ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第83話  双月に抱かれた星 (前編)

 第83話

 双月に抱かれた星 (前編)

 

 古代怪鳥 ラルゲユウス

 円盤生物 サタンモア 登場!

 

 

 神の怒り、その光景を目にしていた者は、後にそう言い残している。

 アルビオン王党派軍と、レコン・キスタ艦隊の戦闘の最終局面。地上をはるか四千メイルで放たれた一つの魔法は、天変地異としか言い表せない悪魔的な破壊力を持って、この世の悪魔に襲い掛かったのだ。

 

「ぐぎゃぁぁっ!」

 

 今、ワルドは人間が作り出した究極の地獄の中にいた。そこは、かつてハルケギニア最強とうたわれた『烈風』カリンが、その人生の研鑽の末に生み出した、二つのトライアングルスペルに最強のスクウェアスペルを融合させた超魔法に、怒りの全魔力を込めた人知を超えた破壊空間。その中では、人間を超えた肉体を持ったワルドとて、幼児にもてあそばれる人形のように五体を引き裂かれていく。

「生き地獄の中で、己が罪を悔いるがいい」

 カリーヌは冷酷な目で、並の人間なら瞬時に血風と変わってしまうだろう暴風迅雷の中で、なまじ肉体を強靭にしたばかりに生きながら切り刻まれ、焼かれ、凍りつかされていくワルドの絶叫を見つめた。

 脱出は絶対に不可能。もだえるワルドは呪文を唱えるどころか五体の自由を完全に奪われて、大怪鳥円盤サタンモアすら、かつて防衛軍のミサイル攻撃を跳ね返したほどのボディを、まるで大鷹に捕まった小鳩のようになすすべもなく裂かれていく。

「あれは、本当に人間なのか……?」

 薄れゆく意識の中で、ワルドは自分が何と戦っていたのかと、悪夢よりもひどい現実に抗議するように思った。

 だが本来ならば、カリーヌもここまでする気はなかったし、複合魔法はカリーヌにとってもまだ危険な大魔法である。にも関わらず、ワルドはあまりにも卑劣な行為を続け、怒らせるべきでない相手を怒らせてしまったのだ。

「これでとどめだ、二度とその不愉快な顔を私に見せるな」

 一片の情すら見せず、カリーヌは意識を失い、かろうじて人間の姿を残すだけとなったワルドと、外皮をズタズタに引き裂かれたサタンモアにとどめを刺すべく竜巻の回転を極限まで上げていく。

 しかし、ワルドの意識は死んでも、彼の肉体を占拠したものはまだ健在だった。

「役に立たん人間だ。戻してやった体は返してもらうぞ!」

 再びワルドの肉体を完全に占拠した存在は、ワルドをすでに見限ったものの、この竜巻の中でワルドと分離することは危険だと考え、痛覚を切り離した状態でワルドの口で叫んだ。

「人間よ! ここは貴様の勝ちにしておいてやろう! だが、こんな雑魚を利用しようとしたミスは二度と犯さん、次は全力で皆殺しにしてくれるわ」

「ふざけるな、逃げられると思うか!」

 カリーヌは竜巻の破壊力を上げて、逃すまいと壁を強化する。しかし、ワルドはほくそえむと、竜巻の内部の空間に異次元への亀裂を発生させた。

「なにっ!」

 ヤプールの手下はいざとなったら次元の裂け目を作って、そこに逃げ込む能力を持っている。元より正々堂々などという思考などないために、メビウスと戦ったドラゴリーなども、やられそうになると即座に逃げを打とうとしている。

 しかしそれ以上に、密閉空間だった竜巻の中に、突然開放された空間が現れたために気圧のバランスが崩れて、竜巻が逆に押し込む形になってワルドの体が吸い込まれていった。

「しまった、待て!」

 だが時すでに遅く、ワルドの姿は次元の裂け目の中に消えうせ、次元の裂け目が消滅すると、竜巻は激流を急にせき止めたときのように無秩序に暴走を始めた。

「ちぃぃっ! やむを得ん、引けノワール!」

 魔法を解除したものの、バランスを崩されて暴走する竜巻は術者であるカリーヌも飲み込もうと荒れ狂い始め、これを受けてはラルゲユウスといえどもひとたまりもないためにカリーヌは後退していった。

 ただ幸い、ここは高度四千メイルの高高度なので地上にまで被害が及ぶことがないのが救いだった。元々自然のものではなく、人工的に作り出した竜巻なので、送り込んだエネルギーが尽きればすぐに消滅するはずだ。

 しかし、その安心感やワルドに対する怒りのあまりもあってか、さしものカリーヌといえども、その竜巻の中にまだ何が残されているのか忘れていたのは失態だった。

 完全に暴走して秩序をなくした竜巻から、突如凶暴な金切り声を上げて、ワルドに取り残されていた円盤生物サタンモアが飛び出して、ラルゲユウスめがけて襲い掛かってきたのだ。

「ぐっ、しまった!?」

 カリーヌはとっさに回避を取らせたものの、ラルゲユウスは空中でホバリング状態でいたために、すれ違いざまにサタンモアの目から発射される破壊光線を翼に食らってしまった。なんとか墜落にはいたらなかったが、しばらくは浮遊するだけで精一杯になってしまったのだ。

 けれど、向かってくるかと身構えるカリーヌの前で、サタンモアは襲ってくるどころか眼下の王党派の人間たちへと急降下を始めたではないか。

「なにっ! おのれ、行かせる……うぐっ!?」

 だが、魔法を打とうとしたカリーヌの体を突如強い痺れと疲労感が突き抜けた。それはメイジが魔法を使うために必要な精神力を、短時間で枯渇させてしまったときにまれに起きる現象で、普通ならば精神力が尽きても魔法が使えなくなるだけだが、単独での三重複合魔法はその制御や使用に必要な精神力もケタ外れであるために、これまでの戦いも合わせて、さしもの『烈風』もとうとう限界が来てしまったのだ。

「くっ……やはり、無理をしすぎたか」

 元々、この神技はカリーヌといえどもこれまでの人生でも数えるほどしか使ったことはなく、かつ制御を失ったら無差別に周囲を破壊するために、いわば禁じ手に当たる技であった。だが今回は周囲が無人であったことと、ワルドへの激怒で増加した精神力を使うことで封印を解いて使ったが、それでもなおリスクは大きかった。反動をもろに受けたカリーヌは意識を失うことはなかったのがギリギリで、降下していくサタンモアを追う力はすでに残されていなかったのである。

「こんな、ところで……」

 冷静さを失って禁じ手を使ってしまった己の未熟さを悔いながらも、カリーヌは桃色のブロンドを汗に濡らして、使い魔の背にひざを突いた。

 

 地上では、ワルドによる戦艦落としで甚大な被害を受けながらも、すでにほとんどのリトルモアを撃墜して態勢を立て直しかけていた。だが、上空から火炎弾を吐きながら降下してきたサタンモアの攻撃の前にはわずかばかりの陣形など意味を持たず、圧倒的な空襲の前に再び壊乱状態に陥りかけていた。

「うわぁぁっ!」

「助けてくれっ!」

 戦艦よりも強靭で、竜より機敏な巨大怪鳥には王党派の装備では手も足も出なかった。

 確かにサタンモアはカリーヌの複合魔法で大ダメージを受けており、スピードも半減しているしボディも傷だらけだ。それでも、生物兵器として改造された際に植えつけられた凶暴性はそのままに、目の前の敵と認識したものへと攻撃を続けた。

 だが、突如どこからかの砲撃が暴れ狂うサタンモアへと襲いかかって、その体を無数の爆発が包み込むと、それまで轟然と飛行していた巨鳥の行き足ががくりと鈍った。

「い、今の攻撃は……」

 王党派の人間は、最初何が起こったのか理解できなかったが、それは実はレコン・キスタ軍に唯一残った戦艦レキシントンから放たれた一斉射撃によるものだった。

「どういうつもりだね? ボーウッド君」

 せっかく王党派を攻撃していたワルド子爵の怪鳥へと射撃命令を下したボーウッド艦隊司令官に、総指揮官であるクロムウェルの冷たい声がかかる。

「ワルド子爵は我が軍にも攻撃を仕掛けてきました。これは明確な裏切り行為であり、その使い魔も同様と思われます。よって、本官は艦隊を保持するという義務に従って、事前に脅威を排除しようとしたに過ぎません」

 淡々と無感情に口上を述べるボーウッドは、王党派軍へと攻撃を再開せよと命令してクロムウェルの反論を封じると、硝煙によって曇る空を見上げた。こんなもので、主君に反した自分の罪が許されるとは思えないが、せめて最後の誇りだけは失うまいと、彼は狂ってしまった自分の人生にささやかな抵抗を試みたのだった。

 だが、運命の女神ほど残酷で気まぐれな神は他に存在しない。レキシントンの砲撃でようやく致命傷を負わされたサタンモアが墜落していく先には、ボーウッドが忠誠の対象としていたウェールズの本陣があったのである。

「こ、こっちに来るぞぉーっ!」

 墜落していくサタンモアは、偶然かそれとも最後の悪意のなせる業か、一直線に本陣を目指して突進し、もはや避難は到底間に合いそうもない。将軍や参謀達は慌てふためくか絶望し、ウェールズはせめてアンリエッタだけでも救おうと彼女をかばったが、墜落したサタンモアが爆発でもしたら半径百メイルほどは吹き飛ぶことは確実と見られた。

 

 しかし、執念深いヤプールの悪意の代行者のもくろみを成功などさせてたまるものか。そのころ郊外にゼロ戦を不時着させて、戦いの続きを見守っていた才人とルイズは、墜落していくサタンモアの先にアンリエッタとウェールズの本陣があると知ると、誰の目もないことを確認して、彼らを救うべく手を結んだ。

「ウルトラ・タッチ!」

 輝きが二人を包み、光の中からウルトラマンAが姿を現し、高速で飛行して墜落寸前のサタンモアの前に回りこむ。そして、ここから先は通さぬと、細長い体を腰に抱え込むようにして受け止めた。

「セヤァッ!」

 慣性がついた一万五千トンの重量を、草原をかかとで削りながら停止させたところは、かろうじてアンリエッタとウェールズの立っているほんの十メイルだけ前であった。

(ギリギリ間にあったわ!)

 さすがに目を丸くしてエースを見上げているアンリエッタの顔を、ルイズはエースの後ろ目で確認した。姫様は無傷だ。隠れた親友の無事を知り、次いで安堵に続いて湧いてきた憤怒を込めてルイズは叫んだ。

(よくも姫様に手をかけようとしたわね! 死ねーっ!)

 そのときだけはルイズが体の主導権を握っていたのではと思うくらいの気迫を込めて、エースはサタンモアの首根っこを掴むと、無人の森林地帯へと向けて全力で投げ飛ばした。すでに飛行能力を失っていたサタンモアはきりもみしながら地面に激突し、体内の火炎袋が破裂した勢いで断末魔の一声を上げると、一瞬のうちに木っ端微塵に吹き飛んだ。

(はぁ、はぁ……ざまあみなさい)

(……)

 女を怒らせると怖いというのを、才人はあらためて実感した。また、エースは北斗星司だったころの記憶、たとえばTACの同僚がひどい自己中の女カメラマンにひっかかったり、自分も買い物の荷物持ちをさせられたなと、あまり美しくない地球での思い出を蘇らせていた。

 が、サタンモアが倒されて、ウルトラマンの登場に喜びに沸くアンリエッタやウェールズたちの前で、エースは突然よろめくとひざを突いた。

「ど、どうしたんだ!?」

 くずおれたエースを見て人々の間からどよめきが流れる。しかも、登場したばかりだというのにカラータイマーはもう赤く点滅しているではないか。

(まだエネルギーが回復していなかったか……)

 そうだ、時空間でのコッヴとの戦いがまだ尾を引いて、この短時間では満足な回復ができていなかった。だが、サタンモアは倒したし、ひとまずは安心かと思ったエースの姿を、ヤプールは陰から見ていたのだ。

 

”現れたなウルトラマンAめ! あと一歩だったというのに忌々しい奴め。だがどうやらエネルギーを消耗しているようだな。ようし、もう芝居はいいから正体を現してエースを倒せ!”

 

 その思念波による命令はクロムウェルの下へと届き、彼は不気味に微笑むと、忙しく動き回っている艦橋の人間たちを無視して、窓から眼下に見えるエースを睨みつけた。

「ふっふっふ……のこのこ姿を現したのが運の尽きだウルトラマンAよ、今こそこの私が……ぬ?」

 だがクロムウェルが言葉を終える前に、エースはエネルギーの消耗からか、透き通るようにして消えていってしまった。

「ちぃっ、逃げられたかっ!」

 悔しがってはみたが、消えたエースはもうどこにも見当たらない。残されたクロムウェルは肩透かしを食らった気分で立ち尽くしていたが、そこへボーウッドが叫んだ命令が耳に入って我に返った。

「全艦反転、撤退せよ」

「待ちたまえボーウッド君、撤退命令などは出していないぞ」

 せっかくいいところなのに何を言い出すのかと、とりあえずはクロムウェルのままで、クロムウェルはボーウッドに命令の撤回を求めたが、彼は窓の外を指差すと、憮然として返答した。

「日没です。暗がりでは砲撃の効果は得られません。それに残弾も残りわずかです。ここは一旦引いて、待機されてある給弾艦で補給し、明朝以降に再度決戦をかけるべきです」

 確かに、激戦が続いて気がつかなかったが、いつの間にか夏の長い太陽もかなたの山影に沈みゆき、赤い陽光も弱まりつつある。もうあと数分で日没を迎えてしまうだろう。レコン・キスタのことなどは最初からどうでもいいが、エースもいなくなってこのままどうするべきかとクロムウェルは悩んだが、再びヤプールから思念波が送られてきた。

 

”エースを倒せないのであれば正体を現しても意味がない。しかし、人間どもを追い詰めれば奴は必ず現れるだろう。ここは引け、そして日の出とともにその人間どもを使って奴をおびき出すのだぁ!”

 

 クロムウェルの頭の中には、異次元空間の極彩色の景色の中にうごめく無数の顔のない人影が、新たな指令を送ってくる光景が映し出されていた。そしてヤプールからの命令を受け取ったクロムウェルは、にこやかに人のよさそうな笑みをボーウッドに向けた。

「よろしい、最終決戦は明朝としよう。全軍を撤退させたまえ」

「了解」

 疲れ果てた声でボーウッドが再度転進を命じると、レキシントンのほかはわずかに護衛艦数隻にまで打ち減らされてしまったレコン・キスタ艦隊は、まるで敗残兵のようによろめきながら、薄れゆく陽光の中へと帰っていった。

 

 これによって、第二次サウスゴータ攻防戦は一応の終結を見て、急速に暗がりを増していく中で、王党派軍は敵艦隊が去ったことを確認すると、やっと戦闘態勢を解除した。

 しかし、敵が去ってもやることは数多くあり、ウェールズとアンリエッタは手分けして戦闘の興奮も冷め遣らぬままに、後始末に追われることになった。

「各部署は損害の確認を急げ。負傷者の手当ては貴族平民を問わずに重傷者を優先するように徹底せよ」

 差別のない救護命令が飛び、衛生兵や水のメイジが死に物狂いで走り回る。さらに沈没艦から脱出した多数の捕虜もいたために、その収容と武装解除、さらに離反者の味方入りのための手続きもあり、数時間の間本陣から火が消えることはなかった。

 が、それでもなんとか二つの月が天空にぽっかりと浮かぶ頃には、一定のことを臣下に任せて、ようやく二人は息をついていた。

「やれやれ……本当に助かったよアンリエッタ、君がいなければ僕独りではどうしようもないところだった」

「あなたのお役に立てるのでしたら、わたくしに疲れなどはありませんわ。まだまだ何でもおっしゃってください」

 疲労困憊のウェールズに、疲れによく効くという東方由来のハチミツをたっぷりと混ぜた紅茶を淹れて差し出すアンリエッタの瞳は、王女の者ではなく年頃の一人の少女のものであった。

「ところで、これからどうなさるおつもりですの?」

 アンリエッタは、ウェールズがティーカップの中身を、これはうまいなと言って一気に飲み干すのを見ると、明朝までの対応策を尋ねた。

「そうだな……ここから南東に五リーグほど下ったところに我が軍の城が一つある。かなり古いが補給基地として整備していたから物資の貯蓄は充分だし、戦艦相手に平地で戦うよりはましだろうから、そこへ移動しようと思うのだが」

「なるほど、城砦の防御力は無視できませんし、敵は砲弾の残りも少ないはずです。いい考えですわ」

「そう、それに明日はあの日だ。本来は休戦するべきなのだが、敵はもう後がないから夜明けとともに攻めてくるだろう。だが、知ってのとおり軍艦は日中しか砲撃をおこなえないから、午前中に勝負をかけるために短期決戦を挑まざるをえない。それまで耐え切れれば我々の勝ちだ」

 ウェールズは自信ありげに答えたが、アンリエッタはもはや敵はレコン・キスタなどではない以上、恐らくそうはならないだろうと思った。しかしそれでも被害を最小限に抑える義務がある以上、ウェールズの作戦が最善であるとも思っていた。

「そうですわね。では、もうしばらく休息をとったら移動を指示しましょう。ところで……ウェールズさま」

「なんだい?」

「こうして、二人だけでお話するのも、ずいぶんお久しぶりですわね」

「ああ、最後に会ってから、もう何年になるか」

 昼間は軍務のことで忙しくて、ゆっくり再会の感動に浸る間もなかった。しかしこうして二人だけになると、三年前に初めて出会ったラグドリアン湖の湖畔から始まって、いくつもの思い出が次々に浮かんできてしまう。そのままでは涙を抑えきれなくなった顔を見られてしまうと思ったアンリエッタは、ウェールズの横に座って、顔が見えないように彼に寄りかかった。

「懐かしいです。ウェールズさまのにおい」

「やれやれ、甘えん坊なところは変わってないね」

 ほんのわずかな時間だが、このときだけは二人の時間は三年前に戻っていた。それから二人は思い出話をとつとつと続けて、この戦争についての話にはいると、それは自然と目の前で見たウルトラマンAの話題に流れていった。

「それに、初めて見たけれど、あれが君の国の守り神かい」

 ウェールズはウルトラマンAのことをそう呼んだが、アンリエッタは首を振った。

「いいえ、たぶんそうではありませんわ」

 ベロクロンとの戦いではじめてその姿を現して以来、その存在がもてはやされたウルトラマンだったが、時が経つにつれて彼も無条件で助けてくれるということではないことを、アンリエッタたちも気づいていた。

「確かに、彼は幾度となく私たち人間が窮地に陥ったときに、どこからともなく現れて助けてくれました。けれども、それは怪獣やヤプールなどの侵略者のような、人間の力ではどうしようもない敵が現れたときにだけで、先程のレコン・キスタとの戦闘など、それ以外の事柄で現れたことは一度もありません」

 アンリエッタの判断は、だいたいの線で事実を指摘していた。ウルトラマンは人間同士の事柄には干渉せずに、宇宙規模で平和と秩序を守ることを使命としている。もちろん非常時の人命救助などの例外はあるが、才人もルイズもウルトラマンの力は私的に乱用することは危険すぎると、なかば本能的に知って心にブレーキをかけていたのだ。

 が、なんにせよ地球人でさえウルトラマンが何者であるかを理解するには何十年もかかったのだから、アンリエッタたちが推論以上で答えを得る術はなかった。

 ところがである。話題が自然消滅しかけたところで、一兵士がアンリエッタの心音を急上昇させる報告を持ってきた。

「ご報告いたします。ただいまトリステインのラ・ヴァリエールのルイズ・フランソワーズと名乗る者をはじめとする一行が、姫殿下へのお目通りを願っておりますが」

 半瞬を待たずして、喜色を満面に浮かべたアンリエッタが、すぐにここに通しなさいと、間髪入れずに命令を出したのは言うまでもない。

 

 ルイズたちがここに到着したのは、今からおよそ二十分ほど前であった。戦闘が終了した後に、ルイズと才人はゼロ戦を放棄して皆と合流していたが、戦闘終了後の混乱の中では、いくら貴族とはいえ女子供が入っていく余地はなかった。そのため、何時間も待ち続けてやっと受け付けてもらえたのだったけれど、陣営の入り口で待っていた人との再会は、そんなイライラを吹き飛ばしてくれた。

「お前たち、無事だったか!」

「おかげさまで、目的は果たせませんでしたけど」

 本陣に顔を出した一行を出迎えてくれたのはアニエスで、彼女は全員が生きて帰還してきたことを知ると、柄にもなく大きな声で喜んでくれた。なので、目的を果たせずに戻ってきてしまったことで叱られるのではと思っていた彼らは拍子抜けすることと、ちょっとばかり照れくさく感じた。多分、一番危険な仕事を押し付けてしまったことに負い目を感じていたのだろうが、今思えば無事にロンディニウムに着いていたとしても警戒をかいくぐって、何らかの変貌を遂げているであろうクロムウェルを討つことができたかは怪しい。

 その後ロングビルとも再会を果たして、彼女もまた生徒たちの生還を心から喜んでくれた。一方で、奥へ案内されていく途中で、ルイズは無言のままアンリエッタたちを守るように本陣の前にたたずんでいる仮面の騎士の前に出ると、思わず立ち止まって見えない相手の顔を見上げた。

「……」

 両者は少しの間何も言わずに視線を交わしたが、やがて仮面騎士のほうが軽く首を振って、「行け」と合図してくると、一行は王党派の本陣の中にあるウェールズとアンリエッタの私室のテントへと招かれていった。もっとも、わずかそれだけでルイズは寿命が十年縮む思いを味わっていた。

”お、怒ってるかも……”

 昼間もそうだけど、改めて無言の圧力を受けて、ルイズは目眩を抑えながら歩いていった。そしてそれを見送ると、仮面騎士は軽く息をついて、娘の無茶さ加減を思うとともに、若いうちはこれぐらいの無茶はしておきなさいと、相反した親心に身を焦がし、疲れきった体に鞭を打つと、見掛けは何も変わらないように立ち続けた。

 

 本陣の奥には、さすがにそうそうたる顔ぶれの将軍たちが顔を連ねており、ルイズたちは場違いな者たちを見る視線に刺されまくった。しかし、さすがにルイズやキュルケなどは貴族らしく泰然たるもので、最奥の王族の部屋まで通されると、中で待っていたアンリエッタとウェールズの前にひざまずいた。

「ルイズ、ルイズ、無事でしたか、よかった!」

 アンリエッタはルイズの顔を見るなり疲労をまったく感じさせない顔で、親友の来訪を喜んでくれた。

「姫様、まさか姫様がじきじきにこのアルビオンにまでいらっしゃるとは思いませんでした。不肖ながら、この戦を止める働きが少しでもできればと愚考していましたが、結局姫様のお手をわずらわせてしまい……」

「なにを言うのルイズ。あなたたちがどれほど頑張ってくれたのかは、みんな聞きました。あなたたちがいなければ、わたくしがこれまでにしてきたことも全て無駄になるところでした。わたくしにもっと先を読む力があれば……」

 声を落とすアンリエッタに、ルイズはそれはどうしようもないです。姫様はおろか他の誰にも読めなかったのですからと慰めると、彼女はやっぱりルイズは優しいわねと答えて、微笑を見せた。

「ともかく、皆さんご無事でお帰りになられたのが一番の幸いでした。それに、こうしてウェールズさまもご無事で」

「話は聞かせてもらったよ。君たちが陰で我々王党派を……いや、アルビオンを救ってくれたそうだね。心から感謝するよ」

 ウェールズはアンリエッタと同じように、尊大な態度はかけらもなく気さくに一行に話しかけてくれた。彼には洗脳されていた事実などはある程度脚色して、ショックが少ないように伝えてあったが、さすがに何もなかったわけにはいかなかったので、ルイズたちの活躍は「ひかえめに」報告されていた。

「しかし、我が軍の名誉と信望を根本から損なうことなので、君たちの活躍を表に出して表彰するわけにはいかないのだ。許してほしい」

「いえ、わたくしどもはそんなもののために行動したわけではありません。そのお言葉だけで充分でございます」

 それはルイズの本心であった。人一倍自己顕示欲の強いタイプではあるが、アンリエッタやウェールズに認められたということが、彼女の胸を満たしていた。それに、下手に目立っては後で天罰が怖い。その点ではキュルケたちも同じで、名を上げるにしてももっと別な戦いでと考えていた。

 一行は、初めて見るウェールズの本当の人格に好感を持って、この人ならアルビオンは悪い方向にはいかないだろうと思うと、彼は気を利かせてアンリエッタに場を譲った。

「わたくしからもお礼を申し上げます。あなた方には、いずれなんらかの形でお礼いたします。さて、堅苦しい話はここまででいいですわね。皆様とは学院以来になりますが、あのときのように自然に話してください」

「わかりました」

 ルイズはそう答えたが、振り向くついでに才人やキュルケが無礼な言動をしないようにと、視線で釘を刺しておくことを忘れなかった。

「サイトさんでしたね、いつもルイズを守ってくださって、どうもありがとうございます」

「い、いやあ……」

「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、他国の人でありながらこれほどの助力、ルイズは本当によい友達をもってうらやましいですわ」

「国は違えど、同僚の危機を見捨てては貴族の名折れ。ですが姫様よりお褒めの言葉をいただき、感無量の極みです」

「……」

 一人ずつねぎらいの言葉をかけていくアンリエッタに、才人は照れくさそうに、キュルケはウェールズもいる前ではさすがにふざけないが、猫をかむるのは大得意といわんばかりに普段とは百八十度言動を変えて返礼した。その隣でタバサは無言のままで頭を下げている。

 そしてアンリエッタは最後に、アニエスに肩を支えられてじっと待っていたミシェルの前に出た。そうして少しのあいだ傷の痛みか、それとも別のものであるのか苦しそうな顔をしているミシェルの目を見て、ゆっくりと振り返るとウェールズに言った。

「ウェールズさま、申し訳ありませんが、少しのあいだだけ席を外していただけないでしょうか?」

「え? ……わかった」

 ウェールズは突然のアンリエッタの言葉に戸惑ったが、彼女の視線が真剣であることを読み解くと、風に当たってくると言い残して外に出て行った。

「少し待ってくださいね」

 アンリエッタはディテクトマジックで周囲を確認し、テントの周りにサイレントを張って外に音が漏れる心配を除くと、あらためてミシェルの前に立った。

「……」

 ミシェルは息を呑んだまま何も言えない。当然のことだが、彼女が間諜であり暗殺の実行犯の一人であったことをすでにアンリエッタは知っている。普通ならば死罪以外はありえず、特にウェールズを殺そうとしたことは、アンリエッタにとって許すべくもないことのはずだった。

 それでも、生きると決めたミシェルにとって、これは遅かれ早かれ避けては通れない道で、どんな裁きが待っていようと受け入れる覚悟は決めていた。しかし、沈黙を破ったアンリエッタの言葉は、その場にいた誰の予想をも完全に裏切るものであった。

「ごめんなさい、わたくしのせいで、ずいぶん長いあいだあなたを苦しめてしまいました」

「え……」

 一瞬、その場にいる全員の目の前が白くなった。それほどに、アンリエッタの言葉は衝撃的で、返す言葉もかける言葉も思考の地平線のかなたへ吹き飛んでしまった。

「あなたの一族が、不当な罪によって滅ぼされてしまったことを聞きました。それも、奸臣の跳梁などを許してしまった前王と、それに気づきもしなかった未熟なわたくしの罪」

「そんな! 殿下に罪など」

 思わずルイズはそう叫んだが、アンリエッタはゆっくりと首を振った。

「ルイズ、王族は国を受け取るときに権力や名誉だけでなく、先代までの業も共に引き継がねばならないのです。それに、どうあれ彼女の心に気づいてあげられなかったのはわたしのせい。本当の悪に気づかずに、真に国を憂える者をないがしろにした、私自身の愚かさのせい」

「……姫様」

「ミシェル、先王に代わり、改めておわびいたします。謝ってすむことではありませんが、傷つけられたあなたのご両親の名誉は、いずれ責任をもってわたしが回復します」

「そんな、いまさらそんなことをしてもらったって!」

 父も母も帰ってきはしないと、ミシェルは苦しげに吐き捨てたが、アンリエッタは王家に伝わる杖を置いて害意のないことを示すと、彼女の手をとって語りかけた。

「申し訳ありません。残念ですが、今のわたしにはあなたを満足させてあげられるような答えは見つかりません。けれども、たった一つだけ、あなたのご両親に報いてあげられる償いがあります。それだけは、受け取ってほしいのです」

「それは……?」

 瞳を見つめあう二人と、無言で見守る一同を静かな空気が包み込む。ゆっくりと流れる時間が、アンリエッタの唇の動きから、それがつむぎだす言葉を伝えていった。

「あなたの、命です」

「え……」

 一瞬、なにを言われたのかわからなかったミシェルへと、アンリエッタの言葉は続いた。

「命令です。これから何があろうとも、どんな戦場に行こうとも決して死を選ばずに、時間が人間としての終わりを告げるそのときまで生き抜いてください。戦死も自殺も許しません。わたしはあなたから死を奪います。それがわたくしの償いです」

「い、意味がわかりません!?」

 混乱するミシェルに、アンリエッタは口調をさらにゆっくりと穏やかに変えて、子供に絵本を読み聞かせるように微笑を向けた。

「わかりませんか? では思い出してみてください。あなたのご両親は亡くなるときに、その気があればあなたを道連れにすることもできたはずです。ですが、ご両親はそれをせずに、あなたを残して逝かれました。それは、あなただけはなんとしてでも生き延びて、幸せになって欲しいと願っていたからではありませんか?」

 ミシェルは頭を雷で打たれたようなショックを感じた。それと同時に、在りし日の両親との思い出が蘇ってくる。仕事人間だったが、帰ってきたらいつも思い切り抱きしめてくれた父。そんな父を誇りにし、あなたも大きくなったら父さんのように責任感が強く誇り高い人間になりなさいと、父の帰りをいっしょに楽しみにしていた母。

「父さま、母さま……」

 長い間心の奥底に悲しみと共に封じてきた懐かしさがどっと津波のように襲い掛かってきて、ミシェルは思わず胸を押さえた。

「あなたにそれほど慕われていたご両親が、あなたの幸せを願わないはずはありません。わたくしにできるのは、その思いを少しだけ酌んであげることだけ」

 もうミシェルに、言葉の形で返事をすることはできなかった。そうだ、自分は両親の死という現実から来る悲しみばかり見て、その死が残した意味までは考えなかった。こみ上げてくるめちゃくちゃな感情に、顔を押さえた手の隙間から涙が漏れ、喉は嗚咽を漏らすことしかできない。

 そして、子供の頃に戻ったように涙を抑えきれなくなったミシェルを、ドレスが汚れることもかまわずに抱きとめたアンリエッタへ、半分期待で顔をほころばせた才人が問いかけた。

「えっと、じゃあ姫様、ミシェルさんへの処罰は?」

「処罰? いまさら彼女へ罪を問えるような偉い人間がどこにいるというのです? それに、万一彼女を死なせでもしたら、わたしは彼女のご両親に呪い殺されてしまいますから、そう簡単にご両親と再会などはさせません。強いて言えば、それが処罰ですね」

 今度はまったく遠慮のない感激が皆のあいだを駆け抜けた。

「いよっしゃあ!」

 全員を代表した才人の大きな歓声があがるが、今回ばかりはルイズも無礼をとがめるような無粋な真似はしない。しかし実をいえば才人は、万一アンリエッタが苛烈な裁きを下せば、後先考えずにミシェルをどこか遠くへ逃がそうと考えていた。むろん、それがルイズにも迷惑をかけることを想像できないほど彼は子供ではないが、もしもウルトラ兄弟ならばどうするか、それを思えば答えは決まっていた。

 そして、長年溜め込んだ思いを全て吐き出したミシェルが涙をぬぐうと、アンリエッタは真剣な顔つきになって彼女を見つめた。

「ミシェル、許してほしいとは言いません。けれど、わたしはこれ以上悲劇が増え、心ある者が死にゆくことを見たくはありません。人は生きてこそ何かをなせるし、誰かを生かすためにこそ生きるべきと思います。ですから、生きてください。その先にある、あなただけの光を天国のご両親に届けるためにも」

「はい」

 もうミシェルの顔に迷いはなかった。人は死者のために生きるのではないが、死者に報いるために生きることはできる。今死んだりしたら、天国の門で両親に殴り倒されてしまうだろう。

 だが、アンリエッタが許したとしてもトリステインではまだミシェルは反逆者として手配されている身分であるから、おいそれと戻ることはできない。そこでアニエスが進言した。

「姫様、私に考えがあります。ミシェルの身柄は、しばらく私が預からせていただいてよろしいでしょうか?」

「わかりました。して、その考えとは?」

「はい……ですが、その前にミス・ヴァリエール、あなた方にも出ていてもらいたいのだが」

「なに? いまさらあたしたちが信用できないってわけ?」

「そうではない、だが、仲間であってもどうしても明かせないことというのもあるのだ。遠からず、お前たちにもすべてを明らかにするが、今は私を信じてくれ」

 そう言われてはルイズも信じるしかなく、テントの中にアンリエッタとアニエスとミシェルを残して、一行は外に出ようとしたが、その前にアンリエッタがルイズだけを呼び止めた。

「ルイズ……ウェールズさまを救ってくれて、本当にありがとう」

「そんな、わたし一人の力では何もできませんでした。皆が力を貸してくれたから、わたしなどほとんど何もしていませんわ」

 自信なく、礼を返すルイズにアンリエッタは優しく笑いかけた。

「いえ、ルイズ、あなたがいてくれたからこそ、あなたのお友達もここにいてくれたのです。その方々は、あなたがお友達だから力を貸してくれたのではないですか? 戦おうとするあなたの勇気が、皆に目的を与えたのでしょう」

 過大評価だとルイズは思うが、同時に最近は漠然とだが、単純な力のみが強いのではないということも感じ始めていた。現に、才人は実力では完全に負けているというのに、アニエスとの決闘を引き分けにまで持ち込んだではないか。

 アンリエッタはもうルイズの古い記憶にある可憐なだけの少女ではなく、立派な王族としての道を歩み始めている。しかし、自分は果たしてあのころから少しでも成長できているのか? ルイズは自分自身がわからず、黙って頭を垂れた。

「では、わたしはこれで」

「そうね……あ、ルイズ、あなたは始祖の祈祷書というものをご存知だったかしら?」

「え、名前くらいは、確か始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に読み上げた呪文を記したという、トリステイン王家に伝わるという秘宝では」

「そうです。そしてそれは代々の王族が……いえ、今言うべきことではないですね。それはトリステインに戻ってからにしましょう。ともかく、記憶の片隅にとどめておいてくだされば充分です」

「は、では」

 結局、アンリエッタが何を言いたいのかは聞けなかったが、ルイズはその『始祖の祈祷書』という単語を脳内の一ページに赤字で書き込んで、幕の外で待っている才人たちの元へと立ち去っていった。

 本陣の外はいつの間にか喧騒も収まっていて、見上げればそこには天空を覆い尽くす何兆という星々がまたたいて、ルイズたちを照らしていた。

「きれいね……」

 地上の人間がどうあろうとも、宇宙は変わらずに静かに見守り続けてくれる。だが、万古普遍の大宇宙と違って、ちっぽけな人間はあわただしく変わりゆく。それからしばらくの後、アンリエッタとウェールズによって全軍移動が布告され、一行も王党派軍について、後方の補給基地へと転進していった。

  

 

 続く


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