ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第86話  暗黒の意思

 第86話

 暗黒の意思

 

 変身超獣 ブロッケン 登場!

 

 

 どんなに長い夜であろうと、明けない夜はない。たとえ、その夜明けが望まれないものであったとしても。

 

 長いようで短くもあった内乱を続けたアルビオン王国にとって、王党派と反乱勢のその正真正銘の最終決戦となった、ある夏の日の戦いは、ごくごく平凡な形で始まった。

 王党派は夜明け前に全員起こしがかかり、内臓に負担がかからない糧食をとった後に、北の空へと向かって待機し、太陽が昇ったその数時間後に目的のものは現れた。

 

「北北西、距離二万、敵艦隊を確認! 戦艦一、護衛艦三」

 

 王党派の拠点の城の最上階の見張り台の兵士の叫びとともに、王党派は全軍戦闘配備をとり、全戦力を敵旗艦レキシントン号を撃沈するためだけに備える。

 その様子を、ウェールズとアンリエッタは城のテラスから見下ろしていたが、やがて肉眼でも敵艦隊が見えてくると、自然とそちらを見上げていた。

「やはり正面から来ましたわね」

「ああ、奴らにはもう小細工をする余裕もないし、風石や弾薬の余裕もないだろう。戦略的に、今さら撤退しても戦力の回復は不可能だし、もうレコン・キスタが逆転に望みをかけられる手段は一つしかない」

「わたくしたちを、殺すことですわね」

 もしここで王党派の旗手であるウェールズを失えば、王党派は再起不能の打撃を受ける。けれども、敵の大将をとれば大逆転という軍事的な冒険に出て成功した例は少なく、地球の例を取ってみても大阪夏の陣で徳川家康に肉薄した真田幸村も、その壮絶な戦いぶりが伝説となったが、結局は力尽きて全滅している。ただし、その逆もないとは言い切れず、だからこそ敵は死に物狂いになって攻撃を仕掛けてくるだろうが、これを撃退してこそやっと平和がこの大陸にやってくる。

 また、無言でうなずいて、接近してくるレキシントンを見つめ、来るべき時を待ち受けているウェールズとは別個に、アンリエッタはおそらくはやってくるであろう悪魔の襲撃を見落とすことのないよう、神経を集中して空を見やっていた。

 

”ヤプール、今もこの空のどこかから見ているのでしょう。お前たちの企みはわかっています。どこからでもかかってきなさい。このアルビオンを、トリスタニアの惨劇の二の舞にはさせません”

 

 何の正当な理由もなく、破壊し、服従させることだけが目的の侵略者・ヤプール。

 あの燃え盛る街と、何の罪もないのに焼け出され、断末魔の悲鳴をあげて死んでいく人々の姿は忘れることはできない。アンリエッタは、このアルビオンをも同じ目に合わせようと企んでいるのなら、全力を持って阻止すると心に誓った。

 その後ろには、護衛としてカリーヌとアニエスが油断なく直立不動で構え、レコン・キスタの事情に詳しいミシェルは準参謀で、ルイズたち一行は、護衛兼、ヤプールの攻勢が始まった場合に対応するためにつばを飲んで待っていた。

「敵、距離一万! 竜騎士等は見受けられません」

 レキシントンにはドラゴンをはじめとした、幻獣を搭載する母艦機能もあったはずだが、戦闘空域に達しようとしている今でもそれらが飛び立つ気配は見当たらない。やはり、昨日の戦いで消耗した分の補充が、もう不可能なのだということが察せられた。

「これなら、案外早くけりがつくんじゃない?」

「甘いわね。制空権をなくしているとはいっても、レキシントンはアルビオン最強の戦艦であることには変わりないわ。それに、敵も今回は窮鼠と化してる。一隻だけだからこそ、逆にあなどれないわ」

 敵の残存戦力が少ないからと、楽観ムードを漂わせているルイズをキュルケがたしなめている間にも、レキシントンは巨体ゆえに一見したら止まっているのではないかと思えるが、しかし確実に接近してきていた。そして、その距離が二千になったところで戦闘開始の号砲は鳴った。

「対空砲、撃ち方はじめ!」

 先日の戦いで、一門だけ生き残ったゲルマニア製の長射程砲が火を噴き、レキシントンからやや離れた空間で砲弾を炸裂させる。これに反応して、レキシントンは照準を外そうと右に転舵しながら、左舷の大砲を城の前で陣を張って待ち受ける王党派軍に向けてくる。

 もはや、戦闘回避は不可能。ここにアルビオン内乱の最終決戦、第三次サウスゴータ攻防戦の幕は切って落とされた。

「竜騎士隊、突撃せよ!」

「各部隊は散開し、それぞれの判断に従って対空攻撃をおこなえ!」

「敵弾、来ます!」

「東側陣営に着弾、バレーナ小隊、指揮官戦死!」

「衛生兵は、ただちに負傷者を後送せよ。全部隊、全兵器使用自由、集中攻撃をかけろ」

 矢継ぎ早に命令や報告が乱れ飛び、戦場はたちまち両軍の砲弾や魔法が無数に交差する。落とそうとする王党派と、落とされまいと必死で前進を続けるレキシントンが攻防を繰り広げる姿は、遠くから見れば大変に勇壮に見えただろう。

 その戦闘の様子を、ルイズたちは遠見の魔法でその場所にいるように眺めていたが、先日の戦いとは違って、間近で見る凄惨な人間の殺し合いは、ルイズたちの想像をはるかに超えていた。

「母さん、母さん……」

「腕……俺の腕はどこへ行った」

「兄さん、首、あれ? 首から下は……」

 ほんのわずかな時間で、死への門をくぐるもの、体の一部を失って捜し求めるもの、発狂して幽鬼のように戦場をうろつくものが続出し、それは戦場を武勲を立てる場だと考えていたルイズに、耳を塞ぎ、目を閉じてもなお嘔吐をもたらすほどの凄惨さを叩きつけていた。

「ルイズ……」

 アンリエッタも、目を逸らしたいのを我慢して必死に自分の命令で死地に赴いた人々を見つめる。カリーヌやアニエスは何も言わずに、唯一変わらないタバサを例外にして、才人やキュルケですら、目の前に見せ付けられる現実には顔を青ざめさせていた。

「なんなんだよこれは、こんなもの、まともじゃねえ」

 才人も、ウルトラマンAとともに数々の怪獣や宇宙人と戦い抜いてきたが、それらには平和を守るための使命と誇りがあり、戦う先にある平和を望むことができた。だが、目の前のものは、そうした『戦闘』ではなく、人間と人間が身勝手な理由で無関係な人々を代わりに戦わせる最悪の愚行、『戦争』であった。

 『戦闘』と『戦争』は、似ているようでまったく違う。ウルトラマンと怪獣、侵略者の戦いには、平和を守る使命、破壊本能、支配欲、生存のためと両者ともに、もしくは片方だけでもそれぞれちゃんと理由を持っている。レッドキングとチャンドラーの縄張り争いにさえ、きちんとした戦う理由があり、そのために自ら血を流しているから、そこには戦う者の美しさがある。

 ただし、そこに『国』という枠が入ると戦いはその質を大きく変える。

 意思と意思のぶつかり合いであった『戦闘』は『戦争』へと変わり、この戦いでも一部の忠誠心あふれた貴族を除いては、ほとんどの者が徴兵され、扇動されて戦っているので、ひとたび心が折れれば、そこには醜悪な本能の露呈しか残らず、筆舌しがたい苦悶と絶望の場となる。まさに、人間の生み出す中でこれほどの愚行はほかにない。そんな中で、わずかな慰めがあるとすれば、ウェールズやアンリエッタがそうしたことを理解しており、自らの身を敵の囮として、戦いをほんのわずかでも早く終わらせるように勤めていることだろう。

 そのわずかな一端にルイズたちは触れ、一刻もはやく終わってほしいと心から願った。

 

 しかし、ルイズたちが良心から人々の苦悶に必死に耐えている間にも、絶望と悲嘆の声を望むものは、さらなる混沌の種をこの戦場にばらまいた。それは、戦闘開始から一時間ほど後に、両軍の戦闘が硬直状態になったときであった。

「っ? 地震か!?」

 突然城の床が大きく揺れ動いたかと思うと、次いで慌てて駆け込んできた伝令の兵士によってもたらされた報告が、戦場が最初の変化を遂げたことを告げた。

「ほ、報告します! 突然一階に所属不明のメイジが侵入してきて暴れております。現在近衛師団が応戦していますが、どうやらスクウェアクラスらしく、こちらのメイジや兵では太刀打ちできません。至急応援を願います」

「なに!? レコン・キスタにまだそんな戦力があったのか。まさか、レキシントンは囮で、その隙に我らを襲うのが狙いか」

 ウェールズは想定外の事態に驚いたが、ルイズたちはすでにその相手について想像がついていた。

「ワルドか……」

 遠見の魔法で確認して、間違いがないことがわかると、奴に手傷を負わされたミシェルや、形だけとはいえ婚約者であったルイズの顔に憎憎しげな色が浮かんだ。アンリエッタや仮面の下のカリーヌも、表情は変えないが心境は同じようなものだ。

「また性懲りもなくやってきたのね。けど、あいつは昨日『烈風』に瀕死の重傷を負わされたんじゃあ?」

「ヤプールなら、人間の体を一晩で治すなんて簡単だろうぜ。にしても、あの野郎、ひどいことしてやがる!」

 超獣を次々と作り出し、かつては死者を蘇らせることまでやってのけたヤプールにとって、人間の命などはとるに足りないものに違いない。

 ワルドは、無差別にあらゆる魔法を撃って、食い止めようとしている兵士たちを蹴散らすだけではなく、抵抗できない者には風を、逃げ出そうとする者には雷を与えて、死と破壊を振りまいている。むろん、王党派のメイジも食い止めようとしているようだが、スクウェアクラスの魔力をさらに増大させているワルドには歯が立たない。しかもその力は、己の欲のために悪魔に魂を売った結果であるから、裏切り者、卑怯者、あらゆる悪罵を投げつけてなお余りある。

「ほんの少しでも、あいつに気を許していた自分が腹立たしいわ」

「ああ、見れば見るほどムカつく顔してやがる。だが、よほどワルドの体が気に入ったんだな。もしかしたら、今ならワルドの体のまま倒すことができるかもしれない」

 ウルトラマンとて、同化した人間や、人間に変身した状態で殺されたらひとたまりもない以上、ワルドの体のままでなら人間の力でも倒せるかもしれない。才人の言葉でそれを確信したルイズは、すぐに杖を上げていた。

「わたしが行きます!」

「ルイズ!?」

「今、動ける余裕のある戦力はわたしたちしかいません。それに、あいつだけはわたしのこの手で引導を渡してやらねば気がすみません!」

 幼い頃から優しくしてくれたのは、いずれ利用するためだったと知ったときに、ルイズのワルドに対する感情は、すべて黒く塗り替えられていた。怒りと悲しみが渦巻いて、今にも爆発しそうなほどに膨れ上がっていく。しかしそれを聞いて、アンリエッタは確かに予備戦力として残しておいたが、あの『烈風』でさえてこずった相手に本当にぶつけていいのかと、この場になって急に迷いが生じた。

「しかし、相手はただでさえスクウェアメイジ、あなたの力では」

 本来ならアンリエッタはカリーヌに出てもらいたかったけれど、残念ながら昨日の戦いでカリーヌの精神力は空になってしまっていて、一晩の休養では回復しきれず、並のトライアングルメイジ程度の力にまで落ち込んでしまっていた。もっとも、使い魔とともに戦えばまた別だが、城の中でラルゲユウスを暴れさせるわけにはいかない。

 いや、それ以前に、アンリエッタはルイズたちを予備兵力にしたのは冷静に判断した結果だと自分では思っていたが、ひょっとしたらルイズに目の前で死なれたくはないというわがままを、無意識にしてしまったのではないかと湧き上がってきた焦燥感の中で、自己嫌悪に陥りかけていた。しかし、アンリエッタの意思とは裏腹に、ルイズはまぎれもなくカリーヌの娘であった。

「戦いはメイジのクラスだけで決まるものではありません。わたしには、わたしにしかない武器、たとえワルドとともに自爆してでも主人のためにつくす、最強の使い魔がついていますわ!」

「ちょっと待て、それっておれのことか?」

 怒りのボルテージを上げて首根っこを掴んでくるルイズが、なにやら非常にぶっそうなことを言っているのに、才人はだめもとでツッコミを入れてみたが、返ってきたのはやはりの答えだった。

「命をかけて主人を守るのが使い魔の仕事でしょ。あたしがあのバカに一発入れるまで、何が何でもわたしを死守しなさい。なんのためにあんたを食べさせてると思ってるの?」

「それを言われるとなーんも言えんなあ」

 自爆しても復活できるのはタロウとメビウスだけだぞと思いつつも、才人はルイズの性格上、受けた恨みは必ず晴らすとわかっているので、あきらめも早い。背中のデルフに合図をして、かくなる上はルイズを守ってあのいけすかない中年をぶっ飛ばすかと覚悟を決めた。

「というわけで姫さま、ちょっと行ってぶっとばしてまいります」

「で、ですけれど!?」

「心配いりませんわよ姫さま。わたしたちも行きますから」

 そういつもどおりの口調で割って入ったキュルケとタバサに、ルイズは今回は意外な顔はしなかったが、ワルドとの因縁は自分の問題だと首を振った。

「あんたたちには関係ないわ、ここで姫さまたちを守っていて」

 するとキュルケは軽くため息をつくと、呆れたように言った。

「はーあ。あんた、たった二人であいつに勝てるつもり? それに、関係について言うんだったら、あたしもあいつには、ダンケルク号でいらない苦労をさせられた恨みもあるしね。あ、それとも、デートの邪魔されるのはいやだった?」

「なっ、こ、こんなときに何言い出すのよ!」

 そう言われてしまっては、来るなと言えるわけもなかった。しかしルイズは、いつの間にかキュルケもタバサも隣にいるのが当たり前にものを考えるようになっていた自分に気づいて、別の意味で赤面した。けれど、キュルケはそんなルイズの気負いなどは気づいていないと言わんばかりに、彼女の肩を叩いた。

「それにルイズ、ここでアルビオンやトリステインが万一レコン・キスタの手に落ちるようなことがあれば、次はゲルマニアやガリアが戦場になることを忘れたの? わたしたちの働きに、世界の命運がかかっているのなら、こんな燃えることはないわ。それに、なんにせよ乗り込んだ船を途中で見捨てるのは心苦しいしね」

 キュルケに合わせてタバサもうなずき、話は決まると、一行はアンリエッタとウェールズの護衛をアニエスたちに任せて、階下への階段を駆け下りて行った。

「ご武運を……いえ、始祖ブリミルよ。どうかあの人たちをお守りください」

 大勢の人々に、自分の命令で殺し合いをさせているにも関わらず、親友の無事を祈るのは偽善かもしれないと思いつつも、アンリエッタは心から願った。『烈風』やアニエスは何も言わずに、彼らと共に戦えないことをふがいなく思っているミシェルとともに若者たちを見送る。

 窓外には、被害を受けながらもまだ戦う六万強の兵と、その上にはレコン・キスタの怨念が宿ったように砲撃を続けるレキシントンの姿があった。

 

 そのころ、すでにこの城に侵入したワルドは一階、二階の防衛線を突破して、アンリエッタたちのいる四階へと続く、三階の大ホールに到達していた。そこで必死の防衛線を引く兵士たちを、まるで人体をむしばむウィルスのように圧倒しながら進んでいたが、そこへやってきた桃色の髪の少女を先頭にした一団が、一錠の薬となった。

「そこまでよ! それ以上の暴虐はわたしたちが許さないわ」

「ほう、また来たな、愚かな人間どもよ!」

 ワルドの前に立ちふさがったルイズたちにワルドの発した第一声は、そこにいるのがもはやワルドではなく、ワルドの形をした何者かであることを確信させた。

「久しぶりねワルドさま、わたしのことを覚えていらっしゃるかしら?」

「なに……いや、この男の記憶に反応があるな。ルイズ・フランソワーズ、この男の婚約者か。ふふふ、また会ったね、僕のルイズ、とでも言っておこうか?」

 ルイズの眉に、あからさまに不快な震えが走った。

「あいにく、婚約は正式に破棄しました。本日まいりましたのは、今日までの負債を利子つきでお返しするためですわ」

「ほお、だがこの男の記憶では、お前の力はいまだ目覚めてはいないのだろう。そんな不完全な力で、勝てると思っているのか?」

 そのとき、悠然と余裕を示すワルドの言葉が、怒りと不快感に満ちていたルイズの心に一筋の理性の光を差し込ませた。

「目覚めては……? どういうことよ」

「ふふふ、どうやらこの男は貴様を利用して、かなり大それたことを考えていたらしいな。大方、ともに世界を手に入れようなどとでも言って、そそのかすつもりだったのだろうが、愚かなことだ」

「わたしの力で、世界を……?」

 困惑が、ルイズの心臓に下手なダンスを躍らせた。目覚めていない力? 世界を手に入れる? 初歩のコモンマジックすら使えずに『ゼロ』の忌み名しかない自分に、ワルドはいったい何をさせるつもりだったのだ? ただの妄想、あるいはワルドに乗り移ったものの口からでまかせか? しかし、それほどまでしてほしいものがあったから、ワルドは十年以上に渡って念入りにヴァリエール家に取り入ってきたのではないか? いったい、自分にはなにがあるというのだ?

「落ち着けルイズ、あいつの口車に乗せられるんじゃねえよ」

「はっ!?」

 自分を見失いかけたルイズを現実に引き戻したのは、またしても才人の、自分にとって唯一間違いなく存在する頼もしい使い魔の声であった。

「こんな奴の言うことなんか気にすんな。なんのためにここに来たのか忘れたのかよ? お前はおれが守るから、あの中年に一発くれてやれ」

「そうね、わたしとしたことがうっかりしてたわ。わたしのやるべきことは……」

 すっと、まっすぐに杖の先をワルドに向けると、奴はさらに愉快そうに笑った。

「いいのか? この人間の体を壊せば、貴様の力の秘密はわからなくなるかもしれんぞ?」

「わたしを見くびらないでほしいわね。自分のことは自分でなんとかするわ。それに、お前はもう人間じゃない!」

 杖を振るい、ルイズはワルドの至近に『錬金』の失敗で爆発を起こさせたことで迷いを振り切り、ゴングを打ち鳴らした。もはや問答は無用。キュルケとタバサが左右に展開して、ルイズはワルドの正面から、才人に守られながらで戦いが始まった。

「いくわよタバサ!」

 左右からワルドを挟みこみ、息の合った二人の『ファイヤーボール』と『ウィンディ・アイシクル』が同時に襲い掛かる。

「こざかしい!」

 しかしワルドは『エア・シールド』でそれを無効にすると、高笑いしながらルイズと才人に向かって『ライトニング・クラウド』を放ってきた。

「死ねぃ!」

 雷撃は、至近の床を掘り返しながら一直線に二人に向かい、二人のすぐそばの柱で爆発して二メイルばかり吹き飛ばした。

「って、おいそれ反則だろ!」

 才人は石や氷とかの類だったらはじきとばす自信はあったが、さすがに雷を跳ね返すのは無理だった。しかし、さっきのかっこいい台詞はどこへやらで、

「や、やっぱりやめときゃよかったかな!?」

 と、うろたえた才人に手の中のデルフリンガーが叫ぶように語り掛けた。

「心配すんな相棒、おれをあいつの魔法に向けろ!」

「なにっ!?」

「説明してる時間はねえ! また来るぞ!」

「っ! ええい、ちくしょう!」

 また襲ってくるライトニング・クラウドの雷を前に、避ければルイズに直撃する状態で、才人はせめて避雷針になればとデルフリンガーを前に突き出した。すると、それまで赤錆が浮いていて百エキューで叩き売られていたデルフリンガーの刀身が輝きだし、なんと雷撃を引き寄せるようにして全部吸い込んでしまったではないか。

「わっはっはっはぁ! どうだ、見たか相棒! これがおれっちの能力よ。いやあ、ずいぶん長く使ってなかったから完璧に忘れてたわ。それに、見てみろこの俺さまの美しい姿をよ」

「お前、こいつは!?」

 才人とルイズは、輝きが収まった後のデルフを見て二度びっくりした。赤さびた二束三文の安物はそこにはなく、今にも油がしたたってきそうな見事な波紋を浮かべた、白銀の長刀が輝いていたのだ。

「これがおれっちの本当の姿さ。もう何百年前になるか、あんまりおもしれえこともないし、ろくな使い手も現れねえんで飽き飽きして、自分で姿を変えてたんだった」

「てめえ! そういう重要なことをなんでさっさと言わねえんだよ」

「だぁーから、忘れてたって言ったろ。俺はお前らと違って寿命がねえからな。何百年も思い出さなきゃ、そりゃ忘れるさ」

「だからって、そんなすごい機能あるって知ってたら、これまでにも別な作戦の立てようもあったのによお」

「いや、それについてはほんと悪かったわ。だが、けちな魔法なら俺さまがみーんな吸い込んでやるから安心して戦え」

「んったく! 後で覚えてろよお前!」

 自分の剣と口げんかしていたアホな時間のうちにも、才人はさらに撃ちかけられてきた『エア・ニードル』や『ウィンド・ブレイク』をデルフリンガーで吸収、あるいははじき返した。とにかく、なんでそんな機能があるのかとか聞きたいことは山ほどあるが、今はバルンガみたいなその能力を役立たせてもらおう。

「どうだワルド、お前の攻撃は通用しないぞ」

「ちょこざいな、手加減してやっていれば調子に乗りおって」

 挑発に乗ったワルドは魔法の威力を上げて才人を攻め立てるが、デルフはつばを激しく鳴らして大笑いしながら、それさえも飲み込んでいく。

「マジですげえなデルフ。よぉし、みんな、一気にいこうぜ!」

「わかったわ!」

 勝機が見えたなら一気にたたみかけるしかない。正面から才人と彼に守られたルイズ、両側面からキュルケとタバサが同時攻撃をかける。

「こざかしいわ!」

 しかしワルドも自らの周りに空気の防壁を張って守りを固め、さらにその内側から攻撃をかけてくる。これではデルフリンガーでもやすやすとは突破することができない。

「さすが、スクウェアクラスは伊達じゃないわね」

「それだけの力、正義のために使ってくれればな」

 一旦引いて態勢を立て直したルイズたちは、あらためて容易ならざる相手だということに気合を入れなおした。しかし、彼らは知らないことではあったが、ワルドの魔法のなかでもっとも恐れるべきものである『偏在』だけは、先のカリーヌ戦のときとは違ってワルドの精神を何者かが完全に乗っ取っているため、分身体にまでは影響をおよぼすことができないためにコントロールすることができず、使えなかった。つまり、パワーアップしているとはいえ一人だけを相手にすればいいのは非常な幸運といえたのだ。

 トライアングルクラスの炎と雪風、伝説の使い魔の攻防かねそろった剣技。そして失敗魔法と揶揄されながらも、逆に誰一人真似できない攻撃力を持つ爆発が、邪悪な風に立ち向かう。

 

 だが、四人の攻撃によって劣勢に近い状態に追い込まれながらも、ワルドの顔から人を馬鹿にした笑みが失われることがなかった意味を、誰も気づくことはできなかった。そこに、恐るべき企みが秘められているとも知らずに。

 

 それから十数分、さらに数十分。

 戦闘はワルドとのもの以外にも遠慮なく進行し、王党派軍とレコン・キスタ艦隊は激しく砲火を散らし、地上の迎撃部隊にも少なからぬ被害を出ていた。しかしレキシントンの護衛についていた護衛艦は全て撃沈し、ただ一隻だけ残り、他の戦艦とは段違いの耐久力を見せる旗艦レキシントンも、数百門あった砲門の半数を破壊され、いまや軍隊蟻に取り付かれた猛虎のように、巨体をもてあましながら、王党派の竜騎士や、対空砲火、遠距離攻撃の魔法などを受け続けていた。

「敵旗艦はすでに中破、もうこちらにたどり着く余裕はないでしょう。撃沈は、時間の問題と思われます」

 報告を持ってきた兵士の朗報にも、アンリエッタやウェールズは快哉をあげたりはしなかった。戦術的に見れば、いかな大型戦艦とはいっても七万の大軍には勝てないのは最初からわかっていたことだ。

 あの、威容を誇った巨大戦艦も、やはり一隻では圧倒的多数を覆すことは不可能だった。落城寸前の城郭のように全身から炎を吹き上げて、それでも残った砲門で散発的に攻撃を仕掛けてきているが、それも最後の悪あがきに近く、もうどんなことをしても逆転は不可能であろう。

 だが、すでに勝負の見えた戦いはともかく、アンリエッタはなおもワルドを相手に戦いを続けるルイズたちの安否を思う心が、重く強くのしかかっていた。

「やっぱり、ワルドは強かったのね。わたしは、あなたたちを行かせるべきではなかったのかもしれない。けれど……」

 義務と私情のはざまで若いアンリエッタは揺れる。この城の中で、今でも足元に伝わってくる振動に知らされて、遠見の鏡の中で激しく魔法の火花を散らせて、若い命を危険にさらしている四対一の激闘を見守るのが今の彼女に唯一できることだった。

「ルイズ、頑張って……」

 せめて、無事を祈るだけはと、その小さな声は、アンリエッタの口の中だけでつぶやかれ、隣にいたウェールズにも聞こえることはなかった。

 だが、古ぼけた城に染み付いた苔のような薄暗い柱の陰から、まるで地の底から響いてくるような、低く小さいのに、直接頭の中に共鳴する暗く陰鬱な声が、その場にいた全員の耳に届いてきた。

 

「ふふふ……ずいぶんな偽善ですな、姫様?」

 

「!? 誰だ!」

 とっさに振り向き、剣を、杖を向けた護衛と王族の視線の先には、誰もいない部屋の隅の暗がりがあった。しかし、その陽光を嫌うような湿った影の中から、影よりも濃い黒い服とマントをまとい、同じく漆黒の帽子で顔の半分を隠した老人が、染み出るように歩みだしてきたのだ。

「ふっふっふふふ……」

「貴様、何者だ? どうやってここに入ってきた?」

 並の者ならそれだけで腰を抜かすほどのカリーヌの殺気を浴びせかけられながらも、老人は平然として薄ら笑いを続けた。そして、目深にかぶった帽子のつばをあげて顔を見せたとき、アンリエッタはおろかカリーヌさえ背筋に寒気を覚え、アニエスとミシェルはその恐怖に震えた。

「き、貴様は……」

「ふふふ、そちらの二人とは二度目と……久しぶりですな、ウェールズ王子?」

「なにっ!? 馬鹿を言え、私は貴様など知らないぞ」

 突然話しかけられてとまどうウェールズに、老人は不気味な笑い顔を見せるとさらにせせら笑うように続けた。

「おやおや、記憶を失っているとはいえ薄情な……あなたに、この国を取り戻す力を与えてあげたのは、私ではないですか」

「な、なんだと?」

「姫様、王子、おさがりください。こいつは、こいつは……」

 顔面を蒼白にして剣をかまえるアニエスと、傷をおして杖を向けるミシェルをなめるように見渡しながら、薄ら笑いを消さない老人の視線が自分を向いたとき、アンリエッタは魂が吸い取られるような錯覚を覚えながらも、必死に気力を振り絞って、無礼な闖入者に宣告した。

「何者かは知りませんが、ここにいるのはトリステインの王女と、アルビオンの皇太子と知っての狼藉ですか。名乗りなさい、あなたは、何者ですか!?」

 二つの国の誇りと名誉を背負い、強く言い放ったアンリエッタの言葉が響いたとき、場は一瞬光が差したように思われた。だが、その言葉を受けた老人が含み笑いをしながら、ああそういえば自己紹介がまだだったなとつぶやき、両手を奇術師のように広げて口を開くと、そこは死の恐怖が支配する暗黒の空間に変貌した。

 

「異次元人、ヤプール」

 

 最初の一瞬は、誰も動けなかった。

 次の一瞬は、その言葉を理解して、恐怖が全身を駆け巡った。

 だがその次の瞬間には、たった一人、誰よりも速く己の職責を思い出したカリーヌの放った魔法がヤプールに襲い掛かっていた。

『ライトニング・クラウド!』

 威力が衰えているとはいえ、巨象をも一撃で炭にする雷撃が巨人の手のひらのように老人を包み込み、雷光の檻が包み込んで焼き尽くそうと迫った。しかし……

「だめだ! そいつに攻撃は」

 アニエスの脳裏に、かつて超獣ドラゴリーが現れたときの記憶が閃光のように蘇ってきたが、叫んだときにはもう遅かった。雷撃は、ヤプールの手前で曲がって、奴の後ろや天井、床の石畳を粉砕するだけで、その笑いを止めることはできなかったのだ。

「なにっ……」

「やはり……」

 あのときと同じだ。奴は何らかの方法で攻撃を無力化している。しかし、まさか今のでもスクウェアに近い威力があったライトニング・クラウドでさえ、身じろぎもせずに跳ね返してしまうとは。

「無駄なことはやめるといい。私の周りの空間は歪曲し、いかなる攻撃も通すことはない。猿の頭でも、多少は理解できるだろう」

「貴様……」

 異次元人であるヤプールにとって、この程度の空間操作はお手の物だった。隠す気もない侮蔑の言葉とともに、ヤプールは打つ手が無くなって歯を食いしばっているカリーヌやアニエスたちを楽しそうに眺めると、わざとらしく帽子をかぶりなおして、アンリエッタとウェールズに向き直った。

「ふふ、さて、うるさい者たちも静かになったところで、直接話をするのはトリスタニアの時以来、およそ半年ぶりかな。王女様」

 その言葉に、アンリエッタのまぶたの裏に、ベロクロンによって焼き尽くされたトリスタニアの街と、鼓膜には勝ち誇った声で降伏と奴隷化を勧告してきたヤプールの声がありありと蘇ってきた。

「あのときのトリスタニア……お前が、お前があの惨劇を作り出したというのですか!?」

「そのとおり、あのときはずいぶんと楽しませてもらったものだ。そうそう……それに、ウェールズ殿、あなたにも長い間楽しませていただいた。本日は、せめてお礼を一言ぐらいはと思って参上した次第」

「な、なにを言っているのだ?」

 とまどうウェールズに、ヤプールは口元を大きく歪めて笑いかけた。

「聞きたいのかね? よろしければ説明してあげようか」

「耳を傾けてはなりません、ウェールズさま!」

 ここで真実を暴かれたら、ウェールズの心は壊れてしまうかもしれないと恐れたアンリエッタは、ヤプールの言葉をさえぎった。さらに怒りと、義務感で心の底から引き出してきた勇気を、そのままヤプールに叩き付けた。

「お前の、お前のせいで、トリステインもアルビオンも、国も街も、大勢の人々の命が犠牲に。もうこれ以上の茶番はたくさんです。答えなさい! お前はいったい何者なのです。なぜこんなむごいことを続けるのですか!?」

「ふっ、それがお前たち人間の望んだことだからだよ」

「なっ!?」

「ふふ、我々ヤプールは、生物であって生物ではない。貴様たち人間の心から生まれる、怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、嫌悪、そういった邪悪な思念、マイナスエネルギーが異次元の歪みにたまり、生まれたのが我々だ」

「わたしたち人間の、心から?」

 そのとき、さっきの一撃で壁が崩れ、部屋に差し込んできた陽光が老人の体を照らした。だがその影は人間ではなく、全身にとげのようなものを生やしたヤプール本来のシルエットとなって、壁に映し出された。

「我らは暗黒より生まれ、全てを闇に返すもの。自分以外の全てのものの、屈服と支配を望むのは、お前たちの持つ本能だろう? 見てみるがいい、あの人間どもの醜態を、同族同士で意味のない殺し合いを延々と続ける。なんとも楽しい見世物だ」

 誰も、反論の余地がなかった。目の前でおこなわれている戦争と、ヤプールの侵略攻撃のどこが違うと問われて、はっきりと自分を擁護できるほどきれいな戦いでは、これはない。

「それではお前が、この戦争を画策して、この国に内乱をおこさせたというのか?」

 怒気を交えて叫ぶウェールズに、ヤプールはつまらなさそうにかぶりを振った。

「それは違う。我らは人間同士のつまらぬ争いなどをいちいち作り出しはせん。教えてやろう。この戦争を裏で操る者は我らの他にもいて、我らはそれを多少利用したに過ぎない。我らの目的は、別にある」

「目的……?」

 見ると、これまで人を馬鹿にした笑いを浮かべていたヤプールの顔が、目つきを鋭く尖らせて、刺す様なオーラを発していることで、奴が遊びをやめて本気になったことがわかった。アンリエッタたちも、これまで天災のように訳もわからず攻撃を仕掛けてくるヤプールの目的、それが明かされるとなって、一様に息を呑んだ。そして。

「復讐……」

 一瞬、何を言われたのか、誰もが理解できなかった。

「今から数十年前、我らはこの世界と同じように、ある世界の侵略をもくろんだ。見るがいい……」

 すると、部屋の風景が揺らぐように変わり、そこに初めてヤプールが地球への攻撃をおこなった、ベロクロンの東京攻撃のシーンがホログラフのように映し出された。

「これはっ!?」

 東京の街の風景は、それだけでそこがハルケギニアとはまったく違う世界のものであることを知らされたが、それよりも傍若無人に暴れまわるベロクロンの姿は、まさに半年前のトリスタニアを髣髴とされて、蘇ってくる怒りが心に立ち込めた。

 だが、トリスタニアと同じように好き放題に暴れるベロクロンの暴虐は、長くは続かなかった。その前に立ちふさがった者こそ。

「ウルトラマン……エース」

 そう、それが今なお続くヤプールとウルトラマンAとの、長い戦いの幕開けであったのだ。

 ベロクロンが倒された後は、場面はめまぐるしく変わり、数々の超獣とエースとの戦いが続いた。そしてやがて場面は両者が直接対決した異次元での巨大ヤプール戦となったが、自ら挑んだ戦いでも最後はエースの勝利で終わった。

「地球の支配をもくろんだ我らの計画は、奴の手によって防がれてしまった。だが、たとえ死しても我らの怨念は消えることはない」

 復活したベロクロン2世、ジャンボキングとの最終決戦などが映し出され、さらに復活してウルトラマンタロウと戦ったとき、Uキラーザウルスとなってメビウスをはじめとするウルトラ兄弟と戦ったときの光景が、彼女たちを圧倒した。

「我らは、我らを滅ぼしたウルトラ兄弟や人間どもが憎い。だから我らは、この世界で力を蓄え、一挙に地球を滅ぼそうと考えたが、またしても奴は我らの前に立ちふさがった。心底忌々しい、奴らウルトラ兄弟、特にエースへの復讐に比べたら、こんな世界のことなど枝葉にすぎんわ!」

「あなたたちは……本物の悪魔ですね」

 これまでの、この世界で失われた命、撒き散らされた悲しみがすべて逆恨みの生んだ代物だということを理解したとき、彼女たちの心には、怒りをも超えた何かが生まれつつあった。

「これではっきりしました。今までわたしは、なんのために戦うのかわかりませんでしたけれど、あなたたちのような悪魔に、この世界を好きにはさせません!」

 それは、アンリエッタからヤプールへの宣戦布告であった。それを受けて、ヤプールの邪気に圧倒されていたウェールズや、アニエスとミシェル、そしてその言葉を待っていたカリーヌは、いっせいに武器を向けた。

「アルビオンの民に代わって、私が貴様を倒す」

「覚悟しろ、今度こそ生きて帰れると思うな!」

 トライアングル以上のメイジが四人、いかな強力な防御を持っているとはいえ、これに耐えられるわけはないと思われた。しかし、ヤプールが不敵な笑みを浮かべながら手を上げた瞬間、彼らの目の前の床が破裂するように下から吹き飛んで、そこから竜巻に巻き上げられた木の葉のように、才人やルイズたちが吹き上げられてきた。

「げほっ、うぅ、いったぁ……」

「ルイズ、大丈夫!?」

 床に打ち付けられて咳き込んでいるルイズたちに、アンリエッタは駆け寄ると水魔法で傷を癒していった。幸い、誰も軽傷ですんでいるようだが、なにがあったのかと問いかけられると、才人が起き上がって剣を構えなおした。

「あの野郎、あの狭い中で『カッター・トルネード』なんか使いやがったら、天井が抜けるに決まってるだろ。むちゃくちゃしやがって」

 つまり、密閉された閉鎖空間で大規模な空気の対流を作り出してしまったために、全員が飲み込まれて上層階にまで飛ばされたということらしい。しかし、床に空いた大穴から、遅れてワルドが浮遊するように上がってきて、老人のそばに着地すると、楽しそうなヤプールの声が響いた。

「ふっ、どうやら役者がそろったようだな」

「お、お前は!? ヤプール!」

「なっ、なんでこんなところに!」

 才人とルイズにとってはドラゴリー戦、キュルケとタバサにはホタルンガ戦以来となる悪魔との思いもよらぬ再会が、四人の背筋を凍らせた。

「お前たちとも、前に会ったな。事あるごとに、よくも我々の作戦の邪魔をしてくれたな。だが、それもここまでだ。邪魔者がそろった今こそ、まとめて消えてもらおうか」

「そうか! だからこのタイミングで」

「ふははは、貴様らがこの世から消えればこの世界はさらなる混乱に陥るだろう。そこから生まれるマイナスエネルギーを得て、我らはさらに強大となる。絶望して死ぬがいい。さあ、巨大化せよ。変身超獣ブロッケン!!」

 とっさに、カリーヌやタバサが魔法を放ったが、それもすべてはじかれてしまった。勝ち誇ったヤプールの死刑宣告同然の命令が下ると同時に、手袋を脱ぎ去ったワルドの手のひらの目が緑色に輝いたかと思うと、体が白色の光に覆われて、見る見るうちに膨れ上がって部屋の中に満ち始めたではないか。

「いけない! 押しつぶされるわよ」

 あっという間に部屋中に満ちていった光から、一同は窓から逃れようとしたが、光が膨張する速度は予想よりずっと早かった。窓のすきまもふさがれて、部屋の隅へと見る見る間に追い込まれていった。

「お母様、ノワールは!?」

「だめだ、ここで大きくしたら私たちも押しつぶされる」

「いやぁぁっ!」

 ヤプールの哄笑が響き渡る中で、部屋の隅に追い詰められたアンリエッタたちは死を覚悟して、思わず目を閉じた。

 だが、膨張する光が床と天井を押しのけて、彼女たちの寄りかかる壁にのしかかろうとしたとき、才人とルイズは皆を守るようにして手をつないだ。刹那、古城は降りかかった重量に耐えられずに、轟音を立てて崩壊した。

 そして、その瓦礫の中から姿を現す異形の影……

「ち、超獣だぁーっ!!」

 王党派とレコン・キスタを問わずにあがった悲鳴。そこに現れた四本足のケンタウロスのような姿と鰐のような頭を持った超獣こそ、ワルドに乗り移っていた者の正体、その名も変身超獣ブロッケンだった。

 

【挿絵表示】

 

 だが、悪の手が無慈悲に命を奪おうとするとき、それを阻もうとする光の意思も現れる。

 あの瞬間、死を覚悟して意識を手放しかけたアンリエッタは、いつまで経っても痛みも冷たさも襲ってこないことから、ゆっくりと目を開けてみると、自分が不思議な温かさを持つ銀色の光に包まれているのに気づいた。

「ん……こ、ここは、天国?」

 けれども、ゆっくりと手を動かしてみると、自分はまだ死んではいないようなのがわかった。しかも周りを見渡せば、そこにはウェールズもカリーヌも、キュルケ、タバサ、アニエスもミシェルもいて、皆目を覚ますと、不思議と自然に上を見上げて、そこにある希望を見つけた。

「あっ……」

「ウルトラマン……」

「エース!」

 そこは、エースの手のひらの上で、彼女たちは城が崩壊する寸前に、エースによって救い出されていたのだった。

(間に合ってよかった……)

 手のひらに乗る小鳥のように、全員が無事に微笑んでいるのを見届けると、ルイズと才人はほっと胸をなでおろした。そして地面にひざを突いて皆を下ろしたエースは、城の瓦礫を押しのけながら前進を始めた超獣に向かい合う。

「ヘヤァッ!」

 しかし、エースによって全員が助け出されたというのに、ヤプールは異次元空間から狂喜した叫びをあげていた。

「ふっふっふっ、とうとう現れたなウルトラマンA! さあ、復讐の時だブロッケン!」

 崩れ行く城に、鰐と宇宙怪獣の合成超獣と、ヤプールの高笑いがこだました。

 

 

 続く


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