかし今、地球という言葉は残酷なまでの鋭さをもって才人の胸に突き刺さっていた。

「地球に、本当に帰れるんですか?」

「ああ、そのためにガンスピーダーの座席を一つ空けてきたんだ。それに、君は家族から捜索願いが出ている。ご両親も、大変心配しておられるようだ」

 その言葉を聞いて、才人の心に強い衝撃が襲った。

「おれがここにいることを、母さんたちは」

「いや、まだご存じない。なにせ、時空を超えた場所にいるなんて、俺たちでさえ半信半疑だったんだ」

「そう、ですよね」

 才人の心に、忘れかけていた両親のことが蘇ってきた。勉強しなさいとばかり言っていた母に、無口なサラリーマンだった父。あのころはそんな特別なものだとも、貴重なものだとも思っていなかったが、離れてみたら、思い出してみたら喉の奥から何かが湧いてきて、あふれそうになってくる。だがそれと同じくらいに、思い出すと胸が締め付けられる人たちがこの世界にもいることに、才人は気づいた。

 

 この世界で出会った人たち。ほんの半年に過ぎないが、いろんな人たちと出会った。意地悪な奴、悪い奴もいた。でも優しくしてくれた人もたくさんいた。

 

 才人の学院での生活を陰ながら支えてくれたオスマン。

 キザでバカでアホだけど、けっこう気さくでいいところのあるギーシュ。

 身分のかきねを越えて友達になれたギムリやレイナールたち。

 優しくて可愛いメイドのシエスタに、すっかり頼りになる先生になったロングビル。

 人間じゃないけど、たよりになる相棒のデルフリンガー。

 綺麗で尊敬できるお姫様、アンリエッタ。

 きびしいけれども、自分を認めて頼りにしてくれたアニエス。

 自分自身の罪と向き合って、人間の弱さと強さを見せてくれたミシェル。

 ふざけてばかりいるけど、いつでも明るくはげましてくれるキュルケ。

 無口だけど、いつもいざというときには助けてくれるタバサ。

 

 才人は地球に帰れるという現実を前にして、いつの間にかハルケギニアが居心地良くなっていた自分が生まれていたことに気がついた。

 

 そして、そばにいるだけで、胸が高鳴るご主人様。

 高慢ちきで、生意気で乱暴だけど、たまに見せる優しさが、胸をどうにかするルイズ。

 桃色のブロンドと、大粒のとび色の瞳を持った女の子……

 

 誰一人として、大切でない人はいない。誰一人として、別れたい人はいない。

 帰りたいのは事実だ。しかし、この人たちと別れていくのは、身を切られるように苦しくてつらい。けれども、地球でもそうして自分のことを思ってくれているであろう両親や、友達のことを考えると、同じくらい苦しくなった。

 

 そして、それはもう一人にも、つらい現実を突きつけていた。

「……ねえサイト、今の話、よく聞こえてなかった。もう一回言ってくれる」

 リュウが最初に才人にその言葉を言ってから、ずっと魂の抜けた幽霊のように立ち続けていたルイズの、いつもでは考えられないほどに弱弱しい声でつぶやかれたその言葉が、才人を夢想の世界から呼び戻した。

「ルイズ」

「ねえ、この人たちなんて言ったの? わたし、話の意味がよくわからなかったから」

「地球に、おれの故郷に帰れるんだってさ」

 もしこのとき才人が落ち着いていれば、ルイズの言葉のその奥に込められている思いを、断片だけでも読み取ることができたかもしれない。だが、今の彼にはその余裕も、ましてや相手の気持ちを充分に汲み取ってやるだけの経験ももってはおらず、残酷にも質問に対する回答をそっくりそのまま彼女に返してしまった。

 

”サイトが、帰る……?

 

 ルイズはその言葉を聞いたとき、長い裁判の末に死刑判決を宣告された被告人のように、だらしなく口を開けて、両腕をだらりと垂れ下がらせて立ち尽くした。けれども、ルイズの明晰な頭脳は痴呆に陥って逃避することを許さずに、その言葉の指し示す意味と、それがもたらす結果を正確に読み取って、反射的に叫んでしまっていた。

「な、なによそれ! 使い魔は主人と一心同体ってのを忘れたの!? あんたは死ぬまで、わたしの使い魔なん、だか、ら……」

 いつものように怒鳴りつけようとしたルイズの言葉は、その中途で才人のうつむいた横顔を見てしまったことで、失速して消えてしまった。

”サイト、泣いてるの……”

 ルイズの目の前で、才人は涙を流さずに泣いていた。歯を食いしばり、こぶしを強く握り締めて、涙を見せまいとして泣いていた。

 使い魔だからといって引き止めることは簡単だ。しかし、両親に会いたいという才人を引き止める権利が自分にあるのか? いや、そんなことは言い訳だ。自分は恐れている。才人を失うことに、彼が隣からいなくなることに。

 半年前、ルイズは一人ぼっちだった。魔法の才能がなく、学院の誰からも見下げられ、ゼロのルイズとさげすまれて、誰にも頼らずに生きてきた。それが変わったのは、あの使い魔召喚の儀式からだ。才人が来てから、自分の周りは騒がしくなった。やたら騒ぎを起こし、トラブルを持ち込んでくるあいつがいなければギーシュやタバサとは、今でも名前も知らないに違いない。シエスタともティファニアとも知り合えず、一年のころと同じ孤独な学院生活を送っていたに違いない。

”わたし、ずっとサイトを頼って生きてきたんだ”

 ルイズはいつの間にか才人に大きく依存するようになってしまっていた自分に気づいて愕然とした。才人がいなくなったら、また自分は一人ぼっちになってしまう? それは今のルイズにとって、恐怖以外の何者でもなかったが、同時に決して口に出すことのできないものでもあった。

 

 一方、才人に地球に連れて帰れることを告げたリュウは善意のつもりで言ったのに、なぜか暗い顔をしている才人に首を傾げていたが、その鈍さに呆れたマリナが耳元でささやいた。

「このバカ! 考えてみなさいよ。前にインペライザーと戦ったときだって、ウルトラの国に帰らなきゃいけなくなったミライくんがどれだけつらかったか」

「! そうか……悪かった」

 失言に気づいてリュウが素直に謝ってくれるのも、才人にとっては余計に心苦しいだけであった。

「いえ、皆さん方が来てくれなくても、いつかはこうなるはずだったんです」

 前にフリッグの舞踏会のあとで、才人はルイズにヤプールの異次元空間を逆用すれば地球へ帰ることができるかもしれないと語った。しかしそれはおぼろげな可能性であったし、はるかな未来のことだと思っていた。

「おれはともかく、ウルトラマンAは絶対にいつかは元の世界に帰らなきゃならなかったんだ。そうなることはわかりきっていたはずなのに」

 そう、遅かれ早かれこんな機会が来ることはわかりきっていたはずなのに、自分の中の臆病な部分が、そのことについて考えることをずっと先延ばしにしていた。

 けれど、考えることを先延ばしにしていたのは才人だけではなかった。

「待ってよ、わたしとサイトの命はエースのおかげでつながってるのよ。サイトが帰っちゃったら、いったいどうなるの!?」

 悲鳴のように叫んだルイズの言葉に才人もはっとなった。そうだ、自分たち二人がウルトラマンAに合体変身するようになったのも、二人がベロクロンに殺されて、その命を助けるためだったではないか、ここで才人が地球に帰還してエースと分離することになったら、その命は。

 だがそれは、決断をしたくない、させたくないという二人の甘えが呼んだ一本の藁であった。そして、心の中のエースに問いただしてみた答えは、そんな二人のわずかな期待を簡単に打ち砕くものであった。

(君たち二人の負った傷は、もうほとんど治っている。才人くんから分離しても、もう問題はないだろう)

「……」

 明らかに肩を落とした様子の二人に、エースは罪悪感を覚えたが、ここはあえて厳しく突き放したのだった。なぜなら、ここで治っていないと言って才人をとどまらせるのは簡単だったが、それで惰性で戦い続けたとしても、そんな馴れ合いの関係ではいつか限界が来る。戦いは、何よりも強く心を持たなければ、悪辣なヤプールらのような侵略者の姦計とは戦えない。

 才人はじっと、指にはめられたウルトラリングを見つめた。あの日、二人がエースに救われて、その命を受け入れたときから、これは二人をつなぐ絆の象徴だった。しかし、才人がエースと分離すれば、当然これは……

「でもそれじゃあ、ルイズ一人でヤプールと戦うことになります。そんな、こいつを置いて帰るなんて」

 そう、才人がいなくてもヤプールが滅んだわけではない以上、エースはこの世界に残らなければならないだろう。そうなれば、今のところ新しい同調者もいないために必然的にルイズが一人で変身することになる。しかし、ルイズは激しく侮辱を受けたかのように口泡を飛ばして怒鳴り上げた。

「ば、馬鹿にしないでよね。あんた一人がいなくなって、わたしがおじけずくとでも思ってるの? 貴族は、国のために命をかけるのが当たり前だって言ってるはずよ。あんたなんていなくたって、わたしは誰とだって戦うわ」

「そんな、お前一人で戦うつもりかよ!」

「うるさいうるさい! そんな、同情なんか、安っぽい義務感なんかでいっしょにいてほしくないわよ。帰りたいなら、帰ればいいわ! あんたずっと帰りたいって言ってたじゃない」

「な、なんだよそれ、おれがどんなにお前のことを……」

 だが、短気を起こしてルイズに怒鳴り返そうとした才人の肩をジョージがつかんで、耳元で「レディが無理をしてるのに、男が怒っちゃいけないよ」とささやくと、ルイズが震えながら歯を食いしばっているのが見えて、思慮の浅い自分を恥じて怒りを静めた。しかしこれで、才人がハルケギニアに無理をしてでもとどまらなければならない理由はなくなってしまった。後は、帰るか残るかを決めるのは才人の感情、意思によってしかない。

 しかし、考えをまとめるよりも早く、またやっかいなトラブルの種が空からやってきた。

 

「あっ、あそこよタバサ。おーい、サイトぉ、ルイズ!」

 

 よく聞きなれた大きな声が上から響いてきて、上を見上げるとそこには思ったとおりにシルフィードに乗ったキュルケとタバサが、こちらに向かって降りてくるところだった。

「あちゃーっ、なんてタイミングの悪い」

 いつもなら歓迎すべきところなのだが、今回ばかりはタイミングが激悪だった。

「敵か!?」

「待ってください、あれは味方です!」

 ドラゴンの姿を見て、反射的にトライガーショットを構えるリュウたちを才人は大慌てで止めた。ところが銃を向けられたことで、才人たちが捕まっているのだと誤解してしまったらしいキュルケたちはこちらに向かって杖を向けてきた。

「サイト、ルイズ、今助けるわ!」

「だーっ! 違ーう!」

 大声で怒鳴ったときには、例によって炎と風が放たれた後で、迎え撃たれたトライガーショットのバスターブレッドとぶつかって、相殺の爆発が宙を焦がす。二人とも、もうたいした魔法を使うだけの精神力は残っていないはずだが、生身の人間相手にはドットの低級魔法で威力は充分。また逆にGUYSのトライガーショットも対怪獣用の銃なので、命中したらシルフィードくらいは木っ端微塵にできる。

「待ってください! あれは敵じゃありません。おーいキュルケ、タバサ、おれたちは無事だ、だからやめろ!」

 才人は銃口の前に立ちふさがって、なんとかGUYSの面々には銃を下ろさせることには成功したが、両手を振りながら大声で空の上のキュルケとタバサに怒鳴ったものの、爆発を避けるために上空退避していた二人には届かずに、またもファイヤーボールが降ってきた。

「聞こえないのか!? くそっ! やめろってのに」

「キュルケーっ! タバサーっ! ああもうっ! ツェルプストーの女は血の気が多すぎるから嫌いなのよ!」

 人間の叫び声くらいでは、爆風とシルフィードの羽音にかき消されて、上空の二人には届かなかった。しかも、攻撃を加えられれば戦う気がなくてもGUYSも自己防衛のために、自分に向かってくる炎の弾を撃ち落さなくてはならない。かといって、まさかガンフェニックスをこんなことのために飛ばすわけにもいかずに、戦局は硬直状態に陥った。

「リュウさん、こうなったら僕が」

「待て、お前がウルトラマンだってのを、ばらすのはまずい」

 才人とルイズは別格として、この星の人間にもメビウスの正体を知られるのは好ましくない。しかしこのままではどちらかに必ず怪我人が出る。なんとか止める手立てはないか、リュウたちや才人は必死になって考えた。

 だが、さっきのショックが覚めやらないルイズの怒りは、吐き出すところを求めた結果、もっとも単純明快な方向に落ち着いた。

「ああもう、うるさいうるさい、うるさーい!」

 ついにキレたルイズの特大の爆発が全方位に無差別炸裂した。その後はキュルケとタバサやGUYSの面々はもちろんのこと、着陸しているガンフェニックスがわずかに浮き上がったほどの爆風が通り過ぎていったあとで、地面の上に立っている者は、当の本人以外は一人もいなかった。

「お、お前やりすぎだ……」

「なによ、これが一番てっとり早いでしょうが」

 それは……確かにそうかもしれないが、荒っぽすぎるぞと、ツッコミを入れたところで才人はバッタリと草の上に倒れこんだ。それは図らずも、ハルケギニアの人間の持つ”魔法”という能力の強力さを、地球人が初めて認識したときだった。

 

 それから、ああだこうだと言い合いが続き、やっと話がまとまったのはゆうに一時間が経過してからであった。

「じゃあ確認するけど、つまり、この人たちはサイトの国の人たちで、サイトを探しにやってきたわけで、あれはあなた方の乗り物なわけね」

「まあな、GUYSガンフェニックス、こいつなら時空の壁を突破するくらいわけないぜ。どうだ、かっこいいだろ」

「へー……サイトの国って、こんなのが飛び回ってるんだ。変わってるのね」

「そりゃあ、地球ではドラゴンなんていないからね。でも、ドラゴンに似た怪獣は知ってるけど、本物のドラゴンを見るのははじめてだわ。うふ、けっこうかわいい顔をしてるじゃない」

「怪獣マニアのテッペイや、かわいいものが好きなコノミに見せたら狂喜乱舞するな。けれど、この国では君たちのようなレディたちまで戦いに駆り出されているのかい?」

「あら、ご丁寧にどうも。遠い異国にも、あなたのような紳士がいてうれしいですわ。けれど、おびえ惑っているような臆病な男よりも百倍、わたくしのほうが強いですわよ。ああ、もちろんあなた方は違いますわ、わたしの炎を正確に撃ち落すなんて、なかなかお見事な腕前でしたわ」

 さっきまでの争いがうそのように、キュルケはGUYSの面々と打ち解けていた。もちろん、GUYSの皆のほうもファントン星人やサイコキノ星人、メイツ星人らと交流を重ねてきて、宇宙人を相手にして差別せずに交流する心を養ってきたからというのもあるが、その社交性の高さはうらやましいくらいである。なお、ほめられてまんざらでもない様子のシルフィードと、超獣を相手に獅子奮迅の大活躍をしたガンフェニックスを間近で目にして興味をそそられ、じっとそばで観察していたタバサは、ミライから詳しく解説を受けている。

「タバサはともかくキュルケには、人見知りというものがないのかな」

「ほんと、あの年中お気楽極楽ぶりは、ときたまうらやましくなるわ」

 才人とルイズは、人の苦労も知らないでと明るくおしゃべりをしているキュルケに驚くやら呆れるやらで、正直唖然としてしまっていた。けれども、重苦しく沈痛な空気をかき回し、少しなりとて二人に笑顔を取り戻させてくれたのも事実だ。本当に、得がたい友人、そのことを思うたびに地球に帰らなければならないという事実が、重くのしかかってくる。

 

 ただその前に、残っていた王党派がどうしたのかについて心配していたことは、キュルケの口からだいたい語られて二人を安堵させた。戦闘の混乱はもうだいぶおさまって、今はアンリエッタたちが中心になって後始末に走り回っている。飛行兵力こそなくなって、伝令などはすべて馬か徒歩を使わなければならないので時間はかかるだろうが、それは逆にいえばガンフェニックスが捜索される危険性がなくなったということにもなって、これ以上余計なトラブルが起きることを恐れた一同をほっとさせた。ともかく、もう戻ったとしても、姫さまもアニエスたちも会ってはくれないだろうが、これに関してはもう心配する必要はないだろう。

「姫さまたち、ご無事でよかった」

「ああ、これでこの国はもう安心だな」

 二人は、エースの眼を通して確認したものの、あの激戦の中で最後まで皆が無事でいてくれたことに安堵した。それに、アルビオンからヤプールの影が一掃された以上、この大陸を覆っていた戦乱は急速に鎮まっていくだろう。もちろん、まだ不平貴族や戦禍を受けた民衆と、職を失った傭兵が盗賊に転職するなどの問題は山積みだが、それらはこれからウェールズたち、この国の新しい統治者たちのすべきことで、少なくともこの件については、もう自分たちの入っていく余地はない。

 ただ、アンリエッタの言っていた『始祖の祈祷書』とやらについては、まだ当分待たなければならないだろう。それでも、この内戦が終われば、今のところはハルケギニアに大きな戦乱の種はなく、しばらくは平和が続くと見て間違いはない。

「どういうことですか?」

「茶番劇が終わったってことだけですよ。やれやれ、苦労したかいがあったってもんだ」

 事情を知らないミライにたずねられて、才人はこれに関してだけは満足げに背伸びをしながら、ルイズたちと喜びを共用した。

 それから、おまけのようについてきたことだが、ワルドが生きて見つかって捕縛されたという知らせもあった。なんでも案の定、乗り移られていたときの記憶は無くなっていて、本人はなにがなんだかわからないまま兵士たちに袋叩きにされてお縄になったそうで、一発殴ってやる機会はなくなったがいい気味だった。

 

 しかし、そんな喜ばしいこともそうでないことも、次のキュルケの放った一言によって、全て二の次のことへと押し込められることになった。

 

「それでサイト、故郷に帰っちゃうの?」

 なんの溜めも前置きもなく、簡潔に、間違えようもないくらいにキュルケに明確に問いかけられた言葉に、才人はすぐに答えることはできなかった。

「そう、ルイズが心配なのね。わかるわ」

「ち、ちょっとキュルケ!」

「わたしは嘘を言ってないわよ。けど、わざわざ迎えが来るということは、サイトの国でもサイトを待っている人がいるということでしょう。帰らないわけにはいかないんじゃない」

「うっ」

「それにルイズもよ、サイトが帰れるなら帰してあげたいって言って、図書館で調べものとかしてたんじゃない? いざそのときになって、怖くなったの?」

「う……」

 キュルケは軽いように見えて、言うべきことは遠慮せずに厳しく言ってのける。それが、時には残酷に見えることもあるが、彼女は、ごまかしや問題の先送りを好まない。図星を射抜かれて、言葉に詰まる二人を順に見渡して、軽くため息をつくとタバサに振り向いて言った。

「で、タバサ、あのガンフェニックスとかいう、ひこうきだっけ? あんたから見て、あれはどんなもんだった?」

「……理解、できなかった。今まで見た、どんな文献にもあんなものは載っていない。どうして飛べるのか、あの光の矢はなんなのか、どんな説明を受けてもわからなかった。でも、強いて言うなら……」

「そう、やっぱりあなたも、あれと同じものを連想したのね……」

 うつむいて、自信をなくしたようにぽつりぽつりとしゃべるタバサを見て、キュルケは本当にこの見たこともない鉄の塊が、本当に遠く離れた異国から才人を迎えにやってきた使いであると理解した。これならば、本当にハルケギニアの外からやってくることができるかもしれない。そして、才人をあっという間に連れて帰ることもできるだろう。けれども、それはルイズにとってはもちろんのこと、才人と親しくなった者たち、もちろんキュルケやタバサにとって、悲しいことであるには違いなかった。

「ねえ、いったんサイトのふるさとに戻って、またこっちに来てもらうってのはできないの? なんなら、夏休みも残ってることだしルイズも向こうに連れて行ってもらっちゃうって手もあるんじゃない」

 キュルケの提案は、ある意味でとても魅力的に思えた。二つの世界が完全につながった以上、都合のいいときにどちらかの世界を行き来すれば、それは理想的な状況といえるだろう。しかし、その虫のいい考えは、時空を超えてきたテッペイの声によってあっけなく粉砕された。

「いいえ、それは無理です。亜空間ゲートの発見から、ディメンショナル・ディゾルバーRの完成までに、あまりに時間がなさすぎました。日食のときにはまだゲートの位相の計算も、ディゾルバーRも不完全で、この作戦はなかば賭けに近いものだったんです。亜空間ゲートを維持していられるのは標準時間で三日、それを過ぎてしまえば、次のゲートを開けるのは最短で三ヶ月かかります。しかも……確実に同時間軸のそちらにつながるかどうかの保障はできません」

 その答えには、用語や単語の意味を半分も理解できなかったが、ルイズと頭の回転の速さではひけをとらないキュルケも、また軽口を叩くことはできなかった。要は、サモン・サーヴァントのゲートを自由な場所に永続的に開き続けるにも等しい、想像を絶する難題だったのだ。しかも、残されたリミットの短さは例外なく彼と彼女たちを打ちのめした。

「三日……」

 才人は自分自身に確認する意味でも、そのタイムリミットを噛み締めるように口にした。それが、彼に残された決断のための猶予、すなわち、地球に帰るか、もしくはこのハルケギニアに残るか、二つに一つ。しかし、まだ十七歳の彼にとって、それはあまりにも困難な二者択一であった。

「……少し、時間をくれませんか?」

 選択の重圧に耐え切れなくなった才人は、ぽつりとそれだけを口にした。聞いていたGUYSクルーたちは、彼の気持ちが痛いほどわかるだけに無言でこの場の指揮官であるリュウに視線を向けると、彼は才人の目線に立って穏やかに、しかし甘えを許さない力強さを含めて言った。

「わかった。今日は俺たちは引き上げる。明日にまた来るが、ようく考えていてくれ。俺たちは君だけに関わっていられるわけじゃあない。ただ、君がどういう判断をしようと俺たちはそれを尊重する。誰でもない、君自身が考えて決めるんだ。君も、もう自分の決断に責任が持てないほど子供じゃないはずだ。いいな」

「……はい」

「声が小さい!」

「はいっ!」

 ウルトラ5つの誓いの一つ ”他人の力を頼りにしないこと” 才人にとってこれは人生最大の壁だろう。それをどう越えるのか、それによって今後の才人の人生は大きく分かれていくであろう。怪獣と戦うときよりはるかに重い、人生の分岐点に今彼は立っていた。

「じゃあ、またな」

 最後にリュウは、もう余計なこと言わずに、隊長らしく堂々と振り返らずにガンローダーに乗り込み、マリナとジョージも続き、セリザワも無言でリュウの決断に従うようにガンローダーに乗り込んだ。そして彼らはガンフェニックスを駆って、空のかなたにある地球へと帰っていった。

 後には、こぶしを握り締めて重く沈んでいる才人と、そんな才人を無言で見詰めているルイズが、しばらくのあいだ彫像と化したようにたたずんでいた。

 

 

 回想を終えて、二人の前にはまた夏の夜空が広がった。空の月と星は微動だにせず、時間はまるで凍り付いてしまっているかのように夜は静まり返っている。永遠に夜が明けなければいいのに、才人はそう願ったが、時間は止まってなどいないことを主張するかのように、二人の後ろから一人の声を響かせた。

「才人くん、ルイズさん」

「あ、ミライさん」

 そこには、明日来るガンフェニックスがこちらの世界に迷わずに来れるように、ナビゲートするために残ったウルトラマンメビウスことヒビノ・ミライ隊員が、二人を心配したように立っていた。

「あまり夜風に当たっていると、風邪をひくよ」

 この世界には不似合いなオレンジ色のGUYSの制服を月明かりに目立たせて、微笑を浮かべながら歩いてくるミライに、才人は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。心配をかけてしまって」

「僕なんかよりも、その言葉はみんなに言ってあげるといいな。みんな、食事しながらでも君のことばかり話してたよ」

 すでに皆にも、才人が地球へと帰らなければならないことは話していた。ロングビルは大人らしく、さびしくなるわねと一言だけ言ってくれたが、肩に置いてくれた手には力がこもっていた。ティファニアは、せっかくできたお友達がもういなくなってしまうのかと、とても悲しんでくれた。特にシエスタはミライに向かって「サイトさんを連れていかないでください」と懇願したが、ロングビルに「それはサイトくん自身が決めることよ。あなたももう子供じゃないんだから聞き分けなさい」と諭されると、ぐっと涙を拭いてくれた。

「あんなに君のために一生懸命になってくれるなんて、みんな、いい友達だね」

「はい」

 ミライは「まだ決心がつかないのかい」などと、才人を焦らせることを言ったりはせずに、軽く肩を叩いていっしょに星空を見上げた。元々、裏表のない快活な性格の持ち主なのでテファたちともすぐに打ち解けて、今ではキュルケやタバサにせがまれて、向こうの世界のことなどをいろいろと話している。そんな彼の姿は人間とどこも変わりなく、ルイズは本当に彼があのメビウスなのかと、疑問に思った。

「ねえ、あんたもウルトラマンなのよね?」

「ええ、けど僕はあなたたちと違って、ウルトラマンの力で人間の姿を借りているだけですけど」

「とてもそうは見えないわ。どこからどう見ても、人間そのものよ」

 本当に、言われなければとても人間ではないなどとは思えなかった。その姿がというだけでなく、空気というか、そばにいることにまるで違和感を感じない。

 けれども、彼は間違いなくエースの弟であり、地球の平和を守った栄光のウルトラマンの一人なのだ。

 それから、才人とルイズはミライから、いくつかの話を聞かせてもらった。人間、ヒビノ・ミライとしてと、宇宙人、ウルトラマンメビウスとして生きてきた彼の話は二人にとってとても新鮮で、そして彼から伝わってくる穏やかな優しさは緊張していた二人の心に、落ち着きを取り戻させてくれた。

「僕は、エース兄さんたち、伝説のウルトラ兄弟にあこがれて宇宙警備隊に入ったんだ。タロウ教官の特訓は、厳しかったなあ。でも、なんとかテストに合格して、地球に派遣されたときはうれしかったな。それで、地球でリュウさんやみんなと出会って、はじめて戦ったのがディノゾールでした」

「あ、そのディノゾールとの戦い、おれ橋の上から見てました!」

「そうなんだ。でも、あのときは街の被害のことまで頭が回らないで、リュウさんに「なんて下手な戦い方だ」って、怒られちゃいました」

「はぁ……あ、ごめんなさい」

「でも、それも今では懐かしい思い出です。隊長から教わったんだ。どんなことも、時が経てばそれは思い出というものに変わる。それが、何よりも大切な宝物なんだって」

 本当に、ミライには傲慢なところはかけらもなかった。その無邪気な笑顔を見ているだけで、彼がGUYSの中でも信頼されているのが聞かずともすぐにわかり、才人は思い切って、ウルトラマンとして同じ選択をしたであろう彼に、質問をぶつけてみた。

「ミライさんは、光の国に帰らなければならなくなったとき、どんな気持ちでした?」

 するとミライは懐かしそうに空を見上げて思い出を語り始めた。

「……悲しかったな。リュウさんや、みんなと別れ別れになるのはすごくつらかった。けどね、僕は兄さんから教えてもらったんだ。たとえ離れていても、仲間たちと心がつながっている限り、決して一人じゃあないんだって」

「心が、つながっているから……」

 それは、誰あろう今ここにいるウルトラマンAこと、北斗星司から教えられたことであった。しかし、ミライと同じようにするためには、まだ才人がこの世界でつちかってきたことは少なく、また、心が幼いのかもしれない。

「おれは、父さんや母さんが待ってる地球に帰らないといけない。それはわかってます。けど、けど……」

「……」

 ミライは、かつてインペライザーが地球に来襲したときにウルトラの国に帰還を命じられたときの自分を、才人の中に見た。

「そうだね。やらなければいけないこと、最善の選択というものは決まっているのかもしれない。けれど、君は君自身で、後になって後悔しない選択をすべきだと思うよ」

「後悔しない、選択?」

「そう、けれどそれが何かは君が見つけるんだ。それは、ルイズちゃん、君も同じかな」

「え? わたしも」

「そう、彼は君のパートナーなんだろう。だったら、君が彼のためになにをしてあげられるか、彼の決断を待つ以外にもあるんじゃないかな」

「わたしが……」

 ルイズは、才人が故郷へ帰るのならば、それを引き止める権利はないと思っていたが、才人のためになにをしてあげることができるのかということを考えていなかった自分にはっとした。確かに、理不尽にこの世界に連れてきて、拘束し続けてきた自分に何の言う資格があるだろう。けれど、傍観していればいいのかと言われれば、それは違うと思った。

「さあ、難しい話はそろそろ休憩にしよう。才人くんも、スープとか軽いものなら大丈夫だろう。ウルトラ5つの誓い、はらぺこのまま学校に行かぬこと。おなかが空いてちゃあいい考えは浮かんでこないよ」

「あっ、はいっ!」

 すると急に胃袋の辺りから、ひもじいよと悲鳴が聞こえてきて、才人は今更ながらテファやシエスタの料理が恋しくなった。ただ、その前に才人はミライに後一つだけ、どうしても言っておかなければならないことが残っていた。

「ところでミライさん、実は明日行ってみたい。いいえ、皆さんに来てほしいところがあるんですが」

「えっ? けれど、ゲートを開いていられるのはあさってまでだから、自由に行動できるのは明日までだよ。それでもいいのかい?」

「はい、おれはともかく、皆さんには……いえ、そこで皆さんを待っている人がいるんです」

「僕たちに、この世界で?」

 才人は怪訝な顔をするミライに、今はそれ以上聞かないで、行けばすべてわかりますとだけ答え、その才人の表情から真剣さを見て取ったルイズは、ごく近い記憶の中から才人が考えていることを読み取った。

「サイト、もしかして」

「ああ……タルブ村だ」

 時間がないのはわかっているが、CREW GUYSの人たちが来ているのならば、どけて行くわけにはいかないだろう。それに、その中でなにかの答えが見つかるかも、そんな気がした。

「わかった。みんなには僕から伝えておくよ。明日、そのタルブ村へ行けばいいんだね。じゃあ、明日に備えて力をつけておかなくちゃ、食べる子は育つって言うだろ。さっ、入った入った」

「いや、それ寝る子はじゃないの?」

 が、ミライは笑いながら強引に二人の肩をつかんで、温められたシチューの香りのする家の中へと連れて行った。 

 

 帰るか、とどまるか……どちらにせよ失うものは大きく、つらい決断となる。けれど、逃げはしない。それが自分を支えてくれた人たちや、なによりもこれまで積み重ねてきた自分自身に対する最低限のけじめだと、才人は思った。

 タイムリミットはあと二日、魔法学院の夏休みはまだ半分しか過ぎていなかった。

 

 一方そのころ、ヒカリからのウルトラサインを受け取った光の国では、ウルトラの父やゾフィーらが、エースの無事を確認したというその報告に安堵の色を浮かべていた。

「大隊長、報告はお聞きになりましたか?」

「もちろんだとも、息子の無事を聞き逃す親がどこにいる。エースよ、必ず無事でいると信じていたぞ」

「ええ、本当によかったです」

 二人は、エースの無事を我がこと以上に喜んでいた。

 今頃は、ウルトラサインによって宇宙に散った兄弟や、ほかのウルトラ戦士たちにも知らせが届いていることだろう。休まず宇宙を駆け回っていたウルトラマンも、セブンも、ジャックも、レオ兄弟や80、捜索に加われずに歯がゆい思いをしていたタロウも、きっと喜んでいるのに違いない。

 ウルトラの父と、ウルトラ兄弟のあいだには血縁関係はタロウ以外にはなく、兄弟間でもレオとアストラを除いては血はつながっていない。しかし、兄弟たちとウルトラの父と母のあいだには、血のつながりよりも濃い絆があるのだ。

 だが、同時に確認されたヤプールの復活は、この二人をしても慄然とさせるのには充分だった。もし、メビウスの救援が一分でも遅れていたら間違いなくエースは殺されていただろう。

「ヤプールめ、このわずかなあいだにそこまで力を増大させていたとは、やはり恐ろしいやつだ」

 また、宇宙の各地では怪獣の出現の報告が目に見えて増えている。一例を挙げても、先日アストラが惑星フェラントで光熱怪獣キーラを発見し、撃破したのを皮切りに、80が地球への進路をとっていた凶剣怪獣カネドラスを太陽系に入る前に捕捉して撃滅している。ほかにもジャックやセブンもパトロールのさなかに、何者かに監視されているような気配を感じたというし、宇宙の異変はもはや気のせいでは済まされないレベルまで拡大しているようだ。

「それに、勇士司令部や宇宙保安庁の間でも、ここのところ不穏な動きをする宇宙人や、正体不明の宇宙船の目撃報告が増加しています。恐らく、ヤプールの動きに呼応しているものと思われますが」

「嵐の前の静けさというやつか……また、この宇宙に多くの血が流れる」

「ともかく、今はメビウスからの続報を待ちましょう。場合によっては、宇宙警備隊始まって以来の戦いとなるかもしれません」

 宇宙の平和をつかさどる光の国にも忍び寄るヤプールの暗雲、それがどういう未来をもたらすのか、ウルトラマンさえまだ知らない。

 

 

 しかしそのとき、タルブ村の近くの山では、すでに小さな事件が幕をあげていた。

 山の中にうずもれた、小さな木作りのほこら。そこに草木を掻き分けてやってきた二人組の男たち。

「おう、情報どおりだ。イカサマの宝の地図の中からマジものを見つけるには苦労したが、わざわざこんな山奥まで来たかいがあったってもんだ」

「兄貴、この中にその、異国の旅人が残していったってご神像があるんですね?」

「ああ、大昔に暴れていた魔物を倒した旅人が、その霊を永遠に封じ込めるために残したって代物がな。うまくすれば、高く売れるぜ」

「でも兄貴、その魔物っていったい?」

「どうせでかいオーク鬼かなんかの類をおおげさに言ってるだけさ、迷信だよ迷信。さあて、それじゃご開帳といくかい」

 この、二人組のこそ泥によって、ほこらに安置されていた四十サントほどの石作りの小さくて風変わりな像が盗み出された日の夜、タルブ村近辺の山林のみを、震度十二以上の超巨大地震が襲い、地すべり山津波が一帯を破壊しつくした。

 そして、盗み出された石像にはハルケギニアのものではない文字で、こう書かれていた。

『魔封・錦田小十郎景竜』

 

 

 続く


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