ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第36話  シルフィを返して!! (前編) 二大怪盗宇宙人参上

 第36話

 シルフィを返して!! (前編) 二大怪盗宇宙人参上

 

 宇宙超人 スチール星人

 怪宇宙人 ヒマラ 登場!

 

 

 それは、ある夏の日、例えばギーシュあたりが。

「もーいーくつ寝ると、なーつやーすみー♪」

 とか下手な歌をのたまわってる、いつもと変わらないそんな蒸し暑い日の夕方から始まった。

「美しい……」

 この日、誰にも知られずにトリステインにやってきた宇宙人ヒマラは、トリステイン魔法学院の尖塔の上から、夕焼けに照らされる魔法学院をしみじみと眺めていた。

 そして、その隣では同じく黒マントの怪人が学院の庭を這いまわったり、宙を飛んだりしている幻獣たちを見て。

「珍しい生き物たちだ……」

 と、つぶやいていた。

 そして、二人の怪人はやがて顔を見合わせると。

「ふっふっふふふ、では計画にとりかかろうか」

「むふふふふふ……首尾よくな」

 果たしてその"計画"とは何なのか。それは、まだ誰も知らない。

 

 

 それから、特に騒ぎも起きないまま、一週間ほどの時が流れて、またトリステインに朝が来た。

 小鳥がさえずり、パンの焼ける匂いが香ばしくただよう平和な朝。けれど、そんな平和は長くは続かなかった。

 

「死ねーっ!! このバカ犬ーっ!!」

 早朝の学院に響き渡る、静寂をぶっ壊す怒鳴り声と、それに遅れて轟いてきた爆発音。魔法学院の朝は、屋根の上の雀たちを追い散らすことから始まるのだ。

「おお、今日はまた一段とすごいなあ。この威力だと、寝ぼけてルイズのベッドにサイトが潜り込んでたってとこかな?」

 爆発の音量から推理して、ギーシュがのんきな声で言いながら男子寮から出てきた。

「おはよう、ギーシュ」

「今朝はこれまでも五指に入るほど大きな音だったな。おかげでばっちり目が覚めたよ」

 ギーシュに続いて、女子寮からかなり離れているはずの男子寮から、今の爆発音で叩き起こされた生徒達が続々と着替えて登校を始めていた。

 この、週最低一回程度は必ずある大音響は、春以来魔法学院の名物になってきていて、いい目覚ましとして学生達にはもはや慣れたものとなっている。

 最初の頃はうるさいと苦情が来て、ルイズにもコルベールから注意があったこともあったのだが、キレたルイズがそんなこと覚えているわけもない。結果、放置されることになって今に至る。とはいえ、これがあった日には例外なく学院の全員が目を覚ますので、遅刻がゼロになるという副産物もあり、今となっては奨励する空気もあるくらいである。

 そんな中で、ギーシュは登校しようとせずに、寮の周りをキョロキョロとしている太っちょの生徒を見つけて声をかけた。

「おーいマリコルヌどうした? 探し物かい」

 そういえば、フリッグの舞踏会の時から彼と話をするのも久しぶりだなと思いながらギーシュは彼に歩み寄っていった。あのとき、ガラキングとバンゴに追いかけられて、必死に逃げていた姿は忘れられない。

「あっ、ギーシュか……なあ、ぼくのクヴァーシル見なかったかい?」

 ギーシュは記憶の井戸の底から、しばらく聞いていなかったその名前を引っ張り上げた。

「クヴァーシル? ああ君の使い魔の……確かミミズクだったっけ」

「フクロウだよお。昨日から、何度呼んでも来ないんだ、今日は使い魔を使った実習があるっていうのに」

 丸っこい顔を、人から見たらあまり危機感を感じさせないふうにこわばらせてマリコルヌは言うけれど、やはりその顔のせいでギーシュはあまり真剣になれずに答えた。

「鳥の使い魔はどこに飛んでいくか分からなくなることがあるからねえ。エサをやり忘れて遠くに行っちゃったんじゃないのかね?」

「そんなあ……まあ、確かに最近世話をサボってたかもしれないけど……そんなひどいことはしてないはずだよ」

 とは言うものの、学院の生徒で使い魔の世話を真面目にやっている者は少数派に入る。タバサのシルフィードやキュルケのフレイム、ギーシュのヴェルダンデはかなり恵まれているほうなのだ。なお、当然のことだがもっとも扱いのひどい使い魔は才人である。

 試しにギーシュが地面に向かって呼んでみると、すぐさま地面が盛り上がって大きなモグラの頭が顔を出してくる。

「おお、やはりすぐに来てくれたか!! やはり君は可愛いねえ。ほらねえ、常日頃から愛情を持って接していれば、使い魔はすぐに答えてくれるものなんだよ」

 誇らしげに胸を張ってギーシュは言う。一般には伝わっていないが、惚れ薬の巨大化事件以来、ギーシュの溺愛ぶりにも磨きがかかったようだ。

「うーん……そこまではちょっと、けどこれまでは呼んだらすぐに来てくれたのになあ。感覚の同調もできないし、まさか鷹か何かに襲われてなければいいけど……いや、まさか悪い奴に捕まったりしてるんじゃないか」

「おいおい、フクロウ一羽を誰が捕まえるって? 心配しすぎだよ、それじゃあそのうちヤプールの仕業だとか言い出すんじゃないだろうね」

 それはもちろん冗談だったのだが、どうやらマリコルヌはそうは聞こえなかったようだ。

「そ、そうだそうに違いない!! きっとぼくの才能に目をつけて、クヴァーシルを人質にとって言うことを聞かせようとしているんだ!! 悪の手先になって学院の女の子達に手をかけることになってしまったら……ああ、ぼくにはとてもできない。その前に、愛する君達の手でぼくを殺してくれ」

「……」

 流石に、ギーシュさえも言うべき言葉を失ってしまった。同類と思われては敵わないと、そっと距離をとっていく。

 そこへ、端から見ていたらしいギムリとレイナールがおはようと声をかけてきた。

「災難だったなギーシュ、しっかし気色悪いなあいつは」

「うーん……悪い奴じゃあないんだけど、あの癖はちょっといただけないねえ。それにしても、使い魔がいないとメイジとして格好がつかないだろう。早く見つかるといいんだけどな」

 使い魔とメイジは二つで一つ、切っても切れない関係にある。ギーシュの場合はいきすぎの感があるが、それにしても、いるのといないのではメイジとしての評価に大きな差が出る。

「そうだね。けれど、そういえば最近使い魔を連れている人が少ないみたいに思うな。何か、悪いことの前兆でなければいいんだけど」

「おいおいレイナール、まさかお前もヤプールの仕業かもしれないっていうのか? 考えすぎだよ、ろくに世話もせずに使い魔に愛想をつかされる奴が多いってだけさ」

 ギムリは楽観的に言ったが、レイナールはバム星人、そしてスコーピスの事件に立ち会って、事件の前兆を察知する危機探知能力、端的に言えば第六感が鋭くなってきているように見える。

「本当に、誰か恐ろしいことを計画してるんじゃなければいいんだけど……」

 外れていれば、それが一番いいが……と、レイナールは自分が間違っていることを切に願った。

 

 

 だがしかし!!

 そのころ魔法学院では、本当に世にも恐ろしい計画がスタートしようとしていた。

 

 ここは普段誰も近づかない学院の宝物庫。

 そこに、今不気味な笑いを浮かべる一人の男がいた。

 彼は壁の一角にしゃがみこみ、ぼそぼそと手のひらの何かに語りかけている。

 

 その正体とは……

 

「うひょひょ、行けモートソグニル、この日のために準備した秘密の節穴を通って、女子更衣室という禁断の花園の秘密を暴いてくるのじゃーっ」

 なんと、魔法学院学院長のオールド・オスマンその人であった。彼は、己だけのユートピアを作り上げるという野望の元、公務の合間を縫って、この恐るべき計画を進めてきたのだった。

 だが、長い下準備を終えて、今こそ作戦をスタートしようとしたとき、彼の後ろにどす黒いオーラをまとった何者かが姿を現した。

「ちょっと、オールド・オスマン」

「なんじゃ、今大事なところなのに……げぇ!? ミス・ロングビル、いつの間に!!」

「最初からです。それよりも、わたくしだけではありませんことよ」

 こめかみに青筋を浮かべるロングビルの後ろには、同じような顔をした女生徒がいっぱいのたくさん。

 皆さん無言で乗馬用の鞭やら棒っきれやらを持っている。

「ま、まさか最初からということは……」

「蛇の道は蛇といいますか、それよりどれだけセクハラに耐えながら貴方の秘書をしてきたと思ってるんです? さて、皆さん。この哀れな子羊に厳正な裁きを」

「死刑」

 

 こうして、世にも恐ろしい悪魔の計画はスタート前にストップされた。

 魔法学院は、今日も平和だった。

 

 

 だがしかし、本当に、本当に恐ろしい計画は、別のところですでに開始されていた。

 そのことを、事前に感知できた者は、残念ながら誰一人としていなかったのだ。

 

 学院にルイズの大爆発が響き渡るよりも前の時間帯。生徒達が起き出すより早く、食堂のコック達は生徒達の朝食を用意するのと平行して生徒達の使い魔のためのエサを作っていた。

 この魔法学院は二年生からそれぞれメイジのパートナーとなる使い魔を召喚して、共に生活していくのがカリキュラムとなっており、元はといえば才人もそれでこの世界に呼び出されたものであった。

 使い魔の種類は才人のような例外を除けば、モグラ、カエル、鳥などの一般的な動物から、珍しいところではキュルケやタバサのようにドラゴンの類などの幻獣を呼び出す者もいる。

 しかし、この日はどういうわけか集まってくる使い魔達の数がやたらと少ないように見えた。

「変ですねえ。いつもならみなさん、この時間になると飛んでくるんですのに」

 本日の餌やり当番になっていたシエスタは、使い魔達の少なさに不思議な顔をした。

 使い魔達の中で、特に目立つ風竜のシルフィードやサラマンダーのフレイムはいる。けれども、それ以外のやや小さめな使い魔達の頭数がどうも少ない。

「ふうん、ねえシルフィちゃん、みんなどこに行ったのか知らない?」

「きゅーい?」

 シルフィードは分からないというふうに、首をひねって答えた。竜は幻獣の中でも特に頭が良く、ある程度人間の言葉も理解できるというので、試しに聞いてみたのだが、やっぱり無理だったかとシエスタはため息をついた。

 もっとも、隠しているのだが、ある程度どころか完全にシルフィードはシエスタの言葉を理解していた。ただ、シルフィードは他の使い魔達と違って、森の中に自分だけの居住スペースを作って住んでいるので、本当に知らなかったのだ。

 エサが大量に余ってしまったシエスタは、仕方なく料理長のマルトーに相談に行ったが。

「どうせ貴族の放蕩息子達のことだ。適当に連れまわしてるんじゃねえか、ほっとけ」

 そう言われて仕方なく引っ込むしかなかった。ところが、その次も、そのまた次もやってくる使い魔達の数は減り続けたのである。

 シエスタは不安に思ったけれども、生徒達からは何の達しも無かったので何も言えず、日々減っていく使い魔達の数を数えているしかできなかった。

 

 そして三日が過ぎた朝。

「この、超、超、大馬鹿犬ーっ!!」

 AZ1974爆弾も真っ青な大爆発とともに、またにぎやかな朝が来た。

 けれど、この日は三日前のようにさわやかな目覚めとはいかなかった。

 

「フレイムー、フレイムー、どこ行っちゃったのーっ!!」

「ヴェルダンデー!! ぼくのヴェルダンデー!! 出てきておくれーっ!!」

 

 朝から、授業も忘れて使い魔達を探す声がいくつも学院に響き渡る。

 すでに使い魔の厩舎は空になっており、さらに主人と同居している使い魔や、放し飼いにされているものもほとんどがいなくなっていた。

「これは……もうただ事じゃねえな」

 その騒動を、才人は日課の洗濯をしながら眺めてつぶやいた。だが、その顔はどうにも緊張感に欠ける、なぜなら。

「あの、サイトさん……お顔、大丈夫ですか? 手当てしたほうがいいんじゃ……」

 と、シエスタがたまりかねて言ったように、才人の顔はルイズのこっぴどい折檻によってシュガロンかオコリンボールのようにボコボコになっていたからだ。けれど、もはや慣れたものである才人のほうは、一応声だけは平然とした様子で答えた。

「ああ、大丈夫大丈夫、もう二、三時間もすれば腫れもひくって」

「そ、そうなんですか……すごいですね。ところで、今回は何をしたんですか?」

 引きつった顔で感心するシエスタの隣で、とりあえず才人は洗濯を続けながら話した。

「別にたいしたことじゃねえよ。引き出しの中にカエルのおもちゃを入れておいただけなのに、あんにゃろ親の敵みたいに目ぇ血走らせながらぶっ叩きやがって。いくらなんでも鞭が三本もダメになるまで殴ることはねえだろ。おまけに最後は超特大の爆発ときやがった」

 才人はルイズがカエルが苦手だと知って、ちょっとしたいたずらを仕掛けたのだが、まさかここまでルイズが怒るとは予想していなかった。が、シエスタは仕方なさそうに言う。

「それは、ミス・ヴァリエールも怒りますって、サイトさんだってゴキブリやネズミは嫌いでしょう。それと同じですよ」

「でもさ、あいつは日ごろからたいした理由もないのに俺を殴るしさ、限度ってもんがあるだろ」

 シエスタはそれを聞いて苦笑した。なぜなら、シエスタにはルイズの気持ちが手に取るように分かったからだ。

 一言で言ってしまえば才人に構ってもらいたいけど適当な理由がないから、特に意味無く怒って気を引こうとする。シエスタはとっくに卒業した心理だが、その程度も分かってやれない才人も鈍い。

 才人はなかなか自分の非を認めようとはしなかったが、シエスタに。

「でも、今回はサイトさんのほうから手を出したんでしょ?」

 と、言われて言葉に詰まり、やがて自分のしたことが以前ギーシュと決闘したときの理由と同じと追い討ちされて、ようやく自分が悪いことをしたんだという気持ちになった。

「けれども、この状況はどうなってんだろうな。使い魔達が揃っていなくなるなんて」

 頭を切り替えて当初の問題に返ると、とりあえず洗濯の手を動かしながら周りを見渡した。

 庭には、今朝使い魔がいなくなったギーシュ、キュルケのほかにも、マリコルヌやギムリなど二、三年生が数人探し回っている。

「ええ、今朝はとうとうタバサさんのシルフィちゃんしか来なくなっちゃったんです」

「ふーん……けれど、ほとんどいなくなった割には騒いでる奴は少ねえな。自分の使い魔がいなくなったってのに」

 シエスタは少し悲しそうな顔をした。

「ほとんどの生徒さん達は、使い魔がいなくなってもたいして気にしていないみたいなんです。世話もわたし達に投げっぱなしの人も多いですし……」

「……」

 それを聞いて才人も露骨に嫌な顔をした。要するに、ペットの世話がめんどくさくなって捨てる飼い主と一緒だ。人間の都合で連れてこられたというのに、飽きたらポイ。地球でも動物が主役のアニメや映画が流行る度に似たような問題が起こるので、才人にもなじみはある。そういう者達に比べれば、才人は主人が構ってくるだけまだ恵まれているほうか、痛いけど。

 しかしギーシュ達のように使い魔を大切にしている者には重大な問題だ。

 

「サイトー!! ぼくの、ぼくのヴェルダンデを見なかったかね!!」

「あたしのフレイムも、昨日からずっと見ないのよ。希少種だからだれかにさらわれたんじゃないかって心配で」

 

 彼らのほかにも、ギムリ、レイナールとおなじみのメンバーが才人の周りに集結している。

「おいおいみんなかよ。悪いけど、どれも見てないぜ。それよりも、先生には知らせたのか?」

「いや……使い魔の管理は主人の義務だから、使い魔のことには教師は関与してくれないんだ」

 そりゃ単なる責任放棄じゃねえのかと才人は思ったものの、この学院の教師は数人を除いてろくなのがいなかったなと思い返して納得した。

「お願いダーリン、フレイムを探すの手伝って。あの子があたしを放っていなくなるわけないわ。きっとフーケみたいな盗賊の仕業よ」

 いつもカラカラと陽気なキュルケも今回ばかりは焦っている。そういえば、初めてキュルケと会ったとき、フレイムのことを随分と自慢していたのを思い出した。秘めた愛情ぶりはギーシュに負けないくらいに熱い。微熱に隠れた高熱か。

 単なる使い魔の家出なら手を出すつもりはなかったが、いいかげん事件性を帯びてきた以上、見逃すこともできないかと才人はあきらめた。

「まさかこんなことにヤプールは絡んでないと思うけど、一応調べてみっか」

 そう言う才人の顔はいつの間にか腫れも引いてすっかり元のさえない面構えに戻っていた。再生怪獣ギエロン星獣かライブキングの遺伝子でも入っているのではなかろうか。

 

 そしてルイズとタバサも呼んできて、さらにルイズにロビンを見なかったかと尋ねていたモンモランシーも加わって、またまたこの面子が勢揃いした。

 

 と、その前に。

「ルイズ、今朝はごめん。俺が悪かった」

「な、なによ。まだわたしが怒ってるとか思ってたわけ……わ、わたしは全然っ怒ってなんかないからね。だから、もう……頭を上げなさいよ」

 顔を赤くして必死に視線を逸らすルイズと、ほっとした表情を浮かべる才人、どうやら仲直りできたようだ。けれど、物陰から嫉妬深い目で見ている何者かがいたが、この際無視して問題あるまい。

 まあ、どうせ明日になったらすっかり忘れてまた揉めるに決まっているんだし。そんなこんなで、時間をとられて、気づいたときには昼を過ぎて太陽が傾き始める時刻になっていた。

 

 

「それにしても……まーたこの顔ぶれか、なんか妙な因縁でもあるんじゃねえのか」

 授業をサボって集まったそうそうたる顔ぶれに、見えざるものの手を感じて才人は頭を掻いた。

 けれど、早くも状況を忘れてお祭り気分のギーシュは皆を見渡して演説をぶる。

「なーにを辛気臭いことを言ってるんだね。学院の危機に我ら水精霊騎士隊ことWEKCの勇士八人が再び勢揃いした。これは未来の栄光へと続く始祖のお導きに違いないではないか!!」

「いや、別に学院の危機でもなんでもねえし」

「そもそも八人ってなによ。あたしはあんた達の騎士ごっこに参加した覚えはないわよ」

 調子に乗るギーシュに才人とルイズが冷静にツッコミを入れる。タバサやモンモランシーもそうだそうだとうなづいているが、ならなんでこんなところにいるんだと言われれば、そばにいないと安心できない人間がいるからだと思うしかない。が、口が裂けてもそれは言えない。

「で、これからどうするよ?」

 女子達のきつい視線がいい加減痛くなったので、とりあえずの主題に話を戻した。

「決まってるだろ、ぼく達の使い魔をさらっていった奴を探し出してぎったんぎったんにしてやるんだよ!!」

「そうよ、あたしをコケにしてくれたからにはただじゃ済まさないわ。丸焼きどころか骨の髄まで火を通してやんなきゃ気がすまないわよ!!」

 今回ギーシュとキュルケのテンションが異様に高い。特に火系統のキュルケは文字通りに燃えている。二人とも使い魔への愛情度は学院でも五本の指に入るのは間違いなく、その怒りのボルテージはマックスを向かえようとしていた。

 しかし、意気込みはいいが具体的にはどうするべきか。

 こういうときには知恵袋たるレイナールの出番だ。

「えーと……賊の正体はわかんないけど、ぼく達の使い魔が狙われているのは間違いない。だから、賊は必ず学院に残ったほかの使い魔も狙ってくるはずだ。そこを狙って現行犯でとっ捕まえるてのはどうかな」

「なーるほど、それで残った使い魔といえば……え、俺?」

 皆の目が才人に集中する。一応才人も使い魔のうちだ。

 だが数秒後には「だめだな」と言わんばかりに一斉に視線を逸らされた。

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ!! ああどうせ俺は誰も欲しがりませんよ。悪うございましたね!!」

 逆ギレしたくなる気持ちも分からないでもないが、どんな好事家も才人は初言でいらないと言うだろう。

 けれど、才人はダメだとしても囮は必要だ。今学院で他に残っている使い魔といえば……

「タバサ」

「……わかった」

 キュルケの懇願するような眼差しに、タバサは空に向かって口笛を吹いた。すると、空の彼方から青く大きな姿が一直線に舞い降りてくる。

「きゅーい!」

 着陸したシルフィードはうれしそうにタバサにすりより始めた。フレイムやヴェルダンデは主人に溺愛されているが、シルフィードほど主人に懐いている使い魔はいないだろう。

 が、タバサはそんなシルフィードに無表情のまま『錬金』で作った首輪をひょいとはめてしまった。

「きゅい?」

 目を瞬かせながら、シルフィードは「何これ」と言うようにタバサを見た。

「エサ」

「……きゅいーっ!?」

 気づいたときにはもう遅い。見守っていた才人やルイズ達は仕方が無いとはいえ、手を合わせたりして一斉に祈りを捧げた。

「……ごめんねタバサ、あなたの使い魔をこんなことに使わせちゃって」

「どうせシルフィードもいずれ狙われただろうから、別に問題ない。今は、これが打てる最善の手」

 まあタバサの言うとおりなのだが、シルフィードはそりゃないよと涙目になっている。

 けれど、ギーシュはどうやら違う考えがあるようだった。

「いや、ミス・ツェルプストーの考えにも一理あるが、もっといいエサがあるぞ」

「は?」

 すごく誇らしげな顔をしているギーシュを見て才人はやな予感がした。こいつの言ういい考えが当たったためしがないからだ。

 無駄な時間をとられることを恐れた才人はとっさに一計を案じた。

「へーっ、その様子じゃ自信ありそうだな。ようし、それじゃお前と俺達でどっちが早く犯人を捕まえられるか競争しようぜ」

「ほほお、それはいい考えだ。では、ギムリ、レイナール、ぼくに着いて来たまえ、手柄はぼく達のものだぞ!!」

「おお、頑張れよー!!」

 こうして、ギーシュがなかば強引に二人を連れて行ってしまうと、才人はニヤリとほくそえんだ。

「うし、大成功」

「悪知恵が働くわねあんた。それともギーシュが単細胞だからかしら、まあ、向こうには期待しないでこっちでさっさと解決しちゃいましょ。日が暮れたらもう探しようがないわ」

 いつの間にか、夏の長い日もだいぶ落ちて、日差しに赤みが混じり始めて、夕焼けがそろそろ始まろうとしていた。

 囮役のシルフィードはいまだにわめいている。

「きゅーい!! きゅーい、お姉さまひどいのねーっ」

「ん? 誰か今何か言ったか?」

 聞きなれない声がして、才人は思わず周りを見回した。

「気のせい、気のせい……このっ!」

 なんでかシルフィードの頭をぽかりと殴ったタバサに怪訝な顔をしつつ、逃げられなくなったシルフィードを引き連れて一行は森に向かった。

 

 

 一方そのころ、学院のてっぺんにある学院長室では、オスマンが椅子に縛り付けられて、夕日に赤く照らされながら、黙々と書類と向かい合わされていた。

「とほほ、もういい加減許してくれんかのー」

 あの覗き未遂事件以来、ロングビルと女子生徒達によって十分の九殺しくらいに痛めつけられたオスマンは、かろうじて一命をとりとめたものの……いや、ルイズでさえここまではやらないだろうというくらいにぼろ雑巾のようにされて生き残っていること自体奇跡と言えるか……ともかく、これによって信用を完全に失ったオスマンは、杖を取り上げられたあげくに、魔法の拘束具によって学院長室に閉じ込められて、たまっていた仕事を一日中やらされているのであった。

「はーあ、どうしたらいいんじゃ、これ」

 机の上には文字通り山積みの書類の山、溜め込んでいた自分が悪いとはいえ、さすがに気が滅入る。

「なあ、ちょっと休ませてくれんかの?」

「ダメです。その書類が全部片付くまで、絶対外には出しません」

 扉の外から見張りの冷たい声が響く。女子生徒達の怒りはまだ収まっておらずに、生かさず殺さずの復讐が連日こうして続いていた。カンヅメにされる漫画家みたいなものだが、トイレ以外本当に一歩たりとも外に出されないのはつらい。食事も以前の才人並の粗末なものに落とされていた。

「ふぅ……ところで、ミス・ロングビルはまだ帰らないかね?」

 ロングビルは昨日王宮に提出する書類を持っていってもらい、そろそろ帰ってきてもいいころなのだ。

「いいえ、まだお帰りになっていません」

「ふむ……また何か事件に巻き込まれていなければよいのだが」

 そう言って、気晴らしに窓の外を何気なく眺めたとき。

「ん、あれは……」

 学院の西の塔の先端に、黒い人影らしきものが立っているのが見えた。夕日が逆光となってシルエットしか分からないけれど、マントをして、手に何か箱のようなものを持っているようだ。

「学院長!! しっかり仕事してください!!」

「はっはぃぃ!!」

 しかし、ちょっとでもサボろうとすると鬼のような声で雷が落ちる。比喩ではなく本当に雷撃が来るので無視することはできない。すでに、年寄りをいたわろうとする気持ちは誰一人持っていなかった。

 しぶしぶ、それらの苦痛の山に向かうオスマンであったが、何気なく手にした一枚の便箋に目が止まった。

 そこには、ハルケギニアの文字で短く。

 

"ガクインヲ、イタダク  ヒマラ"

 

 と記されていた。

 

 

 そして、学院長室の真下の中庭の一角では、ギーシュがなにやら奇妙な作戦を実行しようとしていた。

「なあ、こりゃ何の冗談だよお、放してよお!」

 そこには地面に打ち込まれた木の杭に縛り付けられている丸っこい物体。つまりはマリコルヌがはりつけにされて放置されていた。その異様さといったら、通りかかる女子生徒やメイドがのきなみ目を覆って逃げ出していくほどである。

 この、前衛芸術のオブジェも真っ青の気色悪い見世物に、少し離れたところから隠れて見ているレイナールとギムリはギーシュに意味を問いたださずにはいられなかった。

「おいギーシュ、あれは何の冗談だよ!?」

「あんな気色悪いカカシは今まで見たこと無いぞ、何だ!? 呪いか、呪いの儀式なのか」

 しかしギーシュは憤る二人に自信たっぷりに言った。

「ふふ、君達……この天才ギーシュ・ド・グラモンの頭脳が犯人の狙いをズバリ突き止めたのだよ。狙われているのは使い魔、つまり普通では手に入らない希少な生き物達だ……それはつまり?」

「つまり……?」

 二人は、このころになってようやく才人が感じた嫌な予感を感じ始めていた。が、それでも一応はWEKCの隊長ということになっている男の言うことに、一縷の希望を抱いて聞くが。

「つまり、犯人は珍獣コレクターということだよ!! そして珍獣といえば、このミスターマリコルヌをおいて他にはいな……あれ、どうしたのかな君達、杖なんか出しちゃって?」

「ギーシュ、ほんの少しでも」

「お前を信じた……」

 二人は肩をぶるぶると震わせて、そして目いっぱいの怒りを『エア・ハンマー』と共に吐き出した。

「「俺達が、馬鹿だったよ!!」」

 二人の渾身の一撃がギーシュを盛大にふっとばし、学院の壁に見事な『大』の形のくぼみをこしらえた。

「あーアホらしい、おいサイト達のほうを手伝いにいこうぜ」

「そうだな、行こう行こう」

 もはや壁の一部となったギーシュには目もくれず、二人は踵を返すと学院の外へ向かって歩き始めた。

 だが、ふと上を見上げたレイナールの目に、学院の尖塔の上から小さな人影が紙切れのようなものを投げたのが映った。

「あれは……おいギムリ、あれを……」

「ん……?」

 けれどもギムリが反応するよりも早く、その小さな紙切れのようなものが一瞬にして空を覆うほど広がって、彼らの視界を真赤に埋め尽くしてしまった。

 

 

 しかし、そんなことは露知らぬ才人達は、シルフィードがねぐらにしている森のちょっとした広場にて、首輪をつけたシルフィードを森の木に鎖で結んで、犯人が現れるのを今か今かと待ち構えていた。

「きゅーい、きゅーい!!」

 あからさまに囮役にされているシルフィードは、よせばいいのに悲しげに泣き喚いている。

 そんなことをしてもかえって犯人を呼び寄せるだけなんだがなあ。離れた藪の中から見張っている才人達は心の中でそう突っ込んでいた。

「さーて、見え見えの囮作戦だけど、果たして引っかかってくれるかな?」

 我ながら、下手な作戦だと思うが他に方法がないので仕方が無い。なお、当然のことであるがギーシュのほうに期待を寄せている者は、モンモランシーも含めて一人もいない。

「けど、犯人はどうやって学院の誰にも気づかれずに使い魔達を根こそぎさらって行ったのかしら?」

 待っていて退屈な間、キュルケがタバサに何気なく尋ねた。いくら適当に管理されている学院とはいえ、メイジが大勢おり、学院自体一種の城砦となっている。そんなところから誰にも気づかれずに使い魔を根こそぎさらっていくなど、どういう手品を使ったのか。

「私も少し調べてみたけど、厩舎あたりで魔法が使われた形跡はなかった。それに、人間より大きなヒポグリフやバグベアーみたいなのまで一度に消えてる。正直に言えば、見てみないとわからない」

「なるほど、そんなに簡単に分かればすぐに捕まえられてるわね。それにしても、同じ使い魔なのに、なんでダーリンは狙われなかったのかしらね?」

 キュルケにそういう目で見られ、才人はぽりぽりと頭を掻いた。

「そりゃ人間だし、使い魔と見られなかったんだろう。まあ、俺のところに来たらギタギタにしてやるけどな」

 ガッツブラスターを握り締めて、不敵な笑みを浮かべる才人の背中で、「なあ俺を使ってくれよ」とデルフがわめいているが、長剣とビームガンではどっちが頼りになるか言うまでもない。ただし、ガッツブラスターの残弾にはもうあまり余裕がないので、ここぞというときまでは使うまいと心に決めていた。

 そんな意気込む才人を見て、ルイズは冷ややかに言った。

「ま、仮に使い魔が狙われているとしても、あんたみたいに無能な使い魔、だれも狙いはしないでしょうけどね」

「む、どーせ俺は掃除洗濯しかとりえがありませんよーだ。火とか吐けなくて悪かったね」

 わざとらしくふてくされる才人の態度にルイズも調子に乗る。

「ふんっ、そーんなどうしようもない使い魔をずっと保護してあげてるあたしってば、なんて慈悲深いのかしら。あんたみたいな無能者は、このルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが精々保護してあげるわ」

「よっ、胸はないけど器はでかい」

「なぁんですってぇーっ!!」

「ぐばぁ!!」

 例によってルイズのストレートパンチが才人の顔面に炸裂する。ほんとにこいつは一言多いというか、傍目で見ていたキュルケやモンモランシーも、いつまで経っても変化の無い二人に呆れるしかない。

「はいはい、夫婦漫才はそのへんにしておいて、しっかり見張りしなさいよ。いつ犯人が現れるか分からないんですからね」

「ちょ、誰が夫婦漫才よ!! え? あ、ああ、あたしとこいつが、夫婦!? それってつまり、あたしとこここ、こいつががが」

 急にパニックに陥ってしまったルイズは照れ隠しのように才人の体をげしげしと蹴る。それがまた皆の笑いを誘うことになっているので、才人はいい迷惑としか言いようがない。

 だが、そうして待っているうちに、シルフィードに怪しい影が近寄っていた。

「みんな、あれ、あれ!!」

 藪の中から目だけ出して、全員がシルフィードに近寄る影を見つめた。

 そいつは、真っ黒な服とマントをはおい、さらに黒い帽子をかぶった老人の姿をしていた。才人とルイズは一瞬ヤプールの人間体かと思ったが、ヤプールのような禍々しいオーラは感じないから別人だと判断した。

「あいつが、あたしのロビンやギーシュのヴェルダンデを?」

「しっ、まだ分からないわ。もう少し様子を見ましょう」

 男は足早にシルフィードに近寄って、値踏みするように右から左からじろじろと眺めている。シルフィードは自分を観察してくる怪しい男に嫌そうに顔を背けるが、男はそれでもぎょろりと目を見開いて観察を続けている。

 もはや、限りなく黒に近いグレーだが、確証がつかめるまではと一行は息を呑んでそれを見守る。

 だがやがて、男はシルフィードの前に立つと、にやりと笑った。

 

「ふよふよふよふよふよふよふよふよふよ」

 

 意味不明な言葉を男がつぶやいて、バッとマントを翻すと、なんとシルフィードの巨体が手品のように消えうせてしまった。

「なに!?」

 見守っていた才人達も、あまりに驚くべき出来事に愕然とした。しかし、男が踵を返して逃げ出すと、はっと我に返って藪から飛び出した。

「あいつが犯人だ!!」

「逃がさないわよ!! あたしのフレイムを返しなさい!!」

「あたしのロビンもよ!!」

 叫び声をあげて一行は黒マントの男を追いかける。しかし、男はふよふよと奇怪な笑いを立てながら、どんどん加速していって全力で走ってもまったく追いつけない。

「なっ、なんて逃げ足の速い奴!?」

 走っても追いつけないと知った一行は、『フライ』の魔法で飛翔して追うことに切り替えた。飛べないルイズにいたっては才人が抱えてガンダールヴで突っ走る。なお、前回脇に抱えたのが不評だったために、今回はルイズをお姫様だっこしている。

 しかし、荷物扱いよりはましだが、やっぱりすごく恥ずかしい。さらに、抜き身じゃ危ないからとガンダールヴ発動のためにガッツブラスターを使われてデルフがいじけている。というか、背負えばいいのではないのか?

 だが、そうして馬で走るくらいの速さまで加速したというのに黒マントの男には追いつけない。時速に換算すれば優に六十キロは出ているだろう。

「ありゃ人間じゃない」

 どこの世界に時速六十キロで突っ走れる人間がいるものか、そうと分かればなおさら逃がすわけにはいかない。

「しめた。この先は学院よ、追い詰めてしばりあげてやるわ」

 学院に行けば、もはや勝手知ったる自分の庭、他の生徒もいることだし逃がしはしまいとキュルケは不敵な笑みを浮かべた。

 しかし、森を抜けて西日が彼女達の目を焼いて、もう一度目を開いたとき……

 最初は道を間違えたのかと思った。

 目をこすってみると、この時間は学院の尖塔ごしにしか見えないはずの夕日がはっきりと見える。

 けれど、学院のあるべき場所には、大きな四角形の穴が空いているだけで、他には何も無い。

 そこには何もない、だだっ広いだけの平原が広がっていたのだ。

 

「がっ……学院が……ないいぃぃっ!?」

 

 一行は夢でも見ているように、穴のふちに止まって学院があったはずの場所を眺めた。

 黒マントの男も穴の手前で止まって笑っているが、もうそれどころではない。

 だがそのとき、突然頭の上から不敵な笑い声が降ってきた。

 

「フフフフ……ハーハッハッハッ!」

 

「誰だ!?」

 その声の主は、夕焼けの光の中から姿を現すと、黒マントの男の頭上で停止した。

 そいつは黒いマントをつけて、真っ黒い仮面のような顔に大きな赤い目のついた怪人、一目見ただけで即座に宇宙人だとわかるスタイルをしていた。

「君達だね? この星を守っているのは」

 宙に浮いたまま、怪人は悠然とそう言い放ってきた。

 才人は、こいつは俺とルイズがウルトラマンだと知っているなと思ったが、それには答えずに目の前の見たことも無い姿の宇宙人に言った。

「お前が学院を消したのか?」

「いかにも、私の名はヒマラ。ここの他にもトリスタニアの街のいくらかもいただかせてもらったよ。次はガリアあたりに行こうかなと予定しているんだ」

「お前も、ヤプールの手先か!? シルフィードや他の使い魔達をさらって行ったのもお前らか」

「ヤプール? あっはっはっ、あんな芸術を理解しない無粋なやからといっしょにしないでくれ。まあ、成り行きとはいえ、この世界の存在を教えてくれたことだけは感謝しているが、私は何もこの星を侵略しに来たわけではないのだよ。そういう野蛮なことは私の趣味ではないのでね。それに、私は生き物は専門外でね」

 すると、今度は追ってきた黒マントの男が笑いながら大きな頭部を持つ宇宙人の姿になった。

「ふっふふ、私はスチール星人だ。お前たちの飼っている珍しい動物たちは、私が全部いただいた」

 スチール星人、こいつなら才人もエースも知っている。かつて同族が地球のパンダを全部盗んでいこうとしてやってきたという、数いる中でも特に妙な趣味をしていた宇宙人。なるほどこいつなら並の動物園真っ青の使い魔達に目をつけたとしてもおかしくは無い。侵略ではないとはいえ迷惑な奴だ。

 しかし「いただいた」と言われて、「はいそうですか」とあげる奴はいない。キュルケはもちろんタバサも珍しく怒気を見せて杖をスチール星人に向けた。

「ふっざけんじゃないわよ、このこそ泥!!」

「シルフィードを……返して!」

 けれどもスチール星人は、恐らく笑っているのだろう、頭を微妙に上下に揺らしながら言った。

「ふふふ、お前たちにできるかな? それに、しばらく観察していたが、人間共はお前達が使い魔と呼んでいる動物達を粗雑に扱っていたのではないか? ならば私が大事に飼ってやったほうが彼らのためではないかね」

 確かに、ここにいる者達のほかの生徒達は使い魔の世話を真面目にしているとは言いがたい。けれど、そんな盗人猛々しい詭弁に揺り動かされるほど彼女達の怒りは生やさしくは無い。

「泥棒が偉そうなことほざくんじゃないわよ! 人のものを勝手に盗っていくような奴が何を大切にできるっていうの、丸焼けにされる前にさっさとみんなを返しなさい」

「ぬぅ……」

 今にも爆発しそうな彼女達の気迫は、星人さえも黙らせるには充分だった。

 だが、ヒマラはそんな様子を見下ろしながら含み笑いを浮かべていた。

「ははは、威勢のいいお嬢さん達だ。けれども、一度目をつけたものはどんな手を使ってでも手に入れるのがコレクターというものだから、返すわけにはいかないねえ」

「コレクターですって?」

「ああ、彼とはこちらで会って意気投合してねえ。ものは違えど美しいものを愛する者同士に壁はないのさ。それに、私も見つけてしまったのさ、実に美しいものをね。この星には、この広い宇宙でも、ここともう一つの星にしかない美しいものがある。なんだか、分かるかね?」

「……」

 才人らが答えずにいると、ヒマラは誇らしげに語り始めた。

「それはね、夕焼けの街だよ。私は一目で心を奪われた、私は気に入ったものは手に入れることに決めている。だから、私が美しいと思ったものはすべて、私のものなのだよ」

 どこまでも自分勝手なヒマラとスチール星人に、才人達もついに怒ってそれぞれの武器を抜く。

「なんだと!! ふざけるな、そんな勝手が通るか、学院のみんなをどこにやった」

「ふふ、悪いが夕焼けの街は前に手に入れそこなったことがあるので、私も引けないのだよ。それと、人間達は余計だったな。見苦しいので後でまとめてどこかにポイしてしまうつもりだよ。フフフ、ご希望とあれば案内するよ」

 そう言うとヒマラは手を大きく広げると、ぐるりと体の前で回し、一行の視線がそれに集中したとき。

「ハアッ」

 突然、ヒマラの額からビームが放たれた!

「危ない!!」

 とっさに才人はルイズを突き飛ばしたが、その代わりに才人がビームをもろに受けてしまった。

「うわっ!?」

「サイト!!」

 ルイズははっとして才人を見るが、才人の体は一瞬発光すると煙のように消えてしまった。

「ええっ!?」

「ちょっ、サイトをどこにやったのよ!?」

「ハッハッハッハ、彼はリクエスト通り仲間のところに送ってあげたよ」

 慌てて怒鳴るが、ヒマラとスチール星人は笑いながら、すぅっと消えていってしまった。

 

 

 そして才人は、ヒマラの放ったテレポート光線によって、どこか別な空間へと飛ばされていた。

「あいてて……こ、ここは?」

 見渡すと、そこは夕日に照らされた、見慣れた広い芝生の上に立つ巨大な幾本もの塔、魔法学院の前であった。

 けれど、学院から離れた場所にはトリスタニアの街並みがそびえ、見慣れた風景とはまったく違う。

 というか、あっちこっちにオランダの風車やイースター島のモアイ像、パリの凱旋門からタイの寝仏、はては巨大なタヌキの置物まで訳の分からないものがずらりと並んでいて何て言えばいいかわからない。

「消された街か……コレクションするっていうのは、こういうことかよ」

 すると、彼の目の前にヒマラが今度は巨大な姿となって現れてきた。

「ようこそ、私のコレクションルーム、『ヒマラワールド』へ、ここは外界から隔絶された擬似空間だ。私の集めた美しいものを、ぜひ君も見物していってくれたまえ」

「そうはいくか、こんな贋物の世界、すぐにぶっ壊してみんなを元に戻してやる。なあルイズ!! ……ルイ……」

 そこで才人は、大変な事実に気がついた。ここに飛ばされたのは自分だけだ、ルイズは元の世界に置いてきたまま、つまり。

「し、しまった!!」

 変身……できない。

 

 

 続く


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