第39話
タバサの冒険
タバサと神の鳥 (そのⅡ)
極悪ハンター宇宙人 ムザン星人
バリヤー怪獣 ガギ 登場!
「危ない!!」
ムザン星人の放ってきた破壊光線が、タバサの頭上スレスレを掠めていった。
外れた光線は、そのまま大人一抱え分ほどもある木立に命中し、それを爆砕した後炎に包んだ。
「あれが、あいつの武器……」
タバサはたった今目にした怪物の威力に、表面上は平静を保ったまま、内心では慄然としてつぶやいた。
奴の頭頂部の触角から放たれる光線は、細いながらもすさまじい威力を持っている。当たれば、それこそ人間の体などあっというまに灰にされてしまうだろう。
「ファッファッファッ……」
雇われたメイジ達を全滅させ、翼人達をも多数殺害したであろうその光線を武器に、ムザン星人は余裕の足取りで迫ってくる。自分の強さに相当な自信があるか、こちらの実力を相当低く見積もっているのか、こちらのプライドからすればまず前者と考えたいところだが、すでにこいつによって四人の熟練のメイジと多数の翼人が殺害されていることを考えれば両方とするのが妥当だろう。
タバサとキュルケはどちらも、自分が誰よりも優れたメイジだなどという自惚れとは無縁な自己評価をしていたが、ほとんど無防備な様子で首だけを回して光線を撃ってくる相手には、いささか不愉快さを禁じえなかった。
「き、貴族様。なんなんですかあの化け物は!?」
蚊帳の外に置かれていたサムがヨシアを押さえつけた姿勢のまま、悲鳴のように叫んだ。
「あいつがメイジ殺しの真犯人よ。邪魔だからあんた達は下がってなさい!!」
戦闘に巻き込んでは、身を守る術を持たない平民はひとたまりもない。キュルケに怒鳴られて、サムはヨシアを抱えて走っていった。
けれど、もう一方の被害者達である翼人達は、人間達以上に卑劣な侵入者を追い出そうと攻撃を始めた。
「木の葉は刃となりて、我らに仇なす敵を討つ」
「敵を討つ」
先ほどタバサ達に向けた先住魔法が今度は星人に向かって放たれる。
舞い上がった無数の木の葉がカミソリのように鋭くなって星人へと襲い掛かった。しかし、星人は当たる前に人間を大きく超えた跳躍力を発揮して、軽々とライカ欅の高い枝の上へと跳びあがって避けてしまった。
けれど、先住魔法にとっては自然全てが武器に等しい。避けた先の木の枝が触手のように変形し、星人の足を絡めとって動きを封じた。
「フッ? ファファファ……」
だが、動きを止められたというのに星人は余裕のままで、あざ笑うような声を発し、光線を今度は翼人の一人に向けて放ってきた。もちろん、向けられた翼人は風の防御の壁を張り巡らせようとしたが。
「空気は蠢きて……」
彼はその詠唱を完成させることはできなかった。確かに風の防壁は彼の周りに張り巡らされたが、光線は空気の防壁を無視するように貫通し、彼を一瞬にして炎に包んでしまったのだ。
「なっ!?」
「ロメル!!」
あっというまに灰に変えられてしまった仲間を見て、仲間の翼人達が愕然とうめきを漏らした。
もちろん、タバサとキュルケも先住魔法の使い手を簡単に始末してしまった星人の力に戦慄を禁じえない。風の防壁は吹雪や炎は逸らすことはできても、光までは動かすことはできなかったのだ。
『ジャベリン!!』
今なら当たるかもと、タバサは星人へ向かって氷の槍を放った。だが、術をかけていた翼人が死んだために星人の拘束も解け、奴はまた跳躍してそれをも避けてしまった。
「フフフ……」
着地した星人は、燃え尽きた翼人の死体に歩み寄ると、燃え残っていた、いや、恐らく故意に燃え残るように加減したのだろう、彼の翼の右片方だけをつまみ上げると満足そうに笑った。
「なんてことを……」
死者を平然と辱めるような行為に、アイーシャは戦慄した。今まで森に攻め込んできた人間達の悪意を大勢目にしてきたが、この怪物は殺戮そのものを楽しんでいる。
また、タバサとキュルケも今の行為でこの怪物が殺戮を繰り返してきた理由を悟った。
「……あいつは、狩りを楽しんでいる」
いわば、人間が猛獣の牙や剥製を求めて奥地に入っていくようなものだ。翼人からは翼、メイジからは杖を戦利品として奪い取る。あの光線はライオンが銃の前には無力なように、人間や翼人には防ぎようのない恐るべき武器だ。
「けど、いくら強い武器があるからって、それだけで勝てるとは思わないでね!!」
そう言うと、二人は分かれて星人の左右から挟み込もうとした。あの光線は確かに脅威だが、一方向にしか向けられないのでは二人同時の攻撃には耐えられまいと考えたからだ。
さらに、残った二人の翼人も仲間の仇とばかりに呪文を唱える。
「木の根は契約に従いて、我らに仇なす者を貫く槍となる」
いまや、四方から強力な術者に囲まれて、星人の逃れる術はないように思われた。
「ファファファ……!」
だが、星人は平然と戦利品の翼を担ぎながら、聞き苦しく喉を鳴らして立ち尽くすだけ。逃げ場もなく、今にも一斉攻撃が迫っているというのに身じろぎもしない。仮に跳躍して逃れようとしたところで、空中では狙い撃ちに会うだけだ。歴戦の狩人がそれもわからないとは、いくらなんでもおかしい。
これは罠か!? そうタバサとキュルケが思った瞬間、頭上からシルフィードの声が響いた。
「お姉さま!! 危なーい!!」
その声に、思わず上を見上げたタバサとキュルケは、そこにあったものを見ると反射的に後ろに飛びのいた。次の瞬間、彼女達のいた場所を"頭上から"の殺人光線が襲って、地面をえぐって爆発を起こした。
だが、攻撃のために地中に意識を集中していた翼人はその攻撃に対処しきれずに炎に包まれてしまった。
「シャベラスタ!! イローゼ!!」
アイーシャの悲鳴が響き渡ったときには、すでに二人は消し炭にされていた。
「あれは、円盤!?」
かろうじて攻撃をかわしたキュルケは、森の木々の上を遊弋する直径十メイルほどの白色の円盤を見つけた。そいつは羽もないくせに空中を軽々と浮遊し、星人のものと同じ光線を下にいる者達に向けて連射してくる。
「あれが……奴の切り札」
撃ち下ろされてくる光線をなんとかかわしながら、タバサは奴が包囲されてもなお平然としていた理由を悟った。あんなものに頭上を守らせていたなら、自信を持たないほうがおかしい。
「タバサ、まずいわよこれは!!」
キュルケも光線を避けるので精一杯で、反撃する余地がない。どんなに鍛え上げた人間でも、頭上は最大の死角なのだ。もちろん、下から狙い撃ちにあう『フライ』での空中戦など論外だ。
「撤退」
「りょーかい。あんたたち、いったん引くわよ!!」
状況の圧倒的不利を見て、タバサは迷わず逃げを選択した。攻めることしか知らない凡庸な戦士だったら、ここで無理に攻めて全滅していただろう。二人は木陰を利用して、星人と円盤の視線からは見えない場所へと逃れていく。
戦いを見守っていたサムとヨシアも、頼みの貴族が逃げ出したのを見ると、自分達も尻に帆をかけて走り出した。見え見えな逃げっぷりだけれど、星人はメイジでもない人間には興味もないのか、二人の姿に見向きもしない。
しかし、翼人であるアイーシャは話が違った。
「ファファファファファ!」
「ひっ!?」
逃げ遅れていたアイーシャの耳に、星人の邪悪な笑い声が響く。飛んで逃げようとしたが、円盤からの光線が彼女の逃げようとしていた方向で炸裂して逃げ道を塞いでしまう。
「あ、ああ……」
恐怖に怯えるアイーシャに向かって、星人はネズミをいたぶる猫のように愉快そうに肩を揺さぶりながら迫ってくる。
そして、星人の触角からついに殺人光線が放たれようとしたとき。
「アイーシャーッ!!」
ヨシアの絶叫と、タバサの口笛が同時に森に響き渡った。
「きゅいーっ!!」
その瞬間、天空から青い弾丸のようにシルフィードが急降下してきて、すんでのところでアイーシャの衣を咥えて掠め取っていった。
「ガッ!?」
いきなり獲物をかっさらわれた星人は驚きとまどったものの、すぐさま振り返って木々の隙間を飛翔するシルフィードに向けて光線を連射する。が、ハルケギニア最速の風竜には簡単には当たらない。
シルフィードは飛行しながら器用に首を回してアイーシャを背中に乗せると、その後サムとヨシアを拾い上げ、タバサとキュルケも乗せて全速で逃げに入った。
「追ってくる!!」
当然星人も獲物を逃してはなるまいと、円盤をけしかけて追撃させてきた。頭上から降り注ぐ光の矢をかわしつつ、シルフィードは森の深いほうへと全力で飛ぶ。
やがて、木々がさらに深く密生し、上空から森の中が完全に見えなくなったころ、ようやく円盤の追跡はやんだ。
「行ったようね……」
円盤の気配が完全になくなり、ようやくシルフィードは地上に下りて一行を降ろした。
生命の危機から解放されてようやくほっと息をつき、地面に足を着くと、アイーシャは救われたことにお礼を言った。
「あの、ありがとうございます。命を助けていただいて」
そこには何の他意もなく、ただ純粋な感謝の念だけがこもっていた。
タバサは何も顔色を変えなかったが、キュルケはにこやかに微笑み、ヨシアは今にも泣き出しそうなほど感激に顔を歪ませている。
けれど、サムだけはそんな態度が気に入らなかったのか「ふざけるな!!」と怒鳴ろうと一歩前に出ようとしたところで、キュルケに肩を掴まれた。
「よしなさいよ、無粋な真似は」
「け、けれどもよ。騎士様達は、翼人どもを征伐しに来たんじゃないんですかい?」
「現場の判断は臨機応変にするものなのよ。第一、そういうことにこだわるんなら、貴族に向かって命令がましく要求する生意気な平民を、この場で火あぶりにしてもかまわないのかしら?」
サムの顔から血の気が引いた。貴族を怒らせるということが、どれほど恐ろしいことか思い出したからだ。
しかし、サムが大人しく引っ込むと、キュルケはまたいつも通りの人懐っこい仕草に戻って、ヨシアの背中をアイーシャに向かってとんと押した。
「ほら、ぼんやりしてないで、うれしいなら二人で思いっきり喜びなさい」
線の細いヨシアの体は簡単に押されて、アイーシャの胸のなかに思いっきり飛び込んだ。
「わっ!」
「きゃっ!」
急に抱き合う形となってしまった二人は、普通の男女がそうするように、顔を真赤に沸騰させてあたふたと震えた。そんなうぶな様子がたまらなくおかしく、キュルケは腹を抱えて笑う。
「あっはっはっ、可愛いわね本当に……そりゃ、こんな彼女がいれば身を挺してでも戦いを止めたくなるか。ほんと、いい根性してるわねあんた」
「そんな、ぼくはただ無益な戦いは止めたくて」
「はいはい、照れなくてもいいわよ。それにあなたも、こんないい男そうはいないわよ。やるじゃない」
ヨシアとアイーシャの両方を見てキュルケは実に楽しそうに笑っていた。他人の恋人を分捕るのが生きがいの彼女だが、それはあくまで上っ面だけの遊びの領域であり、本気で愛し合う者同士に入っていくのは無粋でしかないことを知っている。
それに、人間と翼人の種族を超えた恋、これほど面白くて後押ししたくなるものはない。
「ね、ね、あなた達いったいどうやって知り合ったの?」
「あ、はい……ぼくがキノコ狩りに行って足を怪我して動けなかったとき、彼女が魔法で怪我を治してくれたんです。先住っていうんだろ、初めて見たときは驚きました」
「先住、なんて呼ぶのはあなたたち人間ね。わたしたちは精霊の力と呼んでるわ。どこにでも、精霊の力は宿っている。それをちょっと借りているだけ」
「そうだ、そうだね。こんなふうにアイーシャはぼくの知らないことを色々教えてくれるんです。そうして、こっそり森で会って話をするうちに、もっとお互いのことを理解しようと考えるようになった」
「そうね。そうしているうちに……」
二人は、本当にいとおしそうに互いのことを語り合った。
それを聞きながら、タバサは相変わらず無表情だったけれど、キュルケはまるで大作の歌劇を見終わった後のようにうっとりと頬を染めて感じ入っていた。
「すてき!! なんて熱い恋なんでしょう。あなたたち、そこまで来たらもう絶対にひ孫ができるとこぐらいまで行ってから死になさい。ここまで来ておきながら、愛し合う二人が引き裂かれて終わりなんて陳腐なエンディングは絶対許さないわよ!!」
まるで自分のことのように、目に炎を燃やしながらキュルケは二人の肩を抱いて言った。どうやら本当に『微熱』にとって種族の差などは些細なことらしい。
ヨシアとアイーシャは、はじめて自分達の恋の後押しをしてくれた風変わりな貴族に感謝の念を抱きながら、かたわらでじっと見つめていたタバサにもあらためて礼を言った。
「あの、騎士様、先ほどはアイーシャを助けていただいて、本当にありがとうございました」
「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
「……あなたには、言いたいことがあった。それだけ」
感情の抑揚が感じられない声でタバサはアイーシャに言った。
「もう分かってると思うけど、わたしはこの森の所有権を翼人から奪取するために派遣されてきた。本来なら、貴方達を討伐するのが、わたしの使命」
「き、騎士様!?」
突然、なんでそんなことを言い出すのかとヨシアは焦ったが、タバサは息を呑むアイーシャに向かって続けた。
「だから、わたしは正面からの激突になる前に、貴女方のこの森からの退去を願いたい。無用な争いを避けたいのはわたしも同じ」
それは、任務の成否に自身の存在そのものが懸かっているタバサの最大限の譲歩だっただろう。
けれども、アイーシャは悲しげに言った。
「それは、できません。この森は我々のはるかな祖先よりお守りしてきた土地です。これだけは、我々も譲るわけにはいかないのです」
タバサは答えなかった。翼人がこの森を離れないというのなら、それは自身を含めて村との全面戦争になるということを意味する。そうなれば、ほんの数人でも熟練のメイジの小隊に匹敵する翼人何百人と戦わねばならない。
その戦いで、生き残るかどうかはこの際問題ではないが、どちらにせよ甚大な犠牲が出るだろう。
それを見かねたヨシアが思い切ってタバサに申し出てきた。
「お願いです!! どうか戦いにするのだけは待ってください。本当なら、この森の木はちょっと高く売れそうだからって目をつけただけで、ここがなければ村の生活ができないなんてことはない、みんな意地になってるだけなんです」
「おいヨシア!! おめえ村のみんなが貧しいままでもいいっていうのか!! それでも村長の息子か!!」
村長の息子であるサムが、その弟であるヨシアを怒鳴りつける。しかし今度はヨシアも引かなかった。
「貧しいのはぼくだって嫌さ、けれどそのために盗賊の真似事なんてできない。ほんのちょっとの贅沢のために、こうして国中の森がまるはだかになるまで続ける気かい!!」
「なんだと!!」
激昂して手を上げようとするサムを、キュルケが魔法で身動きを封じる。
「やめなさいってば、口で負けて手を上げるのは自分が悪いって認めるようなもんよ。けどね、ヨシア君、わたし達もね。遊びで来てるわけじゃないから、それだけでは済ませられないの。翼人と争わなくてよくなったから依頼は取り消すって、そう村の総意で決めてもらわなくちゃ動けないのよ」
「それじゃ、ぼくが村の人達を説得します」
「できるの? それに、それができたのなら、なんで今までやらなかったの」
今度はキュルケも厳しい目つきになって聞いた。生半可な返事は許さない、そういう目に向かってヨシアはきっぱりと言い放った。
「今までのぼくは、勇気が足りませんでした。アイーシャとの絆が壊れるのが怖くて、傷つくのが怖くて、村から仲間はずれにされるのが怖くて……けれど、もう迷いません!! 本当に何もかも失う前に、死ぬ気でみんなと話し合ってみます!!」
追い詰められた若者が、ついに一枚殻を破って大人になる瞬間を、確かにキュルケは見届けた。
「よろしい、その意気は買うわ。けど、村の人の意識を変えるにはもう一押しいるわね……タバサ、どうする?」
「策はなくもない……けれど、あの怪物がここにいる限り、どのみち村にも翼人にも平和は来ない」
「そうねえ、いったん村に戻ろうにも、あの怪物が待ち伏せしてるかもしれないし。いったい何者なのかしら?」
そう言いながらも、あの怪物の正体はおぼろげに見えてきていた。亜人とは違う、けれども高い知能を持ち、なおかつ魔法とは違う強力な力を操る。
「宇宙人……」
才人が言っていた、ヤプールが配下として操るという者達。ミラクル星人のようにヤプールとは関係なく現れるものもいるから断言はできないが、奴もそうやってハルケギニアの外からやって来た者なら、あの強力な光線や円盤も説明はつく。
まったく、やっかいな仕事を押し付けられたものだ。村人と翼人を和解させる以前に、あいつをなんとかしないことには戻ることすらできない。けれど、今度出くわしたとしたら逃がしてはくれないだろう。さて、どうしたものだろうか……
だが、そうしてキュルケとタバサが思案にくれていると、アイーシャがよく通る声で二人に言った。
「あの、よろしければこれからわたし達の里にいらっしゃいませんか?」
「え? あなた達の……翼人の住処、とっ失礼、村にですの?」
「はい、今から戻ればどのみち暗くなってしまうでしょう。闇の中では、不意打ちされたら逃れられません。それに、翼人と人間との和解を望んでくれてる貴女方でしたら、招待しても構わないと。いえ、是非いらしていただきたいのです!」
アイーシャの要望に、タバサとキュルケは顔を見合わせて考え込んだ。そろそろ日が落ち始めるころだし、奴がどれだけ夜目が利くのかはわからないけれど、闇の中での戦いになったらこちらが明らかに不利だろう。
かといって、いつ襲ってくるかわからない中で野宿など絶対したくない。食糧も持って来ていないし。
「確かに……翼人が集まってるところなら、奴もうかつには襲ってこないでしょうね」
「わかった……案内して」
結論を出したタバサは簡潔に答えた。キュルケも仕方ないわねとうなづき、ヨシアは当然賛成、サムは躊躇したが、男なら腹を決めろとキュルケに言われて仕方なくうなづいた。
「ま、大人しくしていることね。さて、翼人達の村か、面白くなってきたじゃない」
そうと決まればよい方向に最大限の期待を向けるのがキュルケのいいところだ。
また、同じ精霊の力、大いなる意思を信じる者同士ということで、シルフィードも期待の声をあげる。
「きゅい、シルフィも遠い親戚と会うみたいで楽しみなのね。お母様から、翼人の人達は大いなる意思を大切にする立派な人達だって、聞いてたのね」
「へー、そうなの? 人間と亜人達じゃあ信仰が違うって聞いてたけど、別に邪教って感じはしないわよねえ、まあブリミル教にも賄賂をとったりする神官は大勢いるし、人それぞれってことなのかしら……ん?」
「きゅい、どうかしたのね? ……あ」
「……」
キュルケは、そこで何か大変なことを見過ごしていないかと思った。
まず、気を落ち着けて考えてみる。えーと、自分が話していた相手は誰だっけか?
首を回して一人ずつ確認してみる。タバサ、違う。ヨシア、違う。サムでもない。アイーシャも首を振る。
残ったのは……
目の前の竜と、赤い瞳が見詰め合う。なぜか汗をかいているように見えるが、気のせいだろうか。
ああ、そういえば……さっき円盤が奇襲をかけてきたとき、タバサに危ないと叫んだのは誰だったのだろうか。
もしかして……
「まさか、シルフィードがしゃべるわけないわよねえ……ね?」
「そうなのね、竜がしゃべるなんてことあるわけないのね……」
気まずい沈黙が場を包む。
「ばか……」
がっくりと肩を落としたタバサがそうつぶやいたときだった。
「シッ、シルフィードが……」
「竜が、ドラゴンが……」
ああ、まったく弱り目に祟り目だ。タバサは自分の今日の運勢はどう占おうと大凶に違いないと確信した。
「し、し、しゃべったあーーーっ!!!???」
タバサ以外の人間三人は仰天してひっくり返った。サムとヨシアは兄弟仲良く腰を抜かして、キュルケも一瞬思考停止に陥ったが、生物学の授業で一応のハルケギニアの幻獣についての知識を持っていた彼女は、その中から今では絶滅したと言われている、ある種族の名前を思い出した。
「タバサ……まさかシルフィードって……韻竜なの?」
その質問に、タバサは深くため息をついた後、そのとおりだと首を縦に振った。
けれど、平民である兄弟はそんなことは知らない。恐る恐る「韻竜とは何ですか?」とキュルケに尋ねた。
「伝説の古代竜よ。知能が高く、言語感覚に優れ、先住魔法を操る……見るのは初めてだけどね。まさか、あんたがそんなすごい奴だったとはね」
「きゅい、それほどでもないのね。しゃべれるくらいたいしたことないの、シルフィの父さま母さまなんか、それはもう大きくて立派で、魔法の力もものすっごくて……」
と、そこまで言ったところでシルフィードはタバサが鬼のような目で睨んでいるのにようやく気づいた。理由は明白、人前でしゃべらないという禁を破ってしまったため、他に考えられない。
「シルフィード? わたしの言いたいこと、分かる?」
口調は穏やかで、顔つきもいつもどおりの無表情、しかし目だけはビームでも出てきそうなくらい怖い。
「う~……ご、ごめんなさいなのね。けど、あの場合しょうがなかったのね」
まあ、星人の円盤の存在を教えてくれたときには、手段を選んでられなかったのだから仕方ないと言える。
「それはいい、けど今のは?」
「ご、ごめんなのね……だ、だからご飯抜きだけは勘弁してなのね」
この調子だと、トカゲの干物にされるくらいまで飲まず喰わずもありうると、シルフィードは本気で恐れた。
だが、タバサは何も言わずにサムとヨシアのほうに向き直ると一言。
「他言無用」
とだけ言い放った。
「へ……そりゃまた、なん」
『ジャベリン』の巨大な氷の槍が、二人の目の前に突き刺さったのはサムが質問を言い終わる前だった。
「なんででも。命が惜しいのなら」
「はっ、はいぃ!!」
理由は分からないが、この騎士様は自分の使い魔のことを人に知られたくないらしい。普通なら、すごい使い魔を持っているなら自慢したくなるんじゃないかと思うが、とにかくまだ死にたくはない。二人は、この幼く見える青髪の少女が、このときだけ死神に見えた。
けれど、自分の一番の親友がわくわくしながらこちらを見ているのは、果たしてどうしたものかなと、任務以前に頭が痛くなってくるのを抑えられないタバサであった。
翼人の集落は、そこからシルフィードで十分ほど森の中を飛んだところに存在していた。
それは、古代の原生林のような巨木の集まりで、しかも巨木といっても高層ビル並みの太さである。およそ直径三十メイル、高さ七十メイルはある超巨木の森の中をそのまま利用する形で村が作られていた。
「こりゃ……集落というより、もはや城ね」
見渡すところ、巨木を支柱として、伸びた枝を二十メイルごとに階層に区切り、さらにそれらを人工的にからみあわせて空中に作り上げた足場の上に、貴族の邸宅にも匹敵しそうな立派な邸宅がならんでいる。地球でこれを例えるのならばマチュ・ピチュの空中都市が山ではなく、巨大木を基盤にしてできているとでも思えばよいか。
森の中にあるから、てっきり鳥の巣を拡大したような原始的なものを想像していた一行は、その雄大ぶりに彼らの文化と技術レベルの高さを思い知った。
「わたしの巣、あなた方の言い方で言えば家は、あの一番上にあります」
アイーシャの案内でシルフィードの背に揺られながら、集落で暮らす何百人もの翼人の姿を見下ろしていると、翼人と戦って追い払うなどという考えがいかに愚かだったかとつくづく思う。かたくなにエギンハイム村の利益を主張していたサムも、もはや完全に戦意を失っていた。
やがて、それらの集落の中でもっとも高いところにあるアイーシャの巣、もとい家に一向は案内された。そして族長の娘だというアイーシャの紹介で、翼人の長に面会は許されなかったが一日の滞在の許可をもらい、彼女の家の広間に通されて、森の草を加工して作ったと見えるソファーにそれぞれ腰を下ろした。
「どうぞ、自分の巣……家だと思ってくつろいでください」
まったく、人間の屋敷と遜色がないどころか、無駄な装飾がないぶん、家具や家の元となった草木の色が美しく際立っていて、芸術的にすら見える。地球風に言うのならば、とてつもなく豪華なログハウスに名工が木を削りだして作った家具を入れたものとでもいおうか。住み心地のよさでいうならトリステインの王宮すら遠く及ばないだろう。
それに、アイーシャの入れてくれた薬草茶がこれまた美味い。
「どう兄さん、これでもまだ翼人を鳥だって言う?」
「嫌味を言うな、完全に俺の負けだ」
疲れ果てた様子のサムと、ちょっと勝ち誇ったヨシアの兄弟が仲良く茶をすすっている。
タバサも、もし翼人と全面衝突することになっていたらどうなっていたかと、内心ではほっとしていた。
彼らは森の中で独自の文明を作り上げていた。これを見れば人間が万物の霊長などという考えが、いかに思いあがったものであるかということが身に染みてわかる。力に訴えていたら、この任務の成功率はゼロだっただろう。
「けど、よく人間のわたし達を招きいれてくれたわね」
さしものキュルケも姿勢を正してアイーシャに尋ねた。
「はい、実際これまでここに人間が足を踏み入れたことはありませんでした。けれど、あなた方は私の命の恩人ですから……それに、あちらの韻竜さんの口ぞえが大きかったんです」
そうして窓から頭だけ覗かせてくるシルフィードを示して、彼女はにこりと笑った。
「風韻竜は、私達の間では大いなる意思と強く心を通わせられる存在として尊敬されてるんです。使い魔として現れられたのには、少々驚きましたが、それでも韻竜としての本質までは変わりませんから、そのご友人の方々なら問題ないと」
「きゅい、それほどでもないのね」
これまで尊敬の念で見られた経験などなかったシルフィードは首を揺らして喜びを表現した。
なお、その巨体は当然首以外は部屋に入りきれず外に出しっぱなしのために、話を聞きつけてやってきた翼人達が大勢見物に来ていた。
「それにしても、よくこんな城塞都市を森の中に築き上げられたわねえ」
普段何かとゲルマニア出身であることをひけらかすキュルケも、感嘆した様子で言い、アイーシャは笑いながらこの翼人の里の歴史を語り始めた。
「私達の祖先ははるかな昔、ここにまだ森が無かった頃にこの地にやってきて、それからここを安住の地に選んで森を育んできたと伝えられています」
「へー、それじゃ昔はここは森じゃなかったわけ?」
どう見ても樹齢数千年は超えている木々の群れの中にいると、ここが森でなかった頃のことなど想像もしにくいが、ある日突然森ができるわけもない。けれど、察するにそれは昔といっても何千年も前のことのようだ。
「はい、言い伝えでは最初ここは何もない荒野でしたが、私達の先祖は何世代にも渡って木を植えて、ここを豊かな森に変えていったそうです。そうしているうちに、やがて木の上に巣を作るようになり、そこで子を産み、子孫を残していくうちに少しずつ巣も大きくなり、今の私達の里になっていきました。だから、この森は私達にとってかけがえのない故郷なんです」
故郷……そう聞いて、タバサはガリアにある母の眠る屋敷を、キュルケはゲルマニアのフォン・ツェルプストーの領地を思い出した。
「けど、何もない荒野をわざわざ森にしていくなんて、あなた達のご先祖は随分と気の長いことを選んだものね。そんなことしなくても、ほかに森を探せばいいものでしょうに」
アイーシャの顔が少し曇った。
「それは……できなかったんです」
「え?」
彼女は少し考えると、この人達になら話してもいいだろうと、翼人の伝説の根幹の部分を話し始めた。
「私達の祖先がこの地にやってきた時代。おおよそ六千年程前と伝えられていますが、そのころ世界は恐ろしい災厄に襲われ、今のハルケギニアはどこも荒れ果て、怪物の跋扈する暗黒の時代だったと言われています」
ヨシアやサムが信じられないと驚くのを無視して、アイーシャは続けた。
「ですが、人間達も亜人も絶望しかけたそのとき、突如空から一人の戦士が降り立ち、人々を救うために怪物達と戦いました。心優しき勇者だったと伝えられる彼は、あるときは穏やかな光を持って怪物の怒りを静めて地に眠らせ、真に邪悪な者に対しては、闇を消し去る太陽のように勇敢に戦い抜きました……」
「ふーん。まるで、おとぎ話のイーヴァルディの勇者みたいね」
キュルケはぽつりと、幼い頃枕元で読んだ英雄譚の名前をつぶやき、タバサもそれにうなづいた。
「人間にも、似たような物語があるようですが、私達の伝承はれっきとした事実で、大災厄の歴史は他にもエルフや獣人にも受け継がれているそうです。けれど戦いは熾烈を極め、多くの者がその中で命を落としました。この地には、その戦いで勇者と共に我らを守って戦い傷つき、いつか傷の癒える時を願って地の底で眠りについた、私達の古い友人が眠っているのです」
「えっ!? て、それ六千年も昔の話でしょ」
「はい、ですから今もこのすぐ下で眠り続けているのです。よければ、ご覧になりますか?」
今度はいたずらっぽく笑ったアイーシャの無邪気な笑顔に、人間達はただただ意表を突かれてうろたえるばかりだった。
そして、夕食をいただいたタバサ達一行は、食後に特別にアイーシャのはからいで翼人達が守り続けてきた古代の友人が眠るという地下空間へと、巨木のうろを利用した階段を下りていっていた。
「かなり深く潜るわね」
地の底へと続く階段は、感覚だけでざっと計算してみてもすでに三十メイルほどは下りている。
けれど、底に到達して階段につながる小さな穴から出たとき、彼女達の目の前には想像だにしていなかった壮大な光景が広がった。
木の根によって守られた球根状の高さ六十メイル、奥行き三十メイルもある巨大な空洞。光ゴケによって青白い幻想的な光によって照らされるそこには、全高五十メイルはある巨大な白い卵状の物体が鎮座していたのだ。
「これは、卵……? いえ、繭なの?」
目を凝らして見ると、それは確かにとてつもなく大きいけれど、絹の元となる蚕の繭によく似た形をしていたうえに、中に何者かが存在するのを証明するかのごとく、心臓の脈動のようにときおり細かに揺れ動いたりしていた。
その形から、これは何か昆虫の繭なのかとタバサは聞いたが、アイーシャは首を横に振って答えた。
「いえ、確かに繭の形をしていますが、この中に眠っているのは虫ではありません……伝承では、大いなる翼で世界の空を駆け巡りし勇者の友と言われています。かつての戦いで傷つき命絶えようとした彼を、私達の先祖は繭で覆って傷の癒える日まで保護しようとしたのです」
「と、いうことはその大いなる翼を見た人は」
「はい、まだ誰もいません。けれど彼の翼持つ者は風より早く天を駆け、勇者の危機に幾度となく駆けつけたそうです」
大いなる翼……六千年前に翼人達の先祖を守った、恐らくは怪獣。そんなものがこの森の地下に眠っていたのかと一行はその何者かが眠る繭をじっと見つめ続け、巨大な繭は何も言わずにそこに鎮座して一行を見下ろしていた。
「それに、伝承にはまだ続きがあります。大いなる翼が眠りについたとき、彼の者の友だった地に住まう竜もまた彼を守るためにこの森のどこかで眠りについた……」
「えっ、てことは……この森のどこかに怪獣がまだ一匹いるっての!?」
ただでさえとてつもなく強い怪獣がさらにもう一匹、どんな奴かはわからないが、だとしたらなおさらエギンハイム村の人々には、この森に立ち入らせるのはやめさせたほうがいいだろう。
アイーシャは、先祖代々語り継がれてきた伝承の最後の部分を語って聞かせた。
「かつて大災厄の時代、大いなる翼と地の竜は争う関係でした。けれど彼らは勇者に救われ盟友となり、世界の危機が再び訪れようとしたときには、彼の者達は必ず眠りより目覚め、勇者が守った世界のために立ち上がるであろうと、そう言われています」
「世界の危機ね。ヤプールが暗躍して、怪獣が暴れまわる今も立派に危機だと思うけどねえ」
ぽつりとつぶやいたキュルケの言葉にも、繭の中の何者かは何も答えなかった。
だがそのころ、翼人の里とエギンハイム村の中間あたりに位置する森の中で、獲物に逃げられたムザン星人が恐るべき企てを実行しようとしていた。
「ファ、ファ……ショウタイ、バレタ……カリハチュウダン……サクセン、ヘンコウ」
円盤に乗った星人が機器を操作して地中に向かって電磁波を放つと、森が地震のように揺れ動き始めた。
木々が倒れ、土が宙に吹き飛ぶ。そしてなんと、地中から前に向かって鋭く伸びた角、次いで大きく裂けた口を持つ頭が現われ、やがて森の中に鞭のような触手を生やした巨大な腕を持つ怪獣が出現し、夜の空に向かってかん高い咆哮を放った!!
「ファファファファッ! ……ユケ、ガギ……ミナ、ゴロシ、ダ」
続く