ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第79話  シュレディンガーの猫

 第79話

 シュレディンガーの猫

 

 時空怪獣 エアロヴァイパー

 宇宙戦闘獣 コッヴ

 宇宙雷獣 パズズ

 ウルトラマンメビウス

 ウルトラマンガイア 登場!

 

 

 アルビオン王国の首都、ロンディニウムを目指す最中、才人とルイズたちは時空怪獣エアロヴァイパーに襲われて、その時空転移によって仲間たちと引き離されたあげく、見たこともない世界に飛ばされてしまった。

 二人は、飛ばされた先の世界の空中空母エリアルベースの中で途方にくれていたが、偶然にも彼らに興味を持った高山我夢という青年に救われて、元の世界に帰る方法があると言う彼の助けに希望を見出していた。

 

 現在の、この世界での時間はおよそ七時一五分、元に来た時間は一五時過ぎである。またタイムスリップが起きるかどうかは不確定だが、ハルケギニアへと続いている時空の歪みはその時間にしかなく、それまで待っていてはこの基地ごとエアロヴァイパーの攻撃を受けてしまうので、なんとしてでも自力で戻る必要があった。

 ただし、彼らにとってはまったく偶然にしか思えないようなこの出会いが、これからのいくつかのパラレルワールドの歴史において、非常に大きな影響力を持っていたのを、この時点ではどちらも知るよしはなかった。

 

 そんななかで、二人は我夢の自室で身を隠しながら、彼が準備をしている間、お互いの世界のことについて話していた。だが、我夢の口から語られるこの世界の事実は、二人を何度も驚愕させた。

「この世界は、常に狙われ続けています」

 そう、ここは地球であることは間違いないが、この世界もまたほかの様々な世界同様に、平和を脅かされていた。

 時代は二十世紀末、突如として宇宙から送り込まれてくる、それまでの地球人類の常識を超えた地球外生体兵器群。それらに対抗するために人類は秘密裏に地球防衛連合GUARDと、その特捜チームXIGを組織し、巨大空中空母エリアルベースを建造し、その攻撃と戦い続けていた。

 そしてその、地球を狙っているという正体不明の敵とは。

「根源的、破滅招来体……」

「そう、それも仮称に過ぎないし、出現元や目的もはっきりとしない。ただその存在だけは想定された、そんな敵さ」

 キーボードを操作しながらぽつりぽつりと語る我夢の言葉には、これまで何度も死地を潜り抜けてきた重みが備わっていて、二人はそれが誇張や虚構などではないことを知った。

 それにしても、仮称とはいえなんと不気味な名前であろうか。人類に対しては攻撃を仕掛けるものの、反面具体的な意思は示さずに、常に正体は厚いヴェールに隠され続けているということが、形のないものに対する原始的な恐怖を呼び起こしてくる。

「もしかして、おれたちがこっちに来てしまったのも、その破滅招来体の陰謀なのかな」

「それはわからない。なにせ、これまでに起きた事件でも、破滅招来体と関係があるのかないのか、あいまいで終わったものも多いからね」

 その点でいえば、正体が知れている分ヤプールのほうがやりやすいだろう。もちろん、脅威の度合いでいえば甲乙つけがたいが、こういう類の敵は関係ないことまで、もしかしたらこれも、と思わせる分だけ性質が悪い。

「けれど、これはあくまで僕たちの世界のことであって、君たちには関わりがないし、なるべきじゃない問題さ」

「けど……」

「この世界のことは、この世界のことで解決するさ。それよりも、君たちは君たちで、元の世界でやらなきゃいけないことがあるんじゃないかい?」

 だから、君たちを元の世界に戻すのは、余計な人を巻き込みたくないからでもあるんだと前置きすると、我夢はそういえば君たちの来た世界はどんなところなのかと、興味深そうにたずねてきた。

 二人は、今度は才人の世界でメビウスがエンペラ星人を倒したときまでや、ハルケギニアでのこれまでの戦いのことなどをざっと語り、我夢の反応を待った。

「異次元人に宇宙人、怪獣……パラレルワールドでも、やっぱり宇宙の平和は脅かされているのか」

 振り返らずにつぶやいた我夢の声は明るくはなかったが、同時に絶望もしていないようだった。

「あの、高山さん……」

「けど、どの世界でも平和を守るために戦っている人はいる。それだけで充分安心したよ」

「えっ?」

「はは、それよりも、君たちの世界のこと、もっといろんなことを教えてくれないかな?」

 我夢は、怪獣などの殺伐とした話はもういいから、それらの話とは別に、才人の地球やハルケギニアの普通のことについて聞きたいと無邪気な興味を見せてきて、二人は才人の学生生活の頃や魔法学院のことなどを話した。

「へえ、なかなか面白そうな世界だね。できるのなら、一度行ってみたいな」

「そうですか?」

「そりゃ興味深いよ、異なる発展を遂げた文明はそれだけでも人間の可能性の豊かさを見せてくれる。進化の可能性は、まだまだ無限大にあるってね」

 才人の地球と、この世界とはあまり差はないように思われたが、それでもメテオール技術などには深い興味を抱き、可能なら留学してみたいと我夢が言うのに、才人は目をぱちくりさせていた。

 また、二人の話や、この基地の規模に圧倒されてほとんど自分からはしゃべれていなかったルイズからも、我夢は熱心にハルケギニアの話を聞いていた。だが、ルイズはしゃべるたびにどことなくつらそうな顔をして、やがて言葉を止めて我夢に尋ねた。

「あの、ミスタ・タカヤマ」

「ああ、呼び捨てでいいよ。なんだい?」

 一応相手が年長者で、自分が招かれざる客であることを自覚しているので敬語で遠慮がちに話すルイズに、才人も何かなと耳を傾けると、彼女はつらそうに口を開いた。

「あの、正直に言ってほしいんです。わたしの話は、そんなに面白いですか」

「面白いよ、魔法が実在している世界なんて、すごくわくわくする」

「ええ、けどそれはおもしろおかしそうだから、そう思ってるんじゃないですか。わたしは、あなたたちの話の百分の一も理解できないけど、この基地だけでもわたしなんかには想像もできない技術で作られているってことくらいはわかるわ、だから……」

 ルイズはそこで言葉を詰まらせたが、言いたいことは我夢にも才人にも理解できた。彼女は、これまで才人に言葉ごしに聞いていただけであった科学技術、それも才人から見てさえ超科学とさえいえるエリアルベースのそれを目の当たりにしてしまって、いわば黒船来航のときの日本人のようにハルケギニアにコンプレックスを抱いてしまったのだ。

 才人は、そういえば自分のいた地球にも、科学技術の進んだ星にあこがれて、宇宙人にそそのかされるままに実際に地球から立ち去っていった人がいたということを思い出して、その気持ちは少しだけだがわかった。しかし、難しい問題に、慰める言葉は浮かんでこなかった。

 だが、我夢は穏やかだがまじめな表情をすると、ルイズの目を正面から見据えて語った。

「ルイズくん、君の言いたいことはわかる。けど、それは間違いだ。進んだ技術を人から取り入れることは決して間違いではないけど、それで劣等感を持っちゃいけない。ほかと違うということに、上下なんてないんだ。ようく、君の故郷のことを思い出してごらん、君の世界はそんな恥ずかしいところなのかい」

「……」

「じゃあ、もう一つ聞くけど、君は自分の生まれ育った世界が、侵略者に征服されるのを、黙って見てられるかい?」

「それは、そんなことできないわ! 断固として戦うし、これまでもそうしてきたのよ!」

「だろう、それはつまり、君は自分の世界が好きだってことだろ? ちょっと見れば隣の家の芝生はきれいに見えるものだけど、やっぱり自分の家ほど安らぐところはないし、一度失ってしまえばほかに探してもどこにもないんだ。だから、自分の世界が劣っているなんて思わないで、大切に、大事にしていってほしいな」

「うん……」

 深い知性の光を宿した目で見つめられて、ルイズは難しいことながら、我夢の言葉には嘘はなく、言いたいことがなんとなくだがわかったような気がした。

 これは地球の歴史上の事実だが、明治初期西洋文化を取り入れていたころの日本は、脱亜入欧を掲げてひたすら西洋文明を取り入れていた反動で、江戸時代までの日本文化が間違ったものだと誤解してしまった。そのため、芸術的、歴史的に貴重な浮世絵などが破壊されたり海外に流出してしまったりして、後年二束三文で売り飛ばされて海外で保管されていたものが高い評価を受けているという、なんとも皮肉なことが起こっているのである。

 それに才人も、ハルケギニアが地球に劣った世界などとは、今ではまったく思っていなかった。

「そうだなあ、確かに最初のころはコンビニもネットもない世界でどうしようかと思ったけど、空気はうまいし、平民も貴族も話してみればいい奴は多い、第一雑用さえしてればあとはのんびりできる。あ、こりゃおれだけか」

 使い魔には学校も試験もなんにもない。とまではいわないし、決して地球に勝っているとまでは思わないが、ハルケギニアのルールさえ飲み込んでしまえば、あとはちょっとした知恵と根性があれば充分に生きていくことができると才人は思った。第一、実例として佐々木隊員やアスカ・シンなどはハルケギニアに立派に適応していたではないか。

 けれどルイズは、それでも今一つ納得しきっていないようであったが、ならばと我夢は駄目押しの質問をぶつけた。

「どうしてもそう思うんだったら、こっちの世界に住んでみるかい?」

「え、そんな冗談じゃないわよ、わたしは……」

「それが答えさ」

「あ……」

 我夢の完全勝利であった。

 まったくもって、才人もルイズも、自分たちとほんの三、四歳くらいしか違わないのに、知力でも、そして人生観でも「かなわないなあ」と、我夢をすごく思うのと同時に、自分たちがまだまだ子供なんだなと痛感した。

 やがて我夢はなにが映っているのか、二人から見てさっぱりわからないパソコンの画面に向かっていくつかの入力をしているようであったが、最後に軽くEnterキーをはじくと、椅子から立ち上がった。

「さて、じゃあ行こうか」

「え、どこへ?」

「格納庫だよ、必要なものはそこに置いてあるから、ここじゃあ無理なんだ。それに、君たちがここに落ちてきたのも格納庫だから、その時空の歪みが残っていたら、元の時間に戻りやすいからね」

「じ、じゃあ今までやってたのは?」

「ん、ああ、エリアルベースの警備システムに侵入して、ちょっとした細工をね。また映されたら面倒だから、君たちが映らないようにしておいたよ」

 才人は完璧に絶句した。これほどの基地のコンピュータとなったら、どれほど厳しいセキュリティがあるか想像もつかないというのに、まるで隣に遊びに行くように簡単にやってしまうとは。GUYSでも彼ほどの人間はまずいないだろう。

「我夢さん、あなたいったい何者なんですか?」

「ただのXIGの一隊員さ、それよりも、この仕掛けは十分しか持たないし、ベース内が朝食時で人がいなくなるのは今しかないから、さあ急ごう」

 せかされて、とにかく才人とルイズは我夢について部屋から出ていった。

 二人は、我夢がこのエリアルベースを空中に浮かせているシステム、『リパルサー・リフト』の理論を確立し、XIGの誕生に大きく貢献した天才であるとは知らない。

 

 そして、一時的に人のいなくなった通路を小走りで駆け抜けて、我夢に連れられた二人は格納庫の一角に定置してあった、側面に縦に大きな円盤のついた大きな機械のそばにやってきた。

「我夢さん、これは?」

「時空移動メカ、『アドベンチャー』二号機、これを使って君たちを元の時空に帰す」

「じ、時空移動メカ!? すげえ」

 すごいなどというものではなく、時空移動装置など才人の世界の地球ですら夢物語にすぎない。それでも、二人にとっての希望の象徴がそこにあった。

 だが、近くによってよく見ると、才人は愕然とした。

「が、我夢さん、これって!」

「うん、未完成なんだ」

 なんと、アドベンチャーはぱっと見ではできあがっていたが、内装はほとんどまだがらんどうで、とてもではないが飛べるようには見えなかったのだ。

「ちょっと前に一号機を壊しちゃってね。改良型を作ってるんだけど、おかげですっかり計画が縮小されちゃって、僕が一人で組み立ててるんだ」

 思い出にひたるように語る我夢に、二人とも完全に唖然となった。こんな未完成品でどうしろというのか、元の世界に帰してくれるというのは嘘だったのか?

 しかし我夢は胴体の下に潜り込むと、機械部分を空けてドライバーで部品を外し始めた。

「この機体はまだ飛べないけど、行って帰ることを考えないならメインのシステムだけを取り外して使えば充分だよ」

「なるほど……あ、でも行って帰ることを考えないっていうなら、おれたちがそれを持って行ったら、我夢さんが困るんじゃあ」

「いいさ、機械はまた作ればいいけど、君たちには今これが必要なんだ」

 なんのためらいもない我夢に、二人は頼りっぱなしなことを情けなく思った。しかし我夢は気にした様子どころか、むしろありがたそうに二人に笑いかけた。

「いや、礼を言うのは僕のほうさ、君たちのおかげで、これから起こる事態をあらかじめ知ることができた」

 そう、才人たちはさきほどの話の中で、このエリアルベースが六、七時間後に壊滅するということも伝えていたのだ。むろん、それで我夢がショックを受けるのではと思ったが、意外にも我夢はあまり気にした様子もなかったので、ルイズは思い切って聞いてみた。

「あの、ガムさん? あなた、怖くないんですか? 目の前に最後が迫ってるってのに」

「最後になんてならないさ、僕がいるからね」

 手を機械油で汚しながら、ドライバーやメガネレンチを使う我夢は落ち着いた様子で、もうそうなることはないと自信を持って答えた。

「だけど、現にわたしたちの見た未来では……」

 二人の脳裏に、墜落して残骸となったエリアルベースの無残な姿が蘇ってくる。いったいどうしたのかは詳しいことまではわからないけれど、あの未来ではおそらくこの基地の人間は全員……なのにどうしてそんなに落ち着いていられるのかと二人が問うと、パーツを外して出てきた我夢は、作業テーブルの上に置いてあった計量用のビーカーを手に取って。

「才人くん、シュレディンガーの猫って知ってるかい?」

 才人が首を振ると、我夢はビーカーを手の中で回しながら、ゆっくりと説明を始めた。

「量子力学では、有名な理論の一つだけどね。簡単に言えば、密閉された箱の中に一匹の猫と、毒エサを入れて一時間ほど放置しておいたら、一時間後に猫は毒を食べて死んでいるか、それとも食べずに生き残っているか、空けてみるまではわからない。つまり、確率論的には、箱の中では猫は死んでいるし、同時に生きているとも言える。けど、現実にたどりつく未来は一つだ」

 一句一句、ゆっくりと語った我夢は、二人がとりあえずそうした、猫が死んでいて、かつ生きているといったパラドックスがあるということをどうにか理解したのを、理知的にうなずくルイズと頭髪をかき回しながらしぶい顔をしている才人を見て確認すると、ビーカーを目の前でかざして見せた。

「じゃあ、このビーカーだけど、これを床に落としたらどうなると思う?」

 二人は、もろそうなビーカーと、ゴムが敷かれた床を見比べて、それぞれの答えを出した。

「割れる」

「割れない」

「そう、つまりこのビーカーの未来は、割れていて、かつ割れていないという、落としてみないとわからない不確定なことになる。だけど……」

 我夢はビーカーを握っていた手を離した。すると、ビーカーは重力に引かれて9.8m/sで加速していき、二人の視線は急速に距離を縮めていくビーカーと床に集中して……

「んなっ!」

「ええっ!?」

 二人の期待は、右斜め上の方向で裏切られた。

 ビーカーは床の寸前で我夢に掴みあげられて、そのまま持ち上げられると無事な姿を見られたのだ。

「割れなかったろ」

「そ、そりゃ割れるはずないでしょうが!」

「ずるい、そんなのないわよ」

 得意げに言う我夢に、才人もルイズもそんなの反則だと口々に抗議するのだが、我夢は二人に言うだけ言わせると、真面目な表情で語った。

「そう、割れるはずがないよね。けど、そのままだったらこのビーカーの未来は1/2の確率で運命にゆだねられていたけど、僕の手という意思が加わることによって、割れない方向に定まったんだ」

「あっ……」

 そこで二人は我夢の言おうとしていることを理解した。

「つまり、未来は意思によって変えられる。そういうことですね?」

「ああ、決まった未来なんてあるはずがない。この時間軸は、間違いなく君たちの来たエリアルベース崩壊の時間軸には流れなくなる。いいや、僕がきっとそうしてみせる」

 我夢の声に、その意思を確かに感じた二人は、これ以上のおせっかいは不要だと悟った。

「わかりました。けど、時空怪獣は手ごわい相手です。気をつけてください」

「頑張るよ。さて、あまり時間がない。こっちに来てくれ」

 我夢は取り外した一抱えほどある時空移動システムにバッテリーをつなぐと、機能の微調整をしてスイッチを入れた。すると、システムが格納庫に残っていたわずかな時空の歪みを検知して、一角の空間が渦巻くように歪んでいく。我夢の説明によれば、歪みが最大になったときに近くのものもまとめてジャンプするとのことだったので、二人は時空移動装置の前に立ってそのときを待ちながら、我夢に最後の別れを告げた。

「あの我夢さん、本当にいろいろとありがとうございました!」

「あ、ありがとう、このご恩は忘れませんわ!」

「いいよ、むしろお礼を言うのは僕のほうさ。無事に帰れたら、君たちも頑張れよ」

 手を振って見送りながら、我夢は二人の姿が時空のかなたに消えていくまで見つめていた。

 なのだが、ここで我夢にも思いがけないアクシデントが起こった。才人たちと会っていたために、我夢は気づいていなかったもう一組の異世界からの闖入者が、またもや見つかって追いかけられてきたのだ。

「北田、そっちに行ったぞ! 逃がすな」

「くそっ、つかまってたまるかよ」

 よく知った声と、聞きなれない声が、偶然であるのかこっちのほうに近づいてくる。まずいことに、時空の渦はまだ残っていて、うかつに近づけば吸い込まれてしまうかもしれない。

「まずい、こっちに来ないでください!」

 我夢は慌てて、やってきたGUYSの三人に向かって叫んだが、向こうも追われれば逃げるというふうに全速力で来たために、もろに時空の渦に突っ込んでしまった。

 最初に飛び込んだリュウと、続いてテッペイが思わぬおこぼれに預かって彼らも来た時間へ戻っていく。けれどミライだけは時空間の手前で立ち止まって、我夢と視線を合わせていた。

「君は……」

「あなたは、あのときの……」

 我夢は、会ったことのないはずのミライの姿に、なぜか不思議な懐かしさを感じた。だが、時空間の入り口が閉じかけているのを見ると、反射的にそれを指差していた。

「急いで!」

「はい、ありがとうございます」

 律儀に礼を言ってミライの姿も時空間に消えていき、一瞬後に入り口は時空移動システムもろとも、この世界から完全に消滅した。

「行っちゃったか」

 元の時間軸に戻れたかどうかは我夢にも確かめようもなかったけれど、なぜか彼らであれば、どんな困難が待っていようとも乗り切っていくことができるだろうと、根拠はないが不思議な確信があった。

「おい我夢、今ここに来た奴ら、どこに行った?」

 振り返ると、そこには彼の仲間たちが息を切らせた様子で立っていた。

「どうしたんです? チーム・ライトニングにチーム・ハーキュリーズがおそろいで」

「ここに来た不審者だよ。追い詰めたと思ったのに、お前隠してないだろうな?」

「まさか、僕はアドベンチャーをいじってただけです。おかしいと思うなら、どこでも探してみてください」

 もう、なにをしようと彼らが見つかることはありっこないので、余裕たっぷりの我夢の態度に、皆しぶしぶながら納得して去っていった。

 

 そして、時間はA.M8:00、エリアルベースに警報が鳴り響く。

 

”エリアルベース近辺の空間にエネルギー体の反応をキャッチ、チーム・ファルコン、ファイターEX、スタンバイ”

 

「来たな、歴史を思うとおりにはさせないぞ、エリアルベースは必ず守る」

 決意を新たに、我夢は自分の専用機であるファイターEX機に向けて走り出した。

 

 

 そして我夢の思いを受けて、才人とルイズも渦巻く時空の波を超えて、ようやく三次元空間へと復帰していた。

「ここは、元の時間か?」

 周りの景色は格納庫のものから、元来た荒廃した廃墟と、裂けた外壁から見える荒涼とした砂漠のものとなっていた。我夢の作り出したアドベンチャーの時空移動システムは見事に時空を超えて二人を送り返してくれたのだ。

「すげえな! ほんとに戻ってきたんだ」

 万歳三唱しかねない勢いで、才人は我夢は本当に天才なんだなと素直に賞賛と尊敬を表した。ただし、過信だけは禁物と念のために懐中時計を覗き込んでいたルイズは、重くぽつりとつぶやいた。

「喜ぶのは早いみたいよ。これを見なさい」

「え、これは!?」

「そう、13:34、元の時間より二時間ほど前だわ」

 じゃあ、失敗したのかと才人の心に焦りが浮かんだときだった。二人の耳に、引き裂くようなあの鳴き声が聞こえてきて、とっさに外壁の穴から飛び出して空を見上げたとき、そこにはあの黒雲のような時空間への入り口が開き、そして。

「あれは!」

 エアロヴァイパーがそこから現れて、このエリアルベースの残骸へとまっさかさまに急降下してきた。

「時空怪獣……そうか、あいつが時空を歪めていたから元の時間に戻り切れなかったんだ」

「それよりも、あいつがまだ生きてるってことは、やはり未来は……」

 

 変えられなかったのか?

 

 我夢や、エリアルベースの人々のことを思い浮かべて二人はぞっとした。

「未来は変えられるって、やっぱり無理だったのかよ」

 どうせ戻れないのならば、無理にでも残って戦っていればよかった。そうすればわずかでも犠牲を減らせたかもしれない。しかし、苦悩する才人を叱り付けるようにルイズが言った。

「サイト、悔しがってる場合じゃないわよ。あいつを倒さない限り、わたしたちもこの世界に閉じ込められたまま、それじゃわたしたちの世界も守れないわ」

 見上げた彼女の目には、過去を悔やむ気持ちはなく、がむしゃらでもひたすら前へ進む意思が宿っていた。

「行くわよ、意思が未来を決めるって、彼も言っていたでしょう。人の知らないところで決められた運命やなんだで、わたしの未来を指図されるなんて冗談じゃないわ」

 その目は何度も見てきたルイズならではの、彼女の人生そのものといえる光を宿した目だった。彼女は才人と会う前から、いくら魔法を使えない無能・ゼロとさげすまれてもいつかは使えるようになるとあきらめず、結果として才人を呼び出し、出会って以後も人が止めるのも聞かずにベロクロンやホタルンガ、メカギラスにも単身向かっていったりと、後先考えずどんな結果が待っていようと負けず嫌いに立ち向かっていった。

 言い換えれば、売られたけんかは買わねば気がすまないやっかいな性格だともいえる。しかし、周りに流されずに、良いことも悪いこともすべて自分で選択してきた生き様は、現代日本で普通の高校生としてテストや進学に流され続けてきた才人にはとてもまぶしく、そしてそのがむしゃらなまでに誇り高さを貫くところが好きだった。

「そうだな、こうなったら弔い合戦だ!」

 我夢のためにも、元の世界に戻るためにもここで気落ちしているわけにはいかない。第一下手に落ち込むとルイズにきつい気付け薬をプレゼントされてしまうので、その点は断じて避けたい。

 だが、そうして二人がエアロヴァイパーを見上げたとき、突然エースが心の中から話しかけてきた。

(待て、この世界の歴史はまだ定まっていない)

「え? どういうことよ、もうここは……」

(いや、私にはわかる……この世界を守る者は、まだ滅んでいない、見ろ!)

 その瞬間、舞い降りてくるエアロヴァイパーを迎え撃つかのように、空へと舞い上がっていく四機の翼が轟音とともに、彼らの視界に飛び込んできた。

「あれは、ファイター! ということは、我夢さんもあれに」

 そう、それはXIGの主力戦闘機XIGファイターSSとファイターSGの三機と、我夢専用のファイターEXの雄姿。証拠はないが、不思議な直感によって二人は飛び上がっていく編隊に我夢がいると確信し、見事にそれは的中していた。

 

 あの後、二人を見送った後の我夢はエリアルベース近辺に現れたエネルギー体に潜んでいたエアロヴァイパーと戦うために、自らファイターEX機で参戦した。そして才人たちと同じように崩壊したエリアルベースの未来で、様々な形をとった未来と対面していったが、最後にこの時間帯で決着をつけるために現れたエアロヴァイパーを迎え撃ち、未来を変えるために飛び立ったのだ。

 

「頑張れーっ! いけー!」

「撃ち落しちゃいなさーい!」

 本当に、我夢がいるという確証はないのに、二人は疑いもなく声援を送った。

 だが、いったいそこまで根拠のない確信を持たせ、それが的中した理由はなんなのだろうか? それは、二人ではなく、二人と同化しているエース、北斗星司の記憶にあった。

 

”オッス! おれ? 僕ら一番最後?”

 

 どこかのレストランで、ハヤタや郷たち兄弟といっしょに、先にやってきていた我夢たちと仲良く話すビジョンが、一瞬エースの脳裏に浮かんだ。

(なぜだろう、俺はあの我夢という青年にどこかで会った気がする。しかも、ずいぶん親しくしていたような)

 そんなことはないはずなのに、記憶のどこかからとても親しげな感情が浮かんでくる。そしておぼろげに見える自分以外のウルトラマンたちの影、共に超巨大な怪獣に立ち向かう、見慣れたセブンやジャック兄さんたちとメビウス……そして……

 

 エース・北斗は、これが我夢の言った、別の世界の自分との記憶のリンクなのかと思い戸惑う。また同時に、この時間帯のエリアルベースの反対側に飛ばされてきた、その答えを唯一知るメビウス・ミライは、数奇なめぐり合わせに運命の皮肉を感じていた。

「また会いましたね、別の世界の兄弟たち……」

 

 運命の糸が絡み合い、数々の思いが交差するこの時空間の中で、思いの答えを見つける暇もないままで戦いは始まっていく。

 

 急降下するエアロヴァイパーと、同じ角度で上昇していくファイターチーム。先手をとったのはファイターチームで、三機連携のとれたレーザービームが赤い光となってエアロヴァイパーに吸い込まれていく。だが、命中直前にエアロヴァイパーの角が光ると、奴の姿が掻き消えてレーザーは何もない空間をむなしく通りすぎていった。

「タイムワープだ!」

 才人、ミライ、そして機上の我夢が同時に叫んだとおり、奴は時間移動能力を戦闘に利用していた。つまり攻撃が当たる直前に過去か未来に退避してしまい、こちらから見たら瞬間移動したかのようにファイターEX機の頭上に出現すると、口から吐く火球弾でEX機を被弾、戦線離脱させてしまった。

「我夢さん!」

 薄く煙を吐きながら降下していくEXを見送りながら、彼の仲間の三機のファイターはなおもエアロヴァイパーへと攻撃を仕掛けていく。その空中機動はもとより怪獣に真正面から向かっていく恐ろしいばかりの闘志は、ミライと共に戦いを見守っていたリュウをも感嘆とさせたほどだが、まるで避ける気配すらなく正面から突撃していく姿には、闘志以上のものを感じさせた。

「まさか、体当たりするつもりか!?」

 確かに、レーザーでもさして効果のないエアロヴァイパーを倒すならば航空機のありったけの弾薬と燃料とともに、自らを巨大なミサイルに変えての特攻しかないかもしれないが、それでは搭乗者は確実に生きては帰れない。

「だめだ!」

 いくら勝つためとはいえ、それはやってはいけないことだ。才人たちもミライたちもやめるんだと絶叫するが、エアロヴァイパーとファイターの距離は近づき、もはや地上からでは何をやっても間に合わない。

 

 だが、あわや衝突かと思われたとき、突如すべての天空を照らさんほどの紅い光が両者のあいだにきらめいた!

 

「この……光は」

 まばゆい光に照らされながらも、二人はそれをまぶしいとは思わずに、むしろ春の陽光にも似た暖かなものと、この光の色に確かな懐かしさを感じていた。

「我夢さん……?」

 

 さらに、満ちた光はCREW GUYSのメンバーたちも照らし出す。

「ミライ、また新しい敵か!?」

「いいえ、あれは味方ですよ」

 光に戸惑うリュウとテッペイに、ミライは穏やかに答えた。

 そうだ、あの光は敵ではない。起源は違えど、それはM78星雲の光の国の戦士たちと同じ正義の光!

 そして光の中から現れた、赤き地球の申し子、その名は!

 

 

「ウルトラマンガイア!!」

 

 

 エースとメビウスの記憶から蘇って、才人とルイズ、ミライの口から飛び出した名を持つ彼こそ、ティガやダイナと同じく異世界の地球を守り抜いてきた、光を受け継ぐ勇者の一人。 

「かっ……こいい!」

 才人ははじめて見るウルトラマンの姿に、まるで子供の頃に戻ったかのように心の底から湧き出た感情をそのまま叫んだ。宙に浮かんで怪獣を睨みつけているウルトラマンガイアの姿は、ウルトラ兄弟との誰とも違うが、その勇壮かつ守るべきもののために戦う闘志を漂わせた勇姿は、紛れもなく彼が幼い頃から憧れ続けてきたウルトラマンそのものだった。

 

(そうか、なんとなく感じていた既視感の原因はこれだったのか)

 ガイアの姿を見た瞬間、エース・北斗の脳裏にもメビウスと同じビジョンが生まれていた。我夢の語った、別の世界の自分との精神のリンク、並行宇宙でガイアとともに戦ったもう一人のエースの記憶が、こうして再び彼らを引き合わせてくれたのだ。

 

 

 だが、ガイアの戦いの開始を見届ける前に、再び時空の歪みが彼らを襲った。

「くそっ、こんなときに」

 ガイアとエアロヴァイパーが激突しようとしている風景が歪みの中へと消えていくのを、彼らは無念の思いで耐えるしかできず、お互いがすぐ近くにいたのにも関わらず、才人たちとミライたちは別々の時空の支流へと流されていった。

 しかし、時空間が歪曲を続けて、今度はいったいいつの時間かと覚悟して飛び出してみると、そこは見慣れたあの街の風景だったのだ。

「ここは!」

「トリスタニア……」

 なんと、夜の帳に包まれてはいるが、そこは皆と共に旅立ってきたトリスタニアの街そのもの。いや、街並みは確かにトリスタニアではあるが、建物はあちこち崩れ落ちて一軒の明かりもなく、高台に見えるトリステイン王宮も半壊して、月の光に不気味に照らされるその下に生きた人間の姿はどこにもない、街全体が完全な廃墟と化していたのである。

「どういうことだ!? なんでトリスタニアが滅んでるんだよ」

「これは……まさか!」

 無音の地獄と化した街は、二人に何も応えなかったが、ルイズの持っていた懐中時計の日付がすべてを教えてくれた。そこには、信じられない数字が示されていたのだ。

「ウィンの月の二十一日……ここは、四ヶ月後の未来よ! しかも、この徹底した街の破壊ぶりは戦争によるものとしか考えられない。ということは、ここはアルビオンを止められずに、すべてが終わってしまった未来」

「じゃあ、おれたちはこのまま戻れないっていうのかよ!」

「いいえ、運命は自分の意思で切り開くもの……こんな未来を見せて、わたしたちの心を折ろうとしたって無駄よ、出てきなさい!」

 ルイズが空に向かって怒鳴った瞬間、空が歪んで出現したワームホールから巨大な青い岩のような物体が、廃墟の中へと降下してきた。

「どうもおかしいと思ってたけど、これで合点がいったわ」

「どういうことだ?」

「わたしたちは見られていたのよ。この未来へ続く道を妨害されたくない何者かによってね。けれど失敗したわね、こんな姑息な方法で心を折れるほど、わたしはあきらめが悪くない」

 見えざる何者かに向かって叫んだルイズの声に呼応したかのように、地上に降り立った岩塊にひびが入り、それがはじけるとともに内部から巨大な頭部と鎌になった両腕を持つ二足歩行型の怪獣が出現した。

「怪獣……そうか、これでおれたちばかりが狙われ続けた訳もわかった」

「ええ、敵の目的は最初からわたしたち、ウルトラマンだったのよ!」

 現れた怪獣、宇宙戦闘獣コッヴは地を踏み鳴らし、長い尾を振り回しながら二人をめがけてまっすぐに進んでくる。その振動が近づいてくるたびに、二人はこれが現実であることと、この戦いが仕組まれたものであるのならば、その邪悪な意図を打ち砕くにはどうすればよいのかを、冷静に判断していた。

「サイト、やることはわかるわよね?」

「ああ、時空怪獣はウルトマンガイアが必ず倒す。おれたちはこいつをぶっ倒して、元の時代へ帰って、歴史を変える」

「正解、じゃあ、わたしたちをなめてくれたことを、そろそろ後悔してもらいましょうか」

 喧嘩を売ってくる相手に対して、ルイズは自らそれ相応の態度で報いなかったことはこれまで一度もなかった。圧力にせよ、脅迫にせよ、理不尽なる服従を求めるものに彼女の誇りが屈することは決してない。今度もその例外ではなく、彼女は、彼女の誇りと志を共に背負ってくれる頼もしいパートナーに手を差し伸べた。

「ウルトラ・ターッチ!」

 光芒輝き、廃墟の街を踏み砕いてウルトラマンAが降り立つ。

 

 

 さらに、ミライたちGUYSもまた別の時空、かつてエンペラ星人と戦ったときのような、闇に覆われて廃墟と化した東京の中で、羊のような巨大な角を持った怪獣と対峙していた。

「リュウさん、行きます!」

「ミライ」

「今わかりました。ジョージさんたちの乗った飛行機が狙われたのも、全部は僕をおびき寄せるための罠だったんです」

「罠だって?」

「ええ、おそらくはこの未来をもたらしたい者が、邪魔となる存在である僕らウルトラマンをおびき出して抹殺するための罠です」

 ミライもまたルイズと同様に、その直感によって、この事件の裏側には明らかな悪意を持った何者かの意思が潜んでいることに気がついていた。

「じゃあ、これはヤプールが仕組んだことなのか」

「それはわかりません。ですが、これが挑戦だというのなら、受けるまでです。地球を、こんな姿にしちゃいけない」

 ミライはリュウとテッペイに向けて強く決意をあらわにすると、怪獣へ向かって数歩歩みだして、左手を胸の前にかざした。すると、ミライの左腕にウルトラの父から与えられた神秘のアイテム、メビウスブレスが現れて、ミライが右手を添えて中央のクリスタルサークルを勢いよく回転させると、ブレスから金色の粉のような光がほとばしり、空へ向かって高く振り上げると同時に叫んだ。

「メビウース!」

 ミライの姿が金色に輝くメビウスリングの中で、ウルトラマンメビウスへと変わって、怪獣の前へとその勇姿を現し、すばやく構えをとる。

 

 

 今、三つの時空間で三人のウルトラマンの戦いが始まろうとしていた。

 

 ウルトラマンガイア 対 時空怪獣エアロヴァイパー

 ウルトラマンA 対 宇宙戦闘獣コッヴ

 ウルトラマンメビウス 対 宇宙雷獣パズズ

 

 それぞれの未来を強き意志によって掴み取るべく、ウルトラマンたちは立ち向かう。

 

 だがそのころ、アルビオンから遥かに離れたハルケギニアの一角で、誰も知らないはずのこの戦いを冷ややかに見守る目があった。

「どうやら、計画も最終段階みたいですね。さて、うまくいきますかね?」

「どうでしょう、破滅の未来のビジョンを見せてあげればおとなしく滅びを受け入れていただけるかもと思ったのですが、皆様なかなか心がお強い。ですが、案ずることはありません。これはまだ、始まりにすぎないのですから」

 大きな宮殿のような建物の中で、澄んだ少年の声と、穏やかで優しげながら機械的で冷たい男性の声が、誰もいない聖堂の一室の中に短く響く。

 

 

 続く


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