ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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※この話は『烈風の騎士姫』発売以前に執筆したものです。そのため設定において原作と異なるものがありますが、あえてそのままで掲載いたします。
その点をご了承の上、お読みいただきたく願います。


第45話  夏の日の旅立ち

 第45話

 夏の日の旅立ち

 

 古代怪鳥 ラルゲユウス 登場!

 

 

 王女の突然の来訪から一日が明けた朝、空には真赤に燃える太陽が輝き、王女の旅立ちを祝福しているようであった。

「ではサイト、またそのうち会おう」

「休みに浮かれて夏風邪などひくんじゃないぞ」

「あれ引くのはバカだけなんですよね。じゃ、アニエスさんとミシェルさんもお気をつけて」

 戦友同士の三人は、それぞれの壮健を祈って別れた。

 さっそうと馬にまたがって、王女の護衛についていく二人の姿は精悍としか言い様がない。

「じゃあルイズ、今度会うときは二人でゆっくり語り合おうか」

「ワルドさま……今度はもう少し若々しいかっこうでいらしてね。とにかく、くれぐれも姫様をよろしくお願いします」

「ああ……わかったよ」

 すっかり中年あつかいになってしまったワルドは、当然優先順位がアンリエッタに傾いているルイズにドライに送り出されて、髭を剃ろうかなと独り言をつぶやきながらグリフォンにまたがって行った。

「アンリエッタ姫殿下、ご出立!」

 従者の高らかな宣言を受けて、王女の行列は生徒達の見送りを受けて学院を発っていく。

 正門を抜けたあたりで、馬車の窓が開いて、少し身を乗り出したアンリエッタが生徒達に向けて手を振り、最後に全員でアンリエッタ王女万歳、トリステイン万歳の唱和がなされて、行列はゆっくりと遠ざかっていった。

 

「姫様、お元気そうでなによりだったわ」

 護衛のグリフォン隊の姿も見えなくなってから、ルイズは汗を拭きながら才人に言った。

「うーん、昔がどうだったかは知らないけど、やっぱり人の上に立つ人は違うものだな。まったく、濃い一日だったぜ」

 二人は、わずか一日で魔法学院を大きくかき乱していったアンリエッタの行動を思い出していた。

 

 感想としては、本当に行動力にあふれた姫様だったというほかはない。

 シエスタから、学院で貴族の子弟達がどれだけ横暴に過ごしているのかを、根掘り葉掘り聞き出したアンリエッタは、貴族の礼節の崩壊がすでに少年の時代から始まっていると知って深く考え込んでいた。

「だらしない限りですわね。平民の模範となるべき貴族が、それではまるで猿じゃないですか……それに、彼らを教え諭すべき教師も、自分の系統の優位をひけらかすばかり。わかりました、オスマン学院長にはすでに話を通してありますので、新学期には教育にしかるべき人物をよこしましょう」

「しかるべき、人物ですか?」

「はい、たるみきった規律を引き締めなくては、将来このトリステインを背負って立つ人間は育てられません。まだ、来てもらえるかはわかりませんが、この休みのうちに話をつけておきますので、結果が出次第こちらから連絡します」

 シエスタは怪訝な顔をしたが、アンリエッタがまかせろと言っているのだから、それを信じるしかなかった。それにしても、しかるべき人物とは誰なのだろうか、ワルド子爵のような騎士でもよこしてくれるのだろうか? 何度聞いても、アンリエッタははぐらかすばかりで、その人物のことを教えてはくれなかった。

 

 また、夏休み中アルビオンまで旅行に行くことを話すと、自分もまたアルビオンに使者を送ろうとしてるのだと教えてくれた。

「アルビオン王家に、支援の申し出を、ですか?」

「はい、情報ではここ一ヶ月以内に、王党派、レコン・キスタの決戦がおこなわれるようです。現在、王党派の反撃を許したレコン・キスタ側は敗退続きで士気も下がり、王党派の勝利は確実なところですが、勝ってもかなりの傷も残しますし、国力は衰退します。王家再興のために重税を課したりなどすれば、第二、第三のレコン・キスタを生みかねませんので、すみやかに王家の基盤が再生できるように、食料品等の援助物資の輸送。また、正当なアルビオンの統治権の承認などを各国教会に申請など、色々と」

 その話を聞いて、ルイズ達はあらためてアンリエッタが戦後のことも見据えて働いているのだと感心した。

 なお、そんな大陸に旅行で行って大丈夫かと才人は聞いたが、この世界の戦争レベルは魔法や幻獣の存在はあるものの、中世ヨーロッパと大差ない。爆撃機や艦砲射撃で後方の街まで戦火に巻き込まれた近代戦とは違い、戦争はあくまで戦場に限られる。はぐれ傭兵が山賊化してはいるが、少なくとも王党派のほうは後方の治安維持にも努めているので、よほど決戦場に近づかなければ安全と言っていい。なにせ、アルビオンには怪獣が出ないからといって、今でもわざわざ移住していく人間が後を絶たないのだ。

「そのために、しばらくしたら我が国の大使として、魔法衛士隊からこのワルド子爵と、銃士隊からミシェル副隊長のお二人にアルビオンのジェームス一世陛下の元に発ってもらいます」

「え! ワルドさまが!」

 驚くルイズに、ワルドは屈託のない笑みを浮かべると言った。

「驚くことはないさ。トリステインとアルビオンを同盟させる重要な使者の役に、魔法衛士隊の隊長が選ばれるのは当然のことだ。それよりも、できればよろこんでもらえればうれしいな」

「えっ、はい! 立派なご出世、本当におめでとうございます」

「ありがとう。この名に恥じないように頑張ってくるよ」

 親しげに話すルイズとワルドを見て、才人はちょっと不愉快だったけれど、気を取り直してもう一人の使者に選ばれたミシェルに話しかけた。

「ところで、ミシェルさんも大使なんですか?」

「まあな、トリステインは実力があれば平民でもこれから取り立てていくということを、広く世に知らしめる意味もある。本当は隊長が行ければいいんだが、なにせ銃士隊はできたばかりの組織。隊の統率から新入隊員の鍛錬まで、今隊長が国を離れるわけにはいかんのだ」

 それに、アニエスにはミシェルにも秘密にしているが、今国を離れるわけにはいかない事情があった。王宮内に潜んでいるレコン・キスタの内通者の監視、これは他人に任せるわけにはいかない。また、両国が同盟を結ぼうとするときにこそ内通者も動くだろう、そのときこそ……

 姫様は、最後に旅行の無事を祈るとおっしゃって、親切に忠告を付け加えてくれた。

「いいですか、今アルビオンは一応内戦中ですから、貴族といえども勝手にはかの国へ出国できません。手間はかかりますが、規則ですので途中で渡航許可を王宮に取りに来てください。くれぐれも、戦場に近づいてはいけませんよ」

 要するに、パスポートをとれというようなものらしい。少々面倒だが、規則ならしょうがない。それよりも、うっかり間違って戦場に近づいて巻き添えを食っては大変だ。向こうに着いたら、よく話を聞いて情報を集めないといけない。

 

 それからの夜は、アンリエッタとルイズのある意味すさまじい武勇伝が夜通し語られ続けた。

 そうなると、元来話好きのキュルケも加わって女三人で話に花が咲いた。才人は、それらの話を終始聞き役に徹していたが、最後に一言「怪獣より君達のほうが怖いよ」とだけ感想を述べた。

 ただ、話の途中に、アンリエッタはときたま何かを言いたそうに、タバサのほうを見ていたが、結局最後まで二人の間に会話がなされることはなかった。

 

 だが、そうして回想にふけっていると、もう周りのみんなは解散していた。

 さて、気を取り直してここからは現実だ。ルイズ達もこれから出発するために、アルビオン行きのメンバー、ルイズ、才人、キュルケ、タバサ、シエスタが集まった。これから、ロングビルとアイも加えて、計七人でアルビオンに向かうことになる。

「みなさーん、昼前には出発しますよ。荷物をまとめておいてください」

 集まっていた一行に、馬車の用意をしているロングビルの声が響いた。

「はーいっと。じゃあ、またあとでね」

 

 荷物は二人分合わせてトランク一個分、世間知らずのルイズ達にまかせたら引越し荷物になりかねないので、あらかじめロングビルが量を制限していたのだ。

「ちぇ、ほんとはもっといっぱい持って行きたいのに」

「ドレスや宝石が何の役に立つんだ。無くして困るようなものは持っていかないのが旅の鉄則だよ。ちょっとした雑貨品は向こうで買って使い捨てればいいし、んじゃ行こうぜ」

 着替えと洗面道具など、最低限の荷物を詰め込んだトランクを抱えて、才人は部屋を出て鍵をかけた。

 

 その後、部屋を出た二人は、皆と合流する前に、オスマン学院長に挨拶に来た。

「君達ふたりもいなくなると、ここもしばらくさみしくなるのお。けれど、君達がいなくなってる間に、何かが起きたらどうしようかね」

「いつ、どこから来るのかわからない相手には、どこにいたって同じですよ。それに、アルビオンが本当に怪獣が出ないところなのか、この目で確認しておきたいですし」

「わかった。留守のことはまかせなさい。気をつけてな」

 学院長にも温かく見送ってもらえ、二人はそれからコルベール先生にも挨拶をしに行った。だが残念ながら、すでにどこかに出かけていて会えず、皆と合流するために駆けていった。

 

 学院の中庭には、すでに馬車が停められており、キュルケとタバサ、それから旅の弁当を持ったシエスタが馬車の荷台でアイの遊び相手をしながら待っていた。

「よっ、アイちゃん元気か?」

「あっ、サイトお兄ちゃん、ルイズお姉ちゃん、こんにちは!」

 元気よくあいさつを返してくるアイを見て、二人は頬をほころばせた。ここのところ、あまりかまってあげられなかったが、ロングビルがしっかり面倒を見てくれていたようだ。星に帰ったミラクル星人も、きっと喜んでくれるだろう。

「ところで、キュルケ、タバサ、お前らは里帰りしなくて本当によかったのか?」

 休み期間中にアルビオンに行くことは、ミラクル星人を送ったときからすでに決めていたが、いいところからの留学生だと聞いていたこの二人が一月もの旅行に着いて来るとは、正直あまり思っていなかった。

「いいのよ。どーせ帰っても堅苦しい見合い話が待ってるだけだし、ミス・ロングビルの知り合いってのがどんなのか、きっちり確認しておきたいからね」

「……用事ができたら、シルフィードで戻れる」

 二人とも、文句なく付き合うと言ってくれた。まあ、旅は道連れ、世は情け、にぎやかで悪いことはない。 

「ロングビルさんは、学院での仕事はもういいんですか?」

「そのために、ここのところ残業倍増で頑張ってたのよ。まったく、オスマン学院長がサボるもんだから、書類の整理に追われたけど、当分は学院長一人でも問題ないはずよ。それに……いつも私に押し付けてる苦労を、少しは味わえばいいんだわ!」

 ロングビルは、口元にフーケだったころの凶悪な笑みを浮かべて言った。サボり魔の学院長を補佐しての激務、どれほどのストレスが溜まっているのか想像に難くない。誰よりも息抜きが必要なのは彼女だろう。

 第一、せっかくの長期休暇は楽しまなければ損だ。

 見ると、学院の中庭や厩舎などからは、里帰りをしていく生徒達が続々と発っていっていた。馬に乗って通り過ぎていったギムリやレイナールと、「またな」と手を振り合って別れ、他にも幾人かの知り合いと休み明けの再会を約束して別れていると、最後らになって一頭の馬に相乗りしたギーシュとモンモランシーがやってきた。

「おうサイト、君達もこれから出るのかい?」

「ああ、ちょいとアルビオンってとこまで旅行にな。お前らはどうしたんだ、実家が近いのか?」

「いやいや、せっかくの青春の一ページを親父たちの渋い顔を見て過ごすのも嫌なんでね。愛しのモンモランシーを、ご実家に送り届けるついでに、いっしょにトリステインを見て回ろうと思ってね」

「わ、わたしは一人で帰るって言ったのに、ギーシュが無理矢理にさそうから。そ、それにわたしの馬が暑さでばてて使い物にならなくなったから、本当に仕方なくなんだからね!」

 つまりは、ふたりで旅行に行こうということか、そういえばこのところモンモランシーにまた浮気がばれて絶交されかかっていたようだから、よりを戻そうと必死なんだな。こりない奴だが、なんだかんだで許してしまうモンモンも甘いな。

「ふーん、けど早く帰らなくてご両親が心配しないのか?」

「その心配は無用さ、どうせ親父も兄さん達もどこぞのご令嬢とバカンスに行って、母上も親父を追って出陣しているだろうから今うちには誰もいないよ」

 この親にしてこの子ありというわけか。しょうもないことばかりを子孫に遺伝するのはヴァリエールとツェルプストーだけではないようだ。

「はぁ……まあ、気をつけて行けよ。くれぐれもモンモンを危ない目に合わせるなよ」

「気をつけるよ。じゃあ、また新学期に会おう。さらばだ!」

「またねー……ところでギーシュ、あなたの家系ってみんな浮気性なわけ?」

 最後だけはかっこつけて行ったギーシュと、彼の後ろから怖い視線を向けているモンモランシーを見送ると、学院はうそのように静かになった。

 見上げると、無人になった魔法学院の建物が日差しに照らされて輝いている。その最上階では、オスマンが無事に帰ってくることを祈るように手を振っていた。

「さあて、じゃあ行くか!」

「出発します。はっ!!」

 ロングビルが手綱を振るい、馬車はゆっくりと走り始めた。

 目的地は、浮遊大陸アルビオンのウェストウッド村、片道十日、一ヶ月間の長期旅行だ。

 まず目指すのは、トリステイン首都トリスタニア。

 

 

 そして午後三時ごろ、トリスタニアに到着し、馬車駅に馬車を預けた一行は、今日この街で一泊を取るための宿を探すためと、渡航許可証をとるために二手に分かれた。

「じゃあ、城にはわたくしとミス・ヴァリエールとサイト君で行ってきますので、ミス・ツェルプストー様達は宿の予約をとってきてください。くれぐれも、予算内で納めてくださいよ」

 ロングビルは、身分証明書などを詰めたかばんを持って、キュルケ達のほうを向いて言った。

「わかってるっての、もう耳にタコよ。それで、待ち合わせはシエスタの知り合いの店でいいのね」

「はい、わたしのおじさんの店なんですけど、今度おともだちを連れて行くって言ったらすっごく喜んでくれてました。夕食をごちそうしてくださるそうなので、楽しみにしててください」

 シエスタの知り合いなら、変な店ではないだろう。事前にどんな店だか聞いてはみたが、料理がうまいということ以外は、行ってのお楽しみですとはぐらかされてしまった。

「じゃ、また後で……アイちゃん、いい子にしてるのよ」

「はーい!」

 アイも、ここ数ヶ月ですっかり明るくなっていた。それに、その間にロングビルが読み書き計算などの手ほどきをして、今では簡単な本が読めるようになっている。もし、ロングビルに正式な貴族の称号があれば、普通によい教師になれただろう。それは叶わなかったが、彼女を無理にでも残らせて更生させたオスマンの見識は正しかったということだ。

 さて、キュルケ達と別れ、才人達の一行はトリステイン王宮へと向かった。

 

 

 王宮は、以前メカギラスによって破壊された箇所を今では完全に修復され、かつての優美な姿を取り戻していた。

 ただし、近づいてよくよく見ると、尖塔のあちこちに見張り台が新設され、城砦としての防衛力が強化されているのがわかる。

 また、前に来たときは身分証を見せるだけですんなり入れたのだが、今度は持ち物チェックやディテクトマジックを用いての検査が追加されていた。これも、バム星人に城内に侵入されたときの教訓からで、少しでも不備のある者は容赦なく追い返されている。

「トリステイン魔法学院専属教諭、ロングビルです」

 城門での身分検査をパスして、三人は城内に足を踏み入れた。ちなみに、才人の場合は従者ということにしてある。

 入国管理事務所は、門から入ってすぐのところであったが、意外と混雑していて、ルイズ達は整理券を渡されて一時間待ちとなった。

「ふぅ、まいったわねぇ」

 休憩所でもらったサービスの冷水で喉をうるおしながら、ルイズ達は中庭を散歩しながら、先約の行列を見ていた。

 ざっと見ても百人は下らない。トリステインは小さな国だが、人間が住んでいる以上、人の出入りは激しい。すぐに済むと思っていたルイズは、退屈な時間をどうやってつぶそうかと、木のコップを咥えるようにして中身を飲みながら、才人に扇がせながら中庭をぶらぶらと歩いていた。

 が、そうして無為に青春を浪費する時間は、唐突に思いもよらぬ方向から破られた。

 

「ルイズ! ちびルイズ!」

「ひゃあ!?」

 突然頭の上からした声に、ルイズは反射的に縮こまった。

「そ、その声は……」

 真夏の日だというのに、一瞬で顔を青ざめさせて、冷や汗まで流しながらルイズは声の主を首を振り動かして捜し求めた。

「お、おいルイズ、どうした?」

 才人の声にも、ルイズはまったく反応する様子すら見せない。それどころか、今まで見たことも無いほどその顔がひきつっている。怪獣や宇宙人を目の前にしたときも毅然しているような、人一倍気性の強い娘が、まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 そして、声の主の姿を城の本館へと続く渡り廊下に見つけたとき、ルイズは自分の予想が不幸にも当たっていたことを悟らされた。

「エ、エレオノールお姉さま……」

「え、お、お前のお姉さん!?」

 当然のことながら才人はびっくりした。これまでルイズに家族がいるということは、話だけなら聞かされていたが、まさかこんなところで出会うとは、しかも、ルイズのことをちび呼ばわりとは。

 見ると、こっちに来いというふうに手招きしている。どうやら、感動の再会とはいかないようだと才人は理解した。

「やっぱり、あなただったわね。ちびルイズ」

 開口一番、エレオノールがルイズに言った言葉がそれだった。

 後ろから追いかけてきた才人は、あいさつでもと思ったものの、即座に傍観することに切り替えた。近づいて分かったが、ルイズの高飛車と高慢を倍加させたような圧迫感を持った雰囲気で、見事なブロンドの髪と鋭く光る眼鏡がそれを押し上げ、とにかく"怖い"という空気を撒き散らしていたのだ。何より、姉と会うというのにルイズの顔が青ざめて、顔もまともに見れていないのがいい証拠だ。

「お、お姉さま。ど、どうしてここに?」

 勇気を振り絞ったルイズが声をかけると、エレオノールはつまらなさそうに「ふんっ」と言った後、その質問に答えた。

「姫様からお呼び出しを受けてね。今現在のアカデミーでの研究結果の具体的な報告を聞きたいとのことよ。あなたも知ってるでしょうけど、アカデミーの本来の役目は魔法をいかに始祖の使っていたものに近づけるかということ、けれど今は方針が変更されて、各種の魔法兵器の研究開発が主眼になってるわ。なんでも、連敗続きで離れていった民衆の信頼を取り戻すためにも、軍の強化が急務なんだってね」

 忌々しげにエレオノールは吐き捨てた。

 これまで、トリスタニアがヤプールの襲撃を受けた件で、軍は戦果らしい戦果を一つもあげたことはない。そうなると、軍の中核をなすメイジ、すなわち貴族への平民の信頼は急落していった。

 なにせ、貴族が平民より上の立場にいるのは、有事の際には我々がお前達を守ってやるから平時には税金を出して貴族を支えろ、という強者と弱者の論理があったわけだ。それが、いざその強者がまったく頼りにならないということが分かると、平民の貴族に対する視線は、尊敬と畏怖から、一転冷笑と蔑視になるのは自然の摂理だった。

「最近じゃあ、メイジは台所でネズミでも追いかけてろ、お前たちが出てくるとウルトラマンが来てくれるのが遅くなる、なんてささやかれてるそうよ。こうなるともう、同じ貴族として黙ってられないからね、いずれ超獣を一発でやっつけられるような兵器を作ってやるわよ!! でも、私は軍人のおもちゃを作るためにアカデミーに入ったわけじゃないんだからね」

 彼女の不満ももっともであろう、自分の好みではない研究をさせられてうれしい学者はいやしない。

 けれども、かつて超獣ベロクロンに対して、軍はあらゆる魔法と武器を使用してこれを迎え撃った結果、どれ一つとして奴の皮膚を貫けたものはなかった。現在、軍は数だけは揃えられてきているものの、有効な武器がなければ以前と同じ轍を踏むだけだ。

 また、アカデミーにはその他にも、撃破された超獣の死骸の調査や、メカギラスやナースなどのメカの分析、過去の文献を調べての怪獣や宇宙人の出現の記録を探したりと、本来の目的に裂ける時間は皆無と言ってよかった。

 ただし、これをむしろ喜ばしいことだと考えている者も少なくはなく、エレオノールにも多少はその気持ちがあった。なぜなら、アカデミーはこれまで「どうすればより美しい始祖の像を作れるか」とか「始祖の使っていた炎に近づけるにはどうすればよいか」など、火の魔法で街を明るくしようなどといった実用的なものはなく、神学に縛られた狭い枠の中の学問でしかなかった。おかげで周囲からは、「税金の無駄遣い」「千年前と同じことをしている」などと陰口を叩かれ、エレオノールも神像を作る研究の際に生まれた色々な好奇心を抑えてきただけに、自由度が増した今の環境は新鮮で刺激に溢れていた。

 これも、アンリエッタによる改革の一端である。彼女は、優秀な人材が埋もれているのを惜しいと思いつつも教会の手前で動けなかったのだが、ベロクロンの襲撃でその教会が関係者ごと焼かれ、口出しをしてくる者がいなくなった隙をついて電撃的にアカデミーの構造を変えてしまったのだった。

 しかし、それとこれとは別で、ただでさえ忙しいところに、思いもよらぬ形で妹を見つけたエレオノールの機嫌は最悪だった。

「ところで、ルイズ、あんたが何でこんなところにいるのよ? 学院は今夏休みだと聞いてるけど、どこかに遊びに行く気? だいたいあなた、学院に在学できてるってことは、サモン・サーヴァントとコントラスト・サーヴァントは成功したんでしょうけど、少しは魔法が使えるようになったのかしら?」

「そ、それは……」

 ルイズは返事に窮した。この姉は、昔から高圧的で怖くて苦手だったし、第一まだそれ以外の魔法を一度も成功させたことがないのは、とても言えたことではなかったからだ。

「ふん、その態度でわかったわ。相変わらずゼロのルイズみたいね。で、これからここには何をしに来たわけ?」

「は、はい……」

 ルイズはぽつりぽつりと、言葉を選びながらエレオノールにアルビオン行きを説明した。もちろん、ミラクル星人のことやロングビルの経歴については伏せていたが、それに対してのエレオノールの反応は予想したとおりであった。

「中止しなさい」

「えっ、そんな」

「そんなもこんなもないわ!! 相変わらずのゼロの分際で、休みに旅行? しかも内戦中の国へなんてふざけるんじゃないわ」

「あ、あびぃーっ! ご、ごめんなさあい」

 言い返そうとしたルイズは、思いっきりほっぺをつねられた。この姉は、妹が気に入らないことがあると、すぐにこうしておしおきをするのである。反論しようとして、ルイズが敵ったことは一度もなかった。

 けれど、これではせっかくの旅行がつぶされてしまう。才人は、怖いのを承知でご意見申し上げようかと一歩前に出たが、幸運にも、もっと頼もしい助け舟がやってきた。

「少々お待ちになっていただけるかしら、ミス・ヴァリエールのご家族の方ですね。私は学院で秘書を勤めさせていただいていますロングビルと申します。今回の遠足について、何かご不満がおありなのですか?」

 なんと、まさに地獄に仏、学院長の秘書であるなら身分も申し分ない。エレオノールもルイズをつねるのをやめて、話を聞く態度に改まった。

「遠足、ですって」

「ええ、今回は休み期間中に希望者を募って国内外の見学遠足を実施していますの。もちろん、オスマン学院長も全面的に公認してくださっています。それに、ルイズ嬢は学術、気品ともに申し分なく、私どもも自慢の生徒ですわ」

 さすが、元盗賊だけはある。口八丁は得意技、うまく話を組み替えて、エレオノールの反対意見を封じていく。

「ですけど、魔法が」

「その点につきましては、そのとおりです。けれど、魔法の才がある山賊と、杖を振れない賢人、世に必要とされるのはどちらでしょう。魔法はいつでも練習できますが、感性の豊かなこの時期は、二度とは戻ってこないのですよ」

 魔法の才ある山賊、それはロングビル自身にも跳ね返ってくる表現だが、今の彼女は杖の振れない賢人として学院で働いている。むろん、『破壊の光』を盗むために潜り込んでいたころとは、仕事に対する充実感が違うし、周りからの評価も素直に受けられていた。

 エレオノールは、ロングビルのその言葉を吟味するように、じっと考えていたが、やがておもむろに口を開いて言った。

「……いいでしょう。学院の教師の方がいっしょだというのなら、ただし、帰ってからあちこちで見聞きしたことをレポートにして私に提出しなさい、それが条件よ」

「あ、ありがとうございます。エレオノール姉さま」

 喜びを満面に浮かべて、ルイズはぐっと姉に向けて頭を下げた。

 だが、エレオノールはルイズには構わずにロングビルに向かって、その目を強く睨み付けて言った。 

「妹を、よろしくお願いしますね。くれぐれも、危ない目には合わせないように」

「はい、この身にかけても」

 その真摯な言葉には、ロングビルも演技抜きで答えざるを得なかった。

"この人、口では厳しいけど……"

 やっぱり、姉妹は姉妹だ。才人も、そんなエレオノールのぶっきらぼうな優しさを、じっと見つめていた。そういえば、日本に残してきた父さんと母さんはどうしているだろうか、心配しているだろうな。けれど、まさか異世界に迷い込んでいるとは思わないだろうから、助けが来るとは思えない。いつか、ヤプールと決戦をするとき、そのときに帰ることができるのだろうか。

 エレオノールは、またロングビルと二言三言話した後、ルイズに旅行が終わった後に実家に顔を見せるのよと釘を刺し、「さて、それじゃあ私は行くわね」とだけ言い残して、仕事の書類を抱えて城内へと踵を返した。その後姿は、やはりルイズの姉だけあって堂々としており、学者だというのに、まるで騎士のようにさえ見える。

 と、そのとき、案内係がそろそろ順番ですよと呼びに来て、ロングビルは事務所のほうへと駆けていった。

 これで、あと十数分すれば六人分の渡航許可書がおりるだろう。

 けれど、ルイズがほっとして、また才人にうちわで扇がせようとしたとき、門のほうへ行きかけていたエレオノールが思い出したように振り返って、ルイズに叫ぶように言った。

「ああそうだ!! 言い忘れてたけどルイズ、用事が済んだらさっさと出て行ったほうがいいわよ。これは、姉として心からの忠告だから、じゃあ!!」

「え、それはどういう……」

 その、エレオノールの意味ありげな捨て台詞は、彼女の妹に不吉な予感を抱かせるに充分だったが、どうやらその忠告も一足遅かったようだ。ルイズがその意味を問いかけようとしたとき、突然王宮の中庭を黒い影が覆い、猛烈な突風が台風のようにそこを吹き荒れた。

 

「なっ、なんだぁ!?」

「そ、空を見て!!」

 

 花壇の花々は花弁を飛ばされ、中庭でくつろいでいた人たちは風圧に耐えられずに地面に転がる。

 驚いた才人とルイズは、とっさに吹き飛ばされないように側の柱にしがみつき、空を見上げて絶句した。そこにはなんと、翼長十メイルを超えるほどの巨大な鳥が、その巨大な翼を羽ばたかせながら舞い降りてきていたのだ。

「あっ……あれ、は……」

「あーあ、どうやら遅かったみたいね」

 ルイズは、エレオノールに怒鳴られたとき以上に顔を青ざめさせ、エレオノールはルイズの不幸を哀れむように、残念だと目を細めた。

 その巨鳥は、中庭に着陸すると、その背に乗せていた人物を地上に降ろした。

「あ……あ」

 背の高さからでも三メイルはある巨鳥の背から、さっそうと降り立ったのは、桃色がかったブロンドの髪を伸ばした麗人。しかしその両眼だけは猛禽のように鋭く輝いている。

 その女性は、突然の空からの来訪者に驚いて駆けつけてきた衛兵に身分を名乗って引かせると、乗ってきた巨鳥に向かって命じた。

「縮め、ノワール」

 すると、巨鳥は一声鳴くと、その命令どおりに翼をたたみ、見る見るうちに小さくなっていき、やがて文鳥くらいのサイズにまで収縮すると、主人の肩に留まっておとなしくなった。まさに目を疑うような光景だが、才人はその鳥の正体に気づいていた。

「間違いない……古代怪鳥、ラルゲユウス……」

 それは、第三氷河期以前に地球に生息した鳥の先祖の一種で、正確には怪獣ではなく古代の動物だが、羽ばたきで街ひとつ壊滅させるほどの力を持つ。才人の愛読していた怪獣図鑑では、ウルトラマンが来る以前の地球に異次元空間を通って九百九十八年前の時代から飛来し、街をその突風で破壊しつくした後に海に去っていく姿を、偶然その場に居合わせた新聞記者が撮った白黒写真で残されていた。

 さらに、この鳥にはもう一つ特殊能力があり、文鳥サイズから最大五十メートルにまで巨大化する能力を持つのだが、そんな怪獣をペットのように操るとはただ者ではない。なおかつ、今こちらのほうへ向けてゆっくりと歩み寄ってくるその人のかもし出すオーラと、なによりその顔つきは、鈍い才人にも彼女が何者であるのか嫌というほど分からせる圧迫感があった。

 

「久しぶりね、ルイズ」

「お、お母様……」

 

 やっぱりそうだったか!! 才人は自分の予感が当たったことを喜びたいと思ったが、その場で身動きできずにいた。

 とにかくもって威圧感の塊といえる。ルイズも怒ると怖いが、所詮怒りに任せて暴走するレッドキングのようなもの。対して、この無言のうちに圧倒的な力を秘めた存在感は、まるで史上最強の怪獣ゼットンだ。

「お、お久しぶりです。お母様……あ、あの……どうして、今日はまた王宮にまで……」

 なけなしの勇気を総動員して、やっと当たり障りのない言葉をつむいだルイズに対して、母は娘と久しぶりに会った懐かしさなどはまったく感じさせずに言った。

「姫殿下から、至急私に相談したいことがあると連絡をいただきましてね。恐らく、枢機卿あたりが昔の私の経歴を姫様に話したのでしょう。まったく、こんな引退した年寄りをわざわざ呼び出されるとは、トリステインの人材も枯渇したものね。それでルイズ、あなたなぜここに?」

「あ、あの……その」

 ルイズは全身の水分を搾り出しているんじゃないかと思うほどに冷や汗を流しながら、先程ロングビルがエレオノールに言ったことを復唱していった。家にいたころ何があったのかは分からないが、ルイズにとってこの母は、逆立ちしても敵う相手ではないようだ。

 その間、才人は後ろでただ見守っていただけである。家族間の問題に口を出さなかったというよりは、単に怖かっただけだけれど、それにしても急展開過ぎる。ただ渡航許可をもらいに来ただけなのに、お姉さんについで今度はお母さん? しかも怪獣を引き連れて来ちゃったよこの人!? いったいルイズの家族はどうなっているんだ!?

 ルイズの母は、娘の話をじっと聞いていたが、ルイズが「行ってもよろしいでしょうか?」と恐る恐る聞くと、顔色を変えぬままに言った。

「いいでしょう。私もあなたの年のころには修練としてあちこちを巡ったものです。この国の外を見てくるのもよい経験になるでしょう」

「は、はいっ、ありがとうこざいます。お母様」

 意外にもあっさり許可をくれたルイズの母は、娘の戦々恐々とした心情に気づいているのか……いや、母親なのだから当然気づいているだろうが、その目をちらりと才人のほうへ向け、改めてルイズに問いかけた。

「そういえば、魔法学院に在学できているということは、当然進級試験に合格したということね。使い魔は何になったの?」

「えっ、あっ、その……」

 ルイズは口ごもった。人間を使い魔として召喚してしまったなどという非常識なことを、この厳格な母に言ったらどう思われるか。しかし、ごまかせるような雰囲気でも相手でもない。仕方なくルイズは後ろに立っていた才人を呼んで母に紹介した。

「彼が……わたしのサモン・サーヴァントで呼ばれた使い魔の……」

「えーっと、平賀才人っていいます。街を歩いてたら、こいつの魔法でトリステインに呼ばれてしまって。それでまあ、使い魔ってやつをやらせてもらってます。ルイズの……お母さん、ですよね?」

 才人は、一応のあいさつをして、使い魔の証である左手のルーンを見せた。

「カリーヌ・デジレ、通称は『烈風』、ただし平民はヴァリエール公爵夫人とお呼びなさい。人間が使い魔に? 確かに、ルーンは本物のようだけど……」

 使い魔のルーンは偽装が利くものではない。それに人間を使い魔にしたなどと突飛な嘘をつく必要もなく、公爵夫人もその正しさを認めざるを得なかった。だが、むしろ公爵夫人はルーンは一瞥しただけで、むしろ才人の顔のほうをまじまじと見つめていた。

「な、なんですか?」

 ただでさえ怖い雰囲気を振りまいている公爵夫人に瞳を覗き込まれ、その恐ろしさに耐えかねて思わずたじろいだ。

「異国から来たと言ったわね。この子に召喚される前は、どこの国にいたのかしら?」

「え? えーと、この国では東方って呼ばれてる、ロバ・アル……なんとかって、さらに東から……でも、帰る方法もないんで、娘さんには、お世話になってます」

 本当は、日本の東京から来たのであっても、ハルケギニアの人間にそう言ってもわかってもらうことはできない。公爵夫人は、才人の通り一遍の回答に、別に感慨を受けた様子はなかったが、やがて二人を同時に見渡すと静かに言った。

「そう……わかったわ。もう行きなさい」

「あ、はいっ!! では、お母様、失礼します。サイト、行くわよ」

 実の母親に他人行儀なあいさつをすると、才人を連れて駆け足で立ち去っていった。

 

 その後姿を、公爵夫人は感情を現さない厳しい視線でじっと見つめていたが、やがて目を閉じて、誰にも聞こえないくらいに小さな声でポツリとつぶやいた。

 

「異国から来た、黒い目と黒い髪を持った少年……これも、また運命か……」

 

 懐かしむような小さな呟きは、誰の耳にも届くことはなく、ただその肩にとまった小さな白い鳥のみが、短く答えるように喉を鳴らしていた。

 

 

 一方、母のそんな思いに気づくこともなく、ルイズと才人は一気に城門のところにまで戻ってきて、ぜいぜいと息をついていた。

「あー怖かった。あれが、お前のお母さんかよ」

「そうよ。先代マンティコア隊隊長、『烈風』カリン、もう随分前に一線を退いているけど、かつてはトリステイン最強とうたわれた、伝説の女魔法騎士よ」

「トリステイン最強の魔法騎士って、あのワルドみたいな?」

 昨日見た絶妙なコントロールの『エア・ハンマー』の威力を思い出して才人は聞いたが、ルイズはぶんぶんと首をちぎれそうなくらい横に振りまくった。

「比較にならないわよ!! 確かにワルドも強くなったみたいだけど、まだまだお母様に比べたらそよ風と竜巻みたいなものよ。仮にワルドが百人いたとしても、全盛期のお母様なら十秒で蹴散らすでしょうね」

 一切の躊躇なく断言したルイズに才人も慄然とした。あのワルドがそよ風扱い!? 身内びいきを差し引いたとしてもどれほどの実力者だよ。

「信じてないわね。そりゃそうだけど、『烈風』カリンの戦歴、いいえ伝説はトリステインでは知らない人はいないわ。火竜山脈の人食いドラゴンの群れを一人で全滅させたり、反乱を起こしたエスターシュ公を立てこもった城ごと粉砕したりと、嘘みたいだけど……全部真実よ」

 もはや言うべき言葉が見つからない。フーケ、アンリエッタ、ワルドとすごい魔法使いは数々見てきたけれど、それこそ桁が違う。あの迫力はそれゆえか、大人しくしてて正解だった。

 だが、それはよいとして、あの鳥の事を聞かないままにすることは才人にはできなかった。

「だ、だけどさ……あの人はマンティコア隊の隊長だったんだろ。けれど、乗ってきたのは……」

「ああ、ノワールのことね。お母様がわたしと同じころに呼び出した使い魔で、最初はただの小鳥だと思われてたけど、ある日突然巨大化して暴れだし、馬や使い魔、人間まで襲い始めて、当時の魔法学院を半壊させたそうよ。けれど、そのときすでにトライアングルにまで昇格していたお母様は、学院の教師達でもまったく敵わなかった怪鳥に挑み、三日三晩の戦いの末に、血まみれの壮絶な姿になりながら遂に調伏させて、それ以来ノワールはお母様の忠実な使い魔となったわ。『烈風』カリンの最初の伝説よ」

 あの、ラルゲユウスと生身で戦って打ち負かした? しかも、ルイズと同じ歳に? キュルケやタバサだってそんなことは不可能だろう。上には上がいるという言葉があるが、怪物にもほどがある。

「学院を卒業して魔法衛士隊に入隊した後の、お母様とノワールの活躍は、それだけで十冊くらい本を出せるわ。わずか二十一歳で特例でマンティコア隊の隊長に昇進したころには、お母様はトリステインに並ぶもののないスクウェアの使い手。ノワールもお母様の命令どおりに自分の大きさをコントロールできるようになって、お母様の部隊ひとつで軍の三個師団に匹敵する威力を持つと言われた。当時のガリア王が、「トリステインと戦争して勝てるか」と軍の司令官に聞いたら、「トリステインには『烈風』カリンがおります」、と答えたなんて話が残ってるくらいにね」

 お前のお母さんは戦艦長門か。たった一人で戦争の抑止力になるとは、もう突っ込む気も起きない。

「ゲルマニアと国境で小競り合いが起きたときだって、向こうの斥候が死にそうな顔で「鳥を見た」って報告しただけで引き上げていったのも有名な話」

 ああ、それならよく分かる。意味は違うけど。

 しかし、武勇伝はまだ数限りなくあるだろうが、このまま聞いていたらきりがないので、才人はそろそろ話を切り替えることにした。

「まあ、とてつもない人だってことはわかったよ。でも、そんなすごい人がお母さんで、お前も鼻が高いんじゃないのか?」

「ええ……まあ、ね」

 思わず口ごもったルイズは、複雑な気持ちだった。

 確かに、母はすごい、それはこの上もなく誇らしいことだ。

 しかし、その母に対して自分はどうなのか、いまだにゼロと呼ばれて、メイジとしては何もできない。そのことが、ルイズの心には重いプレッシャーとコンプレックスになっていた。

 子供は、いずれ親を超えていかねばならない。しかし、乗り越えるのにあまりにも高すぎる、偉大すぎる親を持ってしまった子供はどうすればいいのだろう。

 

 そのとき、事務所のほうからロングビルが二人のほうへと駆けて来た。

「ああ、いたいた。もう、探しましたよ二人とも、審査は無事通りました。これで気兼ねなくアルビオンに渡れるわよ」

「そうですか、よかった。じゃあルイズ、みんなとの待ち合わせ場所に向かおうか、もうみんな着いてるかもしれない」

 見ると、日もそろそろ傾き始めている。夏の長い日、まだまだ日暮れには遠いが、腹もすいてくるころだ。

 ルイズも、才人に言われて、そういえばそろそろおなかがすいてきたわねと気を取り直して、うーんっ! と背伸びをすると、城門の外へと歩き始めた。

「んじゃあ、さっさと行くわよ二人とも!! 待ち合わせ場所は、シエスタの知り合いの店の……なんていったかしら?」

「魅惑の妖精亭、けっこう時間喰っちまったから、もうみんな行ってるかもな」

 三人は、城門を抜けて、預けてある馬に飛び乗ると、街へと続く坂を一気に駆け下りていった。

 

 

 続く


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