ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第81話  アルビオン決戦 烈風vs閃光 (前編)

 第81話

 アルビオン決戦 烈風vs閃光 (前編)

 

 古代怪鳥 ラルゲユウス

 円盤生物 サタンモア 登場!

 

 

 才人とルイズたちが時空間に囚われていた間に、事態は大きく動いていた。レコン・キスタ艦隊はすでにロンディニウムを後にして、王党派陣営を直撃するために進撃中だという。

「どういうこと? アルビオン艦隊は風石不足で動けないはずじゃあ」

「ヤプールもなりふりかまうのをやめたってことだろ。どのみち正攻法じゃあレコン・キスタの逆転がなくなった以上は、適当に使い切ってポイ捨てってとこだろうな」

 ゼロ戦をシルフィードとともに飛ばしながら、才人はこの先始まるであろう血みどろの戦争を想像して吐き捨てた。彼らが時空間にいる間に敵艦隊はこの場所を通過して、今やずっと先にいるはずだった。むろん、そのときはタバサたちの前を通り過ぎていったのだが、さすがに艦隊相手には手が出せず、森に隠れてやり過ごした後に才人たちが戻ってきたのだ。

 二人はレコン・キスタ艦隊がすぐには風石不足で動けないと、甘く見ていたことを後悔した。

「もっと速く飛べないの?」

「だめだ、時空間内でいろいろ無茶をやったツケが回ってきやがった。これ以上加速するとエンジンが止まるかもしれねえ」

 ゼロ戦は時空間脱出の後から、一定以上にトルクを上げようとすると異常振動を起こすようになっていた。どうやらエンジンのどこかを損傷したのか接触が悪くなってしまったようだが、元々放棄されていた上に、エアロヴァイパーとあれだけ激しく戦ってなお飛び続けられたことこそ奇跡に近い。

 かといってシルフィードも翼を怪我したままで、エースもコッヴとの戦いでエネルギーを消耗している。一行は、行きに比べて遅くなった足で、焦りながら来た方向へと飛び続けた。

 

 

 だがそのころ、才人たちのはるか前を航行するアルビオン艦隊は、もはやレコン・キスタの全戦力となった一万の兵力を全て乗せ、窮鼠猫を噛むの言葉を自ら実践するために殺気を撒き散らしながら進んでいた。

「進め進め、今敵は油断しているだろう。勝利は我らの前にあるぞ」

 艦隊旗艦レキシントン号の艦橋から全艦に向かって流されたクロムウェルの士気を鼓舞するための演説を受けて、各艦のレコン・キスタ派の貴族が大きく歓声を上げる。しかしその一方で、この艦の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドらのような非レコン・キスタ派の人間はもうやる気を失っていた。

「いったい、なんのために戦うのか?」

 もとより革命などに興味のなかった彼のような人間は、もはや趨勢を変えようもない今になっても、戦い続けなくてはならないことに疑問を抱かずにはいられなかった。

 確かに、ここでウェールズら王党派の首脳陣を抹殺してしまえれば王党派は力を失う。だが後に残されるのは国内の混乱と国力の疲弊、それにともなう税率引き上げによる圧政だ。一部の者のみを喜ばせるために国の将来を犠牲にする戦いに、彼のような実直な人間は苦悩したが、その軍人としての実直さゆえに彼は上官たるクロムウェルに逆らえなかった。

「索敵の竜騎士から連絡、前方距離四十万に王党派軍を確認」

「全艦、砲雷撃戦用意!」

 ボーウッドの命令が全艦隊に伝達され、将兵は配置につき、大砲に砲弾が装填されていく。彼は本来この艦の艦長にしか過ぎないのだけれど、本来の艦隊司令官であるサー・ジョンストンが主力軍全滅の報を聞いて、脳溢血で卒倒してしまったのだ。そのおかげで、ほかに艦隊指揮のできる人間もいないことから、不本意ながら司令官代理を勤めて、かつて忠誠を誓った相手に挑まなければならない羽目に陥っていた。

「後世の人間は、私のことを恥知らずな裏切り者と記すかもしれんな。だが、それが私の運命ならば、もはや仕方あるまい」

 唯一の救いは、彼らはもはやクロムウェルが人間では無く、レコン・キスタも王党派もこの世から消してしまおうとしていることを知らずにすんでいることだろう。

 破滅へ向かって、様々な思いを乗せながら、レコン・キスタ艦隊はついに王党派陣営を空からその視界に捉えようとしていた。

 

 その一方で王党派陣営も、再編を完了して行軍を再開しようとしていた。しかし上空警戒中の竜騎士が大型戦艦を中心とした大小六十隻の大艦隊を山影のかなたに発見して、即座に行軍準備の完了を待っていたウェールズとアンリエッタの元へ報告していた。

「この局面で艦隊を投入するだと? 敵は何を考えているのだ」

 報告を聞いたウェールズは呆れかえった。ここでいささかの損害を王党派軍に与えたところで、現在ほとんどの拠点を王党派が抑えている今となっては補給もできずに艦隊はすぐに行動力を失う。むしろ戦略的にはロンディニウムで持久戦に入り、艦隊の強大な攻撃力と防御力を防衛に活かし、戦局の転換を図るべきなのに、なぜわざわざ長躯して艦隊をすりへらそうというのか?

 彼は常識的な人間なので敵の意図を読みかねた。むしろそこが用兵家としての彼の限界を示しているのかもしれなかったが、彼より客観的に、かつ、貴族というものの負の面を彼より見慣れてきたアンリエッタには想像がついた。

「追い詰められて冷静な判断力を失い、無謀な冒険に出てきたのでしょう。おそらく、わたしたちの首をとれば逆転できると考えて……まあ、あながち間違いではありませんが、ともかく、艦隊戦力を持たない今の私たちには強敵です。すぐに迎撃の準備をしましょう」

 ここでハルケギニアのことをまだ詳しく知らない才人なら、空を飛ぶ艦隊になすすべを失っただろうが、ハルケギニアでは空中艦隊は当たり前である以上それに対抗する手段も当然ながら存在する。敵襲の報はすぐさまアルビオン軍七万に伝達され、「全軍、対空戦闘用意」が下命された。

 また、アンリエッタもアニエスにトリステイン軍一千五百も戦闘参加することを命じた。そのときアニエスはレコン・キスタ軍が来たことで才人たちが失敗したのかと、彼らの身を案じていたが、冷静な軍人の部分の彼女は冷徹にアンリエッタの命令を遂行していった。

 砲兵に配備されている大砲は、アルビオンの冶金技術で作られたものは射程が短く対空用に使えないために後送されてカモフラージュの布をかけられて隠され、輸入品であるゲルマニアの少数の長砲身の大砲は榴弾を装填されて高射砲へと変わっていく。

 さらに、チブル星人によって与えられた銃は星人の死によってハルケギニアの標準的な性能に戻っていたものの、銃兵は弾を込めて待機し、弓矢や槍しか持たない平民の部隊は即席の蛸壺を掘って、その中に避難していった。砲弾による被害というものは、大部分が爆風と破片によるもので、地中に隠れれば直撃でも受けない限りは安心だ。陸兵が無事なうちは、敵も兵士が無防備となる降下作戦には容易に移れないので、これでも充分に敵への威圧になる。

 そして、頼みの綱はやはりメイジである。火や風の優れた使い手は火炎や風弾を数百メイル飛ばせるために攻撃に、やや劣る使い手や土の使い手は防御壁となるために、水の使い手は消火および救護要員にと、指揮官さえ復活すれば熟練した軍隊の動きを取り戻して、きびきびと配置についていく。

 それらは、地球でも航空機が戦争に使われるようになってから見られるようになった光景と、ハルケギニアならではものを合わせた軍事行動であった。しかし、敵は空に浮かんだ艦隊、この程度で対抗できるのだろうか。

 そんなとき、参謀の一人がもっとも対艦戦に有効な竜騎士が足りないと言ってきた。

「殿下、敵の射程に入るまでにはあと三十分ほどと思われますが、現在戦闘可能な竜騎士はおよそ百騎、いささか心もとなく存じますがいかがいたしましょう?」

 ブラックテリナとノーバの影響で、竜騎士は大部分残っていたが、肝心の竜のほうが暴徒化した人々に襲われたり逃げたりして、半数もの数が使えなくなっていたのだ。

 だが、アンリエッタの助力を得て、名誉挽回に燃えるウェールズは、ほんの少し前まで廃人の一歩手前だったとは思えないほど果敢に攻撃を命じた。

「かまわん、全騎を出撃させろ。数だけにものをいわせる烏合の衆などに先手をとらせるな!」

 そのウェールズの攻撃的な姿勢に、病み上がりに不安を抱いていた参謀は驚いたが、それでは竜騎士を無駄死にさせるだけだと反論した。

「待ってください。百騎の竜騎士は我が軍の唯一の空中戦力です。これを失ってしまえば……」

「わかっている。正面きって激突すれば我がほうは数で負ける。しかしな……」

 そこでウェールズはアンリエッタと、彼女のそばで控えているアニエスから教えられた、アルビオン軍の弱点と、魔法の使えない銃士隊がメイジと戦ってこれた戦法を応用して、その弱点を突く作戦を説明していき、全部を聞き終えた参謀は今度こそ本気で驚いた。

「そんな、しかしそんな戦法では我が軍の誇りに傷がつきましょう」

「馬鹿者! 負ければ奴らは我々のことを臆病で惰弱な愚か者だったと世界中に言いふらし、あらゆる歴史書にそう書き残されるであろう。そうすれば我らの誇りなど闇に葬られる。それに空から地上の人間を虐殺しようとしてくる敵に、なんの遠慮がいるのか!」

 宮殿の端整な貴公子から、戦場の猛将のものに変わったウェールズの怒声に、参謀は目が覚める思いがすると同時に、彼への評価を改めていった。

「わかりました。では命令を徹底しましょう」

「そうだ。あとは地上からの対空砲火で敵艦隊を漸減していく」

「それで、あの艦隊と戦えますか?」

「そこはやりようだ。敵とて無理をしてここまで来ている上に、艦隊に乗っている一万程度の戦力では七万の我々を制圧することはできないから、艦隊さえなんとかしてしまえばレコン・キスタの命脈はそこで尽きる」

 ウェールズは残された時間でいかにして敵艦隊を迎撃するか、脳細胞をここで使い切るくらいに考えた。こちらの持っている戦力はすべて把握しているから、あとはそれをどれだけ効率よく使い、敵の弱点をつけるかどうかで勝敗は決まる。彼は王党派の命運がかかっているのもあるが、とにかくじっと見守っているアンリエッタにみっともない姿は見せられないと考えていた。

 

「婦女子に戦争の手ほどきをしてもらうようでは、アルビオンの男は天下に大恥をさらしてしまうだろう」

 

 それは、敵襲の報告を受けてすぐのことであった。ウェールズは復帰してから調子を早く取り戻そうと、焦りながらもてきぱきと指示を出していっていたが、艦隊を相手にしては、とりあえず対空戦闘準備を命じたものの、すぐには続いて出す有効な手立てを思いつけなかった。

 だが、そうして悩むウェールズに、参謀が伝令のために立ち去って、人目がなくなったことを確認したアンリエッタは優しげに話しかけた。

「ウェールズ様、今はわたしもここにいます。あなたの苦しみはわたしの苦しみ、わたくしにもあなたの苦しみをわけていただきたく存じますわ」

「いや、アンリエッタ、君の気持ちはうれしいが、軍事上のことを君に相談しても仕方が無い。ことは君のような可憐な人には似合わない、殺伐とした世界のことなのだ」

「いいえ、確かに敵は強大ですが、敵は隠しようも無い弱点をいくつも持っています。それを突けば、勝利は遠くありませんわ」

 アンリエッタは驚くウェールズに向けて、レコン・キスタ艦隊の弱点を一つ一つ説明していった。

 空を飛ぶ艦隊は地上の軍隊にとって天敵と思われがちだが、決してそんなことはない。確かに、まともにぶつかれば力の差は圧倒的でも、巨艦をそろえたら強いのであれば駆逐艦や巡洋艦はいらなくなるし、陸戦でも歩兵より戦車が強いのなら歩兵はいらなくなるが、実際にそんなことはない。なぜなら、巨大であることはメリットだけでなくデメリットでもあるからだ。

「ある意味、追い詰められたのは彼らでもあるのです。なにせ、危険物を満載した当てやすい目標に潜んでいてくれるのですから」

 そう、戦艦とはいわば動く火薬庫で、もしそこに攻撃が命中すれば一瞬にして炎は自らを焼き尽くす。地球でも過去に不沈とうたわれた多くの巨大戦艦が、弾火薬庫への引火で沈没している事実からも、それは疑いない。また、図体がでかい分だけ攻撃をこちらから当てやすいというのもあり、舵、姿勢制御翼、マスト、指揮艦橋など、一発でも攻撃を受ければ艦の機能に著しい障害を負ってしまうところはいくらでもある。

 それに対して、防御を固めた七万の兵隊を高高度からの砲撃だけで全滅させるのは困難で、精密射撃を試みたり陸兵を下ろそうと低高度に下りようとすれば、降下中が絶好の攻撃のチャンスとなる。

「それに敵は指揮する貴族は後がなくなってヒステリーになっていますし、兵士は勝つ価値の無い戦いに厭戦気分が高まっているでしょう。そこにもつけいる隙はあります」

 それらの考察は、軍事の専門家を自負するウェールズをうならせるのに充分なもので、勝機があるどころか王党派の優勢をも示している。すなわちそれは、発想を転換してみればピンチはチャンスにもなるという、もう一つ言うならば心に余裕を持てというアンリエッタからのアドバイスであった。

「敵は数の半分の力も出せないでしょう。油断さえしなければ、恐れるべきものはありません」

「うむ。君の洞察力は、僕の想像を超えているようだ。けれど、君はそれほどの見識をいつのまに身につけたのだい?」

「ウェールズさまのお役に立てるのでしたら、わたくしは何でもいたしますわ。ただ、ちょっとわたくしは軍事顧問の先生に恵まれましてね、ほほ」

 軽く口を押さえて上品に笑うアンリエッタを、ウェールズは唖然として見ていた。

 

 

 両軍が激突したのは、それから二十分後の、双方の竜騎士隊の接触からである。

「撃ち落してくれる!」

「全騎、迎撃せよ!」

 レコン・キスタ軍二百十騎、王党派軍百騎の火竜、風竜の大部隊同士は正面きって激突した。

 たちまち竜のブレス、魔法の応酬、竜同士の牙と爪の組み合い、さらに近接しての騎士対騎士の肉弾戦があちこちで繰り広げられる。だが、最初の戦局は数で圧倒的に勝るレコン・キスタ側が優勢に進めた。

 状況が変わったのは、戦闘開始から十分ほど経ってからである。敵側の竜騎士はレコン・キスタ派の貴族が多数であるから、文字通り必死になって攻撃してきたが、ウェールズから作戦を与えられた王党派陣営の竜騎士隊は敵軍の凶熱をまともに受け止めようとせずに、戦力を温存しながら負けて逃げ帰るふりをして、追いかけてきた敵を友軍の銃兵の射程に誘い込んで撃墜していった。

「追撃戦をしているときこそ、一番敵の奇襲を警戒せねばならんものだ」

 これはアニエスがまだ無名であった銃士隊の原型の部隊を率いていた頃使っていた戦法の一つである。一部が負けたふりをして逃げ帰り、敵を逃げ場の無い十字砲火の巣に引きずり込んで殲滅するというもので、これに一度誘い込まれればメイジだろうがオーク鬼だろうが反応するまもなく蜂の巣になるのだ。

「卑怯な!」

 レコン・キスタ側の竜騎士は怒ったが、王党派の竜騎士は彼らとは反面、はぐれメイジやレコン・キスタに親兄弟を奪われた貴族の生き残りがその多数を占めていたから、勝つためには手段を選ばなかった。そのほかにも二、三騎で一騎を袋叩きにしたりと、数で勝る敵軍と互角の空中戦を演じた。

 

 そして、とうとうやってきた艦隊に対しての王党派軍の反撃は、卑怯な戦い方をしてきたレコン・キスタのやり方を跳ね返すような徹底したものが加えられた。

「ごほっ! ごほっ! くそっ、煙幕とは」

 接近して大砲を撃ってこようとしてきた艦隊に、風向きを計算して、二千の兵が油や木材を焚いて放たれた煙幕がもうもうと襲い掛かる。これは一見地味だが、軍隊なら必ずあるタバコの葉や竜など動物の糞を乾燥させたものをくべることで、催涙ガスともなって、煙の上がっていくほうにいる艦隊の将兵の目と喉を痛めつける。

「おっ、おのれ! 風のメイジは煙を吹き飛ばせ」

 それぞれの艦の艦長は当然の命令を出したが、これもまたウェールズの作戦のうちであった。密集した艦隊のそれぞれから放たれた『ウィンド・ブレイク』などは確かに煙を吹き飛ばす働きをしたものの、同時に煙の先にいた味方に当たって、敵の攻撃と誤解されて逆に風の槍を返されるという同士討ちがあちこちで見られた。

「うろたえるな、高度を上げて振り払え!」

 熟練の指揮官であるボーウッドは、味方の醜態に舌打ちしつつ艦隊を守ろうと命令を飛ばした。が、彼より爵位の高い貴族の艦長の操る船はその命令に従おうとせず、バラバラの方向に転舵して、挙句の果てに味方同士が衝突して沈没するという

最悪の展開を生み出した。

「連中は素人か、なにをやってるんだか」

 王党派のパリーという老いた将軍は、まともに統率すらとれていないレコン・キスタの艦隊に呆れかえった。敵の大艦隊が接近中の報を聞いたときには、皇太子殿下をお守りして名誉の戦死をとげようと覚悟していたのに、相手がこれではもったいなくて到底死ぬ気にはなれなかった。

 だがそれというのも、全体の最高司令官たるクロムウェルが艦隊戦はわからんよと早々に命令を出すのを放棄してしまったのが原因だった。あとは戦意だけはあるが協調性がない艦長たちが艦隊司令官の命令をあちこちで無視したり、戦意不足な兵士たちがサボタージュをしたりしたので、アンリエッタの予言どおりにせっかくの大艦隊も、その実力の半分も出せてはいなかった。

 それでも、まだ艦隊は健在であるので、今度は本格的な攻撃が艦隊に襲いかかった。

「高射砲隊、撃ち方始め!」

 地球の基準からいえば、それは多少長く見えるだけの鉄の筒にすぎないが、その砲は王党派がありったけの財力と交渉を駆使してもたった四門しか手に入らなかったというほどの代物だった。射程八リーグ、砲弾到達高度三千メイルと、砲兵器では砲亀兵と呼ばれる部隊が持つ、射程たった二リーグほどしかないカノン砲が最強クラスのハルケギニアでは、とにかくバカ高いことをのぞけば、戦艦殺しとして大いに期待される新兵器で、それが一斉に高度一千のアルビオン艦隊に向けて放たれた。

「着弾! すごい威力だ」

 放たれた四発の砲弾のうち、三発は外れてかなたの森に火柱を上げるだけにとどまった。しかし、護衛艦『エンカウンター』の右舷艦首付近に命中した一発は、艦首の兵員室を吹き飛ばした後に、二本あるマストの前部を倒壊させて、八百トン程度しかないこの船を、即座に戦闘続行不能、総員退艦に追い込んだ。

「全砲、射角調整急げ! いける、この砲なら戦艦でも沈められるぞ」

 だがそれでも、敵艦隊は数にものを言わせてくる。恐るべき対空砲火に犠牲を払いながらも、高高度から王党派軍主力の頭上に砲弾を降らせようと艦首付近の砲門を開き、砲弾を装填した。

「見ておれ、下賎なるものどもに鉄槌を下してくれるわ!」

 怒りに燃えているレコン・キスタの若い貴族の士官は、ともすれば手を抜こうとする兵士たちに杖を向けて脅しながら砲撃準備を整えさせると、やっと煙幕を脱して視界に捉えた王党派の陣地に向かって、「砲撃開始」と怒鳴った。

 火薬が砲内で一瞬にして燃焼して、そのガス圧で音速近くまで加速された球形の砲弾が数十発撃ち出されて、さらに重力の助けも借りて地上に這いずる敵兵を粉砕した。

「やったぞ、ようし、あの敵兵が固まっているところにどんどん撃て」

 調子付いた彼は、旗が何本も立って人影の多く見えるところへの砲撃を命じ、周りの艦の同じような若い士官もそれに続いた。

 だが、彼らにとっての敵は阿鼻叫喚どころかほくそえんでいた。

「馬鹿な連中だ。人形だということに気づいていない」

 そう、それは土のメイジが作った等身大の泥人形に、華美な貴族風衣装を着せたダミー人形でしかなかった。本物の人間は別のところに目立ちにくい格好で分散していたので、人的被害はほとんど発生していない。

 これが、熟練したボーウッドのような指揮官であったら即座に見破って無差別砲撃を加えていたであろうが、ダミーやカモフラージュといった戦法は効果、歴史ともに深く古いものである。創作だが古くは例えば三国志の諸葛孔明が赤壁の戦いでかかしを積み込んだ船に攻撃させて十万本の矢を集めたり、現実では近代でも爆撃から守るためにニセモノの工場や飛行場をわざわざ作ったり、停泊している航空母艦を迷彩ネットで覆うばかりか、甲板上に小屋まで建てて島に偽装した例が実際にあるので、若くて血気盛んだが経験不足な士官たちはこんなものでもあっさりとだまされてしまったのだ。

 ボーウッドは味方が見当外れの方向を攻撃していることに気づき、忠告してやめさせようとしたが、その隙に王党派軍の攻撃部隊は艦隊の真下にまで潜り込んでいた。

「目標は直上、全員撃て!」

 空に浮かんだ敵艦への最短距離である真下に陣取ったメイジたちは頭の上に向かって総攻撃を開始した。火球を投げつける者、空気の槍を発射する者、ガーゴイルを体当たりさせるものなどいろいろだが、目標は船にとって死命を決する最重要の木材である竜骨に集中していたのだけは変わりない。

 以前才人たちの乗った『ダンケルク』号が竜骨が折れかけて沈みかけたように、竜骨が折れればそのまま船は真っ二つになる。むろん軍艦は重要な部分の部品には念入りに『固定化』がかけられているが、それも同等以上のクラスの高レベルのメイジの連続攻撃に耐えるには限度があり、外れても船底はもっとも防御が薄い部分であるために、艦内に飛び込んだ魔法が被害を与えていった。

「真上と、真下、さて、もろいのはどちらでしょうか?」

 戦いは、情け容赦なく敵の弱点を突け。アンリエッタは彼女の軍事顧問から叩き込まれた鉄則を忠実に実行して、レコン・キスタ軍をすり減らしていっていた。

 

 これが、能力、士気ともに万全であったなら、レコン・キスタ軍は王党派に大打撃を与えられたかもしれない。だが、艦長や指揮官たちは戦闘意欲に著しく欠けるか戦意過多の両極端で、艦も実戦経験の薄く士気の低い将兵に操られていたのでは、そもそも勝てる道理がなかった。

 だが、まだ旗艦レキシントンほかの多数の艦が健在で、往生際悪く砲撃を続けてきて、こちらにも無視できない死傷者が出ている。アンリエッタは、敵が損害の大きさに驚いて撤退してくれればいいがと期待していたが、それがかなわないと悟ると、味方と、そして敵の犠牲をこれ以上拡大させないために切り札を投入することを決断した。

「やはり、使わざるを得ませんか……すみませんが、よろしくお願いいたします」

「御意」

 アンリエッタの命を受けて、それまで彫像のように直立不動の姿勢で彼女の傍らに立ち続けていた鉄仮面の騎士が、ゆらりと最敬礼の姿勢をとった。

 

 それから五分後、硬直状態にある戦場で、その姿を最初に見つけたのはレコン・キスタ艦隊の戦艦『レパルス』の見張り員であった。

「なんだ……鳥?」

 太陽の方向にちらりと見えた影が一瞬陽光をさえぎったので、手で光をさえぎりながらそれが何かを確かめようと見上げた。だが次の瞬間に、その影が今度は完全に太陽を覆い隠すと、それが鳥どころかドラゴンより巨大であると気づき、反射的に彼は絶叫していた。

「ちょっ、直上から敵襲ぅっ!」

 しかし、彼の叫びは艦長の命令ではなく、その鳥の方向から放たれてきた『エア・カッター』によって返答された。彼がまばたきしている間に、空気の刃はレパルスの四本あるマストを小枝のように切り払ったばかりか、甲板上にある人間と救命ボート以外の全てをバラバラに切り刻み、さらに舵をも破壊することによってこの船を瞬時に戦闘不能に追い込んだのだ。

「レパルス大破! 戦線を離脱します」

 ボーウッドの元にその報告が届いたときには、すでに第二第三の犠牲者がレコン・キスタ軍の沈没艦リストに予約を確定させていた。巡洋艦『ドーセットシャー』が特大の『エア・ハンマー』で甲板を押しつぶされ、戦艦『リベンジ』が『エア・カッター』で真っ二つにされて墜落していく様は、何人もが目をこすってほっぺたをつねってみたほどだ。

「いったい何が……」

 破壊された三隻から、乗組員たちが救命ボートで脱出を図っている。彼らにとってさらに信じられなかったのは、攻撃を受けた三隻ともに轟沈にはいたらずに、戦闘不能かゆっくりと墜落していくことになったので、乗組員のほとんどが無事に脱出できていることだった。

 が、それも三隻の艦を撃沈せしめた上空の敵が降下してきたときには、甲板上の全ての大砲を向けろという命令にすりかわって、彼らは対空用の榴弾を込めた大砲を謎の敵へとぶっ放した。

「二時の方向、仰角六十度、距離五百……撃てぇ!」

 いっぱいに上を向かせた大砲が硝煙と炭素の混じった黒煙を撒き散らしながら、小さな鉄の弾を数百数千と上空へ打ち上げていく。それらは徹甲弾に比べれば威力は劣るが、鉄の小弾丸が高速で当たるので竜の皮膚をも打ち抜く威力を誇る。

「落ちろ!」

 太陽を背にしているせいで、何がいるのかはよくわからなかったけれど、数十門の一斉射撃である。これにかかればどんな竜でもグリフォンでも逃げ場なく撃墜されるものと思われた。

 だが、数千の鉄の豪雨の中から姿を現したのは、血だるまになったドラゴンなどではなく、戦艦にも匹敵する広大な翼を広げながら、死神の鎌のような巨大なカギ爪を振りかざして急降下してくる怪鳥だったのだ。

「巡洋艦『ベレロフォン』、轟沈!」

 哀れにも最初の犠牲者になった二本マストの巡洋艦は、巨大なカギ爪に船体をつかまれると、そのまま大鷲に捕まった子牛が肉を引きちぎられるように、無数の木片をばらまきながら真っ二つに引き裂かれたのだ。

「巡洋艦を一撃でだと!?」

 軍艦の構造体には固定化がかけられていて、並の鉄骨くらいの強度があるはずだ。それを気にも止めずに力任せに引き裂いた怪鳥に、隣接していた艦から何人もの愕然とした声が流れたが、惨劇はそれで終わらなかった。それからわずか十秒の後に。

「戦艦『インコンパラブル』『インディファティカブル』、護衛艦『アキレス』撃沈! 戦艦『テメレーア』大破、戦線離脱します」

 四隻もの艦が撃沈破されたという信じられない報告がレキシントンの艦橋に届けられたとき、冷静沈着を持ってなるボーウッドも、思わず杖を落としてしまいそうになった。

「馬鹿な、いったい何が起こったというのだ!?」

「そ、それが……」

 報告を持ってきた兵士は、司令官の怒声に緊張しながら、自らもとても信じられなかった光景のことを説明しようとした。が、ボーウッドはそんな話よりも、艦橋の窓から見えてきた翼長五十メイルにもおよぶ巨鳥と、その背に立って杖を振り、一撃の『エア・スピアー』をもって巡洋艦の艦腹に風穴を開ける、鉄仮面の騎士の姿を見つけてしまっていた。

「あ、あれは……」

 ボーウッドの脳裏に、士官候補生だったころにトリステイン、ゲルマニア間で一週間だけ続いた国境線争いのとき、留学していたゲルマニア空軍の戦艦『ザイドリッツ』で体験した記憶が蘇る。

 あのとき、ゲルマニアは国境線に居座っていたトリステイン軍を空から制圧しようと、彼の乗る艦を合わせて十隻の艦隊を出撃させた。そしてこれで空軍の進出の遅れたトリステイン軍を追い返せるものと確信したが、その目論見はたった一人の騎士によって阻止され、あわや全面戦争もと思われた緊張は一週間の小競り合いで終了した。

 その騎士は、たった一つの魔法と、使い魔への一声の命令をもって艦隊の半数を撃沈し、指揮官を捕虜にして戦いを艦隊の降伏を持って終わらせた。

 幸い、『ザイドリッツ』は攻撃を免れて帰還したものの、あの恐るべき巨大竜巻と、羽ばたく風圧だけで戦艦を落とした巨鳥の姿は今でも忘れることはできない。

「まさか、あれは三十年も前のことだぞ……」

 しかし、彼の目の前では、その巨鳥が通り過ぎただけでマストを全てへし折られた戦艦がよろめきながら離脱していき、やっと大砲の照準をあわせた六隻の艦が四方から集中砲火を食らわせても、その騎士は杖の一振りで自らの乗る巨鳥の周りに風の防護壁を作って全弾をはじき返し、ケタ違いに大きい『ブレイド』で巡洋艦を輪切りにしてしまった。

 もう間違いはない。目の前の光景が記憶の中の伝説の仮面騎士と完全に一致したときに、彼は指揮官としての名誉も威厳もすべてかなぐり捨てて叫んでいた。

「反転百八十度、全軍撤退! 『烈風』だ! 『烈風』が現れた!」

 それは、レコン・キスタ艦隊の、実質の敗北宣言であった。

 

 そして地上でも、ケタ違いの強さで次々と敵艦隊を撃沈していくたった一人の騎士に、ある者は胸躍る快感を、ある者は恐怖を、ある者は信頼と尊敬のまなざしを向けていた。

「あの方が、あの伝説の『烈風』……なんという強さだ」

 ウェールズは、自らもトライアングルクラスの使い手ながら、そんなものがまるで通用しない次元の戦いを、呆然とアンリエッタとともに見ていた。

「はい……本来はもう戦場には出ないと決めていたそうですが、この世界の危機に、決して侵略には力を使わないということを条件に力を貸してくださいました」

 今は仮面をかぶって正体を隠しているが、『烈風』カリンことカリーヌ・デジレとその使い魔の古代怪鳥ラルゲユウスのノワールは、かつてタルブ村を滅ぼしかけた吸血怪獣ギマイラをはるかに超える脅威に、佐々木とアスカから教わった勇気を次世代に伝え守るべく、再び立ち上がったのだった。

「そうか、君の軍事顧問というのは」

 彼はそれでアンリエッタの急激な成長の理由の一端を理解した。確かに、教師としてはこれ以上の存在はハルケギニア中に二人といるまい。

「それにしても、犠牲者が極力出ないように手加減してくださいとは言いましたけれども、やはりすさまじいものですわね」

「なっ……あ、あれで手加減しているのかい!?」

 確かに見た目には派手に暴れているように見える。だが実際には攻撃はマストや風石の貯蔵庫などに集中して、船体を破壊されたものも浮力を残したままゆっくりと墜落したので、被害の割には死傷者の数は驚くほど少なかった。

 

 だが、全軍撤退を指示したボーウッドの指令は、当然ながらクロムウェルに却下されていた。

「なぜ逃げる、撤退の許可など出していないぞ」

「もう勝ち目はありません! 敵は伝説の『烈風』です。あれに敵う者など全世界に一人とて存在しません!」

 ボーウッドは説明する暇すら惜しく、自分がどれほどの醜態をさらしているのかすら念頭にない様子で、ひたすらに全速力で逃げるようにとの命令のみを発し続けた。今の彼は、まるで雷に怯える幼児のように本能の底から湧き出る恐怖に支配されていた。

 けれどもクロムウェルは能面のように穏やかな表情のままで、ボーウッドの肩に手を置いた。

「ほほお、あれが噂に聞く烈風か、確かに噂にたがわぬすさまじい力よ。だが落ち着きたまえ、君の気持ちはわかるが恐れる必要はない。我らにはあれに匹敵する切り札があるのだ」

「は……ははあ」

 ボーウッドは、枯れ木のように細い腕ながら、びくともしないほどに強い力で肩を押さえてくるクロムウェルの笑顔に、まるで触られたところから生気を抜かれていくような冷気を感じて、それ以上口を開くことができなくなった。

 もしこのとき、クロムウェルの秘書扱いであるシェフィールドがそばにいればクロムウェルの異常に気づいたかもしれない。しかし彼女は万一にも艦橋への被弾が起こることを恐れて、遠方からガーゴイルを使って高みの見物を決め込んでいた。

「無様ね……せめてウェールズと刺し違えることくらいできれば、お前を使ってもう少しこの国で遊べたのだけれどもと、あの方もご慈悲を与えてくれるものに」

 せせら笑いながら、万一にも勝てたらもう少し生きながらえさせてもとと、シェフィールドは心にもないことを考えた。ところが、彼女はすぐに自分の目を信じられない光景を目にすることとなった。

 それは、レコン・キスタ艦隊のめぼしい大型艦を戦闘不能にしたカリーヌがレキシントン号の前に出たとき、艦首に見覚えのある人影がたたずんでいるのに気づき、翼を止めて睨みあった。

「ワルド子爵……」

「ふふ……お久しぶりですな、教官殿」

 そこには、グリフォン隊の隊長にしてカリーヌの不肖の弟子、しかし今や汚らわしい裏切り者として汚名をさらすワルドが、不敵な笑みを浮かべていたのだ。

「話は聞いている。私欲のためにレコン・キスタと通じていた……そうだな?」

「ええ、間違いなく」

 悪びれた様子もなく明確に答えたワルドに、鉄仮面の下でカリーヌは舌打ちをして、杖の先をワルドに向けた。

「ふん、私はランスの戦いで戦死した貴様の父上にも昔世話になったし、お前のメイジとしての将来にも期待していた。だからルイズとの婚約を了承したのだが、どうやらとんだ見込み違いだったようだな」

「見る目が無いというのは、つらいものですねぇ。あははは」

 短い間とはいえ、教え子だった男に反されて、なおかつ愉快そうに前よりもやや濃くなった口ひげを揺らしながら笑うワルドに、カリーヌは娘の将来をもてあそばれたことも含めて、すでに決めていたことだが、あらためて強烈な殺意を覚えた。

「なにが目的だ、金か? 権力か? ……いいや、今更そんなことはどうでもいいな。その体は使い心地がいいか?」

 カリーヌはすでにワルドが何者かに体を乗っ取られてしまった経緯を聞いていた。つまり、目の前にいるのはワルドであってワルドではない。しかし、そんなことはもはやどうでもよく、乗り移った奴ごと粉砕してやるつもりだったが、ワルドは余裕でレイピア状の杖を抜いてカリーヌに向けた。

「ふふ、まあ確かにそんなことはどうでもいいですな。だが、私がこの体を無理矢理所有していると思ったら大間違いですよ。『ウィンドブレイク!』」

「なに!?」

 ワルドの杖から放たれてきた空気の弾丸を、カリーヌはとっさに杖をふるってはじき返したものの、その威力はかつてのワルドのものよりも強力で、カリーヌの杖を握る手がわずかにしびれた。

「貴様、魔法は使えなくなっているはずではないのか?」

「ふっふっふ、それなりに利用価値がありそうな男だったので乗り移ったが、この男はお前たちが思っていたよりも大それた野心と欲望を持っていた。そのためになら悪魔にでも魂を売ると……だからこそ、”私たち”の利害は一致したのだよ」

「ちっ!」

 再び撃ちかけられてきた『ウィンドブレイク』『エア・ハンマー』を跳ね返しながらも、その威力に押されてカリーヌは使い魔のラルゲユウス・ノワールを後退させざるをえなかった。

「なるほど、ワルドの人格と欲望を取り込んだのか……ということは、貴様はワルド本人でもあるということだな?」

「ええ、あなたに受けた修行の数々や、ルイズの可愛らしい顔もよーく覚えていますよ。ルイズを私のものにできれば、ヴァリエールの名もあっていろいろと便利な道具になると思って小さい頃から面倒を見てきたというのに、今となってはすべて徒労になって残念ですよ」

「……」

「ですが、あなたの娘さんは本当に純情で愛らしくてなかなか楽しかったですよ。そうだ、ルイズは落ち込むといつも湖のボートで小さくなっていて、私が慰めにいくと……」

「もういい、その汚らわしい口でこれ以上私の娘の名を呼ぶことは許さん。これでもう、私は貴様への情けなど欠片も持たなくてよくなった。覚悟しろ、生きたまま五分刻みで解体してくれるわ」

「ふふ、ご老体にできますかな?」

「この『烈風』をなめるなよ。確かに魔法を使えるようになった上に威力も本来の奴のものよりも強化されている。だが、それだけで私に勝てると思っているのか?」

「ふっ、確かに攻撃力はともかく戦艦に乗ったままのこちらは機動力で分が悪い。ならば……いでよ、サタンモア!」

 ニヤリと笑ったワルドが指をはじくと、レキシントンの上の空がガラスのようにひび割れて砕け散った。そして真っ赤な裂け目が現れた空間から、壊れた笛のような甲高い鳴き声をあげて、鋭い口ばしと流線型のシルエットを持つ、全長六十メイルにも及ぶ怪鳥が飛び出してきたのだ。

「なに!? 避けろ、ノワール!」

 怪鳥が大きく開いた口から発射してきた火炎弾を、カリーヌはとっさに使い魔を急旋回させてかわした。しかし怪鳥は飛び乗ってきたワルドを背に乗せると、カリーヌとノワールに向かってきた。

「それが、貴様の新しい使い魔か?」

「ふふふ、こいつの名は大怪鳥円盤サタンモア、これで条件は対等ですな。では、かつて『烈風』と呼ばれたあなたと、『閃光』の異名をとるわたくし、共に風のスクウェアとして、どちらが最強か決闘といこうではないですか!」

「ほぅ……私に決闘を挑む者など、もう一生現れまいと思っていたが、おもしろい。多少強くなった気でいるようだが、身の程というものを思い知らせてやろう」

「ふはは! では、お世話になったご恩返しをさせてもらいましょう」

「ほざけ、すぐに化けの皮をはがしてくれる!」

 

『ウィンドブレイク!』

『エア・ハンマー』

 

 二人の放った空気の弾丸同士が空中でぶつかり合って、まるで台風のような爆風がレキシントンやレコン・キスタ艦隊どころか、地上の王党派軍にも降りかかる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 かつて、ハルケギニア最強とうたわれた『烈風』カリンと、その使い魔の古代怪鳥ラルゲユウスのノワールに対するのは、ヤプールに支配されて、その実力を何倍にも増加させた現トリステイン最強の魔法騎士『閃光』のワルドと、かつてブラックスター九番目の殺し屋としてウルトラマンレオを苦しめた円盤生物サタンモア。

 その人知の想像を超えた激突に、至近で爆風を食らったレキシントンのボーウッドも、思わず指揮を忘れて見とれてしまった。

「あ、あれが切り札?」

「そう、我らの崇高な志に共鳴して同志にはせさんじてくれたジャン・ジャック・フランシス・ワルド子爵だ。とある事情でこれまで実力を隠していたが、彼さえいれば『烈風』などは恐れるに足らんさ。さあ、攻撃を続けたまえ」

「ほ……砲撃を始めよ!」

 優しげに肩を叩くクロムウェルの笑顔に、ボーウッドは催眠にかかったように王党派への攻撃を命じた。一隻で並の戦艦三隻分に匹敵するレキシントンの全砲門と、残存艦隊の大小かまわない弾雨が切り札を封じられた王党派軍に降り注ぐ。

 

 だが、はるか上空ではそんな戦いすら児戯にすら思えるような、風と風、雷と雷、牙と牙、爪と爪がぶつかり合う。

 アルビオンの空に、真の最強を決する激戦の幕が切って落とされた。

 

 

 続く


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