ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第72話  ヤプールの罠! 赤い雨の死闘

 第72話

 ヤプールの罠! 赤い雨の死闘

 

 円盤生物 ブラックテリナ

 円盤生物 ノーバ

 高次元捕食体 ボガール

 頭脳星人 チブル星人 登場!

 

 

 ヤプールの尖兵として、無数のテリナQをばらまき、何万人もの人間を殺人鬼に変えた恐るべき怪獣、円盤生物ブラックテリナ。こいつを倒さない限り、テリナQの汚染はアルビオン全体にとめどもなく広がり、やがてはこの巨大な浮遊大陸全土が意思を奪われたゾンビの群れに占領されてしまう。

 才人とルイズは、同じように取り付かれてしまったキュルケたちを救うためにも、これまで散々やりたい放題をしてくれたヤプールに思い知らせてやるためにも、怒りを込めて変身した。

(ヤプールめ、まさか円盤生物まで復活させているとは……だけど、正体がわかったからにはつぶさせてもらうぜ!)

(よくもひどいめに合わせてくれたわね。この恨み、みんなの分も合わせて、百万倍にして返してあげるわよ! そうでしょう?)

(ああ、ヤプールがなにを企もうと、すべて粉砕してみせる。いくぞ!)

 二人の意思を受けてウルトラマンAは、無感情に悪魔のプログラムを進める漆黒の巨大貝に、ためらうことなく挑みかかっていった!

 

「ヘヤァッ!」

 エースは、草原から再び飛び立とうとしているブラックテリナを捕まえて、もう一度地面に引き摺り下ろした。

「デヤッ! ダアッ!」

 そのまま、押し倒したブラックテリナへ向けてエースは枕を殴りつけるようにして、パンチとチョップを叩き込んでいく。なにせ、ブラックテリナは全長こそ七八メートルとかなりの長さを持つが、二枚貝に触手がついたような体形からもわかるとおりに、全高はエースのひざくらいまでしかない。

 しかし、いくら小さいとはいってもブラックテリナも怪獣である。貝殻を閉じた状態ではエースの攻撃も充分な効力を発揮できずに、逆に先端に鋭い爪が生えた触手を振りかざしてエースを襲ってきた。

「デャッ!」

 ブラックテリナの触手に巻き込まれる前に、エースはバックステップで距離をとると、浮遊して貝殻を開いて、体内にある目でこちらを睨みつけてくるブラックテリナに構えをとった。普通、二枚貝に目玉はなく、精々光を感覚的に検知することしかできないが、こいつは普通の貝でいえば内臓に当たるところに人間のような眼球が二つついているという、他に類を見ないほどおぞましい姿を持っているのだ。

 体当たりを仕掛けてくるブラックテリナを、エースはがっちりと捕まえると、そのままさらに人のいない方向へと投げ飛ばした。

「デヤァァッ!」

 森林地帯へ、木々をへし折りながらブラックテリナは転げながら墜落する。このまま草原で戦い続けていたら、ブラックテリナに操られた人々を巻き込んでしまいかねないから、エースは足元を気にして満足に戦えないのだ。

 そのため、その心配さえ取り除いてしまえば容赦する必要はない。

「トオッ!」

 森の中から浮遊してくるブラックテリナへ、エースは走る。

 しかし、ブラックテリナも貝殻を開くと、体内から火花を噴き出して森に引火させ、山火事を起こしてエースを近寄らせまいとしてきた。

(エース、消火しよう)

(ああ)

 接近を阻む炎の壁に向かって、エースは両手を突き合わせて向けると、その先から消火剤を強烈な勢いで噴射した。

『消火フォッグ!』

 消防車の何百倍という水量の放出に、山火事もみるみるうちに消えていく。

(ようし、今だ!)

 むき出しとなったブラックテリナへ向けて、再度エースの攻撃が始まる。炎が消えても、なおも触手を振り回して接近させまいとするブラックテリナへ向けて、突き出したエースの両手の先からひし形の光弾が発射された。

『ダイヤ光線!』

 五連続で発射されて光弾は、爆発を起こしてブラックテリナの表面を焼き、何本かの触手がちぎれとんだ!

「ヘヤァッ」

 チャンスは逃さず。残った触手の攻撃をかいくぐり、ブラックテリナの本体を狙う。しかし貝殻を閉じた状態ではこちらの攻撃も効かないために、エースは奴が殻を閉じて本体を防御する前に、その間に手を差し入れてこじ開けようとする。

「ヌォォッ!!」

 渾身の力で、閉じようとあがくブラックテリナの力をねじ伏せて、殻の中に隠された本体が徐々に白日にさらされていった。

(ようし、そのまま本体をやっつけてしまえ!)

 ブラックテリナは貝の形をした怪獣であるために、貝殻の中身は内臓がむき出しであり、内部の防御力は皆無に等しい。実際、レオと戦ったブラックテリナも、空中攻撃で善戦したものの、貝殻を無理矢理こじ開けられたあとで内臓をつぶされて倒されている。

 だが、ブラックテリナには、生物兵器として改造されて感情はなくても、生命の危機に瀕して自らを守ろうとする生物としての本能は残っている。こじ開けられそうになる寸前、触手でエースの気を一瞬引いた隙に、その巨大な貝殻を閉じてエースの左腕を挟み込んでしまったのだ!

「グォォッ!」

 まるで巨大な万力に締め上げられたかのように、エースの左の腕に激痛が走る。その光景には、安全のために通常は感覚を切ってあるはずの才人とルイズでさえ、精神の顔を引きつらせてしまったほどだ。

(やばい、早く引き抜いてくれ!)

(だめだ、食い込んでいて抜けない!)

 エースは全力で引っ張るが、ブラックテリナの貝殻は深く食い込んでいて抜ける気配がない。しかも、右手だけではこじ開けるのに力が足りない。このままでは、骨をへし折られるか、悪くすれば腕を挟み切られてしまう。

 才人は、なんとかしてブラックテリナの弱点はないものかと考えるけれど、そうすぐには思いつかない。しかし、ここでルイズはブラックテリナの形を間近で見て、ふとあることを思い出した。

 それはしばらく前のこと、学院で才人に得意げに料理を食べさせるシエスタを見て不愉快になり、衝動的に厨房に駆け込んだとき、ちょうどそこでは貝料理を作っていた。もちろん、知能指数と頭のよさは関係ないというふうに、考えなしにルイズは「わたしに料理を教えなさい!」と、コックに詰め寄っていったのだが。

「えー、ではこのオオホタテ貝ですが、こういうふうに殻をがっちり閉じていますので、そこで隙間から包丁を差し込んで貝柱を切れば……」

「もういいわ……」

 そこで、生の食材を調理する現場の生々しさに負けてしまったルイズは速攻でギブアップしたのだった。もっとも後になって思い起こすと情けないことこの上なかったので、迷惑かけたおわびとしてシエスタに菓子折りを届けてもらったのだが、嫌な記憶というのは強く印象に残るものである。

 ただし、嫌な記憶=無駄な記憶という方程式は成り立たない。

(そうだ、貝柱よ! 貝柱を切れば貝は閉じられなくなるわ!)

 そうか! と、エースの脳裏に希望の光がきらめいた。ブラックテリナとて貝には違いない。その急所は!

「デヤァ!」

 ブラックテリナの尾部、上下の貝殻が接着している箇所に狙いをつけると、エースは右手にエネルギーを集中させて、白く輝く丸いカッターを作り上げた。

『ウルトラスラッシュ!』

 エースは、ウルトラマンの八つ裂き光輪と同じ形の円形ノコギリを整形すると、通常は投げつけるそれを手持ちの刃物のようにして、直接ブラックテリナの尾部に向かって振り下ろした!

「ヘヤァ!」

 光のカッターと、硬い貝殻がぶつかりあって火花を上げる。

 だが、カッターの刃の先端は、確かに殻のつなぎ目の隙間を抜けて、その奥にある貝柱に致命的な傷を刻み付けていた。

(開いた!)

 その瞬間、これまで強烈な力で閉じようとしていたブラックテリナの貝殻が、まるでゴムの伸びたカスタネットのようにだらしなく口を大開きにした。当然、今がチャンスだと、エースはすぐさま左手を引き抜いて、もはや決して殻を閉じることはかなわずにもだえるブラックテリナを持ち上げると、力いっぱい空高く投げ上げた。

「トォォッ!」

 バランスをとることができずに、ブラックテリナは回転しながらどんどん高く飛んでいく。

(とどめだ!)

 これまでだ。エースは飛び上がっていくブラックテリナを見据え、もう地上の人々に影響を及ぼさないだけの高度に上がったと確信すると、上空めがけて両腕をL字に組んだ!

 

『メタリウム光線!!』

 

 輝く光が立ち上り、吸い込まれるようにブラックテリナへと直撃した。

 その、圧倒的な光の力の前には、身を守るもののなくなったブラックテリナの本体は到底耐えられない。閃光とともに、体内に収納していた数万のテリナQを燃え盛る火花にして振りまきながら、黒い殺し屋は火炎に包まれて、木っ端微塵に爆裂して消え去った!

 

(やった!)

(よっしゃあ!)

 燃え尽きたブラックテリナの最期に、ルイズと才人は同時に喝采をあげた。

 エースは、まだしびれる左腕を押さえて、じっとブラックテリナの燃え滓の煙を見つめている。

(さすが、かつてはレオを苦しめただけはある。意外にてこずってしまった)

 円盤生物と戦うのはこれが初めてだが、超獣とはまた別種の怪獣兵器の威力には、エースも穏やかならぬものを感じていた。

 けれど、これで少なくともキュルケたちや、平民たちを操っていた本体が死んだために、テリナQも効力を失い、洗脳も解けたはずだ。見下ろすと、平民たちが怪訝な顔できょろきょろとしながら立ち尽くし、彼らにとっては突然現れたはずのエースの姿に驚いている。

 また、時を同じくして、アルビオン中にまかれたテリナQも同時に機能を停止し、取り付かれて刃物を振り上げたり、馬車を暴走させていた人々もすんでのところで正気を取り戻していた。むろん、アイが持ってかえってティファニアに預けられたものも同様で、彼女は子供たちが昼寝をしている寝室に、なぜか包丁を持って立っている自分の姿にきょとんとしていた。しかし、あと一分遅かったら……まさに間一髪だったことを、知るよしもなかった。

 シルフィードの姿は見えないが、彼女たちのことだからまず無事だろう。

 あとは、兵士たちにかかったほうの洗脳だが、それはエースよりも才人たちで動くほうがやりやすい。

 これで、やるべきことはすんだと思ったエースは、空を見上げて飛び立とうとした。

 

 そのとき!

 

「ヌワァッ!」

 突然、飛び立とうとしたエースの背後から、鞭のようなものが伸びてきてエースの首に絡み付いてきたのだ。

(こ、こいつは!?)

 鞭を掴み、振り向いた先に現れていたものを見てエースは愕然とした。例えるのならば、巨大な赤い照る照る坊主。球形の頭にうつろな穴で口と目を描き、垂れ下がった布のような体の左手側から鎌のような武器を覗かせ、右手側から伸びてくる長大な鞭のような触手がエースの首へと絡み付いている。

 その、数百数千ある怪獣の中でも、他の追随を許さないシンプルかつ不気味なシルエットは、才人にブラックテリナ以上の衝撃をもたらした。

(円盤生物ノーバ! そんな、二匹目の円盤生物だってのか!?)

 間髪いれずに襲い掛かってきた円盤生物の連続攻撃。そうだ、ウェールズを操っていた張本人であるノーバも、この戦場に潜んでいたことを彼らは知らなかったのだ。

 そして、エースを掴んだままノーバは眼下の平民たちを見下ろすと、その涙滴型の空洞状になった口から、真っ赤なガスを噴き出した。ガスは霧のように一瞬にして彼らを包み込み、たった今ブラックテリナの洗脳が解けたばかりの人々をまとめて凶暴化効果の餌食にしてしまったのだ。

(ま、まさか……ブラックテリナは、最初から囮だったのか?)

 あっという間に状況を元に戻されてしまったことに、エースも才人もそうとしか思えなかった。考えてみれば、ノーバはメビウスと戦った個体も自分の偽者のマケットノーバでメビウスのエネルギーを消耗させ、そこを狙うというずるがしこい戦法を使っている。もちろん、ノーバの能力ではブラックテリナとは違って、人間を凶暴化させられても操ることはできないので、ブラックテリナがやられた場合の保険という意味合いもあったのだろう。しかし、暴徒をアルビオン中に溢れかえらせようというヤプールの作戦からすれば、どちらでも問題はないので、テリナQで派手に人間を操ってウルトラマンAの気を引き、全力を出しつかせたところを狙っていたのだろう。

 そんな、正々堂々とはほど遠い戦い方しかしないヤプールのやり口に、誇り高いルイズは怒りが爆発する。

(本当に、どこまでも卑劣で姑息な奴らねえ!)

 その怒りはエースにも伝わり、エースは腕に力を込めてノーバの鞭を振りほどき、猛毒ガスで周囲を赤く染めていくノーバに構えをとった。

 だが、エネルギーの減少だけはいかんともしがたく、エースのカラータイマーは無情にも点滅を始める。対して元気一杯のノーバは鞭と鎌を振り上げて、その無機質な外見には不似合いな凶暴な叫び声を上げてエースに向かってくる。

「シュワッ!」

 鞭攻撃をかわして、ひらひらとした胴体にキックを打ち込むが、なんとも手ごたえらしきものが感じられない。また、鎌での攻撃を右腕で受け止めて、頭部へとパンチを打ち込んでも、のけぞりはするがまったく表情が変わらないので、才人にしてもルイズにしても、まるでロボットかガーゴイルを相手にしているようで、とても生き物を相手に戦っているとは思えない気味の悪さを感じ続けていた。

(こんな奴らと、レオは戦い抜いたのか)

 かつてMACステーションを奇襲して、おおとりゲン以外のステーションにいた全隊員を殺し、次々に人間社会に潜入して、人々を騙し、利用し、地球侵略を狙い続けた円盤生物群の恐ろしさを、エースは肌で感じ取っていた。

 しかし、だからこそこんな奴らにこの世界を好きにさせるわけにはいかない。エースは残り少ないエネルギーを両手に集中させて、ノーバに叩きつけた!

 

『フラッシュハンド!』

 

 高エネルギーの電撃によるパンチやチョップには、さしものノーバの手ごたえのない体にも焦げ目をつけて、引き裂くような悲鳴と共にダメージを与えられていく。

 けれども、ノーバが空に向かって叫び声をあげると、それまで夏空を見せていた空が見る見るうちに暑い雲に覆われ、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

(これは、赤い雨……)

 血のように真っ赤な色をした雨が、たちまちのうちに豪雨となって、世界を赤一色に染めていく。

 そう、ノーバは照る照る坊主を模した姿をしているが、赤い雨を呼ぶ能力はあっても晴れることは決してない。真紅に包まれた世界の中で、エースと赤の世界の支配者との第二ラウンドが始まった。

 

 しかし、赤い雨はノーバに元気を取り戻させはしたが、同時に奴自身にも思いもよらぬ副次効果を呼んでいた。群集から離れた場所に不時着したおかげで、猛毒ガスの影響範囲から逃れられ、今まで気を失っていたシルフィードに乗ったキュルケやアニエスたちが、冷たい雨に体を打たれる感覚で、目を覚ましていたのである。

 彼女たちは、視界を覆い尽くす赤一色の世界に驚いたものの、雨音を上回る轟音をあげて戦うエースの姿を認めると、すぐさまシルフィードを飛び上がらせて周囲の状況を確認し、自分たちがどうするべきかを考えた。

「エースを援護しましょう。わたしたちの実力なら可能だわ」

 最初に、もっとも簡単な意見を述べたのはキュルケだった。確かに、メイジ三人が風竜に乗って戦う威力は大きく、以前にムザン星人を倒した経験からも、彼女の自信は当然のものといえた。だが、それは即座にタバサが否定した。

「無理、この豪雨の中では、炎は無力化されるし、土も風も威力は半減する。むしろウルトラマンの邪魔になりかねない」

「あ、そっか……じゃあ、わたしたちにできることはないの?」

 頭の回転は速いが、基本的に単純にものごとを考えたがるキュルケは行動に行き詰った。が、そこは戦闘指揮官として確かな戦術眼を持つアニエスとミシェルが、すでに情報を分析していた。

「ミス・タバサ、この竜を王党派軍の先頭へもっていってくれ。そこにウェールズと、この状況の半分を作り出したやつがいるはずだ」

 アニエスは、最初に王党派軍を操っているものが、ウェールズのそばにいる参謀長であるであろうことを忘れてはいなかった。彼女は、傷の治りきっていないミシェルに直接雨が当たらないように、自分の上着を着せてやり、ミシェルも副長としての役割を考えて、アニエスの考えを補強した。

「幸い、竜などの幻獣は飛んでいませんし、この雨では対空攻撃の精度も落ちるでしょう。むしろ、この雨は好機です。敵が念入りに準備を整えて作戦を起こす奴ならば、恐らく自分の計画が成功するか見届けようとすると思われます。そこを逃げられる前に勝負をかけましょう!」

 むろん、ほかの誰にも依存はなかった。そうと決まれば、タバサはシルフィードをエースとノーバの戦いを避けて飛ばし、殺意を撒き散らして広がりつつある群集と軍隊の上へと向かった。

「そういえば、ミス・ルイズとサイトくんは大丈夫かしら……」

 ロングビルが、目を覚ましたときになぜかいなかった二人を気遣ってつぶやいた。目覚めたあとで、まずはシルフィードで飛び上がって探したけれど、周りには二人の姿はなかった。あの二人のことだから無事だとは思っているが、やはり自分の生徒のことは気になるようだ。もちろん、その気持ちはこの中の誰もが共通のはずで、一番才人の身を案じているはずのミシェルは力強く自らの思いを吐き出した。

「あいつは無事さ。きっとどこかでしぶとく生き延びていて頑張って、あとでひょっこり顔を出してくるに違いないよ」

 片目をパチリと閉じて、微笑む彼女の表情には、いつのまにか才人がウルトラマンを信じるのと同じ輝きが宿っていた。

 

 そのころ、本物のヒーローのようにミシェルの信頼を一身に受けているとは知るよしもないが、才人はなおもウルトラマンAと共に戦っていた。

(光線が来るぞ!)

 ノーバの目が光ったと思った瞬間、才人は叫んだ。ノーバの武器は猛毒ガスだけではない。その両眼から太いレーザー光線が発射されて、寸前で回避したエースのいた先で、木々を十数本吹き飛ばす爆発を起こす。

「トォォッ!」

 反撃のキックがノーバの頭を打ち、巨大なメトロノームのようにノーバの体が大きく揺れ動く。こちらのエネルギーもとぼしいが、ここで負けるわけにはいかないという才人たちの思いが、エースを支えていた。

 

 そして、エースとノーバの戦いが激化しているのを横目で見ながら、シルフィードは雨にまぎれて、ついに王党派陣営の本陣であったウェールズの元へとたどり着いていた。

「王党派のVIPも当然のごとく全滅ね……ウェールズ皇太子は?」

 シルフィードの下には、王軍の中核であったはずの将軍や騎士がやはりゾンビのような無残な姿で徘徊している。昨日まで輝かしい栄光を見つめていた彼らには悪夢だろうけれども、虚栄に釣られて集まった彼らの悪夢が大勢の人々の悪夢に拡大する前に、事態を収拾しなくてはならない。このゾンビの群れの中に、たった一人、したり顔で笑っているやつがいるはずだ、そいつを見つけ出さなくては。

「いたぞ、あれだ!」

 最初に赤一色の風景の中から、唯一この惨状で平然と立っている人影を見つけたのは、もっとも視力のよいアニエスだった。兵士たちを見下ろす壇上に悠然と居座って、薄ら笑いながら、死兵となった大軍を眺めている老人が、犯人でなくてなんだというのか。

 さらにミシェルも確認して、壇上の老人のそばに、一人の豪奢な服を着た青年が倒れているのがウェールズ皇太子その人だと断言した。レコン・キスタに対する復讐心を、ノーバによって利用されるだけ利用されて、最後に全軍の闘争心をかきたてるのに使われると、利用価値がなくなったとたんにぼろ雑巾のように見捨てられたようだ。ノーバが抜けて抜け殻のようになったその姿は、もはや凛々しかったかつての面影はどこにもなく、心の闇にとらわれ続けた者の哀れな末路のみをさらしていた。

「一国を統治する者として、情けない限りだな」

 アニエスの酷評に反論する者はいない。彼の事情はどうであれ、彼自身の心の隙が敵に付け入る暇を与え、このアルビオンを壊滅に追いやったのは事実だからだ。

 それに、ロングビルにとっては彼はかつて自分の一族を離散させた男の息子に当たる。もちろん、親の恨みをその子に向けることは、彼らが自分たちにしたことと同じということはわかっているが、その心中が穏やかなろうはずもなかった。

「皮肉なものですわね。私は王家の権勢を守るためにあなた方に追放されたけれど、そのおかげで、こうして今はあなたの醜態を見下ろすことができます」

 人生、なにがどう転ぶかわからない。ティファニアの件がなければ、ロングビルもこの操り人形の一人にされていたかもしれないのだ。かといって感謝する気は毛頭ないが、彼女もまたヤプールの道化にされていた過去を思うと、ウェールズを他人事だとは思えなかった。

 ロングビルは、もし私やテファの父がまだ健在ならばと想像してみた。強い権限を持ち、有能で忠実な太守であった彼らならばクロムウェルなどにつけこまれる隙を与えずに、もしかしたらこの反乱は未発に終わったかもしれない。

「結局は、自分の手足を切り離して立っていられなくなった国の最後なんて、ヤプールにつぶされなくてもこんなものなのかしらね」

 有能な臣下や、忠臣の咎を攻め立てて追放し、ひたすら王家に媚を売るものばかりが残れば、国は当然のように弱体化していく。もちろん、それはウェールズの責任ではなく、先王ジェームズ一世の厳格な法統治ゆえなのだが、その人間より法を重んじる厳格すぎる姿勢が、かえって自らの足をすくったことになる。法は人を守るべきものであり、支配するものではないはずなのに。

 だが、それでもアニエスはアンリエッタ王女から賜った、ウェールズ皇太子を救出するという任務を忘れてはいなかった。

「不本意であるが、王女殿下の命令だから助けてやる。それに貴様は、こんな事態を招いた責任をとってもらわねばならんからな」

 倒れているウェールズは、洗脳が解けただけであるから恐らく生きている。ロングビルは多少しぶい顔をしたが、この内乱が終わったあとに国を迅速に立て直すには、ウェールズが中核として必要であるとわかるので自分を納得させた。

 それに、ウェールズもこの内戦が始まる前までは、本当に人望高い立派な王子だったという。ただ軍事的、政治的才幹が乏しく、反乱を抑えられなかったのは彼にも責任の一端がないとはいいきれない。ただし、それも彼自身はまだ二十にも届かない若年で、精神的に成熟しきっておらず、またアンリエッタ王女のようにアニエスやマザリーニのような信頼できる副官もおらず、裏切りが続く中で猜疑心の虜になっていったのは、人間として仕方があるまい。

 目が覚めたら、ウェールズにとってはつらい現実が待っているであろう。それでも、そのときはトリステインのアンリエッタ王女が支援を惜しまずに、彼さえその気になればトリステイン、アルビオンの両国に深い友愛が結ばれることも充分にありえる。

 それに、本当に許せないのは、そんな孤独なウェールズの心を道具のようにもてあそび、数え切れないほどの不幸を撒き散らそうとしている悪魔たちのほうだ。

 彼女たちは、あれをやると目配せしあうと、赤い雨にまぎれて一気に上昇し、死角から一気に老人めがけて急降下した!

『ジャベリン!』

 空気中の水分、すなわち赤い雨を凝結させた真紅の氷の槍がタバサの杖の先で瞬時に形成され、彼女はそれを真下の老人へ向かって勢いよく振り下ろした。

「やったか?」

 ジャベリンが、老人の胴体に突き刺さり、枯れ木のような小柄な体がよろめき、攻撃をおこなったこちら側を凝視してくる。それで、彼女たちは今度こそ百%の確信を得た。胴体をぶち抜かれて、生きていられる人間などいるわけがない。

 彼女たちはシルフィードから飛び降りてウェールズを回収し、さらに油断なく杖の先を老人に向ける。

「おのれ、まだ生き残りがいたのか、小ざかしい虫けらどもが……」

 参謀長だった老人は、胴体に氷の槍をつきたてたまま、憎憎しげにつぶやいた。そこには、自らの立てた計画に従わなかった異分子に対する憎しみが満ちていたが、そんなものに彼女たちはかまわず、キュルケが一笑のあとによく通る声で勝利宣言をした。

「人間をなめるから、そういうことになるんですわ。さっさと正体を現しちゃいなさい。せめて楽にあの世に行かせてあげるわよ」

 すると、老人はキュルケの挑発に激昂したかのように醜く顔を歪ませると、その頭が見る見るうちに膨らんで、直径一メイルほどの大きな球体の下に目と口がついた異形の頭部に変形した。ついでジャベリンを打ち込まれた胴体は逆に見る見る縮小し、クモの足のような触手がだらりと下がったものだけが残った。総じて風船のような頭に触手だけを持つという、異様な姿の星人へと変形したのだ。

 アニエスが、キュルケがつばを飲んでその異形を睨みつける。

「それが、貴様の正体か」

「胴体は見せかけだったのね、どうりでジャベリンも効かないわけだわ」

 頭脳星人チブル星人……それが、参謀長の正体。

 こいつこそ、かつてウルトラ警備隊の時代にアンドロイド0指令という、子供を洗脳して兵隊にする計画を立てた張本人であり、その準備の周到さと人間の思考の盲点を突く悪賢さをヤプールに見込まれて、奴に雇われた宇宙人の一人であった。

「油断しないで……」

 タバサが注意を喚起すると、皆がそれに従った。これまでの経験から、宇宙人はそれぞれ特殊能力を持っていることが多く、うかつに手を出せばどうなるかわからないからだ。

 対して、チブル星人は奇怪な鳴き声を発しながらも、変身してからは一言も人間の言葉を発しなかった。しかし、奴の鳴き声に合わせるように周りの人間たちがゆっくりと振り返ってその武器を、彼女たちに向けてきた。

「兵隊たちが!」

 剣や槍、杖がゆっくりと彼女たちの方向を向いてくる。こいつは、その巨大に発達した脳を利用して、脳波指令によって一気にその受信機を身につけた大量の人間を操ることができる。

 だいぶん散らばっているとはいえ、王軍の本陣であるから兵隊は精鋭ぞろいでまだ三十人は残っている。これだけの兵隊から一斉攻撃を受けたらいくら彼女たちでもひとたまりもない。

 しかし、アニエスは事態を改善する最短で最良の方法を選んだ。自らの剣を不気味に浮遊し続けるチブル星人へ向かって投げつけたのだ!

「ちょ、アニエス!?」

 キュルケが叫んだときには、すでにアニエスの剣はチブル星人を深々と貫き、その後頭部にまで貫通、致命傷を与えていた。

「え……」

 アニエス以外の全員が呆然とする中で、チブル星人は壇上の床に落ちて、少しのあいだ足を痙攣させていたが、やがてまぶたを閉じると、そのまま氷が溶けるように雨の中に消えていってしまった。

「よ、弱い……」

 あんまりにもあっけなさ過ぎる星人の最期に、一同はそろってあっけにとられてしまった。いちかばちかで人間たちを操っている星人を狙おうとしたアニエスも、予想を上回りすぎる戦果に喜ぶ気も失せてしまったほどだ。

 だが、チブル星人は頭脳と引き換えに体を退化させてしまった宇宙人なので、その脆弱さは人間以上で、過去もウルトラセブンのエメリウム光線一発で簡単に倒されてしまっている。自らの代わりに戦わせるアンドロイドや、人間の洗脳計画を立てるのはその裏返しともいえた。

 どっちみち、星人の見た目の不気味さに警戒して、手を出せずにいたキュルケやタバサは騙されたようでいまいち不愉快だった。それでも星人が死んだおかげで、武器を上げかけていた兵隊たちも、糸の切れたマリオネットのように次々と泥の上に倒れていった。

「なんか釈然としないけど、洗脳は解けたみたいね。王子様のほうはどう?」

 キュルケに問われて、彼を介抱していたロングビルは、洗脳の後遺症で昏睡状態に陥っているけれど、生命には別状なさそうだと答えた。後は、ほかの人間も正気を取り戻したあとで、本職の医者に見せるしかあるまい。

 ただしウェールズを連れて行くわけにも、かといって見ず知らずの自分たちがここに残るわけにもいかない。そこで、彼を司令部用と思われた近くの大き目のテントに運んで、そこの簡易ベッドの上に寝かせた。

「わたしたちにできることはここまでね。とりあえずこれでヤプールの計画は頓挫させられたのかしら」

「いや……まだあの赤い怪獣がいる。あれを倒さない限り、ヤプールは何度でも計画を立て直せる」

 タバサがいまだに降りしきる赤い雨のかすむ先で、なおも戦い続けているウルトラマンAとノーバの戦いを仰ぎ見ると、キュルケはふっとため息をついて、それから気持ちを切り替えるように、濡れた髪をかきあげた。

「そうか……三段構えの作戦とは、その執念には恐れ入るわね。でも大丈夫よ、エースが負けるわけないじゃない」

 陽気にウィンクしてみせ、一行はそうだなと互いと自分に確認しあった。

 ウルトラマンAとノーバの戦いは、まさに佳境を迎えていた。

 エネルギーがブラックテリナ戦で消耗していたとはいえ、エースはノーバと互角以上に渡りあい、追い詰めていっている。これならば、もうエースの勝利は揺るぎないだろう。そう思い、彼女たちはこの戦いの最後を見届けるべく再び飛び立とうとしたが、その直前で笑顔を引きつらせた。

 なぜなら、ノーバに今まさにとどめを刺さんとするエースの背後に、どす黒い次元の裂け目が出現したからだ。

「あれは……エース、危ない!」

 キュルケとロングビルが絶叫し、その声がエースに届くのと、エースの背中に青黒いエネルギー弾が炸裂したのはほぼ同時だった。

 

「グワァァッ!」

 無防備な方向からの奇襲を受けて、エースは吹き飛ばされて地面にうつぶせに倒れこんだ。

(あ、あれは……まさか)

 次元の裂け目からその姿を現し、エースに不意打ちをかけたその怪獣を、才人はよく知っていた。かつて、健談宇宙人ファントン星人が地球に落とした非常食料『シーピン929』が圧縮を破って巨大化し始めた事件で、GUYSはシーピンを宇宙空間まで移送する作戦を立て、才人はその光景を生中継で見ていたが、作戦開始寸前にそいつは突如現れた。

(高次元捕食体、ボガール……)

(馬鹿な、円盤生物に続いて、ボガールまでも復活させたというのか!)

 エースすら、目の前の光景を信じられなかった。ボガールのことはエースも知っている。宇宙の星々の生命を食い荒らし、果てしなく強大化を続け、なおかつ宇宙警備隊の追撃もかわし続けた、あのボガール一族の中でも特に進化したこいつを蘇らせられるとは、この短いあいだにヤプールの力は想像を超えて巨大化していたのか。

 そのとき、赤い雨の中にとどろくように、異次元のかなたからヤプールの忘れようもない声が響いてきた。

 

「ふぁーはっはっは! 罠にかかったな、ウルトラマンA」

「ヤプール!」

「先日のノースサタンに続いて、ブラックテリナに、さらにノーバをも連戦して倒しかけるとはさすがだな。だがここまでは敵ながらあっぱれとほめてやるが、まだエネルギーは残っているか?」

 やはりそれが狙いだったのかと、エースや才人たちは内心で歯噛みをした。だが、それよりも、これほどの怪獣軍団をヤプールが作り上げていたことが脅威である。

「ヤプール、貴様どうやって円盤生物やボガールまでも蘇らせたのだ?」

「ふははは! 以前お前たち兄弟の末っ子と戦ったロベルガーやノーバは、皇帝の命を受けて俺が再生に協力したのだ。ボガールは、怪獣墓場に漂っていたのを復活させるのには骨を折ったが、以前貴様に言っただろう。この世界に満ちるマイナスエネルギーの規模は地球をしのいでいる。我らの捨て駒として充分役に立ってくれたこの国の王子一人にしても、復讐心、猜疑心、破壊衝動、わしがあれこれ手を加えるまでもなく、闇のとりこになっていた。おかげで、軍団の再編も滞りなく進んでいるわ!」

 ヤプールの一人称がコロコロ変わるのは、奴が多数の意識の集合体であるからだろう。さらにホタルンガ戦のときにヤプールが言っていたことが、ここまでの巨大規模だったということがエースを愕然とさせた。

 人間の汚れた心、マイナスエネルギーの発生にとって、ハルケギニアの中でも特に内乱中のアルビオンが有力だったのは今さら驚くことでもない。しかし超獣だけならまだしも、系統のまったく違う円盤生物やボガールまでもこれほどの数を操っているとは。

「貴様が、この国の争いを画策したのか?」

「ふん、我らは人間同士の小ざかしい争いになどは興味はない。それどころか感謝してもらいたいものだ。中々こっけいな見世物ゆえに、少々長引くようにしてやったが、我らが手を加えなければ、あやつらは当にどちらかが皆殺しになるまで戦い続けて、貴様の嫌がる大量の死者が出ていただろうからな」

 盗人猛々しいとはよく言ったものだ。それでも、アルビオンの人々が自ら生み出した邪念……貴族にとっては権力欲、支配欲。平民にとっては戦争に便乗した金欲、物欲また双方に共通する復讐心……持てる者、身分が上の者への妬み、嫉み、それらの邪念が、怪獣という形に変わって自分たちに襲い掛かってきているのは間違いなかった。

「ウルトラマンAよ、もう一度聞くが、こんな醜く歪みきった世界を、守る価値などがあるのか?」

「ヤプールよ、その問いに対する私の答えは常にイエスだ。人間には醜い心も確かにある。しかし、美しい心を持った人間も決して絶えはしない。この世界にそうした人が一人でも残っている限り、私は戦う」

 正義と悪、光と闇、守るものと壊すもの、そして未来を信じるものと奪おうとするものは、けっして相容れることはなかった。

「ふふふ、まあ貴様ならそう言うだろうと思ったが、まだまだ我らの計画は序の口だ! 無数の怨念を滞在させているのはこの国だけではない。貴様一人がいくら奮闘しようと、この世界の滅亡は止められぬ! ウルトラマンA、貴様が守ろうとした人間の心が蘇らせた悪魔によって死ぬがいい、ゆけボガール、エースを食い殺せ!」

 ヤプールの声が終わるよりも早く、ボガールは自分に命令するなとばかりにヤプールの声の響いてきた空間の歪みに、腕から発射した波動弾を撃ち込んで消滅させると、エースに襲い掛かってきた。

「ヘヤッ!」

 突撃してくるボガールを正面から受け止めて、力負けすることなくエースは食い止めた。もうカラータイマーの点滅は相当に早くなっているが、まだまだ不完全なボガールにやられはしない。

 だが、正面のボガールを受け止めた隙に、エースの背後からノーバが鎌状の左腕を振り下ろしてきた!

「ヌワァッ!」

 火花が散って、エースの巨体が崩れ落ち、倒れこんだエースをボガールが蹴り上げる。

(くそっ、挟み撃ちかよ)

(もう……ほとんど力が残ってないっていうのに)

 勝ち誇るボガールを見上げて、才人とルイズは苦しげな声を漏らした。通常はエースは二人の安全のためにと、肉体のリンクを切ってあるが、ダメージの蓄積量が一定を超えると二人にもダメージが行ってしまうこともある。以前のザラガス戦で、エースの受けた目潰しが二人にも反映されてしまったことがその顕著な例で、今はまだ疲労感が襲ってくる程度だが、このままでは二人とも衰弱が進んでしまう。

 なのに、残りわずかな生命力を振り絞って、エースは立った。

(だが、やるしかない! ここで負けたら、何十万という人間同士が殺しあう惨劇が生じてしまう)

 それを避けるためにも、エースは引くわけにはいかなかった。むしろ、そうしてエースの退路を絶つことも、ヤプールの策謀が悪辣極まりないことを示すよい証左であっただろう。

 ただ、そのために同化している才人とルイズまで生命の危険に晒すことはエースの本意ではもちろんない。しかし、ここで引いて世界が地獄と化することは、二人にも承知できることではなかった。

(おれなら大丈夫だ、だから気にしないで戦ってくれ)

(このくらいで、へたる……わけないでしょう。余計なことを、気にせずに……さっさと終わらせちゃって)

 二人とも、フルマラソンの後のような疲労感に襲われているはずだが、文句の一つも言わずに、わずかな自分の生命エネルギーさえ分け与えてくれた。

 その思いを無駄にしないためにも、エースは二体の凶悪怪獣へ向けて立ち向かう。

「トァァッ!」

 だが、心とは裏腹に、エースのエネルギーは底を切り、疲労も限界に達していた。

 ボガールとノーバが同時に光弾と光線を放ってくるのをエースは避けられずに、直撃を受けて思わずひざをついた。

「グゥゥ……」

 動きの止まったエースに対しても、二匹は攻撃の手を緩めない。ボガールの尻尾が蛇のように伸びてきてエースを突き倒し、飛び上がって円盤形態になったノーバが、高速回転しながらカッターのようになったマントで体当たりをかけてくる。

「ウワァァッ!」

 もし、エースが万全の状態であったならば、ボガールとノーバの二匹が相手でも充分に戦うことはできただろう。だがヤプールの言うとおりに、スノーゴン、ノースサタン、ブラックテリナときて、この二匹と、あまりに短期間に続いた連戦によって、エースのエネルギーは衰亡しきっていたのだ。

 そしてついに、ノーバがエネルギー切れ寸前に陥ったエースを、後ろから鞭と鎌で羽交い絞めにして動きを封じると、ボガールは背中に羽のように収納されていた捕食器官を、牙がびっしりと生えた口のように大きく広げて迫ってきた!

(くそっ、おれたちをエサにするつもりか!)

 才人はボガールの意図を正確に見抜いたけれど、エースのカラータイマーはもう消滅寸前にまで点滅を早めている。たった一つの光線を撃つエネルギーも、組み付いたノーバを投げ飛ばすだけの体力も残されてはいなかった。

(くそっ、負けられない、負けるわけにはいかないんだ!)

 それでもエースの心は折れないが、今頃ヤプールは念願だった宿敵の最期を前にして、異次元で大笑しているだろう。命令に従わないとはいえ、ボガールは飢えを満たそうと、捕食器官を全開にして着実にエースに迫ってくる。

 

 しかし、ヤプールはエースを倒すことに固執するあまり、一つだけ完全な計算違いを犯していた。

 はじめからこの戦いをじっと見守っていた一対の眼。それはずっとウルトラマンAとその敵を値踏みするように、戦いの一部始終を冷徹な思考で監視し続けていたが、その者にとって、宇宙の調和を乱す存在、ボガールの出現を持ってついに動いた。

 天空を覆い尽くしていた黒雲が切り裂かれ、陽光とともに一筋の光の矢が今まさにエースを捕食しようとしていたボガールの背中に突き刺さったのだ!

 

『ダージリングアロー!!』

 

 爆発とともにボガールが吹き飛ばされ、その余波で驚いたノーバの力が緩んだ隙に、エースは脱出に成功した。

(あれは……)

 エースは、そしてキュルケたちは、晴れ渡っていく空の下で、金色の光に包まれながら、血のようだった赤い雨とはまったく対照的に、邪悪を焼き尽くす炎のような力強い真紅にその身を包んだ戦士を見た。

 

「もう一人の……ウルトラマン」

 

 光に圧倒されるように消えていく暗雲を背中に見ながら、誰のものともしれない呟きがシルフィードの背に流れたとき、本来交わるはずのなかった異世界の光が、最初の邂逅を果たしたのだった。

 

 

 続く

 

 

 

【挿絵表示】

 


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