ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第53話  『烈風』カリンの知られざる伝説  ダイナよ再び

 第53話

 『烈風』カリンの知られざる伝説

 ダイナよ再び

 

 吸血怪獣 ギマイラ

 人間怪獣 ラブラス

 ウルトラマンダイナ 登場!

 

 

「ジュワァ!!」

 天に立ち上がった光の中から、勇気に溢れたその巨身に、力の赤と奇跡の青を見にまとい、銀色の巨人が立ち上がる。

 人が前を向き、果て無き空へと進もうとするとき、宇宙に潜んだ無数の悪意が襲い来る。

 だが、人間がどうしようもない困難に直面し、それでもあきらめないとき、光は必ず現れる。

 いざゆけアスカ!!

 ティガから受け継がれた使命とともに、リーフラッシャーを掲げて今こそ変身!!

 君の名は、ウルトラマンダイナ!!

 

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「デヤッ!」

 ギマイラの前に立ちふさがったダイナの先制のパンチがギマイラのボディに炸裂する。さらに、顔面に向かって右フック、左アッパー! そこへすかさずストレートキック! 

 ダイナの戦い方は常に真っ向勝負、小細工などなしで怪獣に正面から立ち向かっていく!

 そして奴の首を掴んで、力づくで投げ飛ばし、タルブの草原に背中から叩きつけた。

 

 地響きがとどろき、遅れてやってきた振動が佐々木とカリーヌの足元を揺さぶる。

「ウルトラマン……この世界にもいたのか」

 佐々木は、ギマイラ相手に一歩も引かない戦いを演じるウルトラマンの姿に、感慨深げにつぶやいた。

 姿形は彼の知るウルトラ兄弟たちをはじめとしたウルトラマンの誰とも似ていない。だが、その顔つきや、何より胸の中央に青く輝くカラータイマーはウルトラマン以外の何者でもない。

「あの巨人は、我々の味方なのか?」

 当然、ウルトラマンのことなど知らないカリーヌは佐々木に問いかける。はじめて初代ウルトラマンの姿を見たときの科学特捜隊のように、その目には純粋な驚きが宿っていた。

「ああ、私の故郷で言い伝えられてきた光の国からの平和の使者、本当に存在したんだな」

 佐々木にとっても、GUYS隊員として映像資料でウルトラ兄弟の姿を見たことはあっても、実際に本物のウルトラマンを見るのは初めてだ。だが、こうして間近で見てみると、その圧倒的な存在感がひしひしと伝わってくる。

 ただ、佐々木もこの三十年ハルケギニアで生きてきたが、ウルトラマンやそれに類する話はまったく聞いたことがない。聡明なカリーヌにしてもそれは同様で、いったい、あのウルトラマンはどこから来たのだろう? アスカが言っていたティガやダイナという別次元の地球のウルトラマンは……と思ったところで、彼らは墜落していったアスカのことを思い出した。

「あっ、そういえばアスカくんは!?」

「向こうに墜落していったが、大丈夫か?」

 撃墜されたガンクルセイダーの墜落していった方向を見て、二人はとりあえず火柱や煙があがっていないのを見てほっとした。被弾して撃ち落されたけれど、損傷は翼端のみであったのが幸いした。それだけなら、彼の技量なら不時着は難しくはないだろう。安否は気になるものの、本当に危なければ射出座席で脱出することもできるはず、今はとにかく怪獣とウルトラマンのことが先決だ。

 

 

 むろん、そうしているうちにもダイナとギマイラの戦いは続いている。

 先制攻撃でダメージを与えたとはいっても、ギマイラも簡単にノックアウトするようなやわな怪獣ではない。まだ余裕を持ってダイナの前に立ち、その口からあの恐るべき猛毒と破壊を合わせ持つ白い霧を吐き出してきた。

「シャッ!」

 だがダイナは殺虫スプレーのように向かってくるそれを、サイドステップで軽々とかわした。まるで一塁ベースからの盗塁のような素早さだ。

 そして、守備の後は攻撃をする番だ。ダイナが手のひらを合わせると、そこに青白い光を放つ光弾が作り出され、次の瞬間一気にそれを押し出した!

『フラッシュ光弾!!』

 エネルギー弾は見事にギマイラの胴体に命中、激しく火花を散らして巨体を揺さぶる。バッターアウトには遠いが、まずはワンストライクといったところだ。

 

「すごい……」

 あのギマイラを圧倒している……佐々木は年甲斐もなく興奮していた。自分たちのウルトラ作戦第一号でギマイラには少なからずダメージがあるはずだが、それでも初代ギマイラと戦った80にもひけをとらないほど強い。

 しかし、形勢不利と見たギマイラは、再びタルブ村を包む霧の中へと逃げこもうと、踵を返して進み始めた。

「まずい、奴を逃がすな!」

 奴のテリトリーに入り込まれては危険だとカリーヌが叫ぶと、まるでそれに答えたようにダイナはギマイラの尾を掴んで引き戻そうとする。

「ヌウァァッ!!」

 渾身の力を込めて尻尾を引っ張られ、ギマイラは自分の巣を目前にして引き戻されていく。ギマイラも、万全の状態であったらダイナを振り切れたかもしれないが、カリーヌに足を集中攻撃された後であるためにふんばりがきかないのだ。

 さらに、ダイナは力を込めてギマイラを引っ張り、奴の体を宙に浮かせて村とは反対方向に放り投げた。

「デャアァッ!!」

 土煙と轟音を立てて、巨体が着地の勢いのままに転がる。しかし、砂塵の中から起き上がってきたギマイラはなおも凶暴なうなり声を上げて立ち上がってくる。

「しぶとい奴だ……」

 やはり奴は並の怪獣ではない。大勢の人の生き血を吸ってエネルギーを蓄えたその体には、すさまじいまでのスタミナが宿っており、ダイナの猛攻もいまだに致命的にはなっていない。

「デヤァッ!!」

 ダイナのかけ声と、ギマイラの咆哮が合図となったように、両者は突進し、また正面から激突した。

 ウルトラキックがギマイラの腹に炸裂すると、おかえしとばかりにギマイラの尻尾が鞭のようにダイナの顔面をひっぱたく。パワーとパワー、闘志と殺意、正義と悪意が猛烈な火花を散らす。

 

 その激闘を、佐々木とカリーヌは手に汗を握って見守っていた。

「ようし、頑張れ!」

 子供の頃に戻ったように、佐々木は声のままにダイナに声援を送る。

 戦闘は一進一退、引き裂くようなギマイラの咆哮と、迎え撃つダイナの技の衝撃が空気を揺さぶる。戦いの様相はほぼ互角、パワーではギマイラが勝るが、スピードと技ではダイナも負けていない。なにより、ギマイラは頭部と足元に打撃を受けていて機敏に動けないのが効いている。

 だが、このまま戦い続けていけばダイナが優勢だというところで、ギマイラがその裂けた口を大きく開き、タルブ村の方向へ向かって大きく吼えた。

「なんだ?」

「……佐々木、油断するな。来るぞ!」

 霧に向かって、杖を向けて身構えたカリーヌの視線の先で霧の表面がうごめき、無数の人影が現れてきた。それは当然、ギマイラに操られている村人とマンティコア隊の面々だ。よく見ると、長い間血を吸われ続けていたせいか、顔が青白く、おぼつかない足取りであるが、確実にダイナとギマイラの戦いへと向かっていく。

「皆が!?」

「大方、人質に使うつもりだろう……止めるぞ、援護しろ!」

 ここで数百人はいる人間に足元に群がられたらダイナは戦えなくなる。どこまでも卑怯な怪獣のやり口に怒りで目じりを吊り上げながら、カリーヌは残り五体の偏在を作り出し、自分も含めて六人で飛び出して、『拘束』の魔法で作り上げた空気のロープで次々に縛り上げていく。マンティコア隊も昨日は元気だったが、今日は昨日の戦いのダメージと、血を吸われて消耗しているせいで『拘束』を振り払うことができずに、体をがんじがらめにされて倒れていく。

「おいおい、手加減してくれよ」

 トライガーショットの射撃精度を上げるロングバレルで人々の手前の地面を撃って足止めをしたり、メイジの持っている杖を狙い撃ちにしながら佐々木はカリーヌに言った。拘束するだけといっても、締め付けがきつければ消耗した体には負担が大きい。

「ちゃんと考えている。お前も中々いい腕だな」

「どういたしまして」

 ほめられはしたものの、自分の家族や友人に銃を向けるのはいい気はしない。これが、ディノゾール戦後のトライガーショットであれば、バリヤフィールドを発生させるメテオールカートリッジ、『キャプチャー・キューブ』が装備されているので一気に閉じ込めることができるが、残念ながら彼のものには基本形式のレッドチェンバーとイエローチェンバーしかない。

 しかし、相手も死に体とはいえメイジである。ゾンビのようによろめきながらも魔法を撃ってくるのには油断できない。それでも、ここで食い止めなくてはウルトラマンが危ない。戦いに背を向けて二人は操られた人々を倒し続けた。

 

 ギマイラはフットワーク軽く戦うダイナについていけずに、自慢のパワーも空回り気味で追い込まれ始めている。

 ダイナはむきになって角を振りかざして向かってくるギマイラからいったん距離をとると、腕を体の前でクロスさせ、鋭い輝きを放つ光球を作り出して放った!

『フラッシュサイクラー!!』

 輝く光のつぶてがギマイラの胴体に炸裂し、巨体が大きく揺さぶられる。まだ致命傷とまではなっていないが、確実に効いている。

 よし、このままなら勝てる。誰が見てもそう思われた光景だったが、ギマイラの目はまだ蛇のような執念深い光を失ってはいなかった。くるりと首をダイナから離して、その方向を地上で戦っているカリーヌに向けると、その長大な一本角を青白く輝かせ、不気味ないなづまのような光線を彼女に、しかも偏在ではなく本物の彼女へ向けて放った! しかし、『拘束』を維持するために精神を集中していたカリーヌは、それに気づくのが一瞬遅れてしまった。

 

「危ない!!」

 

 刹那の瞬間、それに反応できたのは、彼女の偏在ではなく、ずっと彼女を守り続けていた佐々木だけだった。無防備な彼女の背を突き飛ばし、ギマイラの光線の直撃を浴びた佐々木の体に、全身を焼け付くような痛みが襲う。

「ササキ!!」

「よせ、来るな!!」

 体を青いプラズマ状の光に包まれながら、佐々木は必死に駆け寄ってこようとするカリーヌを制し、体がまだ自由になるうちに、全力で彼女から離れるように走った。

「うぉぉっっ……!」

 苦しみの声が途絶えたとき、佐々木の体はおどろおどろしいエネルギーに包まれて、一瞬のうちに膨れ上がったかと思うと、ギマイラより小柄ながら茶色い体表をした身長五十五メートルものアロサウルス型の怪獣へと変化してしまったのだ!!

「ササ……キ?」

 カリーヌは、目の前で起きたことが到底信じられないと、両腕をだらりと下げて呆然とつぶやいた。

 また、ダイナも突然後ろに出現した怪獣に戸惑い、それが人間が変異したものであることを知って愕然とした。

 なんてことだ……この可能性はわかっていたはずなのに。

 ギマイラには、霧を出して人間を操る他にも、全怪獣の中でも特筆して恐るべき能力が備わっている。それが『人間怪獣化能力』。奴の角から発射される光線には人間の体組織を変異させて、巨大怪獣へと変えてしまうという、まさに吸血鬼の牙のような効果がある。かつてもUGMの隊員がこれを受け、人間怪獣ラブラスへと変貌させられてしまったことがある。そしてラブラスへと変えられてしまった者はギマイラの意のままに操られてしまうのだ。

「ササキーッ!!」

 ギマイラの咆哮とともに、佐々木、いやラブラスは苦しみながらも左腕についた巨大なハサミを振りかざしてダイナに向かっていく。カリーヌの叫びももはや届かない。

 また、カリーヌにも残ったマンティコア隊の者たちが襲い掛かってくる。その中には、あのゼッサールもいたが、もはやほとんどゾンビのような姿になって杖を向けてくる。

「おのれぇっ!!」

 がむしゃらに杖を振り、『拘束』を唱える。昨日と同じように、敵の理不尽なまでの能力に無力感が湧いてくるが、佐々木は自分の身代わりとなった。ならば、せめて最初に決めた責務くらい果たさなくては顔向けすらできないではないか。

 

 そして、今やラブラスとなってしまった佐々木は、戦えと頭の中に響いてくるギマイラの咆哮に必死で抵抗していた。体は変異させられてしまったが、心は人間のままである。しかし変異させられてしまった肉体は、彼の意思に反して戦いへと走っていく。

"避けてくれ、ウルトラマン!"

 残酷に残された視覚を通して、佐々木は声にならない声をダイナに向けて放った。もちろんダイナもラブラスが佐々木が変貌させられてしまった怪獣であることは承知しているので、パンチでもって迎え撃つことはしない。

「ヘヤッ!」

 ハサミでつかみかかってくるラブラスを、ダイナは攻撃を受け流す形でそらす。だが、後ろからはギマイラも迫ってきて、否応なくダイナは二対一の不利な戦いを強いられてしまった。

「ダアッ!!」

 突進してくるラブラスを軽いキックで押し返し、ギマイラの吐き出してくる白煙をかろうじてかわす。ギマイラ一体ならダイナの実力なら充分に倒せる。しかしラブラスに背を向けたら、その左手についているダイヤモンドをも切断できるハサミがダイナの首を狙ってくる。

「セヤッ!!」

 柔道の要領で、ダメージが少ないようにラブラスを投げ飛ばしても、それではラブラスはすぐに起き上がってくる。もちろんそうしている間にも、佐々木はなんとかギマイラの咆哮に抗おうともがくが、そう簡単に抵抗できるほどギマイラのコントロール能力は弱くない。耳を押さえて声を聞かないようにしようとしても役に立たない。

 しかも、ギマイラと最初に戦い始めてから時間がかなり過ぎ、ダイナのカラータイマーが点滅を始めた。それを見計らったかのように、ギマイラとラブラスが同時に攻め込んでくる。このままではダイナが危ない。

 だがそのとき、ダイナの額がまばゆく輝いて、その身を光で包み込んだ!!

「ヌゥゥ……ダァァッ!!」

 これは、かつてアリゲラと戦ったときと同じダイナのタイプチェンジ能力、だが今度はあのときのストロングタイプではない。

 光が晴れたとき、そこには全身を空のような青い色に包んだダイナの姿があった!!

 

『ウルトラマンダイナ・ミラクルタイプ!!』

 

 青いダイナは角を振りかざして向かってくるギマイラの突進を、当たる寸前にまで引きつけ、一瞬にしてその背後に回りこんだ!!

「なにっ!?」

 その素早さは、ギマイラやラブラスだけでなく、カリーヌの目さえも捉えることができなかった。

 さらに、ダイナは驚いて振り向こうとするギマイラのさらに後ろに回りこみ、背中にキックを加えて前のめりに倒させる。

 それだけではない。今度は光とともにダイナが姿を消したと思った瞬間、まったく逆の方向に現れたではないか。

「な……なんという速さだ」

 ようやく偏在もあわせて全員の拘束に成功したカリーヌは唖然とつぶやいた。風系統の使い手で、文字通り風を読み、並外れた動体視力を持つカリーヌでも今のダイナの動きは捉えきれない。

『ダイナテレポーテーション』

 そうだ、青いダイナは超能力戦士。いかな環境にも適応し、その動きは目で追うことすら難しい。

 瞬間移動の連続で、ダイナはギマイラを文字通りきりきり舞いさせる。しかし、ミラクルタイプは高いスピードと超能力と引き換えにパワーは落ちるために、頑強なギマイラにダメージを与えることは難しい。それでも、捕らえることもできないスピードでは相手のパワーも役には立たない。

「デヤッ!!」

 ダイナのパンチがギマイラのボディを打ち、ダメージとはいかぬまでにも動きを鈍らせる。

 また、ギマイラがダイナを捉えきれないことによってラブラスへの拘束力も緩んでいると見えて、ダイナを追う動きも低下しているように見える。

 

 今がチャンスだ!! ダイナはギマイラから距離をとり、その手のひらにエネルギーを集中させる。

『レボリュームウェーブ・アタックバージョン!!』

 これはミラクルタイプの必殺技、空間を超衝撃波で歪ませてミニ・ブラックホールを作り出し、敵をそこに突き落とす大技で、当たれば時空のかなたへ追放されて二度と戻ってはこれない。

「ダァァッ……ジャッ!!」

 エネルギー充填を終え、拳を引いた構えをとるダイナはギマイラに狙いを定める。これで発射すれば、奴は次元のかなたへと消滅する。

 だが、ダイナが拳を打ち出そうとしたその瞬間、ギマイラはそのつりあがった蛇のような目をラブラスに向けると、レボリュームウェーブの発射寸前にその体を抱えあげて盾としたではないか! これではラブラス、すなわち佐々木まで巻き込んでしまう。

「ヌウッ!?」

 思わず動きを止めるダイナを、狡猾なギマイラが逃すはずがない。奴の口から先が枝分かれした長い舌が飛び出してダイナの首に絡みついた。

「ウワァァッ!!」

 首に強烈な力で巻きついたギマイラの舌に締め付けられ、ダイナの口から苦しみの声が上がる。

 さらに、ギマイラは巻きついた舌に電流を流して、これでもかとダイナを痛めつけてくるではないか。

「おおのれぇぇ!!」

 卑劣もここに極まれり、カリーヌの怒りも極地を迎える。もとより戦いとは汚く残忍なものだとわかっている。しかし盗賊、謀略、数々見てきたがこいつほど非道な敵はそうはいなかった。

 ギマイラはダイナの首を締め上げたまま、嬲るように電撃を加え続けている。カラータイマーの点滅も速度を増して、活動限界はもはや間近だ。

「ヌワァァッ!」

 苦しむダイナはギマイラの舌を振り払おうとするが、ミラクルタイプではパワーが足りない。それどころか、ギマイラはダイナにとどめを刺さんと、ラブラスに命じてその左腕のハサミをダイナに向けさせてくる。

 ダイナが危ない! 何か、何か手はないのかとカリーヌは必死に考える。すでに百人以上を『拘束』し続けるために力を消費している以上、できることは限られている。ならばいっそ仲間に殺されるのを覚悟で、残りの精神力をすべて怪獣に叩き付けてやろうかと覚悟を決めかけたとき、ひとつの声がカリーヌの動きを止めた。

 

「おじいちゃーん! 怪獣なんかに負けないでーっ!!」

 

 それは、山小屋で待っていたはずのレリアの声だった。見ると、ティリーもあの大きな帽子を押さえながらいっしょに走ってくる。彼女たちは最初遠くから見守っていたが、やはりいてもたってもいられずに次第に近くに寄ってきて、佐々木がやられたのを見るや飛び出してきたのだ。

「お前たち、待っていろと言っただろう!」

 さらに、戻れと言いかけてカリーヌは喉まで出かけたその言葉を飲み込んだ。なんと、孫娘の声に反応するように、ラブラスが振り上げたハサミを押し戻そうともだえている。そのときカリーヌたちは、佐々木が怪獣に変えられても意識はそのままであると気づいた。

「おじいちゃーん、がんばってーっ!」

「ササキさーん!」

 二人が声の限りに叫ぶたびに、ラブラスは、いや佐々木は耳を押さえて必死で自分を操ろうとするギマイラの呪縛と戦ってその歩を戻していく。

 カリーヌはその光景を見て自分の硬直した思考を恥じた。なぜ力で持っての抵抗しか思いつかなかったのかと。そして今また一人だけで戦おうとしていたことを恥じた。戦っているのは自分だけではない。ササキもレリアもティリーも、アスカもともに命を懸けているのだ。

「ササキーっ!! この私を殴った者が、その程度の呪縛に屈するのか!! みんな死力を尽くしているんだ、お前も耐えて見せろ!!」

 カリーヌもまた、喉も裂けんとばかりにラブラスに呼びかける。火の玉でも風の刃でもなく、言葉の弾丸こそが今は最強の武器だった。

 邪悪な力と人間の意思、三人の声がラブラスに残った佐々木の自我を揺さぶり、ギマイラもそれをねじ伏せようと咆哮を放つ。二つが天秤のように佐々木の中で動く。しかし、ギマイラの邪念はなおも強力で、佐々木の意思さえも消し去ろうとしてくる。

 が、そのとき。

 

”じいさん!! あんたの力はそんなもんか!? 世界は違っても、平和のために戦い抜くのが防衛チームの使命だろ!! それがあんたのいたGUYSの誇りなんじゃねえのか!!"

 

 突然、ラブラスの頭の中にアスカの声が響いた。

 そうだ、いかなるときでも怪獣や侵略者の脅威から人々を守るのがGUYSの使命だ。それがセリザワ隊長の教えてくれたGUYSの誇りではないのか!!

 それを思い出したとき、ラブラスのハサミはダイナではなくギマイラの首を一撃していた!

 

「おじいちゃん、すごい!」

「佐々木、さすがだな……」

 完全に自分の意思によってギマイラに立ち向かうラブラスの姿を見て、レリアとカリーヌは思わず笑みを見せた。

 ギマイラはまさかの手下の反逆に驚き、ダイナを締め上げていた舌を戻して、防戦に回っている。

 開放されたダイナは、怪獣のコントロールに打ち勝った佐々木の意思の強さに、地にひざを突きながらも頼もしく見守っていた。

(佐々木のじいさん……あんたはやっぱり、俺の大先輩だぜ)

 テレパシーでたった一言声援を送っただけなのに、あの人は本当にすごい。ダイナ……アスカは老いてなお消えない平和を守る者の誇りをその目に焼き付けた。

 完全に肉体を掌握したラブラスは、エネルギーの尽きかけたダイナを守ってギマイラに立ち向かっていく。だが、ダメージを負っているとはいえギマイラは強く、またラブラスには左手のハサミ以外に武器はないために肉弾戦では不利だ。ギマイラの太い腕がラブラスの頭を殴り飛ばし、とげだらけの尻尾が体を打ち据える。

「だめだ、力量が違いすぎる」

 カリーヌは両者の組み合いから、一瞬でラブラスがいかに奮戦しようとギマイラには勝てないことを悟って慄然とつぶやいた。考えてみれば、あれだけ狡猾で卑劣な奴だ、万一のためにも自分より強い手下を作ることなどはするまい。最初は虚をついて善戦したラブラスも、すぐにギマイラのパワーに押し返されて苦しんでいる。しかも、ダイナも解放はされたものの、ダメージが大きくエネルギーが底を尽きかけている状態で助けに行くことができない。

「ウルトラマン、がんばって!」

 レリアの必死の叫びにダイナは立ち上がろうと体に力を込めようとするが、エネルギー不足のために力が入らず、カラータイマーの点滅はさらに早くなっていく。

 しかし、佐々木の奮闘は別なところで価値を生んだ。ラブラスにコントロールを振り切られてしまって反撃を受けたために、ギマイラの人々へのコントロールも緩み、カリーヌは人々を拘束する負担から解放されたのだ。

 満を持してカリーヌの援護攻撃の呪文が放たれる!

『ライトニング・クラウド!』

 偏在と合わせて六人分の雷撃がギマイラを襲う! しかしギマイラはわずかに体を震わせただけでまるで効いた様子がない。それどころか怒りの矛先をカリーヌたちに向けようとしてくるのを防ぐために、ラブラスが盾になってさらに痛めつけられてしまう始末だ。

「おのれっ化け物め、ドラゴンでも十匹は黒焦げにできる威力なのだぞ!?」

 カリーヌは歯噛みするが、それが怪獣というものなのである。ならば、やはり特攻しかないのかと五体の偏在を体当たりさせようかと考えたとき、彼女の頭の中に強い声が響いた。

 

"空をその雷で撃て!!"

 

「なっ、なに!?」

 驚いて周りを見渡すが、そこにはレリアとティリーが怪訝な顔をしているだけである。それで彼女はその声が自分だけに聞こえたことを知り、話しかけてきた相手が目の前で地に伏している巨人であると気づいた。

「ウルトラマン……私に、呼びかけているのか?」

 その問いかけに、ダイナは答えずに見つめ返してくるだけだ。しかし、そうしているうちにもギマイラはラブラスに、あの破壊性の白色ガスを噴きつけ、弱ったところを嬉々として蹴りつけている。もう迷っている時間はない、残ったわずかな精神力を、怪獣にぶつけるか、それともあの声を信じて空へと撃つか。カリーヌは無意識のうちに頭上を見上げていた。そこには、昨日から続く黒色の分厚い雲が陽光を遮って立ち込めている。

「空へ……そうか、そういうことか! ならば、私の残った力、全部くれてやる!!」

 意を決したカリーヌは、偏在とともに残った全精神力を集中し、一気に天空へと解き放った。

『ライトニング・クラウド!!』

 六条の雷が天へと立ち上がる竜のようにさかのぼっていき、黒雲へと吸い込まれていく。それと同時に五体の偏在も解除され、抜けた力に抗うように脂汗を額に浮かべつつカリーヌは黒雲を見上げた。

「どうだっ?」

 これでまともな攻撃魔法を使う力は全て使い果たした。後は文字通り天にゆだねるのみ。そうだ、真夏の気候が作り出した巨大な積乱雲は氷や水の粒がぶつかり合う気流の巣、そこに雷撃を叩き込んできっかけとすれば、電流は巨大な発電機とでもいう黒雲の中で増幅され……

 

 やがて、本物の雷を生む!!

 

「やった!!」

 雷鳴がとどろき、稲光が黒雲から森へと落ちて炎を吹き上げる。カリーヌの雷撃がスイッチとなり、瞬時にタルブ村周辺は雷の巣となった。

 そして、これを待っていたようにダイナは残った全ての力を振り絞り、天へと向かって両腕を振り上げる!!

「ヌゥゥゥッ……デヤァァッッ!!」

 そのとき、黒雲からダイナへ向かって巨大な雷の矢が何十本と降り注いだ。猛烈なスパークが巨体を包み込み、数万ボルトの電撃が襲い掛かる。

 しかし、電撃はダイナの体を痛めつけるどころか、黒雲からどんどんダイナへ向かって吸い寄せられて、カラータイマーの中へと吸い込まれていくではないか!!

「私の雷撃を、吸収しているのか……?」

 呆然とカリーヌはつぶやいた。ダイナはカリーヌの作り出した巨大な雷の電力を超能力で操って、自らの体に落雷させ、自分のエネルギーに転換していたのだ。

 

『ネイチャーコントロール!!』

 

 天候をも自在に操るダイナの奇跡の力、まるで天が光の戦士に助力しているようだ。

 だが、ギマイラはダイナが力を取り戻しつつあるのを見ると、鼻先に生えた巨大な角を振り立てて突進してきた。今ダイナは完全に無防備だ、これを受けたら……だが、そのとき瀕死のラブラスがダイナの前に盾となって敢然と立ちふさがった!!

「ササキー!!」

「おじいちゃーん!!」

 ギマイラの角がラブラスの腹に突き刺さり、悲痛な叫び声とともに巨体がタルブの草原の上に倒れこむ。

「……っ!」

 ティリーの口から短いうめきが漏れる。

 倒れたラブラスはもう動かず、言葉にもならない悲鳴の中、変貌させられた肉体が微細な光に包まれて縮小していく。後には、草原の上に物言わぬ姿で横たわっている佐々木の姿があった。

「おっ……おじいちゃーん!!」

 思わず駆け出したレリアの後姿を見送りながら、カリーヌの肩が静かに震える。もう貴族の誇りや軍人の矜持など知ったことか。あの佐々木の散り様を見て、あんな非道な敵の所業を見て、怒らないやつは人間じゃない!!

「ぶっ飛ばせぇぇーっ、ウルトラマン!!」

 その瞬間、完全にエネルギーを回復したダイナはカリーヌの声に応えるように、ギマイラに再び向かい合った。

「ヘヤッ!!」

 復活したダイナから、はっきりとした怒りのオーラを感じ取り、ギマイラがわずかにひるんだようにあとづさる。だが、奴はそれでも凶悪怪獣の意地か、角から破壊光線をダイナに向かって放ってきた。しかし、破壊光線は前に突き出したダイナの腕の中でストップされ、青い光球へと変わっていく。

「ヌウゥゥ……デヤァ!!」

 受け止めた光線を固めたエネルギーの塊を掲げると、ダイナは増幅した奴自身のエネルギーを青い光線へと変えて打ち返した!!

『レボリュームウェーブ・リバースバージョン!!』

 爆発が引き起こされ、自らのエネルギーに打ちのめされてギマイラの巨体がよろめく。

「今だ、ウルトラマン!!」

「フゥゥ……ダァッ!!」

 ダイナの額が輝き、ミラクルタイプからダイナ本来の姿に立ち戻る。

 

『ウルトラマンダイナ・フラッシュタイプ!!』

 

 そして、ギマイラを見据えたダイナは怒りの心を力に変え、まっすぐに己の敵を見据えてその腕を十字に組んだ!!

 

 

『ソルジェント光線!!』

 

 

 青くプラズマのように美しく輝く光線が光の鉄槌となってギマイラへと吸い込まれていく。

 全ての力を込めた最大出力の必殺光線の前には、いかな敵とて耐えられはしない。轟音とともにギマイラの体は超エネルギーの破壊力に耐え切れず、大爆発を起こして木っ端微塵の破片となって飛び散った!!

 

「やった……」

 残骸となってギマイラはその存在を失っていき、奴がタルブ村を封じていた霧も制御を失って風に流されていく。

 宇宙を荒らしまわり、人々の生き血をすすり続けてきた宇宙吸血鬼は、ついにこのハルケギニアの地に滅び去ったのだった。

 

「ショワッチ!」

 戦いは終わった。自らの役目を果たしたダイナは雷鳴もやんだ空へと飛び立ち、消えていく。

 

 

 しかし、喜びもつかの間……失われたものは大きかった。

「おじいちゃーん……うぅぅ」

 もはや目を開かぬ佐々木のそばで、レリアの嗚咽が風に流れていく。

 怪獣ラブラスにされてしまった人間は死ぬことによってでしか元に戻れない。佐々木にも、当然それはわかっていたのだから、あえて死を選んだのかもしれない。けれど、残される者にとっては悲劇には違いない。

「怪獣でもよかった……死んじゃやだよ」

「……」

 小さいころからずっと可愛がってもらっていたレリアが泣き叫ぶのを、カリーヌはやりきれない気持ちで見守っていた。怪獣は倒した、村は、マンティコア隊は救われた。しかし、代償として佐々木の命は失われた。死は戦いの常とはいえ、神よ、始祖よ、これではあんまりではありませんか……心を覆った暗雲はいまだに晴れない。

「しまった……遅かったか!」

 息を切らせて走ってきたアスカも、佐々木の遺体を見てがっくりと肩を落とした。彼もGUYSメモリーディスプレイで見たギマイラのデータで、ラブラスにされた者が死ななければ元には戻れないということは知っていたが、死ぬ前になんとかできないかとわずかな期待をかけていた。

 だが、カリーヌとアスカが意を決してレリアに声をかけようとしたとき、じっと見守っていたティリーがレリアの手をとった。

「まだ、間に合うかもしれません」

「え……」

 レリアの顔に喜色が浮かぶ。しかし、カリーヌは信じられずに叫んだ。

「馬鹿な! いかな強力な『治癒』といえども死んだ人間を蘇生させることはできん。気休めを……」

 気休めを言うな、と言いかけたときにはすでにティリーは佐々木を挟んでレリアと反対側に座り込み、祈るようなポーズで魔力を集中し始めていた。しかし、確かに魔力はどんどん高まっているが、ティリーは杖を持たずに呪文も唱えていない。

「これは……」

 カリーヌは息を呑んで見守りながらも、冷や汗が背中を伝っていくのを感じていた。杖を使わずに、メイジの操る四系統魔法は使えない。それは、四系統魔法よりはるかに強力な先住魔法、それを使いこなせるのは……

 そのとき、一陣の風が吹き、ティリーがずっと目深にかぶっていた幅広の帽子を吹き飛ばした。

 

「っ……エルフ!?」

 

 帽子の下に隠されていたティリーの長く尖った耳を見て、カリーヌは絶句した。大昔から始祖の宿敵として、聖地を占拠しているという忌まわしい種族。そして最強の先住魔法の使い手として一人で百のメイジに匹敵すると恐れられる敵が、今目の前にいる。

 ティリーはそんなカリーヌの視線が突き刺さるのにも気づかないほど深く集中していた。そして、やがて彼女が右手にはめていた青い石の指輪から、一滴のダイヤの破片のようにきらめくしずくが零れ落ちたかと思うと、息絶えた佐々木の体に吸い込まれていった。するとどうか! 瞬きを五回ほどしたくらいの後、佐々木のまぶたがわずかに振れて、静かに眼を開いたではないか。

「っ……おじいちゃん!」

「レリア」

 人目もはばからずに泣きながら抱きついてきた孫娘の体を、佐々木は優しく抱きとめてやった。

「しかし私は、確かに死んだと思ったのだが」

「ティリーちゃんが、魔法で治してくれたんだよ」

 生きていて、しかも人間に戻れていることに驚いている佐々木に、アスカもうれしそうに説明した。

「そうか、ありがとう」

「いえ、お気になさらずに……わたしは自分がやるべきことをやっただけですから」

 優しい笑顔を見せてくるティリーに、佐々木も微笑み、レリアも泣きながら礼を言った。

「ぐすっ……ありがどう、ほんどうに、ありが、とう」

 強く抱きしめあう祖父と孫娘の姿に、見ているアスカのほうが涙腺がゆるんでいた。

「……よかったなあ」

 これで、あの悪魔のような怪獣の道連れにされる人間はいないということだ。ギマイラに操られていた人々も、かなり弱っているが皆息がある。

 めでたしめでたし、全てが終わったかに思えた。

 

 けれど、皆が泣き、また笑うなかで一人だけ沈痛な面持ちで立ち尽くしていたカリーヌがティリーに杖を向けたとき、反射的にアスカはその前に立ちふさがっていた。

「なんの真似だ」

「どけ、エルフは始祖ブリミルの仇敵だ。見つけたら即刻始末する、それがこの国の、教会の掟だ」

 そのカリーヌの目には、以前垣間見せた人間性はなく、法と規則を絶対とするマンティコア隊隊長の、冷徹な光が宿っていた。

「寝言は寝て言え、バカヤロー」

 アスカの答えも、簡潔で苛烈だった。今カリーヌの精神力が底をついていなければ吹き飛ばされるくらいはしただろう。それでも、あと人一人殺すくらいの力は残っている。

「お前は、この国の法に逆らおうというのか?」

「あんたこそ、自分が何しようとしてんのかわかってんのか?」

 わずかな空間を挟んで、アスカとカリーヌの視線がぶつかり合って火花を散らす。佐々木は、二人のただならぬ様子に気づいたものの、命はとりとめたが傷はまだ深くて立ち上がれず、レリアはティリーが帽子をなくしていることに気づいて拾いに走っていっていた後で、あまりに張り詰めた空気に声を出すことができずにいた。そして、当のエルフの娘は、自らが争いの元になっていることを悲しみ、敵意がないことを示すために両手を差し出しながらカリーヌの前にひざまずいた。

「アスカさん、カリーヌさん、わたしのために争わないでください。確かに、わたしはエルフです。けれど、あなたがた人間に危害を加えるつもりはありません」

 その言葉は真摯で、うそを言ってはいないことはカリーヌにもわかった。

「ならば、なぜ東の砂漠に住むはずのエルフがここにいる?」

「それは、詳しくは申せませんが、アルビオンという国にどうしても行かなければならない理由があるからです。それで、わたしは人目を忍んで一人でここまで来ました。けれど、決してあなた方に害をなすことはいたしません」

 エルフがハルケギニアで人目に触れれば、即刻殺されるということはわかっているはずなのに、それを承知で来るからにはよほど重要な用があるのだろう。この娘は線は細いが芯はしっかりしている、理由はたとえ拷問にかけられてもしゃべらないだろうと、カリーヌはあらためて杖を向け、あらためてアスカにさえぎられた。

「どけ」

「どかねえ」

「どかんのなら、貴様も私の敵ということだな」

「どの口がほざくんだ、あんたが昨日大怪我したとき助けてくれたのは誰だよ」

「その点は感謝している。しかし、これはこの国の法……」

「ふざけんな!」

 カリーヌの言葉をさえぎったアスカの怒声には、明らかな理不尽さへの怒りがこもっていた。

「この国の法がどうだか知らねえが、ここで彼女を殺すことに何の意味があるんだよ。誰が不幸になるっていうんだ、言ってみろよ」

「私の意思などは問題ではない。これはこの国を統治する目に見えない秩序を維持するための行為だ。たった一つの法を破ることが、その後多くの人々を不幸にする可能性があるのだ」

「そりゃ建前だろ。俺が聞いているのは教会だの法律だの、他人の決めたことじゃない、あんた自身がどう考えてるかってことだ。彼女が誰をどう不幸にするっていうんだ。不幸なのはそんな考え方しかできねえあんたの脳みそだろ!」

 カリーヌの威圧感にもアスカはまったく引く気はない。鋼鉄の規律という信念にもとずいて、私情を消して杖を振るおうとするカリーヌに、真っ向から立ち向かうアスカ。力での戦い以上に、人間の心の戦いのほうが重く、どちらも譲らない。

 しかし、強すぎる信念は時に目を曇らせる。エルフだから無条件に殺せというのは、突き詰めれば背の低い者や気弱な同級生を気持ち悪いなどといって排除する小中学生の心理にも似た、幼稚で愚劣な行為でしかない。それをどうやってカリーヌに理解させるのか、言葉だけではだめだと思ったアスカは強行手段に打って出た。

「そうか、どうしてもエルフってのがダメだって言うんなら……自分の目で確かめてみろ!」

「なっ!?」

 アスカは突然カリーヌの手を掴むと、魔法を振るう間を与えずに力いっぱいティリーの前に放り投げた。疲労がたまっていたカリーヌは杖をとられて、さらにティリーと抱き合うような形で草原の上に転がり込んでしまった。

「な、なっ?」

「だ、大丈夫ですか?」

 すぐそばで顔を合わせて、驚く二人の美少女。絵にはなるけど、この際それは置いておこう。

「は、離れろ!」

「きゃっ!」

 ティリーの体を突き飛ばしたカリーヌは、尻餅をつき荒い息を吐きながら、目の前にいる人間の宿敵と教わってきた種族の娘を見つめた。すでに、杖は取り上げられて、体も疲労しきっている。しかし、悪魔のはずの相手は、何もしないどころか、むしろ無力なはずの自分を怯えたように見つめている。このとき初めてカリーヌは、自分がこの相手に対してどうするべきなのかに、迷いを覚えた。

 

 エルフとは、人間の敵、だから殺す。それは正しいのか。自分で考える? 法の是非を? そんなことが許されるのか?

 信念は、法は絶対だと訴える。それがもっとも道理にあっているし、軍人として正しいとわかっているが、自分の中の何かがそれを押しとどめる。

 

 いったい、自分は何に従えばよいのだろう?

 道理と、不条理の間をカリーヌの精神はさまよった。

 

 だが、それは本来迷う必要もない答えだった。

 ティリーはカリーヌの前にひざをついてその手をとり、困惑に包まれた目を見据えて、自分を殺そうとした相手に向かって穏やかな声で語りかけたのだ。

 

「お……お友達になりましょう」

 

 

 続く


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