ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第48話  一発必中!正義の一閃悪を撃て

 第48話

 一発必中!正義の一閃悪を撃て

 

 狼男 ウルフ星人 登場!

 

 

 怪獣ザラガスの撃破を得て、トリスタニアは歓喜の渦に包まれていた。

 

『トリスタニアを襲った怪獣、王立防衛軍の手によって撃破せり!』

 

 戦いを見守っていた人の口から口へ、噂はあっという間に街の隅々にまで伝染し、怪獣の脅威に怯えていた人々は、興奮のままに勝利の美酒に酔いしれていた。

「なあ、あのすげえ炎見たかよ。なんでも魔法アカデミーが開発した新兵器らしいぜ」

「ああ、なんと魔法衛士隊のグリフォン隊が、危険を承知で怪獣の体に直接取り付けたらしい」

「それでよ。そのグリフォン隊に同乗していた、アカデミーのエレオノール・ド・ラ・ヴァリエール女史がさ、見たけどこれがまたすげえべっぴんでな」

「だったら、隊長のワルド子爵ってのもたいした美男子なんだろ? んったくうちのかかあが見惚れちまって困ったもんだ」

 平民の間にも、エレオノールとワルドの名はすでに知れ渡っていた。これは、この機に乗じて貴族の威信を回復しようと考えたマザリーニ枢機卿が独自に行動して噂を流させたのである。

「貴族なんて口ばかりの愚図ばかりと思ってたけど、ちったあやるものだな。うちの子なんか、大きくなったらグリフォンに乗って戦うなんて言い出して、平民じゃ魔法衛士にゃなれないっての」

「いいや、なんでも軍では平民を集めた幻獣の部隊も企画しているらしい。他にも、軍で手柄を立てたものは貴族に取り立てたり、学のあるものに官職を与えてくれたりもするらしい」

「おいおい、そりゃいくらなんでも冗談だろ。トリステインじゃ法律で、平民は官職についたり領地を持つのを禁じてるじゃないか」

「その法律が変るそうだ。なにより平民出身の銃士隊って例があるじゃないか、姫殿下はあれをもっと拡大なさるらしい。文句を言う貴族どもも、今じゃすっかり数を減らしたし、なにより姫様に圧倒的な支持がある」

 マザリーニの流言操作はさらなる方面でも効果を生んだ。彼が流させた噂はひとつではなく、アンリエッタが考えている改革のいくつかの草案も混じっていたのだ。案の定、それは明るいニュースに明るいニュースが重なることで、人心をよい方向へと促していく。マザリーニは普段あまり表には出てこないが、こういうアンリエッタの考えの及ばない影の仕事で改革を支えていた。

「そりゃすごい、俺も軍に志願してみるかな……」

「お前じゃ無理だろ。それよりも、あの怪獣の死骸、見に行ってみないか?」

「よし、じゃあ行くか」

 黒こげとなったザラガスの死骸は、今やトリステインの名物になりかけ、大勢の人目を集めている。とはいえ、生物の死骸はいずれ腐るので近々排除されるだろう。しかし今は、これを利用して初めて防衛軍が怪獣を倒したことがここぞとばかりに喧伝され、これまでに失った威信を一気に取り戻そうとしていた。

 

 

 一方、王宮では一躍英雄となったワルドとエレオノールが、アンリエッタ姫から直々にお褒めの言葉をいただいていた。

「ワルド子爵、お見事な活躍でした。あなたの活躍は、この国の歴史に深く刻まれ、語り継がれていくことでしょう」

「もったいないお言葉です。姫殿下」

 アンリエッタの祝福の言葉に、ワルドは後ろに控えたグリフォン隊の隊員たちと共に恭しく跪いて頭を垂れた。

「ミス・エレオノール、今回は貴女方アカデミーの協力があってこその勝利でした。しかも学者の身をおしての前線参加とは、その勇気と功績はすばらしいものでした。あれほどの兵器をもう一度作れないのは惜しいですが、その知力をこれからもトリステインのためにお役に立てていただけますか」

「姫殿下のお心のままに、微力を尽くさせていただきます」

 ワルドと並んでエレオノールも、救国の英雄の一員として栄誉を受けていた。なにせ、やっと掴んだ勝利である、王国としては国家の求心力を回復するためにも、この機会を最大限に活かさなければならないために、多少大げさにでもこのことを宣伝しなければならない。その点この二人は絶好の広告塔で、これから姫とともにパレードやパーティに出席することになる。才人などだったら嫌がるだろうが、貴族にとっては名誉なことなので、今日一日注目の的となるだろう。

 ようは国威発言と戦意高揚のために利用されるということで、傍目にはあまりきれいに見えないが、戦争に強いのは大体こんな国である。ろくでもない話でしかないけれど、悪に対抗するためには善だけではだめである。そうなると、こちらも悪に染まることになると背反することになるのだが、この人間世界というもの自体が神の世界には程遠い欠陥機械であるのだから、例え歯のかけた歯車や、濁った潤滑油でも止まらせないためには使わなくてはならないのだ。

「ワルド子爵、数日後にはアルビオンに使者として旅立つあなたが、このような戦果をあげえたとなれば、よい土産話になるでしょう。あなたのような貴族の鏡のような方を得られることは、わたくしにとってこの上ない誇りですわ」

「私は殿下のいやしい僕にしかすぎません」

 あらためて恭しく跪いてワルドは礼を返した。しかし、人に見られないように下げたその口元が、なぜかうれしさとは別の形で歪んでいたのを、隣にいたエレオノールはちらりと横目で見て、姫様から祝福されているというのに、何を不謹慎な顔をしているのだと不審に思っていた。

 ただ、今回多少ワルドを見直したのも確かである。やってみてわかったことだが、あの火石を正確に風石の防壁と釣り合いが取れるタイミングで起爆させるには、母の言ったとおり自分くらいに魔力の微調整が利くメイジでなければならなかった。もし、ワルドやその他の騎士に任せたらトリスタニアごと消し飛んでいたかもしれない。まぁ、自分も火石の火力を読み損なって、エースに怪獣を上空に投げ飛ばしてもらわなかったら半径二百メイル四方が吹き飛んでいただけに、大きなことは言えないが、一応、怪獣の元まできちんと運んでもらったことには感謝している。

 とはいえ、実はワルドにはほかに選択肢がなかったとも言える。

 風の系統の上級スペルには、空気の塊で自分の分身を作って遠隔操作するものもあるのだが、最初の作戦の打ち合わせのときにワルドはそれを使って陽動しながら安全に爆弾を運ぼうと主張した。だが、起爆はエレオノールがやるのに、自分は女性に危険な仕事をさせて安全なところにいる気かと、即座に却下された。これにワルドは、ならばエレオノールは自分が運ぶから陽動に分身を当てようと言うと、部下に身を張らせて隊長が分身にやらす気かとこちらも却下された。

 そして、くだらないことに精神力を浪費するよりエレオノールの護衛に全力を尽くせ! 死に急ぐのも愚かだが、わが身の安全を第一に考えるような指揮官の下で、自殺志願者と自己陶酔家以外の誰が命がけで戦うものか。そんな部下しかいないから弱いんだと、『烈風』直々にこってり絞られていたのだった。

 けれど、ワルドの態度を不愉快に思っても、今は姫様のお話の最中である。余計な方向に行きかけていた思考をすぐさま元に戻して、エレオノールはアンリエッタの話に耳を傾けた。

「さて、お二人とも顔を上げてください。あなた方は大変な栄誉をあげましたが、形あるものでの報酬も必要ですわね。まずはミス・エレオノール、アカデミーの研究費用を、年間五百エキューの増額が認められました。わずかですが、助けになれば幸いです」

「感謝の極み……一ドニエたりとも無駄にはいたしませぬ」

 研究機関であるアカデミーには、研究費用の増額は素人が余計な援助をする以上に助けになるだろう。施設、研究材料、資料、その時々に応じて増やすことができる。

「また、ワルド子爵、あなたにも特別に便宜を図らせていただきました」

「わたくしごときのために、もったいないことです。それで、いかように?」

 あくまで紳士的に礼を尽くすワルドにアンリエッタもにこやかに笑い、軽く手を二回叩くと、玉座の後ろのカーテンの陰から、肩に小さな文鳥を乗せた麗人が姿を現した。

「賞品は、わたくしです」

「……は?」

 公爵夫人の唐突な言葉に、ワルドだけでなくエレオノールやグリフォン隊の隊員たちも、その意味を量りかねて数秒間自失の海を泳いだ。しかし、特に頭の回転の速い二人、当然ワルドとエレオノールが理解という岸辺にたどり着いたときの反応はそれぞれ異なっていた。前者は驚愕と底知れない恐怖、後者は歓喜と愉悦に。

「喜んでください。貴方方の素質を見込んで、この『烈風』カリン殿が、専属の教官となってくださることを承知してくださいました。かつてトリステイン最強とうたわれたお方の指導を受けて、より素晴らしい部隊に生まれ変わったグリフォン隊の姿を、わたくしは期待しています」

「姫殿下のたっての頼みで、お前たちを鍛えてやることになった。今回は勝ったが、魔法衛士隊の練度がいちじるしく低いのが確認できた。とりあえず一ヶ月間、そのたるんだ根性を叩きなおしてやるからそう思え!」

 もうそのときに、ワルドを含めてグリフォン隊で勝利の高揚感を残している者は誰一人存在しなかった。

 かつて最強とうたわれた三十年前のマンティコア隊。しかしその訓練は苛烈で"実戦では誰も死なないが、訓練で皆殺しにされる"とさえ言われた恐ろしさで、新入隊員の百人のうち九十九人が三日で脱落すると恐れられていた。なにせ、隊員たる最低の条件が"隊長の使い魔ノワールについていける"であるからその厳しさがわかるだろう。

 現在のマンティコア隊の隊長、ド・ゼッサール卿がその当時の隊員の一人だが、「当時は一日に半分が脱走した。翌日には片手で数えられるほどになっていた。三日後にあの方の目の前にいるのは私一人になっていた。今、私はあの方のいた地位を預かっているが、同じことはとてもできない、なぜかって? 私は人を生きたまま殺すなどという器用なことはできないからな」と、苦笑混じりに語っている。

 ただし、彼はベロクロン戦でほぼ壊滅した三つの魔法衛士隊のうちの数少ない生き残りとなり、今はその再建に努力しているから、彼が『百人のうちの一人』になれた成果は老いてなお活かされているのだろう。

「こ、光栄でございます……」

 全身からこれ以上ないくらいに汗を噴き出しながら、乾ききった喉からやっとのことでワルドは言葉を搾り出した。あの『烈風』のしごきの恐ろしさは、幼い頃から間近で見てきた彼が一番よく知っている。しかも、今は代員はいないから脱落は許されないだろう。

 エレオノールは、そんな血の気を失いきって死人のように見えるワルドを横目で見て、「あの弱虫ジャンがどこまで耐えられるかな?」と、意地の悪い愉悦に笑いをこらえるのを苦労していた。

 だがそれにしても、お母様が本気で戦うのは初めて見たけど、子供の頃お父様から聞かされたお母様の話は本当だった。それまでエレオノールは『烈風』の伝説を、かなり誇張されたものだと思っていたのだが、それは誇張でもなんでもなく、単なる事実であった。それはよいのだけれど、お母様は現役を退いてから三十年も過ぎたというのにこの強さ、もしそのまま現役に居続けたとしたらどれほどの伝説を増やしたのか? 結婚を期にととは言っているが、自分なら結婚しても引退などしない、いったい三十年前に何があったのかと、彼女は自らの母の知られざる過去に思いをはせた。

 

 

 そんな騒ぎも日が暮れて沈静化し、才人とルイズも妖精亭の二階で借りた部屋で休みをとっていた。

「やれやれ……今日も大変な一日だったな」

 ベッドの上に並んで腰を下ろして、才人がやっと休めると息をついた。

 怪獣が倒され、近隣の町々から集められてきた医者や、姫殿下の命で民衆の治療に駆り出された水系のメイジたちによる診療も一気に進み、二人も治療を受けることができた。もっとも、エースのおかげで回復は常人を超えているのだが、一応人に見せるときのために目にはまだ包帯をしている。

 ともあれ、明日からはまた気楽な旅行の続きだ。明日に備えて早めに寝るかと、才人がベッドに横になろうかと思ったとき、ぽつりとルイズが話しかけてきた。

「ねえサイト、最近わたし、少し思うことがあるの」

「ん?」

 藪から棒にと思ったが、ルイズの真剣な口調は才人の眠気を一時的にも払う作用があった。

「それで、なんだよ」

「ウルトラマンAのことよ」

「えっ?」

「正確には、エースも含めてこの国と世界、そして、あたしたちのことよ。思えば、この数ヶ月でハルケギニアは大きく変わった、いえ変りつつあるわ。ヤプールの侵攻と、その影響で目覚めた怪獣達によってね」

 変った、か。そういえばルイズに召喚されたときと今では、この世界の印象が違って見える気がしなくもない。

 端的に表現すれば、あのときに比べてこの世界は大きく動いている。一般レベルで言えばあまり変化は見られないかもしれないけれど、世界は新たに、そして強引に流入してきた新たな概念、危機、存在によって、まるで人体が侵入してきたウィルスに抗体を作ろうとしているかのように変動している。平民部隊である銃士隊の設立、アンリエッタの数々の改革がそれに当たるだろう。

「そんな中で、わたしの存在はなんなのかって……これまでわたしは魔法が使えない、"ゼロ"としてさげすまれ、魔法が使えるようになることが最大の望みだったけど、超獣の前にはあたしが欲し続けた魔法もまるで無力だった」

 ルイズの独白を、才人は黙って聞いていた。返事はしない、まだそれを求められてはいない。

「笑っちゃうでしょ、死ぬほど欲しがっていた宝石が、実はガラス玉だと知ったときの気分は……けれど、代わりに比較にならないほど強大な力を手に入れた。いえ、貸してもらった」

 自嘲を言葉のうちに混ぜ、ルイズの独白は続く。

「それからは、しばらくは自分がゼロだっていうことを忘れることができた。いいえ、魔法なんて無力なものだって、自分をごまかしていたのかも……けれど、ウルトラマンの力で負けて、魔法の力が敵を倒した。わたしは本当は何もできないゼロのままじゃないかって、何にも変れてない、借り物の力で自惚れて、たまたまあのとき選ばれただけで、力のないわたしは無価値なゼロなんじゃないかって……急にそう思ったのよ」

 そういうことか、才人はルイズの悩みを理解した。最初この世界に来たとき、魔法を使えることが絶対の価値観とされるこの世界で魔法の使えないルイズは、大勢から蔑まれていた。そのときの劣等感と孤独感が、敗北で一気に噴き出してきたのだろう。

 力の無い苦悩か……才人の脳裏に、テレビや映画、漫画や小説で見た、かつて地球を守るために戦った大勢の人々と、彼らを助けてくれたウルトラマンたちの長い戦いの記憶が蘇ってくる。国語の教科書やドラマのように気の利いた台詞は言えないかもしれないが、ここで黙っていては男の名折れだ。十数秒の沈黙の後、自分なりの答えを出した才人は、黙って自分の反応を待っているルイズに話しかけた。

「なあルイズ、お前ロングビルさん好きか?」

「は? あんた何言ってるの、ここのオカマの気にあてられておかしくなっちゃった?」

「誰がそんな方面の話してるよ、人間として好きかと聞いてるんだ?」

「え……そりゃあ、最初は信用できなかったけど、今じゃ改心して真面目に働いてるみたいだし、それなりには」

「じゃあ、土くれのフーケは好きか、嫌いか?」

「嫌いに決まってるじゃない。貴族の名誉を散々貶めてくれた盗賊よ、途中からヤプールに操られてたとしても、許せないわ」

「けど、フーケは土くれと恐れられたすごいメイジだったけど、今のロングビルさんは魔法が使えない。同じ人なのにどうして片方好きで、片方嫌いなんだ?」

「そ、そりゃあ……」

 ルイズが口ごもると、才人は口調に笑いを込めて続けた。

「そんなもんだよ"力"なんてさ、すげえ奴はすげえと思うけど、スクウェアメイジの盗賊なんてお前もなりたいとは思わないだろ。もしもだけど、お前がトライアングルやスクウェアを鼻にかけて、平民をいじめて楽しむような連中と同類だったら、メシが喰えなくてもとっくにおれはお前のところから出て行ったね」

「なによ、使い魔かご主人様を見捨てたって言うの?」

「おれは人間だからな。それに、おれは小さい頃からウルトラマンが好きだった。マン、セブン、ジャック、エース、タロウ、レオ、80、メビウス……ほんとにかっこよかったし憧れた。けど、それはかっこよさや強さだけじゃない。ウルトラマンより強い怪獣や宇宙人なんていっぱいいた。けど、そいつらよりおれはウルトラマンが大好きだった。ウルトラマンは力を誇示しない、けど誰もがウルトラマンを知っている。それは常に誰かのために、傷ついてもあきらめずに全力で立ち向かっていくから、みんなの心に響いたんだ」

 ウルトラ兄弟は、地球のためにその身を投げ出して戦ってくれた。いつの時代も、その心に報いようとする人々が人類を成長させてきた。

「力は、扱う人の心しだいだって、そう言いたいの?」

「そうとってもらってもいいよ。ただ、ロングビルさんも言ってたろ、魔法の使える盗賊と使えない賢人のどっちがいいかってさ、悪事に使うようなら力なんか無いほうがいい」

「けど、わたしは力を持って姫様やトリステインのために尽くしたいの」

「それは、お前しだいだからおれのどうこう言うことじゃない。ただ、こないだお姫様がお前のことを覚えていたのは、魔法の有無とは関係ないと思うけどね」

 まあ、自分もウルトラ兄弟の記録や、少し前まで連日放送されていたメビウスの活躍を見続けていなければこんな考えは持てなかったかもと思いながら、才人は考え込むルイズにそれ以上の自論を吐くのはやめておいた。自分では正しく思えても、それを他人に押し付けるのは傲慢というものだ。ヒントや手助けはあってもいいが、最終的な答えは自分自身で出さなければ、それを信じることはできないだろう。

「ま、別に期限がある問題じゃない、のんびり考えればいいさ」

 ルイズに聞こえないように、口の中だけで才人はつぶやいた。えらそうなことを言いはしたが、元々テストで百点を狙うより赤点を回避するほうに脳みそを使うタイプである。ルイズが変な方向に行こうとするなら止めはしようと思うけれど、どう考えてどう行動するかにいちいち文句をつける気はない。

 

 けれど、二人がそうしてそれぞれの考えをぶつけていると、耳に学院でも聞きなれた軽快な足音が近づいてくるのが聞こえた。

「サイトさん、ミス・ヴァリエール、お夜食いかがですか?」

 どうやらシエスタがスープか何かを持ってきてくれたようだった。

「ありがとう……けど、見えないんじゃちょっと食べづらいかな」

 話すのを中断してスプーンを手探りでとったものの、才人はちょっと困ってしまった。

 完全に目隠しされた状態でスープは難しい。せめてパンとか手づかみできるものだったらありがたかったのだが、慣れない状態では火傷しかねない。ルイズなどは「使えないメイドね」と怒っているが、シエスタは思いもかけないことを言った。

「はい、わかってますけどあえてスープにしてもらったんです」

「へ? んじゃあ……」

 なんでわざわざ食べにくいものを持ってくる? と二人が疑問に思ったとき、彼女のかぐわしい香りが才人の隣に来て。

 

「はい、あーんしてください」

「えっ!?」

 

 と、永遠のパターン。なお、その0コンマ1秒後。

 

「ふざけるなーっ!!」

「うぉーっ!! あっちーっ!!」

 

 ルイズのアッパーカットが才人のあごにクリーンヒット、熱々のスープを巻き込んで才人は天井まで吹っ飛ばされると、そのまま頭から床に突っ込んだ。

 

「まあ! ミス・ヴァリエール、いきなり何をするんですか!」

 シエスタが火傷しそうな才人に駆け寄って、冷たいお絞りで拭こうとするのを、ルイズはすっくと立ち上がって見下ろし、いや、見えないのだが、見えているように真正面に立って怒鳴った。

「これはこっちの台詞よ! ちょっと気を緩めると人の使い魔を誘惑しようとして……あんたも、こんなのにデレッとしてんじゃないわよ!」

「お……おれはまだ何もしてないだろ。つうか、見えないのによく殴れるなお前」

「勘よ、勘!!」

 心眼でもあるのかお前は? 今のルイズならネロンガだろうがバイブ星人だろうが見つけられそうだ。

 

 そんな様子を、スカロンとジェシカの親子はドアの影からじっと見ていたが、あの元気なら大丈夫そうねと安心していた。

 それにしても、シエスタはせっかく男を魅了するいい方法を教えてやったのに、タイミングが悪い。多分見せ付けたかったんだろうけど、ああいうことは相手が一人のときにやって、邪魔されずに心を奪うべきなのだ。

 

 そして、そんな騒々しくも平和な時間はあっというまに過ぎ、翌朝旅立ちの時は来た。

 

「んじゃあ、また来るよ」

 スカロンとジェシカたちに店の外まで見送られて、一行は名残惜しいが世話になった妖精亭を後にした。

「気をつけてね。また来たらサービスしてあげるよ。サイトくん、今度はシエスタとデートかな?」

「いっ!?」

 突然デートなどと言われて慌てる才人にシエスタが後ろから抱きつき、頭をルイズが押さえつける。

「サイトさーん、帰ってきたら今度は二人で来ましょうね。わたしが腕によりをかけてお料理しちゃいますから!」

「ちょっとメイド! サイトはあたしの使い魔なの、あたしに許可なく連れ歩かせないわよ」

 また例によってである。ジェシカはそんな三角関係を見てカラカラと笑った。

「じゃあさ、今度来たら二人ともうちの仕事着でサイトくんに接待対決でもやる? きっと二人ともよく似合うと思うよ」

「ええっ!?」

「望むところです!」

 ジェシカのなかば本気のからかいを真に受けた二人がわかりやすい反応をするのを見て、一行はさらにおかしそうに笑った。なお、才人はこの店のきわどい衣装を着たルイズとシエスタがおれのために……と、不埒のことを考えて顔をにやけさせたためにルイズに蹴り飛ばされていた。

「さて、二人ともサイトくんをいじめるのはその辺にしておきなさい。ここにはまた帰りにみんなで寄らせてもらいましょう」

 やっとロングビルに仲裁されて、ルイズとシエスタはようやく悶絶している才人から離れた。ジェシカはそんな才人を見て、もてる男はつらいねえと人事のように言っているけど、才人には聞こえていない。

 しかし、二人は忘れていたが、才人の女難の相はこんなものではない。

「もーダーリンったら乱暴な人にからまれてかわいそう。この微熱が慰めて、あ・げ・る」

「あーキュルケおねえちゃんずるーい、サイトおにいちゃんは将来アイがお嫁さんになってあげるんだもんね!」

 と、学院一のナイスバディの持ち主と、十歳にも満たない幼女に抱きつかれて、才人は意識を回復できないままに、またルイズに頭を踏みつけられて自分の状況を知ることもできずに死線をさまよう。

 ただ、ルイズが怒っているのにこっちは平然としているシエスタを見て、ジェシカが不思議そうに言った。

「あらシエスタ、あなたは怒らないの?」

「あの二人はいいんです。ミス・ツェルプストーはミス・ヴァリエールをからかって楽しんでるだけですし、アイちゃんはお兄さんのことが好きってことですから」

 なるほど、こういう点ではシエスタのほうが多少経験値があるようだ。

 けれど、油断していたら思いもよらない相手に足元をすくわれることにもなりかねない。さて、誰が勝つことやら。のんびりと我関せずと見ているタバサだけが、蚊帳の外から嵐を見ていた。

 と、そのとき屋根裏部屋のほうからルイズの爆発にも劣らない爆発音がして、窓から煙といっしょにドル、ウド、カマの三人組が顔を出した。

「ごほっ! ごほっ! あーっ、コが、ごほっ! おンがぁ!」

「げほっ! だから無理だって言ったのに、ここはもうダイ、げほっ! もいないんだし平和に過ごしましょうよ」

「がほがほ……あー、サイトくーん、もう行っちゃうのぉ、お姉さんざんねーん、また来てねーっ!!」

 その野太いオカマの声で、才人の意識は一気に目覚めた。

「はっ、お、おいお前ら、さっさと行こうぜ!!」

「あっ、ちょっと、サイト待ちなさいよ!! まだ話は済んでないんだから!!」

 慌てて駆け出した才人を追ってルイズも走り出し、一行も苦笑しながら後を追う。

「やれやれ、じゃあ失礼します。お世話になりました」

「どういたしまして、これからも『魅惑の妖精亭』をごひいきに」

 スカロンとジェシカ、そして店員の女の子たちの笑顔に見送られ、一行は元気よくトリスタニアを後にした。

 

 

 タルブ村はトリスタニアから早馬で二日、馬車でなら三日ほどかかる距離にある。一行は途中の宿場町で三泊しながらのんびりと旅を続け、三日目の昼ごろに、これを越えたらタルブ村が見えてくる森の中までやってきた。

「もうすぐです。久しぶりだなあ、みんな元気にしてるかなあ」

「楽しそうだね、まあ故郷に帰るんだから当然か」

 見るからにはずんだ表情のシエスタを見て、才人もうれしそうに言った。彼女はこれから向かう村の出身で出稼ぎのために魔法学院にメイドとして奉公している。今回は久しぶりの里帰りなのだった。

「いいところですよ。小さな村ですけど、みんないい人ですし、いろいろ名物がありますから」

「名物か、楽しみだな。そこで一泊して、明日の昼ごろにすぐ近くのラ・ロシェールって港町から船に乗るんだったな。けど、せっかくの里帰り、そのままついてきてもらってよかったのか?」

「大丈夫です。お休みは長いですから、帰ってきてからゆっくりお休みをもらいます。それに、せっかくの旅行に仲間はずれはいやですから」

「そうか、ま、シエスタがいないと寂しいしな。名物か、楽しみにさせてもらうよ」

 馬車に揺られながら、才人は名物料理かなにかがあるのかなと、気楽に考えて森の風景に目をやった。

 

 だが、いざ森を抜けてタルブ村の入り口に差し掛かったとき、村から炊事のものとは明らかに違う白煙があがっているのを見て、一行はどうもただ事ではないことを悟った。

「なんだ? 火事か!?」

「ともかく急ぐわよ、はっ!!」

 ロングビルが馬に鞭をいれ、馬車は速度を増して村の中へと急ぐ。

 そして、村の中央広場が見えたとき、一行はそこで人間ではない犬のような頭をした怪物の群れが村人を襲っているのを発見した。

「コボルド!?」

 それは、ハルケギニアに生息するいくつかの亜人の一種で、身長は1.5メイルほどとトロール鬼ほどの大きさはないものの、猿程度の知能を持ち、俊敏さと棍棒を武器にしての集団戦法を得意とする。オーク鬼やミノタウロスなどに比べれば、亜人の中では危険度は低いほうに入るが、翼人のように人間との共生が望めるような平和思考はまったくなく、こいつの大群に襲われたせいで全滅させられた村もある。

 要するに、この世界特有の害獣で、たまに人里に下りてきて人をさらったり略奪をおこなったりする。ざっと見るところ、数はおよそ三十数匹。

「野郎!!」

 嬉々として無抵抗な村人に襲い掛かるコボルドの群れを見て、才人は迷わず飛び出した。背中のデルフリンガーを引き抜き、左手のガンダールヴのルーンを輝かせて疾風のように駆けていく。

「やるぞデルフ!!」

「おお!! やっと俺の出番か、待ってた、待ってたぜ!!」

 歓喜に震えるデルフリンガーを振りかざし、渾身の力で一人の村人に棍棒を振り上げていたコボルドの一匹に斬りかかり、犬の鳴き声とともに血飛沫が舞い上がる。

 しかし、仲間を倒されたことを知った近くにいたコボルドたちは、犬特有の素早い動きで集まってきて才人を取り囲んでくる。敵の武器は棍棒だけなのだが、意外と戦いなれているようで正面からではガンダールヴで強化された才人でも簡単にはいかない。

「ちっ、しぶといな」

 二、三匹を切り倒したものの、才人はさらに襲い掛かってくるコボルドの攻撃をかわし、仲間の危機を見て取ってどんどん集まってくる他のコボルドにも意識を向けざるを得なくなった。三十対一ではいくらなんでも分が悪い。

 しかし、仲間の危機を見て取ったのはコボルドだけではなかった。

『フレイム・ボール!!』

『ウェンディ・アイシクル』

 ようやく追いついてきたキュルケとタバサの援護攻撃が、才人に向かっていた五匹のコボルドを焼き尽くし、串刺しにして撃破した。

 けれども、コボルドたちのほうも長年の経験から、メイジがあまり強力な魔法を連射できないのは知っており、今がチャンスと二十匹ほどがいっせいに二人に襲い掛かっていく。才人は所詮人間の剣士だからと五匹ほどが足止めに残されて、二人の援護には向かえない。だが、キュルケとタバサも勝算なく正面から出てきたわけではない。そのとき、二人よりやや遅れて追いついてきたルイズがいつもの魔法を唱えた!!

『連金!!』

 突然コボルドどもとキュルケたちの間の地面が爆発を起こして、巻き上げられた土煙と爆風が煙幕のように周囲を闇に閉ざす。こうなっては、人間以上の俊敏さを持つコボルドも動きを止めざるを得ず、犬並みの視覚と嗅覚も役に立たない。

 そして、土煙が晴れたとき、コボルドたちは標的としていた三人のメイジがいなくなっているのに気づいて、首を回して周囲を探し回った。しかし、その相手を自分たちの頭上に見つけた時にはすでに彼らの黄泉路への門は開いていた。

「さようなら」

「タバサ、思いっきりやっちゃって!!」

「『ウェンディ・アイシクル』」

 コボルドどもの頭の上からシルフィードに乗ったタバサの氷の魔法が、無数の氷の矢を雨と降らせ、二十匹のコボルドの群れは一瞬にして昆虫標本同然の姿となった。

「やったわ! さすがタバサ! それにルイズ、ナイスアシスト!!」

「はっ、感謝しなさいよ。このわたしがあんたなんかに力を貸してやったんだからね!」

「……素直じゃない。でも、グ」

 生き残っているものがいないのを確認して地上に下り、三人は作戦大成功と笑った。

 やったことは単純だ。ルイズの爆発で煙幕を張った間にキュルケが二人を抱えて『フライ』でコボルドどもの真上に飛んで上空で待機していたシルフィードと合流し、奴らがこっちを見失っているうちにタバサの詠唱を完成させただけである。だが、それぞれの役割分担をする者が仲間のことを信頼していなければ、この連携は成り立たない。その点、腐れ縁とはいえ付き合いの長い彼女たちは自然と自分が何をすべきなのかを心得ていた。

 ただ、ルイズはこの戦いの中で、自分が武器として自然と『失敗魔法』を使っていたことに、あとから気づいて少々複雑な思いを抱いていた。それは、自分が忌み嫌っているものが、すでに自分の一部となっていることを知らされることとなったが、同時に、ならばあのとき飛び出さずにサイトたちを後ろから見ていたら、と思うとそれを憎みきれないこともあった。

 悪事に使うなら、力なんか無いほうがいい。だったら、いいことに使うのならこんな力でも意味があるのか? 

 サイトと話したことを、自分の中で自問自答しながら、ルイズは考え続けていた。

 

 一方、才人の足止めに残った五匹のほうも、数が半減してはツルク星人、テロリスト星人などの戦いを潜り抜けてきた才人の敵ではなかった。

「まったく、俺をなめるな!!」

 圧倒的な瞬発力でコボルドたちの包囲陣を抜け出した才人は、囲まれないようにしながら一頭ずつ確実に仕留めていった。そして数の優位を失えば、人間以上の力の持ち主のコボルドとてこの面子には歯が立たない。残ったわずかなコボルドはやけくそで棍棒を振り回すけれども、キュルケとタバサによってあっという間に全滅させられた。

「サンキュー、ナイスみんな」

「んっとに、いつも人の無茶を止めるくせに、自分は真っ先に飛び出て行くんだから」

「まったく、急に飛び出していくから追いかけるのに苦労したじゃない。けど、かっこよかったわよ」

「……いい作戦だった」

「うーむ、俺っちも久しぶりに使ってもらえてうれしかったぜ。あーすっきりした」

 叩き潰したコボルドどもの死骸を見下ろしながら、四人と一本は勝利を喜び合った。

 だが、そのとき後を追ってきていた馬車からロングビルの声が響いた。

「皆さん!! まだ一匹残ってる、逃げるわよ!!」

「なに!?」

 見ると、村の反対側から隠れていたのか一匹のやや大柄などす黒いローブをつけた獣人が森のほうへと逃げていく。身なりから見て恐らくあれがボス格、コボルドの中でも高い知能を有するというコボルド・シャーマンだろう。

 だがそんなことより、逃げていく奴の両手には子供が二人抱えられているではないか!!

「誰かーっ!! 助けてーっ!!」

「お姉ちゃーん!!」

 その二人の顔を見て、シエスタの表情が凍りついた。

「スイ、ヒナ!!」

 なんと、その子供達はシエスタの妹たちだった。このまま森に逃げ込まれてしまっては、もはやメイジでも追いつくことはできない。そうしたら、あの二人は人間の肝を神への供物に好むというコボルドの餌食にされてしまう。

「誰か! あの二人を助けて!!」

 シエスタの絶叫が響く。キュルケとタバサは飛び出し、威力を抑えてコントロールを重視した『ファイヤーボール』と『エア・ハンマー』を撃つものの、あのコボルド・シャーマンは恐ろしく足が早いうえに俊敏で、攻撃をことごとくかわして森へと走る。二人は焦ったが、追いつこうにももうフライでも間に合わないし、広域破壊の魔法では子供達まで確実に殺してしまう。

 しかし、そのとき才人はデルフリンガーを背中の鞘にしまい。懐からにぶい輝きを持つ一丁の銃を取り出した。距離はおよそ二百メイル、フリントロック式のハルケギニアの銃では到底とどく距離ではない。だが、それはこの世界の貧弱な骨董品とは訳が違う。才人は両手でしっかりと狙いを定めて、迷わずその引き金を引いた。

 刹那、青い一筋の閃光が走り、コボルドの頭部が一撃で撃ちぬかれ、その体が森を間近にして前のめりに崩れ落ちた。才人の持つ切り札、異世界の光線銃、ガッツブラスターの一撃が決まったのだ。

「よっしゃ!」

 見事に射撃がヒットしたのを確認した才人は、ガッツブラスターを指でクルクルと回して懐のホルスターに戻した。この光景をエースが見ていたら、以前TACで二丁拳銃の名手と呼ばれていた仲間のことを思い出していただろう。ガンダールヴで強化されるのは射撃もで、その恩恵を才人は存分に活用していた。

「おーい、大丈夫か!」

「うん、ありがとー!」

 叫ぶと、コボルド・シャーマンに捕まっていたシエスタの妹たちが元気そうに駆けてくる、どうやら無事なようだ。

 やがて、村から追い立てられかけていた村人たちも、コボルドどもが突然やってきた見慣れない戦士たちに全滅させられたと知るや、続々と広場のほうへと戻ってきた。

「お父さん、お母さん、無事でよかった!!」

「シエスタ、シエスタじゃないか!」

 最初は警戒していた村人たちだったが、シエスタが真っ先に出てきて彼女の両親と抱き合うと、それで警戒心を解いて一行を歓迎してくれた。

 なんでも、いつもどおりに生活していたら突然コボルドの群れが現れて襲ってきたのだという。幸い気づくのが早く、ほとんどの村人は退避できた。ただ、家の中で遊んでいた幼いシエスタの姉妹は逃げ遅れてしまっていたが、本当に偶然に最高のタイミングでやってきた一行のおかげで、誰一人犠牲者を出さずに解決することができた。

 だがそれにしても、このタルブ村は交通の要衝であるラ・ロシェールにも近く、凶暴な亜人も警戒して滅多に近づかないというのに、やはりヤプールのマイナスエネルギーが自然に影響を与え、ハルケギニアの生態系が狂わされ始めているのだろうか。

 そう思いかけたとき、村人が才人が倒したコボルド・シャーマンの死骸を広場のほうへ引きずってきた。あのまま放っておけば血の臭いをかぎつけて別の猛獣が来るかもしれない。見れば、さっきは後姿しか見れなかったが、そいつは鳥の羽や獣の骨でできた仮面をつけ、まるでインディアンの酋長のような姿をしていた。コボルド・シャーマンはその名の通りにコボルドの神官で、彼らの神と交信して群れを統率する役割を持つ。

 だが、よくよく観察してみれば、そのコボルド・シャーマンは他のコボルドと細部が違っていた。まず、体格が通常のコボルドなら普通の人間より少し小さい程度だが、そいつは身長二メイル近くある巨体だった。また、頭部を貫通したガッツブラスターで仮面も割れていたが、そこから見える顔つきも犬の丸みはなく、その鋭さはまるで狼だ。なお、通常のコボルドとコボルド・シャーマンに知能以外の差異は特にない。

 この不自然さを、タバサなどは突然変異種か歳を経た個体かと判断したようだった。だが、才人はそいつの牙の一本が金属製の差し歯で、エースの透視能力を借りてそれが宇宙金属であると知り、このコボルドがハルケギニアの種族ではないと悟った。

「ウルフ星人、か」

 これはその名のとおりに狼男そのものな星人で、人間の血、特に若い女性の血が大好物というまたやっかいな趣向を持つ星人だ。

 ただし頭はそれなりにいいが戦闘力はそれほどでもなく、MACガンでダメージを負うくらい防御力も低い。狼男に銀の銃弾というわけではないが、ガッツブラスターを急所に食らっては耐えられなかったのだろう。

「おおかた、コボルドを利用して餌を集めようと考えたんだろうな。ヤプールとしては、それで人間社会が混乱すればもうけもの、やれることは見境なくやってるようだけど、宇宙人ひとりを連れてくるだけで効果があるんだから楽なもんか」

 ウルフ星人は憑依能力があるから、コボルド・シャーマンに乗り移って群れを掌握したんだろう。元々の姿もよく似ていることだし、知能の低い普通のコボルドは自分たちのボスがすりかわっていても気づかずに利用されたあげくに、全滅させられたというわけか、まったくいやらしいことを考えてくれる。巨大化されては面倒だったが、これでもうタルブ村が襲われることはなくなるはずだ。

 それにしても、この調子ではどれだけの宇宙人がすでにハルケギニアに入り込んでいるのか……かつてはザラブ、ガッツ、ナックル、テンペラー星人をも操ったヤプールのことだ、何を配下に治めていても不思議はない。それでなくても、地球はGUYSやひいてはウルトラ兄弟がガッチリ守っているのだから、ヤプールの甘言に釣られてより侵略しやすいハルケギニアに来ようとする宇宙人はそれこそいくらでもいるだろう。しかも、ヤプールにとっては使い捨ての駒でも、こちらからしてみれば一体一体が油断ならない敵となる。つくづく、この戦いは不利だと言わざるを得ない。

 

 とはいえ、一躍村を救った英雄となった一行を、タルブの人々は温かく迎え入れてくれた。特に、娘二人を救ってくれたシエスタの両親の喜びようは尋常ではなく、才人を抱き寄せてキスまでしようとしてきたのでさすがに才人も遠慮した。

 また、シエスタが大勢の貴族といっしょに来たことで、最初は恐怖の色を見せた村人たちも、キュルケの気さくさやロングビルの礼儀正しさに次第に安心してくれた。もっとも、助けてくれたお礼でシエスタの妹二人に懐かれてじゃれつかれた才人は「へー、あんたってそんな小さい子が好きだったんだ」と、ルイズに白い目で見られて困惑していたが、決して才人に幼女趣味があったわけではない。

 

 その後は、村人たちに歓迎されて村のワイン倉で昨年の極上品をいただけたり、アイやシエスタの姉妹たちと山の傾斜を利用して作った自然の遊園地で遊び、日が傾きかける頃にようやく今夜やっかいになるシエスタの実家にやってきた。

 

 シエスタの家は、二階建ての平民のものにしてはそれなりに大きな家といってよかった。材木は古めかしいが美しい輝きを持ち、土塀もきれいに塗られていてひび割れや欠損は見られない。

 そんな家の、二十人ほどが一度に食事のできる広間に通されたとき、一行の鼻孔をかぐわしいシチューの匂いが迎え入れた。ルイズたちは腹を空かせて次々に椅子に座っていく、しかし、ただ一人、才人だけは広間に足を踏み入れたときから、凍り付いてしまったかのように動かない。

「あの、サイトさん、何かお気に召しませんでしたか? この料理、ヨシェナヴェっていってタルブの名物なんですけど」

 心配したシエスタが声をかけたとき、彼女は才人の視線が彼の正面の壁にかけられている一枚の絵に釘付けになっているのに気がついた。それは彼女の曽祖父が書いた、誰にもその意味が知られることなく、ただ形見としてだけ残されていた、不可思議なシンボルが描かれた、気にとめたこともほとんどない一枚だったのだが。

「シエスタ、その絵は……」

「え、うちのひいおじいちゃんが書いた絵なんですけど、誰も意味がわからなくって……もしかして、サイトさんこの絵の意味を知ってるんですか!?」

「ああ……」

 知っているどころの話ではない。大きく描かれた白い羽根のシンボルに、大きく赤い四文字のアルファベットで刻まれたそのチームの紋章を、彼は毎日のように見て育ってきたのだ。

「シエスタ! 君のそのひいおじいちゃんが残したものは他に何かないのか? 日記でも、持っていたものでもいい!!」

 突然人が変ったようにシエスタに詰め寄る才人の態度に、彼女だけでなくルイズたちや彼女の父親も何事かと彼を引き剥がそうとかかるけれど、才人は興奮したままで聞く耳を持たない。誰にもわからないだろうが、今才人はハルケギニアに来て最大の衝撃を受けていた。

 けれど、暴れる才人の姿を見て、シエスタの母親は何かを悟ったかのように彼女にこう言った。

「シエスタ、竜の羽衣のところまで、彼を案内してあげなさい」

 

 

 続く


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