ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第38話  タバサの冒険  タバサと神の鳥 (そのⅠ)

 第38話

 タバサの冒険

 タバサと神の鳥 (そのⅠ)

 

 極悪ハンター宇宙人 ムザン星人 登場!

 

 

 ウルトラマンAとヒマラ達との戦いから一夜が明けて、ある空の上でタバサはシルフィードの上でとっていた仮眠から目覚めた。

「朝……」

 今、タバサとシルフィードは北花壇騎士召喚の書簡に応じて、ガリアの首都リュティスに向かって飛んでいた。

「おはようなのね、お姉さま」

 二人きりになり、遠慮なく話せるようになったシルフィードがさっそく声をかけてくる。

 空は白々と明け、間もなくリュティスに着くだろう。タバサは起きると、さっそく鞄の中から未読の本を取り出して、一心に読みふけり始めた。

 シルフィードは、そんなタバサの態度にはもう慣れっこで、返事を特に期待せずに自分からしゃべり始めた。

「きゅい、お姉さま、昨日は大変だったのね。まさかこの偉大な韻竜の一族であるシルフィが泥棒されるとは思っても見なかったのね。けど、宇宙人とはいえ、ものの価値が分かってる奴もいるものなのね。いえいえ、あんな奴に連れて行かれてたら、今頃檻の中でどうなっていたか。それよりも、お姉さまが真剣にシルフィのために怒ってくれて、シルフィは感激して涙が出ましたのね」

怒ってくれて、シルフィは感激して涙が出ましたのね」

「あなたはわたしの使い魔。取り戻そうとするのは当たり前」

「いーえ、赤い髪の子や金髪のぼうやのフレイムちゃんやヴェルちゃんはともかく、ほかの使い魔達はほとんどみんなほっぽりっぱなしだったのね。お姉さまは本当はすっごく熱くて優しい人、それが確かめられただけでシルフィは幸せです。きゅいっ」

「……」

 その後も好きなように話し続けるシルフィードの話を、タバサはじっと本を読み続けながら聞いていた。

 

 

 イザベラは、プチ・トロワが崩壊して以来、再建がすむまでリュティスの高級ホテルの最上階を借り切って、仮の住まい兼、北花壇騎士団の本部として利用していた。

 プチ・トロワには当然劣るが、一晩の宿泊費だけでも平民が一年は過ごせるような贅を尽くした一室の、豪奢なソファーに身を沈めてイザベラはタバサを待っていた。

「よく来たわね、人形娘」

 会って一番、イザベラの言葉はいつも通りのこれだった。

 以前会ったときからしばらく経って、流石に桃色ムードは抜けていたものの、だからといってタバサに対する態度までは早々変わりはしないようだ。こちらも、いつも通りに無表情を顔に貼り付けて、用件だけを受け取る姿勢で対峙する。

「ふんっ、しばらく会ってないからちっとは変わったかと思えば、相変わらずだね。まあいい、おい、今回の任務は聞いて驚くなよ。なんとあたしの父上、ジョゼフ一世陛下からじきじきにお前を指名してのご用件だ」

「 ! 」

 その名を聞いて、さしものタバサの眉がぴくりと動き、それを見逃さなかったイザベラは愉快そうに言った。

「へえー、お前でも驚くこともあるんだ。けどまあ、内容はそこまで難しいもんじゃない、あらかじめ伝えたとおり、エギンハイム村での村人と森に住んでいる翼人、羽根付きの亜人どもだな。こいつらとの間に起きたいざこざの解決、要は翼人どもを殲滅して来いってことだ。お前の実力なら難しくないだろ? まったく、なんでこんなのをお前に指名すんのか分からないけど、父上の覚えがめでたくなってきてるってことかもな、せいぜい頑張ることだね。あはははは」

 一気にまくしたてて、何がおかしいのかイザベラはけらけらと笑った。

「……了解」

 タバサは、これはそんな単純なものじゃないと内心で思った。確証はないが、自分の勘が父を殺した男の送ってきた指令の裏の、きなくさい何かを伝えてくる。もっとも、それをイザベラに言う必要もないので、事務的に正式な命令書を受け取って退室しようとしたところ、扉の前でイザベラに呼び止められた。

「ああ、ちょっと待ちな。おい、ちょっとそこのメイド、さっき見せたあれ持ってきな。あっと、それからついでにワインもな、しゃべったら喉渇いちまったよ」

 そうして、メイドに持ってこさせた小箱をタバサに渡させ、メイドの手の盆からワインのグラスを受け取った。

「ありがとよ。下がっていいぜ。さて、そいつだが、お前のことだ、もう何なのかは分かってんだろ?」

 その小箱の中には、手のひらくらいの何の装飾も施されていない人形が一個収められていた。一見すると出来損ないのガラクタにしか見えないだろうが、タバサの知識の中にある、とあるマジックアイテムの百科事典の一枚の絵にそれは酷似していた。

「スキルニル……人間の血を利用して、その本人とまったく同じになることのできる魔法人形」

「当たりだ。前にそいつで同じ力の奴同士で戦わせたらどうなるかと思って手に入れたんだが、こんな狭いところじゃ使いようもないんでね。プチ・トロワの瓦礫の中から一個だけ無事に取り出せたけれど、もう邪魔だし、お前なら役に立つこともあんだろ。くれてやるから適当に使いな」

「……一応、礼は言っておく」

「けっ、勘違いすんじゃないよ。手に余ったゴミをくれてやっただけさ、人形娘に人形なんて傑作だろ。お前に礼なんてされるとジンマシンが出るよ、さっさと行くがいいさ」

 イザベラはそう言い捨てると、持っていたワインを一気に飲み干して、あとは視線をそらして片手をひらひらとさせて追い払う仕草を見せた。

 だが、いざタバサが出て行こうとすると、まだ何かあるように呼び止めて、もじもじしながら。

「も、もし……行った先でダイゴって男と会ったら、任務はいいからすぐに伝えなさいよ。理由? んなものあたしの権限に決まってんだろ!! ああ、もうこれ以上言わすな、早く行け!!」

 と、ようやく退室を許された。

 やれやれ、どうやらあの熱はまだくすぶっているらしい。タバサは内心で嘆息しながら、階下へ下りる階段へと向かおうとしたが、そこであのカステルモールと会って呼び止められた。

「申し訳ありませんシャルロット様。イザベラ様はまたあの調子で、我らもお諫めしようとしているのですが、中々お聞き入れされず、ご不快な思いをさせてしまって弁解の言葉もありません」

 どうやら、イザベラのお守りは現在彼らがしているようだ。

「別に気にしていない。あなたこそ、大変なようね」

「いえ、我らの苦労など無いようなものです。しかし、あの日以来、イザベラ様にもまだ王族としての見込みもありと思い、少しでもよい方向へとしてきたのですが、残念ながら以前に戻ってしまわれたようで……」

 カステルモールは自信を無くしたように、がっくりと肩を落としていた。けれど落ち込む彼に、タバサは軽くため息をつくと、一言だけ彼に言っていった。

「以前の彼女なら、メイドに『ありがとう』なんて言わなかった」

「えっ?」

 彼が顔を上げたときには、タバサはすでに階下に消えてしまっていた。

 

 

 そして、任務を受け取ったタバサは引っかかるものを抱えながらも、シルフィードに乗り込んでリュティスの街を飛び立った。

 しかし、その飛び去る姿を望遠鏡で眺めながら、怪しくほくそえむ男がグラン・トロワのバルコニーの上にいたことに、さしものタバサも気づくことはできなかった。

「ふふ、行ったか。さて、仕込みはどうなっている?」

 彼が振り返った先には、あの黒尽くめの小男、チャリジャがほくそえみながら立っていた。

「むふふ、上々ですよ。あの狩場を、彼はどうやらいたくお気にいってくれたみたいです。あの星の方々は私どものお得意様の一つですが、それとこれとは別でありますからね」

「フフ、お前の世界のものは中々に面白いな。あやつがお前に呼ばれて異世界からやってきたとき、警護のトライアングルメイジを瞬殺してしまったときは少し震えたよ」

 そう言いながらも、彼の口元は怪しく歪んでおり、いたずらを始める前の子供のように楽しげに笑っていた。

 アストロモンスの一件以来、この世界にいついてしまったチャリジャは、この男に協力する代わりに、国中どこへでも行ける手形を出してもらい、あっちへこっちへとハルケギニアに眠る怪獣を求めて奔走していた。もっとも、壁抜けやテレポートを駆使できるチャリジャに入れない場所などは本来ないのだが、そういうところで妙に律儀なのであった。

「では、私はまた怪獣を探しに行ってまいります」

 チャリジャは芝居がかったお辞儀をすると、またどこへともなく煙のように消えていった。

 後に残されたその男は、もはや空のかなたに見えなくなったタバサの姿を虚空に見て、これから彼女の身に起こるであろう惨劇に思いをはせた。

「さて、我が姪よ……お前にこの任務、生きて切り抜けられるかな? 負ければそれまで、だが勝てば……フフフ、しばらくは退屈しないですみそうだ」

 その男、ガリア王ジョゼフ一世は歪んだ喜びに胸を躍らせながら、王宮の暗がりの中へと消えていった。

 

 

 エギンハイム村はリュティスからシルフィードで飛んでおよそ二時間くらいの場所にある、ゲルマニアと国境を隣接する人口二百人程度の小さな村ということだった。

 事件のあらましは、そこの森を村人達が切り開こうとして、森に住んでいる翼人と衝突してしまったということらしい。

 もし、この話を才人が聞けば翼人退治など断じて反対しただろう。ザンボラー、シュガロン、ボルケラー、エンマーゴ、人間のむやみやたらな開発のために現れた怪獣は数多い。

 しかしタバサにとっては現地の事情などは関係なく、与えられた任務をこなさなければならない。いつものようにシルフィードの背で本を読みながら、気がついたときにはエギンハイム村の入り口に着いていた……が、そこには予想もしなかった人物が待っていた。

 

「はーいタバサ、遅かったわね」

「!?」

 なんと、村に続く街道のど真ん中でキュルケがにこにこしながら待っていて、これにはタバサも一瞬自分の目を信じられずに立ち尽くしてしまった。

 が、人違いなどでは断じてない。あの見事な赤毛と、開けっぴろげな笑顔はキュルケ以外の誰でもない。

「どうしてここに?」

 一応無感情を装って尋ねるが、内心は心臓の鼓動が通常の三倍ほどになっていた。

 対して、キュルケはそんなタバサの動揺を知ってか、してやったりとばかりに実に愉快そうに笑って言った。

「うふふ、実はあたしのフレイムがあなたの手紙をちょっとね。それで、あんたはどうせリュティスを経由して向かうだろうから、先回りさせてもらったというわけよ。まあ、馬でシルフィードに追いつくのは難しかったから、ほんとはギリギリ先に着いたんだけどね」

 見ると、そばには息を切らせている馬がつながれている。一昼夜かけて先回りしてきたとはたいしたものだけれど、任務を抱えているタバサにとっては正直ありがた迷惑である。

 だが、仮に帰れといったところで大人しく聞くような相手ではないことは分かっているし、帰るような相手なら最初からわざわざこんなところに来たりはしない。こんなことなら、ラグドリアン湖のときに無理にでも断っておけばよかったかもしれない。

「……今度だけだからね」

 しぶしぶ同行を認めると、キュルケは「勝った」といわんばかりに拳を握って、地球で言うガッツポーズに似たポーズをとって見せた。まるで男の子のような仕草であるが、そこからも奇妙な色気を感じるのが彼女のすごいところだ。

「そんじゃ、さっさといきましょーよ。あたしもあんたも成績は問題ないけど、あんまりサボると出席日数が足りなくなるからね。そりゃ別にいいけど、ヴァリエールの人間を先輩と呼ぶのは不愉快だもんね」

 そのとき、魔法学院の教室でピンク色の髪をした少女がくしゃみをしたかどうかはさだかでない。

 火系統のキュルケのせいで山火事になったら、結局わたしが後始末することになるんだろうなと、タバサは重苦しい気分が湧いてきて、仕事の前からげっそりと疲れが来た。

 それでも仕事は仕事だ。タバサはのしのしと歩くシルフィードを連れて、『エギンハイム村へようこそ』と消えかかった文字の記された看板の横を通って、ぽつぽつと小さな家の点在する村の中へと入っていった。

 

 しかし、彼女達が村に入った瞬間、どこからか天に向かって一条の光が放たれ、天からその光が無数の粒子となって再び舞い降りてきたとき、エギンハイム村とその周辺の森を見えない壁が取り囲んでいたのだった。

 

 

 村に入った二人と一匹は、まず現地の詳しい事情を聞こうと村長の屋敷に向かった。途中村人にシルフィードの姿を見られて、竜が来たと騒ぎになりかけたものの、ガーゴイルだといって騒ぎは治まった。

「領主様に翼人退治のお願いを出しても、ナシのつぶて。すっかりあきらめておりましたが……なんとお二人も、しかもあんなご立派なガーゴイルまで率いて!! いやもう感激で言葉もありません」

 村長はぺこぺこと頭を下げて、一行をもてなした。

 その喜びようは、タバサはまだしもキュルケがひくほどであったけれど、傍目から見たら年端もいかない子供にしか見えない二人に、村人達は疑念の目を向けていた。

 ちょっと耳を澄ませば、どう見ても子供じゃないか、あんなんで大丈夫なのか? などの声が聞こえてくる。

 ここで自制を知らない短気な三流メイジなら杖を振るうところだが、能ある鷹は爪を隠すものだ。二人とも聞こえないふりをして、村長から情報を得ようと話を続けさせようとするが、村長は話よりも先に食事の準備をさせはじめた。

「ささ、騎士様、少ないながらもおもてなしの用意もいたしました。今日はお体を休めて、明日からでもさっそく取り掛かっていただきたく存じます」

 なにか、どうも村長の様子がおかしい。待ちに待った騎士が来てくれてうれしいのはわかるが、それにしても大げさな気がする。また、こんなに早くもてなしの用意ができているのも不自然だ。

 だがそのとき、家の扉が乱暴に開けられ、息を切らせた村の男が部屋の中に飛び込んできた。

「そ、村長!! 大変です、また雇ってきた傭兵メイジが殺されました!!」

 空気が一瞬にして凍りつき、タバサとキュルケの目が鋭く村長とその男に注がれる。

「どういうことか、説明していただきましょうか?」

 

 

 それはタバサたちが到着する数十分前のことだった。村から離れた森の中では、村人に雇われた傭兵のメイジが案内役の村人を数人連れて、翼人の住むというライカ欅の森の中に足を踏み入れていた。

 年齢で四十をとうに超え、数々の実戦を積んできたと見えるその男は近寄りがたい雰囲気を撒き散らしながら森の奥へと進んでいた。だが、あるところで森の奥からとてつもない殺気を感じて立ち止まり、杖を向けた。

「出て来い、そこに隠れているのは分かっている!!」

 だが、返答は森の藪の中から放たれてきた一閃の光の矢だった。彼は優れた動体視力でそれをかわしたけれど、その後ろに立っていた木が直撃を浴び、真っ二つにへし折れて森の中に轟音を響かせた。

 村人達がパニックを起こして、右往左往し口々に意味のない言葉を叫ぶ中、熟練のメイジはそれを聞き流し、目の前にいるであろう敵に意識を集中した。

 これが翼人とやらが使う先住魔法か……その男は、充分に用心しながら攻撃の来た方向を見定めて、自身の系統である風の魔法、『エア・スピアー』を放った。

 うっそうとした木々と草やつたが切り捨てられて宙に舞い上がる。命中したなら人間の胴体くらい簡単に貫く攻撃を次々に見えない敵に放つも、手ごたえはなく逆にまた別の方向から光の矢が襲い掛かってきた。

 敵は一人だな。攻撃をかわしながら、その男は経験からそう判断した。もし複数体いたならば、最初の攻撃で十字砲火を浴びせてくるか、こちらが攻撃してきたときに別方向から撃つはず。こそこそ隠れながら遠巻きから狙い撃ちにしようとはセコイ奴だな……そういうことならばと、彼は『エア・スピアー』の詠唱をしながら、周辺の気配を感覚を研ぎ澄ませて探した。

 さあこい、撃ってきたならその瞬間特大の『エア・スピアー』で粉砕してくれる。避ける隙は与えない、彼は己の勝利を確信した。

 けれども、破滅は彼にとって何の前触れもなく訪れた。

 周囲360度全てに注意を払っていたというのに、彼の全身は突然炎に包まれた。

「な、何が!?」

 急速に闇に閉ざされていく意識の中で、彼の目に最後に映ったのは、悲鳴を上げて逃げていく村人達の姿、そして己の頭上に悠然と浮かんでいる、見たこともない白色の円盤の姿だった。

「ファッファッファ……」

 燃え尽きようとしているメイジの死骸に、人間のものとは思えない不気味な笑い声が降りかかったのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 その話を村人から聞き終わったとき、タバサとキュルケはふぅと息をついた。

「つまり、いつまで経っても王宮が騎士をよこさないから、自分達で流れメイジを雇ったことを悟られまいと、時間稼ぎをして引きとめようとしたわけね」

 キュルケが言ったことに、村長は冷や汗を浮かべてうなづいた。

 彼は、このことが花壇騎士に知られればきっとお叱りを受けるだろうと思い、慌てて隠そうとした。どうかこのことは内密に、王宮から睨まれたらこんな小さな村、あっというまにつぶされてしまうと必死に訴えた。

「はぁ、別に心配しなくてもそんな告げ口みたいなことしないわよ。それよりもタバサ、そのやられたってメイジ、聞くところによるとトライアングル程度はありそうだけど、どう思う?」

 トライアングルといえば自分達とほぼ同じ、しかも年を経ていたということは自分達よりも実戦経験は豊富なはず、それが手もなくやられるとは翼人とはそれほどまでに強いというのか。

 しかし、タバサはどうもひっかかるものを感じていた。

「……そのときの話、もう一度聞かせて」

 念には念という、そのトライアングルメイジの倒されたときの話をもう一度聞きなおし、タバサは不審が確信になっていった。

「この中で、そのときに翼人の姿を見た者はいるの?」

「い、いえ。あのときはもう恐ろしくて、じっくり観察している余裕はとても」

 他の者も一様に首を振った。

「じゃあ、翼人達が使うという先住魔法を見たことがある人は?」

 これには数人が手を上げた。

 それによると、翼人達の先住魔法とは、人間のメイジ達の四系統魔法とはまったく違い、自然そのものをコントロールする。例えば風が吹くと言えば風が吹き、草木が動いて敵をからめとると言えばそのとおりになるといったふうに、この程度聞いただけでも相当にやっかいなものに聞こえる。なにせほとんど万能に近いのだ。けれど、話が読めないキュルケはタバサにその意図を尋ねた。

「どういうこと、タバサ」

「先住魔法の実物を見たことはないけど、一応本で読んだことはある。全部がそうとは言えないけど、先住魔法は自然そのものを操る……けれど、そのメイジを倒した光の矢というのは、むしろわたしたちの魔法に近い。というより……」

 タバサはそこまで言って言葉を切った。人間を一瞬で焼き尽くすほどの光の矢、才人の持っていた破壊の光の光線みたいだなと、そんなことありえないと思ったからだ。

「そういえば、"また"とも言っていたわね。まさか、これが初めてじゃないんじゃないの?」

「うっ、は、はい」

 村長からさらに聞き出すと、これまでにも三人、今回も合わせれば四人もの傭兵メイジが森の中で焼き殺されてしまったという。しかも、念のため聞いてみれば、その全てに翼人を見た者は一人もいなかった。

 このときタバサは、まさかこれがジョゼフがわざわざわたしをここに派遣させた理由かと勘ぐった。しかし、まだ判断するには証拠が足りない。

 タバサは杖を掲げると、有無を言わさない口調で一言言った。

「案内して」

 

 

 翼人達の住まうという森は、エギンハイム村から歩いておよそ三十分ほどのところにある。樹齢何百年かになろうというライカ檜は天高くそびえ、まるで自分達が小人になってしまったかのようにさえ錯覚できた。

「もう、まもなくでさあ」

 案内役として二人を先導しているのは、村長の息子だという体格のいいサムという男と、その弟だというヨシアという、兄とは正反対にやせっぽちの少年であった。本当なら、村長はもっと護衛をつけようかと言ってきたのだが、翼人を相手にして魔法の使えない者では戦力にはならないと断ってきた。それゆえ、彼ら二人も翼人に余計な警戒心を与えないために武器は携帯していない。

 さらに、今タバサとキュルケはメイジの証であるマントを脱いで、借りてきた粗末なポンチョをかぶって身分を隠していた。これも当然、メイジが近づけば翼人達が警戒するからだ。先住魔法の使い手と、いきなり真正面から激突するのは二人の実力でもかなり厳しい。

 なお、杖はキュルケのは懐に隠せるが、タバサのスタッフと呼ばれるタイプの杖は彼女の身の丈以上あるために、ぼろきれを巻いてごまかしてある。大抵のメイジは杖のデザインにもこだわるからだ。ギーシュはいきすぎだが。

「ところで騎士様、あの竜のガーゴイルは?」

 無言でタバサは杖で空を指した。シルフィードの巨体では森の中では動きづらい。上空からの見張りが今回は精々というところだ。

 そして、彼女達四人は間もなく翼人達の住処だという場所の近くまでやってきていた。

 だが、そこでタバサは立ち止まると、道の真ん中にくすぶっている白い灰の塊に目をやった。

「殺されたメイジね」

 今や哀れな燃え滓となってしまった名も知らぬメイジの亡骸を、キュルケは目を細めて見下ろした。

 そのときタバサは研ぎ澄ませた戦士の勘で、周りの様子をうかがっていたが、気配が無いことから、どうやらこのメイジを倒した相手はすでに立ち去った後であると判断して、自分も死体の検分に加わった。といっても、ほとんどが燃え尽きて灰となっているために、もはやわずかな服の切れ端さえなければ、これが人間の灰だと判断することさえ難しいありさまだったが。

「相当な高熱で焼き殺されたみたいね」

 炎の専門家であるキュルケは、灰の様子からそう分析した。骨すらろくに残っていない、やったことはないが自分が人間を焼いたとしても人の形の炭は残るだろう。

 それを聞いて、タバサはさらに疑念を深くした。

「やっぱりおかしい。森の住人である翼人は炎を嫌うはず……」

 当然、山火事を恐れるからだ。それがこんなスクウェアクラスの炎を森の中で使うか?

 だが、それを見ていたヨシアが耐え切れなくなったのか、口に手を当ててつぶやいた。

「ひどいですね……」

 確かに、もはや見る影もない。元々流れ者の傭兵メイジ、弔う者もいないだろう。けれど、その言葉を聞いたサムは激昂して怒鳴った。

「ああ、確かにひでぇさ!! あの羽根つきの化け物どもは、俺達の食い扶持をつぶしてくれるだけじゃなくて、人間なんざ地面を這いずる虫けらみたいに思っちゃいねえ、だからこんな残忍なことができるのさ」

 その吐き捨てるような言葉に、タバサは反応を示さなかったけれど、キュルケはわずかに眉をしかめた。しかし、二人よりも激しくその言葉に抵抗を示したのは、弟のヨシアのほうだった。

「兄さん、そんな言い方をしなくても!! あの森に最初から住んでいたのは彼らだし、いきなり矢を射掛けて追い払おうとしたのはぼく達のほうじゃないか」

「あのなあヨシア。空を飛んでるってことは、あいつらは鳥だ、鳥に矢を射掛けて落として何が悪い!?」

「そんな! 翼人は人の言葉も話すし、翼があること以外ぼくらと変わらないじゃないか、同じ森に住む仲間だよ!」

 その言葉がサムの逆鱗に触れたようだった。

「仲間だと、ふざけんな! 仲間ってのは村に住むみんなのことを言うんだ!」

「で、でも……」

「森に住んでりゃ仲間だあ? 甘っちょろいこと言ってんじゃねえ!! てめえは俺の弟だろうが、村長の息子だろうが、てめえが村のみんなの生活を守らなかったら、いったい誰が守るっていうんだ!!」

 激昂したサムはとうとうヨシアを突き飛ばした。体重差が倍以上あるヨシアはとうてい耐えられずに地面に転がってしまい、サムはそんな弟を見下ろして何かを察したのか。

「おめえ、まさかまだあの翼人と……」

「……」

 唇を噛み締めたまま返事をしないヨシアに、さらに掴みかかろうとするサムを見て、ついにキュルケが止めに入った。

「はいはい、あなたたちそこまでよ。兄弟げんかはあとにしてちょうだい」

 杖を差し出して見下ろしてくるキュルケに、サムもようやく怒りを収めて手を引いた。貴族の怒りを買うということは、ハルケギニアではそれだけでも生死に関わることだからだ。

「も、申し訳ありません、お見苦しいところ見せちまいまして。ほらおめえも謝らねえか!!」

 けれどヨシアはうなだれたままで、声を出すことはなかった。そんな弟の態度に、サムはもう一度首根っこを押さえようとしたが、ヨシアの顔を覗き込んだキュルケがそれを止めさせた。

「ふーん、自分は絶対間違ってないって、そんな目をしてるわね。そりゃ謝れるわけもないか」

 答えないヨシアに、サムは冷や冷やとしていたが、キュルケは柔らかに微笑んで言った。

「平民でも、腹の座った男は嫌いじゃないよ。貴族でも、口先ばっかの男どもよりはね」

「え?」

「なーんでもないよ、ほらさっさと前歩きな。あんたの仕事は道案内だろ」

 背中を押して前に出してやると、キュルケは面白そうに笑った。

 前で待っていたタバサも、早くしろとばかりにこっちを見ている。気を取り直して先導しなおしながら、サムとヨシアは、キュルケの気さくな態度に、これまで村に来たメイジはいばってばかりいて、何かにつけて杖を向けて脅かしてきたのにと驚いていた。

 

 けれど、進んだ先で待っていたのは、さらに前に殺された三人のメイジの灰の山だった。

 タバサはその度に立ち止まってそれを検分していたが、やがてひとつの共通点があることに思い至り、確認のためにサムを呼んで尋ねた。

「貴族様、何かわかったんで?」

「……彼らの杖は、あなたたちが回収したの?」

 実は、殺されたメイジの遺留物には必ずあるはずの杖がどれ一つとして残っていなかった。一人や二人ならいっしょに燃え尽きたとも考えられるが、四人全員ともとは思いづらい。第一戦闘を生業とする傭兵メイジの杖は杖破壊を狙ってこられるのに対処するために、金属製の燃えにくいものを使うことが多いのだ。

 そしてサムの答えはタバサの思っていた通りのものだった。

「へっ? いえ、貴族の旦那方でもやられるようなときには、俺達はもう逃げるのに必死で、そんなことをする奴はいねえはずですが」

 サムは、杖がないからなんなんだと不思議そうにしていたけれど、杖はメイジの命、恐らくは犯人が持ち帰ったのだろうが、果たして翼人がそんなことをするだろうか?

 だがそのとき、先を見に行っていたキュルケが声をあげてタバサを呼んできた。

「タバサ、こっちでも一人やられてるわよ!!」

 急いで駆けつけてみると、そこには言われたとおりに、また一人分の灰が横たわっていた。しかし、よく見るとそれは人間のものではない。周囲には無数の羽が散乱し、傍らには長さ二メイル近い翼が一枚落ちている。

「これは……翼人の死骸だ」

 ヨシアが口元を押さえながらそう言った。

「どういうこと? メイジと翼人が同じ方法で殺されてるなんて」

 キュルケも、そろそろ事の不自然さに気づき始めたみたいだ。翼人への憎しみによって目にフィルターがかかってしまっているサムはともかく、ヨシアもキュルケに同意してうなづいた。

 しかも話はこれだけでは済まなかった。さらに周りを調べてみたところ、同じような翼人の死骸がいくつも見つかったからで、さらにそれらの死骸にもメイジ達と同じく、一つの共通点があった。

「……みんな、片方だけ翼がない」

 その翼人の死骸はほとんどが翼だけは焼け残っていたが、どれも右の翼だけ見つからなかったのだ。

 これらのことから導き出される仮説は一つ、しかしタバサがその結論に達したとき、突然頭上からいくつもの大きな羽音が降りかかってきた。

 

「出た、翼人どもだ!!」

 サムが驚き慌てて後ずさると同時に、彼らの目の前に三人の翼が生えた若い男女が下りてきた。

 その姿は翼があること以外はほぼ人間と同様だが、身につけたものは一枚布を巻きつけただけの極めて簡素なもので、人間とは文化的に違いがあるのは分かる。

「去れ、人間どもよ」

 開口一番、先頭に立った翼人の男が言った言葉がこれだった。他の者達もほぼ無表情で、無防備に両手を下げたまま、こちらを見下している。いつでも、やろうと思えば倒せるという自信の現われであった。

 彼らは、こちらが答えずにいると、森の出口のほうを指差してもう一度言った。

「去れ、我らは争いを好まない。それに、精霊の力を貴様らごときに使いたくはない」

 どうやら実力行使に訴えてこないところを見ると、こちらがメイジであることには気づいていないらしい。偶然森に迷い込んだ旅人とでも見えているのだろうか、この小汚い変装も役に立ったというわけだ。

 と、なれば……今のうちにその優位を最大限に利用すべきだろう。

「どうする? タバサ」

 キュルケがほかの者には聞こえないように小声でした問いに、タバサは杖を隠すような仕草で答えた。つまりは、情報を得ることを優先するということらしい。不安要素を抱えたままでは、後の不測の事態に対処できないかもしれないからだ。

「精霊の力とは、何?」

「お前達に説明してもわかるかどうか、この世の万物には全て精霊の力が宿っている。それらを借りるものだ」

「ここに来るまでに、多くの焼け死んだ死体を見たけど、あれもその力?」

 その瞬間、翼人達の目つきが変わった。

「口に気をつけよ、我らは火を好まぬ。森に生きる我等の生に相反するものだからな。しかし、最近この森に何者とも知れぬ強い"力"を持った者が入り込み、我等の同胞を無差別に殺戮している。お前達がそのようなものとは思えぬが、我等の地を汚そうというなら容赦はせぬ」

 やはり……とタバサとキュルケは合点した。何者かはわからないけれど、ここには村人でも翼人でもない第三者が潜んでいる。ジョゼフがわざわざタバサを指名してきたのは、その何者かに始末させる気なのか? いや、ただ暗殺するなら他に方法はいくらでもある。まだ何か、隠された秘密があるのか?

 タバサは翼人を刺激しすぎないようにして、さらに話を引き出そうと考えた。

 けれど、恐怖といらだちで興奮していたサムが、つい二人をけしかける言葉を口にしてしまった。

「貴族様、さっさとあいつらをやってしまってくださいな!!」

「あっ、馬鹿!!」

 キュルケが止めても、もう手遅れだった。翼人たちも貴族と呼ばれる人間達が魔法を使うということは知っている。それまでの余裕の態度から一転して、身構えて臨戦態勢をとってきた。

 こうなれば、もう隠していても仕方ない、タバサとキュルケも変装を脱ぎ捨てて杖を手にする。

 先手必勝、タバサとキュルケが同時に最速詠唱で攻撃を仕掛けた。

『エア・ハンマー!!』

『ファイヤー・ボール!!』

 どちらも威力は低めだが素早さはある。先住魔法とやらがどれほどかは分からないが、どれだけ強力でも使う前に倒すことができれば関係ない。

 しかし、二人の読みは甘かった。二人の放った魔法は命中するかと思った瞬間、まるで彼らの体を避けるかのように軌道を変えると、後ろの巨木の幹に命中して、大木の表皮を少しはがして焦がして終わってしまった。

「空気は蠢きて、我にあだなす風と炎をずらすなり」

 それが翼人が魔法が当たる前にたった一言だけつぶやいた『呪文』であった。

 そして彼らは今度は二人が同時に別の呪文を口ずさんだ。

「我らが契約したる枝は、しなりて伸びて、我に仇なす輩の自由を奪わん」

「枯れし葉は契約に基づき、水に変わる力を得て刃と化す」

 呪文が唱え終わるのと同時に、周囲の木の枝が鞭のように伸びて迫ってき、さらに周りの枯れ葉が舞い上がったかと思うと、瞬時に手裏剣のように硬く変化して飛んできた。

「これが先住の、森の悪魔たちの魔法……」

 サムは次々に起こる信じられない出来事に放心して、逃げることもできずに突っ立っていた。

 けれどもタバサやキュルケはそうではない。

『ウィンドカッター!!』

『フレイム・ボール!!』

 キュルケの火炎弾がタバサの風で拡散して木の葉を焼き尽くし、風はその勢いのままに近づいてくる枝を切り払った。

「ぬぅ……」

 翼人たちの口からうめきが漏れた。この二人の若いメイジが見た目以上に強敵であることを見抜いたのだ。

 どちらも、簡単には仕掛けられずににらみ合いが続いた。両者の間合いは十メイル少々、魔法使いにとっては一足一刀の間合いに等しい。下手に先に手を出せば返しを喰らう恐れがあるからだ。

 緊張と沈黙が続く……だが、その静寂は頭上からの悲鳴のような声で破られた。

「やめて! あなたたち! 森との契約をそんなことに使わないで!」

 思わず空を見上げると、長い亜麻色の髪をした若い女性の翼人が、ゆっくりと降りてきていた。白い一枚布の衣を緩やかにまとい、翼を広げて降りてくる姿は神話の女神のように神々しく見えた。

「アイーシャさま!」

 翼人たちは、突然のことにうろたえてタバサ達から気を離してしまった。その隙を見逃さずに、タバサは攻撃をかけようとしたが、いきなり後ろから杖をがっしりと掴まれた。

「お願いです! お願いです! 杖を収めてください」

 ヨシアがそのやせた体のどこから湧いてくるのかと思うほどの力で、タバサの杖を押さえつけていた。

 また、アイーシャと呼ばれた美しい翼人も、大仰な身振りで仲間達に手招きする。

「引いて、引きなさい! 争ってはいけません!」

 その必死の呼びかけに、タバサ達と向かい合っていた翼人達も戦意をそがれ、仕方なく共に顔を見合わせていた……だが、やがて力を抜いて、周辺でざわめいていた森の音もやんだ。

 キュルケのほうは、それらの様子を唖然として眺めていたけれど、ヨシアとアイーシャの懸命ぶりを見て、やれやれと杖を収めてタバサに言った。

「やめましょう、これ以上続けたらわたし達が悪者になっちゃうわよ」

「……」

 タバサは無言のまま、キュルケがそう言うならばと杖を握っていた力を緩め、それを感じたヨシアもようやくタバサの杖から手を離した。

 そして、両者共に戦意がなくなったのを確認すると、やっと森に元の静けさが戻ってきた。

 安心したように、ヨシアは翼人の一行を見つめ、アイーシャも切なげにその視線に応え、二人の間に不思議な空気が流れた。

「なるほど……そういうことだったのね」

 タバサは気づかなかったようだが、キュルケはその二人の雰囲気に、自分のよく知った匂いを感じ取っていた。

「さて君……さっきからどうも翼人の肩を持つと思ったらそういうことだったのね。まったく、大人しそうな顔してて意外と隅におけないわね。そっちのお嬢さん、あんたのアレでしょ?」

 そのものずばりの図星をキュルケに当てられて、ヨシアは思わず顔を真っ赤にしてうなだれ、聞こえていたアイーシャもうつむいてしまった。まったく、どこかの主人と使い魔みたく分かりやすいカップルだ。

 けれど、ヨシアは一度大きく深呼吸して気を落ち着かせると、勇気を振り絞るように思い切って言った。

「お願いです! 翼人達に危害を加えるのを……やめてください!」

 そのヨシアの必死の訴えに、サムは怒鳴りつけようとしたがキュルケが手を振って止めさせた。だが、この任務の責任者であるタバサの顔に目を向けると、タバサは無言で首を横に振った。

「そんな、どうして!?」

「任務だから」

 短く言い捨てるタバサに、ヨシアはつらそうな顔を向け、翼人達もまた戦闘体勢をとった。

 アイーシャはもう一度止めようとしているが、彼らも仕掛けてくるのでは迎え撃たねばと、もう治まる様子はない。

「キュルケ……」

「わかってる……」

 タバサとキュルケは軽く目配せをすると、それで全てわかったとばかりに呪文の詠唱を始めた。

 ヨシアは二人を止めようとするものの、サムが羽交い絞めにして押さえつける。

「やめて! やめてください!」

「おめえはいい加減にしろ! こうなったらもう後戻りできねえんだ!」

 風と炎の力が盛り上がり、力となっていく。

 翼人達も、これが先ほどよりはるかに強力な攻撃だと悟り、万全で迎え撃とうと風の精霊の力を結集させる。

 もはや、この激突を避ける術は何もないかに思われたとき、タバサとキュルケはそれぞれ同時に魔法を放った。

『ウィンディ・アイシクル!!』

『フレイム・ボール』

 巨大な氷雪の嵐と、巨大炎弾が同時に放たれる。タバサの十八番と、先ほどより魔力を強く込めたキュルケの得意技が雪山の火砕流のように、怒涛となって驀進する。

「なに!?」

 しかし、翼人達は自分の目を疑った。攻撃の威力にではない。これだけの威力ならば、苦しくはあるが風の力で受け流しきることも不可能ではない。

 攻撃は、彼らにではなくその左手の茂みのほうへと撃ち込まれたのだ。

「何のつもりだ!? 人間よ」

 驚いた翼人は思わず自らの敵に問いかけた。

 だが、タバサとキュルケはそれに答えず、切り裂かれ、炎と煙に包まれる森の一角から目を離さない。

「危ない!!」

 そうキュルケが叫び、右と左に飛びのいたとき、彼女達のいた場所を青白い光の矢が走り、その後ろの木に命中して派手な爆発を起こした。

「ようやく、影でこそこそやってた小心者が出てきたみたいね」

「うん」

 地面に転がりながらも体勢を立て直し、いまだ燃え盛る藪に向かってキュルケは叫ぶ。

「出てきなさい!! そこに隠れてるのはわかってるわよ!!」

 杖を指し、炎が渦巻くなかへ声が吸い込まれていった。

 そして、数呼吸分の間がおかれたとき。

 

「ファッファッファ……」

 

 突然、炎と煙の中から人間のものとは思えない聞き苦しい声が響いたかと思うと、その中から揺らめくように人影が歩み出てきた。

「なっ、なんだあいつは!?」

 サムとヨシアだけでなく、アイーシャや翼人達も現れたその姿を見て愕然とした。

 まるで肉食昆虫のような顔には横に幾本も伸びた牙が生え、青く瞳のない目は鋭くガラス球のように鈍く光り、頭の先端にはサソリの尾のような触角がついている。

 こいつこそ、血も涙もない悪魔のような星の住人と恐れられる、凶悪な宇宙の狩人、極悪ハンター宇宙人、ムザン星人であった。

 

「フフ、フォァッ!」

 奴は、自分に向かって身構えているタバサとキュルケを見据えると、その頭部の触角から殺人光線を撃ち放った!!

 

 

 続く


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