ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第55話  大怪鳥空中戦!! (前編)

 第55話

 大怪鳥空中戦!! (前編)

 

 始祖怪鳥 テロチルス 登場!

 

 

 長い夜が明けて、翌日、一行は帰りにまた必ず立ち寄ることを約束し、タルブ村を旅立った。

 

 

 ラ・ロシェールはタルブ村から三時間ほどかけて山を越えたところにある港町だった。人口はおよそ三百人ほど、街としての規模では大きなものではないが、港町だということで、常にその十倍以上はある人数でにぎわっている。

 だけれど、ここにたどり着いたときに才人が得た感想はそういうことではなかった。

「山の中にある港町なんて、初めて見たぜ」

 見渡す限り、町の周囲は切り立った山肌で覆われていて、海の姿などはどこにも見えない。それもそのはず、ここは風石によって浮遊する空中船のための港であり、古代の世界樹と呼ばれていたらしい数百メートルはある巨大な枯れ木を桟橋代わりにした、役割としては空港に近いものだったからだ。

 一時期は、アルビオン王党派とレコン・キスタの戦争で出港数が減っていたが、今はまた行き来する回数も増えて町は非常なにぎわいを見せている。一行は、そんな活気のある街中を潜り抜け、港湾事務所でちょうどこれから出航する予定の客船の切符を七人分買った。

「家族割りとか団体割引とかありゃいいんだけどな」

 料金は一人当たり四十エキュー、全員合わせて二百八十エキューで、才人のぶんはルイズが、アイのぶんはロングビルが出した。シエスタのぶんは旅行中の貴族三人の世話代としてルイズ、キュルケ、タバサが少しずつ持っていたのだが、片道だけでのこの料金の高額さに、いいかげんこちらの世界の金銭感覚も身についてきていた才人は、どうにも居心地の悪さを感じていた。ちなみに、平民の一年間の生活費は平均百二十エキューほどである。

「なに? その家族ワリとか団体ワリビキとかって?」

 平然とした様子で金貨で支払いをしていたルイズが、聞きなれない単語を聞きつけてたずねてきた。

「家族でとか、一定以上の人数で買い物をすると料金が安くなるシステムのことさ。他にも、特定の曜日とか、ある数字のつく日には安売りをするってサービスもあったな」

 旅行会社のCMや、スーパーやレンタルビデオのポイント制など、地球では客寄せのために様々なシステムがちまたにあふれていた。だが一方のハルケギニアではまだ経済そのものが未成熟なようで、同じものでも店によって金額が大幅に違ったり、法外な値段がまかり通っていたりとけっこう苦労したものだったが、どうやら上級貴族のご令嬢であるルイズにはよく伝わらなかったようだった。

「へーえ、で、それがなんなの?」

「なんなのって……そりゃお前、どうせ買うなら安いほうがいいだろ。そういうシステムがあれば、もっと安く船に乗れるのにって思ったんだが」

「はーあ、平民はこれだからね。いいこと、貴族はそんなさもしいことはしないで、常に最高のものを求めるの。わずかばかりのお金にこだわるなんて、ほんと恥ずかしいったらないわ」

 胸を張って、貴族のあるべき姿というやつを講釈するルイズだったが、才人は大きくため息をついただけで肯定も否定もしなかった。いや、返事をする気も失せていたというほうが正解だろう。わずかばかりの金だと偉そうに言うが、それだけあれば何日食っていけるか。

 そういえば、前にギーシュの家は戦場で見栄を張って目立つために、いまや借金まみれで成り上がりのクルデンホルフに頭が上がらないと聞いたことがあった気がするが、なるほど実例が目の前にいるとよくわかる。しかも、こちらは後ろ盾の財源がギーシュなどに比べて莫大であるために、金と湯水の区別がついていない上に悪意がないのでなお性質が悪い。

 けれど、才人が返事をしないのを肯定だと受け取ったのか、ルイズはさらに自信を増して、傲然といえるほどに居丈高に才人に命令してきた。

「いいこと、あんたもこのわたしの使い魔なら、そんなつまらないことは考えないで、もっと優雅にふるまうことでも考えていなさい」

 どうも久しぶりに、ルイズにはじめて会ったとき以来の胸のむかつきが蘇ってくるのを才人は感じていた。

 価値観がまったく違うゆえのすれ違いはこれまでもあった。ただしルイズなりの譲れない矜持に関わるものには才人もある程度の理解を示せていたが、こればかりは一パーセントも同調できない。

「なによ、なんか文句があるの?」

 本人には自覚はなくても、貴族の傲慢さをそのまま表に出して命じてくるルイズに対して、才人は言い返そうか、それとも形だけは従って要領よく済ませようかと考えた。だが、彼と同じように顔をしかめているロングビルとシエスタの顔が目に入って意を決した。

「優雅、ね。別に、お前がどうふるまおうと勝手だけど、その金はお前が汗水垂らして稼いだ金じゃないだろ。それで優雅な生活をしようなんて、ねえ」

「……っ! な、なによ。わたしがわたしのお小遣いでどうしようと当然のことでしょ」

「ああ、そりゃお前のお父さんやお母さんが頑張って領地の人たちのために働いて、収めてもらった税金だろ。お前の両親が使うなら当然だけど、お前何もしてないじゃん」

「……っ!」

 ルイズは何も言い返せずに沈黙した。効果的な反論など、できるはずもなかった。才人としても、洗濯やら掃除やらの雑用をこなして毎日を食わせてもらっている身分だから、今のルイズに対して遠慮する気はまったくなく、的確にルイズの急所を射抜く言葉を放っていった。

「もし、お前のお母さんに、働かずに優雅な生活をしたい、とか言ったらなんて言われるかね」

 それが、とどめになった。特に深く考えなくても、あのカリーヌにそんなことを言えば、どういう反応が返ってくるかは目に見えているからだ。ルイズは悔しさと恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めて、脂汗を流してうなだれている。

 けれど、才人はまだ言いたいことはあったけれど、それ以上ネチネチ言うのはやめておいた。説教など柄ではないし、今回はとりあえずルイズに、まだ自分が両親の背中に背負われていて、乳母車の上からドレスを着てパーティーに出ようとしていることを思い知らせれば十分だった。シエスタとロングビルもすっきりしたようだし、逆ギレされても面倒なので、ざまあみろ程度で引き下がっておこう。

 けれども、そう思った矢先にルイズはいきなり自分の財布を全額才人に押し付けてきた。当然才人は何をするんだと押し返そうとするが、ルイズは強引に財布を押し付けて怒鳴った。

「その財布は、あんたが持ってなさい!! あたしが持ってると、その……無駄遣いしちゃうから……だけど! 勘違いするんじゃないわよ! 万一にも帰りの旅費が無くなっちゃわないように、それまで、預けとくだけだから。あんたを信頼して渡すとか、そういうんじゃないからね!!」

「……了解」

 財布をパーカーの内ポケットにしまいこみ、才人はそれっきりそっぽを向いてしまったルイズを見て苦笑した。

 まったく、理解力は充分に備わっているはずなのに、表現が不器用だったらない。だがそれでも、お金の大事さを少しでも理解してくれたならそれでいい。なお、キュルケも未だに親に食わせてもらっている身分には違いないので、今回ばかりは他人事とは思えずに、化粧する回数を減らそうかなとひそかに考えていた。

 

 

 その後、一行はのんびりとレリアに用意してもらったブドウジュースなどを飲みながら乗船時間を待っていた。さすがブドウが特産だというタルブの自家製で、甘い味とひんやりした飲み心地が夏の熱気をやわらげてくれて、時間がゆっくりと過ぎていく。

 やがて、一行は馬車ごと荷役用のドラゴンを使ったコンベアで空中を運ばれて、一隻の大型客船に収容された。

「でっかい船だなあ」

 才人は乗り込んだ大型船の甲板を見渡して感嘆とした。姿かたちこそ中世的なガレオン型の帆船だが、全長百五十メイル、全幅二十メイル、四本マストの威容は自分がボトルシップの中に紛れ込んでしまったように思える。

「ふふーん、それは当然よ。この『ダンケルク』はトリステインの誇る最大の豪華客船だもの! 本当ならあんたみたいな平民は、最下層の船底でネズミ退治しながらでもやっと乗れるかどうかってとこなのよ」

 ルイズの鼻高々な自慢話も今回は素直に聞けてしまう。無駄なく作りこまれた船体構造と、美しく飾り付けられた装飾や、船首の女神像などはド素人の才人でもかっこいいとしか表現できない。収容能力も乗客を馬車ごと積み込めることから、いわゆるカーフェリーの機能も有していると見え、さらにシルフィードなどの大型使い魔も世話する施設もある。なんとまあファンタジーの世界もたいしたものではないか。

 が、そうして才人の尊敬する眼差しを気持ちよさそうに受け止めていたルイズを、キュルケの一言がしたたかに打ちのめした。

「そりゃ当然よ。だってこの船は元々ゲルマニアで建造された客船『シャルンホルスト』をトリステインが買い取ったものですもの、出来がいいのは当然よ」

「な、なんですって……?」

「あら? 知らなかったの、冷静に考えてごらんなさいよ。トリステインにこんな大船を建造できる技術があるはずないじゃない。入れ物だけもらって飾り立てはしたみたいだけど、やっぱ素材がよくないとねえ」

 ルイズの機嫌が目に見えて悪くなっていくのを、才人はペギラのせいで凍り付いていく東京の風景のように見て、ここで爆発でも起こされて退船を命じられては大変と、話題を変えることにした。

「まあまあ、ところでロングビルさん、俺達の船室は?」

「あっ、それならデッキ下の二等船室を三部屋取ってありますから、お好きなときにお休みになってください」

 しかし、それがなおルイズの機嫌を悪くすることになった。

「二等船室? わたし達は中流貴族なんかじゃないのよ、なんで一等船室をとらなかったのよ」

 ラ・ヴァリエールのルイズは、当然一等船室が与えられるものと思っていたが、それと比べるとかなり風格の落ちる二等船室には我慢できないようだった。さっきのことがあったばかりだが、やはり身についた習慣はそう簡単には変われないようだ。 

 もっとも、二等でも一流ホテル並みの様式はあるし、料金も平民が数ヶ月は遊んで暮らせるだけはあるのだが……

「はぁ、それが実は一等船室は全部貸切状態でして、申し訳ありません」

「貸切? このご時世にどこの金持ちだか知らないけど豪勢なものね」

 自分のことはすっかり棚に上げてえらそうに弾劾するルイズの姿を、キュルケやシエスタなどはおかしそうに見ていた。ところが、急にその一等船室のあるマスト直下のトップデッキから聞きなれた声がして、一同はそろって振り返った。

 

「ん? 聞きなれた声がすると思えば、ラ・ヴァリエール嬢にサイトではないか」

「おお、本当だ。おーい、ルイズ、ぼくのルイズ!」

 

 そこにいた、青髪の女騎士と、口ひげを生やした長身の貴族を見て才人とルイズは目を丸くした。

「ミシェルさん」

「ワルドさま!」

 なんと、ここでこの二人と会うとは思っていなかった一行は、お互いに顔をつき合わせて驚きあった。

 話を聞いてみたら、先日話したアルビオンへの特使としてこれから王党派の元へと向かう途中だという。一行は、そういえばそんなことを言っていたなと思ったものの、まさか同じ船に乗り合わせるとは予想外だった。

「また会いましたねミシェルさん、お元気でしたか」

「おかげさまでな、今じゃ銃士隊は入隊希望者続出で大忙しさ。どうだ、お前も入ってみる気になったか」

 すでに気心の知れた仲である二人は、王女の魔法学院来訪以来の再会を素直に喜び合っていた。だが、その一方でルイズとワルドは。

「ワルドさま、少しおやつれになりましたか?」

「ああ……あの怪獣との戦い以来、君のお母様が教官についてくれてね。【『烈風』カリンの短期修行コース・初級編】というのをやらされていて、連日オーク鬼の巣に放り込まれたり、素手でコボルドと戦わされたり、目隠しして弓矢や魔法を避けさせられたりと。しかもそれが精々基礎体力作りだっていうんだから、せっかくの一等船室でも疲れがなかなかとれないよ」

 肉がげっそりと落ちたワルドの姿を見て、一行は『烈風』カリンは現在でも絶好調だと確信した。今頃は残ったグリフォン隊の隊員たちがしごかれているだろう。『烈風』、いまだ衰えず。

 こうして、思いもかけない再会を果たした一行を乗せた『ダンケルク』号はラ・ロシュールを出航した。

 目指すはまだ見ぬ北の国。

 帆を揚げろ! 取り舵一五度! とぉーりかーじぃ!! 船乗り達の勇壮な叫びが青空に吸い込まれていく。そこで待つものは何か?

 

 

 速度を上げて、浮遊大陸アルビオンのある北の空に飛び去っていく『ダンケルク』号の姿は、遠くタルブ村からも一望できていた。

「行きましたわね。私たちの子供達が……」

 村はずれの、ガンクルセイダーを収めた寺院のそばの墓地から、レリアは娘の乗っているであろう船を見送っていた。この墓地には、彼女の祖父、佐々木が今は眠っている。そこへ、木陰から青いローブをまとって姿を隠した長身の人物が現れた。

「すまなかったなレリア、面倒な役目を押し付けてしまって」

「いいえ、ようやくずっと話したくて話したくてうずうずしていたことをしゃべれたんですもの、楽しかったですわ。けど、あなたの娘にくらいはご自分でお話すればよかったのではなくて?」

 レリアに、誰もいませんよと呼びかけられると、その人物はローブのフードを脱いで、長く伸びた桃色のブロンドの髪を頭の後ろでまとめて、鋭いながらも今は穏やかな光をたたえた素顔をさらした。

「こんな恥ずかしいこと、面と向かって言えるわけがあるまい。それに、子供に甘い顔は見せられん」

「あらあ、娘が宮廷に上がるときには始終使い魔をそばで見張らせて、魔法学院に入学してからも、うちに来るたびに心配だ、心配だとうわごとのように言っていた人が甘くないですって?」

「うっ……ぜ、絶対にそのことはあの子には言ってはいかぬぞ」

「あらあら、最近の貴族様は、人にものを頼むときの態度もご理解してはいらっしゃらないのかしら? それなら、軽薄な平民のお口はかるーくなってしまうかもしれませんわね」

 思いっきりにこやかに、しかし目だけは全然笑っていない作り笑顔をレリアに向けられて、彼女はシエスタに胸の大きさでやり込められたときのルイズのような表情を一瞬浮かべると、仕方なさげに、いないはずの人の目を改めて確認して頭を下げた。

「お願いします。このことはどうか内密にしてくださいませ」

「よろしい。よくできました」

 もし、誰かがこの光景を見ていたとしたら、自らの目を疑ったことは疑いようもないだろう。それほどに、今一平民に頭を下げている人物の一般的なイメージは強烈なのだ。

 けれど、貴族に思いっきり卑屈な態度をとらせたことで、いたずらにも充分満足したレリアは再び空のかなたの船に目を向けると、感慨深げにつぶやいた。

「それにしても、二日前に急にあなたがここにいらして、突然娘がそちらに行くから、あのときのことを話してやれと言ってきたときには驚きましたよ。なにか、あったんですか?」

「……お前も薄々は気づいているだろう。今、この国は……いや、ハルケギニアは激動の時代を迎えようとしている。ヤプールの襲来以来、凶暴化する亜人たち、どこからともなく現れる異形の者たち」

「ええ、まるで三十年前のときのように、この世界中がなろうとしているのかもしれません」

 国を問わずに巨大な怪物が現れ、侵略者の手先が跳梁跋扈する。すでに、このタルブ村もコボルドの群れに襲われ、平穏な場所ではなくなっている今、レリアにも時代の変化は十二分に感じられていた。

「そんななか、私の娘が召喚した使い魔が、ササキやアスカと同じ黒い目と髪を持つ少年だったことは、もはや単なる運命のいたずらとは思えない。これから、あの子の存在がこの世界の存亡に関わってくると思ったのは、考えすぎだろうか」

「いいえ、私も、あの少年がガンクルセイダーを簡単に動かしたときは、アスカさんが戻ってきたのかと思いましたもの。そこに、また私の娘も関わってくるなんて、よほど縁があるんでしょうね」

「だからな、あの子たちが運命に飲み込まれてしまう前に、私から託せるものは全部与えてやりたいと思うのだ」

「親バカですわね」

「お互いにな」

 顔を見合わせて微笑みあう二人の顔は、貴族でも平民でも、ましてや戦士でも農婦でもない、ただの母親の顔だった。

 やがて、彼女たちの血を分けた子供たちを乗せた船は、ゆっくりと遠くの山のかなたへとその姿を消していく。その旅路の先に、何が待っているのかは神ならぬ彼女たちには知りようもない。しかし、一人の人の親として願うのは、ただ無事に帰ってきてくれということだけ。

 そして、空の果てへと消えていく船影を最後に望み、二人は静かにつぶやいた。

「娘をよろしく頼みますよ、異世界の少年……今度は、我らの子供たちが往く……」

 

 …………

 

 けれども、当の異世界の少年は、そんな母親たちの期待とは裏腹に、おのぼりさん全開で豪華客船『ダンケルク』号の乗り心地を楽しんでいた。

「いやあ、いい眺めだなあ」

 当初乗船料金の高さに遠慮していたが、いざ乗ってみると甲板から下界を眺める風景はまさに絶景だった。昔修学旅行で九州へ行ったときに乗ったジャンボから見た風景とはまた別の趣がある。そんな彼の隣には、ミシェルが並んで手すりに腕を置き、常は見せない穏やかな顔をしていた。

「はっはっは、田舎者まるだしだぞサイト、もっとしゃきんとしろ。仮にも公爵令嬢の使い魔だろう」

「いんですよ、そんなもの。使い魔はしゃあないとしても、俺は奴隷でも下男でもないんだから」

 実際、才人はルイズに仕えてはいるけれど、今では才人もルイズに保護されているということを自覚している。そのおかげで、二人の関係は初期のいがみあったものから、今では表面上はともかく二人の信頼関係は相当なものといっていいだろう。

「ふむ、しかし平民のお前が貴族たちばかりの中で、よくそんなに自由にしていられるな」

「そうでもないよ。ま、最初は大変だったけど、付き合ってみたら貴族の中にもいい奴はいっぱいいるし、王女様も優しい人だし、今じゃトリステインもけっこういい国だと思ってるよ」

「そうか、トリステインがいい国か……」

 なぜか自分の国がほめられたというのに、ミシェルは表情にかげりを浮かべていた。才人はそれを、船酔いでもしたのかなと気楽に思っていたが、彼女は遠くの空を寂しげに眺めながら、軽く息をついて語りだした。

「なあサイト……私は今でこそ銃士隊の副隊長なんて職務を預かっているが、数年前まではそれはひどい暮らしをしていてな。それこそ、生きるためにはなんでもやったものさ」

 じっと、才人はミシェルの昔話に耳を傾けた。

「幼い頃に、それなりに裕福だった実家が没落して、後は天涯孤独。父の昔の友人が後見人になってくれるまでは、それこそ今日を生きるのが精一杯だった」

「……」

 ぽつりぽつりと、懐かしさとは程遠い思い出を語るミシェルに、才人はなぐさめの言葉をかけはしなかった。このハルケギニアでは、そのぐらいの境遇は珍しくないし、彼女もそれを求めてはいないとわかっていたからだ。

「人買いの元を転々としたこともあったし、売られた屋敷から着の身着のままで逃げ出したこともある。盗みも騙しも殺しも、あのころの私は人間ですらなかった」

 アイの境遇と似ているなと、才人は心の中で二人を重ね合わせた。両親を失ったアイは幸いにも、ミラクル星人やロングビルという引き取り手にめぐり合えたが、全体からすればほんの一部なのだろう。

「それで、今になって思うことがあるんだ。こんな悪党がのさばり、平気で安穏とすごし続ける国とは、いったいなんなんだろうって」

「でも、お姫様はそんな国を変えようとしていますよ」

 才人は政治のことはよくわからないが、先日魔法学院でアンリエッタが見せた手腕だけでも、彼女が非凡な才覚の持ち主だということはわかる。

「ああ、確かにこの国は変わりつつある。けれど、いつまでも姫様が統治していられるというわけでもあるまい。今アルビオンで反乱を起こしているレコン・キスタというのは、王族に寄らずして、政治をおこなう改革をハルケギニア全土に広め、エルフから聖地を奪還することを目指しているそうだ。私は立場上、彼らと戦わねばならないが、王権から脱した新しい政治体制には興味を引かれなくもない……お前はどう思う?」

 そう言われては、政治に興味がなくても返答しなければならない。正直、社会科の成績はあまりよくなかったけれど、あごに手を当てて考える仕草を数秒見せた後、才人は自分なりの考えを披露した。

「……少なくとも、トリステインには必要ないんじゃないかな」

「なぜだ?」

「俺も、ルイズからざっと聞いたことがあるけど、レコン・キスタって言ってみれば、『王様になりたい奴ら連合軍』だろ。聖地がどうたらこうたら以外には、別段これといった改革も聞きゃしないし、第一平民のほとんどはそんなこと望んでないよ」

 国民の中に現体制への不平不満を持つ者はそれはいる。しかし、それは地球でもどこの国でも同じであり、日本、アメリカ、ヨーロッパ、孤児もこじきもなく政権に不満を持たれない国家など存在しない。

 才人が比較対象にしたのは、中学の授業で出たフランス革命だったが、重税に耐えかねた民衆が自発的に起こした革命とは明らかに様相が違う。それに、無理に共和制にしなくても、地球にだってまだ王国は数多く残っている。

「そんな、単なる王様のとっかえっこごっこをしたところで、今よりよくなるとは思えないしね。むしろ、能力があれば平民でもどんどん取り入れられていくっていう、ゲルマニアのほうがいいんじゃないか?」

 それは才人の率直な意見だった。今あるものが悪いからといって、新しいものがそれよりよいものだという保証などはどこにもなく、それは願望という色眼鏡をかけて見える虚像に過ぎない。

「だが、アンリエッタ姫の退位後、また政治が乱れたらどうする?」

「そんときは、あらためて革命だのなんだの起こせばいい。どっちみち、いいことでも押し付けられたことは、定着しやしないよ」

 他者から押し付けられた秩序には必ず反発が来る。仮に、宇宙から地球人よりはるかに優れた宇宙人がやってきて、「愚かな人間を、我らが統治して永遠の平和と完璧な秩序を与えてやろう」と、言ってきたとして、それはすばらしいと諸手を上げて受け入れるだろうか? 答えは簡単、余計なお世話と言うだけだ。たとえ善意でも、押し付けではそれは侵略と変わりない。明治維新、アメリカ独立など、どれもきっかけは外圧だが、当事者たちが自発的に起こした結果である。

「で、俺の結論だけど、今のトリステインに革命は必要ない。少なくとも当分は」

「それでも、今のトリステインには自らの利権ばかりを求める薄汚い奴らが大勢いる。お前はそれらをなんとかしたいとは思わないのか?」

「そりゃ、俺も嫌いな奴はいるよ。けど、毛虫がついたからって木を切り倒しては、若木を植えなおしても実が生るまですごい年月が必要になる。面倒でも、ついた虫を駆除していかないと、やってくる小鳥まで迷惑する。木を植えなおすのは、木自体が老いて倒れたときでいい」

 我ながら下手な比喩だと思うが、ミシェルの言う国を手術して一気に治す方法に対して、才人は投薬やリハビリで長期的に治す方法を提示してみせた。だがそれ以上に、才人はハルケギニアを手術しようとしているというレコン・キスタという医者が信用できなかった。国を食いつぶす寄生虫を追い出したとしても、後に戦争好きのガン細胞が住み着いては迷惑この上ない。

 才人は言いたいことをしゃべり終わると、彼にその問題を出した相手の顔をのぞき見た。ところが、その顔色が彼女の髪の色にも似て青白く見えて、自分がとんでもなく愚かなことをしゃべったのではと急に不安になって、慌てて説明を求めた。

「あの、俺なんか変なこと言いましたか?」

 すると、ミシェルは残念そうに目じりを落とし、作り笑顔で答えた。

「いや、お前も貴族に虐げられている身分だから、反王制の革命を望んでいるかと思ったのだがな。正直、私にとっても色々と考えさせられることがあって、有意義な話だった。だが、お前は平民のくせにずいぶんと博識だな、その歳でもう政治評論ができるとは」

「まあ、俺の国じゃ誰でも一応は学校に行けたから、それくらいはね」

 そこだけは誇らしげに才人は語った。

「なるほど、お前はずいぶんと住みよい国にいたみたいだな」

「そうでもないさ」

 それも、才人にとって偽らざる本心だった。住めば都というわけではないが、地球を懐かしいとは思っても、トリステインに比べて天国だったなどとは思わない。どちらも所詮人間が集まったものである以上、地球にだって自然破壊やすさんだ人間の心など、問題は数多い。 

「それよりも、なんでそんな話を俺に?」

「……そうだな、そういえばなぜだろう?」

「はぁ?」

 ミシェルが本気で不思議そうに首をひねるので、逆に才人のほうが面食らってしまった。

「強いて言えば、これから重大事に臨むにあたって、誰か信頼できる人物に愚痴を聞いてもらいたかった……サイト、お前だからかな」

「えっ!?」

 そのとき、気恥ずかしげに微笑んだミシェルの顔が、やけに可愛らしく見えたので、才人は思わず息を呑んで、その顔を失礼にもしげしげと見回した。

 でも、彼の心臓が下手なダンスを踊りだすころには、彼女はすでにいつもの人を寄せ付けない孤独な表情に戻って、空の果てに視線を差し向けていた。

 気のせいだよな……才人は意味もなく高鳴った鼓動を抑えながら、一瞬持ち上がった考えをありえないと脳内のダストシュートに放り込んだ。ミシェルの見る空の先には、いったい何があるのだろうか……アルビオンは、まだ影も形も見えない。

 

 そこへ風魔法を使った船内放送が流れてきた。

 

"ただ今より、トリステイン・ゲルマニア・アルビオン連合護衛艦隊が合流します。一般のお客様方につきましては、航海の安全を保障するものですので、どうかご安心ください"

 

 甲板から身を乗り出して見ると、『ダンケルク』に追いつくように、多数の砲門を構えた戦闘用帆船が何隻も追走してくる。

「なんだあ? あの艦隊は」

「なんだ、知らないのか? このところ、アルビオン航路の船が何隻も消息を絶つ事件が相次いでいてな。戦争に便乗した空賊の仕業とする説が強くて、こうして厳重に防備しているというわけさ。なにせ、乗せているものは我々だけでなくて、王党派への膨大な物資もある。同盟締結を望むゲルマニアも念を入れて艦艇を派遣してきているくらいだ、見ろ」

 ミシェルの指差した先には、中型の船体に外からでもよくわかるくらいに大きな砲を無理に取り付けた、ややアンバランスな印象を受ける艦が二隻飛行しており、彼女はそれらも合わせて艦隊の概要をざっと説明してくれた。

 まず、前述の二隻はゲルマニアの砲艦『メッテルニヒ』『タレーラン』といい、小型でありながらその火力は戦列艦に匹敵するという。

 別のほうを見渡せば、護衛艦隊にはトリステイン空軍の四隻の巡洋艦が見える。また、その後ろには戦列艦並の船体の艦首から中央にかけてだけ砲門を揃え、艦尾側には竜騎士を搭載するスペースを備えた奇妙な艦がいた。それは、今度実戦配備されることになる新鋭の『竜母艦』という艦種の実験艦で、無理矢理艦種を定めるならば『戦列竜母艦』とでもいうべき代物であった。その、恐らく最初で最後の一隻になるであろう孤高の、『ガリアデス』が巨影を浮かべ、さらにその艦隊先頭には、アルビオン王国が今回の使節への礼として送り込んできた大型戦艦『リバティー』がその堂々たる威容を浮かべている。

 これらの艦隊が『ダンケルク』号をはじめ、貨物船『マリー・ガラント』『ワールウィンド』『ラングレー』を囲んで堂々たる輪形陣を組んでいた。

「大艦隊だな」

 単純に感想を述べた才人は、漠然とだが、この同盟にトリステインや他の国がどれだけ注目しているかを感じた。もしこの同盟が正式に締結できればレコン・キスタに対して各国連合軍は圧倒的な戦力で挑むことができるが、万一失敗すれば、孤軍で戦っている王党派に対してレコン・キスタにも勝ち目が出て、アルビオンが制圧されてしまう恐れがある。

「まあ、これだけの護衛がついていれば空賊など恐れるに足るまい。安心しておけ」

「ああ」

 特に考えもなく答えた才人だったが、その言葉ほどには安心してはいなかった。何か根拠があったわけではないが、何かこの先から漂ってくる風にはいい感じがしない。杞憂であればよいのだが……

 

 

 しかし、悪い予感というものは往々にしてよく当たり、それは空賊などという生半可なものではなかった。

「敵襲ーっ!!」

 陸地から洋上へ艦隊が出たとたん、けたたましい鐘の音とともに響いてきた凶報。才人たちは船室からメインデッキに駆け上り、そこで護衛艦隊の砲火を悠然とかわしながら飛んでいる巨大な鳥の姿を見た。

「巡洋艦『トロンプ』大破! 墜落していきます!」

 その巨鳥の体当たりを受けて、船体の半分を失って沈んでいく帆走巡洋艦の姿を、一行は呆然と見つめた。そいつは、あの『烈風』カリンのラルゲユウスにも匹敵する巨体を持ち、真っ赤な頭と鋭いくちばしを持った姿は、伝説のロック鳥を思わせる。そんな悪夢のような存在が今、甲高い鳴き声をあげながら、撃沈した船の乗組員をついばんでいた。

「始祖怪鳥、テロチルス……多発する遭難の原因はこいつだったのか!?」

 巡洋艦を体当たりで沈めながら、かすり傷ひとつ負わずに飛び続ける巨影を間近に見て、才人はこれなら空賊のほうが百倍よかったと、会った事もない空賊たちに何で来てくれなかったのかと理不尽な怒りを向けた。

 かつて帰ってきたウルトラマンでさえ一度は取り逃がした、白亜紀に生息していた凶暴な肉食の翼竜……空中戦においては絶大な戦闘力を誇り、MATの主力戦闘機マットアローもまったく歯が立たなかった。ましてや、球形の砲弾を撃ちだすしかできないこの艦隊の火力など考えるにも及ばない。

「サイト!」

「ああ、テロチルス相手じゃこの艦隊の武装じゃ歯がたたねえ!」

 見ると、テロチルスは艦隊の砲撃を意に介さずに、悠然と艦隊の前面に回りこもうとしている。戦艦『リバティー』が大口径砲での攻撃をかけているが、テロチルスは新マンのスペシウム光線さえ跳ね返した相手だ。そんなもので撃墜できるはずがない。戦列竜母艦『ガリアデス』からも竜騎士が緊急発進しているものの、速度が違いすぎて追いつくことさえできず、逆に追い詰められてぺろりと平らげられてしまう始末だ。

 今、この艦隊を全滅から救えるのは自分達しかいないと、才人とルイズは無言で視線を合わせた。しかし、そうしているうちにもテロチルスの攻撃は続く。

 

"上甲板のお客様! 危険ですからすみやかに船内へご避難ください、大丈夫です。本船は強力な護衛艦隊が防御しています。必ずや敵を撃退してくれますので、どうか落ち着いてご避難ください!"

 

 ぜんぜん大丈夫ではない。才人はそういえば昔見た何かの映画でも、絶対大丈夫とかえらそうなことをぬかしていた割には、あっさり空賊に用心棒を撃ち落されて拿捕された豪華客船があったなと思い出した。 

 しかし、確かに上甲板にいても振り落とされる危険がある。ここは洋上、貴族なら落ちても『フライ』で助かるかもしれないが、陸地まで精神力が持つまい。ただし、こちらには別に方法がある。

「タバサ、シルフィードを放しましょう!」

「急ごう」

 タバサとキュルケは、急いでシルフィードを解放しようと、使い魔用の檻のほうへと走っていった。残った面々のうち、ロングビルとシエスタはすでにアイを連れて船室へ避難していき、才人とルイズは船内への扉の前まで行ったところでUターンして、舷側に走りよった。

「リバティーが、燃えてる……」

 テロチルスの攻撃の前には、巨大飛行帆船もまったくの無力だった。これまで堂々たる威容を見せていた巨大戦艦は、まだ沈んではいないものの、マストの一本をへし折られ、左舷から砲弾の炸薬の引火によるものと思われる黒煙を噴出している。

 さらに、奴はリバティーに体当たりをして離れる際に、またその巨大なくちばしに、何人もの白い水兵服の人間をくわえていた。

「野郎……もう許しちゃおかねえ!」

 必死に手を振りながらテロチルスののどの奥に消えていった人影を見て、ついに才人の怒りも頂点に達した。

「ルイズ、いいよな!」

「ええ、ここでこの船が沈められたら、ハルケギニア全体が戦禍に飲み込まれる危険もあるわ。行きましょう!」

 そのとき、二人の思いに呼応するように、二人のその手のウルトラリングも輝いた。艦隊前面で再襲撃の機会を狙っているテロチルスを見据え、その手を上げて、同時に振り下ろす!

 

「ウルトラ・ターッ……!?」

「きゃあっ!?」

 

 だが、二人の手のひらが重なりかけた瞬間だった。突如二人を強烈な爆風と衝撃波が襲い、二人は甲板に叩きつけられてしまった。

「ぐぅぅ……大丈夫かルイズ?」

「なんとかね……それよりも、今のは?」

 才人の手を借りて立ち上がったルイズは、船尾方向から真っ赤な光が『ダンケルク』を照らしてくるのを見た。

"弾薬輸送船マリー・ガラント、爆沈!!"

 何が起きたのか理解できなかった二人に、明確な答えを与えたのは、右舷にいた砲艦『メッテルニヒ』から流れてきた放送だった。艦隊の最後尾にいた輸送船、王党派に渡す予定だった大量の火薬を積んでいた『マリー・ガラント』号は、その全身から火炎を吹き上げながら、目的地を海底へと変えてまっ逆さまに墜落していく。あれでは、生存者は誰もいるまい。

 しかし、二人は燃え盛る『マリー・ガラント』を見て思った。

「なんで!? 怪獣は正面にいるのに」

「まさか……」

 そうだ、艦隊の真正面にいるテロチルスが、最後尾にいた『マリー・ガラント』を攻撃できるはずがない。そして、才人の悪い予感は再び最悪の形で実現することになった。燃え盛る『マリー・ガラント』の断末魔の炎の中から、テロチルスのものとは違う野太い鳴き声が『ダンケルク』をはじめとする全艦に響き渡ったのだ。

「おい……」

 才人は、その声に聞き覚えがあった。忘れもしない、ウルトラマンメビウスが地球に来てあまり経たないころ、テレビのニュースでは、三十三年ぶりに噴火を始めた大熊山のことが報道されていた。はじめこそ、単なる火山噴火のニュースかと思われていたのだが……

「うそだろ……」

 黒煙の中から、その巨体を現す黒い影、真っ赤なとさかと槍のようなくちばし、その下に垂れ下がった毒袋。輸送船を一撃の体当たりで撃沈させ、なおも恐ろしげな鳴き声とともに飛翔を続ける極彩色の巨鳥。

 

【挿絵表示】

 

 かつて、二人のウルトラマンを死に追いやった恐るべき空の悪魔が、今そこにいた。

 

 

 続く


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