第39話
フレイムとシルフィード、友情のタッグバトル
宇宙恐竜 ゼットン
超古代闇怪獣 ゴルバー 登場!
ハルケギニアの人間たちは、バット星人グラシエによって見せられていた長い夢から覚めた。
だが、グラシエが遠大な陰謀の果てに育て、今やグラン・トロワを押しつぶしてリュティスの街を睥睨する巨大なハイパーゼットンの繭がある限り、ハルケギニアの未来には破滅しかない。
それを防ぐためには、グラシエによって蘇生され、今やその怨讐ごとハイパーゼットンに取り込まれてしまったシャルルを止めるほかにない。
ジョゼフとタバサは、今度こそ素顔のシャルルと向き合うためにシルフィードに乗ってハイパーゼットンへ向かう。
しかしその間にも、ハイパーゼットンをさらに成長させる実験として世界中にばらまかれた種々のゼットンの実験体と怪獣兵器たちは人々を脅かしていた。
『歓喜』の感情で作られたゼットンはウルトラマンヒカリが抑えているが、残る『妬み』『渇望』『悲しみ』から生まれたゼットンは手ごわい。
それでも、ウルトラマンガイア、アグルは戦う。この世界を第二の故郷に定めたペダン星人たちは、不完全なキングジョーに賭けて戦う。モロボシ・ダンとカプセル怪獣たちも死力を尽くしてゼットンに挑む。
さらに、魔法学院を舞台にしたウルトラマンコスモスとジャスティス対バルタン星人の戦いも激化し続けている。
一滴の余裕もなく力を振り絞った総力戦の様相。ひとつでも負ければそこからゼットンのエネルギーを得た怪獣兵器の群れが世界を埋め尽くしてしまうだろう。
そんな彼らの努力を無駄にしないためにもハイパーゼットンを目指すタバサを救うため、タバサの親友キュルケも駆け付けた。
そしてルイズは無茶を承知で禁断の虚無の魔法『生命』を発動してハイパーゼットンに大きなダメージを与え、不完全さの反動で気を失うものの、見事タバサらの道を切り開いた。
キュルケもシルフィードと協力して怪獣兵器ゴルザとメルバを撃破し、ウルトラマンヒカリも『歓喜』のゼットンを粉砕。形勢逆転ののろしが上がったかに思われた……が。
倒されたゼットンの残留思念がハイパーゼットンの巨大なエネルギーを使って異空間から怪獣の思念体を呼び出し、融合したことで未知の青いゼットンとして復活してしまった。
青いゼットンの破壊力に追い詰められるヒカリ。それを見たキュルケの使い魔のフレイムは水の精霊から与えられたハニーゼリオンで巨大化しようとしたが、シルフィードの割り込みで二匹まとめて被ってしまった。さらにその際、なんの偶然か二匹のいたところにあったゴルザとメルバの死骸を取り込んでしまい、なんと二匹は合体してゴルザとメルバの特徴をあわせ持つ怪獣ゴルバーになってしまったのである。
「「な、ななななな、なんなのだこれはー(なのねーっ)!!!???」」
二匹は自分の姿を見て仰天した。
こんな馬鹿な。だが、そんな馬鹿なことが起こってしまってるんだからしょうがない。
「合体事故、というやつですか。単独で細胞分裂して大きくなるところを、手違いでゴルザ細胞とメルバ細胞までも合成してしまって、と。いやいや、こんなことが起こるとは、私も初めて見ましたよ」
グラシエまでも感心したようにつぶやく。才人やキュルケたちは、フレイムとシルフィードが合体して怪獣になってしまったのはわかったが、かといってどうすることもできずに見ているしかできない。
しかし、敵は待ってはくれない。青いゼットンがヒカリに迫っているのを見たフレイムとシルフィード、いやゴルバーは青いゼットンへ向かって突進した。
「「うおおおぉーっ(なのねーっ)!!」」
フレイムは元はサラマンダーなので二足歩行には慣れてなく、見るからに不格好な走り方だがどてどてと突撃してゼットンにぶつかっていく。そしてヒカリに至近距離から火球を放とうとしたゼットンに強引にタックルをお見舞いする。
けれどゼットンはレーダーになっている頭部のゼットン角でゴルバーのタックルを寸前でかわし、その腹部に蹴りを入れてきた。
「ぐはっ!」
「お、おい、しっかりするのねお前?」
腹を打たれて苦しむフレイムにシルフィードが声をかけた。
ゴルバーはゴルザにメルバが乗っかったような姿をしているが、どうやらゴルザ部分の感覚はフレイム、メルバ部分の感覚はシルフィードに分かれているようだ。四つになった目も半分ずつ請け負っている。
フレイムはシルフィードに「大丈夫だ」と答えたものの、実際はかなりの痛みを受けたことに、ご主人のために格好つけて無茶してしまったなと思っていた。たった一発でこんなに痛いとは、怪獣との戦いをなめていた。
だけどもここまで来たら後には引けない。フレイムにも男の意地がある。どんなに痛くても、ご主人やこの青二才の韻竜にかっこ悪いところを見せるくらいなら死んだほうがマシだ。
「こんなもんなんでもねえ。さあて反撃だ、いくぜおらぁっ」
「わっ、ちょっと待つのね!」
やせ我慢してフレイムはゴルバーをゼットンに突進させた。だがやはり二足歩行に慣れてないので不安定な前傾姿勢になってしまい、よろめきながらの突進ではゼットンには通用しない。簡単にゼットンに避けられ、ゼットンはなんとゴルバーの首を片手で締めながら持ち上げてしまったのである。
「ぐぁぁぁっ、なんて力だ。は、離しやがれ」
フレイムの苦悶の声に答えるのは、無機質な「ゼットォーン」という鳴き声と電子音でしかない。
ゴルバーはもがいて逃れようとするけれど、怪力を誇るゴルザの腕で掴んでもゼットンの手はなかなか離れない。怪力に機械のような無慈悲さ、あのでぶっちょのゼットンとは違う、これが本物のゼットンの力だった。
このままではゴルバーはゼットンに片腕で吊り上げられたまま絞殺されてしまっただろう。けれどゴルバーのメルバ部分を担当しているシルフィードがそうはさせないと、目からメルバニックレイを発射してゼットンを攻撃した。
「これでも食らうのね!」
断続発射される光弾がゼットンの頭に当たって火花をあげる。シルフィードには目から光線を放つ能力などはないが、ゴルバーとなってメルバの体を手に入れたことで、本能的にメルバニックレイの使い方がわかったようだ。
だが頑強なゼットンの体は、メルバニックレイの直撃を受けても傷つけられた様子はない。が、わずかに力が緩んだ隙にゴルバーはゼットンの手を振りほどいた。
「ゴホゴホ、この馬鹿力め」
「お前みたいな力任せじゃダメなのね。怪獣との戦い方のお手本をみせてやるのね」
シルフィードは、何度もタバサといっしょに怪獣と戦ってきた自負からメルバの翼を羽ばたかせて飛び出した。ゴルバーの体が浮き上がり、完全に浮遊するとまではいかないが、ホバーのように浮きながらゼットンへ向かって突進していく。
「それっ、やっつけてやるのね」
空から体当たりする感覚でシルフィード操縦のゴルバーはスピードを上げてゆく。だが、いっしょに突撃の弾にされているフレイムのほうはたまったものではない。
「うわぁ! バカ、おい、やめろおれはやると言ってない」
じたばたと手足を振り回すが、翼のほうの主導権はシルフィードにあるので宙に浮いたままフレイムはどうすることもできない。もちろん、そんな無様な姿だろうがゼットンが黙って待っているわけがない。
”ゼットン!”
感情があるようにも機械的にも聞こえる声で鳴き、ゼットンは動いた。突っ込んでくるゴルバーに振りかぶると、まるで虫を払うかのようにゴルバーの顔面に掌底を叩きつけてきたのだ。
「ばわあっ!?」
張り飛ばされて、ゴルバーは建物を数搭巻き添えにしながら地面に打ち伏せられてしまった。ゴルバーの体のベースはゴルザのものだから並みの怪獣より頑強なはずなのに、こんなにダメージを受けるとはなんというパワーか。
いやそれよりも、またも自分だけ痛い思いをする羽目になってしまったフレイムはカッとなってシルフィードに食って掛かった。
「バ、バカ野郎! なにが手本を見せてやるだ。お前だって力任せじゃないか」
「きゅいい! お前が重すぎるからいけないのね。シルフィだけだったらスイスイ飛んで、あいつの頭を蹴っ飛ばせたのね」
「なにを! お前こそ背中が重いんだよ。おれだけだったらあいつをぶん殴れてたものを」
「へん、負け惜しみなのね」
「はん、青いちびっこのおまけみたいなもんのくせして」
「カチン! お、お前、言ってはいけないことを言ってしまったのね」
「なにを!」
「きゅい!」
ついにシルフィードとフレイムはゴルバーの上と下で大喧嘩を初めてしまった。
シルフィードはメルバの翼でゴルザの体をひっばたき、フレイムはメルバの頭をひっかく。だがそれは外から見たら自分で自分の体を傷つける一人相撲をしているようにしか見えず、その滑稽を通り越して無様そのものな姿に、キュルケは泣き出したいような声で叫んだ。
「ああ、なにしてるのよあの子達。やめなさい! 今そんなことしてる場合じゃないでしょ」
キュルケの声も、ケンカに夢中な二匹には届かない。ぎゃあぎゃあとわめく二匹は、すっかり今がどういう状況なのかすら忘れてしまっていたが、そんなことをしても敵が見逃してくれるわけがない。
隙だらけのゴルバーに向かって、ゼットンの特大の火球がチャージされる。そうそう当たることのない大技のはずだが、ケンカに夢中な二匹は気づかず、やっとキュルケの「逃げて」という叫びが届いた時には遅かった。
「うわああっ!」
「きゅいいいっ!」
青紫色に光るゼットンの火球がゴルバーに直撃して爆発し、ゴルバーは二匹の悲鳴とともに吹き飛ばされてしまった。
火球のあまりの破壊力による痛みで苦しみのたうつフレイムとシルフィード。だがそれでもゴルバーの防御力に救われたほうなのだ。並の怪獣だったら痛みを感じる間もなく粉々になってしまっていたであろう。
体と頭を燃やしながらのたうつゴルバーに、ゼットンは目障りなものは消してやると言うふうに顔の発光体を点滅させながら近づいてくる。大きなダメージを受けたフレイムとシルフィードには逃げる力はありはしなかった。
「きゅうぅ……」
シルフィードの目に、とどめの火球をチャージしているゼットンの姿が見えた。もう一度あれを受けたら今度こそ燃え尽きてしまうだろう。
「動いてっ、動いてなのシルフィの体!」
こんなやられ方をしたらタバサに会わせる顔がない。シルフィードはゼットンの火球から逃れようとメルバの羽根を羽ばたかせようとしたが、ダメージで麻痺した体は言うことを聞いてくれなかった。
赤黒い火球がフレイムとシルフィードの視界いっぱいに広がって、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「っ、シルフィード!?」
そのとき、タバサは胸騒ぎを感じてシルフィードの名前を呼んだ。この場所では使い魔との感覚の共有はできないらしく、やろうとしてもシルフィードがどうなっているのかはわからない。それでも何かが伝わってきたような感じがしたのだが、そんなタバサにジョゼフは咎めるように言った。
「シャルロット、人の心配をしているような場合ではないぞ。この場所は、まるで得体が知れんのだからな」
「……わかってる」
タバサは気を引き締め直した。シルフィードのことは気になるが、今は心配してもどうすることもできない。
それより、今はここを進むことだ。今タバサとジョゼフは、長いトンネルのような暗闇の中を落ち続けた先にたどり着いたハイパーゼットンの体内にいた……しかしそこは想像していた「生物の体内」とはまるで違い、不可思議に揺らめく極彩色の空の下に、見果てぬような砂漠が果てしなく広がる異様な空間となっていたのだった。
「どうやら、あの怪物の中は別の世界へと繋がっていたようだな。フン、まあもはやこの程度では驚きもできなくなったがな」
ジョゼフが自嘲げに呟いた。
確かに、今の自分たちは普通の人間が体験する百倍以上もの驚異と脅威を体験してきている。こんな、並みの人間なら発狂するような光景の中にいても平然とできているのだから、慣れとは恐ろしい。
けれど、のんびり観光しにきたのではない。どこまでも続く砂漠の世界を歩く二人の視線の先にあるものは決まっている。
「この世界のどこかに、お父様が」
「ああ、間違いなくな。この歳になってかくれんぼをすることになるとは思わなんだが、シャルルよ、今度は俺が勝たせてもらうぞ。お前がこの世界の奥の奥まで隠れても必ず見つけ出してやる」
ジョゼフは不敵に笑った。そんなジョゼフを横目で見て、今度はタバサが咎めるように言う。
「ジョゼフ、こんなときだというのに、楽しんでいるの?」
「む? ははは、すまんすまん。不謹慎だと言うのだろうが、シャルルとまたゲームができると思うとどうしても胸が高鳴ってな。いい年した大人がかくれんぼとは情けないが、あいつとは幼いころにはよく……ぬっ!」
ジョゼフはとっさに杖を持って構え、タバサも自分の杖を両手で握って油断なく構えた。なぜなら、二人の行く先の空間が突然歪み、二人が通れそうな黒い穴がトンネルのように口を開いたのである。
「出迎えか……? いや、何も出てこないな。ということは、だ」
「わたしたちに、「入れ」と言っている。どうするの?」
「どうするもこうするも、愛しい弟からの招待だ。喜んで行くだけだ」
ためらいなく答えたジョゼフに、タバサは心中で「愛しい兄からの誘いでお父様は殺されたのよ」と眉をしかめた。だが、それを口にしてもなんの益もないことはわかっている。それに、どのみち罠だろうが行くしかない。
口を広げる黒いトンネルに、タバサとジョゼフは同時に足を踏み入れた。すると、その先に広がっていた光景は……。
「そんな、ここって……!」
「どういうことだ、俺の部屋ではないか?」
まさかのグラン・トロワにあるはずのジョゼフの寝室に出たことに、タバサだけでなくジョゼフもさすがに困惑をかくせなかった。
「外に出されてしまったの……?」
「いや、そうではあるまい。俺の部屋はグラン・トロワといっしょに、あのハイパーゼットンとやらに押し潰されて跡形も無くなっているはずだ。それに、よく見てみたらこの状態は……」
ジョゼフは室内を見回し、懐かしむように眉を緩めて部屋の中央にあるベッドを見た。
ガリア古来から受け継がれてきた調度品のほとんどは何百年も姿を変えていないけれど、そのベッドだけは違った。今ならば豪奢な王族用の布団が敷かれているはずだが、そこにはあえて子供用の小さな布団が大きな寝台にアンバランスに置かれていたのだ。
こんな光景があったのは、もう三十年近くは昔の話……それを口にしようとしたとき、室内に活発な声とともに一人の男の子が入ってきた。
「ここかな、兄さん?」
その子の顔を見てジョゼフとタバサは目を見開いた。年頃はほんの五歳くらいだが、その面持ちはまさしくシャルルのものだったのだ。
「シャルル、お前」
弾かれたように幼いシャルルの肩を掴もうとしたジョゼフだったが、その手はスッとシャルルの体をすり抜けてしまった。
「幻か」
「あっ、待って!」
唖然とする間もなく、部屋から出ていってしまった幼シャルルを追って二人は駆け出した。
それは幻でもかつてのヴェルサルテイル宮殿そのものの光景で、きらびやかで平穏、花壇の花は美しく咲き誇り、平和と繁栄を謳歌していた。
「同じだ、親父が生きていた頃の、あの未来に何の不安もなかった頃と」
やがて、幼シャルルはある部屋に入った。そこは小姓の待機部屋のひとつで、今は誰もいないようであったが、幼シャルルは部屋の中を一回りすると、呪文を唱えて杖を振るった。すると、小姓用のチェストがぴかりと光り、幼シャルルはそのふたを開けた。
「見つけたよ、兄さん」
「お前、よくここがわかったな!」
チェストの中から顔をのぞかせたのは、なんと幼少の頃のジョゼフだった。唖然としているジョゼフとタバサの前で、幼シャルルと幼ジョゼフの兄弟は楽しそうに話している。
「えへへ、ディテクト・マジックを使ったんだ。そしたらここが光った。これ、マジックアイテムだったんだね」
「お前、もうディテクト・マジックを覚えたのか? なんてやつだ!」
得意げに笑う幼シャルルと、驚いた様子の幼ジョゼフ。その様子を見て、ジョゼフははっと思い出したように言った。
「そうか、これはあのときの。シャルルとかくれんぼをして遊んだ、あの時の」
「これは、あなたたちの思い出の光景だというの?」
タバサは、本当に楽しげな子供たちの遊ぶ姿に、これが後のジョゼフとシャルルだとは信じられないというふうだった。ジョゼフも、胸が締め付けられるのをぐっと押し殺しているように歯をかみしめている。しかし、思い出にただ見とれてはいられない。タバサは冷静さを保つよう心掛けながら、ジョゼフに問いかけた。
「でも、どうしてこんな光景を見せるというの?」
「さあな、こんな他愛もないかくれんぼの思い出など……かくれんぼ? そうか、そういう”ルール”か」
「ジョゼフ?」
なにかに気づいた様子のジョゼフにタバサが呼びかけると、ジョゼフはタバサを見下ろして思いがけないことを言ってきた。
「シャルロット、なんでもいいからシャルルとの思い出を思い浮かべろ。なんでもいい」
「えっ?」
「わからんか? さっき砂漠を歩いているとき、俺がなにげなくかくれんぼと言ったら、昔の俺とシャルルがかくれんぼをしていたこの世界につながる扉が開いた。つまりは」
「! わかった」
タバサは理解し、父との思い出を心に蘇らせた。
あのとき、お父様と……。すると、タバサとジョゼフの前に、再びあの黒いトンネルが口を開けた。そこをくぐった先に今度あったものは……。
「わあいドラゴンケーキだ。ありがとうおとうさま!」
「約束したものね。お誕生日おめでとう、シャルロット」
それはタバサが九つの誕生日の思い出の光景だった。屋敷の大広間に大好きなドラゴンケーキを注文してもらい、父と母がいっしょに祝ってくれた、この日のことは忘れない。
嬉しそうにケーキに刺されたろうそくの火を吹き消す幼い日の自分を見ていられず、タバサは溢れる涙をこらえながら目を伏せた。
対してジョゼフは、じっと無表情にその光景を見つめていたが、やがてとつとつとタバサに告げた。
「これで間違いないな。この空間は、シャルルの記憶と繋がっている。俺たちがシャルルの思い出をたどれば、その扉が開くというわけだ」
「記憶の迷宮……つまり、この先に」
「ああ、記憶の奥底に必ずシャルルはいる。くっくっくっ、なるほど……これは俺たちでなければ攻略は不可能なゲームだ。しかも……なんという底意地の悪いゲームを仕掛けてくるか。シャルルよ、お前は本当にたいしたやつだよ!」
乾いた笑い声をあげたジョゼフに、タバサは前途の苦難さを理解して胸元を握りしめた。
この先へ進むには思い出をたどればいい。しかしそのためには、ジョゼフはシャルルに負け続けた記憶を、タバサは父との懐かしい思い出を思い浮かべ、見続けなければならない。そのどちらもが、どれほど互いの心を削ることか。
父は、なにを思ってこんな迎え方をしてきたのかとタバサは考えた。自分たちを拒絶しているのか? それとも……いや、迷っている時間はない。
「行こう。わたしたちは行かなきゃいけない」
「よいのかシャルロット、この先は俺よりもお前のほうがつらいことになるかもしれんのだぞ?」
「わかってる。でも、わたしたちは見届けなくちゃいけない。いえ、思い返さなくちゃいけない。わたしたちの辿ってきた道を、お父さまの本心を確かめるためにも」
「シャルロット……そのとおりだな。俺はずっと目を逸らしてばかりいた。ならばゆくか、シャルルよ、俺ももう逃げはしないぞ」
決意を込めてジョゼフが念じた前で、新しい記憶の世界へのトンネルが開く。
あといくつ記憶をたどればいいのか、それはわからない。けれど、タバサは覚悟を込めて足を踏み出す。
「人は過ちを犯す、だが過ちを償うこともできる。過ちを償うことをやめない限り、人でいられる。そうですよね……チーフ、コマンダー……」
思い出はただの過去ではない。なによりも人を強くする糧なのだと信じて、異世界での思い出を胸にタバサは進む。
「キュルケ、シルフィード、わたしは必ずこの怪獣を止めるから、どうかそれまで耐えていて」
外でがんばっているはずの大切な友と使い魔の無事を祈り、タバサは次なる記憶の世界へと消えていった。
だがその頃、シルフィードはフレイムとともに最大のピンチを迎えていた。
「きゅうぅぅ……」
身動きできないゴルバーにゼットンの巨大な火球が迫ってくる。ダメージを受けている今の体で受けたら耐えられないと、シルフィードは覚悟して目を閉じようとした。
だが、その瞬間に青い閃光が火球とゴルバーの間に飛び込んできた。
「セエヤァッ!」
ウルトラマンヒカリのナイトビームブレードが一閃し、火球を縦に真っ二つに切り裂いたのだ。
愕然とするシルフィードとフレイム。「すごい」と感じて、自分たちの命を救ってくれたその背中を見つめていた。
しかし、いくら剣の達人のヒカリでもゼットンの火球を両断してただで済むはずはなかった。反動はヒカリの右腕を激しく襲い、ヒカリは苦悶の声を漏らしながらナイトビームブレードを維持できなくなって、刀身が光になって消えてしまう。
そんなことはお構いなしに、ゼットンは火の海の中を青い体を不気味に輝かせながら迫ってくる。だがヒカリは痛む腕を上げて、果敢にゼットンに対して立ち向かっていった。
〔お前たちは下がっていろ!〕
ゴルバーに言い残し、ヒカリとゼットンは刹那に激突する。
ヒカリのミドルキックがゼットンの脇腹を鋭く狙うが、ゼットンは即座に腕を盾にして受け止めてしまう。お返しとばかりにゼットンの太い足が振り上げられてヒカリを狙い、ヒカリはすんでのところで後ろに跳んで回避した。
「ヘヤアッ!」
”ゼットン!”
ヒカリの気迫のこもった声と、ゼットンの鳴き声が交差する。
短距離ジャンプしたヒカリはゼットンの頭にパンチをお見舞しようとしたが、ゼットンはそれを読んでいたかのようにヒカリのパンチを受け止めて、そのまま地面に引きずり下ろしてしまった。
「グアアアッ!」
地面に叩きつけられたヒカリを、ゼットンは虫けらにするように容赦ないストンピングで追い打ちした。
何度も踏みつけられて苦しむヒカリ。脱出しようにも上を取られている上に、力もゼットンのほうが上だった。踏みにじられるヒカリのカラータイマーが激しく鳴り響き、彼の限界が近いことを知ったかのように、ゼットンは再び電子音とともにゼットンと鳴いた。
窮地のヒカリ。彼を助けようにも、ゼットンを相手に有効な攻撃のできる者はここにいない。
いや、一匹……正確には二匹。シルフィードとフレイムはヒカリがピンチの姿を見て、ヒカリをそんな風に追い込んでしまった自分たちに、果てしない怒りを煮えたぎらせていた。
「赤いの、お前の言うとおりに飛んでやるのね。だからお前の力で怪獣をやっつけてほしいのね」
「痛いのはおれが全部受けてやる。お前は心配なく飛び回れ、おれたちは、おれたちは足手まといなんかじゃあない」
シルフィードは渾身の力でメルバの翼を動かし、フレイムはゴルザの体に力を貯めた。
さっき、ウルトラマンは自分も傷ついているというのに、自分たちに「下がってろ」と言った。それはつまり、こんな強い力を得ても自分たちは戦力外だということ。
どうしてそうなったか? 答えは考えるまでもない。二匹はそこまで馬鹿ではない。ライバル心が行きすぎた。それが傷ついたウルトラマンをさらに追いつめてしまったのなら、反省してとるべき行動はひとつしかない。
「いくのね!」
「ああ、まっすぐだ!」
二匹は息を合わせて突撃した。ゴルバーはゴルザの足で走り、メルバの翼で加速する。
その時、ゼットンはヒカリのカラータイマーを踏み砕こうと足を振り上げていたが、そこへゴルバーは全力の体当たりを叩きつけた。
「どりゃあーっ!」
ゴルバー七万トンの体当たりが決まり、ゼットンは大きく弾き飛ばされた。
地響きとともに着地するゴルバー。だが、次いで威嚇するように咆哮するゴルバーを、ヒカリは苦しい息の中で静止した。
〔やめろ、ゼットンはお前たちのかなう相手ではない〕
「そんなもの、やってみなきゃわからないだろ」
「お前はそこで休んでるといいのね。わたしたちだってやれるってことを、見せてやるのね」
フレイムとシルフィードは覚悟のこもった声で答えた。ゴルバーもダメージが蓄積していて、これ以上やられたら持たない。ここから巻き返す方法はひとつだけしかない。
ゼットンは今の体当たりのダメージも感じさせないほど、悠々と立ち上がってくる。それを見てシルフィードとフレイムは、先手必勝と叫んだ。
「桃色の使い魔が言ってたのね。えーっと」
「攻撃は最大の防御なりだ!」
ゴルバーはゼットンに火球を撃たせる隙を作らせてなるかと突進した。もちろん、ゼットンも先のとおり接近戦にも隙のない怪獣だ。さっきと同じようにゴルバーを捕まえようと手を伸ばしてくる。
このままではさっきの二の舞だ。そのときフレイムがシルフィードに合図した。
「青いの、ジャンプだ」
「きゅい!」
メルバの翼が開いて羽ばたき、ゴルバーはゼットンの直前で大きく跳び上がった。
空を切るゼットンの手。その隙を逃さず、落下の勢いをプラスしてゴルバーのキックがゼットンの顔面に炸裂する。
「どりゃあ!」
さしものゼットンもこれにはたまらずよろめかされる。だが着地したゴルバーは追い打ちをかけようにも、フレイムが二足歩行に慣れてないせいで殴りかかることができなかったが、そこにシルフィードがアドバイスした。
「赤いの、腰ね、腰で踏んばって立つのね」
「腰? ようし、こんなもんかぁ!」
腰に力を入れて体を支えたゴルバーは、そのまま前進してゼットンに殴りかかった。まだぎこちない部分はシルフィードが羽を使ってバランスをフォローする。
超古代怪獣ゴルザの鋭い爪攻撃がゼットンに当たって火花を立てる。接近戦のパワーでならゴルバーのほうが上のようだ。
だが、ゼットンはメルバの翼がゴルバーの機動力の要と見て、威力をセーブして速射力を高めたゼットン光弾を放ってきた。
「青いの、翼をたため!」
とっさに気づいたフレイムの指示で、たたまれた翼に被弾しないでは済んだが、代わりにゴルバーの体に無数の光弾が着弾してしまった。小爆発が連続し、フレイムがうめき声をあげる。
「ぐああっ!」
「お、お前、大丈夫なのね?」
いくら威力を抑えた光弾だったとはいえ、元がゼットンの攻撃だから威力は並みなものではない。シルフィードだけでなく、見守っていたキュルケからもフレイムの苦痛の声に心配する声があがったが、フレイムはやせ我慢をにじませながら言った。
「言っただろ、痛いのはおれが引き受けるってな。気を抜くな、まだ来るぜ」
”ゼットン!”
ゴルバーが侮りがたい強敵だと証明したことで、ゼットンも戦法を変えてきた。ゴルバーに比べて可動域の広い関節を活かして、中距離からキックを繰り出して攻めてくる。下半身を攻められてバランスを崩しかけたフレイムは、ならば近づこうと火トカゲ・サラマンダーのように飛び掛かった。
「くらえっ!」
この体当たりなら元から自分の得意技だ。ぶつかってそのまま押し倒してやろうとフレイムは考え、ゴルバーの巨体はゼットンに迫ってゆく。だが、ぶつかるかと思った瞬間、ゼットンの姿は煙のようにかき消えてしまったのだ。
「消えた? ど、どこいった!」
体当たりをかわされてうろたえるフレイム。ゼットン得意のテレポートを知らないフレイムが狼狽しているうちに、ゼットンはゴルバーの背後に出現した。そのまま無防備な背中に襲い掛かろうとするゼットンだが、そうは問屋が卸さない。
「後ろなのね!」
鳥類の目は前後に広い視野を持つ。ゴルバーにはゴルザの顔の後ろにメルバの顔もついているから、注意してさえいればほとんど死角は無いのだ。
はっと気づいたゴルバーの太い尻尾が唸って、ゼットンを丸太の一撃のようにぶっとばした。
瓦礫の山の中に転がっていくゼットン。フレイムはゴルバーを方向転換させながら、シルフィードに「ありがとよ」と礼を言い、シルフィードも「どういたしまして」なのねと答えた。
だが、ゼットンに巨大なエネルギーが集中していることに二匹は気づくのが遅れた。ゼットンは抜け目のないことに、吹き飛ばされている途中からエネルギーチャージを始めていたのだ。起き上がると同時に火球を精製し始めるゼットン。二匹はやっと気づいたものの、間合いが開いたために今からでは接近も回避も無理だ。
「どどど、どうするのね!?」
「落ち着け青いの。おれが火竜山脈でタチの悪い火竜にインネンつけられたときも逃げられなくて焦ったが、こうなりゃやることは一つしかねえ。気合入れろ」
「うう、ええいわかったのね。おねえさま、力を貸してなのね!」
巨大なゼットン火球が放たれ、ゴルバーに向かう。回避も耐えるのも不可能、残された方法は一つ。
ゴルバーの口が開き、後頭部のメルバの目が赤く輝く。そしてゴルバーは口からの超音波光線と、目からのメルバニックレイの同時発射でゼットン火球を迎え撃った。
「うおおおお!」
「きゅいいいい!」
空中で激突してエネルギーをほとばしらせる光線と火球。ゼットン火球の勢いはものすごく、光線ごしでもすさまじい反動が返ってくるのを二匹は感じた。
パワーとパワーのぶつかり合い。だがこちらには二匹分の力と根性がある。全力で押し切った末に、とうとうゴルバーの光線はゼットン火球を相殺して大爆発を引き起こした。しかし爆風が襲ったのはゼットンで、その勢いで吹っ飛ばされたゼットンを見て、フレイムとシルフィードは息を切らしながら笑い合った。
「やるじゃねえか、見直したぜ青いの」
「お前こそ、見直したのね。さっきのお前、ちょっとかっこよかったのね」
一匹ではダメでも、二匹の力を合わせればあんな強い怪獣とだって戦うことができる。フレイムとシルフィードは、協力して戦うことの有意義さと、なにより嬉しさをかみしめていた。
だが、ゼットンはまだ倒れてはいなかった。気が抜けていたゴルバーの前にテレポートでいきなり現れてきたのだ。
「んなっ!?」
いきなりすぎて反応が追いつかないゴルバーに手を伸ばしてくるゼットン。だがゼットンの魔手を、高速で割り込んできた青い閃光が弾き飛ばした。
「セアッ!」
ウルトラマンヒカリの鋭いキック一閃。ゼットンはよろめきながら後退し、ヒカリはゴルバーの横に並んで構えをとった。
「ウ、ウルトラマン」
「お前たち、見事な戦いぶりだった。共に戦おう」
ヒカリからの共闘の申し出に、フレイムとシルフィードは胸を打たれた。ウルトラマンが足手まといではなく、戦力として自分たちを見てくれている。もちろん、二匹に異存のあろうはずがない。
「やってやるぜ、勝とうぜ青いの」
「シルフィたちを頼りにしてくれていいのね。この世界は、わたしたちが守るのね」
ゴルバーの咆哮がリュティスにこだまする。ゼットンの火球よりも熱い友情の炎が、ハルケギニアを守らんと燃えていた。
続く