第40話
タバサの冒険
タバサと神の鳥 (そのⅢ)
極悪ハンター宇宙人 ムザン星人
バリヤー怪獣 ガギ
古代暴獣 ゴルメデ
友好巨鳥 リドリアス 登場!
タバサ達は、翼人達の守っている地下洞穴の見学を終えて、再び地上へと上がってきた。
長い階段は、下りるには良かったが上がるには大変に体力を要求した。なにせ出口まで高さ八十メイルはある。東京タワーの展望台まで歩いて上がったようなものだが、外に出た瞬間息を切らせて飛んできた翼人の言葉が彼らに疲労に体を預ける贅沢を許さなかった。
「アイーシャ様、たった今人間どもの村を偵察に行っていた者から報告がありまして。突如地底から巨大な怪物が出現して村を破壊し、こちらのほうへ向かってきているとのことです!!」
「なんですって!!」
それは、今からおよそ一時間ほど前の出来事だった。
日が落ち、静けさに包まれたエギンハイム村を突如マグニチュード八クラスの巨大な地震が襲ったかと思うと、森の地下から鋭い角を生やした怪獣が現れ、村を容赦なく破壊し始めたのだ。
このとき、夕食時で気の緩んでいた村人は対処するのが遅れて、三件の家が住人ごと踏み潰されたが、ようやく非常事態に気づいた人々は悲鳴をあげて逃げ惑った。
「逃げろ!!」「村を捨ててどこへ行くんだ」「村といっしょに死のう」「馬鹿、怪物がいなくなるまで避難するんだ!!」
踏み潰されるよりはましだと、村人達は必死になって村の外へ続く街道へと殺到した。
けれど、出口にたどり着いた人々はそこから進むことができずに立ち往生してしまった。
「なんだ!? 先に進めない」「何してんだ、早く行け!!」「どうなってんだ……見えない壁がある」「そんな馬鹿な、これじゃ逃げられないじゃないか!?」
森の出口ですし詰めになる村人達へ向かって怪獣は地響きを立てながら向かってくる。
この怪獣の名は【バリヤー怪獣 ガギ】、名の通り自分のテリトリーを目に見えない強固なバリヤーで覆って、そこに閉じ込めた獲物を狙う宇宙怪獣の一種である。繁殖能力が強く、他にも時空間に生息したりと複数種が確認されている。
今回は、そのうちの一匹がチャリジャを介してムザン星人の下僕として出現したのだ。
ガギは、逃げられない村人達へ向かって両腕の触手を鞭のように振るって襲ってくる。台風に飛ばされた巨木に打ち据えられるようなもので、村人達は犠牲者を救い出すこともできずに今来た道を必死になって引き返し、その間にも多数の犠牲者を出しながら生き残った人々は、唯一バリヤーの開いていた翼人達の住む森の方向へと逃げていった。
その光景を、人間達が不審な行動をしないか見張りに来ていた翼人の一人が見て、急ぎ戻ってきたのだった。
「すでに長の命により、戦える者は全て戦支度を済ませ、里に到達する前に迎え撃つべく集結中です。アイーシャ様達女子供はいったん森の奥へ避難していただくようにとのことなので、お急ぎください」
その翼人はそう報告すると、自分も防衛線に加わるべく飛び去っていった。
アイーシャは突然のことが飲み込みきれずに唖然としていたが、いち早く我に返ったタバサとキュルケ、そして村が襲われていると聞かされたサムとヨシアは愕然として、いったいどういうことかと叫んだ。
「エギンハイム村が、俺達の村が怪物に襲われているだって!?」
「村の人達は、父さん達は無事なのかな!?」
二人は今すぐにでも村に戻りたいと焦ったが、落ち着いてくださいとアイーシャが止めた。今、村に戻るのは危険すぎます。村からここまではかなりの距離があって怪物もすぐには来ないでしょう、戦士達が怪物を抑えているうちに村に帰します。それまで落ち着いてくださいと訴えて、二人は焦りながらもようやく止まった。
「わかったよアイーシャ、心配かけてごめんよ。けど、なんでぼく達の村が怪獣なんかに?」
これまでも、村が野生の竜に襲われることはなくもなかったし、別の村ではミノタウロスが村人を生け贄として要求してきた事件もあったといい、ハルケギニアで村が怪物に襲われる例は決して少なくはない。だが、いざ襲われるとなぜ自分のところがと理不尽さを感じるものだ。
けれど、今回のものは野生の怪獣がいわば天災的に襲ってきたにしてはタイミングがよすぎる。タバサとキュルケの脳裏には、当然のようにあの森で戦った怪物の姿があった。
「きっと、森の怪物が呼び寄せた……正体を知られて、証人を一気に丸ごと消してしまおうと目論んでるのかも」
かつてバム星人がメカギラスを呼び寄せたように、あの怪物が使役している怪獣がいたとしてもおかしくない。
それにしても、平然と村を焼き払い、さらには翼人達まで始末しようとしてくるとは、奴には心というものがないのだろうか……
いや、むしろ奴はこの機に乗じてさらに大規模なハンティングを楽しもうとしているのかもしれない。
戦士達が集結している翼人の里の上空にあの円盤が現れ、そこからムザン星人が地上に降り立ち、目に付いたものや家々に光線を放って焼き払い始めたとき、惨劇は翼人達にも無情に降りかかってきたのだ。
「敵襲だぁーっ!!」
破壊と殺戮を欲しいままにする星人に、翼人の戦士達が立ち向かっていく。本来争いを好まぬ彼らだが、故郷を守るためならば勇敢な戦士となる。
だが土足で踏み込んできた侵入者を打ち払うべく、森の精霊の力を借りて立ち向かっていくものの、風の精霊の力を持ってしても星人の破壊光線は防ぎきれず、さらに翼人達より高く飛ぶ円盤の攻撃の攻撃により、次々犠牲が増えていっていた。
「くっ、化け物め……せめて、大いなる翼の眠る洞だけでも守らねば」
戦士達は集結し、大いなる翼の眠る里の中心の巨樹を守るべく陣を組む。対して、そうして死守の体勢に入った相手と正面からぶつかるのは必死の反撃を誘発して愚策である。これまで数々の宇宙人をハンティングしてきた歴戦の狩人であるムザン星人は、翼人達の意思の強さを悟り、円盤をコントロールして空の上から大樹に光線で火をかけさせた。
「ああっ!!」
松明のように瞬時に炎に包まれる大樹を見て、戦士達は愕然とした。住民はすでに里の裏手に避難しているから、あの中に取り残された者はいないはずだが、あの大樹の根元には大いなる翼の洞がある。大樹が焼け落ちれば、下の洞も崩れ落ちる。そうなれば先祖代々六千年にも渡って守り継がれてきた意志が消えてしまう。
超高温のレーザー光線で焼かれた大樹は見る見る炎に包まれていく。何人かが消せと叫んで向かっているが、先住魔法、精霊の力を持ってしてもできることとできないことがある。
「ファファファファファ……」
ムザン星人は燃え盛る森と翼人の醜態を笑い、さらに光線を放って命を摘み取り、破壊を意のままにしていく。
「森が……泣いている」
誰かが、燃え盛る里の風景を見てそうつぶやいた。燃え広がり、火の粉を散らしながらきしんで朽ちていく大樹の断末魔の叫びが、まるで泣いているかのようだった。
星人はさらに嘲りながら、向かってくる翼人を自身と円盤の光線で次々と始末していく。
このまま、翼人の里もエギンハイム村同様に残虐な侵略者に蹂躙されてしまうのだろうか……
だがそのとき、突如惨劇に包まれた森の中を、とてつもなく大きな鳥の声が駆け抜けた。
「今の、声は……?」
それは、シルフィードの鳴き声を何百倍にも強く、大きく、そして気高く昇華させたような。その魂に響き渡るかのような鳴き声に、翼人も、避難していたタバサ達も、そして星人さえも一瞬我を忘れて聞き入ってしまった。
今の声は……幻聴? いや、幻ではない……しかし、あんな強い鳴き声をあげられる鳥はハルケギニアには存在しない。いったい誰が……いや、それほどの力強さを持つ者がこの世にいるとしたら。
「大いなる、翼……?」
六千年間守り続け、一度も繭の中から答えなかった太古の守護者が、今?
けれど、一時の自失から回復した星人は、再び破壊と殺戮のゲームに狂奔しだした。
星人の光線になす術もなく倒されていく戦士達、引け!! 引け!! という声とともに飛び去ろうとする翼人達をあざ笑いながら、さらに破壊を欲しいままにするムザン星人。
やはり、あの鳴き声は幻であったのか……いや、森の空を越えて森のはるかかなたまで響き渡ったその声は、大地を揺るがす地響きとともに、地の底に眠れる者の目をも覚まさせていたのだ。
一方、巨樹に攻撃が加わる前にかろうじて離れていたタバサ達は、戦いの様子を見に行っていたシルフィードを迎えていた。
「きゅーい、お姉さまーっ!! あの怪物が、里の入り口で暴れてるの、翼人達が応戦してるけど、かなり分が悪そうなのね」
飛んできたシルフィードに言われるまでもなく、里の入り口のほうから戦塵と炎が上がり、大勢の翼人の叫び声が聞こえてくる。人間ならば数千の軍勢がなくては手が出せないような翼人の里へ、奴はたった一体で乗り込んで好き放題に暴れている。
「あの虫頭、まったくスマートさのかけらもないわね。とすると当然あたし達も消す気でしょうねえ。ちょうどいいわ、森での雪辱、早いとこ晴らさせてもらいましょうか」
杖を風を切るほど振りまわし、その身から炎が湧き出ているのではと錯覚しかねないくらい闘志を燃やしてキュルケが言うと、星人の恐ろしさを骨身に染みて知っているアイーシャが止めた。
「やめてください。あの怪物は、到底人間の敵う相手ではありません!!」
言外に逃げてくれと含めたその言葉には一切の他意はなく、キュルケは種族が違う自分達のために本気で心配してくれるアイーシャの優しさに感銘を受けたが、人懐っこくまるでピクニックにでも行くような気軽さで答えた。
「わたし達の友人にね。少し前に今のように無差別に人を殺す怪物がわたし達の街に現れたとき、たった剣一本で立ち向かっていってみんなを救おうとした人がいるの、魔法が使えないくせに本当に勇敢にね。しかも彼ったら、そんな大手柄を立てながら全部他人に譲っちゃったのよ。呆れた馬鹿でしょ、最近どうもね……そんなおバカな平民の彼に影響されちゃってるみたいでね」
軽く頭をかきながら、以前に銃士隊がツルク星人を倒したとき、銃士隊といっしょに奇妙な姿の平民の少年がいたという、そんな根拠のない、しかし心当たりだけはふんだんにある噂のことを彼女は言った。証拠はないが、火のないところに煙は立たない。そしてそんなことをするのはハルケギニア広しといえども一人しかいない。
さらに、避難しようとしていた戦えない翼人達が、里の反対側にできた見えない壁に押し返されて立ち往生していると報告が来て、アイーシャもヨシア達も愕然とした。ガギのバリヤーはエギンハイム村と翼人の里をそれぞれ端点とする巨大なドームとなって人々を内部に封じ込めてしまっていたのだ。これはガギのバリヤーでも超大型に当たる。
流石はチャリジャが探してきて売り渡した個体と褒めるべきか。とにもかくにもこれで逃げ道はなく、戦うしか生き延びる道はなくなったというわけだ。
「わかりました。わたしは戦えない人達を守らなければなりませんので、行かなければなりません。ヨシア、あなた達はわたしといっしょに来てください。人間の戦士の方……いえ、タバサさん、キュルケさん、貴女方に大いなる意思の助けがあらんことを」
信じる祈りの対象は違うけれども、心からの無事を願うアイーシャの祈りに、タバサとキュルケは素直に無言のままうなづいて答えた。
ほんの数時間前まで命のやりとりをしようとしていた者同士は、今真に戦うべき目的のために武器をとろうとしていた。
「けど貴族様、あの怪物とどうやって戦うんですか?」
ヨシアの不安ももっともだった。これまでも四人ものメイジを血祭りにあげ、翼人をもまったく苦にせず始末してしまったような相手にどうやって挑むというのだろうか。
「手の内が分かってれば、それに合わせて対抗策も出るわよ」
「しかし、あの空の上からの光線は……」
「ふーん、そこが問題なのよね」
正直、あの円盤に対抗する術はないものと思われた。地上で星人に意識を集中しようと思ったら、その隙に頭上から狙い撃ちにされて燃えカスに変えられてしまう。戦術としては単純だが、制空権を取られているということはそれだけで圧倒的なアドバンテージとなる。かつて不沈とうたわれた日本の超巨大戦艦『大和』も空中からの一方的な攻撃により撃沈されてしまっている。もっとも、その大和をミミー星人が改造して建造した軍艦ロボット『アイアンロックス』は対空砲火によって、当時の防衛チーム、ウルトラ警備隊の主力戦闘機ウルトラホーク3号を撃墜しているのは歴史の皮肉といっていいだろう。
すぐ思いつく対抗策としては、シルフィードでの空中戦に持ち込む手があるが、あの円盤は速度、機動性ともにシルフィードをもしのいでいる。先ほどのように森の中を逃げるだけならまだしも、空中戦をおこなって撃墜しようとするならどちらかで相手をしのぐか強力な武装がいる。彼女達はもちろん知らないことだが、地球の歴代防衛チームもテロチルスやバードンなど飛行能力を持った怪獣には苦戦を強いられている。けれど、歴代チームの中でもっとも多く宇宙人の円盤を撃墜したのは、先の前例のウルトラ警備隊なのだから得手不得手というものはあるものだ。
だが、タバサは懐の中の膨らみを確認すると、一つだけ奴を倒せるかもしれない可能性を見出していた。
「作戦を説明する」
短く言ったタバサの言葉に、キュルケは反論することなくうなづいた。この小さな友達の頭脳が自分のそれを、これまでの人生で読み漁った本の数に正しく比例していることを彼女は承知していたからだ。
だがそのころ、ムザン星人は翼人達の必死の防衛線を易々と突破し、彼らの種族が数千年かけて築き上げてきた大樹の街に火をかけて焼き払おうとしてきていた。
「フフフ……ファッファッファ!」
数いる凶悪宇宙人の中でも、特に悪魔の様だと言われるムザン星人は、森ごと自分の正体を知る者を根絶やしにしようと残忍な手段を当然のように実行してきた。
火を消せという声があちこちから上がるが、それも強くなりすぎる火勢には抗しきれずに、徐々に小さくなっていく。
けれど、そんな蛮行をいつまでも黙って受け続けるほど、人間のほうは聞き分けがよくない。火災の中から飛び出してきた炎弾がムザン星人に襲い掛かり、すんででかわした星人は、まだ敵が残っていることを知って、炎の中から飛翔した一頭の竜に光線を放った。
「ひゃあ、危なかったのね……ちょ、赤いの! もっとしっかり狙いなさいのね」
「うっさいわね、こんな遠くから撃ったらちょっと慣れた兵士程度でもかわせるわよ。それよりも、タバサが乗ってないからってあんまし無茶な飛び方するんじゃないわよ」
燃え盛る木々の赤い炎を背にして、キュルケだけを乗せたシルフィードが円盤と星人の同時攻撃をかわしながら、星人に立ち向かっていく。
しかし、最初からその旗色は明らかに悪かった。シルフィードは確かにすばやいが的としても大きい。森の木々がある程度楯になってくれるものの、キュルケが狙いやすいように直線飛行なんかしようものなら、あっという間に撃墜されてしまうに違いない。散発的な攻撃では、星人は避けるのには苦労せず、残った翼人の戦士達も、消火作業に忙殺され、さらに人間をわざわざ助けようという酔狂な者はいない。
が……正面攻撃でこの星人を倒せるなどと、脳みそに蜂蜜とシロップをかけているような作戦を提案するほどタバサは低脳ではない。戦場で目立つうまそうな獲物を見つけたとき、それには極辛の隠し味がついているものなのだ。
「囮も楽じゃないわね……ちょっとシルフィード、今当たりそうだったわよ。ちゃんと避けなさい」
そう、タバサの作戦はキュルケとシルフィードが囮となって星人の気を引き付けて、タバサが隠れて奇襲をかけるというものだった。それゆえに、なるたけ長い時間星人の注意を引き付けなければならない。
けれど、信頼するタバサの作戦だからと、妄信して安請け合いしちゃったかなと、ちょっとキュルケが自分のノリのよさを反省しながらシルフィードに毒づいたら、意外にもシルフィードも反撃してきた。
「お姉さまと違って重いから飛びにくいのね。ちょっとはやせるといいのね!!」
「い、今なんて言ったの!? こ、この、竜のくせに、竜のくせに!!」
女子にとって『重い』の一言がタブーなのはどこも違わない。普段の余裕はどこへやら、この顔をルイズが見たらさぞかし喜ぶだろう。
「ふふーんだ。人間ごときの美しさなんて、シルフィ達韻竜の足元にも及ばないのね。悔しかったらあいつに一発でも当ててみるといいのね」
「言ったわね!! このわたしを本気にさせたことを後悔するといいわ」
ついさっき話せることが分かったばかりだというのに、キュルケとシルフィードはぎゃあぎゃあと喚きながら戦闘と呼べるのだろうか、とにかく星人の目を引いていた。
空と地上からの挟み撃ちを、シルフィードは持てる感覚全てを駆使してかわし、キュルケはやぶさめのように腕を微妙に振るって星人を攻撃する。その連続攻撃に、さしもの星人もいらだちを見せてきた。
「ググ……ガギ、ナゼマダコナイ?」
星人は、もうかなりの時間が経ったというのにやってこないガギにも不信感を抱き始めていた。チャリジャがあのガギを売り渡したときに、奴は極上の個体でコントロールもすでにできていると太鼓判を押してきたはずだったのだが、まさか不良品をつかまされたのか?
だがそのころ、ガギもまたそれどころではない事態に巻き込まれていたのだ。
エギンハイム村からほんの数リーグも離れていない森の中で、ガギは突如地中から現れた怪獣との取っ組み合いに引きずり込まれていた。
「怪獣が、もう一匹現れた!?」
生き残った村人達は、震えながら二大怪獣の激突を見守っていた。
ガギの前に現れた新しい怪獣は、二本足で立って長い尾を持ち、前へ大きく突き出た頭頂部が特徴的ではあったが、全体的に恐竜型怪獣そのものの姿をしていた。こちらは、ガギのように鋭い角や鞭などは持っていないが、その太い腕から生み出される腕力はガギに劣らず、肉弾戦においてはガギを圧倒する勢いすら持っていた。
ガギが鞭のように振りかざす両腕の触手を、もう一匹の怪獣は厚い皮膚で受け止めて、体当たりを仕掛けてガギを跳ね飛ばす。
「なんで、なんで俺達の村に怪獣が二匹も現れるんだよ」
村人の一人が目に涙を浮かべながら、悔しそうにつぶやいた。彼らの手の中には村を逃げ出すときに持ち出してきた鎌や弓など農耕や狩猟用の武器が握られているけれども、身長五十メイルを超える怪獣相手には蟷螂の斧にも等しい。
しかし、彼らはまだ幸運なほうであったのだ。村を破壊した怪獣が森に逃れた村人達に襲いかかろうとしたとき、突如森全体にとてつもなく大きな鳥の声がしたかと思うと、応えるように土中から突如この怪獣が現れた。そして二匹はそのまま戦いをはじめたおかげで、彼らは踏みつぶされる危機から逃れられたのだから。
否、もしかすると本当にこの怪獣は彼らにとって救いの神であるのかもしれない。
いらだったガギが、その長い鞭を腹立ち紛れに村人達の方へと振り下ろしたとき、怪獣は自らその前に立ちはだかって、自分の体でその攻撃を受け止めたのだ。
「俺達を、怪獣が守ったのか?」
「あの怪獣は、まさか……」
村の長老である老婆が、記憶の井戸の底の底から一粒の砂金を見つけたかのように、ぽつりとつぶやいた。
「ばあさん、あんた何か知ってるのか?」
「あたしの子供のころ、あたしのばあさんが語ってくれた昔話……森のどこかには、守り神の竜が住んでいて、いつでも村を見守っていてくれてるんだと、作り話だとばかり思ってたんだけど……確か名前は……ゴルメデ」
長い眠りから友の呼び声によって目覚め、森の闇に雄雄しい遠吠えがこだました。
一方、ガギがゴルメデに足止めされて星人の加勢に来れないでいることは、当然タバサ達には千載一遇のチャンスとなっていた。状況が思い通りにいかないムザン星人は集中力を乱しはじめ、攻撃が荒くなっていくのが肌で感じられる。
そして、いらだった星人が完全にシルフィードに意識を集中させたと見えたとき、キュルケは叫んだ。
「タバサ、今よ!!」
そのとき、星人の背後の土中から全身を泥まみれにしたタバサが飛び出してきた。
風の魔法を使えば軟らかい森の土を掘り返して穴を掘ることはさして難しくない。すぐさま狙いを定めたタバサは星人に向かって杖を構えた。使う呪文は強力な雷撃の攻撃魔法、『ライトニング・クラウド』、彼女の使える中でも威力、有効範囲ともに最高クラス、これが当たれば巨象とてショック死するほどの威力がある。
だが、この作戦は完全に星人に読まれていた。虚をついたと思っていたはずの星人の首がぐるりと反転して、昆虫のような目がタバサを見据える。
歴戦のハンターである星人は、目の前にいる敵のうち、先程戦った者が一匹欠けていることにすぐさま気づき、不意打ちに備えるばかりか自ら隙を見せて誘いをかけていたのだ。
「ファファファ!」
あざ笑う星人の顔と、驚愕するタバサの視線が重なり合う。どうしてもタバサの詠唱が完成するより星人の攻撃のほうが早い。
次の瞬間、タバサの全身を炎が包んだ。
「タバサ!!」
「ファーッファッファッファッファ!!」
キュルケの叫びと、星人の勝利の笑い声がこだまする。
だが、そのまた次の瞬間、勝利の女神はコインを裏返した。
『ジャベリン!!』
高らかに笑っていた星人の胸に、巨大な氷の槍が突き刺さる。
星人は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。槍が飛んできた方向は、たった今殺したばかりの下等生物が一匹いただけのはず、もう一匹いたのか、ならばなぜ気づけなかった?
彼はそこまで考え、胸に刺さった槍を抜こうと手をかけたとき、全身を燃やして死に逝くはずの相手の体が急速に縮んでちっぽけな人形になり、その後ろからまったく同じ姿の敵が現れて、自分がとんでもないトリックにはめられてしまったことを悟った。
「やったあ!! さっすがあたしのタバサ」
「誰があんたのなのね、お姉さまはシルフィのお姉さまなのね。けれど、あの馬鹿王女のプレゼントも役に立つこともあるもんなのね!!」
空の上からキュルケとシルフィードの歓声が響く。
タバサは、陽動作戦が恐らくは見抜かれるであろうことを見越して、出立前にイザベラから譲られた、使用者とまったく同じ姿形になる古代の魔法人形、スキルニルを盾代わりにした二段構えの作戦を立てていたのだ。
これには、鍛え上げられた感覚を持つムザン星人といえども、同じ気配の同一人物と見てしまって判断を誤ってしまった。さしもの悪魔的能力を誇る異星人も、小さな少女の知恵と、魔法文明が生み出したちっぽけな人形の威力の前に見事に足を掬われたのだった。
「ようし、とどめよ!!」
深手を負わされた星人は、もはや光線で反撃する余力はなく、円盤も星人の負傷とともに軌道がおかしくなってきている。やるなら今しかない、タバサは今度こそ『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。
だが、詠唱が完了する寸前に、ジャベリンを引き抜いた星人に円盤から青白い光が照射されたかと思うと、星人の姿が円盤の中に吸い込まれ、円盤はよろめくようにしてエギンハイム村の方向へ飛んでいき始めたのだ。
「逃げる気!?」
せっかくここまで来て、むざむざと逃がしてたまるものか、殺された大勢の人々のためにも、あいつは逃がすわけにはいかない。けれど、円盤の飛行速度はシルフィードのそれを軽く超えている。伊達に宇宙船ではない。
このまま逃がせば、奴は傷を癒して今度こそ万全の態勢を整え、怪獣をも率いて攻めてくるだろう。そうなればもはや勝ち目はどこにもない。
「きゅい……シルフィも、お姉さまも頑張ったのに……」
シルフィードが悲しげな声を漏らし、絶望が彼女の心を閉ざしかけたとき。
"あきらめないで"
「きゅい、だ、誰なのね!?」
突然頭の中に話しかけてきた聞きなれない声に、シルフィードは驚いて周りを見渡したが、そこには背に乗っているキュルケしかいない。
"最後まであきらめなければ、きっと奇跡だって起きる"
「誰なのね、シルフィに話しかけるのは誰なのね!?」
「シルフィード、あんたさっきから誰と話してるの?」
それは、韻竜であるシルフィードにのみ聞こえる声だった。
そして、その声はとまどうシルフィードに向かって、こう言った。
"みんながあきらめなければ、ぼくもまた飛べる"
そのとき、翼人達の守り続けてきた大樹が遂に轟音を上げて崩れ落ち、その下に隠されていた地下空洞を白日の元にさらけ出した。
そして、そこで守られ続けてきた巨大な繭の表面に、内側から破かれるかのように裂け目が入り、卵が割れるように砕け散った。
その中から現れた者こそ、大樹が燃える熱によって六千年の眠りから覚醒した大いなる翼持つ者。彼は、遂にその背に生やした翼を広げて大空へと飛び立った!
「あれは!?」
「大いなる、翼……リドリアス」
真っ赤なとさかを持ち、背中に世界を駆け巡る翼を生やした巨大な鳥、その者の姿に、アイーシャ達翼人達は、守り続けてきた伝説が蘇ったことを知った。
かつて、世界を救った勇者とともにあった翼。はるか遠い星でも、同じ種族が平和のために空を舞った、守るべき者のためにはどんな危険もいとわない勇敢な、そして優しい者。
彼が、円盤を追って飛び立ったとき、アイーシャは生き残った戦士達を見渡して言った。
「みんな……私たちも行きましょう」
「しかし、精霊の力を争いに自ら使うのは……」
戦いに向かうのだと思った翼人達は躊躇した。里を守るために戦うのはやむを得ないが、相手が逃げた以上追ってまで戦う必要はない。人間とは違い、専守防衛に徹するのが彼らの考えだった。
「いいえ、大いなる翼が飛び立った以上、私達は彼が何のために飛び立ったのか、それを見届ける義務があります。それに、伝え聞くところによると今この世界を狙う闇の者達の侵略、そして大いなる翼の復活は、この世界を再び大災厄が焼き尽くす前兆かもしれません」
大災厄、その単語を聞いて翼人達の間に動揺が走った。
六千年前、恐るべき力を持つ悪魔達によって世界が焼き尽くされた暗黒の時代、それが再びやってくるというのか……
「私達がこれから何をなすべきなのか、その答えがそこにあるかもしれません。それを見極め、私達の氏族はいずれ来る新たな災厄に備えるために、これまで彼を守り続けてきたのではないですか? 行きましょう、きっと彼はそのために飛び立ったのです」
「はいっ!!」
戦士達の叫び声があがる。六千年、大いなる翼を守り続けてきたのは、ただこの日のため。
そして、いっしょに見守っていたヨシアとサムも、彼らに同行することを望んだ。
「アイーシャ、ぼく達も連れて行ってくれ。何の役にも立たないかもしれないけど、ぼく達の村はぼく達で守りたいんだ」
「俺も、恥をしのんで頼む。村長の息子って義務もある。だが、どんなにちっぽけで貧しくても、生まれ育った村なんだ。何もせず、黙っているなんてできねえ」
「わかりました。誰か、お二人を運んでください」
二人をたくましい体格をした翼人が持ち上げて、翼人達は一斉に夜空へと飛び立った。
「タバサ!!」
地上に下りてタバサをその背に乗せたシルフィードも、翼人達とともに星人の円盤を目指して飛び立つ。
そんななか、飛びながらシルフィードは背に乗せた二人にさっき聞いた声のことを語った。
「お姉さま……シルフィ、あのでっかい鳥の声を聞いたの、あきらめるなって、みんながあきらめなければ、自分もみんなを守るために戦えるって……」
タバサは何も言わずに、胸に抱いた杖に力を込めた。
もとより、どんな状況になってもあきらめるつもりはない。しかし、自分ひとりだけで戦い続けても、あの凶悪な星人や怪獣には勝てないだろう。翼人も人間も、全ての力を一丸とする。そんなことができるのだろうか?
やがて、目の前にエギンハイム村の燃える炎、そしてその赤い光を背にして戦う二匹の怪獣と、一匹の怪獣を光線で援護する円盤が見えてきた。
「あれは……地に眠る竜……ゴルメデ!?」
ガギと戦うゴルメデの姿を見て、翼人達は伝承の全てが現在に蘇り、そしてこの世界に本当に危機が訪れていることを確信した。
しかし、ゴルメデはガギと戦いながらも星人の円盤からの攻撃に悩まされている。
だがそこへ、上空から急降下してきたリドリアスの体当たりが円盤に炸裂した。皿が割れるように真っ二つになり、円盤は森の中へと落ちていく。
湧き上がる歓声。けれども、勝利の時はまだ早すぎた。
墜落した円盤が火を噴いたかと思われた瞬間、森の中にまるで怪獣のような姿になって巨大化したムザン星人が立ち上がったのだ。
続く