ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第42話  王女の来訪

 第42話

 王女の来訪

 

 高次元捕食獣 レッサーボガール 登場!

 

 

 今日、この日の魔法学院は一段と暑かった。

 空には真赤に燃える太陽と入道雲、数千匹のセミの声がキングゼミラの鳴き声のように間断なく鳴り響く。

 地面からは陽炎が立ち昇り、撒いた水は石畳の上ですぐに蒸発し、ちょっとの風魔法ではどうにもならない。

 そんななか、暑いのを必死で我慢しながら全校生徒が講堂に集合し、オスマン学院長が壇上に立って一学期の終わりを告げるあいさつをしていた。

 そう、今日はトリステイン魔法学院も一学期の終業式、これから誰もが待ちに待った夏休みがやってくるのだ。

「それでは諸君、くれぐれも休み中はめを外しすぎたり、悪い遊びに手を出したりせぬよう、常に貴族の誇りを抱いて、また元気な姿で学院に帰ってきてほしい。以上じゃ」

 学院長の長い演説が終わり、当然エアコンなどない蒸し暑い講堂に気をつけの姿勢で立たされていた生徒達は、ようやくほっと息をついた。

「はー……やっと終わったわね、うー、喉渇いたわ」

「熱射病になりそうだぜ。んったく、校長の話が長いのはどこの世界もかわらねえな」

 二年生の列に並んでいたルイズと才人がひそひそ声で話していた。少し離れた場所にはキュルケとタバサが、別のところではギーシュがしおれたバラを通り越して、炭酸ガス固定剤をかけられたジュランのようになっている。

 しかしこれで、やっと一学期に学院でする勉強の全てが終わったわけだ。長かったような短かったような、これから二ヶ月半の夏休みが始まり、生徒達はほとんどが一旦里帰りしていく。

 けれど、ようやく解放されるかと思われたそのとき、壇上のオスマンがこほんと咳払いをして驚くべきことを告げた。

「さて、本来ならここで解散となるところじゃが、突然じゃが皆清聴せよ。実は、今日これから恐れ多くもアンリエッタ姫殿下がゲルマニアご訪問のお帰りに、この魔法学院に行幸なされるのじゃ!」

 その一言を聞いて、それまでのぼせていた生徒達の表情がいっせいに引き締まった。

 姫殿下、アンリエッタ王女がこの魔法学院にやって来る? 本当か!

「よって、本日の終業を延期し、生徒諸君はただちに正装し、歓迎式典の準備にとりかかってもらいたい。詳しいことはミスタ・コルベールに一任してある。よいな、くれぐれも粗相があってはならんぞ」

 ここまで来たら、もうぼけている生徒は一人もいなかった。のだが、オスマンに代わってコルベールが壇上に上がってきたときは、流石に耐え切れなかった数十名から失笑が漏れた。

 なぜなら、彼はローブの上にレースの飾りやら刺繍やらをつけて派手にめかしこんでいた。それだけならまだいいが、頭の上にロールしたでっかい金髪のかつらをつけているのはどういう趣味か? 百歩譲って似合ってると言ってもバチは当たらないだろうが、普段のつるっぱげの頭頂部をさらしている彼の姿を知っている者、つまりここにいる全員にとっては、それは珍妙な仮装にしか見えなかったのだ。

 それでも、姫殿下が来るという緊急事態である。生徒達は笑いをこらえてコルベールの話に聞き入った。

「皆さん、ことは緊急を要しますので一回しか言いません。ようく聞いてください。姫殿下の馬車の到着予定時刻は今よりおよそ二時間後、本日この魔法学院に一日滞在なさいます。よって、姫殿下の見えるところ、この学院の中に塵一つ落ちていることも許されません。よってこれより学院あげての大掃除を慣行します」

 その言葉に、生徒達の間にざわめきが走った。普段掃除などは使用人やメイドに任せてやったことはない。さらに、これから休みに入ってしばらく使わないからといって、いつも以上に散らかして出て行こうと考えていた者が大多数だ。しかし、いまさら後悔しても、もはや後の祭り。

「時間割を説明します。各人はこれより、まず自分の部屋、そして寮、校舎教室を可能な限り磨き上げなさい。いいですか、猶予は一時間半です。もしそれまでに汚れを残した場所があったら、その担当のクラスは連帯責任で厳しい罰を受けてもらいます。肝に銘じておきなさい。よいですね!!」

「はいっ!!」

 生徒達は一斉に背筋を伸ばして返事をした。その様子を見てコルベールも満足そうにうなづく。

 しかし、ビシッと決めるつもりで腰に手を当ててのけぞって見せたら、そのはずみでかつらがはずれて、床に落っこちてしまった。当然、その下に隠されていた鏡のような本当の姿が明らかとなり、熱していた空気が一気に凍り付いてしまった。

 数百のひきつった顔に見つめられ、コルベールが慌てて落ちたかつらを求めるが、壇上から落ちてしまったかつらはずっと下の床に落ちて拾えるわけもない。さらにどうしていいかと凍り付いていた生徒達の中から一言。

「すべりやすい」

 と、声がして、講堂はたがが外れた生徒達の大爆笑で包まれた。

 コルベールは当然タコのように真っ赤な顔になる。気の毒だが、ある意味自業自得、第一きちんと固定してこないほうが悪い。

 その中で、この喜劇のような悲劇の立役者は、思いっきり笑い続けている親友に声をかけられていた。

「タバサ、あんた最高。普段しゃべらないぶん、話すとやるわね」

「……嘘は言ってない」

 確かに、うそは言っていないが、いと哀れである。

 けれど、普段温厚なコルベールといえども堪忍袋の尾には限界があった。

「だまらっしゃい!! ええい黙りなさいこわっぱどもが、大口で下品に笑うなどなんたるふるまい、これでは貴族としての教育が王宮に疑われますぞ!!」

 と、凄まじい剣幕の逆ギレの怒鳴り声に生徒達はとりあえず黙ったものの、彼の教師としての威厳は取り返しようもなく半減してしまった。

「と、とにかく……諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せするまたとない機会ですぞ。さあ、もう時間がありません。まずはそれぞれの寮の大掃除、三十分で新築同然に片付けなさい。解散!!」

 大号令はなされた、生徒達は一斉に講堂を駆け出していく。

 

 

 それからは、まさに戦争とも言える凄まじい様相が学院中に繰り広げられることになった。

 普段は使用人任せにしている清掃だが、姫殿下がご覧になられるかもしれないという状況ではそんなことは言っていられない。慣れない手つきでほこりを払い、散らかっていた部屋の中を整頓していく。

 中には使用人を連れてきてやらせようと考えた横着な者もいたが、そこはオスマンが先手をとって使用人やメイド達に歓迎の式典の準備を命じていたので、彼らは貴重な時間を浪費して同級生達の顰蹙だけを買うことになった。

 もちろん魔法を使うこともできるが、部屋の掃除などという細かい作業ができるほど器用なものはそうはいない。第一、そんな使用人のやることに神聖な魔法を使えるかというプライドにこだわって、少年少女達は埃まみれになって大掃除をやっていた。

 それは当然ルイズ達も例外ではない。

「犬ーっ!! さっさときれいに済ませちゃいなさーい!!」

「無茶言うなーっ!! こっちは自分の寝床のわらを片付けるだけで精一杯だ。お前こそ、その机の上に転がってる拷問器具を姫様に見られてもいいのか!!」

「そ、そうね。えっと、じゃあこっちの棚に……いっぱいか、じゃあ衣装ケースに……いっぱいね。ああん、どうしよう!?」

 いつもなら才人やシエスタにやらせていることを、見よう見まねでやるが、中々うまくいかない。それはほかの生徒達も同じなようで、片付けるつもりが逆に散らかしている者が少なくない。

 それでもなんとか形だけは整えて、今度は校舎の自分達のクラスの掃除に向かったが、こっちはこっちで問題が待っていた。

「ツェルプストーっ!! あんたサボってないでしっかり働きなさいよね!!」

「だってあたしゲルマニアの出身だから、トリステインのお姫様なんかどうでもいいし。スプーンより重い物持ったことないんだもん」

 と、いった具合である。ちなみにタバサは片手で本を読みながら、片手で杖を振るって床のゴミを集めている。こんな器用な真似ができるのは彼女くらいのものだろう。

 しかし、時間内に掃除が終わらなければそのクラスは連帯責任で罰を喰らうはめになる。嫌われるのには慣れているが、自分も罰を受けるのは面倒だと、キュルケは花瓶の花を換えに行った。

「んったく、これだからツェルプストーの人間は……あれ、そういえばモンモランシーの姿も見えないわね。まさか彼女もサボリ?」

「違う違う、多分部屋の整理が終わんないんだろ。なんてったって、彼女の部屋は……」

「なるほど、あれなわけね」

 雑巾を持っているレイナールに言われて、ルイズも合点がいった。以前の惚れ薬の一件からもわかるとおり、彼女の部屋は香水やポーション製作のための工場と化している。あの大量の薬品や実験道具をしまうのはすぐには無理だろう。

 

 なお、苦労しているのは何も生徒達ばかりではなかった。

 コルベールをはじめとする教師達は、以前怪獣アングロスに破壊された宝物庫や学院の外壁、フリッグの舞踏会のときにパンドラ達が壊した建物の修復に追われていた。

 なんでも、学院の少ない予算のために建築士のメイジや平民の大工を雇う余裕がなく、休み期間中に低料金の業者にゆっくり直してもらおうと考えていたらしいが、半壊した校舎を姫様に見せるわけにもいかない。

 ただし、学院にも土系統のメイジの教師などは当然いるけれど、建物を作るためにはその内部構造なども熟知して、精密に作らなくてはならないため、ゴーレムを作るようにはいかないのである。建物とはレンガや敷石がただ積み重なってできているわけではない。魔法で作るにもそれなりの知識と経験がいるのだ。

 ま、要するに彼らがやっているのは姫様がいるあいだだけごまかすための、いわゆる張りぼてだ。それでも、怪獣が暴れた後だから容易にはいかずに、灼熱の日差しに照らされながら錬金を唱える教師達は真剣そのものだった。

 

 そうして、あっという間に一時間が過ぎ、死にそうなほどに疲れ果てた生徒達は荒い息をつきながら、正装に着替えて校門へと集合していた。

「ま、間に合った……」

 暑さと疲れと+αで正装のドレスを汗びっしょりにしたルイズが、整列している生徒達の列に入り込む。

 あの後、片付けようもなかった生徒達の私物は、教材用の物置や宝物庫に叩き込み、一応の体裁を整えられていた。モンモランシーなどは貴重なポーションの瓶が騒動のせいで割れてしまったと嘆いていたが、今はもうそれどころではない。

「来たぞ、姫様の馬車だ!」

 誰かがそう叫んで、一斉に生徒達に緊張が走った。

 馬のひづめの音がゆっくりと大きくなり、馬車のシルエットが陽光に反射して、豪奢なつくりを際立たせる。

 あの中に、姫様が……

 生徒達の思考はその一点にのみ集中され、もはや暑さなどを感じている者はいない。いやむしろ万一にも無礼があったらと冷や汗が出てくるほどだ。

 近づくにつれて、王女の馬車を護衛している兵士達の姿も明らかになってくる。前列と後列には、あの銃士隊ががっちりと睨みをきかせ、アニエスとミシェルの二人の姿も馬上に見え、顔見知りのギーシュ達はさらに緊張した。

 しかも、その上空には現トリステインに残る唯一の魔法衛士部隊であるグリフォン隊が広域に渡って地上を見下ろしている。まさにトリステインという国の威信を象徴する堂々たる行列である。

 やがて彼らの正面に馬車が止まり、衛士達と召使による仰々しい儀礼が済んだ後、呼び出しの衛士が高らかに王女の登場を告げた。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりーっ!!」

 そして、馬車からマザリーニ枢機卿に続いてアンリエッタ姫が降りてくると、生徒達から大きな歓声があがった。

 王女はにっこりと日輪のような笑顔を浮かべ、優雅に手を振って応えた後、歓迎に対する感謝の言葉を述べた。

「魔法学院の皆様、熱烈な歓迎に心からの感謝を申し上げます。昨今の緊張した情勢の中、この学院は幾度にも渡って敵の襲撃を受けましたが、独自の力で撃退したと聞きます。そのような勇敢な方々を、この期を利用して是非慰労したく、また将来のためにも未来のトリステインを担って立つ貴族達を立派に育てる学び舎を、この目で見ておきたいと思い、突然ですが今日はやってまいりました」

 先程より、さらに大きな歓声が王女の言葉に応えて沸き起こった。

 

 だが、それからの半日は生徒達にとって、もっとも長い一日となった。

 アンリエッタ王女の学院見学は生徒たちの想像以上に徹底していたのである。

 それは校舎の各教室を見て回るのは当然、生徒達の寮で学生がどんな生活をしているかを一部屋ごと見て回ったり、最後には厨房や使用人寮までやってきて、コック長のマルトーやシエスタをはじめとするメイド達は卒倒しそうになった。

「よく片付いている……と言いたいところですが、きれい過ぎますね。わたくしが来るからといって、慌てて掃除したのではなくって?」

「い、いえ……ご推察どうりです」

 コルベールは派手なかつらが落ちるのもかまわずに深々と頭を下げ。

「一年生の寮に比べて、三年生の寮のほうが汚れていますね。学年が上がったからといって気を抜いてはいけませんよ」

「はっはい! 以後気をつけます!!」

 三年生は全員揃って再掃除をすることになり。

「この部屋は香水のよい匂いがしますね。けど、最近ちまたでは禁制の惚れ薬なるものを甘い言葉で売買する不貞なやからがいるとのこと、決して誘惑に負けてはいけませんよ」

「も、ももも、もちろんですとも!!」

 モンモランシーは心臓が三つはつぶれそうになったり。

「何か、不当な待遇を受けたりしていることはないでしょうか? 貴族の中には平民を奴隷と混同する愚か者も多いので、わたくしも心を痛めていますが、何かありましたら遠慮なくおっしゃってください」

「めめめめめ、めっそうもありません!! 貴族の若達には、もうそりゃあよくしてもらっています。なあみんな」

「はは、はい。わたし達は毎日楽しく働かせていただいています」

 マルトーやシエスタ達使用人達は、整列しながら、姫様と直接話せるなどと一生に一度あるかないかという機会に、完全にパニクっている。

「……わたくしが王女だから、ほかの貴族の目があるからと、気を使ったり怯えたりすることはないのですよ。それでもというのなら、わたくしは今日ここに滞在しますから、わたくしの護衛の銃士隊の人達に手紙を託してくれたら、必ず目を通しましょう。字が書けない人は、同じく銃士隊の人に伝言を願えば、わたくしのところまで必ず届けさせます。彼女達はあなた達と同じ平民ですし、秘密はわたくしの名誉にかけて守ります。わたくしは明朝に出立します……では、夕食楽しみにしていますよ」

 カチコチになって、とても話のできる状況ではないマルトー達に向かって、王女は優雅に会釈すると、軽やかな足取りで立ち去っていった。

 その後、本当は貴族の子弟の横暴に辟易していたマルトー達が、これからどうすべきかと話し合い始めるのを横で見ながら、隠れて見守っていた才人はアンリエッタの才覚に感心していた。

「たいした王女様だな。俺の国の総理大臣にほしいくらいだぜ」

「俺も武器屋の片隅でうわさくらいは聞いていたが、ありゃ中々の逸材だな。少し前は世間知らずの箱入り娘なんて言われていたこともあったが、トリスタニアが焼けた後からはまるでうわさが変わったな」

「ん、どういうことだ?」

 背中のデルフも話に加わって、二人はアンリエッタの人となりについて話し始めた。

「要するに、最初のベロクロンの襲撃で国が滅茶苦茶にされて、いろいろあったってことだろ、それこそ人間として一皮剥けなきゃ勤まらないような過酷な政務をな。逃げ出しようもない逆境に直面させられたら、乗り越えるために人間は嫌でも成長するもんさ」

「なるほどね」

 昔のアンリエッタを知らない才人は、今のアンリエッタが見る限り非のつけようもない統治者だと思うしかなかった。この半日で学院の教師も生徒もたるんでいたところを見事にひっぱたかれたわけだ。しかも、使用人にまで配慮している。

 そうして、二人があれこれと話し合っていると、向こうでも話し合いがもつれていると見えて、シエスタが才人のところにやってきた。相談の内容は当然、たまってる不満を姫殿下に申し上げるべきかどうか? 賛成派はまたとない機会だといい、反対派は姫殿下に不快な思いをさせてはならないと、真っ二つに意見が割れて、まったく決まらないという。

「そういうことは、俺よりこいつが適任だな。なっ、デルフ」

「ちっ、面倒なことは人に押し付けやがって、まあお前の三百七十五倍も生きてるからな。んで、メイドの娘っ子、おめえはどうしたいんだ?」

「わ、わたしは……申し上げたいとは思っています。ミス・ヴァリエールやミス・ツェルプストー様達はよくしてくださいますけど、まだ大半の皆様は何かありますとすぐ杖を振り上げますし」

「なら訴え出ろ、貴族の子弟の横暴をなんとかしてくださいとな」

「で、でもそんな恐れ多い……」

「やれやれ、よーく考えてみろ。もし明日までに申し出がひとつもなかったら、待っていた姫さんはどう思うよ」

 それを聞いてシエスタははっとした。あの聡明な姫のことだ。使用人にまったく不満がないなどと信じている訳がない。

「それにな、恐らく姫さんはあんたらを試してるんだよ。勇気を出して自分のところに来るか? それとも怖がってこのまま泣き寝入りを続けるか? 虐げられているからって無条件では助けない、可愛い顔して中々厳しいねえ」

「姫様は、そこまでわたし達のことを思って……」

「もっと言えば、あの横暴なガキどもがそのまま大人になってみろ、お前らはさらに泣きを見るはめになるぞ。奴らの将来のためにも、どうすべきかはもう言わなくてもわかるだろ」

「……わかりました。ありがとうございます。デルフリンガーさん!」

 シエスタは才人の背中の剣に向かって、深々と会釈をして、まだ口論をしている仲間達の元へと駆けていった。

「やるじゃんお前」

「なんとかの甲より年の功ってやつだ。やれやれ、我ながらおせっかいなことだねえ」

 

 

 その後、アンリエッタは学院長室でオスマン、ロングビルらと会見し、教育がなってないと厳しく叱責していた。

 ちなみにアンリエッタは当年とって十七歳、地球とハルケギニアの暦の差を計算しても十八歳の少女が三百を超えている老人を叱り付けているというのはすごいもので、秘書のロングビルさえ教育不行き届きを指摘されて、かつてのフーケとは思えないほど冷や汗を流していた。

 なお、その後ろで常に無言のままアンリエッタの行動を見守っていたマザリーニが、生徒の成長を喜ぶ教師のような表情を一瞬覗かせたことに、目がいった者はいなかった。

 

 

 やがて夏の長い日も暮れて、生徒達は地獄のような一日からやっと解放された。そして夕食だけを掻きこむ様にとると、心身ともにぐったりした様子で、生まれて始めて自分で手入れしたベッドの上に転がり込んだ。

 ただし、そのころ食堂ではアンリエッタ主催で、ささやかな晩餐会が開かれていた。

 この席に招待されたのはルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュ、ギムリ達をはじめとする、かつて対メカギラス戦に参戦した経験のある者達、ようするにWEKCの面々で、そのときの礼もこめて会食の場を持ちたいとの、姫殿下のご意思とのことであった。ちなみに才人は一応の体裁を保って、部屋の隅で待機している。

 全員が集まったことを確認すると、アンリエッタは全員を見渡して会食のはじまりを宣言した。

「ここに集まってくれた皆さんは、学院でも特に勇猛で、怪獣の侵攻を、一度ならず中核となって撃退する原動力となったとか。そんな将来有望な方々と、是非一度語り合う場を持ちたいと思っておりました」

「は、はいっ! こ、光栄であります」

 にこやかに語るアンリエッタに、一応隊長役のギーシュがしどろもどろになりながら答えた。

 しかし、アンリエッタは真剣なようだが、どうやら王女まで伝わるまでに噂が化けてしまったらしい。まあ、トリステイン王宮でバム星人相手に奮闘したときは活躍と呼んでいいだろう。ただ、その後彼らの活躍といえば、パンドラたちが来たときは下手な攻撃で怒らせてしまったし、スチール星人とヒマラのときは皆を煽って悪ふざけをしたくらい。最初の印象がよほど強かったからだろうが、せっかく王女様が自分達のことを買ってくださるのだから、ここでへまをして心象を悪くするわけにはいかない。

「あ、あのの、わ、わたくしたち、は……国の役に、立つために、つつ、常に鍛錬ををを」

 なんとか存在をアピールしようとしているようだが、思いもかけないチャンスな上に、皆の目があるために、目立ちたがり屋のギーシュといえども舌がもつれて言葉になっていない。周りで見守っている少年達も、これはまずいと思い出して、レイナールがとっさに話題を変えた。

「と、ところで、姫様は今回のゲルマニアご訪問はいかがでしたか? 我が国のこれからを願う者として、他国の状況も把握しておきたいと思いますので」

「そうですね、ではそのことをお話しましょう。質問があればご自由にお願いします」

 ナイス! 少年達はレイナールのファインプレーに心の中で賞賛を送った。

 また、会談自体には興味を抱いていなかったキュルケとタバサも、この話には少なからぬ関心を示した。

「最近は、ゲルマニアでも怪獣の出現が頻繁に確認されています。いくつか例をあげますと、ゲルマニアの精錬工場地帯に、巨大な耳と翼を持った怪獣が出現してゲルマニア軍の攻撃をものともせずに暴れ、工場地帯が無人になりましたらやがてどこかに飛び立ったそうです。ほかにも、海に面した工場地帯の海中から海草を体に巻きつけたような怪獣が現れ、火のメイジと大量の火の秘薬を用いてなんとか焼き尽くして倒したということです」

 才人は、恐らく騒音怪獣ノイズラーと、ヘドロ怪獣ザザーンだと思った。ゲルマニアはほぼ中世ヨーロッパそのもののトリステインやガリアと違って、鉄や石炭を使った近代工業の基礎がある程度存在している。すなわち、公害も発生しているということで、それらの汚れた物質にヤプールのマイナスエネルギーが作用し、怪獣を呼び寄せたり誕生させたのだと推測できる。

「ゲルマニアでは、独力で怪獣を倒したのですか?」

「そう聞き及んでいます。かの国の軍事力はトリステインを大きく上回ります。ただしそれだけではなく、ある話では、平民出身の指揮官が率いる部隊が、人間をキノコ人間に変えてしまう巨大なキノコのような怪獣を、石炭と火薬の貯蔵してある倉庫街におびき寄せて、一挙に爆破して焼き尽くしたとのことです」

 これはキノコ怪獣マシュラと思って間違いないだろう。かつてはウルトラマンタロウのドライヤー光線で倒された怪獣であるとおり熱に弱いが、半端な火力ではミサイルでも跳ね返す。誰かは知らないけれど、そのゲルマニア軍の指揮官は、一個艦隊規模の火薬と石炭を一気に炸裂させたのだろう。

 この話に、生徒達の大部分は魔法を使わずに平民が小ざかしい手を使ったと思ったようだが、それだけの爆薬を集め、なおかつその損害を許容するゲルマニアの国力、そして平民の発案したその作戦を認可した軍の柔軟性は高く評価されるべきだろう。もっとも、それに気づけるか否かが、この二国を決定的に分ける理由なのだろうが。

「どんな方法であろうと、戦果をあげている以上それを認めるべきでしょう。それに、我が国は現在軍の再編の真っ最中ですが、決定的に指揮官となるメイジが足りません。貴方方も、いずれ平民の指揮官の命令に従って戦場に赴くことは覚悟していてください」

「姫殿下、それでは軍そのものの機構を変えるとおっしゃるのですか!?」

「ゲルマニアはそうして我が国より強くなっているのですよ。ほかにもこんな話を聞きました。ある山岳地帯に全身岩でできた怪獣が現れて騒ぎを起こしましたが、なんと現地の平民の少年がこれを倒し、その功でシュヴァリエに叙されて、一躍英雄となったりなどしています。ふふ、まるで貴方方のようですわね」

 これは岩石怪獣ゴルゴスだろう。ゴルゴスは特殊な生きている岩石が火山岩を寄せ集めてできた怪獣で、このコアの岩石を破壊すれば容易に倒せるため、怪獣頻出期の初期には警官のピストルで倒されている。

 生徒達は、王女がゲルマニアをモデルにした大規模な改革を考えていることを知った。むろん、保守派の貴族達からは反発が来るだろうが、皮肉にもそうした大貴族は、ベロクロンとの戦闘での戦死、またフーケの優先的な目標にされたことで、ホタルンガに大勢食い殺されたためにかなり減っていた。

 王女はそこで一旦話を区切った。しかし、トリステイン以外でもそれだけ怪獣が出ているとはと、生徒たちは噂には聞いていたが慄然とした。特にキュルケは自分の領地のことが話にあがらなかったことにほっとしていた。

「そういえば、ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世とはどんなお話を?」

 考えてみれば、それが訪問の目的であったはずだ。ゲルマニアの皇帝は、政権を得るために親族や政敵をことごとく塔に幽閉して、それで皇帝になったと後ろ指を差される人物ではあるけれど、少なくとも国政に失敗したり、国民が政策に不満を持ったりしているという話はされたことはない。人間性はともかく、政治家としては一級品であるということだろう。

「お話としては、対ヤプール戦の協力関係が大部分でしたわね。現在でこそ、撃退はできていますが、ヤプールもあきらめてはいない以上、いずれもっと強力な超獣を送り込んでくるでしょう。情報交換、軍の共同作戦、さすがに一筋縄ではいかない人でしたが、一応満足のいく結果を得られました。それから……対レコン・キスタ用の軍事同盟の話が出ましたが、今アルビオン王家は独力でレコン・キスタを撃破できそうな勢いですので、こちらはまあやんわりと。あとは、両国の友好のために、将来王家の親戚のだれかが、あちらに嫁ぐことになるでしょうと。もしレコン・キスタが優勢でしたら、同盟のためにわたくしがアルブレヒト三世に嫁ぐことになっていたかもしれませんわ」

 生徒達が一斉に安堵の空気が流れた。トリステインの象徴である可憐な姫様が、野蛮人の王に嫁ぐなど、いくら国のためでも考えたくもない。

 また、アンリエッタも、万一にもゲルマニアに嫁がなくても良くなったことを、将来アルブレヒト三世に嫁ぐことになる誰かには悪いことだが、運命に感謝していた。

 なぜなら、誰にも言ったことはないけれども、アンリエッタには幼いころからの思い人がアルビオンにいるからだ。かつて人目を避けてラグドリアン湖のほとりで密会し、将来の愛を誓い合ったその人のことを、彼女はかたときも忘れたことはなかった。

 レコン・キスタとの戦争が終われば、あの人と結ばれることも夢ではなくなる。誰にも見せない恋する少女の一面を心のうちに封印し、アンリエッタは生徒達との会食に意識を戻した。

 

 

 だが、そのころアルビオンではアンリエッタの想像をはるかに超えた、身の毛もよだつ恐ろしい事態が発生していたのだ。

 アルビオン北東部のある寒村。人の出入りもさしてなく、わずかな山菜を出荷して金子をかせぐ程度の本当に小さな村……そこは今、物音ひとつしない静寂に包まれていた。

 つい昨日まで畑を耕していた村人達は、今はわずかな布切れと、地面と家の壁にこびりついた赤い跡だけで、その存在の残りを主張するだけに成り果てていた。

 その犯人は、北の山からやってきた身長五メイルに及ぶ亜人、トロル鬼の一団である。殺戮と人肉を好む彼らは、その野蛮な欲望を満たすために、突然この村を襲って、住人をほんの数分で全滅させたのだ。

 しかし、今そのトロル鬼の一団もまた、わずかな肉片のみを残して地獄と呼ばれる異世界へとすでに旅立ってしまっていた。

 代わりに、今この場を支配しているのは五匹の異形の姿をした怪物、高次元捕食獣レッサーボガール。次元を割って移動する能力を持った宇宙生物の一種で、生き物であればなんでも餌とするこいつらは、腹を満たしたトロル鬼の一団に次元を破って突如として襲い掛かり、身長わずか二メートルとトロル鬼の半分以下の小ささながらも、GUYSのトライガーショットの攻撃も跳ね返す頑強さと、トロル鬼を上回る凶暴性と力で、またたくまに彼らが食い尽くした村人達同然に捕食してしまったのだ。

 そして惨劇から数時間が経過した今、食欲を満たして休息をとっていたレッサーボガール達は、新たにこの村にやってきた獲物の気配を感じて、その侵入者を群れをなして取り囲んでいた。

「この星の生物ではないな……餌を求めてやってきた、宇宙のハイエナどもか」

 その人物は、今にも飛び掛ってきそうなレッサーボガールの群れを見渡して、冷めた口調でつぶやいた。

 黒一色で統一された服は微動だにせず、端正な美貌に恐怖の色は微塵もない。

「帰れと言って聞き分ける知能もないようだな。この星の生態系に悪影響を及ぼす前に、消去させてもらおう」

 彼女は、それだけ言うと挑発するように手を振った。

 たちまち、激昂したレッサーボガールの一団は五匹同時に飛び掛ってくる。しかし、レッサーボガールどもの牙が彼女の身に触れようかと思われたそのとき、彼女の姿は瞬時にその場から掻き消えていた。

 危うく正面衝突しかけて慌てる五匹がとっさに上を向いた瞬間、直上からのキックが一匹の首のつけねに打ち込まれた。その一撃は人間によるものとは思えない重さを持って、レッサーボガールの強固な皮膚をものともせずに衝撃が内部に伝導、超合金並みの硬度を持つはずの首の骨を枯れ枝のようにへし折っていた。

「あと、四匹」

 感情の抑揚を感じさせない冷たい声が北風に流れていく。

 宇宙の秩序を守る者、ウルトラマンジャスティスことジュリの孤独な戦いが始まった。

 

 

 続く


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