第44話
この美しき世界を……
鳥怪獣 フライングライドロン
ゼロ戦怪鳥 バレバドン 登場!
魔法学院では、アンリエッタと生徒達との会食も終わり、王女の来訪という予想外のハプニングに翻弄された生徒達も、ようやくと静かな眠りをむさぼれる時間を迎えていた。
なにせ、終業式の後から気を抜ける暇がまったく無かった。貴族の子弟である彼らにとって、王女に悪い印象を持たれるということは、自分の家の死活問題となる。本人にとっても、生涯出世の機会は失われ、名誉を重んじる貴族としては死んだも同然となってしまう。
ギーシュ、モンモランシー、その他の同級生達も、生きているという実感をベッドの上だけで実感し、それは二年生一の問題児とその使い魔の部屋も例外ではなかった。
「うーん、騒々しい一日だったなあ」
わらのベッドを捨ててしまったので、シエスタのところでもらってきた廃棄予定の毛布を敷いた上で、今日一日ほとんど一人だけこの騒動を蚊帳の外で見ていた才人が言った。
「……」
ルイズはベッドの上に着替えもせずにうつぶせになって答えない。何気に才人の寝床がグレードアップしているが、文句を言う気力も残っていないようだ。
が、無視されてちょっと寂しくなった才人は、ルイズの耳元でしつっこく話しかけた。
「なー、なーなーなー、ルーイーズ」
「はーなーしーかーけーなーいーでー」
一応、まだ起きていたらしい。夢と現の間をさまよう亡者のように、まるで生気のない声しか返ってこない。
やれやれ、俺はまだ眠くないんだがと思いつつ、才人は会食の席でのアンリエッタの話を思い出していた。これまでトリステインの外のことはあまり気にしていなかったが、ゲルマニアでもすでに怪獣頻出期に匹敵するくらいの怪獣が現れ始めているという。かの国は、強大な国力と軍事力にものを言わせて対抗して、実際何匹かの怪獣を倒しているというが、逆に壊滅させられた村や町も少なくはない。
ただ、話を聞く限りではゲルマニアには超獣や宇宙人の類はほとんど出現しておらず、これはトリステインと正反対、やはりこの国にはエースがいるためにヤプールも慎重になっているのだろう。ゲルマニアには不愉快だろうが、ヤプールにとってはあちらの国は片手間に違いない。
もう片方のガリアについても同様らしいが、こちらには才人の知らない怪獣のことも聞こえた。ウルトラ兄弟の世界とは違う世界の怪獣達、不謹慎ながら一度見てみたいと思った。
あとの国はアルビオンとロマリア、このうちアルビオンは内乱中だが、どういうわけか怪獣の出現がほとんどないらしい。内乱中で人心が混乱しているときはヤプールにとって都合がいいはずなのだが、腑に落ちない。ロマリアは宗教国家であり、つかみどころのない国なのであまり詳しい情報が入ってこないらしい。ただ、最近は新教徒とやらに加えて、奇妙な宗教がはびこり始めて、弾圧が激しくなっているそうなのだが、ろくに神様を拝んだことのない才人にははっきり言ってわからなかった。
結論から言うと、今のところはハルケギニアはなんとか怪獣災害から平和を守れているようである。考えてみれば怪獣頻出期の初期、まだウルトラマンが地球に来る前から人類は怪獣と戦い続けて平和を守ってきた。そのころは超兵器の類もろくになく、旧式なジェット機や戦車しかなかったが、それでも怪獣や侵略者を倒している。やろうと思えばハルケギニアの人々にできないはずはないが、それもいつまで続くか。バルタン星人に科特隊が歯が立たず、ベロクロンに地球防衛軍が全滅されたように、ヤプールが充分に力を蓄えて超獣や宇宙人を大軍で送り出してきたらひとたまりもあるまい。地球防衛のかなめであった歴代防衛チームも、周到に準備を整えてきた侵略者の前に機能を失ってしまったり、最悪の場合全滅している。
そのときに備えて、ハルケギニア全体を結び付けようというアンリエッタの構想は先見の明といえるが、できれば永遠にヤプールには大人しくしていてほしいものである。そうして考えていると、そろそろ才人も眠くなってきて布団に横になり、すっと睡魔に身を任せた。
けれど、才人とルイズが心地よい夢の世界に旅立つ前に、部屋の扉が強くノックされた。
こんな夜中に、いったい誰がとしぶしぶ目をこすりながら才人がドアを開けると、そこにはよく知っている青髪の剣士が立っていた。
「サイト、ミス・ヴァリエールはまだ起きているか?」
「ミシェルさん」
思いもよらぬ銃士隊副長の訪問に、才人が慌ててルイズを起こすと、はれぼったい目をして、生きているのかどうか怪しい様子ながらルイズはベッドから立ち上がってきた。
「立ったまま寝てるんじゃないのか、おい」
「うるさーい、ばかいぬー、わんと鳴けー、あははは」
いったいどんな夢を見ているのだろうか、考えるとむかつくので忘れることにして、才人はとりあえず用件を聞こうと思った。この生真面目が服を着て歩いているような副隊長さんは、無意味に人を訪ねたりはしない。
「で、ミシェルさん。こんな夜更けになにか?」
なにかまた事件の前兆かと、才人は心の準備をして尋ねた。しかし、ミシェルの用件はそういうこととはまったく別の次元の話だった。
「うむ、姫殿下がお前たち二人に直接会いたいとおっしゃられてな」
「え!! ひ、ひひひ、姫様が!?」
いきなり頭から冷水をぶっかけられたかのようにルイズが目を覚ました。一瞬で目を見開いて、さっきまでのゾンビ状態とはうってかわってきりっとした表情になっている。
「ああ、それで私にお前たちを呼んで来いと言われてな。お前らと姫様にどんな関係があるのかは知らんが、さっさと着替えろ。さっきからお待ちかねだ」
「……サ、サイトー!! すぐ着替えを出しなさーい!!」
ルイズの目の色が変わった。才人は何がなんだかわからないが、この状況のルイズに何を言っても無駄なために、ひたすら命令に従って着替えを手伝う。しかしルイズは、制服、いや礼服、いやいやドレスと混乱していてどれにするのか決められていない。ミシェルは、ドアのところからしばらくそれを見守っていたが、やがて飽きて才人に左肩を持つように命じて、自分は右肩を持つと、姫様の前に出るのにとごねるルイズを引きずるようにして本塔の来客用の部屋に二人を連れてきた。
「失礼します。姫様、ミス・ヴァリエールと、その使い魔のサイトをお連れしました」
「ひひひひ、しし、ひつれいします、ひ、姫様」
ほとんどミシェルと才人に抱えられるようにして、ルイズはアンリエッタ姫のいる部屋のドアをくぐって挨拶した。
その部屋は、学生の部屋のおよそ三倍程度の広さで、貴族のものらしく贅を尽くした調度品で彩られ、その中央のテーブルの前のソファーに、アンリエッタ姫は座っていた。
「ありがとうミシェル。さあ、お二人ともこちらにどうぞ」
「は、はひ」
完全にねじのとんだロボット状態のルイズは、おぼつかない足取りでアンリエッタのテーブルの前に進んだ。しかし、寝起きと緊張と疲労で正常な思考ではなくなっているのだろうが、とにかく危なっかしい、クレージーゴンでも今のルイズよりましな動きをするだろう。
するとアンリエッタは、そんなルイズに自分から歩み寄ると、その手をしっかと握って優しく微笑んだ。
「お久しぶりねルイズ・フランソワーズ、わたしの懐かしいおともだち」
「ひ、姫様……覚えていてくださったのですか」
それまでガチガチに固まっていたルイズの顔が、春の雪解けのように一気に氷解した。
「もちろん、忘れるはずがないではないですか、幼い頃、宮廷の中庭でいっしょに蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって」
「思い出しましたわ、お召し物を台無しにしてしまって、侍従のラ・ポルト様に叱られましたわ」
ルイズもアンリエッタも、肩書きや体裁などは忘れて懐かしい思い出話に花を咲かせた。
「そうそう、けど楽しくて楽しくて、最後には南の森の奥にいるという伝説の巨大蝶の沼に行こうと宮殿を抜け出そうとして、一週間部屋に閉じ込められましたっけ」
おいおいおい、才人はその話を聞いて、二人の脱走計画が失敗してよかったとぞっとしない思いをした。
多分それはモルフォ蝶と呼ばれる全長二メートルにもなる毒蝶で、その鱗粉は人間をしびれさせるだけでなく、こいつの好んで生息する水場には、ある特殊な毒素が含まれるために、しびれて水を求めた人間がその沼の水に口をつけでもしたら……この国はとっくに滅んでいただろう。
この調子で聞いていたら、どんな恐ろしい話が出てくるか知れたものではないので、才人は思い切って話に割り込むことにした。
「ルイズ、どんな知り合いなんだ?」
「姫様がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ。でも感激です、わたくしのことなどを覚えていらっしゃいまして、とっくに忘れられているものとばかり思っていました」
ルイズが先ほどまでの緊張の色などはまったく感じさせないうれしそうな顔で言うと、アンリエッタも頬を緩めてルイズの体をぎゅっと抱きしめて言った。
「忘れるはずがないではないですか、わたしにとって初めてのおともだちはあなたですもの。ああ、本当に懐かしい。昔とまったく変っていませんねあなたは」
「姫様はだいぶん背が伸びられました。それから……いえ、とにかく昔より美しくなられてうれしく思いますわ」
才人は、ルイズの視線が一瞬姫様の豊かな胸部に向けられたのを気づいていたが、この件に関しては何を言おうと地雷なので、意図的に無視した。
「それで姫様、わたくし達をお呼びになったのは、何かご用件があってのこととお察ししますが」
今までの昔話を懐かしむ顔から一転して、王家に仕える貴族としての顔でルイズはアンリエッタに尋ねた。
しかし、アンリエッタはくすくすとおかしそうに笑い。
「あら、せっかく懐かしいおともだちの近くまで来たのに、お会いするのにいちいち用事が必要なのですか?」
「えっ……」
ハトが豆鉄砲を食らったとはこのことだろう。あっけにとられているルイズを見て、アンリエッタは今度こそしてやったりとばかりに微笑んだ。
なんと、王女は本当にただ会いたいだけでルイズを呼んだのだった。王女という立場上、自分からルイズの部屋に向かうことはできなかったが、それでも驚くことだった。
「そ、それじゃあ姫様は、ご多忙の身をわざわざわたくしごときのために裂いてくださったのですか?」
「多忙だからこそ、どうしてもあなたの顔を見ておきたかったのですよ。以前王宮で顔を合わせたときには、立場上そうはいきませんでしたが、今くらいいいでしょう」
「し、しかし姫様の御身を下賎なわたくしごときのために使わせるなど、そんな恐れ多い!」
「もうルイズったら、いいかげんそんな他人行儀な言い方はやめてちょうだい。それに、わたくしは王女ですけどまだまだ子供です。子供には大人にわがままを言う権利があります。そうでしょ、アニエス、ミシェル」
十七歳がまだ子供とは、少々微妙なところだが、いたずらっぽく微笑む王女に、二人の剣士は「我らは何も見なかった」というふうに視線をそらした。
これは並みの信頼でできることではない。少なくとも、アンリエッタはこの平民あがりの騎士達のことを自分のプライベートを見せてもよいと思うくらいに信用しているということだ。
「まあ、まったく用事がないと言えば嘘になります……あなたが、サイト殿ですね」
「えっ、俺?」
突然王女に話しかけられて、きょとんとした様子で才人は答えた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。けれど、トリステイン王宮襲撃から、二度にわたるウチュウジンの計略からトリスタニアを守るために戦ってくれたことは、アニエスから聞いています」
そういうことかと、才人は納得した。
「いや俺なんて、アニエスさん達にくっついてただけですよ」
「謙虚ですわね。でもあなたの助力がなければ敵の策略をあばくことはできなかったとか。あまり目立ちたくはないとのことなので、公は避けましたが、私的に是非お礼を申し上げたくて、こうしてお呼びさせていただきました」
「いやあまあ、自分にできることをしただけですよ」
後ろ頭を掻きながら、照れくさそうに才人は答えた。
どうやら、アニエスのほうもそうした配慮はしてくれていたらしい。目立つのは別にきらいじゃないが、あまり注目されるとエースとして活動するのが面倒になるし、周りからいらないねたみを買うことにもなりかねない。
第一、地球人である才人にとってトリステインの勲章や地位などは興味の対象外だった。下手に偉くなって忙しくなるより、使い魔のままのんびりと過ごしたい。
しかし、ルイズにとっては才人が姫殿下に直接評価されているというのは、予想外、信じられない、そんな馬鹿な、うらやましい、と色々揃って大変なことであった。
「ちょ、ちょっとあんた! 姫様からお褒めの言葉をいただくなんて平民には普通死ぬまでない名誉よ。もう少し喜ぶとかなんとか、せめて頭を下げなさい!」
「うげっ!?」
いきなり頭を押さえつけられて前かがみにさせられ、才人はにぶいうめき声をあげた。その細腕のどこにあるのかルイズの腕力はけっこう強い。
「ルイズ、ルイズったら、殿方に向かってそんなはしたないことをするものではありませんわ」
「はっ、こ、これはお見苦しいところをお見せしてしまいました!」
アンリエッタにたしなめられ、慌てて弁解するルイズを、その姫様はおかしそうに見ていた。
「ともかく、あなたはわたくしとこの国にとっての恩人です。称号や恩賞は不要でも、感謝の言葉を断る理由はないでしょう。本当に、ありがとうございました」
「はい、光栄です姫様」
今度は深々と頭を下げて、才人はできる限りの礼を尽くした。普段ふざけていても、その気になれば必要なだけの礼儀作法でふるまうくらいの常識は持っているのだ。
そして、頭を上げた才人は今度はまじまじとアンリエッタに顔を覗き込まれて、思わずたじろいだ。
「な、なんすか?」
「ふーむ……どうみても人間ですわねえ、ルイズ、この方はあなたの使い魔だと聞いたのですが、本当なのですか?」
「え、ええまあ……」
曖昧に返事をするしかできなかったルイズだが、いまだに何故人間である才人が異世界から召喚され、なおかつガンダールヴなどといういわくありげな使い魔にされてしまったのかという謎は解けていないのだ。
しかし、アンリエッタにとっては人間が使い魔うんぬんということより、別のことに興味がある様子だった。
「でもやるじゃないですのルイズ、こんなに凛々しくてたくましい殿方をつかまえるなんて、あなたも見ないうちに、ずっと大人になりましたわね」
「なっ!? なななな」
ルイズの顔がタコになった。
「サイトさん、わたしの古いおともだちを、これからも末永く守ってあげてくださいね。この子ったら、昔からやんちゃで腕白で大変でしょうけど、それもまたこの子の魅力なのですから……それと、お子さんは何人くらい計画しておいでなのかしら?」
「い、いやそんな、ひ、姫様!?」
どうも、ものすごく誤解されているらしい。姫様の目が王家のものではなく、年頃の女の子の目になっている。才人としてはそう思われても悪い気はしないが、途中の段階を十個ばかしすっ飛ばしている。
「ひひひひ、姫様誤解です。わたしとこいつはそんな関係じゃなく」
「ではそういうことにしておきましょう。ルイズ、頑張ってくださいね」
白い歯を見せながら、アンリエッタはルイズと才人の肩に手を置いて、何かは分からないが頑張ってと激励してくれた。
反論も弁解も聞く耳を持たず、すっかり二人は姫様の中で、「そういう関係」にされてしまった。ちなみに、後ろの方でアニエスとミシェルが必死に笑いをこらえている。多分、後で思い出されて盛大に笑われるだろう。
「いいい、サイトぉ……後で覚えてなさいよ」
「お、俺、何も悪いことしてないのに……」
帰ってからのお仕置きという名の拷問が確定し、才人は複雑な思いで涙をぬぐった。
どうにも、とほほとしか言いようが無い。幸い拷問器具は昼間の掃除で倉庫にぶちこんであるが、殴る蹴るくらいはあるだろう。お前のどこが淑女だとつくづく思う。
それにしても、類まれな名君の器かと思ったら、素顔はとんだおてんば娘だ。けどまあ、そのほうが親しみやすくはあるが、勝手に人をカップリングするのはやめてもらいたい。
二人が、ようやく息をついて反論するのをあきらめると、アンリエッタは満足した様子でルイズに告げた。
「そうだルイズ、実はこの機会にあなたに是非会いたいという人がおりまして。会ってあげてもらえるかしら?」
「私に、ですか?」
ルイズは首をかしげた。
はて、姫様を通してということは宮中関係の誰かだろうが、自分の知り合いにこういう形で会いたいと言ってくる人物に心当たりはない。
しかし、アンリエッタに招かれて、隣室の扉から入ってきた長身の男の顔を見て、ルイズは心臓が飛び上がるような感覚にとらわれた。
「あ、あなたは……」
彼は貴族の証である黒いマントの胸の部分にグリフォンの形をあしらった刺繍を施し、まるで剣のような銀色に光る魔法の杖を腰に刺している。それはつまり、現在トリステイン最強とうたわれる魔法騎士隊、グリフォン隊の一員であることを示していたが、ルイズが驚いたわけはそれではなかった。
「あ、ああ。ワ、ワルドさま……」
「久しぶりだねルイズ、けどちょっと待ってくれ。どうも、ネズミがいるようなのでね」
彼はルイズに軽く微笑みかけると、腰の杖を目にも止まらぬ速さで引き抜き、入り口付近の壁に向かって呪文を聞き取れないほどの速さで詠唱し、空気の塊を飛ばした。『エア・ハンマー』の呪文だ。
高圧空気の塊に直撃された壁はもろくも砕け、その後ろに隠れていた人影を部屋の明かりに晒した。もし、威力があとちょっとでも強ければ『エア・ハンマー』は壁ごとその人影もふっ飛ばしていただろう。詠唱の早さもさることながら、魔力調整のセンスも見事としか言い様がない。
「さて、姫殿下の部屋を覗き見とはいけないネズミだ。アルビオンかどこかの間諜かね?」
壁が砕けた粉塵の中で驚いて立ち尽くしている影に、ワルドは杖を突きつけて言った。
が、ほこりが収まって見えたその影の主を見て、才人とルイズは目を丸くした。
「キュルケ! それにタバサぁ!?」
「あ、あははは……どうも、こんばんわ」
なんと、扉の隅から覗き見していたというのは、例の腐れ縁の二人だった。
「あら、ルイズのお友達ですか?」
様子を見ていたアンリエッタが尋ねると、ルイズとキュルケは同時に言った。
「「違います!!」」
「あらそう、どうもごめんなさい。わたくしの勘違いだったようですね」
「わかっていただけてうれしいですわ。この女は……」
どうにか誤解が解けたと思って、ルイズはツェルプストーの人間がいかにいやな奴かを語ろうとしたが。
「ただのお友達じゃなくて、親友ということですわね」
「「だーっ!!」」
今度はルイズとキュルケがそろってずっこけた。才人とタバサはそれを面白そうに見ている。ちなみに、こけたはずみで二人のパンツが少し見えて役得だった。
「ひ、ひめさまぁ、ですからこいつは……」
「まあまあ、お二人ともそんなに照れなくても、本気で嫌い合っていたら、そんなに親しげに相手の名前は呼びませんわ。それに、アニエスから聞きましたけど、あなた達四人は特に息が合って行動していたとか、あの寂しがりやのルイズが、こんなに大勢おともだちを作っているなんて、時が経つのは速いものですね」
「い、いえ……はぁ」
説明するだけ無駄だとわかったルイズとキュルケは仕方なく、顔を見合わせてがっくりと肩を落としてうなづいた。考えてみれば、わざわざ姫様に身内の恥をさらすようなことをするわけにはいかない。なにせ、二人の実家のヴァリエール家とツェルプストー家は先祖代々の仇同士、ジャンルは戦場でのドンパチもあるが、その大多数は婿取りを巡っての奪い合い、ちなみにヴァリエール家は連戦連敗で、勝ち星はここ数百年ない。というかその逆は絶無である。
「ところで、君達は何故そんなところで覗き見などしていたんだね?」
とりあえず危険人物ではないとわかり、杖を下げたワルドに聞かれて、キュルケはあははと頭を掻きながら答えた。
「いやー、眠くなくて暇してたら、そこの二人が銃士隊の副長さんに連れられれて行くじゃない。なんか面白そうだなあーって思って、タバサを連れてつけてみたら、ここに来たってわけで」
「部屋の前には見張りの兵がいたはずだが?」
「そこのところは、タバサの『スリープ・クラウド』でまあ……」
部屋の外には、銃士隊やグリフォン隊の面々がばったりと倒れてぐっすりと眠っていた。仮にも王女直下の護衛部隊ともあろうものが情けないけれど、魔法学院という場所で油断していたことと、この学院の地理を熟知したタバサの隠密戦術の巧みさがあってのことで、相手が少々悪かったということか。
「君達……ことがことなら、この場で殺されてても文句は言えないぞ」
「あら、そんな簡単にいくものでしたらね」
不敵な笑みを浮かべて睨み返すキュルケに、ワルドは答えずにレイピア状の杖を腰に納めた。
「ふむ、中々威勢のいいお嬢さんだ。しかし、銃士隊のお二方は覗かれていることに気づかなかったのかね?」
「間諜にせよ刺客にせよ、気配の消し方があまりにも中途半端だったものでな。すぐに正体に気づいてしまった。まあ後で叱り付けてやろうぐらいは思っていたが、やっぱりお前らだったか」
どうやら最初からアニエス達にはばれていたらしい。タバサはまだしも、キュルケ程度がいくら隠れたつもりでも、彼女達くらいの熟練した使い手には察知されてしまうようだ。
二人は、おしおきを楽しみにしているアニエスの目に気づいてそそくさと退出しようとしたが、アンリエッタにこの際ですからいっしょにお話しましょうと言われて、気まずい雰囲気ながらも室内に入ってきた。
ただし、室内はやたらと隙間風が入る状態になっていたのは愛嬌で済ませていいものか。これではまた学院の予算が減ることになるだろう。
「さて、待たせたねルイズ」
「あ、ああ……はいっ!」
すっかり忘れていたルイズはワルドに話しかけられて、慌てて我に返った。
才人やキュルケ達も、そういえば忘れていたが、この貴族とルイズはどういう関係なのか興味があった。
「おい、その人とお前はどういう知り合いなんだ?」
一応貴族で年上なので、それなりに遠慮しつつ才人がルイズに聞いた。
「えっ、ああ、この方は……」
「おっと、君達には自己紹介がまだだったね。魔法衛士隊グリフォン隊隊長のワルド子爵だ。二つ名は『閃光』、ルイズとは、昔将来を約束した仲だ」
その最後の一言で才人と、それからキュルケの脳髄が沸騰した。
「ル、ルイズ……お、お前に」
「婚約者ぁ!? なんでぇ、よりにもよってあんたみたいなちんちくりんに婚約者? いったいどんなとんでもない魔法使ったのよ、トライアングル? スクウェア? それとも虚無?」
そりゃあいくらなんでも言いすぎじゃないかとルイズの頬がぴくぴくと震えた。
「ま、待ってよみんな、彼とは幼いころ家同士が交流しててよく会ってただけで、許婚っていったって、親同士が酒の勢いで冗談半分に決めたようなものなんだから!」
慌てて弁解するルイズだったが、ワルドは軽く笑いながらルイズに言った。
「おや、小さいころは大きくなったらワルドさまのお嫁さんになるって毎日のように言ってくれてたのに、つれないなあ」
「ななななな……そそそ、そんなのわたしも五つか六つのころで、そそそ、そりゃあのころは毎日遊んでいただいて、憧れてもおりましたけれども、そそそ、そんな簡単に」
「ははは、あのころよりずっと大きくなったけど、やっぱり昔と変わってないなルイズは。まあ、君も大人になっていくんだから、急に決めろとは言わないさ。でも、君さえよければ、僕はいつでもあの約束を履行するよ」
「そそ、そんなご冗談を!」
子供の頃の恥ずかしい思い出を暴露されて、すっかりルイズは目を回している。
だが、タバサには婚約者うんぬんとは別に『閃光』の名に聞き覚えがあった。
「噂に聞いたことがある。トリステインのグリフォン隊には、『閃光』と異名をとる凄腕の魔法衛士がいると、トリステインの三つの魔法衛士隊のうちの二つが壊滅した今では、名実共にトリステイン最強の騎士」
いつものように無表情のままだが、言葉の内に驚きがこもっていた。さっきの『エア・ハンマー』の威力は確かにそれほどの使い手でなければ撃てまい。
しかし、タバサの言葉とは裏腹に、ワルドは自嘲を込めた笑いを浮かべながら言った。
「いや、運が良かっただけさ。ただ単に、トリスタニアが襲撃された五回とも偶然その場に居合わせなかった……ああ、三回目は敵に引っ掛けられて誘い出されてたからだが、ずっと敵に出会わなかったせいで、同僚達が次々に戦死していくなか、結果的に最強なんて言われるようになって、こうして生き恥をさらしているのさ」
グリフォン隊は、その戦闘力とは裏腹に、彼らがいないときに限って超獣や宇宙人が出現するために、これまで戦う機会を得られずに、皮肉にも今でもほとんど無事な戦力を有していた。彼の言うとおり、周りが次々に倒れていく中で彼らだけが戦わずに生き残っているのは、かなりの偏見とねたみを買ってしまっているのだろう。
しかし、レッドキングが掛け算をしたのを見たように驚いているキュルケとは別に、才人の心情は複雑だった。
こいつが、ルイズの婚約者!? びっくりしながらも、よくワルドのことを観察すると、なるほどそれもとうなづけるものを感じざるを得なかった。
なにしろ、見るからにかっこいい。ギーシュとかもてる奴をそこそこ見てきたが、こいつは段違いだ。体格はかなりの大柄で、相当に鍛えた筋肉の鎧をまとっているのが素人目でも分かる。貴族とは魔法にたよったなよなよした奴ばかりかと思ったら、アニエスやミシェルにもひけをとらないのではないか? 上っ面を固めた化粧ではなく、内面からオーラがほとばしっている。悲嘆にくれている顔すら絵になる。
特に、顔では才人に勝ち目はゼロだろう。贅肉なく引き締まった顔には、鋭い目と形のよい口ひげが違和感無く溶け込んでおり、大人の魅力満点だ。
くっそぉ、神様不公平だ……才人は自分との格差に悲しくなった。なんか自分が勝てそうなところがちっとも見つからない。こいつがいずれルイズと結婚するのか、どうしてか胸の中から腹立たしさが湧き上がってきたが、才人は男だったのでぐっと我慢した。そうさ、ウルトラマンは他人を羨んだりひがんだりしない、そう思って自分を落ち着かせた。もっとも、こんなことで引き合いに出されてもウルトラマンはうれしくないだろうが。
「そういうことだ。君達にはルイズが世話になっているようだね。婚約者としてお礼を言うよ。これからも、よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします」
血管が切れそうなくらいに血圧を上げながら、才人は心情とは逆のことを答えた。
「よろしく、ミスタワルド。末永くお付き合いしたいですわね」
キュルケは例によってヴァリエールVSツェルプストーの宣戦布告をして、ルイズと激しく目で火花を散らせていた。
はぁ、もう勝手にやってくれ。才人はせつなくなって、もう何もかも捨てて布団に潜り込みたくなっていた。
だが、最後にタバサが言った言葉が、才人のどんよりした脳みそに一筋の光明を照らすことになった。
「よろしく、おじさま」
空気が凍りついた。にこやかだったワルドの顔が固まっている。
「き、君……おじさまはちょっと」
すると、タバサは不思議そうに首をかしげた。
「四十を過ぎたら、おじさまでいいと思う」
「ぼ、僕はまだ二十六だ! 二十六!」
むきになって年齢を強調するワルド、うって変って才人は今度は笑いをこらえるのに苦労していた。
そうだ、そういえばこいつ老けた顔しているよな。あの口ひげなんかじじくさいし、大人の魅力ではあるけど若々しさってやつじゃ、俺が断然勝ってる。とにかく、タバサ、お前最高!
よく見ると、キュルケやアンリエッタ、アニエスやミシェルもくすくすと笑っている。
「ちょ、ちょっとあなた達、ワルドは確かに見た目は老けて見えるけど、この歳でグリフォン隊の隊長を任されているような人よ。貫禄があると言いなさいよ」
さらに、ルイズのフォローもフォローになっていない。本当はすごい人なのだろうが、すっかり若年寄りに評価がチェンジされてしまった。
とにかく、これではワルドがあまりに可哀想なので、アンリエッタがようやく助け舟を出した。
「まあ、まあ、みなさんそのへんで、これから助け合うことになるかもしれないのですから。皆さんも、子爵にご挨拶なさって」
それでどうにか笑いは収まったけれど、才人はルイズの婚約者に向かって、自分が使い魔だと名乗るのがずいぶん小さいように思えた。
「平賀才人です。一応ルイズの「恋人です」って……なにぃ!?」
使い魔です。と名乗ろうとして、いきなり割り込まれて才人は飛び上がった。
「ちょ、サイトあんた何て事を!!」
「お、俺じゃないっ!! キ、キュルケ!! 勝手に後ろでアフレコするな!!」
才人の真後ろでケラケラと笑っているキュルケに二人は怒鳴ったものの、当のキュルケは落ち着いたもの。
「なーに、あんた達キスまでした仲じゃないの」
「そ、それは使い魔との契約で、それとこれとは」
「あーら、お姫様公認の仲じゃなかったの? いーじゃない、婚約者も恋人も何人いたってさあ」
「「お前(あんた)といっしょにするな!!」」
二人揃って顔をゆでたカニのようにして、食って掛かるがキュルケは平然たるもの。
そんな様子をワルドは呆然と見詰めていたが、アンリエッタが彼にのみ聞こえるようにぽつりと言った。
「あらあら、仲がよいですわね。やっぱり、殿方の魅力は外見ではないということかしら。ルイズがあんなに他の人と楽しそうに騒いでいるのははじめて見ましたわ」
「はい……どうも、僕の知っている昔のルイズは、もういないようです」
寂しがりやの小さなルイズはもういない。いや、ほんの数ヶ月前のルイズなら、ルイズは久しぶりに会う婚約者に心を奪われたかもしれないが、才人達とともに数々の戦いや冒険を潜り抜け、今やルイズの中でもワルドは唯一特別な存在ではなくなっていた。
そのとき、壊れた部屋の扉の外から、またよく聞きなれた声がした。
「あ、あのお……姫様に伝えてほしいお願いがあって来たんですけど……あれ、なんで皆さんがいるんですか?」
使用人達の代表でやってきたシエスタが、そこで目を丸くしていた。
「あら、またルイズのおともだちですか。すみません散らかってて、ルイズ、すみませんが少し待っていてくださる。さあ、あなたもこちらにいらして、お話を聞かせてください」
「え、あ、ああ、はいぃ!!」
すすめられるままに、テーブルを挟んで王女の正面に座ったルイズ達は、シエスタの話に熱心に聞き入るアンリエッタの姿に感じ入り、その後夜遅くまで懐かしい思い出話に花を咲かせた。
気がついたときには、月も天頂に昇りきり、学院は物音ひとつしない静寂に包まれていた。
キュルケとタバサは眠くなったと先に寮に引き上げ、シエスタも姫殿下と直に話したと、夢見心地で帰っていった。
「いい姫様だな」
「そうでしょ、アンリエッタ姫がいる限り、トリステインは安泰よ」
寮への道を、月明かりに照らされながらゆっくりと二人は歩いていた。
色々と慌しかったが、実りも多い一日だった。美しく、聡明で、ちょっぴりおてんばなお姫様、会うのは初めてだったが、才人はルイズがトリステインという国を誇りに思っているわけがわかったような気がした。
「これで、明日から夏休みか、ここもしばらく寂しくなるな」
「そうね。けど、わたし達も明日にはここを立つわよ。準備は、ミス・ロングビルがしてくれているはずだから、寝坊するんじゃないわよ」
「わかってるよ。アルビオンに行くんだろ、ロングビルさんの知り合いって人のところに、アイちゃんを連れていかなきゃいけないからな……ん、ルイズ、あれは」
雲の無い晴れた夏の夜空は澄み渡り、地球では見れない星座を描いて白銀の大海が広がっている。
しかし、この美しい空のどこかで、今も闘争が繰り返されている。星空を見上げた二人は、そのはるか上空でおこなわれている小さな争いに気づいて、無言でその手を取り合った。
「ショワッチ!!」
光が二人を包み込み、変身したウルトラマンAは誰にも見られぬままに夜空へと飛び上がった。
そのころ、ハルケギニア上空四十万メートルでは、三匹の怪獣が戦っていた。
前を行く二匹は、青い翼と黄色い鶏冠を持つ巨大な鳥と、やや小さな子供の鳥、【鳥怪獣 フライングライドロン】。宇宙を放浪する旅人のような怪獣で、性質は非常におとなしい。才人の来た世界でもZATの時代に親子連れのものが地球にやってきて、タロウに助けられたことがあるという。こちらの世界にも同種がいて、しかもやはり母と子の親子で旅をする途中にハルケギニアに立ち寄ったまではよかったが、あいにくここにはやっかいな暴れん坊がいた。
そいつはライドロン親子の後ろから迫る、四枚の巨大な翼を持った鷲のような怪獣【ゼロ戦怪鳥 バレバドン】。フライングライドロン同様に宇宙を旅する渡り鳥怪獣だが、けっこうな悪食で、腹がすけば目の前のものに見境無く食いついてしまう悪い癖がある。ゼロ戦怪鳥というユニークな異名も、かつて地球に出現した個体が、偶然ラジコンのゼロ戦を飲み込んでしまい、どういうわけか、そのラジコンのコントローラーで動くようになってしまって一騒動起こしたという逸話からついたものだ。
今、バレバドンはたまたま目についたフライングライドロンの子供をエサだと思い込み、しつこく追いかけているところだった。もちろん、フライングライドロンの親も子供を守ろうと必死でバレバドンの前に立ちふさがるけれども、戦う力をほとんど持っていないフライングライドロンは逃げるしか方法がない。
だが、バレバドンの牙が子供に襲い掛かろうとしたとき、大気圏を高速で突破してきたエースが駆けつけた。
『パンチレーザー!』
額からの青色光線がバレバドンの尾羽を焼いた。奴も突然の攻撃にびっくりしてきょろきょろと周りを見渡し、近寄ってくるエースを見つけて吼える。
しかし、エースは気にもかけずに飛行しながら、右手から手裏剣のような光線を撃った。
『スラッシュ光線!』
今度は胴体真ん中に命中して派手に爆発を起こした。
こうなると、貪欲ではあるがそんなに強くはないバレバドンは敵わない相手だと見て、さっさと翼を翻して逃げていく。
(よかった、間に合ったみたいだ)
バレバドンが逃げ去って、空は平穏を取り戻した。エースはライドロン親子に並んでしばらく飛び、やがて早く他の星へ行けと手で指し示して教えると、親子は礼を言うように一声鳴いて、ハルケギニアを背にして飛んでいった。
(元気でなー)
飛び去っていくライドロン親子を見送りながら、才人は彼らの旅の無事を祈った。
(無事に旅を続けられるといいわね。けれど、彼らは助かったけど、もう一匹のほうはよかったのかしら、あの怪獣も生きるために食べようとしたんだし)
ルイズは見えなくなっていく親子を見つめながら、ぽつりと心に引っかかっていたことをつぶやいた。
喰う者と喰われる者、感情としては喰われる者に味方をしたいけれど、喰う者も生きる権利がある。人間だって生きるために肉を食うのだ。フライングライドロンを助けて、バレバドンを飢え死にさせる権利はないはずだ。
才人はそんなルイズの言葉に言い返すことができずに黙っていたが、エースはそんな二人の悩みにひとつの答えの形を示してみせた。
(猟師は、子連れの鹿は撃たないものだよ)
そう、賢い猟師はどんなに獲物がいなくても、子供を連れた動物は撃たないものだ。そうしなければ、いずれ本当に獲物がいなくなって自分が飢えることになるだけでなく、山の生態系をも変えてしまうからだ。
(そうか、そうだよな!)
(……でも)
ただし、それも完全な真理ではない。自然界では弱い子供こそ獲物として狙われる。しかし、エースはそれ以上のヒントを与えることはしなかった。生き物の命に関しての答えは、それぞれが悩んで自分なりの解答を出してほしかったのだ。
ライドロン親子が完全に見えなくなって、エースはハルケギニアを振り返った。
そこには、これまでルイズの見たことのない世界が広がっていた。
まだ夜の帳に包まれた、地図でしか見たことのないハルケギニアの地が眼下に模型のように存在している。その周りにはハルケギニアの何十倍もの面積を持った広大な大地と海が広がり、しかもそれは巨大な球体の表面に張り付いていたのだ。
(これが、わたし達の住む世界……)
恐らく、史上初めて宇宙から自分達の星を見下ろしたハルケギニア人になるルイズは、眼下に広がる雄大な光景に言葉を失っていた。
(そう、これが君達の住む星、そして、ここが宇宙だ)
(宇宙……?)
(そうだ、私達を含めた全ての生命の故郷。この星も、宇宙から見れば砂漠の中の一粒の砂のようなものだ)
(ハルケギニアって、こんなに小さかったのね)
ルイズの視線は、この星のハルケギニア地方に吸い込まれていた。
まだ、この星には名前がない。いや、この星の人間達は、自分達がどういう場所に住んでいるのかすらも知らない。ルイズの世界観から見て、宇宙という概念はあまりにも大きすぎた。まして、ハルケギニアは地球のヨーロッパ地方に相当する程度の面積しかなく、全体のわずか一パーセントにも満たない。
初めて大海を見た人間が、その雄大さの前に自分の小ささを知るというが、昔おもちゃのようなロケットで命がけでほんの数分間宇宙に出て、初めて宇宙から地球を見た宇宙飛行士達も、こんな気持ちだったのだろうか。
(でも、きれいな星だな)
(そうだな、地球を思い出す)
才人とエースは、故郷の姿を思い出していた。この星は、地球のように青く、宇宙に宝石のように輝いている。
(あなたたちの故郷も、こんな姿をしているの?)
(ああ、そっくりだ。ルイズ、ハルケギニアだけじゃなくて、星全体を見てみろよ。本当にきれいだ)
言われて、視線をハルケギニアからこの星全体に移し、ルイズは息を呑んだ。
大地の緑、海の青、雲の白、茶色い山脈にハルケギニアの何倍もある砂漠。北と南のはじっこは真っ白く彩られ、その向こうから顔を覗かせてくる太陽に照らされて、どんな精密な絵画もらくがきに見えるような、そんな素晴らしい光景が広がっていたのだ。
(きれい……本当に)
心持つ者ならば、この風景に目を奪われずにはいられないだろう。しかし、このどこかでヤプールがその怨念の牙を研いでいるのだ。
(守らなければな)
エースは、かつてTAC隊員としてタックスペースの窓から地球を見ていつも思っていたことを、そのまま二人に伝えた。
(この世界を)
(ヤプールなんかには渡さない)
ライドロン親子が、今度は安心してこの星に立ち寄れるように……
太陽と月に照らされて、光の戦士は再び守るべき地へと舞い降りていった。
続く