ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第51話  『烈風』カリンの知られざる伝説  ひとりぼっちの勇者

 第51話

 『烈風』カリンの知られざる伝説

 ひとりぼっちの勇者

 

 吸血怪獣 ギマイラ 登場!

 

 

「『エア・カッター』」

「『ファイヤー・ボール』」

「『ウェンディ・アイシクル』」

「ゴーレム……いけ」

 生気のない声と共に放たれた無数の魔法が、彼らの隊長であるカリーヌへと一直線に向かう。

 吸血怪獣ギマイラの吐く、思考を失わさせる霧の影響を受けて、マンティコア隊の隊員達は、その戦闘能力はそのままに奴の忠実なる操り人形として戦わさせられていた。

 対して、マンティコア隊の残存戦力は隊長を含めてたった三人。しかも隊員二人は一般人である佐々木を守ることを優先させ、ここから離脱することが任務であるために実質戦力は隊長のカリーヌ一人と言ってよい。

 しかも、ギマイラの霧の効果で操られた人間は自らの思考を持たないために、『スリープ・クラウド』で眠らせることはできず、痛みも恐怖もないために半端な打撃で気絶させることもできない。『拘束』の魔法もあるにはあるが、相手もカリーヌには遠く及ばないとはいえスクウェアやトライアングルの術者、長く捕縛しておくことはできない。

 しかし、カリーヌは臆した様子は微塵も見せず、操られた部下たちの魔法を真っ向から迎え撃った。

『ウィンド・ブレイク』

 カリーヌの杖の先から、『烈風』の二つ名に恥じない暴風が吹き荒れ、相手の風を飲み込み、炎を吹き消し、氷を砕き、鉄のゴーレムをバラバラに砕く。たった一発の風の低レベル攻撃呪文で、彼女は四人のトライアングルクラスの攻撃を相殺してしまったのだ。

「この私に杖を向けるには、まだ十年早い」

 二十中頃の女性が、三十や四十や、中には自分の父親ほどのある男たちにこんな言葉を吐く姿は異様であるけれど、彼女から立ち上る絶対的な自信が、何者にもそれを否定させない威圧感を漂わせていた。

 だが、彼女の戦うべき相手は操られた部下だけではない。

 すべての元凶、じっと獲物が弱るのを待っているだけに見えた怪獣が、突然その裂けた口を開き、恐るべき白い毒霧を噴き出してきたのだ!

「フッ!」

 とっさにカリーヌは風の防壁の強度を上げて、毒霧が侵入してくるのを防いだ。だが、そうすると今度は操られた隊員達が間髪要れずに襲い掛かってくる。もちろんそれもカリーヌは撃退したが、相手は仮にも部下であるし、周りには人質同然の村人たちもいる以上、下手に殺傷力の強い魔法を撃ち返すわけにもいかない。

 この怪獣、余裕を持っているのか力任せに防壁を破壊しようとはしてこないものの、操った人間を利用してじわじわと攻めてくる。このギマイラは恐竜然とした外見からは想像もできないほどにずる賢く、以前に出現した個体も洞窟の奥に潜んで霧を出しながら人々を操り、外敵に対してはあらかじめ用意していた手下の怪獣を戦わせて、自分は潜んでいた洞窟が爆破されるまで絶対に外に出てこようとはしなかったほどに用心深く、また卑怯なのだ。

 それに対してカリーヌは、なんとかしようと考え続けた。味方ごと撃つというのはあくまで最終手段、安易に陛下の臣民に杖を向けることはできない。なにより元凶である怪獣を倒せば恐らく洗脳は解けるのだ。

『エア・ハンマー!』

 部下たちをあしらいながら、カリーヌは隙を見て怪獣に魔法を撃ち込んだ。しかし、オーク鬼でも当たれば二十メイルは吹き飛ばされる威力がある空気の塊を顔面に受けながら、怪獣は小揺るぎもしていない。

「ギマイラ相手に、その程度の攻撃じゃ無理だ」

 佐々木は歯噛みしてつぶやいた。なにせ、ギマイラは宇宙から落下しても平気で生き延びる上に、ミサイル攻撃でもほとんどダメージを受けない屈強さを持っている。オーク鬼のような"怪物"は倒せても、生物の概念を超えた存在である"怪獣"には通用しない。

「なにしてる! さっさと行け、お前たちがいると邪魔だ!!」

 逃げ出すチャンスが掴めないのと、隊長の戦いに見とれて足踏みしていた残った部下二人に、カリーヌの怒声が響いた。

「は、はっ!」

 生き残っていたうちの一人、ゼッサールと言われていた若い隊員が慌てて佐々木を守りながら霧の外を目指して怪獣と反対側に走る。しかし、自分で空気のドームを作って隊長のドームから出て行こうとしたとき、彼らの前に別の人影が立ちふさがり、杖を振るってきた。

「なっ!? お前たちは外で待機していたはずの衛生兵!? しまった!!」

 気づいたときには遅く、もう一人の隊員が水の玉に手足を捕まれて霧の中に引きずり込まれていった。

「隊長、逃げられません! 外の連中も全滅しています!」

「なんだと!?」

 はじめてカリーヌの絶叫が響いた。見ると、外で拘束していたはずの第二小隊の者達も虚ろな眼をしたまま霧の向こうからやってくる。実は、第三小隊がやられたあと、半数は第一小隊を襲ったが、残る半数は外に出て第二小隊を解放し、衛生兵たちを霧の中へ引きずりこんでいたのだ。

「おのれ……こしゃくな真似を」

 これまで生死を共にしてきた部下たちが敵となって向かってくる。その武人の誇りを踏みにじるような怪獣のやり方に、誇り高い貴族であるカリーヌが怒らないはずはなかった。

 これで、敵は二十名以上のメイジと百名を超える老若男女を問わない一般人、それがたった半径二十メイルちょっとの小さな円の中にひしめき合ってこちらを取り囲んでいる。

「仕方ない……殺しはしないが、少し眠っていてもらおう。恨むなよ」

 このままではなぶり殺しに遭うだけだと判断したカリーヌは、部下と村人を無傷で救い出すのをあきらめた。

 口の中で高速で呪文を詠唱し、狙いを自分を中心にした360度全方向を向ける。もちろん、ゼッサールと佐々木に伏せておくように命じるのを忘れない。気づいた隊員たちが一斉に自分に向かって攻撃魔法を放ってくるが、本気になった『烈風』より早い者などハルケギニアに存在しない。しかし、意外にも先に呪文を放ったのは彼らのほうで、それこそがカリーヌの狙いだった。

『エア・シールド!!』

 瞬時にカリーヌの周囲を瞬間的に固形化された空気の壁が覆い、相手の攻撃呪文を受け止める。けれど、本当の狙いはこれからだ。相手の攻撃がすべて命中したのを感覚的に見計らったカリーヌはその瞬間、圧縮されていた空気の塊を外に向けて解放、放出した。

 するとどうなるか、空気の塊は運動エネルギーを失っていた無数の火や氷を巻き込み、ベクトルを真逆の方向へと向けて撃ち返したのだ!!

「『エア・カウンター』とでも名づけようかな……もっとも、私以外にこんな使い方のできるメイジはいないだろうが」

 カリーヌが微笑しながらつぶやいたときには、隊員たちは増幅して戻ってきた自らの魔法に打ちのめされ、全員が地に伏していた。村人たちも、その余波を受けて地面に崩れ落ちている。

「さ……さすが隊長」

「み、みんなが……ま、まさか殺しちまったんじゃあ!」

「案ずるな、風圧を加減したから死んではいない。あとでちゃんと手当てをする。それよりも、残るはこの怪物だけだ!」

 カリーヌとて、人を殺す覚悟はしていても好んで殺したりはしない。最善の策が無ければ次善の策をリスクがあってもとるしかないのだ。

 そして、やっかいな人質を片付けた以上、あとはこの怪獣を全力で葬るだけ。ところがどうか、怪獣が一声うなり声をあげると、倒したはずの隊員達が重傷を負いながらも立ち上がってくるではないか!

「なに!? この傷でまだ動けると……動かすというのか!?」

 普通なら傷の痛みに悶絶するか、とうに気を失ってしかるべきダメージを負いながら、隊員たちは生ける屍のように立ち上がって杖を向けてくる。この状態の彼らにさらに攻撃をぶつけたら、今度は確実に殺してしまう。いや、それ以上に人の命をこうまで軽く使い捨てにしてくるとは、いかに相手が怪獣とて怒りを禁じえない。

「やはり、殺すしかないのか……」

 ここから逃げるにも、また全力で戦うにも隊員たちの妨害を排除しなければ、いかに自分とて満足に力を発揮することはできない。

 そのとき、怪獣の角から青白い光線が放たれて、カリーヌはかろうじてそれをかわした。だが、同時に魔法の一斉攻撃が再び襲ってきた。

『エア・シールド!』

 今度は跳ね返さずに受け止めるだけにとどめたが、カリーヌが攻撃を受け止めるのに意識を集中した一瞬の隙をついて、別のメイジが作った土の手が伏せていた佐々木とゼッサールを掴みこんだ。

「ぬわっ!?」

「しまった、杖が!」

 魔法の力に捕まってしまっては、人間の力では脱出できない。

「ちいっ!! 『ウィンド・ブレイク!』」

 とっさに風の魔法で二人を拘束した土の腕を粉砕する。しかし敵はカリーヌに考える時間も与えてはくれないようで、全方向から向かってくる。しかも今度は傷ついた隊員だけでなく、盾に使うように村人を前に出しているではないか。

「おのれっ!! 何からなにまでこしゃくな真似を!!」

「待ってください! 村の皆を傷つけないでくれ!!」

 そう言われても、やらなければこちらがやられる。怪獣も高みの見物をしているうちに学習したと見え、こちらが殺すほどの攻撃ができないと見るや、一挙にけりをつけようとしているのだろう。

「やむを得ん、殺す」

「やめろ! 殺しちゃいかん!」

 今にも攻撃魔法を撃ちそうなカリーヌを佐々木が必死に止めようとするうちにも、包囲陣はじりじりと狭まってくる。

 怪獣は、なおも安全な後ろから人々を操りながら、その手元に残した人間から悠々と血を飲み続けている。

 だがそのときだった。彼らの頭上から、空気を貫いて肌を震わすほどの爆音が響いてきたのは。

 そう、この世界ではけっしてありえないはずの、佐々木にとっては懐かしき故郷の音、ジェットエンジンの爆音が霧などものともせずに咆哮を届けてきたのである。

 

 

「生体レーダーに大型の反応をキャッチ、怪獣め、霧に隠れたつもりでもレーダーには丸見えなんだよ。喰らいやがれ!!」

 アスカはレーダーがロックオンした巨大な生体反応へ向けて、ガンクルセイダーのミサイルを一斉発射した。翼の下に装備されたランチャーが三十年ぶりに火を吹き、電子の目に導かれた科学の矢は、隠れみのを意に介さずに隠れ潜んだ吸血鬼に向けて殺到する。

 

「なんだっ!?」

「ミサイル攻撃……アスカくん、やはり君には動かせたんだな」

 突然目の前で全身から火を噴いた怪獣の姿に、カリーヌと佐々木が驚きと喝采の声をあげた。

 ギマイラは突然の外部からの攻撃に驚き、血を吸っていた舌を引き戻し、体を襲う痛みに吼える。かつてはUGMの戦闘機、シルバーガルの攻撃を跳ね返したギマイラだが、ディノゾールには敗退したもののUGMとGUYSには二十年以上の時代の差がある。ガンクルセイダーの攻撃力はシルバーガルのそれを大きく上回っているのだ。

 それと同時に、人々を操っていた奴の思念波も弱まったと見えて、隊員たちの動きも鈍くなっている。そのとき、地上の赤外線映像で佐々木たちが包囲されているのを確認したアスカの声がスピーカーで響いた。

"佐々木さん!! 怪獣はおれが引き付ける。今のうちに逃げろ!!"

「アスカくん!!」

「アスカ、あいつがやったのか!?」

 カリーヌは、あの風変わりなお調子ものの声を聞いて、二度目にびっくりした。

 さらに、怒りに燃えて空に向けて吼えるギマイラに第二波攻撃が炸裂する。皮肉なことだが、ディノゾール戦ではわずか二撃でやられてしまったためにガンクルセイダーにはミサイルが豊富に残っている。

 佐々木は、アスカの言うとおりに引くなら今だとカリーヌに向けて言った。

「隊長どの、怪獣は今気を取られています。いったん引きましょう!」

「いや、気をとられている今だからこそチャンスだ。ここで一気にケリをつける!!」

「な……」

 佐々木は絶句した。この隊長の実力は散々見て、正直すごいと思っていたが、相手はあのウルトラマン80でさえ正面から戦っては歯が立たなかったほどの屈強な宇宙怪獣、いくらなんでも敵うとは思えない。それに、この霧の中では全力で戦えまい。

「無茶です。あなたの実力は認めていますが、ここは奴の巣の中です。地理的に不利です、いったん退却しましょう」

「ササキの言うとおりです。それに隊長が本気で戦ったら操られている皆も巻き込んでしまいます。奴も大事な食糧を簡単に死なせたりはしないでしょう、ここは引いて態勢を整えて再戦しましょう!!」

 佐々木とゼッサールは機会を逃すまいと必死でカリーヌを説得しようとした。しかし、カリーヌは苛烈さと、やや喉にひっかかるような声で言った。

「いや、陛下から杖とマントを預かったマンティコア隊の隊長ともあろう者が、部下を全部失うなどという屈辱を味わわされたままむざむざと逃げられるか!」

 それは、部隊長としての判断ではなく、カリーヌ自身のプライドが形を変えて噴出してきたものだった。当然そこに合理性はなく、佐々木とゼッサールは隊長が冷静な判断力を失いつつあることを悟って愕然とした。しかし、考えてみればいかに『烈風』と異名をとるとはいえ、まだ二十代なかばの若者、経験したことのない逆境に直面して我を失っても不思議ではない。かつて使い魔ノワールを死闘の末に屈服させたときはそれでもよかったのだろうが、今回は明らかに自殺行為だ。

「ラル・ウール・ウォル……」

 二人の忠告を無視して、カリーヌはスペルを詠唱し始めた。通常の呪文ならトライアングルクラスでも一瞬で詠唱が終わるカリーヌにしては詠唱が長い。これは風系のスクウェアクラスの魔法『カッター・トルネード』、しかもこの詠唱の長さからして、精神力を並ではなく注ぎ込んでいる。佐々木は確かにこれならギマイラにも通用するかもしれないと思った。しかし、今の『烈風』は勝つことに執着して周りが見えていない。

「やめろっ!!」

「ササキ、そこをどけ!!」

 自分の前に両手を広げて立ちふさがった佐々木に向けてカリーヌは杖を向けたが、佐々木は臆した様子もなく言い放った。

「どかん!! ここでそれほどの呪文を撃てば、村人たちやあんたの部下も巻き込む!! それに倒しきれなかったら力を使い切ったあんたじゃどうにもならん、本当に全滅するぞ」

「ふざけるな!! 私の力で倒せないものなどあるものか。それに操られた者どもも、このまま操られ続けるより死を選ぶだろ……」

「ばかもんっ!!」

 怒声とともに佐々木の平手がカリーヌの頬を叩き、乾いた音が響き渡った。

「なっ……」

 叩かれた勢いで顔の下半分を覆っていた仮面がはじけ跳び、歳相応の、美しくもまだどこかに幼さの影を残した陶磁器のようなカリーヌの素顔が、さらされる。

「貴様、隊長に何を!」

「黙っていろ小僧!!」

「うっ……」

 ゼッサールはその一声で何も言えなくなった。年功にとらわれないカリーヌの人事により、若くして副隊長の席を預かり、後にマンティコア隊隊長となる優秀な騎士である彼も、この当時はまだ二十を少し越えただけの青年だった。

 そして、顔を抑え、生まれてはじめて平民から殴られた痛みに呆然としているカリーヌに、佐々木は身分の差など欠片も意識しない強い怒りを込めて再び怒鳴った。

「自分の勝手な理屈に他人を巻き込むな!! 好き好んで死を選ぶ奴がどこにいる、命を軽く見るな!」

「ぬ……貴様、私を、貴族の誇りを侮辱するのか!」

 温厚そうな顔を怒りに染め、自分を見下ろしてくる佐々木の姿に、カリーヌは自分も怒りを込めて怒鳴り返した。だが佐々木はあっけなくそれを跳ね除けた。

「若造が知った風な口を利くな!! あんたの仕事の目的はタルブ村を、村人を救うことにあったはずだ。怪獣を倒すのはその後のものに過ぎん、違うか!」

「うっ……だが、奴を倒さなくてはどのみち村は全滅だ」

 自分の行動の矛盾を突かれてうろたえるカリーヌを、佐々木はさらに叱り付ける。

「目的と手段を取り違えるな。怪獣は確かに倒さなければならん、だが今すぐ倒さなければいかんということはない。そりゃああんたの力は段違いにすごい、それは認める。しかしそれも正しく使ってこそだ、その魔法で本当に奴を倒せると思うか? 冷静になれ、そして考えろ、あんたの魔法でかすり傷ひとつ負わなかった相手を、本当にそれで倒せるか」

「……」

 考えろ、という言葉がカリーヌの心にいくらかの冷水をかけた。そして彼女の分析能力は怪獣の予想される耐久力と、自分の魔法の破壊力がそれを破りえるか、破り得たとしてどれほどのダメージとなるのかとを計り……

 答えは、たった今の自分の行動を恥ずべきものでしかなく、歯を食いしばって沈黙するカリーヌに、佐々木は口調を少し穏やかに変えて語りかけた。

「君は恐らく、これまで自分の思い通りにいかなかったことがなかったんだろう。その力を見ればわかるよ、誰にも負けたことがない、何にも失敗したことがない、だから想像したこともない逆境をどうしていいかわからないんだ。だけどな、人間一人の力なんて所詮限界があるんだ。今は無理でも、君の力を使えば皆を救える可能性がある。次の勝利のために、今日の屈辱に耐えるのが本当に強いってことなんだ、わかるだろう」

「……」

 カリーヌは、こんなときにどう答えたらいいのかわからずに、ただ沈黙した。

 彼女にとって、誰かに叱られるということは、これまで経験したことがなかった。高名な武人だった父は、仕事か戦かでほとんど記憶はなく、母も貴族のたしなみと小言を言われたことはあるが、幼少でラインクラスになってから声を荒げて叱られたことなどはない。魔法学院に入ってからは、無能で怠惰な教師を意識したことはなく、一年のうちにトライアングルの中でもスクウェアに近い実力にまでに昇格してからは、自分のほうが大半の教師より腕が上なくらいだった。魔法衛士隊に入隊した後は、年功と前例にしがみつく無能ばかりで、態度だけは立派だが尊敬には欠片も値しない者達を相手にせずにいるうちに、すぐに自分が彼らの頂点に立っていた。

 これが、権威や階級を傘に着ていたり、間違ったことを押し付けてくるならカリーヌは魔法で返していただろうが、佐々木の言うことに、一片の陰りもなかった。

 しかしそうしていると、頭上からまたアスカの怒鳴り声が響いた。

 

"うぉーい!! 佐々木さーん、なにしてんだあ!! さっさと逃げてくれえ"

 

 アスカとて、怪獣の周りに人影があるのは分かっている。流れ弾を恐れての精密射撃だけでは一気に爆撃できず、無駄に弾をばらまいているだけの感があって焦っていたのだ。

 さらに、ミサイル攻撃に驚いていたギマイラも、これが自分にとって致命的なダメージを与えるものではないと知るや落ち着きを取り戻した。そして、うっとおしく思いながらも先に目の前の獲物を自分のものにしようと、悪魔のようなうなり声をあげて、一斉に洗脳した人々を差し向けてきた。

「くっ、簡単にやられはせんぞ!!」

 最後まであきらめずに戦う。歳はとってもGUYSの魂は老いはしないと佐々木は拳を上げて構えを取り、ゼッサールも平民に負けてはおれぬと杖を上げる。

 だがそのとき、顔を上げたカリーヌが肩にとまった白い鳥に命じた。

「ノワール、五メイルだ!」

 その瞬間、カリーヌの肩でそれまでじっとしていた小さな文鳥は、主の命令が下るやいなや、古代怪鳥ラルゲユウスの本性を現した。合図のように短く鳴き、自らの体長を自在に操れる能力を駆使して、瞬時に命令どおりに翼長五メイルにまで巨大化する。

「乗れ!!」

「了解!!」

「よし! しかし、巨大化時もこの速さとはな」

 ゼッサール、そして佐々木もとにかく乗り込み、ノワールは向かってくる人々をその翼から巻き起こす風で吹き飛ばしながら頭上を向いた。

「前後左右を塞がれているなら、後は上しかない。二人とも口を塞げ、いくぞ……ノワール、飛べ!!」

 白く染められた空を目指し、三人を乗せた巨鳥は天へと舞い上がった。

 しかし、ギマイラもいきなり出現した巨鳥には驚いたものの、せっかくの獲物をむざむざ逃がす気はない。奴が咆哮すると、操られたマンティコア隊から一斉に攻撃魔法がノワールに向かって放たれた。対して、後ろから追いすがってくる二十発以上の炎や氷などを、カリーヌは振り返って迎撃しようとする。ところが!

「『ウィンド・ブレ……くぅ!?」

 突然、彼女の視界がぼやけ、強烈な吐き気とだるさが全身を貫いた。この戦いが始まってからずっと続けてきた空気のドームを作る魔法と、戦闘のための魔法を同時に使う負担が、とうとう彼女の体に跳ね返ってきたのだ。杖を持つ手がしびれ、口はスペルをつむぐことができない。このままでは、集中攻撃をもろに浴びてしまう。

 そのとき、ゼッサールが飛び降り、渾身の『エア・シールド』を張ってノワールの盾となり、攻撃の前に立ちふさがった!! 炎が、岩の弾丸が彼の防壁にはじかれて落ちていく。だが、二十人以上もの一斉攻撃は彼の全精神力を空にしても防ぎきることはできず、防壁が破られた瞬間、彼の体は攻撃でズタズタにされて地面に落ちていく。

「ゼッサール!!」

「私には、これぐらいしかできませんので……申し訳ありません」

 彼が止め切れなかった分の攻撃がノワールの、佐々木の、そしてカリーヌの衣服や体を打ってくる。しかし、傷の痛みなどは構わずに、カリーヌは身を挺して自分達を守ろうとした勇敢な部下が取り残されていくのを、届かない手を伸ばして見守ることしかできない。

「隊長、必ず助けに来てくれるものと、信じております……」

「ゼッサーール!!」

 それが、霧に包まれる前にカリーヌが見た最後の彼の姿だった。

 視界は、ギマイラの吐いた猛毒の霧に覆われ、白い地獄がどこまでも続く。佐々木は暴れるカリーヌの口を抑えながら、必死に霧を抜けるのを待った。

 ひたすら、上へ、上へ、呼吸を止めながら霧のとぎれるのを待つこと1.5秒。網膜に映る光が純白から灰色の雲に変わったとき、ノワールは二人を乗せたままついにギマイラのテリトリーからの脱出に成功した。

「やったか……おお、ガンクルセイダー、またあれの飛ぶ姿をこうして見れるとは」

 水平飛行に映ったノワールの背から、平行して飛んでくるアスカのガンクルセイダーを見て、佐々木は感無量とばかりにつぶやいた。

 ギマイラは、どうやら追ってくる気配はない。例え獲物に逃げられようと、絶対的に有利な立場で戦える霧の中から出てくる気はないようだ。知能といい、用心深さといい、ただ強いだけの怪獣とは奴は根本から違う。

 しかし、かろうじて脱出には成功したものの、安心するのは早かった。佐々木はまだ軽傷だが、カリーヌは脱出の際の負傷が思ったよりひどく、佐々木の腕の中で荒い息をついている。また、ノワールも霧を抜ける際にいくらか吸い込んでしまったようで、咳き込みながら高度を落とし始めた。

「ノワール……あの……平原に、下りろ」

 このままでは墜落かと思われたとき、カリーヌは最後の力でそう命じると、そのまま気を失った。

 

 グライダーが滑空するように緩やかに、ラルゲユウスの巨体がタルブ村からやや離れた草原の上に滑り降り、アスカのガンクルセイダーもその傍らに着陸した。そこへ外から様子を見守っていたレリアと、かろうじて衛生兵の全滅から逃れて、レリアと行動を共にしていたティリーも合流した。

「おじいちゃん、ひどい傷、大丈夫!?」

「私はなんということはないさ。それよりも、彼女がひどくやられた」

 草原の上にカリーヌを寝かせ、焼け焦げて、凍りついた戦装束を剥ぎ取ると、火傷、凍傷、裂傷に犯された彼女の半身がむき出しになって、レリアはその傷のひどさに思わず口を押さえた。

「まずいな、思ったより傷が深い」

 佐々木もアスカも元防衛チームの訓練で応急的な医療知識と、その治療手段を身に着けているが、これは応急手当で対応できるレベルを超えていた。

 傷は、カリーヌの右足から首筋までの右半身に集中して、本来白くみずみずしいはずの肌をどす黒く染めていた。出血だけは少ないものの、人間の皮膚の約二十パーセントが失われると危険だというのに、それを大きく超えている。しかも、村が閉鎖されてマンティコア隊の衛生兵部隊もやられてしまったために、応急手当さえもできず、このままでは傷口から雑菌が入って感染症の危険さえある。

「佐々木さん、何とかならねえのか!?」

「ガンクルセイダーに積んであった医療器具は、全部村の私の家の中だ。ここから一番近い、ラ・ロシェールまででも、山をひとつ越えなければならん」

 山越えをしているうちに彼女が絶命するか、手遅れになる可能性のほうが極めて高い。馬でもあればと思ったけれども、全部村の中で手の打ちようが無い。しかし、アスカはあきらめていなかった。

「だからって見殺しにできるか、ガンクルセイダーで運べばいい、山の一つや二つ、すぐに越えてやる!」

「待て、こんなもので軍港のあるラ・ロシェールに乗り付けてみろ! すぐさま捕縛されてしまうぞ」

「知るか! 捕まったらそのときはそのときだ」

 どんなときでも絶対にあきらめない、アスカの信条は何も戦いのことだけではない。

 けれど、いざ彼女を背負おうとしたとき、帽子を押さえながらじっと見守っていたティリーがそれを止めてきた。

「動かさないでください。私が、治療します」

「えっ、でも」

 アスカは躊躇した。この華奢で世間知らずなお嬢さんに医学の知識があるとは思えないし、第一治療に使える道具もない。だが、ハルケギニアでの生活の長い佐々木は彼女が何をしようとしているのかを悟っていた。

「アスカくん、ここは彼女に任せてみよう」

「佐々木さん? ……そうか、魔法か!」

 そう、このハルケギニアでは生活の様々な分野に魔法が浸透していて、医療もその例外ではない。もちろん万能というわけではないが、魔法を使えば彼女のような刃物を持つことさえできないような者でも、重傷患者を治療することができる。

「この者の身体を流れる水よ……」

 彼女はカリーヌの横に膝を突くと、その傷口に手を向けて呪文を唱え始めた。すると、ティリーの手がわずかに光り、それに照らされた傷口がビデオの高速逆再生を見るようにふさがっていくではないか。

「すっげえ! これが魔法か」

 あっというまに半死人だったカリーヌの傷は消えてなくなり、後には生気を取り戻したみずみずしい肌が輝いている。

「これでもう大丈夫です。さあ、あなたも早く」

 次にティリーが佐々木の傷に魔力を向けると、カリーヌに比べて軽傷だった佐々木の傷は数秒で完治してしまった。すると、彼女は今度は地面に伏して苦しんでいるノワールの元へと駆けていった。

 佐々木は軽く体を動かしてみたが、すでに痛みも消えている。まったくもって、すさまじいまでの水の魔力にアスカは手放しで驚いていたが、佐々木は少々違和感を感じていた。それは、"今彼女は杖を使っていたか?"ということであった。

 通常、メイジが魔法を使うときには例外なく杖を使う。その形は千差万別ではあるが、これがなくては一切の魔法が使えない。けれど、今ティリーはカリーヌに向けて手のひらを向けただけで、杖に相当するようなものは何も持っていないように見えた。もっとも、佐々木にとってそれは違和感を与えはするが、だからといって、"それがどうした?"に当たることで、カリーヌがうっすらと目を開けたときにはすでに記憶のタンスにしまいこんでいた。

「ここは……私はどうして?」

 傷のあった場所を手で触って確かめながら、カリーヌはなぜ自分が無事でこうしているのだと、夢でも見ているようにしていた。それはそうだろう、あれほどの重傷が目覚めたときには消えていたら、誰でも記憶が混乱する。

「ティリーさんが、魔法で助けてくれたんですよ」

「なに?」

 レリアに言われて彼女が首を起こすと、ティリーはちょうどノワールの治療も終えて、こちらに戻ってきたところだった。

「あっ、よかった、気がつかれたんですね」

「ああ、君が助けてくれたそうだな、『治癒』の魔法が使えたとは水のメイジだったのか。おかげで助かった、感謝する。ところで、ノワールは、私の使い魔は大丈夫なのか」

「傷は治しましたが、毒を多量に吸い込んでいて、申し訳ありませんが、毒の分解までは私の力では……」

「そうか……しばらくノワールは休ませるしかないか……いや、部隊の全員を失い、おめおめ生き恥を晒している、私のなんと滑稽なことか……」

 自嘲を込めた笑いを浮かべるカリーヌの声には艶が無く、敗北感が漂っている。

「なんだなんだ、なっさけねえな、最初のえらそうな勢いはどこへ行ったんだ。あんたまだ生きてるじゃねえか、やれることが残ってるってのに、もうあきらめんのか?」

 そのアスカの挑発するような軽口は、折れかけていたカリーヌの誇りにわずかなりとも火を灯した。

「……そんなこと、お前なんぞに言われなくても分かっている! 軍人は、己に課せられた任務をいかなる場合においても果たすのが義務だ、こんなことぐらいで!」

「おう、その意気だぜ」

 笑いかけるアスカに負けないように、カリーヌは地面を叩いて勢いよく起き上がってきた。

 

 が、それが少々まずかった。

 まず、カリーヌの着ていた服は、脱出の際の攻撃を受けてあちこち燃えたり破れたりしていた。

 その後、焼け焦げた部分と凍りついた部分を取り除き、傷を露出させるためにかなりの部分を破り捨てた。その時点では医療行為としてそれが最良だったのだが、こうして傷を完治させてしまった後で起き上がったものだから、残ったわずかな布切れがずり落ちて……ちょうど正面にアスカがいたものだから。

 

「あ……」

「……――――!」

 

 声にならない声が流れる。

 そして、時間にして一秒後……カリーヌが、気絶してもなお離さなかった杖を上げて……

 

「死ねーーーーっ!!!!」

 

 アスカの体が宙を舞った。魔法の威力は感情の高ぶりに影響される。今のは単なる『エア・ハンマー』だったのだが、まるで核爆発の衝撃を喰らったかのように、彼の体は木の葉のように三百メイルは吹っ飛ばされる。

「アスカーッ!!」

「アスカさーん!!」

 佐々木とレリアの叫びも届かずに、アスカ・シン、異世界に死す。

 かと思いきや、墜落地点にはちょうどタルブのブドウ畑があった。それがクッション代わりになって受け止めてくれたおかげで、アスカは少々の打撲と擦り傷は受けたものの命拾いすることができた。

「ラ、ラッキー」

 確かにラッキーである。いろんな意味で。

 しかし、女性にとって一番見られたくないものを見られたカリーヌの怒りは治まらない。いつも氷のように冷たく固めた表情を真赤に染め、後の自分の娘の一人とそっくりな顔で、今度は本気で抹殺する気で杖をあげて『カッター・トルネード』の詠唱を始めた。

「お母様にしか見せたことなかったのに……死んで罪を償えぇぇ!!」

 さっきの戦いで精神力を使い果たしていたはずなのに、彼女の人生でも過去最大級の超巨大竜巻が生まれてくる。理性のリミッターが外されて、ずっと抑制されていた感情が一気に表面に出てきたのだ。二、三万の軍隊でも一撃でぶっ飛ばせそうなこれが放たれたら、タルブ一面荒野と化すだろう。

 だが、カリーヌが杖を振り下ろそうとした瞬間、その手を佐々木とレリアが押さえ込んだ。

「待った!! ちょっと待った!!」

「離せ!! あのしれ者を生かしておけん」

 山仕事で鍛えた佐々木の腕力でも、カリーヌの細腕一本を抑えるだけで手一杯だ。ちなみに、見ていたのは実は佐々木もだが、すでに孫までいる年の彼はたいして気になっていない。オスマン学院長みたいなのはあくまで例外なのだ。佐々木の言うことにもまったく耳を貸さないカリーヌに、ティリーはどうしていいかわからずにおろおろしているが、アスカどころかタルブの危機にレリアも必死で呼びかける。

「待って!! これは事故ですよ事故、アスカさんはあなたを助けようとしてたんです」

「ふざけるな、殺すと言ったら殺す!!」

「落ち着いてください! どうせ見られたってたいしたものは無いじゃないですか!」

「なっ、なんだと!! この平民のくせに生意気な!! でかけりゃいいってものじゃないだろ」

「平民関係ありません、それに何事も小さいより大きいほうがいいに決まってるでしょう!!」

 どうも話の論点がずれてきた。おかげでアスカに向かっていた怒りのベクトルが逸れてきているものの、この言い争いの内容も、やはりどうにも血は争えないようだ……ちなみに、カリーヌとレリアの女性が子育てをするために必要な器官の大きさは、彼女たちの遺伝子を受け継ぐことになる者たちと大差ない。

 が、その言い争いでできた隙を佐々木は見逃さず、すかさずカリーヌから杖を奪い取った。

「貴様! なに……を……」

 杖を奪われることによって、膨大すぎる精神力も行き場を失った。それによって、肉体的、精神的にも疲労の極致にきていたカリーヌは再び意識を失ってその場に倒れた。同時に、巨大竜巻も制御を失って分解していった。

「やれやれ……とんでもないお嬢さんだ」

 腕の中に崩れ落ちたカリーヌの体を支え、レリアの上着を着せてやりながら佐々木はやれやれと思った。冷徹無情な鉄の女かと思えば、一皮むけばなんとまあ純情なこと。

 しかし、このままほおって置くわけにもいくまい。見ると、太陽もそろそろ山陰に半分ほど姿を隠し、雲から透けて見える陽光も黄色からオレンジに変わってきている。夏の長い日も、あと一時間もすれば星と月に主役を譲り渡すだろう。

「おーいアスカくん、無事かー!!」

「なんとかなー!! 俺は不死身だぜー」

 ここで言う台詞ではないような気もするが、アスカも元気そうに駆けてきた。

 ただ、前途はとんでもなく多難だ。さて、これからどうしたものか、佐々木はまったく良くならない環境と、いろいろ問題のある仲間達のことを思い、カリーヌを背中に背負って頭を抱えた。

 

  

 続く


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