ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第77話  時を渡るゼロ

 第77話

 時を渡るゼロ

 

 時空怪獣 エアロヴァイパー

 超力怪獣 ゴルドラス 登場!

 

 

 並行宇宙、我々のいるこの宇宙は一つではなく、様々な違いを持った別の世界が無数に点在しており、それぞれの世界では同じ人物がまったく違う人生を歩んでいることもあるという。

 それをパラレルワールドといい、その存在を提唱するものを多次元宇宙論という。

 たとえば、ウルトラ兄弟のいる地球のある世界をAとすれば、このハルケギニアのある世界はBということができる。普段、それらの宇宙は互いに干渉することはないものの、ごくまれになんらかの理由でこれらを行き来することができるようになることがある。

 それらは故意、あるいは事故の場合もあるが、ルイズの使った召喚魔法、チャリジャの時空移動とイザベラの召喚魔法が偶然に重なったとき。またはグランスフィアの超重力圏内に呑まれたウルトラマンダイナの時空移動などがある。

 だがそんななかでももっとも恐ろしいものは、時空を超えてやってくる侵略者の存在である。

 その最たるものであるヤプールの異次元空間も、広義的に見れば並行宇宙の一つとも言え、並行宇宙からの攻撃は容易に反撃できないために、悪質さは数ある侵略方法の中でも群を抜く。

 今も自らの空間で復活を遂げたヤプールは、ハルケギニアを拠点として力をためていずれ地球への攻撃をかけるだろう。

 ただし、ヤプールもウルトラマンたちも考えもしていないことだが、あまりにも数多くありすぎる並行宇宙の中に潜む悪意は、本当にヤプールだけなのだろうか?

 

 そんな謎だらけの異世界の一つ、四次元空間。別名を時空界、時空間ともいうそれは、いまだ人類のとぼしい科学力では理解することのできない魔境。

 そこへ不幸にも吸い込まれてしまった才人、ルイズたちの一行は、キュルケたちが

超力怪獣ゴルドラスを引き付けているあいだに、この四次元空間の中で、唯一完全な形で現存していた空を舞う翼、ゼロ戦を蘇らせようとしていた。

 

「申し訳ありません。あなたのゼロ戦、お借りします」

 コクピットによじ登った才人は、操縦席に突っ伏した形で事切れている旧日本海軍のパイロットの白骨に向けて、感謝と侘びを込めて手を合わせると、大きく深呼吸をして恐る恐る白骨に手をかけた。

 が、飛行帽をはずして理科室でよく見かける石膏細工のような頭骨があらわになると、さすがに心音が抑えきれる範囲を外れて、しかめた顔を背けたい欲求に襲われた。

「サイトー! はやくしなさいよ」

 下からルイズが怒鳴ってくるが、死体に手をかけるというのは覚悟していたつもりでもやはり気が楽ではなかった。親戚のじいさんの納骨に参加したことはあるが、あのときは火葬後でバラバラだったけれど、今回はもろに骸骨である。才人は単なる普通科の学生であって、外科医志望でも生物学者を目指してもいなかった。

 それでも、死体といっしょに飛ぶわけにはいかない。罰当たりを覚悟して、心の中で念仏を唱えながら、目をつぶって飛行服ごと遺体を翼の上に運び出した。

「すいません、あなたを連れてはいけないんです。お叱りは、いずれあの世でお受けしますので」

 死者への冒涜もはなはだしいのはわかっている。しかし、自分たちも彼と同じところに行くわけにはいかないのだ。心の中で謝りながら遺体を降ろそうとすると、飛行服のポケットから黒皮の手帳がこぼれ落ちた。

「軍人手帳か……お預かりしていきます」

 泥棒みたいだが、いつか地球に戻れるときが来たとしたら、遺族に返す機会も巡ってくるかもしれない。本当は遺骨を持って行きたいのはやまやまだけれども、それは無理な以上仕方がない。

 才人は可能な限り丁重に遺体を降ろしていったが、降りたところで偶然にも頭骨がころりと回転して、うつろな空間になった目がルイズを見つめた。

「ひっ!」

「なんだ、怖いのか?」

「ば、馬鹿言うんじゃないわよ! た、たかが死体、動くわけがないんだから」

「気にするなよ、普通は死体が苦手なのが当たり前だ」

 普段気が強いだけにびびっているルイズというのは非常に貴重だ。もちろん、遺体をだしにしてルイズをびびらせようなどと罰当たりなことは考えていないけれど、ルイズも骸骨が怖い普通の女の子なのだと再認識できて、才人はなんとなくうれしかった。

 そして、才人は遺体を離れた場所にあった別の日本機の残骸のそばに鎮座させると、気合を入れなおすように顔を両手ではたいて叫んだ。

「ようし、飛ばすぞ!」

 彼が命と引き換えにしてまでも残したこのゼロ戦、無駄にするわけにはいかない。

「それでサイト、これどうやって飛ばすの?」

「ちょっと手間がかかるから、おれの言うとおりに手伝ってくれ。とりあえず、これを使うんだ」

 才人はそう言うと、ルイズにさっき作ってもらっておいた鉄製の金具を手渡して、扱い方を説明すると翼の上によじ登っていった。

 完全な形で残っていた操縦席に乗り込んで操縦桿を握ると、左手のガンダールヴのルーンが輝き、ゼロ戦の操縦方法が頭に流れ込んでくる。

「さあて、それじゃいくか。ようしいいぞ、ルイズ言ったとおりにしてくれ!」

 発進準備を整えた才人は、エンジンのそばで待っていたルイズに合図をした。一方のルイズはわけがわからないままだったが、とりあえず言われたとおりに、そのエナーシャ・ハンドルという器具を言われたところにはめ込んで、力いっぱい回した。

「まったくもう、どこの世界に主人に力仕事させる使い魔がいるのよ、普通逆でしょう、がっ!」

 イライラを力に変えたルイズが、固いハンドルを小柄な体からは想像できないような勢いで回していくと、やがてエンジンから大型バイクを押しがけするような重厚な音が響いてきた。昔のレシプロ機のエンジンは、ただコクピットからスイッチを入れただけでは始動できず、こうして外から整備員などに手動で回してもらう必要があるのである。そのため、最初にゼロ戦に触ったときにエナーシャ・ハンドルが必要だと知っていた才人は、わざわざミシェルに頼んでいたのだ。

「ようし、いいぞ……」

 次第に回転音が強く、さらに安定していき、それが最大限に達したところで才人は主スイッチを入れて叫んだ。

「コンターク!」

 それはコンタクトをなまらせた、接続を意味する単語である。昔のパイロットたちが皆叫んでいたらしいその言葉に、ゼロ戦は喜ぶようにエンジンを猛烈な爆音とともに蘇らせた。

「エンジン始動……すげえ、すげえぜ」

 栄エンジンが息を吹き返す快い振動を感じ、目の前で高速回転を始めるプロペラを見つめながら、才人は伝説をその身で存分に味わい、感動に全身を震わせていた。むろん当然のことながら、現代のレベルでいえばゼロ戦は当の昔に実戦では役立たない過去の遺物であり、速度、上昇高度など現代の戦闘機の足元にも及ばない。

 だが、たとえば現代の航空自衛隊の主力であるイーグルなどは知らなくても、ゼロ戦の名を知らない男子はいない。おもちゃ屋でも、航空機のプラモデルでトップに並んでいるのはゼロ戦をはじめとするプロペラ機がほとんどだ。ほかにも、一隻で一国を滅ぼす威力を持つ原子力空母や弾道ミサイルを迎撃する性能を持ったイージス艦などよりも、実際にはたいした戦果をあげられないままに沈んだ戦艦大和が、いまなお圧倒的な人気を誇るのはなぜか?

 答えは簡単だ。それらの兵器には現代兵器が強さと引き換えに失ってしまった、戦う男の美しさ、その姿を見るだけで心を奪われてしまう、言葉では言い表せないかっこよさ、戦争の論理うんぬんなどくそ食らえといった最強のロマンが宿っているからだ!

「よっしゃあ、ルイズ乗れ! いくぞ!」

「だからあんた、さっきから誰に命令してるのよ! 主人はわたしであんたは犬でしょうが!」

「犬か、上等だ! だったら征空八犬伝といこうか。発進するぞ」

 テンション上がりまくりの才人は、犬扱いも全然気にしていない。

 これがゼロ戦一機だけだったり、もしルイズとケンカしていたりなどして精神的に落ち込んでいたりなどしていたら、まだ冷静さを保っていたかもしれない。けれど、懐かしい地球の香りをたっぷりと嗅いだ上に、全日本男子の憧れを実行できるのだから燃えないほうがどうかしている。

 ルイズを自分の前に座らせると、才人は風防を閉じて操縦桿を引いた。昔の小柄な日本人の体格に合わせたゼロ戦のコクピットは、子供とはいえ二人乗りには少々狭かったが、プロペラの回転がさらに上昇し、残骸のあいだに開けた道を滑走し始めるとすぐに気にならなくなる。そして緊張しながらスロットルをあげて、百五十メイルほど滑走した後、ぐっと操縦桿を引き込んだ。

 すると、重量を相殺するのに充分な揚力を得た翼は、空気に乗るように、ゼロ戦を再び天空へと押し上げ、銀翼の戦士は新たな命を得て完全に復活をとげた!

「飛んだ! 飛んだぜ!」

「すごい、こんな鉄の塊がこんな速さで、あんたの世界の技術ってほんとどうなってんのよ」

 五メイル、十メイルとどんどん高度を上げていくゼロ戦から白亜の世界を見下ろして、才人は喜びの、ルイズは驚愕の叫びをあげた。

 が、のんきに喜んでばかりはいられない。霧の向こうから爆音をも超えるゴルドラスの遠吠えが聞こえてくると、才人は今頃みんなが必死であの強力な怪獣の相手をしてくれているのを思い出した。

「ルイズ、しっかりつかまってろ!」

「えっ、きゃあああっ!?」

 急旋回したゼロ戦の遠心力に押し付けられて、とっさに才人に抱きついたルイズが顔を赤らめているうちにも、ゼロ戦は霧を突き抜けていき、数秒後に巨大なタンカー船を持ち上げてシルフィードに投げつけようとしているゴルドラスの前に出た。

「あんなでかい船まであったのかよ、この空間はいったいどうなってんだか」

「言ってる場合じゃないわ、助けないとみんなぺちゃんこよ」

「そうだな、じゃあいくぞ!」

 ゼロ戦は旋回しながら加速すると、タンカー船を振り上げているゴルドラスの右側面から接近していき、距離が三百メートルになった時点で機首から火線をほとばしらせた。主翼の二十ミリ機銃は射程が短く弾道が低いので、もう一つの武装である七・七ミリ機銃による攻撃だ。

 軽快な音とともに放たれた数百発の弾丸は、ゴルドラスの目元に当たってはじき返されたが、やつの注意を引くには充分だった。

「サイト、来るわよって、わあああっ!?」

 こっちに向かって投げられた十万トン級タンカーが迫ってくる光景は、まるで空が降ってきたような圧迫感をともなってルイズに悲鳴をあげさせた。しかし、ガンダールヴのルーンのおかげでベテランパイロット並の技量を発揮できるようになっていた才人は、掴み取ろうとした木の葉がひらりと逃げるように回避すると、ゴルドラスの前をすり抜けて速度を落とし、陽動に当たっていたシルフィードに並んだ。

「悪い! 遅くなった」

「ダーリン、そ、それ本当に飛ばせたんだ」

「……どういう理屈?」

「サイト、お前ってやつは、すごすぎるぞ」

 三者三様で目を丸くしている顔がおかしくはあったが、彼女たちはゼロ戦を飛ばすまでのあいだ、この怪獣の光線に耐えながら陽動してくれていたはずなので笑うわけにはいかない。

 また、同時に頼んでおいた誘導のほうも、怪獣の進行方向にちょうど目的のB-29の残骸が転がっている。傷ついたシルフィードで、しかもこちらの攻撃が一切効かないこの怪獣を、それでも短時間できちんと陽動してくれるとはさすが彼女たちだ。

「あの銀色のところへおびきよせろってことだったけど、これでいいのよね!?」

「ああ、上等だ!」

 本当に、こんな危険な作戦を引き受けてくれるとは、才人は自分が強く信頼されていることを感謝すべきであった。そして、向こうが信頼に応えてくれた以上、今度はこちらの番である。

「それで、おびき寄せたはいいけど、この後はどうするの?」

「もう十分だ、あとはこっちにまかせて離れててくれ!」

「もういいって、あの怪獣をいったいどうするつもりなんだ!」

 ゼロ戦の爆音に邪魔されながらなので、キュルケやミシェルとほとんど怒鳴りあいながら話をしていたが、才人はすでに作戦ができていた。不愉快なものだけれど、バリヤーでこちらの攻撃をことごとく無効化できるこの怪獣にダメージを与えるには正攻法では無理なのだ。

 だが、それまでを説明している時間はなく、撃ちかけられてきたゴルドラスの雷撃光線を、シルフィードは左に、ゼロ戦は右にととっさに回避した。

 もう、ああだこうだと言っている時間はない。才人は意を決すると機首をゴルドラスへ向けた。

「すげえ怪獣だ、こんなのが地上に現れたらどれほどの被害がでるか」

 超能力、怪力、そしてこの凶暴性、生息地が時空界だったことは幸運というしかない。なので、間違っても自分たちについてアルビオンまで来てもらってはかなわないので、ここでお引取り願わなければならない。

「ルイズ、ちょっと操縦桿頼む」

「えっ、ちょ、どうすればいいのよ!」

「まっすぐ立てて動かさなきゃいいよ」

 簡単に頼むと、才人は風防から身を乗り出し、ガッツブラスターを取り出して構えた。残弾は少なく、チャンスはただ一回。しかもそれはガンダールヴのルーンがあるとはいえ神業に等しい。けれど、才人は自分を信じて全身の力を抜き、ゴルドラスの足元になったB-29の残骸へめがけてトリガーを引き絞った。

 青いレーザーがB-29の銀色の胴体に吸い込まれていき、直後目を開けていられないほどの火炎が吹き上がってゴルドラスを包み込んだ。B-29に積み込まれていた六発の一トン爆弾の一つの信管をレーザーが射抜き、総計六千キログラムの火薬と積載されていた燃料を瞬時に誘爆させたのだった。

 ゼロ戦もその爆風のあおりを受けて大きく揺らぎ、才人はルイズの手の上から手を添えて、機体を失速寸前から立て直した。

 これではとてもバリヤーを張る間も無く、ゴルドラスはその姿を完全に火炎の中に消し去った。

「あ、あわわわ……」

 操縦桿を握ったまま腰を抜かしているルイズから操縦を引き継ぐと、才人はゼロ戦を同じように愕然と見守っていた皆の乗るシルフィードの隣に並ばせた。

「や、やったわね。すごかったわよ」

「いや、あれで仕留めきれたかどうか……ともかく今のうちにここから離れようぜ」

 小さな町を廃墟にするくらいの弾薬量だったが、相手は怪獣である、通常兵器で簡単に倒せれば苦労はしない。むろんミサイルやレーザーで倒せることもあるが、全体のごく一部であって大半はウルトラマンの光線でも簡単には倒せない頑強さを持っている。

 ともかく、爆炎に包まれて向こうもこちらを見失っているであろう今がチャンスだ。ダメージ量を確認できないのは残念だが、怒った怪獣に追いかけられるよりはましだ。

 才人はゼロ戦をシルフィードでも追いついてこれるくらいに速度を調整すると、並走してゴルドラスに背を向けて離脱していった。

 そしてそのすぐ後に、霧を貫いてゴルドラスの怒りの遠吠えが響いてくると、一行は一様に胸をなでおろして、あの爆発に耐えるような怪獣と戦わずにすんだことを神と始祖に感謝した。

 ちなみにこの後、自らに傷をつけたハエ二匹を見失ってしまったゴルドラスは巣を荒らされたことに怒り狂い、時空界を操る能力をフルに利用して、メビウスたちのいる地球やハルケギニアとは違った世界に時空界を拡大させて、巨大な巣を作ろうと画策するのだが、今の時点で才人たちには関係のないことであった。

 

 が、ゴルドラスのテリトリーから離脱して出口を探す才人たちにはさらなる脅威が襲い掛かってきていた。

「ドラゴン!? いや、また別の怪獣だとお!」

 高度を上げて出口を探そうと思ったとたん、雲海から引き裂くような鳴き声とともに、巨大なワイバーン型の怪獣、あのエアロヴァイパーがこちらにも現れたのだ。

「巨大セイウチ、金色の竜に続いて今度は巨大飛竜なんて、まるで怪獣動物園ね」

「のんきなこと言ってる場合じゃないぞ、あんなのに当てられたらひとたまりもないぜ」

 ゼロ戦をひねらせてかわしながら、才人はここが自分の知っているよりはるかに危険な場所だと焦り始めていた。とにかくまずい、あの怪獣に比べたらシルフィードでさえ荒鷲と小雀だ。アルビオンへの出口を見つけるどころか速攻でエサ決定だ。  

 才人は本能的にゼロ戦をシルフィードとは逆の方向に旋回させた。固まっていてはいい的の上に、お互いが回避の邪魔になる。それに、シルフィードにとっては不愉快この上ないだろうが、ゼロ戦に比較してシルフィードは遅すぎる。

 そして二手に分かれたこちらに対して、エアロヴァイパーは迷うことなくゼロ戦をターゲットに選んで攻撃を仕掛けてきた。

「ちぇっ、こっちがハズレかよ!」

 シルフィードのほうに向かってくれと考えていたわけではないが、どうも自分には不幸を呼び寄せる黒い羽の女神がついているように才人は思えた。とはいえ、女神や妖精には程遠く、飛行機にとっては天敵のグレムリンのように凶暴だけど、なんでか嫌いになれない美少女をひざの上に乗せた贅沢な状態で、エアロヴァイパーVSゼロ戦の前代未聞の空戦が開始された。

「ぶっ飛ばすぞ、舌噛むな!」

 至近距離まで引き付けたエアロヴァイパーを、才人はギリギリで機体をひねりこませて回避した。

 大きさ、速度、火力のすべてで上回るエアロヴァイパーに対して、ゼロ戦が優位に立てる要素はただひとつ。空中格闘戦、いわゆるドッグファイトでは世界最強といわれたその身軽な旋回性能しかなかった。

「見たか、図体だけのうすのろめ、ん? ルイズどうした」

「も、もっろ、おとなひく、操縦、しなさいよね」

 がどうも、ルイズのほうは急旋回に体がついていけていないようだった。自分の胸に顔をうずめて目を回している姿は可愛くもあるが、このまま吐かれでもしたらちとかなわない。

 それなのに、何度かわしてもエアロヴァイパーはまるでそれが目的であるかのように、シルフィードを無視してゼロ戦にばかり攻撃を仕掛けてくる。

「くそ、これもヤプールの策略なのか……?」

 まるで自分たちを狙い撃ちにしてくるようなトラブルと怪獣の襲撃には、その背後に悪意が存在しているのではないかと自然と疑いを持たざるを得なかった。だが、同時にわずかな違和感も感じていた。それは、自分たち、すなわちウルトラマンAを標的にするとしたら間違いなくヤプールしか考えられないが、ヤプールが才人とルイズの二人がエースだと気づいた節はいまのところない。

 それならば、ヤプール配下の別の宇宙人が独自にということも考えられるものの、これほどの怪獣たちが生息する空間を操れるとはいったい何者が……

「サイト、来る来る、くるってば!」

 しかしそんなことを悠長に考えている暇はなく、襲ってくるエアロヴァイパーを避けるほうが先決だった。

「やろ、これでも食らえ!」

 すれ違いざまに、今度はゼロ戦の主要兵器である二十ミリ機関砲を撃ち込んでやった。が、やはり怪獣の皮膚にはまるで通用していなかった。

 それを見て、タバサやキュルケも援護射撃をしてくれようとしているのがちらりと見えた。だが、魔法の射程はせいぜい百メートル近所のうえに、弾速も銃弾より遅いためにとてもでないがエアロヴァイパーを狙うことすらできていなかった。

 だがしかし、彼らはエアロヴァイパーがただの飛行怪獣だと思っていたが、実はこいつには恐ろしい能力が備わっていた。再びゼロ戦に突進してきた奴の角が赤く発光したかと思った瞬間、才人とルイズを乗せたゼロ戦はエアロヴァイパーごと空間に溶け込むようにして消えてしまったのだ。

「えっ、消えた!?」

「サイト、ミス・ヴァリエール、どこだー!」

「……しまった」

 後に残された一行は、二人の乗ったゼロ戦を探し続けたが、ゼロ戦もエアロヴァイパーももう姿を現すことはなかった。そしてシルフィードはそのまま、不気味に静まり返る時空間の中を虚しく飛び続け、やがて目の前に現れた黒い穴のような雲から脱出に成功した。

 まるで、お前たちにはもう用はないと誰かの意思が働いたかのように。

 

 けれど当然ながら、才人とルイズはまだ無事で生きていた。

「くそっ、いったいここはどこなんだ!?」

 いきなり怪獣の作り出した不思議な空間に包まれてしまった二人の乗ったゼロ戦は、これまでの白い霧に包まれた時空間から一転して、うっそうとした針葉樹林の生い茂る、地平線まで続くジャングルの真上を飛んでいたのだ。

「サイト、今度はいったいなにがどうなったのよ!?」

「おれが聞きたいよ! ああもう、行けども行けどもジャングルと岩山ばかり、これじゃあまるで……」

 だが才人は最後まで言おうとした言葉を飲み込んで前を見つめた。

 はるかかなたから何か鳥のようなものが飛んでくる。最初はあの怪獣かと思ったが、一回り小さく、さらに数十匹の群れをなしている。

「あれは……おいおいおい」

 近づいてくるにつれ、それが鳥などではなく巨大な皮膜でできた翼を持った恐竜映画などでおなじみの、代表的な翼竜であることがわかった。

「プテラノドンだ!」

 仰天した才人は慌てて群れの進路上にいたゼロ戦を急旋回させた。プテラノドンの全長は七メートルにも達し、ぶっつけられたらゼロ戦でもあえなく墜落してしまう。

 が、プテラノドンの群れは見慣れないゼロ戦の姿をエサ、あるいは敵だと思ったのか、まとめてゼロ戦を追撃してきたのだ。

「じょ、冗談じゃねえ、おれたちはエサじゃねえぞ」

「ちょっとサイト、あのでかい鳥なによ? プテラノドンってなに!?」

 慌てる才人にルイズが怒鳴りつけてくる。何が何だかわからないけれども、ルイズの言うとおりにプテラノドンなんかが平然と飛んでいるとは、さすがにハルケギニアでもありえないだろう。

 ということはまさか……

「ルイズ、どうやらおれたち恐竜時代にタイムスリップしちまったみたいだ!」

「って、わかんないわよ! キョウリュウってなに? タイムスリップってなに!?」

「要するに、大昔に来ちまったってことだ!」

「大昔ってどれくらい!?」

「だいたい六千五百万年くらい前だ!」

「ろ、六千五百万年!?」

 考古学などまだ存在しないハルケギニアのルイズには、その巨大な年数は到底理解不能であったのはしょうがない。しかし低空からあらためて地上を見下ろせば、草原では二足歩行の黒い肉食恐竜と背中に無数の鋭いとげを生やした四足歩行の恐竜が戦っており、湿地帯ではさすがにゼロ戦の加速にはついてこれずに置いていかれたプテラノドンの群れが着水して、牛みたいに巨大なトンボのヤゴをついばんでいる。

 これは信じたくはないが、本当に白亜紀かジュラ期の恐竜時代に迷い込んでしまったみたいだ。二人は対処能力が自分たちの限界を超えてしまったと感じて、精神内のウルトラマンAに助けを求めた。

〔どうやら、あの怪獣には時空を超える能力があったみたいだな。私にも一度経験があるが、この時代で我々を恐竜の餌食にでもしようとしているのだろうか〕

「ど、どうしよう。恐竜時代なんて、これならハルケギニアのほうが百倍ましだ」

「こらサイト! ハルケギニアのほうがましってなによ、のほうがって!」

 パニックになっている二人はただでさえ狭いコックピットの中でぎゃあぎゃあと暴れるが、恐竜はそのまま現代に出現するだけでも怪獣扱いされることもあるくらいに巨大な存在である。地上に下りて生きていける確率は一パーセントもない。

 だが、一度タイム超獣ダイダラホーシによって奈良時代に行ったことのあるエースは比較的安心していた。

〔心配するな、あの怪獣が通った時空間の歪みを探せば追いかけることができる。私が案内するから、それに従って操縦してくれ〕

「わ、わかった」

 才人はともかくエースの誘導に従ってゼロ戦を操縦した。右、右、少し上昇と、何もないように見える方向へ向かって機首をめぐらせていくと、やがて白亜紀の空が唐突に消えて、またあの時空間の雲海が見えてきた。

「や、やったあ……」

 ほっとした才人は思わず計器盤に突っ伏そうとしてルイズを押し倒す格好になってしまい、顔を赤らめたルイズにしたたかに顔をはられた。

 だが、これこそウルトラ兄弟一の超能力使いで、技のエースの異名をとるウルトラマンAの真骨頂『時空飛行能力』の一端、エースは時間軸をも飛び越えることができる! エアロヴァイパーもさすがにここまでは読めなかったのだ。

 ただし、自由に時空を飛ぶためには時空を歪ませている元凶である怪獣を倒さなければならず、まずは奴を追う必要があった。

〔二人とも油断するな、どうやらあいつは追撃をくらますためにいくつかの時空を通過したようだ。なにが出てきてもおかしくないから気を引き締めろ〕

「あっ、はい!」

 もみじを貼り付けた顔を引き締めて、才人は操縦桿を握りなおした。

 次に来るのは古生代か原始時代か、雲海が開けたときにまたアルビオンとは違う太古の空が広がった。

 

 それから後のことは、恐竜時代が主であったが、行く度に死ぬような目にあった。

 ある世界では恐竜を食っていた金色の三つ首の龍と極彩色の巨大蛾の戦いに巻き込まれかけ。

 またある世界では巨大なイモ虫と、どこかの宇宙人が送り込んできたのか、腕が鎌になって腹部に回転カッターがついたサイボーグ怪獣が戦っていて、あやうくそいつのバイザー状になった目から放たれた光線に撃ち落されそうになった。

 次は大和時代あたりだったので安心かと思えばヤマタノオロチみたいなのが出てくるし、まったく安心できずにどこでも逃げるのに必死だった。

 極めつけは、いつの時代かさっぱりわからないが、燃え盛る巨大な石造建築の都市の中で、ウルトラマンに似た無数の巨人ととてつもない数の怪獣たち、そして黒い巨人たちによる最終戦争を思わせる戦いのただ中に放り出されたときである。これはもうタイムスリップというより完全に別の世界だろと怒鳴りたくなったが、かろうじて出口にたどりつくことができた。ちなみにこのとき、エースは黒い巨人たちの中に、どこかで見たような姿を見たような気がしたが、どうしても思い出すことができなかった。

 そしてやっと時空間に逃げ込むと、才人とルイズはまったくいったい古代ってのはどうなってたんだ? つくづく昔は恐ろしかったんだなあと、現代に生まれたことを神に感謝するのであった。

 

〔どうやら次が最後のようだ、そこで決着をつける気だろう〕

「もう……最後にしてほしいです」

「死ぬわ……」

 二人とも、行く世界行く世界で悲鳴を上げまくって完璧に憔悴しきっていた。精神世界からナビゲートするだけのエースが多少恨めしいが、文句を言う気力も残っていない。

 けれども次で最後ならばそこで怪獣を倒せば元の世界に戻れる。

 だが、そこで彼らに『次の世界までは襲われないだろう』という油断が生まれたのは否定できないだろう。気を抜いた一瞬の隙を突いて、正面からエアロヴァイパーが戻って攻めてきたのだ!

「なにぃっ!?」

 とっさに回避したが、油断していたせいで反応がほんのわずかだけ遅れて、直撃は避けられたが機体が衝撃波を受けて大きく揺さぶられた。

「やろ、こざかしい手を使いやがって!」

 直下型地震を受けたように振動する機体の上で毒づいたものの、衝撃波のダメージはエンジンに及んだらしく、それまで好調に動いていたエンジンが急に咳き込み始めた。とたんに、急に舵の利きが悪くなり、速度がガタ落ちになっていく。エアロヴァイパーは後方から反転してくるというのに、これではもう避けきれない。 

 しかし、もう変身する以外に手は残されていないと二人が覚悟しかけた瞬間、ゼロ戦の上を突如現れた三つの影が高速ですれ違っていった。

「なんだ!? あのジェット機は」

 振り返った二人の目に映ったのは、見慣れない形の一機の青いジェット戦闘機と、その左右を固めて飛ぶ二機の赤い戦闘機の姿だった。彼らは二人の乗ったゼロ戦には気づいていないように通り過ぎていくと、その先で待ち構えていたエアロヴァイパーへ向けてレーザーで攻撃を始めていった。

「味方なのか……? くそっ、エンジンが!」

 何者なのか見届けたかったが、咳き込んでどんどん回転数が落ちていくエンジンは機体の自重を支えきれずに墜落を始めた。いくつかのスイッチを試してみるが、生き返る様子は残念ながらない。こうなったら、せめてどんなところでもいいから地面のあるところに降りてやると、才人は残りのゼロ戦の浮力を使い切って最後の世界に飛び込んだ。

「今度はいったいどんな世界のどこの時代だ!?」

 次元の壁を潜り抜けて出た先には、一面の青空と赤茶けた岩と砂が延々と続く砂漠が待っていた。またもやアルビオンではなかったが、とりあえず恐竜や怪獣がお出迎えしてくるような世界ではなさそうだった。しかし、酷使したエンジンはそこで大きく咳き込んだ後で、事切れるように完全にプロペラを停止させてしまった。

「あ……」

 推進力を失った機体はもはやグライダーでしかなく、いくら安定性に優れたゼロ戦とはいえ半分墜落に等しい状態で、急速に降下し始めた。

「きゃぁぁぁっ! 落ちる、落ちる、落ちてるぅぅ!」

「黙ってろ! 舌噛むぞ!」

 眼下は岩石砂漠、当たったらゼロ戦なんかひとたまりもない。けれど才人はなんとかゼロ戦を操って、岩と岩の間のわずかな滑走できるスペースに機体を滑り込ませることに成功した。

「不時着成功、ルイズ、生きてるか?」

「あんたといると、心臓がいくつあっても足りないわ」

「まあそう言うな、お前にもらったガンダールヴのおかげで命拾いしたんだし」

 才人はほっと息をつくと風防を開いた。ゼロ戦は完全に停止し、エンジンはかかるかどうか、試してみなければわからないが、しばらくは休ませたほうがいいだろう。

「こりゃ直るかなあ……ん、ルイズどうした?」

「サイト、あの建物、なにかしら?」

「え?」

 ルイズに指差された方向を見て、才人は思わず息を呑んだ。

 そこには、黒焦げになった巨大な金属製の建造物が、薄い煙を上げながら横たわっていたのである。

 

 

 一方そのころ、別の空間でもガンフェニックスが再び現れたエアロヴァイパーとの戦闘に突入していたが、時空間内を自在に飛び回る奴の機動力に苦戦を強いられていた。

「今度こそ当ててやる!」

 一斉発射されたガンフェニックスのビーム攻撃をエアロヴァイパーは下降回避して、反撃の火炎弾を放ってきた。当然、ガンフェニックスもこれぐらいは回避するが、一筋縄で勝てる相手ではなさそうだった。

「ちっ! やるな。テッペイ、あの怪獣の分析はすんだのか?」

「アーカイブドキュメントに該当なし、新種の怪獣です。気をつけてください」

 エアロヴァイパーはこれまで執拗に攻撃していた101便から、まるで彼らがやってくるのを待っていたかのように、今度はガンフェニックスに対して狙いを変えて仕掛けてきた。そのすばやい動きにはさしものガンフェニックスといえども手こずる。

「よし、こうなったら分離して三方から攻撃だ!」

 業を煮やしたリュウがガンフェニックスの分離を決断したとき、エアロヴァイパーの角が光り、その異常を検知したテッペイが叫んだ。

「リュウさん、時空間が歪曲を始めました。奴は、僕らをどこか別な時空に送り込むつもりです!」

「なんだと!? くそっ、止めてやる」

「無理です、もう間に合いません。衝撃に備えて!」

 その瞬間、ガンフェニックスはエアロヴァイパーによって別の時空間へと転移させられ、気がつくとどこか見知らぬ荒野の上にいた。

「ここは、どこだ?」

 機位を取り戻したリュウはとりあえず周りを見渡した。あの怪獣の姿はいつの間にか消えている。けれどGPSにも反応はないし、フェニックスネストとも連絡がとれないところを見ると、元の世界に戻ってきたというわけではなさそうだった。

「テッペイ、どうなっているんだ?」

「もしかしたら、あの時空間はただの異次元ではなく、別の時空同士をつないで行き来することを可能とする、ワームホールに近い性質も持っていたのかもしれません」

「つまり、ここは奴の巣?」

「わかりません。大気組成は地球と同じですが、それよりもなぜ101便を無視して僕らだけを引き込んだのか……獲物としては、ガンフェニックスとは比べ物にならないはずなのに」

「そういえば、ジョージさんたちは大丈夫でしょうか?」

「それは大丈夫だと思うよ、出口までの進路は確保したから、まっすぐ飛び続ければいずれ脱出はできるはずだ」

 あの二人の技量ならば、脱出にさして苦労はしないはずだが、それよりも今度はこっちが脱出に苦労しそうになってきた。

 さらにそれもあるが、ミライはかつてボガールをはじめて見たときのように、あの怪獣の背後にざわめくような悪意を感じていた。もしも、あれが破壊本能に従って動くだけの怪獣ではなく、何者かの意思を受けた生物兵器だったとしたら。

「ミライ、なにぼおっとしてるんだ?」

「あ、いえ……ちょっと気になったことがあったもので」

「ウルトラマンの直感ってやつか? お前の言うことはよく当たるからな」

 リュウにそう言われてミライは少し照れたものの、内心は決して愉快なものではなかった。

 この、決して表には出ずに裏で人知れずに糸を引くやり口を、まだ誰にも言ったことはないけれど、ミライにはよく似たものに覚えがあった。

 それは今思い出しても夢だったのではと思うあのとき……以前奇妙な反応を探知して横浜へ調査に行ったときに、ミライは世にも不思議な経験をしたのだ。

”七人の勇者を目覚めさせて、共に侵略者を倒して”

 そのときの超時空を超えた想像を絶する事件の顛末と、究極の光と闇の壮絶なる一大決戦は到底筆舌に尽くせるものではない。しかし、この恐るべき事件の元凶となった存在は、並行宇宙を越えて存在して、複数のパラレルワールドから強力な怪獣軍団をそろえて攻めてきた。

 最終的に時空を超えて結集した七人の勇者の力を合わせることによって勝利できたが、闇の権化は最後に言い残した。

”我らは消えはせぬ、我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せる。人の心を絶望で包み、全ての並行世界からウルトラマンを消し去ってやる”

 まさか、あのとき奴は完全に消滅したはず……それとも、そんなことをするような奴がまだいるとでも? 不安は不安を呼び、さしものミライも表情を暗くしかけたが、レーダーのアラームとテッペイの言葉が彼を現実に引き戻した。

「前方に金属反応、人造構造物のようです」

「わかった。降下してみよう」

 やがて高度を下げたガンフェニックスの見下ろす先に、完全に破壊された超巨大な要塞のような建物が見えてきた。だが、その傍らにはそれにも増してリュウたちを驚かせるものが横たわっていた。

「おい見ろ! あれはさっきの怪獣じゃないか?」

 なんと、さっきまで戦っていたはずのエアロヴァイパーが、五体バラバラの無残な死骸となって砂の上に散乱していたのだ。

「ほんとだ……コンピューターのデータと特徴が完全に一致、同一個体に間違いありません。生命反応はなし、完全に死んでいます」

「どういうことでしょうか? 僕たちと別れたあとに、何者かに倒されたのでしょうか?」

「いや、僕たちがこちらに来てから五分程度しか経ってないはずなのに、あれはどう見ても死後一時間近くは経ってる」

「なんだって!?」

 本職が医者のテッペイが診たてたのだから間違いはないだろう。五分前に別れた怪獣が、死後一時間経った死骸で見つかる。この矛盾はいったいなんなのだろうか? 目の前の、破壊された建物と何か関係があるのだろうか。

「ようし、着陸して調査するぞ。ミライ、テッペイ、いいか?」

「G・I・G!!」

 こういうときは、とにかく行動するに限る。リュウはガンフェニックスを用心のために岩山の影の目立たないところに着陸させると、勢いよく風防を開いた。

 

 

 この宇宙は、絶対的な単一者の手によって動かされているわけではない。それが善であろうと悪であろうと、宇宙が宇宙として存在しはじめたときから、そこを支配する概念は個ではなく多であった。

 それは当然、ウルトラ一族やヤプールをはじめとする数ある強豪宇宙人たちも例外ではなく、この宇宙におけるハルケギニアという小宇宙にしても、大小多くの国家が乱立していることからも明らかだ。

 そんな中で、世界はアルビオン王国の滅亡か再建か、ヤプールの作戦が成功するか失敗するか、当事者たち以外の故意、無意識も含めて、遠慮なく歴史書の一ページに濃いインクで落書きをしようとしていた。

 王党派とレコン・キスタをまとめて消し去ろうとしているクロムウェルに率いられたレコン・キスタの空中艦隊は、まるで進路を譲るように晴れていく黒雲のあいだをぬって進撃していく。

 アンリエッタは全軍を率いて、一刻も早くウェールズの元に駆けつけようとユニコーンに拍車を入れる。

 ガリア、ゲルマニアも、今後の流れ次第では即座に軍を動かせるようにと情勢を観察することに余念がなく、その一方で地理的にもっとも遠く離れた宗教国家ロマリアは、不干渉を決め込んでいるのか不気味なまでに沈黙していた。

 また、国家というマクロの次元のほかのミクロの人々の中でも、魔法学院では何も知らないオスマンが生徒のいない学院を寂しがり、トリスタニアでは今日もエレオノールがアカデミーで研究に没頭し、魅惑の妖精亭では夜に備えて準備するジェシカやスカロンたちが忙しく働いて、ガラクタを集めて屋根裏で連日爆発を繰り返す三人組に怒鳴り声を上げている。

 ガリアでは退屈をもてあましたイザベラが、暇つぶしにタバサを呼びつけて無理難題を吹っかけようかと思ったところで、伝書用ガーゴイルを切らしていましてと言い訳するカステルモールを、なら遊びに行くから用意しな! と無理に『フェイス・チェンジ』をかけさせて城下のカジノへ出かけていった。一方で、リュティスを遠く離れたエギンハイム村では、人間と翼人の様々な声が今日もにぎやかに響き渡る。

 ラグドリアン湖は今日も静かな水をたたえ、噴火が収まった火竜山脈には火竜や動物たちが帰ってきた。

 クルデンホルフ大公国では出会いがあった。ベアトリスが彼女と同じく来年魔法学院に入学予定のメイジの少女三人と知り合いって意気投合し、たちまち取り巻きになった彼女たちに囲まれて高笑いしている。

 

 

 互いの存在を知らないまま、どんな場所でも時間は一瞬も止まることなく進み続けている。だがそんな中で、もし一切の目的を持たずにただ破滅だけを望む存在がいて、その邪魔となる最大の障害を排除しようとしていたとしたら? 表舞台には上がらずに、影から糸を引くそんな存在がいたとしたら?

 ハルケギニアの誰一人として知ることもなく、全世界の未来の命運を懸けた運命のときが、舞台裏で始まろうとしていた。

 

 

 続く


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