ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第61話  夏の怪奇特集 ギーシュとモンモンの大冒険! (中編) 蘇る伝説!

 第61話

 夏の怪奇特集 ギーシュとモンモンの大冒険 (中編) 蘇る伝説!

 

 復活怪獣 タブラ 登場!

 

 

「いやあ、なかなかすばしっこいやつだったなあ」

 魔の山の切り立った崖っぷちのそばで、ギーシュ、モンモランシー、リュリュの三人は苦労の末にようやく一羽だけ捕まえた虹燕を囲んで、激闘の記憶を蘇らせていた。

 なにせ、目的地に来てわかったことだが、村から来た方向はなだらかなこの山だが、反対方面は断崖絶壁になっていた。虹燕はその切り立った山肌に巣を作るために、まともに巣に近寄るのは不可能で、ならばと『フライ』で飛んで近寄ろうとしたら、こいつらがなかなか頭がよくて上から石を落とされてあえなく退散。それならばと崖を逆方向から登って、上から巣に近づこうとすれば、山の上には種を虹燕たちが運んできたのか、スフランなど危険な植物が群生していてとても近寄れなかった。

「なぜ、虹燕の肉が幻の珍味と呼ばれているのか、それはまず手に入らないほど捕まえにくい鳥だからです」

 リュリュの言ったとおり、虹燕たちは文字通りきらきら輝く翼とは裏腹にカラス並みに悪知恵が働き、人間の浅知恵をあざ笑うかのように、がけの上で平然と翼を休めていた。

 が、三人寄れば文殊の知恵と日本では言うとおり、三人も集まって鳥の知恵に負けていては人間の沽券に関わる。そこで三人は一計を案じた。こっちから近寄れないならおびき出そう。そこで活躍したのがモンモランシーの使い魔のカエルのロビンであった。

 虹燕とて、生きるためには餌を食う。そこでロビンを囮にし、虹燕が降りてきたら、ギーシュが土魔法で捕まえるという罠を張って待った。結果は、一回目は発動が早すぎて失敗、二度目は遅すぎてロビンが食われそうになったが、失敗に備えてロビンの口に仕込んでおいたモンモランシーの薬品のおかげで撃退し、三度目であたふたしながらも、やっとこさ小さいのを一匹捕まえたのだった。

「けど、そんな小さいので大丈夫だったの?」

「いいんです。味を再現するんだから、一口あれば用は足ります。それに、虹燕はここのような深山の山腹にしか巣を作らずに、繁殖力の弱い生き物ですから、多く獲ってしまっては大変です」

 それに、成熟した大型のものは知能も発達しているから、このような罠にはかかるまいし、第一かわいそうだと言外にリュリュは言っていた。だからこそ、この一羽の犠牲を大勢の人のために生かさなければならない。

「本当に助かりました。わたし一人ではそれこそ何日かかっていたことか……あとは、お二人の目的のほうですね」

 空を見上げると、太陽はまだ高く、帰路のことを考えても暗くなるまでには一時間ほど猶予があるだろう。場所がわかっているから、宝探しには充分な時間だ。

「いいのかい、なんだったら君を送り届けていって、ぼくたちの用事は明日以降に伸ばしてもいいんだよ?」

「いいえ、わたしも急いでるわけじゃないし、ここまで来たら乗りかかった船です。それに、お宝というのを、わたしも拝見してみたいですから」

 虹燕には『固定化』で防腐処理をしているから、発酵して味が変わる心配はない。リュリュも最初はお宝というのを胡散臭げに思っていたが、ここまできたら興味もある。

 というわけで、一行は意気揚々と帰路の途中にある宝の地図の場所へと向かった。

 

 歩くこと三十分ほどして、森の中に目的地はその姿を現した。途中、調子に乗ったギーシュがリュリュの手を握ろうとするのをモンモランシーが何度も妨害しなければ、もっと早く着いただろうけど、何はともあれお宝の場所である。

「この、小さなほこらが目的地……」

 地図の×印がしてあるところには、黒々とした大岩が小山のようになっているところに、一辺二メイルほどの小さな崩れかけたほこら、地球でいうならお地蔵様が納められているようなお堂が立っていた。

 建物の崩れ方から察するに、百年やそこらは軽く経過していることだろう。建物のみすぼらしさはともかくとして、お宝があるというのはがぜん現実味を帯びてきた。

「さて、お宝は果たして金貨か宝石か……」

 わくわくしてくるのを押さえて、ギーシュは小山の上のほこらを見上げた。ほこらの大きさからいって、金銀財宝とはいかないかもしれないが、それでも珍しいマジックアイテムとかの可能性はある。

「ほこらがボロいから崩れたら大変だな。君たち二人は、ここで待っていてくれ。ぼくが取ってくる」

 ギーシュはそう言うと、山をほこらの前まで登った。それは、朽ち果ててはいるが、元は良い木でできたきれいなお堂だったのだろう。見慣れない建築方式に少し頭をひねったものの、お堂の扉に地図にあったものと同じ文字が書かれていて、間違いないと口元を緩めた。

「さあーて、なにがあるのかなあ? っと!」

 興奮しながらお堂の扉に触れた瞬間だった。老朽化していたお堂は、それで一気に耐久力の限界にきたのか、乾いた音を立てて崩れてしまったのだ。

「危ないなあ……仕方ない、『レビテーション』」

 魔法の力で残骸がどけられ、お堂の中に隠されていたものが白日にさらされた。銀色の輝きが陽光に反射し、冷たく鋭い光を放つ。そこには、大小二本の刀が黒い小山に突き刺さる形で立っていた。

「剣?」

 驚きと、がっかりが半分ずつミックスされた声が三人分流れた。剣など、ハルケギニアではさして珍しくもない代物であるし、柄の部分の布や糸は風化してもうボロボロだし、別に装飾がほどこされた宝剣というわけでもないようだ。

 それでも、その刀身部分だけはさび一つ伺えずに、ギーシュの興味を多少なりとて引いた。もしかしたらマジックアイテムの剣かもしれない。サイトのデルフリンガーも見た目はおんぼろなんだしと、淡い期待を込めて『ディテクトマジック』で調べてみた。

「反応なしか。まったくさびてないところを見ると『固定化』がかかってるのかなと思ったのに、どういう理屈でほとんど野ざらしでさびもしないで何百年も耐えられたんだ? それにしても、ずいぶん珍しい形の剣だな。片刃で、こんな細身の反り返った剣なんて見たこともない」

 武門の出であるギーシュは武器についてもそれなりの知識はある。当然平民の武器についてもある程度は知っているが、こんな形の剣は見たことがない。

「ギーシュ、どうなの!?」

「異国の剣みたいだ。特に魔法とかはかかってないみたいだけど、珍しいつくりだし、上等な鉄でできてるみたいだからけっこうな値がつくかもしれないよ」

「じゃあさっさと持ってきなさいよ。剣だったら叩き売っても二百エキューくらいにはなるわ!」

 二百エキューだと、貴族にはおこづかいくらいだが、平民の年間生活費が百二十エキューであることを考えるとなかなかの大金となるし、貧乏貴族の彼らにしてみればそれなりの臨時収入だ。ギーシュはさっそくワルキューレで長いほうの剣を引っこ抜いた。

「ほーお……こりゃあ、けっこうな業物みたいだな。こんなきれいな刃紋は見たことない」

 ギーシュはその刀を手にとって品定めをして感嘆した。刃の厚さは才人のデルフリンガーの半分もないが、刃はまるで剃刀のように鋭い。

「おーい、こりゃ本物のお宝かもしれないぞ」

「だったらさっさともう一本もとって下りて来なさいよ!」

「わかったわかった」

 さっそくギーシュはもう一本の小さな刀にとりかかった。しかしこのとき、三人とも刀に意識が向いていたために、周りに対する注意が散漫になって、後ろから近寄ってくる怪しい人影に気がついていなかった。

 

「きゃああっ!?」

「おおっと騒ぐな。動いたら首筋にこいつがぶすりだぜ!」

 

 なんと、いつの間にか現れていた二人の人相の悪い男たちが、リュリュとモンモランシーを後ろから羽交い絞めにして、その首筋にナイフを当てていた。 

「なっ、なんだ君たちは!?」

「へっ、これ見てわからねえかよ、察しの悪いガキだ。お前らの見つけたそのお宝、俺達がいただこうってことよ」

「なに!? そうか、お前たち盗賊か。ぼくたちの後をつけていたんだな」

 ギーシュはとっさに杖を盗賊たちに向けたが、人質がいる分盗賊たちは余裕だった。

「はっはっは! ご明察どおり、俺たちはこの間ゲルマニアで一仕事してきたんだが、そろそろ逃走資金も切れてきてな。そこへお前らがお宝の話をしていたのを聞いたってわけさ。さあて、この嬢ちゃんたちの命が惜しかったら、お前も杖を捨てな!」

 下品な笑い声を立てながら、盗賊たちはナイフを二人の首筋にかざした。しかし、ギーシュの反応は盗賊たちの期待を裏切るものだった。

「断る」

「なっ、なんだと!?」

「お前たちみたいな下賎な奴らの考えなどわかっている。ぼくが杖を捨てたとたんに二人を殺して、ぼくを殺してお宝を横取りという魂胆だろう?」

 言葉につまる盗賊たちを見下ろすギーシュの目は、いつものなよなよしたものではなく、武門の名家の血を引いているのにふさわしい不敵な、堂々としたものだった。だが、盗賊たちはそれでも虚勢をはろうと脅しにかかってきた。

「お前、こっちに人質がいるのがわかってるのか? この二人の命が惜しくねえのかよ?」

「お前たちこそ、貴族に刃を向けたことがどういうことなのかわかってるのか? その薄汚い刃をレディたちに振れさせてみろ、五体を切り刻んで身動きできなくした後に森の中に捨てていってやる。森の動物や毒虫たちがどういう料理をしてくれるのか、興味はあるかい?」

 今のギーシュの瞳には、以前才人とはじめて決闘したときのような、冷たい残忍な光が宿っていた。普段がどうあれ、彼もまた争いの絶えないハルケギニアの武門の貴族のはしくれ、いざというときの肝は据わっている。第一、彼が何よりも愛する女性たちに汚い手で触れられて理性を保っていられるほど、彼は似非フェミニストではなかった。

「どうしたね? 今になって怖気ずいたのかい。今なら、はいつくばって許しを請えば、命だけは助けてやってもいいよ?」

「へっ、誰が……」

 盗賊たちはなおも虚勢をはるが、現実的にはすでに立場はすっかり逆転していた。女を人質にとってしまえば、小僧はすぐに降参するだろうという彼らの浅はかな目論見はあっさり破れ、逆にギーシュが盗賊たちを脅迫している。なにせ、力の比率でいえばギーシュには魔法という圧倒的なアドバンテージがある。人質がなくなってしまえば、盗賊たちはあっというまにギーシュのワルキューレに制圧されてしまうだろう。

 ただし、ギーシュも決して内心から泰然としていたわけではない。むしろ虚勢をはっていたのは彼のほうが強く、もし二人の喉元から血しぶきがほとばしったらと思うと、目眩がして足が震えるのを必死で我慢していた。

 虚勢と虚勢、臆した方が負けるという状況で、ギーシュは全力で勇気を振り絞っていた。とはいえ、人質の立場からしても、できることなら助かりたい。 

「ちょっと、ギーシュ! あんたわたしたちを見捨てる気?」

「ギーシュさま、できれば助けていただけませんか。わたしにはまだやるべきことがあるんです」

 モンモランシーとリュリュは、すでに二人の死亡確定のように話を進めるギーシュにたまらずに抗議した。もちろんギーシュは二人を見殺しにする気は毛頭ないけれど、こういうときは「わたしたちにかまわず悪人たちをやっつけて!」くらいは言ってくれたらかっこうもつこうというものなのだが、空気を読んでくれないと困ったものだ。とはいえ確かに、このままにらみ合いを続けているわけにもいかない。

 だが、ギーシュが一か八か賭けに出ようと覚悟したときだった。突然彼の乗っていた大岩が地響きを立てて揺れ動き始めたのだ。

「なっなんだ、地震か? わああっ!?」

 ギーシュは手に杖と刀を持ったまま、お堂の残骸といっしょに滑り落ちた。

「ギーシュ!」

「ギーシュさま!」

 地震はどんどんひどくなり、その隙をついてモンモランシーとリュリュは盗賊の手から逃げ出した。こうなると、メイジ三人に対して、ナイフくらいしか持っていないたかが平民の盗賊に勝ち目はない。こちらもこの隙にと尻に帆かけて逃げ出した。

「逃げろ!」

「あっ、待ってくれ兄貴!」

 盗賊たちは逃げていくが、ギーシュたちも追うどころではなかった。大岩を中心にして地割れが生じだし、モンモランシーとリュリュは転げ落ちてもだえているギーシュを助け出すと、すぐに大岩から離れていった。

 けれど、本当の恐怖はこれからだった。地震と地割れはどんどん激しくなり、大岩が地面から持ち上がったと思った瞬間、大岩の側面にぎょろりとした目が開いたのだ!

「あ、あれって……」

「か、か、かかか」

「はわ、はわわわ」

 三人の見ている前で、大岩と思われていたものは地の底からその黒々とした巨体を現した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そいつは、身長およそ六十メイル、全身黒色の肉食恐竜のような姿で、真っ赤な底冷えのする瞳を光らせている。もう間違える心配はない。こいつは、岩などではなかった。

 

「怪獣だぁーっ!!」

 

 そう、大岩と思っていたのは、なんと怪獣の頭だったのだ。

「ぼ、ぼくはずっとあんなところに立ってたのか……」

 お堂の立っていた場所は、ちょうど怪獣の頭頂にあたる部分だった。その怪獣は、腰を抜かして呆然と成り行きを見守っているギーシュたちの目の前で地底からその姿を完全に現し、復活の咆哮をあげると、その爛々と光る目を逃げていく二人の盗賊に向けて狙いをつけた。

「たっ、助けてくれえーっ!」

 盗賊二人は悲鳴をあげながら逃げていく。盗賊である彼ら自身が被害者となった人々に幾度となく言わせた言葉を、今こうして叫ぶことになったのは因果応報というしかないが、それが彼らの最後の言葉となった。怪獣は、逃げる人間たちをぎょろりと見下ろすと、その大きく裂けた口から真っ赤な舌を触手のように伸ばしてあっというまに盗賊二人を絡めとり、一瞬のうちに口の中に引きずり込んでしまったのだ!

「た、たたた、食べちゃったぁ!?」

 モンモランシーが悲鳴のような叫びをあげた。そして、二人はこれを見てふもとの村で忠告された言い伝えを思い出した。

「伝説の、人を食う竜ってのはこいつのことだったのか」 

 ギーシュは戦慄した。あのときは単なる古びた迷信と笑ったけれど、実際に目の前で人が二人食われてしまったのだ。しかも、竜どころの騒ぎではない。もしこの場に才人がいたら、何をおいても彼らに逃げるように指示していただろう。なぜなら、この怪獣は地球にも出現したことがあり、その名を復活怪獣タブラという。その性質は、今彼らが見たとおりに人間を常食とする極めて危険な怪獣なのである。

 そして、目を覚まして腹を減らしているタブラは、当然人間二人程度では満足せずに、次にその真っ赤な目を三人へと向けて舌なめずりをしてきた。もちろん、この場で彼らがとれる選択肢は一つしか存在しない。

「にっ、逃げろーっ!」

「きゃーっ!」

「いやーっ!」

 三人は、自分でも信じられないほどの脚力を発揮して走り出した。道順などどうでもいい、とにかく怪獣から遠ざからねばと、木々のすきまをぬって駆けていく。『フライ』で飛んで逃げれば速度は出るが、高度をとればあの長い舌で捕らえられてしまう。今は密生した森の木々だけがなんとか三人を守ってくれているだけで、怪獣の視線から見れば三人は丸見えだし、タブラが獲物を見逃すなどありえない。

「ちょ、ギーシュなんとかしなさいよ!」

「そ、そんなこと言われたって!? そ、そうだワルキューレ!」

 とっさに思いついたままに、ギーシュはワルキューレを二体作って逆方向に走らせた。囮にしようというのである。しかし、怪獣は彼の思惑には乗らずに、派手に動くワルキューレを軽く一瞥しただけで、そのまま三人を追いかけてきた。

「なっ、なんでだあっ!?」

「たっ、たぶんゴーレムが生き物じゃないって見破られちゃったんですよ。鳥ははるか上空から獲物の小動物を見分けられるっていいますから」

「なるほど、って、来たーっ!」

 いつの間にか、彼らの背後からタブラの舌が大蛇のように伸びてきていた。間一髪、狙われたギーシュはそれをかわしたが、はずれた舌は隣の大木に絡みつくと、それをまるで雑草のように軽く引き抜いてしまった。

「いっ、いったいどれだけ伸びるんだよ、あの舌は?」

 タブラとギーシュたちの間に、身長差による歩幅の違いがあるにせよ、どうにか四十メイルは距離を空けているというのに余裕で伸びてきた。それもそのはず、タブラの舌の長さはオイル怪獣ガビシェールの舌の二百メートルに次いで百メートルという長大さを誇り、ちょっとやそっと逃げただけでは射程から逃れることはできない。それだからこそ、タブラも全速で追おうとはしていないのだ。もしタブラが全力疾走したら、一秒で三人は捕まってしまうだろう。

 けれども、とにかく逃げているうちに本道から大きく外れ、山肌が切り立ったがけに追い詰められてしまった。飛んで登ろうとすれば舌に捕まる。残るは右か左か、そのとき彼らの目に山肌にぽっかりと空いた洞窟が映ってきた。

「あ、あそこに逃げ込めーっ!」

 普通に考えたら、狭い洞窟の中は逃げ道を失うし、タブラは地底怪獣であるからどんな地下深くに逃げ込んでも逃げ切れるものではないが、今の彼らにはそこしか逃げ場は見えていなかった。

 しかし命からがら飛び込んだものの、奥行きは三十メイル程ですぐに行き止まりになってしまった。どうやら最悪の選択をしてしまったらしいが、後悔してもすでに遅い。そしてもはや引き返すこともできずにいたところに、入り口からタブラの舌が進入してきてギーシュを巻き込んでしまった。

「わっ、わあああっ!」 

 絡めとられたギーシュはズルズルと入り口のほうへとひきずられていく。その外には、怪獣が口を大きく開けて待ち構えている。噛み砕かれるにしろ丸呑みにされるにしろ、このままではギーシュの命はあと数秒。

「このっ、こいつギーシュを離しなさいよ!」

「ギーシュさま、今お助けします!」

 モンモランシーとリュリュは、必死で持ちうる限りの魔法をタブラの舌にぶつけてギーシュを助けようとした。しかしモンモランシーの系統の水は元々直接攻撃力に乏しく、しかもメイジとしては最低クラスのドットランクの魔法力しかないためにほとんど効果がない。また、リュリュはモンモランシーより技量の高い土系統の使い手であったが、料理に関することに努力を集中していたため、攻撃に関する魔法は護身程度で、やはりたいした効果はあげられなかった。そうしているうちにも、出口まではあとたった十メイルしかない。

「わっ、わっ、わあああっ!」

「どうしよう、どうしよう」

 二人はできる限りの抵抗を示したけれど、すべて時間稼ぎにもならずに終わった。だが、このままギーシュは食われてしまうのかと、どうしようもない絶望感が二人を包み込んだときだった。リュリュの足元に乾いた金属音を立てて、ギーシュが夢中でここまで握って持ってきた、あの刀が転げ落ちた。彼女はそれを見ると、どうせ自分の魔法など通用しないと、拾い上げて思いっきり振りかざした。

「えーいっ!!」

 入り口寸前で、リュリュの渾身の力が込められて振り下ろされた白刃が舌に斬りかかった。けれども、刃は舌には一寸も食い込まずに、硬いゴムに当たったように食い止められてしまった。

 しかし、リュリュがだめかと思ったそのときである。刃が当たったところから青白い光が生じて、舌が電流が走ったかのように震えると、ギーシュを放り出して外に飛び出て行ってしまった。

「たっ、助かったあ」

「あっ、か、怪獣を見て!」

 モンモランシーに言われて、二人は外の怪獣を見て驚いた。なんと、いくら低級とはいえ自分たちの魔法にびくともしなかった怪獣が、口を抑えてのたうっている。三人は、しばらく呆然とそれを見守っていたが、怪獣はさらに怒りを増したと見えて、洞窟に再び目を向けてきた。

「わーっ! また来たーっ!」

 三人はもう一度洞窟の奥に逃げ込もうとしたが、それは結局さっきと同じことを繰り返すだけだった。だが、怪獣が洞窟のすぐそばまで来たとき、怪獣の頭頂部にまだ突き刺さっていたもう一本の刀が鈍い輝きを放ち、怪獣は力を失ったようにその場にへたりこんでしまったのだ。

「たっ……たすかった、のか?」

 怪獣は洞窟の外に座り込んだまま身動きしない。まさか死んだのかと一瞬思ったものの、重々しい呼吸音が響いてきて、その甘い期待を打ち砕かれた。

「いったい、何が起こったっていうんだ……」

 三人は唖然として、洞窟の土の上にへたり込んだまま、眠っているのか覚醒しているのかわからず、洞窟の前に居座っている怪獣を見つめた。

「ど、どうしよう? 今のうちに逃げる?」

「そ、そうしようか……」

 モンモランシーに言われて、ギーシュはとにかく怪獣が動かないうちに逃げようと腰を上げた。だがそのとき、洞窟の外に出ようとした二人の背中から、突然重々しい声がした。

 

”やめておけい。外に出たとたん、気配をかぎつけられて襲われるぞ”

 

「えっ!?」

 思わず振り向いた二人の目の前には、リュリュがあの刀を背に担いで仁王立ちしていた。しかし、その目つきは彼女の穏やかなものではなく、歴戦の戦士のような鋭い苛烈な光を放っていた。

「リュ、リュリュちゃん?」

”うぬら、大変なことをしでかしてくれたのう。せっかくわしが苦労して封じておったもののけを、興味本位で目覚めさせてくれおってからに”

「なっ、何を言っているんだい?」

”ぬ? おお、そういえば急いでいてまだ説明しておらんかったか。拙者、すでに肉体を持たぬ亡者の身ゆえ、こうして生者の身を借りねば、現世の者と語り合うこともかなわぬのだ”

「へっ?」

 ギーシュとモンモランシーは思わず間抜けた声を発してしまった。そして脳が思考を再開したとき、二人は今の言葉を吟味してみた。亡者が、生者の身を借りて、現世の者と語り合う? ということは?

「ま、まさか……憑依?」

”なかなか察しのよい小娘じゃ。さよう、拙者、錦田小十郎景竜と申す者じゃ。すでにこの世のものではなく、この刀に思念の一部を封印しておったが、この娘が強い念を持って振るってくれたおかげで出てくることができた”

「ニ、ニシキダコジュウロウ・カゲタツ!? って、それじゃ幽霊!? ええーっ!」

 二人は天地がひっくりかえるほど驚いた。魔法道具についての授業で、意識を持つ道具、たとえば才人の持つデルフリンガーのようなインテリジェンスアイテムの中には、特に自我が強く、持ち主の意識を乗っ取ってしまうような伝説のものもあると聞いていたが、まさか実在するとは思わなかった。これの場合は、刀に宿った錦田景竜の霊がリュリュの体を乗っ取ったことになる。

”なにを呆けておる。うぬらが封印を解いてくれたおかげで、タブラめがこの世に復活してしまったのだ。このままでは大変なことになるぞ”

「ななな、なんてことをしてくれたと言うのはこっちだ! 早く彼女を解放したまえ!」

”急くなこわっぱ。別にこの娘をどうこうしようとは考えておらぬ。ただ、我もこうして生者の身を借りねば話せぬ身、とにかく、死にとうなかったらわしの話を聞けい!”

 リュリュの体を借りた景竜は、混乱するギーシュとモンモランシーに向けて刀を振り下ろした。

「わぁぁっ! 聞きます、聞きますから!」

「わかった! わかったからやめて!」

 とても少女のものとは思えない鋭い斬撃に鼻先を掠められて、二人は一発で度肝を抜かれて降参した。

”最初からそうしておけばよいのじゃ、よいか、よく聞けよ……”

 刀を下ろした景竜は、ごほんと咳払いをすると話を始めた。

 

”まずは、先に言っておこう。わしは、主らとは違う国、見果てぬくらいに遠い日の国で生を受けた者じゃ。ただ、わしは生来もののけを見極める力に優れていてのう。その生涯を魔物退治に明け暮れた。ある地では荒ぶる宿那の鬼を、ある地では強大なる怨霊鬼を封じてまいった。ここも、その一つじゃ”

 景竜は順を追って説明をしていった。彼は、このハルケギニアとは違う日本という国の、侍という戦士で、魔物を退治する旅の途中で、不思議な力によってこのトリステインに導かれてきたのだと語った。また、あの怪獣の名はタブラといって、四百年前にこの地に現れて里を荒らしまわっていたのだが、たまたま立ち寄った景竜と戦うことになったのだという。 

”わしは奇妙なことに、魔物の現れるところに不思議な縁によって導かれるようでのう。ここのタブラも、里の者から聞いた話では、はるかな遠い昔にこの地で暴れまわっていたが、突如やってきた青き光の巨人に敗れ、地の底に封じられたそうじゃ”

「光の巨人……それってまるで、ウルトラマンみたいだな」

「うん、もしかしたら大昔にもウルトラマンの先祖がやってきてたのかもしれないわね」

”ふむ、今となっては伝説の真偽はわからぬがのう。しかし、それより奴はずっと眠り続けていたが、四百年前の当時この地方を大規模な地震が襲い、地の底で眠っていたきゃつが蘇ってしまったというわけじゃ。それで、わしの力を刀に込めて奴の眉間に突き刺すことによって、奴を再度眠らせることに成功したのじゃ”

 その封印の刀がこれだと、景竜は刀をかざして見せた。一見、何の変哲もないが、景竜の破邪の霊力が込められており、先程もタブラに対して絶大な効果をあげていた。一種オカルトに属するかもしれないことだが、お地蔵様の神通力で封じ込められていたエンマーゴや、平和観音像の下に封じられていたズラスイマーのように、科学では解明できない不思議な力が巨大怪獣を封印していた例というのは意外とあり、景竜の力が込められたこの刀も、それらと同様のものということだろう。

 ただし、本来これはこの場にあってよいものではなく、景竜は不愉快そうに続けた。

”それなのに、主らが無用心に刀を抜いてくれたおかげで、せっかくの封印が解けかけておる。念のために、この地には足を踏み入れるなと、警告の地図を残しておいたものを”

「えっ、そ、それってもしかして……」

 ギーシュは慌てて宝の地図と思い込んでいたものを取り出した。

”おお、それじゃそれじゃ。その地図に、この地に魔物が眠るから立ち寄るなと、書き込んでおいたろう”

 えっと思ってギーシュは地図を見つめなおした。確かに、地図の×印の傍らには注略らしい書き込みがしてあるが、それはハルケギニア語ではなくてギーシュには読めなかった。ただし、もしこれを才人が見ていたら「この地に、怪獣多武羅が眠る。決して近寄ることなかれ」と読んでいただろう。なぜなら、それは漢字で書いてあったからである。

”うむ、そういえばこことわしの故郷は文字が違ったな。これは不覚であった”

「なにを偉そうにしてんだこのおっさん、わぁぁぁっ!?」

 また目の前に刀を突きつけられて、ギーシュは慌てて手を上げた。

”うぉほん、さてそれはよいが、念のためにと思うて、わしの思念の一部をこの刀に込めて残しておいて正解であった。ともかく奴は四百年の時を経て目覚めてしまった。当然、とても腹を減らしてな”

「つまり、わたしたちはエサというわけね」

”そうじゃ、まだ奴の眉間に残っているわしの小太刀の力でかろうじて押さえ込んでいるが、この洞窟から一歩でも出ようものなら、すぐさま気配を感じ取って、空腹に命じられるまま襲い掛かってくるじゃろう。そうなれば、もはや衰えたわしの力では奴を止めることはできん”

 なぜそんなにのん気そうに大変なことを言うんだと、二人ともイラッときたが、バッサリ斬り捨てられるのはごめんなので黙ってうなづいておいた。けれども、洞窟は行き止まりなので、出るにはどうしてもタブラの目の前を横切らなければならない。 

「ギーシュ、あんたの使い魔のモグラに穴を掘らせて逃げられないの?」

「ああ、呼んでみたんだけれど、この山は極めて固い鉱物質の岩石でできてるみたいで、ヴェルダンデの爪も歯が立たないみたいなんだ。残念だけど、穴を掘って逃げるのは無理だよ」

「肝心なときに役に立たないんだから……」

 もしやと思った希望がすがりようがないことを確かめさせられて、モンモランシーは大きくため息をついた。

「つまり、完全に閉じ込められちゃったってわけね」

”そのとおりじゃ”

「この……他人事だと思って」

 かといって、現地の人でさえ立ち入らないこの山に助けが来るとはとても考えられないし、ここに来ることは誰にも話していなかったから、知人が来てくれる可能性もない。しかし、仮に来てくれたとしてもタブラのエサにされるだけなのだが、今はそれよりも切羽詰った問題があった。

「どうしよう。日帰りするつもりだったから、食料の手持ちはほとんどないわよ」

「そうだった! 大変だ。これじゃあ一週間も持たずに飢え死にしちゃうぞ!」

 リュックの中身は昼食でほとんどなくなり、残った菓子などをかき集めても一食分にもなりはしない。水だけはモンモランシーの水魔法でまかなえるが、このままでは遠からず飢え死にだ。

 しかし、景竜は平然とした様子で、リュリュの見た目からしたらふてぶてしいような態度で二人の心配を切って捨てた。

”案ずるな、飢えて死ぬ心配はない。なぜなら、小太刀の封印は、長くてあと三日しか持たん”

「ええーっ! なんだってえーっ!」

”いちいち驚くな。封印はこの太刀が主で、小太刀は補助にすぎん、当然あれだけでは力が足りんのじゃ”

 もう慣れたが、なぜこの幽霊はこういう重大なことをいっぺんに言ってくれないのだろうか。しかし、それはすなわち三人の命は、あと三日ということになる。それが過ぎてタブラの封印が完全に解かれれば、こんな洞窟などひとたまりもない。

”じゃが、たった一つだけおぬしらが助かる方法がある”

「な、なんだって! いったいどうしろって言うんだ!?」

 すると景竜はもったいぶる様子もなく、さも当たり前といった風に答えた。

”決まっておる。おぬしらの手で、タブラを再び封印するのじゃ”

 

 

 続く


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