ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第4話  奪われた『破壊の光』

 第4話

 奪われた『破壊の光』

 

 大蛍超獣ホタルンガ 登場!

 

 

「それで、君達三人がその現場を目撃したというのだね」

 破壊され、内部を荒らされた宝物庫に学院長オールド・オスマン、教師のコルベール、ルイズ、タバサ、キュルケの三人プラス才人が集まっていた。

「はい、フーケはゴーレムを使って宝物庫を破壊しようとしていましたので、わたしとタバサはそれを止めようとしました。恥ずかしながら……返り討ちにあって危ないところでしたけど、間一髪ウルトラマンAが現れて助けてくれましたの」

「その後はわたしたちも見ていました。フーケはエースを見るや、ゴーレムを別の怪物に変えてエースと戦わせました。ですがフーケは怪物で宝物庫を破壊すると、怪物を解体して時間を稼いでいるうちに『破壊の光』を盗み去ってしまいました」

 キュルケとルイズが先程まで学院の中庭で起きていた戦いの顛末をそれぞれ説明した。

 なお、フーケの作り出したアングロスが才人の世界の怪獣で、恐らくヤプールがからんでいるであろうことは伏せていた。

 言っても信じてもらえないだろうし、そこから怪しまれてふたりの正体がばれても一大事である。

「概要は分かった。土くれのフーケ、手だれとは聞いていたがウルトラマンをも出し抜くとは……しかし、ほかの宝物ならともかく、よりによって『破壊の光』を盗んでいくとはな……」

 オスマンは、壁の書置きと破壊された壁を見て苦々しげにつぶやいた。

「それで、学院長、『破壊の光』とは一体なんなのですか? 私も一度も見たことがないのですが」

 話を聞いていたコルベールが興味を抑えられずにオスマンに聞いた。

 『破壊の光』、それはコルベールが学院に赴任する以前より魔法学院に保管されている門外不出の代物であったが、普段はトランクほどの頑丈なケースに収められていて誰も実物を見た者はいなかった。

 オスマンは少し考え込むと、昔を懐かしむようにしみじみと語りだした。

「わしが昔とある人物から譲り受けたものなのじゃが、そこからほとばしる光はワイバーンを一撃で倒すほどの威力を持っていた。本当の名前も、どうやって作られたのかも分からないが、万一悪用されては危険すぎる代物ゆえ、『破壊の光』と名づけて厳重に保管しておいたのじゃ」

「では、フーケはそれを利用しようと? そんなものが盗賊の手にわたっては大変なことに!!」

「いや、しばらくは大丈夫じゃろう。あのケースは元々頑丈な上にわしが固定化を入念にかけてある。スクウェアクラスの錬金や、たとえゴーレムで踏みつけても壊れはしない。鍵はわしが肌身離さず持っておるしな。ただし、時間をかければ話は別じゃが……」

 部屋を陰鬱な空気が包んだ。

 要するに、とんでもない爆弾を持ち去られてしまったようなものだ。しかしフーケの所在が分からない以上、手の打ち様がない。

 この学院のまわりは手つかずの自然で包まれており、危険な魔物や動物を別にすれば隠れる場所はいくらでもある。

 と、そのとき壊れた壁から一匹の鳩が飛び込んできてオスマンの肩に止まり、足につけていた紙切れを残して土くれに変わった。

「これは……フーケからの手紙? なんて書いてあるんですか?」

「うむ……『『破壊の光』の鍵、持ちて地図の場所まで来るべし。なお、夜明けまでに現れない。もしくは小細工をろうしたる場合は、魔法学院の名声は地に落ち、ならびにトリステインにとって非常に不幸な結果になることを想像されたし。土くれのフーケ』」

 手紙には学院周辺の簡単な地図が書かれ、北東の森の中に×印がつけられていた。

 どうやらフーケはそこまで気の長い性格ではないのか、もしくは何か急をようする事態があるらしかった。

「なめられてますな。すぐに王室に連絡して衛士隊に応援を……」

「ばかもの、連絡をしているうちに夜が明けてしまう。ここから地図の場所まではおよそ四時間ほど、夜明けまではあと五時間しかない。第一、これは我ら学院の問題、我らで解決するのが筋というもの」

 それを聞いてコルベールは目を丸くした。

「では、我らだけで奪還すると? しかし誰が!?」

 だが、コルベールは一瞬後にさらに目を丸くすることになった。

 なんとキュルケ、タバサ、それにルイズの三人が同時に杖を高く掲げて捜索隊に立候補していたのだ。

「き、君達!?」

「フーケには借りがありますわ、ここでおめおめ引き下がったらツェルプストー家の恥。手の内が分かった以上、同じ手は二度と食いませんわ」

「……右に同じ」

 キュルケとタバサは雪辱に燃えている。ふたりがかりで惨敗したことがよほどの屈辱だったのは想像にかたくない。

「フーケの犯行を阻止できなかったのはわたしの責任でもあります。貴族の誇りをあの盗賊めに知らしめてやります」

 ルイズの目にも、眼前で盗まれた上に逃げおおされた屈辱がありありとある。

 オスマンとコルベールは止めても無駄だということを悟った。

「わかった。ではすぐに出発したまえ、夜明けまでには時間が無い。『破壊の光』必ず奪還してくれよ」

 三人は「杖にかけて!」と同時に唱和した。

 

 ルイズ達は馬車を用意している暇が無かったので、そのまま馬にまたがって出発した。

 オスマンはコルベールといっしょに学院長室から遠ざかっていく馬を見つめていたが、やがてその姿が砂粒ほどに小さくなるとコルベールにおもむろに言った。

「さて、わしらも行くとするか」

「えっ!? い、今なんと?」

 コルベールはオスマンの言う意味を理解できずに、思わず間抜けな返事をするにとどまった。

 学院長は貴族としてミス・ヴァリエール達に『破壊の光』の奪還を指名したはずだ。ここで手を貸したりすれば彼女達の誇りを傷つけることになる、これは授業ではないのだぞ。

 コルベールはついに学院長はボケたのかとまで思ったが、オスマンの顔はあくまで真剣であった。

「君は子供達だけでヤプールと戦わせる気かね?」

「……な、なんですって!?」

 想像だにしなかった答えにコルベールは愕然とした。

 今我々は土くれのフーケを追っているはずだ、なぜここでヤプールの話が出てくるのだ。

「わしは直接見てはおらんが、騒ぎはわしのモートソグニルが見ておった。途中からじゃがな、フーケはゴーレムを巨大な怪物に変化させおった。しかもウルトラマンと互角に戦えるほどの強さを持ったやつにな。あんな魔法は少なくとも人間には不可能じゃ、しかもこのところのフーケの豹変と人間離れした事件の数々」

「それが、ヤプールがフーケに何かしたせいだと言うのですか?」

 メイジは使い魔と感覚を共有できる。ルイズたちは気づいていなかったが、オスマンは間接的にあの戦いを見ていたのだった。

 だが、あまりに飛躍した考えに、コルベールには到底納得できなかった。

「物的証拠は無い。しかし今人間をそこまで悪魔的な存在に変えられるとしたらヤプールくらいしか考えられん」

「そんな、まさか……」

「まさかと言うが、もしフーケが人間を超えた力を得ていたとしたら、この先どうなるか想像してみたまえ」

 オスマンの問いかけにコルベールは口ごもるしか無かった。

 ウルトラマンと互角に戦えるほどの相手に挑めば、結果は考えるまでもなく皆殺ししかない。

 ガンダールヴの力に期待するという考えも一瞬浮かんだが、万一ヤプールが絡んでいたら超獣が現れる可能性が大だ。勝ち目は皆無に等しい。

「もしフーケがただのトライアングルクラスなら彼女達だけでも対処は可能じゃろう。そのときは我らはただ見守っておればよい。しかし、もしそうでなければ、彼女達はまだ誇りより命を大事にすべき年頃じゃ、死ぬのは年寄りからと思わんかね?」

「わかりました。まあ、何も無ければそのまま帰ってくればよいだけですしね。及ばずながらお手伝いいたします」

 コルベールが理解してくれたおかげで、ようやくオスマンも相貌を崩した。

「よし、そうとなれば急いであとを追うぞ。ミス・ロングビル、留守を……ミス・ロングビル、おかしいな、こんなときに現れないような人ではないのじゃが?」

 オスマンは、留守を任そうと秘書のミス・ロングビルの姿を探したが、いつもならそこにいるはずの端正な姿が無くて怪訝な顔をした。

「夜逃げしたのでは?」

「馬鹿言いたまえ! 自慢じゃないがこんないい職場はトリステイン中探しても無いぞ。それに給料日は来週なのにその前に逃げてどうする?」

 自分が女なら三日で辞表を出しますよと、コルベールは言いたいのを我慢した。

 オスマン学院長のセクハラ癖は学院にいる者で知らない者はいない。

 そして秘書としてもっとも近くにいるミス・ロングビルが最大の被害者となっているのも自明の理で、コルベールはつねづね彼女の境遇に同情していたのだった。

「はぁ、それはともかく急がなくては追いつけなくなりますよ。駿馬はまだありますから早く行きましょう」

 

 それから早くも三時間が過ぎ、ルイズたちはうっそうとした森の中を走っていた。

 もちろんその後ろからサイレントの魔法で足音を消したオスマンとコルベールがあとをつけていたが、彼女達には知るよしも無い。

「いてて、やれやれいいかげんケツが痛くなってきやがった。車と違って馬ってやつはどうしてこう」

「馬車を用意している暇が無かったんだからしょうがないでしょう。本来ならあんたなんか馬どころか歩いてついて来るのが筋ってものよ、犬のくせに」

 馬に乗れない才人はルイズと同乗していた。はたから見ればうらやましい状況に見えなくも無いが、本人達にそんな気持ちは微塵も無かった。

 いつ敵の奇襲があるかもしれない状況だというのに、ルイズと才人は例によって埒も無い言い合いをしている。

 いや、才人の背中のデルフリンガーも合わせれば3人乗りかもしれないが、やがてふたりの言い合いが一段落したころ、それまで黙っていたデルフリンガーが突然ふたりに話しかけてきた。

「なあ、相棒。それに娘っ子」

 なんだ、と、なによのふたつの声が同時に答える。

「おめえら、ウルトラマンAだろ?」

 ふたりの心臓がいきなり人間に出しうる最大の心拍数まで上昇した。

 否定する言葉を出すべきなのだろうが、頭が茹で上がり、口は鯉のようにパクパクするだけで声が出てこない。

 そして、それはふたりの意思とは真逆に肯定の意味をなにより雄弁にデルフリンガーに与えることになった。

「ふーん、やっぱりな。最初から妙なふたりだとは思っていたが、さすがにそこまでとは思わなかったぜ」

「い、いつ気づいた?」

「阿呆、さっきウルトラマンAが現れたとき、俺を背中に背負ってたのはどこの誰だ? その後しっかり回収しておいて、鞘の中だから気づかれないとでも思ったか?」

 才人は、このときほど自分の楽天主義を後悔したことは無かった。正体がばれたというよりも、まだ顔は見えないが、とてつもない殺気を放ってくる鬼に。

「心配するな、誰にも言いやしねえよ。言っても誰も信じねえだろうしな。しかしそれにしても、お前らいったい何者だい?」

 ふたりは、観念してデルフにこれまでのことを説明しだした。幸いキュルケとタバサは少し前を走っており、小声で話せばひづめの音にかき消されて聞かれる心配はない。

 召喚の際のことから、一度死んでエースに命を救われ、エースと同化したこと、その代わりにヤプールと戦うことを承諾したことなど。

「ふーん、なるほど。違う世界の戦いねえ、おめえらの十倍以上はゆうに生きてるが、長生きはするもんだねぇ。まあ、超獣が出てきたとしたら俺は役に立たないだろうし、踏み潰さないように隅っこに置いてから変身してくれよな」

 ルイズと才人は、ようやく安心して息をついた。

 考えてみれば、ずっと身に着けて歩く以上デルフに正体がばれるのは時間の問題でしかない。

 ふたりともあの武器屋のときにそれに気づくべきだったと思ったが、すでに後の祭り。

 当のデルフは才人の背中でカタカタと音を立てて笑っていた。

(やれやれ……だが、さっきの戦いのときにエースが太刀筋を乱したのは、まさかとは思うけど……)

 才人はふいに思いついた仮説に、思わず自分の左手のルーンを見ていた。

 

 やがて、急に森が開けた。

 学院の中庭ほどの広さの空き地の中に小さな掘っ立て小屋がある。地図の場所はここだ。

「ついたみたいね。しかしまあ待ち伏せには打って付けの場所ねぇ、フーケさんお待ちかねかしら」

 そのとき、小屋の扉がさびた音を立てて開き、中から黒いローブと仮面で姿を隠した人物が現れた。

 彼女たちとの距離はおよそ三十メイルほど。

「あんたが土くれのフーケかしら!?」

「ああ……」

 ルイズの問いかけにフーケは短く答えた。感情も何も無い機械的な声だった。

 鍵は? というフーケの問いにルイズは金色の鍵を示して見せた。ここで鍵を持ってきていないことが知れたら逃げられてしまう可能性が大だからだ。

 だが、これは取引ではない。

 ルイズ達にとってはフーケを捕まえることができる唯一のチャンス、フーケはそれを見越してわざわざ自分の居場所をさらした、いわば駆け引きだ。

 さらに、彼女達のプライドの高さからして偽物を持ってくるような小細工をするような確率は低く、合わせて制限時間をもうけることで判断の時間を奪うことまで考えに入れている。

 勝負は、鍵をフーケが手に入れ、逃げおおせるか否かにかかっている。

「投げろ」

「わかったわよ、ほら!!」

 ルイズは鍵を放り投げた。

 フーケの視線が一瞬、鍵に集中する。四人は一斉に駆け出した。

「行くぞデルフ!!」

「あいよ相棒!!」

 まずはデルフリンガーを抜いて身軽になった才人が正面から先陣を切った。

 投げられた鍵を追い抜くほどの勢いにフーケは一瞬たじろいだが、すぐに正面に高さ三メイルはある土の壁を作り出して防御した。

 だが、正面からの攻撃は果たして囮である。

「『ファイヤーボール』!!」

「『ウィンディ・アイシクル』」

 キュルケとタバサの得意の攻撃呪文が左右から同時に襲う。

 しかしこれも土の壁で防御されてしまった。

 この壁を超えるにしても迂回するにしても五、六秒はかかるし、飛んで超えるにしても飛びながら魔法は使えない。

 フーケは勝利を確信して鍵に手を伸ばしたが。

「『錬金!!』」

 突然鍵がフーケの眼前で爆発を起こした。

 爆発の閃光と轟音に視覚と聴覚を奪われたフーケはたじろぐ。

「今よ!!」

 なんと、真正面の土壁からルイズを抱えた才人が飛び出してきた。先の爆発はルイズが鍵に錬金をかけたせいだ。

 実は最初の囮こそが本命だったのだ。才人の身体能力とルイズの存在を計算に入れていなかったのがフーケの敗因である。

「うぉぉっ!!」

 右手にルイズを抱えて、左手にデルフリンガーをかざした才人は動けないフーケに切りかかる。

 だが、そのときフーケのそばにあのときの小さな光が現れた。

「見るな!!」

 ふたりはとっさに目をつぶった。

 同時にフーケの姿も見えなくなるが、あとは勘を信じるしかない。

 デルフリンガーを峰に反すと才人は思いっきり振り下ろした。手ごたえあり。

 

「……やったの?」

 地面に横たわったフーケの周りに皆が集まってくる。頭部を強打されたフーケは身動きしない。

「いや、殺してはいない。と思うが」

 才人は不安げに言ったが、耳を澄ますとフーケの息遣いが聞こえてきたのでほっとした。

「なあ、それよりもそれは?」

 フーケのそばには、あの小さな光を入れた籠のようなものがまだ残っている。

 タバサが杖の先にそれを引っ掛けて持ち上げると、それの正体がわかった。

 それは臀部を緑色に光らせた小さな虫、蛍であった。

 ただし、普通の蛍と違って全身がささくれ立っていて気味が悪いことこの上ない。

「恐らく魔法生物の一種ね。そいつの光で人間を動けなくして餌食にしていたのね」

 キュルケが吐き捨てるように言った。種が分かればなんということはない。

「ねえ、そんなことよりフーケでしょう」

「あ、ええ、そうね」

 ルイズに言われてキュルケも意識をフーケに戻した。

 まだフーケの素顔は仮面に隠れて分からない。

 誰にも知られていない怪盗の素顔をこれから暴いてやろうとして、彼女たちの心音は自然に高鳴っていった。

 だが、その仮面を外したとき、期待は驚愕に変わった。

「なっ!?」

「こ、この人は!?」

「……!」

「ミ、ミス・ロングビル!?」

 あまりに意外な事実に、彼らは皆立ち尽くすしかなかった。

 

 だが、暗い森の奥からその一部始終を見守っていた者がまだいたのである。

「やれやれ、見破られてしまったか。これではもう使えんな。仕方ない、ホタルンガよ、巨大化して暴れろ!! 皆まとめて踏み潰してしまえい!!」

 

 呆然としている皆の目の前で、突然あの蛍が強く輝きだした。

「えっ、な、なに!?」

「まずい、捨てろ!!」

 才人の叫びにタバサは籠を思い切り魔法で吹き飛ばした。

 地面に落ちた籠は砕け、中から蛍が飛び出して、みるみるうちに巨大化していく。

 やがて、昆虫の姿ながら二足歩行に、緑色に爛々と光る目、尻尾の付け根に巨大な緑色の発光体を持つ超獣へと変化した。

「大蛍超獣ホタルンガ……って逃げろーっ!!」

 かん高い鳴き声を上げて向かってくるホタルンガから才人は全員を抱えて全速力で逃げ出した。

 途中でルイズやキュルケが何か言っているが、聞いている暇は無い。

 だが、ルイズはなおも暴れていた。

「この、サイト離しなさいよ! あいつはわたしが倒してやるんだから!」

「馬鹿か! 超獣がどれほど強いかお前だって知ってるだろう、軍隊でも敵わないやつにお前ひとりでなにができる」

 才人は、あれだけ見てきてまだ超獣の怖さを理解していないのかとルイズを怒鳴りつけた。

「やってみなきゃわからないじゃない! 相手がどんなに強大だろうと、敵に後ろを見せない者を貴族と言うのよ!!」

「逃げても恥にならない相手っていうのもいるんだよ!! お前のは勇気でもなんでもない、犬死にの蛮勇って言うんだ」

 才人にも、それなりに付き合っているだけあって、誇りを何より重んじるルイズの気持ちは少しは分からなくもない。

 しかし、それでも何の策も無く超獣に挑むような自殺行為を黙認することはできなかった。

 目の前の森に飛び込めば身を隠す場所もあるだろう、才人は必死で走った。

 だが、タバサが杖で無言のまま才人の足を引っ掛けたので彼は盛大に転んでしまった。

「いってえ!! な、なにするん……!?」

 怒鳴ろうとした才人の頭上を白い煙が猛烈な勢いで通り過ぎていった。

 煙は、ホタルンガの頭から噴射され、才人が逃げ込もうとしていた森の一角を包み込むと、一瞬のうちに草木はボロボロに腐り果て、森が消滅してしまった。

 彼らは瞬時に理解した。こいつだ、こいつが人間を溶かして喰っていたのだ。

「サ、サンキュー、タバサ」

 もしタバサが足払いをかけてくれていなかったらもろに直撃されていただろう。

 彼女は、それよりも逃げたほうがいいと、短く言っただけだったが、一応謝意は通じたようだった。

 だが、どうも走ったくらいで逃げられる相手ではなさそうだ。

 しかし、ホタルンガがもう一度溶解霧の発射口を彼らに向けようとしたとき、突然ホタルンガの左側面からキュルケのものより数段大きい火炎弾がホタルンガに命中して、炎で全身を包み込んだ。

「今のうちです!! 早く逃げなさい!!」

「オスマン学院長、それにミスタ・コルベール!?」

 思わぬところからの援軍だった。ホタルンガは炎を振り払うと怒りを込めてふたりのほうへ向かっていく。

 超獣の注意が自分達から逸れたことを確認すると、タバサは短く口笛を吹いた。

 空からタバサの風竜シルフィードがやってきて目の前に着地する。

「乗って」

 まずタバサが、続けてキュルケが乗り込む。

 才人は、ルイズを抱えたままシルフィードに乗り込もうとしたが、手を伸ばした瞬間ルイズが腕の中からすり落ちてしまった。

「ルイズっ!? よせ!!」

 さっきの忠告にも耳を貸さず、ルイズはホタルンガに向かっていく。

 ホタルンガはオスマンとコルベールに気を取られてこちらに背を向けているが、そのくらいでどうにかなる相手ではない。

 案の定、ルイズの魔法はホタルンガの外骨格にはじかれて派手な爆発をあげただけにとどまった。

 第一プロのメイジであるコルベールの攻撃もまったく通用しないのに、学生のルイズの魔法が通用するはずがない。

「くっ、このっ、このっ!!」

 なおもあきらめずに攻撃を続けるが、やはりまったく効果は無く、むしろ連続する爆発にいらだったホタルンガの注意を引く結果となってしまった。

 ホタルンガの尾部の発光体が怪しく光る。

「なっ、きゃあぁぁっ!!」

「しまった……ルイズ!!」

 才人の目に飛び込んできたのは、ホタルンガの半透明の発光体の中に吸い込まれてしまったルイズの姿であった。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

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