第38話
二匹の使い魔。意地と奇跡の大変身
超古代怪獣 ゴルザ
超古代竜 メルバ
超古代闇怪獣 ゴルバー
宇宙恐竜 ゼットン 登場!
「いくわよタバサ! 虚無の魔法『生命』」
ルイズの杖から光がほとばしり、膨大な白い輝きが空間を埋めていく。
それは虚無の系統の最終魔法。完全な状態で放つことができれば、神にも悪魔にも等しい力を発揮できるとされている禁断の秘術。
しかし、今のルイズの力量ではとても扱える魔法ではなく、かつ他の虚無の担い手や使い魔の補助もない。本来の威力には遠く及ばないものでしかない。
でも、それでいい。ルイズが今求めているのはそんな大それた力ではない。友達の、タバサの道を切り開く、それだけの力があるものを探してたまたま当たったのがこれだったというだけだ。
空を満たした『生命』の魔法の光、その輝きが収束してハイパーゼットンに吸い込まれていく。
「すげえ」
ハイパーゼットンの巨体を包み込んだ魔法の光を見て、才人が驚嘆したようにつぶやく。だが、驚くのはこれからだ、その威力は!
魔法の光がハイパーゼットンの細胞を分解していき、ハイパーゼットンが巨大な首を左右に苦しそうに振りながら咆哮をあげた。ルイズの『生命』は単なる攻撃魔法でしかなく、本来の魔法の形とは違うけれども、虚無の魔法とはこの世の全てを作る小さな粒のさらに極小の粒に影響を与える魔法、効かないわけがない。
タバサたちを狙っていた触手にも光がまとわりついて力なく倒れていく。今なら、ハイパーゼットンは無防備だ。
「シルフィード!」
「はいなのねーっ!」
チャンスはこの瞬間しかない。シルフィードは残った力を振り絞って一直線に飛んだ。
『生命』の威力はものすごく、あれほど執拗に邪魔をしてきた触手は秋のヒマワリのようにしおれていた。しかし、風の中の木の葉をも見分けるシルフィードの目は、大きなダメージを受けたはずのハイパーゼットンがみるみるうちに生気を取り戻していっているのが見えてしまった。
ぞっと背筋を凍らせるシルフィード。今のルイズの魔法は人間を下に見ているシルフィードから評価してもなかなかだったと思ったのに、敵怪獣はあっという間に治癒を始めている。なんという生命力、なんというエネルギー量、この一瞬を逃したら今度こそ近づくチャンスは永久に巡って来ないとシルフィードは力の限り飛んだ。
目指すはハイパーゼットンの頭部、その半透明の発光体。ここまで来たらもう止まることすら不可能だ、タバサは目の前までハイパーゼットンが迫った瞬間にジョゼフを連れて飛び降りた。
一兆度の火球を発射できるハイパーゼットンの顔がみるみる近づく。その中央へ向かって、ジョゼフは残った精神力を込めて杖を振るった。
『エクスプロージョン!』
爆発で黄色い発光体にヒビが入り、中に入れそうな穴が開いた。そしてそのまま音速に近い勢いでハイパーゼットンの発光体に突入する。入れるか? もし失敗したら鉄板に卵をぶつけるも同然の惨事が待っているしかない。けれど、タバサは心の中で信じていた。
「お父さま……」
どんな姿になろうとタバサにとって父に変わりはなかった。幼い日に父の腕の中に飛び込んだように亀裂の中に突入してゆき、そして受け入れられるかのようにタバサとジョゼフはハイパーゼットンの中へと吸い込まれていった。
しかし。
「きゅいーっ!?」
「シルフィード!」
「どうやら入場資格があるのは俺たちだけのようだな」
タバサは最後の瞬間に、シルフィードだけが跳ね返されるのを見た。だがもはやどうしようもない。タバサにできることは、このままハイパーゼットンの深部へ向かいながらシルフィードの無事を祈ることだけだった。
シルフィードはハイパーゼットンが拒絶するように張った一種のバリアーによって大きく跳ね飛ばされ、きりもみしながら墜落していっていた。
「きゅわーっ!」
いくらシルフィードでも猛スピードできりもみして感覚を完全に失った状態では姿勢を取り戻すことは無理だった。目を回して悲鳴をあげながら墜落していき、このままでは地面に激突してしまうその寸前である。
『レビテーション!』
間一髪で魔法の力が墜落寸前のシルフィードを持ち上げた。そして目を回していたシルフィードは、酔った頭を必死に目覚めさせると自分を助けてくれた相手を見た。
「お、お前、に、赤いの」
「久しぶりね、シルフィード。あなたがたまたまわたしの近くに落ちて来てくれてよかったわ。タバサはよくわからないけど、あの化け物を倒しに行ったんでしょ? あなたもがんばったわね」
キュルケが微笑みながら立っていた。その隣にはキュルケの使い魔のサラマンダーのフレイムが煙を吹きながらこちらを見て笑い、幻獣種の先住言語で話しかけてきた。
”久しぶりだな青いの。うちのご主人に感謝しろよ”
「赤いの、お前まで来てくれたのね」
”主人が大切なのは、お前さんだけじゃないってことよ。学院で留守番も、いいかげん飽きたしな”
フレイムはシルフィードが驚くのが実に楽しいというふうに、口からボッボと火を噴いた。
使い魔の契約をしたことでただのサラマンダーであった彼らは韻竜に準する知能を得ている。しかし発声器官はそれに追いついていないので、使い魔たちの声は人間には唸り声にしか聞こえない。もちろん韻竜であるシルフィードには問題なく聞き取れた。
「お前が来てくれたら心強いのね。お前たちの炎は頼りにしてるのね」
”おいおい、お前さんが世辞が言えるようになったとは成長したもんだねえ。あの頭のいいご主人の影響かい? ま、ご主人のレベルで言えば確かにうちのほうがずっと立派だけどな”
「きゅいい、そんなことないのね。タバサおねえさまのほうがすっごいのね」
フレイムに煽られて、シルフィードはきゅいきゅい言いながらムキになった。キュルケはそんな二匹の様子を眺めていたが、恐る恐るといった風にシルフィードに尋ねた。
「シルフィード、もしかしてあなた、フレイムと話ができるの?」
「きゅ? もちろんなのね。こいつったら、お前のほうがタバサおねえさまよりできがいいって言い張って生意気なのね。きゅいきゅい」
「まあフレイムったら。なんて賢くて良い子なのかしら。言葉がしゃべれなくったって関係ないわ、あなたはわたしの最高の使い魔よ」
感激してフレイムを抱き締めるキュルケに、シルフィードは使い魔が使い魔なら主人も主人なのねとあきれた。もっとも、シルフィードもおねえさまも少しは甘やかしてくれてもいいのにねと、うらやましく感じているのでどっこいどっこいである。
しかし、のんびり遊んでいる時間はない。ゼットンと怪獣兵器たちの鳴き声が響いてくると、キュルケたちは表情を引き締めた。
「さて、あっちの大きいのはタバサに任せるとして、タバサが戻ってくるまで外をきれいにしておきましょうか。シルフィード、まだ飛べるわよね?」
「きゅい、お前に借りを作るなんてまっぴらなのね。今回はまた特別に乗せてやるから、せいぜい大砲代わりにがんばるといいのね」
キュルケを乗せるのは初めてではないが、こうしてちょっと憎まれ口を挟まないと妙に落ち着かないのが彼女たちの間柄だった。友人だが、タバサを間に挟んだある意味ではライバルなのだ。
そして一人と一匹を乗せて、シルフィードは軽やかに空に飛びあがった。
警戒していたハイパーゼットンからの攻撃は体内でタバサが抑えてくれているおかげか今はない。だが市街地ではいまだにウルトラマンヒカリとゼットン、さらに怪獣兵器たちの戦いが続いている。ヒカリはゼットンに対して力量では優位だが、怪獣兵器どもが特攻じみた妨害を仕掛けてくるため本来のペースで戦えずに苦戦しているのだ。
ヒカリの苦戦を見て取ったキュルケは、シルフィードとフレイムに即座に作戦を指示した。
「あのでぶっちょはウルトラマンにまかせましょう。わたしたちは周りのゾンビ怪獣たちを始末するわよ」
「わかったのね!」
シルフィードは理解し、翼を羽ばたかせた。
まずは敵の物量を削ぐことが大事だ。タバサならきっとそうすると思い浮かべ、シルフィードは手近にいた怪獣兵器の一体、建物に力なく寄りかかりながらもヒカリに向かって光線を放とうとしていた再生ノーバの背後に回り込んだ。
「いまなのね!」
「ええ、フレイム!」
絶好の射点に潜り込んだシルフィードの合図で、キュルケはフレイムに火炎を吹くように命じた。サラマンダーの口から放たれる業火はノーバに触れると一気に燃え上がり、ノーバをその体の赤以上の真紅で包んで燃やし尽くしてしまった。
「やったわ、アルビオンの時のようにはいかないわよ」
キュルケが快哉を叫んだ。やはり、炎で燃やし尽くすのは正しいやり方だったようだ。この点については風と水を得意とするタバサではとてもこうはいかなかったろうと、シルフィードも認めざるを得ない。
しかしまだ一体倒したに過ぎない。ゼットンは健在だし、怪獣兵器の中でもゴルザと、翼を焼かれてもなお起き上がってくるメルバのこの二体が特に執拗にヒカリを攻め立てている。
「あのごついのと、ヒョロいのがやっかいそうね。あーあ、嫌だわあ。わたしはもっとスマートで紳士的な方が好みなのに」
「そうやって選り好みしてると、いつの間にか行き遅れるタイプなのね、お前」
「あら、どこでそんな言葉覚えたの? 残念だけど、近いうちに運命の出会いがあると予感がしてるの。ツェルプストーの勘はよく当たるのよ」
根拠のない自信でも大いに勝ち誇れるキュルケにシルフィードは、お前に卵を産ませたがる物好きなんてろくなもんじゃないのね、と言いたくなったがぐっと我慢した。
それより今は自分たちの仕事に勤めるべきだ。
「ふん、ザコを一匹燃やしたくらいでいい気にならないでほしいの。おねえさまの代わりをするなら、この十倍は働いてもらうの」
「あらやだ、わたしがそのくらいもできないと思ってるの? あらあら、またわたしの武勇伝が増えちゃうわね。ねえフレイム?」
”そのとおり。貴女こそハルケギニアで一番の大魔法使いですとも”
本当にこの主人と使い魔はと、シルフィードはかつてルイズがキュルケに感じていたものと同じようにイラっとした。
ただ、キュルケは見かけ通りにはしゃいでいたわけではない。この三人の力をどう合わせたところで場をひっくり返すだけの決定打にはならないことはわかっていた。メイジとして、使い魔としてどれだけ力量を上げたとしても、敵は人知を超えた怪獣軍団なのだ。少しのミス、一瞬の油断が即、死につながると、平然を装うキュルケの額を一筋の汗が流れた。
「まあ、無理を承知でみんなが頑張らなきゃ世界が終わっちゃう瀬戸際だものね。それにしてもさっきの輝き、ルイズがやったみたいだけど、あの子大丈夫かしら……? わたしが心配することじゃないわね」
自分に心配されたなんて知ったらルイズはますます怒るだろう。そういう子なのだ。
「フレイム、シルフィード、これからが本番よ。あのゾンビたちをみんな丸焼きにするまで気を抜いちゃダメよ!」
努めて明るく宣言するキュルケに、二匹はそれぞれ勇ましく鳴いて答えた。
ここからは接近戦だ。できるだけ近づいて炎を見舞わないと、強い奴には効果がない。キュルケは自分の精神力を絞り尽くしたとしても、タバサの帰るべき国にゾンビなんか一匹も残させないと燃える。
それに……できることならフレイムにあれは使わせたくないと、キュルケはポケットにしまった小瓶のふくらみを確かめて思った。
シルフィードはゴルザとメルバに肉薄して、キュルケとフレイムの炎であぶっていく。その援護のおかげで、多勢に無勢で苦戦していたヒカリも持ち直して、ナイトビームブレードで斬りかかっていく。
「シャッ!」
一瞬の早業でゼットンの胸板にXの印が刻み込まれた。たまらずよろけるゼットン、本領を発揮できるのなら、ヒカリはゼットンが相手でも負けはしない。
その光景は少し離れた場所の才人たちからも見えていた。
シルフィードに乗り、炎を舞わせる赤毛の少女の姿は遠目でも間違えたりしない。水精霊騎士隊の少年たちは、その空を駆ける勇姿を指差して口々に叫んでいた。
「おい、あれってキュルケじゃないか?」
「なんでここに? そうか、タバサを助けに来たんだな」
タバサとキュルケが仲がいいのはみんな知っている。キュルケがここに来た理由をすぐに察した彼らは口々に声援を送った。少年たちの中にはキュルケに求婚してけんもほろろに振られた苦い経験をした者もいるが、若気の至りのあやまちをいつまでも引きづるほど彼らも湿っぽくはない。
しかし、いつもなら真っ先に声援を送るはずの才人の声はそこにはない。なぜならルイズが、虚無の魔法の秘技である『生命』を不完全とはいえ発動した代償は、決して安いものではなかったのだ。
「ヒッ、ヒッ、ハァ、ハァ、ハァ……」
ルイズは石畳の上に横たえられて、必死に荒い息をついていた。全身は脂汗に濡れ、心配そうに見下ろす才人の呼びかけにも答えられない。
「おいルイズ、ルイズ大丈夫か? しっかりしろよ。誰か、誰かルイズに回復の魔法をかけてくれ! カトレアさん、お願いします」
「サイトさん、それは回復の魔法では治りません。精神力を、一度に使いすぎた反動がきているのです」
「そんな、ルイズは、ルイズは大丈夫なんですか?」
「普通の魔法では、そこまで精神力を使いすぎることはまずありません。尽きたとたんに使えなくなるだけですから。でもルイズのことですから、やはり無理をしてしまったのですね。残念ですが、しばらく様子を見るしかありませんわ」
「ちくしょう、いつもいつもこいつは……」
ルイズが苦しんでるのを見守るしかできない才人はつらかった。
けれど、『生命』を成功させたとはいえ、才人とルイズにはまだウルトラマンAとして戦う使命がある。このまま戦線離脱するわけにはいかない。
「がんばれよルイズ、おれがついてるからな」
声が届いているかもわからないほど、過呼吸を続けてあえぐルイズを、才人は我が身のように心を痛めながら励まし続けた。
ただしこの場でずっとのんびりしてはいられない。ルイズの回復はルイズのがんばりにまかせるしかないが、ここはまだ戦場なのだ。また流れ弾が飛んでくるかもしれないし、不測のなにかが起こる可能性もある。
「いったん安全な場所まで下がるほうがいいな」
ジルが激化していく戦況を鑑みて言った。やるべきことをやった以上、ここに居続ける意味はない。いつまでも同じところにいる間抜けな獲物はハンターのカモになるだけだ。
才人はルイズを背中に担ぎ上げた。ルイズは反応することもなく荒い息をつき続けている。せめて「エッチ!」とでも言って殴りかかってくれば救われるものだが、それすらもできないでいるルイズに、才人は自分の無力さを呪った。
「ほんとに手のかかるご主人さまだぜ!」
悪態をつきながらも、才人は代われるなら代わってやりたいと思っていた。いつもは生意気なくせに、いざというとき手がかかる。それでいて、苦しんでる顔までとびきり可愛いときているんだから始末に負えない。
ほんとにおれってやつは、こんな顔した女の子に弱いんだからあきれちまう。そういえば日本にいたころ、不良にからまれてた女の子を助けるなんて無茶したこともあったような気がする。もう名前も顔もよく思い出せねえけど、向こうも覚えてなんかいないだろうな。
人間というのは不思議なもので、こんな大変なときに限って普段思い出さないことが頭に浮かんだりする。それが極限までゆくと走馬灯というものになるのだろうが、あいにくまだ本物を見るつもりはない。
「頼むぜキュルケ、おれたちもすぐに戻ってくるからな!」
炎を操り、怪獣兵器たちへ大立回りを演じるキュルケに才人はエールをおくった。
才人たちは街の外へ向かって走り始めた。外にはガリア軍が来ているはずだから確実に安全とは言い難いが、少なくともここよりはマシだろう。そこでしばらくルイズを休ませる、それまでなんとかキュルケたちに頑張ってくれと、才人は祈った。
だが才人の心配とは裏腹に、キュルケたちは絶好調で怪獣兵器どもとの戦いを進めていたのである。
『フレイム・ボール!』
特大の火炎弾とフレイムの放った火炎放射がゴルザの頭を焼き焦がす。すでに一度死して生命活動をおこなっていないゾンビの体はきっかけ一つで燃え上がり、大きなダメージを与えることに成功していた。
だが、軍隊の攻撃でもある程度は耐えられた怪獣兵器がなぜ? それはつまり、燃やし方の問題だった。薪にマッチを投げつけても燃えないが、数秒マッチの火で炙り続ければ薪の温度も上がって燃え始める。火のメイジであるキュルケはその加減をお手のもの、なによりキュルケとフレイムの炎の威力は非常に優れている。
頭を燃やされたゴルザが頭をかきながらもがき、キュルケは続いてメルバへ向かうように指示した。すでにメルバは翼を焼かれて機動力を失い、鋭いくちばしを突き出してシルフィードを狙ってくるが、シルフィードの目から見たら止まっているようなものだった。
「遅い遅い、遅すぎるのねっ!」
先にかいくぐったハイパーゼットンの触手からすれば緩慢すぎた。生前のメルバであったらシルフィードでも簡単には近寄れないほど俊敏であるのだろうが、しょせん図体しか取り柄のない不完全な怪獣兵器の限界だ。
「シルフィード、奴の背中!」
「わかったのね!」
キュルケの指示で、シルフィードはメルバの後ろに回り込んだ。その背中に向かってキュルケとフレイムは火炎をぶつけ、メルバの背中が勢いよく燃え上がる。
「やったのね」
”どうよ、俺たちはすげえだろ”
「ふん、少しは認めてやるのね」
シルフィードにとって、タバサ以外を認めるのは不快だったけれど、シルフィードとフレイムは目配せしあい、まるで一頭の火竜になったかのように翼を翻した。
そして、ゴルザとメルバをキュルケたちが食い止めたことで、ウルトラマンヒカリとゼットンの戦いも一気に進展していた。
「セエイッ!」
ヒカリのミドルキックがゼットンの脇腹に炸裂する。ゼットンは頑丈な体で耐え、その恐るべきパワーでヒカリを掴まえようとしてくるが、ヒカリは素早く立ち回ってそうはさせない。
〔このゼットンは力とタフネスはあるが知能とスピードはたいしたことはない。一対一にさえなってしまえば、冷静に対処すればそれで十分だ〕
完全にヒカリはこのゼットンの攻略法を見つけていた。ただのパワー馬鹿ほど扱いやすいものはなく、パワーだけなら怪獣界トップクラスのレッドキングが戦闘巧者のウルトラマンに手も足も出ず負けたのがいい例だ。反面、特殊能力と素早さもあわせ持っていたベムスターに苦戦した自信の経験が、ヒカリに強さのなんたるかを教えてくれる。
ゼットンの間合いにうかつに飛び込むのは避け、ヒカリは素早いキックやチョップのヒットアンドウェイで確実にダメージを積み上げていった。
「シェアッ!」
ジャンプしての回転蹴りがゼットンの角を打って大きくのけぞらせた。かつてウルトラマンジャックはゼットンの角を掴んで蹴りを食らわせており、目がほとんど見えずにレーダーの役割をしている角に感覚を頼っているゼットンの共通の弱点のひとつだ。
フラフラと酔っぱらいのように足取りがおぼつかなくなるゼットン。ゴルザとメルバはキュルケたちに足止めされてきりきりまいさせられており、とてもこちらを邪魔しにこれる状況ではない。
やるなら今だ。ヒカリはとどめを刺しにかかろうとしたが、そこに振り返りざまの才人の声が響いた。
「待ってくれヒカリ! ゼットンに光線技はまずい」
その言葉でヒカリもはっと思いだした。ゼットンには強力なバリアーや、初代ウルトラマンを倒した光線逆襲能力がある。おおやけにはなっていないがGUYSのマケット怪獣テストにおいて、マケットゼットンはマケットメビウスの発射したメビュームシュートを撃ち返してあっさり勝利したこともあり、このゼットンも腐っても同じ能力を持っているとすれば正面からの光線は危険だ。
まったく、そのことはちゃんと知っていて先ほどまで警戒していたはずだというのに、戦いで優勢に立って冷静さを欠いてしまうというのは恐ろしい。だが頭を冷やしたヒカリは、すぐさま最良の攻略手を導き出した。
〔ならば、先人の経験に学ばせてもらう〕
ヒカリはセリザワとしての記憶で、二代目ゼットンがどうやって倒されたかを思い出した。
ゼットンの背後に回り込んだヒカリ。するとヒカリはゼットンの巨体を渾身の力で思い切り持ち上げたのだ。
「ジョワァァッ!」
ヒカリはパワー型のウルトラマンではないが、GUYS譲りの根性は失われていない。持ち上げたゼットンの体を風車のように大回転させる。
ウルトラマンジャックはかつて二代目ゼットンに反撃を許さずに倒すために、空中高く投げ飛ばす『ウルトラハリケーン』で宙に舞いあげた後でスペシウム光線で追撃して倒した。いくらゼットンでも、空中できりもみさせられては防御体勢をとることはできない。
「デアッ!」
投げ上げたゼットンへ向かって、ヒカリはナイトブレスからほとばしった光を正義の矢に変えて解き放った。
『ナイトシュート!』
十字に組んだヒカリの手から放たれる必殺光線。青い光芒が空中で無防備となったゼットンに突き刺さり、その胴体を見事貫通した。
そして同じころ、キュルケたちが相手取っていたゴルザとメルバとの戦いも決着に入ろうとしていた。
ゴルザとメルバはすでに体のあちこちを焼かれて、燃え朽ち続ける屍となっている。だがそれでも二匹は生命なきゾンビとして立って動き続け、シルフィードを叩き落とそうと狙ってくる。
「このまま炎で炙り続けてもらちが開かないわね。シルフィード、今ならあいつら二匹を一度に倒せる方法があるけど、わかるわよね?」
「きゅい、おねえさまならきっとそうするのね。しくじるんじゃないのね」
シルフィードも同意し、シルフィードはゴルザとメルバの周りをハエのように飛び回った。
「ほうら、こっちよこっち。見事、この微熱を捕まえてごらんなさい」
キュルケもファイヤーボールを撃ちながら挑発する。もちろんそんな攻撃の仕方では有効なダメージを与えることはできないが、右に左にと二匹の視線を揺らして集中力を削り、いらだった二匹が互いの必殺技の溜めの瞬間に入ったときキュルケは合図した。
「いまよ!」
その瞬間、シルフィードは急旋回してゴルザとメルバの中間に躍り出た。そしてシルフィードに向かってゴルザの頭部から放たれる超音波光線と、メルバの目から放たれるメルバニックレイが襲い掛かる。だが、この瞬間こそ彼女たちが待ちわびた瞬間だった。命中直前、フレイムの火炎放射を即席のブースターにして一瞬だけ加速したシルフィードは紙一重で光線をかわし、目標を逸れた超音波光線とメルバニックレイは空中で交差して、それぞれ反対側のゴルザとメルバに突き刺さって爆発したのである。
「やったのね!」
「見事同士討ちだわ。人間の知恵を甘く見るなってね」
魔法の攻撃には耐えられても同格の怪獣の攻撃には耐えようがない。ゴルザとメルバは生涯二度目の断末魔の叫びをあげながら、前のめりになって重なるように崩れ落ちたのだった。
まさしく、知恵と勇気の勝利。そしてシルフィードたちの奮闘に応えるように、ナイトシュートに撃ち抜かれたゼットンも空中で爆散し、その破片を舞い散らせたのだった。
「あーらら、早くも一体やられちゃいましたか」
一部始終を見守っていたグラシエがつまらなさそうにつぶやいた。善戦したほうだが、特に新しいデータがとれたわけでもなく普通にやられてしまった。しょせん失敗作はこんなものか。
だが、グラシエがあきらめて他のゼットンの観察に移ろうとしたその時だった。空中で爆発したゼットンの破片がハイパーゼットンの体に当たったかと思うと、ハイパーゼットンの体が紫色に光りだし、空に稲光とともに次元の裂け目が発生しだしたのだった。
「これは! 倒されたゼットンの怨念がハイパーゼットンのエネルギーと呼応しているというのですか?」
グラシエは驚き、まさかの光景にヒカリやシルフィードたちも何が起こっているのだと目を見張っている。
そしてハイパーゼットンの巨大なエネルギーを媒介にして、ゼットンの怨念に呼び寄せられるかのように次元の裂け目の中から半透明の怪獣のエネルギー体が現れた。その怪獣の姿に、走りながら振り返った才人が驚愕で目を見開く。
「あれは、こないだトリスタニアで倒した鳥の怪獣!?」
それはまさしく、先日ウルトラマンAが苦闘の末に倒した鳥の怪獣グエバッサーの亡霊に違いなかった。いや、それだけではない。次元の裂け目からはさらに。
「スーパーグランドキング? なんで!」
ガイアとアグルに倒されたはずのスーパーグランドキングのエネルギー体。それに続いて、才人は見ていないがマジャッパのエネルギー体も降りてくる。
かつて倒した怪獣たちの亡霊、なぜそんなものがいまさらやってくる? 才人やヒカリ、キュルケたちやグラシエもこれから何が起こるのかわからずに見守る前で、怪獣たちのエネルギー体はハイパーゼットンに集まってゆき、巨大なエネルギーを糧にして倒されたゼットンの破片を再生させ始めたではないか。
破片だったゼットンがみるみるうちに形を成していく。それも元の太ったゼットンの姿ではなく、初代ゼットンに近い精悍な姿に。そして最後に再生しきったゼットンの体の中に怪獣たちのエネルギー体が入り込むと、蘇ったゼットンはその恐るべき力を誇示するかのように膨大なオーラをまとわせながら市街地に降り立ったのだ。
〔これは……!〕
「青い、青いゼットンだって?」
現れたゼットンの姿にヒカリや才人は絶句した。姿かたちは初代ゼットンのそれとほとんど同じだが、普通のゼットンなら黄色に光っているはずの胸部の発行体が青く染まっている。それゆえに、青いゼットンという印象そのものな容姿は不気味この上なく、身構えるヒカリも並々ならぬ威圧感を感じ取っている。
だが、青いゼットンはこちらに観察する余裕を与えてはくれなかった。一声鳴くと、顔の正面に巨大な火球を形成してヒカリに向かって発射してきたのだ。
「ムオォォッ!」
火球の威力を受け止めきれずに大きく吹き飛ばされてしまったヒカリ。建物を貫通して後ろの建物にぶつかるほどの衝撃を浴びてやっと止まったが、そのダメージは大きく、体に力が入らず意識がもうろうとする。しかし一つだけ確かなことは、このゼットンはこれまでとはまるで違う。
〔この、破壊力は……〕
どんな理屈かは不明だが、ほかの怪獣たちのエネルギーを吸収して再生したことで大幅に強くなっている。まさかの出来事に、グラシエも興奮を隠せないように叫んだ。
「いい、いいですよ。これは想定していませんでした。私も見たことのないゼットンの新しい可能性! いいじゃないですか」
過去のデータには無かった事象に大喜びのグラシエ。
だがこのままではヒカリが危ないと、才人は背負ったルイズを振り返ったが、ルイズはまだ荒い息をつくだけで目を覚ます様子が無い。
「ルイズ、ちくしょう」
ルイズがこんな状態ではウルトラマンAへの再変身はできない。才人は悔しさに歯噛みするしかなかった。
青いゼットンは倒れたヒカリへ悠々と近づいてくる。火球での追撃もテレポートも使う様子もない余裕ぶりだ。だが、ヒカリの危機を見て取ったキュルケがシルフィードとともにゼットンの前に躍り出てきた。
「ウルトラマンが危ないわ。シルフィード、あいつの気をそらすわよ」
わざと青いゼットンの前に出て注意を引くようにシルフィードは飛び、キュルケはフレイムとともに魔法を放った。
『ファイヤー・ボール!』
フレイムの吐く火炎放射にまとわせるように炎の弾を連射して、相乗効果で強化した火炎がゼットンに突き刺さる。しかしなんということか、青いゼットンは分厚い鉄板でも一瞬で焼き切るほどの火炎を体に受けながらも、まるで動じることなく前進を続けるではないか。
「わたしたちの攻撃がまるで効いてないっていうの?」
「なんて頑丈な怪獣なのね」
二人は愕然として叫んだ。キュルケのメイジのクラスはいまやスクウェア、致命傷にはならなくともまったく効かないということはまず無いはずなのに信じられない頑強さだ。防御力も先のゼットンとはまるで次元が違う。マルス133の攻撃に動じなかった初代ゼットンのそれに近い。
このままではヒカリがやられる。しかしキュルケも、今の攻撃が通じなかった以上、自分の魔法では青いゼットンの気を引くことすらできないことを痛感してしまっていた。
どうすれば……だがその時である。キュルケの焦りを感じたフレイムが、キュルケの懐から小さな小瓶を咥え出したのだ。
「フレイム、待ちなさい! それは」
”ご主人、すみません。ですが今こそ水の精霊から預かった力を使うときです”
キュルケにはフレイムの声は単なる唸り声にしか聞こえないが、フレイムは決意を込めて言った。危険は承知、だけどもこの小瓶の薬を使えば怪獣とも戦うことができる。
瓶を咥えて噛み砕こうとするフレイム。ところがそこへ、聞き捨てならない単語を聞きつけたシルフィードが首を伸ばして覗き込んできた。
「ちょ、ちょっと待つのね。水の精霊からってどういうことなのね?」
”フフ、聞いて驚け。水の精霊は俺の偉大なご主人を認めて、前にヴェルダンデのやつを巨大化させたのと同じ魔法薬を作ってくれたんだ。俺が大きくなってあいつを倒すから、お前はそこで見てるといいぜ”
「なっ、自分だけずるいのね。シルフィにもよこすのね!」
自慢するようなフレイムの態度に怒ったシルフィードは首を伸ばしてフレイムから小瓶を奪おうとした。
”こら、これは俺のものだ!”
「独り占めはよくないのね。火トカゲよりシルフィが大きくなったほうが強いに決まってるのね」
”言ったなこの青トカゲ! これは絶対に渡さないぞ”
空の上でぎゃあぎゃあとくだらない争いを繰り広げる二匹。言葉のわからないキュルケはなだめることもできずにおろおろするしかなかったが、ふとしたはずみで小瓶がフレイムの口から転げ落ちてしまった。
”しまった!”
「なにやってるのね。シルフィが拾うのねーっ!」
「シルフィード、ちょまっ落ちっ、きゃああーっ!」
落ちた小瓶を追って急降下するシルフィードと、そうはさせるかとしがみつくフレイム。キュルケは振り落とされて、慌てて『フライ』の魔法で体を浮かせた。
小瓶は真っ逆さまに落ちていく。あれが地面に落ちて割れてしまったらすべてが台無しだ。
必死に追いかけるシルフィード。そしてシルフィードのくちばしの先が小瓶をつまみ上げようとしたが、運の悪いことに小瓶はつるりとすべってくちばしから零れ落ちてしまった。
「しまったのね!」
”ばか! なにやって、うわあ落ちる!”
急降下していたシルフィードはそのまま小瓶を追い抜いて先に落下してしまった。
引き起こす暇もなく墜落するシルフィード。二匹は落ちたショックで体を痛め、顔をしかめながら起き上がってきた。
”いてて、おい大丈夫か青いの?”
「ぺっぺっ、うー、痛いけど下がなんか柔らかかったから助かったのね。これって……かっ!」
”かっ、かい!?”
「怪獣の上なのねーっ!?」
なんとそこは先ほど倒したゴルザとメルバが折り重なっている死骸の上だったのだ。
そのおかげでショックが半減して助かったわけだが、気味が悪いことには変わりない。シルフィードはすぐに飛び立とうとしたのだが。
”いてっ? あっ!”
フレイムの頭に何かが落ちてパリンと割れた。それがあの小瓶だったと気づくも、慌てる間もなく飛び散った魔法の薬は気化して二匹を包み込んでいく。
「こっ、これってなんなのね?」
”俺が知るか! わっ、わぁぁぁ!”
もうもうと立ち込める魔法の煙はあっという間にシルフィードとフレイムを飲み込んでしまうと、さらにゴルザとメルバの死骸にもまとわりつきながら広がっていく。そして何十メートルもの巨大な煙の柱にまで大きくなったその中から、シルフィードとフレイムの声が響いた。
「う、うーん、どうなったのね?」
「どうなったって……あれ? 地面が遠い、お前いつのまにまた飛んだんだ?」
その声を、近くの建物の屋上に着地していたキュルケは怪訝な表情で聞いていたが、煙が晴れてその中から現れたものを見たとき、腰を抜かすほど驚いた。
「シルフィは飛んでないのね。それよりお前、いつの間に人間の言葉をしゃべれるようになったのね?」
「なに? あ、ほんとだ。おお、そこにいるのはご主人様。あれ? ご主人様、どうしてそんなに小さくなったのですか?」
地上五十メイルくらいの視線から見るキュルケの姿は人形のように小さかった。いやキュルケだけではなく、町全体もおもちゃのように小さく見える。
ということは大きくなることに成功したのか? そう思ったとき、キュルケが震えながらこちらを指さして言った。
「フ、フレイムにシルフィード。ああ、あなたたちのその恰好は」
「ん?」
言われてふと自分の手を見るフレイム。すると、その手は自分のものではなく、太く鋭い怪獣の腕と手になっていた。
まさかと視線を背中にやったシルフィードも、その翼もしっぽも韻竜のものではなく、荒々しく野性的な翼竜のものであることに気づいた。
そして極めつけに、壊れた建物から転げ出ていた姿見に映してみた自分の姿。二匹はそこになんと、ゴルザの体にメルバの体を乗せたような合体怪獣の姿を見たのだった。
「「な、ななななな、なんなのだこれはー(なのねーっ)!!!???」」
愕然とする二匹の声が怪獣の咆哮となって響き渡り、キュルケや才人たち、グラシエまでもが開いた口がふさがらないと唖然とする。
果たしてこれは神の悪戯か悪魔の奇跡か。本来ならば遠い宇宙の闇の巨人たちが使役するはずの超古代闇怪獣ゴルバーが、リュティスの街に顕現した。
続く