第75話
伝説の勇者たち (前編)
四次元怪獣 トドラ 登場!
異世界ハルケギニアにて、宙に浮かぶ大陸アルビオンの今後一千年の歴史を左右するであろう最終決戦が、その後ろで糸を引いているものの思惑も含めて幕を上げようとしている。
しかし同じ頃、舞台裏では表の大事にも匹敵する特大の異変が、今まさに生じようとしていた。
イギリスの事件を解決させ、日本への帰路についた、元GUYS JAPAN隊員イカルガ・ジョージとカザマ・マリナ。この二人を乗せた、ヨーロッパ航空101便を突然の激震が襲ったとき、偶然か、それともたちの悪い運命であったのか、この一機の超音旅客機をめぐる、GUYS史上に特筆されて残る事件は始まっていた。
怪獣ジラースとの戦いの疲れもあって、機内で安眠をむさぼっていたジョージとマリナは、機体を貫いた不気味な振動に目を覚ましていた。ただ最初こそ、よくある乱気流にでもぶつかったのではと、あまり気にしなかったけれど、次第に窓際の乗客たちが騒ぎ出し、これはただ事ではないなと感づいた。
「どうかしたんでしょうか? なにやら騒がしいですが」
「それが、飛行機の外が突然真っ白になって、なにも見えなくなっちゃったんです」
隣に座っていた、壮齢の女性に何事かを尋ねて答えを得ると、確かに機外の風景が右を見ても左を見ても白一色に染まっていた。はじめは雲の中かと思ったが、飛行機は普通危険な雲の中は飛ばない。GUYS時代から、キッカー、レーサーとして培った危険を察知する直感が、背筋を冷たい手でなでられるような感覚を彼らにもたらしていた。
「マリナ、どうする?」
「待って、まだ異常事態とは限らないわ。もう少し様子を見ましょう」
様子はおかしいが、もしかしたら本当にただ何かしらの理由で雲海を飛んでいるだけかもしれない。だがそのころ、東京国際空港には、ヨーロッパ航空101便からのSOSが届いていたのだ。
「こちら101便、トウキョウコントロール、当機の位置を教えられたし」
「ディスイズトウキョウコントロール、101便、そちらの位置はこちらのレーダーには映っていない」
「そんな馬鹿な、こちらはすでに日本の領空に入っているはずだ。高度も七千はあるはず、映らないはずはない!」
「本当だ、こちらもロストしたそちらを探しているが、いまだに発見できない。周りになにか見えないのか?」
「それが、周り中濃い雲に覆われてしまって、どこまで行っても切れ目がないんだ。おまけに、高度計がいかれてしまって、上昇も下降もできないし、GPSにも反応がない。なんとかしてくれ」
悲鳴のような101便からの救助要請に、管制官はすぐにでも救難隊を差し向けたかったが、位置がつかめないのではどうしようもなかった。
「ともかく落ち着いて、状況と位置の把握に努めろ。無線が通じるということは日本近辺のどこかにいるはずだ。こちらも至急対策を考える」
そうは言ったものの、管制官にできることは上司に報告し、引き続き101便の行方を捜索するくらいしかなかった。
しかし、そうしているうちにも101便が東京国際空港に到着している時間は迫ってきて、乗客たちも異常事態に気づき始めていた。
「おいどうなっているんだ、もう空港についていていいはずじゃないか!」
「今どこを飛んでるんだ? 本当に日本に着くんだろうな!」
乗客が不安のあまりにスチュワーデスに詰め寄り始めている。もちろん、ただの客室乗務員に事態を解決できるはずはないのだが、冷静な判断力を失いかけている乗客はわからない。
ジョージとマリナも、もう普通ではないのは確実だと席を立とうとした。ところが二人が立とうとしたときに、逆隣に座っていた親子の、三歳くらいの男の子が大声で泣き出してしまった。
「ああ、どうしたのひろくん、泣かないでね、よしよし」
母親が泣き喚く子供をあやそうと頑張っているが、子供はこの場の殺気立った空気を怖がっているので、なかなか泣き止んでくれない。マリナは、GUYSの一員として、このままいこうかどうか迷った。ところがである、そのとき親子の反対側の窓際に座っていたざんばら髪をした山登りをしてきたようなかっこうをしたおじさんが、リュックから茶色くて先っぽが筆のようになった大きな棒を取り出して、泣く子供の鼻先をこちょこちょとくすぐった。
「ほらほらぼうや、これ見てみい。これはな、ライオンの尻尾なんやで、これで頭をなでるとな、強い子になれるんや、だからぼうやも泣くのやめ」
うさんくさい関西弁で、その山男みたいなおじさんはニッと歯を見せながら、男の子に笑いかけた。すると男の子は最初びっくりしたようだったが、ライオンの尻尾と聞いて興味を持ったようで、おそるおそるもじゃもじゃに手を出した。
「ライオンの尻尾? ほんとに」
「ああ本当や、おじさんは世界中を冒険しててな、アフリカで秘境探検の末に原住民の長老からこれをもろたんや。古代の魔力がこもったすごいもんなんやで、だから、これでなでられたぼうやはもう強い子や、強い子は、泣いたりへんよな?」
「……うん!」
「ええ子や、じゃあ特別サービスで、これは坊にやる。大事にせいよ」
「うん!」
男の子は、そのインチキくさいライオンの尻尾とやらを大事に抱きしめて、うれしそうに笑った。
そんな様子を、母親や、ジョージとマリナも唖然として見ていた。見るからに怪しい変なおじさんだが、母親でもあやせなかった子供のかんしゃくをピタリと抑えてしまった。
けれど、機体にまた激しい振動が加わると、その子はビクリと震えて、母親にしがみついた。やはり子供は子供、自分ではどうにもならないことに恐怖を感じるのは当たり前なのだ。だがそこへ、二人をはさんで反対側に座っていたおばさんが、ビニール紙に包んだキャラメルを差し出してくれた。
「どうです、なにかを食べてれば気分も落ち着きますよ。皆さんもどうぞ」
「あ、どうもありがとうございます」
行き渡った四つのキャラメルをそれぞれが口に含むと、ほんのりとした甘さが、口の中に広がっていった。
「あまーい」
「うん、こりゃうまいで」
「それはよかった。実は私は北海道で牧場をやっているんですけど、そこで育てた牛からとった牛乳で作ったもので、イギリスに営業に行った帰りなんです」
確かにこのうまさなら、イギリスでも通用するだろうと、ジョージもマリナも思った。男の子も、すっかりうれしそうにしながら、母親といっしょに口の中のキャラメルを舐めている。
そこで、インディアンのおじさんが、男の子の頭を豪快になでた。
「よかったな坊や、けどもう男の子は泣いちゃいかんで」
「うん……でも」
「怖いか? だいじょぶや、おじちゃんがついとる。実はおじちゃんはな、昔防衛隊にいてな、怪獣と戦っとったんや」
「ほんと!?」
「ほんとや、こーな、でっかい宇宙ステーションや、かっこいいジープを乗り回しとって……おっと、わしゃ免許はなかったっけか? もちろん、ウルトラマンといっしょに戦ったこともあるんや」
得意げに話すおじさんの言葉に、男の子はすっかり夢中になっている。
「だからな、そんなすごいおじちゃんがおるんやから、坊が心配することはなんもあらへん。そっちの兄ちゃんたちや、おばちゃんも平気にしとるやろ」
こういうとき、大人がしっかりしなければ子供はどうしていいかわからない。ジョージとマリナは毅然とした態度で、男の子に笑いかけ、おばさんもにこやかに微笑んでいた。
「これで、もう大丈夫ですわね」
「ええ、ですがそれにしても、あなたはこの状況でよく平然としていられますね」
マリナは、周りの乗客が少なくともそわそわしているのに、このおばさんはまったくといっていいほど平然としているのに、少し驚いていた。
「いえ、私も不安ではありますけどね。実は、私の兄が昔防衛隊で働いていましたから、母の教えで、いつも命がけで頑張っているシゲルに恥ずかしくないように、私たちも強く生きましょうって、そうやってきたんです」
ということは、怪獣頻出期のいずれかの時期にあった防衛チームのどれかに所属していた人のご家族ということか。確かに防衛隊は警察や消防と同じくいつ死んでもおかしくない危険な仕事であるために、家族にもそれ相応の覚悟が必要とされ、それゆえにテッペイのようになかなか家族に打ち明けられなかったり、親御さんが除隊を求めることも少なくないという。
二人は、こうした人々にも歴代の防衛チームは支えられてきたのかと、目に見えないところで頑張っている人々の熱い思いに感じていた。ならばこそ、今こそ自分たちが働く番なのである。
「どうやら、日本に帰る前に一仕事こなさなきゃいけないみたいだぜ」
「ミライくんたちに会う前に、勘をとりもどしておきますか」
ジョージとマリナは、GUYS隊員としての目に戻ると、己の使命を果たすために立ち上がった。
客室内は、いっこうに事態の説明をしない乗務員側に対して、乗客のいらだちが限界に達しようとしていた。二人はそんな人々を掻き分けて、必死で乗客を抑えているスチュワーデスの前に出た。
「お客様、どうか座席にお戻りください!」
「私たちはCREW GUYSのものです。なにかご協力できることがあればと思うのですが」
マリナがGUYSライセンスの証明証を見せると、客室内が驚きと、同時に期待に湧きかえった。もっとも、スチュワーデスさんは二人の見せたGUYSライセンス証以上に、ジョージが世界的に有名なスター選手だと気づいて、どうやら熱烈なサッカー好きのようでうれしさのあまり失神しかけてしまったけれど、なんとか落ち着かせて操縦席に案内してもらった。
「GUYSの方ですか、助かりました。今の状況は我々の範疇を超えています」
機長は、プレッシャーに押しつぶされそうだったところで責任から解放されて、事態を彼らに説明した。ともかく無線だけはなぜかつながるが、ほかの計器がまるで役に立たない。
ジョージとマリナも、思いつく限りのことは試してみたが、すべて無駄だとわかると、すぐさま管制塔に向けて無線を送った。
「101便より、トウキョウコントロール、当機は異常な空間に飲み込まれているもよう。ただちにGUYS JAPANを出動を要請してください」
これを受けて、それまで対応に右往左往するばかりであった空港側もようやく明確な行動方針を見つけることができた。連絡を受けたGUYS JAPANはただちにフェニックスネストより、先陣としてミライをガンウィンガーで東京空港に派遣した。
「こちらミライ、今東京国際空港に到着しました。テッペイさん、何かわかりましたか?」
滑走路を封鎖した空港にガンウィンガーを着陸させ、ミライは管制塔でフェニックスネストに連絡をとっていた。
「ああ、アウトオブドキュメント、ずいぶん古い記録だけど、これと似た事件が過去に報告されています。おそらく101便、ジョージさんたちの乗った飛行機はその空港のすぐそばにいると思われます」
「そば、ですか? でも、ガンウィンガーのレーダーにもそれらしい影は捉えられていませんが」
「それがね、一九六六年に同じように旅客機が空港のすぐそばで行方不明になり、通信だけができるという事件があったんだ。そのとき、その旅客機は次元断層とでもいうべき、異次元空間にはまりこんでいたらしい」
「異次元空間に!? ということはヤプールの陰謀ですか?」
「それはまだわからない。異次元空間を利用するのはヤプールだけではないからね、今こっちでもGUYSスペーシーに協力してもらって調べてる。もう少し待って」
「G・I・G」
今フェニックスネストではテッペイやコノミが、新人オペレーターに指示しながら、この事件の詳細を調べているのだろう。ならば、まかせて待つのが一番確実だ。
ミライは、フェニックスネストとの通信を一時切ると、ぐるりと管制塔の窓から空港を見渡した。
「兄さんも、この景色を見ていたのかな」
この管制塔というのは空港全体が見渡せて、とても眺めがよかった。
メビウスが地球に来る二十年前、ウルトラマン、セブン、ジャック、エースのウルトラ四兄弟はヤプールが作り出した究極超獣Uキラーザウルスを、変身能力を失うほどの封印技『ファイナル・クロスシールド』で封印した後、地球で人間の姿で生活していた。そのときにウルトラマンは旧科学特捜隊のハヤタ隊員の姿で、神戸空港の管制官として働いていたという。ミライは敬愛する兄と同じ風景を見ているかと思うと、胸が熱くなるような気持ちだった。
それから数十分ほど経って後、再びフェニックスネストからテッペイの連絡がはいってきた。
「お待たせミライくん、ジョージさんたちの居所がわかったよ!」
ミライのGUYSメモリーディスプレイに、GUYSスペーシーの衛星が撮影した、空港周辺の気象図が送られてきて、その一つの雲に赤い×印がしてあった。
「ここですか?」
「ああ、レーダーに映らないというところがポイントなんだ。衛星写真では、その雲ははっきり映ってるけど、地上のレーダーからはその雲だけが映っていないんだよ」
なるほど、と、ミライはテッペイの情報分析力にあらためて信頼を強くした。まさに逆転の発想、常識を超えた怪事件に対応するには柔軟な思考が必要とされるのだ。
そのとき、管制塔にタイミングよく101便からの連絡が入ってきた。
「こちら101便、ディスイズトウキョウコントロール、オーバー?」
「こちら東京空港、ジョージさんマリナさん大丈夫ですか?」
「その声は、ミライか!? 久しぶりだなアミーゴ!」
「ミライくん、さっそく来てくれたのね。リュウもなかなか粋なはからいするわねえ、元気だった?」
「はい、おかげさまで。そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、今のところ乗客も落ち着いて、機体も平常飛行を続けているが、相変わらずどこを飛んでいるのかはわからん」
やはり、101便は異次元空間の中をさまよっているのだと思ったミライは、すぐさまテッペイが対策を打ってくれていることを知らせて、続いて通信をフェニックスネストにもつなげた。
「ジョージさん、マリナさん、お久しぶりです。お二人がその機に乗っていたのが、不幸中の幸いでした」
「俺たちには不幸以外の何者でもないけどな」
「まあそう言わないで、時間がないんですから、101便の燃料はあとどれくらい持ちますか?」
そうだ、時間は限られている。いまのところは飛行を続けられているが、航空機の燃料はいずれ尽きる。異次元空間の中で墜落してしまったら、どうなるかはまったくわからない。
「巡航飛行を続けてるから、あと二時間は持つはずだが、正直余裕があるとはいえねえな」
二時間、その間に救出しなければ101便は永遠に異次元空間をさまよってしまう。
「了解しました。こうなったら、ガンフェニックスで突入して、異次元空間の外まで101便を誘導するしかありません!」
「おい待て! そりゃ危険だ。下手すりゃ二重遭難になるぞ」
「そうよ、ここでGUYS全滅なんてなったらどうするの」
「お二人をはじめとする、二百余名の人命を犠牲にするわけにはいきません。それに異次元空間への突入は、ウルトラゾーン以来二度目ですから、こちらの世界へ誘導するビーコンを用意しておきます」
ウルトラゾーンと聞いて、ミライの表情が引き締まった。メビウスが地球に来る直前、メビウスは太陽系内に突発的に開く異次元の落とし穴であるウルトラゾーンに引きずり込まれていく宇宙船アランダス号を救い損ねて、乗組員バン・ヒロトを犠牲にしてしまったことがあり、二度と悲劇を繰り返しはしまいと決心していたのだ。
そして、異次元空間へ突入し、101便を救出する作戦はリュウ隊長に承認され、ガンローダーにテッペイ、ガンブースターにリュウ自らが搭乗した。
コノミはフェニックスネストに残り、こちらの世界からガンフェニックスをナビゲートする。カナタやほかの新人隊員は作戦参加を申し出たが、万一リュウたちまで帰れなくなった場合は、彼らが後を継がねばならない。ここは先輩のお手並みを見学しておけということで、残留してサポートすることとなった。
残る時間は一時間五十分、ただちに作戦は開始された。
「GUYS、Sally GO!」
「G・I・G!」
全隊員の復唱がこだまし、新旧共同のGUYSは出撃した。
だが、この時空間の歪みが、誰にとっても予測を超えた一大事の引き金となるとは、このときはさすがに想像できている者はいずれの次元にも存在しなかった。
同時刻、ロンディニウム南方三十リーグの上空で、突然シルフィードごと雲の中に吸い込まれてしまったルイズたち一行は、気がついたら白一面の世界にいた。
「こりゃあ……なんの冗談なのかしら」
見渡す限り白、白、白……空は真っ白い雲に覆われて、足元はドライアイスのような白い煙が漂っていて、足首より下がわからない。まるで雲の中のようだが、足をついて立てる以上、雲の中ではないだろう。ともかく、天地創造の神とかいう存在がいるとしたら、そいつの財布は絵の具一つ買うコインもないのではないかと思うくらいに色彩的特長のない世界だったので、誰もがすぐには状況を把握できなかった。
「俺たち、ロンディニウムとかいう街に向かってて……そうだ、雲の中に吸い込まれちまったんだ!」
思い出してはっとすると、おのおのは顔を見合わせた。
ルイズが懐からぜんまい式の懐中時計を取り出して見ると、すでに短針は元の位置から百二十度も回転していた。
「四時間も経ってる!」
「なんてことだ! 貴重な時間をこんなことで!」
そこでシルフィードの背中に乗っていたミシェルが、硬いつもりでシルフィードの背中を思い切り殴ってしまったものだから、びっくりしたシルフィードは彼女を振り落としてしまった。
「わあああっ!」
「危ない!」
急いで駆け寄った才人が危機一髪で受け止めた。けれども思いもよらずにお姫様だっこをされてしまったミシェルがほおを赤らめ、一瞬で機嫌を桜島火山のようにしたルイズが蹴りを入れるというコントが発生したが、そんなことはともかく、これはいったいなんなんだろうか。
「ア、アルビオンに、こーいうことは、ないのか?」
お姫様だっこをしているせいで、蹴たくられて痛む股間を押さえることもできずに、涙目で才人は尋ねた。大陸が空を飛ぶくらいだから、雲の中に入ることができるんじゃないかと思ったのだが、「そんなおとぎ話みたいなことがあるわけないじゃない!」とルイズと怒鳴られた。どうやらハルケギニアはファンタジーと思っていたものの、限度というものはあるようだ。
それなのに、異常事態より先にルイズの関心は別にあるようだ。
「サイト、あんたいつまで抱きかかえてるのよ! さっさと下ろしなさい」
「おいおい、けが人に無茶言うなよ」
「うるさい! だいたいミシェル! あんたけが人だと思って黙って見てたら、人の使い魔に好き放題ちょっかい出して、ちょっと調子に乗ってんじゃないの! 天下の銃士隊員ともあろうものが、でれでれ媚びちゃって情けない限りねえ」
ルイズの横暴がまた始まったと、才人は内心で嘆息した。腹部貫通刺傷に、打撲、骨折複数箇所という負傷が二、三日で治るとでも思っているのか、もし自分ならば、一週間はベッドの上で寝たきりのはずだ。
しかし、ルイズはここで眠れる獅子の尾を踏んでいた。
「言ってくれるじゃないか、貴族の小娘と思って呼び捨てくらいは大目に見ようと思ったが、銃士隊への侮辱は許さんぞ」
「え? ミ、ミシェルさん?」
「サイト、お前の主人の言うとおりだ、銃士隊副長ともあろうものが、こんな傷くらいでへばっている場合ではなかった、下ろせ」
「で、ですけど……」
「下ろせ」
据わった声で命令されて才人は気づいた。ミシェルの眼光が、初めて会ったときのように、弱いものならそれだけで刺し殺せそうな冷たく鋭い光を放っている。ルイズの挑発で、ミシェルの中に眠っていたプライドの炎が呼び覚まされていた。
とても逆らえた空気ではない。だが、才人ができるだけそおっとと気遣いながらも、足からゆっくりと地面、とおぼしきところに下ろしていくと、ミシェルは驚いたことに、ひざに手を置きながらも自力で立ち上がっていった。
「どうだ……これでも、まだ情けないなどと言うか」
だが、歯を食いしばり、額に油汗を浮かべており、相当の苦痛に耐えているということはすぐにわかった。それでも、その苦痛をねじ伏せてでも立っているという気迫がルイズを圧倒した。
「な、なかなかやるじゃないの」
「ふん、あ、当たり前だ、お前たちとは、鍛え方が違う」
やせ我慢も、ここまでくれば見事といえた。そういえばうっかり忘れていたが、あのアニエスと肩を並べて戦えるということは、単に腕がいいだけではまず無理で、同格の精神的なタフさ、いわゆる負けん気の強さがないと、弱い者は徹底的にいびるあの人の下ではやっていけまい。実際、ツルク星人と対戦したときにいっしょに特訓したときも、あれが二日、三日と続いていたら才人は倒れていただろう。
だが、肉体を精神力でねじ伏せて動かすにも限度があった。
「う、ああ……」
「危ない!……っとに、無茶するから」
血の気を失って倒れ掛かったミシェルを才人が危うく抱きとめた。今度はルイズも文句は言わないが、あとが怖いのでシルフィードの背中に乗せなおしてあげた。
「まったく、無理をするからよ」
「誰かさんにそっくりだけどね」
ぼやいたルイズにキュルケがツッコんで、ルイズはわたしはもっと物分りがいいわよと、むきになって反論したが、それこそキュルケの言うとおりだった。
「負けず嫌いはどっちもどっちだろうに」
「そういうあなたも、人のことは言えない」
意外にもタバサにツッコまれて才人はびっくりした様子だったが、考えてみればこの中に負けず嫌いという標語が当てはまらない人間はいなかった。しょせんは、体だけは大きい子供の集まりということか。
はてさて、こんな欲しいもののためなら譲り合う気ゼロの彼女たちのうち、最後に景品を手に入れるのはどっちなのか? とてもじゃないが、引っ張り合わせて子供が痛がったから、手を離したほうが母親と認められた大岡裁きは期待できそうもない。
そんでもって景品のほうも、両手を引っ張り過ぎられてちぎれる前に、どちらかを選べるのか? もっともこの場合、選ぶほうは心を決められても、選ばれたほうが素直に受け止められるのかどうかについても問題があった。
まったくもって、いい意味でも悪い意味でも負けず嫌いすぎる若者男女は、ゴールがどうなるかの予測をまったくさせない。変わらずに複雑に心を絡み合わせたままで、とりあえずここがどこなのかを確かめるために歩き始めた。
だが歩き出すと、意外にも足元にはじゃりじゃりと、川原で砂利を踏みしめているような感触があった。となると、やはり雲の中ではないだろうと、才人は足元のもやの中に手を突っ込んで、それを掴みあげてみた。
「なんだ、ただのガラス玉か」
それは子供の拳くらいの透き通った玉砂利であった。でっかいおはじきとでもいえば適当であろうが、才人は興味をもたずに、それを一つずつ遠くへと投げ捨てていった。
「ちょっとサイト、危ないでしょ」
目の前で石投げをされて、危なっかしく感じたルイズが文句を言うと、才人は玉砂利をお手玉のように手の中で弄びながら笑った。
「いいじゃん、別に誰かに当たるわけじゃなし」
「そりゃそうだけど……サイト! ちょっとそれ貸しなさい!!」
突然目の色を変えたルイズは才人からその玉砂利を奪い取って、まじまじと見つめた。
「どうしたんだ、たかがガラス球に目の色変えて?」
「バカ言いなさいよ……あんた、これガラス球なんかじゃない。ダイヤモンドよ!」
「なっ、なんだってえぇ!!」
不満げな顔をしていた才人はおろか、キュルケやミシェルまでもが目の色を変えてルイズの手の中の玉砂利を見つめ、次いで足元から自分もダイヤの玉砂利を拾い上げた。
「ほんとだ……これは、みんなダイヤの原石よ」
「信じらんない、どれも五サントはあるわよ、これを磨き上げたらいったい何千エキューになることか……」
名門の出で、宝石など見慣れているはずのルイズやキュルケでも、こんな馬鹿でかいダイヤモンドは見たことがなかった。
唯一タバサだけが興味なさげに、その一個あるだけで大富豪になれる石ころを見ているが、ここに元盗賊のロングビルがいたら気を失ったかもしれない。しかも、足元にはそれらがごまんと転がっているではないか。もっとも、母親の結婚指輪についていたちっぽけな宝石しか見たことのない才人は、ダイヤモンドが高価なのはわかっても、価値が高すぎて実感がわかないらしく、焦点が外れた視線でそれを見ていた。
「すげえな、これだけダイヤがあったらファイヤーミラーも作り放題だぜ」
などとのん気なことを言っているが、本当は天然ダイヤモンドではファイヤーミラーは作れず、むしろ元祖宇宙大怪獣が喜びそうな光景である。しかし、せっかくの銭の種を捨てるのもしゃくと、才人は二、三個を拾い上げると、ロングビルさんへのお土産にするかとポケットの空きに詰め込んだ。
「まあ、適当に叩き売っても、子供たちの養育費の足しにくらいにはなるか」
「バカ! あっという間にハルケギニア一の大金持ちになれるわよ! ったく、これだから平民は」
「はぁ……そう言われてもな、俺ゃそんなに金があったって、別に使い道がないし」
ルイズやキュルケは、一国一城の主も夢ではない話に興味も持たない才人に呆れたが、才人の美点は分を超えた物欲や金欲を持たないことだろう。野心がないともとれるが、それで大成するのはほんのわずかで、大抵は強欲な物欲の権化と成り果てる。
「ここはまさか、伝説の黄金郷かしら」
「だとしても、帰れない黄金郷なんか刑務所以下だろ、出口を探そうぜ」
才人は自分が、岩の穴の中の種を食べたくて手を突っ込んだら握りすぎて抜けなくなった間抜けなサルにはなりたくなく、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……ええい!」
腹立たしくなったルイズたちは、やけくそでダイヤモンドを投げ捨てると、才人の後を追った。
そんな才人を、タバサはシルフィードをのしのしと歩かせてついていきながら見つめて思った。
「欲のない人……」
ほとんどの人間は、貴族も平民も問わずにわずかな金銭のために血道を上げるというのに、珍しい人間だ。タバサはなんとなく、ルイズたちが彼から離れない理由の一端が、自分にもわかったような気がした。いや、そういえば、考えてみれば自分も彼が来て以来、関係ないことに首を突っ込んだり、自分のことに他人を入れる割合が増えたなと、心の中だけで苦笑した。
そうして、彼らは世界一高価な砂利道の上を、出口を求めて歩き始めた。
とはいっても、女子というものはこんなときでも静かにはしていられないものらしく、すぐにルイズとキュルケがおしゃべりを始めた。
「にしても、このダイヤモンドの山、あの成り上がりのクルデンホルフの小娘に見せたら卒倒するんじゃないかしら」
「それよりも、貧乏貴族のギーシュやモンモランシーあたりなら、プライド放り出してポケットに詰め込むかもよ。そういえば、ベアトリスだっけ、あの子も来年には学院に来るのよね。元気でやってるかしら」
思い返せば、あの怪獣大舞踏会からもうずいぶん経っていた。
しかしこうして、白一色の世界にいると、誰もがカンバスの主役を勤めるにふさわしい、美しき個性の持ち主であると才人は思った。髪の色一つをとっても、ルイズのピンクブロンド、キュルケの燃えるような赤髪、タバサの青空のような青色に、ミシェルのタバサよりやや濃い青色は、今では大海のようにも見え、典型的日本人で黒一色の自分などとは大違いだった。
けれど、そうしていても単色すぎる世界は距離感も狂わせるらしく、たいして歩いてないはずなのに、頭がぼんやりしてきた。これなら茶色と青に分かれている分砂漠のほうがいくぶんかましだろう。
変化が現れたのは、いよいよ頭の中がミルクセーキになりかけて、ルイズの激発五秒前というときだった。突如白一色の中に黒いなにかが入ってきたのだ。
「行ってみよう!」
才人が全員を代表して叫ぶと、薄ぼんやりと見えるそれへ向かって走り出した。この際、白から解放してくれるのならば、黒きGでもなんでもいいという心境だったのだが、目の前に寄ってみると、それは想像だにしなかった形の鉄の塊だった。
「なに? この妙な鉄の造形物は?」
「翼がついてるけど、こんな形じゃ飛べそうもないわね。けどこの銀色は、鉄でも銀でもなさそうだけど、いったいなにでできているのかしら」
「……」
ルイズやキュルケにはそれがなんであるのは理解できなかった。しかし、日本から来た才人は心臓を高鳴らせて、その銀翼の戦鳥を見つめていた。
とにかく、目の前にあるのが信じられない。極限まで無駄なく絞り込んだ機体に、カミソリのように生えた二枚の主翼と、そこに開いた二十ミリ機関砲の砲口。見上げれば、雨粒のような涙滴型風防の前に、一千馬力級エンジンとしては最高峰の傑作とうたわれる栄エンジンが、三枚のプロペラを擁して鎮座している。
まぎれもなく、かつて無敵の名を欲しいままにし、世界最大最強として知られる超弩級戦艦大和と並んで日本海軍の象徴として、数々の戦争映画で主役を務める日本人ならその名を知らぬ者のいない、第二次世界大戦時の日本の代表機。
「ゼロ戦だ!」
正式名称、三菱零式艦上戦闘機が、そこに主脚を下ろして静かに鎮座していた。
「サイト、これもあんたの世界のものなの?」
「ああ、タルブ村にあったガンクルセイダーを覚えているだろ。あれの遠いご先祖さ」
才人は小さいころ、手をセメダインだらけにしながら作ったプラモデルの記憶に興奮しながら、ゼロ戦の主翼に触れてガンダールヴの力でこれの情報を読み取った。
機体色は銀色で、やはり初期型の21型であり、最高速度、上昇限度などの情報がこと細かに流れ込んでくるが、そんなことなどどうでもいいくらいに才人は喜んだ。
「すげえ、こいつはまだ生きてる」
なんと、ゼロ戦はほぼ完璧な形でそこにあった。燃料も半分以上あり、機銃弾も七割近く残存している。まるで航空博物館にあるような完全な代物だったが、主翼によじ登って、コクピットの中を覗き込むと、才人は調子よく喜んでいた自分に罪悪感を覚えた。
「うう……」
「うわ……骸骨」
そこには、パイロットが前のめりになって計器に顔をうずめる形で白骨化している痛々しい姿があった。よく見れば、コクピットの後ろの胴体に小さな穴が開いている。おそらくはそこから敵機の弾丸が貫通して彼に致命傷を与えたのだろう。
「多分、敵機に追い詰められたところでこの空間に迷い込んで、最後の力で不時着したんだろうな」
死に直面しながらも、愛機を無駄死にさせたくなかったのか、そんな状況でこんな場所に見事に着陸させた腕前はさすがとしかいいようがない。また、そんな熟練したパイロットを追い詰めた、彼の相手もおそらくは相当なエースであろう。ゼロ戦の形式と機銃弾の口径から考えれば、イギリスのスピットファイアあたりかもしれない。
才人は、六十年以上前に、故郷を遠く離れた空で命をかけて死んでいった祖先たちに向けて、無意識に手を合わせて冥福を祈っていた。
そうして十秒ほど、うろ覚えの般若信教を唱えながら祈ったくらいだろうか、周りに目を凝らして警戒していたミシェルが、白いもやが薄らいだ先にあるものを見つけて呼んできた。
「おい、向こうにも、あっちにも見えるの、あれもそうじゃないか?」
「なんだって?」
言われて目を凝らしてみると、ゼロ戦と同じように無数の航空機の残骸があちらこちらに散乱している。
「月光、雷電、九七式戦闘機……みんな戦争中の飛行機ばっかりじゃないか」
それらは、このゼロ戦とは違って着陸に失敗したようで、前のめりに突っ込んでいたり脚を折ったりしていて、とても使い物になりそうもなかった。しかし、その特徴的なシルエットは、小さいころにゼロ戦やタイガー戦車などのプラモデルを多く作ってミリタリーにも造詣のある才人には簡単にわかった。
もちろん、それだけある機体がすべて日本機ということはなかった。
「アメリカのグラマンF4FにF6F、ライトニングにムスタング、イギリスのハリケーンにスピットファイア、ドイツのメッサーやフォッケまでありやがる」
世界中の名だたる戦闘機が、ずらずらと並んでいて目移りしてしまう。赤い星などのマークがついたソビエトや中国などの機体はさすがにわからないが、この光景をマニアが見たら狂喜乱舞するだろう。
また、目が慣れてくるとさらに遠方にある機体も把握できるようになり、戦闘機以外の飛行機も見えてきて、それらの方向へと順に歩き出した。
「一式陸攻、モスキート、B-17……」
濃緑色やむきだしのジュラルミンに身を包んだ爆撃機が、半分近く残骸と化しながら横たわっている。その中を、才人たちはいまや墓標となったそれらに敬意をはらいながら進んでいく。
だが、最後にひときわ大きい機体を中央部からくの字に折り、尾翼を十字架のように立たせてつぶれている飛行機のそばだけは、そのまま立ち去ることはできなかった。
「……」
「サイト、どうしたの?」
ルイズの問いかけにも才人は答えずに、目の前の飛行機の残骸を睨み続けている。
それは、他の飛行機と比べても圧倒的に大きく、主翼についている計四つの巨大なエンジンや、機体の各部の大砲のような銃座などを見ても、並々ならぬ技術で作られたことが一目でわかった。
「サイト? ねえサイトったら」
「……」
答えずに、才人はなおも眼前の機体を睨み続ける。損傷が激しいが、のっぺりとした機首やうちわのように大きな垂直尾翼といった特徴までは失われていない。
間違いはない。それは小学校の平和授業から、毎年夏になると放送される戦争特番で嫌と言うほど見せられ、才人だけでなく、日本人に畏怖と憎悪の感情を向けられる、史上もっとも多くの人間を殺した爆撃機。
「B-29、スーパーフォートレス」
広島、長崎の惨劇の立役者にして、アルビオンの内戦などは比較にならない悲劇を残した第二次世界大戦の、戦争の愚かしさの象徴ともいうべき、空の要塞がそこにいた。
そして、それで完全に彼は記憶を呼び戻した。
「そういえば小さいころ、ゼロ戦があるんだったら一度来てみたいと思ったっけな、この四次元空間には」
テッペイがアウトオブドキュメントから解析したデータと同じく、才人もここが時空間に落とし穴のように開いた四次元空間だと気づいた。
落ちている航空機も、同じようにこの空間に引っかかってしまったのだろう。二次大戦時の航空機ばかりなのは、何百何千と数がいて、引っかかる確率も高かったからだろうが、よく見たらセイバーやファントムなど、戦後の航空機もわずかに入っている。
「しかしまさか、ハルケギニアにも入り口があるとは思わなかったな」
探せばもしかしたら、ハルケギニアから迷い込んだ竜騎士やヒポグリフなどの死骸も転がっているかもしれない。だが、そういうことならば、もう一つ嫌なことが彼の脳裏に蘇ってきた。
「ここが、その四次元空間だとしたら……」
しかし、彼がその予感の内容を言い終わる前に、霧の向こうからくぐもった、まるで霧笛のような大きな遠吠えが聞こえてきたのだ!
「やっぱりか」
彼はどうしてこう、悪いときに悪いことばかりが重なるんだと、ルイズに召喚されて以来の自分の苦労人体質を呪いながら、ガッツブラスターを取り出して安全装置を解除した。
そして十秒と経たずに、彼の予感は的中した。
「巨大なセイウチの化け物ね」
「サイト、ルイズ、ほんとにあんたたちといると、人生退屈しないわ」
ルイズやキュルケが、もう驚くことも慣れてしまったというふうに、達観した様子でつぶやいたのに、タバサやミシェルも全面的に同意した。
唯一、シルフィードだけが焦った様子で、目の前にいて、巨大な牙を振りかざして地面をはいずって向かってくる怪獣を、きゅいきゅいと鳴きながら威嚇しているみたいだったが、はっきり全然怖くない。
「四次元怪獣トドラか……さて、どう見てもセイウチなのに、トドラとはこれいかに……」
どうでもいいことをつぶやきながら、才人は自分たちをエサにしようとしているのかは知らないが、まるで何かに追い立てられているように吠え立てながら向かってくるトドラに銃口を向けた。
そして、才人たちが異次元空間で足止めを食らっているうちに、状況は彼らの焦りどうりにどんどん悪化していっていた。
ロンディニウムでは、アルビオン空軍艦隊の旗艦、大型戦艦レキシントン号をはじめとする六十隻の空中艦隊が、残存戦力のすべてを乗船させての最終決戦を挑むべく、出撃を命じられていた。
「諸君! 決戦である。一戦してウェールズの首をとれば、王党派の命運は尽き、我らはこの地を支配できる。私が先陣を切る。我に続く勇者はいるか」
「おおう!」
「決戦だ! 決戦である!」
クロムウェルが檄を飛ばすと、生き残っていたレコン・キスタの貴族たちは、彼の示した起死回生の可能性に一縷の望みをかけて、一斉に狂乱の叫びをあげた。元より、反逆者である彼らはこの後王党派との戦いでからくも生き残っても処刑は確実で、降伏すれば命は助かるかもしれないが、財産領地没収となれば貴族に生きていく術はなく、こじきや傭兵に落ちるしかなくなる。
だが、そうして冷静な判断力を失っているからこそ、クロムウェルには彼らを利用する価値があった。
「すでに、我らの秘密鉱山から運ばれた風石の充填は完了した。さあ、ゆこう忠勇なる戦士たちよ。歴史に我らの名を残そうではないか!」
いまだ革命に幻想を見る貴族たちを乗せて、アルビオン艦隊は出撃していく。
やがてレキシントン号の司令官室で、クロムウェルは渋い顔をしているシェフィールドに叱責されながら、作戦の最終段階を詰めていた。
「いいこと、これがお前に与える最後の機会よ。これまでの失敗を帳消しにして、生き残りたいのなら、なんとしても勝利なさい」
「ははあっ! この身命にかけましても、なんとしても勝利をささげまする。ですが、あのお方は本当に動いてくださるのでしょうか? わたくしは不安でなりませぬ」
「余計な心配をするでないわ、約束どおり、あのお方はこちらに注意を向けているトリステインを後方から攻撃する算段をつけていらっしゃる。あとは、お前が王党派を撃破しさえすれば、この国はお前のもの、わかったら全力をつくしなさい」
本当は、シェフィールドの主であるジョゼフはすでにレコン・キスタを切り捨てようとしているのだが、彼女はそれを気取られないように演技して見せていた。
もっとも、クロムウェルにとっても、すでにシェフィールドの思惑などはどうでもいいものになっていた。せいぜいが、こちらの作戦の最終段階に合わせて軍を動かし、混乱を広げてくれたらもうけもの、どのみちガリアなどいずれ超獣の軍団で蹂躙してくれると、内心ではせせら笑っていた。
続く