ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第67話  決闘!! 才人vsアニエス (前編)

 第67話

 決闘!! 才人vsアニエス (前編)

 

 殺し屋宇宙人 ノースサタン 登場!

 

 

 どこともしれない民家のベッドの上で、窓枠から差し込む日差しに目を細めて、温かなスープの香りが鼻腔をくすぐってくる。そんな穏やかで安らいだ時間が訪れたことを、全身の半分を包帯で覆われて、傷ついた体をゆったりと横たえさせてもらっている、青い髪の娘は、最初信じることができなかった。

 

「アニエス隊長!? それに、お前たちは!?」

 二度目に目を覚まして、そこで自分を心配そうに見守っている見知った顔の数々が幻覚でないことを知ったとき、ミシェルは思わず飛び起きようとしたが、全身を貫く激痛に阻まれて、ベッドの上に見えざる手で押し付けられてしまった。とたんに、珠のような汗が額に浮き出るのは、彼女の今の姿からすれば当然の肉体的反応だったろう。しかしその傷の一つ一つの痛みが、彼女にようやく今が間違いなく昨日からつながっているのだということを教えてくれた。

「無理をするものでは、ありませんことよ」

 苦悶のうめきを漏らすミシェルの額を、赤毛の少女がハンカチでぬぐってくれた。そうすると、不思議と痛みも汗といっしょにぬぐわれていくように、次第に苦痛は地平の果てにまで後退していってくれた。

「ここは、どこだ? なぜ、私はここに?」

 呼吸を整えて、室内を見渡したミシェルは、とりあえず自分の状況を確認しようと思った。自分の記憶は、昨日の……恐らく昨日だと思うが、闇夜の川原で途切れており、なぜ、あれから今の状況になったのか、まったく見当がつかなかった。

 その答えは、彼女の枕元で腕組みをして立つ、彼女自身の上司……いや、もはや、だったと過去形で呼ばれるべき人物から与えられた。

「王軍陣営近くの集落の一つだ。街道で見つけたお前を、私がここに連れてきたのだ。もっとも、村人はすでに軍に徴用されてしまったらしく、勝手に家を借りているだけだがな」

「隊長が、私を……?」

 見渡せば、そこは元は女性の部屋であったのか、花瓶に花が活けられているなど、どことなく女性的な雰囲気があった。けれど、勝手に家を借りても誰も文句を言わないとは、ずっと城の中で足止めを食らわされていた彼女には信じられなかったが、才人たちからこの近辺の町や村から住人が、法外な税金の代償に労働に駆り出されていると聞かされてさらに驚いた。外では、そんなことにまでなっているとは。

「いったい……奴らは何を企んでいるんだ?」

 また一つ、理解不能なことが加わってミシェルは混乱した。あの正気を失ったウェールズならば、何をやっても不思議ではないが、少なくともいい予感はまったくしない。

「ミシェル、やはり何か知っているんだな?」

「あ、いえ……」

 設問されるようにアニエスに睨みつけられて、ミシェルは言葉に詰まった。あの、ワルドや川原のガーゴイルのことをどう説明すればよいのか。

 しかし、そこで思わぬ方向から助け舟が来た。いったん部屋の外に出ていたロングビルが、トレイの上に、温かな湯気を立ち上らせる、大豆のスープの皿を持ってきたのである。

「まあまあ、けが人を相手にそう一気に話さなくても。とりあえず、ありあわせの材料ですけど、これなら食べられると思いますわ。食欲はありますか?」

「あ……すまない」

 最初は断ろうかと思ったが、スープの匂いをかいだら、すぐに空腹の虫が襲ってきて、あっさりと牙城は陥落した。そういえば、昨日の晩から何も食べてない。

 けれど、トレイを受け取ろうと思ったら、両手も包帯で厚く巻かれていて、受け取ることも、スプーンを握ることも、とてもできそうもなかった。そこへ、代わりにトレイを受け取って、彼女の口元にスープをすくったスプーンを差し出したのは、やはり赤毛のおせっかい焼き娘であった。

「はい、あーんしてください」

「え!? おっ、おいお前!」

 慌てるミシェルだが、空腹には耐えがたく、ほとんど反射的にぱくりとスプーンをくわえ込んでしまった。その赤ん坊のような姿には、周りで見ていた才人やルイズからも笑いがこぼれて、彼女は赤面するばかりであった。

「はいはい、けが人は素直に甘えておけばいいんですよ。そのほうが、可愛いですからね」

「むぅ……」

 開き直ったように憮然と運ばれてくるスープを口にしているミシェルに悪いので、才人たちは仕方なく話を一時中断して、食事が終わるのを待った。だがそれにしても、キュルケはいつもタバサといっしょにいるためか、誰かの世話をしている姿が非常に絵になっていると彼は思った。もしかしたらキュルケは幼稚園の保母さんなんかが似合うのではないか? 子供たちといっしょに庭を駆け回るだけでは飽き足らずに、川原や裏山に飛び出ていって、園長に心配をかけてばかりな、どちらが子供かわからないような、けれど、誰からも嫌われることのない、そんな先生。

 さて、そんな他愛もないことを考えているうちに、スープの皿は空になった。量は少なかったが、内臓や食道をやられている危険もあるので、あまり多くは与えられなかった。それでも空腹は去って、一息をついたミシェルは、部屋の隅でじっと立って見守っていたアニエスに恐る恐る話しかけた。

「あの、ところで隊長がなぜ、アルビオンに……」

「姫殿下の命令だ。昨日の夕方トリスタニアから竜籠でラ・ロシェールまで飛び、手近な船がなかったので、輸送用の竜を借りて夜のうちにスカボローについて、あとはひたすら馬を飛ばした。だが、驚いたぞ、王党派の陣に向かって急いでいたら、街道の向こうから血まみれのお前をかついだ女が歩いてきたときは、すでに死体かと思った」

「女……?」

「ああ、全身を黒衣で包んだ、風変わりな女だったな」

 そのときのことは、アニエスにもうまくは説明できなかった。

 一刻も早く、アルビオン王党派の元へ駆けつけようとアニエスは馬を走らせていた。その前に、反対側から肩に気絶したミシェルを担いだ女がやってきて、仰天した彼女は馬を止めると、その女を呼び止めた。

「おい貴様! そこで止まれ! その肩のものはなんだ!?」

「……お前に答える義務があるのか?」

「なにっ!?」

 女が怒鳴りつけられても泰然としているのに、焦ったアニエスは剣を抜こうとしたが、柄に手をかけた時点で思いとどまった。ミシェルがいるからだけではない、彼女の磨き上げた戦士の感覚が警鐘を鳴らしていた。なんだ、まるで隙がない、こいつはいったい何者だ、と。

「用件があるなら、手短に言え」

 剣に対して、まったく恐怖した様子もなく、無防備なようでいて、それでいていつでも攻撃ができる体勢を保つ相手だった。アニエスは、力に訴えても得られるものはないと激情を抑えて武器から手を離すと、今度は騎士として礼節をもって答えた。

「私はトリステイン王軍、銃士隊隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、その女は、私の部下だ。名はミシェル、その者に会うために私は急いでいた。なぜ貴女がその者を連れているのだ?」

「……私はただの旅の者だ。この娘は、この先の川原で倒れているのを拾っただけだ。捨てておくわけにもいかんから、近隣の村にでも預けようと思ったが、身内ならばちょうどいい。引き取ってもらおう」

 女はそう言うと、担いでいたミシェルを軽々と両手に抱き上げてアニエスに差し出してきた。むろん、断る理由もなく、ミシェルを受け取ったが、真近で見ると、彼女は全身がズタズタになった痛々しい姿であり、アニエスはよくこれで生きていたなと息を呑んだ。

「応急手当はしてある。しばらく安静にしていれば助かるだろう。ではな」

「あ、待て! この者がこうなった原因を、貴女は知っているのか?」

「さあな、だが私が立ち寄る前に、戦う音が聞こえたから、それで受けたのだろう」

「戦っていただと? 相手はどうしたんだ?」

「さてな、私が見つけたときにはすでに戦いは終わっていた。恐らく彼女が刺し違えて倒したのだろう。気になるならこの先の川原を調べてみろ、まだ残骸が散らばっているはずだ」

 それは半分嘘であったが、口調を音程の一つも変えずに話されたので、さしものアニエスも見抜くことはできなかった。それでも、ミシェルが何者かと戦っていたということに関して嘘はない。

「その、戦っていた相手というのは王軍の兵士かメイジか?」

 すでに、ミシェルがレコン・キスタの間諜で、ウェールズ暗殺の実行犯の一人だと知っていたアニエスは、ミシェルが王党派に正体を見破られて追われていたのではないかと予測したのだが、相手から返ってきたのはまったく別の答えだった。

「人間ではない。動く人形、だいたいそんなところだな。お前達の言うガーゴイルとかいうものに似ているが、はるかに強力だ。よく、あんなものに襲われて助かったものだ」

「ガーゴイル?」

「のようなものだ、似たものをいくつか知っているのでな。しかし、この娘の生きようとする執念はたいしたものだ。アニエスといったか? ずっとうわごとのように、お前の名や、ほかにサイトとかなんとか、何人かの名をつぶやき続けていたのだ。よほど、帰りたかったのだろうな」

 そう言われて、はっとしてアニエスは腕の中で眠り続けているミシェルを見つめた。すでに苦しむことにさえ疲れきってしまったかのように、深い眠りについているが、アニエスの腕に抱かれているのが無意識にわかるからか、穏やかな表情で静かに

寝息を立てている。

「ミシェル……」

「精々大切にしてやることだな。では、私はゆくぞ」

「あっ、待て! もう一つだけ答えろ! 倒れていたのはミシェルだけか、ほかに誰かいなかったか?」

「その娘だけだ。ほかには誰も見あたらなかった」

 それだけ言うと、黒服の女はアニエスが礼を言う間もなく、無言のままで立ち去っていった。残ったアニエスは、このままアルビオン王党派の元へ向かうかどうか迷ったが、ミシェルの身に異常な事態が起こったのは確かだし、重傷者を連れて行くわけにはいかないと、わき道に入って、無人となった宿場町に立ち寄ったのだが、そこで偶然休息をとっていた才人たちと出会ったのであった。

 

 そこまでのことを、アニエスは噛み砕いて説明し、かたわらの椅子に腰掛けて一息をついた。

「と、いうわけだ。実際、わからないことだらけだがな。特にあの女、王党派でも

レコン・キスタの手の者でもないようだが、ただ者ではなかった」

 アニエスにとって、素手で自分を圧倒した相手が何者であるのか気になるところであった。しかしそれは一個人のプライドに領域を主張する些事であり、とりあえずは今必要とされることではなかったので、その一言でそれを記憶の内側にしまいこんだ。

 ただ、一方の才人たちには一定の推測が生まれていた。アルビオンと一言に言っても何十万人もの人間がいるために、確証とまではいかなかったので口には出さなかったが、その黒服の女が誰なのかを、薄々勘付いてはいた。

 ともかく、アニエスがミシェルを拾えたことはまったくの幸運であった。もしその黒服の女がいなければ、街道を外れた川原で倒れているミシェルにアニエスは気づきえず、実際には、見つけていてもすでに死体であっただろう。

 けれども、それ以上にミシェルを不思議がらせたのは、どうしてこんな場所に才人たちまでがいたかということであった。目的地が同じサウスゴータ地方ということぐらいは聞いていたが、学生が遊びに来るにはここは戦場に近すぎる。それについて、才人たちはウェストウッド村が役人に化けていたブラック星人に襲われたことなどを説明し、それで王党派が怪しいと睨み、探りを入れようと考えて、この地方の出身のロングビルに道案内を頼んで、ここまで来たと語った。

「ただ、ブラック星人が倒されたことで、別のヤプールの手下が留守中にウェストウッド村を襲っては大変ですからね。タバサに護衛してもらって、村のみんなやシエスタには一時別の街に避難してもらってます」

 よく見渡せば、船で見た小柄な眼鏡の少女と、黒髪の少女がいなかった。

「そうか、お前たちも大変だったんだな……」

 どうやら想像以上にヤプールはアルビオンに根を下ろしているらしい。トリステインやゲルマニアなどでは、白昼堂々怪獣や宇宙人が破壊活動をおこなっている分、かえって表面上は怪獣が出現しないから、この国の人々も目の前の内戦に気をとられて、多少の変事も雑多なニュースにまぎれてしまうのだろう。

「さて、これでこちらが言うべきことは伝えたが、今度はお前が答える番だ。お前ほどの者に、いったい何者がそれほどの傷を与えた。任務の途中で何があったのだ?」

 厳しく問い詰めるアニエスに対して、ミシェルは恐れていたときが来たと感じた。才人たちの手前、公言はしなかったが、彼女の言う『任務』のことが、トリステイン大使としてのものではないことは、その目を見れば明白だったからだ。

「あ、ええと……」

 冷や汗が背中をつたるのが、いやというほど自分で自覚できた。どう言えばいいのか、すでに隊長は自分のことに気づいている。しかし、才人たちにまで自分が裏切り者だと知られたくはなかった。

 だが、口ごもっていても、アニエスの苛烈な視線は変わらない。どんな嘘をついても、到底ごまかせるようなものではなかった。

「どうした? 言えないなら、言えるようにしてやろうか?」

 無言の抵抗の末に、ミシェルに突きつけられたのは、アニエスがトリスタニアで間諜から奪った密書だった。

「それは!」

「ん、なんですそりゃ。ルイズ、なんて書いてあるんだ」

「んー、なにこれ? 文字が雑多に書かれてて訳わかんないわ。キュルケ、あんた読める?」

「ふーん、なんか軍の暗号文に似てるわね。残念だけど、解読するためのキーがわからないと読めないわ。で、ミス・アニエス、なんなんですのこれは?」

 首をかしげたルイズたちは、アニエスに説明を求めたけれど、彼女はその密書をミシェルに突きつけたままで無言であった。しかし、当然ミシェルはそれを読むことができ、最後に記された暗殺者の名に、自分の名前がワルドと並んであることを見ると、もはや逃げ道がなくなったことを理解して、観念せざるをえなくなった。

「すべて……お話します……ですが」

 もう、隠し事は通用しない。それでも、せめて裏切りの事実をここで才人たちにまでも知られたくなかったが、アニエスの態度は冷断だった。

「だめだ、どうせいずれ知れることだ。お前が選んだことなら、最後まで責任を持て」

「……はい」

 一時ごまかしたとしても、すでにトリステインでは知られている以上、遅かれ早かれ彼らの耳にも入る。誰のせいでもない、自分で選んだ道なのだから、その落とし前は自分でつけるしかないのだ。

「ちょっとアニエス、話が見えないわよ!」 

 二人の間だけで、意味のわからない話が続いたことにいらだったルイズが怒鳴った。だがアニエスは黙ってミシェルに目配せしただけで、やがてミシェルは覚悟を決めたように、うつむきながら、血を吐くように告白した。

「皆……私は、実はレコン・キスタの内通者、間諜だったんだ……」

 たったその一言を告げるのに、どれだけの勇気と覚悟が必要だったのかはわからない。才人たちの反応は、最初は沈黙で、やがて言葉の意味を理解して「なんだって!」という叫びの後に、「嘘でしょう」というのが続いた。

「嘘じゃない……私の父はトリステインの法務院の参事官だったが、十年前、身に覚えのない汚職事件の主犯とされ、貴族の身分を失った。父は、国に裏切られたと、自ら命を絶ち、母も後を追った。幼い私は帰る場所を失い、路頭に迷った。そんな私を拾ってくれたのが、トリステインでレコン・キスタに通じている、ある人だったのだ。それ以来、恩返しと、腐敗した国を変えるために、内通者として軍に、銃士隊に入った」

 慄然として才人たちはミシェルの告白を聞いていた。特に才人は以前ツルク星人を倒すために、共に特訓をしたときと、アルビオンへの船上で聞いたミシェルとの会話を思い出して、そういえば恩人がどうとか、レコン・キスタのあり方がどうかと聞かれたなと、「信じられない」という一言さえも言い出せずにいた。

 また、彼女の口からは同時にワルドもレコン・キスタの一員であったということが語られて、昔馴染みで許婚だったルイズを一時愕然とさせた。しかし他の者たちにとっては、とうにアルビオンへの『ダンケルク』号での一件で彼を見限っていたので、やっぱりなと逆に納得させるものでしかなかった。また、ルイズも心を落ち着かせると、幼い頃の約束をそこまで真剣に考えていたわけでもなく、また『ダンケルク』の件で彼への評価を落としていたことには皆と変わりなかったので、脳内の好意的な人名語録のワルドの名に墨を塗って終わらせた。

「それで、お前の後ろで糸を引いていた、ある人というのは誰だ?」

「それは……それだけは言えません。父の古い友人で、あの人だけは父の無実を信じてくださいましたから」

「リッシュモン高等法院長か」

「え!?」

 愕然と、自分の顔を見上げたミシェルの顔を見て、アニエスはやはりとうなずき、そして彼女にとって恐るべきことを教えた。

「十年前の、お前の父の事件は私も調べた。証拠はないが、首謀者はリッシュモンだ」

「ば、馬鹿な! でたらめを言うな」

「本当だ。私は奴に関することはなんでも調べた。なぜなら、リッシュモンは私にとっても仇だからだ!」

 きっとして見返すアニエスの顔には、明らかな怒りと憎悪の影があり、ミシェルはそれに圧倒されて、その言葉が嘘ではないと感じた。

「二十年前、奴は権力争いの中で、公然とした手柄を欲していた。それで生贄に選ばれたのがダングルテール地方の私の村だった。奴は新教徒狩りとありもしない罪をでっちあげて、村を焼き尽くした。生き残ったのは、私だけだ」

「……」

「お前の父のことも、奴は出世の邪魔だったから濡れ衣を着せたのだ。奴はそうして、敵を排除して、今の地位を手に入れた」

「嘘だ……」

「ならばよく思い出してみろ。お前の父が失脚して、誰が一番得をしたのか? 当時参事官補佐で、お前の父のやってきた事業をむだにするわけにはいかないなどとほざき、結局役職の後釜に納まったのは、リッシュモンだったではないか。奴は何もせずに、お前の父の努力の結果だけを手に入れた。それも一度や二度ではない。奴の出世街道は、まさに他者の地位の強奪の連続だ。もはや、簡単に手を出せる身分ではなく、確たる証拠を残さない用心深さから逮捕できずにいるが、いずれ奴は私のこの手でひねり殺してやる!」

 今まで見せたことのない強烈な憎悪の決意は、その場にいた全員を震え上がらせた。しかし、もっともショックを受けたのは、当然ながらミシェルであった。

「……そんな、それでは私は」

「甘い言葉で誘惑するのは、奴の常套手段だ。奴にとって、自分以外の人間は都合よく利用するための道具にすぎん。つい先日も、奴の情報を聞き出そうとした奴の家の使用人が事故死した。お前も、利用されていたんだ」

「……じゃあ、私がこれまでやってきたことは……」

「全て、無駄だったということだ」

 その瞬間、堰を切ったかのようにミシェルは狂った音程の悲鳴をあげて、喉をかきむしりながら泣き喚き始めた。包帯が破れて、開いた傷口からまた血がにじみ始めるのを見て、慌てて才人やキュルケが彼女の手足を押さえにかかるが、ミシェルの狂乱は収まらずに、のども張り裂けんと叫び続ける。

「アニエスさん! いくらなんでもひどすぎます!」

 壊れてしまったように暴れ続けるミシェルを必死で押さえつけながら、才人はアニエスに向かって怒鳴った。

「ひどいものか、このまま何も知らずに、哀れな道化として踊り続けるより、床に落ちて壊れてたとしても糸を断ち切ってやるべきだろう。違うか!!」

 苛烈で、冷断ではあったが、その言葉には、自分の目で見て、考えて、そして決断して一人で生きてきたアニエスの強さが込められていた。

 やがて、十数分後にミシェルは顔を涙と鼻水でぐっしょりと濡らしながら、ようやく錯乱から覚めた。そして見かねたロングビルが濡らしたタオルで顔を拭いた後に、彼女は訥々と、順を追いながら、自分でも確認するように、昨晩起きたことを語り始めた。

 

「私は、ワルドといっしょに、この先の城へとウェールズ皇太子に会うために赴きました……」

 

 ウェールズ皇太子と会い、大使としての任務を果たし、夕食前にワルドとウェールズを見送ったが、次に現れたときには二人は変貌していた。手の中に目と口があったワルドに手傷を負わされ、必死で川に落ちて逃げ延びたが、追っ手のガーゴイルにやられて、その後のことはここで気がつくまでわからない。

 そこまでのことをざっと聞かされて、一同はぐっと息を呑んだ。ある程度の予想はしていたが、それは甘い予測を悪い形で見事に裏切ってくれた。ルイズは、ワルドが取り付かれてしまったことに多少驚いたが、すでに内通者だったということを知っていたために、それ以上はショックは受けなかった。

 むしろ、ワルドの変貌に驚いたのは才人のほうである。

「手に、目と口が?」

 それは才人だけでなく、彼と同化しているウルトラマンA、北斗星司にとっても忘れがたい記憶であった。ヤプールの配下で、そんなことのできる奴はただ一匹、そいつのために、かつてTACは新型超光速ロケットエンジンを破壊されてしまったことがある。

「また、やっかいな奴が……」

 もし、予測が当たってワルドがそいつだとすれば、これまでにない強敵となるだろう。時間が経つにつれて、ヤプールの戦力が次第に強大になっていくことを才人は実感せざるを得なかった。

 それに、川原で戦ったというガーゴイルも、ロボットに違いないと彼は確信した。こちらのほうは、単に等身大の人間型ロボットというだけで、それ以上はわからないが、他の宇宙人も敵の中にまぎれていると考えたほうがいいだろう。

 最後まで話し終わったミシェルは、それっきり人形のようにうつむいて動かなくなった。彼女にとっては、これまでの人生すべてを否定されたに等しく、それまでの自分を正当化してきた意義も、誇りも、さながら球根を水栽培していた鉢の底に、穴を空けられたかのように、根こそぎ零れ落ちてしまって、残った球根を包むのは空虚でしかない。いや、育てようとしていた球根も、見た目は変わらないが、すでに細菌に侵されて腐り果てており、芽を出すことなどもはやありえない。

「ミシェルさん……」

 才人は魂の抜け果てた、生ける屍のようになってしまったミシェルを見て、人間はここまで残酷に打ちのめされることができるのかと、憤然たる思いを抱き、自らの無力さを痛感していた。もはや、どんな慰めの言葉も彼女には意味を持たないだろう。こんなとき、ウルトラ兄弟ならどうするのだろうか、どうすれば彼女を救えるのだろう……

 けれどそこへ、剣を腰に挿し、ミシェルの前に立ったアニエスが皆を見渡して、全員外へ出て行くようにうながすと、才人以外の三人の顔に、さっと緊張が走った。

「えっ、どうしてですか?」

 才人は怪訝な顔をしたが、アニエスが再度反論を許さない口調で命令したので、仕方なくこの小さな一軒家の外へと出て、無人の村の広場に降り注ぐ日光に身を晒した。

「どうしたんだろう? アニエスさん」

 追い出されて、暑い日差しを手でさえぎりながら才人はいぶかしげにつぶやいた。まだ、ミシェルさんから聞きたいことがあったのだろうか? けど、それならば別に自分たちを追い出さなくてもよかったのに。

 才人は、何かわからないが二人だけの話をするのだろうかと、ロングビルやキュルケに聞いてみた。けれども二人とも不思議なことに視線をそらすばかりで、仕方なくルイズに問いかけてみると、ルイズもまた、気まずく、沈痛な面持ちで顔をそらそうとした。しかし、才人の何にも気づいていない顔を横目で見ると、ぽつりと苦しげに答えた。

「サイト、ミシェルはいまや、トリステインにとっては反逆者、銃士隊にとっても恥ずべき裏切り者なのよ。アニエスは、その銃士隊の隊長として……」

 最後まで聞くことなく、才人は韋駄天のごとく駆け出していた。

 

 アニエスとミシェル、二人だけになった部屋の中で、アニエスの抜いた剣がミシェルの喉元で冷たく輝く。

「ミシェル、わかっているな?」

「はい……」

 乾いた声で返事をしながら、ミシェルは来るべきときが来たと、不思議と明瞭な思考の中で、アニエスが突きつけてきた剣の意味を違えることなく理解してうなづいた。 

 裏切り者には死の制裁を、それは軍隊という救いがたい残酷な組織の中で、統率を守るための非情の掟。この前には、たとえ銃士隊といえども例外ではない。

 それに、かつてミシェルはワイルド星人の事件のときに、メイジであることと、素性を偽っていたことをアニエスに知られてしまったときに、「どんな理由があるにせよ。お前がこの国に仇なす存在になったら、私はお前を殺す。それだけは覚えておけ」と、見逃してもらったときの約束も破ってしまっている。

「思い残すことは、ないか?」

「いいえ……」

「そうか……」

 アニエスは、ミシェルの心臓に狙いをつけると、ゆっくりと剣を振りかぶっていった。その剣先に焦点の合わない視線を向けても、もうミシェルの心に恐怖はわずかも浮かんではこなかった。

「目をつぶれ」

 それは、アニエスからミシェルへ向けた、せめてもの情けだったのだろう。アニエスにとって、リッシュモンによって同じ苦しみと悲しみを味わわされてきたミシェルは、いわば鏡に映したもう一人の自分であったといってもいいのだ。しかも、復讐を決意した自分とは裏腹に、真実を知らずに、もっとも憎むべき者のために人生の全てを利用されてきた。せめて、もうこれ以上苦しまなくてすむように、安らかな眠りを……

 だが、そこへ部屋のドアを蹴破るようにして、怒気を顔全体に張り付かせた才人が飛び込んできて、アニエスに掴みかかった。

「なにをやってるんだ! あんたはあっ!!」

 あと半瞬遅かったら、アニエスの剣は確実にミシェルの心臓を貫いていたことは疑いようもない。しかし、アニエスは胸倉を掴もうとする才人を、彼よりずっと強い腕力で振りほどき、昂然と言い放った。

「邪魔をするなサイト! これは我ら銃士隊の問題だ、お前には関係ない!」

 その、烈火のような強烈な怒声は、いつもの才人であったなら、それだけで腰を抜かしてしまいかねない圧倒的な迫力を噴出していたが、すでに怒りの臨界点を超えている今の才人はひるまなかった。

「目の前で人が一人死ぬかどうかってときに、関係ないもなにもあるもんか! あんた、自分が何しようとしているのかわかってんのか!!」

「当たり前だ! 誰が好き好んで自分の部下を殺したいなどと思うか! だが、裏切り者を放っておいては銃士隊の規律が維持できん。それに、どうせトリステインでは、すでにミシェルは反逆者として死罪が確定している。ならばせめて、私の手で引導を渡してやるのが幸せという……」

「ふざけるな! 死んでなにが幸せだ、誰が救われるっていうんだ!!」

 一歩たりとて譲らず、ミシェルをかばうようにアニエスの前に立ちふさがる才人を、アニエスだけでなく、戻ってきたルイズたちも見つめる。誰も、ここまで才人が怒りをあらわにするのを見たことがなかった。

「サイト、気持ちはわかるけど、これはもう個人の感情じゃどうにもならないのよ。どういう理由があるにせよ、彼女はトリステインの法と、彼女を信じていた人々の信頼を裏切ったんだから」

 ルイズが、ミシェルを粛清するのはもうどうしようもない、決められた筋だと言い聞かせようとしても、そんな正論で納得するほど才人の怒りは半端ではなかった。

「それがどうした! 私利私欲で裏切ったとかいうならともかく、ミシェルさんは、ただだまされてただけじゃねえか! 散々苦しんで苦しんで、それでも悪い世の中を変えようと、自分の全部を捨ててまで戦おうとしたのはなんのためだ。そんな人がこれ以上、なんで貶められなきゃならないんだ!」

 たとえ理不尽であろうが、そんな簡単に人の命を奪うことは絶対に許されない。その身を唯一の盾として、才人はアニエスの白刃の前に立ち続けた。しかし、その壁は内側から、守られるべき者の言葉の一弾によって揺さぶられた。

「サイト……もういい、私なんかのために、そこまで怒ってくれて本当にうれしく思う。けれど、もうどこにも私のいる場所はないし、生きている意味もなくなった。もう、疲れたから眠らせてくれ……」

 全てをあきらめ、死の安寧を求めようとしている人間の願いを、しかし才人は聞き入れはしなかった。

「寝とぼけたこと言うんじゃねえ! おれだって、着の身着のままで、このバカで無茶で気まぐれで、嫉妬深くて、人使い荒くて気位ばかり高い貴族のとこに召喚されたけど、それでも一応はうまくやってんだ!」

「こらサイトぉ! そりゃどういう意味よ!」

 ルイズが怒鳴るのをとりあえず聞き流して、才人はなおも言う。

「生きている意味がないだって? たとえ裏になにがあったにせよ、あなたはこれまでずっといろんなものを守るために戦ってきたじゃないか。命を懸けて、大勢の人を救ってきたじゃないか!」

「……けれど、もう私には、守るものなどなにもない」

「馬鹿言うな、守るものなんて……いくらだってあるじゃないか! あんたがここで死んだって、精々殺す手間がはぶけたとヤプールが喜ぶくらいだ。それに、ミシェルさんが死んだら、おれはどんな顔すりゃいいんだ。こんな、悲しみしかのこさねえようなルール、おれは絶対に認めねえぞ!」

 呆然と、ミシェルは自分に向かって怒鳴り続ける才人の顔を見ていた。誰にも、どうして才人が裏切り者のためにここまで怒るのかを、理解しきることはできずにいる。

 しかし、生きて、生きてさえいれば、わずかな希望も見つけることができるかもしれない。たとえ理屈に合っていようと、未来への可能性を奪う行為を、才人は、そして彼のあこがれた者たちは許しはしない。

「どうしても、ミシェルさんを許してはもらえないんですか?」

「ああ、これは私の私情でどうこうできる問題ではない。たとえ隊長といえど、隊の規律と、国の法は守らなければならんのだ。お前こそ、どうしてもどかんというならば、共に斬り捨てねばならんぞ」

 どちらも決して譲れない意志を示し、妥協点は星くずほども見つけられそうはなかった。例え、死んだことにして見逃してくれと言っても、鉄の規律で縛られた銃士隊の隊長たるものが、生半可な温情などかけはしないだろう。

 もはや話し合いで解決できはしないとわかったとき、才人はウルトラマンとしてではなく、人間として戦う覚悟を決めた。

「わかりました。ならば、アニエスさん、あなたに決闘を申し込みます」

 一瞬の沈黙を置いて、驚愕と困惑の二重奏が小部屋を包み込んだ。

「決闘、だと?」

「ええ、もしおれが勝てば、この人の身柄はおれが預かります。それだけが条件です」

「正気か……と、聞くのは愚問か。なぜ、そこまでミシェルを庇い立てしようとする? こいつの裏切りが成功していたとしたら、ハルケギニア全土が戦火に巻き込まれ、お前も死ぬことになったかもしれん。第一、決闘となれば、私がお前を殺したとしても何も問題にはならんし、当然私も容赦などはせんぞ」

 才人は一瞬目をつぶり、一つの忘れられない過去を思い返してから答えた。

「罪を犯した者に罰が必要だっていうなら、ミシェルさんはもう充分すぎるほど罰を受けてますよ。それにおれにも、絶対に譲れない誇りと、義務があります。ここでこの人を見殺しにするくらいなら、たとえ死ぬ危険があっても絶対に引くわけにはいかねえ」

 今の才人の目には、いつものなよなよした雰囲気はなく、自ら傷つくことを恐れない戦士の炎が宿っていた。

「よかろう、もはや力によってしか解決をなしえぬのなら、力づくでねじ伏せてやる」

 表へ出ろとうながして、先に外に出て行くアニエスの後を追いながら、才人もデルフリンガーを抜けるようにして、ずっと自分の背中で経過を見守っていたはずの愛剣の言葉に耳を傾けた。

「いいのか相棒? あの姉ちゃん、冗談でなく強いぜ。以前戦った両手が刃物の奴みたいに、スピードと破壊力はあっても、単純な攻撃しかしてこねえならともかく、剣術じゃ素人同然のお前さんに、つけいる隙なんかまずねえ」 

 デルフリンガーの忠告も、幾度もアニエスと肩を並べて戦った才人にはいまさらわかりきったことだったので、特に反論もしなかった。ただ、それでも一言だけ言っておいた。

「おれは決闘をするんだ、試合や殺し合いにいくわけじゃない」

 だが、決闘、しかも実力でははるかに才人より勝るアニエスを相手にして、才人が無事ですむとは絶対に思えないルイズたちは、口々に彼を止めようとした。

 主人の命令が聞けないのと怒鳴るルイズ、勝てっこないわと止めるキュルケ、本当に殺されるわよと言うロングビル。そして、ロングビルに背負われながら、お前が隊長に敵うはずがない、私が死ねばすむことだと頼むミシェルの声が、次々に才人の耳に響くが、彼の歩みは止まらない。

「ルイズ、悪い、今回だけはお前の言うことでも聞けない。これはもう、おれだけの問題じゃないんだ」

 場合によっては死をすら覚悟した意志の強さが、今の彼の言葉には宿っていた。

 それほどまでに、才人を駆り立てるものがなんなのか、ルイズにも、他の誰にも、どうしてもわからなかった。

 

 それは、才人にとって決して忘れられない記憶。

 かつて、地球と光の国の滅亡を画策したエンペラ星人が、自ら地球への攻撃を開始したとき、奴は手始めにと、巨大人型戦闘用ロボット、無双鉄神インペライザーを地球に送り込んできた。

 このインペライザーは、対ウルトラ戦士抹殺のためにと生み出された超破壊兵器で、圧倒的な腕力と防御力を備え、頭や肩の砲門からのエネルギービームと豊富な武器を持っていた。その上ウルトラマンタロウのストリウム光線やウルトラダイナマイトを受けてさえ、簡単に自己再生するという桁違いのスペックを持って、一度はメビウスを完敗させたほどの恐るべき敵であった。

 しかも、エンペラ星人は一体でもやっかいな、この超兵器を、一気に東京をはじめとする地球の主要都市に十三体も送り込み、地球を破壊されたくなければ、ウルトラマンメビウスを地球人みずからの手で追放せよと脅迫してきた。

 むろん、GUYSはこれを呑むわけはなく、メビウスも登場して東京のインペライザーを迎え撃った。だが倒されてもすぐに次のインペライザーが補充されるために、さしものメビウスとGUYSも敗退を余儀なくされてしまった。

 その絶望的な光景を、才人は家族とともに避難する途中で、街頭のテレビで見て愕然としていた。ウルトラマンでさえ歯が立たないとは、才人の見ている前で、大人たちは肩を落とし、絶望に打ちひしがれていった。そして、絶望に取り付かれた人間の一部は、その恐怖から逃れるために、GUYSにウルトラマンメビウス、ヒビノ・ミライの引渡しを要求した。

 メビウスを追放するべきか、絶望と狂騒の中にあった地球人類を見て、エンペラ星人はほくそえんだことだろう。

 しかし、地球人が悪魔の誘惑に乗りかけたとき、GUYSのサコミズ総監は、テレビを通して人々に語りかけた。そのときの言葉は、今でもはっきりと覚えている。

 

”昔、私が亜光速で宇宙を飛んでいたとき、侵略者から地球を守るために、人知れず戦っていたウルトラマンを目撃しました。

 そのとき彼は言いました。いずれ人間が自分たちと肩を並べる日が来るまで、それまでは我々が人間の盾となろうと。

 彼らは人間を愛しています。

 そして人間を、命がけで守り続けてくれました。私たちは、その心に応える責任がある。

 地球は我々人類自らの手で守りぬかなければならない。ウルトラ警備隊キリヤマ隊長が残した言葉です。

 この言葉はウルトラマンが必要でないといっているわけではありません。彼らの力だけに頼ることなく、私たちも共に戦うべきなのだと伝えているのです。

 最後まで希望を失わず、ウルトラマンを声援し続けるだけでもいい。それだけで、彼らと共に戦っているといえるのです。

 彼らに、力を与えることができるのです。だから、お願いします、今こそ勇気を持ってください。

 侵略者の脅しに屈することなく、人間としての、意思を示してください。

 一人一人の心に従い、最後の答えを出してください”

 

 その心から呼びかけに、地球人はついに迷いを振り切って選択した。メビウスを守れ! メビウスとともに戦おうと、心を一つにした。

 むろん、才人も同様に力の限り叫び、戦いの終わるまで声援を送り続けた。

「おれはあのとき決めたんだ。どんなことがあっても、力の脅しには屈しない。守らなきゃいけないものを守るとき、相手がなんであろうと戦い抜く、それがおれが教わった人間の誇りだ!」

 たとえ時が流れ、守るべきものが変わろうと、ウルトラマンから教えられた、人々のために戦うという気高い思いは、彼の中で少しも損なわれてはいなかった。

 

 

 だがそのころ、アルビオン王党派の城では、送り込んだアンドロイドが破壊されたということを知った参謀長が、慌てふためいていた。

「ううむ、まさかこの星の人間が宇宙金属製のアンドロイドを破壊するとは。ともかく、こんな失態をしてはただではすまんし、何よりあやつから余計なことが外に漏れても面倒だ……仕方ない、扱いにくい奴だが、あいつにやらせるしかないか」

 彼はそうつぶやくと、自分の部屋の中に隠してある次元連結マシーンを起動させて、出番を待っていた宇宙人たちの中から、一人の青い表皮と、悪魔のような不気味な顔を持つヒューマノイド型宇宙人を呼び寄せた。

「ノースサタン、いいか、この女を見つけ出して殺せ、すみやかに確実にだ」

 ノースサタン星人、それはGUYSのドキュメントMACに記録されている宇宙人で、宇宙の殺し屋と異名をとる残虐極まりない星人である。こいつもまた、ハルケギニアのことを知ってヤプールに接触してきた星人の一人である。ただし、他の星人が主に侵略を目的としてるのに対して、宇宙の殺し屋と言われるとおりに、ハルケギニアそのものには興味を持っていなかった。

「…………よかろう、報酬は貴様の言うとおりにしよう。わかったから、さっさと行け」

 参謀長は、報酬として好物である千トンの宇宙金属メタモニウムを要求するノースサタンの条件をしぶしぶ呑んだ。そうして監視カメラの映像に残っていたミシェルの映像を見せて、アンドロイドが破壊された場所と、そこに残されていた血痕から、相手もかなりの深手を負っているはずという情報を与えて送り出した。

 このとおり、ノースサタンは報酬しだいで殺しを請け負ってやると、いわば仕事を売り込んできたのであって、集まってきた宇宙人たちの中でも、ヤプールもいまいち扱いかねている存在であった。

「……ちっ、何を考えているのかわからんやつだ」

 まるで自分のほうが格上であるかのように、依頼を受けると悠然と消えていったノースサタンに、参謀長は思わず舌打ちした。ブラック星人などのように、侵略目的でこちらの足元を狙ってきている奴は、自分から動くし、思考も読みやすいために扱いやすいが、ああいうふうに条件を満たしてやらなければ動かない奴は、いちいち使うのに手間がかかるし、考えを読みにくい。

 しかし、人間の追っ手をトリステイン大使だった相手に送っては、軍・政府内に動揺が起こり、これからの計画に支障をきたすかもしれないし、同族ゆえに懐柔されてしまう恐れもある。高い買い物だが、迅速さと確実さを優先するならばやむをえない処置であった。

「だが、あと二日……あと二日あれば、計画は完成する。そうすれば……フフフ」

 城の窓から見下ろす彼の眼下には、集結を続ける両陣営の軍隊と、徴用されて働かされている大勢の民間人の姿が、アリのように群がっていた。

 

 

 続く


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