ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第43話  二人の黒い女

 第43話

 二人の黒い女

 

 ウルトラマンジャスティス

 高次元捕食獣 レッサーボガール

 岩石怪獣 サドラ

 宇宙怪獣 ゴルゴザウルス

 肉食地底怪獣 ダイゲルン 登場!

 

 

 全身を鎧に覆われたような貪欲な宇宙生物、レッサーボガールの群れが凶暴なうなり声を上げて威嚇してくるのを、ジュリの冷ややかな視線がなでていく。その目的は四匹のレッサーボガール、全ての抹殺だ。

「……」

 感情をあえて排除した冷たい目が、群れの隙を探して左右にゆっくりと動く。そこに、情けをかけて見逃そうなどという甘い考えはない。ただし、ジュリ、すなわちジャスティスは決して好戦的でもなければ力の信奉者でもない。しかし、宇宙の絶対正義の守護者である彼女の使命は宇宙の秩序を守ること。ひとつの惑星の生態系に他の宇宙生物が侵入すると、最悪そこの惑星全体を死滅させることがある。かつてジャスティスが戦ったサンドロスしかり、それ以前から宇宙全体を荒らしまわっていた光のウィルスしかりである。身近なところで言えば、外来種であるブラックバスやアメリカザリガニに日本古来の魚やニホンザリガニが駆逐されたり、オーストラリアに持ち込まれた犬によってフクロオオカミなどが絶滅させられた例がある。

 まして、それが宇宙規模となれば、時に心を鬼にして侵入者を駆除しなければならない。

 対して、食欲の権化であるレッサーボガールどもも、仲間が一体倒されて、この獲物が見た目ほどやわではないと悟り、今度は用心深く相手の動きを見ながら距離を詰めていくが、彼らはまだジュリのことを過小評価していた。

 突進してきた一体のレッサーボガールの攻撃はバックステップで軽く避けられた。間合いがはずれて体勢を崩したレッサーボガールは、充分な余裕を持って回し蹴りを繰り出してきたジュリの攻撃をまともに顔面に喰らい、鉄のように固いはずの額を軽々と叩き割られて絶命。今度こそ、残った三体の間に本能的な警戒心が走った。

 ウルトラマンは人間に姿を変えても、数々の超能力や、超人的な身体能力を発揮することができる。セブンはウルトラ念力や透視能力、ジャックも融合した郷秀樹の身体能力をMAT隊員の水準以上まで高めたり、エースもまったくの素人であった北斗と南をTACの試験に一発合格させるほどにしたくらいだ。

 もちろん、これには個人差や同化した人間との相性もあるだろうが、タロウ以降の兄弟達はほとんど人間と変わらない能力で過ごしている。超能力を度々使用した80も、用途を調査などにかなり限定している。これは、兄弟達の経験から、あまり突出した能力は人間として生活するなかでうとまれる原因になるかもしれないと配慮して、あえて超能力を封印しているのかもしれない。

 けれども、異世界の存在とはいえ、宇宙の秩序を乱す者を排除する使命を持ったジュリの場合は力をセーブする必要はまったくなく、他のウルトラマンに比べてその枠を大きく超えていた。

「ふん……」

 瞬時に間合いを詰めて、一体の首根っこを押さえて地面に引きずり倒す。レッサーボガールも必死になって抵抗しようともがくけれども、ジュリの力のほうが強い。

 だが、その隙を突いて、残りの二体がジュリの背中に襲い掛かる。が、すぐに反転したジュリは左の一体のボディに正拳突きを繰り出してのけぞらせ、返す刀でなおも食いついてきた右の一体の額をひじ打ちで破壊する。

 あっという間に五匹の群れが二匹にまで打ち減らされ、残った二匹はなんとかダメージを受けながら立ち上がったものの、口からよだれと血漿を漏らして、受けたダメージの深さが目に見えていた。

 それに対してジュリは息一つ切らしていない。能力を隠す気もないジュリに殺す気で力を振るわれたら、以前GUYSを手こずらせた怪獣といえども大人と子供も同然、勝負にすらなっていない。

 

 しかし、レッサーボガールにはまだ隠された能力があった。

 生き残った二体は、絶命した仲間の死骸に群がって、その肉を引き裂いて喰らっていく。するとどうだ、捕食した二体の体が見る見るうちに巨大化し、あっというまに身長四十七メートルの巨体に変貌したのである。

「共食いして自らの質量を増大させたか……」

 巨大化した二匹のレッサーボガールを見上げながら無感情につぶやくと、ジュリは左胸のジャストランサーを手に取り、あふれ出す金色の光に包まれて、自らもウルトラマンジャスティスへと変身した!!

 

 

「シュワッ!!」

 ジャスティスと、二匹のレッサーボガールが睨み合う。

 まったく隙なく構えをとるジャスティスは、威嚇の叫び声をあげてくるレッサーボガールにもまったく動じない。いやむしろ、数で勝っているはずのレッサーボガールどもの方が、ジャスティスに気圧されているかのようにすら思える。

 当然だ、いくら凶暴なレッサーボガールとはいえ、ジャスティスの長い戦歴から見れば上にいくらでも強い奴はいる。まして、今はウェストウッド村のときのように気遣いをしなければならないものは何もなく、不安要素が皆無な以上、油断しないように用心はしても、恐れる必要などは欠片もなかった。

 十数秒の無益な睨み合いの後、先にしびれを切らしたのは、やはり知能に劣るほうであった。一匹は目から、一匹は肥大した右腕から破壊光弾を同時に放ってくる。

「シャッ!」

 だが、攻撃を見越していたジャスティスは、まるで瞬間移動したかのように瞬時に二匹の背後に回りこむと、その背中に強烈なパンチをお見舞いした!

「フウァッ!!」

 拳がめり込み、レッサーボガールはなにが起きたのかも理解できぬままに、背骨を砕かれていく。

 この加速力、本気を出したときのジャスティスの動きは目で追うことも難しい。かつて異形生命体サンドロス、スペースリセッター・グローカービショップと戦ったときも、敵が反応する以上の加速で間合いを詰めて攻撃している。

 こんな真似ができるのは、彼女のほかには宇宙に一人しかいない。

「シャッ!!」

 さらにハイキックを後頭部に決めて前のめりに倒し、首根っこと腰のあたりを掴むと、もう一匹のほうへと投げ飛ばした。

 地響きが鳴り、針葉樹林がなぎ倒される。ぶつけられた一体は、早々に瀕死になったもう一体を乱暴に振り払うと、目から赤色光弾を放った。けれどもそれもジャスティスが軽く腕を払うだけではじかれる。

 さらに、おかえしとばかりにジャスティスは拳を突き出し、金色のエネルギー弾を放った。

『ジャスティスマッシュ!』

 光弾は狙いたがわずにレッサーボガールの頭部を直撃! 派手な火花を散らせて、巨大な鉄槌で叩かれたかのようにレッサーボガールは頭を襲う痛みに苦しむ。

 圧倒的……戦闘が始まって一分足らずしか経っていないが、二匹のレッサーボガールは大ダメージを受けてもだえ、対してジャスティスは少しもダメージを受けてはいない。サボテンダーのときのように躊躇しなければ、この程度の相手に苦戦することなどないのだ。

 しかし、食欲と闘争本能にのみ思考を支配されるレッサーボガールには、空いた腹を満たすことしか頭にない。突然、レッサーボガールの頭が膨らんだかと思うと、横に大きく二つに割れて、まるでハエトリグサのような形の、上下に牙の生えた醜悪なカスタネットに変わったのである。

「ヌ?」

 いかにも、「この口でお前を食ってやるぞ」というふうな変形に、ジャスティスもぴくりとだけだが反応した。

 しかし見た目が変わったからといって、それをそのまま真に受けはしない。第一あんなに頭部を肥大化させたら、重心が上がりすぎて動きにくくなるだけだろう。例えば頭の上に二、三冊辞書でも乗せて走り回ってみるといい、頭がふらふらして大変になるはずだ。

 だがそれでもこの形態になったわけは当然あった。

 大きく開かれた口から、真っ赤な舌が伸びてきてジャスティスの胴に絡みつく。

 さらに、倒れてもがいていたもう一匹も、同じように頭部を変形させて、舌をジャスティスの右腕に絡ませてきた。

「ウッ、ヌッ」

 獲物を捕らえたと見るや、二匹は舌を引き戻し、ジャスティスを引き込み始めた。このまま手繰り寄せて、後は大きく開いた口で噛み砕く。ジャスティスもふんばっているが、じりじりと地面をこすって引き込まれていく。

 そして、あと一息で食らいつけるほどに近寄らせたところで、二匹はよだれを垂らしながら大きく口を貝のように開いた。

 だが、やはり知能の低い彼らは学習しきれていなかった。この相手と力比べをして、自分達が勝てるかどうかということを。

「ハァァッ!!」

 あと一足の間合いでジャスティスが全身に気合を入れ、二本の舌を掴んで力を込めると、舌は乾いた輪ゴムのように簡単に引きちぎれた! そのままジャスティスは、まだ健在だったほうの一体が慌てる暇も与えずに、奴の上下の顎を掴んで一気に押し開きにかかる!!

「ヌアァッ!!」

 その瞬間、間接が砕ける鈍い音とともに、レッサーボガールは顎をはずされて、まるで壊れたトラバサミのようなみじめな姿にされてしまった。こうなるともはやまともに動くことすら不可能で、哀れなレッサーボガールは前を見ることすらもできずに、もう一体を巻き込む形で倒れこんだ。

 完全に格が違う。レッサーボガールは本来そんなに弱い怪獣ではなく、かつてはメビウスを苦戦させたこともあるくらいの実力者だ。それでもジャスティスがこれまでに相手にしてきた敵と比べたら、例えばサンドロスの、その手下のスコーピスと比べても明らかに劣る。スコーピスを雑魚同然に始末できるジャスティスにとってはなんら恐れる必要などなかった。

「ハァァ……」

 バックステップで間合いを取り、絡まってもだえている二匹のレッサーボガールに向けて、ジャスティスはとどめを刺すために、頭上にエネルギーを集中させ、それを両拳を突き出すことによって一気に押し出した!!

『ビクトリューム光線!!』

 避けることなど到底無理。せめて立てれば別次元へと逃げることもできただろうが、それも間に合わなかったに違いない。二匹は仲良く組み合ったまま、超エネルギーの奔流に飲み込まれて、一瞬の後に爆発四散した。

 ジャスティスの、勝利だ。

 

「ハッ!!」

 敵の気配が消えたことを確認したジャスティスは、ジュリの姿へと戻った。

 二匹が吹き飛んだ場所からは、黒煙がたなびいているが、少ししたら消えるだろう。あとに残ったのは、住民を失ってゴーストタウンと化した小さな村だけだった。

「ここも、か……」

 ジュリは、いずれ森に飲み込まれて消えていくであろう、誰の記憶にも残らない小さな村の残骸を見て、憮然としてつぶやいた。

 実は、ジュリがこのような村に合うのは初めてではない。このアルビオンという名の大陸を旅するうちに、同じように怪獣に襲われた村や町をいくつも見てきた。

 ある鉱山では、風石の坑道に入っていった者達が次々に石になって見つかり、採掘を強行させようとする貴族と、やめるべきとする鉱山師との間にいさかいが起きていた。だがそれは地底に潜んでいた岩石怪獣の仕業で、餌を求めて地上まで出てきたところを倒した。

 ある地方都市では、突如地中から生えてきた巨大な花が毒花粉を撒き散らし、根で人間の血を吸っていたところを焼き払ってやった。

 ある村では、村のど真ん中に突然空から怪獣が降ってきて、そのまま居座っていた。ただ、悪意がなく眠っているばかりだったので、宇宙へ送り返してやろうとしたら、どうにもこいつが赤い色が好きみたいでじゃれつかれてしまった。しかもこいつの鳴き声には強烈な催眠作用があったみたいで、危うく眠りかけて大変だったが、どうにか宇宙に運ぶことができた。もっとも、宇宙で寝こけているうちにまた降ってこないとは限らないが。

 また、北の果ての砦に立ち寄ったときは、現地の伝説で雪男と言われているらしい白い怪獣が山から下りてきた。そして格闘戦を挑まれてきて相手をしている最中に、空から羽根の生えた腕が鞭と鎌になっている怪獣が飛んできて襲ってきたが、縄張りを荒らされて怒った白い怪獣と乱闘になり、白い怪獣はそいつを倒すと充分暴れられて満足したのか、大人しく山に帰っていったのでそのまま見送った。

 

 だが、どうにもこんなちっぽけな大陸にしては怪獣の出現率が高すぎる。人々に話を聞いてみたが、これまで怪獣などが現れたことはないというところがほとんどだった。それなのに、宇宙怪獣、復活怪獣合わせてこの数ヶ月ほどの間にそこかしこに現れ始めるようになっていた。まるで、何かに呼び寄せられるかのように次々と……

 しかも妙なことに、怪獣が現れるのは辺境の地方都市や小村がほとんどで、国の中心であるロンディニウムを始めとする大都市圏にはまったくといっていいほど出現例がない。それゆえに、国民の大多数はまだアルビオンが安全な場所だと思い込んでおり、怪獣災害に悩まされる他国からの人民の流入も途絶えることはなかった。

「やはり、何者かの意図か……」

 ジュリにとって、人間達の社会がどうなろうと、それが宇宙正義に触れない限り興味などない。だが、客観的に見てみて、このアルビオンという国には何かがあると思わずにはいられなかった。

 いったん、ウェストウッドに戻ってみるか……あの村を旅立って、一ヶ月程度は経っただろうから、いくらか他の地方や他国の情報も集まったかもしれない。たまに寄るとティファニアとした約束もあることだし……

 そう決めたジュリは、その足を南へ向けた。

 しかし、数歩歩いたとき、ジュリは背中に刺すような冷たい視線を感じて立ち止まり振り返った。

 それは殺気。ちょっとでも油断すれば、そのまま躊躇なく命を奪っていく餓狼のような、そんな気配。

"こいつ、いつの間に……"

 ジュリは無言のまま、たった今殺気をふんだんに込めた視線を送ってきた相手を見据えた。

 本当にさっきまで何の気配も感じなかったが、今ほんの十メートルばかり離れた場所に、黒服の上に白衣を羽織った女が、両手をだらりと下げてこちらを見ていたのだ。

 警戒心を込めたジュリの視線がその女を睨み返す。

 だが、そいつの目はまるで深い空洞だった。虚ろな暗黒を秘めた黒曜石のように、こちらを馬鹿にしているような、ないしは底知れない憎悪と欲望をその闇の中に隠しているような、常人には到底不可能な、マイナスの気が凝縮した邪悪をこめた瞳。そして、長い時間を宇宙の秩序を守るために戦い続けてきたジュリは、それと同じ目に見覚えがあった。

"似ている……サンドロスと"

 かつて葬った、宇宙の全てを自らの好む不毛の大地に変え、全ての生命をその欲望のために滅ぼそうとした悪魔と、その女の目は似すぎるくらい似ていたのだ。

「貴様、何者だ?」

「クク……」

 ジュリの問いに女は答えなかった。

 その代わりに、そいつはさっきのジュリとほぼ同じくらいの、人間離れした瞬発力でジュリに掴みかかってきた。

「ちっ」

 会話をする気がないのはわかった。やる気なら、こちらも相応の対応をする。

 向かってくる女の手をかわして、その手を逆にねじり上げようと試みる。だが、女は腕を掴んできたジュリの手を強引にふりほどくと、掌底をジュリの顔に向けて打ち込んできた。

「ぬ、なに!?」

 とっさにガードしたジュリだったが、その女の力は想像以上に強く、押されるままにジュリの体は後方に吹き飛ばされた。

 むろん、この程度でジュリがやられるわけもなく、空中で体勢を整えなおして追撃を受けないように向かえると、相手も深追いしては来ずに一歩引いた。しかし、その女の戦闘力はジュリでも油断できるものではないことは、これで明らかになった。

 女は見た目は黒髪の東洋風の顔つき、このアルビオンでは見かけないものだったが、それは置いておいても、普通の二十代そこそこの女性と変わらない体格と細腕なのに、瞬発力と腕力だけ見てもさっきの怪獣より数段勝っている。

「貴様も、この星の生物ではないようだな」

 その一言に、女の眉がぴくりと動いた。

「どうやら、言葉を聞き分ける知能はあるようだな。この星の人間に擬態しているようだが、何をしにこの星に来た?」

 答え次第では、この場で存在を消去するという意思を込めて、ジュリはその女に擬態した生物に問いかけた。

「グ……オマエ、ショクジノ、ジャマスル……キエロ」

「貴様がな」

 片言で話す女の言葉が終わった瞬間、ジュリと女は同時に攻撃を放った!!

 互いに相手の顔面を狙ったハイキック。

 同じ攻撃同士により、空中で両者の蹴りがぶつかり合い、一瞬鏡に映したような左右対称の姿を現出させる。だがその刹那の後、力に劣るほう、敵の女の体が空中できりもみしながら舞い、廃屋と化した一軒の家に激突し、基礎が弱っていたその家を瞬時に倒壊へといざなった。

「やったか……」

 ほこりと粉雪と、それにこびりついていた何者のともしれない血潮が風に乗って飛んでいく。

 ジュリは油断なく家の残骸に歩み寄り、その中に敵の姿を探した。しかし粉塵が収まった後、あの女の刺すような殺気の気配はどこにも感じられなくなっていた。

「逃げたか……」

 今の攻撃ごときで死ぬ相手とは思えない。追いかけようにも完全に気配を消している。今日のところは引き分けといったところか。だが、奴の目的とこちらの目的が対立する以上、いずれはどこかでまた会うことになるだろう。そのときは、もう逃がしはしない。

 今度こそ、踵を返したジュリは南へと歩み出し始めた。目的地はサウスゴータ地方、ウェストウッド村。

 

 

 一方、ジュリとの戦いで手傷を負わされた女の姿は、アルビオンの首都ロンディニウムの王城、ハヴィランド宮殿の一室にあった。

「ウ……ヌヌ」

「これはまた、手ひどくやられたものだな」

 傷を負った女を、冷ややかな目で司祭風の衣装を来た三十代半ばの男が、机に面杖をつきながら眺めていた。

 ここは、王城の中枢の一角にある、公務に使う机と来客用の椅子しかない質素なオフィス程度の広さの一室。レコン・キスタによる反乱が起こる前は王の執務室として使われていた部屋だ。

 そこに、左腕を折られて全身にも多数の切り傷や擦り傷を受けたあの女が、憎憎しげにその男を見返していた。

「ウルサイ……アイツ、ワタシノテシタヲコロシタ、ワタシノエサバヲアラシタ……カナラズコロス」

「ふん、仮にも一国の元首様に向かってたいそうな口の聞きようだな。この男は、レコン・キスタ総司令官、オリヴァー・クロムウェルなのだぞ」

 そう、その男こそ、このアルビオン大陸を二分している反乱勢力のリーダーであった。だが、何故自分のことを『この男』などと他人のように言うのであろうか。

「キサマノコトナドシルカ、ソレヨリ、ツギノエサバハドコダ?」

「慌てるな。あまり呼び込みすぎて、この大陸から人間どもがいなくなられても困るのだ。まあ確かに我らがせっかく打ち込んだ楔で呼び寄せた怪獣達が、次々に倒されることになったのは計算外だった。まさか、こちらの世界にもあんな奴がいたとはな」

 そのクロムウェルと名乗った男は、机の引き出しの中に隠した水晶玉の中に、サボテンダーを始めとする怪獣達を次々と倒していくジャスティスの姿を見て苦々しげにつぶやいた。

「アイツモイズレクッテヤル、アイツ、キライ」

「慌てるな、今の貴様ではウルトラマンには勝てない。貴様は我等のおかげで怪獣墓場から蘇った。しかし、ただ蘇っただけで、生前に貴様が食って蓄えたエネルギーは全てゼロに戻り、怪獣を呼ぶ能力も失われたことを忘れるなよ」

「ケェッ!」

 女の顔に怒りの色が浮かび、悠然と机に座っているクロムウェルの喉下に手が伸び、その首筋を押さえた。

「ふふふ、私を殺せば、貴様は利用価値のない欠陥品として即処分されるぞ。またあの退屈なウルトラゾーンに戻りたいか?」

 なんとクロムウェルは、普通の人間ならば首がねじりきられるほどの握力をかけられながらも平然と笑っているではないか。女は、その言葉に歯軋りしたが、しぶしぶながら理解したのか手を離した。

「ふ、いい子だ。わかっているだろうが、我々が打ち込んだ楔で、この国には今でも多数の怪獣が向かっている。しかし、なにぶん目立つものだからいずれ機能を解明されて破壊されるだろう。そのときのためにも、貴様の能力は我々としてもほしいのだ」

 クロムウェルが見る宮殿の窓の外には、ロンディニウムの郊外に突き刺さる巨大な石柱があった。その形は、以前地球に出現して、怪獣や宇宙人を呼び寄せる時空波を発生させていた石柱とよく似ている。いや、まったく同じものといっていいだろう。

 だが、女はその石柱を一瞥するとつまらなさそうに言った。

「フン、タシカニベンリナモノダガ、コンドハイチドウチコンダラ、ニドトウゴカセナイデクノボウデハナイカ」

「ああ、あれを作るには手間がかかりすぎるのでな。だから貴様を蘇らせたのだ。貴様は腹を満たしたい、我々は貴様の能力が欲しい、利害が一致している今は手を貸してやる。だから精精多く食ってさっさと力を取り戻せ、そうでないと利用価値もない」

「オボエテイロ、イズレキサマモクッテヤル」

「ふん、できるならな。その前に貴様も超獣に改造されて、我等の忠実な手駒にされるだろうがな」

 互いに相手への敵意を隠そうともしていない。そこに信頼や協調などは一切無く、ただお互いを利用し合うのみの関係。だが、いずれどちらが先に裏切ることになろうとも、今はまだそのときではない。クロムウェルはテーブルの上に、このアルビオン大陸の地図を広げると、その西端の一角を指し棒で突いた。

「大陸西方、この山岳地帯に地底怪獣の存在を示す地震が観測されている。また、宇宙からもここに向けて怪獣が接近中だ。あのウルトラマンのいる方向とは逆だから邪魔は入らん。さっさと……」

 そこまで言ってクロムウェルが顔を上げたときには、女の姿は部屋の中から影も形も無く消えうせていた。

「ふん、気の早い奴め」

 吐き捨てるように言うと、クロムウェルは地図を片付け、執務机に座って、無感情にレコン・キスタ総司令官としての事務仕事の書類を片付け始めた。

 

 そんな様子が誰にも見られずに一時間ほど過ぎた後、ドアをノックする音にクロムウェルは顔を上げた。

「閣下、秘書のシェフィールド女史が戻られました。閣下へ至急お会いしたいとのことです」

「うむ、通せ」

 威厳のある声で衛士にそう命じたクロムウェルは机を立って、ドアのそばまで向かった。

 数分後、衛士に通されて部屋の中に黒いローブで身を覆った、まるで喪服が歩いているような女が入ってきた。

「よくいらっしゃいました、ミス・シェフィールド! お待ちしておりましたぞ」

 クロムウェルは、自分の秘書という肩書きの女に、まるで大口の客をすり手をしながら接待する商人のような、腰の低い作り笑いを浮かべた態度で迎えた。

「あいさつはいいわ。それよりも、最近のあなたの手際の悪さには我等の主も不快を感じているわ。わかっているのでしょう?」

 シェフィールドのほうも、自分の雇い主であるはずの相手になんら敬意を払わない。むしろ自分が主であるような尊大な態度で接していた。

「ははあ、このアルビオンを王家から奪い取り、その後トリステイン、ゲルマニアを占領して、エルフ共の手から聖地を奪回するという、私に与えられた大儀を片時たりとも忘れたことはありません。ですが、戦場とはうつろいやすいものです。後一歩というところで、王党派に反撃を許し、勝ちの勢いに乗じてサウスゴータまで逆侵攻を許してしまいましたのは、私の無能としか言いようがありません。お許しくださいませ」

 床に頭をこすりつけ、まるで尻尾を振る犬のように許しを請うその姿に、レコン・キスタ総司令官としての威厳はどこにもなかった。この男は、レコン・キスタ総司令としてと、この女の忠実な犬としての二つの顔を使い分けている。

「ふん、お前の無能のせいでこちらはとんだ迷惑よ。王軍をニューカッスル城にまで封じ込めたまではよかったけど、あとはひたすら負け続けじゃない。おかげで、我が主の計画は大変な遅延をなしているわ」

「申し訳ありません。ですが、遠からずおこなわれるであろうサウスゴータでの決戦に勝利できれば、あとは天秤が傾くかのごとく、我らが一気に王党派を飲み込めましょう」

 現在、両勢力の規模はほぼ拮抗している。ここでこのパワーバランスが崩れれば、兵力のかなりを占める傭兵などの日和見主義で戦う連中は、一挙に有利なほうになだれ込むことだろう。クロムウェルは、ここぞとばかりに力説してチャンスを与えてくれるようにと懇願して見せた。

「そう、そのために私がわざわざあなたの補佐に派遣されたのよ。本当なら、私も暇じゃないんだけど、長年手間暇をかけた仕事が始まりもしないままに終わるのは嫌ですからね。もし負ければ、お前は王党派の手によって、確実に首をはねられるでしょうからねえ」

「ありがとうございます、ありがとうございます。して、いかような方法で?」

 満面に笑みを貼り付けたクロムウェルが、買ってもらったおもちゃを手渡される直前の子供のように言った。

「見なさい」

 シェフィールドが左手にはめた指輪をこれ見よがしに掲げて見せると、クロムウェルはほおと息をつき、ぽつりとつぶやいた。

「アンドバリの指輪……」

 その名前は、かつて水の精霊から盗み出されたという水の力を蓄えているという先住の秘宝。その効力は人の心を操り、死者を蘇らすこともできるという。シェフィールドはこれを使って、いったい何を企んでいるというのだろうか。

「そう、あなたはただ私の命令に従っていればいいの。王でいたいのならね」

「ははあ。全てあなた様のご意思のままに」

 ひたすら頭を下げ、奴隷のように這い蹲るクロムウェルの姿にシェフィールドは満足げにうなづき、これからやらせるべき命令を淡々と彼に伝えていった。

 しかし、命令を真剣に聞くような態度をしながら、クロムウェルはシェフィールドの命令にも、アンドバリの指輪の効力にも、なんの興味も抱いていなかった。

"ふふ……もうしばらくは、お前のマリオネットを演じてやる。今のうちに、人形使いの甘い夢を見ているがいい……"

 その卑屈な態度の裏には、血の通わない冷酷な打算と、人ならぬ作られた者の邪悪な意思がうごめいている。

 窓ガラスに映ったクロムウェルの影が、大きく裂けた口と瞳の無い青い目を持つ異形の姿に一瞬変わった。

 果たして、最後まで利用させ続けられるのは誰になるのだろうか……

 

 

 そしてそのころ、アルビオン大陸の西方の山岳地帯では……

 深い霧に包まれた岩だらけの山肌の上を、山登りの装備をした数人の人間達が必死で駆けていた。

「たっ、助けてくれえーっ!!」

 高山植物に属する高額な薬草を採取するために、現地の住民さえ恐れて立ち入らない山中に勇敢にも踏み込んだ彼らは、今苦労して手に入れた薬草のかごすら投げ捨てて、悲鳴をあげて山道を走っていた。

 誰も後ろを振り返ろうとはせず、彼らの背後の霧の中から、引き裂くような遠吠えが響いてくる。

 さらに、それに続いて大きな足音が近づいてき、やがて霧の中からハサミのような腕を持った肉食恐竜型の怪獣が現れた。

 

【挿絵表示】

 

「きっ、来たあーっ!!」

 人間の走る速さ程度ではその怪獣、【岩石怪獣 サドラ】からは逃れられない。

 こいつは奥深い山中に生息し、自分の体から発する密度の濃い霧を隠れみのにして、獲物を誘い込んで喰らう獰猛な肉食怪獣だ。過去に地球でもMATの時代に霧吹山に現れ、その後大量に出現してメビウス、GUYS、ヒカリに倒されているが、とにかく凶暴なたちの悪い怪獣である。

 人間達はなんとか霧の中に逃げこもうとするが、サドラは相手が見えなくても、その耳の端についている電流感知器官で、人間達の放つ微妙な電流を感知して正確に補足できる。そして、先端がハサミ状で蛇腹のような形の腕を伸ばして最後尾のひとりを捕らえ、そのまま口に放り込んで噛み砕いて食べてしまった。

「ひっ、ひゃぁあっー!!」

 もはや声にもならない絶叫を響かせ、残った人間達は涙と鼻水を垂れ流させながら逃げていく。だが、サドラはピーナッツをつまむかのように簡単に人間を捕らえて食べてしまう。

 あっというまにたった二人に減らされてしまった一行は、それでも生への執着を捨てきれずに、全力以上の力を出して走る。しかし、まだ満腹にはほど遠いサドラはなおも腕を向けてくる。

 そのときだった。山の岩肌がぐらりと揺れ、彼らの目の前の地面が突然盛り上がり始めたのだ。サドラは、それが危険なものであることを本能的に察知し、食事を続けるのを一旦中止して、ハサミを振り上げて身構えた。

「なっ、なんだあれは!?」

「ひっ、ま、また別の怪獣だあ!!」

 地中から姿を現したのは、サドラより大きな体格で、鋭い牙を無数に生やした恐竜型の怪獣、【肉食地底怪獣 ダイゲルン】だった。

 こちらは地底をその強靭な腕で掘り進み、ときたま地上に出ては動物を襲う怪獣で、腹をすかしたその裂けた口からはよだれがだらだらと零れ落ちている。こいつも、餌となる動物を求めてここに現れたのだが、目の前の怪獣が食事のために邪魔な相手だということを察知し、まずはこいつを排除しようと威嚇の叫び声をあげた。

 こうなると、負けじとサドラも咆哮し、たちまち二大怪獣は取っ組み合いとなった。ダイゲルンが殴りつけ、サドラが挟み込んで両者とも噛み付き攻撃をおこなった後、一旦離れたダイゲルンが口から火炎を吐きかけると、素早い動きでかわしたサドラが周りにあった岩を持ち上げて投げつける。

 二大怪獣の激突により山道は崩れ、二人の男はガタガタ震えながら、勝ったほうが自分達を食いに来るであろうバトルを見守っていた。

 と、そのとき霧を裂いて、空の上からかん高い声がして、サドラとダイゲルンが見上げたところに、霧の中から頭に紅い三本角を生やし、全身がうろこのようなもので覆われたスマートな怪獣が下りてきた。

「さ、三匹目……」

 【宇宙怪獣 ゴルゴザウルス】、かつてウルトラマンタロウに倒されたゴルゴザウルス二世の同族で、テレポート能力などを持つ。ちなみに、ゴルゴザウルス一世というのもいたらしいが、ウルトラ戦士も戦ったことはなく、その正体は謎に包まれている。

 今回はハルケギニアを狙おうとして、たまたまここに舞い降りてきたのだろうが、いきなり現れたゴルゴザウルスに、当然サドラとダイゲルンは怒って挑みかかり、凶暴なゴルゴザウルスもこれを迎え撃った。

 突進してきた二匹の攻撃を、ゴルゴザウルスはテレポートしてかわし、後ろから不意打ちをかけて転ばせた。さらに追い討ちをかけるべく背中にのしかかろうとするが、振り返ったダイゲルンの火炎でひるんで引き下がる。

 二匹から三匹になり、怪獣同士の死闘はますます激しさを増していった。

「ひ、ひいい、なんで、なんでこんなことに」

「お、おかあちゃーん!」

 恥も外聞もなく、二人の男は岩陰で震えるしかできない。

 だが、そのとき彼らの耳を、怪獣のものとは違う足音がすぐそばを掠めていった。

 はっとして、周りを見渡すと、彼らから二十メイルばかり離れた岩の上に、白衣を着た黒髪の女性がいつの間にか立って、怪獣の戦いを見つめていた。

「あ、兄貴、た、助けが来たんですか?」

「い、いや……」

 年配のほうの男は、なぜかその人影を見ても「助けてくれ」と声をかけることはできなかった。

 第一、その存在自体が不自然すぎる。こんなところに女が一人でいることもそうだし、まったく山登りに向かない服装、それにこの深山まで来ているというのに服に乱れや汚れが一切見られない。

 女は、しばらく怪獣達の戦いを見つめていたが、やがて我慢しきれなくなったように、口元を長く伸びる舌でべろりと舐めて、うれしそうに言った。

 

「オマエタチ、ウマソウダナ」

 

 それから三日後、現地で死の山と恐れられている山に分け入った無謀な一団のうちの二人が、まるで骸骨のようにやせ細った状態でふもとの住民に保護された。

 彼らは、恐怖に震えながら口を揃えて何度もこう言ったという。

 

「怪獣が、怪獣を食っちまった……」

 

 

 続く


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