ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第33話  怪獣は、時空を超えて

 第33話

 怪獣は、時空を超えて

 

 ウルトラマンメビウス

 ウルトラマンヒカリ

 凶獣 姑獲鳥

 ラグストーン・メカレーター 登場!

 

 

「ただいまーっ!」

 夏に入って強さを増す陽光を浴びながら、トリステイン魔法学院に才人の声が響き渡った。

 水の精霊の涙を得て、あれから丸一日、ようやく一行は懐かしき学び舎に帰還していた。

「おお、懐かしの学院よ。そして僕の愛でる花達よ、わずかばかりとはいえ、君達を寂しくさせてすまなかったね」

「モンモランシーに聞こえるぞ」

「ぎくっ! そ、そうだった、自重しよう」

 ギーシュもまた、はしゃいでいたところをレイナールにツッこまれて冷や汗をかく。

 だが、元気さを増す男子連中と違って、ルイズやモンモランシーはぐったりと疲れきった様子で、近づいてくる学院の尖塔を見上げていた。

「はーっ、やっと帰ってきたわね……」

「まったく、男ってどうしてああ冒険が好きなのかしら」

 それは男にしか分からないだろう。二人の馬は男達に遅れてゆっくりと学院に歩いていた。

 とにかく、今は風呂にでも入ってぐっすり眠りたい気分だが、ルイズはともかくモンモランシーはこれから解毒薬の調合にかからなければならない。まあ、自業自得で文句も言えないが、もう安心とばかりにはしゃいでいるギーシュの能天気ぶりを見ると腹が立ってくる。

「ほんとに、あれが水の精霊に土下座までした男とは思えないわね。けどまあ、またとない経験には違いないか」

「同感、濃い体験だったわね……そういえば、タバサはあれっきりどうしたのかしら」

 タバサの素性については、まだルイズ達は知らない。ふっと姿を消して後、キュルケから用事があって実家のほうへ帰ったと聞かされて、そのキュルケもタバサの実家に寄っていくからと、あの後別れてきていた。

 ま、たった二人で怪獣に挑むほどの実力者だし、まず大丈夫だろうと楽観的に二人は思った。

「タバサはともかく、キュルケがいないと学院が静かでいいわ。ところでルイズ、あんたの使い魔、水の精霊にアンドバリの指輪を取り戻してくるって簡単に約束しちゃったけど、大丈夫なの?」

「知らないわよ! まあ、期限は死ぬまででいいっていうし、そんなご大層な道具、使えばどっかで形跡くらい残るでしょ。見込みが無いわけじゃ無し、見つかればラッキーと思っとけばいいわよ」

 実質期限は無いようなものだし、水の精霊に恩が売れるならそれも悪くはないだろう。もし盗んだ奴が見つかったら気晴らしに盛大に吹き飛ばしてやろうと、ルイズは物騒な企みを抱いていた。

「ところで、その解毒薬ってのはどのくらいでできるの?」

「急げば数時間、これ以上疲れたくないんだけど、しょうがないわよねえ、彼も待ってることだし」

 モンモランシーはそう言って平原の一角を指差した。なんでもない原っぱが微小に揺れ動いている。もちろんその下にヴェルダンデがいるためだ。

「あの子のためにも、急がないとね。なにせ、命の恩人ですもの」

 スコーピスにエースが追い詰められたとき、ヴェルダンデが勇敢にスコーピスに隙を作ってくれなかったら、彼女達は今頃ここにはいられなかったかもしれない。本当にギーシュには過ぎた使い魔だ。

「ギーシュをあきらめて、ヴェルダンデと付き合ってみたら?」

「……それもいいかもしれないわね。ヴェルダンデが人間だったら、本気でプロポーズしてたかも。そこいくとあなたはいいわよね。使い魔を恋人にできるんですもの」

「……なっ!?」

 冗談を思わぬ形で返されて、ルイズの顔が瞬時に真赤になった。

「ななななな、何言い出すのよ。つつ、使い魔を恋人!? そそ、そんなことあるわけないでしょ、あいつは所詮使い魔、そう、犬、犬っころでしかないんだから!!」

 ここにキュルケがいたら大爆笑しただろう。本当に感情を隠すのが下手な子だ。

「でもさ、考えてみたらサイトも中々いい線いってるんじゃない? そこそこ強いし、頭も悪くないし」

「そりゃ買いかぶりすぎよ。ほっといたらすぐサボるし、面倒ごとは持ち込むし、な、なによりメ、メ、メイドとすっごく楽しそうにいちゃついて、あたしのことなんか……」

 本当に分かりやすい。知らぬは当人ばかりなり、モンモランシーは恋愛上手だと自分を評価してはいなかったが、上には上がいるものだとしみじみ思った。

「ふーん、わかったわ。けど彼、そのメイドとさっそく逢引してるわよ」

 モンモランシーに言われて見ると、先に走って行っていた才人が見覚えのあるメイド服の少女と早くも仲良しげに話しているのを見えて、ヴァリエール製瞬間湯沸かし器にスイッチが入った。

「あの犬、性懲りも無くまたあのメイドと!! こらぁ!! あんたにゃ溜まった仕事が山ほどあるでしょうが、戻ってきなさーい!!」

 鞭を風を切る音がするほどに振り回し、馬上から般若のごとき、牙でも生えてるんじゃないかと思えるくらいに、怖い顔でルイズは怒鳴った。

「ぐっ!! ごっ、ごめんシエスタまた後で……とほほ、今日から掃除洗濯、雑用、召使い。んでもって使い魔生活か」

 苦笑しながら才人はぽつりとつぶやき、冒険の間に汚れたルイズの服を受け取ると、洗濯するために水場に駆けて行った。

 

 そして、かっきりと三時間後……待望の解毒薬は完成した。

「できたわーっ!! はーっ、疲れた」

 精魂尽き果てた様子で、モンモランシーはるつぼに入れたままの解毒薬をギーシュに差し出した。

「できたんだね!! よくやってくれたモンモランシー、ではさっそくヴェルダンデに持っていこう」

 待ちわびた解毒薬を受け取ったギーシュは、喜び勇んで学院の外壁の下で待っているように言ってあるヴェルダンデの元へと飛んでいった。それにしても、せっかく苦労したんだから、行く前にもう少し何か言うことは無いのだろうかと、いまいちモンモランシーは不満だった。

 しかし、モンモランシーには一抹の不安もあった。ヴェルダンデを巨大化させたのはあくまでも調合に失敗した惚れ薬。それを解除するのに元の解毒薬で大丈夫なのかと。もし駄目だった場合には、今度こそ打つ手はない。

 けれど、それもしばらくたってギーシュが大はしゃぎしながら戻ってきたときには杞憂だったと分かった。

「成功したのね!?」

「そうとも! もう外にいるのは元の小さくて可愛いヴェルダンデさ、やっぱり君の調合の技術は本物だったよ。さあ、この喜びを共に分かち合おうじゃないか」

「ち、ちょっと!!」

 すっかり舞い上がったギーシュは両手をいっぱいに広げてモンモランシーに飛びついていく。その後ろはベッド。

 しかし!!

 

「いやーっ!!」

 

 一瞬の詠唱の差。このときモンモランシーはスクウェアクラスに匹敵するんじゃないかというくらいの速さで、『レビテーション』のスペルを完成させてギーシュの体を浮き上がらせると、そのままウルトラハリケーンばりの大回転を加えて窓の外に吹っ飛ばした。

「あーれー……」

 ドップラー効果で小さくなっていく悲鳴を残しつつ、ギーシュは空のかなたへ飛んでいき、そして消えていった。

 そんな光景をギムリとレイナールは女子寮の外から見上げていたが。

「愛に生きた男、ギーシュ・ド・グラモン、星となって消ゆ」

「女ったらしの星、ギーシュ一等星の誕生だね」

 と、呆れ果てた様子で言って帰っていった。

 まあ、杖を持ったままだから墜落する前に助かるだろう。スペシウム光線で追撃をかけられなかっただけ、ましというものだ。

 だが、ギーシュが消えていった空を見上げながら、モンモランシーは顔を赤くしてうなだれていた。

「ばか……もっと、ムードってものを考えなさいよね」

 どうやら彼女も、ルイズのことを笑えないようだ。

 

 

 だがそのころ、世界の混迷の度合いは様々な場所で深まっていっていた。

  

 トリスタニアの中心にそびえ立つトリステイン王宮の会議室。通常なら数十人の貴族を集めて議論が交わされるべきそこに、たった二人だけの人影があった。

 壇上から、提出された書類に薄く青い瞳を向けている人物はトリステイン王女アンリエッタ。そして王女の目の前のテーブルには長身の眼鏡をかけた金髪の女性が、王女の前だというのにまったく気負った様子も無く、自分が提出した書類をアンリエッタが読み終わるのを待っていた。

「この報告……ある程度予測はしていましたが、こうして見るとあらためて驚愕せざるを得ませんわね」

 アンリエッタが読み終えた書類をたたみ、憔悴の色をわずかに感じさせる声で感想を短く述べると、その眼鏡の女性は立ち上がり、高くよく通る声で話し始めた。

「姫殿下のご推察通り、以前回収されました超獣の死骸と、王宮を襲ったゴーレムの残骸、ともに我々王立魔法アカデミーの一同がほぼ一ヶ月をかけて研究しました」

 これは、以前エースに倒された超獣ホタルンガと、四次元ロボ獣メカギラスのことである。

「回収したサンプルの移送には大変手間がかかりましたが、まあこれはいいでしょう。アカデミーにて、あらゆる方面から研究しました結果、超獣の皮膚はトライアングルクラスの火、水、風、土のどれもほとんど傷をつけられず。ゴーレムの装甲は、いかなる方法を持ってしても破壊は不可能、内部に残っておりました砲弾を起爆してみたところ、スクウェアクラスの土ゴーレムを一撃で粉砕する威力。結論から言いまして、敵の戦力は我々を大きく上回るということです」

 一気にまくし立てられた説明に、アンリエッタは目の前が暗くなりそうなのを、ぐっとこらえて話を続けた。

「そう……それで、敵に関する分析結果は、あなたの目から見てどんな具合なのでしょう。ミス・ヴァリエール」

 ヴァリエールと呼ばれた彼女は、眼鏡を指で押し上げると、アンリエッタに目を合わせた。

 彼女のフルネームは、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。名字からも分かるとおり、ヴァリエール家の一員、つまりはルイズにとって姉にあたる存在である。容姿はあまり似ていないが、これは彼女が父親似、ルイズが母親似だったせいだ。

 現在はトリスタニアにある王立魔法アカデミーの筆頭研究員を務めており、その道で彼女の名前を知らない者はいない。

「私も、ゴーレムの分解調査には加わりましたが、内部構造は恐ろしく複雑、精密な部品が緻密に組み合わされてできており、歯車やピストンなどにいたっても、トリステインのいかなる冶金技術を持ってしても複製は不可能なほどの高精度でした。また、魔力が検出されなかったために魔法以外のなんらかの手段を動力としていたのは明白ですが、その内部構造は用途不明な箱や紐がぎっしりと、しかし一定の規則にそって配置されており、私の見ましたところ、その原理を解明するには昼夜を問わずに研究し続けて二百年、同じものを製造するにはさらに二百年を必要とすると判断します」

「つまり、トリステインはヤプールに対して、最低でも四百年の遅れをとっているというわけですね」

「端的に言えば、そのとおりです」

 王女相手に、トリステインは遅れた国ですと平気で言えるのは、何も考えてない馬鹿か、王家と対等に渡り合えるだけの実力と胆力を備えた者のどちらかでしかない。そして、明らかにエレオノールは前者ではなかった。

 それにしても、地球でさえまだオーバーテクノロジーである宇宙人の技術を、理解できなかったとはいえここまで分析した彼女と彼女の研究班はたいしたものである。

「それにしても、これほどの超技術を有するヤプールとは、いったい何者なんでしょう……」

「彼らは自らを異次元人……異なる世界の住人だと名乗っています。それが真実かどうかは分かりませんが、空を割って超獣を送り込んでくる手口といい、人間技とはとても思えません」

 彼女は書類には載っていなかった自身の考察も含めて、アンリエッタに説明を続けた。

「アカデミーには、過去にエルフを始めとする亜人との戦いで蓄積された先住魔法に関する記録や、太古の文献などが保存されていまして、それらとも照らし合わせましたが、合致するものは特にありませんでした。ただ……」

「ただ、なんです?」

「過去のアカデミーの記録に、空から落ちてきた謎の乗り物に関する記述がいくつかあったのです。年代は数百年から二千年くらい前まで様々ですが、それらは銀とも金とも違う不思議な金属でできていて、とてつもなく頑丈で、中には複雑な機構がぎっしり詰まっていたと記されています。さらには、中に亜人のような生き物の死骸が残されていたこともあったそうです」

 それはまさしく、過去になんらかの理由でハルケギニアに墜落した異星人の宇宙船のことだった。

 地球でも、怪獣頻出期が始まる前からバルダック星人やオリオン星人、ボーズ星人が隠れ潜んでいたことからも、ハルケギニアにもたびたび異星人が来訪していたとしてもおかしくは無い。第一、一般には知られていないがミラクル星人という実例がすでにある。

「それでは……」

「どこか遠く離れた場所に、エルフのようにハルケギニアなど……いえ、エルフ達すら及びもつかないほど高度な文明を持つ種族がいるのかもしれません」

「それは、本気で言っていますか?」

 アンリエッタの疑問ももっともだった。ハルケギニアの人間にとって、世界とは半島状になっている四国とアルビオン、それからエルフのいるという東方が全てで、その先など想像もできない。

「そうですわね……姫様、例えばアリの巣を思い浮かべてください。アリも、女王を基準とした人間に似た社会を形成する生き物です。ですが、アリは自分達の頭の上にいる人間が自分達より高等な社会構造を有するものだとは知覚できません」

「我々は、アリだと……?」

 その例え話に、さすがにアンリエッタも眉を少ししかめた。だが、エレオノールの言葉がある意味で正鵠を射ていることも認めざるを得ない。彼我の文明レベルの差はそれほどあり、かつてクール星人は人間のことを昆虫のようなものだと評したこともあるのだ。

「姫殿下、頭の固い将軍や大臣連中には、どうせ怒らせるだけでしょうので発表していませんが、敵はその気になればトリステインを、いえハルケギニアを簡単に滅ぼせるほどの強さがあるということを覚えておいてください」

「ならば、なぜ彼らはすぐにそれをしないのですか? 我々をいたぶって楽しんでいるとでも!?」

「それもあるでしょう。不愉快ですが、敵のやり口は破壊や殺戮そのものをゲーム感覚で楽しんでいるふしがあります。最初のベロクロンの襲撃の際は、まさにそうでした。けれど、その後彼らのやり口は慎重に策を練っておこなうものに転換してきています。その要因は……」

 エレオノールが言葉をそこで切って一呼吸おくと、アンリエッタはたった一つだけ浮かんだヤプールに敵対できる存在の名を口にした。

「ウルトラマン……エース」

「はい、彼の存在がヤプールに対してかなりの抑止力になっているのは間違いないでしょう。なにせ、唯一超獣と戦い、倒すことのできる存在ですから」

 アンリエッタとエレオノールの脳裏に、初めてエースがベロクロンと戦ったときの様子がありありと蘇ってきた。

 トリステイン軍の全戦力をあげても揺るがすことも出来なかった怪物と、彼は互角以上に戦い、そして倒した。

「いったい、彼は何者なのでしょうか?」

「それに関しましてはまったくわかりませんとしか言いようがありませんわ。どこから来て、なぜヤプールと戦うのか、また、どこへ飛んでいくのか」

「世間一般では、始祖の化身だとか、神の使いだとかまことしやかに噂されているようですが、わたくしは、そのようなことは信じません。ただし、彼の行動を見る限りでは、少なくとも人間の敵ではないと思います。彼は魔法学院を守り、炎上するトリスタニアを救ってくれました」

「はい、まだ断定はできませんが、彼の行動は我々と敵対するものではないと思います。ですが期待しすぎるのも危険でしょう。彼もまた、戦えば傷つき、倒れることもあるようです。世間ではウルトラマンがいれば軍は不要だなどと楽観する者も少なからずいるようですが、我々はあくまでも独力でヤプールの侵略を排除すべきです」

「もちろんです。相手が何であろうと、民を守るのが王家と貴族の生まれたときからの責務です」

「姫殿下の平和への信念の強さには敬服するばかりです。我々は彼についても、研究を続けていく所存ですが、あの力の秘密の一端でも解明できれば、それは我々にとって大きな戦力となるでしょう」

 彼女の眼鏡がそのときキラリと光ったように思えた。

 力というのは、それを持たない者にとって何よりも甘美な麻薬、禁断の果実の味を持っている。

「よろしくお願いします。貴女方の研究が、トリステイン、いえハルケギニアの命運を左右するかもしれませんわ」

 アンリエッタの言葉に、エレオノールは優雅に会釈して応えた。

「では、わたくしはこれで、新しい発見がありましたら、逐次報告いたします」

 報告を全て終えたエレオノールは、退室しようと扉に向かった。

 けれど、扉に手をかける前に、その扉が先に開き、そこで入室しようとしていた人物と鉢合わせすることになった。

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」

 入室したアニエスは、まずは壇上にいるアンリエッタに礼をすると、続いて自分に目を向けていたエレオノールと視線を合わせた。歴戦の戦士と、冷徹な学者の鋭い視線が交差して、部屋の温度が一気に下がる。

 それから数秒間、互いに言葉を発さずに沈黙が続いたが、先に口火を切ったのはエレオノールだった。

「お初にお目にかかるわね。アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン殿、貴女と貴女の隊の勇名はかねがね聞いておりましたわ」

「光栄のいたり。ですが、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール殿、貴公こそ、軍を問わずに貴女と貴女の研究チームの名はとどろいておりますぞ」

 二人とも、にこりともせずに初対面だというのに相手の名を言い合った。国家の中枢にあっては、それだけの知名度を有する者同士であるが、それは必ずしも友好を意味しない。

「いいえ、全員平民出身の部隊でありながら、魔法衛士隊を敗退させた敵を撃破し、貴族の称号を王女殿下からいただくなど、昨今無かった出世ぶりですわ。まったく、最近のトリステインの貴族達の質の低下ぶりには常々嘆いていましたが、腑抜けの男共に見習わせたいものですわ。淑女をモットーとするトリステインの貴族女子にはとてもできませんからね」

「過分な評価、恐れ入ります。ヴァリエール殿こそ、若くしてアカデミーの筆頭研究員……新型のポーションやマジックアイテムの開発数では群を抜くとか。貴族夫人とは着飾り、男の前で踊るだけの者達ばかりではないのですね」

 一見すると、相手の業績を称える言葉にも聞こえるが、二人ともそれぞれ言外に。

 

"剣を振るうしか能のない平民あがりが"

"舞踏会しか出番のない箱入り娘が"

 

 そう、相手を侮蔑する意思が込められていた。

 もちろん、アンリエッタ王女の手前、はっきりと無作法な言葉を発するようなことはしないが、二人の氷のように冷たい目線がそれを何よりも表していた。

「貴公のような実力に溢れた新貴族がいるのであれば、トリステインも安泰でしょう。これからも、どうぞよろしく」

「こちらこそ、貴女のような人とは長く付き合っていきたいものです」

 二人はそうして、どちらともなく手を差し出し合い、握手をかわした。

 アニエスの硬くタコだらけになった手と、エレオノールの薬品と冷水でざらついた手が重なり合う。

 すると、二人の目じりが少しだけ振れて、握る手に力がこもった。

「……貴公の強さ、これからの戦いに、少なからぬ力となるでしょうね」

「そのときは、是非貴女の魔法薬での助力をお願いしたいものです」

 ほんの少しだけ、敬意を表した目を向き合わせた後、エレオノールはあらためてアンリエッタに一礼すると、会議室を退室していった。

 

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、ね。貴女が男だったら、バーガンディ伯爵のような軟弱者の相手をせずにすんだかもしれないわね」

 誰もいない廊下を歩きながら、エレオノールのつぶやいた独り言を、耳にした者はいない。

 

 そして、エレオノールと入れ替わりに入室したアニエスは、書簡をアンリエッタに提出すると、その前に跪いて、アンリエッタが書簡に目を通すまで、微動だにせずに待った。

「……獅子身中の虫とは、まさにこのことですわね」

 そこには、アニエスらが独自に調査した、あの人身売買組織の行動の詳細から、その背後で手引きをして、代わりに私腹を肥やしていた者達の名が記されていた。

「彼らの強欲のために、これまでこれほどの数の子供達が犠牲に、とても許しておけるものではありません」

 アンリエッタは歯を食いしばり、悔しそうに言った。

「すでに捕らえた者達は裁判を終え、それぞれにふさわしい罰を負わせました。しかし姫殿下、この事件はそれだけでは終わりません」

 内に秘めた思いを込めて、アニエスは言った。

 権力を利用して犯罪組織と結託して私腹を肥やす者は別に珍しい存在ではない。しかし、その書簡にはまだ続きがあった。

「ええ、組織から流れた金の行方の、その半分が消失しているというのは尋常ではありませんわね。これに関しては書類も残っていない。彼らにとって、最重要機密ということなのでしょうね」

「ですが、だからこそ推測も立てられます。奴らの後ろ盾になっていたこの男、奴の屋敷の使用人に金をつかませて得た情報ですが、最近アルビオンなまりを強く残す客が増えたとか……アルビオンにおいて、大量に金を必要とし、なおかつトリステインの中枢の人間と手を組めるような勢力は二つ、ひとつはアルビオンの王家ですが、彼らはトリステイン王家と友好関係にある以上、このようなことをする必要がありません。そうなると必然的に残るのは」

「レコン・キスタ、ですね」

 現在、浮遊大陸を二分して、王家と戦っている貴族連合の名を、忌々しげにアンリエッタはつぶやいた。

「奴らは国境を超えたる貴族の連盟と聞きます。しかし、現在は王党派の反撃を受けてシティオブサウスゴータまで押し返され、均衡状態が続いているといいますので、戦力増強のために戦費はいくらあっても足りないのでしょう」

「誇りのない人達は、自分達のためならどんなに弱い人達が苦しもうと、何も感じないのでしょうね」

「奴らは、元々王家に反逆を起こした不忠者ども。自分が王になりたいだけのならず者の集まりに、誇りなどあろうはずがありません。この男、お裁きになりますか?」

「いえ、まだ証拠が足りません。しばらく泳がせて、尻尾を出すのを待ちましょう……それにしてもアニエス、あなたは本当によくやってくれています。心から、お礼を申しますわ」

 アニエスは、あのツルク星人を倒した日からアンリエッタによって預けられた、王家の百合の紋章のつけられたマントを握り締めた。

「私は、姫殿下にこの一身を捧げております。姫殿下は卑しき身分の私に、性と地位をお与えくださいました」

「いいえ、あなたはその地位に等しい武功を挙げました。当然の栄誉を受けているだけです。ですが、平民は決して卑しき身分ではありません、あなたはご自分の部下や守るべき大勢の民衆を貶めるつもりですか?」

 アンリエッタの厳しい言葉に、アニエスは自分の失言を悟って、深く頭を下げた。

「申し訳ありません!! 私としたことが、知らないうちに自分の得た身分に自惚れていたようです。どうか、お許しくださいませ」

「顔をお上げなさいアニエス、分かってくださればそれでよいのです。常に誇りを持ち、身分ではなく精神の高貴さで人を判断すれば、あなたは誰よりも貴族らしい貴族になれるでしょう」

「はっ、肝に銘じておきます」

 壇上から降りて、跪いているアニエスの肩を、アンリエッタは優しく抱いた。

 そして一瞬だけ遠い目をすると、思い切ったようにアニエスに特命を下した。

「アルビオン王家との同盟強化を、急がなければならないようですね……アニエス、それに対してレコン・キスタからどのような妨害があるかわかりません。あなたはこの男の監視を続け、他にも怪しい人物がいないか、目を光らせていてください。そして、彼らが焦って行動を起こしたときこそ」

「かしこまりました。姫殿下のご期待に副えますよう、全力を尽くします」

 この宮廷内に潜り込んでいる寄生虫の数が分からない以上、一匹をつぶしても残りの多数を潜伏させてしまうだけだろう。リスクは大きいが、ここはこちらも気づいてない振りをしての化かし合い合戦だ。

 それに……アニエスには、"その男"に個人的にどうしても聞き出したいこともあった。

「では、私はこれで失礼いたします。最近トリスタニアで奇妙な事件が起こっていると聞き、我らにも応援要請がありましたので、その指揮にあたります」

 命を懸けて仕えるべき主君に深い敬意と感謝を込めて、アニエスは一礼すると退室しようとした。

 その背中にアンリエッタの言葉がかかる。

「くれぐれも、ご自分を大切にね」

「姫殿下のために死すべき日まで、私は死ぬ気はありません。姫殿下も、どうかご自愛くださいませ」

 アンリエッタの優しい瞳を目に焼き付けて、アニエスは会議室の重い扉を閉めた。

 

 

 

 そして、時空を超えた場所でも、運命の歯車は一時も止まりはしていない……

 

 地球、日本アルプスの山岳地帯にCREW GUYS JAPANは出動していた。

 日本でもこの季節は夏、アルプスの峰峰も草花に覆われて、自然の息吹を満喫している。

 しかし、そんな美しい自然の空気を乱す者が、今この空に舞っていた。

「ミライ、そいつにビームは効かねえぞ!! 気をつけろ」

 ガンウィンガーのコクピットからリュウの声が、地上で戦うメビウスに響く。

「ヘヤッ!!」

 メビウスの上空を、一羽の巨大な怪鳥があざ笑うような鳴き声をあげながら飛んでいる。

 そいつは、『凶獣、姑獲鳥(こかくちょう)』、天空を飛翔し、人間に不吉をもたらすという半人半鳥の姿を持つ妖鳥だ。

 接近してくる姑獲鳥を見据え、メビウスは左手のメビウスブレスにエネルギーを集中させた。

「テヤァ!!」

 この怪獣はどういうわけか、ガンウィンガーのウィングレッドブラスターを吸収してしまう。メビュームシュートでは効力がないと判断したメビウスは、それならば光線ではなく、直接エネルギーをぶつけてやろうと考えた。

 稲光を伴う強力な電気エネルギーがメビウスブレスに収束される。そして、敵の突進に合わせて、メビウスは溜め込んだエネルギーを零距離で叩き付けた。

『ライトニングカウンター・ゼロ!!』

 密着しての高電圧エネルギーの解放は、雷鳴の数十倍の輝きを持って姑獲鳥の体に吸い込まれていく。

 しかし、奴はそれさえも飲み込んでしまった。姑獲鳥は電離層に住むプラズマ生物のために、電撃やビーム攻撃の類は吸収されてしまうのだ。

 エサをもらったに等しい姑獲鳥は、さらにパワーをあげてメビウスを跳ね飛ばした。

「ウワァ!!」

「ミライ!」

 メビウスを吹っ飛ばした姑獲鳥は、あざ笑いながらまた上空へと駆け上っていく。

 しかし、その前に青い閃光が立ちはだかった。

「セヤアッ!!」

 ウルトラマンヒカリのナイトビームブレードの一閃が、姑獲鳥の左の翼を切り落とす。

 翼を失ってしまえば、鳥はダチョウかペンギンでもない限り、行動力のほとんどを失う。この姑獲鳥も例外ではなく、きりもみしながら山中の平原に落ちていった。

「ようし、とどめだ!」

 墜落のダメージは意外に大きかったらしく、頭から落下した姑獲鳥は転げまわってもだえている。

 今がチャンスだ! リュウはメテオール、スペシウム弾頭弾の発射準備に入った。

 だがその直前、フェニックスネストからの緊急連絡が彼の手を止めた。

〔隊長、その地点の上空に新たなワームホール反応、さらに大型の熱反応も検知、怪獣が出てきます!〕

「なんだと! またか」

 リュウが空を見上げると、青い空にぽっかりと空いた黒い穴から、まるでラグビーのボールに手足がついたような怪獣がまっさかさまに落ちてくるのが見えた。

 そして怪獣は、頭から岩肌に落下し、盛大に土煙を上げたあと、ゆっくりと起き上がってきた。

「こいつも……どっかの宇宙から飛ばされてきた奴なのか……?」

 リュウは怪獣を見下ろしながら、苦々しげにつぶやいた。

 地球は、ここのところ新たな怪獣頻出に悩まされている。以前戦った、新たなレジストコード・レイキュバスを始めとして、突然開いたワームホールから見たことも無い怪獣が出現してくる事態が多発していた。先日も、突然次元の歪みから子供の書いた恐竜みたいな怪獣が出てきて、ようやく倒したばかり。この事態に、メビウスとヒカリも遂に積極的に参戦し、GUYSと協力して事態の収拾に当たっていた。かくいう、この怪鳥も日本アルプス上空に突然開いたワームホールから出てきたのだ。

 新たな怪獣は、体の中央に赤く光る一つ目がついていて、よく見れば体のあちこちが機械化されている。どこかの星の怪獣兵器の類かもしれないが、ともかく放っておくわけにもいかない。

 この怪獣、彼らは知らないことだが、名をラグストーンと言い、リュウの予測したとおりに怪獣兵器の一種で、別の世界から時空のかなたに飛ばされて、ここにたどり着いたものだ。

「ミライ、セリザワ隊長、気をつけろ!!」

 すでに姑獲鳥との戦いに時間を食って、二人のウルトラマンのタイムリミットはあまりない。

 ラグストーンは、二人のウルトラマンの姿を見つけると、ラグビーかフットボールの選手が突進するときのような前傾姿勢をとり、頭から猛然と突進してきた。

 メビウスとヒカリは、これ以上戦いが長引くのは不利と判断して、ラグストーンの正面からそれぞれの必殺光線で迎え撃つ。

『メビュームシュート!!』

『ナイトシュート!!』

 二乗の光線は狙い違わずにラグストーンに命中した。しかし、ラグストーンはそれらの光線が直撃したにも関わらずに、平然とそのまま突進してくるではないか!!

「ショワッチ!!」

 二人のウルトラマンは、正面から受け止めるのは無理と、ラグストーンの頭の上をジャンプして飛び越えた。

 勢い余ったラグストーンは、そのまま慣性の法則に従って突き進む。その先には不運なことにようやく起き上がってきたばかりの姑獲鳥がいた。もちろん、ダンプカーのごとく突進するラグストーンは止まることはなく、正面衝突した姑獲鳥は盛大に吹っ飛ばされてしまった。

 さらに、跳ばされた姑獲鳥が墜落したところに、なおも止まらないラグストーンが駆けて来て……

 グシャッ!! 擬音にすればそういう表現がぴったり来るような見事な音を立てて、姑獲鳥はラグストーンに踏み潰されてあえなく最期を迎えた。

 だが、残るラグストーンは手ごわそうだ。

「私達の同時攻撃が効かないとは、なんて頑丈な怪獣だ」

 普通の怪獣ならば木っ端微塵、少なくともダメージは与えられる攻撃に、この怪獣はビクともしない。

 姑獲鳥を踏み潰したラグストーンは回れ右して、再び突っ込んでこようとスタートダッシュの体勢をとっている。

 すでにカラータイマーも赤く点滅を始めて、光線技をあまり連射することはできない。けれど、メビウスはそんなことで闘志を折ったりはしない。

「ヒカリ、僕があの怪獣の防御を破ります。その隙に光線を撃ち込んでください」

「あの怪獣の防御を破る術があるのか……よし、任せたぞメビウス」

 ヒカリを後ろに残して、メビウスはラグストーンに向かって跳んだ。空中高く跳びあがり、右足を突き出してのジャンプキック攻撃だ。

「テヤァーッ!!」

 真正面からまるで銀色の矢のごとく、メビウスのキックはラグストーンの赤いモノアイ部分に命中した。

 けれども、頑強なラグストーンの体は目の部分でもメビウス渾身のキックに耐えられるほど硬く、その衝撃にも傷一つなく平然と受け止めきってしまう。

 が、メビウスの狙いはここからだ!!

「テイヤァァーッ!!」

 メビウスの体がラグストーンのモノアイにキックを打ち込んだ姿勢のまま、まるでドリルのように高速回転を始める。それはあまりの回転速度のために空気との摩擦で炎を起こし、さらに大地を抉り取る竜巻のようにメビウスのキックに通常の何十倍もの力を与えた!!

 

『メビウスピンキック!!』

 

 ラグストーンのモノアイが、とうとう耐え切れなくなり、貫通されて爆発を起こす。

 これこそ、かつていかなる光線技も通じなかったリフレクト星人を倒すために、ウルトラマンレオ、おおとりゲンの教えを受けてメビウスが独自に編み出した必殺キック、その威力はあのレオキックにさえ匹敵する。

「セリザワ隊長、いまだ!!」

 ラグストーンはモノアイを破壊されて、火花を吹き上げてもだえている。あそこならば、光線技が効く。

 リュウのかけ声を受けてヒカリは腕を十字に組んだ。

『ナイトシュート!!』

 青い閃光が吸い込まれるように、ラグストーンのモノアイの亀裂に飲み込まれていく。

 ラグストーンの外殻は確かに硬い。しかしその反面内部からの圧力も外に逃がすことができずに、電子レンジに入れられた卵がはじけるように、内側から粉々の破片になって飛び散った!!

「ようっしゃあ!!」

「ショワッチ!」

「シュワッ!!」

 新たなワームホールが開く気配はもう無い。

 二大怪獣を撃破し、ガンウィンガー、メビウス、ヒカリは揃って飛び立った。

 

 そして、勇躍してフェニックスネストへ帰還した三人を、サコミズ総監やトリヤマ補佐官、それにミサキ女史が温かく出迎えた。別の隊員達は他の任務で出かけているが、それだけでも充分疲れは吹き飛んだ。

「ご苦労様、おかげで市街地に被害が出る前に怪獣を倒すことができた」

「いいえ、これが俺達の仕事ですから」

 サコミズ総監のねぎらいに、リュウはすっかり隊長らしくなった様子で答えた。

 そしてミサキ女史が、同じようにねぎらいの言葉をかけると、脇に抱えていた茶封筒から数枚の用紙を取り出してミライとセリザワに渡した。

「ご苦労様。さっそくだけど、あなた方が出かけている間に異次元調査の途中経過の報告が来たから、目を通してみて」

「はい、ありがとうございます」

 それはGUYSが独自に調査した、ウルトラマンAと異次元人ヤプールについての資料だった。

 二人はそれにざっと目を通し、やはりエースが消えたとされる日に、木星の観測ステーションが異常な時空間の歪みを観測していたことが証明された。

「やっぱり、エース兄さんはどこか異次元……別の宇宙へとさらわれたんでしょうか……あれ? これは」

 ミライは、その資料をめくるうちに、最後のページに奇妙な記事があるのに目を止めた。

「平賀、才人?」

 なんと、そこに記されていたのは才人の名前、そのものであった。

「ミサキさん、なんですかこれは?」

「読んでの通りよ。エースが消えたのと、ほぼ同時刻に地球上でも同じような時空間の歪みが観測されていたの。こっちはかなり小さいし、すぐに消えちゃったんだけど……その日からその少年が行方不明になってるの」

「行方不明者って、それは警察の仕事では?」

「ところが、警察が聞き込みをしたところ、彼らしき人物が宙に浮かんだ光る鏡みたいなものに吸い込まれて、そして消えてしまったと目撃者の証言を得たのよ」

 それはまさに、才人がルイズのサモン・サーヴァントによって召喚された、その瞬間のことだった。

「まさか、ヤプールの仕業だと?」

 過去にもヤプールは奇怪な老人に姿を変え、世界中の子供達を異次元へとさらっていったことがある。その事件はドキュメントTACに、メビウスの輪を利用した異次元突入作戦によって異次元空間へ飛び込んだ北斗星司隊員の活躍で解決されたとなっているが、真実はもちろんウルトラマンAによってヤプールが倒されたのである。

 しかし、ミサキ女史は首を振った。

「いいえ、この異次元ゲートからはヤプールエネルギーは感知されていません。それに、事象はこの一回だけで他には観測されていません。しかし、ゲートの性質はエースが消えたときのものとほぼ同質です」

 GUYSの調査結果を読み、セリザワ=ヒカリも首をひねった。

「ならば、ほかの何者かの仕業か。しかし、この才人という少年、いったい何のために……?」

 資料には才人のパーソナルデータも記されていたが、素行に問題は無く、補導暦もない。かといってこれといった表彰もされたことはないが、交友関係もそれなりにあり、彼を悪く言うような者もいない、いたって普通の高校生を絵に描いたような少年だった。

 まさか、使い魔にするために異世界から魔法で呼ばれたなどとは想像できる者がいるはずもない。

「じゃあ、エース兄さんはいったいどこに……」

「メビウス、エースは異次元戦闘では兄弟一のエキスパートだ。きっと、どこかの宇宙で戦っていることだろう。我々は、一刻も早くエースが消えた次元を探し出して、彼を救う方法を考えることだ」

 セリザワは気落ちしそうなミライの肩を叩いて、そう励ました。

 また、サコミズもミライに告げた。

「ミライ、そのためにこそ我々GUYSがいるんだ。焦るな、我々が希望を捨てない限り、希望も我々を裏切ったりはしない」

 サコミズの、この落ち着いた声と穏やかな人柄に、これまで何度救われてきたことか。ミライは元気を取り戻して気合を入れた。

「はい! 頑張ります。エース兄さんを必ず見つけ出してみせます」

 この前向きさがミライのいいところだ。

「それにしても、この平賀才人って奴はなんなんだろうな。エースと同時刻に消えてる以上、事件とまったく無関係とは思えねえし。ヤプールが目をつけそうなところはなさそうだけどなあ」

 ただし、この少年に関してはまったく分からなかった。元々深く考えるタイプではないリュウは首をかしげるばかり。

 だが、分からないことが重なるなど宇宙人がらみの事件にはありがちなことだ。

「まあとにかく、この混乱に乗じてヤプールにつけこまれないように警戒することも肝心だ。この少年……案外彼が事件の鍵を握っているかもしれんな」

「じゃあ、彼の消えた場所から再調査してみましょうか? えーと、消えたところは、東京の秋葉原」

「よーし、それじゃあ行くぞミライ!!」

「はい、リュウさん」

 どんなときでも、決してあきらめない。

 知らず知らず、彼らは真実に一歩一歩近づいていっていた。

 

 ちなみに……

「なあ、マル……わしもいるんだけどなあ」

「補佐官、今回は空気を読まれたんですよ。次はきっと、補佐官の出番がありますって」

 と、いじける二人がいたことを一応付け加えておく。

 

 

 しかし、まさか自分の存在がGUYSで取り上げられているなどとは夢にも思っていない才人は、あっという間に元の雑用中心の使い魔生活に戻って毎日を平和に過ごしていた。

 ラグドリアン湖から帰ってきてから、早くも今日で六日。心配していたタバサとキュルケも二日後には学院に戻ってきて、明日は週に一度の虚無の曜日の休日だ。

「よいしょ、よいしょ……っと」

 学院のヴェストリの広場で、才人は風呂の準備をしていた。

 この学院にも一応風呂はあるのだが、貴族用の大風呂には才人は入れない。かといって使用人用のサウナ風呂は日本人の彼にはなじめないものだったので、食堂でもらってきた大釜を五右衛門風呂に仕立てての手作り風呂を作り上げたのだった。

 えっちらおっちらと、薪や水桶を抱えて何往復もする。疲れる作業だが、風呂に入らない不快感を味わうよりはましだし、第一臭いとルイズに叱られては寝床がなくなる。まあ、いざとなったらデルフを片手に持ってガンダールヴの力でスピード運送という手もあるが、無駄な手間をかけてこそ出来上がりが楽しいということもある。

「いよーっし、準備オーケーと」

 釜に水を張り終えて、薪に火をつけるためにポケットに入れておいた火打石を取り出そうとごそごそとしていると、太陽に変わって顔を出してきた月明かりの中から、誰かが近づいてきた。

「誰だ?」

「わたしよ」

 返事が返って来るのと同時に、月明かりに照らされて、そのシルエットが浮き上がってきた。桃色がかったブロンドの髪の色に鳶色の瞳、見間違えようもない、ルイズだ。

「どうしたんだ、こんなところに?」

 このヴェストリの広場は学院の主要施設や通路から離れているために、生徒は滅多にやってくることはない。そのため才人にとっても風呂に入るには都合のいい、憩いの場所だった。もちろん、ルイズが尋ねてくるなどはじめてのことだ。

「あんたこそ、何よこの大釜? 料理でもしようっていうの?」

「違うよ。これは俺専用の風呂、学院のサウナ風呂はどーも性に合わなくてな。自作してみたんだ」

「はー、妙なことするわねえ。まあ、別にいいけど清潔にはしときなさいよ。それより、あんた宛に手紙が来てるの」

「俺に?」

 意外な用件に才人は一瞬ぽけっとした。見ると、ルイズは指に白い封筒を挟んで掲げている。

 しかし、なんでルイズが持ってくるんだ? と、才人は不思議に思った。こういうものは、普通ならシエスタあたりが持ってくるだろうに。

「わたしの部屋に伝書ゴーレムで直接届けられたのよ。誰からだと思う?」

「えーと、特に心当たりはないが……あっ、アニエスさんからだ」

 ルイズから受け取った封書の裏には、確かにあの銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランの名で差出人のフルネームが書かれていた。

「なーんであんたに直接手紙が来るのよ。こういうことは主人であるわたしを通すのが筋でしょうに、まったくこれだから平民あがりはいやなのよ……」

「余計な手間をかけるのを嫌う人だからな、まあ大目に見てやれよ」

 自分がスルーされてぶつくさ文句を言うルイズをなだめると、才人は手紙を読みやすいように月明かりにかざした。

「久しぶりだな、あの人とはツルク星人のとき以来か……でも、わざわざなんだろうな……年賀状でもあるまいに、もしかして俺に惚れた? ラブレターとか、ぐふふ」

 手紙の封も切らずにあり得ない妄想に身をよじらす才人を、ルイズは汚物を見るような目で見て、その股間に蹴りを入れてやろうかと思ったが、足を振り上げた時点で、ピーンともっとよい方法を思いついた。

「あっ、そう。じゃあ今度わたしからアニエスさんに丁寧にサイトが好きですかって聞いておいてあげるわ」

 それはまったく、死の宣告に等しかった。

「さっ、さあ馬鹿なこと言ってないで、中身を見ないとな!」

 この瞬間、拷問台のフルコースを味わわされたあげくに火あぶりに処せられる自分の姿を見たのは、単なる幻覚ではあるまい。

 滝のように冷や汗を流して、才人は震える手で封筒のふちをビリビリと破いた。

 そして、恐る恐る手紙を開いて、そこに記されていたものは……

「なんて書いてあるんだ?」

 実は才人はまだハルケギニアの文字が読めなかった。アニエスの名前がわかったのは、単に単語のつづりを覚えていただけのことである。

「仕方ないわねえ、貸してみなさいよ。えーと、『ヒラガ・サイト殿、至急知恵を借りたし、明日銃士隊詰め所まで来られたし。銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン』……ですってよ」

「へ……?」

  

 

 続く

 

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