ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第49話  過去からの翼

 第49話

 過去からの翼

 

 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾール 登場!

 

 

 話に聞いた竜の羽衣とは、タルブの村の近くに建てられた寺院の中に安置されていた。いや、この竜の羽衣を守るために寺院が建てられたというほうが正解だろう。

 シエスタの曽祖父は、歩きながら話を聞いたところでは六十年前にこのタルブ村にやってきて、そのままここに住み着いたのだという。その彼が晩年に建てたという寺院の中に、竜の羽衣は静かな輝きを見せて鎮座していた。

「これが、竜の羽衣です。わたしのひいおじいちゃんは、これに乗ってはるか東の地から飛んできたと言っていたそうです。結局、誰も信じなかったそうですが、この竜の羽衣だけは生涯大事にし続けていて、働いて貯めたお金で貴族の人に『固定化』の魔法までかけてもらって、これを守り続けたそうです。今はこれくらいがひいおじいちゃんの残したものなんですが……どうですかサイトさん」

「……」

 シエスタから説明を受けても、才人は心ここにあらずといった様子で、じっとその銀色に輝く竜の羽衣を見つめ続けている。

「なによこれ、ただの大きい鉄の塊じゃない」

「まったく、こんなものが飛ぶわけないじゃない……普通は」

 その竜の羽衣を見たルイズたちの感想は一様にそのようなものだった。ハルケギニアの人間から見れば、それはただの平たい三角形をした鉄の塊にしか見えないだろう。しかし、才人にはそれが何で、誰がどういうふうに使っていたのかを理解することができた。

「……」

 息を呑み、ゆっくりとそれに近寄る。見ると、傍らに持ち主が作って刻んだのであろう石碑が建てられていた。シエスタは、ひいおじいちゃんが死ぬ前に書き残したけど、異国の言葉で誰も読めなかったと言い、ルイズやロングビル、タバサも読むことはできなかったが、才人はそれを読み解き、ゆっくりと口に出した。

 

「CREW GUYS JAPAN隊員佐々木武雄、これを残す」

 

「え?」

 あっさりと才人が読み上げたので一行は目を丸くした。

 そして才人は、シエスタの顔をまじまじと見て、彼女が顔を赤くし、ルイズが別の意味で顔を赤くしたとき合点したように言った。なるほど、黒い髪と目、白人系がほとんどのハルケギニアでは見かけない顔つきだと思っていたけど、そういう理由だったのか。

「シエスタ、君ひいおじいちゃん似だって言われるだろ」

「は、はい! どうしてそれを……も、もしかして!」

 そこで、鈍いシエスタも、勘の鋭いタバサやロングビル、ほかルイズやキュルケも一斉に事情を理解した。才人と、そのシエスタの曽祖父とは同じ国の出身であることを。

「サイトさん、この竜の羽衣、なんだか知っているんですか?」

「これは竜の羽衣って名前じゃないよ」

 才人は懐かしそうな目で、その銀色に輝き、誇らしげにシエスタの家にあったものと同じマークをその身に刻み込んだ翼を見上げて言った。

 

「間違いない……GUYS・ガンクルセイダー」

 

 いとおしそうに機体に触れた才人の手から、ガンダールヴのルーンを通じてガンクルセイダーの情報が流れ込んできた。現CREW GUYSの主力戦闘機ガンフェニックスの一世代前の主力機、なるほど、これも武器には違いない。操縦方法、兵装、その他の情報を得て、才人はこの機体がまだ生きていることを知った。

「動くのか?」

 好奇心を抑えられず、翼によじ登ってコクピットに登っていく。ガンクルセイダーは航空機の種別で言えば、科学特捜隊の小型ビートルのようなデルタ無尾翼機にあたり、広い主翼は銀色の無塗装だったが、翼の中心にはしっかりとGUYSのエンブレムが残されている。年月を経てかすれてはいるが、佐々木隊員が何度も塗りなおしたのだろう、今でもGUYSの四文字はしっかりと読み取ることができた。

「こっちでペンキの代わりを調達するのは大変だったろうな……ん? これは」

 よく見ると、GUYSのエンブレムの横に、別の何かの絵……いや、何か紋章のようなものが描かれているのに気がついた。こちらはかなり磨り減っていて判別しにくいが、中心が青い十字型の中に、アルファベットらしきものが書かれている。

「G・U……S……GUYSのことか? でも形が違うしな」

 その奇妙な絵に疑問を覚えたものの、ハルケギニアで手に入る塗料は質が悪い上に、その絵はかすれてから『固定化』をかけられたようで、残念ながら元の形を脳内で再現するのは無理だった。ただ……

「下手な字だ」

 英語の成績がどうにか平均点をとっていた才人から見ても、その英単語はかなり歪んで見えた。GUYSのエンブレムはきっちりと描かれているのに、そっちのほうはまるで別人が書いたように塗り方が違うように感じる。だが、ハルケギニアに他に英語を使う人間などいるはずがないので、歳をとって手が震えたのだろうか。

 けれど、今はそういうことを気にしているときではない。風防を開き、座席に座って電源スイッチを入れると計器が動き始めた、六十年も前に停止されたものなのに驚くべきことだが、これが『固定化』の魔法の威力というわけか。しかし、電源は入れられたものの、GUYSメカを作動させるためのキーとなるGUYSメモリーディスプレイが外れていたために機体の起動はできなかった。それでもメンテナンスモードでコンピュータを作動させ、入力された閲覧可能なデータを見ていくうちに、この機体のフライトレコーダに行き着いた。

「これに、この機に乗ってきた……佐々木隊員の記録が」

 才人の心臓が高鳴り、計器を触る手が震える。この世界に来てはじめて、自分以外の確実な地球との接触が見つかった。ここに残っているデータを見れば、あるいは……

 呼吸を整え、残っているデータの最後の日付を呼び出す。2006/4/8、はやる気持ちを抑えてEnterキーを押すと、小さなモニター画面に一瞬砂嵐が起き、やがて鮮明な画像となって、この機体のガンカメラが捉えた映像記録が映し出され始めた。

 

 

 

〔ガンクルセイダー、バーナーオン!!〕

 操縦者である佐々木隊員の声であろう、ガンカメラの映像はGUYS基地フェニックスネスト周辺の風景から始まり、東京の町々の光景と青空が広がっていく。その前には、僚機である四機のガンクルセイダーが飛び、先頭の一機にはガンフェニックスと同じファイヤーシンボルが描かれている。

〔全機に告ぐ、侵攻中の宇宙怪獣はGUYSスペーシーの怪獣邀撃衛星V-77の攻撃をものともしなかった強敵だ。油断せず、訓練で培った実力を発揮して戦え〕

〔G・I・G!!〕

 無電入力した声が響く、才人はその声に聞き覚えがあった。何度もTVニュースなどで見た前々GUYS JAPAN隊長、セリザワ・カズヤの声だ。

 この状況はもしかして……

 そのとき、才人の様子を心配してきた一行がみんなコクピットの周りに群がってきて、当然のようにモニター画面を見て驚きの声をあげた。

「わっ、なんですかこれ、絵が動いてます」

「なんか見たことのない風景が映ってるわね。これ、街? なんでこんな角ばった塔がいっぱい建ってるの?」

 そりゃあ、彼女たちには東京の風景などわかるはずもない。才人は風防を閉じるのを忘れていたのをしまったと思ったが、先を争ってコクピットの中に身を乗り出してきている今となってはもう遅い。というより、自分の膝の上に飛び込んでこようとするシエスタと、それを妨害しようと暴れるルイズに計器が壊されないよう抑えるだけで手一杯だ。しかし、才人は日付とこの状況から、すでにこの日に何があったのかはっきりと思い出していた。

「みんなちょっと黙っててくれ! 多分、この日は……」

 いつもとは違う才人の声に、一行も黙ってモニター画面を覗き込む。やがて、ガンクルセイダーの編隊は上昇をはじめ、成層圏を突破して宇宙に出た。

「わっ、急に夜になっちゃいました」

 宇宙の概念を持たないシエスタなどが驚くけれど、今は説明している余裕はない。

 しばらくは宇宙空間を飛行している光景が続いたが、その瞬間は唐突にやってきた。

〔レーダーに反応、目標来ます!!〕

〔全機、攻撃態勢をとれ!!〕

 画面が大きく揺れ動き、編隊が一列になっていく。佐々木機は最後尾にいたが、レーダーに頼るまでもなく、前方から近づいてくる、あまりにも巨大な目標の姿ははっきりと見えている。

 

〔ディノゾール確認〕

 

 装甲のような頑強な皮膚に覆われた体、長い首と、そこに光る4つの赤く凶悪に光る目。モニターごしに見守っているシエスタたちも、その悪魔のような姿にわずかに震えていた。

〔あれが……怪獣か〕

 怪獣とすれ違いながら、慄然した、しかし聞き覚えのある声が無線から響く、現GUYS隊長アイハラ・リュウの声だ。

 もう、間違いはない。

「宇宙斬鉄怪獣、ディノゾール……やっぱり、これはあの日の」

 才人にとっても、この日は忘れられようもない。2006年4月8日、この日普段どおりに学校に通っていた才人は、突然の怪獣警報によって、学校からクラスメイトとともにわけも分からずに避難し、避難所で臨時ニュースを流すテレビではじめて状況を知ったのだ。

【二十五年振りに怪獣襲来】

 そう、かつてUGMによって冷凍怪獣マーゴドンが倒されて以来、地球には一切出現していなかった怪獣が、二十五年ぶりに襲来してきたのだ。

〔全機、攻撃開始!!〕

 セリザワ隊長の命令で、ディノゾールの後ろで反転した編隊は奴の背中へ向けてミサイル攻撃を開始した。

 ガンクルセイダーの翼の下に装備されたロケットランチャーが火を吐き、五機から発射された数十発の弾丸がディノゾールに命中して派手な爆発を起こす。しかし、奴の頑強な外皮はこれだけのミサイルが直撃したというのに傷ひとつなく、進路を変える様子もまるでない。

〔くそっ!!〕

 攻撃が通用しないことに対する佐々木隊員の舌打ちが響く。しかし、ディノゾールを追い抜いて奴の前に出たとき、突然仲間の二機が何の前触れもなく爆発を起こした。

〔そんな!!〕

〔断層スクープテイザーか……〕

 撃墜された二機は恐らく何が起こったのかも分からなかっただろう。ディノゾールの武器は、その口から伸びる全長一万メートルにも及ぶ長い舌『断層スクープテイザー』、これは長い射程と鉄をも切り裂く威力を持ち、何より直径わずか一オングストロームという細さのため人間の目ではまず見えない恐るべき凶器だ。

 残った佐々木機を含む3機はさらに反転し、あきらめずにミサイルを放つが、この機体ではディノゾールには勝てない。必死の思いで放ったミサイルもディノゾールの表皮にはまったく通用せず、前を飛んでいた一機が右の翼を切り落とされて爆発した。

 佐々木機は何とか仲間の破片を回避したものの、爆発の影響が機体に与えるダメージまでは逃れられなかった。衝撃波が機体を揺さぶり、コクピット内にエマージェンシーを伝える警報が鳴り響く。

〔こちら佐々木機、操縦不能!!〕

 爆発の影響で一時的に計器を麻痺させられた機体は操縦桿のコントロールを失い、自動衝突回避システムもいかれてしまって、よろめいたまま最初の進路、すなわちディノゾールに正面から突っ込んでいってしまう進路で機位を固定されてしまった。

〔佐々木、回避しろ!!〕

〔佐々木先輩ーっ!!〕

 セリザワ隊長とリュウ隊員の絶叫も時間を止めることも戻すこともできない。

〔だめだっ!! 隊長、リュウ、地球を、頼みます!! うぉぉぉ!!〕

 ディノゾールの体が急速に接近してきて、左の翼が奴の体に触れて機体が大きく揺らいだ、そして、視界が光に包まれて……

 

 フライトレコーダの画像もホワイトアウトし、[ERROR]の文字が画面を埋め尽くす。

 それから、実時間でどれほどが経ったのかは分からないが、コンピュータが復帰すると画像もゆっくりと色合いを取り戻していき、同時に佐々木隊員の無事を示すように彼の声が響いた。

 

〔ここは……どこだ……〕

 

 視界がひらけたときは、佐々木隊員のガンクルセイダーは見知らぬ砂漠の上を飛んでいた。

 あの光の中で、最後まで離さなかった操縦桿はいつの間にか飛ぶことになっていた大気圏内の重力の中でも機体を水平に保ち、ガンクルセイダー自身もまた、システムを回復させて平常と変らない状態で、自らを操る主人の次なる指令が操縦桿から来るのを待っていた。

〔いったい……いつの間に大気圏内まで戻っていたんだ? この風景は、日本近辺のものじゃないな〕

 自分に何が起こったのかを必死で脳内で整理しながら、佐々木隊員はそのまま機体を直進させ続けた。そうすると、超音速で飛べるガンクルセイダーはすぐに砂漠を抜けたものの、後には古式とした電信柱すら見当たらない町々や、現在では遺跡以上の価値をなくした城が見えてくるだけで、いくら飛ぼうと近代的な街はまったく見えず、通信にも誰も応答しない。

〔GPSにも反応がない……まさか、タイムスリップしてしまったのか?〕

 過去にも、超獣攻撃隊TACの戦闘機が、タイム超獣ダイダラホーシとの戦闘中に、奴の時空移動に巻き込まれて奈良時代まで飛ばされてしまったことがある。そう思った佐々木隊員はガンクルセイダーを一旦上昇させて、広範囲から地上を観測しようとして驚いた。

〔月が、二つある!? これはまさか、どこか別の星にワープしてしまったのか?〕

 佐々木隊員の絶望感に包まれた独語の後、ガンクルセイダーは、そのまま海の上や広大な密林の上を飛び続けた。

 止まるわけにはいかなかった、ここが別な星だとすれば、そこの宇宙人が地球人にとって友好的である可能性ははなはだ低い。過去にも、アトランタ星へ探検に出かけた宇宙飛行士がそこの星人に殺されて、その飛行士に成り代わって侵入してきた星人によって、防衛チームMACがあわや壊滅しかけたことがある。

 その間にも、ガンクルセイダーに詰まれた観測機器を使って地上の様子をスキャンし、彼はここがどういう星なのかを知ろうとしていた。

〔大気組成、重力は地球とほぼ同じ……住民はほぼ完全なヒューマノイド……というより地球人型、文明レベルは数百年前の地球と似ているが、少なくとも地球にドラゴンやらグリフォンなんかはいないよなあ〕

 分析に没頭することで、なんとか精神の動揺を抑えようとしていたのだろう。けれども、観測すればするほど、この星が地球によく似ているが、決して地球ではないという結論を強固にするしかなかった。

 しかし、ガンクルセイダーの燃料にも限界がある。観測した結果によると、この星は文明は遅れているが、文化は地球に似ているようだ。まさかいきなりとって喰われはしないだろうと覚悟を決め、どこかに着陸できる適当な場所はないかと、地上をスキャンした画像をいくつか確認した佐々木隊員は、最初に転移してきた場所からそれなりに近くて、なおかつこの星の原住民がいて、さらにあまり目立たない国のはずれにある場所、つまりハルケギニアのトリステインのタルブ村のある場所へとやってきて着陸し、記録はそこで終わった。

 

 

「ふぅ……」

 スイッチを切って、才人は座席に大きく体を横たえた。

 あの後のことは才人も避難所で生放送で見てよく知っている。GUYSの必死の防衛線を突破して地球に侵入したディノゾールによって、残った隊長機も撃墜され、CREW GUYS JAPANはリュウ隊員一人を残して全滅する。

 地上で暴れまわるディノゾールに対して全戦闘機を失ったGUYSはなす術もなく、才人のいる避難所にもディノゾールの手が伸びてきたとき、才人が子供の頃から夢見続けてきた光景がそこに起こった。

 突然空から現れ、ディノゾールの前に敢然と立ちふさがった新たなる銀色の巨人。

「ウルトラマン!?」

 避難しようと走っていた橋の上で、才人たちはそのときはじめて本物のウルトラマン、ウルトラマンメビウスの姿と、その戦いを見たのだ。

 そして、ディノゾールは倒され、それから一年にわたるメビウスと新生GUYSの戦いが始まっていくことになる。

 ガンクルセイダーは性能不足として退役し、代わりに超絶科学メテオールを搭載した新鋭機ガンフェニックスが配備されることになるが、まさかその転機となった戦いに、まだ生き残りがいたとは……

 だが、もしかしたら地球への手がかりがという期待は裏切られた。考えてみれば、そんな方法があるなら佐々木隊員がとっくに帰っているだろう。それにしても、ディノゾールとの戦いは才人から見ればまだ数年前なのに、この佐々木隊員がハルケギニアにたどり着いたのは、六十年も昔だという。異次元物理学がどうたらこうたらは才人には分からないが、以前エースが言っていたように、このハルケギニアは異世界との壁が薄い世界なのだろうか。

 

 だがそうやって考え込んでいると、頭の上からおでこを叩かれてはっと顔を上げた。

「こら、なーにを深刻に考え込んでるのよ。さっきの怪獣のこと知ってるんでしょ、説明しなさいよ」

「……ああ、あれは俺の国で起こった怪獣との戦いの記録だ。宇宙斬鉄怪獣ディノゾール……」

 才人はゆっくりと、そのときのディノゾールとの戦いのことを噛み砕いて説明した。もっとも、口で言ってどこまで納得してもらえるか自信はなかったが、さっきの記録映像がなによりの説得力となっていた。

 

「そうですか、ひいおじいちゃんはサイトさんの国の戦士だったんですか」

「ああ……おれは専門家じゃないからわからないけど、何かの事故でハルケギニアに来てしまったんだろうな」

 多分、ディノゾールとの衝突によるエネルギーが時空を曲げて……と仮説を立ててみたが証拠は何もない。

 だが、このガンクルセイダーはほぼ完全な形で保存されていた。ディノゾールとの戦闘の際に損傷を負いはしただろうが、完全に修理、整備した状態で『固定化』がかけられていた。恐らく、地球と自分をつなぐ唯一の証明であるこの機体を見捨てることができなかったのだろう。

 最初にこの機体が空を飛ぶ機械だと思わなかったルイズたち一行も、以前ミラクル星人の円盤という例を見たことがあるために、あの映像が事実だとすんなり受け入れてくれたようだ。

「ところで、このガンクルセイダーっていうの、今でも飛べるの?」

「……無理だな」

 電源を落とし、コクピットから出ると才人はルイズの問いに短く答えた。実際は整備は万全だし、燃料もまだ少々は残っているが、GUYSメモリーディスプレイがなくては動かせない。もしかしたらこの村のどこかに残されているかもしれないが、わざわざ動かす用事もないし、よしんば動かせたとしても衆目をいらない意味で集めてしまうだろう。そうなってアカデミーの研究材料なりなんなりにされてバラされてしまえば佐々木隊員の思いを無駄にしてしまう。

 

 そして機体から降り、高揚しきっていた気持ちを落ち着かせて寺院から出ようとしたとき、黒い髪の壮齢の女性が扉の前に立っていた。

「お母さん」

 シエスタの母は、シエスタの雰囲気をやんわりとしてわずかにしわをつけたような優しい笑顔を見せて、才人に話しかけた。

「お探しのものは見つかりましたか」

「……ええ、ちょっと懐かしいものを見つけまして興奮してしまいました。お見苦しいところを見せてしまいまして、申し訳ありませんでした」

 思えば随分我を失っていた。シエスタにも迷惑をかけてしまっただろうと思い、才人はおとなしく頭を下げた。

「いいえ、いいんですよ。おじいさんの残してくれたこの飛行機、実は昔一度だけこの翼が飛んだ姿を見たことがあるんですが、そういえばあのときのおじいさんはあなたによく似ていました」

「えっ?」

 才人の顔をじっくりと見つめるシエスタの母の顔は、どこか懐かしそうだった。だけど、その一言を聞いてシエスタのほうが驚いて声をあげた。

「お母さん、竜の羽衣はおじいさんが来て以来、一度も動かさなかったんじゃあなかったの?」

「黙っていましたが、三十年前、お母さんがあなたぐらいのころ、動かしたことがあったんです。そう、今思えばこの飛行機が飛んだことも何もかも夢のような日でした」

「そんな、お父さんも村のみんなもそんなことは一度も」

「お母さんと、おじいちゃんだけの秘密だったんですよ。あのときはまだおじいちゃんも元気でした。そして、あの日、おじいちゃんがこのタルブ村を救ってくれたんですよ」

「えっ!?」

 佐々木隊員が、ガンクルセイダーを動かしてタルブ村を救った? それはいったいどういうことかと、シエスタだけでなく、才人たち一行もシエスタの母を見つめた。

「冗談ではないですよ。あのときおじいさんがいなければ、このタルブは今はなく、あなたも私も存在しなかったでしょう」

「どういうことお母さん、それになんでそんな大事なことを黙ってたの?」

「せめて三十年は誰にも言わないと約束していたのです。けれど、あなたとあなたのお友達、そして……」

 シエスタの母は言葉を切ると、才人、その後にルイズの顔をじっと見た。

「あなた、すみませんがもう一度お名前をうかがってもよろしいかしら」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、それがどうかしたの?」

「やはり……ならばあなたにはぜひ聞いてもらいたいです。あの不思議な夏の日の出来事と、この村を救ってくれた、不思議な、けれどとても勇敢な人たちのことを」

 

 シエスタの母は静かに眼を閉じ、古い記憶に身をまかせ始めた。

「……あれは、三十年前の、どんよりとした曇った夏の日のことでした。当時は私も十六で、祖父といっしょに山仕事の手伝いをしに泊りがけで山小屋で一月ほど過ごし、村に帰ろうと山道を下っていたのです。ですが、途中で街道に下りようとしたとき、旅の行商らしい一台の馬車が盗賊の集団に襲われているのを見つけたのです……」

 

"ひゃはは!! 野郎ども、金目のものは根こそぎぶん取れ!! 女はかっさらえ!!"

"ひぃぃ! 命ばかりは!!"

"ばぁーか! 目撃者を生かしておくわけねえだろ、皆殺しだあ!!"

 

「それは、最近この辺で噂になっていた盗賊団でした。傭兵くずれが集まって徒党を組み、あちこちを荒らしまわっているけど、目撃者がほとんど殺されてしまうために実体をつかみきれずに、国の役人も手を焼いていたそうです。私たちは、それを茂みの影から見ていましたが……」

 

"おじいちゃん、あの人たち、殺されちゃうよ"

"あいつら……レリア、お前はここを動くなよ"

 

「正義感の強い祖父は、私を茂みに隠すと、そのときもう五十を過ぎた身でありながら、山仕事用のなただけを武器に、盗賊たちに挑んでいきました」

 

"うぉぉっ、この悪党どもが!!"

"なっ、なんだ役人か!?"

"違う、じじいが一人だ。かまわねえ、いっしょにぶっ殺せ!!"

 

「祖父は勇敢に戦い、盗賊たちと互角に渡り合いました。けれど、そのとき馬車に乗っていた人はほとんどやられて、残っていたのは大きな帽子をかぶっていた金色の髪をした少女と、彼女を守ろうとしていた風変わりな服を着た黒い髪の青年一人だけでした。祖父は彼と協力しながら必死で防戦しましたが、盗賊は十人以上で多勢に無勢、次第に祖父たちは追い詰められていきました」

 

"大丈夫か若いの?"

"まだまだだぜ、こんな連中に負けられっかよ!"

"ははあ、いきがるなクズども! さっさとその娘をこっちに渡せば、命だけは助けてやるぜ"

"ざけんな!! 俺は最後まであきらめないし、逃げもしねえ!!"

"そのとおりだ、それにさっき目撃者を生かしておかないと言ったのは誰だ、下手な脅迫をするな!"

 

「盗賊の脅迫を正面から拒絶し、二人は戦い続けました。祖父は盗賊の剣を奪い、青年はなにやら格闘技のようなもので、少女をかばいながら攻撃を流していました」

 

"ぬぉぉっ!! この佐々木武雄、老いたりとはいえ盗賊ごときに負けはせん"

"えっ! じいさんもしかして……あっ、あぶねえ!!"

 

「その一瞬のことは、忘れようとしても忘れられません。祖父に後ろから盗賊の一人が斬りかかろうとしたとき、青年は積荷のリンゴを手に取り、見たこともない足を大きく上げる構えをとって、投げつけたのです」

 

"ぐわぁ!?"

"しゃあ! ストライーク、バッターアウト!! ってか、見たか俺の超剛速球!!"

 

「盗賊は投げられたリンゴに気づき、しゃがんでかわそうとしました。けれどもなんと、リンゴは盗賊の直前で急にストンと落ちて、避けようとした盗賊の頭に見事に命中したのです。けれど、善戦しましたが二人とも疲れが溜まっていきました」

 

"ゼェ、ゼェ……"

"大丈夫かじいさん、息が切れてるぜ"

"ハッ、まだ若い者には負けんわ。君こそ、足が笑ってるぞ"

"なんの。こんなもん十五回延長の試合に比べたらなんてことねえよ。けど、そういや最近ろくなもん食ってねえから疲れたかな……ふぅ、ふぅ"

"観念しろ、この数にたった二人で勝てるものか、ぶっ殺して身包み剥いでやる、かかれ野郎ども!"

 

「そして、とうとう盗賊の剣が二人にかかろうとした、そのときでした!」

 

"ひゃはは、死ねぇ!! えっ? ひぎゃぁ!?"

 

「突然、盗賊たちを突風が襲い、その身を空へと吹き飛ばしたのです」

 

"なっ、なんだこれは!?"

"親分、空を、空を見て下せえ!"

"あっ、あれはぁ!!"

 

「そのとき、空にはいつの間にか、無数の幻獣マンティコアが乱舞し、その上空を、ひときわ大きな一羽の巨鳥が見下ろしていたのです」

 

"第一、第二小隊降下、ドブネズミどもを一匹残さず捕まえろ。この『烈風』の目に止まった以上、もはやトリステインに生きる場所はないと教えてやれ!"

 

「ちょ、ちょっと待って、それってまさか若いころのお母様!?」

「やはり、あなたのお母上でしたか。そうです、そのとき通りかかったあなたのお母様の部隊が、祖父の窮地を救ってくれたのです。あっという間でした、盗賊たちは当時世界最強とも呼んでよかった『烈風』の部隊に太刀打ちできるはずもなく、逃げようとする者も魔法で倒され、その場の全員が捕縛されるのに一分もかからなかったでしょう。そして、降りてきた仮面の騎士、『烈風』は息を切らせている祖父たちに向けてこう言ったのです」

 

"見事な戦いぶりだった。貴君らの奮闘がなければ、我らの助けも到底間に合わなかっただろう。負傷者は我が部隊の者で、応急手当をした後町の病院に移送しよう。貴君らも、なにか不便があったら遠慮なく言ってくれ"

 

「驚きました。私がそれまでに見てきた貴族はみんな平民には高圧的で、しかも『烈風』殿は顔の下半分を鉄仮面で覆っていましたので、まだ少女だった私はその威圧感に怖がって物陰から動けませんでしたが、あの方はとても穏やかに、「そこに隠れてる子、もう大丈夫だから出てきなさい」と声をかけてくださいました。てっきり、形式的な挨拶だけで平民のことなんかそれで放り出すと思っていた私は、その公平さと気遣いに驚き、感動して深く感謝しました。けれど、その青年ときたら……」

 

"じゃあなんか食い物くれよ。積んでたもんが奴らのせいでもうめちゃめちゃでさあ、それに暴れて腹減っちまって"

 

「そのときは、あまりの無礼さに肝が冷えました。けれど、幸い『烈風』は本当に寛大でした」

 

"ふむ、よかろう。おい、部隊の予備の糧食を少し分けてやれ"

"あんがとさん! 話がわかる!"

"ふ、勇者に差別はせんさ。ところで、先の戦いは途中から見ていたが、格闘は並だがあのリンゴを投げたものはたいしたものだ。よほど肩を鍛えていなければできまいが、それより投げた球が途中で急に落ちるとは"

"へー、分かるのか、いい目をしてるな。ウルトラフォークっていうんだ。俺の決め球なんだぜ"

"ほぉ、それは大したものだ。だがそれはともかく、隊商のリーダーが意識不明では話ができん、代わりに聞くが、この一行はどこへ何の目的で向かっていたのだ?"

"さあ、俺は行くところがなくてそこのお嬢さんに拾われて、途中まで相乗りさせてもらってるだけだから"

"そうなのか?"

 

「そう『烈風』に聞かれて、その少女はこくりとうなづき、帽子を押さえたまま、これからアルビオンというところに向かうはずでした、と答えました」

 

"そうか、だがこれではな。それで、そちらのご老体、貴君らは?"

"我らはこの先のタルブ村の住人です。これから村に戻る途中、偶然馬車が襲われているのを見つけまして。そうだ、君たちタルブに来ないか? お仲間がよくなるまでうちにいればいい。なあに、二人ぐらいなんとでもなるさ"

"えっ、いいのかよじいさん"

"いや、ちょっと待て、タルブには、まだ行かないでほしい"

 

「タルブに帰らないでほしい。その言葉に、私と祖父は驚き、その意味を問いただしました」

 

"実は、ここ数週間タルブ村周辺に気象上ありえないほどの霧が発生し、タルブ村から人が来なくなり、村へ様子を見に行った者も誰一人帰ってこない。タルブ村はラ・ロシェールの目と鼻の先、早急な解決をと領主のアストン伯から懇願があって、我らが派遣されてきたのだ"

"それで、あなた方はこれから……"

"早急に現状の把握と解決に当たる。貴君らには負傷者と罪人の移送のために一隊を裂くので、それに乗って近隣の町で待っていてくれ、滞在費用などはこちらで出す"

 

「しかし、祖父は納得しませんでした。いいえ、『烈風』ほどの部隊が動いていることにタルブの危機を感じ取ったのでしょう。貴族に向かって毅然として言い放ちました」

 

"私も連れて行ってください!"

"何? 馬鹿を言うな、これは平民の口を出すことではない。有事の際に働くのは、我ら貴族の責務だ"

"いいえ、あれは私の第二の故郷です。あなたと同じように、私にはあの村を守る責任があります。遠くから黙って見ているだけなんてできません! それに、現地住民の協力が役に立つこともあるでしょう"

"おぅ! じいさんいいこと言うぜ。自分の故郷は自分の手で守らねえとな! よし、俺も手助けするぜ!"

 

「どんと胸を張って助っ人を申し出るその青年の姿は、なぜかとても頼もしかったです。『烈風』は、本来なら強制的に命令に従わせることも、置き去りにすることもできたでしょう。しかし、あの人はそうして権威をふりかざすのを嫌っておいででした。しばらく考慮された後、あの方は言ったのです」

 

"よかろう、現地協力員として同行を許可する。ただし、足手まといになるようなら放り出すからな"

"G・I・……おっと、昔のくせでして、失礼いたしました。私は佐々木武雄と申します。お見知りおきを"

"ふむ、その立ち振る舞いに隙がないとは思っていたが、やはりどこかの軍隊にいたのかな? まあいい、ところでそちらのお嬢さんはどうする? 一騎貸して送り届けようか"

 

「そのとき、私はその不思議な雰囲気をかもし出している少女を、祖父の影からじっと見ていました。真夏だというのに、日を避けるにしては大きすぎる帽子を目深にかぶった金髪の少女は、暑いだろうに帽子をしっかりと握り締めたままいました。私はその少女があまりにも華奢に見えるために、街に戻ると言うと思っていました。けれど」

 

"いえ、私も連れて行ってください"

"なに、馬鹿を言うな。これから行く場所は危険かもしれんのだ、関係者ならともかく、無関係な者を連れてはいけん"

"いいえ、助けていただいた恩をそのままにしておけません。お願いします、足手まといにはなりません"

"馬鹿な、お前のようなひ弱な……"

 

「『烈風』の言うことももっともでした。どう見ても戦うどころか、ちょっと走るだけで息を切らせそうなくらいか弱そうな人でしたから。けど、その人ははっとするような美貌の中に、強い意志を秘めた瞳をしていました。そう、あの『烈風』の眼光に負けないくらい。やがて『烈風』もついに根負けしたように」

 

"……仕方が無い、二人も三人もこの際変わるまい……名前は?"

"ティリーと申します。よ、よろしくお願いします"

"うむ、改めて名乗らせてもらおう。私は魔法衛士隊マンティコア隊隊長カリン、二つ名は『烈風』、覚えておけ! それでそっちの若造、お前の名は!?"

"俺はアスカ・シン、よろしく!"

 

「それが、運命だったのかはわかりません。ただ、私はその日のことを……そして、タルブを救ってくれた祖父たち四人の勇者のことを忘れた日はありませんでした」

 

 三十年前、タルブを襲ったある事件。シエスタの母から語られ始めたその過去は、まだ始まったばかりだというのに才人やルイズ、シエスタたちにも衝撃的なものとなって降りかかっていた。

 かつて、六十年前に才人の世界から迷い込んできた旧GUYS隊員佐々木武雄、いまや生ける伝説と化しているトリステイン最強騎士にしてルイズの母、『烈風』カリン、そして彼らとともにあったという不思議な青年の名を聞いたとき、才人とルイズの心臓は飛び上がった。

 

「ねえサイト……アスカ・シンって名前」

「ああ、三十年前にオスマン学院長をアリゲラから救ったって人だ……その後、こんなところにやってきてたのか」

 

 才人とルイズはかつてフーケ事件の際に、ガッツブラスターを譲られたときの学院長の話を思い出していた。

 森に迷い込んだオスマンを、ワイバーンの大群と、宇宙有翼怪獣アリゲラから救ったさらなる異世界からの闖入者、違う世界の光の戦士。

 

 ガンクルセイダーを背に、静かにシエスタの母は話を続けた。すでに天空には満天の星空とともに、美しく青く輝く月が夏の夜を照らしている。

 

 

 続く


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