ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第74話  鳴動する世界

 第74話

 鳴動する世界

 

 えりまき怪獣 ジラース

 宇宙海獣 レイキュバス 登場!

 

 

 アルビオン王党派とレコン・キスタの決戦が、ヤプールによって利用され、両軍ともに傀儡となりかける最悪の事態を、二人のウルトラマンと少数の勇敢な者たちによって回避してから、およそ半日後。タルブ村に展開したトリステイン軍本陣では、アルビオンへの上陸を命じたアンリエッタとマザリーニの激論が交わされていた。

 

「繰り返して命じます。トリステイン軍はアルビオン王党派と合流して、レコン・キスタ軍を撃滅します。すぐに準備なさい」

「なんですと! 無茶をおっしゃいますな、艦隊で軍隊をあの空飛ぶ大陸に渡らせるのに、どれほどの時間と資材がいるとお思いですか?」

 反対意見を述べるマザリーニも、アンリエッタも一歩も引かない。

「全軍でとは言いません。五千、いいえ千もいれば充分です。今必要なのはトリステイン軍が援軍に来たと、王党派に教えてあげることです。そうすることで彼らに安心感を与えるのです」

 確かに、トリステインのアンリエッタ王女が、自ら軍を率いて応援に来てくれたとなれば影響力は大きい。王党派はウェールズに次ぐ大義のよりどころを得て、自らこそがアルビオンの正当な統治者だと再認識して、立ち直ることができるだろう。

「確かに、ですが上陸の理由は他国にはどう説明します。大義名分がなければ軍は動かせませんぞ」

「大義名分? そのようなものが、それほど必要なのですか。考えているうちにアルビオンが壊滅したらどうします? 王党派が再建できたという既成事実さえ作ってしまえば、誰もそんなことは気にしません。」

 マザリーニは返す言葉がなかった。まさかこの少女から、こんな果断な決断を聞くことになろうとは想像もしなかった。まるで普段とは別人のように覇気に満ちているというか、それがなにゆえのことであるのかまではわからないが、その判断は強引ではあるが最善といえた。

 ただ、話はそれほど簡単ではなく、マザリーニはそのことを問いただすのを忘れなかった。

「艦隊の出動準備は整っていますが、食料等の積み込みは不十分です。補給はどうなさいますか?」

「王党派の補給基地がサウスゴータまでに点在していますから、そこから頂戴し、到着後は本隊から分けてもらいます。皮肉なものですが、ヤプールが平民も集めるために食料事情を良くしてくれましたから、余裕は充分にあるはずです」

「了解しました。ですが、アルビオンに渡りますのは、グリフォン隊を筆頭とします最精鋭部隊を優先しますが、国に残留する部隊の指揮はどうなさいますか?」

「マンティコア隊のド・ゼッサール殿にお任せします。あの方はカリーヌ殿の愛弟子ですから信頼できます。あなたはここに残り、彼を補佐してあげてください。それから……」

 アンリエッタは、念のために聞き耳がないかとディテクトマジックで盗聴の可能性を排除した後で、さらに用心深くマザリーニに耳打ちした。

「この混乱に乗じて、国内のレコン・キスタ派の残党や反動勢力が動くかもしれません。なにしろ、彼らはまだレコン・キスタがすでに乗っ取られていることを知らないのですから……筆頭はむろん、あの男ですが、害虫退治はこの戦の後です。それまで国内の治安維持を第一にお願いします」

「承知しました。ですが、軍の主力をアルビオンに送れば、侵略行為だとしてゲルマニアやガリアが黙っていますまい」

「その点は心配要りません。ゲルマニアのほうは、今軍を動かせばあの国は国内を襲う怪獣災害におびえている貴族たちが黙っていません。重工業の工場が破壊されたら、あの国の経済基盤が麻痺しますからね」

 ゲルマニアは、近代的にとまではいかなくても、製鉄業をはじめとする重工業が発達している。その多数の工場から生まれる鋼鉄や、高い冶金技術から生まれる高精度の部品は、兵器その他の需要を生んで、この国に莫大な財力をもたらしているが、その反面それが急所となって、工場を私有する有力貴族や大商人の国政への影響力を、皇帝とて無視できない。

 アンリエッタは以前ゲルマニアに行ったときにそれを実感していた。ゲルマニア軍は強力だが、今の彼らに外に向けられる余裕はない。なぜなら、金を生むからと巨大化を続ける工場群も、そのために焚きだす大量の石炭から生まれる煤煙や排水によって土壌や大気を汚している。その汚染がヤプールのマイナスエネルギーがきっかけとなって目覚めた怪獣たちを次々に呼び寄せ、悲鳴をあげる工場主たちによって、ゲルマニア軍はそれらの怪獣たちの対策のために国内にくぎづけにされるありさまだった。

「しかし、それでかの国々がトリステインに不信感を抱き、共同して攻めてきたらいかがいたします?」

「マザリーニ、そうやって敵を作るまいと他国の顔色をうかがってばかりいるから、トリステインは弱国だとあなどられるのです。ましてや今は、お母様が女王に在位中とはいえ、実権を持っているのは若輩もいいところのわたくし、これでは軽く見られないほうがどうかしています。だからこそ、トリステインは必要なときは戦うし、わたくしは油断ならない相手だと諸国に知らしめ、今後なめられないようにしなければ、彼らと対等にわたっていくことはできないでしょう」

 実績を示して、虚名でもいいから、トリステインにはアンリエッタというあなどれない指導者がいると、諸国に強い印象を与え、対等の立場を作り上げて国を守り抜く。そうしなければ、いずれトリステインは他国を恐れるあまり、自ら傀儡へと成り下がり、国民もそんな誇りのない国は見捨てていって、他国に併呑されるか、アルビオン同様の内戦で滅亡する未来が待っているだろう。

 マザリーニは、アンリエッタがそこまでを見通して決断したことに、年寄りから見たら若者の成長速度というものは目にも止まらぬものだということを痛感し、うやうやしく頭を下げた。

「成長なさいましたな殿下、少し前とは見違えるようです」

「あなたからお褒めの言葉をいただくのは、ずいぶんと久しぶりですわね。けれども、それは結果が出るまでとっておいていただきましょう。それよりも、ミス・ロングビル」

「あ、はいっ」

 それまで精力的に命令を下すアンリエッタの姿に見とれていたロングビルは、いきなり声をかけられてびっくりしたものの、すぐに姿勢を整えて、姫殿下の次の言葉を待った。

「もうしわけありませんが、トリステイン軍はアルビオンの地理には不案内ですので、水先案内をお願いします」

「わかりました。微力をつくしましょう」

 ロングビルは、傀儡に落ちて、上っ面だけ取り繕って実の無かったウェールズと違って、この姫君ならば任せても大丈夫であろうと、信頼を抱き始めていた。

 そうなると、あとは時間との勝負である。すぐさま移動の命令が全軍に飛び、ラ・ロシェールへ向けての行軍準備が命令される。兵士たちは、突然の命令に驚くものの、訓練に従って大急ぎで準備を進めた。

 その様子を、アンリエッタは先頭に立って督戦していたが、そこへ全身を鋼鉄の鎧と、鉄仮面で覆い隠した一人の騎士がやってきて、彼女の隣から話し掛けた。

「まあまあですな。政治の舞台で主導権を握るには、常に先手をとって相手に対処する余裕と時間を与えないこと、教えたことは忘れていませんでしたか」

「あれだけ厳しく指導されたら、忘れたくても忘れられませんわ。けど、感謝していますのよ、あなたがグリフォン隊の訓練の合間をぬって、家庭教師をしてくれなかったら、わたくしはどうしていいかわからずに、ここにとどまり続けていたかもしれません」

「お忘れなさいますな。あなたに教えたことはまだほんの初歩の初歩、まずは上出来といって差し上げますが、アルビオンの内乱を収めることなど、凡百の政治家でもできることです。今後、ガリアやゲルマニアと渡り合っていくには、今のままではいきませんぞ」

 王女に対して一かけらの遠慮もなく、仮面の騎士は厳しい言葉を連ねる。けれど、アンリエッタも黙っているわけではなく、したたかな反撃を用意していた。

「お手柔らかに……そういえば、教訓その二は『使えるものは死人でも墓から引きずり出して使え』でしたわね。ですから、あなたがわたくしの親衛隊に就任したことは、もろもろの方面から宣伝させていただきました。銃士隊からの報告ですが、どの国の間諜の方々も色を失って国に帰っていったそうですわよ」

「……老兵に酷なことをなさる。これでは、当分やめられなくなったではありませんか」

「あら、わたくしは教えを忠実に守っただけですことよ。それに、あなたがいるというそれだけで、戦争抑止力となります。もちろん何年もかかりますが、わたくしはこの国を軍事力などによらずして立ち行く国にしたいと思っています。それまで失業はさせませんので」

 にこやかだが目が笑っていない笑顔を向けて、アンリエッタはおしとやかなお姫様では決してありえない、たくましさというか腹黒さを見せた。

「ならばさっさと平和を取り戻しませんとな。せっかく楽隠居を楽しんでいたというのに、こんな世の中では、娘の恋人にケチをつけていじめる暇もありませんわ」

 どこまで本気なのかわからないが、仮面の下で笑ったようであったのに、アンリエッタは気づいていた。

 ともかく、これからアンリエッタが女王の冠を頂くにしても、アルビオンの内戦処理などは序盤のハードルの一つに過ぎないはずで、ぐずぐずと手間取っている訳にはいかないのだ。

 

 その後、アンリエッタの判断はハルケギニア全土で種々の反応を生んだ。

 

 この翌日にゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は『トリステイン軍二千がアルビオンに上陸』の報を聞くに当たって、彼の参謀たちが、「これはトリステインがアルビオンを併合、あるいは傀儡国家にせんがための侵攻。どちらにしてもかの国の領土拡大の意思は明らか、ただちにトリステインを攻撃すべし」との進言に対して、トリステインを屈服させて、その始祖直系の権威を得ようという誘惑を一瞬だが感じた。しかし現実を見ればトリステイン国内にはまだ九割以上の軍が残っており、それを撃破するためにはこちらも全軍を動かさざるを得ず、そんなことは保有する工場や鉱山が無防備になる貴族や商人が許すわけはなかった。

 実際この日も彼の執務室には「南部の鉱山に見えない怪獣が出現」、「北部製鉄所の河川から青い怪獣が出現」という報告書と、それらに対抗するために軍が数個師団を出動させているとの追加報告が来ており、ここで軍を無理に他に動かせば、それらの貴族や商人は結託してアルブレヒト三世を退位させようとするだろう。元々、彼は他国の王のようにハルケギニアの基礎を築いたといわれる始祖ブリミルの血統というわけではなく、簒奪によって王冠を手に入れた皇帝である。そのためブリミル教徒の臣下からの忠誠心は無きに等しく、要するに自分たちに儲けさせてくれるというのが国民からの支持の理由であって、それがなくなったときには用無しとなった皇帝は即座に捨てられるだろう。

「まさかあの小娘、そこまで読んで兵を動かしたのか……」

 彼は執務机に面杖を突きながら憮然とつぶやいた。直接会ったのは、半月ほど前の会談のときが最初で最後だが、ゲルマニアのことを根掘り葉掘り調べていったのはこのときを見越していたのか。

「それで皇帝陛下、いかがいたしましょうか?」

 彼の摂政が話しかけるまで、皇帝はずっと娘のような年齢の、隣国の姫の食えない笑顔のことを思い出していた。

「……今は動けん。しばらくは情報収集に専念し、あやつがアルビオンの領有を宣言しようものなら、改めて経済制裁なり、宣戦布告なりをすればよい」

「仕方ありませんな。当分基本方針は、国内の安定が第一でまいりますか」

「まったく、どうしてわが国にばかり、こうも怪物が次から次へと出現するのか」

 ぼやいた皇帝は知らなかった。自らが富を得ようと、鉱石を掘り出すために鉱山を切り開いたことが地底に眠っていた怪獣を目覚めさせ、水を汚した工場の排水が怪獣を作り出し、空を汚した工場の煤煙が怪獣を怒らせていることを。そしてそんな欲に満ちた心や、劣悪な環境で働かされる平民たちの恨みがマイナスエネルギーとなって、ヤプールに力を与えていることを知らなかった。

 先の報告書にあった怪獣にしても、山を切り開いたせいで、山間部でおとなしくしていた透明怪獣ゴルバゴスを怒らせ、精錬のために出た廃液や魔法薬などを垂れ流しにした工場廃水が、川のただの魚を、巨大魚怪獣ムルチへと変貌させたのだった。

 

【挿絵表示】

 

 これらの件は結局、両方ともかろうじて怪獣を追い返すことには成功する。しかし工場の半分は破壊され、出動した部隊も多数の死傷者を出し、逃げた怪獣がまたいつ出てくるかわからないために、別の部隊が臨戦態勢で待機しなければならないという、到底外征などをしている場合ではないということになって、さらに皇帝を悩ませることになる。

 数十年前の地球と同じように、自らが壊した自然のバランスに復讐される。誰を恨みようもない、因果応報の結果であった。しかし、エコロジーの思想が世界的に広まり、公害怪獣の出現が激減した地球とは違って、公害の概念すらないハルケギニアで、そのことに人々が気づくまでにはまだまだ多くの痛みが必要であった。

 が、不幸にしてそれを知らない皇帝は、とりあえず目の前の問題を考えることにした。

「アンリエッタか、籠の鳥との噂はどうやら外れのようらしいな。あるいは名宰相との噂高いマザリーニの教育あっての代物か、どのみちしばらくはトリステインから目が離せんな」

 国土、国力、軍事力、すべてにおいて数倍の規模を誇るゲルマニアの皇帝ともあろう自分が、たかが小娘一人が勝手に振舞うのを止めることができないでいる。彼は忸怩たる思いを抱きながら、事務的に答える摂政の言葉を聞いていた。

「では、トリステインとはこのまま同盟を強化なさいますか?」

「強いものをわざわざ敵にすることはないからな。それに……卿も聞いているだろう。今トリステインには、奴がいる」

 戦えば、最終的に勝てるにしても、恐らくは全軍の半数以上が失われ、そして自分は確実に皇帝の座から下ろされる。彼にそう確信させるだけの巨大な不安要素が、トリステインにはあった。

 

 そのころガリアでも、会議にはほとんど欠席する『無能』と揶揄されるジョゼフ王を欠いて、大貴族と軍人たちによるトリステインのアルビオン侵攻に対する措置を論議していた。だが、自衛のためにと先制攻撃を主張する若い貴族や軍人たちはともかく、重鎮を占める壮齢以上の者たちは、アルブレヒト三世と同じ、たった一つの情報によって戦意を完全にそがれていた。

「だが……諸君も聞いているであろう。あの『烈風』が、現役に復帰したというではないか」

 生きた伝説である、ハルケギニア最強の魔法騎士が戻ってきたという情報は、数十年前にその鬼神のごとき圧倒的な強さを目にしてきた者たちにとっては、恐怖以外の何者でもなかった。

 もちろん、若い貴族の中には、

「噂に聞く『烈風』とやらが、いかに強くとも、今はとうに現役を下りた老兵、なにほどのことがありましょうぞ」

 という勇ましい意見も出たが、将軍たちの中でも特に年老いた白髭の大将はこう言った。

「そなたは、たった一人のメイジが、一個師団を相手にして、自らは無傷でこれを殲滅することが可能だと思うか?」

「いえ……」

「『烈風』は、それを二個師団を相手にやってのけたのだ」

 全員が絶句し、トリステイン攻撃の案はそのまま流された。

 ちなみにこのとき、ジョゼフは自室に一人でこもっていた。チェス盤を前に、チャリジャがハルケギニア各地から集めてきた、珍しい怪獣が収められた数個のカプセルを置いて、何か面白い使い道はないかと思案にふけるのを楽しみとしている。そこへ、トリステイン侵攻は是か非かという会議の案件についてを挙げられると。

「ふむ……そういえば父上が生前、トリステインを落とすには六個師団の犠牲がいるが、そのうち四個師団は、たった一人のメイジの精神力を削りきるのに必要だと、俺とシャルルに言っていたな。伝説の怪物か、俺の指し相手には面白いかもしれんな」

 そう思い、ほおを歪めたが、そこへチェス盤の上へ置いた小さな人形から、彼にしか聞こえない声で、女性の声が流れてきた。

「ジョゼフさま、ジョゼフさま……」

「おおミューズ、余のミューズか」

 それは、アルビオンでクロムウェルの表面上の秘書として、裏では彼を操っているシェフィールドの声だった。そう、ジョゼフはシェフィールドを介して、クロムウェルやレコン・キスタを裏から操っていたのだ。

 今から数年前のことだ、水の精霊から強奪したアンドバリの指輪と、シェフィールドの内部工作によって、アルビオンの不満分子を結集させてレコン・キスタを作りあげた。さらに、そのときはまだ一介の司教に過ぎなかったクロムウェルを言葉巧みに誘って最高指導者にすえ、いいように内乱を発生させていたのだが、それを彼の臣下で知っている者は誰一人としておらず、またなぜそんなことをするかについても、シェフィールド以外に知るものはいない。

 ジョゼフは、すっかりトリステインのことなど忘れてシェフィールドの話に聞き入った。シェフィールド、もっともそれは偽名で、ジョゼフは彼女を本来の呼び名のミョズニトニルンを縮めてミューズと呼んでいる。彼女はレコン・キスタ、その指揮官であるクロムウェルが最近こちらの要求をまともにこなせずに、ひたすら戦争を長引かせているだけであることを、怒りに震えた声であげつらい、かくなる上はアンドバリの指輪で操ろうかと言ってきたが、ジョゼフは笑ってそれを退けた。

「もうよい。どのみちアルビオンのことは、暇つぶしにはじめた余興に過ぎんし、そろそろ飽きてきたところだ。そんなものよりも、集まりつつある新しいおもちゃでどう遊ぶか、それを考えるほうが幾倍も愉快だ」

「では、アルビオンはもう切り捨てなさいますか?」

「いや……せっかく作ったオペラだ。出来栄えは悪くとも、脚本家が途中で降りては無責任だし、観客にも失礼であろう。せめて最後は派手に散らせてやろうか」

 彼はそう言うと、貴下の空軍の艦隊をアルビオンに向かわせようかと思案し始めた。ここでレコン・キスタを撃ってアンリエッタに恩を売るもよし、トリステインと戦争に拡大しても、それはそれで面白い。

 だが、ジョゼフもシェフィールドも、自らが脚本を書いていると信じるあまり、舞台がすでに別の脚本で動かされていることに気づかなかった。彼らの作った脚本に合わせて踊るはずのクロムウェルは、もはや彼らの糸の先にはいないことに……

 

 こうして、各国がそれぞれの事情の元に鳴動している中で、アンリエッタは精鋭二千の兵とともに船上の人となっていた。結局、大半の兵は置いて越さざるを得なかったが、トリステイン艦隊旗艦、新鋭高速戦艦『エクレール』の甲板上で、艦首の女神像と見まごうばかりの凛々しい姿を見せる王女の姿に、兵たちは自らがこの船に乗る資格を得れたことを誇りに思った。

「スカボロー港への到着は、あのどれくらい必要ですか?」

「およそ、二時間を見ています」

 航海士官の報告に、アンリエッタは満足そうにうなづいた。だがそれにしても、いくらアルビオンが再接近しているとはいえ、普通なら七,八時間はかかる行程を恐るべき速さである。

 その理由は、このエクレールはゲルマニアで開発された新鋭戦艦ランブリング級の三番艦で、次世代型の実験艦として様々な新機軸が導入されているためである。エクレールはそのシルエットからしてすでに異様で、高速艦として徹底的な軽量化が推し進められた結果、なんとマストすらもなく、完全に風石でのみ航行をおこなうハルケギニアではじめての実用軍艦だ。その結果、これまでの戦艦のなんと三倍もの速度を発揮することに成功して、今もなんとかこの艦に追随できるのは、兵を分乗させた六隻の軽駆逐艦のみというありさまであった。

 むろん、欠点も数多くはらんでおり、船体が脆弱で防御力が皆無に等しく、武装も従来艦の半分以下しか積んでいない。さらに今後の問題として、風石の消費量が従来艦の五倍という経理泣かせがついているが、実戦となったら大砲の照準を合わせる暇もない速度にものを言わせて、敵をかく乱できるものと期待されていた。また、燃費の問題も、今トリスタニアのアカデミーでは風石の力を数倍の効率で取り出す方法が研究されており、これが成功すれば、格段に少ない風石で船を動かせるようになる。

 むろん、そんなことは不可能だと断じる者も少なくはなく、確かに人間ではまだ成功したものはいない。だが、現実にエルフとの戦争中に、追い詰められたエルフが小石ほどに小さな風石のかけらで、何十リーグもの距離を目にも止まらぬ速さで飛んで逃げたという実例も報告されているので、技術的には可能なはずである。この課題は主任研究員のエレオノール女史以下が、上層部がそっくり入れ替えられて自由度の増した研究室で、日夜研究に没頭しているために、実現の日も遠くはないであろう。

 さらに、このエクレールを含む三隻の実験艦の運用実績を参考にして、まだ青写真はおろか仮称すら決まっていないが、これまでの常識を超越する、対怪獣用の巨大万能戦艦の建造も計画されているというから、そのうちの一隻を任されたアンリエッタの責務は重かった。

 もっとも、今アンリエッタに必要なのは、この船の常識外れの速力のみであったが。

「ウェールズさま、今まいりますから、どうぞご無事で」

 十日ほど前に、ウルトラマンAがバードンやテロチルスと戦った空間も駆け抜けて、七隻のトリステイン艦隊は、持ち得る風石を全部使い果たす勢いで走り続ける。

 

 

 

 そのころ、この戦争を犠牲なくして終結させうる唯一の希望は、シルフィードを一路北上させて、ロンディニウムへと急いでいた。

「これで、この戦争も終わるんだよな」

 山林地帯の上空を飛びながら、才人はこのくだらない争いが、とっとと終わって、残りの夏休み期間をのんびりと昼寝でもしてすごしたいなと、ため息をついた。

「ほんとに、こんなつまんない戦争はさっさと終わらせて、バカンスの続きとしゃれこみたいわねえ」

「今回はあんたに同調するわ。こりゃもう戦争なんてものじゃないわ、頭をなくしたドラゴン同士の醜悪な茶番劇よ」

 キュルケやルイズも、うんざりといった様子で、彼女たちが思い描いていた戦争の美のかけらも無い戦いに、これ以上つきあいたくないとつぶやいたが、タバサとミシェルはそんな二人に釘を刺すように告げた。

「戦争なんて、参加してみればそんなもの」

「戦いが終われば、たとえ勝っても、隣にいた誰かがいなくなっている。どんなにいい奴でも関係なくな。それらは名誉の戦死とたたえられるが、実際には戦いの勝敗にはなんら関係ない犬死、無駄死にさ」

 戦争の美などは、しょせん血濡れの本性を隠すための厚化粧でしかないことを、世の中の暗部と数々の実戦を潜り抜けてきた二人は、いやというほど思い知っていた。

 戦争を知る者と知らない者、その差は大きい。

 けれど、戦争がくだらないものであればあるほど、さっさと終わらせるに越したことはない。それで、具体的にどうしようかとルイズに問われると、才人は簡単に答えた。

「クロムウェルとかいうやつが、ウェールズ同様に操られてるなら、半殺しにして目を覚まさせる。超獣なり宇宙人なりが成り代わってるならぶっ飛ばす」

「ずいぶんと荒っぽいわね」

「でも、確実だろう」

 なにかすごい作戦案でもあるのかと思ったルイズは苦笑したものの、それが一番の近道であるとも認めていた。どっちにせよぶっ飛ばされるクロムウェルとやらには気の毒なことだが、レコン・キスタなどというつまらない組織を作った責任はとってもらわねばならない。

 それが成功すれば、中核を失ったレコン・キスタは自壊して、戦争は終結することだろう。その後のことは、アンリエッタ王女らが政治的に解決をなす番であるから自分たちの出る幕ではない。あくまで、やるべきことはヤプールの影響をこの大陸から排除することで、国家間の問題などは、それ相応の人々に任せるべきなのだ。

 だが、それにもまだ重要な問題が残っていることをミシェルが指摘した。

「しかし、ロンディニウムにはもう名のある貴族や将軍はたいして残っていないだろうし、敗戦の混乱もあるだろうから、クロムウェルの身辺に近づくのは難しくはないだろうが、あそこには恐らくワルドがいる。あいつが護衛についているとなると、ことは容易ではないぞ」

 奴に刺された脇腹の傷を押さえながら、ミシェルが憎憎しげに言うのを、ルイズ、そして才人は視線を尖らせて聞いていた。

 ルイズにとってはかつての婚約者であり、幼いころは面倒をよく見てくれた恩人でもある。しかし今は祖国を裏切ったあげくに敵の走狗に落ちてしまった薄汚い卑劣漢、もう一度会ったら、この手で引導を渡してやろうと決めていた。

 また、才人もミシェルの話から、ワルドに乗り移ったものの正体に見当をつけており、恐らくはウルトラマンAの最大の強敵となるであろうことを覚悟していた。だがそのためには、まず人間体であるワルドを追い詰める必要がある。

「今奴は、乗り移られたためかワルドが使えていたスクウェアクラスの魔法を使うことができない。それでも、グリフォン隊の隊長を任されるほどの体術と剣技は健在だ。だが、今度は遅れはとらん」

 特に、死線をさまよわされたミシェルは雪辱を晴らしてやると、歯を食いしばらせながら杖を握り締めた。しかし、また命を投げ捨てかねない危うさを感じた才人は、無理をしないようにと釘を刺した。

「ミシェルさんが危険を冒さなくても、あのいけすかないヒゲ親父はおれがぶっ飛ばして敵を討ってあげますよ。だから、安心して道先案内をお願いします」

「いや、お前の実力では、まだ奴には勝てないだろう」

「魔法が使えないなら、条件は五分ですよ。それに、元々気に入らなかった上に、ヤプールに操られたにしても、ミシェルさんを殺しかけたなんて許せるわけねえだろ、絶対ギタギタにしてやる」

 血まみれで死に掛けていたミシェルを見たときの絶望感は、いまでも忘れられない。ミシェルは、才人が自分の子を傷つけられた親のような純粋な怒りを自分のために燃やしてくれたことに、さらに信頼を深くした。

「サイト……わかった、私の命はお前に預けるよ」

 キュルケはここで、身も心も預けるよ、と言えばよかったのにと思ったが、それはいくらなんでも過大要求すぎるだろう。もっとも、鈍い才人はそこで、

「はい、全力で守り通しますよ」

 と、言葉どおりに受け取って、女性が自分を預けるという意味に気づきもしなかった。また、そこで例によってルイズが。

「あんたはまずご主人様を命に代えても死守することに専念なさい!」

 などとかんしゃくを起こして、才人の股間を蹴り上げたので、いつものドタバタした雰囲気になってしまった。おかげでキュルケは自分の好みのムードは飛んでしまったので、後は我関せずと、懐から赤い雨で台無しになってしまった本を取り出して、はりついたページと格闘しながら読みふけっているタバサの隣に座り込んだ。

 だがそれにしたってつくづく思う。

「まったく、さっさと夏休みの続きを楽しみたいものね」

 トリステイン魔法学院の夏休みは長い。全部が片付いたなら、ルイズからティファニア、知っている人たちをみんな集めて、もちろんアニエスやミシェルもいっしょに、全員そろって盛大に宴でもしたいものだと、キュルケは揺られながら思うのだった。

 

  

 しかし、加速を続ける時代の潮流は、次元を超えた先の地球でも、その勢いを緩めてはいない。

「ロンドン発東京行き、ヨーロッパ航空101便にお乗りのお客様は、三番ゲートまでお越しください」

 この日、イギリスのロンドン空港に、日本行きの便を待つ一組の男女がいた。

「やっと時間ね。いくわよジョージ、いつまでサイン会やってるのよ」

「おや、もうそんな時間か、すまないねセニョリータたち、この続きは今度の試合のあとでね」

 一人は、ひきしまった肉体とクールな印象を与えるロングヘアの若い女性。もう一人は、全世界をにぎわすサッカースペインリーグのトップチームのロゴをあしらったジャンパーを着た、精悍な長身の男。二人の名は、カザマ・マリナとイカルガ・ジョージ、日本初の女子プロライダーと、スペインリーグのスーパースターだ。

 だが、彼らにはもう一つの顔がある。すなわち、かつてヒビノ・ミライたちと共に地球を守るために戦ったCREW GUYS JAPANのメンバーとしての一面だ。

「久しぶりの日本だな。またあいつらに会えるかと思うと、わくわくするぜ」

「あの熱血バカが隊長で、今でもちゃんとやっていけてるのかしら? 新人隊員たちまでバカが移ってなければいいんだけどね」

 今彼らは、GUYSへと復帰するために、日本へ出発するところだった。

 けれども、GUYSとしての仕事ももちろん大切だが、彼らにも本業のレースやサッカー、仲間たちにかなえると誓った夢がある。しかしそれをおろそかにするような彼らではなく、GUYSで鍛え上げた彼らはそれぞれ、イギリス国際七十二時間耐久ラリー制覇と、スペインリーグ史上最速でのチーム優勝を決めるという快挙を成し遂げ、誰に後ろ指さされることも無く日本に向かおうとしていた。

 すでに日本では、かつてのGUYSメンバーたちが続々と集まってきており、彼らで全員集合となるはずである。

「だがそれにしても、イギリスで怪獣とやりあうことになるとは思わなかったな」

「ええ、ヤプールの影響が日本以外にも現れはじめたってことかしら」

 実は、彼らは出発直前にGUYS ENGLAND(イングランド)の要請を受けて、イギリスに出現した怪獣の迎撃に参加していたのだ。

 それは三日前のこと、イギリスのスコットランドにある、世界的に有名な湖、ネス湖で、一隻の遊覧船が火災を起こして沈没した事故から始まった。それだけであったら、よくある船舶事故で済ませられていたであろうが、沈没した船が湖底の地層を押しつぶし、そこで冬眠していた怪獣を目覚めさせてしまったのだ。

 突如湖面から猛烈な気泡を噴き出して現れた、古代の恐竜のような巨大怪獣。奴は湖上の船舶や湖岸の町に襲い掛かり、人々は逃げ惑って、通報を受けたGUYS ENGLANDはただちに出動した。

「ネス湖に怪獣が出現、日本のアーカイブドキュメントSSSPに同種族を確認、えりまき怪獣ジラースです」

 二足歩行のアロサウルス型のシルエットに、ごつごつとした黒い表皮をわずかに黄色がかせ、太い腕と、同じく太く長い尻尾、首筋から背中を通って尾までびっしりと生えた、鋭く大きな背びれ。そして喉元に大きく開いた巨大なえりまき状のひだ。

 かつて、日本の北山湖に出現して、初代ウルトラマンと激闘を繰り広げた古代恐竜の生き残りが怪獣化した、えりまき怪獣ジラースの二代目が出現したのだ!

 しかし、なぜ日本に出現した怪獣の二代目がイギリスに現れたかというと、初代も実は元々はネス湖に生息していたのである。それを恐竜学者の二階堂教授が日本に連れ帰って、ひっそりと育てていたので、本来の出身地はこのネス湖であり、同族がいたとしてもなんら不思議はなかったのだ。

 眠りを妨げられ、怒り狂うジラースはネス湖周辺の町に甚大な被害を与えると、そのままロンドン方向へ前進を始めた。

 むろん、それをGUYS ENGLANDが黙って見ているはずもなく、多数のガンクルセイダー、ガンウィンガーが出撃した。しかし怪獣の出現に慣れている日本と違って、エンペラ星人襲来時のインペライザー迎撃以外はまったく実戦経験のない彼らは、うかつに近づいてはジラースの腕で叩き落され、慌てて距離をとればジラースの口から放たれる白色熱線でバタバタと撃墜される始末であった。その後、やっとこさメテオール、スペシウム弾頭弾で、比較的脆弱なえりまきを焼き落としたものの、むしろ身軽になったジラースは、猛爆撃で黄色い部分が見えなくなるほど黒々となった体をいからせ、初代に比べて低く轟くような雄たけびをあげて暴れまわる。明らかに、この二代目は初代以上の強さを持っていた。

 しかも、悪いことは重なるもので、その近海に数ヶ月前に日本でリュウたちと戦った宇宙海獣レイキュバスまでもが現れたのだ。奴は、ガンフェニックスの攻撃によって海に追い落とされ、その後GUYSオーシャンの攻撃で消息を絶ち、受けたダメージから死んだものと判断されていたが、生きていたのだ。

「最近北海であいついでいる海難事故は、こいつが原因だったのか」

 おそらく日本からベーリング海峡を通って北極海を越えてイギリスまでやってきたのだろう。その間にエネルギーを蓄えたと見えて、すっかり傷も治っているレイキュバスに、イギリス海軍も出撃したが、フリゲート艦も巨大なハサミを振り下ろしてくるレイキュバスの攻撃の前に次々と撃沈され、戦闘機もレイキュバスの火炎弾の前に全滅した。

 陸と海、同時の怪獣の出現に、未熟なGUYS ENGLANDはなすすべもなかった。そこで、偶然ヨーロッパに滞在していた、経験豊富なGUYS JAPANの二人にヘルプが出たのである。

「ネッシーが、本当にいたとは思わなかったわね。どうするジョージ」

「二匹と同時に戦っては不利だ。この二匹を戦わせて、一匹になったところで、ワンオンワンに持ち込もう」

 ジョージが、サッカーでディフェンスを抜くときのテクニックから考えた作戦が採用されて、ジラースとレイキュバスをぶつける作戦が取られた。

 方法は、すでに時間は夜になっていたので、マリナがバイクのライトに虫が集まってくることを思い出し、動物が光に向かう走光性という習性を利用して、照明弾でジラースを海岸線にまで誘導する作戦がとられた。そうして見事海岸で上陸しかけていたレイキュバスの前に引き出すことに成功、こうして、えりまき無し怪獣ジラース対大ザリガニ怪獣レイキュバスの戦いが始まった。

 雄たけびをあげて、地上と海上から威嚇しあう二大怪獣、先に仕掛けたのはジラースだった。

 岩だらけの海岸線に転がっていた岩石をジラースはサッカーのように、レイキュバスに向かって蹴っ飛ばした! 

「あの怪獣、うちのチームにほしいぜ」

 ジョージがそんな緊張感のないことを言ったが、レイキュバスもやるもので、巨大なハサミをラケットのようにして、ジラースに向かって岩を打ち返した。

 驚くジラース。だが負けじとさらに岩を受け止めて投げ返し、レイキュバスはまたハサミで岩をはじきとばして、ハサミをバシバシと合わせてジラースを挑発する。どうやら、こいつもすっかり地球に慣れた様子であった。

 そうなると、ウルトラマンと光線の力比べをしたほどに知能が高くて負けず嫌いなジラースのことであるから一気にやる気を出した。さらに岩石を持ち上げて投げつけて、ハサミで打ち返されてきたら、頭突きでまた打ち返すラリーを繰り返す。

 が、レイキュバスはこのままでは埒が明かないと思ったのか、器用にもハサミで岩石をはさんでキャッチして、今度は野球のように振りかぶって第一球を投げた。

 速い! ジラースは打ち返そうとしたが空振りして、岩石はその後飛んでいって近辺の町のテレビ塔を破壊した。

「ストライーク、バッターアウッ!」

 誰かがそう言ったのが聞こえたわけではないだろうが、怒ったジラースは海に飛び込んで水中戦に突入した。昔、ネス湖は海とつながっていて、ジラースはそのときにやってきた海生爬虫類ではないかという説があったが、どうやら本当であったようだ。

 戦闘は、ジラースの放った白熱光がレイキュバスの腹を焼いてゴングとなった。もちろんレイキュバスもそのくらいでまいるはずはなく、海中から大バサミでジラースを水中へ引きずり込んで、壮絶な格闘戦になっていった。

「すげえ……」

 上空から見下ろしながら、ジョージとマリナだけでなく、GUYS ENGLANDの面々も、怪獣同士の大バトルに我を忘れて見入ってしまった。

【挿絵表示】

 

 戦いはその後、ときたま海面に浮き上がってはぶつかり合う、互角の様相を挺していたが、ジラースがレイキュバスの左の小ぶりなハサミに噛み付いて、勢いよく引っこ抜いてしまったことで勝敗が決した。ひるんだレイキュバスに、ジラースはさらに組み付いて、その怪力にまかせるままに右の大バサミももぎとってしまったのだ! 

 これで、完全に戦意を失ってしまったレイキュバスは、尻に帆かけて沖合いに逃げ出した。だが、逃がすわけにはいかない。

「今だ! 全機レイキュバスに総攻撃」

 潜水しかけるレイキュバスへ向かって、ありったけのスペシウム弾頭弾が叩き込まれる。この駄目押しに、ダメージが蓄積していたレイキュバスは遂に耐えられず、一声鳴いた後に、海面に焼きエビになって浮かび上がってきた。

 だが、もう一匹のジラースのほうは、その隙に悠々と海中に姿を消してしまっていた。もちろん、GUYS ENGLANDは追撃しようとしたものの、海中でもジラースの動きは相当に素早く、あっという間に深海へと逃げられてしまった。

 画龍点睛を逃したことに、ジョージたちは悔しい思いをしたが、その後は、GUYSオーシャンの管轄であるから、残念だがあきらめるしかなかった。

 北極海方面に逃げたジラースには、GUYSオーシャンに加えて、イギリスが誇る最新鋭原子力潜水艦グローリア三世号が撃滅に向かったという。その先はもうしばらく経たねばわからない。

 それでも、二匹の怪獣の脅威からイギリスを守れたことには、イギリス政府より感謝が送られ、二人はそれを慰めにして日本への帰路に着いた。

「シートベルトをお締めください」

 二人の座席は、機体中央あたりの右に二列、左に二列の座席にはさまれた、四列になったシートの真ん中の二つであった。

「ふぅ、到着までは四時間ってとこかな」

 ロンドンから東京までが、わずかに四時間。

 この101便はコンコルドを生み出したヨーロッパの航空技術の粋を集めて作られた画期的な超音速旅客機であり、さらに平和産業に一部開放されたメテオール技術を受けて、超音速で飛んでも衝撃波や騒音をほとんど発生させないという、新世代の夢の飛行機だった。

 機体が浮き上がっていく心地よい感覚を受けながら、ジョージとマリナは疲れた体を座席に横たえて、やがて寝息を立て始めた。

 だが101便が発進して三時間ほどが過ぎ、日本海に差し掛かったところで101便に東京国際空港から緊急連絡が入った。

「トウキョウコントロールより、101便へ、進行方向にイレギュラーの大型低気圧が発生、高度を上げて回避せよ」

「こちら101便、了解、高度を上げます」

 機長は飛行帽をかぶりなおして気合を入れると、副操縦士に合図して自動操縦を解除して、進行方向上にあるという大型低気圧を回避するために操縦桿をぐっと引いた。

「こんな黒雲は、見たことがないな……」

 101便の進路上には、まるで台風のように不気味にうごめく雲海が、巨大な壁のように立ちふさがっていた。 

 

 

 一方そのころ、再びアルビオンに舞台を戻す。才人たちを乗せたシルフィードは、ロンディニウムまであと数時間という距離にまで進んでいたが、進行方向に夏場の名物ともいえる巨大な積乱雲が現れて、行く手をふさいできた。

「どうする、迂回する?」

「時間がないわ。一気に突破しましょう」

 ルイズの判断で、シルフィードは積乱雲の真下へと一気に突入した。たちまち上空を黒雲が覆い、夜のように周りが薄暗くなっていく。

 しかし、そこで彼らを予想だにしていなかったトラブルが襲った。頭上の黒雲が突如として生き物のように不自然な渦巻きをはじめ、猛烈な突風とともに彼らを吸い込み始めたのだ。

「なっ、なんだぁ!?」

「す、吸い込まれる!」

 まるで、地上に出現したブラックホールのような黒雲は、とっさに逃れようとするシルフィードをどんどん吸い寄せ、ついにはその内部へと飲み込んでしまった。

 

 

 続く


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