第44話
あの日言えなかった悪口
宇宙恐竜 ハイパーゼットン・ギガント 登場
「兄さんさえいなければ僕の人生はバラ色だったんだ。今日こそ僕が兄さんよりすべてにおいて上なんだということを思い知らせて、僕の前から消してやる」
「言いたいことはそれだけか? 能書きはいいからかかってこい」
シャルルの呪詛を、ジョゼフは空気のように受け流した。
互いに杖を構えてにらみ会う二人。一応は王族の礼に則った気品のある形をとっているものの、そこにあるのは純粋な殺気のみ。かつて王位継承者として争ったが、不完全燃焼に終わった決着を今度こそつけるため、今……決闘が始まる。
見守るタバサの前で、先に動いたのはシャルルだった。決闘を申し込んだ挑戦者の立場としては当然ではあるものの、シャルルの杖から放たれた激しい雷光にタバサは愕然とした。
「『ライトニング・クラウド』!?」
風系統のトライアングルスペルで、タバサも使える強力な魔法だ。しかし搦め手もなくいきなり決闘の初太刀になど、勝ち方にこだわる決闘の作法としては下に当たる。
つまりは、シャルルは本気でジョゼフを殺すつもりなのだ。ライトニング・クラウドが当たれば生身の人間は黒こげか即死か、よくて重傷を免れない。しかし、稲妻が当たる直前、ジョゼフの姿はかき消えてシャルルの後ろに立っていた。
「久しぶりに見たが、やはりお前の魔法は美しいな。だが俺などにそんな高等な魔法を使ってもらえるとは、高く買ってもらえて光栄で涙が出るぞ」
「『加速』だったかな。兄さんの覚えたという虚無の魔法……僕のライトニング・クラウドがかわされたのは初めてだよ」
互いにこうなるのは想定内だという風にジョゼフとシャルルは言った。タバサは驚いたが、よく見ればジョゼフもシャルルもその殺気とは裏腹に落ち着いている。お互いに相手の手の内を知っているから? いや……そこまでタバサが考えた時、シャルルが2度目の魔法を放った。
『エア・ハンマー!』
今度は圧縮された空気の塊がジョゼフを狙う。だがジョゼフはこれも『加速』で瞬間移動したように回避した。
「これもすごい威力だな。平地で使えば小さな屋敷くらいは吹き飛んでしまいそうだ」
「血のにじむような鍛錬で得た魔法さ。誰にも知られてはいないけどね。兄さんこそ、虚無なんてすごい魔法を手に入れるなんてすごいじゃないか。もう一つあるんだろ? あのエクスプロージョンとかいう魔法で攻撃してきたらどうだい?」
「馬鹿を言え、お前の詠唱の速さは誰より知っている。お前の目の前で攻撃魔法の詠唱などしようものなら……」
自嘲げに笑ったジョゼフの唇が動いたと見えた次の瞬間、シャルルの魔法が再びジョゼフのいた場所を砕いていた。
「この通り、俺がエクスプロージョンを放つより先にお前の魔法が俺の体を微塵にしてしまうだろう。お前はそういう手加減の無い奴だからな」
「兄さんこそ、普通の騎士なら最初の一発で終わるのに、用心深くて疑り深いから僕の手を的確に読んでくる。チェスでも、僕を相手にそこまで粘れるのはあなただけだった」
シャルルも苦々しく答えた。それでタバサははっと気づいた。この二人は単に相手の手を知っているというものではない。長い時間を共に歩んで相手の癖などは知り尽くしているがゆえに、戦いにくさを感じてしまっている……まさに、兄弟であるがゆえの奇妙な落ち着きだったのだ。
しかしこれでは……と、タバサが思った時、ジョゼフが困ったように唸った。
「だがまいったな。これでは俺は攻撃できないしお前の攻撃は当たらない。このまま千日手にもつれこむかね?」
「いいやその心配はないよ。千日手なんてならないさ。その加速の魔法、単に逃げ回るだけしか使えないわけじゃないんだろう?」
シャルルがそう言うと、ジョゼフはニッと笑って懐からナイフを取り出した。それを見て、シャルルはやはりねとうなづく。
「兄さんが加速している間、僕は兄さんを認識できない。つまりどんなに適当な攻撃だろうと僕は身を守れないということだ」
「こんな平民ですらオモチャと呼ぶようなナイフでもな。というわけで、降参するかね?」
「フッ、まさか」
不敵に笑い返したシャルルの不遜な態度に、ジョゼフはそれがハッタリではないと感じた。
しかし見えもせず防ぐこともできない攻撃にどう対処するというのか? 戦いを見守っているタバサにも想像がつかず、ジョゼフも警戒するが、シャルルは特に防御の魔法を使う気配もない。
なにを考えている……? しかし何もしなければジョゼフに勝つ方法はない。ジョゼフは決意した。
『加速』
ジョゼフの周囲が時間が止まったように遅くなる。タバサも、そしてシャルルも彫像のように固まって身じろぎ一つしない。
この中で自由に動けるのは呪文を唱えたジョゼフ一人だけ。ジョゼフはナイフを手に持ってシャルルに歩み寄る。
やろうと思えばそのまま心臓を一突きにもできる。しかしジョゼフはあの日と同じ過ちを繰り返す気はなく、シャルルの喉元にナイフを突きつけてこの決闘を終わりにするつもりだった。
歩み寄り、手を伸ばす。だが、あと一歩まで迫った時、はじかれたようにジョゼフは強い衝撃を受けた。
「ぐぁっ!?」
伸ばした手に激痛を感じてジョゼフは後ずさった。それと同時に加速の魔法も解除されて、痛む手を押さえて痛みに顔を歪めるジョゼフをシャルルが悠然と見下ろしていた。
「どうしたの兄さん? 僕はこのとおり無傷だよ」
「ぐぅ、この衝撃は……なるほど、そういうわけか」
近くでシャルルの姿を見たジョゼフはその理由に気がついた。離れているときや加速している間は気がつかなかったが、シャルルの周りを小さな電光が飛び交っている。
「その雷……雷を体にまとうことで身を守っているというのだな」
「そのとおりだよ兄さん。兄さんがどれだけ速くなったところで、雷の速さは光に匹敵する。止めることは不可能なのさ」
「だが、いつの間にそんな仕掛けを……そうか、最初のライトニング・クラウド、あれは攻撃のためではなく、自分に雷をまとわせるための伏線だったのか」
その言葉でタバサもはっとした。あの時はただ速攻で勝負をかけにきただけかと思ったが、そんな理由が。だがそれはつまり、シャルルは戦う前からジョゼフの虚無の魔法への対策を考えていたということになる。
「僕は兄さんのその未知の魔法を見た時から、その応用や破り方をずっと考えてきた。だって当然だろう。僕が兄さんに負けるなんてあってはいけない。兄さんに負けたくないとずっと思ってきたんだから。さあこれで兄さんの唯一の勝ち筋は潰したよ。どうするんだい兄さん?」
勝ち誇って見下ろすシャルル。加速の魔法の優位点もさえなくなり、ジョゼフにはこのまま精神力が尽きるまで逃げ回るしか手が残されていない……だが、そんな状況だというのにジョゼフの口からこぼれたのはシャルルの期待した苦悩の声ではなかった。
「ハッ、ハハハハ、ハッハハハハ!」
「兄さん、笑ってるのかい? 絶望のあまりおかしくなったのかな」
「いいや、俺は正気さ。嬉しい、実に嬉しくてな。ハッハハハハ!」
狂ったように笑いだしたジョゼフの哄笑の意味を、タバサもシャルルもわからない。しかしあまりに高笑いするジョゼフに、シャルルは苛立って怒鳴った。
「ふざけるな、なにが可笑しい!」
「うん? いや、俺は実に真剣だよ。俺をこんなに早く詰ませるとは、やはりお前との勝負は楽しいなあ。それになにより、お前が俺に勝つためにそんなに真剣に考えてくれたのかと思うと嬉しくて嬉しくて。ああ、こんなに心から笑えたのは久しぶりだ」
ジョゼフは子供のように無邪気な笑顔を見せた。
そうだ、ジョゼフがずっと渇望していたのはこれだったのだ。シャルルとの、手加減抜きの真剣勝負……そこで、シャルルが本気を出してくれているとわかってこれ以上の喜びがあろうか。
「わかっていないのかい? 兄さんはこれから負けるんだよ。いつものように、僕に負けるんだよ」
「いいや、勝負は最後までわからんさ。お前はひとつ、見落としていることがあるぞ」
「負け惜しみを!」
苛立つシャルルはジョゼフに『エア・ハンマー』の魔法を放った。もちろんジョゼフは加速でかわし、シャルルへの言葉を続ける。
「いいなあこの追い詰められる感覚。シャルルよ、お前との戦いはいつも俺に最高のスリルをくれる。もっとも、いつもはそのまま俺が負けて悔しい思いをするばかりであったが、それでも俺は楽しかったのだとお前を失って初めてわかったよ」
「なら、今度は僕が兄さんを失う番だ。僕は惜しんだりしないけどね」
「いいや、お前が勝つとは限らんぞ」
不敵に笑うジョゼフにシャルルは魔法を放ち、ジョゼフはまたかわす。
「無駄だというのがわからないの? 兄さんの精神力とその魔法の消費量の目安はついてる。確実に兄さんのほうが先に精神力が尽きるんだ」
「さすがの眼力。それも俺に勝つために磨いたものか?」
「ああそうさ。僕は次男で兄さんは長男。兄さんを王に推す奴は、たったひとつでも兄さんが僕に勝るものがあればそれを口実にする。だから僕は全部で兄さんに勝たなきゃいけなかったんだ」
「大変な苦労だったろうな。そんな苦労をお前は子供のころから……」
「ああそうさ! 王族の次男はしょせん長男の予備にすぎない。そんな僕が自分の居場所を得るには、ほかにどうしろっていうんだ」
「シャルル、お前……そうか、お前も子供の頃に周りの奴につまらんことを言われたな。『しょせんシャルルぼっちゃんは兄上になにかあったときのための代わりでしかないのに、おかわいそうに』そんなところを盗み聞きしたか?」
その瞬間、シャルルの顔が真っ赤に変わった。
「し、死ねーっ!」
エア・ハンマー、ライトニング・クラウド、エア・カッターが次々に放たれる。ジョゼフは避けては撃たれ、避けては撃たれを繰り返し、その粉微塵にしてきそうな猛攻を息を切らしながらもなんとか避けきった。そして同じように息を切らしているシャルルに向けて、ニッと笑いかけながら言った。
「図星のようだな。別に隠すことでもなかろう。俺に心を読まれたのがそんなに恥ずかしいか?」
「うるさいうるさい! 兄さんになにがわかる」
「わかるさ、俺も同じだったからな。王族のくせに魔法のひとつも使えない無能無能と使用人からも蔑まれ、あれはきつかったものだ」
「……」
「城の奴らは真面目顔をしていながらも裏ではどいつもこいつも勝手なものだ。こっちが見ていないと思うと、カーテンの向こうや厨房でもどこでも適当な噂話を叩きよる。王族がお前たちを食わせるのにどれだけ苦労してるかも知らずにな」
「よく言うよ。苦労していたのは父上だろ?」
「くっくっくっ、まったくな。だが、悪口というものはおせじの万倍も心に響く。子供の頃ならなおさらだ。平民の陰口が王族を動かすとは、なんという滑稽なことだろうな」
「……そうかもしれないね。僕は、そんな陰口を無視するべきだったかもしれない。でも、僕が王族として得るかもしれなかったものを、兄さんが先に生まれたというだけで奪っていったのは事実だ!」
シャルルは吠えて、ジョゼフもそれを否定しなかった。確かに、もし兄と弟が逆であったらどんなにうまくいったことだろうか。ボタンの些細なかけ違えをした運命の女神を恨むところだが、ジョゼフは「つまらんな」という風に頭をふって言った。
「奪った、か。だが返すと言ってもお前は納得せんようだし、そろそろ決着をつけるとするか」
「決着? とうとう死ぬ覚悟を決めたのかい」
「シャルルよ、言ったはずだぞ。お前の弱点は読めているとな」
その瞬間、シャルルの表情が再び曇った。
「僕に弱点。そんなもの、あるわけがない。ましてや兄さんなんかに見つけられるわけがない!」
「いいや、ある。もっとも、俺も気づいたのはごく最近なのだがな。もちろんここでしゃべるわけはないが、シャルロットをこれ以上待たせるのも気の毒だ。ケリをつけようではないか」
小馬鹿にするように告げるジョゼフに、シャルルはぎりりと歯軋りをして構えた。
息を呑んで見守るタバサ。しかし一体ジョゼフにどんな勝ち目があるものかと、タバサも必死に考えるがわからない。
強いて言うならシャルルは優れたメイジではあるけれど、戦闘に関しては素人同然なのは歴戦の戦士であるタバサから見れば隙だらけなのがわかる。だが攻撃魔法を封じられた状態で、あの雷のバリアーをどうするというのか? 杖を握りしめるタバサの手に力と汗がこもった。
ジョゼフとシャルルが十歩ばかりの距離を置いて対峙する……そして、ジョゼフはおもむろにこの決闘の最後の魔法になるであろう呪文を唱えた。
『加速』
物質をつかさどる極小の粒に影響を与える虚無の魔法によって、ジョゼフの動きと神経伝達速度が加速する。それはジョゼフ一人だけが時間の止まった世界で動けているようなもので、シャルルもタバサもぴくりとも動かずに静止している。ジョゼフは自分以外の全てが止まって見えるそんな空間の中で、ふっと自分の人生を思い返した。
王族の自分の周りにはいつも無数の人間がいた。しかし、心を通わせられた者は誰もおらず、誰もいないも同然だった。周りに誰かがいても人形も同然のこの魔法を自分が習得したのは神の嫌味か……いや、神がなんと言おうと、今まで散々自分たちの足をひっぱってきた忌まわしい”過去”という魔物をぶちのめすのは今だ。
シャルルとタバサにとっては一瞬。ジョゼフにとっては永遠に近い時間が終わって『加速』の魔法が終わった瞬間。タバサの目に飛び込んできたのは、全身を焼けこげさせながらもシャルルに馬乗りになって、首を締めあげているジョゼフの姿だった。
「がっ、ああ!? に、兄さん」
「お、俺の言った通りだったろう。お前の魔法を破ったぞ」
「うぐぐっ、ま、まさか、雷を受けながらそのまま突っ込んできたと?」
シャルルはジョゼフに抑えつけられながら、信じられないというふうに言った。見ると、ジョゼフの服や髪は焼け焦げ、皮膚も火傷や一部炭化するほど傷を負っている。だがジョゼフは普通ならのたうち回るほどの傷を受けているというのに、愉快そうに笑った。
「お前の雷はさすがに痛かったぞ。だが、痛みを我慢さえすれば通り抜けられるわけだ」
「そ、そんな無茶苦茶な。ライトニング・クラウドの雷に生身で突っ込むなんて、あ、ありえない」
実際ジョゼフは重傷を負っていて、一歩間違えばそのまま感電死していたはずだ。タバサも愕然として、自分も様々な危険な戦い方をしてきたが、ジョゼフがまさかこんな力任せの強引な手段に出るとは思わなかったと目を疑っていたが、ジョゼフはなにを驚くことがあると、タバサにも聞こえるように言った。
「そうだ、シャルルよ。お前の弱点はその頭が良すぎるところだ。俺はいつも、お前に知恵で対抗しようとするから負けてきた。だが、こうした馬鹿げた振る舞いなら、お前は『ありえない』として考えにも入れないだろう?」
「お、王族ともあろう者が、決闘に、そんな野蛮な方法なんて恥ずかしくないのかい!」
「王族? それがどうした! 俺はお前に勝てればそれでいいのだ! お前はそうやって、いつもかっこうばかりつけようとするから人の心がわからんのだ!」
ジョゼフはシャルルの顔面を力一杯に殴り付けた。
「ぎゃあっ!」
「俺も人の心なんてわからなかった。いいや、わかったつもりになって、お前のいない間にいろいろ悪いこともやったわ。だがな、俺がいくら悪巧みをしても、なぜか俺より力のないはずの者たちにつぶされていった!」
「ぐあっ!」
もう一度殴り付け、ジョゼフは叫び続ける。
「俺はそれが、俺が無能なせいだと思ったよ。だが違ったのだ。どう考えてもチェックメイトな形に追い詰めても、そいつらはあきらめない、信じられないくらいにあがく、粘る、食らいつく。そして最後には盤ごとひっくり返してしまう」
「がっ!」
「俺はわからなかった。何度も何度も、なぜ弱い奴が強い奴に勝てる? なぜ奇跡のようなことが何度も起こる? それは俺がお前にやりたかったことだ。なら俺には何が足りない? それがなにかわかるか!」
「に、兄さん、もうやめ、ぐあっ!」
殴られ続けて、シャルルは必死で顔をかばおうとするがジョゼフはやめない。そしてジョゼフは渾身の一発とともに叫び放った。
「現実ではチェックメイトはゲームセットではないからだ! どんなにこざかしい知恵を巡らせたところで、俺は結局自分の心を守ることしか考えてなかった。そんなちっぽけな心が、死んでもあきらめない奴や、心が裸のバカに勝てるわけがなかった。俺とお前の子供たちが教えてくれたことだぁーっ!」
「がはぁっ!」
ジョゼフの全力のパンチで、シャルルは顔面が歪むほど殴りつけられた。
息も絶え絶えでダウンしているシャルル。シャルルの杖は今の騒ぎで手元から離れ、まだ杖を持つジョゼフの敵ではない。勝負ありのはず……しかしジョゼフは杖をしまうとシャルルを引きづり起こして言った。
「さあ、まだ勝負はついていないぞ。かかってこい」
「兄さん、も、もう……」
「なにがもうだ。お前は俺が憎いんじゃなかったのか? お前は杖をなくした。だから俺も杖なしで対等に戦ってやる。それとも杖がなければ俺が怖いのか! この、臆病者の負け犬め!」
「う、ぐぐぐ……う、うぁぁぁーっ!」
絶叫と共に振り上げたシャルルの拳がジョゼフの顔面をとらえる。ジョゼフはそれを避けもしないでまともに受けると、鼻をこすって不敵に笑った。
「なかなか効いたぞ。野蛮なことも、お前もやればできるじゃないか」
「こんな、こんな無様なことを、王家の者が、王族として恥じることを」
「馬鹿が! なにが王家だ。なにが王族だ。この期に及んで、まだそんなことを気にするか。お前がそんなにこだわりたいなら、俺はこの場で王家なんぞやめてやる。その代わり勝負は俺の勝ちだ。お前は負け犬だ。それでいいんだな?」
「僕が、僕が負け犬……そんな、そんなこと、絶対にいやだ!」
「ならかかってこい。お前の敵は、ここにいるぞ!」
「う、う、うおぁぁーっ!」
悲鳴のように叫びながら、シャルルはジョゼフに飛び掛かっていった。
それは格闘の基本もない、本当に無様なただの殴りかかり。しかしジョゼフは満面の笑みを浮かべながらシャルルのパンチを喰らい、返す刀での一撃を見舞った。
「痛いぞ。そういえばガキのとき悪さをして騎士団長にげんこつをもらったことがあったな。こんなふうに!」
「がっ! あれは兄さんが言い出したことじゃないか。僕は止めたのに!」
「ぐふっ、ああ、あの頃はお前も俺の言うことを聞いてくれるかわいげがあったな。今はすっかりかわいくないっ!」
「いつまでも子供みたいなことを続ける兄さんが悪いんだよ。僕がどんなに恥ずかしかったことか!」
「ぐあっ! ガキのくせに勉強ばかりのお前を気づかってやった兄の気持ちがわからんか」
「ぐっ! 兄さんはやることが派手すぎるんだよ。兄さんに怒り心頭の父上を何度僕がなだめてあげたのか知らないくせに」
「それは知らなかった、恩に着るぞ。だが、お前が12の時に解いた魔法理論、お前は見てすぐにわかったと言っていたが、実は前もって予習していたな嘘つきめ!」
「うっ、そうさ。あんなの、前知識なしで解ける人間がいるわけないよ。むしろ、予習してないのにその後すぐに僕と同じ答えを出してくる兄さんが異常なんだよ」
「つまり俺は本当なら勝っていたというわけか! ふははは! なら模型の船で競争した時もなにかズルをしただろう」
「人聞きの悪い! あれは兄さんが速くしようと船を細くしすぎたのがいけないんだ。バランスが悪くなるよって忠告してあげたのも忘れてるだろ!」
「がぐっ、今のは効いたぞ。そうか、あれは俺がバカだっただけか。だからな、そんなバカな俺に張り合ってお前が手を汚す必要などなかったんだ!」
ジョゼフの強い怒りのこもった拳がシャルルの顔面をとらえる。たまらずよろめくシャルルに、ジョゼフは血を吐くように言った。
「お前は清廉で、お前は完璧で、お前は最高の王の器だった。俺はそう信じていたし、お前には間違いなくその才能があった。見させてもらったぞ、お前はその才能を高めるよりも、己の支持を金で買うつまらん政争に費やした。お前がさらに己を高めていたら、まさに歴史に残る神童になれていたろうに!」
「っ! 兄さんは、兄さんは何もわかってない!」
シャルルも怒りで返し、シャルルのパンチを受け止めたジョゼフはさらに叫び返す。
「ああわかってなかったさ! だがわかりたくもないこともいっしょにある。お前が有り余る才能を持ちながら邪道に逃げたことには変わりない。俺はお前の才能が羨ましくて妬ましくて、だがお前は俺の憧れであり目標だった。それが汚された俺の気持ちがわかるか!」
「正道じゃあどうしても『優れた弟』以上のものになれないからじゃないか。だから兄さんに見せたんだよ、ガリアの貴族たちにどれほどたくさんの金をばらまいても、まだ王には届かなかったことを! 兄さんこそ、どうして僕に食らいつける程度の才能を持って生まれたんだい? 僕よりずっと劣等だったらすんなり僕は王になれた。僕より優秀だったら僕は王になろうなんて最初から考えなかっただろうに!」
「知るか! 俺は俺の才能の中で精一杯やっただけだ。だがお前は俺より優れた才能がありながらそれを捨てた。それが俺には許せん!」
「兄さんこそ、王になれる生まれでありながら、王になろうという意欲を見せなかった。僕には兄さんのそんなところが我慢できないんだ。才能があろうがなかろうが、兄さんはいつも堂々としていたあの頃の兄さんでいてほしかったのに!」
「ぐっ……そうか、そうだな。確かに俺はいつしか、お前に対して兄らしくあることをやめてしまったようだ」
ジョゼフの表情が曇り、ジョゼフとタバサは、シャルルの心の中の虚無の根源を知った。幼い頃、若い頃までは仲良かった兄弟も、大人になるに従ってシャルルの才能に恐れを抱いたジョゼフが距離をとるようになっていった。それは、ジョゼフがシャルルを失って無限の虚無感に囚われ続けていたように、シャルルも幼い頃のジョゼフに対して抱いていた、頼れて尊敬できる兄というものへの思いを失ったことで迷走していたのだ。
もしもジョゼフがシャルルに才能で敵わなくても、兄らしく褒め、叱り、愛してやれる存在のままでいたらシャルルも歪まなかったかもしれない。だが、それならなおさらここで引くわけにはいかないとジョゼフは己を鼓舞して声をあげる。
「最初に義務から逃げたのは俺か。すまなかったシャルル……だが、今こそ俺はお前の腐ってしまった性根を叩き直してやる!」
「なにを偉そうに!」
シャルルのパンチをジョゼフは避けない。シャルルはジョゼフを殴り付けながらさらに叫ぶ。
「十年前の降臨祭で僕と兄さんが始祖に捧げる歌を作ることになったとき、どちらが一番に選ばれるのかを決められるときの兄さんの諦めきった顔はなんだい! 僕はそんな無気力な人の予備でしかなかったのか!」
「ああ……俺はいつからか、お前に張り合っているつもりで、内心では諦めていたのかもしれん」
「それでも兄さんは王位継承の一番で、僕は二番だったんだ。それなのに」
「ああ、俺は王位継承者の自覚が無かった。だが、お前は俺を慰めるだけで、どうして兄さんは間違ってると言わなかったんだ!」
「ぐぁっ! い、いまさら、あ、兄が弟に甘えるっていうのか?」
「そうだ、俺が兄らしくできなくなっていたなら、なぜそう言ってくれなかった? 俺がいつか元に戻ってくれると思っていたのか? そんなこと言われなくてわかるか!」
「がっ! 兄さんこそ、僕が悩んでいたのをずっと気づいてくれなかったくせに!」
「ばっ、ぐぅ、そうだ、俺はお前のような完璧な奴が悩むわけないと思っていた。馬鹿だったのは俺だ……だから聞いてやる。お前のような甘えん坊の弟は、兄貴がいなければダメなようだからな」
「なにが兄貴だよ! 今さら年上面するな」
「なら年下面してやろうか? シャルルおにいちゃん」
「気持ち悪いんだよ馬鹿兄貴!」
本気で怒って口調まで荒くなったシャルルがジョゼフを殴りまくる。屈強な肉体を持つジョゼフの顔にも傷が増えていくが、血反吐を吐きながらもジョゼフはいつしか……笑っていた。
「ふっ、はは、ふはははは!」
「なにがおかしいんだ! 死ぬときくらいまじめにふるまえないのか」
「いや、俺は大まじめだ。ずっと本音を隠していたお前がこんなに感情むき出しで俺に向き合ってくれている。嬉しくてたまらないからな」
「なら、僕への謝罪をこめてここで死んでくれ!」
首をへし折るほどのシャルルのパンチがジョゼフの顔面を狙う。しかし、ジョゼフはそれを手のひらで受け止めてニヤリと口元を歪めた。
「あいにくだがまだそれはできんな。なぜなら、お前にどんな言い分があろうが、お前が俺を騙していた時の迷惑には不満たっぷりなのでな!」
殴り返したジョゼフの一発でシャルルはよろめく。だがそれでシャルルの怒りが止まるわけはない。
「なにが迷惑だ! 元はと言えば兄さんのせいなのに」
「それはそれだ。お前が自分の欲に負けてしまったのも事実。なら、そんな心の弱い弟を兄として制裁してくれようぞ」
「ぐわっ、か、勝手なことを!」
「勝手はどっちだ! 馬鹿兄貴ひとりが怖くてわいろをばらまくような臆病者のくせに」
「ぼ、ぼくは臆病者なんかじゃない! すべてはガリアのためを思っ、ぐあっ!」
「嘘をつけ! お前はそんな立派な男じゃない。王になれない自分は無用になるのが怖いか? 無用になって忘れられるのが怖いか? もうバレているんだぞ」
「うう、兄さんがそんなだから僕は!」
「そうだお前が悪い。反省しろ弟よ」
「兄さんだって、兄さんだって悪いじゃないか」
「もちろん俺は悪党だ。だがお前の兄だ!」
「いまさら、兄さんなんて、兄さんなんか……馬鹿野郎だーっ!」
「ああ馬鹿さ。俺たちふたりとも、出来の悪い馬鹿息子だ」
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 兄さん、に、兄さんっ」
「さあ来いシャルル、俺はもう逃げんぞっ」
いつの間にか、ジョゼフとシャルルの二人は大粒の涙を流していた。泣きながら、子供のように泣きじゃくりながらそれでも殴り合いを続けていた。
「兄さんが、兄さんが悪いんだ!」
「いいやお前が悪い! このバカ弟め」
まるで子供のケンカのようだとタバサは思った。
いや、まさしく子供のケンカなのだろう。ジョゼフとシャルルは、道を間違える前の子供の頃に戻って、今度こそやり直しをしようとしている。裸の感情をそのままぶつけ合うふたりを見守りながら、タバサもいつの間にか涙を流していた。
お前が悪い、兄さんが、弟のくせに、お互いに好き放題に言い合って殴りあって、つねりあって引っかき合って、最後には取っ組み合いになって転がりあった末に、ついに疲れ切って二人とも床に大の字になって横たわった。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「ハァ、ハァ……」
まるで遊び疲れた子供のように、息を切らして横たわるジョゼフとシャルル。
やがて息が整うと、ジョゼフは穏やかに言った。
「本当にいろいろ、すまなかったなシャルル」
「もういいよ。殺されて生き返らされて、許せるわけがないけれど、なぜかもうどうでもよくなったんだ……あんなに憎かったのに」
そう言ってシャルルはムザン星の魔石を取り出そうとしたが、それはいつの間にか粉々に砕けてしまっていた。
「なぜ……?」
「さあな。俺が殴ったのが当たったのか、それとも……どちらにせよ、お前も俺と同じ気持ちなのではないか?」
「……やっぱり兄さんにはかなわないや。僕のほうこそ、いろいろ悪かったよ兄さん」
「ああ、お互いずいぶん長い間くだらんことで意地を張り合っていたな。だが、スッキリしたな」
「スッキリ……したね。シャルロット、お前や母さんにも僕らのせいで迷惑をかけてしまったようだ。すまなかった、ごめんよ」
「お父さま……はい、おかえりなさい、おとうさま」
やっと、やっと幼い頃に甘えていた本当の父が帰ってきた。タバサも涙をこらえきれずに、服のそでを濡らしながらぬぐい続けていた。
一度刻まれた溝は深く、違えた道は遠い。けれどこのとき、確かに彼らは昔のあの日の姿に戻れたのだった。
やがてジョゼフは立ち上がり、シャルルに手を差し出した。
「さあ、戻るぞシャルル。こんな陰気くさい場所にもう用は無い」
「兄さん……」
シャルルもジョゼフの手を取ろうと手を伸ばす。だが、シャルルの手がジョゼフの手に触れようかという、その瞬間だった。
「あ、うっ!」
「どうしたシャルル?」
突然、シャルルが胸を押さえて苦しみだしたのだ。ジョゼフは、そしてタバサはシャルルに何か起こったのかと案じて駆け寄ろうとするが、シャルルは二人を手で制して苦しげに言った。
「ダメだ……僕はもう、この怪物とひとつになりすぎた。戻れない」
見ると、なんとシャルルの足が床の中へと沈み込んでゆこうとしている。ハイパーゼットンにとってシャルルは核に当たる。まるで逃すまいとしているかのような光景に、タバサは即座に杖を構えた。
「おとうさま、今助けます!」
「無理だ。この体は、兄さんと決着をつけるために作り出した仮の肉体に過ぎない。僕の本当の体はすでに……」
「そんな」
「シャルル、なんとかしろ!」
ジョゼフも焦りだすがどうすることもできない。シャルルは弱まりゆく声で、絞り出すように二人に告げた。
「僕の意識が残っているうちに、二人を外に飛ばす。ふ、二人だけでも逃げてくれ」
「何を言う。お前を置いていけるものか」
「おとうさま、おとうさまを連れ帰るためにわたしは来ました!」
「ごめん、本当に最後の最後にごめん……さよなら」
シャルルが手をかざした瞬間、ジョゼフとタバサはシャボンのような大きな泡に包まれた。そして二人はシャルルの元から異空間の外へと一気に飛ばされていった。
「シャルル! 馬鹿者がーっ!」
「おとうさまーっ!」
悲鳴のように叫ぶ二人の視界の中からシャルルの姿が消えてゆく。
こんなことってあるか。せっかく歪んだ歯車を直せたというのに、ここまで来て手遅れだったなんてあんまりではないか。二人は残酷な運命を呪って叫び続けた。
そして、ハイパーゼットンはシャルルを吸収し、熟成期間を経たことでついに変態を果たそうとしていた。
繭・コクーン状態だったハイパーゼットンが激しくうごめきだす。
「見ろ! 怪物が動き出した」
「脱皮……しようってのか」
町で見守っていた才人や水精霊騎士隊の見ている前で、ハイパーゼットンを覆っていた半透明の被膜が破れて内部の甲殻類のような巨大なゼットンが表に出てくる。コクーンを破った、新たなハイパーゼットン・ギガント。
あれがハイパーゼットンの進化体……その進化の巨大なエネルギーを感じて舞い戻ってきたグラシエは、異様に膨れ上がっていく巨体を見下ろして歓喜の叫びをあげていた、が……。
「コングラッチュレーション! ついにハイパーゼットンが新しい進化を果たしました。人間の感情の力とはなんと素晴らしいエネルギーを秘めていますこと。これはゼットンの歴史に残る記念日に……むっ?」
グラシエの笑みが止んだ。彼の見下ろす先で、ハイパーゼットンは巨大な首を苦しそうに振りまわしながらもだえ声を上げると、甲殻類のように鋭角だった巨体のすきまから液体を垂らしながら、腐り始めたように弱りだしたのだ。
「これは、エネルギーが不安定に……むう、やはり虚無の感情はパワーはすさまじいですが安定性に欠けるようですね。ハイパーゼットンの未成熟な肉体がその強弱の触れ動きに耐えられなかったわけですか。もっと別の感情で代替すべきか……想像以上にうまく進んだほうですが、この実験ではここまでが限界のようですね」
腐食崩壊を始めたハイパーゼットン・ギガントを見下ろして、グラシエは残念そうに言った。膨大な手間を費やしてギガントへの進化へと進めることができたが、ギガントの完成や”その先”への進化のためにはさらなる研究と時間が必要なことだろう。
もっとも、ハイパーゼットンの進化が止まったからとて、ハルケギニアへの脅威が減ったわけではない。
「いいえ、もっとひどいことになりそうですねえ」
肉体が腐食してゆくハイパーゼットンからエネルギーが漏れだし始めている。グラシエは、この実験は失敗だけれども『副産物』で、もう少し楽しめそうなことが起こる気配を感じてほくそ笑んだ。
グラシエの見下ろしているハイパーゼットンから漏れだしたエネルギー。それは地面に吸い込まれているように見えるが、グラシエにはそれが地中を通して猛烈な勢いでリュティスの外からガリア全体へと拡散していくのが見えた。
それは、つまり……。
「ウアッ!」
突然、青いゼットンと組み合っていたウルトラマンヒカリが弾き飛ばされた。それと同時に、ゴルバーにも白色光弾が撃ち込まれるが、正面からならなんとか耐えられたはずのそれを受けたゴルバーの皮膚は焼かれて爆発し、大きなダメージを受けてしまったではないか。
「うわあっちっちっちっ! なんなのねなんなのね?」
「なんだ!? あの怪獣、またいきなり強くなりやがったぞ」
ハイパーゼットンに溜め込まれていたのは、宇宙最強の怪獣を生み出すために、ハルケギニアの大地の力をも吸収して集めた莫大なエネルギーだ。それが放出されれば、ただでさえハイパーゼットンのエネルギーを受けて強化されているゼットンや怪獣兵器はどうなるか。
場所を少し移し、リュティスの郊外で続いていたガリア軍と怪獣兵器との戦い。イザベラが先頭に立って軍を指揮していたが、ハイパーゼットンから漏れだしたエネルギーによる影響はゼットンだけでなく、怪獣兵器にも及び始めていた。だが。
「なんだ? あの怪獣、いきなり動かなくなったぞ」
ゼットンを強化したエネルギーは怪獣兵器たちにも注ぎ込まれた。だが、意思なき操り人形である怪獣兵器はエネルギーを自分のものにすることができず、パワーアップではなく変調をきたし始めた。
「うわぁ、あっちの怪獣は急に暴れ出したぞ!」
怪獣兵器の反応は大きく二つに分かれていた。すなわち、注ぎ込まれたエネルギーに耐えられなくて活動停止してしまうか、耐えられてもエネルギーの過剰によって暴走を始めるかである。怪獣兵器は元々がゾンビ、肉体がまともでない上に自我も失われている状況ではまともに動くわけもない。壊れた機械にいくら電池だけ強力なものをつけても無駄なのだ。
暴走を始めた怪獣兵器から離れろと将軍の声が飛ぶ。暴れ狂う怪獣兵器アーストロンは右も左もなく吠え猛り、でたらめに放たれるマグマ熱線から兵士たちは大慌てで逃げていく。
リュティスの中でなにかが起こったな……イザベラはそう直感した。ここからでも遠目に見えるハイパーゼットンの巨体、遠くて詳しくはわからないが、あれが大きく動いた後で怪獣たちに異変が起こった。恐らくはタバサが何かやったのだろう。
「このまま様子を見るか? いや……」
イザベラは思案して自嘲した。そうやって行動を起こさなかったから、自分はタバサに大きく差をつけられてしまったのではないか。イザベラは決断すると、近くにいた将軍に尋ねた。
「おい、怪獣があの様子なら距離をとれば安全か?」
「は? 確かに積極的にこちらに向かってこないのならば被害は防げるものと思われますが」
「ならここは任せた。馬を借りるぞ」
「はっ? なにを」
イザベラは馬にまたがって走り出した。それを見て、将軍たちや兵士たちにどよめきが走るが、イザベラは彼らを振り返って叫んだ。
「わたしは王と決着をつけてくる! お前たちはここで待て……いや、見届けていろ!」
その後ろ姿に、群衆から困惑や歓声など様々な感情が沸き上がる。将軍たちは引き止めようとするが、暴れる怪獣兵器に対する指揮を投げ出すわけにはいかず、見送るしかないと思われたとき、一斉に飛び出した者たちがいた。
「姫殿下、我々が護衛します」
それはミシェル率いる銃士隊の一団だった。指揮系統の異なるトリステイン所属の彼女たちであれば、ガリア軍は関係ない。いや、正確にはもう一組、銃士隊に拉致されるように連れていかれている一団があった。
「我が親愛なる民よ、そこで待っていてくれたまえ! これ以上愛する民に犠牲を出さないために、必ずや兄ジョゼフを倒してガリアに平和をもたらしてこようぞ!」
偽シャルルと彼の側近のゴルゴン星人の一団である。彼らは案内役兼、残しておくと再度裏切る可能性を考慮したミシェルの判断で、背中に短剣を突きつけられて半ば脅迫される形で馬上からガリア軍に演説を説いていた。
しかし偽物とはいえシャルルの言葉の威力は絶大だった。イザベラを追ってリュティスに向かっていくシャルルに対して、ガリア軍から何万という歓呼の声が贈られる。「おーおーおー! シャルル皇太子万歳! イザベラ王女殿下万歳!」
士気を上げた兵たちは、疲労した体に鞭を打って怪獣兵器に立ち向かっていった。しかし、不死のゾンビたる怪獣兵器に対して生身の人間たちの生命力はあまりにもちっぽけだ。もはや長くは持ちこたえられないだろう。
イザベラは民が自分を見る像が虚影かもしれないことを知っている。それでも人々の期待を背負ってリュティスへと急ぐ。誰かが変えてくれるのを待つのではなく、自分の手で未来を掴むために。
だが、この胸の妙な胸騒ぎはなんだろう。シャルロットに限ってしくじるとは思えないが、なにか、まだ、何かが起こりそうな胸騒ぎがぞわぞわとして止まらない。
あそこにはシャルロットがいる。そして恐らく、お父様も……お父様。一度もまともに話したことのない、お父様。会えたとして、いったいなにを言えばいいんだろう……イザベラの心に不安がよぎる。
そんなイザベラの胸中を具現化したかのように、彼女の目指すリュティスの街で爆発が起こり、大きな火柱が上がった。
ハイパーゼットンのエネルギーはガリアを越えてトリステインからハルケギニア全土へと拡散していく。ゼットン軍団は、有り余るパワーをさらに増大させて滅亡へのクライマックスアワーを大きく奏で続ける。
そして、不完全な進化を遂げてしまったハイパーゼットンはどうなってしまうのか……? あらゆる努力も希望も嘲笑うように終焉が迫る中で、ルイズは才人の腕の中で死んだように眠り続けている。
続く