ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

84 / 338
第84話  双月に抱かれた星 (後編)

 第84話

 双月に抱かれた星 (後編)

 

 高次元捕食体 ボガールモンス

 宇宙大怪獣 ベムスター

 ウルトラマンジャスティス 登場

 

 

 深夜、地球でいえば午後十時ごろにアルビオン王党派軍は後方五リーグにある小城の補給基地へと撤退を始めた。テントは折りたたまれて馬に積まれ、その他大砲などの兵器や道具も持ち運べるものは人力や馬で運ばれたが、破損しているものや移動不能なものは破壊された。

 そんな中を、ルイズたち一行はウェールズやアンリエッタたちの本営から少し遅れて徒歩で着いていっていた。その途中、陣地が置かれていた草原を離れる前に、才人は草原の向こうの木陰に向かって独り言のように話しかけた。

 

「これが終わったら、必ず戻ってくるからな」

 

 その先には、時空間から持ち帰った、とある日本海軍兵から預かったゼロ戦が静かに鎮座しているはずだった。

 あのとき才人とルイズを乗せたゼロ戦は、多数のリトルモアを撃ち落したものの、弾切れと再度のエンジントラブルに襲われて、王党派陣営から少し離れた森のそばに着陸していたのだった。

「あちゃあ、完全にエンジンが焼けちまったか」

 コクピットから這い出してきた才人は、とうとう白煙を上げて動かなくなってしまった栄エンジンを見上げてため息をついた。時空間からここまでよく働いてくれたが、どうやら点火プラグまでいかれてしまったようで、本格的な修理を施さなくてはもう動きそうもなかった。

 とはいえ、このハルケギニアで精密機械であるゼロ戦のエンジンを修理する部品を手に入れることは実質不可能なので、感謝する意味合いで才人はゼロ戦に向かって手を合わせた。だが次の瞬間、頭上を甲高い鳴き声と空気を切り裂く飛行音が通り過ぎていったとき、見上げた彼の耳朶をルイズの声が遅れて打った。

「サイト、怪獣が落ちていくわ!」

 そして二人は変身することになり、アンリエッタたちを助けることに成功するが、いずれなんとかしてゼロ戦は回収しておかねばならないだろう。

 

 

 やがて名もない小さな城に着き、簡単な食事をいただいた才人とルイズは一行と別れて、古ぼけたバルコニーから二人で空を眺めていた。

「きれいな空だな」

「ええ、今日は月が二つ揃った満月ね」

 天空には、地球では決して見られない赤と青の色の月が満天の星空を背に輝いている。その幻想的な風景には、普段顔をあわせれば憎まれ口を叩き合っている二人といえども、魂を奪われて見入らずにはいられなかった。

 だが、この美しい星空も、夜が明ければまた血みどろの死闘が始まる前の、つかの間の平穏であることを誰もが知っていた。

「明日で、終わるのよね」

 ぽつりとつぶやいたルイズの言葉に才人は答えなかった。明日、夜が明ければレコン・キスタ軍は最後の攻撃を仕掛けてくるはずだ。むろん、そのときにはヤプールも逃げ延びさせたワルドなど、あるだけの駒を使って攻撃をかけてくるだろう。ワルドに乗り移ったもの……それの正体については見当がついているが、カリーヌと戦ったときにはワルドの能力を利用するために本来の力を抑えられていたはずで、次は確実にワルドという余計な殻を捨て去ってくるであろうし、ほかにもまだ奥の手があるかもしれない。これまでの超獣や宇宙人とは明らかに違うであろう敵に、果たして勝てるだろうか。

 けれど、そうして物思いにふける才人に、ルイズは同じように空を見上げながら穏やかに話しかけた。

「ねえサイト、覚えてる? フリッグの舞踏会のときもこんなきれいな夜空だったわね」

「忘れるもんか、あんな大騒ぎ……」

 そう言うとサイトは、自分の手のひらを見つめて、あのときルイズといっしょに学院の外の原っぱで踊ったときのことを思い出した。

「わ、わたくしと踊っていただけますこと、ジェントルマン」

 二人で大勢の生徒たちや怪獣たちといっしょに踊ったときは、本当に楽しかった。

 あのときは、お互いにぎこちかったと思うが、今ははたしてどうなのだろう……二人は考えて、互いの顔を見合わせるとほおを赤らめて視線を逸らし、しばらくうつむいて沈黙が続いた。

「そうね……けど、きっと明日には終わるわよ。きっと始祖がお導きになってくださるわ」

「ずいぶん確信的に言うな?」

 やたら自信たっぷりに言うルイズに、才人は怪訝な顔をしたが、彼女はブリミル教についてまだ無知な才人のために、指をぴんと立てて講義を始めた。

「明日はね。数十年に一回の皆既日食の日なのよ。始祖ブリミルは伝説によれば四人の伝説の使い魔を連れていたっていうけど、それぐらいは知ってるでしょ?」

「ああ、学院長やコルベール先生からいくらか聞いたけど、名称不明なのが一人と、ミョズニなんとかとヴィンダールヴだっけと、それからこれだろ?」

 左手の甲をかざして見せる才人のそこには、あらゆる武器を扱ったといわれている伝説の使い魔の一つ『ガンダールヴ』のルーンが刻まれていた。

「ええ、その四人の使い魔を率いて、始祖はこの地に平和をもたらしたと伝説にはあるけれど、その一人が始祖の元に現れたのが日食のときだったのよ」

「なるほど……で、どれが?」

「くしくもあんたと同じガンダールヴらしいわ。伝説によれば、『その者はあらゆる武器を使いこなし、その命を始祖の盾として守り抜いたる気高き勇者。しかして無数の魔なるものが立ちはだかり、この地に滅びが迫りしときに、天より光ありて一つとなり、魔を鎮め、邪を滅ぼした』、本当はもっと細かいんだけど、大まかに言うとこんなところね」

 指を立てて、博士のようなしぐさで話すルイズは、小難しい伝説をスラスラと詰まることもなく言い切って才人を感心させた。

「すごいもんだな。それ、ハルケギニアじゃみんな知ってるのか?」

「まさか、聖職者でもない限り、使い魔たちの名前くらいしか知りゃしないわよ。学院の図書館で、ガンダールヴに関することや魔法の記録をいろいろと調べているうちに自然とね。まあ、六千年も前の話なんで資料も乏しかったんだけど、さすが資料庫としては国内有数のところだから無駄に知識は増えたわよ」

「ほう、ほう」

 そこで、才人はさすが勉強家のルイズだと普通に感心したのだが、ルイズのほうはここまで言って気づかない才人の鈍さに内心いらだちを覚えていた。自分の使い魔がこんなでなければ、誰がわざわざガンダールヴのことなどを調べるだろうか? 伝説などいうやっかいなルーンが、才人にどんな悪影響を与えるかもしれないと、どれほど心配したと思っているのだ。そして、これだけのことを調べるのに何百冊の本を積み重ねるはめになったのかと、いっそぶちまけてやりたい衝動にかられたが、そうすれば負けたも同然だと妙なプライドに阻まれて思いとどまった。

「ふん、けど大体の資料ではガンダールヴはあらゆる武器を使いこなして始祖を守ったというのは共通してるわね。あと、勇敢で気高く、始祖の信頼もほかの三人よりも厚かった。誰かさんとは大違いよね」

「大きなお世話だ。それで、ほかには何かあるのか?」

「それより古い本はあったにはあったけど、記述はまちまちで信頼性には欠けるわね。中にはうら若き美女で始祖の恋人だったなんてのもあったけど、こりゃ眉唾もいいところだわ。ただいくつかの資料では一度始祖を守って命を落としたけれど、天から舞い降りてきた光に新たな命を与えられて蘇り、邪悪な軍勢によって敗滅寸前だった始祖と仲間たちを救ったとあるんだけど、これ、どう思う?」

「どうって、言われてもな……」

 あいまいに答えたが、才人の脳裏には以前ラグドリアン湖で水の精霊から聞いた話が蘇っていた。

 

(もはや我の記憶すらかすむ、今からおよそ六千年の昔、この地を未曾有の大災厄が襲った。無数の怪物が大地を焼き尽くし、水を腐らせ、空を濁らせ、世界を滅ぼしかけたとき、その者は光のように天空より現れ、怪物達の怒りを鎮め、邪悪な者達を滅ぼして世界を救った。彼がいなければ、我もお前達もこの世には存在しなかっただろう)

 

 その話と今ルイズから聞いたガンダールヴの伝説はあまりにも合致している。しかもそのとき水の精霊は、ウルトラマンAがその存在とよく似ていたと言っていた。

「六千年前に、大変なことが起きていたのは事実みたいだな」

 頭の中でたどりついた結論を才人はあえて言わなかった。確たる証拠があるわけではなかったし、何より自分ごときがわかることがルイズにわからないはずがないと思ったからだ。

「そうね、わたしたちの想像を超えた何かが……その証拠に、ガンダールヴに関する記述はヴィンダールヴやミョズニトニルンに比べて多いし、ブリミル教では毎年年末に始祖がこの地に降り立った日を記念して、始祖の降臨祭がおこなわれるんだけど、使い魔で降臨が祝われるのはガンダールヴだけなのよ」

「なんか、今まで多少強くなるくらいにしか考えてなかったけど、ずいぶんと大変なもんだったんだな、このルーンって」

「かもしれないわね。そして、そんなものを呼び出しちゃったわたしも、いったいなんなのかしらね」

 伝説の重さと、不条理な現実に圧迫されているのはルイズも同じであった。答えがあるものならば、今すぐにも教えてもらいたい。しかし、それを知ってしまったときに自分はどうなるのか、それもまた恐ろしかった。

 けれど、そんなルイズの不安の雲を払ったのは、またも才人の緊張感を欠いた声だった。

「ふぅ……けどまあ、そんなすごいものをもらったならもうけものと思っとくか。何の役にも立たないただの模様だったらダサいだけだからなあ」

「はぁ……あんたほんと事の重大さがわかってないのねえ」

「そう言ってもな。いくら考えたって、六千年前にタイムスリップできるわけじゃないし、なるようにしかならないんじゃねえのか?」

 ため息とともに、ルイズは悩みを共用してくれないかと思った自分の考えをまるめてくずかごに投げ捨てると、答えが出るはずのない思考の堂々巡りを打ち切った。

「ま、わたしが考えてわからないものがあんたにわかるはずもなかったわね。わたしが悪かったわ、ごめんなさい」

「お前、それおれをバカにしてるだろ」

「あら、それぐらいはわかるのね。そういえばずいぶん話が脱線しちゃったけど、日食のこの日だけはどんな争いもやめて祈りをささげるのが慣例になってるの。もちろん敵は罰当たりにもそんなことにはお構いなしで攻めてくるでしょうけど、過去にも日食の日にはいろんな奇跡が起こったと言い伝えられてるから、始祖はきっと見守ってくださってるわよ」

 才人はウルトラの父降臨祭と似たようなものかと思った。もちろん重要性には歴然たる違いがあるだろうが、偉人の生誕日を記念化する風習はハルケギニアでも変わらないらしい。

 才人は、空に向かって祈りをささげるポーズをとるルイズを見ながら思った。自分は正月には神社に初詣に行き、お寺に高校の合格祈願に行き、クリスマスを祝ってついでに財布に貧乏神を引っ張ってくる節操なしの日本人だけども、世界平和を頼むのだったら文句はないだろうと、ルイズのまねをして祈った。

 だが、そうして祈る二人を才人の背で見守っていたデルフリンガーは、鞘の中でじっと物思いにふけっていた。

(懐かしい話を聞かせてもらったぜ。そうか、あれからもう六千年なのか……ずっと忘れていたが、我ながらよく生きたもんだ。ブリミルも、ほかの連中ももう顔も思い出せねえが、いい奴らだったな……)

 単なるインテリジェンスソードと思われていた一本の剣の中に蘇った記憶が、果たして真実であるのか、それとも年月の磨耗が呼んだ妄想の産物であるのか、六千年という年月はあまりにも長すぎ、確かめる術はなかった。

 

 そしてそれから、じっとお祈りを数分続けた頃だろうか、そこへ唐突に沈黙を無遠慮に破る明るい声が響いてきた。

「やっほー、こんなところにいたのね、探したわよ」

 その声にはっとして振り向くと、そこにはキュルケたちがいつものようにみんな揃って立っていた。

「あら、デートの最中にお邪魔しちゃったかしら?」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

「照れるなっての。いやあいい雰囲気だったから声をかけるか悩んだんだけど、いつまで待ってもキスの一つもする気配がないからじれったくなってね」

「なっ!?」

 どうやら最初からずっと見られていたらしい。二人とも、さっきよりさらに顔を赤らめて、無邪気な覗き魔を睨みつけたが、当の本人はそ知らぬ顔。

「で、わ、わざわざ雁首そろえて何の用よ」

「ごあいさつね。仮にも生死を共にした戦友じゃない、辛気臭いのは嫌いだからパーッと飲もうと思って誘いに来たんだけど、余計なお世話だったかしらね」

「……」

 どう考えても翌日は二日酔いで戦いどころではなくなると思うのだが、二人は呆れてもう返す言葉が浮かんでこなかった。いや、というよりもキュルケにはいつも一歩も二歩も先を行かれて、会話でまともにペースを握れたことはなかった。まったく生来の陽の気質とでも言おうか、どんな暗い舞台でも彼女がいればたちまち軽歌劇のようになるのだから不思議なものだ。

 そんなキュルケの後ろには、いつものようにタバサがいて、じっと無表情ながらもこっちを見ていた。

「……や、やあ」

「……うん」

 どうもタバサを相手にしては、これまでうまく会話ができた思い出がない。けど、何かがあったときには必ずそばにいてくれた。才人にとってもルイズにとっても、タバサの存在は最初はキュルケの付属物のようなものだったが、今では余計な言葉を交わさなくても、必要なことはわかりあえるようになってきた……気がする。

”相変わらず何を考えてるのかよくわからない子だけど……まあ、詮索する必要もないわね”

 ぺちゃくちゃしゃべるばかりが友達ではないと、最近になってルイズも思うようになっていた。彼女が自分たちをどう思っているのかよくわからないが、少なくともこうしてここにいてくれるということは、自分たちを悪く思っているわけではないということだろうし、いつか本当に分かり合えるときが来るだろう。

 頭をかきながらそんなことを思っていると、いくらかの荷物を抱えたロングビルが二人に話しかけてきた。

「すみませんが、私はお先にここを失礼させていただきます」

「ロングビルさん?」

「やっぱりテファたちが心配ですし……それにここは、私には居心地が悪いですから」

 そういえばロングビルはアルビオンの前王によって地位を剥奪されたのだった。理性では直接関係のないウェールズを憎んではいないのだろうが、やはり王党派の元にいることはつらいのだろう。そう理解した二人は、引き止めることなく道中の無事を祈って送り出した。

 そして最後に……

「よかったですね、ミシェルさん」

 そこには、長年の心の鎖から解放されたミシェルが、穏やかに微笑を浮かべていた。

「ああ、隊長のはからいで、この戦いが終わったら、私はしばらく身を隠すことになった。当分会えなくなるかもしれんが、おかげで胸のつかえが下りたような気がする。思えばずいぶん遠回りをしてしまったように思えるが、やっと私は自分自身に帰れたようだ」

「別に、ミシェルさんはずっとミシェルさんですよ」

「いや、もしお前たちと出会うのがもっと遅かったら、私は妄信のままにトリステインを滅ぼす企てに邁進し、目的のためなら手段を選ばないワルドのような卑劣漢に成り下がっていたかもしれない。私を闇の中から引き上げてくれたのは、お前だ、サイト」

 その瞬間、星の光に照らされて、夏の風を受けてわずかに青い髪を揺らして微笑んだミシェルの顔が、妖精のように美しく輝いていたように才人は思った。

「いや、おれは……その」

 どぎまぎして、ルイズになに動揺してんのよと足を踏まれながらも、才人は自らのやったことに一片の後悔もなかった。

 

”ウルトラマンは、困った人を絶対見捨てない”

 

 それが才人にとっての正義感の源泉であり、行動の大原則だった。

 誰しもが心に宿しているヒーローが教えてくれる勇気や優しさを忘れずに、目の前の人を救うためにその心を尽くす。ただそれだけのことである。

 けれども、救われた者にとってはその人こそがすなわちヒーローである。ミシェルは才人のすぐ前に立つと、照れてだらしない顔をしている才人に笑いかけた。

「お前には、大きな借りができてしまったな、何度も命と心を救われた。本当に、どうやって返せばいいのか、大きすぎるくらいにな」

「いやいいですって、見返りなんかが欲しくてやった……んむっ!?」

 才人の言葉は最後まで続けられることはなかった。いや、それどころか周りで見守っていたルイズやキュルケ、タバサでさえあまりのことに絶句して、酸欠の金魚のように口を無意味に開け閉じすることしかできないでいる。

「キ、キ、キキキキ……」

 なぜなら才人の口は、別のもので塞がれていた。

「あら……まあ」

 それはとてもやわらかくて温かく、才人にとっては人生二度目の経験。

「……大胆」

 才人はまるで石像のように硬直して動けない。それもそのはず、彼にとってミシェルのとったその行為は完全に予想外で、目の前にちらつく彼女の顔を見つめるしかできず、現状を理解したのは数秒の間をおいてのルイズの絶叫を待ってからであった。

 

「キキキキ……キスしたぁーっ!!」

 

 時間にしてたっぷり十秒ほど、ミシェルは突然才人の体を抱きしめて唇と唇を合わせていたのだった。もちろん、ルイズたちの目の前で、堂々と、誰にも止める暇などはない一瞬の早技であった。

 愕然とするルイズ。だが彼女の絶叫が響き終わると、ミシェルはようやく茫然自失としている才人から離れて、指を彼に突きつけて宣言した。

「いいか、これで借り一つチャラだからな! わかったな」

「あ……い、が」

 才人はなにかしゃべりたいのだろうが、脳がパンク状態の上に舌がもつれて単語の一つもつむぎだすことはできず、ルイズもどうすればいいのか割り込む方法を思いつけなかった。しかしミシェルは才人の答えを待たずにきびすを返すと、大股で帰っていきかけたが、途中で思い出したように止まり、最後にそんな才人にもしっかりと聞こえるように大声で言い残した。

「ま、まだ借りは残ってるから、この続きはトリステインに帰ってからしてやる! だから絶対に死ぬなよ、私も生き残るからな!」

 それだけ言うと、ミシェルはこちらが言葉をかける間もなく、とても怪我人とは思えないくらいに軽やかに立ち去っていった。

 残されたのは、現実についていけてない才人とルイズと、二人を温かく見守っているキュルケとタバサの四人だけ……才人とて、キスされただけでKOされてしまうほどウブではないが、完璧にふいを突かれた上に、これまで高圧的だった女性が優しくなるようになるとのギャップルールや、何よりミシェルが本来持っていた魅力が解放されたのも加わって、ものの見事に心を奪われてしまっていた。

 だがやがて夏風が、一回二回と彼らのほてった頬をなでていき、三回目あたりでやっと我に返った二人の反応は例のごとくであった。

「この……続き……? はっ!?」

 才人は唇に残る心地よい余韻をも消し去るような、グローザムも真っ青の絶対零度の殺気とゼットンの火球をもしのぐ超高熱の激怒のオーラを感じて、油の切れたロボットのように首をきしませながら振り返ると、そこには悪魔がいた。

「サーイートー!」

「あ……ルイズ」

 鬼神も退く『烈風』の遺伝子を受け継ぐ者の、バーストモードの放つオーラは母親のそれと比較しても、なんら遜色のないすさまじいものだった。そしてそれは才人に一切の弁明も説得も無意味だと確信させるものがあった。

「あ……こりゃ……死ぬな」

 ルイズの杖に、これまでのどれとも比較にならないほどの魔力が集中し、その目標はただしく才人のみを向いていた。

「ル、ルイズ落ち着いて……」

「もう、手遅れ」

 キュルケとタバサの声も、もはや届かない。そして、ありったけの悲しみと嫉妬とその他もろもろのやけくそを詰め込んだ、ルイズ究極最大の失敗魔法が、すべてを巻き込んで解放された。

「この、馬鹿犬ーっ!!」

「ほげーっ!!」

 その瞬間、はや敵襲かと全軍が錯覚するほどの大爆発が、小さな古城の一角を完全に消滅させ、少年一人と巻き添えを食った少女二人が救護所に担ぎこまれたのが、この日の最後のイベントとなった。ただしルイズにとってイベントの開催費用は安くなかったが。

「ルイズ、この大馬鹿者が!」

「ごめんなさいお母様、ごめんなさーいっ!!」

 当然のごとく激怒したカリーヌに雷を落とされる結果となったが、そのときは幸いにもすぐにアンリエッタが止めに入ってくれたために、大きなこぶを作らされたが魔法の行使だけはなくてすんだ。もっとも、そのときカリーヌにそんな魔法を使う余力などは残っていなかったのだが。

 その後、陣営の一角に食事と睡眠のための場所をもらったルイズたちは、明日の戦闘には参加せずに、不測の事態、つまりヤプールが攻撃を仕掛けてきたときのために遊軍として待機することになった。これはまだ若いルイズたちに人殺しを経験させたくないというアンリエッタの温情と、宇宙人や超獣に対抗が可能なのは彼ら以外にないと思われたからだ。

 それから夜が更けた後に、ルイズと才人の姿はまだ救護所にあった。

 才人はまだ目を回したまま簡易ベッドに横になっている。そしてルイズは水のメイジが足りないので、頭に大きな湿布を貼り付けて、自分のせいで何も悪くないのにいまだに意識を取り戻さない才人を看護していた。

「……」

 才人の間抜けな寝顔を見ていると、ルイズの胸に思い出し怒りが湧いてくる。が、今度母の怒りを買ったら命の危険があるので、生存本能がかろうじてストップをかけていた。

「ほんとに……お人よしもたいがいにしなさいよね」

 才人のしたことは正しいことだということはわかっている。わかっているのだが、才人のそばに自分以外の女の子がいると、自分でもどうしようもなくなるのだ。

 けれど、もしさっき二人でいるときにキュルケたちが来なければ、自分は才人と何ができたか? ミシェルの半分でも勇気がもてただろうか……

「来年も、いっしょに踊ってくれる?」

 ルイズはそう言いたかったが、言ってしまえばそれがなぜか永遠に叶わなくなるような気がして、どうしても口に出せなかった。

 

 

 ゆっくりと流れる時間とともに、二つの月だけはいかなる者をも平等に照らして夜空に輝き続けている。

 

 

 一方そのころ、レコン・キスタ軍も出て行って、もぬけの殻となったアルビオンの首都ロンディニウムを見渡せる山の頂。月が天頂に輝き草木も眠るこの時刻に、闇夜と同化するような黒い服をまとって、街の郊外に突き刺さる、全長百メイルにもなる巨大な岩の柱をじっと見つめている人影があった。

「やはり、あれが怪獣たちをこの星に呼び寄せている元凶か」

 月を覆っていた雲が晴れて、その人物、ジュリの顔が明らかになる。彼女はエースと話して、この星を襲っている異変の現況が異次元人にあることを知ってから、その侵略を阻止することに目的を切り替えて、以前にロンディニウムに立ち寄ったときに見かけたこの石柱を再度調べるために戻ってきたのだが、それは案の定であった。

 これは巧みなカモフラージュを施してあって、人間の目にはただの岩石にしか見えないだろうし、ジュリも最初はたんなる隕石かと思っていた。だがよく透視すると宇宙鉱物でできており、微弱な脳波にも似たシグナルを出している以上、これこそが侵略兵器に間違いはなかった。

「また怪獣が来る……」

 ジュリの超知覚は、すでにこの恒星系に突入してきた何匹かの宇宙怪獣を捉えていた。いずれはこんなものではなく、もっと大群をもって星を埋め尽くすほどの数がやってくるだろう。そうなる前に、この星の生態系を守るために、宇宙全体の生態系のバランスを崩さないために、そして宇宙の秩序を崩すものを許さない宇宙正義を貫くために、誰の目にも止まらずに、ウルトラマンジャスティスの孤独な足音が夜空に響く。

 だが、その前に立ちはだかる者が姿を現した。

「貴様か、やはり生きていたな」

 ジュリの黒服と対照的な白衣をまとい、暗い影をまとった笑みを浮かべた女、高次元捕食体ボガールの人間体が姿を現した。奴は、あのときにメタリウム光線とビクトリューム光線を受けて滅び去ったと思われていたが、やはりしぶとくも生き延びていたのだ。

「ク……アノトキハ、ヨクモヤッテクレタナ」

 ジュリの言葉にボガールは、あのときのダメージなどはまったく感じさせない不敵さをもって、以前のように腕をだらりと垂れ下がらせ、しかし目にだけは陰湿な輝きを宿らせて答えた。

「なるほど、お前があれの番人ということか、確かに貴様にとっては都合のいい代物だろうが、破壊させてもらうぞ」

「コレイジョウ、オマエニショクジノジャマハサセナイ」

 鋭く睨みつけるジュリに対して、ボガールも殺意をみなぎらせた視線で応える。いつの間にか、両者の周りには微細なエネルギーが飛び交い、隙あらばいつでも襲いかかれる態勢をどちらもとっていた。

「あくまでこの星の環境を破壊しようというのならば、今度はもう容赦はしないぞ。宇宙の秩序を守るために、お前をこの星から逃しはしない」

「フ……コンドハ、ワタシガオマエヲクウ」

 食欲の権化であるボガールと、宇宙の秩序の守護者であるジャスティスの間に妥協点などは最初からあるはずもなく、ボガールは食事を邪魔するジャスティスを抹殺するために、人間体であるボガールヒューマンから、一気に怪獣体へと巨大化をはじめた。しかし、その姿は以前のボガールのものではなく、さらに体格や腕も巨大に鋭角的になり、背中に無数の鋭いとげの生えた翼のようなものが備わった凶悪なものに変わっていたのだ。

「やはり、脱皮して変貌を遂げていたか。ならば、これ以上巨大化する前に処理する」

 かつて宇宙の破壊者となったサンドロスに猶予を与えてしまったがために、宇宙の各地に甚大な被害を与えてしまった過ちを繰り返さないため、ジュリもブローチの変身アイテム・ジャストランサーを手に取り、光に包まれてウルトラマンジャスティスに変身する。

「シュワッ!」

 黄金の光に包まれて現れた巨人と、ボガールが進化をとげて変貌した強化形態、ボガールモンスが夜闇の郊外を舞台にして、新たなる戦いの幕を上げた。

「ヘヤッ!」

 第一撃を放ったのはジャスティスだった。さらなる異形と化したボガールに恐れを抱かずに懐に飛び込んで、ボディに両鉄拳を叩き込み、隕石が落ちたような轟音を深夜の街に響き渡らせる。

 しかし、先制攻撃を許したとはいえ、ボガールモンスはかつてもグドンやツインテールなどの強力怪獣をほんの数分で叩きのめしてしまったほどに強力なパワーを秘めている強敵だ。さらにボディもその程度では充分なダメージにならずに、かぎ爪を振り上げてジャスティスを攻め立て、回り込まれそうになれば鞭のように自在に動く尻尾を使って接近をはばんだ。

 その激闘は、はじまったばかりだというのに大地を揺るがし、眠りについていたロンディニウムの市民たちを夢の世界から引きずり戻した。

「か、怪獣だぁーっ!」

 これまで怪獣の出現は地方のみで、大都市圏にはまったく現れていなかったロンディニウムの市民たちにとっては、初めて目にする、ドラゴンなどとは比較にならない巨体を持つ大怪獣と、それと戦う巨人の姿である。その衝撃は街全体を惰眠から覚まさせるのにほとんど時間を要せず、彼らは一目散に逃げ出した。

 しかし、初めて見るということは同時に危機感も乏しいということで、郊外で激闘を繰り広げる両者の姿に、無謀な好奇心を持つ者も少なからずいたのである。

「おい、もっと近くに行って見ようぜ」

 若者を中心にした男女が、紙芝居を追いかける子供のように口々に声を掛け合って、恐怖感もかけらもなく走っていく。それは、地球やトリステインの常識で見れば最悪の愚行であったのだが、そのことをまだ知らない人々は、目の前のことを、檻の中で猛獣同士を戦わせる見世物のように思った代償を高い見物料で支払わされる結果となった。

 戦いのさなかで、ボガールモンスは素早く動き回るジャスティスを接近戦では捉えられないと判断し、頭部の後ろから突き出た発光器官から、雷撃のような破壊光線を放って攻撃したが、これもまたジャスティスを捉えることはできなかった。だが悪いことに、外れて流れ弾となったこれのその先は不運にも大勢の人々が駆け巡っている大通りがあったのだ。光線は通りの両側に連立している、石とレンガ造りの建物を直撃した結果、人々の上に何百キロもある破片を降り注がせた。

 それにより、お祭り騒ぎは一瞬にして阿鼻叫喚のちまたと化した。目の前をいっしょに走っていたはずの兄弟や恋人が、一抱えほどもある岩の下敷きになり、即死を免れた者の中にも、腕や足をつぶされて悲鳴をあげる者が続出し、彼らはやっと自分たちが地獄の釜のふちにいることを知ったのである。

「に、逃げろぉーっ!」

 人の流れの向きが逆になり、享楽が狂乱に変わると同時に、人々は今度こそ行く先を揃えて一目散に避難を始めた。むろん、この街の被害はそれで終わらず、アイのときのような悲劇がいくつも量産されたのだが、そんな中でも勇敢な人々はいた。

「待ってくれ! 置いていかないでくれ!」

 足を建物の破片につぶされて動けない男が、見向きもせずに通り過ぎていく群集にすがりつくように上げた声に応えたのは、どこにでもいるような中年の太った男であった。

「待ってろ、すぐに助けるからな!」

 彼は二百キロはありそうな大岩の下に、柱の残骸らしい太い棒を差し込むと、崩落した建物から火の手が上がりかけている横で、一心に岩をどかすと男に手を貸した。

「急いで逃げよう、肩を貸すから掴まれ」

「お、恩に着るよ」

 その男は、いつもならば酒場の陰で飲んだくれているのが似合うようなさえない脂ぎった顔だったが、助けられた男には、そんなものがなぜかこの上なく頼もしく見えた。

 また、別の場所では寝たきりで逃げられない老婆を、普段はやっかいもの扱いしている孫の少年が背負って走ったり、混乱の中でも最後まで残って市民の誘導に当たっていた衛士がいたことを、救われた人々は生涯忘れることはなかった。

 むろん、ことはそれほど単純ではなく、岩の下敷きになった死体から金品を抜き取ろうとしたり、混乱に乗じて火事場泥棒を働こうとしたりした馬鹿者の醜悪極まる話や、それを食い止めようとした衛士隊の活躍など、善悪美醜様々なエピソードが生まれた。そして、人々は初めて味わう怪獣災害の恐ろしさと共に、それらを記憶していくことになる。

 だが、人々に死と恐怖を撒き散らし続けるボガールモンスの無差別攻撃を、ジャスティスは可能な限り食い止めようとしていた。

『ジャスティスバリア!』

 手を前にかざして作り出した金色に輝く半円球のドームが、街へ向かおうとしていたボガールモンスの光線をはじき返して無効化していく。この一撃も、もしジャスティスが食い止めなければ数百人規模で死傷者が出ていただろう。

「ジュワッ」

 バリアを解除したジャスティスは、ボガールモンスに組み付くと、街から引き離そうとして押し込む。だがボガールモンスも進化して増大したパワーで、そうはさせまいと押し返す。

 命を滅ぼそうとするボガールと、正義と同じく命を守ろうとするジャスティスは、決して相容れることはないまま、戦いはさらに激しさを増していく。

 ボガールモンスのパワーにまかせた打撃を受け止めたジャスティスは、巨体を持ち上げて放り投げたが、飛行能力を持つボガールモンスはひらりと地上との激突を避けて着地し、戦いは振り出しに戻って永遠に続いていくかに思われた。

 しかし、戦いが長引くにつれて地力の差がじわじわと現れ始めた。

「グウウ……」

 いつの間にか、ボガールモンスは全身に受けた打撃によって体力を削り取られて、対するジャスティスはほとんど無傷でカラータイマーも青のままだった。

 この差がついた原因は大きく分けて二つある。一つは、ボガールモンスは体格が大きくなったために、ボガールに比べて攻撃力は上がっていたが、当然の引き換えとしてスピードが犠牲になっていた。対して速攻と重い一撃が持ち前のジャスティスは、かつてメビウスとヒカリが超高速飛行で翻弄して戦ったときのように、ヒットアンドウェイを繰り返したために確実なヒットを与えられなかったこと。もう一つは、ボガールモンスはジャスティスの実力をかつて戦ったメビウスやヒカリと同程度と見積もっていたが、数千数万年に渡って一人で宇宙の秩序を守ってきたジャスティスが積み重ねてきた戦闘経験は彼らの比ではなく、想定以上に強すぎたのだ。

「コンナハズデハ……」

 強くなったはずの自分の力がまるで通用しないことに、ボガールモンスは焦りを覚え始めていた。今すぐにやられるほど余裕がないわけではないけれど、このままでは相手にダメージを与えることすらままならない。ボガール一族の中でもいまや伝説となっている最強形態ならばともかく、第二形態程度ではジャスティスに勝ち目がないことはすでに自分でもわかっていた。

(とどめだ)

 ボガールモンスが弱ったことを見て取ったジャスティスは、躊躇無く必殺のビクトリューム光線の体勢に入った。エネルギーが収束し、回避したり受け止めるだけの余力がなくなったボガールモンスへ照準を合わせる。

 しかし、とどめの一撃が放たれようとした瞬間、ボガールモンスはおどろおどろしい声で呪いの言葉を吐き出した。

「イイノカ? オマエノスキナイノチガ、タクサンシヌゾ?」

「ヘヤッ?」

 その言葉に不吉なものを感じたジャスティスはとどめの一撃を反射的に止めて、そして透視能力でボガールモンスの体内をスキャンすると、驚くべきことがわかった。

〔高エネルギーが、体内を循環している。捕食した怪獣のものか〕

 そう、ボガールモンスの体内にはこれまで食らった怪獣から奪った高エネルギーが満ち溢れていた。それにひとたび引火でもしたら、今の状態ならこのアルビオン大陸の半分が吹き飛ぶほどの、まさに動く水爆と化していたのだ。

「ソレデモ、コウゲキデキルカ?」

 ジャスティスは、ボガールモンスが自分の弱点を知って、それを利用しようとしていることを知った。おそらく奴は、かつて地球でメビウスとツルギに倒されたときの自分の記憶から、自らの体が持つ特性を知ったのだろう。

 だが、それでジャスティスは攻撃ができなくなるだろうともくろんだボガールモンスは考えが浅かったことをすぐに思い知らされた。復讐の念を込めて、発光器官からの光線をジャスティスに浴びせかけたが、ジャスティスはそれを避けるとボガールモンスの前に高速移動して顔面を蹴り飛ばし、さらに腹の下から担ぎ上げると石柱に向かって放り投げたのである。

「セヤアッ!」

 油断していたところに容赦ない攻撃を食らい、ボガールモンスはたまらずに投げ飛ばされて、ぶっつけられた石柱の下敷きになってしまった。

「キサマ、コノホシノイノチモマキゾエニ?」

 激突させられた石柱の下から這い上がってきたボガールモンスは、ジャスティスの加減のなさから、人間の犠牲をいとわずに自分を倒そうとしているのかと思った。しかし、かつて戦ったメビウスやヒカリとは違う能力をジャスティスは持っていた。

「ハアッ!」

 精神を集中させ、エネルギーを解放したジャスティスと、それを受けたボガールモンスと石柱が金色の光に包まれて消えたかと思うと、次の瞬間にはロンディニウム郊外から一挙にハルケギニアの二つの月の一つへとテレポートしていた。

「コ、ココハ?」

〔あの星の衛星の一つだ。ここでなら、遠慮なく貴様を爆破できる〕

 ウルトラマンジャスティスは、ウルトラ兄弟らと違ってほとんど単独で宇宙の秩序を守る使命を帯びているために、その移動能力は桁外れなのだ。異次元空間への瞬時の移動すら自在に可能で、かつてスコーピスに追われて全滅寸前だったギャシー星人の宇宙船団を救った際には超空間航行中の円盤の前に突然現れている。

 今までとは逆に、荒涼とした砂漠の空に青く輝く星が見える月面上へと移されたことで戸惑うボガールモンスに、ジャスティスは攻撃を再開した。

「デュワッ!」

 強烈な威力を秘めたパンチがボガールモンスの顔面を打って火花を散らし、巨体を持ち上げてそのまま月面に叩きつける。

 もちろんボガールモンスも必死で抵抗を試みて、腕力と光線で迎え撃つ。しかし、そのことごとくを見切られて、内部のエネルギーはまだ無事だが外皮は見るも無残にボロボロにされていた。

 その一方的な展開には、ボガールを苦労して再生させたヤプールも失望を禁じえなかったであろうが、この世界のウルトラマンの実力をなめていたことは間違いはなかった。

 そして、ボガールモンスを月面に新たなクレーターができるほどに強烈に叩き付けたジャスティスは、奴といっしょにテレポートさせてきた時空波放出の発信機である石柱が、戦いのどさくさにまぎれて飛んで逃げようとしていることに気づくと、逃がしはせぬぞと睨みつけた。

「ハアアッ!」

 ジャスティスの眼前に金色に輝くエネルギーが収束していき、両腕を同時に前に突き出すと、そのエネルギーは両拳の先から奔流となって撃ち出されていった。

『ビクトリューム光線!』

 大破壊力の一撃を撃ち込まれた巨大石柱は、表面に細かい亀裂を生じさせて、その亀裂が内部から輝いたかと思った瞬間に、大爆発を起こしてただの砂へと返っていった。

〔これで、あとはお前だけだ〕

「オマエ……ヨクモ」

 ボガールにとっては、労せずして餌場を肥やせる願ってもない道具を破壊されただけに、その怒りはすさまじかったが、ジャスティスをひるませることはできなかった。

 だが、このまま戦い続ければジャスティスの勝利は間違いなしと思われたが、卑怯なボガールは最後の切り札を間に合わせることに成功した。それは、時空波を放つ岩塊の力を借りなくても怪獣を呼び寄せることのできる能力を使って、すでに宇宙のかなたからハルケギニアを目指していた一匹の宇宙怪獣をこの月へと呼び寄せたのだ。

(あれは?)

 ジャスティスの目に、こちらをめがけて一直線に飛んでくる、平たい体と緑色の表皮を持った怪獣の姿が映った。敵か!? すると超高速で飛行してきたそいつは頭の上に生えている一本角から、黄色い破壊光線をジャスティスめがけて放ってきた。

「シュワッ!」

 とっさにかわしたジャスティスのいたところへ、光線は命中して月の岩と砂を巻き上げる。

 そして、その怪獣は明らかにジャスティスを敵と認識したように、一気に突進してくると、高速でジャスティスに体当たりをかけてきた。

「ゼヤアッ!」

 避けきれないと判断したジャスティスは、その怪獣を受け止めると、突進の勢いを利用してハンマー投げのように放り投げた。けれどもそいつは空中で器用に姿勢を整えると、月の上に降り立ち、先が鋭い爪になった腕を振り上げて、五角形の幾何学模様をした腹を見せつけながら威嚇をかけてきた。

(この怪獣……強い)

 ジャスティスは、その怪獣の自信にあふれた姿から、おそらくは過去にも相当な数の怪獣や宇宙人と戦い、勝利してきたのだろうと推測し、それはまったく間違ってはいなかった。

 この怪獣のもう一つの地球での名が語られるとき、そこに戦慄を覚えない者はいない。かつてMATをあわや全滅寸前にまで追い込み、ウルトラマンジャックを一方的に叩きのめした強豪中の強豪。

 その名は、宇宙大怪獣ベムスター、かに座の爆発によって生まれ、水素、窒素、ヘリウムなどのガスをエネルギー源にする、強力無比な大怪獣だ。

 

(厳しい戦いになりそうだな……)

 

 ハルケギニアをかなたに見やる、誰一人見届ける者も知る者もいない荒涼とした月の世界で、ウルトラマンジャスティスの孤独な戦いは続く。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。