第35話
あの超獣の闇を撃て!!
宇宙野人 ワイルド星人
宇宙同化獣 ガディバ
蛾超獣 ドラゴリー 登場!
「ふははは、出でよ!! 超獣ドラゴリー!!」
突如天空に開いた真っ赤な裂け目へとヤプールが召喚する。
それに応じて現れたのは、緑色をした体に極彩色の模様をあしらい、長く伸びた牙を生やした昆虫の頭と、腕のように進化した羽に鋭い爪を持った超獣。
平和を取り戻しかけたトリスタニアに四度目の訪れた危機。その名も、蛾超獣ドラゴリーが降り立ってきた。
「ふふふ……また会ったな、ウルトラマンAよ」
「ヘヤッ!!」
ナースの残骸の上に乗り、ヤプールは荒々しく咆哮をあげるドラゴリーを見上げながら愉快そうに笑う。
ヤプールが人間の姿を借りてエースの前に現れたのは、超獣ホタルンガと戦ったとき以来。あのときと変わらぬ不気味な黒装束で、奴はそこに立っていた。
「まったく忌々しい奴よ。あれからも何度もわしの邪魔をしてくれて……しかし、わしの侵略作戦は着々と進行している。この世界が我々の手に落ちるのも時間の問題だ。そして、貴様にもここで死んでもらおうか」
(ヤプール……)
(まさか、こんな真昼間から出てきやがるとは)
(それだけ、自信を深めてるってことかしらね……人を馬鹿にして)
エースの中で、才人とルイズも自ら姿を現してきたヤプールに驚いていた。相変わらず、人を馬鹿にした態度を嬉々としてとってくる。食えない奴だ……
白昼堂々、エースへの深い憎しみを込めた声で、ヤプールの宣告は続いた。だが、包囲陣を敷いている銃士隊がそれを見逃すわけもない。
「貴様、そこから動くな!!」
「ん? いたのか、人間どもよ」
二十丁以上の銃を突きつけてくる銃士隊を、庭を這うアリ程度の価値にしか感じないふうにヤプールは言った。というよりも、今やっとアニエス達がいたことに気づいたと言わんばかりに、平然と見下しながら笑っている。
「貴様が、ヤプールなのだな!?」
敵の首領が目の前にいるという胸の高鳴りを抑えながら、アニエスは銃口を向けつつ怒鳴った。
「いかにも、我が名は異次元人ヤプール……正確には、その意識の集合体と言ったほうがいいかな。理解できるかね? 下等生物の諸君」
薄ら笑いを浮かべながらマントを翻すヤプールに答えたのは、銃士隊の一斉射撃の洗礼だった。だが、それらの弾丸の全ては老人の体に当たる前に、直前で突然失速してボタボタと足元に転がった。
「なに!?」
「はっはっ、そんなものでは、この私は殺せないよ。さて……ぬ? 貴様」
ヤプールが足元を見下ろすと、傷ついたワイルド星人が、這いずりながらもヤプールの足首をがっちりと握り締めていた。
「フィルムを、返せ!」
「ちっ、生命エネルギーを集めた時点で、貴様はもう用済みなのだ。さっさと死ぬがいい」
ヤプールはワイルド星人の手を乱暴に振り払うと、その体を銃士隊のほうへと思い切り蹴り飛ばした。毛むくじゃらの巨体が、まるでぬいぐるみのように宙を舞い、地面に骨の砕ける鈍い音を立てて叩きつけられると、ワイルド星人の口からうめき声と共に大量の血が吐き出されて、その体をどす黒く染めた。
「ふっ、愚か者よ」
「貴様!!」
アニエス達もヤプールのあまりにも残忍な所業に、怒りを込めて剣を抜く。
だが、ヤプールはすでに彼女達などは目に入らない様子で、ドラゴリーを見上げて楽しそうに笑った。
「ふふふふ……かわいい奴よ。さあ、ドラゴリーよ、わしからのプレゼントだ」
ヤプールが宇宙カメラのフィルムを天に掲げると、ヤプールの腕を黒いガス状の蛇、ガディバがとりまいて、フィルムに込められた生命エネルギーを吸収していく。
「ふふ、行け、ガディバ!!」
ガディバはヤプールの腕から放たれると、一直線にドラゴリーの胸に吸い込まれていった。そして、ホタルンガのときと同じようにドラゴリーの全身に取り込んだ生命エネルギーを行き渡らせ、一瞬にしてパワーアップさせた。
「ゆけ、復讐せよドラゴリー!!」
ドラゴリーの目が赤く光り、全身からどす黒いオーラが放たれる。
かつてマリアロケットを破壊することを果たせずに、メトロン星人Jrもろともエースに倒されたとき、さらに復活してメビウスに倒された先代の怨念も受け継いだこの個体は、悪人のマイナスエネルギーをも取り込んで、凄まじい邪悪なパワーに満ち溢れていた。
(あの禍々しい気配、フーケのときよりもずっと冷たい……)
特に、超獣の邪悪な力を間近で感じたことのあるルイズは、その気配を肌で感じ取ったようだ。
「シャッ!!」
エースも、奴から立ち上ってくる強烈な殺気が吹雪のように全身を打ち、うかつに手を出せない。
こいつは間違いなく、以前の個体より強い。
「ははは、数十人分の邪念を取り込んだドラゴリーに、果たして勝てるかな? それでは、健闘を祈るよ、ウルトラマンA」
ヤプールの背中の空間がひび割れ、ドラゴリーが出てきたのと同じ次元の裂け目が生まれる。
「ふははは、はーっはっはっは!!」
「待て!!」
哄笑しながら次元の裂け目へと消えていくヤプールに向けて、アニエスは自分の剣を投げつけたが、寸前で裂け目は破片が逆再生のように元に戻って塞がってしまった。剣は何も無い空間を切って、地面に乾いた音を立てて転がって終わった。
だが、残るドラゴリーは恐ろしげな叫び声をあげると、その身に込められた怨念の命ずるままに暴れ始めた。大きく裂けた口から、真っ赤な火炎がエースに向かって放たれる。
「!? シュワッ」
間一髪、右に跳んでかわしたエースのいた空間をすり抜けて、火炎はその先にあった煉瓦作りの建物を飲み込んだ。するとどうか、火炎は押しとどめられるどころか、頑丈に作られているはずのそれを瞬間的に摂氏数万度に加熱して、あっという間に泥のように赤熱化した溶岩に変えてしまったのだ。
(こ、こりゃあ、並の怪獣の火炎なんかとは比べ物にならない熱量だぜ)
火炎というより、もはや熱線と呼ぶべき威力に才人は戦慄した。かつて復活してメビウスと戦った個体は強力な光線を使うようになっていたが、こいつは明らかにそれ以上だ。
けれども、だからこそこいつはここで倒さなければ、トリスタニアはあっという間に焼け野原にされてしまう。
「ヘヤァッ!!」
敵が強いと分かっているなら、こちらも最初から全力で向かうのみ。
正面からぶつかり合い、エースより頭一つ飛び抜けた巨体に目掛けて、パンチ、キックを打ち込んでいく。しかし、まるで巨木のようにドラゴリーの体は揺るぎもしない。それどころか、逆に無造作にはたくように振り下ろされてきただけの腕の一撃で、エースのほうが吹き飛ばされてしまった。
「ヌゥォォッ!!」
なんという重い一撃だ。かつて地球で戦ったときのドラゴリーもかなりの腕力を持っていたが、このドラゴリーはレッドキング、いやキングジョー級以上のパワーを持っている。さらに奴は、今の一撃で自分のパワーに自信を持ったらしく、今度は自分からエースへ向けて突進してきた。
「テヤッ!!」
大熊に向き合う坂田金時のごとく、エースはドラゴリーの突進を正面から受け止めようとした。が、勢いが強すぎる。エースの四万五千トンの体重を持つ巨体が、まるでマネキン人形のようにあっけなく弾き飛ばされてしまった。
「ヴッ、フゥーン……ッ」
ここまでとは……元々力自慢の超獣だったのだが、かつてとは幕下と横綱くらいに違いがある。
(エースだめだ、接近戦じゃとても敵わない!!)
才人も焦り、エースに離れるように告げる。
このまま長引かされては不利だ。ならば一撃必殺で一気にケリをつける!!
エースはドラゴリーに向かって、投げつけるように腕をL字に組んだ。
『メタリウム光線!!』
三色の破壊光線が真っ直ぐにドラゴリーに叩き込まれる。
だが、直撃して爆発が治まった後には、何事も無かったように平然と立つドラゴリーの姿があった。
(ヤプールめ、ドラゴリーをここまで強化するとは、これが人間の生命エネルギーを大量に吸収した威力なのか)
パワーで敵わず、光線も効かない。早くもエースの決め手のほとんどが封じられたことになる。それでも、実戦で攻撃の効かない敵が現れるなどよくある話だ。宇宙の平和を守るために、こんなところで膝を折るわけにはいかない。
そして、地上に残された人々も、黙って戦いを見守っているということはできなかった。
「全隊散って避難誘導に当たれ! 命令を聞かない者は殴ってでも言うことを聞かせろ!」
破壊されていく街から民衆を逃がすために、銃士隊は街のほうぼうに散っていく。それらを見送ると、アニエスとミシェルは、ナースの隅に倒れているワイルド星人に歩み寄った。
「ぐ……ぬぅ」
彼は豊かな体毛のあちこちに血がにじんでいる重傷であったが、かろうじてまだ息はあった。
「隊長、すぐに始末しましょう!!」
ミシェルはすぐに剣を抜いて星人に突きつけたが、アニエスはそれを手で制して言った。
「待て、こいつにはまだ聞きたいことがある。おい、簡単に死ぬな! 貴様にはヤプールの情報を洗いざらい吐いてもらうからな!!」
これまで完全に謎であったヤプールの情報を知るための、またとない生き証人だ。何としてでも生きていてもらわなくてはせっかく近づきかけた敵の影がまた遠ざかってしまう。アニエスは感情を押し殺して傷の止血を始めた。
けれども、星人は荒い息の中で苦しげに言った。
「無駄だ……この傷では、もう長くはないだろう。それに、私はヤプールに利用されていたに過ぎん……奴に関する詳しいことなど、ほとんど知らん……ぐぅ」
「だったら今しゃべってもらおう!! ヤプールに利用されていたなら、隠す必要もないだろう。言え、ヤプールとは何者で、どこから来るのだ!」
「ふ……奴らはこことは違う世界に住む生命体で、我々もまた、違う世界からここに連れて来られた。まあ……お前達の文明レベルで理解できるかは知らんがな」
ワイルド星人の言葉で、アニエスは先日立ち聞きしたエレオノールの推論を思い出した。
……こことは違う世界がある。信じがたいが、あの話は本当だったのか。
「ならば、その違う世界とやらにはどうすれば行ける?」
「ヤプールと……戦う気かね……ゴホッ、無駄だよ。君達の力では次元の壁を突破することはできない……私のナースも壊れてしまったしな。素直に無力さを自覚して、ウルトラマンにすがったらどうだね?」
その言葉を聞いたとき、アニエスは自制していた感情を爆発させて、ワイルド星人の胸倉を掴んだ。
「ふざけるな!! 自分の家に入った泥棒に何もせずに手をこまねいているようなことなどできるか、我々は力に怯えて縮こまっている奴隷ではない。この国を守る戦士だ!!」
「た、隊長、落ち着いてください!!」
驚いたミシェルが慌てて引き剥がし、後ろからアニエスを羽交い絞めにするが、その怒りはまだとけない。
「ミシェル、お前は悔しくないのか、我々はその存在価値そのものを否定されたのだぞ。いや、我々だけではない、人間そのものが、蹂躙されるだけの無力なものだと言われたのだ」
「それは……」
返す言葉が見つからずにミシェルが沈黙すると、ワイルド星人は自嘲的に笑った。
「ふ……ふふふ」
「何がおかしい?」
「同じだな。お前達も……決して敵わないと分かっている相手に、それでもなおあらがおうとする。そう、お前達が絶対的な力の差があるにも関わらず、ヤプールの侵略に立ち向かおうとするように、我々も種族の老化という、逃れられない運命に抗おうとして、その結果がこの様だ……ぐっ」
ワイルド星人の口から血がしたたり、本当にもう長くないことがわかる。
「我々は、貴様らとは違う。今は無力かもしれないが、いずれ必ずヤプールを倒せるだけの力を手に入れる」
「よいな。未来がある者は……お前達には、老いさらばえて滅び行く者達の気持ちはまだ分かるまい」
それは、なった者にしか分かりはしないだろう。けれど、だからといってやっていいことと悪いことがある。
「老いてなお、若さをひがんだりせず、懸命に生きている者もいる」
あの鳥の骨と呼ばれているマザリーニ枢機卿も、老体に鞭打ってトリステインのために尽くしている。アニエスの、数少ない信頼できる人物の一人だ。
「それは、次世代に希望をたくせるからだ……われ……われには……もはや、受け継ぐべき、若者も……子供も、いないのだ」
「だから、手を汚してでも、若さを手に入れようとしたのか?」
「そうだ……幾千、幾万年にもわたって積み上げられてきた種族の全てが、残らず消えてなくなる……恐ろしいことだと……おも、わぬか?」
アニエスとミシェルは、黙ってそのことを想像した。
そして、過去の忌まわしい記憶を交えて、アニエスは吐き出すように言った。
「私も、幼いころ村を焼き払われ、全てを失ったことがある。だから、失う恐怖は分かるつもりだ……」
「隊長……」
ミシェルは、これまで聞いたことの無かったアニエスの過去の一端を知って息を呑んだ。
「私はそのとき、生きる気力を失い、未来への希望などまったく持っていなかった。だが、時が過ぎていくに従って、次第に何としてでも生きていこうと思うようになった。私の村を焼いた奴に復讐するためにな。確かに、未来が無くなるということは耐え難い絶望だろう。しかし、だからといって他人の未来を横取りしてよいなどいう詭弁は成り立たん」
「わかって……いるさ……だが、お前達の未来も、今日で潰えるかもしれないがな……」
「なに!?」
思わず叫んだアニエスの背後で、建物が崩れる音とともに、とてつもなく重い物体が倒れる轟音が響いた。
振り向いたその先に、信じられない光景が広がる。
「ああっ!! ウルトラマンが」
ミシェルの悲痛な声が響く。
圧倒的な力を発揮するドラゴリーの前に、ウルトラマンAの命運は尽きようとしていたのだ。
「グ……ヌォォ」
地面に倒れ伏し、カラータイマーを激しく明滅させながらエースはうめいた。
今のドラゴリーは、かつてエースが戦った初代や、才人がTVで見た、メビウスと戦った復活体とはレベルが違いすぎる。もはやドラゴリーの姿をした別の怪獣と呼んでも差し支えはないくらいだ。
(ちくしょう。これまでの怪獣なんかとは桁違いだ……)
あまりにも常識を超えたパワーアップに、才人も悔しさをにじませてつぶやく。
考えてみれば、フーケ一人のときでさえホタルンガを並外れて強化させたのだ。その何十倍にも当たる人間のエネルギーを吸収したらどうなるかは子供でもわかる。そのために、ヤプールはワイルド星人を利用して人間の生命を集めさせたのだ。
「グゥゥ……」
ひざを突きながら、何とかエースは立ち上がってドラゴリーに向かって構える。
ドラゴリーは、よろめくエースとは裏腹に、余裕しゃくしゃくといった様子で喉を鳴らして笑っていた。エースが戦闘開始から消耗しきっているというのに、奴はまるでダメージを受けていない。
メタリウム光線はすでに通じず、残った可能性はそれを上回る威力を持つギロチン技に賭けるくらいだが、リスクも大きい。これらの技は、光線技のエネルギーを圧縮整形して刃とするために、消耗度は極めて大きく、万一とどめをしくじったら、その時点で負けが決定する。
勝ち目は、いまやかなり少なかった。だがそれでも、ここで負けてはトリスタニアが蹂躙されてしまう。
けれども、ドラゴリーは当然そんなことはお構い無しに凶悪なうなり声をあげて突撃してきた。これを正面から迎え撃つ力はもう残っていないエースは、とっさにジャンプしてかわす。
「トォーッ!!」
空中で回転しながらドラゴリーの頭上を飛び越える。
だが、街並みを蹴散らしながら突進してきたドラゴリーは、エースに避けられると、急停止して反転して、反対側へ着地したエースに向けて目から稲妻状の破壊光線を放ってきた!
「ヌワァッ!!」
メビウスと戦った際に見せた雷撃破壊光線はエースの体を捉え、激しく火花を飛ばした。
そのまま、ドラゴリーは仰向けに倒れたエースに圧し掛かり、好き放題に殴り始める。
「グワァァッ!!」
倒れながらもなんとか腕を使ってガードしようとするが、奴の打撃は受け止めてもなお激しく衝撃が伝わってくる。
(エース!!)
才人とルイズも、必死に呼びかける。エースの死は、すなわち同化している彼らの死に直結する。しかしそんなことはどうでもいい、目の前で苦しむエースが心配なのだ。それに、才人にはもう一つ恐れていることがあった。
……まずい、ドラゴリーといえば……
かつて初代ドラゴリーが起こした惨劇がエースと才人の脳裏に蘇る。
そして、悪い予感は遂に現実のものとなった。
「ガッ、ウァァッ!!」
ドラゴリーの鋭い爪の生えた腕がエースの首を狙ってくる。なんとか掴まれる前に腕で持ちこたえようとするものの、凄まじいパワーに今にも弾き飛ばされそうだ。
(まずい!! ドラゴリーは以前怪獣ムルチを引き裂いてるんだ)
(なんですって!? じ、冗談じゃないわよ)
そうだ、ドラゴリーは超獣屈指の怪力を持っており、その腕力だけで敵の体を引き裂くなどたやすい。初代ドラゴリーは、ウルトラマンジャックを苦戦させたほどの怪獣ムルチを、怪力で簡単にバラバラにした恐るべき戦歴を持っているのだ。
「ウォォッ!!」
押し返そうとするが、エネルギーが乏しくなってきていることもあり、今にも押し潰されそうだ。奴に掴まれたら、いかにエースといえどもスノーゴンにやられたときのジャックのように、五体バラバラにされてしまう。しかし、どうすることもできない。
そのエースの窮地を、アニエスは血がにじみそうなくらい強く拳を握り締めて見つめていた。
「エース……おのれ、我々はここで見ていることしかできないのか!?」
このときほど、自分が剣士でメイジでないことを憎いと思ったことはなかった。剣でメイジを倒すことはできる。しかし、剣では超獣に届かせることすらできない。どんな系統でもいい、一瞬でも奴の目をそらすことさえできれば……
すでに王軍も緊急出動しているころだろうが、今更到底間に合いはしない。
"彼もまた、戦えば傷つき、倒れることもある……"
以前エレオノールの報告を立ち聞きしたときの言葉が脳裏をよぎる。
こうなれば、せめて敵わぬまでも一糸むくいるか……自分の望みは果たせなくなるが、この国が、いや世界が滅びるのを見てからよりは、死に際がすっきりするだろう。
アニエスが悲壮な覚悟を決めようとしていた時、その傍らで同じように立ち尽くしていたミシェルも。
……私も、戦うべきなのか……
そう思い、懐の中にしまっていた、ある物に手をかけるべきか、最後の選択をしようとしていた。
そんな二人に、倒れていたワイルド星人が、突然荒い息の中で話しかけてきた。
「ウルトラマンを……助けたいか……?」
「なに!? ……当然だ。我々の恩人が危機に瀕しているのに、見過ごすことなどできるか!」
アニエスは怒気を交えて叫ぶ。こんなときに、無力な自分達をこいつはあざ笑おうというのか。
しかし、ワイルド星人は途切れそうな声で、ナースの残骸の隅に転がっている生命カメラを指差して言った。
「ならば、私の……生命……カメラを使うがいい。超獣が吸収した生命力を、吸い返すことができるはずだ……」
「な、なに!?」
「き、聞こえなかったか。その、生命カメラで超獣を……弱体化できるかも、と言ってるんだ」
その予想だにしなかった言葉に、思わず狼狽をあらわにしてアニエスは叫んだ。
「貴様、どういうつもりだ!?」
「ふ……私も、ヤプールに利用されていた身……ささやかな、復讐さ……フィルムが……ないから、吸い切れはしないだろうが、無いよりは、ましなはずだ」
途切れ途切れに話すワイルド星人の口からは、とめどなく血が流れ出して、彼が文字通り命を削ってしゃべっているのだということが見て取れた。
「ぬぅ……」
「隊長、こんな奴の言うことを信じるのですか!?」
アニエスは迷いを見せるが、ミシェルは侵略者の言うことなど信じられないと、言葉を荒くする。
「……ふ……信じたく……ない、なら別にいい。だが、疑っている時間が、あるのかな?」
「!?」
見ると、ドラゴリーの爪が今にもエースの首にかかろうとしている。アニエスは遂に決断して宇宙カメラを拾い上げた。
「……機構は銃とほぼ同じだ、使い方はさっき見せたとおり……」
「礼は言わんぞ。だが、貴様の分も恨みは晴らしてきてやる!!」
そう言い捨てると、アニエスはライフルのように宇宙カメラを構えて、スコープにドラゴリーの姿を映しこもうとした。
だが。
「くっ、だめだ、奴とエースが近すぎる。これではエースまで巻き込んでしまう!!」
宇宙カメラの威力がどれほどなのかは分からないが、万一エースまで悪影響を与えてしまっては元も子もなかった。宇宙カメラにはピントの調節機能も当然あるのだが、アニエスには使い方が分からない。
どうしようもないのか!? 歯軋りしながらアニエスが叫ぼうとしたとき、彼女の前にミシェルが進み出た。
「隊長、私が超獣を引き離します。その隙にお願いします」
「なに……? ミシェル、お前、それは!?」
そのとき、ミシェルの手には銃士隊の標準装備である剣でも銃でもなく、一本の杖が握られていた。
「はっ!!」
ミシェルが素早く呪文を詠唱し、杖を振るうと、公園の地面がはがれて巨大な塊になり、もう一度振るうとそれが弾丸となってドラゴリーの目に飛び込んでいった。これは土系統の魔法、しかも飛ばした土塊の大きさからしてトライアングルクラスのものだ。
「ミシェル、お前メイジだったのか!?」
「説明は後で、それよりも早く!!」
ドラゴリーは突然目に飛び込んできた大量の土に驚いて、エースへの攻撃を忘れて体を起こしている。
チャンスは、今しかない!!
「ちっ!! 喰らええぇ!!」
今度こそ完全にフレームにあわせたドラゴリーに向かって、アニエスは宇宙カメラの引き金を引いた。
そのカメラの銃身からは、輝くビームも高速の弾丸も飛び出しはしなかった。けれども目に見えない光線が確かに発射され、ドラゴリーの体内に巣食っているガディバの生命体を捉えていた。
突然、ドラゴリーの体が凍りついたように動かなくなり、奴の口から苦しげなうめき声があがる。
やったのか? アニエスとミシェルは息を呑んで見つめる。
すると、ドラゴリーの体から黒い霧が噴出してきた。宇宙カメラの影響でガディバがドラゴリーと同化しきれなくなって苦しんでいるのだ。二人は、ここぞとばかりにエースに向かって叫んだ。
「ウルトラマンエース!!」
「今だ!! やれ!!」
その声に応えて、エースは渾身の力でドラゴリーを跳ね飛ばした。
「テェーイ!!」
ドラゴリーの巨体が押し返されて、エースは雄々しく立ち上がる。
(アニエスさん、ミシェルさん……ありがとう)
二人の声を確かに受けて、エースの中から才人は礼を言った。
そして、二人が作ってくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。
エースは残った全エネルギーを、頭上のウルトラホールに集中させた。高圧エネルギーがエースの両手とウルトラホールの間で凝縮されて、光の刃と化していく。
これで最後だ!! 裂帛の気合とともに、エースは作り出した三つの光輪をドラゴリーに投げつけた!!
『ウルトラギロチン!!』
光の刃は狙い違わずにドラゴリーの首、そして両腕に命中すると、強度の弱っていたそこを一瞬にして寸断した!!
「やった!!」
アニエスとミシェルの口から同時に、同じ歓声があがった。
首と腕を失ったドラゴリーの胴体の切断部から、溢れたエネルギーが激しい火花となって噴き上がる。それはまるでその身に込められた怨念が炎となって具現化しているかのように燃え盛っていたが、やがて体内のエネルギーのバランスが完全に崩れたとき、制御を失ったガディバもろとも、かつての個体同様に大爆発を起こし、粉々になって吹き飛んだ!!
(勝った……)
ドラゴリーの破片が風に乗って飛んでいく。
ヤプールの怨念によって三度生を受けた超獣は、再びウルトラマンと人間の力によって倒されたのだった。
(それにしても、恐ろしい敵だったわ……人間の邪念ってものが、ここまで凶悪な力になるとはね)
(そうだな。今度の敵はエースだけでは勝てなかっただろうな)
(だが、奴を倒したのも、また人間の力だ。見てみろ、この世界にも勇気ある人々がいる)
エースの視線の先には、見事な敬礼を送ってくるアニエスとミシェルの姿があった。
そのとき、エースの胸中には北斗星司隊員として戦っていたときの仲間達の記憶が、二人の姿と重なって見えていた。ホタルンガ、マッハレス、ガスゲゴン……TACが助けてくれたからこそ勝てた超獣は数多い。ウルトラマンは決して無敵ではない。その強さの影には平和を守ろうとする人間達の活躍が常にあったのだ。
(アニエスさん、ミシェルさん。すげえな、たった二人で超獣に立ち向かおうとするなんて)
才人は、たとえ近代兵器が無くとも、やりようによっては超獣とも戦うことができるんだと知った。
そう、たとえウルトラマンを倒すほどの強豪怪獣でも、たった一人の人間に敵わずに苦しめられることもある。
(今回も、また銃士隊にいいところを取っていかれたわね。悔しいけど、あの人達は本当に強いわ)
ルイズもまた、単純な力では計り切れないアニエスたちの強さを感じ取っていた。
しかし、それは別に銃士隊だけの特別な力ではない。未熟な身でありながら勇敢に怪獣に向かっていったギーシュたちWEKCの少年たちや、タバサやキュルケら、みんな頼もしい仲間たちだ。彼らもまた歴代の防衛チームに勝るとも劣らない勇気を持っている。
エースは、地上で敬礼を送ってくる二人に向かって一度うなずいて見せると、平穏を取り戻した空を見上げて飛び立った。
「ショワッチ!!」
戦いは終わった。しかし、それは全ての解決を意味しない。
消え行くエースを見送って、アニエスとミシェルは、すでに呼吸も途切れがちになっているワイルド星人の元に立った。
「終わったぞ」
「ああ……お、わった……何も……かもな」
短く消えそうな声で、ワイルド星人は言った。
終わった……それは戦いのことではない。任務に失敗して、彼の帰りを待っているであろうワイルド星そのものの歴史が、今終わろうとしているのだ。
「ワイルド星人だったか、我々は……」
「い、うな……私は、負けた……それだけだ……星に残してきた者達も、間もなく全て死に逝くだろう……ほんの、少し……さ、きに逝く」
静かに、しかし確実にワイルド星人の顔から血の気が引いていく。もはやどんな治療も手遅れだろう。もっとも、彼にはすでに生き抜く生命力自体が残されていないが。
そこへ、ルイズと才人も沈痛な面持ちでやってきた。二人の姿を見ると、ワイルド星人はわずかに笑みを浮かべた。
「若いな……いいものだ、我らは、遠い昔にそれを失ってしまった……ふ、この星なら……簡単に、生命を集められると聞いたが……どうやら、大間違いだった、ようだ」
ハルケギニアの人間の底力を見誤っていたことに、ワイルド星人は今更ながらに苦笑した。
「ワイルド星人、なんでヤプールなんかの口車に乗ったんだ。あいつがどういう奴か、知らないわけじゃないんだろ?」
才人は、なぜワイルド星人ほど知的な宇宙人がヤプールに利用されていたのかと、疑問に思っていたことを尋ねた。
「当然だ、奴は……宇宙でもっとも信用してはいけない者……し、かし、もはや地球では防備が強固になりすぎて、だから……罠だと分かっていても……奴らの提案に、乗る以外に、方法はなかった」
「じゃあ、だまされているとわかっていて……」
そこまで……そこまで追い詰められていたのか。
「そうだ……万に一つ、奴の手をかいくぐれることに、私は賭けた。もっとも、そうするまでもなかったが……な」
戦う気はなかった。本来なら友にもなれたかもしれない温厚な種族の一人が、今や無念の死を遂げようとしている。しかも、そうなるように手をかけたのは他ならぬ自分達だ。
「ごめん……」
ワイルド星人の血まみれの姿を見ると、自然と、才人の口からはその言葉が出ていた。
「あやまるな……お前達はお前達の、当然の権利を行使しただけだ……一方的に、侵攻したのは……私だっ、ぐっ!」
「……」
「だが……お前達が邪魔したせいで……我等の、種族が絶滅することになったのは変わりない……だから、私は……お前達を、決して……許さない」
「……」
何も言わずに、一同はたった一言だけ送られた、恨みの言葉を胸に飲み込んだ。
確かに、彼のやったことは悪だ、しかしそれを悪と断じて正義面して誰が糾弾できるか。たとえ悪だと分かっていても、あえてその道を選んで手を汚さなければならないこともある。一つの正義、一つの論理で全て丸く治められるほど、この世は単純にも親切にもできていない。
「私の死と共に、ワイルド星人は絶滅する……無念だ……父の宿願を、果たすことができなかった」
父の宿願!? その言葉を聞いて才人の脳裏にある記憶が蘇った。
「まさか、かつて地球に来たワイルド星人はあんたの?」
「なに!? ま、まさか……わ、私の父を知っているの、か?」
そうだったのか、かつてウルトラ警備隊と戦い、無念にも地球の土に返ったワイルド星人は彼の……
「ああ、聞いたことがある。地球で、ウルトラ警備隊を相手に、たった一人で戦い抜いた。侵略宇宙人ばかりの中、話し合いを持とうとした数少ない一人だったと」
「そうか、君は地球の……そうなのか……父も最期まで、戦い抜いたのか……その生き様を、覚えていた者がいたのか」
ワイルド星人の目に、一筋の涙が浮かび、そして流れて消えた。
もはや、何も言うべき言葉を無くした一同は、ただ黙って、戦士の死に行く姿を見守る。
「……さらばだ……そして……」
それを最後に、ワイルド星人のまぶたが閉じて、二度と開かれることはなかった。
それから数時間後、四人の姿はトリスタニアから少し離れた丘にあった。
「ここなら、空がよく見える。彼のふるさとにも、少しは近くなるだろう」
彼らは、ワイルド星人の遺体を名も無い丘の一角に埋めて、墓標も無い墓を作った。
すでに破壊されたナースや、ドラゴリーの死骸は王立魔法アカデミーが検分を始めている。しかし、敵とはいえ勇敢に戦って死んでいった戦士の亡骸を、研究材料にされるのは忍びない。
こんなことで彼が許してくれるとは思えないが、せめて安らかな眠りぐらいは……
「今回は、結局誰も救えなかったわね……」
ワイルド星に、何人の星人が残っているかは分からないが、間接的にとはいえ彼らを死なせてしまったのは間違いない。
それに、結局奪われた人々の生命は取り返せなかった。全て罪人のものだからと、割り切ることはし切れない。あの中に、改心出来た者たちがいたかもしれないのだ。
「ウルトラマンは神じゃない。救えない命もあれば、届かない願いもあるさ」
それは、かつてハヤタからミライに送られた言葉で、才人を通して伝えた、北斗星司の言葉でもあった。
「そうね……今回はエースも危なかった。アニエス達が援護してくれなかったら、どうなっていたか」
ヤプールは、確実に戦力を強化してきている。今度のドラゴリーは、いわばドーピングされていたようなものだったが、いずれそんなものに頼らずともさらに強力な超獣を生み出してくるようになるだろう。
やがて、名も無い墓にアニエスとミシェルが敬礼をすると、二人も見よう見まねで同じように敬礼をした。
「わたし、どうしても彼を憎みきれないわ。大勢の人を殺して、街を壊した原因のはずなのに」
ルイズがぽつりと言った言葉に、才人も空を見上げて言った。
「あの人は俺達自身みたいなものだったんだな。俺もお前も、いずれはしわくちゃのじいさんばあさんになって死ぬ。よく言えねえけど、人の若さを奪って若返れるって分かったら、その誘惑に俺達はあらがえるかな?」
二人は視線を落として、アニエスが手に持っている宇宙カメラを見た。
不老不死、不老長寿、よくセットにされて言われるように、不老は人間にとって永遠の憧れだ。その夢を可能にする道具が目の前にある。
「正直、なってみないと分からないわね。けれど、これはこの世にあっていいものじゃない。それだけは言えるわ」
こんなものがあれば、欲深い人々はこぞって手に入れようとして争いを起こすだろう。強者が弱者の生命を奪って君臨し続ける世界、そんな地獄も夢物語ではない。
「そうだよな。アニエスさん、そいつは」
「分かっている。これは人間が持つには危険すぎる悪魔の力だ……今ここで、破壊してしまおう」
ミシェルも、黙ってうなずいた。本来なら、鹵獲品としてアカデミーに引き渡すべき代物だが、その中の誰か一人でもこれを公にすれば、恐ろしい事態を招くだろう。
才人は、剣を失っていたアニエスにデルフリンガーを抜いて差し出した。
「おっ、やっと俺っちの出番か。どーせなら戦いの最中に使って欲しかったが、この際ぜいたくは言わねえぜ。さっさと派手にいくかい!!」
「借りるぞ。ほぅ、なかなか持ち心地がいいな。そんじょそこらの数打ちやなまくらとは大違いだ」
「おめぇさんこそ、なかなかの腕前みたいだな。使い手に持たれるのが一番だが、あんたみたいな手だれに使ってもらえるのもうれしいな」
やっと来た出番に、デルフもけっこううれしそうだ。アニエスのほうもデルフの感触が意外と気に入ったらしく、まるで棒切れのように軽々とデルフを振り回している。
「では、やるか……それっ!!」
高く投げ上げた宇宙カメラに向かってアニエスは跳び、その天頂で華麗に一閃して宇宙カメラを四分割した。
「ルイズ、とどめだ!!」
「まかせなさい!!」
最後に、ルイズが爆発で吹っ飛ばすと、宇宙カメラは二度と復元不能なくらいに粉々になって、風に消えていった。
ルイズとしては、失敗ばかりの自分の爆発が当てにされるのは気持ちのいいものではないが、派手に吹っ飛ばして気も晴れたから、差し引きプラスということで納得していた。
やりきれない思いは残る。しかしこれでようやく終わったのだ。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか、魔法学院へ」
これでやるべきことは全てやった。ヤプールもあれだけ念を入れた作戦が失敗した以上、しばらくは大人しくしているだろう。
ルイズに言われて、才人は満足げなデルフを受け取ると、ルイズといっしょにアニエスに一礼をした。
「それじゃあ、俺達はこのへんで」
「ああ、今回もお前には世話になったな」
「いえ、今回はアニエスさん達がいたからですよ。正直俺なんか大して役に立ってませんって……じゃあ」
別れの言葉を告げて、固く握手をすると、才人はルイズとともに踵を返そうとした。
けれど、その前に突然ミシェルが才人の肩を掴み、何か思いつめたような真剣な表情で睨んできているのを見て、彼は何事かと顔をこわばらせた。
「な、なんすか……?」
「お前、地下貯水槽で、私を、抱いたよな」
「んなっ!? だ、抱いたって」
事情を知らない他人が聞いたら、まず間違いなく誤解されるような言い回しに才人は仰天して思わず赤面したが、ミシェルのほうはより激しく赤面していた。
「い、いや、そういうことではなく……わ、私の命を救ってくれたそうだな。隊長から聞いた。そ、それでなんだがな……借りを作ったままなのは、騎士として、その、あれだから……」
どうやらミシェルは、男性と仕事や口論以外で話すのが苦手らしく、なにが言いたいのかしどろもどろになっていた。それでも才人の顔を見つめながら、意味があるようなないような言葉をつづっていたが、やがて決心したと見えて、大きく息を吸い込んで、怒鳴るようにまくしたてた。
「今回のことは恩に着る! いずれこの借りはなにかで返すから、それまで忘れずにいろ! いや、できるならあのことは忘れろ! 私もできれば忘れたい! ああ、でもそれでは……ええい、とにかく!」
結局、ああでもないこうでもないと、いつものミシェルでは考えられないほどに動揺しきった彼女の独演はしばらく続いた。
その様子を、アニエスはなにをしているんだかと、腹心のふがいなさを無言で見守っていた。もし、ここに別の銃士隊員の誰かがいたら、「責任をとれ、くらいは言えばいいのに」などとアドバイスしたかもしれないけれど、あいにくとそういう方面ではアニエスはまったくと言っていいほどに、無知、無関心だったので、ミシェルの空回りは不幸にも続行されてしまった。
これは喜劇なのか? それとも悲劇なのか? ミシェルはうまく回らない舌をなんとか思いつく限りに回しきると、最後に「感謝してやるからありがたく思え!」と、よくわからない締め方をした。
才人は「ど、どういたしまして……」と、唖然としながら答えたが、あとはもうさっさと帰れとばかりに睨んでくるので、仕方なく、同じように呆然としているルイズを連れて、そそくさと立ち去っていった。
次に会うのはいつの日か、きっとそう遠いことではないだろう。
アニエスとミシェルは、しばらくその背中を見送っていたが、やがてアニエスは、ミシェルが息を整えて、落ち着きを取り戻すと、振り向くことなく問いかけた。
「ところで、お前は私にずっと魔法が使えること、すなわちメイジであることを隠していたな……素性には謎が多かったが、お前はずっと剣士として振舞ってきたのに」
「……私は、確かに元貴族の家柄ですが、それは隊長といえども……」
「言いたくないなら、別に無理に聞こうとは思わん。しかし、なぜずっと隠し通してきた禁忌を破ってまで魔法を使った?」
「それは……自分でも、うまく説明できません。使うつもりは、なかったのですが……隊長、私は……」
冷静になると、ミシェルは自分のしたことがいかに重大だったのかを、あらためて思い知らされていた。
素性を偽っていた以上、隊を放逐されるのが当然だろう。長年積み上げてきたものを一瞬で突き崩されることになるが、今更仕方も無い。
けれど、アニエスの口から出たのは、ミシェルが予想だにしなかった言葉であった。
「その気持ちがあれば、銃士隊としての資格は充分だ。お前が何を望んでいるのかは知らんが、銃士隊として、いや一個の人として誇りを持ち続けるのならば、他に何も言わん」
「……隊長、そんな甘い判断でよいのですか? 私はあなたをだましていたのですよ」
まさかのアニエスの回答に、ミシェルは正直驚いていた。
得体の知れないものを懐に入れておくのだけでも普通じゃないのに、自分の素性を一切探ろうとはしてこない。しかしアニエスは事も無げに言った。
「お前が明確に私を裏切ったなら、遠慮なく私はお前を斬ろう。しかし、裏切る可能性があるだけで部下を切り捨てるようなやり方は、私は好かん」
「私が、ここであなたを殺して、隊長の座を奪いに来るとは考えられないのですか。今なら侵略者と戦って殺されたといえば理由は成り立ちますし、正直、正面きって戦えば、私はあなたを倒せるだけの自信はあります」
「お前こそ、メイジ殺しの私を見くびるな。第一、お前は私が見込んで副長に据えた。その判断は今でも間違っているとは思わん。ツルク星人のときも、中途半端な覚悟の持ち主が、命を懸けて戦えるわけがない。どういう根を持っているにせよ。トリステインを愛しているという一点においては、私と同一だろう」
もう、ミシェルには言うべき言葉が何もなかった。
確かに、彼女には口に出せない過去の闇がある。それは、銃士隊としては決して許されることではないだろう。
本当のことをいえば、ここでアニエスを暗殺することも視野に入れていたのだが、それでもなお平然と自分をそのまま使おうという。この人は大馬鹿なのか、それともとほうもない器量の持ち主なのか。
「ただし、どんな理由があるにせよ。お前がこの国に仇なす存在になったら、私はお前を殺す。それだけは覚えておけ」
「……はっ!」
「では、我々も戻るぞ。部下達が待っている」
アニエスはゆっくりと、停めてある馬の元へと歩き始めた。
そして、仕えるべきたった一人の指揮官の背を見ながら、青い髪の女騎士は、遠い昔に失った懐かしい何かが、胸の中に戻ってくるような、そんな感触を知らず得始めていた。
続く