ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第56話  大怪鳥空中戦!! (後編)

 第56話

 大怪鳥空中戦!! (後編)

 

 始祖怪鳥 テロチルス

 火山怪鳥 バードン 登場!

 

 

 トリステイン・ゲルマニア・アルビオン連合護衛艦隊は、今壊滅の危機に瀕していた。

 四隻の非武装船を護衛する艦艇は、戦艦一、戦列竜母艦一、砲艦二、巡洋艦四と、国籍の違いはあれども相手が空賊程度であれば一蹴できる戦力を有していた。しかし、そんな優秀な彼らも、空飛ぶ要塞とでもいうべき巨大始祖鳥の前には、猛禽に目をつけられた小雀も同然に反撃することもままならず、ましてや逃げ去ることすら適わない。

「何をしている、もっとよく狙え!」

 下士官が砲手を叱咤するが、弾丸のような速さで飛ぶ相手に当たるはずもない。また、これほどに巨大な物体が音速に近い速度で飛べば、強烈な衝撃波(ソニックブーム)を生み、球形砲弾や半端な魔法などは軽々とはじき返されてしまう。それどころか、仮にまぐれで当たっても効果はまったくなく、威嚇にすらならない。彼らは、これまで新鋭艦に配属されたことを誇りとしていたが、これがこの敵にはおもちゃ同然だということを思い知らされて、かつてなす術なく全滅していった地球防衛軍や旧GUYSのような絶望感を味わわされていた。

 しかし、これは本当の恐怖のほんの幕開けでしかなかったのだ。

 

 沈没していく『マリー・ガラント』号の炎の中から現れた、恐るべき巨大怪鳥の姿を見て、才人は全身の血液が干上がっていくような錯覚を覚えていた。

「始祖怪鳥テロチルスに、火山怪鳥バードン……悪夢にもほどがあるぜ」

 才人は、今日が地球だったら仏滅に違いないと確信していた。一匹でもとんでもなく強い怪鳥が二匹、しかも一匹はあのバードンだ。その野太い鳴き声が響いてくる度に、才人の心から闘志が削られ、恐怖心が高まっていく。

「あんた、何びびってるのよ! わたしたちがやらなきゃ艦隊は全滅しちゃうわよ」

 自然と恐怖心をにじませていた才人にルイズの叱咤が飛ぶ。才人にも、それはわかっている、わかっているのだが、今回ばかりは相手が違う。才人の心に、幼い頃テレビのドキュメンタリーで見たZATとバードンの戦い、その当時最悪の怪獣災害と言われた事件のことが浮かんでくる。

 超高速で飛び回り、牧場や精肉所、肉のあるところを手当たり次第に荒らしまわるバードンによって日本経済は麻痺しかけた。けれど、それは大人の事情であって、その当時まだ小学生であった才人はそんなことよりも、迎え撃ったウルトラマンタロウを鋭いくちばしでめった刺しにして殺害し、救援に駆けつけたゾフィーをも圧倒的な実力で惨殺したその恐怖感が、今でも残るトラウマとなって立ち向かう勇気をそいでいたのだ。

「サイト! 聞いてるの!? 返事しなさい」

 ルイズの怒鳴り声も、今の才人には半分も届かない。一度カーブで事故を起こしてしまったドライバーが、その後カーブに差し掛かったときに無意識にスピードを絞ってしまうように、人間は一度植え付けられてしまった恐怖心を、理性ではなく本能的に回避しようという機能が働いてしまうのだ。もちろん、それは生物が不要な危険を回避するために必要不可欠な機能なのだが、機械と違って人間は一度組み込まれてしまったリミッターを簡単に外すことはできない。

 戦わねばならない、そんなことはとうにわかっている。しかし、胸のうちから湧き上がってくる恐怖心のために足がすくみ、いくら自分を奮い立たせようとしても、喉がカラカラに干からびて、体が言うことを聞いてくれない。

「……サイト、あなたまさか……怯えてるの?」

 幾度となく聞いたルイズのその言葉にも、今回は言い返すことはできない。少しは大人になり、忘れかけていたトラウマだが、体は心以上にはっきりとそれを覚えていた。最強、というならゼットンやタイラントがいるが、そいつらを恐れたことはない。しかし、お化け屋敷に怯える子供に、あれは作り物だと言って納得させられるだろうか。 

「……あいつは、強い。そうなのねサイト」

 ルイズは、才人の態度からバードンの恐ろしさを確信した。元々感情に流されやすくはあるが、聡明な理解力を持っている。これまで才人は逃げろとは言っても、それはあくまで敵の実力を見てのことであり、臆病者とそしられるような醜態を見せたことはない。

「ああ、火山怪鳥バードン……俺の故郷でも、最強に限りなく近いといわれている大怪獣だ」

「それだけじゃ、ないんでしょ」

 単に強いだけなら才人がここまで恐れるはずはない。半年も付き合えば、鈍いルイズにもその程度の心の機微は察することができた。

「……奴の同族に、ウルトラマンが二人、殺されたことがある」

「なんですって!?」

 ルイズも絶句した。まさに超人と呼んでよい存在であるウルトラマンを死なせるとは、どれほど恐ろしい怪獣だというのか。

「うそじゃない。ウルトラマンだって傷つきもすれば死にもする。お前にだってわかるだろう」

 ドラゴリーのとき、ザラガスのとき、エースは致命傷を受けかけた。あのまま攻められていたなら、どうなっていたかはわからない。けれども、それでも、今は戦わなければならないのだ。

「わかるわ……だけど、敵に背を向けない……いえ、私たちがやらなきゃ誰がみんなを守るの? ロングビルさんもアイちゃんも、タバサや、おまけでキュルケとシエスタも、みんなみんな食べられちゃうまで震えてる気?」

「わかってる、わかってるんだが……」

 頭では、しなければならないことはわかっている。しかし、才人が恐怖心を抱えたまま変身したとしても、エースに充分な力を与えられるかわからない。ただ体の貸し借りをしているだけではないのだ。

 いらだちをつのらせるルイズを見かね、才人の背中のデルフも使い手の心情をルイズにもわかりやすく説明した。

「娘っ子、相棒にとっちゃ、あの怪獣はお前の母ちゃんや姉ちゃんみたいなもんなんだよ。逆らいたくても震えちまってできねえのさ」

 その例えは、二人のどちらにとっても不愉快な響きを持っていたが、正鵠を射ていた点では反論のしようもなかった。ルイズがカリーヌやエレオノールに逆らえるかといえば、否の一言で事足りてしまう。

 だが、『マリー・ガラント』を空の藻屑に変えたバードンは、今度は『ダンケルク』に目標を定めて火炎を吹きかけてきた。

「きゃあっ!」

「危ないっ!!」

 とっさに才人はルイズを押し倒すかたちで甲板へ倒れこんだ。火炎は『ダンケルク』が高高度でも気圧を保つために張り巡らせてあった風の防壁にさえぎられて威力を減殺され、その大部分が跳ね返されたが、それでも貫通してきた熱波が才人の背中を焼いた。

「ぐっ……」

 うめき声が漏れ、背中がひどい日焼けをした後のように熱を持つ。熱波は船に影響を与えるほどではなかったけれども、生身の体には、パーカーを羽織っていたことと、背中にデルフリンガーをしょっていたことを合わせても、火傷とまではいかなくてもかなり効いた。

「サイト、あんた大丈夫!?」

「なんとかな……」

 苦痛の表情を見せる才人に、ルイズはこれからどう言えばいいのかとっさにはわからなかった。わが身を省みずに、こんなに勇敢に行動できるのに、なぜたった一歩の勇気が出てこないのか。

 バードンとテロチルスは艦隊の抵抗を意に介さず、スズメバチがミツバチの巣を食い破るように、口ばしを突き立てては獲物を捕らえていく。

 

 今や、艦隊は前後から二大怪獣の攻撃を受けて、ほんの数分しか経っていないというのに半数近くの船が何らかのダメージを受けて、しかも相手にはなんら有効な反撃を打てていない。このままでは、十分と待たずして艦隊全ての人間が怪鳥の胃袋に納まってしまうだろう。

「給炭艦『ラングレー』に大火災発生、炎上しつつ墜落していきます!!」

 今度は、大量の石炭を積載していた輸送船『ラングレー』がバードンの火炎の餌食となって沈んでいった。バードンとテロチルスは先を争うように、焼けて食べやすくなった肉をついばんでいく。次は自分たちがああなる番だと、艦隊の誰もが痛感していた。

 それでも、あきらめの悪い人間はまだ存在している。まだどうにか被害を免れている『ダンケルク』では、檻の鍵をぶち壊して、キュルケとタバサがシルフィードを解放していた。

「いよっし! これでなんとか脱出の足は確保できたわね。さっそく出しましょう」

「待って、今飛び出たら餌食にされる」

 タバサの見るところ、あの二体の怪鳥の飛行速度はシルフィードを大幅に上回る。タイミングを見計らわないとむざむざエサにされるだけだ。けれど、待っていて結局船と運命を共にしたのでは話にならない。

「それにしても、この船の船長は何を考えてるのかしら、このままアルビオンにまで無事に向かえると思ってるの?」

 キュルケは、先程から艦隊がまったく進路を変える様子がないことをいぶかしんでいた。すでに、巡洋艦が一隻撃沈されているのだ。トリステインの領空に戻って援軍なり救援なりを要請するほうが、はるかに確実だし、撃ち落されても下が海か陸地かでは生存率は比べるべくもない。

「ようし、あたしはブリッジに進路を変えるよう要請してくるから、タバサはみんなを脱出できるように準備してて」

「うん……シルフィード、動いちゃだめ」

 二人は、きゅーいと不安そうに鳴くシルフィードを残して、ブリッジと船室のほうに別れた。

 けれど、実はブリッジではすでに進路を変えるか維持するかで激論が繰り広げられていたのだ。

 

「すぐに引き返すべきです!」

「だめだ、このまま進むんだ!」

 ブリッジの舵輪を前にして、トリステインへの退避を主張する船長に、あくまでアルビオンを目指そうとするワルドが杖を突きつけて、反転を阻んでいた。

「この艦隊の戦力では、あの怪物たちに太刀打ちできません。一時転進して戦力を整え、後日にかけるべきです」

 船長の言い分はもっともで、船員たちのほとんどがうなづいている。しかし、杖を構えた貴族に逆らうことはできずに、心の中で船長にエールを送るしかできない。けれど、正論が正論として認められることは、体裁や面子の前には非常にまれであることを彼らは知っていて、貴族というものはそれらの塊であった。

「いかん、アルビオンへの大使たるものがわずかばかりの危険を恐れて引き返したとあっては後世の笑いものになるだけだろう。ここはなんとしてでも進むのだ」

「それでは、名誉のためにここでこの船も沈めと……」

「ふっ、いや、この艦隊の使命は我々を無事にアルビオンまで送り届けることにある。我々さえ無事に目的地にたどり着ければ彼らは大変な名誉を得られるのだ。なあに、この船はゲルマニア製の最新鋭船だ。頑丈さには定評がある。そう簡単には沈みはすまい。それに、あの二頭がいかに大食いでも、十隻も食い尽くせば満足して帰るだろうよ」

 悠然と、笑みさえ浮かべて宣言するワルドに船員たちは絶句した。彼は、自分たちがアルビオンに行く、それだけのために艦隊全てを犠牲にしようとしている。舵輪を握っていた操舵士は歯を震わせて、この舵輪を思いっきり回したい欲求にかられたが、ワルドに杖を向けられては手を上げるしかなかった。

「私は進めと言ったんだ。貴族に同じことを二回言わせる気かね?」

 哀れな操舵士は、平民にはどうしようもない魔法の行使に、ただ震えるしかなかった。だが、見せしめにワルドが呪文を唱えようとしたとき、それまで話を見守って、どちらにも賛成も反対もしていなかったミシェルが彼の杖の前に、自分の剣をさえぎるようにかざした。

「なんのまねだい? ミス・ミシェル」

「そのへんにしておけ、武器なき者を脅すために始祖は魔法を貴族に遣わしたとは、寡聞にして聞かんのだがな」

「ふっ、聞き分けの悪い平民を矯正するのも貴族の責務だよ。そういえば、貴官も平民だったかねえ」

 明らかな恐喝ととれる台詞に、普通の平民ならば縮み上がって許しを請うだろう。しかし、ミシェルは平然とその眼光を跳ね返し、同等以上の不遜さを漂わせて言い返した。

「面白い。しかし我ら銃士隊の戦歴において、スクウェアやトライアングルクラスとのメイジとの戦いがなかったとでも思うか。自信があるならよーく狙って呪文を唱えてみるがいい、外せば次の瞬間私の刃は貴様の喉か心臓をえぐっているだろうよ」

 それは過信でもハッタリでもなく、正統な自信であった。ワルドも、戦えば少なくとも無傷では済まないとの判断にいたり、表面上は紳士をつくろって杖を下げた。

「ミス・ミシェル、なぜこのような無意味な行為をする? 我らは共に同じ使命を受けた同志ではないか」

「勘違いするな。私は私の仕事は果たす。しかしそれ以外のことにおいて、貴様に気を使って仲良くする義務はない」

 はっきりと、貴様は嫌いだと言われたに等しい台詞をぶつけられ、ワルドの口ひげが震えた。だが、彼がなんらかを発する前に、ブリッジに飛び込んできた赤毛の少女によって、私闘はぎりぎりのところでストップさせられた。

「なにしてらっしゃるの!! このままのんびり遊覧旅行でもしているつもり、早く船をまわしなさいよ」

「ミス・ツェルプストー、ルイズの友人だったね。けれど、我々はトリステインの大使、そして今このタイミングを逃してしまえばアルビオン王家と、戦闘が始まる前に同盟を結ぶことができなくなる。引き返すわけにはいかないのだよ」

 キュルケは戦慄した。いくら重い使命を担っているとはいえ、すでに三隻もが撃沈されてしまい、到着までまだ半日はあるというのに、どう考えてもまともではない。

「巡洋艦『レイガナーズ』撃沈!!」

 そうしているうちにも、新たな犠牲が出た。テロチルスの体当たりをまともに受けた『レイガナーズ』は全長百メイルの船体を真っ二つにされ、くの時に折れ曲がって沈んでいく。乗員たちは、風石である程度浮くことのできる救命ボートで脱出しているが、テロチルスは反転して襲い掛かってくる。このまま食われるならせめてもと、自ら飛び降りて海面にまっさかさまに落ちていく者たちの姿を見て、さしものキュルケも視線をそらした。

 さらに、ワルドは護衛艦が全部沈められても、この船さえ生き残ればよいと言ったが、当然テロチルスやバードンが選り好みをしてくれるはずがない。『ダンケルク』号の右舷船底部にバードンの体当たりが命中して、激震をこの大型船に与えた。

「ひ、被害を報告せよ!!」

 船長は、この状況にあっても自らの責務から目をそらそうとはしていなかった。それが、彼の生存するための唯一の道だったとしても、その責任感には素直に賞賛を送ってもよいだろう。だが、伝声管を通じて各所の船員たちからあがってきた報告は、この勇敢な船長に死を覚悟させるに十分なものだった。 

「右舷厨房に火災発生! 食料庫に延焼が広がっています」

「貯水槽に亀裂発生! 消火用水が足りません」

「第八から第三十の三等船室が損傷、気密が破れています。三等船室の乗客を上部階に避難させる許可をください」

「船内劇場と教会でインテリアに多数の乗客が押しつぶされています。応援頼みます」

「副操舵室圧壊! 内火艇格納庫損傷」

「第三艦橋大破!!」

「右舷の風石の貯蔵庫が破られました。このままでは高度を維持できません」

 被害は甚大だった。確かにゲルマニア製の頑丈な船体はなんとか攻撃に耐えて見せたが、特に、風石の貯蔵庫が破壊されたのは痛い。このままでは高度を維持できずに墜落は免れない。キュルケや船員達はそれみたことかと非難げにワルドを睨みつけているが、ワルドは事も無げに言ってのけた。

「足りないぶんの風石は僕が補おう。僕は風のスクウェアだ」

 舌打ちのコンサートが無音でブリッジを流れた。しかし、どうあれワルドに足りない分の風石を補ってもらわなくては、魚雷を食らったに等しい損傷を受けたこの船が無事に着水できたとしても、すぐに沈没して鳥のえさからサメのえさに変わるだけだ。

「ちっ……船長、わたくしは火のトライアングルですわ。何かお役に立てることはなくって?」

「おお、ありがたい。それでは火災の消火をお願いいたします」

「ええ、火のメイジは燃やすだけだと言われますが、言うことを聞かない火を操るのも火のメイジの仕事。おまかせくださいませ」

 もはや脱出は不可能だとみたキュルケは、視点を変えて沈み往く船をなんとか助けようと、ブリッジを駆け下りようとして、ミシェルに止められた。

「待て、ミス・ツェルプストー、私も協力しよう。ミスタ・ワルド、さぼって沈めるなよ」

 駆け下りる階段の先からは、すでに煙の匂いが鼻をついてくる。キュルケはこれまで手足のように操ってきた火が、自らの敵となって立ちはだかってきていることを覚悟せざるを得なかった。

 

 

 『ダンケルク』号の受けた損害は、上甲板をも当たり前に揺さぶり、そこにいた者を例外なく甲板に叩きつけ、少なからぬ痛みを味わわせていた。

「サイト、あんたちょっと生きてるの!? ねえ」

 けれどルイズはそのほとんどを受けることなく、無事に立っていることができた。才人が、彼女に危機が迫るたびにその身を抱えて、自らクッションとなったからである。ただし、その代償に全身を強打した彼はまともに呼吸することができずに、喉からかすれた音を出すだけで精一杯の状態になっていた。

「この馬鹿、あんたってやつは、どうしていつもこう……」

 他人の危機には後先考えずに飛び込んでいくくせに、自分のこととなると適当なのか、これほど主人に心配をかけさせる使い魔はほかにいるまい。毎度助けられるこっちの身にもなれと、ルイズはせめてその手を握ってやることくらいしかできなかった。

 だが、燃え盛る船団と、その炎に焼かれる人々を救うためには、ここで寝ているわけにはいかない。残酷なようだが、無理矢理にでも才人を立たせて戦わせるしかないのか。けれどそのとき、才人とルイズの心に、エースの声が響いてきた。

(ルイズくん、才人くん)

(っ、エース……)

 二人は、まだ変身していない状態ながらも、エースと同化しているときの精神がつながった擬似感覚を共有して、エースと向かい合った。

(才人くん、君の心に宿った恐怖心は、私にもよくわかる。バードンに倒されたタロウやゾフィー兄さんが、銀十字軍のメディカルルームに運び込まれてきたときには、私もぞっとした)

 それまでのウルトラマンの戦いにおいても、ウルトラマンがゼットンにカラータイマーを破壊されたときや、疲労が溜まりすぎて体を壊しかけたセブンの例はあるが、ここまで徹底的に息の根を止められたことはない。治療にあたったウルトラの母も、あと少しで本当に死ぬところだったと言っていたのだ。

 ルイズも、エースの記憶からボロボロに傷ついたタロウやゾフィーの姿をかいま見て、バードンの底知れない恐ろしさを感じざるをえなかった。

(だがそれでも、タロウは地球で自分を信じて待ち続けてくれていた人々のために、迷わずに地球に戻っていった。君は、そんなタロウの姿にあこがれてきたんじゃないか?)

(はい……)

 それでも、才人は恐怖を振り切ることはできなかった。あのタロウやゾフィーをも倒した大怪獣を相手にして、果たして勝てるのか? 死を恐れないなどと知った風な口は利かない。怖いものは怖いし、死にたくなどない。

 だが、才人にもエースがそれ以上言いたいことはわかっていた。勝てるかどうかというのは問題ではない。今、みんなを守れるのは自分たちしかいないのだ。

 けれど、苦悩する才人を救ったのは、意外にもルイズの穏やかな声だった。

(なら、わたしがあんたについていてあげる。あんたが怖くないように、わたしがずっとそばにいてあげる)

(ルイズ……)

(ふん! だらしない使い魔を守ってあげるのも主人の務めよ。それに、さっきあんたはわたしを守ってくれた。借りは、返すわよ)

 いつものようにつれない態度をとってはいたものの、ルイズはいつも才人からもらってきたものを、少しでも返したいと思っていた。かつては自分のことだけしか見えてなかった彼女にも、誰かのために何かをしてやりたいと思う心、それは少しずつ受け継がれ、そして芽生えていっていた。

(エース、俺、頑張ってみるよ)

 まだ正直怖い。だけども直接心を通じて伝わってくるルイズの叱咤と激励の意思が、才人にひとかけらの勇気を与えてくれた。

(わかった。ルイズくん、才人くんを頼む。そして、君たち二人で私を支えてくれ。さあ、ゆくぞ!!)

 

「ウルトラ・ターッチ!!」

 心と体を一つにつなぎ、光となった二人は『ダンケルク』の甲板から天空へと飛び立ち、舞い降りてきたときには銀色に輝く光の戦士、ウルトラマンAへと変身していた。

 

「デャァ!!」

 直上から急降下してきたエースのキックが、調子に乗って悠然と飛んでいたバードンの背中に直撃し、背骨の関節を逆方向にひねりあげる。さらに勢いそのままにテロチルスにまでぶっつけて、二匹の怪鳥をきりもみさせて打ち落とした。

 

「ウルトラマンAだ!!」

「万歳! これで助かった」

 もはや死を覚悟していた艦隊の乗組員達も、エースの勇姿と、悲鳴をあげながら墜落していくバードンとテロチルスを見て喝采をあげる。しかし、こいつらはこの程度でまいるような弱い怪獣ではない。きりもみを海面寸前で止めると、そのまま巨大な翼を羽ばたかせて揚力を得て、まるでロケットのように猛烈に急上昇をかけながらエースに逆襲をかけてきた。

「シャッ!」

 はじめにバードンの、次にテロチルスの口ばしを突き立てた突進をかわし、エースはさらに反転して向かってこようとする二匹を見据える。そう、かつてタロウやジャックが同じく経験したように。

(サイト……大丈夫?)

(ああ……)

 エースの視界を通して、野太い鳴き声をあげながら向かってくるバードンの姿を見ながら、才人は沸きあがってくる恐怖心と必死に戦っていた。正直、まだ怖い、けれどルイズがそばにいて支えてくれる。女の子の前でこれ以上みっともない格好ができるかと、それが才人をギリギリ支えていた。

(みんな頑張ってるんだ、俺だけ負けられるか! エース、バードンの口ばしには猛毒がある。絶対にあれには刺されるな!!)

 トラウマを乗り越えるため、才人は心の声を張り上げた。バードンの口ばしの毒の威力はすさまじく、一撃でメビウスは戦闘不能にされ、連続で受けたタロウやゾフィーは絶命にまで追い込まれている。エースは才人の助言に従い、腕を伸ばして飛行体勢に入る。

 

 ウルトラマンエースvsバードン&テロチルス、超音速の空中戦が始まった!!

 

(後ろから来るわよ!)

 飛行するエースの後ろから、食事を邪魔されて怒り狂うバードンとテロチルスが、音速を超える速さで襲い掛かってくる。二匹とも凶暴性では折り紙付きだ。こうなったらエースを倒すまで、けっして追撃が止むことはあるまい。だが、艦隊を守るためにはそのほうが都合がいい。

 追いすがりながら火炎を吹き付けてくるバードンの攻撃を右旋回してかわす。さらに別方向から甲高い声をあげながら軟降下攻撃を仕掛けてくるテロチルスの体当たりを、さらに上回る加速で振り切って、艦隊から引き離していく。

「信じられない。なんという速さだ」

 艦隊の将兵たちは、ハルケギニア最速の風竜すら遠く及ばない高速で飛ぶ二羽の怪鳥と、それすら引き離す勢いで飛ぶエースの飛行能力のすさまじさに、感心することさえ忘れて見入っていた。

 そう、エースの空中飛行能力はマッハ二十と、ウルトラマンタロウと並んで兄弟最速を誇る。相手が鳥でも、この速度があるならひけをとりはしない。

「デャッ!」

 間合いを十分とったエースは振り返り、先頭で向かってくるテロチルスに対して、右手から手裏剣を投げつけるように、小型の光弾を放った!!

『スラッシュ光線!!』

 テロチルスの真っ赤な頭部で爆発が起こり、その進撃スピードがやや鈍る。しかし、テロチルスはウルトラマンジャックのスペシウム光線の二連打を浴びても平然と飛行していたほどに頑強な体を誇る。この程度では少々の足止め程度にしかならない。

(しぶといな)

 テロチルスが反撃にと、鼻の穴から発射してきた矢じり型の小型光線をかわし、エースはさらに突進してくるバードンをやり過ごしながら、この二大怪獣の攻略方法を探していた。エースの飛行速度はこの二頭を上回るが、敵も高機動を誇る以上、小技の光線は当たってもメタリウム光線などの大技はかわされてしまう可能性が大きい。第一、仮に当たったとしても撃墜できるとは限らない。

(サイト、あんたの世界じゃどうやってあいつらを倒したの?)

(ああ、それなんだが……)

 才人は、いつものように怪獣の攻略法をうまく説明することができなかった。なぜなら、初代テロチルス、初代バードンはどちらも正攻法ではなく、ウルトラマンジャックの空中からのきりもみ落とし、ウルトラマンタロウのキングブレスレットを使った分身かく乱戦法・ミラクル作戦で、地上に激突させられて倒されている。要するに、ここは海上、その手は使えない。落としてもまた飛び上がってくるだけである。さらにいえば、メビウスと戦った二代目バードンは、GUYSの狙撃によって毒袋を撃ち抜かれて弱体化した後にメビュームシュートを受けて倒されているが、この高速機動戦で毒袋を正確に攻撃するなどとはいくらエースでも不可能だ。

(つまりは、過去の戦訓はあまり役に立たない。新しく考えるしかないってことだな)

(ごめんエース、役に立てなくて)

(その言葉はまだ早いな。君は、私や兄弟たちの戦いをずっと見てきたんだろう? だったら、相手をよく見てそれからアドバイスをくれ)

 エースは火炎を吐きかけてくるバードンの攻撃をかわし、襲い掛かってくるテロチルスを逆に頭を踏みつけて飛び上がる。そして距離をとってエネルギーを溜め、両手を突き出して赤色のエネルギーの矢を放った!!

『レッドアロー!!』

 赤色光弾がバードンの背中に命中し、その飛行がわずかに緩む。体の頑強さではバードンはテロチルスより劣り、ゾフィーのZ光線でもそれなりにダメージを与えられている。

(いよっし、効いてるわよ。このままいけるんじゃない?)

(いや……やっぱりこれじゃあまり……)

 ルイズは正直に喜んでいたが、レッドアローではやはり致命傷とまではいかない。連射すれば別かもしれないけれど、いくらなんでもエースのエネルギーが持たない。スタミナではこの二頭のほうがエースより断然上回るのだ。上昇旋回して口ばしを突きたてようと背面飛行で向かってくるテロチルスを、エースはなんとか身を捩じらせて受け止める。

「デャァァッ!!」

 悲鳴を上げて暴れるテロチルスの首筋を掴んで勢いを利用し、そのままバードンの方向へと投げつけた。一万八千トンと三万三千トンがぶつかり合って、雷鳴のような空中衝突の轟音が虚空をはさんで艦隊にまで響き渡る。

 

「なんて戦いだ……」

 遠巻きから見守る将兵たちには、まるで流星が飛び回って戦っているかのようにさえ見える。あの二体の怪獣は艦隊を襲うときはまるで本気ではなかったのだ。

 また、船底を破壊されて甲板まで避難してきた『ダンケルク』の客の中から、ロングビルはアイを守りながらじっと戦いを見守っていた。

「ウルトラマンA……必ず、勝って」

 もしエースが敗北するようなことがあれば、この艦隊の全員はおろか、アルビオンで待っているあの子にも二度と会えなくなる。見守ることしかできないこの身がはがゆいが、せめて勝利を祈ろう。

 

 けれど、長引く戦いは確実にエースから力を削り、消耗は焦りを呼びつつあった。

 空中衝突したバードンとテロチルスは互いに怒り、バードンはその口ばしを開いて火炎を、テロチルスは銀色の糸を相手に向かって吐きかけ、空中で爆発を起こして爆風が両者を吹き飛ばす。だが、その爆炎の中から平然と飛び出てきたテロチルス、そしてバードンの凶悪な姿を見て、才人の心に恐怖が蘇る。

(ひっ!)

(サイト、しゃきっとしなさいよ)

 ルイズに叱咤され、才人は勇気を振り絞ってバードンの眼光に対抗しようとする。

「ヘヤァッ!!」

 その才人の勇気に応えて、エースはバードンの突撃に渾身の体当たりをかけるが、やはり空中では向こうに分があり、押し負けてしまう。さらに、よろめいたところにテロチルスが光線を撃ってきて、なんとかそれはかわしたものの、とうとう長期戦が響いてカラータイマーが鳴り始めた。

(まずいな、エース、大丈夫か!?)

(正直きつい。少しでも奴らの動きが止まってくれれば、大技を撃ち込んでやれるんだが)

 一匹に集中しようとすれば、もう一匹に後ろから狙われる。大技は振りが大きいために、この二対一の状態では使いづらい。才人はここでなんとかせねばと恐怖と戦いながら、必死で知恵をしぼった。

 空中ではやはり鳥には勝てない、鳥を飛べなくするには……そうだ!!

(エース、上昇だ。とにかく高く飛んでくれ!!)

(……なに? わかった!)

 エースは才人の言葉の意味を図りかねたが、その言葉を信じて飛んだ。

「ショワッチ!!」

 二匹に背を向けて急上昇をかけていく。当然二匹も逃がすまいと、けたたましく鳴きながら垂直上昇で追いかけてきた。あっという間に雲を突きぬけ、さらに高く高く昇っていく。

 高度八千、一万、一万五千、二匹の怪鳥はその強靭な翼でレシプロ機の飛べる限界高度さえ突破し、執念深く追撃してくる。しかし、高度二万を突破したところで二匹は突然失速した。まるで、太陽に近づきすぎたイカロスのように、それまで空気抵抗など存在しないように轟然と大気を掻き分けていた翼は、いくら羽ばたかせても虚空を切るだけとなり、慣性での上昇力がなくなった後、重力に逆らえずに自由落下を始めたのだ。

(やった、いくら速くても鳥は鳥だ、宇宙までは飛べはしないぜ!)

 そうだ、確かにバードンとテロチルスは比類なき飛行能力を誇るが、風を切って飛んでいることには変わりない。ならばその切る風のない場所、空気の限りなく薄まる高高度におびき寄せれば飛べなくなる。

(いまだ、決めろエース!!)

「デヤッ!!」

 虚しく翼を羽ばたかせ、背中から墜落していく二匹の巨鳥、今しかチャンスはない。エースは落ちていくテロチルスを見下ろし、腕を胸の前でクロスさせてエネルギーを溜めると、両腕を上下に勢いよく開き、その指先を結んだ間から巨大な三日月形の光の刃を撃ち出した!!

 

『バーチカル・ギロチン!!』

 

 光の刃は沈み行く月のように落下し、逃れることも許さぬまま、テロチルスの左の翼の付け根を寸断した!!

(やったわ!!)

 翼を失った鳥など、泳げない魚に等しい。自らの庭である空に生存を拒絶され、テロチルスは残った片翼でもがきながら、これまで見下ろすだけだった海原の底の深遠の闇へと悲鳴を上げながら落ちていった。

 残るはバードン一匹。だが、エネルギーを大量消費するギロチン技はもう使えない。

(かくなる上は、地獄まで付き合ってもらうぞバードン!!)

(ちょっ、どうする気!?)

 ルイズがエースの意図を図りかねて叫ぶ。だが、今は説明している暇はないと、エースは自らも急降下の体勢に入ると、重力のままに一気に下降してバードンの背後に回りこむと、背中から羽交い絞めにして直角で全速落下していった。

(……っ!)

 翼を押さえ込まれて飛べないバードンは、首を回してエースを口ばしで突っつこうと激しく暴れる。猛毒の口ばしがエースの顔のすぐそばをかすめ、間近で見る才人の恐怖を蘇らせるが、彼は必死でそれに耐えた。

 高度が上昇しているとき以上の速さで下がり、一万二千、八千とみるみるうちに雲を突き抜け、青い海原が迫ってくる。やがて絡み合ったまま両者は煙を噴き上げている艦隊のそばを通り過ぎた。

「うわあっ!?」

 すさまじい風圧が甲板にいた人間を襲い、彼らは目を開けた後に、海面に立ち上る高さ数百メイルに及ぶとてつもない高さの水柱を見たのだ。

「ウルトラマン……まさか、怪獣を道連れにする気なのか……」

 誰かが呆然とつぶやいたその視線の先で、海面は激しく泡立つだけでその下の光景を見通すことはできない。

 しかし、エースは死なばもろともなどと考えてはいない。この世界、そして未来に守るべき大勢の星と人々のために、ここで倒れるわけにはいかないのだ。

 

 深度百、二百、バードンを抱えたままエースはどんどん深海へと潜っていく。あっという間に太陽の日差しも届かなくなり、暗黒の世界を進む中で、カラータイマーの輝きだけが激しく明滅する。だが、どれだけ深海に潜ろうともバードンは強靭な生命力を発揮して、なおも束縛を振り払おうと暴れるのをやめない。

 このままでは、バードンが溺れ死ぬより先にエースのエネルギーが尽きてしまう。二人が、あと何十秒と持たないそのタイムリミットに恐れを抱いたとき、暗黒の海底に真紅の光芒が満ちてきた。

 

 海底火山だ。

 

(深海一千メートルの水圧と、灼熱のマグマ……ともに味わってもらうぞバードン!!)

(ええーっ!!)

(そんな無茶な!!)

 ここにきて、さしものルイズと才人もエースのあんまりにも無茶な作戦に完全に度肝を抜かれてしまった。

 が、忘れては困るがエースは地球人、北斗星司でもある。パン屋のトラックでベロクロンに突っ込んだり、アリブンタの蟻地獄に飛び込んだりと、無茶な戦法は昔からだ。

 そして、悲鳴を上げる二人といっしょに、エースはバードンを抱えたまま海底に真赤な裂け目を開いた火口に飛び込んだ。かつて、マザロン人を追って富士の火口に飛び込んだとき、ルナチクスを追って地球のマグマ層に突入したときのように、地獄の釜の底へ……やがて、どちらかの命を飲み込んだ業火は、その歓喜を表すかのようにその身を震わせて、数万トンの水圧のヴェールも破り捨てる爆裂を生んで、海面に白銀の大爆発を発生させた!!

 

「どっちが勝ったんだ……」

 水柱が収まった後で、海面から立ち上る黒煙の柱を見下ろしながら、艦隊に残った人々は、ただその目で見ることのできなかった戦いの結末がどうなったのかを、固唾を呑んで待った。けれど、海面には何も現れない。

「まさか……」

 次第に後方に遠ざかっていく噴煙を望みながら、人々は最悪の結果を思い浮かべた。

 だが、そのとき白波立つ海原から猛々しく飛び立った銀色の勇姿を見て、全艦からいっせいに歓声が立ち昇った。

 

 ウルトラマンAは、水しぶきの銀色の粉をまといつつ、天高く飛び上がっていく。

(勝った……)

(生きてるのよね……)

 才人とルイズは、太陽の光を目指しながら、生きているということの喜びをしみじみと味わっていた。自分たちもけっこう無茶をするかなと思っていたが、すぐそばに上には上がいた。さすが元TACは伊達ではない。

(どうだ才人君、まだ怖いかい?)

(あ……)

 言われてみれば、いつの間にか胸のうちから湧いていた震えが消えている。エース、北斗は以前多くの子供たちと接し、導いてきたときのように才人に無邪気な笑いを向けた。

(君は、自分自身で恐怖の根源と戦って倒したんだ。もう、あんな奴を恐れる必要はどこにもないさ)

(ああ、もう大丈夫だ、おっしゃあーっ!!)

 トラウマを乗り越えて、自信に溢れた声で答える才人を、ルイズは呆れたように、ほんとに頼りになるのかならないのか、よくわからない使い魔ねぇ、と見守りながら笑っていた。

 見れば、損傷を受けた艦隊もほとんど消火を完了させて、沈む気配のあるものはない。半数を失いながらも、艦隊はかろうじてその命脈を保っていた。

「ショワッチ!!」

 悪魔の去って平和を取り戻した空を、ウルトラマンAは飛び去っていった。

 

 

 客船『ダンケルク』も中破状態であったが、なんとか乗客に死者も出ずに飛び続けている。甲板上にはクルーや乗客たちが詰めかけ、エースの勝利と生き残ったことへの感謝を込めて、万歳三唱が続いていた。もちろんロングビルもアイもそこにいる。

 船内からは、シエスタたちほかの乗客、体中すすけたキュルケとタバサ、汗を拭きながらミシェルも出てきて喜びの輪に加わっていく。

 

 

 けれど、そんななかで唯一陰鬱な場所が同じ船の場所にあった。

「船長、副操舵室の応急修理が終わりました。いらしてくださいませんか?」

「わかった、すぐ行く……では子爵、私はこれで」

 戦闘のさなかに屋根を飛ばされて、舵輪も壊れたブリッジから、船長が逃げ出すように立ち去っていった。残ったのは、風魔法を使い続けているワルドのみ。ほかのクルーたちもあまりの居心地の悪さに、すでにそれぞれ理由をつけていなくなっていた。

「ふん、平民どもはこれだから、誰のおかげで生きていられると思っている」

 誰のせいで艦隊がこれほどの被害をこうむったかについては一切触れずに、ワルドは傲慢そうに無人のブリッジで鼻を鳴らした。もちろん、彼の心中には必死になって艦隊を守った大勢のクルーや、犠牲になった人々のことは一グラムも存在しない。

「まあいい、それよりも俺はついている。今アルビオンに行きそこなうわけにはいかんからな……ふふふ、天は俺に味方している」

 アルビオンで自分がなすべき役目と、それによって与えられる自分の輝かしい未来を想像して、ワルドは幻想に酔い、さらなる未来に黒い夢をはせた。けれど、彼の喉にひっかかるような哄笑が誰をはばからずに響き渡る中、彼の背後から湿度を感じるような陰気な声が流れた。

「そうだな、確かにお前はついている」

 突然無人のはずのブリッジに響いた声に、ワルドはとっさに振り向いた。が、そこには誰の姿も見つからずに、彼は空耳かとそれを忘却の沼地に投げ捨てた。

 だが、それは空耳ではなかったのだ。ワルドが楽しげに未来図を構築するなか、部屋の影に溶け込むように存在していた黒衣の老人が不気味な笑顔を彼に向け、やがて本当に影の中に溶けて消えていったのだ。

 

 

 様々な思いが交錯するなか、生き残った艦隊はよろめくように進んでいく。ここまで来たら、もう引き返す道はない。そして、見張り員の叫びが全艦に響き渡ったとき、彼らはこの旅が終焉に近づいてきたことを知った。

「アルビオンが見えたぞーっ!!」

 才人、ルイズたちがいっせいに船首に駆けつけ、その先に広がる雄大な光景に息を呑んだ。

 大洋の上をさまよう巨大な、あまりにも巨大な大陸がそこにあった。緑に包まれてそびえ立つ山脈、大河は大陸の端から流れ落ちて、そのまま霧となり雲となって大陸を包み込む。地球では、こんな光景はまずお目にかかれないだろう。ベル星人が作った擬似空間の異次元の島、ウルトラ警備隊基地を狙った時限爆弾島も、この光景に比べれば可愛いものだ。

「あれが、白の国、アルビオン……」

 白い雲の上に浮かぶ浮遊大陸アルビオンが、その巨大な姿をはるかに浮かべて彼らをじっと待っていた。

 だが、その美しい大陸にかつてない脅威が迫っていることに、今気づく者は誰一人いない。

 

 

 続く


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