第47話
勇気の証明 (後編)
変身怪獣 ザラガス 登場!
ザラガスの襲撃からおよそ二時間ほどが過ぎ、トリスタニアにも夜が訪れていた。
ここ、魅惑の妖精亭でも普段なら仕事帰りの男達でにぎわう時間だが、今日はザラガスの閃光で盲目にされてしまった人を収容して治療するために、業務を中止して救護所となっていた。
「わりぃな……商売敵のおめえに」
「いいのよ、困ったときはお互い様よ」
隣の店の店主の目に包帯を巻きながらジェシカは笑っていた。人間は困ったときに助けられてこそ、初めて人の情けのありがたさを知る。弱った仲間を食い合うのではなく、助け合うからこそ人間は動物と一線を隔することができるのだと、断言してはいけないだろうか。
そんな中で、目をやられて身動きのできなくなった才人とルイズは、ベッドからは起き上がったものの、当然このままでは歩くこともままならなかった。そのため、仕方なく部屋の隅で椅子に座って憮然と話し合っていたが、この喧騒の中で自然と話題は怪獣との戦いのことになっていた。
「あいててて……まだ目が開かないぜ」
「やめときなさいよ。目がまるでウサギみたいになってるっていうから、しばらくは視力が戻らないそうよ」
ロングビルによると失明はしないそうだが、今日明日は視力が戻ることはないらしい。それにしても、今までこんなことはなかったが、これもウルトラマンとなる代償ということか……ウルトラマンが受けたダメージが同化している人間に跳ね返ってくることは度々あるそうだが、かつてエースが初代ドラゴリーと戦ったときも、エースバリアーを使ってエネルギーを使いすぎたために、同化していた南夕子が瀕死に陥ったことがあるらしい。
「けれど、あの怪獣はなんなのよ……攻撃すればするだけ強くなるなんて、ズルもいいとこじゃない!!」
「だよなあ。再生怪獣とかいう奴らはおおむねやっかいな奴が多いんだが、まさかメタリウム光線まで効かねえとは……」
「思わなかったって、あんたがあいつの変身能力を先に言ってれば、あいつをあんなに凶暴にすることはなかったじゃない!! 馬鹿、この馬鹿!!」
「……っ」
ルイズの頭ごなしに叱責する声にも、今回は才人も何も言い返す言葉がない。ウルトラマンが勝てた相手だから問題ないだろうとザラガスをなめていた。いや、自分の力にいつの間にかうぬぼれていたことを才人は思い知らされていた。
今、エースは受けたダメージを回復するために力をほとんど治療に使っていて、二人とは話すことができない。相談に乗ってもらえないのは苦しいけれど、だからといって愚痴を言ってばかりもいられない。
「んで、どうやってあいつを倒すのよ?」
こういう逆境に置かれたときは、昔からゼロと蔑まれて一人で冷笑と戦ってきたルイズのほうが立ち直りが早かった。その叱咤するような声に、才人も無意味に自責するのをやめて考え込む。
「そうだな……確かに昔は復活する前に倒せたはずなんだけど……いったい何が足りなかったんだろう」
個体によって多少差はあれど、そこまで特徴や弱点などに差はないはずだ。昔と今回の違い、それさえ分かればと思うのだが、怪獣図鑑での漠然とした知識だけではヒントが少なすぎる。それよりも、もし明日にでもザラガスがまた出てきたら、目が治ってないままにまた戦わなければならないかもしれないほうが問題だ。
しかし、避けられない戦いなら今更どうこう考えても仕様がない。これまでのエースの戦歴でもユニタングやアプラサールなど攻撃の効かない相手などは多くいた。次の戦いでは奴の耐久力次第だが、ウルトラギロチンでバラバラにするか、ウルトラシャワーで溶かすか、やれるだけやるしかない。
やがて、さらに数時間が経過すると、病院代わりになっていた店内も、一部の喧騒を除けばだいぶ落ち着いていた。
峠を超えて、患者達は痛みから解放された安堵と、暗闇の中で寝息を立て、駆け回っていた少女たちもやっと一息ついていた。
「はい、マナ、リナ、ルリ」
厨房で作られたスープが店員全員に配られて、店の奥でささやかな夕食会が開かれていた。
「みんなご苦労様。特にドルちゃん、ウドちゃん、カマちゃんは仲間になったばかりなのによくやってくれたわ」
スカロンのねぎらいの言葉が、末席で疲れはてている地味な三人組に向けられた。
「いやあ、それほどでもないですよ」
「これくらいのこと、あたしたちがこれまで舐めてきた辛酸の数々に比べればねぇ」
「そうだ! こんなことになったのもあのウル……」
「「わーっ! わーっ!」」
何かを言いかけたドルの口を慌ててウドとカマが押さえて止めた。どうやら、何かよほど嫌な過去があったらしい。
ただ、この店で働いているのは訳ありな子ばかりなので、推測はしても詮索は誰もしない。
「はは……けど、明日はどうなるのかしら、またあの怪獣が出てきたら、ウルトラマンでさえ敵わないなんて」
女の子の一人が不安げにつぶやいた。これまでいかなる敵をも倒してくれた無敵の守護神も、それが敗れたときのショックは彼女達や街の人々の心に重くのしかかっていた。
けれど、そんな暗雲に疾風を送り込むかのように、患者たちを見回ってきたシエスタが戻ってきて言った。
「みんな、何を落ち込んでるの? あたしたちが暗くなったところで事態が良くなるわけじゃないし、いつもどおり明るくいきましょうよ」
「でも、明日にはこの街もなくなっちゃうかもしれないのよ」
「それこそ、わたしたちがどうこう考えることじゃないでしょ。お城の人だって、昼間みたいにすごい人がいるし、エースだってきっとまだ生きているわ! わたしたちは人を頼りにしてあれこれ考えるよりも、わたしたちにできることを考えてやりましょうよ!」
いつになく熱弁をふるうシエスタの姿に、スカロンを始めとして一同は圧倒されるものがあった。平民だろうが魔法が使えなかろうが、危機に対してできることはある。ただし、誰も彼も戦いに望むことはない。誰かが戦っている後ろで、平穏な暮らしを護る者も必要なのだ。柄にもない杞憂をしていたのだと気づかされたスカロンはうれしそうに笑いながら言った。
「……そうね! 怪獣のことはわたしたちが考えるようなことじゃなかったわね。わたしたちにできることは、事が終わった後に街がすぐ元に戻れるように、みんなをかくまってあげることと、また商売ができるようにお店を守ること! そういえば、他人の力を頼りにしない、あなたのひいお爺さんの口癖だったわね」
「そうですよ、スカロンおじさん!」
「よーしっ! 妖精さんたち! 明日が正念場よ、それが済んだらきっとみんなお酒が飲みたくなるだろうから忙しくなるわよ。がんばりましょー!!」
「はい、ミ・マドモアゼル!」
スカロンの一声で、少女たちに蔓延していた陰鬱な空気も一掃された。元々酒場とは浮世のうさを忘れて夢の世界にひたる場所、陰気さは似合わない。
けれどウド、ドル、カマの三人組だけは。
「そりゃ生きてるだろうなあ、ウルトラマンはしぶといし」
「まさかこっちの世界まであんな奴がいたとは、だが、あれさえ完成すれば……」
「いい加減にしないと、うるさいってまた追い出されるわよ。やっとこの国にもなじんできたばかりじゃない」
ひそひそ声でなにやら怪しげなことを話し合う三人、いったい彼らはどこの国から流れてきたのだろうか?
一方そのころ……王宮のほうでも、必ず再び来るであろう怪獣の攻撃に対して大急ぎで対策が練られていた。
「土メイジの使い魔の報告によりますと、怪獣はトリスタニアの地下百メイルに潜伏中。今は眠っていますが、寝息から判断すると明朝にはまた起きだすそうです」
「首都付近に駐留中の部隊に布告を出しましたが、飛行兵力が圧倒的に不足しています。平民中心の槍や弓ばかりの戦力ではとても」
「市街警戒中の銃士隊より連絡! 盗賊九名を捕縛、二名が抵抗したため射殺! 現在も警戒中。くそっ、盗人どもめ、こんなときにゴキブリみたいにうじゃうじゃと!」
「首都駐留部隊の二割が戦闘不能だと!? 魔法衛士隊は、ワルド子爵の部隊はどうした!?」
「ワルド子爵の部隊は全員生還され、現在水メイジの治療を受けています。間もなく全員復帰できるかと……」
「ちっ……あの死にぞこないめ、やっと出陣したと思ったら役に立たん。もういい、それで『烈風』殿は? あの方さえいれば」
「今、姫様との謁見中です。誰も通すなとのことで。それよりも、門に民衆が詰め掛けてきています、いかがいたしましょう!?」
城の中では次々に上がってくる問題に対応するために、法衣貴族たちが戦争のような慌しさで駆け巡っていた。
問題は山積みで、安月給で働いている彼らの勤労意欲を超えて押しつぶされそうになっている。いったいどれからどう解決すればいいのやら……ひとまずは、再びの敗戦の報告をどう姫殿下にしようか。
そんな無益なことに脳の容量を使っていた彼らだったが、せめて自分の安い給料だけでももらうために、頭痛を押し殺して難題の山に立ち向かっていった。
そんな中、城内の喧騒から切り離されたような静けさに包まれた玉座の間では、アンリエッタ王女と『烈風』カリーヌ・デジレが対面していた。
「お久しぶりですわね公爵夫人……まさかあなたが本当にあの『烈風』だったとは……枢機卿からお聞きしたときにはまだ信じられませんでしたが、本当にルイズのお母様でしたとは、世の中は狭いものですね」
「結婚と、あることを機に一線を退きましたので……しかし、この身に宿したトリステインへの忠誠心はまだ消えてはおりませぬ」
跪き、公爵夫人としてではなく騎士として礼を尽くす『烈風』の姿を、アンリエッタは驚きと尊敬の念を込めて見ていた。つい数時間前、ウルトラマンAが危機に陥ったとき、城の中庭から使い魔の巨鳥の背に乗り飛び立った彼女の姿と戦いぶりをアンリエッタは城のバルコニーから見て戦慄すら覚えていたのだ。
「その忠義心には千金を持ってしても足りません。思えば、公爵夫人には幼い頃から随分お世話になりました。本当は、もっと別な件でお話したかったのですが、これもまためぐり合わせかもしれません。国の存亡のとき、申し訳ありませんが、そのお力、今一度この非力な王女のためにお貸し願えるのですか?」
あの『烈風』が戦力に加わってくれるなら、これほど心強い話はない。アンリエッタは期待に胸を躍らせたが、意外にも『烈風』は頭を垂れたまま思いもよらぬ返答をした。
「いいえ、私はすでに実戦を離れて長い身、年寄りの冷や水で戦いに出ましたが、すでに力尽き、もう明日は満足に戦えますまい。それに、我が使い魔も老いた身、しばらくは羽ばたけないでしょう」
「そんな……」
アンリエッタは信じられなかった。彼女とて一級のメイジである。あの『烈風』があの程度の戦いで力尽きたとは老齢を差し引いても考えられない。いや、体力、精神力ともに限界どころかまだまだ余力充分に見える。なにより、彼女の肩の小鳥はじっと止まっているものの、目は清んでいるし羽根にはつやがある。疲れ果てたどころか今にも飛び立ちそうだ。かといって、あの『烈風』が臆したなどとはもっと考えられない。
そこまで考えたとき、アンリエッタははっとした。彼女は戦えないのではないのだ。
「わかりました。無理な注文をして申し訳ありませんでした。ですが、事が済んだ後は、折り入って相談したいお話があります。そちらのほうは受けていただけるでしょうか?」
「お心のままに」
公爵夫人はあらためて最敬礼をすると、優雅にマントを翻して扉のほうへと去っていく。その背に向けて、アンリエッタはこれからどちらへと問いかけた。
「少々、はっぱをかけてやらねばならない雛っ子たちがいるようですので」
『烈風』カリンはそう言い残すと、玉座の間を退室していった。
一方、意気込んで出陣して行ったが、一矢も報いぬままに全滅させられたワルド旗下のグリフォン隊は燦燦たるものだった。なんとか全員生還したものの、街中で目を押さえて転がっていたところを拾われてきて、その無様な姿を衆目にさらし、城中の貴族からも役立たずと侮蔑され、もはやこれまでと自棄になりかけていた。
「栄光あるグリフォン隊ともあろうものが、なんたること……こんなことがあるはずがない!」
「否! 我等の死に様はせめて人々の心に刻もう。明日、奴が現れたときには、我ら一同体当たりの上玉砕して果てよう!」
「そうだ、王国騎士の死に様、平民どもの目にとくと見せてくれようぞ。我ら死して栄光とならん!」
現実逃避と自己陶酔の醜いステレオが聞き苦しく響き渡る。
そんな中で、隊長のワルドは流石に平静を装っていたが、目が見えるようになってすぐに歓迎しない訪問者の相手をさせられることになり、病室の簡易テーブルの前でため息をついていた。
「まったく、無様なものね。ワルド」
「久しぶりに会ったというのに、きついねミス・エレオノール」
病室の椅子に、なかば傲然と腕と足を組んで座っているのは、あのルイズの姉のエレオノールだった。
彼女は病室に無遠慮に入り込んでくると、打ちひしがれている隊員達を無視して開口一番で彼を弾劾したのだが、ワルドは眼前で冷笑を向けてくる女性に対して、特に抗弁しようとはしなかった。彼自身の矜持、現実の大敗ぶりが二重にそれを無効化させていたのと、それよりも彼はこのヴァリエール家の長女が得意ではなかった。
「ええ、もう十年になるかしら。けど、あなたはあの頃からまるで成長していないわね。弱虫ジャン」
「ふっ、あのころは晩餐会でよくいじめられたね。やれ作法がなってない、やれダンスが下手だ、しまいにはワインを頭からかけられたこともあった」
自嘲気味にワルドはさして懐かしくもない思い出を、ほこりのかむっている記憶の引き出しからつまみ出してきた。
このブロンドの美しき女学者はルイズにとって第二の恐怖の的であるのと同時に、近隣の貴族の子弟にとっても近寄りがたいトゲ付きの花であり、ワルドもその例外ではなかった。
「けど、君も僕も一応はもう大人だ。わざわざこんなところまで嫌がらせに来たわけでもないだろう?」
だがワルドももういじめられるだけの子供ではない。エレオノールの真意を見抜いて、本題に入るようにうながすと、彼女はテーブルの上に無造作に数枚の書類を投げ出した。
「あの怪獣について調べたデータの概略よ。恐らく、奴は明朝には動き出すから、それを参考に迎撃のための準備を整えさせろと命令されたんだけど、よりにもよって使えるのがあんたの部隊だけとは、がっかりだわ」
「それはどうも……拝見させてもらうよ」
その書類には、あの怪獣が地底を住処にしているということ、発光攻撃は頭部及び背中から発射可能でほぼ死角がないこと、攻撃を加えれば加えるほど強く凶暴になっていくことが正確に記されていた。
「こりゃまた……やっかいな相手だねえ。しかもウルトラマンの光線すら効かないときてる。さて、どうしたものかな?」
「ええ、どうしたものかしらね……」
憂えげに肩を落としてみせるエレオノールだったが、ワルドは彼女のからかいに付き合ってやるつもりはなかった。
「もったいぶるのはやめたまえよ。君が何の策もなしに僕のところまで来るはずがない。腹の探りあいもいいが、今日のところは疲れていてね。手短にいこうじゃないか」
「ふっ、少しは鋭くなったようね……ワルド子爵、『火石』というのをご存知?」
ワルドは聞きなれない名前に、脳内の図書館の奥のスペースから虫に食われかけていた一冊を引き出してきた。
この世界には『風石』と呼ばれる風の魔法力を蓄えた石があり、それで物を浮遊させたりと活用されているのは一般にもよく知られている。ただし、火石という名前は、そういった魔法の石を扱った本の、ごくわずかな一節を占めるにすぎない。
「ああ……確か、火の力を結晶化した石だったか……」
それで、彼にとっての火石の知識は終わりだった。なぜなら、自然の火石はごく浅い鉱脈に眠っている風石と違って、土のメイジや土系統の使い魔でさえ近づけない深度で、地底の熱を材料に精製されるために人間に採掘は不可能なのである。マグマライザーなどでさえマグマの熱でやられかけたことがあるくらいなのだから、地底というのがいかに過酷な世界なのかがわかるだろう。そんな場所にあるものなのだから、専門書の一節に留まって知られずにいるというのも仕方のないことではあった。
「ふむ、基本はそれでいいわ。要は炎のエネルギーが極めて高密度に凝縮されたものと思えば正解よ。で、要点だけ話すけど、その火石がひとつ、アカデミーに研究用として保管されてるの。何百年も前のエルフとの戦いで偶然手に入ったもので、彼らはそれを精製する技術があるそうだけど、それはまあいいわ。これまでの研究によると、その火石は拳大の大きさだけど、火薬一千トン級以上の火力が詰め込まれてるそうよ。これを、一気に解き放ったとしたらどうなると思う?」
「おいおい、そりゃとてつもない爆弾じゃないか、君は怪獣ごとトリスタニアを焦土にする気かい!?」
「もちろん、対策は考えてあるわ。火石の解放とともに、その周囲を最高純度の風石で作った半径二十メイルの防護壁で覆うのよ。これで火力は分散することなく威力が増幅され、狭い範囲に破壊力をもたらす爆弾となるはず」
つまりは、おもちゃの爆竹でも、埋めれば砂の山を吹き飛ばすのと同じ原理である。最近ではGUYSがバードンをメビュームシュートの命中直後にキャプチャーキューブで閉じ込めて、塵も残さず吹き飛ばしたことがある。
「そりゃあすごい……けど、これも体質変化で適応されてしまったらどうするんだね?」
「もちろんその点も考慮に入れてあるわ。奴は攻撃に適応して体質変化する瞬間に、一瞬だけど防御力がなくなるみたい。けれど、これならば奴が体質変化を終える前に、肉片最後にいたるまで焼き尽くせる」
エレオノールは自信ありげに断言すると、野球玉程度の水晶をテーブルに置いた。これは記憶水晶といい、ある程度昔の風景を映し出すことができるマジックアイテムで、この世界のビデオのようなものである。ちなみに、平民の間でも安価な使い捨てのものが「昨夜の水晶」という名で、旦那の浮気調査に使われているが、これは高級なもので何度でも見たい風景を映し出すことができる。そこにはザラガスがメタリウム光線を受けて復活するまでの映像が鮮明に映し出されていた。
「ほう……」
確かに、ザラガスは攻撃を受けてから復活するまでにわずかながら間がある。その間が奴の弱点というわけか。これは、初代ザラガスが科特隊のQXガンとスペシウム光線の波状攻撃で倒されたことと合致している。知識はあっても素人の才人にはわからなかったけれども、エレオノールの頭脳は見事に隠された真実を看破したのだ。
「なるほど、さすが君というべきか。しかしそれだけ前置きをするんだ、何かあるんだろう?」
「物分りがよくて助かるわ。火石は火の力を封じ込めるために、その周りを強力な結界で覆われている。これを解除しない限り火石を起爆させることはできないわ。幸い、長年の実験と時間の経過でだいぶ弱ってるけど、それでもトライアングル以上の魔力を叩き込まないと壊せない。加えて、かなり大型になる上に、時間がないから発射装置や起爆装置はなく、一発しか作れないから失敗は許されない」
ワルドはその言葉を少々吟味した後、すぐに破顔した。
「わかった。誰かが怪獣の体に仕掛けて起爆させるということだろう」
「ご名答、計算によれば封印解除から爆発まではおよそ二十秒。それまでに脱出できなければ、当然巻き込まれて熱いじゃすまないわ、どう、やれる?」
「ははは、まったく、本当に無茶を言ってくれる。暴れる怪獣の体に取り付けて、それで脱出する? 自爆に終わる可能性のほうが高い」
「あら、自信がないの?」
他人の家の犬に弱虫の子分をけしかけるガキ大将のように意地悪く挑発するエレオノールだったが、あいにくワルドはそこまで単純ではなく、皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
「その言い方は知的ではないな。相手の自尊心に訴えかけて無茶な命令をやらせようとする。しかも責任は全部相手に押し付けて、君に官僚の素質があるとは知らなかったね」
「それはごめんなさい。私ともあろう者が柄にもないことをしたわね。では言い換えるけど、あなたの指揮する部隊、戦力になると考えていいの?」
「戦えと言われれば、全員が死兵となって戦うさ。なにせ我々はもう傷つけられる誇りが底をついてしまった。命を惜しむ……いや、生きて帰ろうなどと考えている者はいない。どうだ、諸君?」
ワルドが部下達に向かって高らかに宣言すると、美しい死に方の議論を続けていた部下達は、本当に熱にでも浮かされたかのように整列して口々に叫びはじめた。
「もちろんです隊長!」
「我ら一同、死など恐れません!」
「その任務、ぜひこの私にお命じください。見事敵もろとも果ててみせましょう」
「いいえ、ぜひこのわたくしめにこそ! 玉砕して騎士のなんたるかを平民どもに見せつけて、後世までの名誉としましょう!」
我も我もと、死ぬことを主張する自殺志願者たちにエレオノールは閉口したが、使える駒がこれしかないのでは仕方がなかった。それに、死にたがっている人間ほど興味を覚えない人種はいない。
見ていると部下たちの高揚に当てられたのか、ワルドも芝居がかった様子で高らかに演説している。
「すばらしい部下たちを持てて、私は幸せだ! 諸君らの勇気と自己犠牲は王国の貴族の精神を世に知らしめるものとなろう! 私は約束する、貴君らの勇戦を永久に語り継ぎ、その栄誉を称え続けるであろうことを!」
聞くに堪えないとはこのことだ。学者肌であるエレオノールは勝算無しに敵に突撃していく無謀な騎士にロマンを感じることはなかったが、よくもまあ歯の浮くような台詞が次々に出てくる。多分今日負けて帰る前も似たようなことを言っただろうに進歩がないことはなはだしい。自分の吐く言葉の幻想に酔うことにワルドも例外ではないようだ。
彼女は今回限りで金輪際ワルドとは縁を切ろうと思ったけれど、その前に無感情という激情を込めた冷たい声が、彼らの熱気をしたたかにひっぱたいた。
「茶番劇はそのくらいにしておきなさいな、ワルド子爵」
一同が振り返ったドアの先には、桃色のブロンドを振りかざした麗人が杖をかざして立っていた。
「おのれ無礼な、何奴だ!!」
騎士隊の血気盛んな一人が相手も見ずに憤って杖を向け、ワルドが「やめろ!」と叫ぼうとしたときには、彼の体はすでに部屋の壁紙とキッスし、粉塵と血反吐をパートナーにチークダンスを踊りながら床と抱き合っていた。
「これ以上弱く撃つのは難しいわね」
誰一人詠唱を聞き取ることさえできなかった。現在トリステイン最強とうたわれているグリフォン隊の精鋭が一人としてさえである。恐るべき速さと威力の風の呪文だった。
そして、そこにいた麗人が誰であるのか、もはや知らない者はいなかった。前マンティコア隊隊長『烈風』カリン、ただ一人で怪獣を圧倒し、追い返したあの戦いぶりを見て、戦慄を覚えない者などいない。先ほどまでの高揚を完全に打ち消され、慄然と顔を青ざめさせている隊員達には見向きもせずに、彼女はそれ以上に蒼白な顔をしているワルドとエレオノールを見渡した。
「ヴ、ヴァリエール公爵夫人……」
「お、お母様……」
蛇に睨まれた蛙という言葉を活かす瞬間があるとしたら、まさにこのときだっただろう。『烈風』、カリンは冷然としたままで、まずはワルドを見下ろした。
「懐かしいわねワルド子爵、まずは若くしての栄達おめでとうと言っておこうかしら」
「は、はい……ありがとうございます」
褒められているというのに少しもワルドはうれしくなかった。それどころか、心臓が握りつぶされるかのような圧迫感を感じる。幼い頃、いたずらで赤ん坊だった頃のルイズの部屋に忍び込もうとしたときに、風の魔法で地上二千メイルまで吹き飛ばされ、庭園の池に叩き落された恐怖は今でも忘れられない。
「さて……それはいいとしても、どうもあなたの指揮官としての素質は疑わざるを得ないようね。何の策もなく正面から向かっていったあげく、一矢報いることもなく全滅とはね」
「し、しかし……栄誉ある魔法衛士隊ともあろうものが、はしこく策を弄しては」
「利いた風な口を叩くな! この世で何がもっとも愚かで醜いか、それは己の弱さや失敗を理由をつけて美化し、あまつさえ自己満足に浸って省みない輩のこと、今の貴公らのようにな!!」
まるで男性のような口調と、烈火のような怒声は人生経験の浅い若造どもを震え上がらせるには充分すぎるほどだった。
「あ、貴女は我々の崇高な使命感を自己満足だと……」
「崇高な、使命感? もう一度言ってごらんなさい」
「……ひっ!」
やっと反論した一人の隊員も、『烈風』のひと睨みで縮み上がった。
「いいですか、義務を果たさないままで無茶をしたり、死に急ぐのは弱い人間のやることです。形を変えた敵前逃亡と言ってもいいでしょう。死を以って名誉を得る? 弱者の逃げ口上としてこれ以上はないでしょうね。死ねば全ての責任から無条件で解放されるのですから。それはあなたたちはそれでいいでしょうが、敵にとってはいくらでもいる駒の一つが減る程度、明日にでも新たな敵が現れたときはどうするの? あなたたちみたいな者でも、今のトリステインにとっては貴重なの、その程度も理解できないとは……」
もはや完全に見下したその態度に反抗できるほどの胆力を備えた者はこの中にいなかった。負けることはそれは確かに屈辱だ。しかし歴史上の英雄たち、三国の雄、劉備や曹操、戦国の英傑、信長や家康だって負けたことなどいくらでもある。また、歴代ウルトラマンや防衛チームだって侵略者に敗退したことなど両手の指に余る。一度負けてもあきらめず、知力と体力の限界までねばるものだけが最後の勝利者となりえる。
「聞くところによると、あなたうちのルイズとの婚約に執着してるそうですが、こんな様子では即刻解消してもらうしかありませんね」
「そっ、そんな!!」
そんなもなにも、ふがいない男に娘を渡す親がいるはずもない。
「それが嫌なら職責にふさわしい戦果をあげて見せなさい!! 言っておきますが、この程度の戦いに一兵たりとも失うような愚鈍な指揮は許しませんよ」
「はいぃ!!」
もはやテストで悪い点をとった生徒のように、縮こまるしかないワルドであった。
「それからエレオノール」
「はっ、はいっ!」
明らかに怒気を含んだ母親の声に、彼女も背筋を伸ばして返答する。
「あなたも学者を名乗る者なら、もっと正確に物事を判断して行動しなさい。使用可能な兵器を選んだはいいけど、この低脳どもにそんな精密な作業ができると思ってるの?」
本人たちの目の前で低脳と言い放つ彼女もすごいが、それだけを言わせてしまうだけの貫禄が確かにある。第一、小学校のホームルームじゃあるまいし、よい子に振舞ってどうなるというのだ。
「う、無理ですわね」
「だったら人任せにしないで、言い出したことには責任を持ちなさい。安全なところから眺めているだけで、戦場で本当に役に立つものができると思いますか?」
ここでもしエレオノールが、貴婦人が野蛮な戦場になど、と言っていたら、容赦なくさっきの隊員のように吹き飛ばされていただろう。ルイズにとってと同じように、エレオノールにとってもこの母は到底敵わない相手なのだった。
「もし明日、また無様な戦いを見せて、私の手をわずらわせるようなことがあれば、怪獣より先に、この『烈風』がお前たちを地獄に叩き落してやりましょう。持ちうる知力と精神力を絞りつくして戦いなさい!!」
「はっ!!」
ワルド、エレオノール、グリフォン隊の面々も『烈風』の名に恐れおののき、それから死ぬより怖い生き地獄を回避するために夜通し作戦会議を練り、鍛錬をし続けた。もちろん、ウルトラマンが現れることに期待するや、引退した『烈風』に助けを求めるなどは考えにも入れられない。
公爵夫人は、ようやく本当の意味で死ぬ気になって戦いに臨もうとしている若者たちを静かに見守り続けていたが、やがて静かに一言だけつぶやいた。
「そう……本当の戦いは、これからよ」
翌朝、普段なら朝食の支度をする煙があちこちから立ち昇る時間、トリスタニアは死んだように静まり返っていた。
かつて、地底に潜んだゴモラを迎え撃ったときの大阪もこんなだったというが、ヘリコプターの代わりに偵察のヒポグリフが数頭、どこから出てくるかわからない怪獣を警戒して見張っている。
そして、午前八時の時報の教会の鐘が鳴り響いたとき、街の南西の一角に、あの赤い煙が立ち昇ってきた。
「奴だ!!」
煙の中からザラガスの黒々とした体が現れ、遠吠えが街に木霊する。
信号弾代わりの花火が空に上げられ、王立防衛軍は雪辱戦に出撃した。
「まさか、あんたのエスコートで飛ぶことになるとはね」
「僕でなければ近づけないし、君でなければ確実に起爆させられない。しょうがないところだろ。それより、お母上のおしおきのほうが怖い。一時休戦といこうじゃないか」
空を舞うグリフォン隊の先頭の、火石の爆弾を抱えたグリフォンの上に、ワルドとエレオノールは嫌そうに共に乗っている。けれど、この二人くらいしか知らないことだが、『烈風』カリンの現役時の隊訓は『鉄の規律』で、もし騎士や貴族としてあるまじきことをしたら即座に殺されかねない罰が来る。二人とも、それだけは嫌だった。
また、魅惑の妖精亭でも、姿は見えなくても奴の遠吠えでザラガスの出現を察知し、才人とルイズは覚悟を決めていた。
「来たか……今度は、負けないぞ!!」
「姫様のためにも、もう無様な姿をさらすわけにはいかないからね!」
もう油断はしないと心に決め、包帯を振り払って外に飛び出る。エースのおかげで常人より治癒は早く、まだ近眼のようにぼやけて涙が浮かぶが、ザラガスの憎たらしい姿だけは見える。
だが、その空の先にまたグリフォン隊がザラガスに向かっていくのを見て、ふたりは性懲りもなくと思って急いで変身しようとした。が、そのとき思いもよらず心の中からエースに止められた。
(待て、彼らは何かやる気らしい。しばらく様子を見よう)
(えっ! でも、あいつらじゃとても!!)
(彼らの努力を、結果を出す前からつぶしてしまうことはない。彼らができるだけやって、それでだめだったらはじめて出て行けばいい)
進歩の可能性をウルトラマンがつぶしてはならない。この国を守るのはこの国の人であるべき、自分たちの雪辱を晴らすよりもそのほうが重要だと宇宙警備隊の基本方針を教えられ、二人ははやる足を押さえて踏みとどまった。
そして、試練の時を迎えたグリフォン隊は散開して作戦に入った。隊員達とグリフォンの目にはそれぞれ遮光メガネがかけられている。通常、戦闘の際には相手をよく見て戦うことが求められるが、この相手には逆効果である。だが、相手を見なければ戦いようがない。そこで十九騎のうち二騎のみが戦い、残りは待機して前任が目をやられて戦線離脱したら交代する。合図は誰がやられたのかを明確にするために、それぞれ音の違う花火を持たされている。
「陽動が始まったな」
隊員達と逆の方向から用心深く接近しながら、ワルドは最初の二人が怪獣の注意を引き付けるために攻撃を開始したことを確認した。もちろん通常の魔法攻撃では効果がないことはわかりきっているが、この場合とにかく目立てばいい。敵もさっそく額からの発光攻撃で二騎を行動不能にしているけれど、作戦通りに目をやられた騎士は戦線を離脱し、後衛がその後を継いでいく。地味で華々しさなどなくても、彼らも不名誉より『烈風』のほうが怖いのだ。
用心深く、けっして悟られないようにグリフォンの羽音も最小限にして、遂に二人のグリフォンはザラガスの背中の、首の後ろに到達した。
「取り付けるぞ」
グリフォンが掴んでもってきた火石の爆弾。それは、爆薬となる火石は拳大の小ささながら、これを封じ込められる風石の量が計算の結果膨大となったので、直径六十サントもの巨大な石の塊になってしまった。
二人は怪獣に気づかれまいと、このほとんど岩と呼んでいい爆弾を、エレオノールの土の魔法で作り出した接着剤で取り付けていった。幸い怪獣からしてみればこの程度はノミが張り付いたくらいにしか感じないらしく、目の前のグリフォン隊から目を離さないでいてくれた。
けれど、取り付けは滞りなく成功したものの、肝心の魔力を使っての起爆は難航した。
「は、早くしたまえよ」
「うるさいわね。気が散るでしょ!」
せかすワルドにエレオノールは怒鳴り返したが、この火石の起爆というのは想像以上の難題だった。結界が弱っているとはいえその強度は相当なもので、一点集中させた魔力でもなかなか突き抜けられない。かといって一気に大量の魔力を打ち込めば自分達ごと消し飛びかねない。今更ながらエレオノールは、こんなデリケートな作業を無骨な騎士まかせにしないで自分が来てよかったと思ったものの、そうしているうちにも残った陽動もあと四人となり、余裕はなくなっていく。
しかし、必死の努力がやっと天に認められたのか、遂に火石の結界に彼女が願ったとおりのひびが入った。
「いいわよ、あと二十秒で爆発するわ!!」
「ようし!!」
もはや長居は無用、後は怪獣が吹き飛ぶのを見物するだけだ。二人を乗せたグリフォンは、翼を大きく羽ばたかせて飛び立った。
が、そのときとうとう陽動に当たっていた最後の騎士が六千万カンデラの光にやられ、邪魔者を全て片付けたザラガスは、ちまちまと何かをやっていた小うるさい蝿に気づいてしまった。
「ちょ、あの怪獣こっちを追っかけてくるわよ!!」
「なんだって!!」
血の気を失って二人は後ろを振り向いた。そこには、怪獣が巨体で街を踏み潰しながらこちらに突進してくる姿があるではないか。もちろん爆弾をくっつけたままで。
爆発まで、あと十五秒。
「ワルド!! もっと高く飛べないの!?」
「無理だ、あんな重いものを運んだ後なんだぞ!!」
必死でワルドはグリフォンに拍車を入れるが、疲労したグリフォンは普段の半分の力も出せずに、どんどん怪獣に追いつかれてくる。このままでは、怪獣ごとこちらも吹き飛んでしまう!
爆発まで、あと十二秒。
だがそのとき、彼らの危機を見て取った才人とルイズが手を繋いだ!!
「ウルトラ・タッチ!!」
遅ればせながら真打ち登場!! 今まさにグリフォンを捕まえようとしていたザラガスの前に、ウルトラマンAが立ちふさがり、巨体を捕まえて投げ飛ばした。
「テェーイ!!」
突進の勢いを逆利用して投げ飛ばされ、ザラガスの体が地に叩きつけられる。
「ウルトラマンA!! 助かった……」
後ろを振り返りながらワルドがほっと息をつく。だが、すでに投げられた程度ではダメージを受けなくなっているザラガスはすぐさま起き上がり、発光攻撃をエースに発射する。
「ムンッ!」
しかし、エースも今度は油断せずに光を遮り、その身に組み付こうとするが、エレオノールの叫びがそれを遮った。
「爆発するわよ!! 離れなさい!!」
「ヘヤッ!?」
驚いたエースはザラガスの首筋に仕掛けられた爆弾に気づいて、それが何を意味するのか知った。
爆発まで、あと七秒。
(おい、こんなところで爆発されたら、街も吹き飛ぶぞ!!)
(お姉さま、いったい何考えてるの!? エース、捨てて、それ捨てて!!)
(わかってる!! こうなったらこれしかない!!)
爆発まで、あと三秒。
エースはザラガスの体を抱えあげると、力の限りを込めて空高く放り上げた!!
「トァーッ!!」
重力など存在しないかのように、ウルトラパワーで投げ飛ばされたザラガスは二百メイル、三百メイルとどんどん上昇していく。そして、四百メイルに達したところでタイムリミット、つまり火石の封印が壊れる瞬間がやってきた。
まともに解放すれば半径十リーグを焼き尽くせるほどの火炎がザラガスの体を瞬時に赤い炎に包みこむ。さらに、その炎は解放された圧力のままにさらに膨張しようとしたが、同時に発生した風石の防御幕に阻まれて、エネルギーを外に向けられずに内部をさらに駆け巡り、最初太陽のように黄色く輝いていた姿を、青く暗く輝く人魂のように変えた。
炎は高温になるほど青く暗くなる。例えば、太陽の表面温度は六千度ほどだが、乙女座の青い恒星、スピカなどは二万度を超えるのだ。ゾフィーのM87光線の87万度やゼットンの一兆度の火球はいきすぎとしても、そんな中に閉じ込められてはさしものザラガスとてもたまらない。再生、適応する暇もなく細胞が焼かれていき、さらに風石の防御幕もエレオノールの計算を超えて熱量に耐えられなくなり、地上六百メイルの上空で遂にザラガスもろとも半径二百メイルの大爆発を起こした!!
「やっ、た……やったぁーっ!!」
爆発の中から、黒焦げの死骸となった怪獣が落下してきたとき、戦線離脱して目の治療を受けていた騎士の、その一言の叫びが全てを代弁した。これまで、苦杯を舐めさせられ続けてきた怪獣を、初めてトリステイン人の力で倒したのだ。それも、ウルトラマンの助力を必要とせずに、独力でだ。
それを見て、城ではアンリエッタと公爵夫人に戻った『烈風』カリンが静かに祝杯をあげていた。
(すっげえ……あんなとんでもない爆弾を隠し持ってたのか)
地球で言えばAZ1974爆弾にも匹敵するような威力の兵器に、才人は唖然として言った。この世界の技術を低く見積もっていたが、ああいうこともできるのか。
(こりゃ、今回は余計なことをしちまったかな)
(そうね、無理して出てくることなかったかも)
おいしいとこどりをしてしまったみたいで、やや後ろめたいものがあったが、実際はワルドとエレオノールは命拾いし、爆発の被害から街を守れている。しかし、今回怪獣を倒した手柄は間違いなくこの国の軍のものだ。前回あまりにあっけなく軍が敗れ去ったので無理をして出てきたけれど、どうやら彼らにも負けから学ぶ器量はあったようで安心した。本当は『烈風』カリンのおかげなのだが、勝利の味を知ったからには簡単に死のうとはしないだろう。
(この国の人々も、TACに負けないな)
エース、北斗も昔苦戦したときにTACに助けられたときのことを思い出していた。ホタルンガ、ファイヤーモンス、TACがいたからこそ倒せた超獣は多い。まだまだかと思っていたが、この国の軍も中々やるではないか。
そのときエースの前を、ワルドとエレオノールの乗ったグリフォンが通り過ぎていった。礼を言うのが気恥ずかしいのか、軽く翼を振らせてバンクして感謝を表現しているのが彼女たちらしい。エースは、そんな二人の姿と、人間が怪獣を倒したということで沸き返る街の人々を目に焼き付けると、空を目指して飛び立った。
「ショワッチ!!」
その様子は街中の人々、そして魅惑の妖精亭にいたキュルケたちや、スカロンたちも当然見ていた。
「ねぇあれって……エースがやったの?」
「……違う、多分取り付いていたあのグリフォンが何かを仕掛けた」
エースは少なくとも投げ飛ばした後には何もしていない。となれば、怪獣にとどめを刺した火球はグリフォンに乗っていた誰かがやったものとしか考えられない。
「……ということは……軍隊が、あの怪獣をやっつけちゃったってことよね。へーっ、なかなかやるじゃない!!」
「よっし、みんな今日は戦勝記念サービスするわよ! 開店準備!」
「はい! ミ・マドモアゼル!!」
勝ったからには客を呼び込むチャンスである。魅惑の妖精亭は本来の姿に戻って活動を開始した。平和になり、近隣の町々から医者が呼ばれているから目をやられた人々の治療もスムーズにいくようになるだろう。それまでは町内で協力し合って傷ついた人を支えていこう。
また、ロングビルとシエスタも宿代として手伝いながら、出発からいきなりつまづいてしまった旅行の予定について話し合っていた。
「ミス・ロングビル、この先の予定は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、次の目的地は港町ラ・ロシェールだけど、今は頻繁にアルビオンに船が出ているからね。その前のタルブ村で一泊して、四日後には船の上よ。あら、そういえばタルブ村って」
「はい、わたしの故郷です。いいところですよ、身内びいきになりますが、楽しみにしていてください」
二人は笑って話しながら、店の喧騒の中へと溶け込んでいった。
続く