ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第34話  滅亡の黒き軍勢

 第34話

 滅亡の黒き軍勢

 

 宇宙恐竜 ゼットン 登場!

 

 

「ウフフ、さあて皆さん、前回までのお話はいかがでしたでしょうか? まさか、稀代の天才と謳われていたシャルル皇太子が実は腹黒い人だったなんて、人間って本当におもしろい生き物ですねえ」

 

「そして、ついにこのわたくしことバット星人グラシエのハルケギニアを股にかけた大計画もいよいよ終盤へと差し掛かりました」

 

「ハイパーゼットン、なんと美しい響きの言葉ではありませんか。我らバット星人の栄光を約束する神が、新たな進化へと踏み出したこの時は歴史に残る瞬間ですよ」

 

「シャルルさん、彼もハイパーゼットンの稼働キーになれて大変光栄なことでしょう。聞くも涙の力と栄光を求め続けた人生が報われて、こうして究極の力の一部になれたのですから」

 

「フフ……でも、まだこれで驚いてはいけませんよ。いずれ宇宙を席巻する滅亡の邪神の実験は、まだまだテストすべきことがたくさんあるのですから」

 

 

 愉快に語りかけるグラシエ。大筋どおりに計画が運び、それを目の前のものに語るのが楽しくてたまらないというふうに笑う。

 だが、グラシエの喜びようも無理ないこととも言えよう。ハイパーゼットン……その威容は「山が動いている」としか形容できず、これを人間の力でどうこうできるかなどという意思を最初から砕いてくる。

 唯一の救いは、まだハイパーゼットンはこの繭の状態までの進化が限度の未完成品であるということだった。しかし、次なる進化への起爆剤として、魔石で内なる悪意を目覚めさせたシャルルを取り込んでしまった以上、もはやどうなるかはわからない……。

 

「ハハハ、わからないからこそおもしろいんじゃないですか」

 

 けれど、それでも抗うことをあきらめない者たちはいる。

 大都会リュティスの中央にそびえ立つハイパーゼットン。王宮をはるかに越す巨体が動き出し、街にゼットン特有の電子音が鳴り響く。そんな中でも、才人とルイズは膨らみ続ける巨影を前に立ち続けていた。

「悪夢って言って、これ以上のものがあったら教えてほしいもんだぜ」

「ああもうっ! ただでさえイライラしてるってのに次から次へと。あんなのが動き始めたらガリアだけで済むわけがないじゃない。止めなきゃ、止め……」

 だが、ルイズは杖を振り上げようとしたところで疲労感でめまいを起こして膝をついた。才人に背を支えられて気を張ってはいるが、虚無の魔法の連発による精神力の吐き出しすぎに違いなかった。

「ルイズ」

「大丈夫よ。余計な心配しなくていいわ」

 額の脂汗を拭いながらルイズは答えた。才人は、大丈夫じゃねえだろと思ったが、こちらが気を遣えば遣うほど強がるのがルイズだ。

 それに、才人も今はルイズに同感だ。我が身第一を言っている場合じゃない、なんとしてでもあれを止めないとすべてが終わりになってしまう。

 だがどうやって? あんなもの、フルパワーのエクスプロージョンをぶつけてもかすり傷がせいぜいだろう。軍隊を持ってきたところで太刀打ちできるとは思えず、すでに水精霊騎士隊には絶望感が広がっていた。

「あ、あ、もうだめだ。今日で世界は終わりなんだ」

「ギーシュ隊長、すみません。皆で女王陛下から勲章をいただけるような戦功をあげようという約束、俺たちは殉職でいただくことになりそうです……」

 突撃して名誉の戦死を選ぶ気力さえも目の前の巨影は奪っていた。彼らとは違って、カトレアやジルは毅然とした態度を保ってはいるが、彼女たちにも打つ手はなく、傍観すること以外にどうしようもないという辛さがにじみ出ていた。

 こうなったら、無茶を覚悟でもう一度ウルトラマンAになるしかない。才人とルイズは、連続変身で自分たちにどんな反動があるかと躊躇ったが、もうそんなリスクを怖がってられるような状況ではなかった。

 あとは野となれ山となれ。二人は皆の目から逃れて変身するために、ルイズのテレポートで場所を移そうとした。

 だが、それを見ていたグラシエはハイパーゼットンの頭上から二人に向けて、お見通しですよといわんふうに告げてきた。

「おやおや、まだあきらめていないのは素晴らしいですね。でもでも、いきなりショウの主役に手をかけるのはマナー違反ですよ。そんなあなた方のために、もっとおもしろいものを見せてあげましょう」

 そう言ってグラシエは目の前に手をかざすと、グラシエの手のひらの上に四つの人魂のような光の玉が浮き上がった。

「わかりますか、これがなにか?」

「知らねえよ! どうせろくでもねえもんだろ」

 才人は怒鳴り返した。グラシエの手の上で、四つの光の玉はそれぞれ別の色に輝きながら回っている。その揺らめきはまるで生き物のようだ。

 なんて不気味な……ルイズも光の玉の揺らめきにただならぬものを感じて息を呑んだ。すると、グラシエの手の上の光の玉が、不気味な輝きを強め始めたではないか。

「フフフ、私が漫然とハイパーゼットンの育成だけしていたと思いますか? ノンノン、先ほども申した通り、人間の感情はとても強いエネルギーを秘めています。ですが、感情には怒りや悲しみなどいろいろ種類がありますからね。だから集めていたのですよ、どの感情のエネルギーがゼットンを育てるのにもっともふさわしいかを確かめるために!」

 その瞬間、グラシエから光の玉が離れ、四つの感情のエネルギーはハイパーゼットンの中へと吸い込まれていった。

「さあ、これからもっとおもしろいことが起こりますよ!」

 ハイパーゼットン・コクーンの中で、取り込まれた感情のエネルギーが膨れ上がっていく。さらに、ハイパーゼットンの細胞と複合したエネルギーがしだいに形を成していく。

 それはまるで、ハイパーゼットンという巨大な繭の中で別の繭が生まれているような光景であった。そして、戦慄している才人たちの前で、成長しきった四つの繭はハイパーゼットンから勢いよく飛び出し、その中のひとつが才人たちの目の前に降り立ったのだ。

「こいつは!」

 繭を破ってそいつは姿を現した。

 二足で立ち、黒々とした体に顔と胸に黄色い発光体。そして頭部には二本の角。ルイズと才人を見下ろす表情を持たない顔は、間違いなく。

「サイト、これが……?」

「宇宙恐竜、ゼットン」

 強烈なパワーを感じる威容にルイズは息を呑んだ。こいつは、才人が緊張するくらいなのだから、よほど強力な怪獣なのだろう。

 だが……。

「ブモー」

 牛のような豚のような鳴き声に、ルイズは緊張感が緩んでしまった。それに、体も太ましくて角もだらんと下がっている。見ると、才人も「えーっと……」と言う風に気まずそうな顔をしていた。

 ほんとにこいつは強いの? ルイズが才人にそう尋ねようとしたとき、グラシエが面白そうに告げてきた。

「おやおや運のいい人たちだ。どうやら”喜び”の感情で作ったゼットンはハズレのようですね」

「喜び、ですって?」

「そう。よいゼットンを作るためには、感情のエネルギーをさらに厳選して与える必要がありますからね。さっきも言ったはずですよ? ハイパーゼットンに与えた四つのエネルギーは、それぞれ別の感情を特別に抽出したものです。ついでにお教えすれば、この喜びの感情はあなた方魔法学院の生徒方の遠足の時に採取させていただきました。いやあ、あのときは新しいワイン酒に舌鼓を打って、実に嬉しそうで私まで嬉しくなってしまいましたよ」

 まあ強いて言えば回収に失敗してしまった感情もあるが、別件でそれにも増して強烈な感情を補充できたのだからそれはよい。

 思い通りにならなかったことも多いが、計画の大筋には問題ない。さすが私とグラシエは悦に入っていたが、衝撃の事実を聞かされたルイズたちは顔色を失っていた。それって、あのアラヨット山での遠足の時? そんな前から陰謀が巡らされていたのかと愕然となるルイズたち。

 もしかして、さらにそれより前から? 前、前っていったら。

「うっ、うううっ」

「ルイズ、どうした!」

「前、前って……アラヨット山の遠足の前に、わたしたちはなにをしてたの……」

「なにって、そりゃあ、そりゃあ……」

 なんだ? どうして思い出せないんだと才人も頭を抱えた。ずっと前、エルフの国から帰ってきて、アラヨット山の遠足に行くまでの間になにをしていたんだ? そんな長い期間のことを、どうして思い出せない?

 才人は、お前らは知っているか? と尋ねかけるが、答えられた者はいなかった。

 さっきもそうだ。グラシエとは今回初めて会ったはずなのに、まるでそれ以前に戦ったことがあるような感じがあった。才人は、まさか……これはと日本にいた頃の記憶を呼び起こしてグラシエに叫んだ。

「この感じは、あのときのあれと同じ……お前、もしかしてメフィラス星人のアレを!」

「ンフフ、答える必要も意味ももはやありませんよ。それよりも、のんびりしてて踏みつぶされても知りませんよ」

「なっ、ゼットン!?」

 考えるのに夢中になっているうちにゼットンは間近まで迫ってきていた。ゼットンはその指先を才人たちに向けて、指先から小型ミサイル『ゼットンナパーム』を放ってきた。

「あちっ!」

「きゃあっ」

 ゼットンナパームの爆発に包まれ、才人たちは炎に身を焼かれながら逃げまどった。かつて、防衛チームMATはゼットンナパームの炎の中でもひるまずに戦い続けたというが、さすがに真正面からは分が悪すぎる。

「てっ、撤退ーっ!」

 水精霊騎士隊の誰かが叫んだが、言われるまでもない。逃げるという言葉が大嫌いなルイズも、歯を食い縛りながらゼットンに背を向けた。

「スカートに髪も焦げちゃったじゃない。必ず後で思い知らせてあげるから覚えてなさいよ!」

「言ってる場合かよ。これ被ってろ、走るぜ」

 才人はルイズの髪が燃やされないように、自分の上着をルイズに頭から被せてやった。その気づかいに、ルイズは「サイトの服、サイトの匂い、わわわ」と顔を赤らめている。その顔を才人が見たら、あまりの可愛さに新語を発明したかもしれなかったが、頭から被せられているおかげで才人に見られなかったのは幸いだったか不幸だったか。

 しかし、ゼットンの攻撃はさらに苛烈さを増していく。人間の足の速さで怪獣から逃げきるのは難しく、ついに至近距離からゼットンナパームで狙われたルイズを才人が身を呈して守ろうとした、まさにその時だった。

「シェヤアッ!」

 空のかなたからマッハで飛んできた青い光が巨人の姿となって、才人たちを狙い撃とうとしていたゼットンを矢のようなキックで吹き飛ばした。

 ゼットンは強烈なキックで数百メイルを飛ばされ、レンガ作りの建物を巻き込みながら地に落とされる。そして、才人たちの傍らに降り立った青い巨人は、彼らを見下ろしながら言った。

〔すまない、遅くなってしまった〕

「ウルトラマンヒカリ!」

 まさかの救援に才人たちは驚いた。そして駆けつけたヒカリは才人たちを守るように立ち、ハイパーゼットン上のグラシエへ向けて言い放ったのだ。

〔バット星人グラシエ、お前の茶番も今日までだ。これ以上は、この世界をお前の勝手にはさせん!〕

「おやおや何をおっしゃることやら。その私を今日の今日まで野放しにさせていたのはどなた様たちでしたでしょうか?」

〔ああ、我々にとって耐え難い屈辱だった。だが、お前との約束も今日までだ。お前がそのゼットンでこの世界を破壊しようとするなら、ここでお前を倒す!〕

「ハハハハ、いいでしょう! そうこなくては、せっかくこれだけゼットンを作ったかいがありませんからね」

 高らかに笑うグラシエに、ヒカリは怒りを込めて拳を握りしめた。

 しかし話のおいてけぼりは才人たちだ。ヒカリとグラシエの意味ありげな会話に、才人は「いったいおれたちに何があったんだよ、教えてくれ!」と叫ぶが、ヒカリはつらそうに首を振った。

〔すまない、説明している時間はないんだ。私は、奴の動向を探り続けていた。残念ながら、ハイパーゼットンを止める方法まではわからなかったが、奴の拠点だけは突き止めることができた〕

「拠点?」

〔そうだ、君たちがそうなり、世界がこうなった原因がそこにある。その場所を私は今日まで探し続けていた〕

 ヒカリの言葉は、才人とルイズに事が自分たちの想像以上に深刻だということをあらためて伝えるものだった。

「なんで、なんでそんな大事なことをこれまで教えてくれなかったのよ!」

〔そのことも、今は説明している時間はない。奴を止められなかったら、あの戦争を止めたことすら無駄になってしまう〕

「あの戦争? あの戦争って……うぅっ!」

 またこれだ。なにか、それを思い出してはいけないと頭の中にふたがされているようなこの感覚。

 けれど、考える時間さえ敵は与えてはくれない。瓦礫を押し退けて起き上がってくるゼットンと共に、グラシエは煽るように告げた。

「フフフ、そうそう、考えるだけ時間の無駄ですよ。それより、ハイパーゼットンに与えた感情のエネルギーは全部で四つだったことを忘れてはいませんか? それはまだしもとして、ハイパーゼットンに加えて残りの三体のゼットンも果たして倒せますかね?」

 ウルトラマンたちが連戦で疲れきっているこんなときに、あと三体もゼットンが!? 才人たちの絶望感を感じて、グラシエは愉快そうに笑い続ける。

 

 

 そして、グラシエの言った通り、ハルケギニアの各地では解き放たれたゼットンが暴れ始めていたのだ。

 その第一の場所はトリスタニア。幾度も怪獣に襲われ、人々に怪獣への恐怖が染み付いたこの場所には特に怪獣を呼び寄せる妖気が漂っているのだろうか?

「怪獣だぁーっ!」

 突如街中に現れたゼットンに人々は逃げまどった。やっと戦争の恐怖から解放され、安堵して自分の家へと戻っていた町民たちは、ささやかな平和を、その意味すらわからないままに踏みにじられていく。

 ゼットンはその独特な”ゼットォーン”という鳴き声を漏らしながらゆっくりと動き、ときおり顔から白色の火炎弾を放って街を焼き払っていく。

 街中にから聞こえる「軍隊はどうしたんだ!」という悲鳴と怒号。しかし、そんな中でも弱い命を守るために懸命に働く者もいる。

「ほらこっちだよ。はぐれないようちゃんと私についてきな」

 路地を子供たちを連れて急ぐグリーンの髪の女性。ロングビルことマチルダは、戦争が始まりそうになった時、ティファニアに代わって元ウェストウッド村の子供たちを守っていた。

「お姉ちゃん、今度はいつおうちに帰れるの?」

「わっかんないね。けど、必ず帰れるさ。テファやテファの友達たちだってきっと頑張ってるはずさ。お前たちが弱音を吐いたら、あの子が悲しむよ」

「う、うん、テファお姉ちゃんのためにあたしも泣かない」

 子供たちを励まし、子供たちも必死に強がる姿を見て、マチルダは絶対にこの子たちだけは死なせてなるものかと自分を奮い立たせた。

 大人の庇護を失った子供は、死ぬか、自分のように盗人に身を落とすか、人買いに拐われていくしか道はない。運良く他の孤児院にたどり着けても、この孤児院の神父やシスターのようにいい大人のいる場所とは限らない。

 なにより、子供たちの不幸はティファニアをひどく傷つけるだろう。それだけは許せないと、彼女は強く思うのだった。

「テファ、お前は今どうしてるんだい? 私もお前もずっと奪われ続ける人生だったんだ。私はもういいけど、お前はもう何も奪われちゃいけない。これからはどんどんもらっていく番なんだ。死ぬんじゃないよ」

 ティファニアの幸せだけが、一度は魔道に手を染めてでも守りたかった自分の人間としての最後のよりどころだった。それが残っていたから、後からまたいろいろ付け加えられて自分は人間に戻れた。

 この街の多くの人間たちにとっても、なにか大切な心のよりどころがある。あの怪獣はそれを奪っていこうとしている。決して負けるわけにはいかない。

 子供たちの目がマチルダを見上げてくる。彼女はかつて盗みに使っていた魔法を、自分以外の誰かが奪われないことに使いながら足を速めていった。

 

 

 しかし、どんなに勇気を振り絞って戦っても、悪の力も果てしなく強力である。

 いまだにバルタン星人との戦いが続くトリステイン魔法学院。

 ティファニアが変身したウルトラマンコスモスは、怪獣マザルガスの助けでバルタン星人の送り込んできた二体のカオスウルトラマンとも互角に渡り合っていた。

 だが、バルタンもこの程度のことであきらめてはいない。コスモスへの逆恨みをつのらせたバルタンはまだその手の内をすべて晒してはいない。バルタンの逆襲は、始まったばかりなのだ。

「シュアッ!」

 コスモスのサンメラリーパンチが消耗したカオスウルトラマンを吹き飛ばした。カラータイマーを鳴らしながら倒れ、もがくカオスウルトラマンにマザルガスが近づいて頭の口を開ける。

 いよいよ食事の時間だ。カオスヘッダー分解酵素『カオスキメラ』を持つマザルガスの口に吸いこまれ、カオスウルトラマンの体が崩れてカオスヘッダーの粒子に戻ってどんどんと食べられていく。

「いけーっ! そのまま飲み込んじまえーっ!」

 学院の生徒たちからも応援の歓声が高らかに上がる。むろんバルタンはそれを邪魔しようとしたが、コスモスは素早く動いてバルタンと、バルタンの指示を受けられないでいたカラミティを食い止めた。

 カオスウルトラマンの青黒の体が金色の光の粒子に変わって、完全にマザルガスの口の中へと消えていく。そして、マザルガスが頭の蓋を閉じてゴクリと飲み込んだ時、生徒たちから今度は喜びの叫びが響き渡った。

「やったーっ! やっつけたぜ。強いぞ、キノコの怪獣」

「すっげえ。ほんとにニセウルトラマンを倒しちまうなんて」

「いいわよ。そのままもう片方も食べちゃって!」

 男子も女子も、ユニークな姿ながら悪の巨人をやっつけてしまったマザルガスの活躍にすっかり心をわしづかみにされていた。万歳三唱し、貴族だとか関係なく純粋に喜んでマザルガスをたたえている。

 マザルガスはキノコのような姿をしていて、おせじにもかわいいとかかっこいいと言われる見た目ではない。しかし、かっこよさとは見てくれだけで決まるものではない。どんなに不細工な人間でも、フルマラソンを走りぬけば誰もが彼を勇者とたたえるだろう。見てくれだけにこだわるということは、一万円の高級酒のラベルを貼った百円の安酒を呑んでいい気分になれる愚か者でしかない。

 かつてコスモスを倒したこともあるカオスウルトラマンを撃破するという大きな戦果をあげたマザルガス。マザルガスにとってはただ食事をしにきただけで、平和を守るという大義があったわけではないにせよ、コスモスを救い、邪悪な者に対してほえ面をかかせてやったという事実は素晴らしい。生命とは本来そうして知らないうちに助け合い、共生していくのが正しい姿なのだ。

 カオスウルトラマンが倒されてしまったことで、バルタンも「こ、こんなバカなことが……」と、動揺を隠せない様子でいる。

 けれど、「このままもう一匹の黒い巨人も食べちゃえ」という生徒たちの希望は叶わなかった。マザルガスはフラフラと舟をこぎだすと、そのまま座り込んで寝息を立てだしてしまったのだった。

「ね、眠っちゃった」

「お腹、いっぱいになっちゃったのね」

 生徒たちも、のんきに寝込んでしまったマザルガスにあっけにとられてしまった。

 マザルガスのその寝顔を見て、コスモスと一体化しているティファニアも別れて暮らしている子供たちのことを思い出して胸をなごませた。

 このまま戦いが終わってくれればいいのに……ティファニアは切に思った。切り札であるカオスウルトラマンの片方を失い、バルタンがこれで思いとどまってくれればとティファニアだけでなくコスモスも祈った。

 しかし、バルタンはこれでもまだ戦意喪失するどころか、なおも怒りを燃やしてきたのだった。

「おのれコスモス。だがまだ勝ったと思うなよ。まだ決着はついていないのだからな」

〔バルタン星人、こんな戦いを続けていったいなにになるというのだ? 今からでも遅くはない。武器を納め、星に帰るのだ〕

「たわ言を言うな。より強い力を持ち、より強力な武器を行使することこそ優れた生命体である証。我らはそれを証明するために来たのだ!〕

 コスモスのあきらめない説得にもバルタンは聞く耳を持たなかった。残るカオスウルトラマンカラミティを奮い立たせ、さらに戦うつもりでいる。

 その戦い続けることへのバルタンの執念に、幼少期から森の中で隠れ過ごしてきたティファニアは、なぜ平和に過ごすことができるのに自分から戦いを始めようとするのかと、心から理解できない悲しみを感じた。

〔どうして……アルビオンには、平和に生きたくてもできなくて死んでいく人がたくさんいたのに。どうして〕

 単なる好戦的な悪人ならティファニアも見てきた。けれど、バルタンたちは平和を憎み、戦うことが正義だと確信していることがティファニアには理解できない。

 そのティファニアの苦悩に、コスモスはあえて答えない。純粋なティファニアにはまだ難しいかもしれないが、この世には正義や悪の概念がそっくり裏返った反対人間が数多くいる。悪人とはまた違うそれの存在を理解することは、ティファニアが大人になるために必要な試練なのだから。 

 しかし、たとえ相手が何者であったとしても、秩序を破壊し暴力を押し付けてくる存在とは戦わなければならない。コスモスの説得を聞かず、バルタンから立ち上る怒りのオーラはさらに強くなっている。

 戦いは終わらない。残る敵はバルタンとカオスウルトラマンカラミティ。マザルガスのおかげでカラミティは消耗しているが、コスモスも消耗しており、いまだにバルタンのほうが有利である。。

「コスモス、貴様のエネルギーはもうわずかだろう? 貴様こそあきらめて我々のひざまづくがいい」

 バルタンはこのままコスモスを消耗戦に引き込んで倒すつもりか。いや、むしろ後がないコスモスをいたぶるのを楽しむ嗜虐心のほうが強いか。

 窮地に追い込まれるコスモス。カラータイマーは点滅を速め、バルタンがカラミティにコスモスを襲うように命じようとした、だがまさにその時だった。

「正義が悪に屈することなど、絶対にない」

 空から力強い声が響いた瞬間、太陽の方向から隕石のように二つの影が降りてくる。

 あれはなんだ? コスモス、バルタン、それに生徒たちは目を見張った。先に落ちてくるほうは二体目のバルタン星人だ。だがきりもみしながらバルタンのほうに叩き落され、砂塵にまみれてもがきながら「ど、同志……」と、弱弱しくつぶやいて、最初からいたほうのバルタンは狼狽した。

 そして、続いてコスモスの側へとゆるやかに降りてくる赤い精悍なウルトラマン。いまやコスモスの盟友であるその名を、コスモスは信頼を込めて呼んだ。

〔ジャスティス〕

〔コスモス、状況は把握した。私も共に戦おう〕

 ウルトラマンジャスティスが、コスモスの危機を察知してはるかクルデンホルフの地から駆けつけてくれたのだった。

 ジャスティスの助けに、ティファニアも安堵して「ジュリ、ねえさん、ありがとう」と胸をなでおろした。ウェストウッド村でのサボテンダーの一件以来、ジャスティスはティファニアや子供たちにとって恩人であり憧れでもある。そしてジャスティスはコスモスがエネルギーを消耗しているのを見ると、コスモスに自らのエネルギーをオーラに変えて分け与えた。

『ジャスティスアビリティ』

 ジャスティスも先日のクルデンホルフでの戦いを経ているが、元々こちらの宇宙のウルトラマンである彼らはこの惑星への適応力も高く、かつ他のウルトラマンたちと違って惑星に常駐する必要もないジャスティスは早めの回復を遂げていた。

 エネルギーを回復したコスモスのカラータイマーが青に戻る。二人のウルトラマンが揃った光景に、学院の生徒たちの歓声もさらにヒートアップした。

 対して、バルタンのほうでも、ジャスティスに叩き落されたバルタンが起き上がり、リーダー格のバルタンに謝罪していた。

「同志、すまない。ウルトラマンガイアとアグルの抹殺は失敗してしまった。プラズマソウルの力を持ってしても、奴らは倒せなかった」

「なんだと? 貴様、バルタンの戦士として逃げ帰るなど恥ずかしいとは思わんのか!」

「待ってくれ同志よ。倒せなかったが、ガイアもアグルもしばらくは戦えないはずだ。私はせめて同志に加勢するつもりで戻ってきたのだが、途中で奴に見つかってしまい」

「ウルトラマンジャスティスか……コスモスの同胞。いずれは奴とも戦わねばならぬならば、確かにこれはちょうどいい。切り札もまだあることだ。失敗の汚名は奴の首を取って晴らすがいい」

 リーダー格からチャンスを与えられ、部下のバルタンはやったとばかりにハサミを振り立ててリーダー格の横に並んだ。

 これで、コスモスとジャスティスに対して、バルタン星人二体とカラミティが対峙する。

 宇宙の平和と正義を守るウルトラマン。それに反する、力で秩序を作り替えようとするバルタン。相容れることはなく、決着は戦いによるもの以外にはありえない。

 コスモスは思う。この世の誰をも敵になどしたくはない……けれど、暴力で平和を乱そうとすることだけは絶対に許されない。

 ジャスティスは思う。このバルタンたちは悪だが、バルタン星人という種そのものは悪ではない。だからこそ、多くの善良なバルタン星人たちのために悪は滅ぼさなければならない。

〔バルタン星人、お前たちのやっていることは、決して正義ではない〕

〔宇宙正義の名において、お前たちの行為を悪と断ずる〕

 悪はほっておいても無くなることは決してない。それどころか、悪は次々に犠牲を生み、犠牲を栄養に無限に増殖していく。このバルタンたちの悪を止めなければ、将来さらなる悪行が犠牲者を生む。コスモスとジャスティスの新たな戦いの幕は切って落とされた。

 

 

 けれども、この戦争がそもそもはガリアが突如トリステインに宣戦布告したことから始まったということを人々は覚えているだろうか?

 それからオルレアン公が現れ、イザベラが乱入し、状況は目まぐるしく二転三転してきた。それらの転換を、ジョゼフやグラシエのような仕掛人たちは当然把握している。才人たちのような真相を追及する者たちも、ある程度は把握できているだろう。

 しかし、状況に翻弄される多くの市民たちにとっては、真相などまさに雲の上の話である。何十万、何百万というハルケギニアの民たちは、グラシエの存在もジョゼフとシャルルの確執のことも知らない。

 リュティスの中心に出現した、山のようなハイパーゼットン。リュティスの外に布陣するガリア軍の人間たちは、その正体を何もわからずに恐怖を込めて見上げることしかできず、軍を率いるイザベラや偽オルレアン公は動揺する軍の統率に苦慮していた。

「皆、落ち着くがいい! あんなものはこけおどしだ。いくら大きくても、先ほどからまるで動かないではないか。恐れることはない。こちらには私と、始祖の祝福を受けた聖女がいるのだぞ」

 偽オルレアン公の演説でガリア軍からときの声が上がった。さすが、偽者とはいえオルレアン公に完全に見せかけるよう差し向けられた連中だけはあり、その本物に勝るとも劣らない精悍さに、イザベラは小声で嫌みったらしくささやいた。

「おうおう、かっこいいじゃないか。その調子で頼むよ」

「馬鹿を言うな。こんなこと、少しの時間稼ぎにしかならない。お前こそどうするつもりだ、我々はもう、この先どうなるかなんてわからないぞ」

「ビビるな、みっともない。こうなったらもう、なるようになると思ってその場しのぎを楽しめ。考えるだけムダだ」

 イザベラはもう覚悟を決めていた。自分ごときの浅知恵をいくらしぼったところでたいしたことはできないのは、タバサへの数々の嫌がらせの失敗で骨身に沁みている。なら、自分にできることはその場その場で全力を尽くして場を整えて繋ぐこと。こざかしく考えることは他の誰かがやってくれる。

 最初から、イザベラにとって事態の解決はタバサに託すしかなかった。自分は運命をシャルロットの考えにすべてベットし、ルーレットはすでに回り始めてしまっている。

 しかし、なにを無責任なと偽オルレアン公はうろたえてイザベラに詰め寄ってくる。このままやけを起こされてもことなので、イザベラは不器用な笑顔でつとめて優しく答えてやった。

「心配はいらないよ。わたしだって鬼じゃない、わたしの手の届く範囲にいたらちゃんと守ってやるさ。大丈夫さ、この世で一番頼りになるやつが動いてるんだ、必ずうまくいくよ」

 あいつを信じて待つ。昔は考えられなかったことだ……昔はなんとしてでもシャルロットのほえ面が見たくて意地を張ってきたが、今となってはなんと無意味なことをしていたんだろうかと自嘲で口元が歪んでしまう。

 だが、イザベラにはゆっくり状況が変わることを待つことさえ許されはしなかった。ハイパーゼットンの覚醒により生じた莫大なエネルギーは四体のゼットンを生み出すだけでなく、その余剰エネルギーでさらなる悪魔のしもべをも生み出していたのだ。

「うわっ、地震かっ!」

 突如大地が揺れ、ガリア軍は騒然となった。だがもちろん、それはただの地震などではない。

 リュティスを望むガリア軍とリュティスの中間から土煙が噴出したかと思うと、地中から巨大なアリジゴクのあごが突き出し、さらに磁力怪獣アントラーが地上にその巨大な姿を現したのである。

「か、怪獣だぁーっ!」

 現れたアントラーは驚きひるむガリア軍の前で、その巨大なアゴをギチギチと言わせながらゆっくりと動き出した。

 対してガリア軍は訳が分からないながらも、慌てて戦闘陣形を組んでアントラーに立ち向かおうと杖や弓を構えだす。

 だが、何かがおかしい。イザベラはなんの前触れもなく現れた怪獣に驚きながらも、その様子が異常であることにすぐに気がついた。向かってきているのは確かだが、腕をだらんとさせ、フラフラと体を振っていてまるで生気を感じさせない。

「なんだあれは? まるで人形かゾンビじゃないか」

 怪獣らしい溢れるような生命力が見えない。死体を動かしているような様に、イザベラはたとえようのないおぞましさを感じて身震いをした。

 そして、イザベラの感じた悪寒はそのまま正解だった。現れたアントラーと迎え撃とうとするガリア軍を見下ろしていたグラシエは、イザベラのつぶやきに感心したように言ったのだ。

「ほお、勘のいいお姫様ですね。いやいや、百点をあげましょう。そのとおり、その試作型怪獣兵器アントラーはまさに、アントラーの死体を利用して作り出したものなのですからね」

 試作型怪獣兵器、それがそのアントラーの正体だった。

 この世界でアントラーはかつてサハラに現れて撃破された。しかし、その残骸をグラシエは回収して、再生処置をおこなっていたのだ。

 もっとも、ただ死んだ怪獣を蘇らせるだけならグラシエにはその能力がある。だがグラシエは、自分以外のバット星人も死んだ怪獣の再利用がおこなえるよう、かつてウルトラマンダイナの宇宙で猛威を振るっていた不定形生命体の宇宙球体スフィアを捕獲して、その能力を利用して怪獣の蘇生を研究していた。

「スフィアには、無機物でも怪獣でも融合してスフィア合成獣という怪獣に変化させてしまう能力がありました。これをうまく使えれば、怪獣の死骸も立派な怪獣兵器として使えるはずです。まー、まだまだ試作段階なので、言うことを聞かせるために大幅に下方調整したスフィアを起動させるためにはハイパーゼットンのエネルギーを借りる必要がありますし、ほとんど意思のないゾンビでしかありませんが、人間どもに対してならこれでも十分でしょう」

 アントラーの体にはスフィアが寄生して、まるで死体をつぎはぎしたフランケンシュタインの怪物のようにアントラーの体を繋ぎとめているようだ。まさしく怪獣ゾンビ、命を弄ぶ許しがたい所業だが、相手が人間であれば巨体が動き回るだけで脅威なことに変わりはない。

「近づかせるな。撃て! 撃てーっ!」

 ガリア軍から将軍の怒声が響き、魔法、弓矢、大砲などが当たり構わず撃ちまくられてアントラーに炸裂した。

 本来のアントラーなら、強固な外骨格でこんな攻撃はものともしなかっただろう。しかし不完全な再生で無理矢理動かされているアントラーはぐらりと揺らぎ、あまりにもあっけなく倒れていく。

「や、やったのか」

 ここまであっさりと倒せると思っていなかったガリア軍から戸惑いの声が流れた。だが、同じくその様子を見ていたグラシエは気にも止めずに言う。

「あれあれ、いくら試作型とはいえ、ここまで脆いとは。これは改良に相当の余地がありですな。でーも、質でダメなら量で勝負って言いますよねえ」

 その言葉の通り、アントラーに続いて地震とともに噴き出した第二第三の土煙。その中から新たな怪獣兵器が飛び出してくる。

 驚愕するガリア軍。さらにアントラーも完全に死んだわけではなく、スフィアに突き動かされるように起き上がってガリア軍に向かっていく。

「ハッハッハ、怪獣兵器は一体や二体ではないのですよ。ハイパーゼットンのエネルギーはいまや無尽蔵、果たしてあとどれだけの怪獣兵器が誕生するのか、楽しみですねえ!」

 つまり、ハイパーゼットンがいる限り怪獣兵器も増え続けるということだった。

 そして、ハイパーゼットンのエネルギーを受けて生まれたゼットンは各地に散らばってしまっている。ということは……。

 墓場から湧き出すゾンビそのものに現れる怪獣兵器。ガリア軍は恐れおののき足並みが乱れ始めている。このままでは恐怖が全軍に伝播し、一気に総崩れとなってしまうことだろう。イザベラはそうさせてなるものかと、全軍に向けて檄を飛ばした。

「恐れるな! 相手の見た目に惑わされるんじゃない。全軍、後退しつつ陣形を組みなおせ。わたしが前に立つ!」

 そう叫び、イザベラは小姓から受け取った剣を抜いて掲げた。

 イザベラの左手の真ガンダールヴのルーンが輝き、剣にきらめいて神秘的な光を放つ。その輝きは動揺していたガリア軍の目から心へと刺し込み、落ち着きを取り戻させた。

 そうだ、我々には始祖の与えたもうた奇跡の力がついている。心のよりどころを取り戻したガリア軍は将軍や中隊長らの指揮の下で乱れた隊列を立て直してゆく。世界最強のガリア軍の威容は伊達ではなく、後方には両洋艦隊も事態の急変に備えて待機している。いくら相手が怪獣でも、そう簡単にこの十数万からなる陣形を崩せはしない。

 しかし怪獣兵器たちは心を持たないゾンビたちである。軍隊蟻の群れに無警戒に近づく牛のように、アントラーをはじめとする怪獣兵器たちは待ち構えるガリア軍へと近づいていく。

 アントラーが巨大なアゴを地面に突き立て、首を起こす勢いで土砂を掘り起こしてガリア軍めがけてぶちまけた。土砂とはいえ、人の頭ほどもある岩も多数混ざって、軽く人の命を奪える死の雨がガリア軍へ散弾のように襲い掛かる。

「防御魔法を!」

 将軍の指示で、落石から身を守るための風の防壁が展開された。魔法を使えない平民の兵たちは頭上に盾を構えて身を低くする。

 だが、軍団から一歩突出しているイザベラたちを守るものはない。岩石交じりの土砂が迫り、偽オルレアン公がすくみ上っている目の前で、イザベラは構えた剣を気合とともに振り下ろした。

「てやあぁぁぁっ!」

 一閃。ガンダールヴの力で空気が裂かれ、迫り来ていた土砂の雨は剣圧で生じた真空波に押し返されて、大幅に勢いを弱めた。

 そうなれば、スピードの落ちた石ころなどはガンダールヴから見ればふわふわ落ちてくる紙風船のようなもの。舞うように剣を振って石つぶてをすべて叩き落し、イザベラは後ろに控えた偽オルレアン公を振り返って不敵に笑った。

「言ったろ? 守ってやるってね」

「あ、ああ……」

 偽オルレアン公は呆然としながらうなづいた。その様は見ようによっては臆病ともとれるが、イザベラは喉まで出てきた嘲りの言葉をぐっと飲み込んだ。彼らの切り札は不死身だが、彼ら自身は変身能力以外には戦うすべのない脆弱な星人に過ぎない。目的のためなら死を恐れない使命感はあれど、死ぬことになんの意味もない場所での戦いに勇敢になれなくても当たり前ではないか。

 その意味を、イザベラもおぼろげながら理解し始めていた。人の命はただ漫然と日々を浪費するためにあるのではない。プチ・トロワにふんぞり返っていた頃の自分は、日々をなんの成長も高揚感もなく過ごしていた。対してタバサは母の治療とジョゼフへの復讐のために心を燃やし、とてつもない勢いで成長していた。

 人は善悪に関係なく、己の果たすべき使命と見つけた何かのために命を燃やすために生きている。ゆえに、他者の命を守るということはなによりも尊く輝く。イザベラにとって、自分が命をかけてまでやりたいことはまだ見つからない……けれど、こうして自分から前へ出ていればそれが見つかる気がしてくる。少なくとも、退屈以外に何もなかったプチ・トロワの中よりはずっといい。

「さあ、何をしてるんだい? 生き延びたかったら、お前も考えて動きなよ。小娘の背中が居心地がいいっていうなら甘えててもいいけどね」

 イザベラの煽る言葉に、おびえていた偽オルレアン公のプライドが刺激された。彼らとて人類よりも高等生命体であるという自負がある。下に見られ続けるのは我慢していられるものではなかった。

「なめるな小娘め。ガリアの民たちよ! 無能王のおぞましい悪あがきなど恐れる必要はない。これは始祖の与えたもうた試練である。正義を信じて杖を取れ! 勝利を信じて剣を持て! 神のご加護は我らにあるぞ」

 偽オルレアン公の会心の檄がガリア軍を駆け巡り、何十万というときの声となってとどろいた。

「オルレアン公万歳!」

「聖女イザベラ殿下万歳!」

 嘘も方便。せっかく救世主の出現に救われているのだ。このことに関しては民たちは最後まで真実を知らないほうがいい。

 イザベラも、自分の身を守るだけならまだしも、剣で怪獣を倒せるとまでは思っていない。ガリア軍の士気と統制をいかに保っていくか、演技力とハッタリ……そして、勇気が試されている。

「全軍、ここをなんとしても死守しろ! 奴らも無限なわけがない。敵は叩いて叩いて叩き潰す! それまで、わたしが先頭に立つ!」

 剣を高く掲げ、イザベラは宣言した。その戦乙女を彷彿させる雄姿に、ガリア軍から空を揺るがす歓声が立ち上る。

 これがガリア王国の底力。王族や貴族がどうであろうと、ガリア王国という巨大な国を数千年にわたって支え続けてきた”民”の力は、いったん眠りから覚めるとすさまじい雄たけびとなって地を満たした。

 その怒涛のうねりを見て、随伴していた銃士隊の面々は思う。

「女王陛下、よほど気合を入れてかかりませんと、十年後には戦争などしなくてもトリステインはガリアに飲み込まれているかもしれませんよ……」

 国の力は民の力、その民の力を引き出すのは王の力。ハルケギニアの国々にとって、強大なライバルが出現したことを彼女たちは知った。

 だがそれも、この戦いという試練を乗り越えてからの話だ。イザベラを先頭に、ガリア軍は一歩も引かない構えで怪獣兵器たちを迎え撃っていく。

 怪獣兵器の進む激震。それを食い止めようと放たれる魔法と弓、弩、砲。メイジや弓兵を守って盾を構える歩兵の壁。

 猛攻に怪獣兵器が倒れ、怪獣兵器の吐く炎や蹴り上げられる石つぶてに兵が傷ついていく。怪獣兵器はボロボロの体をなおも起こし、さらなる怪獣兵器も現れてくる。

 激戦は続いた。果ての無いように……だがその混乱の中を一頭の馬が駆け抜け、戦塵に隠れてリュティスに飛び込んでいったのを誰も気づいてはいなかった。

「待っててねタバサ、わたしがすぐに行ってあげるからね!」

 燃えるような紅い髪をなびかせて、キュルケと使い魔のフレイムはついにタバサのいるリュティスへとたどり着いたのである。

 

 

 続く


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