ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第40話  高度一万フィートの魔法使い(前編)

 第40話

 高度一万フィートの魔法使い(前編)

 

 宇宙戦闘獣 コッヴ 登場!

 

 

 タバサとジョゼフは、シャルルの記憶の迷宮をひとつひとつ、糸を手繰り寄せるようにして進んでいた。

 ジョゼフにとっての弟シャルル。タバサにとっての父シャルル。幾十年にも及ぶそれらの記憶、思い出が二人の目の前に立体映像のように次々に再現されていく。

 鮮明に蘇る過去の光景は、ある時は懐かしく、ある時は苦い。それはジョゼフとタバサがシャルルという人間と過ごしていた日々が確かにあったということに他ならず、二人は一つ一つを確かめるように見ていった。

 ある思い出では、ジョゼフはシャルルが若年にして水の真理を理解した時の光景を見た。その時、ジョゼフはシャルルの背中を悔しげに見つめていることしかできなかった。だが、ある日に父王が隠していた昔の恋文を偶然見つけてしまい、シャルルと二人であごが外れるほど笑い転げたこともあった。もっともすぐに父王にバレて、兄弟二人でメチャメチャに怒鳴られた有り様には、ジョゼフは笑いをこらえながら胸を詰まらせた。

「シャルルよ、俺はずっとお前に負け続けた。だが、そんなことは関係なく、俺たちはずっと兄弟であったのだなあ」

 ジョゼフは自分の中のシャルルの思い出が、決して敗北の悔しさの記憶だけでは無いことを改めて見て感じた。

 別の記憶では、魔法薬学についての論文でシャルルの後塵を拝した時のものだった。その時もジョゼフは表彰を受けるシャルルをじっと見つめるばかりであったが、この時はただ悔しかっただけの光景も、シャルルの重ねてきた人知れない努力を知った今でなら違う見方ができる。

「俺はずっと、お前のことを天に最初からすべてを与えられた天童だと信じて疑わなかった。俺は本当に間抜けだったよ、それにさえ気づいていればなぁ」

 気づくチャンスなど山のようにあったはず。自分の思い込みが原因で、シャルルも自分と変わらず苦悩していたことに思い至らずに、打ち解ける機会を逃してしまった。

 シャルルの努力を認めて褒めてやれていれば……大人になる前にそうできていれば、もしかしたら。いや、悔やむのはもういいはずだ……だがジョゼフは、覚悟の決まっている自分はよいが、シャルロットはどうかと心配していた。

「今度こそ、ちゃんと話そうぞシャルルよ……しかしシャルロットよ、くどいようだがこの先はお前の見たくないものを見るはめになるやもしれんぞ。ここまで来てなんだが、お前にもしものことがあったら俺は今度こそシャルルに上げる頭がなくなってしまう」

 ジョゼフらしくもない弱気な言葉に、タバサは「この人にこんな顔ができたんだ」と心の中で驚いた。

 けれど、タバサは静かに首を振る。

「心配はいらない。お父さまがやっていたことは、わたしもショックだったけれど……でもそれで、お父さまもただの人間だったと気づけた。お父さまを救うためには、わたしも本当のお父さまの顔を知らないといけないから」

「シャルロットよ。そうか、お前もだったか」

 シャルルに対して幻想を抱いていたのはタバサも同じだったとジョゼフは理解した。いや、世の中の人間はすべからく、自分のよい幻想を他人に植え付けようとし、他人に勝手な幻想を抱いて信じ込むものだ。シャルルは、王族であるがゆえにそれをやりすぎてしまった。そして、シャルルが自分を見失うほど幻想で自分を塗り固めさせてしまったのは、シャルルの本心に気づいてやれなかった自分たちの責任だ。

「だがシャルロットよ、お前は本当にシャルルの奴を許せるのか? あいつの歪みようはもしかしたら、俺以上かもしれんぞ」

 その言葉はタバサを怒らせるかもしれなかったが、間違いではなかった。今のシャルルは長年押し殺してきた悪意や野心をムザン星の魔石によってむき出しにされている。けれど、それでもタバサの決心は揺らがなかった。

「大丈夫、悪に囚われても、優しかったお父さまもお父さまの本心なことは変わりない。人の心が残っていたら、道を誤っても人はやり直せるということを、わたしは友達と……外の世界で、ある人たちに教わった」

「ある人たち? そうか、お前は異世界にしばらく飛ばされていたのだったな。その時のことはお前は黙して語ろうとしなかったが……せっかくだ、もう話してくれてもよいのではないか?」

 ジョゼフにねだられたタバサは、一度空を仰いでからうなづいた。

 そしてタバサはジョゼフに、そしてシャルルにも聞かせるようにおもむろに語り始めた。

 

 

 それはタバサが体験した時空を超えた冒険譚の一ページ。

 ハルケギニアの外の世界。地球と呼ばれる星で出会った人々との、かけがえのない思い出の日々。

 

 

 かつて、タバサはギジェラとの戦いの後に、月食に開いたワームホールに吸い込まれてハルケギニアから消えた。

 ワームホールとは、無限に広がる多次元宇宙への扉。そこに計算もなく迷い混んでしまった者のほとんどは、永遠に宇宙の果てをさ迷い続けるしかない。

 だがタバサの命運は尽きてしまったわけでは無かった。別の場所で才人やルイズがワームホールに吸い込まれた後に過去のハルケギニアや別宇宙に飛ばされたように、タバサも運良く人間が生存できる星にたどり着いていたのだ。

 否、偶然というより必然であったと言うべきかもしれない。なぜならそこはウルトラマンガイアが守ってきた地球で、すぐに高山我夢と出会えたのだから。

 我夢とタバサのあいだにはあれこれの紆余曲折があったが、本筋ではないので割愛する。しかしタバサの示したいくつかの証拠から、彼女が地球人ではないと確信した我夢は、タバサの身柄を保護することに決めた。

 

 そして後日。タバサから可能な限りの情報を聞き出し、地上基地ジオ・ベースでの基礎調査のデータを得た我夢は、タバサを大学の友人たちに預け、一人で空にやってきていた。

「間違いないのか? その子が、地球外から来た人間だということは」

 太平洋上の赤道上空。雲海よりさらに上に浮かぶ対根源破滅地球防衛連合G.U.A.R.Dの実戦部隊、特捜チームXIGの空中基地エリアルベース。正確には二代目エリアルベースと呼ぶべき場所のコマンドルームで、我夢の報告に何人かの士官が怪訝そうな様子を見せていた。

 今、我夢に確認をとったのはXIGの指揮官である石室コマンダー。いかにも厳格そうな男性だが非常に柔軟な思考を持ち、全隊員から信頼されている。むろん我夢も例外ではなく、コマンダーの質問に落ち着いた様子で返答した。

「間違いありません。彼女の毛髪から採取した遺伝子データは、地球上のいかなる人種とも合致しないものでした。なにより、彼女の見せた魔法という力、あれはトリックでもなんでもありません」

 コマンドルームのモニターに、タバサが杖を振るだけで物を浮かせたり氷を出現させたりする様が映し出された。

 それを見て、オペレーターの佐々木敦子隊員とジョジー隊員は「すごーい」と素直に感心した様子を見せているが、G.U.A.R.Dから出向してきている千葉参謀は、すぐには納得せずに懐疑的な様子で我夢に尋ねた。

「確かに普通の人間ではないのは間違いないようだ。だが、街中で異世界人が君と偶然遭遇するとは、少しできすぎてはいないかね?」

「もっともなお考えです。それについては仮説ですが、この絵を見てもらえますか。彼女をワームホールに飛ばしたという、怪獣の絵だそうです」

 我夢はモニターを切り替えた。そしてそこに映し出されたタバサの描いた絵の怪獣。骸骨のような体に、頭に縦に長い黄色い発光体を持つ怪獣の姿を見て、一同は息を呑んだ。

「こいつは」

「ビゾームか」

 実戦指揮官の堤チームが唸るようにつぶやいた。我夢はうなづいて、説明を再開する。

「ビゾームの情報は一般には公開されていません。なにせ、僕とキャサリンしか見た人間のいない怪獣ですから。XIGにも僕たちが提出したわずかなデータしかない怪獣を、ただの子供が知っているなんてありえないことです。そして、ここからは根拠に乏しい推測ですが、かつてビゾームと戦った僕に、ビゾームの気配のようなものが残っていたとしたら、あちらの世界でビゾームの開いたワームホールが、僕の近くに出口を作ったという可能性も」

 我夢の推測に、一同は完全ではないがうなづいた。だが石室コマンダーはそれだけにとどまらず、我夢に話の続きをうながした。

「彼女がこの世界に来た仮説までは飲み込めた。だが我夢、大事なのはそれより先の推測だろう?」

「はい。我々はガグゾムの殲滅を最後に、根源的破滅招来体の攻撃は停止もしくは休息に入ったと判断してきました。ですが、破滅招来体の尖兵であるビゾームがまだ存在していたということは、破滅招来体がまだ活発に活動している証拠で、さらにこれまでにない大規模な攻撃の可能性を示唆しているかもしれないということです」

「それはいったいどういうことかね!」

 千葉参謀が驚いたように尋ねてきた。我夢はモニターにこれまでの破滅招来体との戦いの記録を映し出しながら、説明を続けた。

「破滅招来体は、これまであらゆる手段を使って攻撃をかけてきました。特に、コッヴやバズズのいる惑星と地球を繋げたりするなどの、宇宙の彼方と地球をつなぐワームホールで怪獣や兵器を送り込んでくる戦法は、彼らのもっとも多用する手段でした。彼女のいた星でも、怪獣が暴れて現地の人間の生活を脅かしているそうです。破滅招来体がその星を前線基地に変えてしまえば、ワームホールを通してまた地球はかつてと同じ脅威にさらされます」

 かつての破滅招来体との戦いは苦闘の連続だった。少なからぬ犠牲も払ってようやくつかんだこの平和がまた崩されるかもしれない……千葉参謀の表情が曇る。しかし、我夢は力強い声色で言った。

「いえ、悲観するのはまだ早いです。もう一枚、彼女の描いたこの絵を見てください」

 モニターが切り替わり、映し出されたイラストに一同は目を見開いた。だがそれは悲嘆ではなく歓喜に近いもので、ジョジーと敦子が興奮した様子で次々に言った。

「wao! ウルトラマン!」

「でも、ガイアやアグルとはちょっと違うね」

 そこに描かれていたのは、ハルケギニアで戦うウルトラマンたちの姿だった。それを確認してもらい、我夢はコマンダーとチーフに対して自分の考えを述べた。

「ウルトラマンが星を守っているのは、地球だけではなかったんです。もし、その星のウルトラマンと連絡をとって協力できれば、破滅招来体への対抗に大きな力になります」

 力説する我夢の言葉を、コマンダーはじっと聞いていた。だが堤チーフは難しい様子で我夢に尋ねた。

「だが我夢、壮大な話だが具体的にはどうするつもりだ? 我々はまだ、ワームホールの向こう側にさえ一度も行ったことはないんだぞ」

「ひとまずは、彼女を元の星に戻すことを第一にして考えます。異なる世界への旅行は、僕も研究を続けてきたことです」

「アドベンチャー号か。だがあれは試作機の喪失の後は制作を中断していたはずじゃなかったのか?」

「はい。かつてスペースシャトルが宇宙送還機を目指しながら不完全に終わったように、異世界との往復のリスクは僕の想像を超えていました。ですが、あの頃に比べてデータの蓄積は進んでいますし、今度はアルケミースターズのみんなにも協力を要請して、安全な超空間移動の方法をきっと突き止めて見せます」

 やる気はある、任せてくれという我夢の姿勢が本物だということは誰の目にも明らかだった。だがそれでも、コマンダーは我夢に厳しい視線を向ける。

「我夢、お前は破滅招来体との戦いにおいて、常に科学的根拠に基づいた確証を提示し続けた。しかし今度のお前は、確実性を担保できないあいまいな目標しか示せていない。いくらお前の言葉でも、そんな不確かなものにXIGの責任者として許可を出すことはできん」

「わかっています、無茶を言っているということは。それでも違う世界から迷い込んできた人はいて、僕なら助けてあげられる可能性がある以上、黙って見ていることはできません。ですから、これは僕の私的研究ということで進め、XIGには一定の成果が出たのちにあらためて協力を要請します」

「できるのか? お前でさえ成功の確証を出せない研究を」

「ワームジャンプの基礎研究はできています。後は、シミュレーションを繰り返して最適の方法を探っていくだけです。それが何万回、何十万回必要になるかは未知数ですが、成功させる答えがあるものならば必ず。時間は必要ですが、今度こそ、ワームジャンプを人類にとっての希望となるものとして形にしてみせます」

 G.U.A.R.D.はかつて、破滅招来体への対抗を焦るあまりに稚拙な準備によるワームジャンプミサイルによる反撃を行おうとして、逆に破滅招来体に利用されて窮地を招いた。その愚を繰り返さないよう、万全を尽くしたいという我夢の気持ちはコマンダーにも伝わった。

 だがそれはそれとして、我夢は少し申し訳なさそうにコマンダーに頼んだ。

「ただ、それとは別件でお願いしたいことがあるんです。僕が今保護している少女、タバサのことなんですが、彼女が地球外生命だということは確実なので、しばらくの間エリアルベースで保護してもらいたいんです」

「なぜだ? 保護するというのならジオ・ベースのほうが確実ではないか。リザードの監視下にも置きやすい」

「あ、いえ、瀬沼さんたちを信用しないというわけではないんです。ただ、女の子なので地下にしばらくいてもらうというのも何ですし、マコトたちにも相談したら「やっぱ我夢の近くにおいとくのが一番だろ」と、言われちゃいまして」

 なるほど、とコマンダーも納得した。確かにジオ・ベースは地下施設だから閉塞感は大きい。それに、エリアルベースのほうならば女性隊員も多いので、彼女も親近感を持てるだろう。

「わかった。我夢、一週間……いや、半月の猶予を出そう。その間、その少女の乗艦を許可する。それまでに結果を出して見せろ」

「了解、ありがとうございます! コマンダー」

「その少女の滞在中の面倒は、敦子、ジョジー、それにチーム・クロウで分担してみることにしよう。それでいいか?」

 もちろん敦子たちに異存があるはずもなく、話はまとまった。

 千葉参謀はまだ少し納得していない様子だったが、堤チーフはコマンダーが了承したこともあり「我夢はこれまでやると言ったら必ず実現してきました。今回もやらせてみる価値はあると思います」と説得してくれた。

 だが、我夢にとってはこれから一気に忙しくなる。一礼して我夢はコマンドルームを退出し、エリアルベースから地上を結んでいる送還機であるダヴ・ライナーに乗り込もうとした。

 ところが、ダヴ・ライナーの出発時刻を待っている我夢をコマンダーが呼び戻し、展望室でコマンダーは我夢に尋ねた。

「先ほどはあえて聞かなかったが、今回の件はお前だけの考えではないのではないか?」

「あの、どうしてそう思われたのかを先にお尋ねしても」

「千葉参謀と同じだ。お前の発案にしては飛躍しすぎている。なにか、あらかじめお前の考えを補強する、誰かの助言を受けてきたんじゃないか?」

「はい、まいりました。実は、僕も最初は半信半疑だったんですが、悩んでた僕のところに藤宮がやってきて、彼も以前に並行世界に関する事件に関わっていたことを教えてくれたんです」

 我夢は、藤宮博也がかつて並行世界への一時的なジャンプを経験し、それを聞いたことを話した。コッヴが現れる少し前の時に、ある森が別次元のどこかと入れ替わる事件が起きたことがあった。藤宮はそれを調査し、人知れぬうちに解決したのだが、その時に記録した次元跳躍のデータと近いものを我夢の近くで観測し、警告に来てくれたのだと。

 そして藤宮も驚いたことに、タバサこそそのときに藤宮が助けた異世界人その本人だった。この偶然と呼ぶには重なりようがない二つの事実に、二人はタバサから聞き出した情報を総合し、破滅招来体がまだ暗躍していることも重く見て、事前に対策を打つことに決めた。

 しかしまだ、具体的には雲をつかむような話であるし、それ以前に大事なのはタバサを元の世界に帰してやることである。そこで藤宮は、自分はまだ独自に調査を続けるとして、我夢もXIGで実行力を整えることにしたのであった。ちなみにタバサを預かることについては藤宮にあっさり断られたのは言うまでもない。以上が、我夢がらしからぬ行動に出た真相であった。

「そうか、藤宮博也、彼も関わっていたのか」

「すみません、藤宮は以前にいろいろありましたし、しばらく伏せていたほうがいいかなと」

「いや、責めているわけじゃない。彼と我々とは確かにいまだにデリケートな関係ではあるが、皆が皆同じ方法で地球を守る必要はない。彼には彼のやり方があることを、少なくとも私は尊重したいと思う。だが我夢、藤宮に気を遣うのはわかるが、そうすることで余計に彼と我々の間に壁を作っているのではないか?」

「はい、僕が軽率でした」

「わかってもらえたならいい。我夢……次の戦いはさらに厳しいぞ」

「はい!」

 コマンダーは簡潔に話を済ませ、我夢を見送ってくれた。まだ若い我夢にとって、XIGは見習うべき人生の先輩がたくさんいるが、その中でも石室コマンダーは我夢のよき理解者だった。我夢がその卓越した頭脳を十全に生かせるのも、ガイアとして戦うことができるのも、コマンダーが陰に日向にバックアップしてくれなかったらありえなかったことだ。

 だからこそ、その期待には全力で答えたいと我夢は思う。

 

 そして、我夢の多忙な日々が始まった。

 アルケミースターズのネットワークで協力を要請することはできるとしても、まだ誰も安定して成功させた者のいない別世界への移動技術である。クリアしなければならない課題は山積みで、大学のカリキュラムもある始末、我夢の友人たちがあれこれ手伝ってくれなかったらまた休学するはめになっていただろう。

 それに、アルケミースターズでなくとも我夢の友人たちも優秀な人材である。彼らとの交流は思考が硬直化するのを防ぐことにもなる。なにより大学生活は楽しい。

 また、我夢がハルケギニアへの移動手段を模索する間に、タバサのエリアルベースでの生活も始まった。

「はじ、めまして、よろしくおねがいします」

 XIGの女性隊員服に身を包んだタバサは、学んだばかりの拙い日本語であいさつした。

 タバサの立場上は、海外のG.U.A.R.D.支部からの研修生ということで取り繕っている。G.U.A.R.D.は世界的な組織であるし、タバサの青い髪の色を見れば疑う者はいなかった。

 ただし、タバサの滞在時の監督者役を命じられたオペレーターズとチーム・クロウ(XIGの戦闘機小隊・ファイターチームの部隊のひとつ。女性パイロット三人で構成されたチーム)は真相を知らされていた。そして、彼女たちの勤務の合間を縫って、タバサの日本語教育もかねた交流がおこなわれたが、これでタバサは目を白黒させることになった。

「やーん、なにこの子、カワイーイ!」

「もうジョジー、私たちは我夢から大事な仕事を頼まれたんでしょ。建前上でも、ちゃんと研修生向けの講義をしないと」

「ノンノン、ステイの第一は友情を育むことから始めるものよ。ねえタバサ、あなたパフェ好き? 今度いっしょに食べに行かない?」

「え、あの、その」

「ジョジーったら、タバサちゃん困ってるじゃないの。タバサちゃん、私がしっかりXIGの準隊員にふさわしいようなんでも教えてあげるからね」

「は、はい」

 異世界の軍事組織ということで借りてきた猫のように身を固くしていたタバサは、ジョジーの陽気さと敦子のお姉さんぶりに意表を突かれてしまった。

 だが、地球のことはまだほとんど知らず、日本語もまだつたないタバサにとって、二人の気楽さは不安を和らげてくれた。それに、まともに子ども扱いされたのはタバサにとって本当に久しぶりで、キュルケやシルフィードと別れて傷心だったタバサは、まるでお母様といたときのようと心が安らぐのを感じた。

 けれど、タバサは学ぶことは決しておろそかにしなかった。ハルケギニアに戻れるかはまったく未知数だが、絶対に帰るつもりでいる。その時のために、なんであろうと知識はとにかく蓄えようと、タバサは懸命に日本語を学び、二人から地球のことや根源的破滅招来体についての知識を吸収した。

「この世界では月はひとつ……でも、わたしが見上げるべき夜空は、月がふたつある世界」

 初日が終わった夜、展望室から地球の夜空を見上げたタバサはつぶやいた。ハルケギニアに戻ってなさなければならない使命、ジョゼフへの復讐が自分を呼んでいる。

 けれど、それだけではいけないともタバサは思っていた。

「ハーイ、タバサ。ランチに行こう」

 誘いに来てくれたジョジーに、タバサはうなづいた。

 自分を受け入れてくれたこの人たちに何か恩返しをしたい。貴族として、帰る前にその責務は果たしてからハルケギニアに戻りたい。そのためにも我夢がハルケギニアに行く方法を見つけるまで勉強に励み、機会が来たときにはそれを逃すまいと、タバサは決心した。

 けれど、身構えるタバサを翻弄するようにエリアルベースでの日々はタバサの予想を超えてきた。

「あなたが我夢の言ってたタバサって子? ふーん、私はチーム・クロウの稲城、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ私たちはこれから演習だから、あなたは展望室から見てたらいいわ」

「え? え?」

 さしものタバサも二度聞きしてしまった。イザベラの無茶振りならなんであろうと流せるが、なんとチーム・クロウの三人はタバサを置いてそのまま演習に出てしまったのだ。

 彼女たちの乗る戦闘機、XIGファイターの演習用黄色塗装機がエリアルベースから発進していく。置いていかれたタバサは、言われたとおり展望室からチーム・クロウの演習を見学しているしかなかった。

 しかし、いざ演習が始まるとタバサは息を呑んで目を見張った。

「すごい……」

 チーム・クロウの三機のファイターは、すさまじいスピードで追いつ追われつのドッグファイトを繰り広げ、時に見せる変幻自在の空中機動はタバサをしても目で追うのがやっとだった。

 シルフィードに乗って飛ぶときでさえ、すごい風圧と加速度が体に襲いかかってくる。ましてやシルフィードの何十倍もあろうスピードの中で縦横に変化する重力に耐えながら機体を操るとは、ただ者ではない。

 タバサは以前に見たGUYSのガンフェニックスを思い出した。あれもすごかったが、ファイターは小型な分だけ機動力はさらに秀でている。

 これが異世界の空中戦……しかも、自分がハルケギニアに戻って戦わなければならない宇宙人たちは、さらにこれ以上の性能を持つ宇宙船を持っている。学ぶべきことは多いとタバサは改めて感じた。

 そして演習後、チーム・クロウはカフェテリアで演習の成果を話し合っていたが、稲城リーダーはふと同席させていたタバサに問いかけてきた。

「ところであなた、さっきの演習見てたのなら、ここのところで私がこうやって樹莉を追い詰めたとき、あなたならどうやってかわすかしら?」

「……」

「遠慮しなくていいわよ。我夢から聞いたけど、あなた別の世界ではドラゴン乗りだったんですって? 率直に言ってみてくれればいいから」

「でしたら……」

 タバサは言われた通り、自分だったらこの空中戦でどう動くかと考えて、テーブルの上に置かれていたファイターの模型を動かしてみた。

「ふーん、なかなかやるじゃない。なら、こっちがこう動いたらどう?」

 タバサは眉をしかめた。その動きはこちらの逃げ道を大きくふさいでくるものだったからだ。次の一手で巻き返さないと確実に撃墜される。

 まるで詰め将棋。プレッシャーを感じながらタバサは考え、最良と思われた機動で模型を動かしたが。

「やるわね。でも、動きが固いわ、こっちがこうしたらどう?」

 稲城リーダーが模型を動かすと、タバサのファイターは稲城リーダーのファイターに完全に頭を押さえられてしまい、まだ落とされてこそいないけれど勝ち目はさらに低くなってしまっていた。

 ここから逆転するのは神業でしかない。タバサはあきらめて、「降参……」と、短くつぶやくしかなかった。しかし稲城リーダーはくすりと笑い、チームの三島樹莉と多田野慧がテーブルの上にラジカセを置いて言った。

「もっとリラックスして。肩の力を抜いてリズムに乗ればいいのよ。こんなふうにね」

 再生ボタンが押されると、陽気で賑やかなロックの音楽が流れ始めた。それはタバサは初めて聞くタイプのミュージックで、不思議と明るい気分になれる気がした。

 見ると、チーム・クロウの三人も陽気にリズムを踏んでいる。そして、リズムが乗ってきたところで、タバサにもう一度模型が手渡された。

「今のあなたならどうするかしら?」

 そう言われても、そんなすぐにいい考えが浮かぶわけがない。しかしリズムが胸に沁み込み、心が軽くなってきたタバサは何か違うことができる気がしてきた。冷静さを失ってはいけないのは狩人の鉄則だが、今の立場は追われて仕留められかけている獲物のほうにある、なら生きるためには逃げるよりもいっそ。

 タバサは思い切って模型のファイターを稲城リーダーの機に突撃させる機動をとらせた。それはタバサらしくない強引で無謀にも思える動きだったが、稲城機がそのままの機動でタバサ機に銃撃を敢行すれば、タバサ機は落とせても勢い余って空中衝突の危険性があったので稲城機は回避した。

 結果、まだ不利なことに変わりはないがさっきよりはだいぶマシな戦況に立て直すことができた。その出来栄えを見て樹莉と野慧は拍手し、稲城リーダーはタバサを褒めた。

「そう、その感覚よ。あたしたちパイロットはいつでも死と隣り合わせ。でも、広い空で可能性がゼロになるなんてことはない。だからいつでも前向きでいないとね」

 その言葉でタバサははっとした。そして、この人たちは敦子たちとは逆で、最初から自分を一人前と見て、その上で自分たちなりのやり方で鍛えてくれようとしてるのだと理解した。

 どちらが良い悪いというわけではない。人にはそれぞれやり方がある。そのやり方で、身元も確かでない自分を受け入れてくれている。タバサは、このXIGという組織の人たちへの信頼が心に芽生えるのを感じた。

 そして一週間が過ぎる頃、タバサはコマンダーの私室でチーフや参謀とともに『茶道』というものでもてなしを受ける機会があった。

「ここにはもう慣れたかな?」

「はい」

「それならばよかった」

 コマンダーはあまり多くを語る人ではなかったが、彼が隊員たちから深く信頼されているのはタバサにもわかった。

 組織を束ねる者に必要なのは、何より『信頼』だ。巨大な組織というものを動かすのに、上が細々と指示していては間に合うわけがない。むしろ上はどっしりと構えて、重要な命令だけを間違えずに出し、あとは下を自由に動けるようにする。言うだけなら簡単だが、この人に任せれば間違いはないという信頼を得るのは並大抵のことではない。

 つまりそれだけ、XIGという組織が激戦を潜り抜けてきた練達の部隊だという証拠である。この茶道という文化も、礼節の中で語り合いの場を設けるという、ガリアには無かったものだ。わびさびというらしいが、なかなかユニークな文化だと思う。ただ、派手でせっかちなハルケギニアの貴族には合いそうもない、キュルケなど5分で音を上げそうだ。

 湯呑茶碗を回しながら、タバサはこれまでのことと、これからのことに静かに思いをはせた。

 

 そして時は経ち、さらに数日が過ぎた。

 何事もなく日々は過ぎ、タバサは日常会話程度なら日本語を話せるようになっていた。しかし我夢の研究は思うように成果が上がらず、約束の期限である半月まで時間が圧し始めていた。

 そんな、ある日のことである。それまで平和が続いていたエリアルベースに突如警報が鳴り響き、緊張が全隊員を駆け巡った。

「G.U.A.R.D.アメリカからの緊急連絡です。場所は北アメリカ、カナダの未開発地域。映像出ます」

 コマンドルームのモニターに送られてきた映像が映ると、駆けつけてきたコマンダーらは眉を潜めた。

「コッヴ……」

 堤チーフが重く呟いた。

 モニターに映し出されていたのは、針葉樹の森林地帯を木々をなぎ倒しながら進撃する二足歩行の怪獣。腕が鎌になり、鋭く伸びた頭部を持つ、かつて破滅招来体の生物兵器として何度も地球を襲ってきた、宇宙戦闘獣コッヴの姿に間違いはなかった。

 コッヴは雪をかぶった森林をものともせずに太い足を振り上げながら爆進を続け、その以前と変わらない容赦ない破壊ぶりに千葉参謀は「なぜまたコッヴが現れるんだ?」と困惑したように言った。

 しかし、呆然としてばかりはいられない。暴れるコッヴを前に、XIGの脳髄が動き出す。

「これも破滅招来体の新たな攻撃か?」

「奴はどこから現れた? ワームホールの発生状況は?」

 コマンダーと堤チーフが問いかける。だがコンピュータを操作していたジョジーがそれを否定した。

「いいえ、ワームホールの兆候は一切確認されていません」

「ワームホールから送り込まれてきたのではないとすると、あのコッヴはいったいどこから現れたんだ?」

 怪獣が何もないところから理由もなく現れるわけがない。チーフの疑問に、過去の記録を分析していた我夢が答えた。

「あの場所は、以前に破滅招来体が送り込んできたコッヴの製造工場『ヴァーサイト』が墜落した地点の近くです。あのとき、ヴァーサイトの内部にいたコッヴは幼体も含めてすべて処理したものと考えていましたが、地中に逃れて生き延びていた個体がいたということです。そして我々に知られないまま成長して成体となり、ついに地表を自分のテリトリーにしようと動き出したんです」

 我夢の分析にコマンダーとチーフはうなづいた。しかし場所は現状G.U.A.R.D.アメリカの管轄区内、勝手な手出しはできないと思われていたところ、そのG.U.A.R.D.アメリカから緊急連絡が入った。

「コマンダー、コッヴの進行方向に人口密集地が。G.U.A.R.D.アメリカの戦車隊の展開が間に合わず、こちらに支援要請が来ています」

「わかった。我夢、あのコッヴの処理について、お前の意見はどうだ?」

「……あのコッヴは地球で生まれて育ったとしても、地球から見れば外来種です。やがては北アメリカに生息している地球怪獣たちとも衝突を起こすことは確実と思われます。速やかな、駆除が最善の選択であると僕は判断します」

 言いづらそうに答えた我夢の心境を、皆はわかっていた。怪獣とはいえ、無闇に命を奪うことを我夢は好まない。しかし、元々地球の怪獣ならまだしも宇宙怪獣を置いておける場所など地球にはない。地球の平和を守るためには心を鬼にしなければならない時もある。

 コマンダーは何もいじわるで聞いたわけではない。再建途上にあったXIGで我夢がもっとも実戦の空気から遠ざかったことで、戦う人間としての意思が揺らいでいないか確認したのだ。そして、我夢もXIGの一員として確たる覚悟を持っていることを認めたコマンダーはチーフに決然と命じた。

「チーム・ライトニング、チーム・ファルコン、出動」

「了解」

 XIGの誇る精鋭戦闘機チーム二部隊に出撃が命じられた。

 二つのファイターチームの計六名と短いブリーフィングが行われたのち、エリアルベースの中のシューターを通って六つの六角柱型のコンテナが基地外へと射出されていく。すると、空中に放り出されたコンテナが変形して戦闘機の姿へと変わっていくではないか。

 これがXIGの誇るコンテナメカのギミック。XIGの戦闘用メカの多くは平時は六角柱型のコンテナに畳まれていることでスペースを最小化し、整備や輸送などに対応しているのだ。

 コンテナモードから展開して戦闘機形態に変わった指揮官用の青いXIGファイターST二機と、追随する赤いXIGファイターGT四機。二チーム計六機のファイターはカナダを目指して飛んでいく。それを見送って、堤チーフもコマンダーに敬礼しながら言った。

「私も、ピースキャリーで現場に向かいます」

「我々にとって久々の実戦だ。任せたぞ」

 続いてエリアルベースの上部発進口が開き、巨大なレドームを持つ指揮管制機ピースキャリーも発進していく。

 コッヴ一体には過剰すぎる戦力だが、XIGはガグゾムとの戦い以来実戦経験が不足している。訓練は欠かさず続けていても、やはり実戦の感覚から遠ざかっていたのは無視できない。この機会に実戦の勘を取り戻すことも一つの目的であった。

 ピースキャリーがファイターを追って飛んでいく後ろ姿がコマンドルームからも見える。それを見送りながら、コマンダーは我夢に問いかけた。

「今度のコッヴの出現は、破滅招来体とは無関係だと思うか?」

「今のところは。ですが、突発的な事象に便乗して、何かを仕掛けてくる可能性は捨てきれません。コッヴの殲滅まで、油断は禁物かと」

 破滅招来体の仕掛けてくる手はいつもこちらの想像を超えていた。いくら備えても常に後手後手に回らざるを得ず、その底はいまだに知れない。

 また、時には破滅招来体とは関係なく現れる脅威もあった。それらまで換算するととても予測しきれるものではなく、こうなった以上、我夢は何事もなく終わってくれることを祈るしかなかった。

 本当に、杞憂で終わればいいのだが……。

 一方、そのころタバサはファイターチームが出撃していくのを、チーム・クロウといっしょに待機所で見送っていた。

「あーあ、久しぶりの実戦なのに留守番部隊なんてついてないわね」

 置いてけぼりを食ってクロウの面々がふて腐れている。しかし、本当によほどの事態でなければファイターチーム全ての同時出動はないのだから仕方がない。場合によっては別の場所で事件が起こる可能性も捨てきれないのだ。

 タバサは借りてきた本のページをめくりながら、戦闘が始まったという空気に神経を張り巡らせている。

 この世界に来て初めての実戦、その顛末は記憶しておきたい。ただ、事件が起こった場所はここから遠く離れており、こちらに類が及ぶことは考えられないが、タバサはなんとなく妙な胸騒ぎを覚えていた。

「なにも起こらなければいいけど……」

 ただの勘でしかない。それに、何かあったとして自分に何かできるわけでもない。

 それでもタバサの胸の奥には、何か腐臭を放つものが近くにあるような不快感がちくりと残り続けていた。

 

 

 ファイターは高速で飛行し、あっという間にエリアルベースのある赤道直下からカナダまでやってきた。

「目標を確認。間違いない、コッヴだ」

 先頭を飛ぶチーム・ライトニングの梶尾リーダーが、眼下の森林地帯を進撃するコッヴを見下ろして言った。

 コッヴの進路は変わらず、相変わらず人口密集地を目指して進んでいる。ファイター六機は上空で旋回し、続いて到着したピースキャリーが情報を統合して指示を出した。

「ファイター各機へ、G.U.A.R.D.アメリカの戦車隊が配置を完了するまで足止め、あるいはコッヴの方向転換を要請されている。攻撃を許可する」

 攻撃命令が出たことで、ファイター編隊は上空で攻撃態勢へと入った。ライトニングの梶尾リーダーとファルコンの米田リーダーが作戦を話し合う。

「コッヴの頭から撃つ光弾は正面にしか撃てなかったはずだ。常に奴の後ろから狙っていけばいい」

「では梶尾リーダー、こちらがコッヴの注意を引きますので、ライトニングは背後から攻撃してください」

「手柄を譲られるみたいで釈然としませんが、その案乗りました。ようし、北田、大河原、何度も戦った相手だ。俺たちだけで片付けるつもりでいくぞ」

 空戦体制に切り替え、ふたつのファイターチームは一気に急降下した。

 まずはチーム・ファルコンの三機がコッヴの正面に回り、機関砲のように連続発射されるレーザービームを撃ちかける。たちまちコッヴを包むように起こる小爆発。コッヴも雄たけびをあげて威嚇してきて、ファイターを敵だと認識したようだ。

 コッヴは両手の鎌を合わせると、頭部から黄色の破壊光弾をファルコンに向けて放ってくる。しかし、コッヴがその攻撃をしてくるとわかっているファルコンは余裕を持って回避し、その隙を突いてコッヴの背後からライトニングが一斉攻撃を仕掛けた。

 レーザーバルカンの集中砲火は硬い外殻に覆われたコッヴの体にもダメージを浸透させ、背中で起きた爆発にコッヴは悲鳴をあげてよろめく。

 さらに怒るコッヴはライトニングへ向かって攻撃しようと頭を向けてくるが、そこへ横合いからファルコンの射撃が炸裂する。

 トップガンの腕前を誇るライトニングと、最高のチームワークを持つファルコンの連携攻撃。死角から連続して撃たれてふらつくコッヴの頭上で、すれ違いざまに梶尾リーダーと米田リーダーは手信号で素早く互いを称え合った。

 しかしこれで終わりではない。ライトニングとファルコンは再びフォーメーションを組み、急降下してコッヴへと挑みかかる。

 ファイターSTから放たれるレーザービームに続いてファイターGTから放たれるレーザービームの弾幕がコッヴに突き刺さる。初めてコッヴと戦った時に彼らが乗っていた前世代機のファイターSSやファイターSGの火力ではコッヴにはたいしたダメージを与えられなかったが、STとGTの装備しているリパルサーチャージャーから放たれるレーザービームの威力ははるかに進化しており、コッヴの装甲をもやすやす貫通することができた。

 コッヴは右を見れば左からライトニングに撃たれ、左を見れば右からファルコンに撃たれと常に翻弄され続けて、めったやたらに光弾を撃って悪あがきすることしかできていない。リパルサーリフトを装備し、従来のジェット機とは次元の違う機動を得意とするファイターを自在に操るチーム・ライトニングとチーム・ファルコンの連携は、まさに雷光と隼を同時に相手にするかのごとくである。

 ピースキャリーから堤チーフは油断なく戦闘を観察しているが、もはや誰の目から見てもファイターチームの優位は明らかである。すでに戦車部隊の到着を待たずともコッヴを倒せるだろうとは火を見るようなものだった。

 

 その様子はリアルタイムでエリアルベースにもモニターされていた。

「なんだ、心配したほどじゃなかったようだな」

 千葉参謀がほっとしたように言った。今のファイターチームの戦力ならばコッヴくらいならば問題ないのはわかっていたが、実戦というものはそう都合よくはいかないものだ。しかし今回は順調にいっている。

 さすがにコマンダーは気を抜いてはいないが、我夢も考えすぎだったかなと、破滅招来体の介入も起こらなさそうな様子に安堵し始めていた。これなら、もしものときにガイアに変身して駆けつける必要もなさそうだ。

「さすが梶尾さんに米田さんだなあ」

 ファイターの動きに追随できず、コッヴはすでにフラフラだ。このままいけば、あと数度の攻撃で撃破できるだろう。

 弱ったコッヴにライトニングとファルコンが同時攻撃の体制に入る。そして、とどめの収束ビーム砲を発射した、その時だった。

「なにっ!」

「消えた?」

 なんと、ビームが命中する寸前、コッヴは煙のように消えてしまったのだ。

 梶尾リーダーと米田リーダーは驚いて周囲を見回すが、コッヴの姿はどこにもない。ピースキャリーでも堤チーフが血相を変えていたが、レーダーからもコッヴの反応は完全に消失してしまっていた。

 一体何が? エリアルベースのコマンドルームでも、まさかの出来事に分析が急がれている。

 敦子とジョジーが、何度記録を再生しても、ワームホールが開いた形跡はおろか何の反応も無いまま突然コッヴが消えたとしか思えないと報告する。また、我夢も急いで分析を進めるが、満足のいく仮説すら見つからなかった。

「ありえない。コッヴに空間を移動する能力なんて無いはず。誰かが移動させたにしても、何か痕跡が残るはず、いったいどうやって?」

 分析不可能な事態に我夢も焦りを隠しきれない。だが我夢は冷静さを保とうと自分に言い聞かせ、見落としている可能性がないか必死に考えた。

 今コッヴが消えたのはタイミングから考えて明らかに避難だ。だがコッヴ自身の能力とは思えない、あの時のコッヴにそんな余裕は無かったはずだ。なら何者かの意思によるものか? 誰が?

 コマンダーはぽつりと「これも破滅招来体のしわざか?」と、つぶやいた。それは間接的な我夢へのアドバイスだったかもしれない。我夢は破滅招来体のせいかと考えてみた。これが破滅招来体の攻撃の一環だとすれば、どんな意図があって?

 だが、その瞬間だった。コマンドルームに、突如おどろおどろしい声が響いたのだ。

 

「ふははは。残念じゃが、もう手遅れであるぞ」

 

 誰だ! と、聞きなれない声にコマンドルームに緊張が走る。

 しかし声の主を探そうとしたとき、部屋全体を地震のように激しい揺れが襲った。

「どうした! 原因はなんだ」

 エリアルベースはリパルサーリフトで浮遊しているから揺れるなんてありえないはずだ。つまり、基地の機能に異常が生じたことを意味する。

 慌てて機能をチェックする敦子とジョジー。しかし、青ざめた様子でコマンダーに報告した。

「大変です。メインコンピュータが何者かのハッキングを受けています。基地の機能が奪われました」

「なに! すぐサブコンピュータへ切り替えろ」

「だめです、こちらからの操作を一切受け付けません」

 なんの反応も示さなくなったキーボードに、敦子とジョジーの絶望した声が響く。

 同時に我夢の操作していた小型端末も操作を受け付けなくなっており、我夢は信じられないというふうに言った。

「そんな、エリアルベースのコンピュータは世界最高レベルのセキュリティが組まれているのに。クリシスゴースト級のハッキングを受けても耐えられるファイヤーウォールを一瞬で破って基地の機能を奪うなんて、不可能なはず」

 破滅招来体のしわざだとしても不条理すぎる。だがそこへ、再び先ほどのおどろおどろしい男の声が響いた。

「そんなカラクリを操るなど造作もないことよ。我が呪術の偉大さにかかればな」

「誰だ!」

「ふははは、ふはははは!」

 コマンドルームに不気味な声が響き渡る。だがコマンドルームには自分たち以外には誰もいない。

 敦子とジョジーはきょろきょろと室内を見回し、コマンダーは鋭い目で虚空を睨んで何者かを探している。千葉参謀はうろたえてはいるが、いざとなったら我夢たちの盾になろうと身構えていた。

 そして我夢は、響き渡る笑い声を聴きながら、この声をどこかで聞いたことがあると既視感を覚えていた。あれは……まさか! その正体を思い出した我夢は虚空に向かって叫んだ。

「何者だ! 姿を見せろ!」

「ふははは、よかろう」

 笑い声がやみ、コマンドルームの中央の空気がぐにゃりと歪んだ。

 すると、何もない空間からけばけばしい衣装をまとった男が幽霊のように浮かび上がってきたのだ。男はふわふわと空中に浮かび、驚愕している面々を順に見渡すと、最後に恐ろしげな視線を我夢に向けて口を開いた。

「久しぶりよのう、小僧。わしのことを覚えておるか?」

「忘れられるもんか。魔頭……鬼十郎」

 

 

 続く


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