ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第59話  平和と出会いと流れ星

 第59話

 平和と出会いと流れ星

 

 宇宙怪獣 ザランガ 登場!

 

 

 ルイズたちの旅も、そろそろ前半が終わろうとしていた。

 内戦状態のアルビオン大陸も、戦場以外では治安はなかなか良く、盗賊だのなんのには会わずに、目的地であるウェストウッド村まであと一時間ほどの距離まで来ていた。

「内乱中だっていうから用心してたのに、結局平和なもんだったな」

「そーだな、俺っちも出番あるかもと思ってわくわくしてたのに、期待はずれだったわ、つまんね」

 才人とデルフが仲良く髀肉の嘆を囲っている。馬車の旅というのも慣れれば退屈なもので、ラジオやカーステレオがあるわけでもなく、豊かな自然も逆に変化がなくて飽きが早い。カードゲームをしたり本を読もうかと思ったりもしたが、馬車はけっこう揺れてカードが飛び散るし、この際こっちの文字にも慣れようかとタバサに借りた本を開いたが、すぐに酔ってしまってやめた。

 ルイズやキュルケなどは例によって先祖の誰彼がどうだとか、よく飽きもせずに言い争いを続けている。寝疲れてもしまった以上、退屈は最高の敵だった。仕方がないので御者をしているロングビルといっしょに行き先を眺めた。街道は、旅人や商人が行きかい、こちらも平和そのものだった。

「この調子だと、予定より早く着きそうですね」

「そうですね……うーん」

「? どうかしたんですか」

 予定が早くなりそうなのに、なぜか納得のいかない顔をしているロングビルに、才人は不思議そうに尋ねると、彼女は首をかしげながら答えた。

「いやね。いくらなんでも平和すぎるなって、普段なら一、二度は盗賊に、特にこんな女子供ばっかりの一行なんてすぐにでも襲われると警戒してたんだけどね」

「そりゃ物騒な。けど、王党派ってのが治安維持に力を入れてるって聞きましたが」

「かといっても、内戦中にそんなに兵力を裂けるはずがないんだけど」

「なるほど、でも襲われるよりは襲われないほうがましでしょ」

 才人としても、悪人とはいえあまり人は斬りたくない。だからといって宇宙人や怪獣は殺してもいいのかといわれると困るが、更正の余地があるなら生きてもらいたい。もっとも、「こらしめてやりなさい」のパターンでギッタギタにしてやりたいとは、是非願うところだが。

 

 そうしてまた十分ほど馬車を進めていくと、街道の先に槍や剣を持った一団がたむろしているのを見つけた。最初は盗賊かと思ったが、身なりを見ると役人のようだ。彼らは十名ほどで、道端に転がっている汚い身なりの男たちを縛り上げている。どうやら盗賊の一団が捕まっているようで、街道を一時的に封鎖されることになった一行は、馬車から降りて役人の一人に話しかけて事の次第を聞くことにした。

「実は、ここのところあちらこちらで盗賊集団が次々と壊滅させられていて、我々が通報を受けたときにはすでに全員気絶させられて見つかるんです。おかげで、ここ最近は盗賊の被害が以前の十分の一くらいに減りましたよ」

 こちらが貴族の一行だとわかったようで、役人の対応はていねいなものだった。

「盗賊が次々と? どういうことですの」

「それが、盗賊たちの供述では一人旅をしている女を襲ったら、これがめっぽう強くて気がついたら気絶させられて捕まった後だったとか」

「たった一人で!? そんな凄腕のメイジがいるんですか」

「いいえ、それが魔法は一切使わずに、盗賊のメイジも体術だけで片付けてしまったとか。もうアルビオンの全土で数百人の盗賊や傭兵くずれが半殺しで捕縛されています。平民たちの間では、『黒服の盗賊狩り』と呼ばれてもっぱらの噂になってるくらいですよ」

「『黒服の盗賊狩り』……体術だけでメイジを含む盗賊団を壊滅させるなんて、サイトみたいな人がほかにもいるものねえ」

 ルイズは世の中は広いものだと、しみじみ思った。自分の母である『烈風』カリンもしかり、世の中にはいくらでもすごい人がいるものだ。

 なお、この噂の人物の正体は旅を続けているジュリなのであるが、別に好き好んで盗賊狩りをしているわけではない。若い女性があんまり無防備に一人旅をしているものだから、身の程を知らない盗賊たちが喜んで集まってきて、その挙句返り討ちにあっているというわけである。この盗賊団にしても、昨日似たような行為をしたあげくに叩きのめされて丸一日野外に放置され、気がついたときには縛り上げられていたのだった。もちろん、この時点ではルイズたちがそれを知るよしはない。

 顔をボコボコにされて肋骨を二、三本はへし折られたいかつい男たちは、いったい自分たちに何が起こったのかわからないまま、役人に連行されていった。傷の手当てもろくにされずに、この酷暑の中を歩かされていくのは死ぬような思いだろうが、所詮は盗賊働きをしようとしての自業自得なので同情には値しない。

「失礼しました。どうぞお通りください」

 役人たちの事後処理が終わって、馬車は再び走り出した。役人は去り際に、この近辺の盗賊団はこいつらでほぼ一掃されました。ごゆるりと、旅をお続けくださいと、まるで自分の手柄のように言っていたのが少々聞こえてきたけれど、それもまた

彼の顔といっしょに忘却の沼地への直行となった。

 

 

 一行を乗せた馬車は、それから街道の本筋を離れた森の中の脇道に入っていった。こちらに入ると、本道のにぎやかさも嘘の様で、自分たち以外にはほとんど人とすれ違うこともなかった。木々の張った枝は広く、昼間だというのに小さな道は木漏れ日がわずかに射すだけで薄暗い。しかしその分涼しくはあり、これでやぶ蚊さえいなければ天国といえた。

 馬車は、そんな木々のトンネルの中をわだちの跡をたどりながら進んでいく。

「つきましたわよ」

 ロングビルに言われて馬車から身を乗り出したとき、一行はそこに村があるのかすらすぐにはわからなかった。よくよく見てみれば、森の中に数件の小屋と、畑らしきものが見え隠れしている。

 その後、ロングビルの言う村の中央に馬車を停め、一行はようやく到着したウェストウッド村を見渡した。本当に、村というよりは山小屋の集まりといったほうがいい。家々は、この森の中ではたいした存在感を持たず、畑も自給自足というレベルに達しているのかどうかすら疑わしい。

「ここが、ウェストウッド村……ね」

 自分自身に確認する意味も込めて、ルイズは村の名前を復唱した。はっきり言えば、タルブ村より少し小さい程度を想像していたのだが、その予測は完全に裏切られた。これでは村という呼び方すら過大に見えてしまう。

 産業などある気配はまったくなく、ロングビルの仕送りがなければあっという間に森に飲み込まれてしまうのは疑いようもない。ただ、村の裏手の森が台風に合ったみたいに広範囲に渡ってなぎ倒され、中途半端な平地になっているのには驚いた。隕石でも落ちたのか? 前はこんなことはなかったのにとロングビルも合わせて不思議に思ったけれども、とにかくも村であるなら住人がいるはずである。

「テファー! 今帰ったわよーっ!」

 そうロングビルが、目の前の一軒の丸木の家に向かって叫ぶと、数秒待ってから樫の木作りのドアが内側から開き、中から緑色の簡素な服と、幅広の帽子をかぶった少女が飛び出してきた。

「マチルダ姉さん!」

「ただいま、テファ」

 ティファニアと、マチルダと呼ばれたロングビルはおよそ一年近くになる再会を手を取り合って喜び合った。

 けれど、ティファニアと初対面となるルイズ、才人たち一同は感動の再会を見て素直にお涙頂戴とはいかなかった。ティファニアが、ロングビルから聞いていた以上の、妖精という表現をそのまま使える、美の女神の寵愛を一身に受けたような美少女だったから……というのもあるが、最大の、そう最大の問題は彼女の胸部の二つの膨らみにあったのだ。

「バ、バストレヴォリューション!?」

 と、平静であれば本人でさえ自己嫌悪したと思える頭の悪い台詞を、才人が呆然としてつぶやいたとき、残った女性一同の中で、その台詞に怒りを覚える者はいても、否定できる者は誰一人としていなかったのだ。

「な……なに、アレ?」

「た、多分……胸」

 と、ルイズとシエスタ。

「ね、ねえタバサ、わたし夢を見てるの?」

「現実……」

 青ざめて絶句しているキュルケをタバサがなだめている。唯一、年長者たちが何に驚いているのかわからずにアイだけがきょとんとしていた。まぁ、阿呆な思春期真っ盛りな一同の気持ちを代弁するとすれば、ティファニアの胸が彼らの常識を逸して大きかった。それで男の子の才人は思わず見とれてしまい、女子一同の場合は、胸に自信のないルイズは逆立ちしても勝てない相手に絶望感を味わわされ、バストサイズに優越感を抱いていたキュルケとシエスタは、完全に自信を打ち砕かれて天から地へ打ち落とされた。タバサは一見平静を保っているように見えたが、内心では勝ち目ゼロパーセントの相手に、冷静な判断力を持って絶望を認めていた。ただし、一時の激情も過ぎれば、それを埋めるための代償行為を要求する。

「このエロ犬! あんた何に見とれてんのよ!」

 と、才人に蹴りを入れたルイズなどはその際たるものだろう。ほかの者たちも、小さくても形がよければとかなんとかぶつぶつと言っているが、現実逃避以外の何者でもない。

 けれど、いくら現実を拒否しても時間の流れを停止も逆流させることもできない。ロングビルと再会を喜んでいたティファニアが、いっしょに付いてきた奇妙な一団に気づいて尋ねてくると、言葉尻を震わせながら自己紹介をせざるを得なくなった。

「ト、トリステイン魔法学院二年生の、る、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。あ、あなたのお姉さんには、い、いつもお世話になってるわっ!」

 他の者たちもだいたいはこんな調子である。ティファニア本人は、何故この客人たちが動揺しているのかさっぱりわからなかったが、自分も陽光のように明るく無邪気な笑みを浮かべて、自分の名を名乗った。

 そうして、一同はそれぞれ大まかなことを語り合った。ロングビルの名前が偽名であることはフーケ事件の時から一同は察しをつけていたが、本名はマチルダといい、ずっとティファニアのために仕送りをしていたことを聞かされた。また、ティファニアも今はマチルダが魔法学院で秘書をしており、その縁で仲良くなった生徒たちだと聞かされて、あらためてうれしそうに頭を下げてきた。むろん、土くれのフーケについては一言も触れられてはいない。

 それから、マチルダはアイを前に出して、この子を預かってほしいと頼んだ。すると、ティファニアは自分の腰ほどの身長しかない少女の視線にまで腰を下ろして。

「はじめまして、アイちゃん。小さなところでがっかりしちゃったかな」

 ティファニアは、「今日からここがあなたの家よ」などと押し付けがましいことは言わなかった。元々、子供の育成に理想的な環境などではないことくらい彼女も承知している。来るものは拒まないが、いくら幼かろうと相手の意思を無視してはいけない。しかし、ティファニアの懸念は無用のものとなった。

「いいえ、これからよろしくお願いします。テファお姉さん」

 はつらつとアイは答えた。よき親を持った子供はよく育つ、ロングビルが育ての親となって暮らしたこの数ヶ月、純粋な子供は水と日差しを貪欲に得て伸びる朝顔のように成長していた。単に自由に育てたり、勉強を押し付けたりするだけが教育ではなく、人はそれを躾といい、ティファニアに快い初印象を与えていた。

「こちらこそよろしくね。よーし、じゃあみんな出ておいで!」

 ティファニアがドアを開けっ放しだった家に向かって手を振ると、中からいっせいに歓声をあげて子供たちが飛び出てきて、一行に群がっていった。

「わっ、こ、こんなにいたのか!?」

 才人たちは、この村の住人にとってちょっと久しぶりの歓迎すべき客人になる者たちを、喜んで出迎えてくる十数人の子供たちに囲まれて、またもうろたえていた。どの子たちも、身なりこそみすぼらしいが、瞳は明るく強く輝いている。むしろ大人に近いはずの才人たちのほうが力負けしてしまいそうな勢いだった。

「こらこらあなたたち、お客さんを困らせるんじゃないの。それじゃあ皆さん、狭いところですけど、自分の家だと思ってくつろいでください」

 はしゃぐ子供たちを落ち着かせて、ティファニアは困惑する一同を家の中に誘った。まだまだ話したいことは山ほどあるが、とりあえず立ち話もなんであった。時間はまだたっぷりとある。こうして、夏休み旅行の本番は、小さいながらもいろいろハプニングの種がありそうな村で、革命的な胸の持ち主の美少女との出会いによって始まったのだった。

 

 

 それから、場所を室内に移して、子供たちにまかれながらいろいろと話し合った結果、一行はこの数ヶ月分の驚きをいっぺんに使い果たすくらいの驚愕を味わうことになった。

「エ、エルフぅぅっ!?」

 と、ルイズとキュルケとシエスタの絶叫が響いたのが、その際たるものだっただろう。ティファニアの正体がエルフであることは、ロングビルが隠す必要がないと言ったおかげで早々に明かされることになったのだが、ルイズ、キュルケ、シエスタらは当然に仰天した。そんな驚く三人に、ティファニアは怯えた様子を見せていたが、一時の興奮が収まると。

「なにをビビッてるんだお前ら、アホか?」

 白けた口調でつぶやいた才人の声もあり、ルイズたちも落ち着きを取り戻していった。けれども、エルフがハルケギニアの人間にとって恐怖の対象だということは変わりない。以前ジュリと話したときもティファニアは怯えていたが、ジュリはエルフなど、文字通り星の数ほどいる宇宙生物の一つとしか思っていなかったために、すぐに打ち解けられていた。また、才人は地球人であるために、エルフとはゲームの中で出てくる人間以外の種族という印象しかない。けれど今回はあからさまな恐怖を向けられて、彼女は自分が大勢の人から見たら忌まわしいものなのではと、泣きそうになっていた。

 ところが、才人らが間に入るよりも早く、子供たちが怒りの声で糾弾をはじめたではないか。

「テファおねえちゃんをいじめるな!」

 その数々の声が、ルイズたちを攻め立て、ティファニアは慌てて子供たちを止めようとしたが、それより早くルイズが謝罪した。

「ご、ごめんなさい。あんまり突然だったものだから驚いてしまって、失礼したわ」

 キュルケとシエスタもルイズに次いで謝罪した。冷静になると、どう見ても弱い者いじめをしているようにしか見えないし、才人の侮蔑するような視線が痛かった。むしろティファニアに「やっぱり、エルフは怖いですよね」と、涙ながらに言われると、罪悪感ばかりが湧いてくる。

「いえ、悪かったのはわたしたちよ。エルフなんて見たことないから、怪物みたいなものかと先入観を持ってたけど、案外人間とさして変わらないのね。けれど、なんでエルフがアルビオンに?」

 ティファニアは、訥々と自分の素性についてルイズたちに語った。自分の母はエルフで、東の地から来て、父は昔はこのサウスゴータ地方一帯を治める大公だったが、ある日エルフをかこっていたことが王政府にばれて、追われる身となり、両親をその混乱で失った。そして親戚筋で、彼女を幼い頃から可愛がっていたマチルダにかくまわれてこの森で過ごしていることなどを、途中何度かロングビルの助けを借りながら話しきった。

「ハーフエルフ……可能性だけは聞いていたけど、本当に可能だったのね」

「母が、なぜアルビオンに来て、父と結ばれたのかは何も語ってはくれませんでした。それでも、母はわたしが生まれてからずっと、国政に関わることもなく、隠遁生活を続けていました」

 何故ティファニアの母がアルビオンにやってきたについては、結局娘であるティファニア本人にもわからないということだった。話し終わると、ぐっとティファニアは喉をつまらせた。ルイズたちは、悪いことを思い出させてしまったと後悔したが、彼女に悪いものは感じられずに、ちょっと無理をして微笑んだ。

「顔を上げて、ミス・ティファニア、あなたが悪に属するものではないということはよくわかりました。夏の間の短い期間ですけど、しばらくよろしくお願いするわ。そうでしょ、キュルケ」

「ちょっとルイズ、わたしが言おうとしてたこと持っていかないでよね。ま、いいわ。休暇の間、仲良くやりましょう。友達としてね……ある意味ライバルだけど」

「わ、わたしも負けませんよって、なに言ってるんだろうわたし!? と、とにかく人間……いえ、エルフも人間も中身で勝負です! よろしくお願いします、ティファニアさん」

 ルイズ、キュルケ、シエスタがそれぞれ、自らの内にあった偏見との別れを告げるべく、強く、そして親愛を込めて笑いかけると、落ち込んでいたティファニアの顔に紅がさした。

「わ、わたしこそよろしくお願いします。それではわたしのことも、テファと呼んでください。マチルダ姉さんのお友達なら、わたしにとってもお友達です!」

 一同の間に、春の陽気のような暖かな空気が流れた。先程まで恐怖と警戒心を向けていたルイズたちとティファニアは、仲良く手を取り合って旧知のように笑いあっている。それを静かに眺め見ていたロングビルは、にこりと微笑んだ。

「よかったわね、テファ」

「姉さん、ありがとう。今までで最高の贈り物よ」

 いきなりこんなに大勢の友達を得れて、ティファニアは今さっきとは別の意味を持つ涙を流していた。元々、ルイズもシエスタもキュルケも、陰より陽に属する性格の持ち主なのである。それは怒りも憎しみも存在するが、いわれもなく他者を貶めることに快楽を求めたことはない。しかし、そんな様子を同じように見ていて、後一歩で飛び出そうかと思っていた才人はロングビルに軽く耳打ちした。

「ちょっと、無用心じゃないですか? もし、誰かが激発して彼女に危害を加えたり、秘密を漏らしたりするようなことがあっちゃ、大変じゃないですか?」

「大丈夫よ、オスマンのセクハラじじいのところに入って後悔したときから、人を見る目は磨いてきたつもりなの。じゃあ逆に聞くけどこの面子の中に一人でも恐怖や偏見に従って裏切るような人がいるの?」

 そう言われると、ルイズやキュルケが裏切りなどという貴族の誇りを真っ向から否定する行為に手を染める姿は想像できないし、シエスタも人一倍友愛や人情には厚いタイプだ。一度決めた友情を、自分から裏切るようなことは絶対にするまい。ただ、三人の誰もがまったく全然、どうしようもなく敵わない二つの巨峰の持ち主に対して冷たくすれば、返って敗北を認めることになるという、負け惜しみの悪あがきに近い屈折した感情があったのも事実であるが、それでも彼女たちは宇宙人とでも親交を持った稀有な経験の持ち主である。エルフであるということを回避すれば、仲良くしない理由のかけらも存在しなかった。

「それでも、秘密を知る者は少ないに越したことはないでしょ」

 なぜ、そんなリスクを犯してまでと聞く才人に、ロングビルは古びた木製のワイングラスから一口すすると、自嘲げに才人に話した。

「実を言うとね。そろそろ私一人でこの子たちを守っていくのが限界になってきてたんだよ。子供はいずれ大人になるものだしね。いつまでもこの森に隠しておけるはずもないし、今のうちに信頼できる味方を与えてやりたいと思ったのさ。本来こんなことを頼めた義理じゃないかもしれないが、あの子の力になってやってくれないか?」

「そういうことすか……でも、さっきのあなたの台詞を借りれば、おれたちが万一にも断ると思ってたんですか?」

 才人は、投げられた変化球を同じ形でロングビルのミットにめがけて投げ返した。エルフの血を引く少女とたくさんの子供たち、自分の力だけではどうにもならず、多分ルイズやキュルケたちの地位や財力を頼ることにもなるかと思うけれども、できるだけのことはしてやろうと彼は思った。

「まっ、ティファニアくらい可愛い子だったら、守って腐るほどおつりがくるわな」

「サイトくん、嫁にはあげないわよ」

「そういうとこだけは親バカですね。ま、無関心よりゃずっといいか」

 親バカなロングビルというのもなかなか親しみが持てると、才人は苦笑しながらも、タバサを巻き込んで輪に入っていった。

 それから、一行は薄暗くなってきた外に合わせるように、夕食の準備を始め、最終的にティファニアの家で二十人以上が一つの卓を囲んでの大宴会をおこなわれた。そして、終わる頃にはもうなんらの屈託もなくティファニアや子供たちと交流できていたことは、あえて語るまでもない。

 

 やがて夜も更けて、子供たちはそれぞれの家に帰って早めの就寝についた。アイは、早めにこの村に慣れるためということで、エマという子といっしょの家で寝ることになった。

 さて、子供たちが大人しくなると、今度は夜更かし大好きな少女たちの時間である。ルイズたちはティファニアと女同士の話し合い、というか、どうすればどこが大きくなるかという重要会議を始めて、男性である才人は外に追い出されてしまった。まったくいい迷惑であるものの、才人が抗議しても勝てる見込みはないので、同じように外で涼をとりながら酔いを醒ましていたロングビルと、ぽつりぽつりと語り合っていた。

「やれやれ、雁首揃えて何を話し合ってんだか」

 今、ランプの明かりをこうこうと照らした室内では、”ティファニア嬢との親交と友愛を深めるための会談”が、おこなわれているはずであったが、実際に中から聞こえてくるのは、何を食べているのかとか、普段どういう運動をしているのかとか、根掘り葉掘りティファニアに尋問する言葉ばかり聞こえてきて、持たざる者の哀愁を感じざるを得ない。特にルイズは、今後成長期が奇跡的にめぐってきたとしてもティファニアを超えることは物理的に不可能なので、なおさら哀れを感じてしまう。あれはあれでいいものなのだが……

「サイトくんには、胸の小さな子の悩みはわからないのかしら?」

「正直あんまりわかりません。けど、やたら大きけりゃいいってもんじゃないと思うがなあ。誰も彼も大きければ個性がねえし……それよりも、ロングビル……えーっと、マチルダさん」

「どっちでもいいわよ。どのみち帰ったらロングビルで通すんだし。それで、私に何か用?」

 ロングビルも、久々の里帰りで機嫌がよいようだ。

「じゃあロングビルさん。あの連中、ほっといていいんですか? どーもテファの教育上よくない気がするんすが」

「なあに、いずれ外で暮らすようになれば嫌でもそういうことは関わっていくことになるから、予行演習にはちょうどいいわ。あの子はちょっと純粋すぎるところがあるからね」

 要は、無菌室で育てはしないということか。それに比べて、世の大人には子供にはいつまでも天使のように純粋でいてほしいと、子供の一挙一頭足まで厳しく制限する親がいるが、それは子供への愛ではなく、自らの妄想が作り出した理想の子供像への執着に過ぎない。そして、親の幻想を押し付けられる子供にはかえって有害でしかない。悪魔どもが天使を陥れようと跋扈するのが世の中なのだから。

「純粋すぎますか。けど、テファがあいつらに感化されたらそれはそれで問題な気がしますが」

「……」

 誇り高く尊大で暴力的なテファ、お色気ムンムンで男あさりをするテファ、妄想爆発でイケナイ子なテファ、果ては無口で本ばかり読んでいるテファ、思わず想像してみた二人はぞっとするものを感じた。

「ま、まあそのことは、あとでテファに注意しておきましょう……」

 朱に染まれば赤くなるというが、あの連中の個性は朱というよりカレーのしみのようなものだ。一度ついてしまえば洗っても落ちない。ロングビルは、この際積もる話もあるということで、寝る前に悪い影響を受けてはいないかと確認することにした。

 だが、先程の話ではあえて出さなかったけれど、アルビオンにいるエルフということで、才人は一つ心当たりをつけていた。ただ、それを直接ティファニアに聞くことははばかられたので、ロングビルにそれとなく話を振ってみようと思っていたのだが、せっかくの再会で機嫌がいいときにそんなときに話を振ってよいものかと、才人は今更ながら少々迷っていた。

「ところで、ロングビルさん」

「なに?」

「実は……えーっと」

 やはり、いざとなると簡単には踏ん切りがつかなかった。それに、エルフであるからと迫害されてきたティファニアの素性のことを思うと、聞きたくないという気持ちも同じくらいある。しかし、彼の心境を読んで先手を取ったのはロングビルのほうだった。

「まあ、言わなくてもだいたいの予測はつくけどね。あの子の母親のことでしょ?」

「えっ!? あ、はい」

 こういうところは、さすが元盗賊だなと才人はロングビルの読心術に感心した。とはいえ、そうなれば話は早い。才人は、覚悟を決めると一気に疑問を口にした。

「タルブ村で聞いた、アルビオンに旅立ったエルフの少女、もしかしてテファのお母さんは……」

「察しがいいわね。私も、タルブでその話を聞いたときは驚いたけど、間違いないわ。あの子の母は、三十年前にタルブを訪れたエルフの少女、ティリーよ」

 やっぱり、と、才人は予測が当たったことに心中で喝采したが。

「なんで、あのときにすぐおっしゃってくれなかったんですか?」

「時期を見て、順にと思っただけよ。あのとき全部話したら、あなたたちパニックになったでしょう」

「まあ、そりゃそうですね」

 才人はロングビルの気遣いに感謝した。けれど、才人の目的はティリーではなく、彼女といっしょにアルビオンに旅立ったもう一人のほうだ。

「ですが、こうなったらもう単刀直入に聞きます。ティリーさんといっしょに、ここにはもう一人、異世界からの来訪者、アスカ・シンさんがいたはずです。彼がこちらに来てからどうしたのか、知っていたら教えてください」

 誠心誠意を込めて、才人はぐっと頭を下げた。しかし、ロングビルから帰ってきた答えは、彼の期待には副えないものだった。

「ごめんなさい、残念だけど何もわからないの」

「そんな……」

「知っていたら教えてあげたいわ。けれど、何分私はティリーさんと会ったことは何度もあるけど、私があの人と会ったころに、アスカさんはすでにいませんでしたし、私の実家が没落する際に彼女に関するものは全て消失してしまって、今となっては……」

「そうですか……わかりました」

 残念だが、三十年も昔であれば仕方がない。だが、才人は同時に運命というもののめぐり合わせの奇妙さについて、思いをはせずにはいられなかった。

「それにしても、まさかと思ったけど……こんな簡単に出会えるとはなあ」

 元々、アルビオンについた後は可能な限りアスカの、ダイナの足跡を探そうと決意はしていた。それなのに、あんまりのあっけなさには怒る気も湧いてこない。

 しかし才人は絶望はしていなかった。以前、完全に消息不明とオスマン学院長に言われたアスカの足跡が、今回はこんな簡単に見つかっている。今は途切れてしまっても、運命というものがあるのだとすれば、その歩調は時代の流れと比例して停滞から速歩、疾走へと進んでいるのかもしれない。ならば、次のステップに進めるのも、そう遠い話ではないかもしれないと、才人は自分に言い聞かせた。

「さあ、そろそろ子供は寝る時間よ」

「へーい」

 気づいてみたら夜も更けて、月は天頂に今日は赤い光を輝かせている。室内では、飽きもせずに女子五人がわいわいとやっていたが、ロングビルに一喝されてベッドの準備を始めた。この村にいる間は貴族といえども自分のことは自分でやるというのが、最初にルールで決められている。でなければ、子供たちの見本にはならない。

「おやすみなさーい!」

 一斉にした合図とともに、一行は昼間の疲れも重なって急速に眠りの世界へと落ちていった。後には、鈴虫の鳴き声と、風の音だけが夏の夜の平穏さを彩り、朝までの安らかな天国を約束していた。

 

 

 

 ただ……約一名、いや一匹、理不尽な不幸に身を焦がす者が存在していた。

「きゅーい! おなかすいたのねーっ!!」

 村の上空をグルグルと旋回しながら、シルフィードは朝からずっと悲鳴を上げ続けている胃袋の叫びに呼応して、自分にまったく声をかけようとしない主人に抗議していた。

「まさかお姉さま、シルフィのこと忘れてる? そんなの嫌なのねーっ!」

 ここにも、バストレヴォリューションの犠牲者が一人……タバサがティファニアにショックを受けて、シルフィードにエサをやるのをすっかり忘れていたのだ。けれども、空の上で月を囲んで回りながら叫んでも、タバサはとっくにすやすやと安眠モードに入っていて、朝まではてこでも動かないだろう。

 そんなとき、悲しげに空を見上げたシルフィードの目に、月のそばを横切るように飛んでいく小さな光が見えてきた。

「きゅい? 流れ星?」

 光り輝く小さな点は、夜空を横切って次第に遠ざかっていく。シルフィードは、しばしぼおっとその流れ星を眺めていたが、ふと前にタバサから流れ星が消える前に願い事を言うとかなうという言い伝えを聞かされたのを思い出して、前足を合わせて祈るようにつぶやいた。

「おなかいっぱいお肉が食べられますように、おなかいっぱいお魚が食べられますように、おなかいっぱいごちそうが食べられますように」

 なんともはや、自分の欲求にストレートなことである。けれども、シルフィードがたとえば「世界が平和になりますように」とか願っても、みんな気持ち悪がるだけだろう。シルフィードの幼さもまた、シルフィードの個性であり魅力でもある。ルイズにしたって「胸が大きくなりますように」と願ったに違いないのだから。

「きゅーい、お星様、シルフィのお願い聞いてなのね……ね?」

 そのとき、シルフィードは自分の目をこすって、見えているものを確かめた。なんと、どういうわけかいつの間に流れ星の傍に、もう一つ小さな流れ星が寄り添うようにして飛んでいるではないか。

「きゅいーっ、お星様のお母さんと子供なのね。これなら、シルフィのお願いもよく聞いてくれるかもね。きゅいきゅい」

 シルフィードは、このときだけは空腹を忘れて空の上ではしゃいでいた。

 だが、残念ながらシルフィードの願いは届くことはないだろう。なぜなら、シルフィードから見て流れ星に見えたのは、この星の大気圏ギリギリを高速で飛んでいく怪獣の姿だったからだ。

 その正体は、宇宙のかなたからやってきた、丸っこい体つきをした、カモノハシとイタチとカエルのあいの子のようなユーモラスな姿の怪獣、ザランガだった。そしてそのかたわらには、ひとまわり小さなピンク色の怪獣が元気に飛び回り、ときたま前に飛び出ていったりして遊び、やがて疲れると後ろに下がって休んで、ザランガは小さなほうが遅れないように、その間速度を緩めてゆっくりといっしょに飛んでいる。そうして、小さなほうは疲れが癒えたら、また一生懸命飛び回っていた。そう、それはザランガの子供だった。

 ザランガの一族は、この広大な宇宙を時が来れば長い年月をかけて旅をして子供を生み、また元の場所へと親子で帰っていく渡りの性質を持っている。彼らも今から何年も前に、ここからはるかに離れたある星で親子になり、子育てをするための元の星へと帰る途中だった。その彼らがこの星に寄ったのも、この惑星が今は宇宙の果ての水と自然にあふれたその星によく似ていたからかもしれない。

 やがて親子は、旅の間のわずかな寄り道にきりをつけて、また宇宙のかなたへと飛び去っていった。

 もしかしたら、何百年か先にこの子供か、別のザランガがこの星を訪れるかもしれない。けれども、ザランガは美しい水が大量にある星でしか子供を生めない。果たしてそのとき、この星はザランガが安心して子供を生める平和な星であり続けられるのか。流れ星に願いがかけられるように、流れ星もまた願いをかけていた。

 

 ずっと平和でありますように、と。

 

 

 続く


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