第78話
第四の異世界
時空怪獣 エアロヴァイパー 登場!
運命の時、と表現される時間がある。
歴史というものは、絶え間なく流れる時間の記録であるだけに、そのターニングポイントとなる数日、数時間、数分、あるいは数秒が特別なものとして記録されることなどはざらである。
ただし、歴史とはあくまで人間のものである以上、その場所にいた人間の行動が結局は結果を左右する。もしもあのときあの場所に、あの人がいたら、こう行動していたらというIFは、常に後世の人の想像力をかきたててくれる。
さて、今日、この場合のIFの課題は、
『もしもアルビオン内乱の最終時に、トリステイン軍の援軍が間に合わなかったらどうなっていたか?』
もしこのIFが現実となっていたら、大軍を擁するとはいえ統率を欠く王党派は壊滅し、遅れてやってきたトリステイン軍も各個撃破されていたであろうことは、後世の歴史家が等しく認めるところである。
もっとも、現実にはこの通りにはなっていないからIFである。史実では、このときアンリエッタは後世の歴史家の冷笑の対象になるつもりはなく、脱落者が続出するのもかまわずに軍隊を急がせ、とうとうわずか半日の行程でタルブ~サウスゴータ間を踏破することに成功した。
「ここに、ウェールズさまがいらっしゃるのですね」
「はい、信じられない……この距離を本当に一昼夜で踏破してしまった」
アルビオンで生まれ育ったはずのロングビルも、決して平坦なだけではないこの大陸の半分近くを、それでも千以上の兵を保ったまま走りきったことが常識的には信じられなかった。
だがこのとき、場合によってはその努力も水泡に帰していたかもしれなかったのである。
才人たちやロングビルが旅立ってからすぐ後、アルビオン軍の大半は気絶から覚めていたが、洗脳時の記憶の欠落と、状況がわからないことから混乱に陥っていた。しかもそれを収めるには当然ながら司令部からの状況説明と指示が必要であったのに、トップであるウェールズ王子が近来の記憶の大半を欠落させて発見された。
このため将軍や参謀たちもどうすることもできずに、ウェールズを欠いたままの会議も、船頭多くしての言葉どおりに紛糾するだけで何一つ決まらず、しまいには代理指揮官として誰が指揮をとるかということで揉めだしてしまう醜態をも見せた。このままでは同じように混乱するレコン・キスタ軍もあわせて同士討ちということもありえたのだが、激発寸前というところで司令部に怒鳴り込んできた者がいた。
「御免! アルビオン王国皇太子殿、トリステイン王国よりの大使である!!」
衛兵を殴り倒しかねない勢いでアニエスが乱入してきたことにより、混乱していた座はあっけにとられた。彼女はそのまま数十人のいかつい男たちを見渡すと、よく響き渡る声で姓名と階級を名乗り、ウェールズ皇太子にお目通り願いたいむねを伝えた。
もちろん、突然のこの乱入者に対して、「今それどころではない」「たかが一隊長ごときが」「シュヴァリエ程度が来るところではない」「戦場に女がいる場所はないわ」などなどの罵声が飛んだが、そのようなものはトリステイン王宮で聞き飽きたアニエスは息を大きく吸い込むと一喝した。
「私はアンリエッタ王女よりの直接の命で全権を与えられた者である。私への侮辱はトリステインへの侮辱、ひいては宣戦布告として受け取るがよろしかろうな!」
その瞬間、居丈高だった貴族たちがいっせいに口を閉じた。
トリステイン王家の紋章が大きく描かれた書状をかざして見せ、さらにかかる事態が起きた場合には、卿らに責任があるものと報告するがよろしいなと、念を入れて脅しをかけると、貴族たちの喉は凍結してしまった。
彼らのようなタイプの貴族というものは、家名や名誉に傷がつくことを恐れるために、自らが責任をとらされることを何より嫌がるものだ。ということを、アニエスは経験から知っていたのだが、内心では、まったくどこでもこういった輩に違いはないなと、つばを吐き捨てたい欲求にかられていた。
が、そういった貴族の悪弊は別としても、ここにそろった者たちは文官にせよ武官にせよ、王党派をここまで再建させるのに貢献してきた非凡な人材には違いない。多少の問題はあっても、王党派がこの難局を乗り越えることができたときにはアルビオン再建のために必要となることはわかっていたので、アニエスは彼らへの不満に有給休暇を与えて心から追い出すと、ここにいる全員はおろか、陣地全体に響き渡るような声で叫んだ。
「アルビオン皇太子、ウェールズ・テューダー殿! トリステイン王国アンリエッタ王女から直接の親書である。お出ましなされ!!」
それは、シュヴァリエが一国の王子に出て来いと命令した驚くべき光景であったが、貴族たちがその無礼をとがめる怒声をあげる前に、よろめくようにそのウェールズ本人が司令部のテントの幕を上げて入ってきた。
「ウ、ウェールズ様……そのようなお体で、まだ動かれては」
「かまわん、トリステインの大使殿に、王子たるものが寝巻きで会うわけにはゆかんからな」
現れたウェールズは、ほんの三日前にミシェルが会ったときの精悍さはなく、やせた顔にくまを貼り付け、立つのも苦しいというふうに息を切らしていたが、それでも自分の足で立ってここまでやってきた誇りがその目に宿っていた。
「使者殿、遠路ご苦労であったな。見苦しい姿を見せて申し訳ない」
「いえ、わたくしこそ臣下の方々への非礼の数々、どうか平に。それよりも、こちらをごらんください」
アニエスから親書を受け取ったウェールズは一読すると、私のいとこは元気でいるのだな、わざわざ使者をよこしてくれるとは優しい子だと懐かしそうにつぶやいた。
「トリステインは、我らに対してあらゆる協力を惜しまぬと言ってきている。ありがたい話だが、私は……」
ウェールズは、アンリエッタからの書状ということで一時的に気を持ち直したようであったが、やはり数ヶ月分の記憶欠落という精神的ショックは大きく、自分自身を信じられないようになっていた。
「卿らには信じられないだろうが、私がつい先程目を覚ましてみると、いきなり何ヶ月もの時間が過ぎていた。しかもその間、王党派は奇跡のような勢いで勝利を重ねていったというが、私にはそんな記憶はないのだ。いったい、私が意識を失っているあいだに私の体を動かしていたものはなんなのか。それどころか、今ここにこうしている私は本物なのか、それすらもわからないのだ」
円盤生物ノーバによって、父王が死んだときに生まれたレコン・キスタへの憎しみを利用されてコントロールされていた記憶がないのは、彼にとっておそらく幸福であるのだろう。しかし自己喪失に加えて、いきなり王党派壊滅の危機に直面させられて、彼の精神は回復する暇すら無くすり減らされかけていた。
だが、そのすべてをすでに知ることになっていたアニエスは、いっそ残酷ともいえる口調で彼の迷いの霧に冷風を吹き込んだ。
「殿下、殿下が過去を失ったというのは事実でありましょう。ですが、ご記憶にない殿下もまた、間違いなく殿下であったことでしょう」
「どういうことかね?」
「人は、必ずしも自分自身をすべて知っているわけではありません。怒りや憎しみ、悲しみにとらわれたとき、人は己を失います。それは思い返してみれば、自分だとは認めたくないことでしょうが、紛れもなく自分自身のもう一つの姿なのです」
「……まるで、酒に酔って暴れた暴漢のようだな」
「そのとおりです。が、酔いが覚めた後に、暴れたことを酒のせいにするか、それとも醜行もまた自分自身のしたことだと認めるかの違いはあります。殿下は、いやアルビオンは今酔いから覚めました。これから、覚めた頭でなにをするのかは、殿下と、ここに集まった皆様次第です」
ウェールズは、押し黙って考えた。これからなすべきことは何か、アルビオン皇太子として、やるべきこと、できることはなんなのか。
「考えるまでもない、我らの悲願はアルビオン王国再興。その意志は、ここにいる全員のものであろう」
全員がうなずくのを見ると、アニエスは場合によっては無礼討ちにされても文句は言えないが、どうしても確認しておかねばならないことを聞いた。
「ですが、レコン・キスタもまた、この国を統一したい意志は同じでしょう。失礼ながら、殿下に彼らと存在を異にする理念がおありなら、お教え願いたく存じます」
もしここで王家の血筋や伝統などと口にするようなら、所詮その程度の小さい男とアンリエッタには報告するつもりであった。だが、臣下たちが無礼な奴よと激昂する中で、ウェールズはやせた喉からはっきりと明瞭な声でその問いに答えた。
「レコン・キスタには、ハルケギニアを統一して聖地を奪回するという理想があるが、我々には無い、それが違いだ。ブリミル教徒としては、むろん彼らのほうが正しいのであろうが、彼らは民草のことを考えぬ。目的のためなら何百万という躯がこの地に並ぼうとも理想のためにと恥ずかしげもなく言い逃れるだろう。我らは、いや私は彼らの理想を許すわけにはいかぬ。私は、この国のために理念がないことを理念としたいと思う」
アニエスは周囲の雑音にはかまわずに、ウェールズの言葉を一言一句残さず聞き取った。大義名分としてはレコン・キスタのほうが明らかな正当性を持つであろうが、あえてその正当性を否定しようとするウェールズの、その心の奥底にまだ理性の光が残っていることを感じた。
なぜなら、現実では正しい論理から良い結果が生まれるとは限らずに、むしろ何人も反論できない正当性を有する意見のほうが往々にして悪用されることが多いことを、多くの詭弁家の貴族を相手にしてきたアニエスは知っていたのだ。
彼女は、ウェールズをとりあえずは捨てたものではないという評価に落ち着けると、内心に温存しておいた切り札を暴露してみせた。
「民草を第一に思いやる殿下の御心、感服いたしました。あなた様こそ、この地を治めるにふさわしきお方。実は、ここに来る直前に事態を知りましたわたくしは、使いの者をトリステインへ帰しておきました。使者が到着次第、出撃態勢にあったトリステイン軍は、すぐにもここへ駆けつけてくるでしょう」
トリステインから援軍が来ると聞き、場に一気に歓喜の波が通り過ぎた。むろん、これは無線機や伝書鳩があるわけではないし、この時点ではまだロングビルはタルブに到着していないので、アニエスの一世一代のハッタリであったが、その破壊力は絶大であった。
人間というものは現金なもので、都合のいい流れになると喜んでそれに乗ろうとする。この場合は、それが彼らの心の中にあった離反、造反といった打算を吹き飛ばす結果を生んだ。
「アンリエッタは、そこまで私のために」
「そうです、あの方は必要なときに必要な努力を怠りません。殿下、あなたはどうなされますか?」
「……どうやら、私の眠っているうちにずいぶん世界は変わってしまったようだな。ならば、私も目やにのついた顔で出迎えるわけにはいかないか」
それから、わずかに精悍さを取り戻した笑みを浮かべたウェールズは臣下たちを叱咤して、軍の再編を図り始めた。それはとぼしいエネルギーをやりくりしての、再編というより瓦解をかろうじて防いでいるといったものであったが、アニエスもともすれば不遜な考えを持とうとする貴族を怒鳴りつけながら、ついにトリステイン軍の到着まで持ちこたえることに成功した。
「アンリエッタ、まさか君自身が来てくれるとは」
「ウェールズさま、ご無事でなによりです」
トリステイン軍来る! という報はすぐさま全軍を駆け巡り、動揺していたアルビオン軍の士気を爆発的に高めた。アンリエッタは到着した早々に自軍の兵の半数をアルビオン軍全体に散会させ、援軍の情報を大々的に宣伝したのだ。それによって、武装解除されていたレコン・キスタ兵も、元々は勝ち馬に着きたがる傭兵ばかりであるから、形勢が変わったと見るやすぐさま王党派への帰順を要望してきた。
これで、王党派軍は数字上では総勢二十万人にまで膨れ上がったことになる。ただし、アンリエッタはウェールズに、それらには多数の非戦闘員や、または場合によってすぐさま敵になりかねない危険分子も混じっていると告げ、平民はその場で、レコン・キスタの傭兵たちは武器を取り上げさせた状態で、どちらにも金子と食料を与えて解散させた。
「どうにも、残った兵力が七万になっては、さびしいものだな」
「いいえ、彼らには戦場で戦うよりも、もっと重大な役割がありますわ」
兵力の減少を単に残念がるウェールズと違って、アンリエッタには各地へ散った十三万人の人間に大きな期待をしていた。それは、マザリーニから教わった政治戦略の一つ、「平民一人には国を動かす力はありませんが、町一つの平民に流れる噂話は、一国を動かす力を持つことがある」
風聞、噂というものは、昔から人間を大きく動かしてきた。
古今東西の歴史を紐解いても、企んでもいない反乱の噂が流れたことによって王に疑われて取り潰された大名や、反対に無名の人間が一夜にして英雄に祭り上げられた例などは枚挙にいとまがない。
アンリエッタが狙ったのは、国中に散った十三万人の口から、トリステイン軍が援軍が来て、もはや王党派の勝利はゆるぎないとアルビオンの全国民に知らしめ、その協力を得ると共にレコン・キスタを四面楚歌に追い込み、自壊を招かせることだった。むろん、ヤプールの傀儡であるクロムウェルには効かないだろうが、その他のレコン・キスタの人間には大いに効果が期待できる。
その策をアンリエッタから聞かされたウェールズは、驚愕に目を見開いて、かつておしとやかで世間知らずそうであった従妹姫が、いまや冷断ともいえる鋭い視線を放っているのを見ていた。
「君は、ぼくと違って随分成長したようだね」
「自分の国が、目の前で滅んでいき、何十万の絶望と怨嗟の声を聞けば、変われない人間などいませんわ。ただ、わたくしには支えてくれる人がそばにいただけです」
今でもアンリエッタの脳裏から離れない、燃え尽きていくトリスタニアと虫けらのように殺されている人々の姿。それらを目の当たりにしながらも、逃げることのできない王族という立場が、否応なく彼女に成長を強いていた。
ただ、それだけではウェールズと同じだが、彼女には幼い頃に身をもって味わわされた、自らの判断一つで大事なものが死にゆくということになるという経験があった。そしてそれから来る義務感と、骨身を削って仕えてくれるマザリーニがいたし、唯一の親友がいつもどこかで見守ってくれているという思いが心の支えになっていた。
「ルイズ、あなたも今どこかで戦っているのですね。あなたに恥ずかしくないように、わたくしも精一杯がんばっていますよ」
遠い空の親友にエールを送ると、アンリエッタはまだまだやるべきことはいくらでも残っていると、ウェールズを支えながら政務に戻った。
だが、アルビオンを救うために旅立ったはずのルイズたちは、予想外のアクシデントでまったくそれどころではない事態に巻き込まれていたのである。
エアロヴァイパーを追ってやってきたどこかの時空で、大破した巨大な要塞のような建物を目にした才人とルイズは、ゼロ戦を置いてその建物の内部に足を踏み入れていたが、内部の様相に息を呑んでいた。
「この建物は、地球のものなのか……?」
そこは壊れているとはいえ、ハルケギニアのような中世的なイメージはまったくなかった。壁や床の材質は金属やプラスチックで作られ、破れた壁面からむき出しになった配電盤がショートしてスパークしている様子は、かなり控えめに言って警察署、ストレートに表現すればSF映画の宇宙戦艦の中のようである。現実的には、雑誌で見たGUYS基地の中のような、軍事基地めいた設備やごつい隔壁、さらには入れなくなった場所も多かったが、あちこちに英語や日本語でフロアの階数や案内などが書かれており、さらにそれらの標識からここが元はなんと呼ばれていたのかも知ることができた。
「エリアルベース……それが、ここの名前か」
才人にも聞いたことはない名前だったが、しっかりと備品にカタカナでそう書かれているのだから、ここは地球の施設であることだけは間違いない。
「チキュウって、サイトの来た世界のこと?」
「ああ、てことはここは地球なのか……それとも、この建物もゼロ戦とかみたいに時空間に飲み込まれたものなのか」
先の飛行機の墓場に続いて、思いもかけない地球との邂逅に才人の精神は高揚のきわみにあったが、生きているものの気配すらないこの場所の雰囲気に、ルイズは寒気を感じていた。
「それにしても、ひどい壊れようね。これじゃ人がいたとしても、到底……いったい何があったのかしら」
ルイズにとっては才人が始めて学院や王宮に足を踏み入れたときと同じ、未知の世界の建物の中だ。極論すれば現実感のないダンジョンを歩いているような感覚であったが、薄く煙を上げている破壊状況を見れば、ごくごく最近のあいだにここが破壊されたのはなんとなくわかった。まるで大地震にあった……いや、そんな表現は生ぬるく、戦争のあとのような徹底した破壊状況だった。
「あの怪獣に破壊されたのかな?」
いろいろ考えてみたが、やはり一番自分を説得させえる妥当なところに落ち着いた。元が何の施設だったのか、素人の二人にわかりようもないところではあったが、怪獣の攻撃を受けたらなんであってもひとたまりもなかったであろう。
「行き止まりか、さっきのところを左に行ってみるか」
「ねえサイト、探検もいいけど、それよりも帰ることを考えない?」
そう指摘されると才人はうーんと考え込んだ。地球にからんでいそうなことだったので、無意識に奥までやってきていた。だが落ち着いて考えてみれば、アルビオンに行くことのほうが大事だったはずだ。
怪獣は時空間内で見た謎の戦闘機隊と戦っているのか、この空間に現れる気配は今のところない。だったらタバサの言っていたとおりに無理に戦わずに逃げ帰るのも手かもしれない。
「そうだな、あの怪獣も出てこないし、今のうちに帰っちまうのも手か。そういえば今何時だ?」
時間を問われて、ルイズは懐中時計をポケットから取り出した。それは、全体が銀で作られて、蓋に小さなエメラルドがはめ込まれた、ガリアの魔法職人の一品物で、時刻のほかに月や日にち、曜日なども表示する機能もある。電池の代わりに土石で歯車を動かし、二、三年ほどの寿命を持つ、地球で言えばスイスの機械時計とクォーツを足して二で割ったような、ルイズ自慢の高級品だった。
「15:21よ。って、もうずいぶん経ってるじゃないの!」
「ほんとだ、やべえ、早く行かないと間に合わなくなる!」
もちろん彼らはすでにアルビオン艦隊が出撃してしまったのを知るよしもないが、こんなところで寄り道をしている場合ではないのも確かだ。
オーバーヒートしたゼロ戦のエンジンも、冷えればまたなんとかかかるかもしれない。万一だめだったら、最後の手段で変身して飛んでいけばいい。とにかく、外へ出ることが先決だと二人は踵を返して走り出そうとしたのだが、その瞬間不可解な無重力感に襲われて、下を見下ろすと、なんと床がなくなってぽっかりと黒い穴が空いていた。
「え?」
「は?」
実は痛んでいた床が、とうとう二人の重さに耐えられずに一気に抜けてしまったのだった。慣性の法則で、一瞬だけ空中に静止することになった二人は顔を見合わせると、落ち始めた瞬間にせーのでお決まりのセリフを叫んだ。
「あーれーっ!?」
異世界でも重力には逆らえずに、才人とルイズは階下へと墜落していった。
だがそのとき、二人のこの悲鳴を聞きつけていた者がいたのである。
「リュウさん、人の声が!」
そう、ここをはさんで反対側に着陸していたガンフェニックスからリュウ、ミライ、テッペイのGUYSの三人も、調査に来ていたのだった。
彼らは才人たち同様に、この基地の破損状況から生存者を絶望視していたが、ミライのウルトラマンとしての超聴力が、離れた場所の二人の悲鳴を聞きつけたのだ。
「まさか、生存者が!?」
そうであれば、ここでなにがあったのか聞き出すこともできるだろうと、三人は急いで駆けつけた。だが直後にむなしく空いた床の穴を見てため息をついた。
「こりゃ深いな……おーい、誰かいるかぁーっ!」
リュウの叫びに返事はなかった。ミライは降りて助けに行こうと言ったが、エレベーターは止まっているし、階段は埋もれているので容易には動けそうもなかった。
もし、ここで床板がもう少し根性を見せて崩落しなければ、彼らはここでそれまでの疑問を一気に氷解させる答えを得れていたであろう。しかし運命は気まぐれで、そんな重要な瞬間を逃してしまったことを、彼らはここで知ることはできなかった。
「仕方がない、別な道を探そう。テッペイ、この施設についてなにかわかったか?」
歩きながら調査分析を続けていたテッペイはそう尋ねられて、首をひねりながら答えた。
「破損が激しすぎて詳しくはわかりませんが、フェニックスネストのように何かしらの軍事目的で作られた基地には間違いないと思います。コンピュータールームのようなところがあれば、端末から情報を引き出せるんですが、それよりも気になっていることがあるんです」
「なんだ?」
「時計を見てください。僕らが、時空間に突入した時刻は、確か13:00でした。それから飛行と戦闘に費やしたのが、おおよそ三〇分としても、今の時間は」
「15:25? 二時間近くも進んでる。ミライ、お前の時計は?」
「同じ時間を指してます。三人いっしょに時計が壊れたんでしょうか?」
「それは確率的に言ってもありえないよミライくん。もしかしてと思うけど、ここは四次元的に超越した、時間軸までもが歪んだ場所なのかもしれない」
テッペイは、君のお兄さんが経験したことなんだけどねと前置きして、ドキュメントTACに記録されたタイム超獣ダイダラホーシの事例を話した。現代と奈良時代を自在に行き来してTACを翻弄したやっかいな超獣、それにミライ自身も、かつて時間怪獣クロノームによってマリナといっしょに過去に飛ばされたことがある。
タイムスリップはいまだ人類が実用化し得ない技術だが、あのドラゴンのような怪獣が、それらの怪獣と同じような能力を持っていたとしたら……
「実際、どうなるっていうんだ?」
寒気を覚えてきたリュウは、息を呑んで尋ねた。
「これは推測なんですが、いかなる時間軸にも行けるということは、それを最大限に活かせば、理論上どんなパラレルワールドにも行けるということになります」
「うーん、もっとわかりやすく頼む」
「そうですね。小さなものなら、リュウさんが昨日の夕食にカレーを食べた世界と、ラーメンを食べた世界の違いくらい些細なものですが、これがもし、ウルトラマンのいない世界や、地球が滅びた世界に行けるとしたらどうします?」
それは、実質的に万能ということになる。そこまでしなくても、不利な未来をあらかじめ知って回避したり、悪用する手段はいくらでもある。
が、そこまで思い至ったとき、彼らは突然目の前の空間が猛烈なめまいとともに変動していく、不可思議な現象に襲われた。
「なっ、なんだ?」
「空間が歪んでいる。このままではどこか別な時空へ飛ばされます!」
「なんだと!?」
「もう間に合いません、衝撃に備えて!」
取り込まれた時空の渦の逆らいがたい勢いのままに、ミライは人生三回目の、リュウとテッペイははじめての時空転移を経験し、何が待っているかわからない時空の先へと飛び込んでいった。
また、階下に落下した才人とルイズも、落ちた先で信じられない光景にあって驚いていた。それまで廃墟の中を歩いていたのに、落っこちたところは格納庫であるのか、一辺数十メートルはありそうな広大な空間に何十人もの整備士とおぼしき人々が忙しく動き回っていて、仰天した二人はとっさに物陰に飛び込んでいた。
「ちょっと、なんで隠れるのよ?」
「バカ、おれたちはどう見ても不法侵入者だろ、捕まりたいのか」
なにかの機械の陰に身を潜めて、とりあえず見つかる心配のなくなった二人はひそひそ声で話す。
「どうなってるの? ここさっきの廃墟の中よね。こんなに人がいるなんて」
「知らねえよ、おれが聞きたいくらいだ」
とりあえず落ち着いてまわりを観察しようということで、二人は格納庫の中を見渡した。見たこともない機械ばかりでさっぱりわからないが、とてもあの廃墟の中とは思えない。というか、才人でそれなのだからルイズは完璧に理解不能でほとんどぼんやりしている。
才人にしても、あまりの状況の変化に困惑する以外の選択肢がなかった。
それでも、働いている整備士たちはみんな日本人に見えるし、ここが少なくともハルケギニアではないことだけは確実だった。ただし、ここが『自分のいた地球のある世界』だと喜ぶことはできなかった。
「ハルケギニアのある宇宙にも地球はあるっていうし、ウルトラマンダイナの例もあることだしなあ」
そうだ、数ある時空には、よく似た別の世界、パラレルワールドが存在するとすでに知ってしまった以上、調子よく喜ぶ気にはなれない。そして格納庫に係留されて整備されている戦闘機が、時空間内ですれ違ったものと同じだと気づくと、やっぱりここは、おれの地球と似てるけど別の世界なんだろうなと落胆を濃くした。
けれど、戦闘機を見ているとなぜか気持ちが高ぶってくるのは男の本能だろうか。
”ファイターSS、オールチェックグリーン”
放送でそう流されると才人は、ファイターっていうのか、かっこいい飛行機だな、とその青い戦闘機を見て感想をつぶやいた。
続いて時報が午前7:00を知らせてくるのを聞くと、落ち着いた頭で頭上を見上げて、落ちてきた穴がどこにも見当たらないことを確認して、ルイズにさっきの時計を見せてくれるように頼んだ。
「あれ? 七時ちょうどを指してる、壊れたのかしら」
「いいや、もしかしてと思ったらやっぱりそのとおりだったか……そういえばあらためて思い返してみたら、さっきも恐竜時代やいろんな古代文明めぐりをさせられたんだ。そのとき妙に思うべきだったなあ」
「サイト、わたしはあんたの故郷の知識に一応の信頼は抱いてるけどね。もっとわたしにわかるように話しなさい、いいこと?」
実際ルイズには完璧にちんぷんかんぷんであった。ただでさえ、皆とはぐれて見知らぬところに放り出されているのである。才人がいる分だけルイズに召喚された直後の才人の立場よりはましだが、早く落ち着かせてやらなくては感情が暴発してしまうかもしれない。
「じゃあわかりやすく言うとな、あの怪獣はお前がおれをハルケギニアに呼んだのと、似たようなことができるんじゃないかってことだ」
「はぁ? なんでサモン・サーヴァントと関係あるのよ」
「だから、似たようなものだって……隠れろ」
そのとき大勢の声と足音が近づいてきたので、才人とルイズは再び物陰で縮こまってやりすごそうとした。
「梶尾リーダー、そっちに逃げました!」
「逃がすな大河原!」
「梶尾さん、どうかしたんですか?」
「吉田さん、不審者が紛れ込んだんです」
「なんですと!? ようし、俺たちも手伝うぞ!」
「リュウさん、僕たちなんで逃げてるんですか?」
「捕まったらやばそうだからに決まってるだろ! とにかく走れ」
「僕は、肉体派じゃないのに」
どうやら不審者がこの基地のクルーに追いかけられているらしい。興味は湧くものの顔を出すとこっちも見つかるので、遠ざかるまでじっとしていて、静かになったら様子を見た。
「どうやら、行ったみたいだな」
「それよりも、さっきの話の続きをしなさいよ。まだなにもわからないんだから」
「ああ、そうだな」
なにか、さっき通り過ぎていった人の声が、どこかで聞いたようでひっかかるが、まさかこんなところでそれはないだろう。
「じゃあ面倒だから単刀直入に言うぞ。ここは、さっきから八時間前の過去の世界だ」
「はぁ?」
「そんなバカを見るような顔をするなよ。考えてもみろ、何万年も過去に行けるのなら八時間やそこら移動させられても問題ないだろ」
「あ、なるほど……けど、あんたに考えろとか言われるとなんか無性に腹立つわね」
遠まわしにバカと言われているようなものなので才人は顔をしかめた。
そりゃあ、もしルイズが地球の学校にいたとしたらどうなるか? 成績優秀、スポーツ万能でおまけに超美少女と、才人なんか在学中一度も話す機会なんかなくて卒業していくであろうのは容易に想像がつく。それほどすべてにおいて引き離されているのは明白だけれども、これまで何度も役に立ってるではないか。
「まあ、それはいいが……時間移動もともかくだが、おれたちはハルケギニアとはまったく違った世界に飛ばされちまったらしいぜ」
「ああ、そりゃこれを見ればだいたいわかるけどね。ほんとにあんたを召喚して以来、わたしの身にはろくなことが起きないわ」
「呼んだのも無理矢理契約したのもお前だろうが」
「うるさいわね、使い魔らしいこと何一つしてないのに偉そうにするんじゃないわよ」
「なんだと、この……やめよう、こんなことしてる場合じゃなかった」
小学生レベルの口げんかをやっとやめた二人は、ともかくも今後について話し合った。問題は、なにを置いてもアルビオンに戻ることだが、このままここにいたのでは六時間後にはここは怪獣の攻撃を受けて破壊されてしまう。あるいはこの基地ごと自分たちを抹殺するのがあの怪獣の狙いなのかもしれなかったが、ここにいたのではいずれ見つかるし動きもとれないので、外に出ようということで意見が一致した。
「抜き足、差し足、忍び足」
「どうしてわたしがこんな泥棒みたいなことを……ほんとにあんたといると、自分が貴族から遠ざかっていくのがわかるわよ」
こそこそと、物陰やダンボール箱などを使って身を隠しながら、二人は格納庫から脱出して、その後なにかのゲームのように人目を避けて基地外への脱出を図った。本来なら、基地の規模に応じて人の往来が絶えることはないのだろうが、幸い早朝で人が入れ替わるわずかな隙の時間で、忍者になったようにカサカサと二人は進んだ。
しかし、ガラス張りになって外が見える通路に出たとたんに、ここがとても脱出などできるわけがない場所だとわかって絶句した。
「な……この基地、飛んでやがる!」
そう、ここは雲を下に見れるほどのとんでもない高度に位置する空中基地だったのだ。その威容は、かつてのZAT基地やMACの宇宙ステーションすらしのぐほどの、空に浮かぶ一大要塞。こんなものを作るのはたとえGUYSでも無理だろう。
これ以上のものがあるとすれば、浮遊大陸アルビオンくらいしか思いつかないほどに、圧倒的な存在感を持ってそれは空に君臨していた。
だが、呆然としていた隙に、彼らは人影が近づいてくる気配に気づくのが遅れてしまった。
「お前ら、そこでなにしてる!」
「しまった! 逃げるぞ」
慌てて駆け出す二人の後ろから、この基地の隊員らしい青い制服を着た人たちが大勢追いかけてくる。そういえばさっきも不審者らしき人が追いかけられていたが、彼らは逃げられたのだろうか? いや、今はそんなことを気にしている暇はなかった。
「ふはははは、日ごろルイズにこき使われて鍛えたこの足はだてじゃないぜ!」
「言ってる場合じゃないわよ、ここが空の上なら逃げ場がないじゃない!」
「ともかく撒くぞ! 考えるのはそれからだ」
いくら違う世界の人とはいえ、人間相手に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。後ろから待てと叫びながら追いかけてくる人々を振り切ろうと、二人は曲がり角を次々と通って、気がついたら居住区と思われる一角に入り込み、消火栓の陰で小さくなっていた。
「くっそぉ、また逃げられた」
「なんて逃げ足の速い奴らだ、ウルフガスのとき以来だぜまったく」
「ちっ、せめて顔が見れてればよかったんだが、まだ近くにいるはずだ、探せ」
足音が次第に遠ざかっていくと、二人はほっと息をついた。
だが、これもしょせんは一時しのぎにしかならない。早急に、対策を考える必要があった。
「やれやれ、どうやら行ってくれたようだな」
「サイト、いっそのこと捕まってみたら? あんたの世界と似てるんなら、悪いようにはされないかもよ」
「捕まったら拘束されるのが普通だろ、わたしたちは違う世界から怪獣の超能力でここに迷い込んでしまいました。なんて、信じてもらえると思うか? それに、数時間後にはここは怪獣に襲われる。捕まって逃げられないうちに巻き添えをうけたらどうすんだ」
「じゃあどうすんのよ!?」
「だから、それを今考えてるんじゃないか!」
最悪変身して脱出するという方法があるにはあるが、できるだけここに迷惑をかけたくはない。それに、ここがやられるとわかっているのなら、だからこそやりたいこともあった。
「なんとか、ここの人に、怪獣に襲われるってことを伝えられないかな」
「あんたね、お人よしも大概にしなさいよ。自分のことさえできないのに、他人の心配してる場合じゃないでしょ」
「そりゃそうなんだが……相手は時空を飛び越えられる怪獣だし、おれは科学苦手だったんだよなあ……」
単純に怪獣と戦って倒せ、とかいうのであれば知恵も湧いてくるが、まったく違った世界に放り込まれてしまっては二人ともなすすべはなかった。
しかし、たそがれている暇すら二人には与えられてはいないようで、再び通路の先から足音が聞こえてきた。
「まずい、逃げよう」
「サイト、こっちからも来る!」
まずいことに反対側の通路からも同時に人の気配がしだした。このままでは逃げ場がなく、確実に捕まってしまう。万事休すかと、二人があきらめかけたときだった。
「君たち、こっちへ!」
突然、二人のそばにあったドアの一つが開き、中から誰かが手招きしてきた。
「えっ!?」
「早く、僕は君たちの敵じゃない」
二人は一瞬逡巡したが、どのみちここにいても捕まるだけだと、思い切ってその部屋に飛び込んだ。
「ちょっと待ってて、声を出さないでくれよ」
中にいたのは、いきなりなので顔を見ることはできなかったものの、声からして二人より少しだけ年上そうな青年だった。部屋の中は彼の私室らしく、ベッドやパソコンの周りに雑多な機械が散乱していて、広さの割りに狭く感じた。
彼は、二人を室内に隠すと、外に出てやってきた人たちの相手をして、ドア越しに話し声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「おう……この……こなかったか?」
「いえ、見てませんが……ですか?」
「ああ、やたら逃げ足の……かっこう……なんだが」
「まさか、見間違い……なエリアルベースに」
「うーん、ともかく……教えてくれ」
しばらくして、どうやらうまくごまかしてくれたみたいで、彼はもう大丈夫だよと、部屋の中に戻ってきて、テーブルの上のパソコンに向かった。
「あの……」
「ちょっと待ってて、監視カメラの映像から、君たちの映ってるのを消しておくから」
彼は二人に背を向けたままでキーボードをすごい速さで操作し、どうやったのかはさっぱりわからないが、数秒後に問題を解決したらしく、ログアウトすると二人に向き直った。
「これでいいよ。記録上から、君たちのことは抹消した」
「あ、どうも……」
展開の急さに唖然とするしかない才人と、完全に何がなんだかわからないルイズはほとんど自失していたが、彼は平然としたままで、穏やかな笑顔で話しかけてきた。
「さて、どうも君たちは、ここがどこだかもよくわかってないみたいだけど、どこからきたんだい?」
「あ……それは」
才人は当然ながら返答に窮した。だが、彼はそのまま二人が驚くべきことを言ったのだ。
「君たちは、こことは時空を超えた場所、パラレルワールドから来たんだろう?」
「え! ああ」
「実は、さっきの君たちの会話を偶然聞いてね。別の世界から来てしまったんだって?」
「あ、はい……」
あんまりにもストレートに言いたいことを指摘されて、才人はすぐには二の句が継げなかった。それでも息を整えて、自分たちが突然巻き込まれてしまった時空間をさまよううちに怪獣に襲われて、そいつの超能力でこの世界に来てしまったことなどを、まとめられる限りまとめて話した。
「なるほど、時空を飛び回る怪獣か、やっかいだね」
「あの、信じてくれるんですか?」
「量子物理学的には、パラレルワールドの存在はありえないことじゃない。それに、そうでもないと、このエリアルベースに部外者が入り込むなんてありえないからね」
確かに、そう言われればそのとおりだが、それだけで明らかに怪しい人間をかくまってくれるものかと才人は思った。
「うーん、ちょっとした実体験からかな……それに、一目見たときからなんというか、既視感っていうのかな、なにか君たちは初めて会った気がしないんだ」
「あ、そういえばどこかで会ったような」
「ほんと、なんか他人と思えないような……」
才人もルイズも、初めて会ったはずの青年が、どこかで知っているような奇妙な感覚にとらわれて、そんなはずはないはずなのにと、首をかしげた。
「もしかしたら、どこかのパラレルワールドで、僕と君たちが会って、その記憶がリンクしているのかもしれないな」
「そんなことありえるんですか?」
「わからない、普通なら異なる世界の者同士が会うなんてこと自体、大変なイレギュラーだからね。けれど、肉体が時空を超えることができる以上、それをきっかけに精神のリンクが起きる。そういうこともあるのかもしれない」
話が難しすぎてうなずくしかできないけれど、とりあえず二人はこの青年がものすごく頭がいい人なんだなということはわかった。
「うん、とりあえずここのみんなに見つかると面倒だから、少しここに隠れているといいよ」
「あ、いや、お気持ちはありがたいんですが」
戻ってやらねばならないことがある以上、ここでのんびりしているわけにはいかない。好意には感謝するとして、才人は危険を承知で出て行こうかと思ったのだが、彼はさらに二人を驚愕させることを提案してきた。
「元の世界に戻りたいのなら、方法がないわけじゃないよ」
「えっ……ええっ!?」
「まだ実現には至ってないけど、この世界でも時空を超えるワームジャンプ理論は確立している。それを利用すれば、君たち二人くらいなら、元の時空へ送り変えすことができるかもしれない」
まさに、地獄に仏とはこのことだった。もしそんなことが叶うのであれば、これ以上あの怪獣に振り回されることもなくなる。才人は喜色を顔全体に浮かべて感謝を表現した。
「あ、ありがとうございます。見ず知らずのおれたちのために……あ、ええっと」
そこでようやく才人は、お互いに名前すら名乗りあっていないことに気づいた。少々照れながらも、相手の名前を聞く前にはまず自分が名乗れということだし、二人はあらためて、自分の名前を告げた。
「平賀才人です。よろしくお願いします」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、さっきから何を話してるのかさっぱりわからないけど、とりあえず助けていただけるのよね。よろしくお願いいたしますわ」
二人が期待に胸を膨らませながら、礼儀正しく頭を下げると、青年も人懐っこい笑みを浮かべて、自己紹介した。
「僕は高山我夢、よろしく」
差し伸べられた手を握り返し、三人の時空を超えた若者たちは固く握手をかわした。
しかし、そのころエリアルベース近辺の空に怪しげな積乱雲が生じ、その中からエアロヴァイパーがこの時空に出現しようとしていたのだ……
続く