ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第46話  勇気の証明 (前編)

 第46話

 勇気の証明 (前編)

 

 古代怪鳥 ラルゲユウス

 変身怪獣 ザラガス 登場!

 

 

 シエスタの知り合いの店という、『魅惑の妖精亭』という居酒屋は、トリスタニアの下町といえるチクトンネ街の一角になかなか立派なたたずまいを見せており、店長と店員一同の温かい歓迎で一行を迎えてくれた。

 本来なら酒場であるのだから、夜から仕事帰りの男達を相手に商売をする店なのだが、シエスタの友達ということで、夕暮れの開店時間までで、お酒は出さないという条件つきで、特別に食事の席を用意してもらったのだった。

「あっはっはっはは!! そりゃあ災難だったわねルイズ」

「笑い事じゃないわよ。まさかお姉さまやお母様まで王宮に来ていたなんて、寿命が十年は縮んだわ。これでキュルケ、ツェルプストー家のあんたまでいたら、あーもう想像もしたくない」

 店で一番大きなテーブルにぐるりと囲んで座って、一行は城でのルイズ達一家の話で盛り上がっていた。

「でも信じられません。ミス・ヴァリエールのお母様が、あの『烈風』カリン様だったなんて、わたしも小さい頃から貴族でもあの方だけは別格だって、父と母に聞かされていました」

 シエスタも、まさか想像もしなかったと、唖然としながら話を聞いている。『烈風』の名は、軍や貴族の垣根を超えて、平民の間にも幅広く伝わっていたのだ。

「わからなくても当然よ。お母様は任務のときは、いつも顔半分を鉄の仮面で隠しておいでだったらしいから、名は知れ渡ってるけど、素顔を知る人は少ないわ。頼むから、この話は内密にお願いするわね」

 伝説のメイジが母親だなどと知れ渡ったら、ルイズも肩身が狭くなるだろう。シエスタは黙ってうなづき、キュルケは、どうせ言っても誰も信じないわよと笑い飛ばし、タバサは黙っていて、ロングビルは、私も見てみたかったなと残念そうに言っていた。

 さて、話も一段落ついたらすきっ腹が堪えてくるのが人間の本能である。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、昼からの疲れにエネルギーを補給する。

「おかわりーっ!!」

「……おかわり」

 食事開始から十分足らずでアイとタバサが同時に空になった皿を差し出した。二人の皿にはそれぞれ豚肉のチャーハンとハシバミ草のサラダが山と積まれていたのに早いものだ。特に、育ち盛りのアイはともかく小柄なタバサのどこにそんな食欲があるのやら。

「はーい、おかわり二名様あがりましたーっ!!」

 すぐさま店の奥から可愛いウェイトレスが飛んできて、二人から皿を受け取ると、また別の娘が料理を手際よく運んできた。

 この『魅惑の妖精亭』は、ただの酒場ではなく、その名の通りに妖精のように若くて可愛い女の子をたくさん雇っていることから、チクトンネ街でも別格の存在感を誇っていた。ただし、そういう男達を相手に商売をするので衣装はけっこう際どく、唯一の男性である才人は目のやり場に困るくらいであった。

 ただ、それは別として腹は減るので才人もおかわりを頼みたいのだが、振り返ろうとするとルイズに足を踏まれてしまって、仕方なくロングビルに頼んで間接的に持ってきてもらう始末。才人は切なくなった。

 けれども、そうしているうちにもキュルケは二杯目、タバサは四杯目のおかわりを頼んでいる。アイは二杯目でおなかいっぱいになって、ロングビルといっしょにジュースを飲んでいた。ちなみにシエスタは一杯で満足して知り合いの店長という人と話をしに行った。

「それにしても、お前らよく食うなあ」

 まだまだ満足せずに三杯目と五杯目のおかわりを要求するキュルケとタバサに、才人は二杯目のシチューを口に運びながら、唖然として言った。

「なによ、あんたたちが小食なだけじゃない。まだまだいけるわよね、タバサ」

「……あと、四杯はいける」

 いやいやいや、大食いチャンピオンですか君達は。それにしても、キュルケはそのダイナマイトバディを維持するために、栄養が必要なのはまだ理解できるが、小学生並みのタバサの体のどこに入っていくのですか? しかもハシバミ草のサラダばっかり、モットクレロンの生まれ変わりかと思ってしまう。

「「おかわりーっ」」

 今度は同時に皿を上げる二人を見て、才人は食欲が失せていくのを感じていた。

 けれど、そんな二人の態度に、才人以上にいい加減頭に来ていたルイズの堪忍袋の尾が、とうとう切れてしまった。

「あんた達、ちょっとは遠慮ってものをしなさいよね。貴族たるものが、ガツガツガツガツとはしたないったらないわ!!」

 この中で唯一おかわりをしていなかったルイズが頭に血を上らせて怒鳴った。

 貴族の女子は常に淑女であれと教えられてきたルイズには、食欲に任せて食べまくる二人の姿が我慢ならなかったのだ。

「なによー、せっかくシエスタがご馳走してくれるっていうんだから、ご相伴に預からないと失礼じゃない」

「だからって限度ってものがあるでしょ。これだからゲルマニアの女は品性がない……」

 キュルケとルイズの間で不穏な空気が流れる。ただでさえ、水と油のような二人だ、いまにも杖を抜きそうな雰囲気に、せっかくの旅行を最初から台無しにする気かと、才人が席を立ちかけた、そのとき。

「なーに、もうごちそうさま? せっかくのおごりなんだから、もっと食べなさいよ」

 と、二人の間に元気よくひときわ派手な格好の女の子が割り込んできた。黒いストレートの髪の活発そうな娘である。彼女は、今回のもてなしの主催者で、この店の店長の娘のジェシカという娘だった。

「え、でも……」

 ルイズが、その好意はありがたいけどというふうに躊躇した。外で食事をいただくときの作法については、あの母から昔から厳しく教えられてきただけに、中々飲んで食べて騒ぐということはできないのであったが、ジェシカはそんな遠慮を笑い飛ばすかのように、どんと胸を張って言い放った。

「遠慮しないの、七人程度がいくらおかわりしたって、そんなくらいで揺らぐような細い屋台骨はしてないって! それより、あのシエスタが貴族のお友達をこんなたくさん連れてくるなんて、従姉妹の大出世ぶりのお祝いだと思えば安いものよ」

 そう、ジェシカはシエスタの従姉妹だということで、黒い髪や瞳など面影がなんとなく似ている。ただし、やや内向的で思い込みの強いシエスタとは反対に、外見と話し方どおりの外交的な性格の持ち主であった。地球風に言えば、江戸っ子というところだろうか、竹を割ったような明るさときっぷのよさは、思わず姉御と呼んでしまいたくなる。

「よっ大将、威勢がいいねえ」

「ありがと赤いお姉さん。今後とも、『魅惑の妖精亭』をごひいきに!」

「あいよっと、今度からトリスタニアに来たときは寄らせてもらうわ、それから、あたしのことはキュルケって呼んでいいわよ。タバサも気に入ったみたいだし、次からは営業時間に来るからね」

 特に、性格のよく似ているキュルケとはすぐに意気投合したようで、勤務時間外ということで旧知の仲のように親しげにたんかをかけあっていた。

 ただ、よく考えると、このもてなしの席で少なくともこの店は常連客を二人ゲットしたことになる。損して得とれ、可愛い顔して商売の基本をよーく心得ている。

「そういえばさ、シエスタから聞いたけど、あなたたちあっちこっちですごい冒険してきてるみたいじゃない。飯代代わりといっちゃあなんだけど、みんなに聞かせてくれないかな」

 見ると、いつの間にやらテーブルの周りに店中の女の子が集まってきていた。皆期待に目を輝かせている。テレビやラジオなどなく、平民のほとんどが読み書きできないハルケギニアでは娯楽が少なく、彼女達にとって、未知の世界の話とは、子供が紙芝居に夢中になるようなものなのであった。

 当然、こういうことに口の多いキュルケは黙っていられず、一番に名乗りを挙げた。

「じゃあ一番はもちろん、フォン・ツェルプストーがいただくわね!! えーっと、どの話からにしようかしら、軍隊がらみの話はつまらないから。そうね、じゃあフリッグの舞踏会で怪獣といっしょにダンスしたときの話にしましょうか、あのときはおかしかったわ」

「あっ、それシエスタから聞いたわ。詳しく教えて、ねえ」

「いいわよ。まずね、魔法学院にベアトリスって子がやってきたんだけど、この子がなんともねえ……」

 それからは、他の六人も合わせて話に花が咲いた。なにせ完全ノンフィクションな上に、身振り手振りを加えて大げさに話すキュルケの語り調子は、自然と人を話に引き込んでいく魅力があった。

「それでね。怪獣二匹に追いかけられて、助けてーっ、て」

「うそぉ、趣味の悪い怪獣ちゃん」

「ほんとほんと」

 誰もが笑いながら聞いていた。いつもいばっている貴族でも、いざとなれば人間だ。その行動にはおかしくもあり、また共感もする。

 そして話は進み、あるところでは怒り、あるところでは感動したりして、語り部キュルケの一大歌劇は大盛況のうちに幕を閉じた。

 惜しみない拍手が捧げられ、感動して涙を流している娘までいる。

 まったくキュルケはすごい奴だと才人も思う。人を魅了する天性の素質とでも言おうか、生まれが生まれなら、歴史に名を残す名俳優やオペラ歌手として活躍したに違いない。

 自分も拍手に加わった後、才人が一呼吸おいて水をちびちび飲んでいると、すっきりした顔のジェシカが肩越しに才人の顔を覗き込んできた。

「よっ、色男さん、楽しんでる?」

「ん、まあね」

「あら、なにか不満そうね。なにかおもてなしに不満があったかしら?」

「いや、料理はうまいし、店はきれいで、女の子たちはかわ……明るくて楽しいけど……」

「けど?」

 才人は言葉を切った。

 確かに、この魅惑の妖精亭は繁盛しているだけあって、接客からなにもかも不満はなかった。ただ一点を除けば。

 そしてそれが、それらのプラスに大きくマイナスとなり、どうしても才人は心から楽しむことができないでいた。

 それとは、つまり……

「あらん、ぼくぅ、ミ・マドモアゼルのお店になにか問題があったぁ? ごめんねえ、おわびに私が精一杯お・も・て・な・し、してあげちゃうから」

「やだぁ、ミ・マドモアゼルだけずるぅい。こういうことは、新人のあたしが勤めさせていただくわぁ」

 と、才人の右と左から聞こえてきた野太い男の女声、首がむち打ち症のように動かなくなる。どっちも絶対振り向きたくない。後ろには、美少女率120%のジェシカがいるというのに、どうしてこうなる? 誰か説明してくれ。

 湧き上がる吐き気を抑えながら、怒りをために溜めていた才人だったが、とうとう耳元に熱い吐息がかかってきたとき、完全にぶちきれて激発した。

 

「なんでオカマが二人もいるんだよ!!」

 

 テーブルを怒りに任せてぶっ叩き、不満と怒りのさまを才人は思う存分吐き出した。

 そう、この店にいるのは美少女だけではない。トランプの中にジョーカーが混じっているように、筋骨隆々、厚化粧の見事なまでのオカマ男が二人も入っていたのだ。

「あらん、ひどぉい!!」

「乙女に向かって、そんな言い方はないわぁ!!」

 怯えて縮こまるな。せっかく食べたものを吐き出してしまいそうになる。しかも、一人ならまだ我慢できるが、二人ともなると不快は二の二乗となって耐えられない。けれど、もうこんな光景はなれっこなのかジェシカが才人の肩を抑えて、どうどうと鎮めに来た。

「まぁまぁ、こんなのでもあたしの大事な父さんと、うちの大事な店員だから勘弁してよ。気持ちはよーくわかるからさ」

 なんとまあ、このオカマの二人のうちの片割れは、ジェシカの父親だった。つまり、この魅惑の妖精亭の店長ということになる。しかし、正直そんなことはどうでもいい、いったいどうすればキモさ120パーセントのオカマのDNAからジェシカのような美少女が生まれる? 生命の神秘だ。

「はぁ、はぁ……悪い、ちょっと頭に血が昇ってた」

 激昂して正気を失っていたのを、才人はなんとか押さえ込んだ。見てみれば、アイちゃんは怯えて、ほかの皆も白い目で見ている。いけないいけない、大きく息を吸って、吐いてを繰り返して、才人は不快なオカマを見ないようにして、視線をルイズのほうへ向けた。

「ほわぁ……」

「な、なによ……」

 いきなりじっと見つめられてルイズはたじろいだが、才人はなにか心の底から癒されていくような温かいものを感じていた。悪夢のようなものを見せられた後では、ルイズの顔もまた新鮮に思える。そうだ、俺のそばにはこんな美少女がいつもいるじゃないか、なんで俺はこんなことに気づかなかったんだろう。リバウンド現象に、思いっきり才人ははまっていて、ルイズのほうもまんざらではなく、調子に乗ってポーズをとったりなどもしていた。

「あらん、お二人とも仲がいいのね」

「うふん。お姉さんたち嫉妬しちゃうわ」

 後ろから殺人音波が響いてくるけれども、決して振り返ってはいけない。

 そんな様子を、シエスタは久しぶりに会う店の女の子たちと話し合いながら見ていた。本当なら、自分が才人を救いに行きたかったが、以前に比べて二倍になっていたオカマの圧力に負けて近づけなかったのだ。

「うわー、スカロン叔父さん相変わらずねえ……けど、もう一人のあの方は新入りさん? 前に来たときは見かけなかったけど」

 シエスタは隣の栗毛の女の子にひそひそ声で話しかけた。シエスタは一月ほど前に仕入れでトリスタニアを訪れたときもここに来ていたが、そのときはあんなオカマの人はいなかったはずだ。

「ああ、二週間ほど前に噴水広場で仲間といっしょに行き倒れていたのを店長が拾ってきたのよ。最初は変った三人組だと思ったけど、よく働くからうちも助かってるわ。何でも異国から来たみたいでトリステインのことはほとんど知らないみたい」

「三人組?」

「ええ、めんどくさい名前なんで略して呼んでるんだけど、あの人がカマちゃん。それから、あっちの台所で皿洗いをしているのがウドちゃん。もう一人……あれ、あの人またサボって屋根裏で何かしてるわね。おーい!! ドルちゃん、あんたまたガラクタ集めて変なもの造ってるの!? 今度爆発とか起こしたら給料からさっぴくよ、仕事しなさい」

 カマ、ウド、ドルというのが新入り店員の名前らしい。見ると、台所ではガタイのいい男が熱心に皿洗いをしており、階段から小太りの男が駆け下りてきた。

「やれやれ、ドルちゃんはちょっと目を離すとこれなんだから」

「大丈夫なの、お店のほうは?」

「ん? ああ、心配しなくていいよ。ドルちゃんは文句ばっかり言ってるけど、ウドちゃんは黙々と働くし、カマちゃんはああ見えてけっこうチップをもらってるのよ。店長の人を見る目は、あれで腐っちゃいないんだから」

 なるほど、素質を見込んでスカウトしたわけか。確かに、カマという人の接客態度はオカマとしては中々だ。大勢来るお客のなかでは、そういった趣味の持ち主もいるだろう。手札はいろんな種類を数多く持つに限るということか。しかし、それだけでは、あんなに熱心に働きはしまい。

「本当に、人がいいわね叔父さんは」

 シエスタは、あんな風貌ながらも人情味に溢れた叔父を誇りに思った。このご時世、人を世話するというのは簡単なことではない。スカロンと出会わなければ、この妙な三人組は本当に行き倒れていたかもしれない。

 スカロンとカマちゃんはよほど気に入ったのか、なおも才人へ熱烈なアタックを仕掛けているが全て無視されている。サイトさんにあっちのほうの趣味がなくてよかったと、心底安堵するシエスタであった。

 

 それから、魅惑の妖精亭では和気藹々とした食事風景と、ルイズに見とれる才人を見て対抗心を燃やしたキュルケが誘惑しようとしてルイズと乱闘になりかけたりしたが、もうすぐ開店時間というわけで、楽しい時間もお開きとなった。

 

 けれど、一行が魅惑の妖精亭を出て、紅く色を変えだした陽光の中に身をさらしたときだった。太陽とは反対側に突然正午の太陽のように強い白色の光を放つ光球が出現して、カメラのフラッシュのように街中を照らし始めた。

「な、なんだ!?」

 突然のことに、一行も見送りに出てきていたスカロンや妖精亭の少女たちも驚いて目を覆って立ち尽くした。

 街中の人々も、カーテンすら軽く突き抜けて部屋の中まで照らしてくる光に襲われて動くこともできない。

 いったい、なにが起こっているんだ……光はそうしているうちにもどんどん強くなっていく。もう太陽どころではない、目の前に懐中電灯を突きつけられたようなものだ。とても見ていられない。

「目を、目を隠せ!!」

 とっさに才人はそう叫んで、目を覆ったまま光に背を向けた。耐えられなくなったルイズたちも、それをきっかけに同じように光から目をそらす。

 しかし次の瞬間、光は爆発するようにその光度を増し、目をそらすのが遅れた何人かの少女たちの目を焼いた。

「きゃぁぁっ!!」

「目が、目が痛いっ!!」

 光を直視してしまった少女たちが目を抑えてうずくまる。光は、その閃光を最後にあとかたもなく消滅したが、とにかく少女たちの介抱が先だ。

「完全に神経をやられてるわ……すぐに水のメイジに見せたほうがいいけど……これじゃあ街中目をやられた人ばかりでしょうから、病院もあてにはできないわね」

 前職の経験から少々の医学知識があったロングビルが簡単に診断し、彼女たちの目に包帯を巻いていった。目の毛細血管が破れて、全体が赤く充血している。直接見なかった才人たちでさえまだ目がちかちかしているくらいだから、当分視力が戻ることはないだろう。失明しなければいいが、それはいずれ医者に診せるしかない。

 そして、目をやられた彼女たちを、二階の寝室のほうへ移そうとした、そのときだった。

「きゃあっ、じ、地震!?」

 突然地面が巨人がダンスしたかのように揺れ動き始めた。震度五から六強の強い揺れに、木造の建物がきしみをあげ、天井からほこりが舞ってくる。しかし、慌てて外に飛び出そうとしたとき、揺れは嘘のように静まり返ってしまった。

 収まったのか……街路に飛び出た一行は街を見渡して思った。いくつか倒壊した家があるようで、ほこりが立ち上っているのが見えるが、魅惑の妖精亭は古い建物ながらも、つくりがしっかりしていたと見えて傾きもせずに建っている。

 妖精亭の店員たちもみんな無事だ。特に、目をやられて逃げ出せない娘たちはスカロンがたくましい両腕に抱えて担ぎ出されていた。見た目はキモいが心根はきれいなのだなと、ほんの少し才人は見直した。

 ただ、新入り店員の三人組は、せっかく造った……が、とかわめいているドルさんを、「もうここの材料じゃ無理よ」「もうあきらめて、ここに永住しましょうよ」とかカマさんとウドさんが慰めていて、少々うるさかったが。

 しかし、あの発光現象に続いてこの地震、不吉な予感を感じさせるには充分だった。

 

「あっ、あれはなに!?」

 

 ロングビルが指差した先、百メイルほど離れた街の一角から、突然真っ赤な煙が噴き出してきた。

 地震の影響で天然ガスなどが噴き出してきたわけではない。その中で何かがうごめいている。小山のように大きな物体だ……まさか、まさか……しかし、一陣の風が吹きぬけたとき、人々の悪い予感は現実のものとなった。

 

「かっ、怪獣だぁーっ!!」

 

 赤い煙が吹き流された後、そこには全身に鎧のような甲羅を身に着けた二足歩行の恐竜型怪獣が仁王立ちに立ち、それが合図であったかのように街中に響き渡る恐ろしい遠吠えをあげたのだ!!

 

「変身怪獣、ザラガス!!」

 

 才人は、その怪獣をよく知っていた。あの、初代ウルトラマンが地球滞在の後期に戦った怪獣で、その実力はゼットンやゴモラなどに次いで高く、科学特捜隊の助けなしではウルトラマンさえ勝てたかどうかといわれている強力な地底怪獣だ。

 街の地底からその姿を現したザラガスは、先代がそうであったように凶暴な破壊本能に任せて街を破壊しはじめた。人々がやっとの思いで作り直した家々が無残にも崩されていく。

 

「いけないわ! みんな、急いで逃げるわよ」

 スカロンが暴れまわる怪獣を見て、迷わずに店員の少女たちに叫んだ。ここにいると危ない、店も大事だが、店員がいてこそ意味がある、彼は守るべきものの価値をしっかりとわきまえていた。

「わかったわ、みんな手伝って!!」

 ジェシカが先頭になって店に飛び込むと、一分も経たずに荷物を積み込んだリヤカーを持ち出して出てきた。連続する怪獣災害により、被害が避けられないと思い知ったトリスタニアの人々は、自主的に避難訓練や緊急時の持ち出しを準備していたのだった。

 しかし、急いで逃げ出そうとした妖精亭や周辺の店々の人々のもくろみは、早くも頓挫することになった。ただでさえ広くない街路には、さっきの光で目をやられて動けない人々が大勢うずくまっていて、とても避難できる状況ではなかったのだ。

 これはまずい、才人は背筋がぞっとした。多分、街中がこんな状態だろう、こんななかで怪獣が暴れたら、目をやられた人々が逃げられないのは当然、無事な人も逃げ遅れて甚大な被害が出てしまうだろう。

 

 だがそのとき、空から怪獣のものとは違う、かん高い鳴き声がたくさん聞こえてきて空を仰ぎ見ると、そこには鷲の頭と翼に獅子の体を持った幻獣グリフォンにまたがった勇壮な魔法騎士達が、空中で見事な陣形を組みつつ怪獣に向かっていく姿があったのだ。

「あれは、グリフォン隊よ!!」

 誰かがそう叫んだとおり、それらは現在トリステインに残る最後の魔法騎士隊の勇姿だった。そしてルイズ達にはそれらの先頭にたって部隊を指揮している男に見覚えがあった。

「ワルドさま!!」

「あの中年か」

 そのとおり、今ワルドは怪獣出現の報を受けて、これまで髀肉の嘆をかこっていた大勢の部下たちを引き付けて、二つ名の閃光のとおりに出撃してきていたのだ。

 

 グリフォン隊は総勢二十騎、いずれも一騎当千の猛者たちで、これまでにもオークやトロールなどの凶悪な獣人を退治してきたことがある。怪獣との戦闘経験はないが、士気は旺盛でどいつも血に飢えた猛獣のような目をしている。これまで幾度もあった戦いに全て出遅れて、役立たずと言われてきた屈辱を晴らさんと燃えていた。

「全騎、私に続いて突撃し、奴の頭に集中攻撃だ。遅れるなよ」

 ワルドは部下たちに指示を飛ばして、編隊を五騎一編隊ずつ四部隊に分けた。これで自分を先頭にして、四連続で怪獣の頭に集中攻撃して短期決戦を狙おうというのが彼の作戦だった。以前オークやトロールを仕留めたのもこの手で、いくら大きくて頑丈でも、トライアングル以上のメイジ二十人の集中攻撃には耐えられない。その編隊運動は、ワルドにライバル心を持っていた才人からしても見事なもので、まるで子供の頃に見た航空自衛隊のショーを思い出させるような優雅さに溢れていたのだ。

 だが、確かにその発想はよかったのだが、彼らは真正面から突っ込んでいってしまった。魔法衛士隊たるものが敵の後ろから襲えるかと、妙なプライドにこだわったせいもあるが、いくら大きくても所詮はでかいだけのトカゲではないかと、彼らはザラガスを甘く見ていたのだ。そしてその軽率さのツケを、彼らは自分の身で支払わされることになった。

 ザラガスの額が突然フラッシュのように発光したかと思うと、攻撃を仕掛けようとザラガスを直視していた彼ら全員の目を騎乗していたグリフォンごと焼いてしまったのだ。

 

「うわぁっ!!」

「目が、目がぁっ!?」

「うっわぁ、暴れるな、ああーっ!!」

「ママーッ!!」

 

 グリフォン隊は一瞬で全員の目をつぶされ、さらにグリフォンもやられてしまったために、あっというまに全員バラバラになって悲鳴をあげながら墜落していった。

「ワルドさまぁ……」

「かんっぜんに見かけ倒しかよ、あのおっさん!!」

 ルイズも才人もあまりにも期待はずれなワルドのやられ様に落胆を禁じえない。特に才人は中年からおっさんにランクダウンさせてしまっている。

 しかし、彼らの油断が最大の敗因とはいえ、彼らだけを責めるのは酷であろう。ザラガスは、その体から光度にして六千万カンデラもの光を放つことができ、これを見てしまったら当分の間視力が失われる。もしザラガスが放ったのが火炎などだったらグリフォン隊は避けられただろうが、光を避けることなどは不可能だ。

 もちろん、さっき街中を照らした光もザラガスが地上へ出てくる前兆だったのだ。

 ワルド隊をあっさりとしりぞけたザラガスは、何事もなかったかのように破壊活動を再開した。城にはまだいくらかの飛行可能な部隊が残っているだろうが、グリフォン隊が瞬殺されてしまった以上、出てくるかどうかは疑問だ。ましてや地上兵力は考えるにもおよばない。

 ルイズと才人は、もう戦えるのが自分達しかいないとわかると、こっそりと抜け出して路地裏のほうへと入っていった。

 残った街路上では、妖精亭の少女達や逃げられないでいる町人たちが悔しげにつぶやいていた。

 

「あーあ、やっぱり貴族たちはだめね。また負けちゃったわ」

「弱いんだからじっとしてればいいのに。ねー」

 

「俺たちの税金があんなのに使われてると思うと悲しいぜ。んったく着飾ったごくつぶしどもが」

「あいつらが出てくると逆に被害が増すぜ。あーあ、早くウルトラマンがこねえかな」

「そうだぜ、エースが来てくれたら、ぱっぱと怪獣なんかやっつけてくれるさ」

「まったくだ。俺たちにはウルトラマンがいてくれる。困ったときにはいつでも来てくれるからな」

 かつてGUYSが壊滅したときのように、連戦連敗を続ける軍に対して平民の信頼はすでに失われて久しかった。当たり前のことである。犯人を捕まえられない警察、火を消し止められない消防を誰が信頼するか、本来、この国の戦う力を持たない人々を守るべきなのはこの国の軍であるはずなのに、何度も同じ失敗を繰り返す彼らは、その存在価値を失いつつある。アンリエッタが多少強引ながらも改革を急いでいるのも当然だろう。

 しかし、軍への信頼を貶める原因のひとつは、皮肉にもウルトラマンの存在であった。しかし残念なことに、その言葉は、才人たちの耳に届くことはなかった。

 

 

「「ウルトラ・ターッチ!!」」

 

 手と手のリングを重ね、才人とルイズはウルトラマンAへと変身した。

「ウルトラマンAだ!!」

「やっぱり来てくれたぜ、頼むぞエース!!」

 街の人々の喝采を浴びて、エースはザラガスの正面から向かい合った。

 

(変身怪獣ザラガス……やっぱりこいつもヤプールが呼び寄せたのか……?)

(そんなこと考えるのはあとでいいでしょ、姫様のお膝元を汚すやつは、誰であろうと許さないわ!)

(それよりも、街中には目をやられて逃げられない人で溢れている。速攻でかたをつける、いくぞ!!)

 

 すでにヤプールのためにハルケギニアの生態系は狂わされ始めている。怪獣の出現はさらなる怪獣を呼ぶ、恐らくはこのザラガスもそうした影響で偶発的に現れたものだろうが、ヤプールがいる限り大人しくしていた怪獣達もこれから続々と目覚めてくるだろう。

 心の中で三人はそれぞれの思いをかわし、目の前の避けられない戦いに向かい合った。

 

「ショワッ!!」

 先手必勝、エースは大きくジャンプするとザラガスの真上から急降下キックをお見舞いした。頭を勢いよく踏みつけられ、ザラガスの巨体が吹っ飛ばされて数件の家を巻き添えにして倒れこむ。

 もちろん、この程度でまいる相手ではなく、すぐさま起き上がると足元にあった家をむんずとわしづかみにして、エースに向かって投げつけてきた。

「シャッ」

 軽くかわして再びザラガスに向かって身構える。やはり今の攻撃程度ではたいしたダメージになっていない。

(エース、ザラガスの発光攻撃に気をつけてくれ)

 心の中から才人がエースにアドバイスを飛ばした。あの六千万カンデラの光は人間どころかウルトラマンに対しても有効で、初代ウルトラマンもこれに手ひどくやられている。注意するべき場所は発光攻撃の要である奴の頭だ。

(来る!!)

 ザラガスが頭を下げて、頭部の発光器官をこちらに向けてきた。とっさにエースは目の前で腕をクロスさせて目を隠す!!

「フッ!」

 その瞬間、六千万カンデラの光が放たれ、戦いを観戦していた何十人かの視力を奪ったが、エースの目はまだ無事だ。けれども、あれを一度でも喰らったら危険なことに変わりは無い。一気にけりをつける!!

 エースはザラガスが二度目の発光攻撃を仕掛けてこないのを確かめると、ダッシュして一気に距離を詰め、すれ違い様にチョップをお見舞いすると、後ろから頭を掴んで連続して殴りつけた。ザラガスは暴れてエースを振りほどこうとし、前に飛び出たエースはザラガスの額を見ないようにしながら奴の首を掴んで投げ飛ばした!!

「ヘャァッ!!」

 背中から猛烈な勢いで地面に叩きつけられたザラガスは骨格と内臓にダメージを与えられて、すぐに起き上がろうとしてくるが、足取りがおぼつかなく頭がふらついている。

 今がチャンスだ!! エースは体を大きく左にひねって高速で腕をL字に組んで必殺光線を放った!!

『メタリウム光線!!』

 三原色をちりばめた高エネルギー光線は吸い込まれるようにザラガスの胴体へと突き刺さり、その巨体を覆いつくすほどの大爆発を起こした。そして火花が収まった後、ザラガスはゆっくりと前のめりに倒れていった。

 

「やったあ!!」

「さすが、やっぱりエースは強いなあ」

「ウルトラマンがいる限り、トリステインは安泰だぜ」

 

 見守っていた街の人々から一斉に歓声があがった。

 しかし、次の瞬間驚くべきことが起こったのだ。

(見て!! あれを)

 なんと、完全に沈黙していたはずのザラガスの口から赤い煙が立ち昇り始めたかと思うと、その体が痙攣するように震えだした。さらにこちらが手を出す間もなく、一声怒りたけるような叫び声をあげて、体中についていた甲羅を引き剥がして再び起き上がってきたではないか!!

 

「い、生き返ったぁ!?」

 

 死んだと思っていた怪獣が蘇ったことで、人々も我を忘れて悲鳴をあげる。

 これはいったいどういうことだ。メタリウム光線の直撃で、確かに一度は倒したはずなのに、さらに凶暴になって復活してきた。

(ちくしょう、やっぱりか!!)

(やっぱりって、どういうことよ!?)

(ザラガスは、一度攻撃を受けるとそれに対応して復活する能力があるんだ!!)

 そう、それこそがザラガスが変身怪獣と呼ばれ、恐れられた理由である。

(復活するって……あんたなんでそんな大事なことを黙ってたのよ!!)

(まさかメタリウム光線に耐えられるとは思ってなかったんだ!! ちくしょう、前はウルトラマンのスペシウム光線で倒せたのになんでだ!?)

 エースのメタリウム光線はスペシウム光線以上の破壊力を持つために、それで倒せると思っていた才人の読みは外れた。しかし、その理由を考える暇もなくザラガスは迫ってくる。

(ふたりともケンカは後にしろ、来るぞ!)

 ダメージを吸収してさらに凶暴化したザラガスは、エースへの怒りのままに家々を蹴散らしながら突進してきた。

「タアッ!」

 真正面から受けられないと、エースはジャンプしてザラガスの背後に回りこんだ。

 そして、背中からザラガスに攻撃を仕掛けようとしたときだった。甲羅が外れて、爆竹が何十本も埋め込まれたような姿があらわになった奴の背中がいきなり発光したのだ。

「グッ、ヌォォッ!」

 一瞬でエースの視界が白から黒へ変わり、完全に闇に包まれた。

「ああっ、エースの目がやられた!!」

 目を押さえて苦しむエースを見て、人々の落胆する声が響く。

 しまった、ザラガスの発光器官は頭だけではなかったのか……才人は悔しがったが、彼の読んでいた怪獣図鑑にも、そこまで詳しく解説されていたわけではなかったので油断してしまった。ザラガスはいったいどっちにいるのだ? 目が見えないのではいかにエースとて戦いようがない。また、エースと感覚を共有しているふたりも視界を封じられて、エースをサポートすることができない。

 右か、正面か、それとも左か……

「右よ、エース!!」

 とっさに耳に飛び込んできたその声がエースを救った。

 間一髪、角を振りかざして突進してきたザラガスを受け止めて、逃がすまいと殴りつける。だが、奴もやるものでエースを振り払うと再び間合いを取ってしまった。

 今度はどっちだ? ザラガスは完全に目の見えない相手との戦い方を心得ていて、うかつに音を立てたりしてこない。少なくとも先代より知能は格段によいようだ。

「正面よーっ!!」

「ヘヤァ!!」

 声に従ってストレートキックを打ち込んで、なんとかザラガスの突進をさえぎった。

(この声は……キュルケにシエスタにアイちゃん、魅惑の妖精亭のみんなか!)

 二度目に聞いた声で、才人たちは声の主を悟った。エースが目をやられたことを悟ったシエスタが、せめてできることはないかと皆を先導してエースの危機を救ってくれたのだ。

(みんな……ありがとう)

(ちぇっ、またあのメイドやキュルケに借りができちゃったじゃない。あれ? 涙が出そうなのは、目が痛いからなんだからね)

 仲間の心強いサポートに才人たちは感激した。だが、根本的な解決にはなっていない。右か左かでは漠然的な位置しかわからずに受身にならざるを得ない。とどめを刺すためには、何か大技を叩き込むしかないが、狙いがつけられなくては意味がない。それに、持久戦はウルトラマンがもっとも苦手とすることで、鳴り始めたカラータイマーが限界が近いのを示している。

 

 どうすればいいんだ……

 

 妖精亭の皆のおかげでなんとか攻撃だけはかわしているけれど、解決策は見つからずに時間だけが無情に流れていく。

 そして、カラータイマーの点滅が高速になり、いよいよ限界というとき、遂にザラガスの角の先端が緩慢な回避しかできなくなっていたエースの体を捉えた。

「ヌワァッ!!」

 脇腹を突かれて倒れこむエースに、ザラガスはいたぶるように攻撃を加える。起き上がろうとするたびに巨大な足で踏みつけられ、太い尻尾を叩きつけられて身動きができない。第一、エースにはもうほとんど活動するためのエネルギーが残っていない。

 

「エース、頑張れ!!」

 

 妖精亭の娘たちが叫ぶ。それでも、もうエースには余力が残っていない。ウルトラマンとて無敵ではないのだ。攻撃を受ければ傷つくし、できることにも限界がある。

 しかし、ここでザラガスを野放しにすれば目をやられた人々で溢れたトリスタニアは間違いなく壊滅し、何千という犠牲者がでるだろう。まだ戦える、いや戦わねばならないとエースの闘志だけはまだ折れていなくても、体が言うことを聞かない。

 

 畜生……力及ばぬ悔しさに歯噛みし、とどめを刺そうとするザラガスが全体重をかけて右足を大きく振り上げた。

 そのときだった!!

 

『カッター・トルネード!!』

 

 突如、シーゴラスとシーモンスが作ったものにも匹敵するほどの、とてつもない巨大さの真空竜巻がザラガスを飲み込んだではないか。その巨大竜巻は二万トンもの体重をものともせずに浮遊させ、百メイルほども離れた場所にザラガスを吹き飛ばしたのである。

 

「あの魔法は!?」

「風の……スクウェアスペル……」

 巨大怪獣をやすやすと吹き飛ばした桁違いの魔法に、当然ながら見守っていたキュルケやタバサの口からうめきに似た声が漏れた。特に風系統の使い手であるタバサは、その魔法が自分とは全てにおいて次元の違う使い手が放ったものであるということが、肌をつたう空気を通していやというほど伝わり、その源泉となった存在を、はるか上空に見出していたのだ。

「……あれ!」

 タバサが杖で指した先には、太陽を背にして急降下してくる巨大な鳥と、その背にまたがる鉄仮面の騎士の姿があった。その異形の姿に若い者達は唖然としたが、スカロンなど歳を経た者は、三十年も前に消えていった伝説をその脳裏に蘇らせていた。

「あれは、『烈風』だわ!!」

 

 そう、それこそかつて伝説とうたわれたトリステイン最強騎士、『烈風』と、その忠実なる使い魔たる、この世界の名をノワールと与えられた巨鳥ラルゲユウスの勇姿だった。

 

「ノワール、打て」

 短く放たれた命令を、ノワールは忠実に実行した。急降下により音速に近い速度を得たラルゲユウスは、起き上がってきたザラガスの体をその翼で叩きつけ、再び大地に打ち据えたのである。

『ウィンドブレイク』

 倒れたザラガスに容赦なく次の攻撃が打ち込まれる。真上から送り込まれた高圧空気が、まるで深海のような圧力となってザラガスを押しつぶそうとしてくる。

 

 だが、ザラガスはそれらの一連の攻撃を受けながらも、全身の発光機関から煙を噴き出しながら体質変化をとげ、受けた攻撃に全て対応できるようになって復活し、空中で体勢を整えるラルゲユウスに六千万カンデラの光を放ってきた。しかし、『烈風』はその攻撃を読み切り、マントで目を覆うと同時に使い魔の目に眼帯を『錬金』し、フラッシュ攻撃をたやすく受け流してしまった。

「同じ手が二度も三度も効くと思うな」

 そう言い捨てると、『烈風』はもう一度『カッター・トルネード』を唱えてザラガスを空中に放り投げ、奴が地上三百メイルほどまで上昇したところで、使い魔にとどめの命令を下した。

「ノワール、打ち伏せろ」

 竜巻から解放され、打ち上げる力と重力が釣り合い、ザラガスの体が空中で静止した瞬間だった。ラルゲユウスはザラガスの頭をその鋭い鍵爪で掴み、地上めがけて急降下!! その巨体を頭から大地に亜音速で叩きつけた!!

 

「うわぁぁっ!!」

 

 二万トンの物体が隕石のように落下した衝撃で、トリスタニアは直下型地震にあったような激震に見舞われる。

 『烈風』は、上空からあらかじめすでに人のいなくなった場所をめがけて落とさせたのだが、そこには直径五十メイルはある巨大なクレーターが作り出されていた。

 恐ろしい破壊力……仮にスクウェアクラスのゴーレムだとしても、これを食らえば跡形もなく粉々にされてしまうだろう。しかし、粉塵が収まった後のクレーターの底にザラガスの姿は見つからず、地底へと続く暗い穴がぽっこりと口を開いていた。

「逃げたか……ノワール、引くぞ」

 相手が地底では『烈風』といえども手の出しようがない。巨鳥は主人の命令に従い、王宮の方向へと翼を翻した。

 

 トリスタニアに、再び静けさが戻った。だが、多くの家々が破壊され、まだ目をやられた大勢の人々が動けずにうめいている。

 そんな中で、活動時間の限界に達したエースは飛び立つ力も失い、仰向けに倒れたまま腕を胸の前でクロスさせて変身を解除した。

「フッ……デュワッ!!」

 エースの姿が透き通るように消えていき、やがて本当にトリスタニアに沈黙が戻ってきた。

 

 けれども街中に負傷者が溢れ、全市街地で都市機能が麻痺している。

 このままでは、次にザラガスが戻ってきても民間人を避難させることさえできない。もちろんすでに衛士隊や銃士隊、軍の部隊から街の自警団にいたるまで動ける者は全て動いていたが、それらの部隊にも目をやられた者がかなりの割合で含まれていて、怪獣の再来に備えるどころか街の治安を維持して負傷者を臨時救護所に運ぶだけで手一杯のありさまだった。

 

 魅惑の妖精亭も業務を中止して、一階の店内で近隣の負傷者を集めて治療に当たっていた。

「二階からありったけの包帯を持ってきて!! ウドちゃんはお湯を沸かして、ドルちゃんはぼっとしてないで薪を持ってくる!! みんなは手当てを急いで、けれど一人ずつ丁寧にね!!」

「はい!! ミ・マドモワゼル!!」

 スカロンに指示されて、ジェシカ達が駆け回り、シエスタやロングビル達も黙っているわけにはいかないので手伝いに走り回る。

「水のメイジがいればよかったんだけど……」

「どのみちこの人数じゃ手に余るわ……サイト君、ミス・ヴァリエール!!」

 そのとき、よろめくように店内に入ってきた二人の姿を見てロングビルは悲鳴を上げた。ルイズは才人に支えられながら、二人とも目から血を流している。

「あなた達、目を……とにかくこっちへ!!」

 ロングビルとキュルケに支えられながら、酒の匂いのする椅子とテーブルで作った簡易ベッドに寝かされて、二人は唇を噛み締めながら怒りと悔しさに震えていた。

 

「……負けた」

 

 

 続く


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