第71話
死を呼ぶ黒い二枚貝
円盤生物 ブラックテリナ 登場!
破滅は、あまりにもあっけなくやってきた。
あと一日で、アルビオン王党派とレコン・キスタが全面衝突しようとしているとき、才人とルイズたちは、その両陣営の決戦を利用して恐るべき計画を進めているであろうヤプールの企みを看破するべく、手を尽くしてその影を追っていた。
しかし、彼らの予想を裏切って、事態は最悪の展開を迎えた。
「総員戦闘準備、すべてのメイジと兵士はただちに配置につけ!」
けたたましくラッパの音が鳴り、風魔法で増幅された声が放送となって、王党派の陣地を駆け巡る。それを聞いた兵士が前線へと駆け出し、平民たちは店じまいをして避難所となっている南西地区へ走っていく。
それが、始まりであった。
そのころ、才人たちは兵士の姿に変装して、前線の陣地の中を調べていたが、突然の戦闘配置命令にとまどっていた。
「おいお前、これは何事だ?」
アニエスは、近くを走っていた立派な鎧をまとった曹長クラスと思える兵士を一人捕まえて、事情を問いただした。普通なら、ここで「邪魔だ!」と怒鳴りつけられるところだが、威圧感満点のアニエスに襟首を掴まれて睨まれると、その兵士は驚いて説明を始めた。
「よ、予定が早まったんだ。レコン・キスタの連中が一日早く動くって情報が入って、こっちも動くことにしたんだそうだ!」
「なんだと? それは確かか」
「そ、そうだ。これからウェールズ皇太子ご自身が陣頭指揮なさるそうだ!」
その曹長の階級章をつけた男は、言うだけ言うと、アニエスの手を振り切って前線のほうへ走っていった。残された六人にも、等価の緊張が駆け巡る。彼らは元来、予言や運命めいたことを本気で信じるようなことはしなかったが、このときは、いわゆる運命の時がやってきたことを肌で感じ取っていた。
「どういうこと? 決戦には、あと一日時間があるはずじゃなかったの」
「バカねルイズ、多分ミシェルを殺しそこなったから、予定を早めたのよ。まさか、人間一人に逃げられた程度で、ヤプールが予定を変えるとは思わなかったけど、隊長さん、これは好機では?」
キュルケの問いかけに、アニエスは強くうなずいた。
「ああ、まだ陰謀の全容を明らかにできていないのは痛いが、こうなれば水際で食い止めるしかない。意表をつかれたのは事実だが、向こうも準備期間を短縮して事を起こしたのだ、用意が完璧なはずはない」
「ええ、ヤプールがなにかを仕掛けてくるとしたら、このタイミングしかないでしょうしね。ウェールズが出てくるってことは、決戦しかないんだもの」
「ああ、ともかくここを出よう。このままでは身動きがとれん」
一同はうなずきあい、巻き込まれては大変と前線から脱出を始めた。
しかし、彼らが行動するよりも早く、敵は次なる手を打っていた。
再び、風魔法での放送が陣地全体に流れ、ウェールズの演説が始まると、彼に心酔する将兵たちはすぐに聞き入りはじめた。
「我が忠勇なるアルビオンの勇者諸君、いよいよレコン・キスタとの決戦のときが迫った。まずは、ここまで私を連れてきてくれた諸君らの忠誠心に深く感謝の意を表しよう。しかし、我々はまだ勝ってはいない。諸君らに問う、この内乱はなぜ起きたのか? そう、一部身の程をわきまえない貴族たちの邪悪な野心によってだ。それが、この国を傷つけ、始祖よりこの国を与えられた王家の誇りに泥を塗ったのだ。今こそ我々は、この国を正統なる形に戻すための正義の杖となって戦わねばならない」
傍から聞いていれば白々しい。だが、熱っぽさを増していくウェールズの声に呼応して、兵士たちからも共感と興奮の叫びが響いてくるのを、人の壁に阻まれてウェールズの姿が見えない才人やルイズたちにもはっきりとわかった。
「な、なんなのよこの空気は?」
人間同士が戦う戦場などははじめてのルイズは、たちこめる異様な熱気に本能的な恐怖を感じはじめていた。アニエスやミシェル、ロングビルには経験があるが、やはり何回感じてもいい気分はしない。
「集団心理、あるいは群集心理というやつだ。人間というものは、群れから排除されまいとするために、本能的に周りの人間がおこなっていることに合わせようとする心理が働くんだ」
「にしたって、これは……」
ミシェルの説明にも、ルイズはとまどうばかりだが、周りからはすでに「ウェールズ皇太子万歳」「アルビオン万歳」「勝利を我が手に」などに混ざって、「反逆者に死を」「我らこそが正義」「天誅を下すべし」といった正気を疑いだすような言葉が聞こえ出し、群集から理性が消失しはじめているのが感じ取れた。
「人間の理性というのはもろいものだ。十人のうち八人が蛮行をおこなえば、残りの二人が善人だとしてもたいていは八人に従う。お前にも、似たような経験の一つや二つはあるだろう」
そう言われると、ルイズや才人にも心当たりはあった。学院でルイズが魔法を成功させられず、ゼロと侮蔑されるとき、笑い出すきっかけを作るのは数人だったが、それが五人、六人と増えていき、やがては教室中が合わせたように笑っていた。
才人も、学校で掃除当番だったとき、一人がさぼりだしたら誰かがまねをしだし、やがて普段まじめな者も、自分もさぼらなければいけないのではないかと、掃除をやめていた。
これらは小規模なものだが、政治や戦争ではこの群集心理が最大限に利用される。要は一種の催眠効果だが、最高指導者が憎め、殺せ、我に従えという声が、偉い人が言っているから、周りの人もやっているから、これは悪いことではないのだろうと、個々人の理性もモラルも破壊して、一人の意思がそのまま群集の意思に摩り替わってしまうのだ。
もっとわかりやすい例をあげれば、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』である。
「どうやら、ウェールズという奴には、扇動家としての才能があったらしいな」
いつの世でも、大衆の最大の支持を受けるのは、彼らに甘美な夢を見せてくれる者と相場が決まっている。その点で言えば、ウェールズは容姿や発声などが、英雄活劇に登場する、悪大臣を倒して国を救う王子様という、大勢の人々が思い描く英雄像にぴったり合致するから、何の抵抗もなく人々に指導者として受け入れられたのだろう。
しかし、それはよい方向へ向けば、歴史を建設的に動かす原動力となる反面、ひとたび邪悪な野心を持つものがやれば、略奪や殺戮を正当化する最悪の盗賊集団を作りかねない。そしてこの場合、どう考えても後者のようだった。
「これは、無理してでもウェールズを抑えておくべきだったか」
熱狂の度を上げていく群衆の声を聞いているうちに、アニエスは王党派の軍を離れて、遠くに見えるところで歩を止めていた。ここまで興奮の度合いが上がってしまえば、前線に戻ることは危険だと判断したのだ。しかも、歓声は王党派軍だけでなく、後ろからも聞こえてくる。つまり、平民たちもウェールズの声に乗せられているということになる。
恐らくは、レコン・キスタ陣営でも似たようなことがおこなわれているはずだった。戦いを始めるにいたって、自分たちを絶対正義の使途、敵を絶対悪の非人間だと思い込ませ、殺人の罪悪感を消し去るのは古今東西戦争の常套手段だ。
風に乗ってやってくるウェールズの言葉は、いつの間にか洗練されたものから、レコン・キスタへの憎しみをむき出しにしたものへ変わっていた。「国を奪ったレコン・キスタの豚どもを殺せ、皆殺しにせよ、やつらは人間ではない、王家の血筋に手をかけた汚らしい虫けらだ、殺せ、殺せ、殺し尽くせ」と。さらにその声に兵士たちの「殺せ」「殺せ」の声が連呼して続き、さしものこの六人も背筋に蛇がはいずるような悪寒を感じていた。
そうして、群集の歓喜が狂気へと変わったとき、それは起こった。
一瞬、歓声がやんだかと思ったとき、それまで整然と隊列を組んでいた軍隊の兵士たちが、貧血でも起こしたようにそろってよろめき、全体が波打つように無言のままうごめいたのだ。
「……?」
ルイズが、夢遊病患者のようにふらつく兵士たちを見て首をかしげた。そして、よろめく兵士たちの中の一人が、離れて見守っている自分たちに気がついたとき。
「敵がいるぞぉーっ!」
その叫び声がとどろいたとき、それまで整然とレールの上を走っていたと思われたアルビオン王党派の運命は、脱線してブレーキの壊れた機関車のように暴走を始めた。
「敵を、殺せ、殺せ」
「あれは、敵だ、敵だ」
「殺せ、殺せ、殺せ……」
力を失っていた兵士たちが、手に持った武器を次々と構えると、口々に殺意を表す言葉を叫びながら、焦点を失った目を幽鬼のように輝かせて向かってくる。
「な、なんなの!?」
「馬鹿! 逃げるんだよ」
もはや、手遅れだということを彼らが悟るのに時間は必要なかった。
意味を考えるのは先だ、この状況で棒立ちしているのはバカしかいない。踵を返して全員一目散に駆け出すと、それが引き金になったかのように、兵士たちから鉄砲の一斉射撃が襲い掛かってきた。
「うわっ! 撃ってきやがった」
銃弾が周囲ではじけて、鈍い音を立てる。距離があるため当たらなかったものの、その射程がアニエスを驚かせた。
「馬鹿な、この距離で銃弾が届くだと!?」
ハルケギニアで使用されている前込めのマスケット銃の射程は、およそ百メイルくらいしかないはずだ。それなのに、奴らの銃弾は百五十メイルは離れているはずの自分たちのところまで余裕で届いてきた。
しかもそれだけではない。なんと、単発式で一発撃ったら弾込めに数十秒はかかるはずのそれが、地球の歩兵銃のように連射してくるではないか。
「どうなってるの? こんな強力な武器じゃなかったはずなのに」
「そうか、思い出したぞ!」
才人は、ロングビルが持ってきた武器についていたエンブレムの意味をやっと思い出した。それは、かつてウルトラ警備隊の時代に、子供におもちゃの武器を配り、さらに子供を催眠状態にした上で、おもちゃの武器を本物に変えて、子供の軍隊で地球を征服しようとした星人がいて、そいつが使っていたのが、あの奇妙な形のワッペンだったのだ。
「なるほど、アンドロイド0指令を応用したってわけか!」
今の状況は、そのときの状態に非常に酷似している。それで、才人にはウェールズのそばにいるという参謀長の正体が読めた。だが、それで事態が改善するわけではない。
「サイト! あんたそういう重要なことは、もっと早く思い出しなさいよね!」
「すまん! ほんとにすまん!」
そうは言っても、数千ある怪獣事件を完璧に覚えきるということは簡単ではない。それでも、アンドロイド0指令を下敷きにした作戦だというのなら、大体の見当はつく。
「ヤプールの作戦ってのは、王党派とレコン・キスタの軍隊を洗脳して兵隊にすることだったのか?」
しかし、事態は彼の予想したほどに単純ではなかったのである。
逃げる彼らの行く先に、避難しているはずの平民たちが、次々と虚ろな表情で現れて、壁のように立ちはだかってきたのである。
「え……まさか」
そのまさかであった。こちらの姿を見つけた平民たちは、奇声を張り上げると、手に手に棒切れやシャベル、つるはしなどの凶器になるものを振り上げて、ゾンビの群れのように襲い掛かってきたのだ。
「きゃあっ、なんなのよ!」
「パニックになるな、円陣を組んで身を守れ! ミシェル、お前も手を貸せ」
アニエスの指示で、六人は背中合わせに丸く陣形を組んで、襲ってくる人々を迎え撃った。ミシェルも、ここに来る途中の川原で拾っていた自分の杖を渡されて、自分を背負っているせいで戦えない才人の代わりに呪文を唱える。
しかし、ただの人間相手に殺すような攻撃をするわけにはいかない。キュルケのファイヤーボールを、相手の手前で炸裂させて炎の壁を作り、ルイズの爆発でけん制し、ミシェルが土壁を作って防御するのが精一杯。しかも正気を失った人々は、吹き飛ばされはしても、痛みを感じていないように起き上がってくる。
「ちくしょう、どうなっているんだよ!」
ついさっき、ソーセージを買った屋台のおじさんが、目を血走らせて包丁を振り下ろしてくる。その顔に、あのときソーセージを一本おまけしてくれた気さくさはなく、殺人鬼のような狂気に溢れている。
「ミス・アニエス、これじゃすぐに押し切られてしまいますわよ!」
石を投げて応戦していたロングビルが、焦りを隠せずに叫んだ。平民たちが操られているのは確かだが、ここで彼らを正気に戻す方法がなくては、いずれ圧倒的な人数の差に押しつぶされてしまう。
「ミシェル、屋根の上への道を作れ!」
アニエスに言われて、ミシェルは土魔法で地面を隆起させると、近場にあった倉庫の上への道を作り、急いでその上に駆け上がったあとで道を消して、追撃を絶った。
「屋根の上に逃げて、一安心か。こんな映画を前に見たな」
才人は昔観た、地底から襲ってくる怪獣と砂漠の町で人々が戦う映画のワンシーンを思い出してつぶやいた。あのときは確か、トラックの屋根から岩から岩へと逃げていたと思うが、高いところに上がって周りを見渡すと、もうすでに陣地全体の平民たちが暴徒化しており、逃げ場はどこにも残っていないとわかって愕然とした。
「軍隊と、平民、合わせて十万人が、いっぺんに洗脳されてしまったというのか!?」
さしもの豪胆なアニエスやロングビルも、視界を埋め尽くす暴徒の群れには平静を保ってはいられなかった。人間の心を操る魔法というものはあるが、ここまでの人数を、しかも当然ながらレコン・キスタ軍も同じように操られているであろうから、総勢二十万人を一瞬で操作するとは、たとえエルフの先住魔法でも不可能だろう。
「隊長、見とれている場合ではありません。登ってきましたよ!」
ミシェルに言われて、はっとして倉庫の下を見下ろすと、群集たちが次々と倉庫の壁をよじ登ってくる。見ると、近場のほかの建物の屋根にも人々が上がってきており、飛び移ることもできない。
「くそっ! ミス・ツェルプストー、飛んで逃げることはできんのか?」
「わたくし一人だけならできますけど、この人数を抱えて、あの距離を飛ぶのは無理ですわ」
アニエスは歯軋りをしたが、魔法とて万能ではないことを彼女もよく知っている。せいぜい登ってくる暴徒を叩き落とすのが精一杯で、それも一時しのぎにしかなるはずがなかった。
「くそっ、これまでか」
十万の暴徒のど真ん中に取り残され、脱出する術はもはやない。倉庫の屋根の上には、こちらが払い落とすよりも多く暴徒どもが上がってきて、しだいに屋根の中央に追い詰められつつあった。
しかし、六人があきらめかけたそのとき、空のかなたから耳慣れた風竜の鳴き声が聞こえてきたのだ!
「きゅーい!」
「あ、あれは!」
「シルフィード!? タバサ、来てくれたのね!」
まさに、天の助けとはこのことだった。タバサは、突風を起こして迫りきていた暴徒を払い飛ばすと、すぐさま六人をシルフィードの上に乗せて飛び立ったのだ。
「助かったわ、いいところで来てくれてありがとう」
「死ぬかと思ったわ、それにしてもでっかく借りができちゃったわね」
やっと胸をなでおろしたキュルケやルイズが、変装用の鎧を脱ぎ捨てながら口々に礼を言うのを、タバサはいつもどうりの無表情で。
「ナイスタイミング」
と、だけ答えて、その後アニエスやミシェルの姿があるのを見て首をかしげた様子だったが、才人が簡単に補足説明した。
「というわけで、今じゃ間違いなくおれたちの味方だよ。おれが保障する」
ミシェルの素性を聞いたタバサは表情を変えることはなかったが、才人の真剣な様子と、ミシェル自身の「だましていてすまなかった」という言葉に、「そう、わかった」とだけ答えると、花壇騎士として常備している特製の傷薬を黙って渡してくれた。
空中から見下ろすと、すでに洗脳操作は両軍に完全に行き届いたと見えて、眼下には死人の群れのような人間しか見えず、それらは次の命令を待っているかのように、その場でうごめき続けている。ここまでくれば、これまでに見つけた数々の不審な証拠や出来事が、すべて一本の糸につながって見えてきた。
まず、ウェールズとクロムウェルを操り、戦闘をこう着状態にした上で、ブラック星人などを使って、平民も可能な限り集め、好待遇でウェールズへの信頼感と、依存心を植えつける。さらに、その間に特別製の武器を持たせ、それを持った者を洗脳する準備を整える。
「そして、集められるだけ集めたところで、ウェールズの演説で精神を高揚させて、闘争心を昂らせた段階で操作するという計画か」
アニエスの推理は、そのほとんどが事実を指摘していた。確かに、二十万人の洗脳ともなれば、これだけの時間と手間をかけてでも成功させたい作戦には違いない。だが、当然ながら洗脳とはなにかをするための手段であって、作戦の最終目的ではないはずだ。
「いったい、これほどの人間をいっぺんに操って、なにをする気なんだ?」
二十万人の洗脳、それは確かに想像を絶するが、問題はその手段よりもまず、それをした目的であった。才人たちははじめ、それらの大軍団でハルケギニアを攻め落とすとか、集めた人間の生体エネルギーを利用するなどと考えた。しかし、群集がクモの子を散らすように、無秩序に散開し始めると、アニエスはヤプールの目的がそれらよりはるかに恐ろしい事に気づかされた。
「そうか! なんてことだ、奴は二十万人の暴徒を、そのまま利用する気なのだ」
「どういうこと? わざわざ操った人間を、なんで手放すのよ」
「馬鹿! 二十万人もの武器を持った暴徒どもが国中にばら撒かれてみろ、アルビオンは一ヶ月と経たずに壊滅するぞ」
「なっ!?」
才人たちは愕然とするしかなかった。一口に二十万人といっても、それを兵隊として扱うのならば、トリステインやゲルマニアなどの軍が総力をあげれば撃退することもできる。しかし、無秩序にばらまかれた二十万の獣の群れを殲滅するのは並大抵ではない。二十万人の軍隊を倒すのと、二十万人の盗賊を捕まえるのでは、どちらがより困難なのかは目に見えている。
アニエスやミシェルも、レコン・キスタなどとは比較にならないほど悪辣なヤプールのやり方に、怒りを覚えた。
「おのれ、なんて卑劣なことを考えるのだ!」
「悪魔の所業だ……」
これならば、洗脳後は細かな操作をする必要はなく、暴徒と化した人間の凶暴性にまかせれば、あとは高みの見物を決め込むだけでいい。準備段階で見破られる心配はまずなく、作戦が発動してしまったら一瞬でことがすむ。
「ともかく、今のうちに止めないと取り返しがつかなくなるわ!」
「そうよ、早くしないとテファたちも危ないわ!」
キュルケとロングビルも、さすがに焦りの色を隠しきれなくなっていた。ここで暴徒たちを止められなければ、アルビオンは間違いなく蹂躙され、その後洗脳された人間たちは、トリステイン、ゲルマニアなどにも下ろされて、想像するだにおぞけが走る人間同士の殺し合いがなされることになるだろう。
もちろん、タルブや魔法学院も同様の目に遭うはずだ。ルイズと才人も、そんなことは絶対に許しておけない。
「サイト、敵のやり口を思い出したんでしょ、方法はないの?」
「確か、洗脳をコントロールしている星人がいるはずだ。そいつさえ倒せれば」
才人は、兵士たちが操られているのは、武器についている奇妙なエンブレムが洗脳電波(離れたところに思念を送る魔法のようなものと説明した)を受信しており、それを送っている者が、恐らくは人間に変身して近くにいるはずだと説明した。
「なるほどね。けど、ちょっと待ったぁ! これだけ人がいちゃあ、誰に変身しているかわからないじゃない!」
ルイズはかんしゃくを爆発させたものの、才人の後ろで彼に寄りかかりながら考えていたミシェルは、見当をつけていた。
「落ち着け、ミス・ヴァリエール、これまでのことを思い出してみろ。武器を用意し、この舞台のお膳立てを整えた人間が、ウェールズのそばにいたはずだ」
「そうか、参謀長! 身元不明だっていう、あいつね」
言われてみれば簡単すぎる答えに、ルイズは指を鳴らして脳内機械の歯車が噛み合った心地よい感触を楽しんだ。
そいつが、ヤプールの使者だと考えれば、というよりその行動を見てみると、ほかに考えようがない。人間に化けることは、周りから怪しまれずに侵略計画を進められるので、昔から宇宙人たちにもっとも多用されてきた手段であり、ヤプールも、手下の宇宙人を人間に化けさせて潜入工作をさせる作戦を好んでいた。アンチラ星人、メトロン星人jrなどがその例である。
「つまりは、参謀長を見つけ出して締め上げればいいわけね」
「なんだ、簡単でいいじゃない」
ルイズとキュルケは、いつもの不和とは正反対に、同時に肉食獣のような凶悪な笑みを浮かべた。元々二人とも頭は人並み以上にいいほうなのだが、どちらかというと行動派に性格は属する。また、もう一つ共通することとして、殴られたら殴り返さないと気がすまないという、淑女とは程遠い一面も持っていた。
ただし、ルイズはそれ以外にも、怪我をいいことに才人にぴったりと張り付いて離れない誰かに対する怒りをぶつけてやろうという、八つ当たりに似たことをたくらんでいたのだが。
けれど、それで方針が決まりかけたと思ったとき、ロングビルが眼下の草原の一角を指差して叫んだ。
「ちょっと待って! あそこにまだ無事な人がいますわ」
「えっ!」
驚いて、シルフィードから体を乗り出して見下ろすと、草原の端を、まだ洗脳されていなかったらしい平民が数人、暴徒化してしまった群集から死に物狂いで逃げている姿が見えた。
「おい、助けようぜ!」
「待って、今降りたら私たちも巻き込まれかねない!」
才人は当然助けようと言ったが、キュルケが彼らのすぐ後ろから追いかけてくる人の波を指差して止めた。
「なに言ってるんだよ、見殺しにする気か?」
それでも才人はあきらめなかったが、タバサはシルフィードを降下させようとはしなかった。
「これ以上の人数は、シルフィードが持たない」
そう聞いて、才人もやむを得ずに歯軋りした。成体の風竜ならば、二十人くらいを背に乗せて飛ぶこともできるけれど、なにせシルフィードはまだ幼生体なので、七人でも定員オーバーに近い。これ以上乗せたら暴徒たちのど真ん中に墜落しかねないだろう。
「だけど、逃げられるように援護するくらいはいいだろう。このままじゃ追いつかれて撲殺されてしまうぞ」
それには、タバサも同意してくれて、追いかけている暴徒たちの正面に魔法で氷の壁を作って、彼らが逃げる時間を稼いだ。
「ようし、今のうちに逃げてくれよ!」
才人は、逃げながら手を振ってくる人たちに、大きな声で声援を送った。このまま走れば、その先にはミシェルが流されてきた小川があり、そこを渡りきれば、あとは街道に出られる。
しかし、彼らがその小川の川原にまでたどり着いたとき、才人たちの顔は一瞬で凍りついた。なんと、川原に彼らが足を踏み入れたとたん、川原に散乱していた無数の貝殻が、まるで生き物のように飛び上がって彼らの顔や体に張り付いていったのだ!
「なっ、なんだあれは!?」
貝殻の群れに、ヒルのように食いつかれて人々があまりの激痛にもだえ苦しむのを見て、ルイズなどは思わず目をそむけてしまったほどだ。しかも、恐怖はそれでとどまらなかった。やがて人々の体に張り付いた貝殻が、ランプのように不気味に点灯しはじめると、取り付かれた人たちは、魂を失ったような表情になり、そのままふらふらと元来た暴徒たちのほうへと歩き出していったではないか。
「寄生生物……?」
ロングビルが、こみ上げる嘔吐感に耐えながらつぶやいた言葉は、アニエスでさえ背筋をぞっとするにふさわしいものだった。人間に取り付き、思うがままに操る生き物、それがヤプールの用意した第二の手であり、いつの間にか人々はそのテリトリーのど真ん中に住まわされていたのだ。
そして、それに気づいたときには、その恐怖は才人たちにも襲い掛かってきていた。突然、才人の後ろから手が伸ばされてきたかと思うと、はっとする間もなく彼の首にその腕が巻きついて、強い力で締め上げてきたのだ。
「が、はっ!? ……ミ、ミシェルさん!?」
首の骨が折れるのではと思うくらいの締め上げに、とっさに手を差し込んで耐えながら、やっとのことで振り向いて才人は愕然とした。
「はははは! 死ねぇ!」
目を疑う以外になにができたであろう。そこには今まで自分に寄りかかっていたはずのミシェルが、吊り上げた目と歪めた口元で狂気の笑いを浮かべながら、嬉々として自分の首を締め上げてきている顔があるではないか。
「きゃあっ! ア、アニエス、どうしちゃったの!!」
「キュルケ……やめて!」
「きゅーい! いたーい!」
しかも、横目で見ると、なんとアニエスとキュルケも、ルイズとタバサに襲い掛かっている。どう見ても本気としか見えない殺意でそれぞれの首を絞めており、ロングビルはシルフィードの頭にナイフを突きたてようとしている。誰も、明らかに下の人々同様に正気を失っていた。
「ミシェルさん……や、やめてください……」
必死で才人は訴えたが、殺人鬼と化してしまったミシェルには届かない。傷を負って弱っているとはいえ、ミシェルの腕力は才人を上回る。しかし、明らかに操られている相手に無理な反撃はできず、タバサも体格で上回るキュルケを振り払えず、杖を取り上げられてしまって抵抗もできていなかった。
「サイト、た、助けて!」
アニエスに押されて、シルフィードの上から半分近く突き落とされかけたルイズが悲鳴をあげても、才人はどうすることもできなかった。このままでは、三人とも絞め殺されるか投げ出されて、それを免れてもシルフィードが墜落すれば全員死んでしまう。
「く、くそぅ……」
頭に回る血流がさえぎられて意識が遠くなっていく。このまま、仲間に殺されて死ぬのか、まだ何もできていないのにと、才人の心に絶望がよぎった。
だが、そのときこの中で唯一生き物でないために無視され、シルフィードの背中の上に放り出されていたがゆえに、状況をずっと冷静に見守っていたデルフの声が才人の耳に響いた。
「相棒! 貝殻だ、その姉ちゃんの胸の中の貝殻が犯人だ!」
「!」
その声で一気に意識を覚醒させた才人は、ミシェルの服の中に黄色く輝く物体を見つけると、すかさず手を差し入れてそれを引きずり出し、シルフィードの硬い皮膚の上にたたきつけた。
「この野郎!!」
それは、陶器が砕けるような乾いた音を立てて、破片をシルフィードの背中の上にばら撒いた。だが一瞬後にはタールのような青黒い粘液になって、そのまま空気に溶けるように消えてしまい、同時にミシェルもがくりと力が抜けて崩れ落ちた。
「こいつが……」
才人は痛む首を押さえながら、その不気味な貝殻の最後を見届けたが、デルフの「早くみんなの貝殻も取ってやれ!」という言葉と、今にも落とされそうなルイズの悲鳴を聞いて、すぐさまアニエス、キュルケ、ロングビルの貝殻も取り出して砕いた。
「ぬ? 私は……」
「あれ? あたし、どうしてタバサにのしかかってるの?」
「え、私、なんでナイフなんか? きゃあっ! シルフィードさん、大丈夫!?」
目を覚ました三人は、それぞれ記憶が飛んでいることにとまどいながらも、正気に戻ったようだった。ただし、ミシェルは暴れたことによってまた傷が開いてしまったようで、体を押さえてうずくまっていたが、才人に背中をさすってもらうと落ち着いた。
「大丈夫ですかミシェルさん?」
「うう……ありがとうサイト、だいぶ落ち着いたよ」
「よかった、ルイズ、お前は大丈夫か?」
「ええ、助けてくれてありがとうサイト……でもね」
命が助かったというのに、なぜか下を向いて陰鬱な声で返事をしたルイズに、才人は怪訝な顔をした。もっとも、半瞬後に彼の体はシルフィードの反対側の、ギリギリ落下寸前の位置にまで吹き飛ばされていた。
「あんたさっき、ミシェルの胸に手を突っ込んだでしょうがぁー!!」
激昂したルイズが、一瞬前に才人の顔面をしたたかにヒットした鞭を振りかざして怒鳴った。
そう、ルイズはさっき才人が貝殻を取り出すために、ミシェルの胸元に手を入れたのを見ていたのだ。けれども、あのときは死にそうでそんなことを考えている余裕もなかった才人は、今度ばかりは理不尽な暴力に黙ってはいなかった。
「お前な、時と場合を考えろ! あのときほかにいったいどうしろっていうんだよ!!」
「うるさいうるさいうるさい! あんたみたいな破廉恥犬なんか、なんかあ!」
「落ち着けっての、こんなことしてる場合じゃないだろうが!」
「うるさーい! どうせあんたはあれでしょ、大きいほうがいいんでしょうが!」
そう言われてみれば、なんとなくやわらかい感触が手のひらに残っているような気もするので、ルイズの怒りももっともかもしれない。さらに、ルイズはそれに加えて、才人が自分より先にミシェルの身を案じたのが気に入らなかった。むろん、才人としては、傷の深いミシェルのほうを優先しただけだったので、それは理不尽な八つ当たりに過ぎないのだが、これは理屈ではなく感情の発露なのだから、論理的に反論できるはずもなかった。
しかし、ルイズが怒りのままにさらに才人を蹴り上げようとしたとき、ミシェルが才人の前に、たいして動かない体をおして立ちふさがった。
「よせ、サイトは、また私を助けてくれただけだ。それ以上やるというなら、私が相手になるぞ」
その瞬間、ルイズの怒りはやり場を失って空中をさまよった。ミシェルが、本気で才人を守ろうとしていることが、ルイズにもわかったからだ。ただしそれが恋心なのか、それとも恩義を返そうとしているからなのかは、キュルケたちとは違って初心な彼女にはわからなかったが、その口が次の言葉をつむぎだす前に、気を取り直したアニエスがルイズの肩を掴んで、押しとどめた。
「やめろ、今はそんなことをしている場合ではなかろう。ケンカがしたいのなら、あとで三人でゆっくりやれ」
身分ではルイズよりずっと下でも、圧倒的な貫禄差を感じさせるアニエスの命令に、ルイズは才人を睨みながら息を大きく吸い込んで、怒りを心の中に閉じ込めた。
「いいこと、あんたがした不埒な行為は、あとでゆっくり断罪してあげるからね」
素直でない、と、キュルケは思ったが、こういうのがルイズの感情表現方法なのだから、いまさら変えようもない。人によっては、そんな屈曲したものを嫌悪することもあるだろうけれど、ルイズとて、その未熟さゆえに苦しいのだ。そしてだからこそ、その芯はとても純粋で、とてももろく、本当はとても優しくてかけがえのないものであることを、彼女はよく知っていた。
「ともかく、我らが意識を失っていたあいだに、なにがあったのか説明しろ」
「あ、はい」
やっと解放された才人は皆に、貝殻に操られていたことを説明した。
「私たちが、操られていただと!?」
「ああ、あちこちの売店でおまけでもらったこの貝殻、こいつもヤプールの仕掛けのうちだったんだ」
驚くアニエスの前に、才人はパーカーのポケットの中から、残っていた最後の一枚の貝殻を取り出してみせると、彼女もそれが川原で人々に取り付いたものと同一であると納得した。幸い、才人のものはポケットのさらに内側にガッツブラスターが納められていたために取り付けず、残っていたのだが、握っているあいだにもすごい力で体に取り付こうとするので、すぐに叩き割ってしまった。また、ルイズはさらに幸運だったようで、アニエスに押し倒された際に、ポケットの中の貝殻は押しつぶされてしまっていた。
「まさか、そんなところにまで仕掛けを隠していたなんて」
ヤプールは、人間の心のあらゆる油断と隙に付け込む。いったいどこの誰が、気のいいおじさんの屋台の中に、恐るべき悪魔の申し子が隠れているなどと思うだろうか。これは、武器を通したものと、この貝殻みたいな生き物を利用した、二段構えの洗脳作戦だったのだ。
そしてさらに、この貝殻が川原に大量に散乱してたことから、ルイズははっと一週間前の、サウスゴータ地方に来る前に、小川で休息をとったときに見つけた貝殻と、この貝殻とが完全に一致することに気づいた。もしあれが、この貝殻と同じものだとすれば、汚染はすでにアルビオン全体に広がっていることさえありえる、それどころか。
「ちょっと、あの貝殻、アイちゃんが宝物にするって持ち帰ってなかった!?」
「なんだって! そういえば、お友達のしるしだって、テファにあげてたような……」
ロングビルの顔から血の気が引いた。もし、あれをティファニアが身に着けていたとしたら、彼女自身の手で可愛がっている子供たちを殺してしまうことにもなりかねない。いや、同じことがもはやアルビオンのどこで起きたとしても不思議ではないのだ。
「お願い! テファのところに戻って、あの子たちが、あの子たちが危ないわ!」
「落ち着いてくださいミス・ロングビル、今からではとても間に合いませんわ! それよりも、この貝殻もいっせいに動き出したということは、操っている大元がいるはず。それをなんとかするしかないですわ!」
錯乱しかけたロングビルを止めて、ルイズは才人に、こんな貝殻を操る奴はいなかったのかと尋ねた。しかし、才人とてありとあらゆる怪獣事件を知っているわけではなく、結局原因不明で終わった事件や、防衛隊が結成される以前や、防衛チームMAC壊滅中に起きたアウトオブドキュメントの事件などは記録が少なくて、現れた怪獣の写真や名前程度しか公表されていないのも数あるため、才人にもこれだけではわからなかった。
けれど、もうお手上げかと、皆の顔に悔しさがにじみ始めたとき、シルフィードが空の上を睨んで、威嚇のような声をあげた。
「シルフィード……あの雲の中……なにかいるの?」
失われた古代の風韻竜であるシルフィードの感覚をタバサは信じた。さらに自らも、風の系統としての感覚を研ぎ澄ませると、頭上の雲から、邪気のような不気味なものを感じて、タバサは迷うことなく最大の魔力を杖に込めて、特大の空気球をその雲にぶつけた!
『エア・ハンマー!』
突然のタバサの攻撃に驚く一同の眼前で、特大の風圧をぶつけられた雲は気流を乱され、千切れ砕かれて消えていく。だがその中から、全長七八メートルもの巨体を現したものに一同が慄然とし、才人がその恐るべき名を思い出すのに、半瞬とて必要はなかった。
「な、なんなのよ、あのグロテスクな怪物は!?」
「円盤生物、ブラックテリナ!」
無数の触手を生やした、黒色の空飛ぶ超巨大二枚貝。それだけでも、その怪獣が持つ、生物でありながら感情を感じさせない無機質な不気味さが、それを見る人間の背筋を凍らせるには充分であった。そしてさらに、空中に不気味に静止するそれが、その巨大な貝殻を開き、中から花火の火花のように無数のピンク色の物体、そう、あの貝殻を噴き出し始めたとき、彼女たちは、これが何万人もの人間を狂わせた、紛れもない張本人であると知った。
「あいつが、ヤプールの本命か! 皆、この貝殻の雨を浴びるな! また操られるぞ!」
アニエスの言ったとおり、この無数のピンク色の貝殻こそ、小型円盤生物の一種であるテリナQであり、人間に取り付き、思うが侭に操るブラックテリナの分身だった。
『ファイヤーボール!』
『ウィンドブレイク!』
『錬金!』
『念力!』
頭上から、雨のように降り注いでくるテリナQの大群に、四人のメイジはそれぞれの魔法で振り払おうとし、才人とアニエスも剣を振るって叩き落とそうとする。しかし数百数千と降り注いでくるテリナQは、間隙を塗って次々と彼らの体に食いついていった!
「うわぁっ!」
「やめっ……」
「いやぁっ!」
「ああっ!」
「あぅっ!」
「きゅ、きゅいっー!」
アニエスが、ミシェルが、キュルケが、タバサが、ロングビルが、さらに今度はシルフィードまでがテリナQの餌食となって意識を奪われていく。
才人とルイズは、ウルトラマンAと合体しているおかげで操られることはなかったものの、その代わりにテリナQはヒルのように二人の顔や腕など体のあらゆる部分に食いつき、血が噴き出すほどの激痛を与えていく。
「あぐぅぅっ! ル、ルイズ」
「痛い、痛い痛いぃ!」
すでに皆の体には数十のテリナQが吸血鬼のように吸い付いて、もう引き剥がすことはできそうもなかった。しかも、再び操られてしまったアニエスたちが、武器を持つことさえできなくなった二人に迫ってくる。
「ちくしょう! こんなところで、やられてたまるかぁーっ!!」
そのとき、才人はルイズを抱えて、シルフィードの背から飛び降りた。すぐにとてつもない風圧が二人を襲い、頭上にアルビオンの大地が急速に迫ってくる。
しかし、地上へとまっさかさまに落ちていく二人のあいだで、二筋の光が走り、激突寸前に二人を包みこんでテリナQを吹き飛ばした。
「フライング・ターッチ!!」
合体変身! 草原の上に、土煙を上げてウルトラマンAが着地する。
間一髪のところで、二人はエースへの変身に成功した!
そしてエースは、空の上になお轟然と滞空し、テリナQを撒き散らしているブラックテリナへ向けて、地を蹴って飛び立つ!
「ショワッチ!」
対して、ブラックテリナは、無数に生やした触手の先についた爪を振りかざしてエースを迎え撃とうとする。けれども決して逃がすものかと、エースはブラックテリナの頭上に出ると、そのまま真上から、奴の貝の上の部分を踏みつけるようにして、一気に地上に引きずり下ろした。
「デヤァッ!」
ブラックテリナとエースは、高度一千メートルの上空から、無人の草原を選んで、轟音とともに隕石のように着地した。
「ヘヤアッ!」
立ち上がったエースは、まだ生きているブラックテリナへ向けて構えをとった。ブラックテリナのほうも、貝の特性を活かして、地上へ激突したというのにほとんどダメージはなく、部屋の壁をはいずるクモのようにうごめいている。
かつて、ウルトラマンレオを暗殺するために送り込まれたブラックスター八番目の暗殺者が、今度はエースを抹殺するために、その不気味な姿を脈動させ、攻撃の機会をうかがっている。
けれど、今まさに激突しようとしている両者を、ヤプールが冷ややかな目で見守り続けているのに、エースは気づいてはいなかった。
「フッフッフッフ……現れたなウルトラマンA、さあブラックテリナと戦うがいい、そうしなければ人間どもを救うことはできないぞ。しかし、ブラックテリナに勝ったときこそ、貴様の最期となるのだ! ウワッハッハッハッハ!」
続く