ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第35話  あの日の真実

 第35話

 あの日の真実

 

 宇宙恐竜ゼットン 登場!

 

 

 今、世界は大いなる危機にさらされていた。

 ハイパーゼットンの出現。さらにハイパーゼットンに感情のエネルギーを与えて生まれ、分かれて散った四体のゼットン。

 そのうちの一つ『喜び』のゼットンは、その感情の源泉であるルイズたちに引き寄せられたかのようにリュティスにとどまった。

 しかし、残りの三体のゼットンたちは違った。それぞれが別方向に飛び、暴れ始めたのだ。

 『妬み』から生まれたゼットンは、その持ち主であるトリステイン貴族たちの思念渦巻くトリスタニアに現れて破壊活動を続けている。

 続いて、シャルルの残した『渇望』のエネルギーによって生まれたゼットンは、かつての旧オルレアン邸のあるラグドリアン湖に現れた。

 そのゼットンはシャルルの王への欲求を象徴するかのように長身で、眼下を見下ろして火炎弾であらゆるものを焼きつくしながら街へと向かっている。

 そして、『悲しみ』の感情から生まれたゼットンは、思い出に呼び寄せられたかのようにド・オルニエール地方に現れた。

 住民たちや、戦火を逃れてきた人々がほっと心を落ち着かせているところを襲ったこのゼットンは、ゼットンらしからぬ機敏さで動き回りながら破壊の手を広げている。

 しかも、このゼットンはほかのゼットンとは大きく形が違っている。手足はトゲが生えて太く頑強になり、頭部の角も鎌のように太く巨大になっていた。まるで熊のように巨体ですべてを蹴散らしながら進むそのゼットンを止められる者は、ここに誰もいなかった。

 死と破壊をまき散らす黒い恐怖の軍団。さらに恐怖ははそれだけにとどまらず、三体のゼットンが暴れながら撒き散らす膨大なエネルギーにはスフィアの因子も含まれていた。それはその地方で倒された怪獣たちの残肢と結合することによって、新たな怪獣兵器へと変貌させていったのだ。

「わああ! また別の怪獣だぁ!」

 すでにラグドリアン湖ではスフィアに再生された怪獣兵器ブラックキングが出現した。このまま時間が経てば、怪獣兵器はさらに増え続けることだろう。そうなればもはや、誰にも止めることはできなくなる。

 怪獣たちから逃れようと、人々は必死に逃げまどう。だが、それと同時に人々の中に奇妙な現象が起こり始めていた。

「このままじゃ、この世界はどうなっちまうんだ……あれ? なんか、前にもこんなことがあったような」

 戦火を逃れようとする中で、頭の中に浮かんでくる覚えのない記憶。人々は気のせいだと自分に言い聞かせるものの、それがハルケギニア全土で起こっているなどとは知る由もない。

 けれども、偽りはいつまでも続かない。勝者によって改ざんされた歴史が後世の研究で暴かれるように、メッキが剥がれる時はすぐそこまでやってきている。

 

 ゼットンを操ることを宇宙一の得意とするバット星人。だが、その本領はゼットンだけにとどまらず、目的のために二重三重の計画を張り巡らせる周到さにも発揮される。

 今、そのすべての糸が絡み合い、世界滅亡へのカウントダウンは始まった。

 

 それを止めるにはハイパーゼットンを。ハイパーゼットンの核となってしまったシャルルを止めるしかない。

 いや……止めなければではなく、止めてやりたい。血を分けた兄弟に取り憑いてきた、兄弟同士の嫉妬という呪いからシャルルを解き放ち、たとえ手遅れでも今度こそ兄弟でわかり会うために。そのために、ジョゼフはタバサとともに鏡の世界から帰ってきた。

「ぬおっ!? ここは、リュティスの上空か?」

「落ち! なぜこんなところに出口を!」

「知るか。『世界扉』の呪文は習得はしたが一度も成功したことが無かったんだ。無事に元の世界に繋がっただけありがたいと思え」

「くっ! 『レビテーション!』」

 数百メイルの上空に開いたゲートから、ジョゼフとタバサはリュティスへと帰還した。しかし、無理に出口を開けたことへのイレギュラーで、出口の場所は大きくずれてしまったようだった。

 落ちて行くジョゼフとタバサ。タバサは悪びれないジョゼフに憤慨しながらも浮遊の魔法を唱えて二人の体を浮かせた。

「このまま下まで降りる」

「向こうはどうやら見逃してはくれないようだがな」

「!?」

 見ると、浮いている二人を外敵と見なしたのか、ハイパーゼットンの触手の一本が二人へと伸びてきていた。鍵爪のついた触手の先にはエネルギーがスパークしており、身の危険を感じたタバサはとっさに杖を水平に向けて魔法を放った。

『エア・ハンマー!』

 圧縮された空気弾を打ち出す魔法の反動で、タバサはジョゼフを連れたまま大きく水平に自分たちを弾かせた。

 そして次の瞬間、ハイパーゼットンの触手から暗黒火球が放たれ、二人のいた空間を焼き焦がしていった。

 間一髪……だが、タバサには冷や汗をぬぐう暇もありはしなかった。触手はさらにタバサたちに再照準してくる。一回は避けれたが、この数百メイルの上空で逃げ場所がない状況では、ジョゼフを連れたままかわし続けられるものではない。それに気づいたウルトラマンヒカリが助けに入ろうとしたが、そこへあの太り気味のゼットンが起き上がって攻撃を仕掛けてきた。

〔くっ、邪魔をするな!〕

 ゼットンの頭部から放たれる白色光弾がヒカリを襲い、ヒカリは回避と迎撃に意識を向けざるを得ず、向かってくるゼットンとの戦いに引きづりこまれていった。

 どうすれば? タバサも打開策が浮かばずに焦りかけたとき、タバサの放った魔法を察知して迷わず飛び出した竜がいた。

「きゅいーっ、あれはおねえさまの魔法なのねーっ!」

 びっくりしている才人たちに見送られ、シルフィードは胸を喜びでいっぱいに満たして飛んだ。

 ずっと会いたいと思っていたタバサおねえさまにやっと会える。翼を広げて、風よりも速く飛んでタバサのもとへ駆けつけた。

「おねえさまーっ!」

「っ! シルフィード」

 シルフィードが来たことを知ったタバサはとっさに口笛を吹いた。その音だけで何を命じているのか察したシルフィードは、さらうように落下中のタバサとジョゼフを瞬時に背に乗せて飛び去った。

 タバサとジョゼフのいた空間を、再びハイパーゼットンの暗黒火球が焼き尽くしていく。シルフィードが来ていなかったら今度は危なかっただろう。

「シルフィード……よく来てくれた」

「おねえさま、やっと会えたのね。シルフィ、もう、もう嬉しくて、う、嬉しくて」

 感涙して飛びかたがフラつくシルフィード。それでもさらに撃ちかけられてくる暗黒火球を危なげなく避けられているのは彼女の成長のたまものであろう。

 そんなシルフィードに、ジョゼフは感心したようにつぶやいた。

「ほう、これがお前の使い魔か。たいしたものだな」

「きゅっ!? おねえさま、こいつは!」

「始末は後でつける。今は考えなくていい」

 タバサといっしょに拾ったのが仇敵のジョゼフだと気づいて動揺するシルフィードをタバサはなだめて、目の前のことに集中させた。ハイパーゼットンの攻撃はなおも続き、はっとしたシルフィードは暗黒火球を避け続けて、街中へと急降下した。

 すると、空を飛んでいない物体は脅威にはならないと思われたのか、ハイパーゼットンの追撃は止んだ。シルフィードはそのまま低空飛行を続け、ルイズたちの元へ着地した。

「あんた急に飛び出してどうしたのよ? あっ、あんたはこのあいだの王宮でのときに! あのときはいつの間にかいなくなってたけど、今度は何してるのよ」

「きゅい、タバサおねえさまを連れてきてやったのに恩知らずなのね! お前たちがどれだけおねえさまに」

「やめてシルフィード。今は言っても無駄だから」

 憤るシルフィードをタバサは抑えた。今のルイズたちにはタバサがわからない。それはとても悲しいことだけれど、やむを得なかったことだ。

 タバサはルイズたちに対して、初対面であるかのように彼女たちの前に立った。タバサの顔を見ても、ルイズも才人も他の皆もいぶかしむ様子しか見せない。本当に悲しいことだ、今のルイズたちはタバサの名前も思い出せない。

 いや、タバサの顔を見て、何かがひっかかるように眉を潜めてはいる。けれどそれを自力で思い出すのは無理なのだ。

 タバサはそれでも、ハイパーゼットンに取り込まれたシャルルを取り戻すために協力を頼もうとした。だが、そのとき、水精霊騎士隊と同行してきたジルが、フラフラとタバサの前に歩み出てきた。

「シャル……シャルロット……シャルロットなのか?」

「ジル、あなたもここに!? わたしが、わたしがわかるの?」

 驚いたタバサは、ジルの顔を見上げて問い返した。

 ジルは、タバサの顔を見ると、その瞳から涙を流しながら答えた。

「わから、ない。わたしは、お前のことを知っていないはずなのに……でも、お前の顔を見ると、シャルロットって名前が浮かんで、胸が痛くて、涙が止まらないんだ」

 ジルはいつもの凛々しい狩人の顔ではなく、まるで幼子のように顔を抑え、涙を滝のように流してタバサの顔を見ていた。

「お前はあたしを知っているんだろう? 教えてくれ。お前は誰なんだ? それを知りたくて、あたしはここまで来たんだ」

「ジル……ごめんなさい。それはまだ、わたしからは言えない」

 苦悩するジルに、タバサは答えることができなかった。

 見ると、才人やルイズたちも、何かを言いたげだが言葉にすることのできない困惑に頭を抱えている。

 タバサと特別関係の深いジルでさえ完全には思い出せない。ルイズたちにしても、漠然と違和感を感じることはできるが、それ以上はどうしてもわからないでいる。

 苛立ったルイズは、タバサに「あんた何か知ってるなら教えなさいよ!」と怒鳴った。その剣幕に才人が割って入ってなだめるが、才人もタバサの顔を見ると激しい頭痛に襲われているように頭を抑えて顔をしかめている。デルフリンガーに聞いても、悪いが俺には答えられねえよとなぜかはぐらかすばかりだ。

 今のルイズたちとの大きな溝に、タバサは強い罪悪感を感じた。やはり、自分たちだけでハイパーゼットンへ挑むしかない。タバサはシルフィードに命じて、ハイパーゼットンへ向け飛び立とうとしたが、それをルイズが引き止めた。

「待ちなさいよ。あんた死にに行く気! あんたが死にたいのは勝手だけど、隠してることを明かしてからいきなさいよ」

「離して。わたしがいなくなっても、あなたたちの知りたいことはわかる」

「なら余計気になるでしょ! どんな都合悪いことがあるか知らないけど、話すまで逃がさないからね」

 ルイズは無理に逃げるつもりならエクスプロージョンで撃ち落とすことも辞さない剣幕だった。また、シルフィードも無謀極まりないタバサの焦りように、命令に消極的な態度を示している。

 そんなルイズたちの強情ぶりにタバサが困らされるのを見て、ジョゼフは面白そうに笑いながら言った。

「ほう、そいつらがシャルロットの仲間どもか。なるほど、直接見ると思っていたより若いな」

 突然割り込んできたジョゼフに、才人たちは「誰だ?」と怪訝な表情を見せた。探し回っていたジョゼフ本人が目の前にいるというのだが、写真などまだないこの世界ではジョゼフの顔を詳しく知っている外国人などほとんどいないので、それも当然の反応である。

 才人たちは薄笑いを浮かべながらこちらを観察するように見つめてくるジョゼフを気味悪がって、腰が引けている。しかしそんな才人たちにいらだったシルフィードが、我慢できずに金切り声で怒鳴ってきた。

「きゅいい! なにやってるのね、そいつがジョゼフなのね、悪の親玉なのね、早く捕まえるのね」

「なっ!」

「ええっ! こ、こいつがジョゼフ!?」

「いかにも、俺がガリアの王、ジョゼフ一世だ」

 まさかの大ボスの登場に仰天する才人たち。ジョゼフは悪びれもせずに腕組みをしながらからかうように答え、にわかには信じられないでいる才人たちを眺めていた。

 本当にこいつがジョゼフなのかと、才人や水精霊騎士隊は半信半疑で動けないでいる。すると、ルイズがジョゼフを指さしながら叫んだ。

「そいつは本物のジョゼフ王よ! 四つの王家の証である土のルビーの指輪をつけてるわ。サイト、早く取り押さえなさい!」

「ええっ!? よ、よしわかったぜ」

 トリステイン王家の水のルビーを見知っているルイズは、ジョゼフの持っている土のルビーも一目見て本物であると確信があった。

 ルイズにうながされて、才人と数人の少年がジョゼフに飛び掛かっていった。魔法を使われたらやっかいだが、今のジョゼフは杖を手にしていない。ならばこちらも数人がかりの力づくでなんとかなるだろうと、才人たちは武器も魔法も使わずに向かっていったのだが、ジョゼフは涼しい顔で受け止めてきた。

「なかなかお目が高いレディだ。ナイトたちも実に勇敢ではある……が、思慮が足らんな」

 次の瞬間、ジョゼフにつかみかかろうとしていた才人の体は宙を舞っていた。胸倉をつかまれたと思ったら、目にもとまらぬ勢いで投げ飛ばされてしまっていたのである。

「わっ、わあぁぁっ! ぎゃっ」

 才人は石畳の上に背中から落とされて悲鳴をあげた。ほかの数人の少年たちも同様で、軽く投げ飛ばされて転がっている。

 すごい力だ。才人はせき込んで起き上がりながら、王様のくせにめちゃめちゃケンカ慣れしてるじゃねえかと信じられない思いを感じていた。

 魔法も使わずに、訓練された男数人をこんなあっさりと。ルイズも王族と言えばウェールズのような線の細いイメージを持っていただけに才人がやられたことに目を丸くし、ジョゼフは笑いながら言った。

「なにぶん余は無能王なのでな。仕事がないときは体を動かすくらいしか暇つぶしがなかったのよ。お前たち、一直線すぎて狩りの猪より簡単に手玉にとれたぞ」

「な、なにをーっ!」

 小ばかにされて、才人は思わずデルフに手を伸ばした。だが、ジョゼフは軽く手をかざして殺気立つ少年たちを制した。

「まあ焦るな少年たちよ。俺の首でも手足でも、欲しければ後で好きなだけくれてやるから今は落ち着け。その前に、どうしても話をつけなければならない奴がいるからな」

 ジョゼフはすっとハイパーゼットンを見上げ、才人たちもはっとした。

 ハイパーゼットンを止めることが現在の最優先課題。ルイズはジョゼフにハイパーゼットンを止めるように要求したが、ジョゼフはあれは自分にはどうしようもないこと、弟のシャルルが正気を失って消えてしまったことを告げた。

「落ちているときに気づいた。あの魔石の気配は、あの怪物の中にある。奴め、やはりそういう腹で俺に手を貸していたわけか」

 シャルルが今では核としてハイパーゼットンに取り込まれてしまったことをジョゼフは察した。タバサも、グラシエがああなったシャルルを利用するならそれしかないと結論し、父を取り込んでしまったハイパーゼットンを憎々し気に見上げている。

 このままではハイパーゼットンが完全にシャルルを取り込んでしまう。だがルイズたちとの確執は解けず、にっちもさっちもいかない状況にタバサはさらに焦りを深めた、その時だった。

 

「いいじゃないですか。そろそろ種明かししちゃっても」

 

 はっとして顔を上げると、そこにはまたいつの間にかグラシエがこちらを見下ろしながら浮いていた。

 すぐさま構えるルイズたちにタバサ。だがグラシエは気にした様子もなくタバサに言った。

「これ以上続けてもつらくなるだけでしょう? すでに当初の目的は完了しているのですから、お友達に教えてあげてはいかがです。それとも怖いのですか?」

「……っ」

 タバサは我慢できる限度に近い憎悪を覚えた。なぜあろう、すべての仕掛人であったくせにいけしゃあしゃあと……それになにより、図星であったから。

 そのとき、ゼットンと格闘を続けていたヒカリがゼットンを投げ飛ばして一時的に無力化すると、空に向かってナイトシュートを放った。

〔見ろ! これがすべての元凶だ〕

 青い光線はリュティスの上空へと伸び、ある一点で何も無いはずの空に”当たって”炸裂した。だがグラシエはエネルギーが拡散して電光が散り、それを隠していたバリヤーが破れるのを止めるでもなく、笑いながら感心したように見上げていた。

「ほほお、けっこううまく隠してきたつもりでしたのに。さすがは光の国で最高と名高い科学者」

〔お前たちに褒められても嬉しくはない〕

 ヒカリとバット星人には浅からぬ因縁があった。かつて初代ウルトラマンがゼットンに倒された時にゾフィーが光の国から持ってきた「固形化された命」の生成法を発明したのがヒカリであり、それを知ったバット星人は強奪すべく光の国への戦争を仕掛けてきた。戦争自体は光の国の勝利に終わったのだが、その影響で当時地球の守りについていたウルトラマンジャックが光の国に帰還しなくてはならない事態も招いており、歴史に与えた影響は大きい。ヒカリにはなんの咎もないことではあるけれども、愉快な思い出というわけでもない。

 ナイトシュートを受けた空中の何かはそれを耐えきったものの、そこが限界でバリアーは破壊された。そして、余剰エネルギーで光学迷彩も解除されて現れたものを見て、才人は目を見開いた。

「あの円盤は、やっぱりメフィラス星人の!」

 パンケーキ型の円盤の中央から角のように円錐が突き出たフォルムは、間違いなく才人がドキュメントSSPの資料で見た姿と同じだった。強いて言えばセミ人間やバルタン星人の円盤とも酷似しているが、違いのわかる男を自称している才人には確信があった。

 だが問題は円盤そのものではない。それに搭載されている物が問題なのだ。その正体を才人はもう直観し、それを知っているグラシエは当然のように才人を見下ろして嘲笑った。

「そこの地球人の少年はもちろんご存知ですね。なにせ、あなたにはこれで二度目なのですから」

「キリアンリプレイサーだな!」

 才人はこの上なく忌々しげに吐き捨てた。

 それは才人にとっては新しい記憶のこと。彼がハルケギニアに来る少し以前に、ウルトラマンメビウスとエンペラ星人の決戦が行われた。その前哨戦とも言えるエンペラ星人の配下、暗黒四天王のメフィラス星人が使ったのがキリアンリプレイサー。端的に言えば記憶改竄装置である。

 これを使い、メフィラスは人々の記憶からメビウスに関するものを自分とすり替え、メビウスとGUYSの共倒れを狙うという悪辣な作戦をおこなった。

 それと同じものがあの円盤にもあるとすれば、タバサたちの記憶だけが皆から消されていた? 才人はそう推理したが、グラシエは違いますよと指を振った。

「甘いですねえ。それだけのために、これだけ大がかりなことをするわけないでしょう」

「なにを、だったら何が目的でおれたちの記憶を操ってたんだ!」

「それは話すと長いことなが……おっと」

 グラシエがもったいぶりながら説明しようとした時、空に浮かぶ円盤を外敵と見なしたハイパーゼットンは触手を伸ばし、暗黒火球で円盤を粉々に粉砕してしまったのだ。

「なっ!」

「あーあーやってくれましたねえ。あれけっこう高かったんですよ。けれどまあ、どのみち効果の持続力ももう限界に来ていましたし、これであなた方が求めていた真実が手に入りますよ。さあ存分に思い出してください。あの日、あなた方にいったい何があったのかをね」

「……!」

 グラシエの宣言とともに、才人とルイズ……いや、その場のカトレアやジル、水精霊騎士隊の仲間たち。ガリアの人々、さらにはハルケギニアの人々の意識は白く塗りつぶされた。

 キリアンリプレイサーが破壊されたことで記憶の呪縛は解き放たれ、抑圧されていた記憶がそれぞれの持ち主の心へと戻されていく。だがそれは膨大な情報量が一気に頭の中に叩き込まれるに等しく、人々は一様に失われたあの日までの自分に返って、その情景を追体験した。

 

 そう、すべてはあの時から。

 トリステインとロマリアとの戦争が終結し、ロマリアと同盟していたガリアとトリステインの戦争が避けられないという状況があったことを、人々は思い出した。

「戦いは望みません。ですが、ジョゼフ王をこのままにしていては、また同じことが起こるでしょう」

 戦争継続に消極的であったアンリエッタ女王もガリアへの派兵を認めざるを得ないほど、当時の民衆のジョゼフへの不信感と憎悪は高まっていた。根源的破滅招来体の手先と組んで人々を欺いていたのだから当然である。

 なにより、当時トリステインに派兵されていたガリア軍はシャルロット王女の威光に屈して軍門に下っており、彼らは一様にシャルロット王女がジョゼフ王を倒すことを望んでいた。

 ガリアとの戦争になれば、また数多くの犠牲が生まれる。しかし、もはや大きな流れとなってしまった戦争へのうねりを止めることは誰にもできず、まさに大軍勢がガリアへと攻め込もうとしていた、その直前の日のことだった……死んだはずのワルドが倒したはずのサタンモアとともに現れるというありえないことが起きたのは。

 死者が生き返ってくる。そんな異常な出来事にアンリエッタやルイズらは困惑した。だが何の謎も解けないまま、今度は突如ジョゼフからタバサへの呼び出しがかかり、タバサは血相を変えて飛び出し、才人とルイズも急いでその後を追った。

「そうだ、それでそれから……」

 才人はタバサの後を追ってからのことを思い出した。

 シルフィードの速さに追いつくのは容易ではなく、やっとタバサを追ってオルレアン邸に着いたときにはすでになんらかの話は終わってしまっていた。

 それでも、才人とルイズはタバサとジョゼフといっしょにいる宇宙人を見つけて、迷わず挑みかかった。

「このやろう!」

「タバサから離れなさいよ」

 そのとき、なぜタバサが仇のジョゼフを討とうとせずに、いっしょにいたかと疑問に思うべきであったかもしれないが、急いで追ってきて焦っていた二人はそれを考える余裕を失ってしまっていた。

 宇宙人は二人がかかってきたのを知ると、ひらりと宙に身をかわす。才人も見たことのない星人だったので先手必勝を狙ったが、向こうもなかなか手慣れているようだ。

 才人の剣をかわし、人を食ったような余裕な声で言う。

「おや乱暴な。せめて、動くな手を上げろくらい言ったらどうです?」

「ふざけるな! ヤプールの手下か、それとも教皇の野郎の残党かよ」

「どちらもハズレですよ。ああもう、乱暴な人たちですねえ」

 その宇宙人。もちろんグラシエのことだが、血気にはやった才人の攻撃はなかなか当たらない。

 けれど才人の攻撃でできた隙をルイズは見逃さず、放たれたエクスプロージョンの一撃はグラシエの至近で炸裂した。

「ぐあっ、やりやがったなあ! いやいや、おっと私としたことが。今のが話に聞いていた魔法ですか、さすがに油断しすぎましたが、それだけで私を倒せると思わないでください」

 ダメージを与えたが、まだ浅い様子に才人とルイズは追い打ちをかけ始めた。しかしグラシエもルイズのエクスプロージョンの威力を知ると、ルイズの挙動から攻撃の瞬間を先読みしてかわしてしまう。

 まともな攻撃では当たらない。そこで才人はルイズの『テレポート』の魔法を使ってグラシエの死角から奇襲をかける作戦をかけ、背後からグラシエに一刀を浴びせることに成功した。

「ぐうっ!? しゅ、瞬間移動ですか。やりますね」

「どうだ。おれたちを甘く見るなよ」

「そうよ。わたしたちは強いんだから。わたしたち二人を相手にしたことを後悔しなさい」

 才人とルイズは、先の教皇との戦いの終盤まで、過去と異世界に飛ばされていて長い間離れ離れになっていた。だからこそ、二人で存分に力を振るえるこの機会に乗りに乗っていたのだった。

 しかし、攻撃しようと構えた瞬間だった。二人とグラシエの間に突然氷の壁が立ちはだかり、二人の行く手を阻んでしまったのだ。

「これって、アイスウォールの呪文? タバサ、なんで!」

「どうしちまったんだよタバサ。なんでおれたちの邪魔をするんだ!」

 ルイズと才人は氷の壁越しに杖を向けてくるタバサに向かって叫んだ。

 しかしタバサは二人に答えず、代わりにグラシエがタバサに向かって言った。

「助かりましたよ、お姫様。さて、そういうことはつまり、私の提案に同意いただいたということでよろしいのですね?」

 グラシエの問いに、タバサは無表情のまま短くうなづいた。

 ルイズと才人が氷壁の向こうで「なに言ってるのよタバサ!」「操られちまってるのか?」と叫んでも、タバサはじっと動かない。

 そして、業を煮やしたルイズたちが氷壁を爆破して来ようとしたときだった。タバサから了承を得たグラシエは空へ向かって手を広げ、高らかに宣言したのだ。

「ブラァーボゥ! 貴女は素晴らしい選択をされました。では、約束どおりまずは貴女方が切望してやまない『平和』をもたらしてあげましょうではありませんか!」

 その言葉が、才人とルイズの最後の記憶になった。

 氷壁を爆破して突破しようとした二人に、空の上から放たれた光。それを浴びたとたん、糸が切れたように二人は気を失って倒れこんだ。

 いや、二人だけではない。タバサとジョゼフを除く、トリステインの人間すべて……さらにはガリア、アルビオン、ロマリア、ゲルマニアでも一様に人々が気を失っていた。

 トリスタニアでは街が静寂に包まれ、人っ子一人立っていない。王宮ではルイズたちの身を案じていたアンリエッタが窓際で気を失い、アニエスや銃士隊も倒れている。

 魔法学院、ラ・ロシェール、タルブ村も同じだ。ルクシャナやファーティマのようなエルフも例外ではなく倒れ、学院の生徒たちの使い魔も、知性あるものはすべて意識を失っている。

 兄から小言を受けていたドゥドゥーとジャネットもそのまま眠りにつき、ある教会でシスターとして懺悔を受けていたリュシーも何かを話そうとした途中で倒れた。

 戦争の用意をしていたトリステイン兵、アルビオン兵、ガリア兵も同様に眠りに落ちている。ゲルマニアでは大臣を怒鳴りつけている途中だったアルブレヒト三世が臣下とともにテーブルに突っ伏した。

 いまやハルケギニアで立っている人間はタバサたちを除いて一人もいない。いや、正確にはただ一人、この状況を笑いながら観測している女がいた。

「あらあら、大胆ないたずらをする子がおりますわね。ウフフ、いずれお会いすることもあるでしょう」

 糸目を空に向けて、優雅に午後の紅茶をくゆらせながら彼女はつぶやいた。

 あらゆる外的脅威に対応できるよう改造されつくした彼女のボディには、さしものこの装置の威力も効果がなかった。グラシエの想定にもなかった彼女の存在がトリステインに嵐を呼ぶのは、少し先の話である。

 だがそんな例外は別として、ハルケギニアのありとあらゆる場所から人の声が消えた。

 そして、ここからは才人とルイズではなく、才人たちと同化している北斗星司の視点と記憶である。グラシエはハルケギニアの完全制圧を確認すると、自身の円盤にタバサたちのほか、若干名を招待した。

 それはグラシエがあらかじめ対象から除いていた者たち。すなわち、モロボシ・ダン、セリザワ・カズヤ、アスカ・シン、高山我夢、藤宮博也、ジュリ、最後に才人とルイズにティファニア。つまりはハルケギニアに現在いるウルトラマンたち全員であった。

「ようこそウルトラマンの皆さん、歓迎しますよ。私はバット星人グラシエ。こんなそうそうたる顔ぶれを前にできるとは、またとない体験にわたくし喜び震えております。お茶は出せませんが、どうかごゆるりとされていってください」

 実質ウルトラマン八人を前にしているというのに、余裕たっぷりにグラシエはまくしたてた。

 むろん、対峙しているウルトラマンたちの誰もが、この怪しいことこの上ない慇懃無礼な宇宙人を警戒している。いや、実際は才人とルイズにティファニアは気絶させられたままで円盤の床に寝かされており、それにアスカが抗議するとグラシエはオーバーに困ったというアクションをとりながら答えた。

「そちらのお子様たちは、大人の話し合いをするには少し感情的すぎると思いましてね。申し訳ありませんが除外させていただきました」

 話にならない相手とは話せないというグラシエに、才人たちを知る者は納得せざるを得なかった。すると、才人の体を借りて北斗星司・ウルトラマンエースが表へ出てきた。

「そういうことなら、代わりに私が話そう」

 北斗が出てきたことに、ダンもそれならば大丈夫だろうとうなづいた。北斗は熱血漢だが馬鹿ではない。ヤプールや星人の企みをTACの皆に先がけて読み、解決へつなげてきた洞察力もかねそろえている。

「エース、才人くんたちの意識は?」

「今は強制的に眠らされている状態です。命には別条ありません」

 その答えに、少なくともハルケギニアの人々も生命の心配はないことは確実とわかって、一同はほっとした。

 だが、問題はなぜハルケギニアの人間全員を眠らせ、ウルトラマンたちを集めたのかということである。グラシエはそれを問い詰められると、隠す様子もなく得意げに話した。

「では単刀直入に申しましょう。私はこれから、この惑星を使ってゼットンの養殖のための実験をおこなおうと思っています。そこであなた方ウルトラマンには、実験が終わるまで手を出さないでいてもらいたいのです」

 もちろん、その図々しいにも程がある要求を彼らが飲むわけがなかった。北斗やアスカは「ふざけるな」と憤り、ダンやセリザワも眉をしかめている。

 しかし、要求がふざけているからこそ、その裏に何かが隠されていることは容易に想像がついた。一同の中で藤宮が我夢と目配せをしあい、グラシエに向けて問いかけた。

「そんな条件を、どうやってお前は俺たちに飲ませる気だ? 脅迫か? 懐柔か?」

「フフ、話が早くて助かります。強いて言えば両方ですね。あなた方が私の実験を黙認してくださるのならば、今この世界を二分しようとしている戦争を止めてさしあげましょうじゃありませんか」

「なに?」

 グラシエが指を鳴らすと、壁が透けて円盤内部に搭載された装置が彼らの前に姿を現した。

「キリアン・リプレイサー。この装置を使えば、人間の記憶を広範囲に自由に改ざんできます。つまりは、人間たちにこれから始めようとしている戦争のことを忘れさせることもできるというわけですよ」

「……悪魔の機械だな」

 人間の心を軽々と操れるという機械の説明に、我夢と藤宮は本気で嫌悪感を示した。ほかのウルトラマンたちも、同じ科学者のヒカリをはじめ、いい印象は感じていない様子だった。

 だがグラシエはうそぶくように言う。

「それはどうでしょう? 覚えていて不要なものを忘れられるなら、それはこの上ない幸せな人も世の中にはいるのではないですか? それより、私は実験でこの世界の人間たちには『できるだけ』被害を出さないように立ち回るつもりですが、このまま戦争を放置したら何万、何十万という生命が失われることになるはず。それに比べたら些細なことではありませんか?」

 正論ぶってうそぶくグラシエだが、それこそまさに悪魔のささやきと言うべきだった。

 こいつは絶対に信用できない。全員がそう認識する中で、ダンとセリザワが冷静に問題点を指摘した。

「だが、それですべてが解決するわけではないだろう? 人々の記憶を操作したところで、それは一時的なものだ」

「そうだ。キリアンリプレイサーは、記憶は消えるわけではなく抑え込んで上書きするだけだ。維持ができなくなれば、記憶は戻る」

 一時的に戦争を忘れさせても、それはわずかに先延ばしにするだけだ。根本的な解決にはならない。

 だがグラシエは、その指摘は想定内だというふうに、「お姫様、出番ですよ」と、それまでじっと控えていたタバサを前に出させた。

 タバサは目の前にいるのがこれまでハルケギニアを守ってきてくれたウルトラマンたちだということを知って息を呑んだ。だが、その瞳に一筋の決意を秘めて、驚くべき考えを述べたのである。

「ハルケギニアの人々の記憶を消している間に、わたしの父……オルレアン公シャルルを彼の力で蘇らせて王位についてもらう。そうすれば、もう戦争は起こらない」

 ざわりと、場の空気が動いた。

 タバサには洗脳されている様子はなく、それがタバサの意思から出た言葉だということははっきりしていた。しかし、そのあまりに禁忌に触れる選択に、タバサが異世界に飛ばされて以来の交流のある我夢が問いかけた。

「君は、自分がなにを言っているかわかっているのかい? 人間を、死んだ人間を生き返らせようなんて」

「わかってる。わかって、る……」

 返す言葉に切れがないのも当然といえた。タバサにも、タブーに触れているという後ろめたさはあるのだ。

 藤宮もとがめるようにタバサを見ているが、タバサは下を向いて視線を合わせられないでいる。ほかのウルトラマンたちも同様に、グラシエが吹き込んだのであろう悪魔の取引を否定する様子でいた。もしルイズの意識があったら怒鳴りつけていることだろう。

 けれども、苦悶しているタバサを擁護するように、グラシエは居並ぶウルトラマンたちの刺すような視線をあざ笑うように言った。

「おやあ、おかしいですねえ。一度死んだ怪獣を生き返らせるくらいのことは、私に限らず宇宙ではよくおこなわれていることでしょう? それに、あなた方ウルトラマンこそ死んでも生き返るのを何度も繰り返してきてますよねえ。それで人間だけいけないなんて、ずいぶんずるい話だと思いませんか? 特に、そこのウルトラマンヒカリさん」

「……」

 これに関してはぐうの音も出なかった。命を固形化する技術を開発したヒカリだけでなく、死者を蘇生させる話でいえば、ウルトラマンたちは死んだ人間と一体化することで生き返らせるということを初代ウルトラマンやジャックやエースはやっている。ウルトラの父も直接死者を蘇らせるということをしたことがあるし、少なくとも死者を蘇らせることのタブーに関してウルトラマンたちが物申すのは明らかに不利だった。

 しかし、シャルルを生き返らせるとして、それをやろうとしているのは明らかに腹に一物持っているグラシエである。しかしグラシエは自分が信用されていないことも計算づくで、平然と話した。

「私が約束を破ると、疑っておいでなのでしょう? フフフ、とんでもない。たかが人間ひとりを生き返らせるくらい、私には造作もないことです。まあずいぶん前に亡くなられた方なので、死体の修復などにそこそこの手間はかけますが、これだけのウルトラマン方を相手にそんなリスクを取りませんって」

「だが、オルレアン公を生き返らせて貴様になんのメリットがある?」

「それはもちろん、ハルケギニアの平和ですよ。平和が来るのなら、あなた方も私に敵対する必要がなくなりますからね。安全第一が私のモットーでして。それとも、平和のために働く善良な宇宙人をウルトラマンは追い出すというのですか?」

 ダンが鋭く指摘しても、グラシエは平然たるものだった。

 確かに、いくらうさんくさかろうと、まだ悪いことをしていない奴を退治することはできない。だが、グラシエはすでにアブドラールスとサタンモアを蘇らせて被害を出しているではないか。だがそのことを指摘してみても、グラシエは余裕を崩しはしなかった。

「あれは私の力を早く理解してもらうためのデモンストレーションですよ。力を示さないと人間は信用してくれませんからね。もしこの世界を侵略しようとか考えていたら、もっと何十体もの怪獣で総攻撃していますよ、違いますかな?」

 言外に、「その気になったら何十体もの怪獣で総攻撃できる」と言っているに等しいグラシエの返答を押し返すには、先の教皇との戦いで疲弊しているウルトラマンたちには難しかった。

 グラシエの言うとおりにすれば、確かに目前の戦争は止められる。しかし、どう考えてもその後によりまずい状況がやってくるのは馬鹿でもわかる。

 やはりここは、グラシエの提案を蹴って追い返すのが最善。ダンとセリザワに我夢と藤宮はこれ以上の交渉は無用と判断し、才人の体を借りている北斗も今にも殴り掛かりそうな剣幕で、アスカは最初から不信感むき出しでいる。ずっと無言のジュリも、宇宙正義に反する交渉は認められないと最初から決めていた。ティファニアは気を失ったままでいるが、コスモスも当然同じ気持ちであろう。

 悪魔との取引には応じられない。ウルトラマンたちの決断に追い詰められたかに見えたグラシエであったが、なぜか不遜な余裕の態度は変わっていなかった。

「おやおや嫌われたものですが、私をここで帰したら後悔しますよ。皆さん、私に頼らなくても、できるだけ犠牲を少なく戦争を終わらせればいいとお考えなのでしょうが、それは甘いですよ。ねえ、お姫様」

 そううそぶいてグラシエはタバサに話をうながした。そして、悲痛な面持ちのタバサの口から話されたのは、ある意味で戦争よりもさらに恐ろしいことであったのだ。

「お願い、しばらくの間、彼の言うとおりにさせてほしい。さもないと、このままではジョゼフが降伏したとしても、ガリアで現王政府に対する大虐殺が始まってしまう」

 驚くウルトラマンたち。そして、これこそタバサがジョゼフと直接話すことで、自分の甘さを思い知ったことだった。

「ガリアはこの三年間、ジョゼフの下で統治されてきた結果、特権を享受してきたジョゼフ派と、抑圧されてきた反ジョゼフ派に二分されて憎悪が積みあがっている。もう、ジョゼフがいなくなったとしてもジョゼフ派の貴族たちは既得権益を守るために兵を動かす。そしてわたしたち反ジョゼフ派が勝利したとしても、長年抑圧されてきた反ジョゼフ派によるジョゼフ派への復讐は止められない。最悪は内戦になって、より多くの血が流れてしまう。残念だけど、わたしが女王になったとしても、それを止められる力は……ない」

 力による王座交代とはそういうことだとタバサは苦悩していた。

 かつて絶大な支持を持っていたシャルル皇太子の嫡子であるタバサに対するガリア国民の期待は大きい。しかしそれは裏を返せばジョゼフ派への復讐の旗手としての期待でもある。もしもタバサがジョゼフ派への寛容さを示せば、その求心力は大きく減退することだろうが、若輩のタバサにはそれをカバーできる統率力や政治力はない。

 また、タバサには強い後ろ盾もなかった。歴代の各国の王位継承者たちは、ブリミル教の教皇の承認というお墨付きを得ることで、王位継承への異議を持つ者は異端者であるとして教会の権威を借りることができたが、教皇は死んで教会の力は激減している。タバサは始祖ブリミルご本人からの承認を得たという錦の御旗はあるものの、肝心の異端審問で反対者を狩れるという教会の実行戦力が無ければ脅しの威力は小さい。

 戦争を最小の犠牲でとどめて勝利し、タバサが玉座についたとしても、必ずジョゼフ派だった貴族やその周りに対する弾圧や虐殺が始まる。復讐の快感と、ジョゼフ派が有していた特権や財産を奪えるという欲望が必ずそうさせる。そしてその犠牲者になるであろう者たちの中には、ドノヴァンなどのタバサと親しい者や、罪のない者たちも数多く含まれてしまう。そのことを、地球の歴史もよく知る我夢や藤宮はよく理解して、言葉をかけられずにいた。

 それを止められるとすれば、よほど求心力と統率力を兼ね備えた卓越した指導者だけだ。それが可能な人間は、死んだオルレアン公シャルル以外には存在しなかった。

 最悪の未来がもたらすであろう惨劇を人質にして、グラシエはさらに愉快そうに告げるのだった。

「だから言ったじゃないですか、私は本気でこの世界を救ってあげるつもりなのですよ。それともなんでしょう、これから死んでいくであろう数万ですか、数十万人ですか、それだけの人命を見捨てても、あなた方の信じる”正義”の重さには釣り合わないというなら私もあきらめましょう。さて、では最後にもう一度だけ確認いたしますよ。私のささやかな実験をこのハルケギニアでおこなうことを、黙認していただけますか?」

 YESかNOか? 返答を迫るグラシエに、歴戦の勇者であるはずのウルトラマンたちも即答することができず、怒りを押し殺して睨み返すことしかできなかった。

 アスカが、「この卑怯者!」と怒鳴っても、グラシエはせせら笑うだけで意にも介さない。ダンやセリザワは瞑目し、北斗は「才人君……すまない」とつぶやいた。我夢と藤宮も敗北を悟り、ジュリは泰然としているが、もう一人だけではどうしようもなかった。

 返答を迫るグラシエ。だがもはや、選択の余地は残されてはいなかったのである。

 

 

 これが、ずっと続いていた不可解な現象の真相だった。

 戦争を止めるために、ハルケギニアの人間たちの記憶からタバサとジョゼフの存在をはじめ、不都合な記憶が消し去られていた。そして不要なことを忘れさせられた人間たちは、与えられた平和を何も知らないまま今日まで享受しつづけていたということだったのだ。

 目が覚めて、すべてを思い出した才人とルイズは、目の前の青い髪の少女の名前を呼んだ。

「タバサ……」

「ルイズ……思い出したのね」

 ルイズはタバサを確信を込めた目で見つめ返した。

 ようやく思い出せた、その顔と名前。そして、なにより大切なその思い出。

 そしてそれはルイズたちだけではない。タバサの顔を見るジルの目に大粒の涙が浮かび、ジルは妹のように愛してきた少女を嗚咽しながら抱き締めた。

「シャルロット……シャルロット。無事で、無事でよかった」

「ジル、ごめん、ごめんなさい」

 タバサも、実の姉のように慕ってきたジルを苦しめ続けてきた罪悪感から、涙を流しながら詫び続けた。

 だが、感動の再会に与えられる時間は少ない。ルイズはタバサを懐かしさだけではない厳しいまなざしで見つめながらつぶやいた。

「ええ、そう……そういうことだったのね」

 北斗の見た記憶を与えられ、ルイズと才人も事の真相を知った。

 偽りの世界の中で、自分たちは何も知らずに平和に浸ってきた。記憶を消されていたとはいえ、なんて自分たちはおめでたかったのだろう。

 それでもウルトラマンたちは、それが悪魔の掌の上だとしても、無言で自分たちを守ってきてくれていたのだった。

 

 だが、すべての記憶は持ち主たちのもとに帰った。

 悪魔との本当の戦いが今こそ始まる。ルイズは、今度こそ正義の名のもとに本当の平和を取り戻そうと、グラシエを強くにらみつけるのだった。

 

 

 続く


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