ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第69話  許す心 救う心

 第69話

 許す心 救う心

 

 殺し屋宇宙人 ノースサタン 登場!

 

 

 無人の小村を舞台に、アニエス、キュルケのコンビと、殺し屋宇宙人ノースサタンの戦いが始まろうとしていた。

「ちょうど人もいないことですし、存分に暴れられますわね。さぁーて、木っ端微塵にして差し上げましょうか」

「いや、できるなら生け捕りにしてヤプールの情報を吐かせたい。もっとも、素直に聞くとも思えんし、第一人間の言葉が理解できるかどうかもわからんから、手足の二、三本は叩き切らせてもらうか」

 宇宙人を相手にしているというのに、キュルケとアニエスには少しも恐怖した様子はない。いや、彼女たちのそれはもはや不遜とさえいってよかっただろう。二人は、同時に杖と剣の切先を星人に向けて、戦いの合図とした。

「いくぞ!」

 先陣を切ったのは、その猫科の動物のような瞬発力を持って駆け出したアニエスだった。脚力にものをいわせ、キュルケが抜け駆けをとがめる暇もないままに、長刀を星人に振り下ろしていく。

 だが、ノースサタンは命中直前に、普通の動体視力なら反応すらできないその攻撃をバックステップでかわすと、そのまま鋭い爪をかざして逆襲に転じてきた。

「ちっ!」

 とっさに爪の一撃を剣ではじくが、ノースサタンはアニエスに剣を構えなおす隙すら与えないというように、連続で爪やパンチを繰り出してくる。こうなると、大剣のアドバンテージも、振りと返しが遅い分アニエスが不利に働く。

「身のこなしなら、前のツルクセイジンとかいうやつより上だな」

 アニエスは苦々しげに毒づきながらも、鋭い目で剣の合間から反撃の機会をうががっていた。しかし、星人は予想以上に身軽で、剣を盾代わりにしてなんとか攻撃はしのいでいるものの、接近しすぎてしまったために、ちょっとでも受身を緩めたら爪が肉に食い込むのは見えていた。

 ノースサタンは、殺し屋宇宙人と異名を持つだけに、標的を抹殺するための宇宙拳法を極めており、スピードと一撃の破壊力ではツルク星人以下だが、小回りが利くために、さしものアニエスでも密着されては分が悪かったのだ。

 しかし、ここで抜け駆けされて頭に来ていた目立ちたがり屋が乱入してきた。

『ファイヤーボール!』

 キュルケの放った火球がノースサタンの右側面から襲いかかって爆発した。万一アニエスに当たっては大変なので、ホーミング性を重視して、威力は最低にまで落としてあるが、それでも一瞬隙を作って、アニエスがノースサタンの間合いの外にまで逃れる時間を作ることができた。

「貸し一個、ね」

「ふん」

 したり顔のキュルケに、アニエスは不愉快そうに唇をゆがめたが、視線は敵から離すことはなく、剣を接近戦から中距離戦に向くように構えなおした。

 一方で、キュルケは意気揚々として次なる攻撃を準備する。

「こういう接近戦主体の敵は、離れて戦うのがベストですわよ」

「……」

 次は自分の番とばかりに、キュルケは再び『ファイヤーボール』を放った。アニエスは、それをじっと見守っていたが、放たれた火の玉を星人が軽く回避して、魔法発射の隙をつき、猿のように敏捷に逆撃しようとしてくるのを、キュルケの前に立ちふさがって、大振りで星人を押し返した。

「一個、貸し返却な」

「早っ!」

「敵を見た目だけで判断するな。メイジ相手の刺客に、その程度の魔法が通用するはずがなかろう。それに、まだどんな武器を隠しているかわからんぞ!」

 アニエスは、これまでの宇宙人との戦いから、こいつらにハルケギニアの常識が通用しないことを学んでいた。そして、その経験は結果的に彼女たちを救うことになった。再び間合いをとったノースサタンの口から、白い煙が噴き出してきたかと思った瞬間、二人は反射的にその場を飛びのくことができたのだ。

「これは、含み針か!?」

 二人がさっきまで立っていた場所には、釘ほどの大きさがある針が無数に突き刺さっていた。それが、星人の口から煙に紛れて吐き出されてきたのだ。まさに間一髪、回避がちょっとでも遅かったら、二人ともハリネズミのようにされていただろう。

「なんとまあ、殺し屋らしい武器ですこと」

 『フライ』で、高速移動するキュルケを追うように、含み針がすぐ後ろの地面に深く突き刺さっていく。むろん、アニエスもうかつに近寄れずに、自分に向かってくる針攻撃の回避に専念している。ちなみに、たかが針だとあなどってはいけない、たとえば鋭く尖らせた鉛筆でも、喉や心臓に打ち込めば人を殺せるし、それ以外の場所に当たったとしても、体内の動脈などを傷つけられれば出血多量で死に至らしめることができる。

「これじゃ魔法を練る時間もありませんわ。姑息な武器を使ってくれますこと!」

「馬鹿め、武器なんてものは相手を殺せればいいんだ。無駄口叩くくらいならさっさと逃げろ」

「ああら、誰に向かって逃げろなんて言ってるんですの? あなたこそ近寄れもしてないではないの」

 毒づきあいながらも、二人は際限なく撃ち出される含み針の攻撃をかわし続けた。地味に見えるが、この含み針という武器はかなりやっかいで、煙に隠れて撃ち出されるために、平均以上を誇る二人の動体視力でも見切ることができないし、散弾のようにくるために剣ではじき返すことも、魔法でも全部を一度に止めきることはできない。

 けれども、不利だからといって逃げ腰になったりはせずに、むしろ闘志を奮い立たせるのが、この二人に共通する特徴であった。その性格は、ある意味では人間社会に争いが絶えない救いがたい一面であるのかもしれなかったが、それゆえに今の状況は、その素質を必要とした。

 二人は、間断なく撃ちかけられる含み針の攻撃を、間合いを遠くとって余裕を作ると、互いに一瞬だけ目を合わせた。それからはまるで入念に打ち合わせをしたかのように、アニエスを前に、キュルケを後ろにして突進していったのだ。

 もちろん、直線的な攻撃はノースサタンから見れば標的が止まっているも同然なので、表情をもたない顔面を笑うように上下に動かしたあと、含み針を一気に吐き出してきた。

 が、それこそ二人の狙いであった。

「ここだ!」

 アニエスは、ノースサタンの口から白い煙が吹き出てきたと見た瞬間、背中に羽織っているマントを外して、体の前に振りかざし、同時にキュルケがマントに『固定化』の魔法をかけた。これにより、鉄糸で織られたに等しい強度を一時的に受けたマントは、含み針を先端が数ミリ突き出る程度で、次々と受け止めた。

 確かに、薄布でできたマントでは鋭い含み針の先端をそのままでは防ぐことはできない。だが、布というのは張り詰めれば弱いが、固定せずに浮かせた状態では、衝撃を吸収してしまって意外な強度を発揮する。

「いまよ!」

 含み針を全て受けきって、間合いを一気に詰めたアニエスはマントを振り払うと、虚を突かれて立ち尽くす星人にむけて、渾身の力で剣を裂帛の気合と、怒涛のような叫び声とともに現実の破壊力として振り下ろした。

 そして半瞬後、ノースサタンの胴体に右肩から左腰に渡って赤い血しぶきが吹き上がり、星人の悲鳴が響き渡ったとき、キュルケは彼女らしい快活さで喝采を上げた。

「やったわ!」

 まさに、あざやかなチームワークの勝利だった。俊敏な星人を倒すためには、至近距離から重い一撃を食らわせるしかないが、近づくまでにサボテンにされてしまう。それならば、なんとかしてアニエスを星人に近づけるまでキュルケが防御するしかない。彼女たちはなかば本能的に自らが果たす役割を考えて、それを実行したのだった。

「まだだ、油断するな」

 傷口を押さえてよろめくノースサタンにも、アニエスはまだ警戒を解いてはいなかった。ヤプールの刺客ともあろうものが、この程度のことで簡単に死ぬとは思えない。その証拠に、突然ノースサタンの体から紫色の煙が噴き出してきたかと思うと、奴の体を包み込んで、そのまま天にも届くかのように高く立ち上っていった。

「これは……いやーな予感がしますわね」

「引くぞ!」

 危険を悟ったアニエスはためらわずに踵を返して走り出した。もちろんかつてテロリスト星人の例を見ていたキュルケも冷や汗を流しながら後を追う。

 

 そして、彼女たちの予感は見事なまでに的中した。

 地上百メイルばかりに立ち上った紫色の煙の中から、全長五八メートルに巨大化し、姿かたちも全身緑色のさらに鋭く凶悪な悪魔のような容貌となったノースサタンが、まるで怪獣のような遠吠えをあげて現れたのだ!

 

「あちゃー、かんっぺきに怒らせちゃったか、どうします隊長どの」

 怒り狂ったノースサタンが、踏み潰してやろうと地響きを立てて向かってくる。それなのにあまり緊張感をもっていないような口調でキュルケが言うと、アニエスは彼女とは反対に勤勉な口調で返した。

「全力で逃げるぞ、サイトたちとは反対方向にな」

「ですわね」

 二人とも、この危急にあっても冷静さは失っていなかった。巨大化した星人には、もう自分たちの力では太刀打ちできないが、彼女たちの目的は星人を足止めして才人やミシェルたちを逃がすことにある。その目的さえ達せられれば、別に星人を今倒す必要性はない。

 ただ、殺し屋宇宙人から逃げ切るのは、簡単ではなさそうであった。

 ノースサタンをはじめとするドキュメントMACに記録されている宇宙人たちの多くは、巨大化すれば姿形はまったく変わってしまうが、ツルク星人は両腕の剣、カーリー星人は両肩の角、フリップ星人やバイブ星人は分身能力に透明化能力と、その特殊能力までは変わることはない。

 つまり、ノースサタンも最大の武器である含み針の能力を失っていなかった。等身大のときと同じく、口から真っ白な煙と共に吐き出されてきた無数の光るとげ、それらは空中で人間の背丈ほどもある巨大な槍に変化すると、キュルケとアニエスのすぐそばの地面に、一本一本がタバサのジャベリンさながらに突き刺さったのだ。

「なっ!」

 キュルケの口から驚愕のうめきが漏れた。すぐそばの木は、含み針の槍が貫通して真っ二つに裂けてしまっている。こんなものを人間がまともに食らえば、百舌鳥のはやにえのようにされてしまうだろう。

 彼女はアニエスの顔をのぞき見たが、逃げる以外にどうしろとと、救いのない返事を返されて、文字通り槍の雨の中を右へ左へと回避し続けた。

 

 

 巨大化したノースサタンの姿は、戦いが早期に展開を変えてしまったために、まだ村からさして距離をとっていないルイズたちからもよく見えていた。

「たった二人で、ウチュウジンを巨大化させるまで戦うとは、さすがね」

 ルイズにとって、キュルケやアニエスはそんなに仲がよいというわけではなかったけれど、その実力は正統に評価しているつもりだった。特に、単なる魔法や剣の技量というわけではなく、それを使いこなす柔軟な思考と闘志のバランスのとれた、完成度の高い戦士ということは尊敬にも値した。ルイズの知る限り、彼女たち以上に知勇の均衡のとれた戦士は、タバサを除けば一人しか存在しない。

 しかし、いくらあの二人といえども、巨大化した星人に対しては抗する術はないだろう。タバサとシルフィードがいれば、まだ話は別だろうが、追われながらでは策を弄する暇もできない。

「ミス・ロングビル、追っ手をかわすために二手に分かれましょう」

 一つのことを決意したルイズは、ロングビルにそう告げると、返事を待たずに森の別方向に駆け出した。後ろから、ロングビルの叫ぶ声が聞こえてくるような気がしたが、もう彼女の耳には届かなかった。

 やがて、ロングビルが完全に見えなくなり、追ってもこないことを確認すると、眠り続けている才人を背中から降ろして、顔を覗き込んだ。

「醜い顔ね……」

 これなら、まだ自分がせっかんしたほうが人間らしい顔を残していると、ルイズはなんともいえない笑みを口元に浮かべた。けれども、それは決して醜さがおかしくて笑ったわけではない。むしろ、おかしかったのは自分のほうであった。

 もし、鏡を見てみたとしたら、そこには傷一つないきれいな自分の顔が映るだろう。しかし、心貧しき者にとって、美とは宝石のものを超えることはなく、その先にあるものに気づくことはない。だけれども、誇り高い心を持つルイズは、人のために傷つき血を流した者に対して、シルクの手袋で握手をしようとは思わなかった。

「あんたは、自分の正義を守るために命を懸けた。けど、わたしはあなたに……あなたの主人としてふさわしい、つりあえる人間なのかしら……」

 ルイズという人間の、誰にも否定させない美点をあげるとすれば、それは常に自分自身を高めようとし、そのための試練を拒否しないことであったろう。このときも、彼女は自分の精一杯を出しきって倒れた才人に対して、ならば自分がむくいてやる方法はなんなのかと、自問していた。

 振り向くと、ノースサタンは怒りのままに含み針での連続攻撃を続けている。いくらあの二人が強くても、あれではあと数分も持たないだろう。

「もし、あなたが目を覚ましていたら、間違いなく皆を星人から守るために奮闘したでしょうね」

 小さくつぶやきながら、ルイズはハンカチで才人の顔をぬぐった。

 彼女は考える。今、星人に襲われているアニエスやキュルケたちを救える方法を、自分は持っているが、それは自分自身の力ではなく、彼女のプライドは人に頼ることを拒否する。それは、人として立派なことではあるだろう。けれど、才人だったら言うだろう。

「人の命より、大切なものなのかそれは?」

 失われた命は二度と戻らない。たとえ不愉快な連中であろうと、死んでしまってはケンカもできない。だったら、今は屈辱、いや、自己満足を捨てて、手を伸ばして助けを求めよう。そう決意したとき、ルイズと才人のウルトラリングが一筋の光を放った。

「わたしには、今は力はない。けど、あなたの心には応えたい。だから、力を貸して! ウルトラマンA!!」

 ルイズの小さな手が、才人の泥と血で汚れた手を掴んだとき、まばゆい閃光が二人を包み、天に向かって駆け上る。そして、今まさに疲労して膝をついたアニエスに向かってとどめの含み針を吹きつけようとしていたノースサタンの前に立ちふさがった!

 

「デャァッ!!」

 

 宇宙の悪魔の前に、光の巨人が立ち上がり、これ以上の暴虐は許さないと、戦いの構えを取る。光と共に出現したウルトラマンAに、ノースサタンは一瞬ひるんだが、すぐに凶暴な本性を呼び戻してエースに含み針を吐き出した。

「ヌゥン!」

 仁王立ちするエースの体に、次々と含み針が突き刺さる。エースの身体能力からすれば、回避も不可能ではないが、そうすれば後ろにいるアニエスたちに当たってしまう。たちまちハリネズミのような姿にされるエースに、彼女たちの悲鳴があがるが、今のエースにこの程度の痛みなどは関係ない。

「デャァッ!!」

 気合と共に、エースは全身の含み針をすべて吹き飛ばした。今度こそ、ノースサタンは後ずさりをし、力の差を思い知る。かつてはレオをダウンに追い込んだほどの威力を誇る武器だが、ベロクロンのミサイルを立ったまま受け止めたエースには通じない。いや、それ以上に、今のエースには力がみなぎっている。

(ありがとう、エース、わたしの言葉に応えてくれて)

(いいや、君と、才人くんの心が一つになったから、私も応えることができた。力を使うことの意味を、これからも忘れないでくれ)

 いまだ才人が意識を取り戻していないなかで、精神世界でルイズはエースと、初めて一対一で話していた。

 けれど、人間と合体したウルトラマンは、変身するためにはその人間の純粋な強い意思がかかせない、中途半端に力を求めるだけでは、ウルトラマンは答えない。今回は、才人の願いをルイズが理解し、彼の願いを引き継いで、二人の心が一つになったからこそ、才人が意識を失ったままでも変身することができたのだ。

 力は、誰かのために使ってこそ価値がある。今はまだルイズの中には迷いがあるが、迷うことは悪いことではない。むしろ、迷うからこそ人間には成長がある。

 それに、エースは才人の中に、これまで兄弟たちが地球人とともにつむいできたものが、確かに息づいていることを改めて確認して、それがルイズたちにも伝わっていくことがうれしかった。

 だからこそ、そのかけがえのない一歩の成長を大事にするためにもエースは負けられない。

「ヘヤァッ!」

 エースとノースサタンが正面から組み合い、大地を揺るがす激戦が開始される。ストレートキックの一撃がノースサタンの腹を打ち、下から打ち上げるチョップが顔面を打つ。

 しかし、含み針が通用しなくなったとはいえ、ノースサタンも宇宙拳法の達人である。パンチとパンチがぶつかり合い、エースの投げを空中回転でかわしたノースサタンが背中の赤いマント状の皮膜をたなびかせながら、飛び上がって爪を振りかざしてくる。

「セヤァッ!」

 左腕でノースサタンの爪を受け止めて、エースはカウンターで右ストレートを叩き込んだ! 自分の力も合わさった一撃を受けて、ノースサタンの体が宙を舞って大地に叩きつけられる。それでも負けじと起き上がり、性懲りもなく含み針を吹きつけようとするが、そのときにはエースは空高く飛び上がり、急降下してノースサタンにキックをお見舞いした。

「トォォッ!」

 避けるまもなく後頭部を蹴られ、前のめりに倒されるノースサタン。奴は、エースのあまりの強さに、戦いを挑んだことを後悔しはじめていたがもう遅い。いかに宇宙拳法を極めていようとも、エースも光の国では同じく宇宙拳法の達人であるレオや、その師匠筋のセブンとも数え切れないほど組み手をしており、彼らに比べればノースサタンの攻撃などたやすく見切れる。

 だが、エースもまた今は完全ではなかった。

「あっ、カラータイマーが!」

「そんな! まだ一分しか経っていないぞ」

 地上で戦いを見守っていたキュルケとアニエスが、あまりに早く鳴り始めたカラータイマーの点滅に、悲鳴のような声をあげた。しかし、それも当然である。エースは今はルイズと才人と同化して、このハルケギニアの環境に適応している以上、才人が重体である今は、本来のエネルギーの半分程度しか使えない。

 ノースサタンは、エースのカラータイマーの点滅を見て、まだ自分にも勝機はあると反撃に出てきた。鋭い爪を振りかざし、エースの顔面を狙ってくる。

「危ない!」

 ノースサタンの爪が迫り、二人の悲鳴が耳を打つ。しかし、エースはそれよりさらに早く拳を繰り出し、ノースサタンの顔面を殴り飛ばして地面に叩きつけた。

 強い、本当に強い。間違いなく、エースのエネルギーは切れ掛かっているはずだが、宇宙の殺し屋と異名をとるノースサタンがまるで手が出ない。そのはずだ、戦いは戦う者の精神状態によって大きく左右される。才人とルイズの二人の心に応えるために多少の疲れなど知らないエースに対して、所詮自分の欲のために殺しをするノースサタンでは使命感が全然違う。

 それに、エネルギーが切れ掛かっているのなら、切れる前に戦いを終わらせればいい。

 ノースサタンが、さっさと逃げなかったことを後悔しながら立ち上がったとき、エースの両手には、二本の巨大な剣が握られていた。

 

『物質巨大化能力!』

『エースブレード!』

 

 巨大化したデルフリンガーと、ウルトラ念力で作り出された長刀を、二刀流の形で持って、エースはひるむノースサタンへ向けて最後の攻撃を繰り出していく。

(才人くん、君の力を貸してくれ!)

 二つの能力を使って、エネルギー切れ寸前に陥ったはずのエースの体に不思議な力が満ちていく。そう、エースが武器を持つとき、同化している才人のガンダールヴの能力も、一時的にエースに加算されるのだ。

 そのあまりの加速にノースサタンは反応しきれず、すれ違いざまに二閃の閃光が交差した。

 

『ウルトラ十文字切り!!』

 

 ウルトラマンAとノースサタンが交差し、離れた瞬間に勝負は決した。

 ノースサタンの首が置物のように胴体から転げ落ち、ついで胴体も引き裂かれるように左右に向けて真っ二つになって崩れ落ちたのだ。

 それは、宇宙の殺し屋と恐れられた星人の、あまりにあっけない最後であった。

 

「勝った……な」

 

 ぽつりとアニエスは結果だけをつぶやき、エースブレードを消し、デルフリンガーを元の大きさに戻したエースに向かって、一部の隙もない敬礼を送った。感謝の言葉は、いくら言っても足りはしない。けれど、これならば、言いたいことを言わずとも伝えられる。もちろん、伝わる相手にだけはなのだが、彼女はエースならば理解してくれるものと、なぜか確信できていた。

 そして、エースはアニエスにはなにも答えないまま、空を見上げると、またどこへともなく飛び去っていった。

 

 

 とにかくも、一つの戦いは終わった。

 バラバラに散っていた者たちも、ノースサタンの最後を知るや急いで戻ってきて、広場には全員欠けていなかったことを喜ぶ声が、少しのあいだ流れる。やがてアニエスはロングビルの背に担がれたままのミシェルに近づいて、微笑した。

「無事でよかった」

 その言葉を聞いたとき、ミシェルは本当に救われた気がした。

「はい……隊長こそ、ご無事で……」

 涙ぐむ声で、やっと言葉を返すミシェルの頭を、まるで子供にするようになでているアニエスの顔は、隊長という枠をはずした、どこまでも優しいものであった。

「たい、ひょお……」

「もう、いい、もう、なにもはばかる必要はない。もう、誰もお前を傷つけたりはしないさ」

 大粒の涙をこぼし始めるミシェルの顔を、アニエスは静かに抱きかかえると、ミシェルもアニエスの首に腕を回して彼女の胸に顔をうずめ、大きな声をあげて、幼児のように泣いた。

 そう、アニエスも決してミシェルを嫌っていたわけでも、ましてや憎んだことなど一度もない。むしろ、誰よりも長く背中を預けて戦ってきた仲間として、姉妹のような信頼を抱いていた。

 だから、課せられた義務を果たさなければならなくなったときには、自分の半身を切り離すような苦痛を感じていた。だが、才人の捨て身の活躍のおかげで、二十年と十年、歩んできた時間は違えど、共に利己的な人間のために人生を狂わされ、孤独と憎悪のなかで生きてきた二人の人間は、様々な紆余曲折を経て、ようやく心から分かり合えたのだ。

「よかったわね。あ、あれ? なんでわたしまで目からこんなものが……」

 かたわらで見ているルイズたちも、いつの間にかもらい泣きを始めていた。

「ようやく、悲劇も終わったのね」

「死んだら、誰も救われないか……そうよね」

 キュルケとロングビルも、目じりをこすりながら、自分のことのように喜び、今度こそ本当の幸せを掴んでほしいと願っていた。

 けれど、今回の一番の功労者であるはずの才人は、まだルイズに背負われたままで眠り続けている。もっとも、ルイズにとっては、自分の泣き顔を見られずにすんでよかったのかもしれないが。

 そういえば、ルイズも小さいころ母や姉によく甘えたなと、思い出した。厳しい母は近寄りがたい存在だったが、乗馬や魔法の訓練などで疲れきって、屋敷に帰り着く前に馬の上で眠ってしまったとき、部屋のベッドまで抱いて運んでくれた。エレオノールには叱られてばかりだったが、もう一人いる姉のほうには、思い出すと恥ずかしいくらいベタベタさせてもらったものだ。

 そうして、しばらくのあいだアニエスはミシェルがこれまで溜め込んできた悲しみや苦しみを、涙といっしょにすべて吐き出させてやると、ゆっくりと離れて彼女に語りかけた。

「ミシェル、お前の選んだ道は、これから数多くの苦難が待っているだろう。それに、お前のこれまでのことも、清算しなければならん。わかるな」

 ミシェルはぐっとうなずいた。許されたとはいえ、罪は罪、もう銃士隊には戻れない。彼女は、あらためて自分の業の深さを感じ、アニエスに「これまでお世話になりました」と、別れを告げようとしたが。

「だから、これからのお前の副長としての責務は、さらに重くなるぞ、覚悟しておけ」

「え……」

「どうした。なにを呆けたような顔をしている?」

「隊長、もしかして……私は、銃士隊に残っても、よろしいのでしょうか?」

「なんだ、やめたいのか?」

 むしろ意外そうにアニエスは言う。

「そんな……私は」

「私は事務に弱いし、まだまだ隊にはひよっこが多い。銃士隊を早く一人前の隊にするためにも、有能な補佐役が必要なのだ」

「はい……喜んで」

 言葉に詰まって、たったそれだけを答えたミシェルの目には、また新たなきらめきが宿っていた。

「泣く奴があるか、お前以外に誰が私の副官がつとまるのだ? これからも、よろしく頼むぞ」

「はい……はい……」

 まさか、改心したとはいえ背信者をそのまま副長として使うとは。ルイズたちも、アニエスの度量の深さに驚き、また、人の上に立つものとしてあるべき姿をそこに学んでいた。

 

 ただし、アニエスはその心の奥で、燃え滾る怒りもはぐくんでいた。

 そう……自分とミシェルをはじめ、数多くの悲しみを振りまきながら、いまだに王宮の奥底で安楽に惰眠をむさぼりながら、陰謀をはりめぐらせている諸悪の根源、リッシュモンに対する怒りである。

 思えば、アニエスのこれまでの人生はすべて奴への復讐のためにあった。人は不毛というかもしれないが、それがこれまでの彼女を支えてきた。また、ミシェルも内心ではすでにリッシュモンへの復讐を誓っていた。

 これは、なにも彼女たちの良心が歪んでいるわけではなく、人間としてはむしろ当然の感情の帰結であった。ただし、それを公然と口に出せば才人を悲しませてしまうと思うだけの理性のリミッターも働いていたので、今は心の中に眠らせていた。

 

「ところで、これからどうなさるんですの?」

 キュルケにそう問いかけられると、アニエスは気持ちを現実に切り替えて考えた。少なくとも、今のところはミシェルの粛清は思いとどまったが、トリステインで反逆者として手配されている状況には変わりない。このままでは、二人とも国に戻ることはできないし、悪くすればティファニアのように人目を避けて隠遁生活に入るくらいしか道はなくなる。

「方法があるとすれば、この陰謀の真の原因を明らかにし、それを阻止することによって生まれる功績で罪を相殺することだ」

 実際、それ以外にミシェルの社会的生命を確保する方法はないように思えた。裁判にかけられるにしても、ワルドなどと違って情状酌量の余地はあるし、うまく内乱を終結させれば、その祝いの恩赦も期待できる。

「しかし、手配犯を連れて行動することは、あなたにとっても危険ではありませんの?」

「ここまで来たら覚悟の上だ。それに、王党派とレコン・キスタの両方がすでにヤプールの手中に落ちているとすると、私がのこのこウェールズに会いに行っても、飛んで火にいる夏の虫だし、ヤプールが最終的になにをたくらんでいるのかまではまだわからんから、レコン・キスタに探りを入れるなら、内情に詳しいミシェルがいてくれれば何かと助かる。もう、レコン・キスタに未練もあるまい」

「ええ、もう目が覚めました。これから私は、自分で選んだ正義に従っていきます」

 依存から自立へ、それもまた地球人類がウルトラマンから得た意思であり、才人を通じて、また一つ受け継がれていった。

 しかし、意思はあっても重体であることには変わりなく、それをロングビルに指摘されると、ミシェルはまだ到底立ち上がれる状態ではないにも関わらずに、ひざをついて立ち上がろうともがいた。

「私なら大丈夫だ。隊長のお気持ちを、無駄にするわけには、いかん」

 そう言いながらも、やはり肉体のダメージは補いがたく、腰を上げかけたところで崩れ落ちて、危うくロングビルに抱きとめられた。

「無茶をするな、普通なら数ヶ月はベッドから動けないような傷だ。いくら銃士隊員が鍛えているとはいえ限界がある。当分はサイトにでも背負わせるから、それでよかろう」

 その瞬間、ミシェルが一瞬喜色を、ルイズが微妙に頬を引きつらせたのをキュルケは見たのだが、止めないほうが後々面白いことになりそうなので黙っていた。

 ただそれでも、それが綱渡りなことには変わりなく、場合によってはアニエスまでも反逆者の共犯として処分されてしまう可能性もある。いや、ミシェルのことを知っているリッシュモンならば、裏に手を回して必ずそうするとアニエスは確信している。

 実は、アニエスは先だってのホタルンガによる貴族の大量殺人で、リッシュモンが被害者にいなかったことに安堵していた。もちろん、自らの手で裁きを下すためである。奴は、国家機構の深部に巣食う寄生虫のようなもので、目立たず、無害を装いながら肉を食い荒らし、内臓の奥深くに住み着いている。奴は、その悪辣さもさることながら、危険を回避する保身能力の高さゆえに、これまで生き残ってきた。

 しかし、リッシュモンに深い憎悪を抱くアニエスは、奴を地獄に叩き込むためにずっと用意を整えてきたのだ。

「ミシェル、今のお前ならば話してもよかろう。実は、アンリエッタ王女も、リッシュモンの背信行為には気づいている。だから、お前も……」

 アニエスがなにやらミシェルの耳元で二言三言ささやくと、ミシェルも強い意志を込めた目でうなずいた。それに、リッシュモンさえ倒せば、宮廷内の反アンリエッタ勢力は完全に力を失う。相当に危険な賭けだが、ミシェルの協力が得られるのであればかなり確実性は増すだろう。

「だがそれも、このアルビオンで起きている異変を解決できたらばの話だ。なにせ相手は総勢二十万の軍隊だ。こっちは十人にも満たん」

「ウェールズは、三日後にレコン・キスタとの正面決戦に打って出ると言っていました。今からだと二日後になりますか、何かが起こるとしたらそのときだと思います」

「だろうな。しかし、何かが起こってからでは手遅れということもある。危険だが、王党派に探りを入れてみるしかないか」

 ヤプールが何かを王党派やレコン・キスタを利用して進めようとしているならば、その準備がおこなわれているはずだ。その証拠に、ブラック星人などを使って、周辺住民をなかば強制的に集めている。

 ただし、下手をすれば戦争のど真ん中に巻き込まれてしまうか、ヤプールの陰謀にまとめて捕まってしまうこともありうる。けれど、遠くから眺めているだけでは何もわからない。

「ようし、それでは時間がない、いく、ぞ……」

 そう言いかけて、アニエスは全身を貫いた疲労感に襲われて、倒れ掛かるところをかろうじてキュルケに支えられた。

「無理をなさらないほうがよいですわよ。あなただって相当に疲労してるじゃあありませんか」

 荒い息の中で、アニエスは自分の肉体のもろさを嘆いたが、それもやむをえないところではあった。トリステインで内通者の狩り出しをおこなってから、そのままアルビオンまで強行してきて、この村にたどり着くまでまったく休みなしだった。しかも才人との決闘やノースサタンとの激闘をしたとなっては、いかに鍛え上げたアニエスの体もスタミナを使い果たしていたのだ。

 彼女はロングビルに何らかの反論をしようとしたけれど、自分の足でまともに立つことすらできない状態では、なにを言っても説得力はない。仕方なく、まずは呼吸を整えることに専念した。

「今日のところは、この村で休んで、調査は明日からにしたほうがいいでしょう。その体では、また敵と遭遇したらとても戦えませんわよ」

「仕方がないな……」

 アニエスは、彼女にしては珍しく妥協した。いかな豪胆な彼女でも、才人、ミシェル、それに自分と、半数以上がまともに動けない状態では、なにもできないということはわかっていた。時間はない、だが、少なくとも一晩の休息をとれば才人と自分は動けるくらいには回復できるだろう。

 無茶は禁物か……焦る気持ちはあるが、あと二日なら半日くらい休養に使っても余裕はあるだろうと、彼女はなんとか自分に言い聞かせた。

 太陽は、真昼の光芒から、わずかな紅さを持ったものに変わりつつあった。

 

 小村の家屋は、半数は戦いの巻き添えで哀れにも倒壊したものの、幸いにも一行が寝泊りするのに充分な家は残されていた。もちろん、無断で借りるのであって、住民が戻ってきたときは、台風にでもあったとあきらめてもらうしかないのが心苦しいところである。

「壊れた家のところには、少しお金を置いていきましょう。申し訳ありませんが、それくらいしかできませんわ」

 ロングビルの妥協案に、一行はやむを得ずうなずいた。幸い、ルイズやキュルケの財布には予備の金が残っているし、アニエスも旅立ちのときに旅費としてそれなりの金子を持ってきている。木造の小さな小屋のような家ばかりの小村なら、建て直すのに充分とはいえなくとも家具代くらいにはなるだろう。

 

 その後、一行はよさそうな家に才人とミシェルを寝かせて、ロングビルが住人が残していった食材で夕飯を作る間、それぞれ休息をとった。やがて才人が目覚めて、アニエスがミシェルの処刑をおこなうのを中止、正確には無期延期したのを、飛び上がるほど喜んで、全身打撲を思い出させられたあとにベッドに逆戻りさせられた。

 簡素だが、ティファニアの師匠筋のロングビルの料理は、疲れきった一同の体から疲労を追い出し、新鮮な息吹を吹き込んでくれた。

「さあて、じゃあ明日は早いから、さっさと寝ましょうか」

「はーい」

 くたくたに疲れきった一同は、睡眠欲にまかせるままに、ベッドに倒れこんでいった。もしかしたら、これが最後の眠りになるかもしれないが、世界が滅べばどのみち死ぬのだから、彼女たちは案外な豪胆さでさっさと意識を放り出していった。

 ルイズ、キュルケ、ロングビルが、ベッドの上で健やかな寝息を立てている。ミシェルは、これまで眠っているときにさえさいなまされてきた重りから開放されて、何年かぶりかの熟睡を味わっていた。

 そうして、数時間ほどが流れたとき、才人はふと目を覚ました。皆はまだぐっすりと眠っているので、外の空気を吸ってこようかと家の外に出ると、壁にもたれかかるようにしながら立っているアニエスを見つけた。

「眠らないんですか?」

「全員で寝て、万一奇襲を受けたら目を当てられないだろう。私はここで見張りをしていよう。心配しなくても、立ったまま眠る訓練はしてあるから、朝までには疲れをとっているさ」

 才人は、はぁと答えながら、やっぱりこの人は並じゃないな。我ながら、よくもまあこんな人に決闘を挑んだものだと、自分自身に呆れていた。

「アニエスさんに追いつくには、あと十年はいるかなあ」

 そこでアニエスは、百年早いと言ってやろうかと思ったが、さすがに意地悪もほどほどにと考え直して、話題を転じた。

「お前こそ、もう立って歩けるのか?」

「傷の治りは早いほうなんですよ、伊達にこれまでルイズの折檻に耐えてきたわけじゃありませんって」

 笑って答える才人に、今度はアニエスのほうが呆れる番だった。もちろん、才人が成長期で、傷の治りが早いというのもあるが、同化したウルトラマンAに治してもらっているのだとまでは、さすがに言わない。

 やがて二人は、二言三言、他愛もないことを話したあとで、決闘のこと、ウルトラマンのこと、そしてミシェルのことを話した。

「本当に、いろんなことがありましたね」

「まったくな」

 そのいろんなことを起こした原因はお前だがなと、アニエスは内心で思った。初めて会ったときは、確かトリステイン王宮の廊下だったか。あの時は、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんたちの付属品くらいにしか思っていなかったやつに、まさか自分が戦って勝てないことがあるなどと、本当に想像もしなかった。

「お前には、私たちにはない強さがあるのかもしれないな」

「え? なんですって?」

「なんでもない。さあ、それよりもそろそろ眠らないと、回復するものも回復しないぞ、子供は今のうちにいい夢を見ておけ」

「はーいっと」

 才人は、返事と同時に大きなあくびをしてアニエスに手を振って見せた。子ども扱いされたのは心外だが、実際彼女から見れば子供なのだから仕方がない。

 けれど、家のドアを開ける前に、才人は思い出したようにアニエスに頭を下げた。

「なんの真似だ?」

「まだ、お礼を言っていなかったから……ミシェルさんを、許してくれてありがとうございました」

「別に許してなどいない。いずれ、お前との決着は必ずつけるからな」

「そのときは、今度はおれが勝ちますよ」

「で、ミシェルの身柄をもらって、嫁にでもするつもりか?」

 才人の顔が、動揺のために一気に赤くなったのが、月明かりの中でもアニエスにはわかりすぎるくらいわかった。

「い、いえ! ミシェルさんは……おれにとって、その、姉さんみたいなものだから」

「ほう、姉か」

「ええ、おれには、姉妹がいないから……だから、お姉さんってのがいたら、あんなふうなのかと思って」

 その、どことなく寂しそうな才人の声を聞いて、アニエスは、わずかに目を細めた。才人が、ルイズに召喚された使い魔であることは彼女もずっと前から知っている。それはすなわち、彼にとって家族や友人と、強制的に離別させられたことを意味する。表面上は明るく振舞っているが、人間はそんなに長く孤独に耐えられるほどに強くはない。才人は、才人なりに孤独と戦ってきたのだと、アニエスは彼が誰よりも絆を大切にする理由の一つを、知ったような気がした。

「ふっ、そうだな、お前には、ミス・ヴァリエールがいたんだったな……ふふ、もういい、寝ろ」

「あっ、はいっ!」

「おっと、ちょっと待て」

 踵をかえそうとする才人を、アニエスは呼び止めると、壁に背中を当てて目を閉じた。

「私もそろそろ眠くなってきた。朝まで一眠りさせてもらおう。だから、これから言うことは、すべてただの寝言だ。朝になっても、何も覚えていなかった、いいな」

「あっ、はい」

 才人がうなずくと、やがてアニエスは呼吸を整えて、独り言のようにつぶやき始めた。

「……お前はいいやつだな……」

「えっ?」

「今回のこと、頭を下げて礼を言わなければならんのは私のほうだ。お前のおかげで、私も部下殺しという業を背負わずにすんだ。あいつを、殺さなくてすんだ……本当に、感謝する」

 アニエスは、のどに突っかかるように、とつとつとつぶやき続け、それが涙をこらえているということは、才人にもわかった。

「だが、今度の戦いは、ヤプールも国そのものを利用しようとしている以上、私もお前たちを守りきる自信はない。だから、私に万一のことがあったときには、お前が皆を連れて逃げろ」

「そんな、アニエスさんを見捨てるなんてできませんよ」

「むろん、あくまで万が一さ。私も、なすべきことが残っている以上、むざむざ死ぬ気はない。しかし、私一人の力でできることは限られている。だから、そのときは、ミシェルを、私の大切な部下……いいや……私の、大切な妹を、守ってやってくれ」

「……はい!」

 一切の迷い無く、才人は約束した。

 夜は深まり、月は沈んで、また朝が来る。けれど、その夜のことは、誰にも知られず、二人も朝になったら一言も口にすることはなかった。

 

 

 だがそのころ、ノースサタンがウルトラマンAに敗れ去ったことを知ったヤプールは、次元の裂け目から下僕たちに新たな指令を与えていた。

 

「うぬぬ……まさか、エースに我々の作戦を気づかれてしまったのではあるまいな。こうなればやむをえん、作戦の発動を一日早めるのだ! 明日を持って、この茶番劇を終わらせてやれぇーっ!」

 

 禍々しい叫び声が、王党派とレコン・キスタの最高司令官の部屋に木霊する。果たして、ヤプールがたくらんでいることはなんなのか、才人も、ウルトラマンAも、まだそれを知らない。

 

 

 続く


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