第37話
友達だからここに来た
宇宙恐竜 ゼットン
宇宙恐竜 EXゼットン
宇宙忍者 バルタン星人
超古代怪獣 ゴルザ
超古代竜 メルバ
宇宙ロボット キングジョー 登場!
「お前も不器用な娘だな、シャルロット。やりようによっては俺もシャルルも排除して、お前がガリアの女王の座に収まることも不可能ではなかろうに、情を捨てきれずにこんなところにいるとは。ガリア古来の王のなり損ないどもが墓の下で憤慨しているぞ」
「王冠はしょせん道具。そんなこともわからなかった人たちの祝福なんてほしくない。王冠は、王冠よりも素晴らしいものを知っている人が、それを守るために被るべきもの。でも、わたしにとって大切なものを守るための方法は、王になることではなかった」
寒風が身を切る。しかし、はるかに熱い暗黒の炎がかすめていく死の空をシルフィードは飛び、その背で揺られながらジョゼフとタバサははるかに見えるハイパーゼットンの頂を目指している。
あそこにいるのはジョゼフの弟、そしてタバサの父のシャルル。王になるという執念を利用され、いまやハイパーゼットンの核にされてしまった哀れな道化。
だが、そうなってしまったのはシャルルだけのせいではない。ジョゼフとタバサは残されたわずかな時間をシルフィードの背で語り合いながら、あそこでシャルルとともに待っているはずの、自分たちガリア王家が煮詰めてきた負の歴史に思いをはせた。
「思えば、我らガリア王家はまさに王族らしい王族だったわけだ。シャルルはそんな腐ったドブの中に生まれた清流のはずだったのになあ」
ジョゼフとシャルル。中心になったのはこの二人でも、兄弟の間を取り持つことをしなかった前王、忠誠という盲目を言い訳にして権力争いの旗手としてしか二人を見ていなかった貴族たち。それら一つずつは小さくても、長年積み重なった結果ガリア王家は歪みに歪み、いまや自らの手でガリアを滅ぼさんとするほどにまでなってしまった。
当時まだ幼かったタバサにはとがはない。けれど、自分にもその危険な因子の一端があったことは自覚していた。
「わたしも以前は自分のことだけを考えて生きていた。そのまま宮廷に上がっていたら、わたしもどう歪んでいたかわからない」
イザベラも幼い頃は優しかった。王宮というところはどんな善良な人間でも黒く染めてしまう魔窟だ。
だがそれらの実体は、ガリア王政府が長年かけて溜め込んできた濁った空気である。大国であるから大きな危機がないことが続いたため、いつの間にか権威主義と利己主義が加速し、外面を塗り固めるのが何より重要だと誰もが思い込んでしまっていた。相手の内面を深く見ようとしなかったというその点では、シャルルに妄信に近い忠誠を持っていた騎士カステルモールを始めとする忠臣たちや、ジョゼフもシャルルもそしてタバサも同類だ。
そんな因習を、今度こそ完全に断ち切らなければならない。今度こそ絶対に。
しかし目の前の壁は厚い。今でこそシルフィードはハイパーゼットンの攻撃を避けられているが、近づくほどそれは困難になる。
そのために、今ルイズがなんらかの魔法を唱えてくれている。タバサはその魔法が発動したら恐らくハイパーゼットンにも大きなダメージを与えられるものと期待していた。
だが虚無の魔法の発動には時間がかかる。そしてその間にも状況は変動を続け、予断を許さない。
「シェヤッ!」
ウルトラマンヒカリの鋭いキックがゼットンの角をかすめて火花をあげた。
グラシエの集めた四つの感情のうち、喜びの感情から生まれたこのゼットンは二代目ゼットンに似て、パワーとタフネスはあるが動きが乱雑で隙が多い。切れ味鋭いスピード戦術を得意とするヒカリにかかれば、攻撃を当てることは造作もないことだ。
だが、有利に戦いを進められていると見られていたヒカリとゼットンの戦いは、時が経つにつれてそんな簡単にいくものではないということが思いしらされてきた。
〔こいつ、これでもまだ弱る兆しがないのか!〕
ゼットンには攻撃が通る。手ごたえもある。だがそれでもまともに弱った様子を見せないしぶとさは驚異的だ。伊達に、かつての個体がバット星人が倒された後もジャックと戦い続けただけはある。
むろん、不死身というわけでは決してないはずだ。スペシウム光線が当たれば爆散したように、耐久力を上回る打撃を与えれば倒せる。
だが、それとて口で言うほど簡単ではない。知られたとおり、ゼットンにうかつな光線技は厳禁。ジャックは使わせずに倒したが、このゼットンにもバリヤーはあるはずだ。焦って光線を撃てば初代ウルトラマンの轍を踏むことになる。
それでも、ヒカリにとってそこまで苦戦する相手というほどでもない。それなのに時間をかけられているのは、ゼットンのしぶとさだけが原因ではなかった。
〔くっ、また増えたか!〕
リュティスの街中から突如吹き出す土煙。ハイパーゼットン、さらにゼットンから溢れる膨大なエネルギーを使ってスフィアと融合した再生怪獣が続々と現れては襲いかかってくるのだ。
ゼットンに攻撃をかけようとするヒカリを遮るように、地中からスフィアに寄生されたゴルザとメルバがゾンビのようにはい出してくる。
「怪獣兵器ゴルザ」「怪獣兵器メルバ」
咆哮をあげ、たくましい巨躯を震わせるゴルザ。鋭くいななき、翼を広げてくちばしを突き出すメルバ。どちらもかつてこのガリアで倒された怪獣だが、スフィアによって再生を果たした。
だが未完成の怪獣兵器である両者は欠損部分をスフィアによって補っているものの、目に光はなく体はつぎはぎのようにボロボロで、まさにゾンビそのものだ。その異様な姿を見たヒカリは、ナイトビームブレードを構えながら苦々しく呟いた。
〔こんな形で命をもてあそぶ。どんな優れた技術があろうと、これは許されることではない〕
ヒカリは、かつてバット星人に命を固形化する技術を渡さなくて本当によかったと思った。命の尊厳に対する敬意のない者が、命に手を出した時のおぞましさ。それは言葉で表せるようなものではない。
〔今、もう一度眠らせてやる〕
意を決し、ゼットンをかばうように立つゴルザとメルバにヒカリは挑む。こんな利用のされ方は、きっと彼らも望んではいない。
「シュワッ!」
ジャンプし、一文字にナイトビームブレードをゴルザの脳天めがけて叩きつける。だが両断はできずに火花があがり、ゴルザはよろめきながら後退した。
そこを狙って槍のようなくちばしを突き出してくるのはメルバだ。ヒカリの背中を田楽刺しにしようと迫るがそうはさせず、ヒカリは体をひねって回し蹴りで弾き返した。
「シャッ!」
頭を蹴り飛ばされ、メルバの首があさっての方向を向く。しかし痛覚のないゾンビのメルバはそのまま鋭い鎌になっている腕を振り上げてくる。
〔生き物だったらあり得ない動き。だがそうはさせん!〕
ヒカリはナイトビームブレードを振り抜き、回転斬りの要領でメルバの攻撃を弾いた。その程度ではヒカリの首は取れはしない。
だが、ヒカリはこの二体はほかの怪獣兵器ほどもろくはないと認識した。
〔個体差か、それともスフィアとなじみがよかったのか、いずれにしても難敵だ〕
このゴルザとメルバは生前ほどではないが強い。さらに後方のゼットンも火球攻撃を仕掛けてくる。手強い相手だ。
まさか、このゼットンや怪獣兵器は戦いながら進化しているのか? ヒカリの胸中にぞっとする予感が走る。いや、今は仮説に不安になっている時ではない。
〔私はあのときゾフィーと勇者の鎧に誓ったのだ。どんな敵にも決してあきらめはしないと! ここは私がなんとしても切り開く。各地の仲間たちよ、君たちもがんばってくれ〕
ヒカリは戦う。ゴルザの超音波光線をかわし、メルバの翼を剣の一閃で切り裂いてゼットンに肉薄する。
だが、ヒカリの懸念は不幸にも当たってしまっていた。各地に散ったゼットンは短時間でその戦力を増して、猛威を振るい始めていた。
ここにいるゼットンが証明したように、どんな姿に変わってもゼットンは「最強の怪獣」の称号を冠される強力無比な怪獣。並の怪獣とは違う。
そんな恐るべき黒い軍勢に対抗できる力がまだこの世界には残っているのか? この世界の生き抜くための生命力が試されようとしている。
「ウワァッ!」
「ヌァッ!」
ウルトラマンガイアとウルトラマンアグルが撥ね飛ばされて倒れた。山岳地帯からほど近いド・オルニエール地方に巨大なエネルギーを持った怪獣が現れたことを察知した我夢と藤宮は、まだエネルギーが消耗したままの状態ながらも急行し、そこで暴れていたゼットンと対峙したのだが、ここのゼットンの強さは二人の予想を超えていた。
〔なんだこの怪獣は? 体格からはまるで信じられない身軽さじゃないか〕
最初、ガイアとアグルは自分たちが消耗しているとはいっても、二対一なら十分に戦えると踏んでいた。しかし、その予測が覆されるのは一瞬だった。
ここに現れたゼットンは、もっともゼットンの姿からはかけ離れている。スマートであった初代ゼットンと比べて熊のように太く屈強な体を持ち、ゼットンの面影は頭部の角と黄色い発光体くらいだ。
これは、ガイアたちは知らないことではあったが、後の時代にEXゼットンと呼ばれることになる強化型ゼットンの一種である。初代ゼットンと比べて体格が一回り大きくなったものの、敏捷な格闘能力も備わっている純粋なパワーアップ形態である。
EXゼットンは、ゼットン特有の声を漏らしながら二人のウルトラマンを悠々とパワーで圧倒し、叩きのめして見下ろしている。こいつは強い! ガイアとアグルは、バルタン星人との戦いで消耗した分を差し引いても、このゼットンが強敵であることを認めた。
〔どうする我夢? もう俺たちのエネルギーはほんのわずかだ。利用できるものもここにはないぞ〕
〔この世界の人たちの記憶も戻ったようだね。あいつ、とうとう僕らを懐柔するのをやめて実力行使に出たわけか〕
二人もグラシエとの偽りの平和の期間が終わったことを悟った。こうなった以上、グラシエとは敵同士でしかない。
EXゼットンは二人にとどめを刺すべく接近してくる。あの太い腕でこれ以上殴られたらひとたまりもないだろう。
〔僕たちは、奴が育てた怪獣の実験台といったところだろうね。でも、そう簡単にモルモットになってやるものか〕
〔なにか考えがあるのか?〕
二人の胸のライフゲージの点滅は限界に近い。変身を維持することもできなくなるのはすぐだ。
だが、我夢はあきらめてはいなかった。この星は地球ではないけれど、同じように命が息づく緑の星だ。宇宙は、生命はつながっている。すべてを守るのは無理でも、この星の生命を守ることは地球を守ることにもつながる。身勝手な理由の実験で壊されるなんて、絶対に許せない。
むろん、精神論や根性論ではない。もちろん信念や根性も大事だが、それは自分たちよりもっと別のウルトラマン向けの言葉だ……我夢は藤宮からの問いに答えられるだけの名案は無かったけれど、代わりに信じられる友の名前は知っていた。
〔僕たちにはまだ、頼りになる仲間がいるだろう〕
ガイアがそう告げた瞬間だった。二人にとどめを刺そうとしたEXゼットンに天空から銀の光が突き刺さり、EXゼットンは不意を打たれて爆発とともに吹き飛ばされた。
あの光線は! それとは対照的にガイアとアグルを照らす力強い輝き。そして、二人の間に新たな銀色の巨人が降り立った。
〔よっ、待たせたな。お前たち〕
陽気に決めたウルトラマンダイナのサムズアップが陽の光に輝き、その光を浴びてガイアとアグルのエネルギーも戻った。
〔君ならきっと来ると思っていたよ。けどちょっと遅かったんじゃないかな〕
〔しょうがないだろ。俺のとこだってバルタン星人に襲われてたんだ〕
アスカは自分のところでもあった襲撃についてさっと語った。
魅惑の妖精亭の馬車に同乗してトリスタニアに向かっていたとき、バルタン星人の襲撃を受けた。あの通信が切れるまで馬車でなんとか逃げていたが、馬車ではとても巨大宇宙人から逃げきれるものではなく、ウルトラマンダイナに変身する以外に打つ手はないとアスカも覚悟を決めた。
だが、リーフラッシャーを取り出そうとした時だった。バルタン星人の放ったドライクロー光線が魅惑の妖精亭の皆の乗った馬車の近くで炸裂し、馬車は横転してみんなは外に放り出されてしまった。
「きゃああっ」
「うわっ、おいみんな大丈夫か!」
SUPER GUTS時代の訓練のおかげで受け身をとって無事だったアスカは、投げ出されたジェシカたちを気づかって叫んだ。スカロンは心配するまでもないし、ミジー星人の三人はどうでもいいが、ジェシカたちは普通の女の子だ。
「だ、大丈夫」
幸いなことに大きなケガをした子はいないようだった。
しかし、バルタン星人はとどめを刺そうとハサミを向けて光線を放とうと狙ってくる。その時である、変身を決意したアスカの耳に、美しい音楽が聞こえてきたのは。
「あっ、お母さんからもらったオルゴールが」
それは少女たちのひとりが持っていたオルゴールが転がったはずみから奏で始めた音色だった。田舎から出てきて都会で一人寂しい思いをしないようにと、平民には高価な品であるオルゴールを持たせてくれた母親や村人たちの思いが込められたオルゴールの音色は優しく美しく、戦いに殺気立っていたアスカの心にも不思議な安らぎをくれた。
けれどもバルタン星人はすぐそこにいる。アスカは今度こそ変身しようと身構えたが……そこでバルタン星人がじっと固まっていることに気がついた。
「えっ……?」
最初はどうしたのかと思った。しかし、オルゴールから流れる音色に合わせてバルタン星人も体を揺らしているように見えて、ジェシカがはっとした。
「もしかして、音楽に聞き惚れてるの?」
まさか? と思ったが、そうとでも思わなければ絶好のチャンスに動きを止める理由がつかない。また、それを聞いていたミジー星人のドルチェンコが、泥に突っ込んでみじめな格好になった様で物知顔に言った。
「むむ、そういえば聞いたことがあるぞ。一部の宇宙人や生物には、人間の作る音楽が特殊な作用をすることがあると」
そう、実はそれが正解だった。この宇宙のバルタン星人は、人間の音楽が非常に心地よく感じるという、海底原人ラゴンに似た性質を持っていた。
バルタン星人はさきほどまでの剣呑さが嘘のようにじっと音楽に聞き入っている。しかし、いくら種族として音楽への感性が高くても、元の精神が殺気立っていればその効果は薄いはずである。このバルタンが音楽に聞き入ったのは、リーダー格らとは何かが違ったゆえか? それはわからないが、バルタン星人はやがてまぶたを閉じると横になって寝息を立て始めてしまった。
「あら、眠っちゃったわ」
カマチェンコが呆れたように言った。いくらそういう生体だとしても、命を狙いに来た敵の前で眠りこけるとはと、アスカも「のんきな奴だぜ」と呆れてしまっている。スカロンなどは、「意外と寝顔はかわわいじゃないの」なんて言う始末だ。
だがこれで、アスカが変身する必要もなくなった。非情に徹するならば眠っているうちに倒してしまうのが一番いいのだろうが、ぐっすりいびきを立てて眠っている姿を見るとアスカにはできなかった。
「じゃ、今のうちに行っちゃいましょう」
ジェシカがしつこい客が帰った後のようにさっくりと言った。オルゴールはゼンマイが切れて止まったが、バルタン星人はまだ熟睡している。確かに長居は無用だと、一行は横転した馬車を起こしてそそくさと立ち去ったのだった。
これがアスカのほうで起こったことの顛末だった。その後アスカは魅惑の妖精亭の皆と別れた後に我夢たちの危機を感じ、ダイナに変身してこのド・オルニエールまで飛んできたというわけである。
〔さあて、じゃあ力を合わせて、まずはこいつを片付けようぜ〕
ダイナは指をボキボキと鳴らしながら起き上がってきたEXゼットンを見据えた。これまで戦闘に参加していなかったのでダイナのエネルギーは十分にある。
だが意気込むダイナに、ガイアは彼の肩を抑えながら告げた。
〔いや、アスカ。こいつは僕とアグルで倒すから、君には別にやってほしいことがある〕
〔なんだって? ……何か、まだあるってことか〕
〔僕の考えが当たってたら、これから君がどう動くかが鍵になる。恐らく……〕
我夢の頭脳を信用して問い返したアスカに、我夢は自分の推測を説明した。
〔なるほどな。そりゃほっといたらマズいことになるってわけだ。だけど、お前たちだけで大丈夫かよ?〕
〔なんとかするさ。それよりそっちを放置しておくほうが危ない。だから頼む!〕
我夢が答えた瞬間だった。EXゼットンが一瞬の隙を突いて攻め込んできたのだ。
とっさに散開する三人。EXゼットンは太みの体からは信じられないような身軽さで掴みかかってくる。ダイナは防御の構えをとろうとしたが、その前にアグルがアグルセイバーを展開してEXゼットンの攻撃を受け止めながらダイナに告げた。
〔行け! この戦いは、ひとつつまずいても勝てない。そしてここで俺たちが負ければ、こいつらは次に俺たちやお前の地球を狙ってくる。今が食い止められる唯一の機会だということを忘れるな〕
〔く、わかったぜ。お前たちも、必ず勝てよ!〕
後ろ髪を引かれる思いながらも、ダイナは苦渋を噛み締めて背を向けた。
「シュワッ!」
ダイナは飛び立ち、追い討ちをかけようとするEXゼットンの前にガイアとアグルが立ちふさがった。
だが、エネルギーの補充ができたとはいえ、強力なEXゼットンを相手にどこまで戦えるものか。勝利への可能性を天秤にかけて、自分たちは決死の覚悟で挑もうとするガイアとアグル。その勇姿を、ド・オルニエールの人々は必死の祈りを込めながら見守っている。
だが、ド・オルニエールの人々はウルトラマンが助けに来てくれただけ、まだ運がよかった。なぜなら、もうこの世界にこれ以上戦えるウルトラマンはいなかったからだ。
トリステインの首都トリスタニアに現れたゼットンは、なんの妨害を受けることもなく街を破壊し続けている。家を踏み潰し、白色火球で焼き払い、その黒い進撃の行く先の市民は逃げ惑うしかできない。
「助けてくれ! 軍隊は、軍隊はどうしたんだ」
「それより、どうして怪獣が暴れてるのにウルトラマンは来てくれないの? もう私たちは見捨てられてしまったの?」
トリステイン軍はまだまともに戦う力はなく、ウルトラマンたちも必死に戦っているのだが、なんの力も持たない市民にそんなことを知る術はない。
逃げ惑う人々を、わずかばかりの衞士隊が誘導していく。日頃避難訓練を義務化していなかったら多くの犠牲が出ていてしまったろう。その光景を王宮からアンリエッタは見て、自らの無力に胸を焦がしていた。
「なにか、なにか民を救うためにできることはないのですか? もう本当に騎士も兵もいないのですか!」
アンリエッタは血を吐くように叫んだが、トリステイン軍の余力は本当の本当に残されてはいなかった。今残っている兵はすべて出したが、その数はほんの数百。王宮を守るにはよくても、トリスタニアという街をカバーするには少なさ過ぎる。
だがこれでも昨日まではもう少し兵の数はいたのだ。これまでの激動に振り回され続けていたトリステイン軍は兵も騎士も疲弊しきり、再編成のために所領に戻されたりしており、その空白期間の今ここに残っているのは本当に最小限の者たちでしかない。
マザリーニ枢機卿は、今すぐに散った兵を呼び戻すにしても一日はかかるだろうと答えるしかなかった。だがそんなに待てばトリスタニアは灰燼に帰してしまう。
一日の差。明日になれば、諸侯からの兵もようやく集まってきて、やっと軍の体裁も整うはずだったのに。最悪のタイミングでの敵襲に、マザリーニ枢機卿は、軍の再編を女王陛下にすすめた自分の判断を呪った。
かくなる上は……痩せた老骨は、せめてトリステイン王家の血統だけは残さなければならないと悲痛な決意を固めた。
「女王陛下、今のうちに王宮から女王陛下だけでもご避難くださりませ。今ならまだ馬車を走らせることができまする」
「なにを言うのですか枢機卿! 民を置いて、真っ先に王家が敵に背を向けることなどできますか!」
「今の王宮の防備では女王陛下をお守りすることさえできません。このようなことになったのは私のせいです。自分は責任をとって王宮と運命をともにすることで民に詫びましょう。陛下の御身だけは絶対に守らねばならないのです!」
汚名はすべて被ってトリステインのために散る覚悟の枢機卿に、アンリエッタは絶句した。
だがそれもできない。小言がうるさい人ではあるけれど、常に常識の範囲から正論を与えてくれる彼の存在は若輩の自分にはまだ必須なのだ。
「枢機卿、頭をお上げなさい。犠牲になることはわたくしが許しません。我がトリステインはまだまだ小国、一時しのぎのために誰かを切り捨てるようなぜいたくは許されません」
「陛下、わがままを申されますな。どのみち、この老骨が役に立てる時間は長くはありません。ですが女王陛下さえ生き残っておられればトリスタニアが無くなってもトリステインは立ち直れるのです」
枢機卿の決心は固かった。それに、アンリエッタにもそれが現状取れる最良の手段であり、王たる者は時には非情な決断をしなければならないことも承知している。
だが、苦渋の決断をアンリエッタが下そうとしたその時だった。謁見の間の扉が勢いよく開け放たれて、メカニックなスーツを着た男女が飛び込んできたのだ。
「お待ちください女王さま!」
「あなた方は……」
アンリエッタは彼らのことを知っていた。あのルビアナの同胞、ペダン星人の生き残りたちだ。
先のスーパーグランドキングとの戦いでは円盤を失うことを覚悟で勝利に貢献してくれたことを認め、今は暫定的にトリステイン市民の身分を与えてある。しかし、彼らの円盤は先の戦いで機能を失い、もう戦う力は残っていないと聞いている。それがどうして、誰がここに通したと問いただそうとしたアンリエッタより速く、八重歯の少女が元気よく言った。
「女王さま! こんなこともあろうかと、アタシたちはあの戦いの後に作ってきたものがあるんス。アタシたちをこの国に住むことを許してくれた女王さまのご恩に報いるためにも、ここはアタシたちにお任せくださいっス!」
幼い姿から溢れてくる熱意はアンリエッタにも伝わった。けれど、アンリエッタはかぶりをふって拒絶した。
「いけません! あなたたちはあの方から預かった大切な身です。それにあなた方は先日すでに我々のために十分力になってくれました。これ以上、トリステインの問題に巻き込むわけにはまいりません」
身なりからして、彼女たちが今度は自ら戦いに赴こうとしているのは伝わってきた。本来部外者である彼らにまた頼ることもそうだが、八重歯の少女は自分よりもずっと幼く見える、そんな子供まで戦いに駆り出すのは認められなかった。
だが、彼らをかばうように現れた烈風カリンの姿がまたもアンリエッタを驚かせた。
「カリン殿」
「女王陛下、この者たちの力と献身は信用してよいかと存じます。このところ、私なりにこの者たちを観察しておりました。短い期間の見極めでしたが、この者たちはトリステインの同胞として頼るべきだと、まだこの目は曇っていないつもりです」
「『鉄の規律』を棟とする貴女とは思えないお言葉ですわね、カリーヌ殿」
皮肉気味にアンリエッタが告げると、カリーヌは気分を害した風もなく答えた。
「私は自分の信念に背いているつもりはありません。彼らは今では紛れもない女王陛下の臣下。それに、私ももう若くはない老いゆくのみの身です。連日の戦いでこの老体は悲鳴を上げて、若い者たちのようについていくことはできません。女王陛下のお力となれる次代の者たちを用意するのは臣下として当然の責務」
カリーヌはあくまで事務的に答えたのみであったが、言っていることは正しかった。烈風カリンといえども一人の人間、いつまでも頼っているわけにはいかない。今は誰もが自分ができることを必死にやっている。アンリエッタは、女王である自分がすべきことは決断であると、少女の目を見て問いかけた。
「あなた、確かラピスともうしましたね。本当に、あなた方の故郷ではないこのトリステインのために命をかけてくださるのですか?」
「女王陛下、アタシたちは良かれと思って、この国に迷惑をかけちゃいました。でも、アタシたちもこの国を新しい故郷にしようと本気だったんです。アタシたちはルビアナお嬢様に比べたらずっと弱いですけど、戦えます、戦いたいんッス! 何より、お嬢様はこの世界が大好きでした。だからアタシたちも、お嬢様の愛したこの国のために働きたいんッス」
幼い姿で必死に訴える少女の熱意に、アンリエッタは今は亡きルビアナに、死んでなお同胞をここまで動かすとはなんという人だと羨望すら覚えた。
肉体は死しても、その意志は、魂は後継者に伝わって残り続ける。それが王として理想の姿ではあるまいか。
「わかりました、あなた方に我々の未来を託しましょう。始祖の……いいえ、あの方に代わり、あなた方の勝利を祈ります。けれど、決して死んではなりませんよ。あの方はあなたたちに死ねとは教えなかったはずです」
「はいっ! 必ず帰ってきまっス」
「本来、国と名誉のために死ぬのは自分たち貴族や王族の誇りなのですが、せめてあなたたちの生還を見届けるまで、わたくしはここを動きません。枢機卿も、それでよいですね?」
これが最後の賭けだ。勝利か、それとも多くを失うか。アンリエッタの決断に、死を覚悟していたマザリーニ枢機卿も、御意に、と頭を垂れた。
けれどいくら彼らがペダン星人だとしても、ゼットンを相手にどんな手段があるというのか? 彼らの宇宙船は先の戦いで無理にペダニウムランチャーを撃った反動で、使い物にならなくなっているというのに。
いや、そのころペダン星人たちは驚天動地の一手を用意していたのだ。
アンリエッタから許可をいただいたラピスは、そのままカリーヌの使い魔に乗せられてペダン星人の円盤の残骸へと送られた。そこでは彼女を待っていた仲間たちによって、秘密兵器が起動しようとしていた。
「復旧率50パーセント。こんな状態で動かすなんて、正気の沙汰ではないのだがな」
「大丈夫っス! あとはアタシが、なんとかしてみせるっス」
「ラピス、お嬢様が作られたこの機体は、女性のお前が一番操縦に適しているとはいえ、相手はあのゼットンだ。いざとなったら機体は捨てて逃げろ。絶対に無理はするな」
「先輩、ありがとうっス。アタシ、この戦いが終わったら先輩に言いたいことがあるから必ず帰ってくるっス。じゃあ、行ってきます!」
その瞬間、完全に動力を失っていたはずの円盤の格納庫の扉が開き始めた。
いったいどこからエネルギーが? いやそんなことよりも、内部から何かが轟音をあげて動き出す音が響き、金属製の足音が鳴り始めた。
そこから現れようとしているなにものかの気配を感じて、街を破壊していたゼットンも足を止めて振り返る。
そして、格納庫の闇の中からまず姿を見せたのは金色の機械龍の頭。かつてワイルド星人が使っていた宇宙竜ナースの姿だが、ナースが足音など立てるわけがない。しかし、続いて現れたのはキングジョーの胴体であった。なんと、ナースの体はキングジョーの右腕があるべき場所から生えていたのだ。
「やっぱりアタシたちは、こいつといっしょが一番落ち着くっス。お嬢様、見ててください。パーフェクトキングジョー(仮)出るっス!」
右腕にナースの頭部を生やし、背中に巨大な大砲を背負った異形のキングジョーが出撃する。しかしその全身は亀裂まみれのつぎはぎだらけで、一目でまともな機体でないのは明らかだった。
それでもキングジョーは動く。もう、この先行ける星はないペダン星人たちが新たな故郷と定めたこの星を守るために。
そしてもう一ヶ所。
渇望の感情から生まれ、ラグドリアン湖に現れたゼットンは身長五十メートル平均のウルトラマンの常識から考えても見上げるほどの巨躯を誇り、あらゆるものを見下ろし睥睨しながら進んでいた。
その様は『王』という究極の高みを欲したシャルルの願望の表れか。身長九十九メートルの超巨体、だがその威容は王として国に安寧をもたらそうとしたシャルルの願いとは裏腹に、目に付くものを顔からの火球で焼き尽くし、ただ破壊の化身となって進み続けている。
そしてゼットンの行く先にはまだ人の大勢いる町がひとつ。このままでは、ゼットンの進撃で多くの犠牲が出てしまう。その歩みに立ちふさがるのは、テンガロンハットを被った風来坊。
「行け! ミクラス、アギラ、ウインダム」
モロボシ・ダンの誇るカプセル怪獣の総出撃だ。
相手はゼットン、一体ずつではとても勝ち目がない。総力戦で立ち向かうカプセル怪獣たちと、ゼットンは正面からぶつかった。
一番の力自慢のミクラスが体当たりをかける。だがゼットンは軽く腕を振るうだけでミクラスを弾き飛ばしてしまった。
「ミクラス!」
ボールのように転がされるミクラスの様にダンが叫ぶ。そこへ、今度は身軽なウインダムとアギラが左右から吶喊するが、二匹のタックルをまともに受けてもゼットンは転倒さえせず耐えきって、二匹を掴まえて放り投げてしまう始末だ。
「むう、なんという強い怪獣だ」
ゼットンの圧倒的なパワーに、ダンはもし自分がセブンに変身できても容易な相手ではないと、大きな脅威を感じた。
ゼットンは、何事もなかったかのように巨体をゆっくりと前進させ続けている。
だが、今ゼットンを食い止められるのはカプセル怪獣たちしかいない。ダンは、カプセル怪獣たちの奥の手を使うことを決めた。
「ミクラス、ウインダム! お前たちの新しい力を見せてやれ」
その瞬間、二匹のカプセル怪獣に変化が起こった。
ミクラスの角に電光が走り、ウインダムの左手に銃器が装備された。これは、GUYSのマケット怪獣、エレキミクラスとファイヤーウインダムの姿だ。
実は数日前の夜、ミシェルにフェミゴンフレイムの炎が贈られたように、ダンの元へもカプセル怪獣をパワーアップさせるデータが送られていたのだった。
しかし、パワーアップした力が使えるのは一度だけ。その一度を、ダンはゼットンを食い止めるために使うことを決意した。
「ミクラス、お前の怪力でその怪獣を抑えつけろ!」
ダンの指示でミクラスは再度ゼットンに組み付いた。さっきまでであればゼットンのパワーで軽く振り払われるところであろうが、今度はミクラスは電撃を流してゼットンをしびれさせ、ゼットンの体が初めてぐらりと揺れた。
”ゼットン……” という独特の鳴き声を苦しげに漏らしながらふらつくゼットン。その隙を逃さず、ダンはさらに命じた。
「いまだ! 行け、アギラ、ウインダム!」
アギラが身軽な身体を活かしてゼットンの頭に飛びつく。ゼットンの感覚をつかさどるゼットン角を抑え込んで動きが止まったところで、ウインダムがゼットンの背中へ向かって、装着されたファイヤーアタッチメントから火炎弾を発射して攻撃した。
爆発がゼットン種の弱点である背中で連続して起こり、さしもの巨大ゼットンの威容も無敵ではないと証明するかのようにぐらついた。
だが、この程度ではゼットンにまともなダメージにはとてもならない。ゼットンは顔に張り付いているアギラを引き剥がすと、もう許さないと言うように顔の発光体を輝かせて威嚇した。
「ミクラス、アギラ、ウインダム、勝負はこれからだぞ」
ダンの激に、カプセル怪獣たちは気合いを入れ直すかのように吠えた。勝ち目があるかなんて関係ない、彼らカプセル怪獣も平和のために戦う立派なウルトラの仲間たちなのだから。
各地で始まったゼットン軍団との死闘。いずれも大きく不利でありながらも、諦めるという言葉を知らず敢然と立ち向かっている。
侵略者との戦いは、諦めない心が最初にして最後の武器。すべてはそこから始まり、そして絶望で終わらせない。
だがそれら、各所でゼットン軍団を食い止めている彼らの善戦も、リュティスでのハイパーゼットンとの戦いに勝利できなければ水泡に帰してしまう。鍵は、タバサとジョゼフが無傷でシャルルの取り込まれているハイパーゼットンの頭部へたどり着けるか否か。
二人を乗せたシルフィードは縦横にハイパーゼットンの触手による攻撃をかいくぐりながら接近を試みていた。成長したシルフィードはタバサが驚くほど巧みに飛べるようになっており、触手の動きに慣れたことで最初に思ったよりもハイパーゼットンに近く長く接近できるようになっていた。
音速で飛ぶ戦闘機でさえ撃ち落とされるような暗黒火球の弾幕の中をシルフィードは自在に飛翔する。しかし、これ以上近づくのは無理だ。それに、シルフィードの体力にも限界がある。
「きゅい! 桃色の魔法はまだできあがらないのね!?」
一秒が一時間にも感じられる中で、シルフィードにも疲れが見え始めた。ルイズも急いでいるに違いないが、初めて使う虚無の魔法の奥義、なにが起こるかわからない。ジョゼフはどうなろうとすでに運命はタバサに預けたという風に泰然としているが、預けられるほうはたまったものではない。
「あと、少しっ!」
シルフィードを駆るタバサの額にも大粒の汗が流れている。シルフィードが回避を続けられているのは、タバサが必死に風を読んでシルフィードに指示していることも大きい。まさに人竜一体、ルイズの『生命』が発動した瞬間に突入することに精神のすべてを集中させていた。
だが、そのわずかな余裕もないほど研ぎ澄まされ切っていた集中が仇になった。死角とはすなわちハイパーゼットンの攻撃の外側、ウルトラマンヒカリと戦っていた怪獣兵器メルバが突如攻撃の矛先をシルフィードに変えて向かってきたのだ。
「避けられない!」
タバサは、くちばしを突き出して突撃してくるメルバに、今からどんなことをしても回避は無理だと悟った。ヒカリはゼットンとゴルザに邪魔をされて助けに来られない。
命を顧みない怪獣兵器となったメルバは暗黒火球の巻き添えになることも構わずに特攻してくる。タバサに残された手段は、無駄だと知りつつも風の防壁を張って耐えようとすることだけだった。
やられる! タバサは眼前に迫ったメルバに目をつぶった。だが、タバサの道が閉ざされようという時に、彼女が黙っているわけがない。
『ファイヤー・ウォール!』
猛烈な火炎がメルバを横から飲み込む。その勢いでメルバは翼を焼かれて墜落していった。
そして、廃墟と化した街を颯爽と馬で駆けてやってくる赤毛の影。
「さすが、ゾンビだけあってよく燃えるわねえ」
「キュルケ!」
まさかの姿にタバサは愕然とした。そして当然、どうしてここにと問いかけようとしたが、キュルケは驚いている空のタバサを見上げて得意げに告げた。
「「どうしてここに?」なんて言わないでよね。タバサ、わたしたちは友達でしょ?」
タバサは涙が湧き出るのをこらえられなかった。本当に、本当に、だれもかれもみんな、皆の記憶を消してまでみなのためにしようとした自分の努力をなんだと思っているのか。
そんなタバサの顔を横目で見たシルフィードは、人間も少しうらやましいのねと胸を暖かくした。
キュルケは馬から降りると、使い魔のフレイムに視線を下ろしながら杖を妖絶に構えた。
「さて、タバサといろいろお話したいところだけれども、まずはお邪魔虫を片付けないとね。フレイム、頼りにしてるわよ」
タバサに手を出す奴は全部焼き尽くす。キュルケの魔力が熱を帯びて渦巻き始めた。
しかし、後半戦は互いに役者が集まり、切り札を次々場に出し始めたが、まだ本番はこれからだ。
ハイパーゼットンは絶対にこれ以上成長させない。その決意を込めて、ついにルイズは杖を天に向かって高く掲げた。
「できた。今のわたしじゃ、始祖ブリミルのそれとは似ても似つかない紛い物だけど、それにぶつけるには充分でしょ。いくわよタバサ! 虚無の魔法……『生命』」
続く