ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第34話  老いた龍

 第34話

 老いた龍

 

 宇宙野人 ワイルド星人

 宇宙竜 ナース 登場!

 

 

 人間を含む、全生命……それらには生まれ出でた以上、決して逃れることのできない定めが二つある。

 その一つは死。例え宇宙全体を支配するほどに強大な力を持った存在だろうと、何万年という長大な寿命を持つ種族でも、悠久の時の中に滅び、消えていく。

 それでも、生命はその共通する本能により、少しでも死を遠ざけようとして生きてきた。

 しかし、死を遠ざけようとする者には、逃れられないもう一つの定めが待っている。

 緩慢に訪れるそれは、静かにあらゆるものを死へといざなっていく。

 いつか、それがあなたの身にも訪れたら、あなたはそれをどう受け止めますか……?

 

 

 ある夜、盗賊でさえ眠りにつく沈黙の時間……

 トリステインの首都トリスタニアの郊外の丘に、怪しい二人の人影がたたずんでいた。

「あれが、トリスタニアか……」

「そうだ、君の望みをかなえるための場所だよ」

 その二つの人影は、一つは感情を押し殺した声で、もう一つは過剰に陽気さを飾り付けた芝居くさい口調で話し始めた。

「大きな街だ……」

「そうだな、とても大きな街だ……すばらしいだろう。人間が大勢いる」

 二人の姿は、夜陰に紛れて影法師のように黒く染められていた。しかし、陰影だけ見ると、一つはとても大柄で、もう一つは帽子やコートを身にまとっているのがわかる。

「本当に、よいのだな?」

「ああ、もちろん。地球ではもはや防備が固くなりすぎて、君の入り込む隙は少ないだろうが、ここの人間どもは無防備も同然だ。存分にやりたまえ」

「できれば、こんなことはしたくはないが……これも我が種族のため……」

「そうだな、君達にとってはこれが最後の機会だものな……絶対に、成功させなくてはな、ふふふ」

 大柄なほうが思いつめたようなのに対して、もう一人のほうはそれを煽り立てるように、わざと陽気を装ってしゃべっていた。

 彼らはそれから後も、二言三言話し合っていたが、やがて大柄なほうは闇夜の中を何かを決意したかのようにトリスタニアへ向けてゆっくりと歩き始めた。

 コートの男は、その姿をしばらく見つめていたが、その口元には不気味な歪みが生まれていた。

「ふふふ、まあ精々頑張るがいい……滅び行く愚かな者よ」

 そのとき、男の頭上の闇がガラスが割れるように砕けて、真っ赤な裂け目が現れた。

 そして、その不気味な空間からかん高い音を立てて、金色に輝く一頭の竜が飛び出し、夜の闇の中へと消えていった。

「さて、成功するか失敗するか……しばらくは様子を見るか、くくく」

 風に暗い笑い声が流されていき、数秒後には男の姿はハルケギニアから消え去っていた。

 

 

 その一週間後……

 この日は週に一度の休日である虚無の曜日で、商店街はいつものように大変なにぎわいを見せていた。

 すでに復興も大体が終了し、ツルク星人の出現以来怪獣の出現もなく、トリスタニアは以前の活気を完全に取り戻しつつあり、そんな街並みの中を例の二人連れが歩いていた。

「前来たときよりもさらに人が多いなあ、復興ついでに道幅を広げればよかったのに」

「城の防衛上、そうもいかないのよ。道が広ければそれだけ敵が入り込みやすいってことだからね」

 人ごみをかきわけて、はぐれないように歩いていくのはおなじみの才人とルイズだった。

 魔法学院も今日は休み。今頃学院では生徒達が思い思いの方法で休日を満喫していることだろう。本来なら、今日はルイズものんびりと羽根を伸ばしたかったのだが……アニエスからの手紙で呼び出されて、わざわざ時間をかけてここまで出向いて来た。なお前回の反省を活かして、キュルケには気づかれないように撒いてきてある。

 が、それにしても人が多い。街についてから二時間は経っているが、歩けど歩けどちっとも城が近くにならない。

「やれやれ、これじゃ城まで着くのにどれだけかかるか……ルイズ、こうなったら裏道を通るか!?」

「だめよ!! そんなところ入ったらまた迷うのが関の山じゃない、それよりもあんたはスリにやられないようにちゃんと財布を持ってなさい!」

 にぎやかすぎて、叫ばなければお互いの声さえろくに聞こえない。秋葉原の歩行者天国での混雑さながらの人の波、波、波……先に進むどころか、本当にはぐれないだけで精一杯だ。

 そんなとき、唯一はぐれる心配がまったくない奴の声が久しぶりに響いてきた。

「よお相棒」

「あっ、デルフか、どうしたよ?」

 才人はここのところずっと背負っているはずなのに、しばらく話した覚えのない愛剣に話しかけられてちょっとびっくりした。

「どうしたじゃねーよ。おめーここんところろくに俺っちを使わないじゃねーか、おかげで寂しくってよお」

「使ってるじゃねえか、ツルク星人からテロリスト星人のときまでずっと活躍してきただろう。二度も巨大化したくせに贅沢言いやがって」

 確かに、ホタルンガ、バム星人、ツルク星人、テロリスト星人とデルフリンガーが倒した敵はけっこう多い。が、デルフの不満はそれだけではないようだった。

「そりゃーさ、けど最近は立て続けに怪獣ばっかだろ、おめーあの銃ばっかりで、しかも暇なときでもずーっと鞘に入れっぱなしだしさあ」

「駄々っ子かお前は……わかったよ、これからは暇なときでも鞘から出してやるよ。で、用事はそれだけか?」

「ああ、そうだ大事なことを言い忘れていたぜ。財布な、さっきスラれたぞ」

「なに!?」

 慌ててポケットをまさぐるが、そこにあるはずの感触が影も形も無くなっていた。振り返ると人ごみの中をそそくさと逃げていく怪しい男が一人。

「それを早く言えよ!! この馬鹿野郎!!」

 役に立たない見張り役に一言怒鳴ると、見失う前にと男の後を追おうとするが、その袖をルイズが引っ張る。

「待ちなさいよ、ご主人様を残してどこに行く気?」

 そうは言っても早く追わなければスリに逃げられてしまう。前門のスリ、後門のルイズ、どっちを選んでも後が怖い。だったら取るべき道は一つ!!

「ルイズ、体借りるぞ!」

「えっ、えっ!?」

 才人は左手でデルフリンガーを握ってガンダールヴの力を発動させると、右腕でルイズの小柄な体を抱えて人ごみの上に飛び上がった。ここならよく見える。そのまま目測をつけ、飛び石のように通行人の肩から肩へと飛び移りながら、スリを猛烈なスピードで追いかけていった。

「待てーっ!!」

「きゃーっ!!」

 財布を無くしてルイズに身の毛もよだつ罰を喰らってはたまらないと、才人は必死でスリを追いかけて、その腕の中でルイズは恥ずかしいやらうれしいやら怖いやらで、顔を真っ赤にして悲鳴をあげる。

 このとんでもない追手に、スリも裏道にそれて必死に逃げるが、ガンダールヴの能力を発揮した才人はオリンピック選手以上の身体能力で追いすがる。

 

「逃がさねえぞ、この野郎!!」

 遂に裏道の一角で追いついた才人はデルフリンガーを抜くと、刃を裏側に返してスリの脳天に目掛けて振り下ろした。

「峰打ちだ、安心しな」

 鈍い音がして、スリの行く足がおぼつかなくなる。

 だが、スリは意識を失う寸前に別方向からやってきた別の男に、財布を投げ渡した。

「しまった。仲間がいたのか!」

 しくじったと思った才人は再びルイズを抱えて追いかけようとした。しかし、それより前に、男の前に見覚えのある軽装の鎧をつけた一団が立ちはだかった。

 

「止まれ!! 逃げると発砲するぞ!!」

「銃士隊!?」

 

 それは忘れるはずもない、対ツルク星人戦で命を預けて共に戦った銃士隊の勇士達の姿だった。その後ろからは、あのときと変わらず凛々しい隊長アニエスと、副長ミシェルの二人も駆けつけてくる。

 スリは銃口を突きつけてくる銃士隊を見て、仰天して反対側に逃げようとするが、白兵戦技では現在トリステイン最強と言ってもいい銃士隊に抜かりがあろうはずもない。たちまち全ての通路に隊員達が剣と銃を構えて現れ、逃げ道を完全に塞いでしまった。

「ミス・ヴァリエール、サイト、どうしてこんなところにいる?」

「スリを追っかけてきたら、ここに逃げこまれて……アニエスさん達こそ、どうしてここに?」

「最近トリスタニアを荒らしている窃盗団を追っているところだ。少し待ってろ、すぐに片をつける」

 アニエスは、相変わらず猛禽のように鋭い目つきで指示を出し、才人が倒した男を縛り上げさせると、もう一人をあっという間に包囲してしまった。

「あきらめろ、今投降すればしばり首だけは免れられるぞ」

 冷徹に、ドブネズミかゴキブリを見るような目つきでアニエスは盗人に言い捨てた。普通、街の治安維持は衛士隊の仕事だが、犯罪の規模が大きいときは銃士隊や魔法衛士が援軍に出ることもある。日本で言うなら警察とSATの関係に近いか。

 周囲は完全に包囲されて、無理に逃げようとしても切り刻まれるか蜂の巣にされるかしかない。盗人の進退も窮まったかと思われたが、奴は往生際悪く、道ばたでゴミにまみれて眠っていた浮浪者の首根っこを掴むと、その首筋にナイフを突きつけて脅してきた。

「近づくんじゃねえ、さもねえとこいつの命はねえぞ!!」

「……クズが、やってみるか? そうしたら貴様には斬首しか残ってないがな。もっともその前に拷問で組織のことを洗いざらい吐いてもらう。軍の拷問の苛烈さ、貴様の低劣な脳みそでも想像くらいできよう。私は聖職者ではないから天国とやらには案内できないが、地獄なら迷わず送り込んでやる」

 そのときのアニエスは、悪人に一片の情けもかけずに無限の苦痛へと叩き落すという地獄の閻魔大王そのものの、罪人への一切の妥協を許さない鬼の目をしていた。

「くっ、くそ! 俺は本気だぞ! 銃士隊が一般市民を見殺しにしていいのかよ?」

「アニエスさん、このままじゃ人質が!」

 盗人と才人の声が薄暗い裏通りにこだまするが、アニエスの態度は変わらない。

 しかし、盗人のナイフが浮浪者の喉下に当たろうとしたとき、離れた家の二階の窓から金属の筒のような物が盗人に向けられた。

「くっ、こうなったらこいつを殺し……」

 そのとき、怒りの形相だった盗人の目から急に光が消え、腕がだらりと下がってナイフが取りこぼされ、ついで体が人形のように地面にぐしゃりと倒れこんだ。

「確保しろ!!」

 すぐさま銃士隊員が人質を助け出し、犯人を拘束する。

 しかし、取り押さえられたはずの犯人の顔を覗き込んだ隊員は絶句した。

「し、死んでます」

 盗人の呼吸は完全に止まり、瞳孔が開いて脈も途切れていた。つまりは、完全に死亡していた。

 これには成り行きを見守っていた才人とルイズも驚き、呆然と遺体を見つめていたけれども、アニエスがぽつりとつぶやいた言葉が二人の意識を現実に引き戻した。

「またか、これで一三件目だ」

「またか? だって!」

 そう、この事態は銃士隊にとってはじめてではなかった。

 ふたりはアニエスから、ここ数日トリタニアで盗人、ごろつき、違法商人などが次々と謎の死を遂げていることを聞かされ、唖然となった。

「しかも、死因は王宮医師が念入りに調べてもまったく判明しない。魔法の可能性も考えられたが、ディテクトマジックにも一切反応がないそうだ……しかし、罪人ばかり突然死するというのも偶然にしても多すぎる。つまり、なんらかのトリックを使った連続殺人というのが我々の見解だ」

「連続殺人、もしかして俺たちを呼んだのは、そのためですか?」

 才人はそう言うと、ポケットから一通の手紙を取り出して広げた。そこには『ヒラガ・サイト殿、至急知恵を借りたし、明日銃士隊詰め所まで来られたし。銃士隊隊長アニエス』とハルケギニア語で書かれていた。ただし才人はまだハルケギニア語を読めないためにルイズに代わりに読んでもらい、「なんであんたが城に呼ばれなきゃならないのよ!!」と怒って一緒にトリスタニアまで来たのだ。

「ああ、それは間違いなく私が出したものだ」

「ふんっ、天下の銃士隊も落ちたものね! こんな冴えない犬っころに助けを求めるなんて」

 才人が他人に手を出したり出されたりすることを極度に嫌うルイズは、そのうっぷんを我慢することもなくそのまま吐き出したが、その銃士隊を侮辱する発言にミシェルが剣の柄に手をかけた。

「貴様、いかにヴァリエール家の息女だろうと、我らに侮辱は許さんぞ!!」

「やる気? ちょうどイライラしてたところだし、相手になってやるわよ」

 ルイズも杖に手を掛けて睨みあう。だが幸いにも、一触即発になる寸前に、アニエスと才人が止めに入った。

「よせミシェル、決闘はご法度だぞ。ヴァリエール殿も杖を収められよ」

「やめとけってルイズ、ここで銃士隊とケンカしてどうすんだ。すいません、なんでかこいつ気が立ってるみたいで」

 それでようやく二人とも武器を収めたが、才人は「誰のせいで気が立ってると思ってんのよ!!」とルイズに蹴りを入れられて、切ない場所の痛みに理不尽さを感じながらもだえた。

「申し訳ありません隊長。沈着さを欠いておりました……ふぅ、まあとりあえず久しぶりだなサイト。どうやら、まだ殺されずに使い魔をやっていたようだな」

「ミ、ミシェルさんこそ……相変わらずキツイっすね。そんで、俺を呼んだのはその事件の捜査のためですか?」

「そうだ。もちろん、単なる殺人事件なら銃士隊の面目にかけて解決する。しかし、二日前にそうも言ってられない事態が起きてな」

 アニエスは、 まだダメージから抜け切れない才人をやれやれというふうに眺めて、腰に手を当てると、才人をわざわざトリスタニアに呼び寄せることになった事件のあらましを語り始めた。

「二日前の夜、衛士隊の本部に三〇人ほどの罪人が収監されていた。ロマリアから流れてきたという強盗団の一派で、貧民街に潜伏していたところを逮捕したのだが……」

 

 

 その夜、久しぶりの大捕り物に衛士隊本部は厳戒態勢で臨んでいた。

 本部の建物はいつもの倍の見張りが置かれ、非番の者も駆り出して、強盗団の脱走や、仲間達が奪還に来ることに備えていた。

 しかし、実のところとしては彼らは、ツルク星人の襲撃時に大損害を出した上に、女ばかりの銃士隊に手柄で大きく水をあけられてしまったことへの焦りがあったのだが、理由はともあれ本部はアリの一匹も通さないはずの鉄壁の守りを備えていた……はずだった。

 翌日の朝、朝食を持って監房に入っていった兵士の見たものは、鉄格子の奥で物言わぬ冷たい塊となった盗賊達の姿だったのである。

 いったいこれはどういうことだ!! 衛士隊長をはじめとする幹部連は激怒して、見張りについていた兵士達を問い詰めた。だが、兵士達の誰一人として犯人の姿どころか、夕べは何も異常はなかったと言うばかりだった。

 もちろん、監房は本部の最奥、しかも地下に置かれており、侵入するには本部の中を突っ切らねばならない。けれどもその途中には何十人もの武装した兵士が見張りに着いており、さらにディテクトマジックのかかった魔法の探知装置も存在している。その全てを誰にも気づかれずにすり抜けて、強盗団を殺害するなど不可能だ。

 だが、強盗団の中にたった一人だけ生存者がおり、そいつの証言から驚くべきことが明らかになった。

 彼は、強盗団の会計をしていたという年のころ六十過ぎの老人で、牢獄の片隅で眠っていて、夜中に扉の開く音がして目を覚ましたところ、入り口から見張りの兵士といっしょに、全身まるで羊のように毛むくじゃらの大男が入ってきた。

 その老人は最初、その大男の毛むくじゃらの異様な風体に恐怖して寝たふりをしていたが、薄目を開けてじいっと観察していると、大柄な男の額が光って、兵士を赤い光で包み込んだ。すると、それを浴びた兵士はまるで夢遊病のようにふらふらと部屋の外に出て行ってしまったのだ。

 そして、毛むくじゃらは自分を含む一団の顔を順繰りに見回していき、やがて仲間達に手に持った鉄で出来た筒のようなものを向けてまわった。そうしたら仲間達の寝息が順に聞こえなくなり、そのまま入り口から出て行ったという。

 当然、この話は真偽を疑われたが、作り話にしてはできすぎているし、こんな荒唐無稽な話を作る必要もない。と、なると……犯人はその毛むくじゃらの大男、しかもそいつは兵士といっしょに入ってきたというではないか。

 ただちに監房の見張りの兵が尋問された。その結果、昨晩の深夜の一時に記憶がなぜか飛んでいたといい、他の兵士にも問いただしたところ、皆同時刻に記憶を失っていたと証言し、事件の全貌が見えてきた。

 

「なーるほど、その赤い光ってやつは催眠術か、そいつで兵士達を操って侵入したってわけだな」

「デルフか、お前も久しぶりだな。しかし、それだけの人間をいっぺんに操れる催眠術師なんて聞いたこともない。魔法かマジックアイテムを使えば別だが、探知には何も反応が無かった。それに、そいつが一連の殺人事件の犯人だと推定できるが、どうにも不可解な点が多すぎる」

 まず第一に、殺害方法がまったく不明、外傷も毒物の反応もなく、全員死亡理由が分からない。

 第二に、殺害されているのは全員罪人ばかり、その場にいた兵士や市民はまったく被害を受けていない。

 第三、犯人の目撃情報が無い。これは目撃者の記憶を片っ端から消しているとしか思えない。

 第四、魔法やマジックアイテムは一切使用された形跡はない。

 そして何より、こんなことは人間技では不可能だということだ。

 

 そこでアニエスの記憶をよぎったのは、バム星人、ツルク星人戦で敵の特徴を正確に言い当てた才人の存在だったというわけだ。

「と、いうわけだ。人間技では不可能でも、ヤプールの手下のウチュウジンとかいう連中なら不可能ごともやりかねないからな。心当たりはあるか?」

「うーん、なくはないけど……」

 顎に手を当てて才人は考え込む仕草をした。

 地球でもウルトラ警備隊の時代に同じような事件が起きた事がある。しかし……正直、この宇宙人とはあまり戦いたくはなかった。

「恐らく、被害にあった人達は殺されたんじゃなくて、生命を吸い取られたんだ」

「生命を? どういう意味だ」

「説明しづらいけど、そうとしか言えないらしい。人間の体から、生命そのもの……魂といえばいいか、それを奪い取ってしまう機械を作り出した星人が、昔来たことがあったそうだ」

 地球人の科学でも、いまだ全容が知れない宇宙人のテクノロジーをハルケギニアの人に説明するのは面倒だが、とにかく心当たりがあるということは伝わったようだ。

「まぁ、まったく手を触れずに人を殺せる道具を持っているということはわかった。とにかく、犯人がお前の知っている奴なら話が早い。質問したいことは他にも山ほどあるが、とりあえずそいつがどこにいるかが知りたい」

「たぶん、どっかに隠れ家があるはずだけど……トリスタニアも広いからな……」

 そう簡単そうに言われても才人も困ってしまう。この人口数万人の大都市からたった一人を探し出すなど……いや、考えてみればそれが銃士隊の仕事だった。

 頭を抱えていると、アニエス、ミシェル、ルイズの役に立たないなという視線が痛い。しかし、どうしたってわからないものはわからない。難問のときに限って自分を指名してくる教師に当たったときのように、才人は困り果てた。

 と、そのときデルフがひょいと鞘から出てきて言った。

「よお、相変わらずおめーら相棒を困らせるのが趣味だねえ、けど相棒は基本どーしょーもないくらいの凡人だってこと忘れんなよ」

「デルフ、お前それ全然フォローになってねえぞ。物干し竿にされたいならいつでも言えよ」

「軽いジョークだよ。俺は退屈には慣れてるけど、退屈は好きじゃねえ。それで、人探しのヒントだが、そいつは悪党ばっか狙ってんだろ? だったら適当な悪党囮にしておびきよせりゃいいんじゃねーの」

 デルフの提案に才人とルイズははっとしたが、アニエスは冷めたもので。

「その案は考えたが、あいにく収監中の罪人は二度目を防ぐために全部城の地下牢に移された。ならば我々が罪人に扮しておびき出そうとしてみたが、相手もさるもので引っかからん。だから現行犯で捕まえようと、こうして出張ってきていたのだ」

「敵もなかなか頭がいいね。だったら、隠れ家に踏み込むしかねえが、相棒、お前の国じゃあ、そいつはどうやって捕まえたんだ?」

「確か、洞窟に潜んでいたところを、妙な音がしてそれで発見された……けどトリスタニアに洞窟なんて……いや、待てよ、なんで妙な音なんかが……そうだ!」

 何かが頭の中で組み合わさったようで、才人ははたと手を打った。

「アニエスさん、トリスタニアに下水道かなにかみたいな、大きな地下空間がある場所はないですか?」

「ぬ? ……西の公園区画の地下には有事の際の地下貯水槽があるはずだが」

 そこだ! 才人は犯人がその地下貯水槽の坑道の中を隠れ家にしていると断言した。

 理由は後で話すとして、敵は一人分の生命を奪うことに成功し、いったん隠れ家に引き上げている可能性が高い。銃士隊はただちに西の公園区画に向かった。

 

 

 地下貯水槽は公園の地下深くにあり、そこに続くまでには洞窟のような地下通路が広がっていた。

 案の定、入り口にかけられていた鍵は壊されており、扉にも頻繁に開け閉めした跡がある。

「この狭さでは大軍では入れないな。よし、私とミシェルで様子を探る。残りの者は出口を塞いで誰も外に出すな……サイト、お前はどうする?」

「俺は行くよ。俺の思ってるとおりの奴なら……いや、とにかく行きたい」

 言おうとした言葉をぐっと飲み込んで、才人は同行を願い出た。

 そしてルイズも。

「あんた、何か隠してるわね……わたしも行くわ、使い魔だけに危地に行かせるわけにはいかないからね。その代わり、しっかりわたしを守りなさいよね」

 何かを思いつめたように闇の奥を覗き込んでいる才人に、ルイズも深く追求するのはやめた。

 

 地下通路はしめっぽく、懐中電灯代わりのたいまつの明かりだけが暗闇をぼんやりと照らし出して、地獄に向かって下りているような印象を受ける。

 そんななかで、才人は心当たりの星人に関する自分の知る情報を三人に話していっていたが、やがて彼らの目の前に、半径五十メイルほどの広大な地下の湖が姿を現した。

「うわ、まるで海じゃねえか。これ本当に地下かよ。なんて広さだ……」

 才人は、目の前に現れた巨大な地底の湖に呆然としてつぶやいた。貯水槽と言っていたが、これなら数ヶ月にわたってトリスタニアの全住民を喉をうるおしてなお余りあるだろう。

 まるで、東京ドームをそのまま地下に作ったかのような広大さを持つこれは、かつて土系統の使い手二十人と、モグラなどの使い魔によって作られたという。地球で同じ規模のものを作ろうとすれば土木重機を総動員して何ヶ月もかかるだろう。ペルシダーのような地底戦車を使えば別だろうが、こういう部面ではハルケギニアの魔法力が地球の科学力を凌駕しているようだ。

「出て来い! ここにいるのは分かっている!!」

 地下の湖のほとりでアニエスが叫んだ声が、山彦のように地下空間にこだまする。

 才人とルイズは固唾を呑んで、木霊が収まるのを待った。

 そして、十回以上響き渡ったアニエスの言葉が完全に消えたとき。

 

「よく、ここがわかったな」

 

 突然目の前から声がして、闇の中から顔以外の全身を長い体毛で覆われた、雪男のような巨漢が姿を現した。

 とっさにアニエスとミシェルは銃を向ける。しかし大男は落ち着いた様子で、両手のひらを前に出して、戦う意思がないことを伝えてきた。

「撃つな、人間よ。我々ワイルド星人は、この星を侵略しにきたわけではない」

 ワイルド星人は両手をさらして銃口の前に無防備に立っている。

「侵略の意思はない、だと? ならばなぜ大勢の人々を殺した?」

「聞いてくれ、我々の種族は皆老衰し、間もなく滅亡しようとしている。どうしても若い生命を取り入れなくてはならない。その必要な若い生命を集めるために私は来た。分かってくれ、たくさんではない、ほんの少し、人間の若い生命を分けてほしいのだ」

 やはり……と、才人は自分の推測が当たっていたことを複雑な気持ちで感じた。

 宇宙野人、ワイルド星人……ケムール星やケットル星などと同じく種族全体が老衰した宇宙人。そのため、滅亡を免れるために、かつても生命を吸い取るカメラを開発して、地球人の若い生命力を盗み出そうとしたことがある。

「貴様の言い分はわかった。だが、勝手に人の命を奪っていいと思っているのか?」

「悪いことをしているとは思っている。しかし、願い出ても人間は私の頼みを聞いてくれはしないだろう。だから、市民には手を出さずに悪人のみの生命を採取した。どうせ放っておいても死罪になるような者たちだ、奴らの無駄な命の代わりに、未来を失いかけている我々は救われることができるのだ!」

 彼の懇願の言葉に、だまそうとしている意図はなく、ただ必死に生き延びようという意思のみがあった。

 そしてその執念は、アニエスらはともかく、才人とルイズを圧倒し、少なからず心を揺さぶった。

 

 ……悪人が死んで、代わりに普通の人が生き残れるのなら、そのほうがよいのではないか……

 

「確かに、どうせ死罪になるような連中なら……サイト?」

「俺も少しだけそう思った、けどな」

 ルイズと才人は複雑な思いを抱いたまま、目を見合わせた。それは、口には出せないが、万人が多かれ少なかれ抱いている思いだったけれど、だからといってそれは善では決してない。

 銃口を下ろすことなく、アニエスは答える。

「貴公の一族の境遇には同情する。しかし、たとえ明日処刑される罪人であろうと、トリステインの人間の命を勝手に持ち去ることは許さん」

「ならば、我々にこのまま死を待てというのか? 生きる努力を放棄することも、また罪ではないのか!?」

 ワイルド星人もまた必死に訴えた。彼も自分のしていることが悪だということは自覚している。

 だが、こんな例え話がある。あるところに飢えた子供を抱えた父親がいる、目の前には誰のものともわからない桃の木が一つ、この場合、桃を盗んで子供に食べさせるべきか、それとも盗まずに子供を飢え死にさせるべきか……どちらを選ぼうと罪になる。この問題に正解はない。

 しかし、回答拒否は許されない。アニエスは断固として言い放った。

「貴様が生存権を主張して、我らの生命を狙うのならば、我らにも同様に抗う権利がある。一つたりとて、貴様に命をくれてやることはできん」

「悪人を庇いだてしようというのか?」

「そうではない、人の命はどんな人間であれ、その者のみのものだ。どんな理由があろうと、人の血を吸って身を肥やすような文明を、私は認めない」

 同情はする。しかし、だからといって一方的に生命を持ち逃げしようとしているのは、形は違えど侵略と同じである。

 そして、いかなる悪人といえども、その尊厳を奪い取る権利は誰にもない。どこまでいこうと人間は人間、その命はその者だけのもの。例えるなら、今すぐ臓器移植を必要とする患者がいたとしても、刑務所の死刑囚の体を切り裂いてよいなどいう法はない。

「それでは、これまで集めた分の生命だけでもいい」

「だめだ、私が貴様に提案する選択は、今すぐ集めた分の命を返すか、ここで撃ち殺されるか、二つに一つだ!」

 妥協案にも、アニエスはまったく動じず銃を構えなおした。

 すると、ワイルド星人は黙ってうつむいていたが、やがて悲しそうに顔を上げた。

「残念だ……だが私もここでやられるわけにはいかない!!」

 いつの間にか、ワイルド星人の手には大型のライフルのようなものが握られていて、それがアニエスへと向けられた。

「隊長!!」

「宇宙カメラだ!!」

 ミシェルと才人の絶叫が地下空間にこだまする。

 宇宙カメラに捉えられたが最後、目に見えない光線が人間の生命をカメラの中へと吸い取ってしまうのだ。

 だが、交渉が決裂したときのために神経を研いで待ち構えていたアニエスは、山猫のように俊敏な跳躍でカメラのフレームから逃れると、銃の照準をワイルド星人の心臓にめがけて撃った。

「グッ!!」

 撃たれたワイルド星人は胸を抑えてよろめいた。しかし、パワーのないフリントロック式の火薬銃の威力では、球形弾丸はワイルド星人の分厚い体毛にさえぎられて、その下の皮膚までたどり着くことができずに、ぽとりと地面に転げ落ちた。

「撃て!!」

「はっ!!」

 ミシェルもまた星人をめがけて銃を撃った。しかし、体には効き目がないので体毛のない顔面を狙ったけれども、見越していた星人に腕で防がれてしまった。

 こうなると、再装填に手間のかかる銃は役に立たない。アニエスらは銃をしまうと剣を引き抜き、才人もデルフリンガーを抜いて、杖を構えるルイズの前に立った。

「イヤァァッ!!」

 アニエスに先じてミシェルが大きく振りかぶって斬りかかる。

 しかし、ワイルド星人の額についているマークが光ると、ミシェルは振りかぶった姿勢のまま、凍りついたように固まってしまった。

「催眠光線だ!!」

 ワイルド星人は肉体こそ衰えているが、超能力ではまだ人間をしのいでいる。立ったまま眠らされてしまったミシェルに、生命を吸い取る宇宙カメラが向けられた。

「ミシェル!!」

「ルイズ、今だ!!」

「ええ!!」

 星人が引き金を引く寸前、ルイズの爆発魔法が地面を吹き飛ばし、大量の粉塵を巻き上げた。いかに超テクノロジーの塊とはいえ、カメラはカメラ、被写体がなければ写真を撮ることはできない。

「うぬ……おのれ」

 対象を失い、うろたえるワイルド星人は宇宙カメラを構えたまま立ち尽くした。

 さらにそのとき、煙の中から飛んできた短剣が星人の左手の甲に突き刺さった。

「ぐっ……」

「あきらめろ、私は貴様より夜目が利く、その手ではもう満足に狙いはつけられまい」

 最後の情けと、アニエスは剣の切っ先を突きつけて降伏を勧告する。けれど、ワイルド星人もまた、どうしても譲れない使命を背負っていた。

 

「ナァース!! ナース!!」

 

 ワイルド星人が湖に向かって叫ぶと、水面が泡立ち、そこから金色に輝く龍の頭が浮かんできた。

「あれは!?」

「黄金の……龍?」

 これこそ、ワイルド星人の宇宙船兼用心棒のロボット竜、ナースだった。この地下貯水槽は単なる隠れ家という訳ではなく、ナースを隠しておける空間として活用されていたのだ。

 浮上したナースは湖岸に突進してくると、アニエス達を蹴散らしてワイルド星人を収容し、天井に頭を打ち付けて飛び上がり始めた。

「まずい、崩れるぞ!!」

 地下空洞の天井が崩れだし、巨大な岩の塊が水槽に落下して水しぶきをあげる。ナースがこの上の岩盤を破壊したからだ。このままでは、四人そろって生き埋めにされてしまうだろう。

 逃げなければ! 

 一抱えほどもある大岩が雨のように降り注いでくる。そのとき才人はその中の一つが、まだ催眠状態が回復しきれていないミシェルの頭上に落下してくるのを見て、とっさに彼女に飛びついて押し倒した。

「危ない!」

 巨岩がミシェルの頭のあった場所で砕け散って、無数の破片を周りに撒き散らした。才人はそれらから自分の身を盾にしてミシェルを守り、比較的安全な壁際で彼女を助け起こした。

「大丈夫ですか!? ミシェルさん!」

「う……サイ……ト? ……え?」

 才人としては、そこで極めて常識的な行動をとったと思っていた……のだが、ミシェルのほうは、目が覚めたらなぜか才人の腕の中に抱かれている状態に、絹を十枚ほどまとめて引き裂いたような悲鳴をあげてしまった。

「きゃあぁぁぁーっ!! なっ、なななな!? なぜ、私がお前に? いいい、いったい私に何をしたあ!?」

「お、落ち着いてください。何にもしてませんよ!」

 顔を真っ赤にしてもだえるミシェルを地面に落とすわけにもいかず、才人は慌てて彼女の体を支えようとするが、それがますます彼女の動揺を誘ってしまう。しかも、才人のそんな光景を、この人が見逃すはずはなかった。

「なにをやってんのよ、あんたはぁー!!」

 ルイズのメガトンキックが才人の顔面に炸裂し、彼の頭は岩の壁に思いっきりぶつけられた。それでもなんとかミシェルを床に落とさなかっただけ、一応彼も男であっただろう。

 ただ、ルイズの怒りはそれで収まらずに、なおも才人に攻撃をかけようとしたが、そこでようやくアニエスが止めに入ってきた。

「ミス・ヴァリエールもいい加減にしろ! お前たちまとめて生き埋めになりたいか!」

 そこでようやく、ルイズも洞窟の崩落がどんどん激しくなっているのに気づいて怒りを治めた。そして一行はようやく気を取り戻したミシェルに肩を貸しつつ、全力で出口へ向かって走った。

 

 

「あっ! あれはなんだ!?」

「お、黄金のドラゴンだあ!」

 公園の一角が突如盛り上がり、ナースが地上に飛び出してくる。

 地下貯水槽の入り口で待ち構えていた銃士隊の隊員たちは、突然現れた金色の竜の姿に、あっけにとられて動くことができない。

 中世の感覚を色濃く現すハルケギニアにとって、竜は怪獣として恐怖の対象にされるのではなく、竜騎士の象徴として、強さと畏怖を持って覚えられるものであり、しかもそれが黄金の色をしていればなおさらだ。

 だがそのとき、崩れゆく地下通路から危機一髪で駆け出してきたアニエスが、全員に向かって怒鳴った。

「何をしている!! あれは侵略者の乗り物だ!! ただちに全市に非常警報を出し、近辺の住民を避難させろ!!」

「隊長!? はっ、了解しました!!」

 隊員達は、隊長の命令が下るやいなや、鍛え上げたカモシカのような足で駆け出して方々へと飛び出していく。公園にいた市民達も、一時の自失から解放されると、ベロクロンに街を焼き払われた恐怖が蘇り、悲鳴をあげて逃げ出し始めた。

 けれど、上空のナースは逃げる人々や街並みには一切手を触れようとはせずに、公園の周りを数回往復すると、上空へと向かって上昇を始めた。

「逃げる気か!? くそっ、だがあれではどうしようもない」

 次第に高度を上げていくナースを悔しげにアニエスは見上げたが、空を飛ぶ相手には銃士隊はなすすべがなく、ただ黙って睨みつけるしか彼女にはできなかった。

 

 このままでは、奪われた生命はワイルド星人に持ち逃げされてしまう。ハルケギニアの飛行戦力である飛竜やグリフォンではナースを止めることはできないし、第一今更間に合わないだろう。

 今、戦うことのできるのは才人とルイズ、この二人だけであった。

「行くわよ、サイト」

「いいのか、盗賊や人殺しの命を取り返しに行くんだ。フーケのときとは違う、これは名誉には全然ならねえぞ」

「アニエスの言葉で気づいたの、形はどうあれ、これはトリステインへの侵略と同じ。あんたこそ、もうじき滅亡する民族の一縷の希望を奪うことになるのよ」

「ああ……だけど、これを許したら、人間はもっと大事な物をどんどん他人に奪われていくことになる気がする。どっちを選んでも間違ってるなら、せめて自分で選びたい」

 二人は無言でうなづき合うと、ぐっと右手を重ねあった。

 光が二人を包み込み、その姿を一人の戦士へと変える。

 

「ショワッチ!!」

 空へ昇っていくナースを追って、ウルトラマンAは全速でその後を追い、尻尾を掴んで引き戻そうとする。

 

"ウルトラマンA、邪魔をするな!!"

 

 しかし、ナースはワイルド星人の執念が乗り移ったかのように激しく暴れてエースを振り落とそうとした。

「ワイルド星人、気持ちはわかるが、どんな理由があれ侵略を見逃すわけにはいかない!!」

 エースにもワイルド星人が生きるために必死であるということは分かる。それでも、宇宙警備隊員として無法な他星への干渉を黙って見過ごすことは絶対にできない。

「デヤァッ!!」

 力を込めて、ナースを掴んだままエースは降下していく。ナースは、激流に抗い天に昇ろうとするも果たせぬ鯉のように、次第に空から引きずり下ろされていく。

"どうしても邪魔をしようというか、ならば!!"

 エースのパワーからは逃れられないと知ったワイルド星人は、ナースを一転して振り返らせ、その長大な体をエースに巻き付けさせると万力のように締め上げ始めた。

「ヌウッ!?」

"ウルトラマンA、私の邪魔をした報いだ、恨みはないが、骨も肉もバラバラになって死ぬがいい"

 エースの体に何重にも巻き付いたナースは、ギリギリと音を立てて力を込める。

 しかし。

「……こんなものか?」

 余裕を充分に持ってエースは答えた。

 よく見ると、ナースの体はエースを締め上げてはいるものの、エースの体にはほとんど食い込んでいない。それどころか、ナースの体からは錆びた歯車が無理矢理回されるような、きしんだ異音が鳴り、節々の動作もギシギシと鈍くなっている。

(なんでだ? ナースはウルトラセブンを苦しめたほどのパワーがあるはずなのに)

 才人はまるで知っているのと違うナースの力の無さに、逆の意味で驚いた。

 けれど、これもまた逃れえぬ運命の悲しき定め。

(龍もまた、老いからは逃れられないということだ……)

 そうだ、人が老いからは逃れられないのと同様、機械もまた老朽化という運命からは逃れられない。星全体が老衰し、活力を失っていく星で、ナースもまた錆び付き、老いていたのだ。

「テヤッ!!」

 一気に力を込めると、巻き付いていたナースはいともあっけなく振り払われた。

 しかし、追い討ちをかけることはせずにエースは空に浮いたままのナースを見ている。本来なら、ワイルド星人は他星の侵略など考えない平和的な宇宙人だったかもしれない。

 戦いたくはなかった……それでもナースは抵抗をやめずに、長い体を頭部を中心にとぐろを巻くように収納して、高速飛行の可能な円盤形態へと変形しようとしている。

 エースも、決断しなければならないときは来た。静かに両手を額へと添える。

 

『パンチレーザー!!』

 

 額のウルトラスターからの青色光線はナースの胴体に命中、本来なら牽制程度の威力の光線だが、老朽化したナースは耐えられなかった。変形を解いて、糸の切れた凧のようにふらふらと失速して公園の中へと落ちていく。

  

 

「ぐ……うう」

 墜落、炎上するナースからワイルド星人は宇宙カメラを持って、よろめきながら脱出してきた。

 だが、墜落のショックに、人間でいえば九十歳を超えるほどに老衰したワイルド星人の体は耐えられずに、やっと這い出したところでその力は尽き、公園の芝生の上へと崩れ落ちた。

 そこへ、アニエス率いる銃士隊の一派が駆けつけてくる。

「いたぞ!! あの妙な形の銃を奪え、あれが奴の仕掛けのタネだ」

 地面を通じて、十数人の足音が近づいてくるのを感じるが、もはや起き上がる力も彼には残っていなかった。

 せめて、このフィルムだけは……宇宙カメラに仕込まれた生命を焼き付けたフィルムを取り出そうとしたとき。

 

「ご苦労だったな」

 

 突然現れた骨ばった手が、ワイルド星人の手からフィルムを奪い取った。

「き、貴様は……」

 その男は、全身黒ずくめの服に身を包み、漆黒のマントを翻して、黒色の帽子の下には不気味な笑顔の老人の顔が浮かんでいた。

「何者だ、貴様!?」

 アニエス達も、突然現れた異様な風体の男に驚き、用心して距離をとって包囲陣を敷く。

 しかし、男はアニエス達などまるで目に入っていないように、口元を愉快そうに歪めて笑った。

「ふふふ、感謝するよワイルド星人……お前のおかげで、労せずしてマイナスエネルギーに満ちた生命エネルギーを得ることができた。後は安心して滅亡するといい」

 そう、その男こそ……

「くっ……ヤプール、貴様!!」

「なっ!?」

 銃士隊の言葉にならない絶叫が漏れる。

 白昼堂々、これまで正体すらつかめなかった悪魔が、今ハルケギニアの人々の目の前に現れていた。

「くっくっくっ、はーっはっはっはっ!!」

 ヤプールが天に手をかざすと、空が割れて、そこから巨大な影がゆっくりと姿を現してきた。

 

 

 続く


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