ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第64話  短い夏の日の終わり (後編)

 第64話

 短い夏の日の終わり (後編)

 

 冷凍怪人 ブラック星人

 雪女怪獣 スノーゴン 登場!

 

 

「さっ、寒いっ!」

 たった今まで、じっとしていても汗が噴き出すほどに暑かった気温が、木々に霜が降りるほどにぐんぐん低下していく。雪女怪獣スノーゴンの吐き出す冷凍ガスと、極低温の奴の体温が、大気から急速に熱を奪っていっていた。

「いいぞスノーゴン、そのまま何もかも凍りつかせてしまえ!」

 操っているブラック星人は、安全なスノーゴンの後ろから得意げに命令している。自身に戦闘力がなく、指揮官が安全な場所にいるのは当然のことなのだが、その姑息さには正直腹が立った。

「あんた! 男なら前に出て戦いなさいよ!」

「はっははは、野蛮な下等生物らしいな。そんな手に乗ると思うか」

 怒ったルイズが挑発してもブラック星人はまったく動かない。本来なら、指揮している星人を倒すのが一番手っ取り早いのだけれど、奴も、自分の弱さをしっかりと自覚していると見え、これでは手が出せない。事実、先代のブラック星人も自信たっぷりだった割には終始スノーゴンに命令するだけだった。

 だが、それだけにブラック星人の用心棒的存在であるスノーゴンは強豪である。冷凍ガスを息を吐くように口から漏らしながら、氷上の覇者である白熊のような風貌は威圧感満点。二本足で近づいてくる奴によってさっそく家が一軒踏み潰される。

 

「ちょっ、サイトどうすんのよ!?」

「どうするもこうするも……とりあえず、俺たちが囮になって時間を稼ぐから、テファはそのあいだに子供たちを逃がしてくれ!」

 走って逃げながら、とりあえず才人以下いつもの面々はティファニアとロングビルを先に行かせて反転した。目の前には、地響きを立てて向かってくる純白の怪獣が立ちはだかっている。まさか、こんなところで怪獣と戦うことになるとは思わなかったが、多分この世界で怪獣との戦闘経験が一番豊富なのは彼らだろう。臆すこともなく、その巨体の前に構えて立つ。最初に作戦を立てるのは、もちろん独自に怪獣撃破経験のあるキュルケとタバサである。

「さあーて……怪獣と戦うのはこれで何度目かしらね。今度の敵は雪女か、さてどうしようかタバサ?」

「氷には、火」

「ま、そうなるわよね。じゃあわたしの出番ね。ふっふっふ、派手にいくわよお!」

 自分が主役に選ばれて、キュルケはその赤い髪を文字通りに燃え上がらせるかのように魔力の余波で逆立たせながら、炎の力を最大限に練り、タバサもそれに呼応して、得意の風を炎にまとわせるかのように渦巻かせていく。

『フレイム・ボール!』

『ウィンド・ブレイク』

 大きな炎の玉が、高圧の空気の気流に取り込まれることによって大量の酸素を含まされ、一気に燃焼を加速させられて火炎竜巻となっていく。火と風、最高の相性を持つ二つの属性を持つ二人の力が合わさることで生まれる力は、優にスクウェアクラスにも匹敵する。

「溶けて、燃え尽きちまえーっ!」

 小さな山なら、瞬時にはげ山に変えてしまえるくらいの火炎竜巻が、えぐるようにスノーゴンの腹に突き刺さっていく。その威力は、かつてムザン星人を倒したときに匹敵するほどにも見える。成長期の二人の魔力は、一日ごとにその力を増していっているのだ。

「すごい、これなら!」

 普段キュルケをライバル視しているルイズも、巨大火炎竜巻の威容には圧倒されるしかなかった。これを食らえば、人間などは消し炭も残らないだろう。しかし、竜巻が熱エネルギーと運動エネルギーを使い果たして消滅したとき、スノーゴンの胴体にはわずかな焦げ目がついただけだった。

「そんな、バカな……」

「ふっ、はははは! 頭の悪い人間どもよ。その程度の熱量でスノーゴンを溶かせると思ったか」

 高らかにブラック星人は、愕然としているキュルケたちに勝利の宣言をした。スノーゴンはまるでダメージを受けたようには見えず、雄たけびをあげてまた向かってくる。確かに、氷に対しては炎が有効だと誰でも考えるものだ。しかし強力な火炎も、より低温の物体に対しては威力が薄まる。さらに、攻撃が強力であった分だけ短時間で終わってしまったのもまずかった。氷などの物体が熱せられると、溶けた水が表面で膜となってそれ以上熱が内部に伝わるのを抑える作用が生まれる。これでは氷よりさらに低温の凍結細胞を持つスノーゴンには、雪山で焚き火をするようなものだった。

 すると、今度はルイズが「だったらわたしの魔法で!」と爆発魔法をぶつけてみたが、これまた見事に跳ね返された。

「あらーぁ……」

 本当は、こんなもので勝てれば苦労はないのだが、こうもたやすく跳ね返されるとやはりがっかりする。けれども、スノーゴンもいい加減棒立ちで攻撃をずっと受け続けてくれるほど親切ではないので、アザラシを前にした白熊同様に再び襲い掛かってきた。

「よーっし、逃げよう!」

「さぁーて、次はどうしましょうか」

 また四人そろって仲良く逃げながら、キュルケは他人事のように言った。ルイズは、渾身の魔法が通用しなかったことでキュルケがショックを受けるのではと思ったのだが、当の本人はこのとおり飄々としている。あまり自慢にならないが、怪獣相手には魔法が効かないことが多いので、キュルケも失敗に耐性がついてきていた。それに、タバサも花壇騎士として攻撃の効かない相手と戦うのはしょっちゅうなので、特に驚きもせずにキュルケに言われたように次の策を考えていた。

「今の攻撃が効かないとなると、正攻法じゃ無理、今は時間を稼ぐのが得策」

「やーっぱそうなるか、ルイズも敵に背を向けないのがなんとか言わないわよね」

「嫌味ったらしいわねえ。そんなことより、わたしはあんたの口から「ルイズは勇敢に戦って名誉の戦死を遂げました」なんて言われるのだけはごめんなのよ」

「お前ら、こんなときによくそんなこと言ってられるな。右だ、避けろ!」

 とっさに右へ避けたところに、スノーゴンの冷凍ガスが吹きかけられて純白の氷原と化していく。圧倒的な体格差から、スノーゴンにとっては足元のアリに息を吹きかけるようなものだが、まともに食らえばあの兵士たちのように白い彫像にされてしまうだけに全力で回避しなければならない。

「ひゃああっ、寒いっ! もうっ、この玉のお肌が霜焼けになったらどうしてくれるのよ! あっ、でもわたしが氷の像になったら、世界遺産になって博物館に展示されるかも」

「あんたの像なんてうっとおしいもの、できた瞬間に帽子掛けにしてやるわよ」

「あっ、そうか、誰かさんには帽子をかけるでっぱりもないもんね。まな板?」

「なんですってキュルケーっ!」

「だからお前ら、ちっとは真面目にやれよ!」

 すでに髪の毛に霜をまとわせながらも、いつもどおりに憎まれ口を叩き合うルイズとキュルケに才人は呆れた。とはいえ、こんな状況下でも平常心を保っていられる彼女たちを見ていると、こちらまでなにか安心できてくるから不思議だ。

 それにまったく、どうも最近逃げ癖がついてきたみたいで嫌な気がしてならない。それでもこっちが作戦会議をやっている間、相手が黙って待っていてくれるはずもないので、最低でもティファニアたちが安全な距離にまで逃げ切るまで、こっちは少々体力を使わねばならなかった。

「サイト、あいつになんか弱点とかはないの?」

「特にないっ!」

「断言するな! ちょっとは期待させなさい!」

 と言われても、スノーゴンには特にこれといった弱点は存在しない。猫舌星人グロストのように極端なまでに熱に弱かったら火炎魔法でダメージを負わすこともできるだろうが、スノーゴンを溶かすにはそれこそGUYSのメテオール『マクスウェル・トルネード』クラスの火力が必要だろう。才人の持つガッツブラスターなら、ある程度のダメージは与えられるだろうが、残弾が残り十発強にまで落ち込んでいる今はうかつに撃てない。

 かくなる上は、方法は一つ。

「ルイズ、やるか?」

「それしかないようね」

 才人とルイズは走りながら、右手の中指にはめられたウルトラリングを見つめると、リングのエンブレムが小さな輝きを放った。だが、キュルケとタバサの目がまだある。

 けれど、そのとき強い羽音を響かせてシルフィードが空からやってきた。

「きゅーい!」

「やっと来たわね、ということはテファたちも逃げ延びたってわけね。タバサ、次は空から攻めましょう」

「うん」

 タバサとキュルケのコンビにシルフィードが加わったとき、この二人の実力は何倍にも引き上げられる。以前エギンハイム村での戦いから二人とも言葉には出さなくともそれを肌で感じ取っていた。

 タバサが口笛を吹くと、シルフィードが舞い降りてくる。着陸している余裕はないので滑空しながら近づいてくるのに、まずはタバサ、次にキュルケが飛び乗って、それからルイズと才人の番になったとき、二人は軽く目配せしあった。

「さあ、早く乗って!」

 低速で滑空を続けるシルフィードからキュルケが叫んでくるが、二人はわざとそれに遅れて、乗るタイミングを外した。すると、直線飛行を続けていたシルフィードを目掛けてスノーゴンが冷凍ガスを吐いてくる。

「悪い、先に行ってくれ!」

「ルイズ、ダーリン!」

「もう無理、上昇して……」

 シルフィードの翼が凍りつき始めたのを見て、タバサはやむをえず上昇を命じた。冷凍ガスの白煙の中に、地上に取り残された二人の姿が消えていく。

 だが、極低温に包まれて、体が氷に変わっていくのを実感しながらもルイズと才人に恐怖はなかった。

「ルイズ、いくぞ!」

「ええ!」

 白い地獄の中で、二人は唯一動かせた右腕を振りかざし、手と手をつないで光となった!

 

「ウルトラ・ターッチ!!」

 

 絶対零度の封印を砕いて、光が空へと舞い上がり、形となって降りてくる。

 

「イヤーッ!!」

 急降下キックがスノーゴンの鼻先をかすめ、あおりを受けただけで白い巨体があおむけに吹っ飛ばされる。

「ヌゥン!」

 そして、夏の日差しに輝く雪煙を立てて、大地に降り立つ銀色の勇姿!

 

「ウルトラマンAだ!」

 

 空の上からキュルケとタバサが、森の先からティファニアとロングビルと子供たちが、森の木々よりはるかに高いその巨体を見上げて、頼もしそうに歓声をあげた。特に、ティファニアたちウェストウッド村の人々はエースを見るのは初めてであったが、自分たちを守って立ちふさがるその勇姿に、ジャスティスと同じ優しさと強さを感じ取っていた。

「がんばれー! ウルトラマーン!!」

 構えをとり、起き上がってくるスノーゴンを見据えて、ウルトラマンAのアルビオンでの最初の戦いが幕を上げた。

「ショワッ!」

 木々を蹴散らしながら突進してくるスノーゴンをストレートキックで押しとどめ、ジャンプして脳天にチョップを叩き込む。エースの連続攻撃が次々に決まり、分厚い毛皮ごしからも、スノーゴンにダメージを与えていく。

 けれど、スノーゴンの実力に自信を抱いているブラック星人も、声を高めてスノーゴンへと命令する。

「スノーゴン! ウルトラマンごときひねりつぶしてやれ!」

 命令を受けたスノーゴンは、雄たけびを上げ、両手の鋭い爪を振りかざしてエースへ迫る。体格では、エースが四十メートルに対してスノーゴンが四五メートルと頭一つ違う。まれに、山で熊と遭遇して睨み合ったり、投げ飛ばしたりした人の話を聞くが、そんな人たちもこんな気持ちだったのだろうか。

(エース、あいつには捕まるな! 体を引き裂かれてしまうぞ)

 才人は突進してくるスノーゴンを見据えて叫んだ。スノーゴンの怪力は怪獣界でも相当なもので、かつての個体はその腕力にまかせて、ウルトラマンジャックを五体バラバラにしてしまっている。そのときは、かろうじてウルトラブレスレットの力で再生に成功したが、エースはそういったアイテムの類は持ち合わせていない。

(わかった、私もムルチのようにはなりたくないからな)

 エースの脳裏には、超獣ドラゴリーと戦ったときに、乱入してきた巨大魚怪獣ムルチをドラゴリーが腕力のみで、体を引きちぎってバラバラにしてしまったときの光景が蘇っていた。

 また、似たような例は他にもあり、どくろ怪獣レッドキングが有翼怪獣チャンドラーの翼を引きちぎったりと、怪獣は腕力だけでもあなどることはできない。真正面からパワーの対決になるのを避けて、その攻撃力を右に左にと、うまく受け流しながら打撃を加えていった。しかし、スノーゴンもまた人間に変身して会話をするほど知能の高い怪獣である。腕での攻撃がかわされ続けるとみるや、第三の武器、鋭い牙での噛み付き攻撃を仕掛けてきた!

(危ない!)

(危ない!)

 狼のような鋭い牙の羅列が迫ってくるのをエースと共有している視線で見て、才人とルイズは文字的にはまったく同じで音程の違う悲鳴を同時にあげた。

「ヤァッ!」

 エースはスノーゴンの牙が首筋に食い込む寸前で、体をひねって回避に成功した。万一こいつが食いついていたとしたら、エースの肩の骨が砕かれていたかもしれない。また、才人とルイズも、それぞれ小さいころに犬に吼えられたことがあるのを思い出していた。

(狂犬病予防は、してないだろうなあ)

 野良犬や、どこかの家の番犬に吼えられた経験は多くの人にあることだろう。そしてその恐怖を大勢の人が強く印象に残すのは、原始の人類が狼や虎に怯えてすごした記憶を遺伝子が本能として蘇らせるのかもしれないが、人間は進化の過程で理性によって恐怖を乗り越えることができるようになっている。二人は本能的な恐怖を、どうせ相手は獣だからと自分に言い聞かせてねじ伏せたが、なんにせよ、ジャックが一度はやられかけた強敵である。だからこそ、ブラック星人も今回も用心棒として連れ歩いているのだろう。

「ふははは、その程度の打撃でスノーゴンを倒せると思ったか! 超獣などという面倒なものに頼らずとも、最後に勝つのは我々だ。スノーゴンよ、ゆけぇー!」

 口の発光器官を強く輝かせながら、人間だったら間違いなく大口を開けて笑っているようにしながら、ブラック星人はさらにスノーゴンをけしかける。

(バカにバカ力をこうも楽しそうに自慢されると、さすがに腹たってくるわねえ……)

 残念だが、牙と爪がある分接近戦ではスノーゴンにやや分があった。奴の言うとおり、パワーの面ではスノーゴンは超獣にもひけをとらないだろう。このままではこちらが不利だと、エースはいったん体勢を立て直すためにバックステップを使って、間合いを取ろうと後方へと跳んだ。

「シャッ!」

 瞬間的に五十メイルほどの距離が開き、スノーゴンの爪が空を切る。近づかなければ、どんなパワーであろうと恐れることはない。

 だが、それこそを待ちわびていたかのようにブラック星人は高らかに叫んだ。

「いまだスノーゴン、エースもカチンカチンにしてしまえ!」

 するとスノーゴンはその巨大な口を大きく開けて、白色の冷凍ガスをエースに向かって放ってきた!

「ヘヤッ!」

 とっさに体をそらしてエースは回避したが。

(しまった、至近距離では逆に冷凍ガスが使えなかったのを自由にしてしまったか)

 ガスを至近距離で放てば自分まで浴びてしまう恐れがある。だからこれまで奴は最大の武器を使ってこなかったのだが、距離が充分開けばそれも解決する。エースは回避を続けるものの、スノーゴンは口からだけでなく、両手を合わせた先からも冷凍ガスを噴射してくる。発射口が二つもあってはさしものエースでさえ回避しきれない。

「フゥン! グォォッ!」

 体が凍結し始めて、エースから苦悶の声が流れる。

 M78星雲、光の国の住人は寒さに弱い。個人差もあるが、かつてエースも雪超獣スノーギランとの戦いでは吹雪の寒さに負けて、一時戦闘不能に陥ってしまっている。スノーゴンはそれをいいことに、動きの止まったエースに向けてさらに冷凍ガスを吹き付ける。

「エース、頑張れ!」

「負けないで!」

 いまや陽光を除けば、すっかり真冬となってしまった森の一角で、夏服で寒さに耐えながらロングビルや、ティファニアたちが声援を送ってくれる。さらに、内側からのルイズと才人の激励を受けて、エースはなんとか寒さに耐えようとするが、浴びせられ続ける冷凍ガスは急速に体力を奪い、ついにカラータイマーも赤く点滅を始めてしまった。

(くそっ……このままでは)

 スノーゴンの冷凍ガスの威力は予想以上に強力だった。エネルギーが急速になくなっていき、タイマーの点滅が通常よりも早くなっていく。このままでは、本当にジャックの二の舞になってしまう! 調子に乗ったブラック星人は、スノーゴンの背中を眺めながら愉快そうに笑った。

「いいぞスノーゴン、そのままエースもバラバラにしてしまえ、ハハハハ!」

 もはや勝ったも同然とばかりに手を叩いて星人は哄笑した。スノーゴンは、最後の力を振り絞って掴みかかろうとするのに抵抗するエースを地面に押さえつけて、今にも首筋に爪を突きたてようとしている。まさに、後一歩のところで逆転負けを喫した初代の雪辱が晴らされようとしていた。

 だが、ブラック星人もまた、他の数多くの侵略宇宙人と同じ、致命的な過ちを犯していた。

『ウィンディ・アイシクル!』

『ファイヤーボール!』

 突然降り注いできた氷の矢と、炎の弾丸がブラック星人を襲い、とっさに避けた場所の地面を粉砕した。

「ちぇっ、外したか」

 星人が驚いて攻撃のあったほうを見上げると、そこにはシルフィードに乗ったキュルケとタバサが杖をかざして見下ろしていた。

「ぬぅ、貴様ら!?」

「要はあんたがあの怪獣を操ってるんでしょ。怪獣が向こう行っていてちょうどいいからね、この隙にやっつけさせてもらうわよ!」

「なっ、なにぃ!!」

 とたんに、炎と氷の大爆撃がブラック星人に襲い掛かる。こうなると、変身くらいしか能力のないブラック星人にはなす術がない。

「おっ、おのれ人間ごときが!」

「陰に隠れて偉そうに、人間をなめんじゃないわよ!」

「わたしたちは、そんなに弱くない」

 逃げ回る星人に、二人の怒涛の攻撃が振りそそぐ。かつてははるかに強力なムザン星人と戦ったこともある二人からしてみれば、ブラック星人ごときを恐れる理由はかけらもなかった。ヤプールに乗じてやってくる姑息な侵略者、それもこれも人間が弱いものとなめられているからだ。ならばその誤った認識を修正してやらねばなるまい。

「スノーゴン、早く来いスノーゴーン!」

 ブラック星人は、さっきまでの余裕をかなぐり捨てて用心棒を呼んだ。

 そのとき、スノーゴンはエースの右腕を掴み、今にも引きちぎらんばかりの腕力を込めていたのだが、命令とあっては仕方なく、エースを放して戻ってくるとシルフィードに向けて冷凍ガスを吐きかけてきた。

「来たわよタバサ!」

「上昇」

「言われるまでもないのね!」

 直撃を受ければ、シルフィードもろとも地面に激突して床に落としたワイングラスのようになってしまう。もちろんそんなことは絶対お断りのシルフィードは、急速上昇してかわした。そのため、ブラック星人へのとどめが後一歩のところで刺せなかったが、もう一つのとどめを回避せしめて、なおかつ時間を稼いだことが戦局を大きく変えていた。

(エース、いまだ!)

 スノーゴンが離れた隙に、エースは渾身の力を振り絞って起き上がると、腕を胸の前で突き合わせて、光線技を放つのと逆の要領でエネルギーを体内で駆け巡らせた。

 

『ボディスパーク!』

 

 エネルギーの体内放射によって、氷が飛ばされ、氷点下にまで落ち込んでいたエースの体温が取り戻される。

 蘇ったエースは自分に背を向けているスノーゴンに向かって、体をひねると腕をL字に組んだ!

 

『メタリウム光線!!』

 

 三原色の美しい光の帯がスノーゴンの背中に吸い込まれ、一瞬置いてエネルギーの反発による大爆発がスノーゴンを襲う。

「やったあ、ざまーみろ!」

 キュルケの歓声が、エースの復活と形勢逆転を祝ってこだました。

 一方、ブラック星人はまさかのウルトラマンAの復活に驚くも、まだ負けたわけではないとスノーゴンに命令する。

「スノーゴン! エースのエネルギーは残り少ないはずだ。また凍りつかせてしまえ」

 再び、スノーゴンの口と手からの冷凍ガスがエースに向かって吹き付けられる。しかし、エースも同じ手を二度も食らいはしない。エースが両手のひらを合わせてスノーゴンに向けると、冷凍ガスがみるみるエースの手の中に吸い込まれていく!

 

『エースバキューム!』

 

 どんなガスでも吸い込む吸収技には、さしもの冷凍ガス攻撃も通用しない。やがて、吐き続けた冷凍ガスも打ち止めとなったと見え、咳き込むと同時に止まってしまった。

「よーし、いまよ! やっちゃえ!」

 キュルケ、タバサ、シルフィード、ティファニア、ロングビル、子供たちがそれぞれ言葉柄は違えど同じ内容の声援を同時にエースに送った。もちろん、才人やルイズも同感で、エースはその期待に十二分に答えた。

「ヘヤァッ!」

 エースバキュームを解除して、一気に勝負に打って出たエースの両手が高温のエネルギーに包まれる。

『フラッシュハンド!』

 パワーアップしたパンチとチョップの連打が叩き込まれ、さらに高電撃を帯びたキックが胴を、顔面を吹き飛ばす。

『電撃キック!』

 連撃を浴びたスノーゴンの体は、攻撃された箇所から焼け焦げ、一気に体力を削り取られていく。ブラック星人は焦って、なにをしているんだとスノーゴンに怒鳴るが、もはや遅い。

「デャァァッ!!」

 エースはフラフラになったスノーゴンの体を持ち上げると、真上に高く投げ上げて、落ちてきたところを受け止めると、大回転して勢いをつけて放り投げた!

 

『エースリフター!!』

 

 投げのエース最強技が炸裂し、スノーゴンの巨体が宙を舞う。

 そして、その落下地点には……

 

「まさか、そんな、ゲェーーッ!!」

 ブラック星人を見事下敷きにして、スノーゴンは氷原に大激突した。その振動たるや、凍りついた森の木々が一斉に霜を落とし、地上にいた子供たちは宙に浮かび上がってしまったほどだ。

 さらに! 元々凍結細胞でできているスノーゴンは、連打されて体の構造が弱っていたところに、大打撃を加えられた結果、体の構造そのものが一気に崩壊をきたした。その結果はあっけない。先代が辿ったのと同じように、さながら崩れ落ちる氷山のごとく大爆発して散ったのだ!

 

「やったぁー!」

 

 砕け散ったスノーゴンの破片が、まるで雪のように降り注ぐ。その中で、子供たちの心からの歓声が森の中に高らかに鳴り響き、空の上ではキュルケがタバサを抱きしめてガッツポーズをとっている。

 大勝利! 姑息な侵略計画を立てたブラック星人は、なめきっていた人間の逆襲を敗因として、何一つなしえぬまま遠い星に散った。そして、助けを受けて辛くも勝利を収めたエースは、熱を取り戻した夏空を見上げて飛び立った。

 

「ショワッ!!」

 

 銀色の光が空のかなたへと消えていく。人々は、手を振ってその勇姿を見送り、戻ってきた平和を喜んだ。

 しかし、シルフィードに乗って村の上空を旋回しながら、キュルケは憂鬱な表情だった。

「キュルケ……」

「戦いには勝った……けど、代わりにあたしたちはあの二人を失った」

 タバサは何も言えなかった。才人とルイズはシルフィードに乗り損なって怪獣の冷凍ガスの直撃を受けた。あの超低温の中で無事でいられるとは思えない。

 けれど、キュルケの目に鈍く輝くものが浮かびかけたとき、シルフィードの明るく軽快な声が二人の耳に響いた。

「きゅーい! お姉さま、あれ、あれ、あそこ見て見てなのね!!」

「え? ……あ!!」

 興奮したシルフィードの声に、怪訝な表情で地上を見下ろした二人は思わず間の抜けた声を出してしまった。なんとそこには、才人とルイズがなんでもない様子でこちらに向かって手を振っている姿があるではないか。

「おーい、おーい」

 笑顔で手を振ってくる二人に、特に外傷などは見受けられない。その暢気な姿に、キュルケはもう怒ったり喜んだりするどころか、完全に気が抜けてしまった。

「あいつら、人に心配かけちゃってくれて、もう!」

「しぶとい……」

「あの二人こそウルトラマンなのね! きゅいきゅいっ」

 再び照り付けだした夏の日差しの前に、凍り付いていた森も溶け出してあるべき姿へ戻っていく。避難していた村人たちも帰って、こうしてウェストウッド村を舞台にした二度目の戦いは幕を閉じたのだった。

 

 

 しかし、一局地での戦いに勝利したとしても、ヤプールとの戦いが終わったわけではない。

 ブラック星人の言い残した言葉の意味、ヤプールは人間を集めているという、今このアルビオンで進められているという計画を知った以上は黙っているわけにはいかない。

「わざわざ手間暇をかけて人間を集めて、奴はいったい何をたくらんでいるんだ?」

 壊されたウェストウッド村の後片付けをしながら、才人はその答えを考えていた。過去の事例として、ヤプールはその活動の末期に、マザロン人を使って地球上から子供たちを一人残らず異次元にさらい、未来を奪って全滅をもくろんだことがあるが、今度は老若男女問わずに人間を集めているところから、別に異次元にさらうつもりでもないようだ。となれば、このアルビオンで何かに利用しようとしているのだろうが、それが皆目見当がつかない。

 ただし、手がかりがなくはない。

「宇宙人が王軍に紛れ込んで動いていた以上、王党派を何らかの形で利用しようとしているんだろうな。こうなったら、危険だが王党派に探りを入れてみるか……だけど、この国のことがさっぱりわからないおれが一人で行っても迷子になるだけだよな……」

 ヤプールの動向を調査するといえば、ルイズはまずOKしてくれるだろう。キュルケやタバサも手助けしてくれるに違いない。ただ、地理に不案内な自分たちがのこのこと戦場近辺をうろつけば、最悪軍隊に追い回されることになりかねない。となれば、現地の人の協力をあおぎたいところだが、ティファニアを危険に巻き込むわけにはいかないし、頼れる人といえばロングビルがいるが、せっかく里帰りしてゆっくりしているところに無理を頼んでいいものか……。

 けれども、すでに大勢の人が王軍の下へ連行されてしまっている以上、捨て置くわけにはいかない。まったく、せっかく夏休みをのんびり楽しんでいたというのに、ろくでもないタイミングで現れてくれるものだ。休日出勤などといったくたびれるものがある会社には就職したくないと思っていたのに……。

「なんにせよ、人間をさらって奴隷にしようなんて企みをほっとくわけにもいかないし、それに王軍と交渉に向かったミシェルさんも大丈夫かな……あの人のことだから、簡単にはやられないと思うが……」

 才人にも、他人を気遣うくらいの配慮はあるだけに、無理を言っていいものか、それとも無理を承知で自分たちだけで行動するべきか、二重背反に苦しんだ。

「ともかく、今日はもう日が暮れるし、夕飯どきにでも相談してみるか」

 焦っても仕方がない。今日はもう、みんな疲れているしエースもエネルギーを回復する時間が必要だ。それに、一人で決めたらまたルイズに怒られる。また疲れるだろうが、みんなで相談して今後のことを決めようと、才人は傾き始めた太陽を見て思うのだった。

 

 

 一方同時刻、トリステインではアニエス以下の銃士隊が中心となって、国内に潜むレコン・キスタ勢の内通者の狩り出しがおこなわれていた。

 前々からの調査によって、あたりをつけておいたある騎士団の団員の一人を尾行し、町の一角の宿場でパイプ役のアルビオン人と接触したところを捕らえるのに成功したのだ。

「くそっ! アンリエッタの犬め!」

「言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ、どうせ拷問にかけられれば強がる元気もすぐになくなる」

 縛り上げながらも悪あがきを続ける男を見下しながら、アニエスは無感情に吐き捨てた。この後、間諜の男には普通の人間なら見ただけで失神するような苦痛の数々が架せられることになるが、アニエスの使命は国家と国民に害をなす分子を早期に取り除くことであるから、必要とあれば苛烈な処置もためらわない。第一、金銭に目がくらんで国を売るような恥知らずに同情してやる価値は寸分もない。

「恨むのなら、こんな単純な手に乗った自分自身を恨むのだな」

 その、侮蔑をたっぷりと込めた一言を聞くと、男は自殺しないようにかまされた猿轡を音がするほど噛み締めて悔しがった。アニエスは、用心して行動を起こさない男に、アルビオンの内通者がわかったから次の夜に逮捕しに向かうと偽の情報を流し、その内通者から自分のことが漏れると焦った男が動いたところで捕まえたのである。

「徹底的に調べろ、どんな小さな痕跡も見逃すな」

 部下たちに指示して、アニエスは間諜たちの持ち物を調べさせた。ミシェルがいなくなってから、銃士隊全体の効率というか事務能力が落ちてきているので時間がかかってしまっているが、それでも彼女たちは手馴れた動作で調べていき、やがて男の帽子の生地の内側に書類が隠されているのを見つけ出した。

「隊長、こんなものが」

 隊員の一人が差し出した紙を、アニエスは受け取って開いた。それは、何かの文章のようであったが、万一敵に発見されたときのためにであろう、意味不明な単語が並ぶ暗号の体をなしていた。

「小ざかしい真似を、だが無駄な努力だったな」

 アニエスは懐から、別の間諜から奪った暗号解読の乱数表を取り出し、ゆっくりと頭の中で文章を組み立てていった。

「アル・ビオンは……現在……王党派へ……」

 ともかく、調査を始めてこの男に行き着くまでは長かった。トリステインに張り巡らされたスパイ網は単純ではなく、一度限りの運び屋や、ガリアやゲルマニアの諜報員も混ざっているために操作は何度も行き詰まった。さらには最近のレコン・キスタ勢の劣勢を知り、スパイ活動をやめて国外に逃亡したものまで多数いたために、末端から一歩一歩根を掘り返し、詰まっては方向を変え、詰まっては方向を変えと、全員足を棒のようにした結果、ようやく大物とつるんでいると思われるこいつに行き当たったのである。

「隊長」

「ふむ、どうやらアルビオンで王党派と戦っているうちに、トリステインが動かないように内部工作を頼む文章のようだな。宛先は、言うに及ばずだ。だが、こいつも最近はレコン・キスタを見限るように、前よりはおとなしくしていたはず。この、用心深く欲深いこいつを動かすには、それなりに魅力的なエサが必要だろう。さて……」

 彼女は、絶対にクロだと思っているが、確たる証拠がないために逮捕できずにいる政府内部の大物内通者の憎らしい顔を思い浮かべた。しかし、そいつに繋げるためにも無駄な思考は除かねばならない。気を取り直して暗号解読に戻った。

「決戦に際して、ウェールズ皇太子はすでにこの世を去っていることになるでしょう……政戦共に皇太子の力量に頼っている王軍など、彼がいなくては烏合の衆。我々はこれを撃破した余勢をかってトリステインに……」

「これは隊長、連中は王子を」

「うむ、卑劣な策謀に頼るレコン・キスタらしい。奴らは、王子を暗殺する気だ」

 銃士隊の中に、さっと緊張が走った。しかし驚く者はいない、戦力的に劣勢なレコン・キスタが敵の頭であるウェールズを狙うのはしごく当然の選択であるからだ。しかし、そんなことは王党派も当然承知しているはずで、皇太子の身辺警護には気を使っているに違いない。恐らく、今皇太子に近づけるのは信頼の置ける一部の者に限られるはずで、しかも皇太子自身もスクウェアに近いトライアングルクラスの風の使い手と聞く。暗殺をするとしても簡単にはいかないのは誰にでも想像がつく。連中はいったいどんな作戦で皇太子の命を狙うというのか? それはこれからの文に書かれているはずで、アニエスはつばを飲み込んで、その先の解読を続けた。

「むろん、皇太子も自らの身辺は厳重に警護していることでしょう。しかし、彼も人間である以上必ず隙はあります。その点で我々はあなた様のご尽力もあり、絶対確実な暗殺者を用意することに成功いたしました。この人選には感謝の意にたえません。まずは、あなた様の忠実なるしもべである……その名は…………その、名は……」

 そこに記されていた名前を読んで、アニエスは一瞬自分の目を疑ったが、すぐにもう一度全文を確認しなおして、全身から血の気が引いていくのを感じた。

「隊長?」

 自失していたところに、隊員の一人に声をかけられて我に帰ると、アニエスはすぐに頭の中で情報を整理した。そしてそれによって導き出される最適な答えに行き当たって、はじかれるように部屋のドアを押し開いて走り出した。

「隊長、どうなさったんですか!?」

「緊急事態だ! 私はすぐに姫殿下に話をせねばならん。お前たちはその二人から可能な限りの情報を引き出せ、殺さなければどんな手段を使ってもかまわん!」

 外に用意してあった馬に飛び乗り、一目散に王宮を目指すアニエスの耳に、つぶされた豚のような悲鳴がわずかに響いてきた。だが、彼女はもはやそんなものにかまいはしなかった。

 

 

 その下町の宿から王宮、さらにアンリエッタの元にアニエスがたどり着くまでに要した時間は三十分ほどであったが、彼女には無限に長く感じられた。

「どうしたのですかアニエス!? そんなに息を切らせて」

 火急の用と聞いて、公務をマザリーニ枢機卿に任せてやってきたアンリエッタはアニエスの尋常ではない様子を見て、思わず彼女に駆け寄って問いただした。

「最悪の事態です。時間がありませんので、大方は省略しますが、たった今捕らえましたアルビオンの間諜から得た情報に、近日中にウェールズ皇太子を暗殺するというものがありました」

「なんですって!? し、しかし、暗殺の危険は王党派も重々承知しているはず。むざむざウェールズ様がやられるとは……」

 アンリエッタも顔を蒼白にしたが、一国の王にとって暗殺の危険などは常にあるものである。怪しい者がおいそれと皇太子に近づくことは不可能で、食事にも厳重に毒見がつく。

「それが、盲点を突かれました! 絶対に怪しまれずに、皇太子の至近に近寄れる方法があったのです。その……暗殺者というのは……」

 血を吐くように、暗殺者の名を報告したとたん、アンリエッタはひざを落とし、持っていた王族伝統の杖をカーペットの上に取り落としたが、かろうじて意識だけは残していた。

「そんな、馬鹿な……でも……いいえ、だとしたら……」

「殿下、お気を確かに! 私も信じたくないのは同じです。しかし、この方法ならば確実にウェールズ皇太子の命を狙える以上、信憑性は限りなく高いのです。今は現実から目を離している場合ではありません」

 アニエスが正気を失いかけているアンリエッタを必死ではげましたとき、謁見の間に銃士隊員の一人が駆け込んできた。

「報告します。間諜の二人が口を割りました。やはり以前からトリスタニアに潜伏していたときより、その者たちから軍や政治の内部情報を得ていたそうです」

「そいつが苦し紛れについた嘘ではないのだな?」

「はい、腕の関節を外してやったらあっさりと。我々しか知らないはずの銃士隊や魔法衛士隊のことも吐きましたので、間違いはないです」

 所詮、金に目がくらんだ人間などこんなものであったかとアニエスは思ったが、それよりも得た情報のほうが問題である。暗部の仕事も請け負う銃士隊は、当然尋問のエキスパートでもあり、情報はきちんと裏を取り、その精度は高い。

「隊長……」

「ああ、これで以前奴隷商人をつぶしたときに、店主が我々の行動を事前に知っていたことも説明がつく。ちくしょう」

 その隊員は、アニエスがこんなに悔しそうな顔をするのを見たことがなかった。

「姫殿下、確かに一大事ではありますが、これは幸いであったかもしれません。この手紙が今渡ってきたタイミングを考えませば、ウェールズ皇太子はまだ無事です。今からでも間に合うかもしれません!」

 すると、虚無に陥りかけていたアンリエッタの目に光が戻り、聡明な頭脳がすぐさまフル回転を始めた。

「そうですね。こんなことをしている場合ではありませんでした。そうだ、烈風カリン殿とグリフォン隊は今どうしています?」

 現在もっとも早く行動できる部隊といえば、カリーヌに訓練を受けているグリフォン隊しかない。しかし近衛兵から返ってきた答えは、彼女の期待に沿えるものではなかった。

「それが、現在長期飛行訓練のために東国境沿いにまで全部隊で遠征しておいでで、連絡をとっても戻られるのは明日以降となります」

「ああ、それでは間に合わないではないですか! それに、訓練後ではカリーヌ様の使い魔もグリフォン隊も疲労しているはず。こうなれば仕方ありません、アニエス、すぐにアルビオンに飛びなさい!」

「御意!」

 もとよりアニエスはそのつもりであった。この件には自分自身でけりをつける。それがどんな結末を用意していようと。

「竜籠を使いなさい。それからあなたにはわたくしの勅命で、この国におけるあらゆる権限の優先権を与えます。ラ・ロシェールの船を徴用してもかまいません、とにかく急ぐのです!」

 羊皮紙に大急ぎで必要事項を書き込んだ権限委任状をアニエスに渡すと、彼女は次にもっとも早い竜を用意するように命じ、さらに右腕であるマザリーニ枢機卿を呼び、事情を説明した。

「すぐに国内の貴族たちを招集してください。それから、王軍はこれより第一級臨戦態勢に入ります。場合によっては、数日中に出陣しなければならない事態にもなるかもしれません」

「御意に、しかし我らが動けば残った内通者を警戒させてしまうのではありませんか?」

「かまいません。もうそんな小さなことを気にしている場合ではないのです。それに、このことが彼らに情報が漏れているのだとけん制することにもなるでしょう」

「わかりました。ですが軍を動かすにはそれなりの準備がいりますので、早ければ早いほど戦力は下がるということをお忘れなくように」

 王女に向かって、ここまで歯に絹着せずに忠告できるのは彼くらいのものだろう。逆に見れば、それが彼の忠義心の強さを証明するものであったが、アンリエッタはとにかく急ぐようにだけ命じると、彼を下がらせた。

 謁見の間には、アンリエッタと近衛兵だけになり、窓からは赤みを増してきた陽光が差し込んでくる。彼女は窓際に歩み寄ると、空を見上げて誰にも聞こえないようにつぶやいた。

「ウェールズ様、本当なら今すぐお助けに参りたい。しかし、非力なわたくしではあなたのお役には立てない。せめて、この国の力がもっと強かったら、あなたを助けに兵を送れますのに」

 ベロクロン戦で大打撃を受けたトリステイン軍はいまだ再建途上にあり、とても国外に遠征する余裕などはない。今召集をかけた軍隊も、アルビオン王党派を援護するためのものではなく、万一彼らが敗れたときのために、後方の逃げ道を確保するためと、レコン・キスタが勢いに乗ってトリステインにまでなだれ込んでこないようにするために、威嚇するためのものだ。

 むろん、これにしても今すぐにというわけではなく、それなりに役立たせるようにするためには時間をかけて準備しなければならない。お話のように「いざ出陣」と王様が言ったら「おおーっ!」と兵士がついてくるわけではない。彼らに食わす兵糧、持たせる武器弾薬などはかさばり、輸送のために専用の部隊が必要とされ、その輸送のために計画も必要なのだ。

「時間がほしい……アニエス、なんとしても、なんとしてもウェールズ様をお救いしてあげてください」

 赤い光を受けて、アニエスを乗せた竜篭がアルビオンの方角に向けて遠ざかっていくのを、アンリエッタは必死に祈りながら見守っていた。

 

 

 続く


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